旧作(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…1」(太陽神編)

旧作(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…1」(太陽神編)

主人公は変わりますが基本的な設定は変わりません。

前作「流れ時…」がありますが二部からでも読めます!

前作とは少し雰囲気を変えたつもりです。

TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

月光と陽光の姫

月光と陽光の姫

 ここ、太陽にあるお城、暁の宮には沢山の太陽神と使いの猿が住んでいた。部屋はすべて障子で仕切られており、木でできた廊下の両サイドはすべてなんかしらの部屋になっている。しかも五階建てなので一番上にいるサキは階段を降りなければならない。
今日は高天原東をまとめている思兼神、通称東のワイズの別荘で何やら会議がある様子で太陽を守る太陽神のトップ、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキも高天原に呼ばれ、これから行くところだった。
 「あれだね。太陽に援助をもうちょっとしてくれと頼んだ方がいいね。」
 サキは階段を降りながらサルに確認をとる。
 「そうでござるな。エスカレーター部分をなくしたり建設費を削ったりなどで古い部分が浮き彫りになっている故、修繕をした方がいいと思われる。サキ様!Such captain such retinue!サッチ キャプテン サッチ レティニュー!」
 「勇将の下に弱卒なしだね……。もうわかったよ。ハードルあげないでくれよ。いきなり英語でことわざ言うのはびっくりするからやめておくれ。」
 目を輝かせているサルにサキはため息をつくと腕を組んだ。
 ……しかし、おそらくタダで援助してくれる事はない。あたしはまだ太陽神のトップに立ってまだ一年も経っていない。月の方も従者の兎が好き勝手やっているせいか財政、信仰心共に赤字だ。
 月も自分の管理で精一杯だろう。後は高天原の猛者達に頭を下げるしかない。
 ……さてと、とりあえず正装になるかい。
 サキは手を横に広げた。光がサキを包み、光がなくなった時にはサキは赤い着物に着替えていた。神々の正装は着物だ。霊的な着物なため、着替える必要はない。着替え方としては手を横に広げるだけだ。羽衣を肩にかけて太陽を模した王冠を頭に乗せる。
 「サキ様。ここから先は神々の使いの鶴が待っているでござる。」
 「ん?」
 サルの言葉で我に返ったサキは階段を降り終わり、宮の外へ出ていた。空はオレンジ色、地面もオレンジ色、慣れない内は目が疲れる空間だ。そのオレンジ色の空間にひときわ目立つ白色。人型になっていない鶴達が高級そうな駕籠を引きながらサキを待っていた。
 「やっぱ鶴は白くてきれいだね。うちみたいに茶色とか黄色とか赤とか刺激的じゃないし。」
 「ちょっと白色は厳しいでござるなあ。」
 サルはサキの発言に顔を曇らせた。
 「わかっているよ。冗談。じゃあ、行って来るよ。」
 サキはサルに軽く手を振ると駕籠に乗り込んだ。
 「じゃあ、出発するよい!よよい!」
 サキが駕籠に乗り込んだ時、外から気が抜ける声がした。
 「今の声は誰だい……?」
 「神々の使いツルだよい!」
 「……そ、そうかい。」
 外にいる鶴の内の誰かが声を発したらしい。サキは面倒くさくなりそれ以上つっこまなかった。
 鶴は幅広い神々の使いである。頼まれればどの神の言う事も必ず聞く。故に型にはまらず扱いにくい。サキ達太陽神の場合は猿がいるのであまり鶴とは接点がなかった。
 鶴は空へ舞いあがり、サキが乗っている駕籠も空へと舞った。
 サキの駕籠は左右がカーテンのようなもので閉め切られており、外を覗く事ができる。
 少し覗いてみると宇宙にいるみたいに沢山の星が目に映った。だがその星はすぐさま白い空間へと変わってしまった。しばらく白い空間を進んでいたが徐々に青空へと変化して行った。
 「高天原に入ったね。」
 サキはひとりつぶやく。駕籠から身を乗り出し、下を眺めると高天原のゲートが目に入った。
 聞いた話によると高天原に入るためにはチケットがいるらしい。そのチケットには北、南、東、西の四つのチケットがあってそのチケットをマジックミラーになっているゲートにかざすとチケットが提示する行き先が映し出されるらしい。後はそのマジックミラーに飛び込めばいいとの事だ。その前に高天原へ入る事ができる神格を持っているかなど入念にチェックもされる。
 なかなか高天原へ入るのは厳しい。だがサキは駕籠つきで鶴達に連れられながらゲートの遥か上をセキュリティなしで飛んでいる。
 「どの世界も平等じゃないねぇ……。」
 サキはしみじみそう思うと目線を前へ向けた。目線下では和風の建物が連なっている。江戸時代かなんかへ来た気分だ。その中央に立派な天守閣が威圧を発しながら堂々と建っていた。
 「西を通って東に行くよい!」
 また鶴の声がした。
 「……なるほどここは西の領土なのかい。わかったよ。」
サキは軽く返事をすると天守閣を眺めた。
 ……じゃあこれは西の剣王の居城……。立派だなあ。ていうか、高天原も現世も今、冬なのか。
 サキはようやく今の季節を知った。建物には降ったばかりの新雪がキラキラと輝きながら風に吹かれ飛ばされていく。
 「ん?」
 よく見ると遠くに駕籠が見える。どうやら西の剣王も鶴達に連れられて飛び立った所らしい。
 しばらく西の広大な領土を飛んでいると違う空間に入ったような錯覚にサキは囚われた。
 同じ和風の家々が立ち並ぶだけだったのでカーテンを閉めてぼうっとしていたがサキは慌ててカーテンを開けた。
 「!?」
 サキは思わず息を飲んだ。界下に広がる風景が数分前とまるで違っていた。先程まで和風の建物ばかりだったのだがいつの間にか高いビルが立ち並ぶ大都会になっていた。その中、ひときわ目立つ金色のビル。
 「なんだい?あのビルは……。雪のせいで照り返しが倍増しているんだけど。」
 「まあ、目的地はあそこなんだけどよい!」
鶴が楽しそうにサキに答えた。
 「と、いう事は、あそこが……ワイズの別荘?……。」
 サキは引きつった顔で金色の建物を見つめた。そのサキの横をまた駕籠が通り過ぎる。その駕籠は障子で閉め切られていた。影からすると化け物か?龍の頭についているツノのようなものが見えた。
 ……高天原ってけっこう危ない感じの神が多いのかね……。
 サキは一息つくとカーテンをさっと閉めた。

二話

二話

 望んでもいないのだが金色のビルの屋上に駕籠を降ろされた。鶴達は駕籠から降りたサキに頭を下げると飛び去って行った。
 「お前が輝照姫大神だな。なるほど。」
 気がつくとすぐ横に男が立っていた。オレンジ色の長い髪に赤い鬼の面をつけている。表情は鬼のお面のため見えないが声はおだやかだ。そしてこのビルにまったく合わない質素な着流しを着ていた。
 「足元に気を付けてついて来い。」
 男はおだやかに命令口調でサキを手招いた。サキはその男に促されるまま歩き出した。
 「あ、雪でこの辺滑るから気をつけろよ。」
 男の口調は悪いがそこそこ面倒見がいいらしい。
 「で、階段とか何にもないんだけどどうやって降りるんだい?」
 サキは疲れた顔を男に向ける。実際ここまで来るのにだいぶん疲れてしまった。もう太陽に帰って眠りたい。
 「大丈夫だ。ここを足で蹴ると……。チートエレベーターの完成だ。」
 男はサキの腕を軽く引くと何もない地面を一か所ポンと蹴った。
 「?」
 男が蹴った刹那、地面がブロック状に動き出し、なぜかエレベーターになった。
 「乗るんだ。これを使えば一回ビルから下に飛び降りて階段を登るよりも早くボスに会えるぜ。最速クリアだ。なんだか悲しいな。」
 「……はあ……。」
 「とりあえず乗れ。」
 サキは男に言われるまま、そのエレベーターの中へ入った。その後、男も乗り込み、下のボタンを押す。ドアはスムーズに閉まった。
 「あんたはワイズの側近なのかい?」
 サキは気まずくなるのを避けるため話題提供をする。エレベーターは揺れる事なく下降を始めた。
 「側近だと?あれの側近はごめんだ。俺はただ、ここにいるだけだぜ。」
 「それなんか意味あるのかい?」
 「意味?ないな。あるとすれば好奇心か。老人の知恵を集めた神だぜ?少し興味がひかれるだろう?知恵っていうのは人生の攻略本だぜ?はっはっは。」
 男がそう言って笑った時、エレベーターのドアが開いた。
 「ついたぞ。さっさと降りろ。俺はこの会議に関係ないからな。はやくドアを閉めたいんだが。」
 「そうかい。そりゃあ、すまなかったね。」
 サキは感じ悪いなと思いつつ、エレベーターを降りる。
 「あ、一つ言っておく。真正面のドアが会議室だ。床が滑りやすいからよく雪を払い落としてから歩くといいぞ。ツンとデレで会話をしてみた。楽しかったか?」
 男は最後にそう言うと手を振りながらエレベーターのドアを閉めた。
 ……いい奴なのかどうなのかわかんない神だね……。ツンデレの意味もよくわかっていないみたいだし。
 サキは複雑な表情で頭をぽりぽりかくと前を向いた。眩しいばかりの金色で覆われている壁、床、天井。落ち着いて会議をする場所ではない。
 ……変わり者とは聞いているけどこれは変神だね。
 サキはため息をつくと靴についた雪を払い落としてから歩き出した。
 廊下をまっすぐ進むと赤と金色を使った目によろしくないドアが見えた。
 「ここが会議室……だね。」
 サキは一人不安げにつぶやくと恐る恐るドアを開けた。
 「輝照姫大神だYO☆。席はあっち!YOYO!」
 「うおっ。びっくりした。」
 ドアを開けるとすぐさま女の子の声がした。声を発した女の子は黒いサングラスをかけている幼女であった。肩先まである赤い髪にカラフルな帽子をかぶっている。その帽子から触手のように赤い髪がつきでていた。服は真っ赤な着物に袴だ。なんというかとても奇妙な格好である。
 サキは幼女に目を丸くしながらも指差された席に座る。不思議とこの会議室は和風に作られており畳に木の机、座布団、そしてドア以外障子である。外と比べるとひじょうに落ち着きのある部屋だ。あたりを見回すと置いてある席はサキを含め、六つ。その四つは男が二人と幼女、そしてサキが座っている。サキの左隣はツノの生えている男が座っていた。整った顔立ちをしており、緑の美しい髪が腰まで伸びている。頭には龍の頭にささっているようなあのツノ。袖なしの着物からはたくましい腕が見えた。そして所々、うろこのようなものが見える。
 向かいの席には例の幼女と飛鳥時代あたりでみたような髪型をした男が座っていた。その男は温厚そうな顔つきをしているが眼光は鋭く、油断ならないものがあった。ヒゲが生えており、あまり若そうには見えない。服は水干袴を着ていた。
 そして会議に関係ある神なのか、それともただのぬいぐるみなのかわからないがサキの右隣に青い人型クッキーが座っていた。ぬいぐるみのように見た目がもこもこしている。ただ、目も鼻もなく、顔だと思われる部分には大きな渦巻きが描かれていた。
 不気味な者達に挟まれるようにサキは座っていた。
 「月照明神はどうした?」
 サキの左隣にいた緑の髪の男が静かに声を発した。
 「知らないよ。あたしは月神さんとは会った事ないんだ。」
 「そうか。」
 サキはかまえながら答えたが男は一言そう言ったのみだった。
 「今回は太陽のお方が来ているんだねぇ。お初だ。」
 向かいの席の穏やかな男が微笑みながらサキに話しかけてきた。
「あたしもあんた達に会うのは初めてだよ。誰が誰だかよくわからないんだ。自己紹介を望むよ。」
 サキは困った顔を一同に向けた。
 「あー、そうだったねぇ。それがしはタケミカヅチ神。西で武の神の代表ってとこかな。まわりからは西の剣王って呼ばれているかな?」
 温厚そうな男、タケミカヅチ神は微笑みながらサキに答えた。おそらく彼はマイペースな男だろう。あまり人に合せる感じには見えない。
 ……やっぱり、タケミカヅチ神かい。おそらく、戦闘方面のスイッチを入れてしまったら大変な事になるだろうね。
 次にツノの生えた男が口を開く。
 「私は天津彦根神(あまつひこねのかみ)。南にあるリゾート地、竜宮城のオーナーだ。」
 ツノの生えた男、天津彦根神が表情を変えずに静かに言った。
 ……アマテラス大神の第三子。雨の神だけでなく、日の神、風の神、土着の神など様々に信仰されているあの龍神かい……。
 サキはだんだんと委縮していく自分を感じていた。そんな中、陽気に幼女が話し出す。
 「YO!私は高天原東を住みやすくしている東のワイズこと思兼神(おもいかねのかみ)だYO!じぇいぽっぷとラップが好きだYO!」
 ……じぇいぽっぷってJPOPの事かね?まあ、いいか。こいつが思兼神だね……。変な神とは聞いていたけど予想以上だよ……。だいたい、思兼神って老人の知恵を集めた神様だったはずだったけど……どうなってんだい?昨今の萌えブームとかで勝手に人間達から萌えキャラにされてこんなになっちゃったのかなー……。神様は人間の想像とかで大きく姿を変えちゃうしねー。
 サキは一番、反応に困ったがうまく流した。
 「で……最後は……。」
 サキは先程から横でじっとしている青い人型クッキーに目を向ける。人型クッキーはこちらを向くとこくんと頷いたが何も話さなかった。
 ……何か言えよ……。
サキは思わずズッコケてしまった。
 「ああ、ええっと、それは北の冷林だねぇ。縁神(えにしのかみ)だったかな。人の心とか優しさに反応する神様だったような……。冷林はしゃべれないから大変だねぇ。」
 冷林の代わりにタケミカヅチ神が説明してくれた。それに対し、青い人型クッキー、冷林はこくんと頷いた。
 ……てきとうな説明だけどまあ、いいか。
 サキはやれやれとため息をつき、改めて一同を見回した。まともな外見をしているのはサキくらいだ。なんだか悲しい。
 「まあ、自己紹介は終わったという事でさっさと話を進めようか。」
 タケミカヅチ神、剣王は目の前に置かれている湯飲みに口をつけお茶をズズッと飲んだ。
 「そうだNE。やっと太陽の姫が出てきたというのに月の姫の方がまったく出てこないんだYO。ずいぶんとひどい状態らしいんだけどYO……。いったい月は何をやっているんだYO!光照姫、何か知らないのかYO!」
 思兼神、ワイズは机をバンと叩く。叩いた後に手をさすっている所から思った以上に力が入ってしまい、手を痛めたようだ。
 「知らないね。あたしに聞かないでおくれよ。だいたい、会った事もないんだ。」
 サキは困った顔をワイズに向けた。
 「では何か、噂などはないか?」
 天津彦根神、竜宮のオーナーはため息交じりにサキに言葉をかける。
 「聞かないねぇ。それより、我が暁の宮に援助をしていただきたいんですけれども。」
 サキはさっさと自分の要求を話した。
 「援助?今は月の話をしているんだYO!小娘。」
 ワイズのサングラスの奥から鋭い何かが飛んでくる。ワイズはサキを睨みつけているらしい。
 「まあ、まあ。彼女は自分の場所を守るのに必死なんだよ。今、太陽は奈落の底だ。長年、頭が消失していたせいで立て直すのは大変なんだよ。それに彼女はまだ若いじゃない?」
 剣王は怒っているワイズをなだめた。冷林は先程から何もしゃべらない。
 「光照姫、こういう取引はタダではない。こちらに何かしらのメリットがあるのならば私は手を貸そう。」
 竜宮オーナー、天津はやや冷ややかに言葉を発した。
 ……やっぱり普通に頼んでもダメだ。どの神も自分の所をうまく回す事で精一杯だ。あたしがこの神達だったらたぶん、同じ事を言うと思う。一番、脈がありそうなのは剣王と天津。冷林は何を考えているかわからないし、ワイズに頼るのは危険だ。ワイズは頭の良い神。関わると何をされるかわからない所がある。
 「剣王、今、暁の宮は信仰心不足で仕事の配分もろくにできないんだ。このままでは信仰心のなくなった太陽神から徐々に消えて行ってしまう。皆、信仰心が集まらないと働かない。だからさ……。」
 「だから太陽に援助しろっていうのかい?それがしに頼まれても困るなあ。西はもう体制ができちゃっているからねぇ。信仰心が余るっていうのはないねぇ……。まずは人間に願われるように人助けをしてみたらどうだい?」
 剣王は頭をかきながらサキを見つめた。
 「わかった。やってみるよ。」
 サキは剣王に対し、素直に頷いたが心では真逆の事を思っていた。
 ……それじゃあ、間に合わないんだ。だいたいうちは信仰心が集まっていないから太陽神が動かない。援助をもらって太陽神達を元に戻してから人間の信仰心を集めるのが一番の策だ……。でも、ダメそうだ。
 「必死だNE。光照姫。私が援助してやろうかYO?」
 顔色が曇っているサキにワイズが頬づえをつきながらそうつぶやいた。
 「……タダじゃないんだろう?」
 サキはこのタイミングでこの話を持ちかけてきたワイズの策に気がついていたがもうどうしようもなかった。
 「タダじゃないYO。私が気になるのは月。月の状態とその他もろもろを解決してくれたら援助してやるYO。だが、こちらも光照姫を危険な目に遭わせる事は避けたいYO。だから私のとこから一神一緒に行ってもらう事にするYO。」
 ワイズは唸るサキを眺めながらニッと微笑んだ。
 ……弱みに付け込まれたってこういう事をいうのかね……。この神はあたしを部下として使うつもりか……。このままズルズル進むとこの神の手足にされかねない。今は要求を飲むしかないが次は何とかする事にしよう。
 サキはふうとため息をつくと頷いた。
 「いいよ。今回は要求を飲む。きっちりと援助をしてもらうからね。」
 「生意気な小娘だYO。まあ、いいYO☆じゃあ、今回の件はそっちに任せるYO!」
 「交渉成立だね。じゃあ、太陽神全員が活動できるレベルの信仰心をもらおうか。」
 「すごい少ない要求だNE。動けるレベルでいいのかYO。」
 ワイズは面白そうに笑っている。
 「いい。あんたの所も大変だと思うからね。わざわざ護衛までつけてもらってさ。」
 「そうかYO。」
 サキの言葉に納得したらしく、ワイズは大きく頷いた。
 ……単純にこの神に大幅に頼る事が怖い。今はほんの少しでいい。慎重に動く事に決めた。
 「じゃあ、ついででいいからさぁ、うちの修行中の神も仲間に入れてもらってもいいかい?」
 サキが考えていると剣王が話しかけてきた。
 「修行中?」
 「きっと役に立つと思うよ。歳は君と同い年かな。もともと刀だったんだけどやっと人型になれてね。今は修行中。ああ、心配しないで。それがしも光照姫に何かあると困るんだよねぇ。ただそれだけだから。何か裏があるわけじゃないよ。」
 「そうかい。」
 剣王は腕を組んでいるサキに微笑みかけた。
 「それではこの件は光照姫に任せよう。私は退出するぞ。」
 天津は話が区切れた段階でそっと立ち上がった。もともとこの会議にちゃんと出席する気はなかったようだ。
 「まあ、話はこれだけだから皆解散でいいYO。」
 ワイズはその場に残り、帰りの駕籠と鶴の手配を始めた。サキは剣王、天津、冷林と共に会議室を後にした。
 「しかし、本当に月に干渉するのか?」
 天津が金色の廊下を歩きながらサキに声をかける。
 「うん。まあね。一番近いし。」
 「何かトラブルがあれば私も何か手伝おう。」
 「どうも。」
 天津は目を閉じると無言で歩きはじめた。エレベーターはすぐに来た。サキ達はエレベーターに乗り込み、ドアを閉める。冷林は先程からふわふわとサキのまわりを飛んでいた。得体が知れないのでけっこう不気味だ。
 「ああ、さっきの修行中の神は後ほど太陽に送っておくから、よろしくねぇ。」
 剣王は軽い口調でサキに言葉を発した。
 「ああ、わかったよ。ありがとう。剣王。」
 サキは隙を見せないように頑張って言葉を発していた。そしてとても疲れていた。
 ……あんまり話してないのになんかめっちゃ疲れた……。
 サキがため息をついた時、屋上へついた。冬の冷たい風がサキ達を襲う。残っている雪を踏まないよう気をつけながら待機していた鶴が持つ駕籠にサキは乗り込んだ。
 「よう。駕籠に足引っ掛けないように気をつけろよ。」
 「!」
 サキが駕籠に入った時、駕籠の中から声が聞こえた。ふと前を見ると赤い鬼の面が映った。サキは驚いて叫びそうになったがなんとか押し殺した。
 「驚かないよう精一杯の努力をした甲斐があったな。叫び声を上げられたらどうしようかと思ったぞ。」
 「あんた……。なんであたしの駕籠にいんのさ。びっくりしたよ!」
 サキは穏やかに話す男を睨みつけた。
 「いや……。ワイズから月を見て来いと言われてな。面白そうだったんでお前に乗っかる事にした。俺も暇をしていたところだ。チートエレベーターの上下で時間を潰していたからな。」
 鬼の面で表情がわからないが声は子供のように楽しそうだ。
 「暇神かい……。うらやましいねぇ……。あたしは帰ってはやく寝たいよ。」
 駕籠は鶴が引っ張り空を飛んだ。サキはカーテンを閉めてため息をまたついた。
 「ところであんた、名前、なんて言うんだい?」
 「ん?俺?ああ、天御柱神(あめのみはしらのかみ)だ。」
 「えええええ!あんたが!」
 男がさらりと言ったので逆にサキのリアクションが大きくなった。
 天御柱神と言えば天災、厄災の神として有名である。鬼神と呼ばれ、恐れられて祭られた神様だ。
 「それ、すげーリアクションだな。面白いぞ。」
 「あんまり台風とか竜巻とかやめておくれよ……。こわいったらない。こう、横にいるだけで怖いよ。まずそのお面がねぇ……。心臓に悪い。うん。悪い。」
 サキは大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。駕籠は天御柱神のせいで狭い。
 ……厄神とこんなに密着してたら何が起きるかわからなくて怖いよ……。駕籠が突然落ちたりとかしないでおくれよ……。
 サキは色々とビクビクしながら天御柱神を見つめた。
 「ああ、俺の呼び名は呼びやすいように呼んでくれて構わないぞ。」
 天御柱神は小型ゲーム機を取り出すと楽しそうにやりはじめた。
 「……呼びやすいようにって……うーん。じゃあ、みー君でいいかい?」
 「みー君?なんだそりゃ。俺はお前の幼馴染か?まあ、いいがな。」
 サキはてきとうに彼のあだ名を決めた。だいたい、やっているゲームが子供が好みそうなゲームだ。それを見ていたらもうみー君しか思い浮かばなくなった。
 横スクロールで主人公と思われる男が変な効果音を立てながらジャンプをし、落とし穴を避けている。
 「それって、今もなお愛されているスーパーリマオ?」
 サキは小型ゲーム機の画面を眺めながら質問をする。
 「ああ。俺、なんかこれ、ハマっちゃってな……。このリマオってやつ、災難だろ?落ちたら死ぬ穴だらけの道に針生やしたカメがうろちょろしててやっと休めると思っていたドカンの上から人食い花がにょっと出てくるんだ。いやー、厄をもらってんなあと思ってな。こんな世界からこいつを助けてやりたくなった。ただ、それだけでこのゲームを極めた。」
 「あー……そうなんだ。」
 みー君は楽しそうにゲームに向かっているがサキは逆に呆れた。画面中のリマオは見えないくらい速く動いており、サキにはリマオに何が起きているのかよくわからない。
 「ていうか、そのゲームってさ、リマオが姫様を助けに行く感じのストーリーじゃなかったかい?なんであんたがリマオを助けるのさ。」
 どうでもいい事だがとりあえず聞いてみた。
 「姫はリマオが助ける。俺はリマオを助ける。というわけさ。」
 みー君はなぜか胸を張っていた。
 ……言いたい事はなんとなくわかったけど……まあ、もういいや。なんかめんどくさい。
 サキはつっこむ気もなく、ふうとため息をつくと寝る体勢に入った。
 「ん?寝るのか?もうそろそろつくんじゃないか?」
 「少しだけ寝る。うるさくしないでおくれよ。」
 「わかった。着いたら優しく起こしてやる。」
 「そうかい。」
 サキはちらりとみー君を見た。みー君はサキが寝やすいようにけっこう端に寄ってくれていた。
 ……けっこう優しいじゃないかい。見直したよ。
 サキはクスッと微笑むと目を閉じた。みー君の好感度がサキの中で少し上がった。
 その直後、サキはうつらうつらとまどろみ、夢の世界へ消えた。
 

三話

どれだけ経ったかわからないがしばらくしてうっすらとみー君の声が聞こえてきた。そしてなんだか妙に生暖かい風がサキを撫でている。
「おい。朝だぞ。起きな……って。」
みー君のやたらと色っぽい声が耳に張りつく。そして何かがサキの頬をそっと撫でる。
「ん?」
 サキはそっと目を開けた。
 「みー君の声がする。私はそっと目を開けた。」
 みー君がなぜかナレーションのような話し方でぶつぶつと何か言っている。
 ……まったくなにぶつぶつ一人で言っているんだい?
 サキはそう思いながら何回か瞬きをした。焦点の合ってきたサキの目元近くに鬼の面が突然映った。
 「ぎゃあ!」
 サキは目の前に現れた鬼の面を見て思わずお面に向かい、足蹴りをしていた。みー君はサキに覆いかぶさるように座り、サキに顔を近づけていた。しかし、足蹴りにより、みー君は身体を大きくのけ反らせ、サキから離された。
 「おいおい。そこは色っぽく『みー君……ダメ……そんなに顔を近づけたら……』だろ?可愛くねぇな。」
 みー君はのけ反ったまま、つまんなそうに声を発した。
 「まったく!なんなんだい!普通に起こしておくれよ!ていうか痛い!あんた、どんなお面かぶっているんだい?足が折れるかと思ったよ。」
 サキはお面を蹴った右足首を涙目でさすりながらみー君に向かいため息をつく。
 「せっかく乙女ゲームみたいにナレーション付きで甘く起こしてやろうと思ってたんだがな。こんなイケメンが目の前にいるのに何故蹴るんだ……。」
 みー君は残念そうな声でサキを見つめた。
 「あんたねぇ……。だいたい、そのお面見たら誰でも驚いて蹴るよ。それにイケメンかどうかはお面とらないとわからないし、乙女ゲーム自体を知っているあんたが気持ち悪いわっ!」
 乙女ゲームとは女性向けの恋愛シュミレーションゲームだ。色々なタイプが設定されているが一緒なのは全員イケメンという事だ。
 「ああ、あのゲームをやった時はなぜか鳥肌が止まらなかったな。しばらく熱心にやっていたがふと気がついたんだ。俺はなんで鳥肌を立てながら男キャラを必死で落としているんだとな。スチル集めから隠しルートやらコンプしてから気がついた。ギャルゲーもためしたがやっぱり俺はリマオに戻ってきた。」
 なぜか誇らしげにみー君は語る。
 「は、はあ……そうかい。何言っているのかいまいちよくわからないけど……太陽には着いたのかい?」
 サキは戸惑いながらみー君に目線を向ける。
 「いや、着いていない。」
 「じゃあ、なんで起こしたんだい?」
 サキの心にどんよりと不安が広がっていく。
 「実は何かしらの敵襲にあって現在、術にハマっているのだ。」
 みー君は声のトーンを変えずに平然としゃべる。
 「て、敵襲だって?あんた、何してたんだい?起きていたんだろう?」
 「術にハマる寸前、高速で動いていたリマオをいきなり止めるわけには行かず、クリアしてからなんとかしようと思っていたができんかった。」
 みー君の呑気な発言にサキは思い切りズッコケた。つまり、何者かの術にハマりつつあることを知りながらリマオの調子がいいのでゲームを中断できず、最後までやってしまったという事だ。
 「ふざけている場合じゃないよ!何が甘く起こしてやろうだよ!何やっているんだい。まったく。」
 「何と言うか、もう術にハマったから別にいいかと思い、ちょっとやってみたかった起こし方を実践してみたというわけだ。現実だとああなるのか。はっはっは!」
 何の術だか知らないが敵の術にハマっているというのにみー君はとても楽しそうだ。サキは正反対の気持ちだ。
 ……この男といたら命がいくつあっても足りないよ……。とりあえず、この駕籠から出て……
 サキは素早く駕籠から降りた。
 「おい。駕籠に足引っ掛けないように気をつけて降りろよ。」
 呑気なみー君の言葉を無視し、サキは外の様子を伺った。外は雪が降り積もっており、どこだかよくわからないが森の中のようだ。不思議と寒くはない。そして空を飛んでいたはずだが駕籠は地面に無残に落とされていた。鶴はいない。
 ……という事はこの駕籠は突然、鶴達から切り離され、ここに落下したって事だね。ああ、あたしもなんで落ちている事に気がつかずに寝ていたんだい……。
 サキはみー君の事を言える立場ではない事に気がつき、ため息をついた。
 「!」
 サキがため息をついた刹那、みー君に手を引っ張られ駕籠の中へ押し込まれた。
 「へっ?何するんだい!びっくりしたじゃないかいっ!」
 サキがみー君に向かい叫んだ時、先程までサキが顔を出していた場所に大きな衝撃が走った。
 「おわあっ!」
 駕籠は大きくバランスを崩し、吹っ飛ばされた。サキ達が籠っていた駕籠は風圧でゴロゴロと転がり、やがて一つの木にぶつかり止まった。
 「危ないぞ。」
 ひっくり返っているみー君が呑気に言葉を発した。
 「ななな……なんだい?今のは!」
 サキは目を丸くしながらみー君を見つめる。
 「ん?ああ、お前、そういえば猫みたいな目をしてるな。猫目だ。驚くとさらに猫みたいだ。はっはっは!」
 「笑っている場合じゃないんだよ!猫でもなんでもいいから状況を教えておくれよ!」
 笑っているみー君のお面を突きながらサキは声を上げた。
 「状況?俺にはわからないな。とりあえず外に出てみるか?外には敵がうじゃうじゃ。装備は大丈夫かい?勇者よ。こんぼうとなべのふたの装備じゃ死ぬぜ。」
 「誰が勇者だい!ふざけてないでさっさと行くよ!」
 サキは能天気なみー君を引っ張り駕籠の外へ出る。
 「俺は勇者パーティの魔法使いでもやるか。生き返らせる呪文は持ってないぞ。」
 「うるさいねぇ!あんたは!今は緊迫したムードなんだよ!少しはまわりに気を配って……。」
 サキが声を荒げた時、みー君がサキの手を引き高く空を飛んだ。刹那、駕籠は爆発を起こした。
 爆風がサキ達を襲ったがみー君が空を飛んでいるため、飛ばされるほどの風ではなかった。
 「なるほど。姿を現すとなんかが攻撃してくるのか。」
 みー君はスタッと地面に着地した。サキも後を追って着地する。
 「おお……。頼もしいのかなんなのかよくわからないよ。」
 「とりあえず、勇者の剣を見せてくれないか?」
 みー君が目を輝かせながらサキを見つめた。サキは太陽神ならではの能力で太陽エネルギーを凝縮した剣を出す事ができる。サキはこれからの事を思い、ほぼ炎でできている剣を手の中に出現させた。
 「これかい?出せるけど剣術はまったくできないんだ。」
 「だろうな。持ち方から素人だ。」
 「なんだか腹立つ言い方だねぇ……。」
 サキはだんだんと目が慣れてきて、飛んでくる何かを横に飛んで避けた。なんだかわからないそれは無数に飛んできており、すべてサキとみー君を狙っている。
 サキは目を凝らしてその何かの正体を暴こうと頑張った。避けながら観察している内に原型が見えてきた。
 「……爆弾?」
 何かは絵で描いたような爆弾の形をしていた。子供用のゲームとかでよく見るシンプルな形をした丸い爆弾だ。
 ……絵で描いたかのようだね。得体が知れない。これも術の影響なのかね。
 サキが考察している最中、みー君が爆弾を軽やかに避けながらサキの元まで戻ってきた。
 「俺達はこの見える範囲の場所以外は動けないようだ。完全に外と遮断されている。」
 「まいったね。一体こんな事するのは誰なんだい?……ん?」
 サキがふと横に目を走らせた時、黒い達筆な文字が空間に浮かんでいた。
 「芸術神ライ?サインかこれ?なるほど。なんとなくわかったぞ。ここは絵の中だ。芸術神ライって奴の術の中だ。」
 「芸術神かい……。あいつらは人間の妄想とか心とか心霊の世界、弐の世界を作ったりできるって聞いた事があるよ。芸術神にアイディアを願った人間に自身のアイディアを渡し、お代として信仰心をもらっているって言う……。」
 サキは不安げな顔でみー君を見た。みー君の表情はお面のせいでわからない。
 「じゃあ、ここはなんだかわからん不安定な弐の世界なんだな。絵の中って事はたぶん、これは紙だろ?輝照姫、燃やしてしまえ!」
 「燃やすって火で囲めばいいのかい?ホントに大丈夫かねぇ……。あ、それからあたしはサキでいいよ。」
 サキはそうつぶやくとみー君の言った通り、手から炎を出現させるとあたりを覆った。炎は勢いよくあたりに広がった。
 「暑いな……。しかし、よく燃える。」
 みー君は手でパタパタとあおぎながらまわりを見回す。しばらくすると砂で描いた絵が水で流されるように風景が消えて行った。サキの炎もいつの間にか消えていた。
 気がつくとどこかの神社にいた。
 「?……さっむっ!」
 炎が完全に消えた時、刺すような寒さが二人を襲った。よく見ると雪が降っている。
 「ふむ。現世の神社だな。今年は記録的豪雪らしいぞ。この辺は雪国じゃないから大変だな。」
 みー君は雪を眺めながら一人頷いた。
 「厄災の神に心配されるなんてね……。」
 「ま、なんだかわからないが術から抜けたようだ。もうあの駕籠は使えんな。ボロボロだ。見ろあれ!はっはっは!」
 みー君は楽しそうな声で修復不可能な駕籠を眺めた後、サキに目を向けた。
 「ああ、もうやだよ……。もう、現世なら太陽へ行く門を開いてさっさと帰ろう。」
 サキは大きくため息をついてから歩き出した。
 「ん?どこ行くんだ?」
 「太陽へ行く門を開くには日の神格を持っている神が住む神社でないと門を開けないんだ。」
 「ふーん。なんだかわからないがついてくぜ。」
 サキに続き、みー君も歩き出す。
 「おい。というかこの神社は違うのか?」
 「安産祈願って書いてあるじゃないかい……。ここには日の神はいないよ。」
 サキは何本も立っている旗を指差す。その旗には安産祈願と書いてあった。
 「そうか。じゃあ、ついでだからなんかゲームを買ってもいいか?」
 みー君は声を弾ませてサキに詰め寄ってきた。
 「なんのついでだかわかんないけど、せっかく現世に来たし、あたしも寝間着買いたいしねぇ……。とりあえず寒いから服着替えよう。」
 サキは両手を広げて着物を排除するとショッピング用のオシャレな服に戻った。
 「男の前で着替えるなんてお前、けっこうチャレンジャーだな。」
 「別に裸になるわけじゃないんだからいいじゃないかい。」
 「若さがねぇな。」
 「うっさいねぇ。」
 サキはみー君の言葉を軽く流しながら神社の階段を降りる。
 「!」
 神社の階段を降りている最中だった。突然、また風景が揺らぐ。みー君はサキを抱えると神社の階段から舞うように飛んだ。
 「うわあああっ!」
 みー君は叫ぶサキに耳を塞ぎながら一気に階段を降り、地面に足をつけた。
 「びっくりした。あんた!何やってんだい!危ないじゃないかい!」
 「いやあ、危なかったのは違う方向で危なかったぞ。はっはっは!」
 みー君は楽しそうに笑いながら真っ青なサキを降ろすと神社の階段を指差した。
 「え……?」
 サキの身体からじわりと冷や汗が出てきた。神社の石段は知らぬ間に針の山に変わっていた。
 「串刺しでゲームオーバーになってたなあ。ゲームだとあれだな。この針が出たり引っ込んだりしてタイミング合せて飛んで……」
 「なんであんたは楽しそうなんだい……。もう身が持たないよ……。」
 みー君は針の山に感心しており、サキは単純に生きていた事を喜んだ。
 「ここもあれだ。芸術神の絵らしいなあ。」
 みー君は横にある黒い文字を指差した。
 「また芸術神ライってやつのサインかい……。一体何の嫌がらせなんだい。これは!」
 サキはイライラしながら先程と同様、周りに火を放った。
 「おお。今回はいきなりやるんだな。もっと探索してからのが面白いと思うぞ。」
 「いんや、もういい。あたしは疲れた。」
 サキはさらに炎を増やす。どんどん熱が上がっていき、あたりは蒸し風呂状態になっていた。
 「暑い……。おかしいな。風景が消えない。」
 みー君は手でパタパタとあおぎながらあたりを見回している。
 「確かにおかしい。どんどん暑くなっていくだけだね。なんか対策でも立てたのかね……。」
 サキは頬に垂れる汗をぬぐいながら激しさを増す炎をじっと凝視していた。
 「今度は紙じゃねぇな。熱がこもっているって事は鉄とか石とかなんかに絵を描きやがったな。」
 「なるほどね。そう言う可能性もあるのかい。いったん炎を消すよ。」
 サキは一瞬で炎を消して見せた。徐々に温度が下がっていき、しばらくすると元の寒さに戻った。
 「とりあえず出られる場所を探すか。……ん?」
 みー君は上から飛んでくる何かに気がついた。とりあえずサキを抱え、走り出す。
 「またなんかあったのかい?」
 サキがみー君に抱えられながらつぶやいた。
 「ん?わからん。」
 みー君が走り出した場所から狙いを定めるように何かが爆発した。狙いを定められているらしくみー君は足を止める事ができない。止まったところで爆発物が命中するからだ。何が飛んできているのかはわからない。
 「あんた、けっこう反射神経とか凄いんだねぇ。走るのも速いし。」
 「見直したか?おおっと。」
 みー君は大きく空を飛んだ。目の前に大きな落とし穴があり、その落とし穴の中から針が覗いていた。
 「ひぃ……。あ、あんたが頼りだよ……!ほんと頼りにしているよ!」
 サキは顔を強張らせながらみー君を見上げた。
 「おお!リマオだ!俺はリマオだ!ははっ!最上級のスリルだ!」
 サキとは正反対にみー君はとても楽しそうだった。落とし穴がみー君の心に火をつけてしまったようだ。
 ……ワイズ……確かに彼はやり手だが……これは嫌がらせにしか思えないよ……。
 サキはため息をつきながらこの状況をどうするか必死に考えていた。
 「というか、なんでお姫様ダッコなんだい?せっかく助けてもらっているしどう持たれても文句言わないよ。」
 サキはだんだん慣れてきた爆発の音を聞き流しながらみー君を見上げる。
 「お前は姫だ。姫になれ!俺はリマオだーっ!」
 ……ダメだこりゃ……。しかし、いい感じの乗り物だねぇ。これは。
 一人で燃えているみー君にサキはもうつっこむ気も起きなかった。サキは飛んだり、避けたり忙しいみー君の邪魔にならないようにあたりを見回した。みー君は一直線にしか進んでいない。おそらく一直線にしか動けないのだ。しかし、さっきとは違い、やたらと動ける範囲は広い。
 術の範囲は描くものによって違うらしい。先程は紙。サキ達は画用紙くらいの大きさの紙の中に閉じ込められていたと推測される。そして今は横長の石か、燃えない物の中にサキ達は閉じ込められている。おそらくここも弐の世界。弐の世界は生物が寝ている時に行く心の世界だったり、心霊が住む世界だったりと様々だ。それぞれ違い、変動する。世界も沢山あり、不確定要素が強い。想像力や夢に関わっている神は弐の世界を作ってしまう事もできるらしい。
 「問題はどうやって出るか。」
 サキが出られそうな場所を探していると一カ所、違和感を覚える所があった。周りの風景はみー君が走っている一本道に沿って絵で描いたような木が並んでいる。その木の一本に亀裂が入っていた。
 「みー君、ちょっと戻ってもらえるかい?一カ所、おかしな木を見つけたんだ。」
 「戻る?難易度が高けぇな……。なんか隠しルートでも見つけたか?」
 みー君は相変わらずハヤブサの如く爆弾を避け、落とし穴を避けてまっすぐ進んでいる。
 「いいから、ちょっと戻るんだよ。ゲーマー。」
 「そんな簡単に言うな。だいたいこういうのは難しいんだからな。」
 みー君は一瞬止まると振り向き、逆走を始めた。サキは若干祈る気持ちでみー君にすべてを任せた。いままで後ろから襲ってきた爆弾は今度前から襲う事になる。爆弾には追尾機能がついており、真っ向から対峙すると避けるのは難しい。先程、みー君が軽く通り過ぎた落とし穴も場所を覚えていないと落ちてしまう。
 「みー君。頑張っておくれよ。」
 サキは不安げな顔でみー君を見上げた。みー君はちらりとサキを視界に入れるともう一度しっかり抱きなおした。
 「そんな顔されちゃあ、なんか燃えるぜ。」
 みー君の心にさらに火がついた。
 ……ふう。なんとなくこの男の扱いがわかってきたような気がするよ。今は彼が頼りだから頑張ってもらわないと。
 サキは前から飛んでくる爆弾に目をそむけながらみー君を心で応援した。
 「ここが落とし穴だ!ここで右から来る爆弾を避けて左に着地。ここで左から槍が飛んでくるから素早く飛び、着地。すぐに前から飛んでくる爆弾をしゃがんでかわす。」
 みー君は驚く事に爆弾が飛んでくる位置まで覚えていた。ゲーマーの能力か、長年生きた経験かわからないがサキは褒め称えたい気持ちでいっぱいだった。
 「す、すごい。すごいよ!みー君!」
 気がつくと先程サキが気になっていた木の近くにいた。
 「で、どこなんだ?」
 「もうちょっと先だよ。」
 みー君はさらに戻った。すると、木の亀裂は先程よりも大きくなっており、その亀裂の隙間から何者かの手がにょっと出ていた。
 「お?なんか手が出ているぞ。気持ちわりぃなあ……。」
 みー君は警戒しながら手が出ている亀裂に近づいて行った。
 「サキ様―!御柱様―!」
 亀裂の向こう側で若そうな男の声が聞こえてきた。
 「誰だい?」
 サキは亀裂に向かい声を上げた。
 「その声はサキ様?今助けます!」
 亀裂から出ている手から突然、大きな刀が出現した。亀裂の隙間を器用に使い、手の持ち主が刀を振るった。
 「!」
 刹那、石のようなものが飛び散り、風景は溶けるように消えた。
 「なんだ……?」
 風景は完全に消え失せ、石の壁で覆われているトンネルの中にサキ達は立っていた。
 石のトンネルの壁面には長い落書きがしてあった。サキ達はこの中に入り込んでいたらしい。
 「はあ。やっと会えましたね。」
 サキ達は声が聞こえた方を向いた。目の前に若い男が立っていた。緑の作務衣を着ており、髪はボサボサだ。目はくりくりとしており、どこかかわいらしい感じがある。
 「お前なんだァ?まさか芸術神ライかぁ!」
 みー君は冷めきらない頭で叫んだ。何故だか気持ちが上がっているようだ。
……なんだかみー君、いつの間に熱い男に変わったね……。
 「みー君、たぶん違うよ。」
 サキはみー君を元に戻そうと声を上げる。その後、付け加えるように男がしゃべりだした。
 「オレは芸術神じゃないですよ。あなた様達がこの石の絵の中に入り込んでしまったんで刀で絵を傷つけて助けるつもりだったんです。」
 男はにこりと微笑むとボサボサの頭をかいた。
 「そうか。刀で石を斬れば今度は良かったのか。炎で焼き尽くせなかったわけだ。で?お前は?」
 みー君の高ぶりがだんだんと戻ってきたらしい。声のトーンが一定になってきた。
 「ああ、オレは剣王から派遣された助っ人です。お話はいってますよね?まだ、神になって間もなくて、名前をもらっていません。お好きに呼んでください。」
 サキは剣王からの言葉を思い出した。後で太陽に派遣しておくからとかなんとか言っていた修行中の神だ。
 「あんた、よく急に消えたあたしらを見つけられたねぇ。」
 「鶴達が騒いでいるのを見つけてそこから気配を追いました。そしたらこの現世の石トンネルにあたったんです。」
 男は礼儀正しくサキに答える。好感を持ったサキは男に微笑んだ。
 「なるほどね。あんたのおかげで助かったよ。」
 「そんなお褒めの言葉をいただくなんて……オレ、最高です!」
 「あんた、なんだかかわいいねぇ。」
 「かわいいだなんてそんな……っ!滅相もない!」
 サキはなんだかこの男を見ていると癒された。サキとは逆にみー君は不機嫌そうに男を見ていた。
 「ああ、なんか鬱陶しいな。」
 「鬱陶しいなんて滅相もない!」
 「いやいや……。」
 男の反応でみー君も戸惑っていた。この若い男は偉い神二人に会った事で頭があまり回転していないようだ。
 「名がないって呼び名に困るねぇ。じゃあ、あたしが決めてあげよう。チイちゃんなんてどうだい?」
 「おいおい。どっからきたんだよ。その名前……。」
 笑顔のサキを横目で見ながらみー君がつぶやいた。
 「チイちゃん!素敵なあだ名をありがとうございます!」
 「おいおい。そんなあだ名でいいのか。」
 男はやたらと嬉しそうだ。みー君はふうとため息をつく。
 「よし、じゃあ、とりあえず太陽に行く感じでいいかい?みー君、そしてチイちゃん。」
 サキは良い気持ちでみー君とチイちゃんを交互に眺めた。
 「なんだかお前の飼い犬みてぇになったな……。別にいいが。」
 みー君はぽりぽりと頭をかいた。
 「あははは!予想以上に面白かったわ。」
 「?」
 話が一通り終わったのを見計らったかのように甲高い女の子の声が響いた。サキ達は声の主を探したが見つからなかった。
 「どこにいるんだい?ていうか誰だい?」
 「私は芸術神ライよ。主に絵を極める芸術神。絵は奥が深い。線で正確にラインをとったりとかわざとアバウトにとったりとかねっ!色もいっぱい。影のつけ方もただの黒じゃないしね。」
 サキが質問した刹那、目の前に金髪の女の子が現れた。金髪の女の子はボンボンのついているかわいらしい帽子をかぶっており、茶色のジャケットに蒼と水色のしましまのシャツを着ている。
下はキュロットスカートに黒のストッキングだ。金色の短髪を揺らしながら芸術神ライは微笑んだ。目は丸く、可愛らしい顔つきをしている。歳はサキと同じくらいか。おそらく十六、七だろう。
 「あんたが芸術神ライねぇ……。なんであたしらに嫌がらせをするんだい?」
 サキはあまり挑発しないように言葉を選び話しかける。
 「うーん。あれよ。芸術だわ!」
 ……もうダメだ……。わからない。会話になってないじゃないかい……。
 だがサキはこの質問で芸術神ライとやらが何かを隠している事に気がついた。
 「お前がラスボスか。」
 「ラスボス?何を言っているのかわからないけどとりあえず……ね?」
 みー君の言葉に一応答えたライは突然、絵筆を空中に走らせた。
 「なんだい?」
 サキが目を細めた時、ライの絵筆から大岩が多数、サキ達に飛んで行った。
 「?」
 サキとチイちゃんは咄嗟に行動ができず、ただ立ち止っていた。素早く動いたのはみー君だ。
 みー君は手からカマイタチを放ち、大岩を次々と破壊していく。しかし、大岩があまりにも多すぎてみー君一人では対処しきれず、みー君の顔面に大岩が当たった。
 「ちっ……。」
 「みー君!」
 低く呻いたみー君を横目で見ながらサキもやっと動き出した。サキは軽々と炎で岩を斬っていく。反対にチイちゃんは危なげに刀で大岩を破壊している。
 大岩をすべて破壊した後、サキとチイちゃんは顔を押さえているみー君の側へ慌てて近寄った。
 「ちょっと!大丈夫かい?どっか怪我したんじゃないかい?ねぇ?」
 「みー様……。すみません。オレが動かなかったせいで……。」
 サキとチイちゃんは不安げな顔でみー君の様子をうかがう。みー君の顔からお面の破片がパラパラと落ちていた。
 「あーあー、けっこう気に入ってたんだがなー……。」
 みー君は痛がるそぶりも見せずにサキ達の方を向き、顔に当てていた手をそっとどけた。
 「!」
 みー君のお面は半壊しており、そこから鋭い瞳が覗いていた。よく見ると端整な顔立ちをしている。
 「あんた、けっこうカッコいいじゃないかい!なんでお面なんてしているんだい?なんか色々もったいないよ。ていうか、そのお面、どんだけ固いんだよ!あんなに直撃だったのに半壊とか。」
 サキは初めて見たみー君の素顔に謎の感動を覚えていた。
 「お前、テンション高けぇな……。」
 「みー様の素顔……初めて拝見いたしました!墓場まで持っていくつもりです!」
 「お前はなんでテンションが高けぇんだよ。気持ち悪いぞ。」
 みー君はなぜか興奮しているチイちゃんに呆れた。それを眺めながらライはニコリと笑った。
 「なるほど。みー君が一番厄介そう。まずみー君を倒すわ!覚悟!みー君!」
 「お前もみー君、みー君言うな!敵なのに慣れ慣れしいんだよ。」
 みー君は不機嫌そうな顔でライを睨む。
 「なんか狙いがみー君に行ったみたいだね。」
 「少し端の方で安全をキープしましょう。サキ様に怪我があってはなりません。そしてオレはみー様の勇姿をこの目で見たいです。」
 「そうかい。じゃあ、ちょっと端に寄るかい?」
 サキはため息をつきながら目を輝かせているチイちゃんを引っ張り、石の壁の方へ寄る。
 「なんか、ずいぶんゆるいんだね……。」
 ライは頬をぽりぽりとかきながらはにかんだ。
 「なんだ?俺とお前で一騎打ちか?あれだな。銀拳だな!銀拳!」
 みー君の声がまた弾んでいる。今回は顔が見えるので楽しそうに笑うみー君を見る事ができた。
 「銀拳ってあれですね!ゲームセンターにある格闘ゲーム!」
 チイちゃんは完全に応援ムードに入っている。
 「俺は熊猫Gで勝負だ!」
 何の会話をしているのかまったくわからないがみー君は楽しそうだ。
 「もう……なんでこう、緊迫したムードがないんだい?このテンション、もう疲れたよ。」
 サキは壁に背をつけながら頭を抱えた。
 「なんかよくわからないけど本気で芸術しちゃうわよ。」
 ライもペースを崩され戸惑いながら筋骨隆々の空手着を着た男性を筆で描き、出現させた。
 「おう!来い!」
 また感情が高ぶっているみー君は出現した男を睨みつけながらファイティングポーズをとる。
 みー君は男が繰り出す拳を軽やかに避け、反撃のタイミングを計っていた。男は蹴りや拳を見えないくらいの速さで打ち込んでいる。それをみー君がどうやって避けているのかはわからないがなかなか能力の高い神のようだ。
 ……一体、何をしたらこんな神になるんだい?
 サキは戦いの風圧をその身に受けながら不思議そうに首をかしげた。隣でチイちゃんは目を輝かせてときどき大きく頷いている。
 みー君に対する憧れかなんなのか知らないがチイちゃんは運動会のバトンリレー並みに応援していた。かなりうるさい。
 「!」
 みー君が素早く足払いを男にかける。男がバランスを崩した。そのままみー君は右足を風に乗せ、男の脇腹を蹴り飛ばした。男は衝撃波と共に吹っ飛ばされ、石壁に思い切り当たり、消えた。
 「……あんたはどんな脚力してるんだい。まったく。」
 「サキ様、あれはみー様特有の台風を起こす力を凝縮して右足に集中させることによって放たれる一撃ですよ。」
 驚いているサキに興奮気味にチイちゃんは語った。
 ……なんかどっかの少年漫画とかにいそうな起こった事を説明してくれる奴みたいだね。この子は……。
 サキが呆れた目でチイちゃんを見た。
 「さてと。」
 「え?え?なに……?やめて……。」
 みー君は手をバキバキ鳴らしながらライに近づいていく。ライはまさか男が倒されると思わなかったようで戸惑って泣きそうな顔になっている。
 「ちょっと、みー君!暴力はダメだよ!」
 サキが慌てて叫んだ。みー君がライの前で足を止め、にやりと笑った。
 「ゲームは男女平等だぜ?」
 みー君は拳をビュッと怯えているライに向けて繰り出した。
 「ひっ!」
 ライは小さく叫び目を閉じた。
 「なんてな。はっはっは!」
 みー君の拳はライの額スレスレで止まっていた。
 「ほえ……?」
 てっきり殴られると思っていたライはヘナヘナとその場に座り込み、わんわん泣き出した。
 「あ、あれ?なんで泣くんだ?」
 「みー君……ああ、びっくりしたよ。そんな事する奴じゃないとは思っていたけどねぇ。」
 きょとんとしているみー君にサキはほっと胸をなでおろした。
 「ゲームはゲームだ。リアルでは俺は紳士なんだ。こんなに怯えられて泣かれたら違うゲームのスイッチが入っちまう。なんというかこの娘を攻略したくなる。」
 みー君は泣かれた事にかなり戸惑っているようだ。自分で何を言っているのかよくわかっていない。
 いじめるつもりはなくただの冗談のつもりだった。冗談だったのだが大泣きされてしまい、みー君は戸惑う事しかできなくなってしまったという事だ。
 「私をこうりゃく?」
 ライはめそめそと泣いていたがみー君のある一言でそっと顔を上げた。
 「えー……まあ……あれだ。そのごめんな。」
 「こうりゃく……。」
 ライはみー君の謝罪を半ば無視し、じっとみー君を見上げている。そして目があったとたん頬を真っ赤に染めた。
 「あれ?えーと……ちょっと待て!なんか勘違いを……。違う!違うぞ!」
 「攻略って私をどうするの?隅々まで触るの?見るの?ちょっと恥ずかしいな……。でも負けちゃったし……しょうがないかな……。」
 ライは頬を真っ赤に染めながら潤んだ瞳でみー君を見上げていた。
 「へっ?待て待て!触るってなんだ?お前は……な、何を言ってるんだ……。」
 みー君は戸惑いつつ、困った顔をサキ達に向ける。
 「あーあ……。失言だね。いきなりお前を攻略してやるなんて言われたら変な想像するのはわかっていた事じゃないか。」
 「新手の女性を落とすテクニックですか!さすがです!みー様!」
 「あんたはちょっと何と言うか気持ち悪いよ。」
 よくわからないが感動しているチイちゃんにサキは呆れながらつぶやいた。
 「俺はそんなつもりじゃなくてだな……。べ、別に変な事を望んでいるわけではなくてだな……。ああ、ダンジョンに入って宝箱を見つけたい……。」
 みー君の戸惑いがいよいよひどくなってきたのでサキは助け舟を出す事にした。
 「あんた、なんで嫌がらせをしたんだい?根は性悪じゃないだろう?」
 サキはライに違う方面での言葉を投げる。
 「私は芸術をひたすら求めているの。だから、彼氏がいないの。さみしい。」
 「あの……悪いんだけどちょっと男から離れてくれるかい?」
 サキはしくしく泣いているライに同情しつつ本題を引き出す。
 「で、なんの話してたっけ?」
 ライは涙をふくと再びサキを見つめた。
 「なんで嫌がらせしたのかを聞きたいんだよ。」
 「ああ、旧友、月子の頼み。あなた達が凶悪で月子の邪魔ばかりするから少し懲らしめてって言われた。でもなんかゆるいし呑気だし……優しいし……ああ、もう、私わからない!わからないわ!あなた達、何なのよぅ!うえええん。」
 月子とは現在月光の宮を取り仕切っている月神トップのあだ名だ。本当は月照明神という名の神だが本人が月子さんと呼べとまわりに強要している。少し変わった神様だ。
 ライは不安が爆発したのかさらに泣きはじめた。ライの泣き声にチイちゃんとみー君は戸惑い、オドオドと謎の踊りをしている。
 「あたし達は今、その月子の様子を見に行こうとしている所だよ。いいかい。よく聞いておくれ。今、月が大変な事になっているらしいんだ。月子が何かの事件に巻き込まれたかもしれないからそれを調査して助けようとあたし達はしている。」
 「それは本当なの?じゃあ、月子が言っていた事は?なんなの?嘘?」
 「それはわからないよ。少なくともあたしらは月子を助けようと動いている。別に凶悪じゃないよ。」
 サキの一言を聞いてライは安心したらしい。おそらく月子のため必死でサキ達の邪魔をしようとしたようだ。月子が言っていた事は気になるが今、この状況はおさまった。
 とりあえず一同は太陽には帰らず、直接月に行く事にした。
 

四話

 高天原東。
 白い雲と青空が風に吹かれ流れていく。金色の建物は太陽の光を反射し、眩しいくらいに輝いていた。その建物の屋上に立つ二つの影。男と幼女の影。
「ワイズ、約束通り刀のあの子を送ったからね。あの芸術神の事は忘れてあげるよ。これで一応皆プラスになるねぇ。」
 剣王は冬の冷たい風をその身に受けながら口を開く。ここはワイズの別荘、あの金色のビルの屋上だ。剣王はワイズと話すため、駕籠に乗らずに待っていた。
 「輝照姫にはめんどうをかけたけど月の本当を暴くには仕方ない事だNE。あんたが条件をのんでくれて助かったYO。輝照姫には天御柱をつけたから弐に取り込まれる事はおそらくないと思うYO。」
 ワイズは腕を組み、街並みを見つめる。
 「君もよく考えるねぇ。自分が不利にならない方法をよくもまあ、思いつくものだよ。それがしの要件はあの名もなき神のあの子を月照明神に会わせる。だったんだけど、君は月照明神に会わせてやるから芸術神の件は黙っていろとそれがしに言った。名もなき神のあの子は弱いし、君が簡単に月照明神にあの子を会わせられるとは思えない。どうするのかと思っていたら信仰心の足りない太陽に援助してやると言い、輝照姫を月に行かせた。彼女なら強いからそれがしの部下のあの子も守ってやれる。天御柱もつけて体勢を万全にしてくれたしね。輝照姫が月に行く事によって月照明神が大きく動き出すだろう。それがしには月の事情なんて関係ないんだけどねぇ。」
 剣王は険しい顔をしているワイズをちらりと横目で見る。
 「月照明神の件で芸術神が関わってくるとしたら私にはかなり関係してくるYO。剣王。約束はかわしたYO。この件……漏らすな。」
 ワイズはサングラスの奥で剣王を睨みつけていた。
 「はいはい。それがしの要件を守ってくれていたら月の件に関しては黙っててあげるよ。」
 剣王はワイズにニコリと微笑むと待機していた駕籠に乗り込んだ。ワイズはそれをただ黙って見ていた。


 「白、黒プラス基本色十五パーセントってところね!この雪の塊は色々使えるわ!うふふ。」
 ライは近くに溜まっていた雪を触りながら不気味に微笑んでいる。
 「おーい。早く行くぞー。」
 なんとなくついて行く事になったライにみー君は控えめに声をかけた。
 「あら、こちらの草は……。」
 「もういいから行くよ……。」
 サキはライを引っ張り歩き出した。先程から時間がけっこう経ったがまだトンネルを抜けたばかりだ。
 「いやー、ライは芸術に飲み込まれるとめんどくせぇなあ。」
 「……へ?誰?」
 サキは声が聞こえた方を向いた。声の主はチイちゃんだった。
 「お前、いつからキャラ崩壊したんだ?さっき会ったばかりだが。」
 みー君も驚いてチイちゃんを見つめていた。
 「え?なんでしょうか?みー様。サキ様。」
 チイちゃんは特に慌てる素振りもなく当たり前に元の口調に戻った。
 「いや、なんでしょうかって……。」
 みー君が戸惑っているとチイちゃんはライに話しかけていた。
 「おい。ライ。さっさと来い。迷惑かけんじゃねぇぜ。鬱陶しいんだよ。」
 「……あー……えっと……なんか態度がだいぶん違うけど……。私達、会うのはじめてだよね?」
 ライは怯えた目で乱暴に言葉を発するチイちゃんを見上げる。
 「態度がちげぇのは当たり前だろ。あのお二方は破格に神格がちげぇんだよ。オレとお前は同じ神格。お前に対して下手に出る必要はねぇんだよ。わかったか!この芸術バカ。」
 チイちゃんの気迫にライは怯えながら何度も頷いている。
 「うわあ……。」
 「口悪っ……。」
 サキとみー君はそれぞれ声を漏らした。
 「お、同じ神格でも礼儀ってあるじゃない?あ、あんまり口が悪いとタケミカヅチ神に報告しちゃうよ……。」
 ライが何か反撃しようと小さく言葉を発した。
 「お前が剣王様に会えると思っているのか?舐めた口きいてんじゃねぇよ。」
 サキは少しチイちゃんを落ち着かせようと動き出した。
 「あんた、ちょっと口が悪いよ。ライの代わりにあたしがタケミカヅチ神に言いつけるよ。」
 「!」
 サキの言葉でチイちゃんは顔を真っ青にした。こう見ると子犬のようだ。
 「さささ……サキ様!ごめんなさい!許してください!だいぶ調子乗りました……。同神格に会ったのがはじめてで舞い上がってました!どうかお許しを……。」
 「よわっ!」
 さっきとはうって変わってチイちゃんは濡れた子犬のようにサキを見つめていた。
 ……ふう。見栄を張りたいけど張れない、そんな気持ちが表に出たのかね。何と言うか素直な男だよ。
 サキが頷いている横でみー君が呆れた声を上げた。
 「ほんと、鬱陶しい男だな。お前がめんどくさいぜ。」
 「で、結局これからどうやって月に行くんだい?」
 サキはとりあえず全員の顔を見回した。
 「あの……鶴を使えばよろしいのでは?」
 委縮しきっているチイちゃんが恐る恐る声を発する。
 「ああ、それはいい考えだな。霊的鶴ならば霊的月にも入れる。生きている鶴だったらマジな宇宙旅行になってしまうし、人間が見ている月はただの砂だ。だいたい生きている鶴が宇宙に行けるわけがないがな。ははは。」
 みー君はまた楽しそうに笑っていた。
 「普通、霊的月に行くなら月神か、使いの兎が門を開いてくれなきゃ入れないよ。太陽だって太陽神か使いの猿じゃないと門を開けないし。現世だと特に条件があるし。それを丸無視して鶴で行けるのかい?」
 「んん……あー……どうなんだろうな?そう言われたら無理かもな。」
 サキの質問にみー君は顔を曇らせた。
 「あ、あの。私の能力を使えば行けると思うわ。」
 ライが話すか迷っている表情でサキ達の会話に割りこんできた。
 「あんたの能力ってなんだい?」
 サキは少し期待のこもった目でライを見つめた。
 「ええと、私が作り出す弐の世界で条件を満たせば月に行けると思う。私は演出家でも小説家でもないからただ、単純なお話って言うか絵になっちゃうんだけど……。」
 「ちょっと全然わからねぇですよ。」
 少し言葉に気をつけたチイちゃんがライに向かいボソボソと話す。
 「ああ、ごめんね。チイちゃん。ちゃんと説明するね。」
 「ち……チイちゃん……!?あんたには言われたくねぇんですけど……。」
 ライの言葉にチイちゃんの眉がピクンと動いていた。ライはそれに気がつかずに説明を続ける。
 「まず、私が月のお話を絵にする。この場合、竹取物語がメインでいいと思う。ただし、私は小説家じゃないからストーリーのない絵になると思う。それで描いた月は人間の心とか妄想心とか心霊が住む世界、弐の世界にいく。この月はアイディアとか妄想と一緒だからね。私が作り出す弐の世界へ……私の世界へ送られる。その月はもともと物語をベースでできている月だから現実世界にある本当の月ではない。それは月神が住んでいる霊的月も同様。あの霊的月も人間が作り出したもの。人間の想像力。つまり霊的月同士でリンクする。」
 「なるほどな。わかりやすい。」
 ライの説明でみー君は目を輝かせていた。なんだか冒険しているみたいで楽しいのだろう。
 「まあ、あたし達神も人間が作り出した想像の塊だしねぇ。霊的月同士で入るのが一番簡単かもね。」
 サキは険しい顔をしながらライに目を向けた。
 「でもこれ、月子に凄い怒られるかも……。月子、今誰も月に招こうとしないし。」
 「大丈夫だよ。ここで月に行かないと月の謎は解けないよ。さあ、やっておくれ。」
 目を伏せているライの肩をサキはポンと叩いた。
 「うん。わかった。やってみるね。」
 ライは少し迷いながら手からスケッチブックを出現させた。そのまま絵筆を取り出し、サラサラと絵を描いていく。竹取物語をイメージした竹と月があっと言う間にできあがった。色彩は水彩のように淡く月だけが輝きを放ち描かれていた。
 「ほお……。けっこうすげぇですね。」
 チイちゃんがスケッチブックを覗き込む。
 「ありがとう。チイちゃん。」
 「チイちゃんはやめてくれねぇですか。」
 「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
 「うっ……。」
 ライの言葉でチイちゃんは詰まった。実際名がないのだからしかたがない。
 「もう誰が呼んでもチイちゃんでいいじゃないかい。チイ・チャンとかでさ。」
 「なんか海外の人っぽくなったな。」
 サキの発言にみー君は呆れた顔を向けた。
 そんなのんきに会話している時、ライの持っていた絵が光り出した。
 「じゃあ、準備できたから私の絵の世界へご案内するね。」
 ライはそう言うと隅っこに慣れた手つきで自身のサインを書いた。刹那、光がサキ達を包み、サキ達はスケッチブックに吸い込まれて行った。


 「えーと……。」
 閉じていた目を開けるとサキの目に竹藪が映った。あたりは暗いがやたらと明るい月がサキ達を照らしていた。
 「うーん……。」
 サキの隣りでライが一人唸っていた。
 「どうしたんだい?」
 「うーん。なんかね、ちょっと私の世界とは違うなあって……。」
 「これはあんたの絵の中なんだろう?」
 「そうなんだけどね。」
 ライはなんだか納得がいかない顔をしている。サキはさらにあたりを見回す。
 「まあ、一人一人、別々に世界があってその個人の世界がごちゃごちゃになっているのが弐なんだろう?別の人の世界観が少し混ざったんじゃないのかい?」
 「そんな事ないよ。私は芸術神だよ。ただの妄想だと世界観は曖昧になるけど私はちゃんと絵を描いたよ。サインもしたし。さっきあなた達をハメたのと同じやり方だよ?」
 ライは不安そうな顔をサキに向ける。サキもなんだか不安になってきた。
 「おーい!なんか赤ちゃんのモンスター見つけたぞー!」
 二人に不安が渦巻きはじめた時、みー君のやたら楽しそうな声が聞こえてきた。
 「てか、そういえばみー君がいなかった!あれ?チイちゃんもいない!」
 サキはライと二人きりな事に気がついた。ふと声が聞こえた方を向くとみー君が何かを抱えてこちらに走って来ていた。もう嫌な予感しかしなかった。
 「ああ!待ってください。みー様!」
 続いて後ろから追いかけているチイちゃんが映った。
 「おい。見ろよ。こんなの見つけたぞ。」
 みー君はサキ達の前で足を止めると抱えている物体をサキ達に見せた。
 「な……なんだい。この生き物は。」
 見た目、ドラゴンだ。だが、みー君の腕におさまるほど小さく、なぜか十二単を着ている。色は金色で背中から翼が生えている。目はくりくりしていてとてもかわいらしいが口元から覗く牙はこの世のものとは思えないくらい鋭い。
 「きっとあれだ。こいつはかぐや姫だ。かぐや姫!」
 「そんなわけあるかい!かぐや姫は人型だよ!」
 サキは顔を青くして楽しそうなみー君に叫んだ。
 「この龍は竹にくっついていたんです。輝きながら。」
 チイちゃんは頬をポリポリとかきながら龍を見つめる。
 「竹にくっついていたのをなんで持って来ちゃったんだい!戻してきな!かぐや姫は竹の中にいるんだよ!」
 「こいつが十二単着て竹にくっついていたらほら……捕まえたくなるだろう?凄い目立つしなあ?ははは!」
 みー君は楽しそうに笑っている。サキはふうとため息をついて心を落ち着かせた。
 それを横目で見ながらライが口を挟んだ。
 「そ、それね。かぐや姫だわ……。みー君の妄想力が私の世界を壊したんだね……。みー君が私の絵を見て勝手に想像を膨らませてたんだわ。ここはもうみー君の世界。」
 ライが肩を落としながらつぶやいた。
 「なんだって!てことは!ここはライの絵だけどみー君が勝手にシナリオを作っちゃった世界って事かい?」
 「うん。」
 「そんな……信じらんない……。」
 サキの胸に不安が広がる。みー君はまともではない。この世界もきっとまともではない。
 「おい。どうした?」
 みー君はきょとんとした目でサキを見ている。サキは再びため息をつくと無意識のみー君に質問をしてみた。
 「ねぇ、みー君。そのドラゴンをどうするつもりなんだい?」
 「育てて強くしたい。ほら……育成ゲームみたいに!」
 みー君の瞳は月に負けじと輝いている。
 「OK。わかった。質問を変えるよ。みー君の考えるシナリオは何だい?」
 「ん?シナリオ?そうだな。こいつを育てて強くして五つのアイテムをゲットしてエンディングで月に行くってのはどうだ?育成ゲーム風かぐや姫ドラゴンだ!」
 「こなくそ!」
 笑顔のみー君の頬をサキは思い切りつねった。
 「いででで……。何するんだ?つねるな。痛いだろう。」
 「ああ、ごめんよ。みー君。思わずね。とってもつねりたくなってしまってね。そしてそのアイテムはたぶん手に入らない……。」
 サキはみー君の頬を引っ張りながら怒りを押し殺していた。
 ……さすが厄災の神。彼といるとほんと厄だらけだよ。
 「あの話は有名だからな。知っているぞ。おい。いつまでつねってるんだ。痛いぞ。」
 みー君の両手がドラゴンによって封じられているのを良い事にサキはみー君の頬をつねり続けた。
 やがてため息をついたサキは開き直る事にした。
 「じゃあ、さっさとそのドラゴン強くして五つのアイテムとやらをとってきな。あんたが作った世界ならそのアイテムはあるかもしれない。あたしは見ているからさ。」
 「おう!わかった。頑張るぜ。」
 サキは遠ざかるみー君に向かい手をひらひらと動かすと近くにあった岩に座った。
 「ふう。じゃ、ちょっとあたしは寝ようかね。」
 サキが寝ようとした時、慌てている声が聞こえてきた。
 「さ、サキ!大変よ!これ見て!なんか地図が落ちてたわ!」
 慌てて近寄ってきたのはライだった。手には大きな地図を持っている。
 「はあ?地図?時代背景めちゃくちゃじゃないかい……。」
 サキはライが開いた地図を覗き込む。その地図はダンジョンマップと書かれており、なぜか世界地図のような広さがあった。サキはギョッとして声を上げた。
 「だ、ダメだ!あいつに任せちゃダメだ!追いかけないと!」
 サキは鼻歌を唄いながら遠ざかるみー君を青い顔で見つめた。
 「あ、サキ様。攻略本が落ちていました。」
 「はあ?攻略本だって?もうどこにかぐや姫の要素があるんだい!」
 チイちゃんが持って来たのは分厚い本だった。中を開くとかぐや姫ドラゴンの育成方法がびっしりと書かれていた。
 「ああー!もうやだ。あたし、帰りたい……。」
 「お!野生のドラゴンだ!いけ!かぐや!強くなれ!」
 サキがつぶやいた時遠くの方でみー君の独り言が響いていた。
 「さ、サキ様。こちらに最速クリア方法が書いてあります!本当にチート技らしいですが。」
 「なんだって?それはチートじゃない!本当のルートだよ!教えておくれ!」
 サキは必死でチイちゃんに食らいつく。
 「えーと。かぐや姫所有者……この場合、みー君ですね。……の妻となり……えーと……知意兎(ちいと)って書いてあるツボがある場所で所有者と寝ながら×××をするとかぐや姫は月に帰るエンディングになる……そうですが……。」
 「ええと……ちょっと、ちょっと待っておくれ。その……寝ながらの先はなんなんだい?」
 サキは戸惑いながらチイちゃんを見つめる。
 「わかりません。秘密だよって書いてあります。」
 チイちゃんは攻略本のページをサキに見せた。寝ながらの先は黒く塗りつぶされておりその上から白字で秘密だよと書かれていた。
 「ああ。もうダメ❤私違う想像しかできないわ。だって妻になってから寝ながらなにかをするなんて……もうねぇ?」
 「やめておくれ……。みー君の事だからきっと突拍子もない事なんだと思うよ。」
 「だからね、やっぱり……❤」
 「あんたはそっちの考えから抜けてくれるかい?それだけは絶対に違うと思う。」
 頬を真っ赤に染めているライにサキはきっぱりと言った。
 「おそらく寝ながら相撲をすると……とか、プロレスをすると……とかだと思う!」
 「サキ様……それもそれでおかしいと思いますが……。」
 自信満々のサキにチイちゃんはため息をついた。
 「まあ、考えてもしかたないね!よし、じゃあまず知意兎ツボを探そう!……ってこれかいぃ!」
 サキが立ち上がった時、自分が座っている物が岩ではなく大きなツボだった事に気がついた。ツボには知意兎と書かれており、なぜか逆さまになっている。
 「チートツボあっけなく見つかりましたね……。」
 「よし。まあ、ラッキーという事で。とりあえず今すぐみー君をここに連れてくるんだよ!」
 サキはすぐさま走り出した。こういう時の行動力だけサキは優れていた。
 「ああ。待ってください。」
 「サキ、待ってよー。」
 チイちゃんとライはたったと走り去るサキを戸惑いながら追いかけて行った。
 「あ、いたいた。なんかおっきい生き物が倒れているけど何やったんだい。まったく。」
 みー君はすぐ近くにいた。みー君の前には一匹の大きなドラゴンが倒れておりみー君の横に立っているかぐや姫ドラゴンは姫に似つかない咆哮をあげている。
 「かぐや!お前強いな。さっき拾ったスキルアップのアイテムも使ってみるか!えーと、ロキソなんとか……って書いてあるな。痛み止めみたいだな。ははっ。」
 「ちょっと、みー君。いいかい?」
 サキは感動しているみー君を静かに呼んだ。
 「ん?サキか。なんだ。お前も一緒にこいつ育てる気になったのか?」
 「そんなわけないじゃないかい。いいから来るんだよ。」
 サキはさっさときょとんとしているみー君の手を引き、走り出す。
 「お、おい!なんで戻るんだ?なんで走るんだー!?」
 「ちょっと用事があるんだよ。」
 「ああ、サキ様!」
 戻っているとチイちゃんと疲弊しているライが待っていた。
 「私は運動得意じゃないんだってば……はあ……はあ。」
 ライは今にも倒れそうな状態でサキを見つめていた。ライはサキを追いかけていたがおそらく追いつけないと悟りここに立ち止っていたらしい。チイちゃんはライの様子を見るために立ち止ったのか。
 「まったく情けないねぇ。しっかりしな。さっきの所まで戻るよ。」
 「ゆっくりでいいかな?」
 ライはひかえめに声を発する。
 「後からチイちゃんと一緒にきな。あたしは彼の気が変わらん内に行かなきゃならないから先行くよ。チイちゃん、ライを見ててあげておくれ。」
 「おまかせください!」
 チイちゃんはビシッとサキに言い放った。
 「あーん……もう、なんでそんなにキャラが違うのー?」
 「うるせぇですよ。待っててやるからさっさと歩くですよ。」
 ぼやいているライにチイちゃんはうんざりした顔で対応している。サキはそれを眺め、大きく頷くと再びみー君を引っ張り走り出した。
 「うおい!一体なんなんだ!なんで走るー……。かぐや置いて来てしまったんだが!」
 みー君は叫んでいたがサキはそれを丸無視で走り続けた。しばらく黙々と足を動かしているとツボが見えてきた。
 「はい。ついた。」
 サキはふうとため息を一つつくとツボを確認した。ちゃんと知意兎と書いてある。
 「なんだ?ここはさっきの所じゃないか。」
 みー君は不安げな顔であたりを見回していた。
 「みー君、覚悟!」
 サキは突然、みー君に襲い掛かった。みー君を大外刈りで押し倒し、サキはそこに覆いかぶさる。サキとみー君はぴったりとくっついたまま地面に転がった。
 「うわっ!な、なんだ!恥じらいもクソもないのか!お前は!」
 みー君は素っ頓狂な声を上げているが非常におとなしい。暴れると予想していたサキはどこかほっとしていた。
 「なんでこんなに積極的なんだ……。俺、はじめてなんだぞ……。」
 「何言っているんだい?」
 みー君は盛大な勘違いをしていた。顔を真っ赤にし泣きそうな顔でサキを見つめている。サキは素早くみー君を締め上げた。とりあえずツボの前でプロレス?を実行してみた。
 「いだだだ!腕を締め上げるな!何がしたいんだ!お前は!ひょっとすると男の悲鳴が趣味か!こ、これは何プレイと言うんだー!」
 みー君はじたばたと苦しそうに動いている。
 「違う。これじゃないね。そうか!まず妻じゃない!妻になってから……。」
 「妻!?」
 サキの一言にみー君は過剰に反応した。
 「じゃあ、これからあたしはあんたの妻になるよ!よし。」
 「妻って……妻ってぇええ?何故だ!なんでだ!うああああああ!」
 サキは戸惑いすぎておかしくなっているみー君にそう言うとまた腕を締め上げた。みー君は叫び声をあげている。
 「ごめんよ。みー君、少しだけの辛抱だよ!」
 サキもみー君の腕を締め上げるのに必死だった。ふと横を見るといつの間に来たのかチイちゃんとライが真っ青な顔でこちらを見ていた。ライはこの壮絶な現場に涙を流している。
 「こういうのってもっと甘々で天国にいるような気持ちになるものじゃないのか!お前がやっている事は辛々で地獄だ!」
 みー君が叫んだ時、サキはふっと我に返った。色々となんだかよくわからないが必死になりすぎていた。そして今、自分がやっている事とみー君と密着しすぎている事に気がついた。
 ……あたしは一体何をやっているんだい!
 「あ……えっと……ごめん!」
 サキは力を緩めると頬を赤く染めた。サキは冷静になるべく一度みー君から離れようとした。
 「待てよ。」
 離れようとしたサキを今度はみー君が押し倒した。
 「え?ちょ……な、なんだい?」
 サキは戸惑いながらみー君を見上げる。
 「お前、本当は甘々な事がしたかったんだろう?俺はその気になったぞ。」
 みー君が真面目な顔でサキを見つめているのでサキはさらに戸惑った。
 ……まずい……というかこれは……やばい。
 ちらりとライとチイちゃんを視界に入れる。二人は顔を真っ赤にして興奮気味にこちらを見つめていた。
 ……やっぱり……そういう事だよねぇ……。
 みー君の顔が徐々に近づいてくる。
 「み、みー君、ええっと、あっち向いてホイ!」
 サキは戸惑いつつ、人差し指で右を差した。運よくみー君は反射的に右を向いた。その時、一瞬、力も緩んだのでサキは慌てて脱出した。
 「みー君、ごめんよ。」
 「なんでだ?俺にあんなことしたというのに!妻になるって言ったのに!別にお前の事、何とも思ってなかったがその気になったじゃないか!」
 みー君はがっくりと肩を落として寂しそうにしていた。
 ……この男は……こっち関係は子供のようにピュアすぎるだろ……。まいった。
 「ごめん。ほんとにごめん。みー君。」
 「まあ、別にいいが……お前は一体何プレイを俺とするつもりだったんだ?」
 みー君は呆れた目でサキを見据えた。
 「まあ、プレイとかじゃなくてねぇ……。」
 「サキ様!あれを!」
 サキがごもっているとチイちゃんが指で何かを差していた。
 「なんだい?」
 サキはチイちゃんの指が示す方向を目で追った。
 「ん?」
月の方面から金色の大きな龍がこちらに向かって来ているのが見えた。ドラゴンはなぜか十二単を纏っている。
 「あれ?かぐやか?なんであんなデカくなっているんだ?」
 みー君は大きな金色のドラゴンを眺めながら首をひねった。
 「じゃあ、あれが……正解……。つまり××の所は寝ながらあっち向いてホイをするって事かい!やっぱりまともじゃなかったよ!たまたま当たっただけで普通だったら一生不明だよ……まったく。」
 サキは長いため息をついて頭を抱えた。
 「じゃあ、あのドラゴンは知意……」
 ライが声を発しようとした時、素早くサキが口を塞いだ。
 「チイちゃん!」
 「は、はい!」
 サキはライの『知意』発言からチイちゃんにつなげた。チイちゃんは何故呼ばれたのかわからないまま大きく返事をした。
 「名前を呼んでみただけだよ。気にしないでおくれ。」
 「は、はい!」
 サキはそう誤魔化し、ライの耳にそっとささやいた。
 「みー君にこの事がチート行為だって知られたらけっこう落ち込むよ。なんだかわからないままでいいんだよ。」
 「そ、そっか。」
 ライは恐る恐る頷いた。
 「おい。乗せてくれるって言っているぞ。」
 みー君はかぐやを指差しながら楽しそうに笑っている。もう先程の事は引きずっていない。なかなか平和な性格の持ち主のようだ。
 「とりあえず、あれに乗れば月にいけるって事ですね。」
 チイちゃんは徐々に近づいてくるドラゴンを眺めながらつぶやいた。
 「そうだねぇ。もう、月に行く事が目標みたいになってしまったね……。」
 ドラゴンは風を纏いながらサキ達の前に降り立った。かなりの大きさのドラゴンだったがサキはもうあまり驚かなかった。いままで破天荒な事が起こりすぎて感覚が色々と麻痺していた。
 「こうやって間近で見ると迫力凄い!肩甲骨から左右対称の翼がバランスいいね。輝きの光沢も特殊……。ちょっとスケッチを……。」
 ライは金色に輝くドラゴンを興味津々に見つめながら分析を始めた。
 「そんなのいいから行くよ。」
 サキはライを引っ張りながらドラゴンに近づく。大きすぎてどこから乗ったらいいかわからない。
 「よし、俺が風を起こしてドラゴンに乗せてやるよ。」
 みー君はいつの間にかドラゴンの背に乗っていた。そして手を振りながら楽しそうに笑っていた。
 「みー君、なんでもう乗っているのかって事は聞かないから優しく頼むよ!」
 サキが叫んだ刹那、サキ、チイちゃん、ライの身体がふわりと浮いた。浮いたと思ったら突然、台風並みの突風が吹いた。
 「ぎゃあああ!」
 三人は突然の事に目を回しながら完璧すぎる絶叫を上げていた。自分達がどんな感じで空を舞っているのかすらわからないまま、ただクルクルと飛ばされていた。
 「んー……やっぱり俺は厄災の神だった。」
 ふとみー君の呑気な声がすぐ近くで聞こえた。
 「……うう……。」
 気がつくとサキ達はもうドラゴンの背に乗っている状態だった。
 「なんか嫌な予感はしてたけど……優しくって言っておいたじゃないかい……。」
 サキは今にも吐きそうな顔をみー君に向けた。ちなみにライとチイちゃんは白目を向いたまま気絶している。
 「すまん……。もともとが鬼神なんだ。俺にはここまでが精一杯だ。」
 みー君が素直にあやまってきたのでサキはそれ以上何も言えず、とりあえずチイちゃんとライを起こした。
 「ちょっと……あんたらは何気絶しているんだい。さっさと起きな。ほら!」
 サキは二人を乱暴に揺すった。
 「んん……気持ち悪いです。」
 「は、吐きそう……。」
 サキの声掛けにより二人は目を覚ました。顔色は悪く、今にも意識を失ってしまいそうだ。
 「ほら!しっかりするんだよ!おっとっと……。」
 サキが二人に喝を入れている時、ドラゴンが急に空へ羽ばたいた。風はやや冷たいが乗り心地は最高だ。暗い風景の中、ひときわ明るい月に向かいドラゴンはゆっくりと進み始めた。
 揺れもなく滑るように飛んでいるのでサキ達の心もだんだんと穏やかになってきた。
 「ああ、だんだんと気分が良くなってきたわ。意外に乗り心地いいね。」
 「そうでごぜぇますね。もう気持ち悪くねぇですよ。」
 先程まで青い顔していた二人はだんだんと元の調子を取り戻してきたようだ。顔色が元に戻ってきている。
 「お?」
 そんなまったりとした空気を壊したのはまたもみー君だった。かぐやの背中にボタンがあるのを発見したみー君はそのボタンをとりあえず押してしまった。それと同時にかぐやの口から火の弾が飛び出した。
 「お?……おお?」
 「な、なんだい?なんか火を吐いたよ……。」
 「なんだかものすごく嫌な予感がしますね。違う世界観に入ってしまったような……。」
 みー君のうずうずしている声を聞いた三人の胸中にはまずい雰囲気が渦巻きはじめていた。よくわからないが前方から何かが飛んでくる音が聞こえてくる。ヒュルルとなんだか不気味な音だ。
 「おお!ミサイルだ!」
 「ミサイル?ミサイルだって?」
 みー君の声を聞いた三人は恐る恐る前方を覗く。
 「ちょっ……ちょっ……ちょっ!ええええ?」
 三人は言葉を詰まらせながら顔を青くした。前方からかなり大きなミサイルが多数飛んできていた。風景は先程の場所からはうって変わって星空輝く宇宙になっている。少し先に輝いている月が見えた。
 「シューティングだ!ハイスコア狙うぜ!」
 みー君はかぐやの背中にある謎のボタンを操り、右に左にミサイルを避け、火の弾をミサイルにぶつけている。はじめから世界観はなかったがかぐや姫の世界観は完全に崩壊した。
 「きゃあああ!えええ?ちょっとどういう事!?」
 ライは右に左に揺れるドラゴンに必死につかまりながら絶叫を上げている。
 「あー、もう厄だらけだよ……。早く帰って寝たい!」
 サキもぼやきながらドラゴンにしがみつく。
 「ゲームはリアルにするとやばいですね……。さすがみー様……妄想たくましい。」
 チイちゃんはもう完全にまいっている。神力のない神にはこの現実は重すぎた。
 ……あーあ……チイちゃんもライもこれはかわいそうだよ……。
 サキはそう思いつつ、呆れた目でみー君を見つめた。
 「ボムは後何回使えるんだ?あたり判定は狭いのか?一度当たってみて試すしかないな。」
 「試すんじゃないよ!何を言っているんだい!まったく!あたし達を殺す気かい?」
 サキは呑気なみー君の耳をぎゅっと引っ張った。
 「いででで……。なんだ?お前もやりたいのか?」
 「そんなわけあるかい!今の状況でも普通じゃないけど頼むから普通に進んでおくれ!」
 「普通には進めないな。なぜならそこにミサイルがあるからだ!」
 「このやろ!」
 かっこよく言い放ったみー君の耳をサキはさらに引っ張った。
 「やめろー!耳がもげる。今、真剣なんだ。代わってやりたい所だが難易度がこれはかなり高い。ここを突破できたら代わるから少し待っててくれ。」
 「そういう事を言っているんじゃなくてだね……。」
 みー君ののんびり発言にサキはため息をついた。そしてもう諦める事にした。サキはみー君の耳を引っ張るのを止め、おとなしく後ろにさがった。
 「っち!ミサイルに追尾機能がついているな。誰だ?こんなかっこいいものを作ったのは!」
 みー君は悔しそうにつぶやいていた。
 『自分であります!ラビダージャン!』
 ふとどこからか凛々しい女性の声が聞こえた。
 「こ、今度は何ですか……。」
 チイちゃんは声の主に怯え、キョロキョロとあたりを見回している。
 「あ……ねぇ、上。」
 ライがげっそりとした顔で上を指差した。サキ達もそっと上を仰ぐ。
 「……な、なんだい?あれ……。」
 サキはもう驚かなかった。もう慣れてしまっていたからだ。サキ達の上空にいたのはプラモデルにありそうなロボットだった。デザインセンスに関してサキは一切わからない。
 『悪いですが月には来てほしくないであります!』
 これはロボットが話しているのではなく、おそらく中に誰かがいてその誰かが拡声器かなんかを使って話しかけているらしい。
 「おいおい。なんだ?そのかっこいいロボは……。」
 みー君は一人感動している。そしてみー君の心に反応するかのようにリズミカルなBGMがどこからともなく流れてきた。本当にゲームに入り込んだみたいだ。
 『弐の世界は不確定要素が強い世界。当然、妄想の塊も沢山落ちているであります!これは弐の世界に散らばっていたそれを組み合わせて作った鎧であります!ウサギンヌ!』
 ロボットの中にいる者も声が弾んでいる。単純に楽しんでいるのか。
 「ウサギンヌ?……もしかして……兎?」
 ライがぼそりとロボットに声をかけた。
 『その通り!自分はウサギであります!月のガーディアンでごじゃる!』
 声の主、ウサギは語尾を統一しないまま、元気な声で自己紹介をした。
 「ああ、月の使いのウサギかい。あたしらは月照明神の月子に会いたいんだよ。そこをどいておくれ。」
 サキが疲れた目でロボットを見上げた。返答はもう予想できていた。
 『ダメであります!現在月は誰も招いておらんでごじゃる。ラビダージャン。』
 ウサギは予想していた言葉を吐くと突然ミサイルを飛ばしてきた。ミサイルはまっすぐかぐやを狙い飛んで行った。
 「お?ボス戦か!」
 みー君の瞳がまた輝いた。
 「もうやめておくれ!頼むからこれ以上、みー君の心に火をつけないでおくれー!」
 サキは誰かに祈りながら叫んでいた。みー君はかぐやを素早くボタンで動かし、ミサイルをすべて避けた。もちろんサキ達は左右に激しく振られ、落ちるか落ちないかのギリギリのラインを彷徨う事になった。楽しそうにしているのはみー君だけだ。
 「くらえ!」
 みー君は火の弾が飛び出すボタンを連打した。かぐやは口を大きく開け、火を吐く。ロボットは素早く横に避け、炎を回避した。
 「なかなかやるであります!」
 「お前もな!」
 ウサギとみー君はお互い楽しそうだ。
 「だから、なんでこんなゲーム大会みたいなノリなんだい!」
 「ほんとだよぉ!こんなはずじゃなかったのにぃ!」
 サキの叫びにライが答えた。サキは一瞬固まった。
 ……こんなはずじゃなかった?
 サキはライのこの一言がひっかかった。
 「こんなはずじゃなかったって……?」
 「え?いや、だってこんなはずじゃなかったでしょ?」
 ライは何かを隠すようにサキに答えた。言うべきではなかったと顔が言っている。
 「あんた、やっぱり何か隠しているね?」
 「え?何の事?」
 ライがサキの言葉を誤魔化すように答えた。刹那、かぐやが激しく動いた。みー君がミサイルを必死で避けているためだ。
 「よし、ここだ。必殺技だ!」
 みー君は難しいボタンさばきでミサイルを避けながら必殺技ボタンを押した。まるでゲームの中のようだ。そしてみー君はこのかぐやの扱い方を完璧に分かっている。
 『グルオオオ!』
 かぐやは地響きがするほどの咆哮を上げると突然回転し、しなる尻尾をロボットに思い切り打ちつけた。
 「ぎゃあああああ!」
 もちろん、乗っているサキ達は必死につかまり、絶叫をあげ、半分気絶。ロボットはかぐやのしっぽ打ちにより、真っ二つになり、爆発した。
 「うわああ!死ぬでありまーす!ラビダージャン!」
 その爆発したロボットから子ウサギがクルクル回りながら飛び出した。ウサギは人型で少女の姿をしている。髪は白色で二つにゆわいており、そのゆわいている髪がどういうわけかまっすぐウサギの耳のように立っている。服は紫の着流しだ。ただ、子供らしく太ももまでしか布がない。
 「子供のメスウサギか!これはまずい。落ちたら死ぬな。」
 みー君は焦りながら落ちてくるウサギを抱きとめた。
 「はわわわ……はわわ……。」
 ウサギは怯えながらあたりをキョロキョロ見回し、みー君を涙目で見上げた。この仕草はどこからどう見ても兎だった。
 「なんだ。中に入ってたのは怯え症の子ウサギか。わけわかんねえ語尾は誰に教わったんだが。」
 「はわわわ……。助けてくれてありがとうでごじゃる。なかなかお強い……。」
 「けっこう楽しかったぜ。じゃ、とりあえず、俺達は月に行くが……。いいよな?」
 みー君は怯えているウサギをそっとドラゴンの背中に降ろしてあげた。
 「負けて助けてもらって月に行くなとは言えないでごじゃる。どうぞでごじゃる。」
 ウサギは諦めた顔で下を向いた。
 「おい!やっと月に入れるぞ。」
 「そ、そうだねぇ……。良かったよ……。ほんと。」
 みー君の楽しそうな声にかろうじて答えを返したのはサキだった。
 「なんだよ。俺が頑張ったから行けるんだぞ。ん?あの芸術神はどこ行った?」
 みー君が後ろを振り向いた時、サキの顔と半分死んでいるチイちゃんの顔しか映らなかった。
 「え?何言っているんだい。ライならここに……あれ?」
 ライはサキの後ろにいたはずだが見当たらない。とりあえず隣にいたチイちゃんの意識を叩いて戻した。
 「さ、サキ様……みー様……オレはもうダメです……。おえ……。」
 「ちょっとしっかりするんだよ!あんた、ライを見てないかい?まさか下に落とされたって事は……。」
 サキの発言にみー君は顔を青くした。
 「お前ら、ちゃんとつかまってなかったのかよ!」
 「あのねぇ、つかまっててもあれは振り落とされるよ!みー君……。」
 焦り始めたサキとみー君を死んだ目で見つめながらチイちゃんはぼそりとつぶやいた。
 「ああ。ライは一足先に月に行きましたよ……。」
 「はあ?」
 チイちゃんの言葉にサキは驚いた。
 「一足先にって……どういう事だ?」 
 みー君は眉間にしわを寄せながらチイちゃんを見つめた。
 「知りませんよ。ライは筆でなんか描いてそのままそれに乗って月に行っちゃったんですから。」
 「それは本当かい?」
 「はい……。ドラゴンが回転した瞬間でした。オレはその後からの意識がないんですが、あの時、ライが空を飛んで行ったのは事実です。」
 チイちゃんは今にも吐きそうな顔をサキ達に向け、つぶやいた。
 「なるほどね。じゃあ芸術神はやっぱり月子とグルだね。名探偵サキの予想はそんなところだよ。」
 「それはどういう事ですか?」
 サキはチイちゃんに自分の考えを話しはじめた。
 「だから、芸術神ライはこの世界でずっとみー君と戦っていたんだよ。」
 「はあ?俺と?」
 信じられないといった顔つきのみー君にサキは頷いて続けた。
 「あんたは無意識だっただろうけど向こうはあんたの妄想を破る事に必死だったんだよ。」
 そこでサキはチート技の事を思いだした。
 ……これはみー君には言えないけどあれのツボに書いてあった言葉は『知意兎』。深読みかもしれないけど兎って言葉。他はよくわからないけど、ウサギは確実に出て来た。もともとウサギをみー君と戦わせるつもりだったんだろうね。
 「なんか変だと思ったんだよな。なんかゲームみたいな世界だなとか思ってたが、そうか。俺の妄想だったのか!なるほどな。はっはっは!」
 みー君はまた楽観的に笑っている。
 「もうなんでこう、緊張感がないんだい!……で?ウサギだっけ?あんた、知意兎の意味ってわかるかい?」
 サキは途中声を落としてウサギに聞いてみた。ウサギは怯えつつ頷いた。
 「知意兎、月子さんとライの合言葉であります。『兎にも知られぬ意思』という意味らしいでごじゃる。自分にはさっぱり。」
 このペラペラしゃべるウサギにより、サキは一つの結論にたどり着いた。
 ……あのツボはライが描いたツボだね。みー君がライの描いた世界観を壊す存在であると知ったのでみー君の世界に変わりつつあるその弐の世界にツボを描き、ウサギを呼んでみー君の始末を試みた。
じゃあ、ライはあたしの性格を読んでチート技なんてものを用意したって事かい。あたしだったら絶対食らいつくからねぇ……。
 で、ウサギがあたしらの始末に失敗したからライは一端月に帰った。
 「あやしいと思っていたんだよ。あの子。絶対ライは月子とグルだ。」
 「そ、その根拠をまだ聞いておりません!」
 サキの発言にチイちゃんがむきになって声を張り上げた。サキは顔を曇らせ、だんまりを決め込んだ。
 「ま、なんでもいいがとりあえず月に行くぞ。ライも月に行っているんだろ?」
 みー君は渋面をつくっているサキの肩をポンと叩き、言った。
 「そうだね。とりあえず月に行くかい。あ、もう一つ、ウサギに質問。あんたは月子の命令であたし達を消しにきたわけかい?」
 「うーん。まあ、月子さんはサキ様を消せればそれでいいと。」
 ウサギがサキの顔色をうかがいながらつぶやいた。
 「じゃあ、月子はあたしに恨みがあるのかい?あたし、月子に会った事ないんだけどさ。」
 「そこらへんは自分にもわからないであります……。」
 ウサギは渋面をつくっているサキを怯えた目で見上げた。
 「あ、そう。わかった。とりあえず行ってみるしかないって事だね。あんた、月に案内しな。それと裏切ったあんたはあたしが守ってやるから安心しなよ。」
 「お、おお……ホントでありますか?月子さんは怖いであります。できれば怒らせたくないのでごじゃる。」
 「大丈夫。月子はどうせあたしが何とかしないといけないんだし、月子が力ずくでなんかしてきてもあたしはたぶん負けないよ。何があったか知らないけどあたしは月子を救わないといけない。ワイズとの約束があるからね。だからあんたの事も守ってやれるよ。」
 サキはウサギにニッコリと笑いかけた。ウサギは目を輝かせながら大きく頷いた。

五話

 「ライ、あいつは消せたの?」
 少女の声がうつむいていたライの耳に届いた。ライはそっと顔を上げる。ここは月光の宮最上階、月子の部屋。女性アイドルが好きなのかあちらこちらにポスターが張ってある。部屋全体はピンク色をしており机などの家具も全部ピンク色だ。床に敷いてある絨毯は真っ赤なハートが描かれている。好きな人は好きかもしれないがあまり落ち着く雰囲気ではない。
 「……月子……天御柱神がサキと共に動いているの……。私、あの神に勝てないわ。」
 ライは今にも泣きそうな顔で目の前に立つ少女を見つめた。少女は明るいピンク色の髪をしており、柄物の大きなリボンで髪を二つにまとめている。少女の正装である十二単を纏い、勝気な瞳で怯えているライを見据えていた。
 「さっさと消してくれないと困るのよね~。あなた、さっきまで外で何していたわけ?」
 少女、月子は自身の髪を指でクルクルと動かしながらライに感情をぶつけはじめた。どうやら月子は虫の居所が悪いらしい。
 「だから、天御柱神がいるんだってば。どうやっても勝てないわ。私の世界を塗り替えてしまうの。……それと……月子、なんでウソなんてついたの?」
 ライは少し迷いながら言葉を発した。
 「ウソ?私がいつウソなんてついたかしら?」
 月子はクスクスと笑いながら複雑な表情のライを見据える。
 「サキは……輝照姫大神は悪い神じゃなかったよ?あなたを救いたいって言ってた。月子はさ、『私を苦しめる神』って言ってたじゃない?……でも、全然悪くなかったよ?」
 「何言ってるのよ?私を苦しめるのは間違いないわ。きっとあなたも苦しめられる。お姉ちゃんの件は明るみに出てほしくないな~。ねぇ?ライ?」
 月子はライの近くによると耳元でそっとささやいた。ライはびくっと身体を震わせる。
 「……そ、そうだね。」
 「でしょ?」
 「ねぇ、月子。」
 「なあに?」
 ライは一呼吸おいて話しはじめた。
 「私ね、あなたのお姉ちゃんが持っていた刀を見たかも……。」
 「!」
 ライの一言で月子の表情が一瞬で曇った。
 「どこで?」
 「サキ達と一緒にいたよ。確信はないけど。人型をとってた。」
 ライは自身なさそうにぽつりぽつりと言葉をこぼす。
 「人型になったって事?あの刀神が?あの時、一緒に始末できてなかったのかしら?」
 「刀だけ月子のお姉ちゃんが逃がしたのかもしれないよね。確か、剣王の所で修行していたとか。」
 ライの発言に月子の表情が険しくなった。
 「剣王の所で……ねぇ……。」
 「剣王とかもう気がついているかもしれないよ。……月子。」
 不安そうなライの顔を見て月子は怒りを押し殺した表情になった。
 「……私のまわりは皆敵……私に仲間なんていない。」
 「月子……。」
 ライは『私は友達だよ』と言いかけたがやめた。月子がライを睨んだからだ。
 「あんたと私は共犯者。だけどあんたもいつか私を裏切るんでしょ。いつもそう。皆そうなのよ!皆私に冷たくするの。」
 「月子、違うよ。私達は本当はしちゃいけない事をしたんだよ。だから……」
 怯えているライを月子はさらに睨む。
 「だから何?お姉ちゃんがいたらいたで私は否定されてお姉ちゃんがいないならいないで否定される。皆私を否定する。兎も私の言う事を聞かない!だからなんとかして私の言う事を聞かせてやる。あんたももう、逃げられないから。」
 月子の吐く息が重くライにのしかかる。ライはその場に座り込んだ。重圧がライの背中を押しつぶす。月子は言雨(ことさめ)を発していた。威圧とは少し違い、言葉一つ一つが重圧となり雨のように降り注ぐ、それが言雨だ。これができる神は今はほとんどいないと言われている。
 月読神の力を持っている月子にはそれができた。
 「つ、月子……。」
 重い空気にライは肩で息をし、震えながらその場にうずくまっていた。
 「あんた、その刀の神を弐の世界で封印してきなさい。わかったわね。」
 月子は冷たく言い放ち、苦しそうなライをただ見下ろしていた。


 金色のドラゴンかぐやは徐々に月光の宮に近づいていた。いつの間にかあたりはクリーム色に染まっている。おそらく霊的月に入ったのだろう。月の空間に色がついているわけではないが遠目でみると淡いクリーム色に見える。それは透明だけど遠目で見ると青い、青空の感覚に近いかもしれない。
 「なんというか……黄色いな。」
 みー君がつまらなそうにあたりを見回している。月に入ってからずっとこの黄色い空間だ。
 「太陽はオレンジ色だったけど月は黄色なんだねぇ……。まったくいつになったら月光の宮に着くんだい?」
 サキはリラックスしながらかぐやに乗っている。完全に集中力がきれていた。
 「サキ様……しっかりなさってください……。」
 チイちゃんは今にも寝そうなサキを揺すって起こしていた。
 「おい、ウサギ。後どれくらいだ?」
 みー君はうんざりした声を上げた。その後、ウサギが慌てて答える。
 「えー……もう少しであります。あ、ほら、あのピンク色のお城が……。」
 ウサギはクリーム色に霞む先を指差した。
 「なんだい……あのショッキングピンクの天守閣は……。」
 サキはウサギが示した方向を見てため息をついた。目の前にショッキングピンクの日本のお城が建っていた。その城周辺だけ島のように砂の陸地が広がっている。
 「あ!見てください!かぐやのしっぽが!」
 チイちゃんが突然叫んだ。サキ達は咄嗟に後ろを向き、かぐやのしっぽを見た。
 「ん!」
 かぐやはしっぽから徐々に消えていた。
 「おや、かぐやが消えているよ……。」
 「まあ、もともと月に連れて行ってくれるだけだったからな。こいつはよく頑張ってくれた。」
 サキの言葉にみー君がそっけなく答えた。
 「あー……お二人ともちょっと冷めていますね……。」
 「みー君は興奮の余韻でこうなんだろうけどあたしはなんだか眠くなってきちゃったから寝たいんだよねぇ……。」
 サキはチイちゃんに疲れた顔を向けた。気がつくとピンク色の城がもう目の前にあった。
 「ついたでおじゃる!」
 ウサギが談笑しているサキ達に向かいビシッと言い放った。それと同時にかぐやは完全に消え、サキ達は地面に放り投げられた。
 「うわああ!」
 サキ達は絶叫をあげながらもうまく着地した。
 「な、何なんだい!もっと優しく降ろしておくれよ……。びっくりしたじゃないかい。」
 冷や汗をかいているサキの横でみー君が消えてしまったかぐやの方を向きながら、なんだかさみしそうにしていた。
 「かぐや……俺のかぐやが……。」
 「はいはい。センチは後でやっておくれ。」
 「少しくらい浸らせろよ……。」
 さみしそうなみー君をサキは呆れながら引っ張って行った。
 「しかし、凄い建物ですね……。特に色が……。」
 「月子さんの趣味であります!」
 顔がひきつっているチイちゃんにウサギがおかしい事はないと言った風に頷いた。
 「まったく目がちかちかするよ。あたしには良さがまったくわからんね。」
 場違いなピンク色の天守閣を眺めながらサキはうんざりした顔をしていた。
 「お前、女なのにあれの良さとかわかんないのか?」
 「女が皆ああいうのが好きだと思っている事がみー君の間違いだよ。」
 サキはみー君の頭をこつんと小突くと建物に向かい歩き出した。
 あたりには月神と月神の使い兎が多数いた。どの月神も兎も動揺しながらこちらを見ている。襲ってくる気配はなさそうだ。
 「なんか見られてますけど見られているのみー様とサキ様だけですね……。」
 二人の隣りを歩くチイちゃんは肩身狭そうにしている。ウサギは無言で前を歩いているが見られて緊張をしているのか歩き方がぎこちない。
 「んん……見てくるだけで別に襲ってくるわけじゃないんだねぇ……。一応、招かれていないわけだから侵入者なんだろうけどさ。」
 サキは用心のため、太陽神特有の霊的な剣を手から出現させた。それと同時に月神、使いの兎達から怯えの声があがり、どよめきが起こった。そしてサキ達が歩くたびに彼らは後ろに一歩二歩と退く。城を守る気がないのか城を守れないのかはわからないがどの月神にも覇気がない。
 「なんだ?やる気のねぇ警備兵だな……。」
 みー君はまわりを見つつ呆れた声をあげた。
 「お二人は神力が違いすぎるゆえ、警備兵達は勝てないと悟っているのでおじゃる。それと殺気を感じないとあれば無駄に戦う必要はないと判断したのであります。」
 「なるほど。賢明だ。警備としては失格だがな。」
 「オレは?あれ?オレの立場が……。」
 ウサギの言葉にチイちゃんはさらに肩を落とした。
 さらに歩いていると城門の前に辿りついた。城門は開けっ放しになっており、すべてショッキングピンクに塗られている。その城門の真ん中にライが立っていた。
 「やあ、待ってたよ。」
 「ライ、あんた、やっぱり月子の所にいたのかい……。」
 「うん。」
 サキの問いかけにうつむいて答えたライはどこか悲しそうな顔をしていた。
 「そこに立っているって事は……俺達を月子さんのとこに連れて行ってくれるのか?……っふ。そんなわけないか。」
 みー君は一瞬、笑顔になったがすぐにライを睨みつけた。
 「うん……用があるのはチイちゃんだけなの。後は別に城の中に入ってもいいよ。月子が待ってるよ。」
 「おっ!オレに用だって!?」
 チイちゃんはやたら嬉しそうにライに目を向けた。ここにきてはじめて気にかけてもらって嬉しかったらしい。
 「そっか。じゃあ、お前、後はよろしく。俺達は城ん中行くからな。」
 みー君は呆れつつさっさとライの横を通り過ぎ城の内部へと入って行った。
 「ちょ……みー君!あんた、なんかこう……疑ったりとかしないのかい?」
 「んー?」
 サキの言葉にみー君はポリポリと頭をかきながらこちらを向いた。
 「いや、んー?じゃなくてさ。拒んでいたやつがこう……あっさりと城の内部に入れてくれるわけないじゃないかい?」
 「だが入っていいと言っているぞ。それにそこの坊やが全力で芸術神に挑もうとしてるんだから男として先に行くのが普通だろう?」
 「みー君?ライが戦うつもりなのかわからないけど……何にしてもチイちゃんは弱いんだよ!一人にしておけるかい!」
 「あ……。」
 チイちゃんはサキの言葉を聞いてがっくりと肩を落としていた。
 「おいおい、サキ、少しは気持ちをくんでやれよ。男は強い部分がほしくて見栄を張る生き物なんだよ。弱い弱い言われたら落ち込むのは当然だぜ。」
 「そ、そうなのかい?」
 みー君の発言にサキは戸惑った。チイちゃんを傷つけてしまったと思ったらしい。
 「そ、そんなんじゃないですよ!違いますよ!弱いって言われても平気ですよ!」
 慌てて否定するチイちゃんにみー君は大きく頷き、よくわからないが
 「うむ。ツンデレだな。」
 とつぶやいた。
 「わけわかんないし……。あんた、なんだか会った当初からツンデレにこだわっているねぇ……。まったく。」
 「と、とにかくね、お城で月子さんがあなた達に会いたいんだって。だから早く行ってくれるかな……。」
 しびれをきらしたライが早口に言葉を発した。サキはうーんと唸った後、城に向かい歩き出した。
 「まあ……チイちゃんを立てるためにもここは城に入った方がよさそうだね。チイちゃん、先行くよ。」
 サキはチイちゃんにそっと目を向けるとささやいた。チイちゃんは胸を張って勢いよく答えた。
 「すぐに追いかけます!ここはオレにまかせてください!」
 「ウサギ、あなたは案内よろしくね。」
 ライは始終黙っていたウサギにそっと目線を送った。
 「……。ウサギンヌ。」
 ウサギは納得いっていない顔でライを見上げるとみー君の元へと走って行った。サキはライの様子を見、ウサギの様子を見て城へ入る事を若干拒んでいたがしぶしぶみー君を追い、城の内部へと入った。
 「!」
 城の内部へ入った刹那、ウサギがビクッと肩を震わせた。
 「どうしたんだい?」
 「……そんなっ……弐の……っ!どうして……同胞が沢山いるのに!」
 「おい、なんだ?いきなり豹変するなよ。びっくりするじゃないか。」
 ウサギの戸惑い様にサキとみー君は慌てて声をかける。しかし、ウサギはみー君やサキに答えず、必死な面持ちで城の外へ向かって叫んでいる。
 「同胞と月神様達を殺すつもりでごじゃるか!」
 ウサギは血相を変えて城の外へ飛び出した。
 「おい!だからなんだ!どうした!城に入ったばっかなのに出るなァ!」
 「ウサギ!……たく……しょがないねぇ!」
 みー君とサキもなんだかわからずにウサギを追う。
 「どうして……こんな事を……。」
 ウサギは月の地面に力なく座り込み泣いていた。
 「ちょっと、いきなりどうしたんだい?泣く意味がわからないよ。」
 あまりのウサギの変わりようにサキは戸惑いながらそっとウサギの肩に手を置く。
 「おい。ライもチイちゃんも月神も兎もいねぇぞ!」
 みー君の声にサキは顔を上げた。まわりを見ると誰もいない。先程までいた月神、兎達、チイちゃん、ライも消えており、ただ、月の地面が遠く続くのみだった。
 「なんで……さっきまでいたのに……おかしいねぇ。チイちゃん……は……?」
 サキは黄色のモヤがかかった空間をただ茫然と見つめていた。
 「ライが……自分達以外全員……弐に閉じ込めたのでごじゃる……。弐に入り込んだら通常抜け出す事は不可。芸術神が作り出す弐の世界ではなく、もっと大きな本当の弐の世界に……心の世界に連れこんだのでごじゃる……。自分は弐をよく見ている故、よくわかるのであります。」
 「弐の世界って妄想だけじゃなかったな。心の世界もそうか。で、あの小娘がどうやって妄想以外の弐の世界を出したんだ?芸術神って言ったら心の上辺、妄想、アイディア関係の弐の世界しか出せないんだろ?」
 みー君が動揺しているウサギに冷静に話しかける。
 「ちょっと、みー君、なんで芸術神が妄想関係の弐の世界しか開けないって事を知っているんだい?他の弐の世界も出せるかもしれないじゃないかい。」
 「今、その質問をする時か?まあ、いいか。いままでの状態を見ればわかるだろう?お前は一体、いままで何を見ていたんだ?ライは妄想関係と勝手に自分で作った世界しか出してないじゃないか。はじめ俺達を襲って来た時に妄想の弐の世界じゃなくてそこのウサギが言ったみたいな本当の弐の世界とやらに閉じ込めれば良かっただろ?してこなかったって事はできなかったんだ。」
 みー君の言葉にサキは顔を曇らせた。
 「あんた、観察力が凄いね。意外に色々見ているんだねぇ……。」
 「ま、そういう事だ。」
 みー君は半分割れた面から覗く目をわずかに細め不気味に笑った。
 「弐の世界は言わば銀河系と同じ……それぞれ散らばる星が地球のように世界をつくり存在しているのでごじゃる。その星が人の心。弐の世界に入り込むという事は宇宙に放り出されるのと同じ事。流れ着く先はどこかの星。つまり誰かの心の中。途方もない世界観の中で一生戻るアテもなくただ彷徨い続ける……。」
 ウサギが肩を落としながらつぶやいた。それを聞き、サキは事の重大さに気がついた。
 「ちょっと!じゃあ今の話だとチイちゃんは……っ!」
 「あの世に行ったのと同じだな。」
 サキの言葉をみー君がそっけなく繋げた。
 「みー君、これはやばいよ!」
 「あの坊や、助太刀とか言ってついて来てこんなのばっかりだな。そしてサキ、少し落ち着け。」
 みー君は鋭い瞳をサキに向けた。みー君と目が合ったサキはごくりと息を飲んだ。
 「……と、取り乱していてもしかたないね。ライも一緒に弐に行ってしまったのかね。」
 サキは深呼吸するとそっとウサギに目をやった。
 「……わからないでごじゃる。でもこの場所で本当の弐の世界を開く事は芸術神だとしても無理でごじゃる。我々月の者は弐の世界の上辺を守る者。生きた肉体や意識を持つ者が入らないように見守る役目がある。弐の世界と直接つながっている部屋はあるがそこ以外は弐に入る術はないであります。」
 「って事は……だ。ライがやったわけじゃない可能性もあるわけだ。もしくはライは共犯で誰かと一緒に術かなんかを使って真の弐の世界を出したとかな。それと……なんであの男を単品で弐に入れたんだ?俺達も一緒に閉じ込めれば良かったじゃないか。」
 「……それは……わからないであります。」
 「そうか。」
 ウサギから目を離したみー君はピンクの天守閣の最上階を睨みつける。サキもみー君につられ天守閣を見上げる。
 ……誰かと目が合った気がした。
 「と、とりあえず、中に入ろう。まずは月子に会って……。」
 サキは頭を横に振ると天守閣の中へ入って行った。
 「そうでおじゃるな。月子さんに原因の究明をしてもらうであります……。」
その後を追い、みー君とウサギも続いた。


 月子はこちらを睨みつけている二人をいらだちながら見つめていた。
 ……うざい!うざい!なんなの?あんな目で私をみるなんて……。
 ……あいつは……あいつの母親は人間だったのに……アマテラスの加護までうけて私よりも良い待遇……。
 ……最低な女なのになぜ皆持ち上げるの?
 ……私の領域まで入って来て……ずうずうしい……。
 ……絶対に許さない。
 月子は近くにあった兎のぬいぐるみを踏みつぶした。
 ……私には仲間はいない。
 ……そう。
 ……私を認めてくれる神はいなかった。
 ……私は頑張ったのに努力したのに……
 「あいつやお姉ちゃんに全部っ!全部持っていかれる!」
 月子は何度もぬいぐるみを踏みつぶす。兎のぬいぐるみから綿が飛び出て手足は無残にちぎれていた。その兎のぬいぐるみと重なるように一瞬、姉の顔が映った。
 「あいつは上手に消せた……。こいつらもうまく消してやる……。」
 そうやって生き残らないと私はいつまでたっても認められないままだ。
 月子は悲しみを含んだ瞳で静かに笑っていた。

六話

 サキ達はもう一度天守閣の中へ入った。ピンク色の廊下の先にエスカレーターが動いていた。エスカレーターももちろんピンク色だ。
 「何と言うか……ピンク色には慣れたが城の内部にいる月神、兎達に全然会わないのが気になるな。」
 みー君はエスカレーターを登りながらつぶやく。
 「確かにねぇ。恐ろしいくらい静かだよ。」
 先程から何も物音がしない。エスカレーターが動く音のみ響く。とても不気味だ。
 「む……。ここら周辺にいる皆の心が弐にいるでごじゃる。肉体は行っておらぬ故、眠っている状態であります……。城の外にいた者達は肉体ごと弐に行ってしまわれたでありますが……。城内の者達はまだなんとか……。」
 ウサギが怯えながらあたりを見回した。
 「なんでわかるんだ?お前、あれか?パーティの中にいる物知りキャラか?」
 「みー君!声がでかいよ!」
 「お前もな……。」
 サキとみー君がこそこそ話しているとウサギが恐る恐る声を出した。
 「自分達は弐の世界の上辺と月を守っているであります……。月神、兎も睡眠はとるのでシフト制で休んでいるのであります。その時に何人弐に行っているのかとか……まあ、つまり何人寝ているのかを随時把握しているのでごじゃる。月の兎の特殊能力とでも言うか、とにかく兎は弐にいる人数を把握する能力を持っているのでごじゃる。」
 ウサギは話しながらじわっと瞳を潤ませた。今にも大泣きしそうな雰囲気だ。
 「わっ……待つんだよ。こんなところで泣かないでおくれ。」
 サキは慌ててウサギの涙をふく。ウサギは同胞が消えてしまった事にだいぶまいっているらしい。
 「こんな状態なのに月子ってやつは何やってんだ?って、こりゃあ月子がやったのか。」
 みー君は二階から三階へ行くエスカレーターに乗りながらつぶやいた。
 「つつつ、月子さんを悪く言うなであります!月子さんはそんな事をするお方ではないでごじゃる!」
 「でもその月子ってやつはサキを殺そうとしていたんだろ?悪く言うなって言う方が無理じゃねぇか?」
 みー君のそっけない言動にウサギは突然怒り出した。
 「月子さんはそんな神じゃないであります!絶対に同胞にひどい事したりとか……し、しないであります!」
 ウサギはどこか必死の面持ちでみー君に掴みかかるように言葉をまくし立てる。
 「……お前も……もうわかってんだろうが。こういう状態になったのは月子のせいだとな。何むきになってんだよ。隠したい事情でもあるのか?」
 「みー君、やめなよ。兎には兎の何かがあるんだよ。きっと。」
 みー君とウサギの会話が喧嘩腰になってきたのでサキは慌てて止めに入った。
 「お前は黙ってろ。」
 みー君はサキをじろっと睨みつけた。それを見たサキはなんだかカチンときた。
 「黙ってろってなんだい!あんたがそんなデリカシーの無い事ばかり言うから……!」
 「わわわ、待つであります!喧嘩はよくないでごじゃる!」
 止め役だったサキ本人が喧嘩腰になってしまったので今度はウサギが止めに入った。
 「喧嘩なんてしてねぇよ。こいつが勝手に怒ってるだけだろ。」
 「はあ?」
 サキはみー君の言動でさらに腹が立った。みー君は涼しげな顔で四階に続くエスカレーターに乗る。
 「少し落ち着けよ。俺は別に喧嘩しようってわけじゃない。ただ……言い方が悪かったな。すまない。お願いだ。少し何もしゃべるな。俺はウサギと会話がしたい。」
 みー君の鋭い瞳にサキが映る。みー君はサキとは違いとても冷静だった。それを感じたサキはみー君が何かを言おうとしていると判断した。
 「みー君。あんたはあたしよりもはるかに長く生きている。あんたがまわりにイライラをぶつけるわけないね。イライラしてたのはあたしだ。わかった。少し黙る。」
 「お前、イライラしていたのか。」
 みー君は少しだけ驚いた顔をしていた。
 「当たり前だよ。太陽も思うように動かせてないっていうのに他のやつらから月の様子を見て来いって言われておまけに月のやつらにあたしは殺されかけるし。チイちゃんもどうなったかわからない!」
 サキは愚痴をこぼしながら深呼吸をし、心を落ち着けた。
 「そうだな。お前は不運だ。不運だが死ぬほどの不運ではない。あの男も確実に死んだとは言いきれない。」
 「まあそうだねぇ。確かにまだ何にもわかってない。もう、イライラしてないよ。……とりあえず、あたしはいいから二人で話しな。」
 みー君の不器用な慰めに満足したサキはため息を再びつくと黙り込んだ。
 「わりぃな。……で、ウサギ、先程はまわりくどく言ったが……俺にはやっぱり難しいんで、簡潔に結論を言おう。」
 みー君はそこでいったん言葉をきった。ウサギは瞬きをしながら言葉の先を待っている。
 「これ、だいぶん前に起こった月照明神がいなくなったそれにとても似ているんだが……。月神の王は姉妹そろって一つの神なんだろう?月子は妹だったはずだ。姉はどうした?消えたのか?それとも消したのか?先程むきになってたのはそれだろう?お前は何か知っているな?」
 「!」
 みー君の発言にウサギは狼狽していた。
 「し、知らないであります!げ、月照明神様……いえ、主上は自ら弐の世界へと向かわれた。自分達に何も言わずに行方不明になられた。つ、月子さんにも何も言わずにいなくなられた。自分達は主上が何らかの理由で弐に行き、その理由が解決したら月に戻ってくると思っているであります。」
 「それは苦しい理由だな。お前、さっき弐の世界に入り込んだら出て来れないって言ってたじゃないか。お前は実際、自ら弐に行く月照明神を見たのか?月子にそう言われただけなんじゃないのか?」
 みー君の諭すような口調にウサギは黙り込んだ。しばらく静寂が包んだ。みー君はウサギが何かを口にするまで声を発さないつもりのようだ。黙ってウサギを見据えている。
 やがて観念したようにウサギがぼそぼそとつぶやきはじめた。
 「先程述べた理由は……自分が他の月神様や兎達に流したウソでごじゃる。自分は月神様の使いでごじゃる故……どんな状態でも月神様の意向に従う。……だが……もうそれは先程の件で守れそうにないであります。」
 「という事は……お前は本当を知っているんだな……。」
 みー君は一つの結論を導き出し、大きく頷いた。ウサギはみー君の鋭い瞳に怯えながら続きを話しだした。
 「自分は月子さんが姉君を弐に突き落とすのをこの目でみたでごじゃる。なぜそうなったのかはわからないでごじゃる。ただ、自分は誰にも悟られぬようにこの件を必死で隠してきた。誰にも見られていなかった故……自分は知らない顔をしようと思ったのでごじゃる。これは月子さんにとって外に漏らしてほしくない内容だと判断し、自分はウソを言って隠ぺいしたであります。」
 ウサギは怯えながらゆっくりと言葉を漏らした。
 「なるほどな……。まあ、お前の判断も間違ってはいないな。」
 みー君はウサギから目を離すとサキに目を向けた。サキが意見を言うか言わないかで迷っているような感じだったからだ。
 「なんだ?なんか言いたそうだな。」
 「みー君、ごめん。しゃべるよ。……今の話を聞くかぎりだと……ウサギの判断はあまり正しいとは思えないよ。現場を見ていたんだったらウソで隠ぺいするんじゃなくてさ、原因究明とか色々するべきだったんだとあたしは思うよ。見て見ぬふりってよくないんじゃないかい?」
 サキはみー君を見た後、ウサギに目を向けた。ウサギは唇を噛み、うつむいていた。
 「まあ、お前の言っている事も正しい。が、よく考えろ。今となっては月子の不審感が月神達に知られているが当時はどうだったか。ツクヨミ神の加護を受け、月照明神は尊敬の対象だったはずだ。そんな状態でこのチビ兎が、『妹が姉を弐の世界に突き落とし消した』と言ってしまったらこいつは間違いなく死刑だ。こいつには何の力もない。ただの反逆罪だ。保身のためならこいつの判断は正しい。ただ、こいつの身は相当苦しかったと予想される。一人で誰にも相談せず、月子に不審感は持っているものの従順で……子供なのに精神がよく持ったものだ。」
 みー君はウサギの頭にそっと手を乗せた。
 「……みー君……。……そうか。それを考えてなかったよ……。あたしの言った事は正義の味方きどりで何も考えていないだけだ。」
 サキは自分の意見を恥じた。うつむき、何を言うか迷った。サキの顔を見たみー君は突然ふっと笑った。
 「な、なんだい?」
 「いや、変な顔しているなと思ってな。」
 「変な顔だって?」
 「いや、怒るな怒るな。……お前の言った意見だがな、それもあっているぞ。弱い立場のやつができなかったら強い立場のやつらがやればいいんだ。原因の究明や、月子に関しては現在やっているだろ?」
 みー君がサキに向かい笑いかけた。刹那、サキの瞳に輝きが戻った。
 「そ、そうだね!そうだ!あたしがやればいいんだよ!って……あれ?あたし、なんであんたにいいようにコントロールされているんだい?」
 「モチベを上げただけだろ。コントロールなんてそんな……お前が自機だったらまともに動かないだろうな。AボタンのコマンドなのにBボタンのコマンドやるだろ?」
 「まったく、たとえがいちいちわからないんだよ……。みー君は。」
 サキに元気が戻った。みー君は満足そうに頷き、意味深に「さてと」とつぶやきエスカレーターの到着地点を睨んだ。
 「みー君?ん?……ウサギ?」
 ウサギが静かにサキの腰回りにひっついてきた。ひどく怯えているようだ。サキはふと何かを感じみー君が向いている方向を向いた。
 「!」
 エスカレーターの到着地点に月子が立っていた。氷のような瞳の奥には憎悪が見えている。
 「あれが月子か。実際見るのははじめてだな。」
 みー君は不気味に笑った。
 「あれが月子……不思議とはじめてな感じがしないね……。なんでかな。」
 サキはなぜか懐かしい気持ちになっていた。会った事がないというのにどこかで会っているようなそんな気がした。
 「おそらく、今、概念化しているツクヨミ神とアマテラス大神が関係しているんだろうな。サキはアマテラス大神の色々を受け継いでいてあいつはツクヨミ神の色々を受け継いでいる。もともとあのツクヨミ神とアマテラス大神は姉弟だ。色々細かい理由があって仲が悪くなったらしいがな。」
 「遠い記憶がこんな懐かしい気持ちを呼び起こしているってわけかい。」
 サキは月子を睨みつけた。
 「!」
 刹那、月子が手から刀を出現させ、勢いよく振るった。刀からはカマイタチが飛び、エスカレーターを粉々に破壊した。
 「うわあ!ちょっ……!」
 「いきなりかよ!」
 みー君は慌てて風を起こし、三人の落下を防いだ。
 「ぎゃあああ!」
 しかし、みー君は元々厄災の神、台風じみた風しか出せずサキ達は吹っ飛ばされる形となった。
 だがなんとか月子がいるフロアまでは到達する事ができた。地面に叩きつけられる勢いだったがサキもウサギも不思議と怪我はなかった。
 「おっと、すまん。怪我してないか?いきなりだったもんで制御がちょっとできなかった。」
 「あ、あんたはいつもそうじゃないかい……。」
 慌てているみー君にサキは吐きそうになりながらも言葉を発した。エスカレーターは原型を留めていないくらい破壊されていた。もう足を乗せる所もない。
 「ま、まあ、ここから落ちるよりはマシでごじゃる……。……つ、月子さん……自分、やっぱりこのままではいけない気がするであります……。」
 ウサギはサキにしがみついたまま月子を怯えた目で見つめていた。
 「月は吉凶を占う所でもあるわね。厄神を連れてきたって事は凶かしら?そうね。さっきので全員しとめられなかったんだもの。私にとっては凶だわ。」
 月子はウサギの問いかけには答えず不気味に微笑みながらサキ達を睨みつけていた。
 「月子さん!外の警備をしている者達が弐の世界へそのまま入り込み、城内の者は魂が弐に行っているであります。なんとか元に戻してもらえないでごじゃるか……?」
 ウサギは震える身体を押さえつつ叫んだ。月子の瞳は暗く、冷たいままだ。
 「あなたは私に意見できる立場ではないわ。このままでいいのよ。場がおさまったら元に戻すから……。」
 「とはどういう事だ?」
 みー君がウサギの代わりに月子に質問をした。その瞬間、月子の顔に冷笑が浮かんだ。
 「あなた達はもう外へは出られないわ。」
 「ほお。」
 みー君の瞳が青色からスウッと赤色に変わる。サキはみー君の豹変に驚きながらも剣を手から出現させ構えた。
 「やっぱりすべての原因は月子か……。話し合いでなんとかなりそうにないし、どうしたもんかね。」
 「さて、原因究明はどうしたものか。……しかし、舐められたもんだな。俺はイザナギ神とイザナミ神との間に生まれた子供だぜ?」
 「知っているよ。みー君。」
 サキとみー君の間に恐る恐る入り込んできたウサギがきょろきょろと二人を見上げていた。
 「じ、自分に何か……できる事は……?」
 「今はまだいい。少し退がっていろ。」
 「そうだね。話せる状況でもないし、もうちょっと様子見をするべきだね。」
 ウサギはサキとみー君の答えを聞き、おとなしく後ろに退いた。
 「みー君、いいかい?これは敵を叩きのめすわけじゃないよ。いいね。」
 「わかった。」
 二人は月子に向かい構えをとった。このまま、月子と対峙をし、チイちゃんが帰ってくるとは思えなかったが二人はここからどうすればいいかわからなかった。ただ、月子さんに会うという目的だけでここまできてしまったため、会ってから何をすればいいのかまったく決めていない。
 底冷えするような瞳でこちらを見ている月子と対峙しながら二人は頬を伝う汗もそのままこれからどうするか必死で考えていた。

七話

 ……あれ?オレ……どうなったんだろ……。
 チイちゃんはぼやっとした中、目を開けた。何故だかすごく眠たい。
 「もし……。もし……。しっかりしてくださいまし。」
 優しそうな女性の声がする。チイちゃんは誰かに揺すられていた。
 「ん……?」
 チイちゃんは焦点の合わない瞳で揺すっている者を見た。最初に瞳に映ったのはきれいな女性の顔。その次に烏帽子。その次はピンクのストレートロングヘアー。
 「もし!起きてくださいまし!」
 先程よりも揺すり方が激しくなっている。チイちゃんは徐々に我に返ってきた。
 「ほえ!?」
 しばらくしてチイちゃんは不思議な声を出し、がばっと起き上った。
 「あら、目が覚めました?」
 「……んん!?ひ、ひざまくら!ひざまくらぁ!」
 チイちゃんはこのきれいな女性にひざまくらをさせていた事に気がついた。状況を思い描き、顔を真っ赤に染めた。
 ……ひ、ひざまくら……だと!
 ついこないだまで刀だった事もあり、女性にあまり触れた事のなかったチイちゃんは異常に興奮していた。
 「も、萌える!」
 「大丈夫ですよ。あなたは燃えていません。怖い夢を見たのですね。」
 「え?えーと……。」
 女性は丁寧に答えてくれた。チイちゃんは真っ赤のまま改めて女性を観察した。見た目は白拍子だ。大人な女性という感じで物腰も柔らかい。色々とチイちゃんのドツボだった。
 「やっと戻ってきましたね。わたくしの刀……。」
 「……ん?」
 女性はチイちゃんの頭をそっと撫でた。チイちゃんは戸惑いと気恥かしさで真っ赤になったり戸惑ったりしている。
 「あら、わたくしを覚えていないのですか?わたくしは月照明神。あなたの持ち主です。まさかあなたが人型になって戻って来るとは思いませんでしたが……。」
 「月照……明神……?」
 微笑んでいる月照明神の顔を眺めながらチイちゃんはぼそりとつぶやいた。


 「なんであんたなんかが……。」
 月子はサキを睨みつけながらつぶやいた。
 「……?」
 サキは何の事を言っているのかわからず訝しげに月子を見ていた。月子は憎しみに満ちた顔で刀を振りかぶってきた。
 「サキ!」
 みー君が叫んだと同時にサキは素早く横に避ける。霊的着物を着ているため、体はかなり軽い。月子の斬撃もうまくかわせた。月子は間髪を入れず刀を振るう。
 「ちょっと!落ち着きなって!」
 サキはなだめるように月子に話しかける。もちろん、斬撃を避けながらだ。
 「うるさい!死ね!」
 「死ねって……こら!そんな言葉使うなってば。」
 月子の斬撃はサキを殺傷するために放たれている。冗談ではなく本気でサキを消そうとしているらしい。
 サキは剣で月子の刀を危なげに受ける。悔しいが月子の剣術能力は高い。しっかりと避けたはずだが肩先の着物がバッサリと裂けていた。
 「……っち……。」
 サキは露わになってしまった右腕を押さえ、苦渋の表情で月子を見つめた。
 「あら。右腕をもらうはずだったのに。ざーんねん❤」
 「サキ!」
 みー君が慌ててサキに向かい走り出したがすぐに月子のカマイタチで動きを止められてしまった。
 「あんたはそこにいろ。邪魔。」
 月子がしゃべるのとみー君がカマイタチを避けるのが同時だった。
 「月子、お前……!」
 「邪魔しないで。天之御柱神……。あんたには関係ないから!」
 「関係ないだと。誰のせいでこうなってんと思ってんだ。俺はサキの護衛を頼まれた。お前からサキを守れとワイズに言われている。これはおかしいと思うんだが。サキよりも先輩のお前が月を乱し、サキを消し、お前は一体何がしたい?」
 月子の叫びにみー君は冷静に答えた。それが怒りに触れたのか月子がさらに感情を爆発させた。
 「あんたには関係ない!……サキ、あんたはいいねぇ。こんな守ってくれる者まで現れて太陽を助けてくれる神が沢山いて!太陽を奪いグチャグチャにした欲深い人間の娘だっていうのに!」
 「……!」
 月子がゆっくりとサキの方を向く。刹那、サキの眉がぴくんと動いた。
 「知ってるよぉ。あんたの母親は概念化しているアマテラス大神を無理やりその身に宿して神になろうとした巫女なんでしょ。そんなやつが太陽を統べれるわけないわよねぇ?だいたい……人間だし。」
 「お母さんを侮辱するな……。」
 先程と明らかにサキの表情が変わった。月子はそんなサキを眺めながら涼しげに話し出す。
 「ほんと、消えて正解。太陽をぐちゃぐちゃにしてそのままポイとはどこまでも腐った親だわね。あんたはその女の娘なのになんでそんなに呑気にしていられるの?親も親なら子も子ってことね。」
 「あたしを馬鹿にするのはいい……。だけど、お母さんを馬鹿にするのは許さない!」
 月子の発言でサキの怒りが爆発した。たとえどんな親でも親を馬鹿にされるのは子供として耐えられない。サキもそうだった。もう冷静にはなっていられなかった。
 ……お母さんは確かに最低だった。だけどそれをこいつに言われる筋合いはない!
 サキは月子の刀を乱暴に振り払った。
 「サキ?」
 みー君はサキの変貌ぶりに戸惑い、そこから近づく事ができなかった。
 ……お母さんはあたしなんて見向きもしてくれなかったけど!でも……それでも……
 サキは感情を制御できなくなっていた。まわりに不必要な炎が噴き出す。
 「やめろ!サキ、落ち着け!」
 みー君の言葉は最早サキには届かなかった。
 ……それでも!あたしはあの人の娘だった!
 サキは月子に剣を振るう。容赦のない一撃を月子はかろうじて受けた。
 「何よ。いきなり感情的になっちゃって。」
 「ふざけんな!あんたに何がわかるっていうんだい!あんたがお母さんの何を知っているっていうんだい!何もわかっていないくせに偉そうに言うな!」
 サキはまた乱暴に刀を弾くと剣を振りかぶった。
 「そんな最低な人間の事なんて知りたいとも思わないわ!その娘であるあんたをなんでどいつもこいつもかばうのか私には全然わかんない!」
 月子も刀を振るう。刀を振るっている内に月子からツクヨミ神の力が溢れ出した。
 また、サキからもアマテラス大神の力が噴き出した。
 お互いが凄まじいエネルギーをおびながら武器を振るい合っていた。サキも月子も体中斬りきざまれながら怒りの感情のみでぶつかっていた。
 「やめろ……。」
 みー君が危機を感じ二人に向かい走り出す。ウサギは震えながら近くの柱に隠れていた。
 「おい!止まれ!やめろ!」
 膨大なエネルギーを持っている二人がぶつかり合ったら何が起こるかわからない。それにみー君は女性同士が殺し合うのを見たくなかった。
 「やめろ!」
 斬撃が飛び交う中、みー君は二人の間に立った。
 「やめろって言ってんだろうが!」
 みー君の神力が一瞬、時を止めた。
 「み、みー君!」
 サキが驚いて剣を引いた。赤い液体が大量に宙を舞う。みー君は色々と遅かった。
 みー君は二人を止めようと神力を放ったが間に合わず、二人の斬撃をその身に受ける事になってしまった。サキはみー君の背中を深く斬り、月子はみー君の胸から腹を思い切りえぐった。
 「がっ……。」
 みー君は口から血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
それを見た月子は楽しそうに笑っていた。
 「あら……斬っちゃった。好都合だわ。ふふ……。」
 「そ、そんな……みー君……。」
 月子は絶望的な顔をしているサキを一瞥するとみー君を破壊されたエスカレーター部分から突き落とした。刹那、落ちゆくみー君の遥か下に宇宙空間が出現した。きれいな星々がサキには悪魔にしか見えなかった。まるでブラックホールのようにみー君はその星空に吸い込まれていく。
 「みー君!みー君!」
 サキは必死で手を伸ばしたがみー君に手は届かなかった。
 「ふふ……。弐の世界で永遠に眠りなさい。」
 月子はクスクスと笑いながら落ちていくみー君を冷たく見つめた。
 「……お前ら……落ち着けよ。せっかくのきれいな身体……傷になるぞ……。」
 みー君は最後にそうつぶやき、宇宙空間に飲まれ、跡形もなく消えた。
 「みー君……そんな……。みー君……あたしがみー君を……斬った?」
 うなだれ震えているサキは立っている事ができずその場に座り込んだ。まだ手に肉を断ち切った感触が残っている。サキの頭は真っ白になった。
 「さて、じゃあ、これで二人きりだわね。サキ。」
 月子が平然とサキの頭を足で踏みつぶした。
 「あんた……みー君に何をしたんだい……?」
 「何をしたって弐の世界へ連れてっただけよ?もう戻ってこないと思うけど。」
 「みー君をあたしが……。みー君……。」
 サキは耳を塞ぎ、震えながら涙を流していた。
 ……おかしくなってたあたしを止めようとしてくれてたのに……あたしは彼を……。
 サキは震える手で剣を握ったが握りきれず剣はそのまま地面に落ちた。手についた血を見て震えはいよいよひどくなった。
 ……もう何も考えられない……怖い……。
 「ふふ。無様ね。サキ。もうあんたを守ってくれる者はいない。あんたは助けてくれる者の影でふんぞり返っていただけなんだから奪っちゃえば私はあんたを容赦なく蹴落とせる!」
 月子は戦意喪失しているサキの顔を蹴り飛ばす。
 「っぐ……。」
 サキは顔を押さえ立ち上がろうとするが身体の震えがおさまらず立ち上がる事ができない。
 「満身創痍ね。ふふふふ!あははは!」
 月子は狂気的に笑いながら絶望しきっているサキを蹴り続けた。

八話

 暗闇の中、みー君はそっと目を開けた。
 ……あー……。びっくりした。斬られるのなんて久しぶりだぜ。
 ……まあ、ちょっと痛かったが俺は元々、風だしなあ。問題ないんだよな。
 ……人型だから大量出血だったが……ま、すぐにこんな感じに戻るんだ。
 みー君は真っ暗な空間に無傷でフヨフヨと浮いていた。
 ……で?ここは何だ?……ん?
 『みー君……あたし……みー君殺しちゃったよ……。』
 どこからか悲痛の叫び声が聞こえる。というかこの空間に響いている。
 ……おいおい。勝手に殺すなよ。この声……サキか?
 『みー君は弐の世界に行っちゃった……。あたしのせいだ。どうしよう。あたしのせいだ!』
 サキは泣いているのか声が震えている。
 ……弐の世界か。弐の世界でサキの声がするって事はだ、ここはサキの心の中か?
 『みー君はゲーマーでちょっとめんどくさかったとこもあったけどいい神だった。何回も死にかけたけど……それは半分くらいみー君のせいだったけどでもみー君はいい神だった!』
 ……なんか嬉しくねぇ言い方だな……。もっと気のきいた事を言えないのか。こいつは。
 ……しかし、心の中でセキララはなかなか怖いな……。
 『みー君……帰って来ておくれよ……。みー君……怖いよ……。あたしは……どうすれば……。』
 ……。
 みー君は足を組み、頬づえをつき、寝転がりながら黙ってサキの言葉を聞いていた。
 『あたしは何かとみー君に頼りきってた。みー君は優しくて……いざという時は強くて……あたし、ちょっと尊敬してた。』
 ……こいつは何こっぱずかしい事を言っているんだ?こりゃあサキが絶対に言わなそうな事だが……これがこいつの心の中か?
 ……なるほどな。可愛いとこあるじゃねぇか。ふーん。
 『みー君……。もう言っても無理かもしんないけど……助けておくれ……。あたしはもう……頭真っ白でどうしたらいいかわからないんだ……。』
 悲痛な叫びがみー君の顔を曇らせる。
 『みー君……。みー君……。』
 サキの声がだんだんと小さくなっていった。我慢できなくなったみー君は咄嗟に叫んだ。
 「だああ!みー君、みー君うるせえな!お前は蝉か!」
 『……!?』
 みー君の叫びにサキは戸惑いを見せていた。いきなりみー君の声が心の内部から聞こえたのでサキ本人、何が起こっているのかわかっていないのだろう。
 「俺は生きてるぞ。心配するな。……それと、落ち着け。そしてよく月子を見ろ。月子を渦巻いている感情はなんだ?よく見て考えろ。俺にはただの嫉妬にしか見えないがな。」
 『嫉妬……。』
 サキはそれだけつぶやくとそれ以降何も話さなかった。そのかわり、風景が真っ暗な空間から暁の宮のサキの部屋に変わった。これがサキの心の常時の風景らしい。
 ……さっきの真っ暗はサキの心を映していた風景だったんだな。しかし、自分の世界が部屋の中とはイマジネーションのねえ奴だ……。まあ、いいが、これで一応サキの心は安定したか。
 ……それはいいとして、俺はここから出られないし、ちょっと寝るか。
 「ダメ。あなたはこちらに来るの。」
 みー君が寝ようとした時、耳元でライの声がした。
 「ん?なんだ?芸術神ライじゃないか。チイちゃんをどこへやった?」
 「チイちゃんの居場所に今から行くの。チイちゃんに会わせてあげる。」
 「別にあいつに会いたいわけじゃないんだが弐から壱に出してやらないとサキがうるさいからしかたないか。お前が何を企んでいるか知らないが……ああ、とりあえず今は眠い。」
 佇むライをみー君は眠そうな顔で見上げる。
 「眠いと思うけど弐の世界で肉体を持ったまま寝るのはけっこう危険だよ。起きてた方がいいよ。それから何も企んでないよ。……まず、立って。私について来て。」
 「んん……。」
 みー君はライに従い重い腰を上げた。ライは怪しかったが他にやる事もないのでみー君はついて行く事にした。


 ……あたしの心の中でみー君が叫んでた。
 ……みー君は月子をよく見ろって言ってた。
 蹴られ続けながらサキは月子を見てみた。
 「……っ!な、何よ!その目!」
 月子は一瞬動揺したが先程よりもさらに強く蹴りつけはじめた。
 サキは月子の瞳が暗く、濁っている事がわかったと同時に月子が邪魔な存在をどうやって消してきたのかわかってきた。
 ……なるほど。じゃあ、彼女のお姉さんもそういう理由から消されたわけかい。
 サキがそうぼんやり思った時、月子とサキの間に人影が入り込んできた。
 「……?」
 サキは一瞬何かわからなかったがすぐにウサギである事がわかった。
 「あんた、どういうつもり?私に逆らったらどうなるかわかっているのかしら?」
 月子の眼力に怯えながらウサギはサキの前に立ち、口を開く。
 「じ、自分は……月子さんの振るまいが少し……おかしいと思うのであります!」
 「……っ!」
 ウサギの一言で月子の表情は憎しみと怒りで埋め尽くされた。
 「月子さん……自分は……」
 「うるさい!あんたも私を裏切るつもりなのね。ただの兎が偉そうに言ってんじゃないわ!」
 「違うのでごじゃる!月子さ……」
 ウサギの言葉はそこできれた。月子の刀がウサギの首すれすれで止まったからだ。
 「黙れ。それ以上しゃべったら反逆罪として斬首にするわ。」
 「……。」
 ウサギは拳を握りしめ、目から涙をこぼしていた。月子に自分の気持ちを知ってもらいたかったが死を前にしては何もしゃべれなかった。ウサギはそれが悔しかった。自身の不甲斐なさを恥じた。
 サキはウサギの胸中がなんとなくわかった。
 「ウサギ、守ってくれてありがとう。あんたはよく頑張ったよ。悔いる事なんてないよ。あんたは頑張った。」
 サキはゆっくりと立ち上がるとウサギの頭にそっと手を置いた。サキの顔は蹴られ続けたせいでひどい有様だ。だが瞳には先程とは違う光が宿っていた。
 「……っ。」
 サキの目を見た月子は戸惑っていた。仲間を消してもすぐに新しい仲間を作ってしまうサキになんだかわからない憤りを覚えた。
 ……なんでこいつは尊敬の対象になれる?なんで頑張っている私はそういうふうになれない?
 ……どうして?
 ……こいつさえいなくなればそれでよかったはずなのに……なんでこんなにむなしいの?
 月子は刀を握りしめた。
 その時ふと自分が消してしまった姉の事を思いだした。
 ……姉を消した時も……嬉しいはずなのになんだかむなしかった。
 あれは今からどれだけ昔だろうか……もう思い出せないが月子は姉が心底嫌いだった。
 月照明神は二人で一神だというのにまわりは姉しか評価しなかった。自分はただ姉についてまわる従者のような扱いだった。どんなに頑張っても評価されない。姉が間違いを犯してもたいして罪にならなかったが自分が同じ間違いを犯すとひどい罵声を浴びせられた。落ち込んで部屋にこもっている時、姉は必ず必死で月子を慰める。月子はそういう所も大嫌いだった。
 「ねぇ、月ちゃん。あれはしょうがないですわ。間違いは誰にでもある。だからお部屋から出て笑顔を見せて。いつまでも落ち込んでいてはいけません。あ、そうですわ、これから一緒においしいおかしを食べましょう?もらいものですがなかなかおいしいおかしが……」
 ドア越しで姉の声が聞こえる。誰のせいで自分がこんなに苦しんでいるのかわかっていない所が月子の勘にいつもふれていた。
 「うるさい!お姉ちゃんには関係ないでしょう!どっか行って!」
 「……そう……。ごめんなさい。月ちゃん。」
 だいたい姉は月子が拒絶すればそれ以上入り込んでくる事はない。いつも切なそうな声で去っていく。
 月子と姉はそんな関係だった。月子は姉とほとんど話した事はなかったが、ある時姉が月子にふと話しかけてきた。
 「ねえ、月ちゃん?わたくし達は姉妹で一神でしょう?何故かどんどんと月ちゃんと離されているような気がするのです……。月ちゃん、何か悩みがおありなのでしょう?姉が相談に乗りますよ。」
 姉は悲しそうな目で月子を見つめていた。
 ……悩み?余裕のあるお方はなんでも一緒に考えてくれるのね。
 ……人の気も考えず……なんの考えもなしに……。
 月子は姉を憎しみのこもった瞳で睨みつけた。
 「私はあなたが大嫌い。話しかけてこないで。」
 「月ちゃん……。一体どうしたのですか?わたくしがなにかいたしましたか?してしまったのでしたらごめんなさい。そしてわたくしが何をしてしまったのか教えていただけませんか?」
 「……っ。」
 月子はぬけぬけと話しかけてくる姉に腹が立った。
 「月照明神様。そろそろ会合のお時間です。」
 近くにいた月神の男が静かに口を開いた。月子は会合に出るべくさっさと歩き出したが月神の一人に止められてしまった。
 「あ……お姉様のみお呼びがかかっております。申し訳ありません。」
 「……!」
 月子は唇を噛みしめその場に立ち止った。
 「ごめんなさい。月ちゃん。すぐに戻りますから。何かおかしを買ってきますね。後で一緒に食べましょう?」
 姉は複雑な表情で微笑むと月神に連れられて行ってしまった。姉は歩きながら月神達と楽しそうに笑い合っていた。
 月子にはそれがたまらなく悔しかった。
自分も月神達に馬鹿にされる事なく同士としてそこに立ちたい。
 月子は拳を握りしめたまま滲む瞳で姉を睨みつけていた。
 ……あいつが消えれば……私はあそこに立てる……。
 月子はだんだんそう思うようになってきていた。このあたりから月子は姉を消す計画を立て始めた。自分に非がなく、事故に見せかけて姉を消す方法を……。
 姉を消した後、姉がいなくとも色々できるという事を証明し、消えた姉の分も背負う事によって同情と称賛を得る計画だった。
 そこで月子は芸術神ライを利用する事にした。月子はライに友としてふるまい、つながりを深めた。女は演じる生き物だ。月子も演じる事は得意だった。ライは正直者であり真面目で月子が発する言葉を何一つ疑わなかった。
 「お姉さんを弐の世界に突き落としたいだって?」
 十分仲良くなってから月子はライに計画を話した。ライは戸惑いの表情で月子の言葉を反芻した。
 「そう。あなたならできるでしょう?今は何も聞かないで私に協力してくれないかしら?」
 「なんか重要そうね。」
 ライが真面目に月子の話を聞いてくる。月子は頷きつつ、
 「私達……友達よね?」
 とライに念を押した。
 「もちろん。困った時は私が助けるよ。今回の件もそうなんでしょ?」
 「うん。これはとても重要な話よ。でね、この事は誰にも知られちゃならないから黙っててほしいの……。」
 「そっか。色々月ちゃんも大変なんだね。……わかったよ。月ちゃんのためだもんね。私、黙ってるよ。」
 「ありがとう。頼りになるわ。」
 心がまったく入っていない月子の言葉でライは微笑み、顔を赤く染めた。
 しばらくしてライの心を操り始めた月子は姉の封印を本格的に進めはじめた。まず、姉を封印する場所。上辺だけの弐の世界を作りそこに姉を閉じ込めて逃げられなくしてから本当の弐の世界に突き落とす方法を考えていた。上辺だけの弐の世界、妄想や発想などの世界は芸術神ライが作る事ができる。月子は隣りにある姉の部屋を弐の世界に変えるようにライに指示を出した。
 「これでよしと。」
 ライは筆をクルクルと動かしながらできた物を楽しそうに見つめた。ライがした事は姉の部屋に絵を描いただけだ。暗い中、キラキラと輝く星がなんとも美しい宇宙をライは姉の部屋で表現した。
 「あら、きれい。まるで本当の宇宙みたいだわ。……さて、後はあいつをどうやってこの部屋に入れるかだわね。あいつは意外に鋭い。色々と見透かされてしまうような気がするのよね。」
 「私がうまく連れて来てあげるよ。まかせて。」
 ライは月子に持ち上げられたからか自信に満ちた顔で大きく頷いた。
 「本当?あなたならなんとかなりそうね。ごめんね。こんな役までやらせてしまって……。」
 「月ちゃん、いいよ。私は月ちゃんの力になりたいから別に苦じゃないよ。」
 月子はライの言葉を聞き、わざと落ち込んだフリをした。すまなそうにしておけば同情もかえる。
色々計画通りに行き、本当は大笑いしたかったところだが抑えた。ライが姉を呼べば姉は必ず来るだろう。ライは東のワイズ軍から来た客神だからだ。
 ライが弐の世界を作り、ついでにライが姉を呼び出してくれたら月子はまったく手を汚さず、誰からも責められずに計画を遂行できる。
 「じゃあ、月ちゃん、ちょっと待っててね。」
 「うん……。ここで待ってるね。」
 ライは月子の返事に微笑むと姉の部屋から出て行った。ライが消えてから月子は笑いをこらえきれず大声で笑った。姉をここに連れてきた後、ライが何もさわっていない出入り口のドアに絵を描いて退路を絶てば姉は抜け出す事はできない。その後、姉を本当の弐の世界に突き落としてからライに脱出口を作ってもらえば計画は終わる。
 私の計画は成功しそうだわ。ふふ……。


 本当にたまたまだった。ウサギが月照明神の部屋にいたずら目的で忍びこんだ時、月子とライが部屋に入ってきた。ウサギは見つかりたくなかったので近くにあった机の下に慌てて隠れた。すぐに見つかってしまうかもと思っていたが二人は全く気がついていなかった。そのまま動くわけにもいかず、二人の様子をただうかがっていた。ライが筆を走らせながら何やら月照明神の部屋に絵を描いている。しばらく見守っているとライが筆をしまい始めた。
 刹那、変な感覚と共に部屋が宇宙空間へと変わった。壁も何もなくなってしまった。机もなくなってしまったのでウサギは慌て、その場にうずくまった。隠れる所がなかったからだ。
 そんな状態なのに二人はまったくウサギに気がつかなかった。月子とライの前にはドアが一つぽつんと立っている。ライはそのドアから外へ出て行った。
 臆病なウサギはその場から動くことができず、明確ではないが何やらよからぬ事が起こるのではないかと不安を感じていた。
 やがてライが月照明神を連れて部屋に入ってきた。ウサギは不安から月照明神を呼ぼうかと思ったが月照明神の顔がとてもせつなく悲しげだったので声をかける事ができなかった。
 月照明神は悟っていた。
 自分がこれから消される事を。
 「お姉ちゃん、勝手に部屋に入ってごめんね。」
 月子が月照明神に話しかけながらちらりとライを見る。ライは頷くとドアに絵をさらさらと描き、ドアを消した。
 「わたくしをどうするつもりですか?」
 月照明神は静かにつぶやいた。
 「私の心の世界、私の弐の世界で一生生活してもらうわ。」
 月子はそう言うと自分の世界を創造した。あたりは宇宙空間から崖に変わった。月照明神は崖の先端に立たされている。崖下は真っ暗で底が見えない。これはライが作った弐の空間の中で月子が想像して作った弐の世界。つまり、ライの世界ではなく月子の世界。月子の心にある上辺の世界だ。そしてこの崖の下は月子の本心、本当の弐の世界。月子すらも気がついていない無意識の世界。嘘で塗り固められていない本当の心。
 「お姉ちゃん。消えて。」
 月子は手から刀を出現させた。そのまま振りかぶり、カマイタチを発生させて月照明神を崖から突き落とした。
 「そっか。月ちゃん、わたくしが嫌いだってずっと言っていましたものね……。」
 月照明神は逆らわずに崖から落ちて行った。月照明神と月子の間で何があったかはわからないが月照明神は自ら落ちて行ったようにも見えた。ウサギは戸惑いながら落ちていく月照明神を見つめていた。しばらくした後、ウサギの身体は恐怖心で震えだした。
ウサギが衝撃を受け震えていた時、カランと近くで音が聞こえた。ふと顔を上げると目の前に古い刀が落ちていた。ウサギはその刀をなんとなく拾った。
 「これですっきりしたわ!ライ、ありがとう。じゃ、ここから出して。」
 月子は封印が完了した直後からがらりと雰囲気を変えた。風景は崖から先程の宇宙空間に戻っている。魂の入っていない月照明神の肉体がその場に横たわっていたが月子は無視をして歩き出した。
 ライは月子の雰囲気に戸惑いながらドアがあった場所を火で燃やした。ドアは木でできているためよく燃えた。燃やしたドアから壱の世界に通ずるドアが現れた。
 「燃やしたり、壊したりすれば妄想の世界は砕けるよ。妄想の弐は本当の心じゃないんだもん、やっぱり脆いよね。」
 「ライ、この城全体をピンク色にしなさい。弐の世界に姉を突き落としたと思われないようにこの城全体を上辺だけ弐の世界に入れ込む。弐の世界をいつでも出現させられるようにこの城全体を私の心とする。ライ、まずは城を『絵』にしなさい。妄想の建物にするのよ。私の想像通りのね。」
 「え……でもそうしたら月ちゃんは外に出られないよ。月ちゃんの世界だもん。月ちゃんは自分のカラに閉じこもる感じになっちゃうよ。」
 ライは戸惑いつつ言葉を発する。
 「構わないからやって。」
 「う、うん……。」
 その会話を最後に二人はぽつんとあるドアから外へ出て行った。
 ウサギはしばらく様子を見、持っている刀を一瞥するとぴくりとも動かない月照明神に近づいていった。
 「もし……。月照明神様……。ウサギであります!えっと、この刀は主上の物でありますか?」
 ウサギは月照明神に声かけをしたが月照明神は何も答えなかった。
 しばらく月照明神に声をかけていたウサギは一向に返事がないので諦め、崖から落ちてしまった方の月照明神を探しはじめた。
 「……っ!」
 少し歩いてウサギは驚いて立ち止まった。月照明神が倒れているすぐ近くから足が地面につかない。ウサギは慌てて踏み出した足を引っ込めた。そしてそっと下を覗き込んだ。相変わらずの宇宙空間だがウサギの遥か下で沢山の世界がネガフィルムのように蠢いていた。雪国のすぐ横でハイビスカスが揺れる真夏のビーチ、様々な世界が入り組みごちゃごちゃに動いている。
 これは感情がある生物が持つ妄想の世界。個人個人の世界だ。心という星を遠くから見た図である。入り込むと本人も理解していない心の真髄がある。その本心を隠すためベールのように妄想や嘘が覆いかぶさっている。その個人個人の嘘や妄想が今、ウサギの目に映っていた。
 ウサギはなんだか怖くなり、刀を抱きながらドアから外へ飛び出して行った。
 その後、気が動転していたウサギは持っていた刀を現世に捨ててきてしまった。

 自分達が意識を失っている時に行く精神の世界、その世界に意識を持った者や肉体を持った者が入らないよう月の者は監視する役目があった。月照明神の部屋から弐の世界を見る事ができるようになったのはライが城をショッキングピンクに染めた瞬間からだった。肉体があり、それにつつまれるように心があるのだが月子は心で肉体を守っている。つまり月子の心は城であり、その城の中にいる月子はただの肉体でしかない。故に月子は城の中では魔法使いのように弐の世界を出せ、兎やその他月神を自由自在に操れた。
 月子が姉の部屋と弐の世界を繋げた理由は決まっていた。
……弐に……いつでも気に入らない者を突き落とせるように。
 「月ちゃん……。本当に良かったの?」
 「もう私を月ちゃんって呼ばないで。月子さんと呼びなさい!月読の子、月子と!」
 「……月子……?」
 月子のふるまいにライは友達の距離がどんどん遠くなっているようなそんな気がしていた。

九話

 「あんた、色々と馬鹿だねえ。」
 「……馬鹿ですって?私が?」
 月子はよろよろと立ち上がるサキに高圧的な態度をとった。
 「あんたは馬鹿だよ。まわりがまったく見えていない。あんた、自分のカラに籠ったまま出てこないつもりかい?……あんたの姉さんはあんたが気に入らなかったから消したんだろ?そうやって気に入らないものをちゃんと見もせずに捨てるからあんたには誰もついてこないんだ。」
 サキはまっすぐ月子を見据えた。月子の瞳に少し動揺が見えた。
 ……姉さんを消した理由は図星のようだね。
 「色々持っているあなたに言われたくないわよ!後から王になったのに私に偉そうに言うんじゃないわ!」
 「確かにあんたよりは後だけど色々持っているってのは間違いだよ。あたしは太陽をまったく動かせていない。でも、あんたとは違って必要なものはちゃんと拾って落とさないようにしっかりと抱えている。」
 サキが言った言葉に月子の表情がピクリと動いた。その表情をみてサキはふと思った。
 ……そうか。月子は……今までやってきたことを心の奥底で悔やんでいるんだね。
 「私は一人でも平気。私は私の思うように生きる!」
 「……あんた、悔やんでるんだね。」
 月子のからっぽな言葉をサキは軽く流し、直球に言葉を発した。
 「……っ!悔やむ?なんで?私は悔やんでなんか……。」
 「気に入らない者がいたら消す……って考えは人間だったら大変な事だよ。やってしまった事は消えない。あんた、最低だよ。」
 サキの言葉で月子はしまい続けていた心を露わにした。
 「だって、しょうがないじゃない!私はそうしないと認められないの!私なんかじゃどんなに努力しても勝てないもの!」
 月子は叫ぶように声を発した。
 「ねぇ、あんたを認めていた奴ってさ、少なからずいたんじゃないかい?あんたはそれを捨ててしまって……」
 サキが最後まで言う前に月子が言葉をかぶせてきた。
 「仲間なんていないわ!皆馬鹿にするの!姉を消した段階で皆から慕われると思ってた!でも状況は逆にばかり行って……気がついたら戻れなくなってた。私はこういう存在の仕方しかもうできないんだ!だからあなたも消す!」
 月子は自身にそう叫ぶとサキから大きく離れ、刀を振りかぶった。カマイタチがサキのすぐ横を走り抜ける。
 「……やるしか……ないのかね。……ウサギ、ちょっと退いてな。」
 サキは戸惑っているウサギを後ろに追いやり、剣を構え直した。


 「おいおい。どこまで歩くんだ?」
 みー君とライは子供が描く絵のような花畑をひたすら歩いていた。
 「えーとね、もうちょっとだよ。ここはね、私が作った弐の世界なんだよ。サキの心と月子の心を渡る渡り廊下のようなものかな?二人は共通してお花が好きみたいだからうまく心をつなげられたんだよ。これを渡って私はサキの心に入ったんだ。中に入るのは結構大変だったけど。まあ、私とサキは会ってまだ経ってないから心を開いてくれないのはしょうがないけどね。」
 ライは花畑の花を触りながら歩く。
 「心を妄想でつなげられるのか。心底弐って怖いな。で?その話だと月子も心を開いてくれなきゃ入れないって事だよな?」
 みー君は面倒くさそうな顔で花を眺めながら歩いている。
 「それは大丈夫だよ。月子は私と長い付き合いだから……。」
 「ん……?おい。」
 みー君は前を歩くライの肩が震えている事に気がついた。
 「うん。長い付き合いだからね……大丈夫……。」
 「お前、泣いているのか?どうした?」
 ライは泣いているようだ。みー君は優しくライに話しかけた。ライは押さえていた感情があふれだしたように声を上げて泣きだした。
 「だから、どうした?今の会話でそんなに泣けるところがあったのか?」
 「……。月子の心に入れた時、私の事、どう思っているのかわかったの……。私は月子と友達だと思っていたけど……月子は……使えるコマだって……。」
 ライは堪えられずにその場にうずくまった。
 「使えるコマか……そりゃひどいな。」
 みー君はうずくまるライに相槌を打った。実際ライと月子の関係がどうだったのか過去の事はわからないがみー君は話を聞いてあげる事にした。
 「私はいつも月子の影に隠れて……月子に守られていた。それもだいぶん前の事だけど。私が困っている時はいつでも助けてくれた。だから、私も月子を助けようと思ったの。月子が笑顔になると私も嬉しいから……。でも、私は騙されていたんだね。」
 ライの震える肩をみー君がポンと叩いた。
 「まあ、よくわからないが……俺は全部が全部お前を騙そうとしていたわけじゃねぇと思うぞ。確かに姉さんを消そうとしてお前を使ったのかもしれないが……困っている時に助けたっていうのは全部が全部お前を騙そうと動いたわけじゃないと俺は思う。お前を助けたいって少しは思っていたんじゃないか?」
 みー君はライを慰めるようにささやいた。
 「……。みー君……みー君は優しいんだね。……ありがとう。そう思えたらいいね。少し……元気でた……。」
 ライは涙をふくと無理に微笑んだ。ライの顔には心の痛みがはっきりと浮かんでいた。
 「おい……。」
 みー君が心配して声をかけたがライはそのまま立ち上がると何も言わずに歩き出した。
 これ以上、月子と自分の心に触れないでほしいとライの背中が言っていた。みー君は余計な事をしたかと頭を抱えたが黙ってライについて行く事にした。
 ……こいつは芸術神だからおそらく人間の心と同じものを持っていて色んな事に敏感で傷つきやすい……だろうな。
 みー君は揺れるライの肩を見つめながらそんな事を思った。
 しばらく歩くと一つのドアにたどり着いた。ライはみー君と一言もかわすことなく、当たり前のようにドアノブを握った。
 「おい。そんないきなりでいいのかよ。そのドアから先は月子の心なんだろ?」
 「……。」
 ライはみー君の問いかけに答えず勢いよくドアを開けた。
 

 「えっと……月照明神様、ここはどこなのでしょうか?」
 微笑んでいる月照明神にチイちゃんは恐る恐る話しかけた。
 「ここ?ここは妹の心の中ですわ。妹の弐の世界の核心部分ですわね。」
 月照明神はあたりを見回しながら答える。あたりは真っ暗で何もない。
 「弐の世界の核心?」
 「妹は月の宮全体を自身の心にしてしまい、弐の世界を作ってしまったようですが彼女の真髄はこの世界だけです。崩壊している心と正常を保とうとしている心の両方を彼女は持っています。ここは正常を保とうとしている心です。」
 チイちゃんは頷いていたが実際はわかっていなかった。それを見た月照明神がクスクスと笑い声を漏らした。
 「無理に頷かなくてもいいのですよ。理解しなくても別にどうってことない話です。とりあえずここは弐の世界だという事ですわね。」
 「そ、それだけわかればけっこうです!す、すみません……。」
 チイちゃんは知ったかぶりをした事をあやまった。
 「それで質問なのですが……あなたはなぜ人型になれたのでしょうか?」
 月照明神はチイちゃんに優しく微笑みながら質問をした。
 「え……えっと……よくわかりません!気がついたら剣王の所におりました!」
 チイちゃんは月照明神から目を離しながらまくし立てるように口を動かした。
 「剣王の……?そうでしたか。ちゃんとメッセージが届きましたね……。」
 「……?」
 月照明神はほっと息を漏らしたがチイちゃんは首をひねった。
 「ああ、剣王があなたに頼んだ事はわたくしに会いにくる事……でした?」
 「え?いえ……残念ですが……オレはサキ様について修行するようにと言われ、ついてきただけです。」
 「そうでしたか。剣王はあなたが混乱しないようにそう言ったのですよ。本当はあなたをわたくしに会わせるためサキにつかせたというのが正解です。」
 月照明神はチイちゃんの頭を再び撫でる。
 「うわあ!頭を……っ!えっと!オレわかりません!馬鹿ですみません!」
 チイちゃんは真っ赤になりながら震える声で叫んだ。
 「なるほどな。チイはあんたの刀であんたがこちらに落ちた時、刀だったチイを外に放り出し剣王にSOSを出したって事か。その答えとして人型となったチイを剣王があんたの元へとよこした。で、あんたはチイが戻ってきた事により助けがきたと確信する事ができた。」
 何もない所からいきなりみー君とライが現れた。
 「みー様!」
 チイちゃんは救いを求めるようにみー君を見つめた後、その横にいるライに顔を曇らせた。ライは下を向いたままでこちらを向かない。
 「あら、なんだか鋭い方ですわね。まあ、半分カケ状態でしたけど。ええっと、天御柱神……でしたかしら?」
 「そうだ。久しいな。月照明神。」
 月照明神は相変わらず笑顔でみー君を見据えている。みー君も月照明神に向かい微笑んだ。
 「あなたは……共犯者を捕まえにいらしたのですか?」
 月照明神の言葉でみー君の後ろにいたライの肩がビクッと動いた。
 「共犯者?何のことだ?俺はワイズに頼まれてサキの護衛をしているのだが。」
 「そういう事……ワイズはこの事を消滅させたいのですね。ではわたくしは何も言いません。今のは忘れてください。」
 「ん?まあ、いいが。」
 みー君は別に気にするそぶりもなく会話をきった。
 「で……オレはなんだかまったくわからないのですが……ちょっと色々説明を求めたいです。なんでみー様がここにいるのかとか……オレがどうなっちゃったのかとか……。」
 チイちゃんは唸りながら頭を抱えていた。
 「お前、勘が色々悪いなあ……。」
 みー君は面倒くさそうにチイちゃんを見た。
 「まあまあ……わたくしが今から説明してさしあげますから大丈夫ですわよ。」
 月照明神はチイちゃんをギュッと抱きしめる。
 「ほええええ!」
 チイちゃんは謎の声を上げながら顔を真っ赤にし鼻血を出していた。ちょうどチイちゃんの顔が月照明神の胸の位置にあるためか……チイちゃんはどこかパラダイスにでも行ってしまったかのような顔をしている。
 「たく……このスケベエ野郎。」
 みー君は呆れた顔を向けていたがどこかうらやましそうな顔をしていた。
 「まったく男って皆こうなの?」
 みー君とチイちゃんを交互に見たライはふてくされたようにぼそりとつぶやいた。

十話

 月子とサキは刀と剣をぶつけあっていた。サキはもう攻撃する意思はなかったので月子の攻撃を一方的に受けている形だ。
 ……っち。この女強いなあ……
 サキは痺れる腕を押さえる暇もなく剣で月子の刀を受ける。
 「あなた、反撃してきなさいよ!」
 「あたしはあんたと戦う気はないんだよ。」
 サキは月子をなだめるように言葉を発した。
 「ふざけんな!私の城にズカズカと入って来て戦う気がない?それは通らないわ!」
 月子は憎しみと怒りと後悔をサキにぶつけていた。
 「困ったねぇ……。あんた、お姉ちゃんはまだ生きているんだろう?ちゃんとあやまってさ、お姉ちゃんをこちらに戻してあげなよ。」
 サキの言葉を月子は振り払うように刀で薙ぎ払った。サキは危なげにかわし、月子と少し距離をとる。
 「お姉ちゃんにあやまる?こちらに戻す?あなた、何言っているの?そんな事する意味がわからないわ!」
 月子は嘲笑し刀を構え直した。
 「月子……いい加減に……」
 サキがまた諭すように口を開いた時、後ろから足音が聞こえた。エスカレーターは壊れたはずだ。サキの他に入り込んだ者がいたとしたらサキがここに来る前からこの階にいた者かサキ達に気がつかれずにここまできた者か。
 ……まさか……ライ?
 サキはそう思い、後ろをゆっくりと向いた。
 「た……タケミカヅチ……。」
 静かなフロアに月子の震える声が響いた。サキの後ろにはタケミカヅチ神、西の剣王が立っていた。
 「剣王?あんた、なんでこんなところにいるんだい?」
 サキは不思議そうな表情で剣王を見つめた。
 「いやあ、サキちゃん。色々ありがとうねぇ。」
 剣王はサキにいたずらっぽく笑った。
 「あなた……なんでここに……いるの?」
 月子は怯えた表情で剣王に声をかける。
 「それは変な結界があったのになんでここに入れたのか?って事かい?それがしとワイズ避けになんかやってたみたいだねぇ。おそらくこの段階だとワイズはここに来れないよ。それがしは入れるけどね。」
 剣王は笑っていたが目は笑っていない。
 「だ、だから、なんであなたは……ここに……。」
 月子の怯えはひどくなり声もしぼりだすように発している。月子は剣王に委縮していた。
 「それがしは月照明神が持つ刀のおかげで結界をきる事ができた。あの子にはそういう役割もあったって事さ。」
 「……?何を言っているかわからないわ……。」
 「わからなくていいよ。それより……君、月読神が怒っているのを知らないのかい?心で感じるだろ?君には月読神が宿っているんだ。決して消えたわけじゃない。だからわかっているはずだ。月読神の心が。」
 「……。」
 月子は剣王と目を合わせられず下を向いた。
 「君は凄い事をしたんだ。その罪は重い。残念だが君の横暴もここまでだよ。神々の世は遊びではない。君はこの月に必要のない神だ。王にふさわしくない。だったらどうするか……。」
 剣王は笑顔を消し、月子を鋭い瞳で睨みつけた。月子は震えながら一歩、二歩と後ろに退いている。
 「まさか、それがしを倒そうなんて思ってないよね。まあ、でも、ここで一戦交えてもそれがしはかまわないけどねぇ。城も兎も眠らされている月神達も……全部破壊してしまうかもしれないけど。」
 「う……ああああ!」
 月子は追い詰められてか刀を構え、剣王に襲いかかった。剣王は月子の斬撃を手に出現させた刀で軽々と防ぐ。月子は無我夢中で剣王に向かい刀を振った。剣王は刀を片手で操り、あっという間に月子の刀を遠くへ飛ばした。
 「はあ……はあ……。」
 月子は荒い息を漏らしながら怯えた目で剣王を見上げた。月子の頬からは冷や汗が絶えず流れていた。
 「で?どうするの?君は。もう月読神の力もほとんど借りれないんだろう?君の信仰心はどん底だ。」
 剣王は冷めた目で月子を見据える。サキはハラハラしながら二人を見ていた。
 「出ていって!私の城から出てってよ!」
 月子はかすれる声で叫んだ。
 「そうはいかないねぇ。君は様子を見に来た太陽の姫にまで暴力を振るってしまっている。君がこれ以上被害を拡大させるのを黙って見ているわけにはいかないんだよねぇ。それがしはわりと女に容赦はないがここは平和に終わらせたいんだよねぇ。」
 剣王はいつもの調子で話しているが空気が鉄のように重い。剣王の威圧はサキをも震え上がらせた。
 「へ、平和って自害しろとでも言うわけ?」
 「できるならどうぞ。できないのならどうすればいいのか考えるべきだねぇ。少し時間をあげるから考えなよ。五分あげる。五分過ぎても考えが浮かばないようならそれがしが君を……斬る。」
 ズンと重たい空気が月子とサキにのしかかる。剣王は最後に重圧と言雨を振りまいた。
 「そ……そんな……」
 月子は震えながらその場にうずくまった。
 「ちょ、ちょっと剣王、月子を斬るのはやめなよ!」
 「わかっているよ。だからこうやって待ってあげているんじゃない。それがしだって斬りたくないものはある。」
 剣王はサキにそっとささやいた。月子にその言葉は届いておらず、震えながらぶつぶつ何かをつぶやいていた。


 「なるほど。みー様は月照明神様の妹君に弐の世界に落とされたと。そうしたらその弐の世界がサキ様の世界でライに会ったわけですね。……あれ?オレ、ライと一対一で睨みあっていたような……。」
 チイちゃんはすっきりとしない顔で近くにいたライに目を向ける。ぼやっとしていた頭がやっと覚めてきたらしい。
 「私は月照明神の刀であるあなたを弐の世界に落とせと月子から言われたんで私が出現させた上辺の弐の世界にあなたを閉じ込めてそれから月子の心へ送ったのよ。」
 ライは暗い顔でチイちゃんの問いかけに答えた。
 「あそこには他の警備兵とかがいたと思うのだが。」
 みー君がライの様子を窺うように声を発した。
 「他の月神や兎達は私が作った妄想の弐にいるよ。この件が終わったらちゃんと戻すつもりだったけど……はじめて月子の心に触れてたまらないくらいショックで……もう、なんでもよくなっちゃった。」
 「それでお前、サキの心を漂っている俺の所にきたのか。」
 「そう。」
 みー君は呆れた表情をしていたがライは素直にうなずいた。
 「ねえ、あなた、芸術神、ライ……画括神・莱(えくくりのかみ・らい)。本来三人で一人の神。あなたならわかるでしょう?」
 突然、月照明神が意味深な言葉を発した。
 「……?」
 「残りの二人の心の中があなたには手にとるようにわかるはずです。でも私は妹と二人で一人の神なのに妹の心がまるでわかりませんでした。」
 ライの顔は話が見えないと言っていたが月照明神はかまわず続けた。
 「彼女の心は多重になっていて本当の心がどこにあるのかわからなくなってしまっているのです。わたくしは彼女の心を探るため、あなた達の計画を知った上でわざと弐に落ちました。しかし、彼女は色々な世界を持っていたため、探るのは困難でございました。弐の世界をあてもなく彷徨い、たどり着くのはいつも偽りの世界ばかり。あの子がどういう気持ちなのかまったくわからないままこんなに月日が経ってしまいました。」
 月照明神は一呼吸おいた。そしてきょとんとしているライを優しげに見つめる。
 「何が言いたいかと言いますと、あなたが触れた心は本当の月ちゃんの心ではない可能性があるわけです。」
 「……!」
 ライの表情がいくぶんか明るくなった。ライが明るくなった所でみー君がずっと気になっていた事を口にした。
 「ああ、お前、どうやら月子のいいなりのようだが月子の影に隠れるのはやめて少し、自分の意見を持った方がいいと思うぞ。お前、この件に関してどう思っているんだ?本当の事を言え。」
 「……そうだよね。月ちゃんが月ちゃんがって言ってたら月ちゃんが悪くなっちゃうもんね。……私はもうやめた方がいいと思うの。こう言っていいのかわからないけど月ちゃんは仕事が本当にできない。だからお姉ちゃんと共に少しずつ頑張ってできるようになればいいなって。兎じゃなくて亀になってもいいと思うの。いきなりできるようになるとかそういう器用な事がたぶん月ちゃんにはできないよね。」
 ライは初めて彼女本人が思っている月子像を語った。
 「ライ、あなたは本当によく月ちゃんを見ていてくれていたのですね。月ちゃんにだってこんなに素晴らしい友達がいるじゃないですか。自分は一人だと思っている所から間違いですわね。」
 月照明神はライにせつなげに微笑んだ。ライはこらえきれず涙を流しながら頭を深々と下げた。
 「月照明神……ごめんなさい。あの時、月ちゃんの計画に乗ってしまい、間違いを正す事ができなかった。私、ダメだった。……月ちゃんの笑顔が見たいからいいよなんて言ったけど本当は……本当は止めたかった!ダメだよって言いたかった!……でも月ちゃんに嫌われたくなくて……笑って一緒に喜んだけど……でも……。」
 ライの言葉は途中で切れた。月照明神がライの頭をそっと撫でたからだ。
 「あなたは本当に純粋なのですね。わたくしは大丈夫です。それよりも月ちゃんはまだ止められます。まだ間に合います。月ちゃんもひねくれてはいるけど本当はとても純粋な子なのです。喜怒哀楽を隠す事ができずなんでも表に出してしまう……流されやすいため沢山の世界を持っています。本当はとても傷つきやすい子なのです。ですから、ライ、あなたはずっと月子のお友達でいてほしいのです。」
 月照明神はライの頭を撫でながら真剣な面持ちで話していた。
 「うん……。今度はちゃんとした友達になれるように頑張るよ。ちゃんと月子を止めて私の意見を言うんだ。」
 「ほんと、単純だな。お前。」
 ライの元気が回復したのでいままで状況を見ていたみー君が呆れた声を上げた。
 「単純って何?ひっどいなあ……みー君は。」
 「悪い悪い。でも、なんか元気になったな。」
 頬を膨らませているライを見ながらみー君はいたずらっ子のような笑顔をみせた。
 平和に笑っている三人を眺めながらチイちゃんは面白くなさそうな顔でぼそりとつぶやいた。
 「では、ここから出ないといけないのではないですか?ねぇ?」
 「そうですわね。でも……まだ……。」
 月照明神がまた意味深な言葉を発する。意味が理解できなかったライはここからの出方を自信満々に語りはじめた。
 「問題ないよ?ここからは簡単に外に出られる。だってここは月ちゃんの心。壱の世界であるあのお城は今や弐の世界。つまりあのお城そのものも月ちゃんの心。弐の世界との境界が曖昧だからどこかにお城に繋がっている場所があるはず。あ、妄想の弐の方にいる兎や月神達、今、連れてくるね!」
 ライはここから出る気満々で走って行った。
 「ちょっと待ってください!まだ出ません!」
 走り去るライに月照明神が叫んだ。
 「え?」
 月照明神の呼び止めにライは驚いて立ち止った。
 「どうして?出たくないの?」
 ライは戸惑った顔を月照明神に向けた。
 「いや、出たいですが、もうちょっとここにいてください。もしかしたらここが月ちゃんの本当の心かもしれません……。」
 「こんな真っ暗な所が心なんですか?」
 チイちゃんが不思議そうにあたりを見回していたので月照明神はチイちゃんの頭にそっと手を置き、つぶやいた。
 「心は不安定な場所です。どんな姿にでも形を変えられる。今の月ちゃんにはこの世界のビジョンを考えるほど余裕がないという事です。」
 「な、なるほどです……。」
 チイちゃんは何かに圧倒されるように頷いた。
 「で?なんだ?あんたはここで月子の心を少しでも多く知ろうとしているわけか?」
 「そうですわ。だってやっと見つけたんですもの……。長かったですわ……。」
 月照明神は質問を投げかけてきたみー君に満足そうに答えた。みー君もチイちゃんもそれ以上何も言えずただ黙ったまま月照明神が満足するまで待つ体勢に入った。
 しばらくの間、月子の心を知るべく目を閉じていた一同だったが突然、息苦しさが襲ってきた。
 『たすけて……』
 刹那、か細い声が聞こえた。その声は消え入りそうなくらい小さい。
 「ん?なんか聞こえたな。」
 「みー君、ちょっと黙ってて。」
 「黙っててって……お前……。」
 ライが人差し指を立てて「しぃー」とささやくのでみー君はため息をつきつつ黙った。
 『誰か……助けてよ……。このままじゃ剣王に殺されちゃうわ!何か言わなきゃ……何も思いつかない……。どうしよう……どうしよう……。私はやっぱり一人じゃ何にもできないクズね。お姉ちゃんみたいになれない……。どう頑張っても追いつけないよ。……こんなダメな神様、いない方がいい……。助けて……なんて言っちゃダメ。私はここで剣王に斬り殺されるべきだ。……どうして……なんで私は皆と同じ所に立てないの?サキはもうすでに立っているって言うのに……なんで私はできないの?……私はいつから……こんな間違いを犯してしまったの?』
 月子は泣いていた。みー君は月子の叫びを聞きながら月照明神を一瞥した。
 月照明神は……目を閉じたまま微笑んでいた。
 ……笑っているのか?
 みー君は不思議そうに月照明神を眺めた。月子の声はまだ続いていた。
 『お姉ちゃん……。お姉ちゃん……ごめん。お姉ちゃんは私を気にかけてくれていたのに……お姉ちゃん……助けて……。』
 月照明神はそっと目を開けた。月子の声はまだ続く。
 『ライ……ごめんね。あんたが私を好きでいてくれなかったら私は本当に一人だった。今ならわかる。ひどい事言ったのも無理なお願いしたのも全部、ライなら私を嫌わないって思ったから……私、調子乗ってたんだね。私、最低だわ。最低だってわかっていても罪を隠す事と裏切られない事ばかり考えていて私は……大切なものを失った。サキの言ったとおりだわ。私は抱えていたものの大切さに気がつかずにすべて手放してしまったんだ。本当に今更気がついた……。もうどうしようもないよ……。最低だよ。私……。』
 月子のすすり泣く声が空間全体に響く。
 「あーあーあー……こりゃあ恥ずかしいな。俺だったらもうこれが人に知られている段階で外に出られないな。おい。ここまで聞けば十分じゃねぇのか?しっかし、心の中ってのは怖いな。恥ずかしい事、全部筒抜けだぜ。それよりもだ、月子、剣王に殺されるとか言ってなかったか?今、月子の前には剣王がいるのか?」
 みー君はため息をつきつつ、疑問を口にする。
 「まったく……剣王ったら……少しやりすぎですわ……。」
 みー君の疑問に関係なく月照明神はほぼ独り言のようにぼそりとつぶやいた。
 「え?やりすぎって?何が?」
 声を拾ったライが月照明神をきょとんとした顔で見つめる。
 「あ……えっとですね……。その……。」
 月照明神は狼狽し、必死で言葉を探している。
 「なんだ?なんか怪しいな。」
 みー君に鋭く睨まれて月照明神は困惑した顔をしながら肩を落とした。
 「ああ……もう白状しますね……。実はわたくし、剣王に色々お頼み申し上げたのですよ。」
 月照明神は言い訳するのをあきらめ、ため息をつきながら口を開いた。
 「剣王に?どうやってだ?」
 「弐の世界に落ちる前、わたくしの刀に思いを込めました。」
 月照明神はチイちゃんの頭をまたそっと撫でる。
 「思い?」
 「ええ。わたくしは月ちゃんの本当の心が知りたい。弐の世界で待っているので月ちゃんを救ってほしいとお願いいたしました。そしてしばらく月が荒れる事など追加でいくつか未来をお伝えしてあの場にいたウサギに向かい、彼を投げました。」
 「……!」
 ライとチイちゃんは驚いて口をパクパクさせていた。
 「剣王はただの刀でどうやってあんたの思いとやらを受け取ったんだ?」
 みー君は驚いている二人をよそに質問を続ける。
 「剣王は武神です。武器や防具から人の思いやメッセージを読み取れるのです。だからこそ彼はどんな武器でも使いこなせる。剣王に届くかはほぼ運でしたが……。」
 「なるほどな。」
 みー君は感心したように頷いていた。
 「刀だけ帰ってきたのではわからないだろうと剣王の計らいでわたくしの刀は人型として戻ってきました。わたくしとしてはただ、剣王の元から来たという結論だけあればそれでよかったわけですから彼が何も知らなくても別に良かったわけです。ただ、剣王の所から来たとそれだけ言ってもらえれば良かったのです。」
 「よかったな。なんかわからんが役に立ったみたいだぞ。」
 月照明神の言葉を耳に入れながらみー君はチイちゃんに目を向けた。
 「えっと……まあ、お役に立てたのならそれでいいです。」
 チイちゃんは複雑な顔で頷いた。
 ……別にここに来るために頑張って人型になったわけじゃないんだけどなあ……。
 ……っていうか勝手になってた。うん。
 「おい。何変な顔してんだよ?」
 みー君に突っこまれチイちゃんはハッと我に返った。
 「いや、なんでもないのですが……オレが月照明神様の刀ならオレは刀としての使命を果たさないといけないのではないでしょうか?刀に戻った方がいいと思いますが……オレ、戻り方わからないのですが……。」
 「別にそのままでいいですわよ。あなたはもう刀神です。わたくしにつくのではなく、剣王の元に行きなさい。その方があなたのためになるでしょう?」
 チイちゃんの困り顔を眺めながら月照明神は笑顔で言った。
 「ですが……主を守る刃がいなくなってしまいます。」
 「……あなたにこれを言うのは心苦しいですが……わたくしはあなたを剣王に渡す事で剣王に今回の件の手助けをしてもらっています。つまり、あなたはもうすでに剣王の持ち物でわたくしのものではありません。」
 月照明神はきっぱりと言い放った。それを聞いたチイちゃんはとても傷ついた。月照明神の刀だった時期は覚えていない。覚えていないが守るべき主だった神からあなたはもういりませんと言われたら覚えていなくてもやはり傷つく。
 「そう……ですか。」
 「ちょっと、月照明神、チイちゃんはこれからあなたを守ろうとしていたのにそんな事言うなんて……。」
 チイちゃんの暗く沈んだ顔を見たライはいてもたってもいられず声を発した。
 「ライ……。あなたは物を相手に送った事がないのですか?大事なものでも手放さなければならない時があるのです。」
 「チイちゃんはもう物じゃないよ?最初は刀だったからあげちゃうのもしょうがないかなって思うけど、今は全力でチイちゃんを取り戻さないといけないと思うよ。」
 ライはチイちゃんの前に立つとまっすぐ月照明神を見つめた。
 「そんな事はもうできません。実際これで手をうっている以上、終わってから返してくださいなんて言えないでしょう?剣王は心の広い方ですが交渉決裂するような事などわたくしはできません。」
 月照明神はまったくぶれずにライを見つめ返した。あまりの眼力の強さにライは黙り込み、目を逸らした。
 「ライ……もういいっすよ。」
 チイちゃんは無理に微笑みながらライを後ろに下がらせる。
 「でも……チイちゃん……。」
 ライが悲しそうな顔でチイちゃんを見た。チイちゃんはライに目を向けず控えめに月照明神を見つめていた。その様子を見ていたみー君が「……なあ。」とつぶやいた。
 みー君は眉にしわを寄せながらまわりの反応に構わず口を開いた。
 「あんた、妹を本当に大事な存在だと思っているんだな。感心するぜ。」
 「みー君?」
 ライは首を傾けながら言葉の続きを待つ。
 「自分が本当に大事だと思っていた刀まで剣王に売って、その刀が人型になって戻ってきても意思は変わらずだ。あんたは月を背負っている。それだけに重い。何を一番に考えるかあんたはよくわかっている。あんたは立派なんだよ。俺には到底できない。」
 「……。」
 みー君の言葉に月照明神は微笑んでいたが何も話さなかった。
 「そいつを手放すのも本当は身を斬られるくらいだったはずだ。」
 「……そう……ですわね。」
 月照明神の感情はよくわからない。感情がまったく表に出ていなかった。月子とは逆だ。
 月照明神は自身の感情を隠す事ができるようだ。
 ……この女……強いな。
 みー君はそう思いながら今度はチイちゃんに目を向けた。チイちゃんはみー君から目を逸らした。
 「なあ、お前は月が存在するかしないかっていうスゲェ事件を解決するためのカギになったって事だぞ。自分の使命をもっとよく考えろ。その取引相手は剣王だ。剣王はそんな簡単に動かないぜ。いつもぐーたら寝てるからな。……その剣王が動いたんだぞ。つまり、お前にはそれだけの価値がある。月照明神も剣王に送るのに値する物がお前しかいなかったからしかたなく渡したんだ。」
 チイちゃんはゆっくりとみー君を見据えた。チイちゃんはハッと顔を上げた。
 「あ……確かに……そう……です!よく考えたらオレ、凄いじゃないですか!」
 チイちゃんは先程とはうって変わり、顔が輝いていた。
 「そっか!チイちゃん、凄いんだね!よく考えたら!」
 ライも目を輝かせながらチイちゃんを見ていた。
 ……こいつらは単純すぎるな……。馬鹿か。
 みー君はふうとため息をついた。
 ……まあ、よくわからんが嘘は言ってないはずだ。たぶん。
 みー君はうんうんと頷き、月照明神を見た。月照明神は微笑みながらみー君を一瞥するとすっと歩き出した。
 「おい。どこ行くんだ?」
 「ここから出ますわ。もう月ちゃんの心を知れたのでわたくしは弐の世界にいる必要がなくなりました。」
 月照明神はみー君が言った事を何も気にしていないのか、顔に出していないだけなのかわからないが変わらない表情でみー君に笑顔を向けた。
 「じゃあ、私の出番だね。さっきのドアから妄想の弐に行けば出られると思う。あの世界に他の兎や月神達もいるから皆で一緒に外に出ようね。」
 「ありがとうございます。ライ。」
 すっかり機嫌が良くなったライに月照明神は大きく頷いた。
 「えっと……オレ、外に出るまで月照明神様をお守り致します!」
 チイちゃんは決意に満ちた顔で月照明神を見上げた。
 「ありがとうございます。……それと……ごめんなさい……。わたくしの大切な……」
 『ありがとうございます』から先は月照明神が背中を向けてしまったのでチイちゃんに届く事はなかったがみー君には聞こえた。
 ……この女……本当は笑っていられないんだろうな……。
 色々抱え込み過ぎて崩れてしまいそうな月照明神の背中をみー君は黙って見つめていた。
 

十一話

 「そろそろ時間切れかな?」
 剣王は刀を持ち直すと月子に近づいて行った。
 「ま、待って!お願い!待って!」
 月子はすがるように剣王を見たが剣王の瞳は冷たい。
 「答えは出たのか?」
 剣王は底冷えするような低い声で言雨を月子にぶつける。いつも笑顔でいる剣王もこうなると怖い。月子の目には自分が斬り殺されている情景が映っていた。
 ……私はやっぱり死ぬのは嫌……。
 ……ああ……なんで私、お姉ちゃんを消そうとしていたんだろう……。
 ……単純にお姉ちゃんが凄かったから私が評価されなかっただけじゃない。
 ……私の努力が全然足りなかっただけなのに馬鹿みたいにお姉ちゃんに嫉妬して……。お姉ちゃんを消した後に感じたむなしさは心のどこかでこれを思っていたからなんだろうね。
 ……もうお姉ちゃんがいなくなった今、そんな事を考えても意味ないよね。
 月子はその場に座り込み大声で泣いた。気がついた時には何もかも遅かった。姉との関係は修復できないものとなり、ライとの関係ももう取り戻す事はできない。
 「どうして……私はこんな事しちゃったのよぅ!ダサい!キモい!サイテー!もう……イヤ……。」
 月子は床を拳で叩きながら泣き叫んだ。
 「それがしはもう待てないねぇ……。答えが出ていないならこのまま罪を償ってもらうよ。」
 泣き叫ぶ月子に剣王は刀を振りかぶった。
 「!」
 月子の目に剣王の刃が映った刹那、ウサギとサキが月子と剣王の間に割り込んできた。
 「月子さんに……主上に何かあったら自分が許さないであります!」
 ウサギは気迫のこもった目で剣王を臆することなく睨みつけた。
 「ほお……。」
 剣王は感心したようにその小さいウサギを見つめた。
 「う……ウサギ……!やめなさい!あんたじゃ歯が立たない!殺されるわよ!」
 ウサギに向かい月子は必死な面持ちで叫んでいた。
 「自分は月子さんに心配されてとても嬉しいであります。冥土があるかわからないでごじゃるが最後の土産として持っていくであります。」
 「やめなさい!……剣王!この子は関係ないわ!礼儀を知らない兎なの!」
 月子は必死に剣王に向かい叫ぶ。剣王は黙ったままウサギと月子を睨みつけていた。
 「ねえ、剣王。」
 ウサギのすぐ横にいたサキは剣王を鋭い目で睨みつけ、口を開いた。
 「どうした?輝照姫大神。」
 剣王は先程の調子とはだいぶん違った。ヘラヘラ笑っている普段の様子はおそらく本当ではなく、冷たい瞳で威圧感のある声が本当の剣王なのだろう。これが彼の素だ。
 「あんたが月神の主を単体で裁くのはおかしいんじゃないかい?すべての権限をあんたが持っているわけじゃないだろう?ここであんたが月照明神を斬ったとすれば色んな方面で大問題になるんじゃないのかい?あんたは上に立つ者として失格だよ。あんたはそういう所しっかりしている男だと思っていたけどねぇ。」
 サキは力の入った目で剣王を睨みつけた。太陽の上に立つ者として剣王相手に臆しているわけにはいかなかった。
 「っふ。」
 剣王はふふっと微笑んだ。その微笑みがサキのかんに障った。
 「……?なんだい?あたし、なんか面白い事言ったかい?あたしは真剣なんだよ!」
 サキの声から言雨が降りまかれる。言葉が重圧になりフロア全体に広がった。ウサギは耐えられずに膝をついた。
 「ちょっと、サキちゃん、言雨の制御の仕方とか知らないのかい?困ったねぇ。体が重いよ。」
 剣王にそう言われたサキは慌てて雰囲気を元に戻した。
 「あ……わ、悪かったよ。ちょっと感情的になってしまったね。」
 「まあ、それがしが真剣な君を笑ってしまったからいけないんだねぇ。ごめんね。別に馬鹿にしようと思って笑っていたんじゃないんだけど……。こんなにダメ出しされたことがなくてねぇ。」
 サキは少し言いすぎたかとも思ったがそれよりもウサギの方が心配だったのでサキはウサギの方を向いた。
 「ウサギ……ごめんよ。大丈夫かい?」
 「……だだだ……大丈夫であります……。」
 ウサギからは大丈夫ではない声が聞こえてきた。サキはウサギの背中を撫でながら剣王を見上げた。とりあえず一度冷静に戻り、頭を冷やす事にした。
 ……よく考えれば剣王がこんな程度の威圧しか出せないわけがないね。てことは……言雨を制御して使っていたって事かい?……この男、まったく本気を出していなかったんだ。もともと月子を消そうとかこれっぽっちも思っていなかったって事だ。
 「じゃあ……結局あんたの目的は……?」
 「ああ、やっときた。」
 剣王はサキの問いかけに答えず、ため息交じりにぼそりとつぶやいた。
 「……?」
 「ちょっと、だいぶん遅いよ。月姫。それがしサキちゃんにボッコボコに言われちゃったよ。間ももたないし、これからどうしようかと思ってたよぉ……。」
 剣王はサキ達ではない誰かに話しかけていた。
 「ごめんなさい。剣王。少し出るのに迷いまして……。」
 突然剣王の後ろにピンク色のロングヘアーをなびかせた美しい女性が現れた。
 「お、お姉ちゃん!?」
 その姿を見るなり、声を上げたのは月子だった。
 「月照明神様!」
 その次に声を上げたのはウサギだ。
 「月照明神だって?じゃあ、あんたがお姉さんかい?」
 サキが困惑した顔で白拍子の格好をしている美しい女性を見つめた。
 「まあ……色々あったんですけど……。」
 月照明神はふふっと笑うと後ろを向き、手招きをした。刹那、ライとチイちゃんとみー君が現れた。
 「ええ?ライとチイちゃんと……みー君!」
 サキはライとチイちゃんにも驚いたが一番驚いたのは自分が斬ってしまったみー君が現れた事だった。
 「ちょ、ちょ……ちょっとみー君……生きているのかい?」
 「よっ!久しぶりだな。サキ。俺は元風だぜ?あれくらいじゃ何ともないぜ。それよりもお前……怪我して……」
 みー君が最後まで言う前にサキがみー君に飛びついた。
 「うわあああん!まじで生きてるじゃん!ほんと、やっちゃったかと思ってた!」
 「やっちゃったってお前……。」
 みー君は突然抱きつかれ少し照れていたがぶっきらぼうにつぶやいた。
 「うんうん。なんかよくわからないけど君達、仲がいいんだねぇ。」
 剣王は二人の様子を眺めながら大きく頷いた。月照明神はみー君とサキにお構いなしに口を開いた。
 「剣王、色々助かりました。遅くなって申し訳ありません。ライが弐の世界に連れて行ってしまった月神、兎の回収に時間がかかってしまいまして……。ライの作った世界が心地よかったみたいで皆散り散りでのんびりしていて探すのに苦労したのですよ。まあ、彼らはこちらに連れて戻ってきた段階で眠ってしまったので今は健やかに別の場所で眠っております。」
 月照明神がため息をつきながらライに目を向ける。
 「あ……色々ごめんなさい。」
 ライがひかえめにあやまった。
 「まあ、ライのおかげで戻ってこれたんだし気負う事はねぇんじゃねぇですか?」
 チイちゃんがライをちらりと横目で見ながら声を発した。
 「うん。ありがと。チイちゃん。」
 「だからチイちゃんはやめてくれねぇですか?……まあ、いいっす。それより剣王様ただいま戻りました。」
 チイちゃんはライから目を離すと背筋を正し、剣王にはっきりとした口調で声をかけた。
 「うん。おかえり。」
 剣王はチイちゃんの微妙な違いに気がついていたがあえて何も聞かなかった。
 「え……?」
 月子はチイちゃんに違和感を覚えた。あの刀は姉の刀だったはずだ。それがなぜ剣王の物のようになっているのか。
 月子は少し考え、すぐに結論を導き出した。
 ……お姉ちゃんは……月神の霊的武器を剣王に売り、剣王を動かしたんだ。なんのために?
 月子はまっすぐ月照明神を見つめた。月照明神の瞳は自分の濁った瞳とは違い、とてもきれいで輝いていた。
 「お姉ちゃん、最低だね。刀を剣王に売ったわけ?」
 本当はなんで自分の刀を手放したか素直に聞きたかった。だが月子の口から出た言葉は挑発的な言葉だった。
 「そうですわ。わたくしは自分の刀を剣王に売ったのです。本当に最低ですわね。」
 月照明神は他の事は一切しゃべらなかった。
 「なんでそんな事したのよ!やっぱり私を恨んでたのね?お姉ちゃんの華やかな道を私がぶち壊したんだものね。それは私を殺したくもなるわよねぇ?弐の世界に落ちたから代わりに剣王に私を殺させるって事?なるほどね。」
 月子は嘲笑を浮かべながら月照明神を見据えた。
 「月子!もういい加減にしてよ!」
 突然ライが声を上げた。いつも月子の言う事をハイハイ聞いていたライが月子にはじめて反発した。月子は戸惑いの表情でライに目を向けた。
 「な、何よ!あんたが私に意見をするなんて……っ!」
 「意見?もう素直になりなよ。月ちゃん。お姉さんが刀を手放した意味もわからないの?お姉さんは月ちゃんの心を知ろうとして剣王を使ったんだよ!それと私達がやった事でどれだけ月が疲弊したかわかっている?私達は絶対にやっちゃいけない事をやったの!私はもう耐えられないよ!月ちゃん!」
 ライは絞り出すように声を発した。月子に言いたかった言葉がライの口から素直に発せられた。
 「あんたがやったんじゃない!私は関係ないわ!あんたがお姉ちゃんを連れて来て弐に落としたんじゃない!私は悪くないわ!」
 月子はライを睨みつけながら叫んだ。月子も必死だった。本当はやった事を認め、しっかりあやまるべきだった。だがそれをしてしまうと自分がしてしまった事の重さを実感してしまいそうでできなかった。
 「もういい加減にしてよ……。ねえ……月ちゃん……私、このままだと月ちゃんの事大嫌いになりそう……。本当に……もう好きにはなれない。」
 ライは悲しそうに涙を流した。それを見た月子は顔を曇らせ、ライから目をそらした。
 ライは月子に向け言葉を続ける。
 「でね……、この事、もうワイズが知っている事、私知っているんだ。みー君が月関係で来たって事はそういう事なんだよ。私がどうなるかわからないけどもう話すのは最期になると思う。……だから言っておくね。私、月ちゃんの事親友だと思ってたんだ。そしてね、大好きだったの。……ごめんね。月ちゃんはそう思ってなかったんだよね。気持ち悪かったよね。ごめんね。」
 ライはどこかスッキリした顔で微笑んだ。
 「……ライ……。」
 月子はライの顔を見る事ができなかった。拳を握りしめ、下を向く。
 「じゃあね。私は行くね?ワイズの所に戻るよ。」
 ライが月子に背を向け歩き出した。みー君が慌てて止めた。
 「お、おい!お前、東の奴だったのか!俺知らなかったぜ?」
 「え?」
 みー君の発言でライが立ち止まり、驚いた顔をみー君に向けた。
 「そうかよ……。あの小娘……。自分の軍の不始末をなかった事にするために俺に何も言わなかったのか。ああ、俺はな、お前を連れて来いとは言われてないんだ。あいつが何を考えてんのかよくわからないがお前は帰っても咎められないと思うぜ?」
 みー君はライを苦い顔で見つめた。
 「……そうなの?」
 ライの顔が若干明るくなった。その横で月照明神の顔が悔しそうに歪んでいた。
 「やられたですわね。」
 「何がだい?」
 月照明神が初めてはっきりと顔に感情を出したので思わずサキは声を発した。
 「私のせい……。私のせいで東に大きな借りを作っちゃったのね……。」
 答えたのは月照明神ではなく、月子だった。月子は絶望しきった顔で床をただ見つめていた。
 「どういうことだい?」
 サキは困惑した顔で剣王に目を向けた。
 「うーん。そこの妹さんが絵括神ライに指示を出し、ライを使用したとワイズは言いたいみたいだねぇ。妹さんは位が高いからライに命令を下したと訴えているんだ。だが東もライを見張れなかった事に罪の意識を感じている。だから月姫を助けるかわりにライの件をなかった事にした。だがタダで動くワイズじゃない。これでライの件はなくなったがまだ、妹さんがライを勝手に使った罪が残っている。それは黙認してやるからそのかわり、東に何かをしてもらうって考えているって感じかなあ。」
 「……うわあ……汚い。あたしにも条件を提示してきてさ。」
 剣王の言葉にサキはぼそりとつぶやいた。
 「そうか。それで俺はサキに手を貸してやるだけでいいって言われたわけか。あーあー、また使われちまったなあ。まあ、そこそこ楽しかったしいいか。」
 みー君は何とも言えない顔で頭をかいた。
 「事実ね……。私は月神のトップ。最下層のライが私のために動いたと考える神は確かにいないわね。私がライを脅してライを使ったと他の神も考える。上に立つ者って……重い……。」
 月子の声はか細くかすれていた。上に立つ者の重さが月子の発言により、サキにも重くのしかかった。他者に助けてもらう時も他者を助ける時もよく考えて動かなければならないという事だ。
 「月ちゃん……。」
 月照明神は月子に触れようとしたが月子が拒んだ。
 「やめて!触らないで!最っ低!」
 月照明神は悲しみを含んだ瞳で月子を見、手をひいた。
 「最低!最低!最低!私って……最低!ほんと馬鹿……馬鹿よ……。」
月子は月照明神に最低と言ったわけではなかった。月子は自分に対して怒りをぶつけていた。
「月ちゃん……。」
「お姉ちゃん……ライ……私……月にとって大切な物を全部なくしちゃった……。なくしちゃったんだよ……。お姉ちゃんが持ってたもの全部なくしちゃったよぅ……。」
月子は怯えながら罪の意識をはっきりと悟ってしまった。心の奥底ではもうとっくに気がついていた事を今はっきりと自覚した。
「うわあああん……。」
月子は声を上げて泣き叫んだ。月子の本心が嘘の壁を壊し、理想の自分からかけ離れている自分を見つめていた。自分は今、思い描いていなかった自分になっている。そして理想の自分にはもう二度となれない。もうすべて遅い。遅いのだ。
「ごめん……。ごめんね……。お姉ちゃん……ライ……あなた達は何にも悪くなかった。ウサギもたった一匹で私についてくれた……のに……私……。」
月子はきれぎれに言葉を紡ぐ。先程聞いた月子の本心と今が重なっていた。
「月ちゃん。月ちゃんはさ、頑張っていたと思うんだ。ただ、頑張り方が違ったんだと思う。いけないと思いながらも手を貸してしまった私が偉そうに言えないけど。」
 ライは月子の肩に触れた。月子は拒まなかった。
 「ねぇ……月ちゃん。私はね、今も親友でいたいと思っているの。独りよがりかもしれないけど月ちゃんの味方でいたいの。月ちゃんが嫌なら私はもう月ちゃんに関わらないって約束する。」
 「……ライ。私はやってしまった事に後悔していたの。でも後悔すると苦しくなるから色々と演じていたの。ほんとはね……ライが大好きなの……。でももう……何言っても信じられないよね……。今もライに助けを求めている自分が恥ずかしい……。助けてくれると思っている自分が情けない……。全部自分がやった事なのに……。」
 月子は涙で濡れた瞳をライに向けた。ライは微笑んでいた。そしてどこか満足げに頷いた。
 「そっか!月ちゃん、私の事好きだったんだ!本当はね、それが知りたかっただけなんだ。嬉しいな。後は別にどうでもいいや。」
 「え?」
 月子は何とも言えない顔をライに見せた。
 「別にさ、ワイズは私を咎めないって言っているし、月ちゃんのお姉さんは月ちゃんの心の中を知れて満足げだし、剣王はチイちゃんで満足しているし……。」
 「おいおい。」
 「おいおいおい。」
 ライの言葉に剣王とチイちゃんは呆れた声を上げた。ライはさらに続ける。
 「後残っているのは私を勝手に使ったって罪だけでしょ?それは私と月ちゃんが仲良しって事を皆に証明すれば同罪になるじゃない?ほら、そうすると後は月ちゃんが月神や兎達にちゃんと認めてもらってお姉さんと月を元の月に戻していけばいいだけだよ。あ、ちゃんとお姉さんにあやまってね。よく考えたら全然絶望的じゃないんだからそんな顔しないでよ。」
 「……!」
 月子は瞬きをしながらライを見つめた。ライは頷きながらにっこりと微笑んだ。
 それを眺めながら月照明神と剣王はふふっと笑みを漏らした。
 「あははは!ワイズの策はあんまり成功とはいえない結果だねぇ!いやあ、おもしろい。まあ、後はそっちで何とかしてねぇ。じゃあ、それがしは疲れたから帰るねぇ。いやあ、実に子供臭くていい。神様は純粋でなくちゃねえ。月姫のお願い事も成功したし予想以上の戦利品ももらえたしそれがしは満足。後は帰って寝るだけ~。じゃ、チイちゃんはサキちゃんを最後まで護衛して戻って来てねぇ。」
 「は、はい!おまかせください!」
 剣王はチイちゃんに一言告げて手をひらひらと振り、笑顔でエスカレーターのあった部分から飛び降りて行った。
 「ああ!剣王!ありがとうございました!」
突然に剣王が帰ってしまったので月照明神は慌ててお礼を言った。もう剣王の姿は見えない。
 「はいはーい。後は頑張ってねぇ。」
 姿は見えなかったがどこからか剣王の呑気な声が聞こえた。
 「本当にあの方は色々読めないお方。」
 月照明神は晴れやかな顔でクスクスと笑った。
 「なんで……笑っていられるの?私が憎くないの?なんで私をかばってくれるの?こんな私を……。」
 月子は暗い表情で月照明神を見上げた。
 「それはそこのウサギを見ればわかると思いますわよ。」
 「え……ウサギ?」
 月照明神に言われ月子はウサギに目を向けた。ウサギはうるうると涙を滲ませながら月子をただ見つめていた。
 月子はそっとウサギの頭に手を置いた。なぜか撫でてしまっていた。
 「じ、自分は!偉そうに物を言う立場ではありませんがっ!月子さんの事が好きであります!期待しているでありますっ!いつも一生懸命に頑張っている月子さんを応援しているであります!ラビダージャン!」
 「……え?」
 月子は小さく幼いウサギを驚いた顔で見つめた。
 「あ……申し訳ありませんであります!出過ぎたマネをしてしまったでごじゃる!」
 「そっか……。あんたは……。」
 ウサギが顔を真っ青にして怯えている中、月子はいままでのウサギをよく思い返していた。
 「気がつきました?彼女だけはずっとあなたの言葉通りに動いていたのですよ。あなたが間違いを犯そうとした時、この子は止めようとしていたはずです。」
 月照明神は呆然としている月子に優しく声をかけた。
 「そっか。あんたは馬鹿みたいに私の言う事に忠実だった。私がふざけて語尾にラビダージャンとかウサギンヌとかつけろって言ったら今もずっと使い続けているし、ごじゃる言葉も私が教えたんだっけね?わがままも全部聞いてくれたし……本当に馬鹿な子……。」
 月子はクスクスと笑った。それを見たみー君が声を上げた。
 「おい。馬鹿ってかわいそうじゃねぇか?お前が……」
 みー君は先を続けようとしたが急に口を閉ざした。月子はクスクスと笑いながら泣いており、ウサギを抱きしめていた。
 ……ごめんね……。
 月子は声にならない声でウサギにそう言った。
 ……ごめんね……。
 月子は何度もウサギにあやまっていた。
 みー君は勘違いをしていた事を認め、バツが悪そうにはにかんだ。
 「つ、月子さんが素直であります……!怖いであります!」
 ウサギはガクガクと震えながら月子を見上げた。月子はペシッとウサギの頭を叩いた。
 「余計な事を言うんじゃないわ。」
 「ご、ごめんなさいであります……。」
 月子は不機嫌そうにウサギから目を離した。
 「わかったでしょう?ちゃんとあなたを見ている者は見ているのですよ。わたくしも……ね。」
 月照明神は笑みを浮かべながら月子に言った。
 「お姉ちゃん、私、お姉ちゃんみたいになりたかった。羨ましかった。お姉ちゃんさえいなくなれば自分があっという間に今以上の月を作ってやれるのにって思ってた。でも私じゃダメだった。結局何にもできなくて威張り散らして月はどんどん悪い方向へ行っちゃった。それでだんだんと怖くなってきて誰かにそれを言われるのが嫌で他の神を城に入れる事ができなくなった。入ってきた神は殺す……そのつもりでいた。私……狂っていたんだ。狂ってた。」
 月子は切ない笑みを浮かべはっきりとした声音で自分の心の中を語った。
 「……知っていましたよ。わたくしも狂っていましたから。」
 「お姉ちゃんは狂ってないでしょ。」
 月子はまた不機嫌そうにそっぽを向いた。月照明神はそんな月子を愛おしそうに見つめた。
 「いいえ。狂っていましたわ。あなたの本心が知りたくてわざと弐に落ちてあなたの本心を探す旅に出、そのためには月なんて今はどうでもいいって思ってて……大切な刀まで手放して剣王を動かしてしまいましたわ。わたくしも月神トップとしてふさわしくない行為をしたと反省しているところですわよ。わたくし達姉妹の評価はどん底ですわね。」
 月照明神は楽しそうに笑っていた。
 「お姉ちゃん……。」
 「やっぱりわたくし達は二人で一人なのですよ。バラバラになるとろくな事になりませんね。わたくしが月なんてどうでもいいと思っている時にあなたは必死で月をなんとかしようとしていた。わたくしが月を立て直そうと頑張っている時にはあなたは月を壊そうとしていた。面白いですわね。わたくし達、あの件を境に真逆の事をやっていたのですね。」
 月照明神は月子の頭をそっと撫でた。月子はフフと笑って「そうだね。」とつぶやいた。
 サキは楽しそうな月照明神と月子を見ながら笑い事ではないのではないかと思っていた。やはり月の神達もまともな神経を持っていないらしい。
 「笑い事じゃないよ!あたしはどうなるのさ!ここまで頑張って……報われないよ……。ここまでやって笑顔で済まされちゃあねぇ……。」
 「ごめんね。迷惑かけたわ。」
 月子はそっけなくサキにあやまった。サキはため息をついて頭を抱えた。
 「あのねぇ……。」
 「だいたい、あなたはワイズの条件でここに来たのでしょう?私達の為に来たんじゃないじゃない。あなたはもう関係ないはずだから帰っていいわよ。また会議の時でも会いましょう?」
 サキは頭が沸騰するくらいの怒りを覚えたがよくよく考えるとこれは月子の愛情表現だったのかもしれない。
 ……会議の時に会いましょう……ねぇ。引きこもりから外に出てあたし達と関係を持とうとしているって事かい。なるほどね。
 サキは沸騰する頭を急激に冷やした。
 「ふぅ……クールダウンしようかね。……そうだね。じゃあ、もう話は終わったからあたしは帰るよ。」
 「ねえ、今度はいつ来ても客神としておもてなししてあげるからね。あくまで客神だけど。」
 「こちらも太陽に来た時は手厚くお出迎えしてあげるよ。」
 サキと月子はお互い笑い合った。
 二人の様子を呆れた目で見ていたみー君は月照明神に向かい口を開いた。
 「で、どうせあんたの事だ。剣王からチイちゃんを奪い返す事をもう考えているんだろう?」
 「ええっ!?」
 驚いた声をあげたのはチイちゃんだった。チイちゃんはもう完全に剣王につく気でいた。
 「もちろんですわ。やっぱりこの子はわたくしの刀。わたくし達、月は剣王との取引をひっくり返すつもりでおります。ふふっ。やっぱり月は狂っていた方が美しいですわ。」
 月照明神は不気味に微笑んだ。
 ……こわっ……自分の目的が達成できた瞬間に豹変するとはな。
やっぱ俺は上には立てねぇな……。
 みー君はゾッとしながら半歩退いた。
 それぞれのトップは慣れ合う気などないらしい。メリットがある時は手を貸し、ない時は力になる事はない。つまり交渉が物を言う。
 ……こんな奴らの中でサキは大丈夫なのかよ……
 みー君はちらりとサキを一瞥した。サキはみー君を見てニッコリと笑った。
 ……あーダメだ。こいつじゃダメだ……。
 「何、あたしみて落胆しているんだい?せっかく笑顔でアイコンタクトしてあげたのにさ。」
 「いや……別に。」
 みー君の顔がよほど酷かったのかサキは渋い顔をしながらみー君に詰め寄った。
 ……まあ、こいつは利用されてなんぼか……。
 みー君は納得しながら腕を組んだ。
 サキとみー君の会話をよそにウサギが月照明神と月子に感動の意を告げた。
 「やっぱりお二人は頼もしいでごじゃる!これで月も安泰であります!自分ももっとお二人に貢献できるよう頑張るであります!」
 「あら、ウサギ、ありがとう。」
 「ふふ。喜んでくれているのは彼女だけじゃないみたいですわね。」
 月照明神がそうつぶやいた刹那、目を覚ました月神、兎達が一斉にこちらに向かって来ていた。
 皆、エスカレーターがあった場所に群がり上のフロアを見上げている。月子と月照明神は上のフロアからひしめき合う月神、兎達を見下ろした。
 「おお!月照明神様!帰って来られた!」
 「やはりお二人でないと月は動きませぬ!」
 先程まで散々だった月神、兎達は楽観的に二人に声をかけていた。騒ぐ者や踊り出す者もいた。
 「みんなー!ありがと!これからは二人で頑張っていくね!お姉ちゃんも帰ってきたしねー!」
 月子は大きく手を振り、月神、兎達に笑顔で答えた。
 「じゃあ、わたくしもアイドル好きの月ちゃんの為に頑張りますわね。」
 月照明神も笑顔で月神達に手を振っている。
 「おいおい……。」
 「なんなんだい……これ。ノリが軽すぎじゃないかい……?」
 みー君とサキは月の様子についていけずただ戸惑っていた。何と言うか色々軽い。
 「先程までまったくやる気がなかったのに……凄いですね……。」
 チイちゃんも困惑した顔でみー君とサキを見ていた。
 「狂っているぜ……。月の奴らは……。」
 みー君は顔をひきつらせながら楽しそうな月神、兎達を眺める。
 「じゃあ、皆さん!これから宴会にしましょうか!月の復活パーティです!」
 「わあああ!」
 月照明神の一言で兎、月神達は一斉に騒ぎ出した。ウサギは隣りで嬉し涙を流している。
 「と、いう事でこれから私達は月の復活パーティをするからさっさと出て行って❤」
 月子さんが愛嬌のある顔でニッコリと笑った。
 「んだとぉ!」
 これにはさすがのみー君も怒った。チイちゃんは「まあまあ……。」とみー君をなだめている。
 「み、みー君、あたしはもう疲れたよ。帰ろう。めんどくさいし。」
 サキは月神達とあまり関わりたくなかった。それに今、なぜかとても居心地が悪い。
 みー君はサキを一瞥すると鼻息荒く捨て台詞を吐いた。
 「あーはいはい。帰る。じゃあな。もうお前達とは会いたくないぜ。」
 みー君はイライラしながら乱暴にサキとチイちゃんの手を引っ張り、エスカレーターがあった場所から飛び降りた。
 「うわあああ!みー君!」
 サキとチイちゃんは絶叫をあげながら落下していた。そのままみー君は風を使い高速で一階まで向かった。通り過ぎる月神、兎達は皆、楽しそうに騒いでいる。
 ……こいつらの頭の中は平和でいっぱいなのかい……?
 サキは通り過ぎる月神達を呆れた目で流した。気がつくとサキとチイちゃんは城の外にいた。みー君が怒っているからかかなり乱暴に振り下ろされた。
 「なんだ!あっけなさすぎだろう!ゲームでもあんなクリアないぜ!あー、イライラする。助けた英雄にさっさと出て行ってだぞ!どうなんだ!そこんところ!」
 みー君は一人でプリプリ怒っていた。
 「みー君、現実はそんなもんだよ。第一、あたしらは月を助けようとして動いたんじゃない。あたしはワイズとの条件で動いてみー君はワイズに頼まれたから動いたんだろう?結果的に月を助けるのが目標になっていただけでさ、本心で助けに行ったわけじゃない。だから月はあたし達に感謝してないんだ。それと同時にワイズや剣王には決して負けないと言う意思表示も兼ねているんだろうね。だってあたしらにお礼を言ってしまったらそれはワイズの借りに繋がるじゃないかい。……月との取引はこれからかなり厳しいものになるね。」
 サキはもうすでにこれからを考えていた。太陽はまだ立て直しに時間がかかる。色々な神との交渉が大事になる可能性がある。
 「なるほど。不謹慎にも見えるがそういう意図もあるのか。やっぱ狂ってるぜ。」
 みー君は渋面をつくりながら悔しそうな声を出した。
 「えっと……オレはまだ剣王の所にいていいんです……よね?」
 チイちゃんがオロオロと二人を交互に見ていた。
 「いいんじゃないかい?月がチイちゃんを取り戻せるかはわからないからね。剣王だって月と同じくらい曲者だよ。ここからは西と月の戦いになるから大変だねぇ。」
 サキはやれやれとため息をついた。
 「じゃ、行くか。もうこんなとこ来たくないぜ。」
 みー君はさっさと鶴を呼んだ。鶴はどこにいたのかあっという間に駕籠をつれて現れた。
 「あれ?鶴って月や太陽にも来れるのかい?そういえば。」
 サキは月に行く時に鶴を呼べばよかったのではないかと思った。
 「高天原からなら行けるだろ。お前はどうやってあの会議に出たんだよ。」
 「あ……太陽に鶴がいたね……。なるほど、高天原からねぇ。」
 「いや、どうでしょうか。高天原でも月の門、太陽の門を開かないと鶴は入れないのでは?」
 二人の会話をチイちゃんがやんわりと否定した。
 「俺、今普通に鶴呼んだが……。」
 「うーん。じゃあ、もしかしたらあの会議の時、サルが門を開いて鶴を中に入れてくれたのかもしれないね。……という事は、月子と月照明神が月の門をご丁寧に開けてくれたって事かい?」
 みー君とサキに鶴が反応した。
 「月の門を開いてくれたんで入れたんだよい!」
 鶴は羽をばたつかせながら元気に返事をした。
 「やっぱりか。お迎え付きの帰りなんてなかなか待遇いいじゃないかい。……って、あんたは!」
 「よよい!よく生きていたってもんだ。やつがれはあんたらが急に消えたんでびっくりしたよい。」
 鶴は軽い口調で言った。この鶴は会議の時にサキをむかえに来た鶴である。まだ人型になっている所を見た事はないがサキはこの鶴にこれから度々会う事になりそうな気がした。
 「おい、サキ、チイちゃん!早く乗れ。あ、駕籠に足引っ掛けるなよ。」
 みー君はいち早く駕籠に乗りこんでおり、手を振りながらチイちゃんとサキを呼んでいた。
 「あーはいはい。今行くよ。チイちゃん行こうか。」
 サキは疲れた顔をチイちゃんに向けた。
 「は、はい!みー様とサキ様の横に座れるなんてオレ、幸せです!」
 チイちゃんは目にうれし涙を浮かべながらしみじみ言葉を発した。
 「いいから行くよ。」
 サキはチイちゃんを連れてみー君が乗っている駕籠に乗り込んだ。駕籠は意外に狭く、窮屈だったがサキはとりあえず早く帰りたかったので何も言わなかった。
 「よよい!出発するよい!」
 鶴の一声で他の鶴達が飛び立ち始めた。駕籠はあっという間に遥か上空に舞った。
 「……ねえ、ところで……」
 サキはぎゅうぎゅうに詰められている中、ぼそりとつぶやいた。
 「なんだ?」
 緊張しているのか顔を真っ赤にしているチイちゃんを避けながらみー君が聞き返した。サキは一呼吸おいて先を続けた。
 「ライは?」
 「ん?ライ?……え?ああああ!?」
 「そういえば……」
 サキのつぶやきにみー君とチイちゃんの顔が青ざめた。
 「あいつ!いつからいないんだ?」
 よく見るとライの姿がない。そういえば外に出てから会話をした覚えがない。
 「まだ月光の宮の方にいるのでしょうか。」
 「あー、でももう戻る気はしないねぇ……。」
 チイちゃんの言葉にサキは臭い物を嗅いだような顔になりため息をついた。
 「確かにな……。俺は戻りたくない。あいつは月子さんとやらの友神なんだろう?別にあそこで一緒に宴会しててもおかしくねえだろう。帰ろうぜ……。」
 みー君はうんざりした声を出しながら小型ゲーム機を取り出した。
 「まあ、別にいいけどね。……みー君はゲームモードになったのかい?」
 「暇だからな。イライラを晴らそうかなと。」
 「じゃ、あたしは寝る。変な起こし方しないでおくれよ。」
 「ういー。」
 サキはゲームをやりはじめたみー君を一瞥すると目をつむり寝る体勢になった。
 「あ、あの……オレはどうすれば……。」
 チイちゃんは天御柱神と輝照姫大神に挟まれ呆然としていた。

最終話

 月子は宴会で盛り上がっている下のフロアをただ見つめていた。
 ……やっぱり……もっとちゃんとお礼をした方が良かったかしら?
 まあ、サキも馬鹿じゃないしわかるわよね……。
 本当はお礼をした方が良かったんだと思うけど。
 「ねえ、月ちゃん。」
 ぼうっとしていた月子の背に声をかけてきたのはライだった。
 「ライ?」
 「私、今度は良い意味で月ちゃんの手助けをするね。私はワイズ軍だからできる事はかぎられちゃうけど……。」
 ライはせつなげに微笑んでいた。月子はそんなライを勝ち誇った目で見つめながらにやりと笑った。
 「ワイズ軍だから……ですって?あんた、何言ってんの?」
 「え?」
 「あんたはこれから月の仲間よ。」
 月子は戸惑っているライの肩を思い切り叩いた。
 「で、でも……それは無理なんじゃないかなあ……。」
 「私はあんたをワイズから切り離したわ!ワイズとの交渉にも勝ったわ!」
 月子は自信満々にガッツポーズを送る。
 「月ちゃん!月ちゃん!仮ですわ!仮!まだ勝ててませんよ……。」
 となりでこそりと月照明神がつぶやいていた。
 「いいじゃない。早い段階でそうなるんだから。」
 「ふふふ……。」
 ライは月子の心を読み取り楽しそうに微笑んだ。
 「あんた、何笑ってんのよ。気持ち悪いわ。」
 「あはは!……月ちゃん……。」
 「何よ?」
 月子は楽しそうなライを不機嫌そうに見つめた。
 「ありがと。待ってるからね……。月ちゃんが私をワイズから奪ってくれる日をずっと待っているからね。」
 満面の笑顔でいるライに顔を真っ赤にした月子は
 「う、うるさいわよ!ポエムみたいに言うのやめなさい。」
 とつぶやきそっぽを向いた。
 月照明神はそれを眺めながら幸せそうに微笑んだ。

 
 「サキ様……ごめんなさああい……。」
 チイちゃんの声がする。サキは知らぬ間に熟睡していたらしい。
 「もっとほら、いい感じに……。」
 チイちゃんの叫びに近い声にかぶって楽しそうなみー君の声がする。サキはゆっくりと目を開けた。
 「ひぃ!」
 サキは寝ぼける暇もなく一瞬で現実に引き戻された。サキの喉元にチイちゃんが作り出した剣先が当てられている。
 「ほら!女が起きたぞ!セリフ!セリフ!」
 みー君は慌てふためいているチイちゃんにぼそぼそと何かを言っている。
 「お、お前は女の服を引き裂くのが好きな変態の……」
 「はあ?」
 サキは戸惑っているチイちゃんに首を傾げた。
 「馬鹿野郎!それは俺が言ったお前の設定じゃねぇか。じゃなくて俺が言ったセリフだ!セリフを言えって!」
 みー君はまたぼそぼそとチイちゃんに何か言っている。
 「は、はい!……ははは!オレはこのナイフで何度も女を裸にしてきた!お前もその例外ではない……。」
 チイちゃんはほぼ棒読みで変な言葉をしゃべっている。
 「あー、はいはい。びっくりした……。変な起こし方するんじゃないって何度も言ったじゃないかい。」
 サキは冷めた目でチイちゃんを追い払った。
 「あーあー、これ起きたてでやったらおもしろかったんだがなあ……。ああ、一応ビックリポイントはあのチイちゃんがまさかの……ってとこだったんだが。」
 みー君はサキにドッキリをかける予定だったらしい。ビックリポイントまでしゃべってしまい、かなりの興ざめだ。
 「サキ様~ごめんなさい~。」
 「あんたは悪くないよ。悪いのはそこのゲーマーだよ。」
 オドオドしているチイちゃんに言葉を返し、みー君を睨みつけた。
 「あー……悪かった。悪かったから睨むな。」
 「で?太陽には着いたのかい?」
 先程はみー君に任せて痛い目を見たのでサキは恐る恐る尋ねた。
 「ん……あ、着いたぜ。」
 気がつくと駕籠が浮いていない。地面に置かれているようだ。地面の感覚を触知したサキは帰って来る事ができた事を実感した。
 「いぃやったあああ!やっと帰って来れたああ!」
 サキがいままでで一番テンションが上がった瞬間だった。さっさと駕籠を降りる。
 「たーいよう!ばんざーい!」
 オレンジ色の大地に和風のお城。離れていた時間は少しだったが何故だがとても懐かしく思えた。
 「お前……今日一番テンション高いな……。」
 みー君は少し残念そうにサキを見ていた。
 「へえ……ここが太陽ですか。ん?あれは猿達では……?」
 チイちゃんが城から出てくる茶色の団体を指差した。それを見た瞬間、サキの顔から笑顔が消えた。
 「サキ様!サキ様―!」
 サキのまわりに太陽神、使いの猿達が集まってきた。
 「なんだいなんだい?」
 戸惑うサキに太陽神達は次々に言葉を発する。
 「心配しましたよー!急に消えてしまったと聞いたもので!」
 「今、サキ様を探しに行っている太陽神達、猿がほとんどでございます!」
 「ああ……えっと、色々すまないねぇ……。あたしは大丈夫だからと探しに行っている奴らに言っといておくれ。」
 サキは自分を真剣に探してくれたことに感動した。笑顔で太陽神達に手を振った。
 「サキ様!お怪我をなされています!」
 「いますぐ治療を……!」
 「一体誰に……許すまじ行為……。」
 「我が太陽の姫が傷をつけられた!」
 太陽神達は続いてサキが負っている怪我について熱く話しはじめた。
 「あー、もういい。もういいから。」
 「なんというか……暑苦しいな……。太陽の奴らは……。」
 なだめるサキを眺めながらみー君はため息をついた。
 「サキ様あ!ご無事でござるか!すぐに手当を!敵につきましては現在調査中でござる!」
 ひときわ大きな声で近づいてきたのはサルだ。サルは必死な面持ちで頭を垂れている。
 「えっとねぇ……敵はいないよ。心配かけたね。」
 サキはサルに笑顔を向けた。サルはほっとした顔でサキを見上げた。
 「あ、後、業務の方がまだ半分以上残っておる故……」
 サルが追加で言葉を発した刹那、サキが大げさに痛がりはじめた。
 「いだだだ……。けっこう傷の方は重いんだよ……。今日は休むよ……。」
 「サキ様ぁ!」
 サル達はサキを心配し、さらに近寄ってきた。
 それを見ながらみー君はさらにため息をついた。
 「ったく……サキもやり手だな……。」
 「サキ様……カッコいいです。」
 「お前、あれカッコいいか?視力検査してこいよ。」
 目を輝かせているチイちゃんをみー君は呆れた顔で見つめた。
 「あ、みー君、チイちゃん、助けてくれてありがとう。おかげで無事太陽に帰って来れたよ。剣王とワイズによろしく。」
 サキは真面目な顔でみー君とチイちゃんを交互に見た。
 「言っておくがな、俺、はじめはワイズに頼まれてお前の手助けをしていたが知らん内に好きでお前を助けてたぜ。だから、もう別にワイズ軍とかじゃなくてだな、俺は勝手にお前を助けてた。」
 「そういえばオレもサキ様とみー様に認めてもらいたくて頑張っていたので途中から剣王様関係なくなってました。」
 みー君とチイちゃんはいたずらっぽく笑った。
 「そうかい。みー君にはとても助けられたしチイちゃんはかっこよかったよ。」
 サキもにこりと笑った。チイちゃんはあまりの嬉しさに肩を震わせながらガッツポーズをとっている。
 「そりゃあ良かった。じゃ、俺は行くぜ。たまに遊びに来るんでその時はよろしくな。」
 みー君は勝手に遊びに来る宣言をすると一つのゲームソフトと小型ゲーム機をサキに向けて投げた。
 「……?なんだい?これ。」
 サキはうまくキャッチしゲームソフトのパッケージに目を落とした。パッケージにはやたらと美化された男がこちらを見て微笑んでいる。
 「ああ、それ日本の神様と恋愛ができる恋愛シュミレーションゲームだ。まあ、乙女ゲームだな。俺はクリアしたからお前にやるよ。俺がサブいぼ立ててやったそれ、お前なら単純に楽しめるだろう。乙女だからな。あ、ちなみにそん中に俺いるんだぜ?自分自身を攻略して意味わからん事になったがな。はっはっは!」
 みー君は楽しそうに笑うと呆然と立つサキに手を振り、鶴が待つ駕籠へと歩いて行ってしまった。
 「みー君……これをやっていたのかい……。」
 サキは真っ青な顔で遠ざかるみー君を見ていた。
 「さ、サキ様、オレも剣王の所に帰ります。こ、今度一緒に写真撮らせてください……。宝物にしますんで……。」
 「あんたは何言ってんだい?そんなもの宝物にするんじゃないよ。」
 サキの言葉をまったく聞かず、チイちゃんはやたら楽しそうにみー君の後を追い、歩き出した。
 チイちゃんとみー君を乗せた駕籠は鶴達により舞い上がった。
 ……彼らは……いい神だったね……。あたしはけっこう今回救われたよ。
徐々に遠ざかる駕籠にどこかせつなさを覚えながらサキはため息をついた。
 「サキ様!早くこちらへ!」
 「サキ様!」
 「え?あ……わ、わかったよ。今行くから!」
 やたら暑苦しい太陽神達に引っ張られサキは感傷に浸る事もできず城の中へ連れこまれて行った。
 

 「はあ……天御柱神様……イケメン……。こんな事言われたらあたしおかしくなってしまうよ。」
 あの事件からしばらく経った。サキは暁の宮でみー君からもらったゲームにガッツリとハマっていた。最近は部屋から出ない引きこもりと化している。まあ、仕事場がここなので別におかしくはない。……と思っている。
 いつの間にか外はだいぶん暖かくなっていた。今頃、現世は桜が咲いている頃かもしれない。
 「なんだ?俺が好きなのか?お前は。」
 「ひぃ!」
 サキはいきなり部屋に現れたみー君に心臓が飛び出るほど驚いた。
 「びっくりさせるんじゃないよ!どうやって入ってきたんだい!」
 「ああ、俺は元々風だからこうひょいっとな。」
 顔を真っ赤にして叫んでいるサキにみー君はニヤニヤしながら答えた。
 「勝手に部屋に入ってくるんじゃないよ!警備はどうなっているんだい!警備は!……後、あたしが好きなのはみー君の方じゃなくてこっちの天御柱神様の方だからね。」
 サキはゲーム画面で微笑む優男を指差す。
 「そうかよ。なんかドップリハマっているじゃないか。ジャパニーズゴッティ!通称ジャパゴ!」
 「う、うるさいねぇ……。せっかく借りたからやっているだけだよ。」
 真っ赤になっているサキにみー君はいたずらっ子のように笑った。
 「へへー、全ルート一周しただけかと思いきや、同じルート五周もしてるとはなあ。意外にも乙女ってか?」
 「だからうっさいよ!いいじゃないかい!」
 「悪かった。ちょっとかわいいとこもあんだなあと思ってな。……あ、そういえばジャパゴのイベント、ジャパゴ祭ってのが東京であるらしいぞ。俺はゲーム関係しか興味ないが行ってみたらどうだ?」
 「なんだって?」
 サキはみー君の言葉に目を輝かせた。
 「お前の好きなみー君のグッズもあるらしいぜ。」
 「だからあたしが好きなのはみー君じゃないよ!こっちの天御柱神様の方だよ!大体あんたと全然性格違うじゃないかい。まあ、とりあえずあたし、そういうイベントに行った事ないから一人で行くのは嫌なんだよねぇ……。みー君……一緒に行かないかい?」
 サキはもじもじと身体を動かしている。
 「まあ、別にいいが……俺は人には見えんぞ。」
 「いいよ。ついて来てくれるだけでいいからさ。」
 「じゃあ、俺はオタク見物でもしているか。」
 みー君とサキはお互い笑い合ってジャパゴ祭の日程などを調べ始めた。
 「で、みー君はなんで太陽に来たんだい?」
 「なんでって……。ワイズのおかげで少し信仰心が増えただろう?俺はその確認と……今後ともよろしくって意味で東から派遣されてきた。」
 みー君はスマホでジャパゴ祭について調べながらサキに答えた。
 「太陽を支配するつもりかい?そうはいかないよ。」
 「ははは!心配するな。俺はワイズ云々ではなくてだな、ただ、遊びに来たって感じだ。」
 不安な表情のサキを吹き飛ばすようにみー君が楽観的に笑った。
 「あんた!ワイズに良いように使われているだけじゃないかい!」
 「かもな!……でもお前の所に来れて俺は今楽しいぜ!あ、ジャパゴ祭、七月七日だってよ。七夕だな!」
 楽しそうに笑うみー君を見ていたらなんだかどうでもよくなってきた。必死にいままで西や東に隙を見せないように頑張っていたが利用されてもいいじゃないかと思えてきた。隙を見せてしまって利用されたとしてもその事実を使い相手を利用すればいいのだ。
 月姫の事件でサキに心強い仲間ができた。みー君とは今後長く付き合っていく事となるだろう。
 これを期にサキは東、西、北、月、竜宮と深くかかわらなければならなくなる。
 太陽の復興はまだまだ遠い……。

旧作(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…1」(太陽神編)

テーマは若かりし時の悩みです笑

旧作(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…1」(太陽神編)

創作日本神話。 主人公はアヤからサキに変わりました。 二部目です。 一部を読まなくてもここからでもわかりますのでここから読んでも大丈夫です。 サキは流れ時…1タイム・サン・ガールズに出ている神物です。 あなたはそれをやって本当に後悔しないのですかと問いかける。月と太陽のお話。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-31

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. 月光と陽光の姫
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 十一話
  12. 最終話