月の巫女 月の涙 第四章 誕生

【Ⅳ】誕生 [1] 二つの世界    (1)

 少女だ。まだ少女だとルチアは思った。彼女の年の半分に達しない怯える少女達がいた。
天界の女とギルバーヂアが呼ぶ同じ人間の少女達だ。四人の少女達は異郷の女達の代わりに浚われてきたのだとルチアは悟った。だがギルバーヂアに逆らう気はなかった。彼に嫌われたくなかった。何時までも彼の妻でありたい、それが願いだ。
地下洞に日の光は差さない。水盤に溜まった水の煌めきで一日をかぞえ、風に天気を知る。それだけで、日々の流れが悟れた。ルチアの身体の疼きも満月が近いと日々の流れを教えていた。
 柔らかな羽に身を擽(くすぐ)られ、蠢く舌に管に心を絡めたい。他の女にあなたを奪われたりしないと満月の三日を過ごした。
 嵐のような三日を過ごしたルチアは、気だるさで身を起こすことが出来なかった。いつものようにギルバーヂアの腕の中で目覚めた。鳥のざらついた胸を確かめた。今まで夫の腕の中で朝を迎えたことはない。いつも他の妻達に取られていた。女は嫉妬するものだ。そしてそれは恐ろしいものに変化する時があるのだと、よく知るルチアは寝返りをうった。真上にぶらさがったたわわの実を見上げ、腕と変わらない大きさの根方に指を触れた。その根方はつるりとした滑りの良い表皮をしていた。
指は撫でる。大切なものを確かめるように撫でた。立ち上がった木は四方に長い枝を伸ばし悠然と立っている。そこには一枚の葉も無かった。小さな実が枝に張り付くようにあった。赤黒いその実は光を跳ね返すように艶やかな光沢でルチアを招いていた。手を伸ばし食せよとその実は招く、空腹を満たせと促す。指は実を包み込むようにもいだ。
貪るように口に入れた実には種が無かった。瑞々しい実だと彼女は食べるが、他の者達は違うのだと分かった。満月の三日間が過ぎると少女達は再び、ルチアの前に連れてこられた。雛親鳥達は懸命に世話を焼いていたが、醜い形相が少女達を怯えさせていると分かった。少女達の涙が頑なになろうとした心を溶かした。
少女達は母を呼んでいた。
自分も母だとルチアの心が震えた。だがルチアは何もしないと決めていた。子孫を願う夫は悪いこととは分かっていながら娘を浚うのだ。
昔、砂漠の民達もそうしてきたと聞いていた。娘を浚う。それがいつの間にか金で買うようになった。買われた娘も浚われた娘も同じだ。子を産むためのものだ。それが嫌なら死を願う、石で命を絶った異郷の娘のようにと、ルチアの心は頑なになった。
彼女達の食は、ルチアと同じ実だ。実は恐ろしいものだとルチアは震えた。実には名があると知った。
『コネア』
コネアを口に押し込められた少女達は激しく抵抗した。激しく嫌がった。吐き気を伴うほど不快な食べ物だと知った。それだけではない。コネアの実を食べた少女達は、変わるのだ。悲痛な変化だった。
少女達が実を嫌がらなくなったのだ。二日もすると鳥男達が力ずくで食べさせていた実を手に取って食べるようになった。その彼女達の顔はまるで――。
「死人の実だ。死人が食べる実を食べると死人になるのだ」
 鳥男達は囃し立てた。少女達は身動ぎしなくなった。心を失ったように動かなくなった。
その身体を嘴で突く鳥男達。彼等は少女の変貌を確かめるために乳房を突いた。だが食べることはしなかった。大切に扱っていつことは確かだった。
コネアの実を食べる。ルチアはそれを食べずにはいられない。心が異常なほどその実を欲しがる。食べても意識を無くすことはない。何処が彼女達と違うの?ルチアは地下洞の林に立ち木の実に問う。
「何が私と異郷の地の女達と少女達と違うの?」
と問うが答えは返らない。
 気だるさだけが身を包む。やる気ない心が天界の実の下から動きたくなかった。さらに、日がたつにつれ不快な症状が強くなっていった。
 心の重荷が身体を重くしているのか、乳が張りを感じた。時を置くことに吐き気が襲うようになった。
地下に籠っているためか、何とも言えない不快が身を襲っていた。
「外に行きたい」
 ルチアはギルバーヂアに言った。
夫はどの男よりやさしい。腕がルチアを支え狭い空路を飛んだ。水を含んだ重い空気を鼻腔が感じた時闇にいた。星の煌めく夜空に、赤い星が見えた。
「夏が終わるのね。赤い星があるわ。もう少しすると黄色に輝く星が西の空に現れると冬になるわ。砂嵐の季節、月が風の民の山脈から上がり砂漠へと消えていく。火祭りが終わった。次は花祭り、そして月祭り。ここも花が咲くのかしら?咲くわね。ここは砂漠では無いのだから・・。私、女の子が出来たら一緒に花輪を作るわ。髪に飾るのよ。沢山の子供に囲まれて笑って過ごすわ」
そう言うルチアは、夜空を見上げた顔をギルバーヂアに向けて笑った。
「俺もたくさんの雛を育でたい。そして、君や種族を守る強い鳥になる」
「貴方ならなれる」
ルチアはギルバーヂアの胸に縋り付いた。そして彼と唇を重ねようとした時だ。目に飛び込んできた、光り輝く黄色い星が。砂漠の民が黄金の星と呼ぶ星が――。
ルチアは息を止めた。天上に三日月の細い星がある。赤い星が後ろにあった。今の季節に黄金の星は輝かない。それ以上に驚くのは青い星も輝いていた。黄金の星の下に春を告げる青い星が淡い光を放っていた。もしここに白い星があれば、季節を告げる星がすべてそろうと瞳が夜空を一周した。白い星はなかった。だが、今まで見上げてきた夜空ではない。ここは異郷ではなく別な世界なのと、ルチアは夜空に問う。
夜空も木々も大地もルチアの知る世界だ。年寄りの語る闇の世界でも天上の世界でも夢の世界でもない。現実の異郷の地だ。だが夜空の星は別な世界だと教えている。
ギルバーヂアは彼の腕を強く握りしめ、夜空を見上げるルチアの強張った表情に気付いた。
「星に気付いたのか。天の世界もここも、何も変わらない。二つの世界を繋ぐ通路が出来ただけだ」
とギルバーヂアは言った。
「二つの世界?」
「天界と地界だ。俺達と貴女達のような人が住む世界は、行き来出来なかった。それを月に一度だけ繋がるようにした」
「世界は二つあるの?年寄りの言う世界なの。人間界と、魔界‥」
「俺が住む世界は地、人が住む世界が天。それが繋がったのだ。これからは月に一度は天界に行ける、卵を盗りに行けるのだ。ルチア」
ギルバーヂアの身体の中で金属音が、鈴の音が響くように鳴ったのをルチアは聞いた。弔いの鐘のように聞いた。
「地界・・が開くの?何故?欲しいものを手に入れるため‥」
 ルチアは腹を押さえた。そこにあるもののために彼は魔人になる。生贄を求める魔人だ。空を飛ぶ魔人が村を襲う。少女が泣く。親が泣く。ルチアも泣く。密かに、声を殺して泣いた。無気力な少女を見詰め泣いた。
それが身体の調子をより狂わせたのか。乳が痛いほど張り、下半身に鈍い重さ感じていた。
 そして朔の日、激しい痛みが下腹部を襲ったのだ。立つことも座ることも出来ない痛みが、内股を閉じていられなかった。

(2)


夢を見ている。これは長い夢なのよと、夢の世界にいるのよと、ルチアは自身に言った。痛みが我慢できないほど強くなってきていた。
夢だと自身に言い聞かせる彼女は、別世界で幸せな夢に浸っていると思った。
別な世界で生きる。生きている。なのに、この痛みは何処から来るのと、現実の世界で私は何をしているのと
心は問い、砂漠を描いた。そして、今も砂の上にいると思った。砂の上で干からびた躯を晒しているのだと‥。
あの場所にいる私の心は醜かった。何よりも醜かった。
そうだと思う心は、砂漠を歩いていた。嫁ぎ先から追い出された日に戻り、砂を歩いていた。歩きながら願った。身一つで追い出す夫や姑の仕打ちを恨んだ。新しい夫の姿に憎悪が走った。身を寄せたくなかった。一生をその男と送りたくはない、このまま砂の中で命を終わらせたいと願った。
そこまで私を追い詰める舅や姑を憎んだ。夫の妻達を憎んだ。それだけでなく子供まで憎んだ。そうだ、子供まで憎んだ。
一度だけ腕が抱き締めた赤子は、乳臭く暖かく柔らかだった。何時までも腕が抱き締めていたい、その心を沸かす抱き心地が直ぐ腕から消えた。
雑言を浴びた。欲しければお前も生めと、心を引き裂く言葉を投げつけられた。あの時のその言葉が砂を踏みしめて、見果てぬ地へ向かうルチアをより強く攻めたてた。心中は悪鬼の如きに変わっていた。
呪っていたのだ。奴らに仕返ししてやると、砂を歩きながら呪った。
その心が、魔人を呼びせた。
魔人は願った通り新しい夫となった男を、殺してくれた。
寄り添うことも嫌だと感じた男は死んだ。ルチアは、ほくそ笑んだ。魔人が始末してくれた。魔人が。いいえ、魔人ではないわ。私を救いに来た雄々しい方よ。夫よ。この世の中で一番優しい男。私に子供を与えてくれた夫。私は、夢の子供を産むのよ。子供が私を夫を幸せにする、その希望がこの夢の中に住まわせてくれているのだ。しかし、この痛みは夢ではないのか。痛い。腹が、腰が痛い。痛いが身を責める。何故、こんな痛みが続くのだろうと思った。
私の心が醜く歪んだから、地の底に落ちるほどの悪辣な心を持ったからここで暮らしているのだと思った。実を食べながら‥と思うルチアは動きを止めて、握った手を見詰めた。
痛みにもがく指が、握りしめた物。それは、実だ。その実は天の女神様の所にあった実だ。女神様が私に下さった実だと、ルチアは頷いた。色も形も変わらない、あの時の味、そのままが手にあった。
地獄に堕ちた訳ではない。女神さまが助けて下さった。子供を生めと助けてくれた。お腹の中で子供は育っている。必ず無事に産み、砂漠のあの集落の皆に見せ付けてやると、歯を食いしばって痛みに耐え続けた。
長い長すぎる時間が、ゆっくりとルチアの上を通りすぎていった。
朦朧とした意識が思い廻らすのは、砂漠の辛い日々だ。そこには帰りたくない。鳥男達の中で一生を終えても良い。何時か夫に見離されたとしても、産み落とした子がいれば幸せだ。ささやかな幸せ。多くは願わない。細やかな幸せがあれば良いと気を失いそうな痛みに朦朧としはじめた。
もう限界だわと、全身を貫く痛みから逃れる術を考え始めた。もっと柔らかな寝床で横になった方が良いのかと、横を向いた方が身を起こした方が良いのかと、うっすらとした影に問うた。
すると痛みが緩やかに収まった気配がした。
和らいだ感覚が喉の渇きを訴えた。
ルチアは喉の渇きを実で補い息を吐いて気付いた。ギルバーヂアが股の間に顔をうずめていた。痛みが遠のいたのは彼の舌が中に入っていたからなのか。満月でもない日に求められたのは初めてだ。
緩やかな快感が胸の奥を揺らした。夢ではない誠があると。
誠は彼女の瞳に、鳥男達を映した。鳥男達の真剣な眼差しが、胸に抱くコネアも映し出した。
何が始まるのか分からないが、鳥男達は籠に実を詰め差し出した。コネアの実を満杯にした籠の意味を、ルチアは考えられなかった。痛みが、激しい痛みが、また襲ってきた。
「ルチア。もう少しだ。がんばれ」
ギルバーヂアはそう言った。肩を抱いて乱れた髪を整えながらそう言った。しかし、ルチアは耐えることが出来ない痛みに身を震わせた。
 痛みにルチアは叫んだ。
「腰が砕ける。助けて――」
ルチアは声の限りに叫んでいた。転げ廻りたい。這いずり回って痛みから逃れたい。だが出来なかった。腰が動かない。両足がしびれたように動かなかった。腰が砕ける痛みだけが上半身に響いていた。
「もう直ぐだ。ルチアもう少しで、生まれる」
何が生まれと言うのと、ルチアは一瞬それを考えた。子供が生まれるのは春だ。お腹がはち切れるほど大きくなって、支えられないぐらい重くなって生まれてくる。まだ先だと思うルチアに、凶器のような痛みが襲う。声を枯らして叫び続ける。
叫びが洞窟に響く。見詰める鳥男達に、声を無い。
神様に救いを求める女の声を、身じろぎもせずに聞いているだけだ。お願い助けてと泣き叫ぶ声が、心底から喉を締めあげ叫び出される。身を振り見出し救いを求める甲高い悲痛な声が、ギルバーヂアに届かない訳ではない。だが彼はその身を抱き締めるだけで何もせずに見ていた。
砂漠の男は病の女に何もしない。放って置く。病が治るまで放って置く。人が出入り出来ない小屋に閉じ込め食も与えられずに見捨てられる。
ここは違う、心配そうな鳥男達が見詰めている。彼等にもギルバーヂアと同じ優しさがあるのだとルチアは感じ取った。
自力で病を直さねばと、ルチアはただひたすら歯を食い縛って耐えようとした。だが、いつまで経っても痛みが止む気配がない。それどころか、腰が粉々に破壊したと思う激痛が腹を割いた。衝撃が大きく身体を痙攣させ喉が異物を押し上げた。胃を押し上げる違和感で吐物を吐き散らしても、身を切る痛みは消えない。それは心の蔵が打ち鳴らす鼓動の様に身を攻め続け止むこと無く続いていった。
疲労困憊にあった。もう直ぐ死を迎えると覚悟を決めた時、刹那に身体の深部が波打った。痛みだけではない何かが拍動する感覚だ。
身を思い切り開いていた。痛みを緩和するために。
痛みに憔悴した身は痙攣していた。涙は枯れて眼を開けることも出来ない。これ以上の痛みにたえられない。「お願い、その鋭い爪で私を刺して」
そう、叫んだ時だ。ルチアの身体に突然、雷が落ちたと思う衝撃が身を貫いていた。女陰を毟り取られたと感じる鋭い痛みの衝撃だった。
天を震わすほどの声を上げた。断末魔と思える叫びを上げた。鋭い痛みの衝撃で何度も痙攣する身を止められなかった。見開いた瞳は、天を仰いたままで動かない。
激痛はゆっくりと遠のいたが、激痛が残した余韻が身体を締め付けたままだった。動けなかった。天を仰いだまま動けなかい身は歓声を聞いた。遠くでぼんやりと、聞こえくる鳥男達の歓声を聞いた。それまで無言で見詰めていた鳥男達の発する喝采の声が、ルチアの意識を取り返した。彼女は、大音響を聞いた。何が起きたか分からないルチアの身体から痛みは消え失せていた。全身を駆け巡る強い鼓動があった。全身を駆け巡る爆発しそうな拍動がやがて、ゆっくりと波打ち穏やかに静かに消えさった。身体に残るのは、疲労感だけだ。悪夢は消え去ったとルチアは横に座ったギルバーヂアを見上げた。優しい笑顔がルチアを覗きこむと言った。
「良くやった!俺達の卵だ」
「卵?」
ルチアは、虚脱にぼんやりとしていた。ギルバーヂアが彼女の掌に渡したものを虚ろに見詰めた。
桜色の楕円形の大きな塊だ。
ほの暖かいと、ルチアは感じた。両手の中にすっぽりとはいる硬い塊を撫でたルチアははっとした。
血の付いた卵。
しびれていた下半身に、感覚が戻ってきた。
女陰が鈍い痛みを感じていた。そこをギルバーヂアの舌先から伸びた長い管が蠢いていると感じた彼女は裂帛を上げた。

(3)

私の躯はまだあそこにあるのだろうか?あるからこそ夢の続きを見ているのだろう。砂漠の風に吹きさらされた屍、それが私の身体だ。
変わり果てた姿は骨と化して、もう誰も私だとは気づかずに砂の上に転がっているのだろう。
私は白い骨になった。照り付ける陽射しと熱い砂を容赦なく吹き付ける大地に転がる骨。白骨、それは卵を持った。何処かの鳥が産み落とした白い卵だ。
それは、卵だった。
 三日三晩苦しみ藻掻いた産物は硬い塊だった。柔らかな長毛の毛皮の上、流れ落ちた血糊に塗れた薄桃色の大きな塊は‥‥!
「!!」
 ルチアは声を上げた。
洞窟に響き渡る大きな叫びを上げた。恐怖に戦慄く大声を。
「やったぞ。ルチア。卵だ」
 夫はただ、喜びの声を上げていている。仲間の男達も同じに喜びの面々を呈している。貴方達は何を見て笑っているの。何の祭りが始まったの。男だけの祭り、私も参加出来るの。
手を伸ばせば一緒に笑えるのねと、その手は触れた。その手は確かめた。丸く滑らかな感触を。瞳は見詰め、口は声にならない叫びを上げた。
卵――!
「嘘よ――。私は」
と、叫ぶ口を塞いでのはコネアの実だった。
「食べて、次の卵を作ろう」
次の卵!?嫌よと、心は拒否した。しかし、ルチアはギルバーヂアの舌の感触から逃れられなかった。次の満月、夫の翼に隠れ果てることを知らぬ愛撫を受けた。嵐のような三夜が過ぎた。
雄種鳥との交尾、それを受けた娘達は雛親鳥の手によって磨かれた。ルチアも同じように雛親鳥の世話を受けた。
雛親鳥は献身的に世話をする。
立ち上がれずにうごめく身体に手を貸す。器用に衣服を整え髪も梳いた。重心が取れず、フラ付く身体を支え歩きもした。
 卵を見た日から、雛親鳥はルチアの世話もした。
ルチアは娘達のように無気力ではなかった。自分の意思を持っていたが、立ち上がる事が出来なかった。一人では立てなかった。腰の骨が本当に折れてしまったのかと思うほど痛みが走り、足の力が入らなかった。新月から満月の間の一巡を寝て過ごした。
柔らかな毛並みの皮を何枚も敷き詰めた柔らかい、本当に柔らかな褥の中で横になっていた。手を伸ばせば籠に山積みになった実があった。寒さに震えることも暑さに水を求めることも無く飢えを感じることない別世界がある。別世界は天の国なのだろう。でも、天の女神様の世界ではないと分かる。
夜の世界。
砂漠の暮らしはここにはない。手を延ばすだけで誰かが助けてくれる。
ギルバーヂアは何時も横にいた。今まで見てきた夫達とは違う。何時も側にいて何時も優しく抱き締めてくれた。
嬉しい。優しい夫、貴方の子供を生む。貴方だけの子供を。
生んだのだと痛む女陰が、熱く張る乳房が教える。
その瞳は白い塊を見た。夢と間違える塊がルチアの前にあった。雛親鳥はそれを見せるためにルチアを導く。
夢ではないと乳房が張り乳汁が滴る。心が砂漠の躯を描いた。咎人の躯を描いた。
咎人は女達。そこに集められた娘達は罪なき者達だとルチアの心は叫ぶが、この闇の世界にはそれが届かないのだ。それから三度目の新月を迎えた日、ルチアは辛酸を見た。
少女達のうめき声を聞いた。うめき声だ。広い洞窟の中に響くうめき声が、三日三晩続いた。それは恐怖の時だ。恐怖の日だった。口から吐き出される悲鳴に似た叫びだ。
木霊し続けた。苦渋の叫びが岩肌を震わし重なり合い響き続けた。その声からその姿から逃れようとルチアは耳を塞いだ。眼を閉じ毛皮の中に隠れた。為す術が彼女にはなかった。夢から醒めて、悪夢を終わらせてと、一人で祈った。天の女神に祈った。
夫達は、鳥男達は少女達の呻きを平然と見ていた。その時が来るのを平然と見ていた。
ルチアも発した断末魔の叫びが上がった。それと同時に鳥男達の歓声が上がった。
卵だった。
ルチアは見た。四つの卵と一人の少女の死を。
泣いた。涙が枯れるまで泣いた。小さな躯を抱いて泣いた。躯の少女は最後まで母を呼んでいた。母ではないが、女の柔らかな身体に抱き留められて少女は躯になった。穏やかな微笑みをルチアに向けて逝った。それが、ルチアの身を責めた。恐怖を植えつけた。
卵だ。卵を生む。鳥でもないのに卵を生む。ルチアには考えられなかった。卵が並んだ。ルチアの卵の横に白い卵が並んだ。巣の中の卵、それは確かに卵だ。何度見ても卵だった。
枯れたはずの涙が、また頬を伝って落ちた。手に取った卵は温かい。生きているのだと分かる。しかし、これは夢なのだと頭を抱えたルチアは下腹を確かめ顔を上げた。次は必ず子供を宿すと、強い決意で卵を巣の中に戻した。
痛みが突如、ルチアを襲うまで希望を持っていた。
私は子供が産めるのよと、下腹部に痛みを感じるまで強くそう思っていた。
――翼があったとしても、人の子よ。鳥ではないわ。嘴なんかいらないわ。卵の殻を破る嘴なぞ持たない。かわいい口で乳を吸うわ。私の子ですもの。私の――。
だが突然、襲われた。初めて卵を生んだ時と同じ痛みが下腹部を襲う。身体を洗うルチアは首を振った。子供が生まれるのはまだまだ先だと首を振った。卵ではない人の形をしたものを生むのだ。ルチアは大きく首を振り産卵に否定した。しかし、否定しても生まれるのだと知った。声を振り絞り激痛に耐えながら涙を流す女は必ず卵を生むのだと知るのだ。
 ルチアは二個目の卵を生んだ。
 硬い殻の卵を掴んだルチアは打ちのめされた。卵はルチアの手から落ちた。それは毛皮を転がり岩肌を転がったが割れなかった。雛親鳥が丁寧手に包み持ち去った。彼等が世話をする。女は卵を生むだけなのだと悟った。
ルチアの手は求めたものを得られない。そう気づいた。

[2] 月の涙 (1)

私はこの魔神を愛している。どんなに心が拒否しようが、この身は鳥の魔神から逃げられない。彼の唇と舌から喜びを感じずにはいられない。触れる度に信じられないほどに高まる感情の炎を消せなくなる。その舌が女陰を激しく焦がす。
三日三晩の果てなく続く快楽。この快楽は卵を生む苦痛を忘れさせる。柔らかな羽根に支えられた身体は至福の時間を誘う。
愛される時、幸せな時間。今以上の幸せはない。
未来を描ける。今、今なら希望ある未来が描ける。だが、もう直ぐそれは終わりを告げる。
目の前にある白かった卵は、両手に余るほどに大きくなった。色も変わった。紫に変色して光を放つように輝いて見える。その色が再び白い色を呈した時、雛が孵るのだと雛親鳥は言った。それは次の新月だと。
それまでは、夢を見ていられる。我が子を抱く母の夢。母似の温かい赤子を抱く希望の夢を描いていられる。でも、それも新月までなのだ。
今は満月。月が見たいと言うだけで、優しい夫は湿地の原野へと運んでくれた。夫と二人きりで月を見上げた。
美しい月が登った。砂漠と変わらない紅みをおびた黄色い月が、山の間から登っていく。それを見ていた夫の瞳が金色に変わった。
交尾の時が来たのだ。鋭い爪が丁寧にルチアの衣を剥いでゆく。ほってりと厚い唇が、頬を首筋を滑っていく。至福の時間が始まった。
夢の時だ。夢はざらついた肌が魔物だと教えた。硬い耳を掴んだ指が、綿毛のような羽根を確かめた。鋭い爪を持つ腕は鳥の羽根だ。長すぎる腕に重なる羽根は翼。天を駆けるために与えられた翼だ。しっかりと確かめよと、胸の裡で女の声がそう言った。
自分の呟きなのか、女神の声なのか。それとも異界の風穴の中で死んでいった女達の声なのか分からないが、忠告の言葉だ。
故郷の人は彼を受け入れない。二人がもうけた子供も受け入れてはもらえない。それどころか、異形の者を夫に持った女に罰を与える。
卵を産めと罰を与える。卵はいらない。罰など受けないとルチアは大きく頭を振った。
その喜びが終わりを告げる。
「もう貴方の卵は、産めないわ‥」
 重ねた唇を離した時、ルチアはそう言った。
その言葉はギルバーヂアの耳に確かに届いた。彼は夢中にあった。それでも、産めると言葉を返した。
「これからも、俺の卵を生んでくれるのは君だけだ」
卵。ギルバーヂアは嘘を言わないとルチアは思った。彼は最初から卵と言っていた。彼の国が子供を卵と表現するとルチアが勝手に思い込んでいただけだ。彼は嘘を付かない。
「ルチア。君は素敵だ。君以上に素敵な香りを持つ女はいない。君のようにしなやかな肌を持つ女はいない。胸が締め付けられる。この心地をなんと例えればいいのだろう。ルチア」
それは愛よと、言葉を発せないルチアは固く拳を握りしめた。彼の愛は本物だと、私だけを愛してくれると喜びではない悲しみが心を震わせた。
愛は終る。何時かは終わりを告げる。時の流れがそうさせると分かるルチアは、新しく拐われてきていた娘を思った。怯える二人の娘は泣きじゃくっていた。なんと言えば良いのだろう。慰めの言葉は浮かばなかった。
 若い娘は輝いていた。美しく輝いていた。
「私は‥もう、輝けない。あの子達の様には輝けない。若い娘達。あの子達はもっと美しく花開いっていていくわ。これからもっともっと美しくなり、私は老いていく。これから‥。貴方の方はもっとたくましくなって卵を求めていく。あの娘達に。いいえ、これから生まれてくる娘達に‥。貴方は何人もの妻を抱いて卵を生ませていく。それを見る私は、砂漠で砂になる。風に誘われた私は砂になるわ」
「そんなことはない!君はここで生きていく。俺と一緒に、卵を産み雛に見守られながら生きていく。たくさんの雛に囲まれて生きていくんだ」
「そうね。年を取って子を産めない女は卵を生んだ。卵に乳はいらない。乳房はいらない。垂れた乳。私は年を取った。垂れた乳の女は若くはないわ。部屋の隅で見ているのよ。夫の行為を‥。耳を眼を塞ぎながら唇を噛み、若い妻の喘ぎ声から逃れる‥辛い、悲しみ‥。貴方は若い。他の鳥達より、はるかに若い。貴方を手放したくない」
「貴女の側にずっといるよ。約束する。天界に行っても直ぐ戻る。君を他の仲間に取られたくはない。あい‥して、愛している。君を」
愛、なんて悲しい言葉だろうとルチアは思った。
「私も貴男を。だから、‥‥」
だから報いを受けるのだと、ルチアは思った。罰を受ける、それでも欲する心は止まらない。果てを求める心は止まらない。
肌を撫でる舌の心地から逃げられない。舌の触手の蠢く感触から逃れられずに左右に激しく頭を振る。求める心は果てを知らない。もっともっと貴方を求めたいと二つの心は一つに混ざる。一つ、全てをあなたに委ねるとルチアはギルバーヂアの腕を掴んだ。鋭く磨かれた四本の爪を行為に夢中の意識は確かめた。その爪が至福をもたらすと口付ける。胸から腹へと肌に添わせチクチクと刺す痛みの刺激に身を震わせた。昨夜ルチアは研いだ。ギルバーヂアの両の爪を磨きあげた。丹念にゆっくりと砥石を爪に当て確かめながら寄り添い研いだ。女は刃物も研ぐのよと言うと、ギルバーヂアは笑って任せた。
ルチアの朦朧とした意識には、これで明日も獲物を狩れると発した言葉がある。獲物を狩ってと彼女はギルバーヂアの手を掴んだまま離さなかった。
ざらついた舌が下腹部から乳房へと這い上がってきた。とろけるような感触が下腹部を熱く焦がす。そこに種を継ぐ触手が蠢く。触手は女陰の更なる内を目指して中へ入った。
大きく身じろいだルチアは声を上げた。
ギルバーヂアの意識は夢中だ。下半身がピッタリと合わさると彼の意識は飛んだ。脳裏を突き抜ける開放感が爆発しと感じた。
身を突き抜けた快感の余韻が身に残った。余韻はルチアの香りにまた奮い立つ。唇がやわらかな乳房を銜え舌が乳首を絡め取ると欲気が湧いてきた。もう一度欲情に脈打たんとした時、力ない声に彼は我に返った。

(2)

血だ。血の匂いが鼻をつく。生くさい匂いがギルバーヂアを、夢から現にひき戻した。
彼はぼんやりと考えた。胸を締め付ける甘い芳香とそこに交じる血の香り。
それは何故だと、考えるギルバーヂアは慄然とした。
彼の目は捕らえた。左の四本の爪が色を染めていると気づいた。赤黒く粘りつく液体が指を濡らす意味を脳裏は探った。その手は血に塗れることはない。ギルバーヂアの利き手は右だ。右手は何時も獲物を仕留めるために血に濡れる。雛(お)親(や)鳥(どり)の食を狩るのは雄(お)種(す)鳥(とり)の役目だ。そのために空を駆け、餌を仕留める。右手の爪は血で塗れるが左手は違う。それ故、ルチアの身体を抱くのは左腕と決めていた。血を啜る舌から出る管はルチアの血は吸わないと決めていた。その管を彼女に使うのは喜びを与える時だけと、今ルチアの肌の上で蠢いている。
それが何故に血なまぐさく臭う。瞳はゆっくりと、ゆっくりとルチアの顔を覗き見た。羽根の間に隠れるようにいる女の艶やかな顔を覗き見た。
笑みがあった。いつものようにギルバーヂアを包み込む優しい笑顔があった。しかし、その笑顔は直ぐに曇った。表情無く息を吐くその顔の意味を理解出来ない。周囲を見回した。
 踏み締めた草が発する香りと水の香りを含んだ風、それに嗅ぎ慣れた血の香り。それは何処からやってきているのだろう。ギルバーヂアは我が腕を揺り動かした。羽根に身を預けているルチアが唇を離し吐息を付く。弱いと感じる吐息は言葉を呟いた。
「貴方に‥合えて良かった‥」
と、夢ではない現実が何時もの言葉を放った。
夢の続きを描こうとギルバーヂアは舌をルチアの肌に這わせた。ルチアは嬉しいと呟く。耳を掴んでいた手が肩翼を掴み替える。もう一度この身を果てへ向かわせてと柔らかない胸が揺れる。
だが、血が臭う。獲物が垂らす血の香りが獣ではない人の血。それはルチアの脇腹から流れ落ちていた。
「ルチア!」
信じられない事態が夢から醒めよとギルバーヂアの前にあった。瞬間、何が起きたか分からなかった。ゆるりと時が流れた。血も流れ落ちている。
血は流れやがて死に至ると、死がルチアの前にあるとギルバーヂアは首を振った。夢から覚めろと激しく首を振った。
盛りの余韻は掻き消えた。
すると突然、声が響く。ギルバーヂアの脳裏に女の声が響いた。
「お前の未来を告げる。汝のその爪は、鋭い爪はそれぞれ大切な者の命を奪うだろう。お前は殺す。右手は男を左手は女を‥。この世で最も大切な者を殺すだろう」
天帝の予見の言葉だった。
ギルバーヂアは彼を育てた雛(お)親(や)鳥(どり)を殺した。今度はルチアを殺す。
「違う!俺はルチアを殺したりしない!」
ギルバーヂアは叫んだ。月に向かって吠えるように叫んだ。山の間に月は隠れようとしていた。東の空は明かりを付けたように白みはじめてきた。
交尾の三夜が明けた。二人がピッタリと身を絡ませる満月の時間(とき)は終わった。
「私、貴方を‥愛している。心から‥貴方の子供を産みたかった」
悲しい笑みを浮かべた女の顔がそう言った。これは夢だと、ギルバーヂアは夢を見ていると思った。これは悪夢だ。悪辣な輩が見せる悪夢だと眼を覆った。その手は血に塗れている。
爪が、彼の左の手の爪がルチアの腹を突いたと分かった。自分の爪が愛する女の腹を突いたと分かった。
しかし、いったい何が起きたのか分からなかった。爪を内に向けてはいない。注意深く腕を組んでいた。いつもの様に、何時もと思った彼はハッとした。
ルチアは、爪を研いだ。彼女は昨夜、爪を研いだ。
長い前髪を花飾りの付いた象牙の櫛で止め白い花の耳飾りで装った真剣な表情が、ギルバーヂアの爪を一本一本丁寧に磨き上げてくれた。切っ先を確かめ、丁寧に研いでくれた。
何故かを問うと、妻は夫に尽くすものよと、言いながら研ぐ手を止めなかった。
丹念に見ていた。焦がれるように見ていた。
「生まれてくる雛のためにも、雛親鳥のためにも獲物をたくさん捕らねばならない。これから雄(お)種(す)鳥(とり)達は獲物を狩るのに忙しくなるな。たくさんの卵と雛で溢れる巣穴を思うと嬉しくてたまらないよ、ルチア。雛達のために餌を、たくさん取って来るからね」
皆のために爪を研ぐと、ギルバーヂアはその時、そう言った。ルチアは小さく笑っていた。
「幸せな女よ‥ルチアは‥。愛する人の‥腕の中で、逝けるなんて‥」
 弱々しい声音が、夢の中の様に聞こえた。ルチアに指はいつもの様に両耳を掴んでいた。花を形創った象牙の耳飾りをした女の小さな唇が口付けを求めて目の前に差し出されている。求めて欲しいと迫っている。だが、何時もと違った。何かが違う。何かは、香りだ。
心を掻き乱す芳香がない。熱情を湧き出させる色香が消え失せている。
「俺を悩ませる、香りがない。ルチア、君は俺を捨てて行ってしまうのか?」
「いいえ、貴方と‥一緒、何時も‥」
空に月はない。山の間に消えてしまった。しかし、ルチアの目に月は映る。ギルバーヂアの大きく見開いた瞳が写っていた。盛りに見せる金色の瞳が写っていた。満月より美しく光る瞳が美しいと見上げる彼女は言った。
「この乳房‥貴方が食べて‥子供を生まない女には‥必要ない‥から、食べて」
 決別を迎えていると悟ったギルバーヂアは声を震わせて叫んだ。
「何故だ。何故、もうすぐ、卵が返る!俺達の子だ!俺とおまえ、これかれも沢山卵を産んでくれるのだろう。これからは、毎晩お前を抱く。だから、沢山卵を産んでくれるのだろう。ルチア‥」
「卵は、生まない‥。私が生むの‥子ども。温かい子‥あたた‥かな‥乳くさい‥子」
抱き締めた身体は、やっと呟きを漏らした。その言葉がギルバーヂアの心を抉る。彼女は子どもを欲していた。子どもの未来を語っていた。女の子が欲しいと、野辺の花を摘む子が欲しいと語った。
「では、子どもをつくろう。君が思う子をつくろう。ジョカルビに、海王に頼む‥。彼らが助けてくれる。彼らは俺に逆らわない!君を助ける!君のためなら、何でもする」
ギルバーヂアは声を絞り出すように必死で訴えた。腕が抱く身動ぎしない身体を揺さぶり、必死で哀願した。
「直ぐに、直ぐに海王を呼ぶ。だから、行くな!君は死なない‥死者の実を食べたのだから!死んだりしない!」
ギルバーヂアは今まで感じたことのない悲しみを感じた。失う者の価値を、身を切る思いに感じた。
腹の中でガチャリと音が響いた。その音に祈った。助けてくれと、助けろと祈った。全身が熱く高鳴りとどまることを知らぬ鼓動が鳴り響く。そして感じた。抱き締めた身は死での門を開け放ったのだと。
悲しみが一気に身の裡から噴き上げた。
「ルチア!俺は君を愛している。心から貴方を‥」
見開いたまま動かない金の瞳が、耐えられない熱さを感じた。何かが瞳を覆った。するとルチアのかすれた声が呟いた。
「月、つきが、涙を流した。きれい‥月の、涙‥。貴方も、私を愛して‥た」
ルチアはギルバーヂアの頬に手を当て、瞳から流れてくる物を指で拭いた。その手は落ちた。

(3)


「鳥が、狂う――」
地の一族の呪い師、ジョカルビは叫んだ。
突然、受け止められない光景が彼の目前を覆った。
鳥の眼に涙を見たのだ。
涙だ。涙‥。金色の瞳が涙を溢れさせていた。薄暗い空の下に鳥の金色の二つの瞳が輝きを放ち、溢れ出る涙を光らせていた。
『月の涙』
ジョカルビは瞬間、そう思った。しかし、それは鳥が流す涙だった。
鳥は、涙を見せない。流せない。それが、鳥の目玉だ。眩しい日の光であろうと暗夜の僅かな光であろうと、その瞳は捕らえる。
鳥族は光も闇も見渡せる特殊な目玉を持つ者だと、ジョカルビの脳裏は教えた。特別な眼には涙腺はない、そう記憶していた。眼を潤す涙は出ないと知る彼は、ラグル島で起った出来事を受け止められなかった。しかし、それは事実だ。
恐ろしいと感じる悪寒が、ジョカルビの背を震わせた。鳥族の頂点に立つ者が、鳥族ではない落涙を見せた。鳥ではない心は病みだと激震が走った。病みは狂気を生む。狂気は彼の心を悪辣へと化す。
殺戮の予感だった。突然、脳裏を爆発させた得体のしれない感覚は、種族だけでなく地界の悍ましい未来を感じさせた。
起きるはずがない事実だ。
事実は、涙だ!鳥が涙を流したのだ!
信じられない事だった。鳥が泣く。海王バジュラも同じ言葉を種族に発していた。
「鳥が、涙を流した!!天変地異じゃ。地界は滅ぶ!」
海王の叫びは直ぐ様、地界に住む六つの種族の呪い師達に伝わった。彼等も戦慄の恐怖を共感した。
「鳥族の王は狂気に囚われ、悪辣の覇者になるだろう。覇者は恐ろしい魔神と化し、殺戮の軍をつくり上げ各地を襲い続ける!死どころか、悪魔も恐れずに戦い続ける輩が襲ってくるぞ!流血の地を見ることを喜びとする奴等がやってくる!奴等から民を、種族の民を隠すのだ!」
戦慄の恐怖。それは獰猛果敢な鳥族が、狂気に操られて地界の種族を襲い続け予見だ。餌を狩るように種族を襲い、卵を生む者を浚い、反する者を血祭りにする。
地界の呪い師達はそれを回避するために、密やかに暮らしてきた。その長い努力が無になる。
 バジュラは声を張り上げる。種族を海底に集め平穏の時が来るまで形を潜めろと。そしてジョカルビも声を震わせて叫んでいた。
「直ぐに種族を地の底に集めるのだ。鳥が襲い来るぞ。狂った鳥が死神を連れてやって来るぞ!」
地界に住む呪い師達は、恐怖で混乱していた。
「地帝は何を予見しておられるのですか?地界が鳥族に滅ぼされるのを、待っているのですか?我等は罰を与えられる罪をつくったのですか?」
各種族の呪い師はバジュラに問い掛ける。地帝は我等を助けてはくれないのかと真剣な眼差しを向ける。しかし、地帝には問えない。
「許されない行為だ」
と、バジュラは答えを返すしかなかった。
それでも彼等の心は一つだ。種族を守る。愛する者達を凶暴な輩から守ると一貫した心を見せた。これから起こる殺戮に立ち向かうと、バジュラの前に見せていた呪い師達の気は各地へ戻った。
深海の岩城に、バジュラは一人残った。そこは海底の景色が見渡せる展望台だ。光に溶けた透き通った水が幕を引く窓がある。窓に立てば、日常変わらない穏やかな光景がある。天上から指す光に煌めく海水の中に、色鮮やかな魚達の巨大な一軍が泳ぐのが見えた。それを追い掛ける子どもの姿も見えた。子どもの姿を見守る男女が群れていた。
海族。海に住む種族は鳥の爪から逃れられる、一番安全な種族だ。深海に潜り海上へは出ない。戒めをつくり、他種族を無視して生きれは種族を守れる。鳥と同じ冷酷な心を持てば永らえる。他種族と繋がる血の縁を断ち切り、冷酷な心でここに留まれば一族は安泰だ。しかし、嫁いだ姉妹達は、娘達や、孫達はどうなる。それを思うバジュラは、決断を迫られているのは自身だと深く考え込んだ。
地界の平穏は地帝が描くのだ。ジョカルビもバジュラも、地帝が何を予見しどんな未来を描いているのかを悟れずにいた。
「地帝は黙認するつもりなのだろうか?我等がどんな窮地に陥ったとしても‥」
「嫌、反対かもしれんぞ。我等が鳥に対してどんな卑怯な手を使っても、黙認するつもりだ」
嘆くジョカルビの居室に声と共に唐突に現れ出たのは、バジュラだ。彼は、きっぱりと言った。
「ヤツの息の根を止めよと、地帝は言われているのだ。我等に頼むと、言われているのだ。ジョカルビ殿」
影だと水盤から立ち上がった登った霧をジョカルビは見ていた。海王バジュラが霧に業を立たせたと現れた彼と声を聞いていたジョカルビはハッとした。影は、ジョカルビの腕を掴んだのだ。
実体だと、ジョカルビの全身は波打った。影ではないバジュラ本人がホルトログの地下城に現れた真意が彼の心に迫る。強く掴む指の強さが、この危機を回避するには事の早さで決まると伝えていた。
「何をすれば良いのか教えてくだされ。海王殿」
とジョカルビは聞いた。
「奴を葬る‥」
真っ白い巻き毛がふさふさと緑色の肌を包み空で揺れている。海族特有の厳つい身体が苦渋を呈した顔を上げて呟く声に力は無い。
「彼を‥、葬る。彼は天帝の剣を体内に取り込んでおります。我等の考えを読み取る能力を会得しております。命を奪うことなぞ出来ない‥返り討ちにあいます」
天と地を分けた聖剣がギルバージアの体内にある事自体が変異なのだ。確かに取り戻さねばならないのは分かっていた。取り戻さなければ聖剣は魔剣に変わる。ギルバージアの心の変化に対応していく。魔剣は魔性の大地を描くのだろうとジョカルビは思った。
やっと掴んだ腕を離したバジュラが言った。
「全て承知のうえで挑む。奴を倒さなければ、地界は滅ぶ」
「分かっております。だが、手立てが無い‥。別の手段を教えては下さらんのか!地帝に縋る術を教えて頂きたい!」
「地帝は、時の流れを見ている。過去と未来とを見て、何もせずにおられるのだ。やらねばならないのは我等だ。女鳥に呪詛を掛けた時、時の流れは決まった方向に流れていると言われた地帝の言葉が伝えられておる。我には真意が掴み取れ無いが、我等は時の風にのる者達だと感じておる。風が何処を向いて流されているかは分からないが、風にも生まれた意味があるのだろう。時の果てを地帝が見つめておられるのなら我等は安心して風でいられる。記憶の宮を持つ貴男には及びも付かぬ解釈だろうが、我は風になろう」
「儂は記憶を持つだけの身だ。儂の記憶は、鳥の涙を知らない。鳥は涙なぞ、流さないと記憶していた。鳥は卵に執着するが、卵を生むものに愛着を持たない。三夜限りの努めだと想っていると記憶の宮にある。儂の記憶は間違っていたのか。鳥は一つのものに執着出来ない生きものだ。ましては愛を語るはずは、ない!」
「絶滅の危機が鳥の何かを変えたのだ。鳥族も我等と同じ時の流れに乗る者達だろう。だから、感情を持った鳥が生まれたのだろう。鳥族の未来を変えて良き方に流れていくと次代の地帝は予見したのだろうよ。ジョカルビ殿」
「それが、愛人を失った今‥狂いだす‥」
「ラグル島へ行き、ヤツの腹から剣を奪う。奴の身体から太刀を奪う」
「奪えない。彼は心が読める。更に、鳥の身体は受け身の鞘を取り込んでいる。鞘から剣をぬけるのは取り込んでいる本人だけだ。奴が自ら抜く気が無ければ抜けない」
頼みの綱は次代殿だと、言うジョカルビの肩に手を置いた穏やかな笑顔が笑い声を上げた。
「いや、貴方だよ。ジョカルビ殿」
と、バジュラは言った。

(4)


「ヘガルガの地帝に届けてくれ」
言葉がジョカルビの裡に響く。何を届けるのだと尋ねる人物はもうその場にはいなかった。水盤に波紋だけが残っていた。
波紋は息をするように輪を広げていく。それは水盤の前に立つジョカルビの心を捕えて離さない。
「鳥の心積もりはわかる。彼等の世界を創るつもりだ。地界の種族を滅ぼし種族を増やすために天界の女を浚い続け卵を生ませる」
その通りだと、ジョカルビの脳裏は記憶の襞から殺戮の光景を探り当てた。地界で起った暗黒の歴史を呼び起こしていた。暗黒の歴史は鳥族が創った。各種族は地に海に潜り、岩山や深森の奥に隠れ、鳥族から逃れた。彼等はまたも地界を脅かす、乱行を繰り返すと予感が脳裏から消えず渦巻く。
「止められる。鳥の心を、奴の乾いた心を引き裂いて見せる。少しだけ、力を貸してくれぬか。しばらくの間、そこで待っていてくれぬか」
 ジョカルビは静かに頷く。そしてそのまま、夢見心地で水盤の波紋を見詰めた。そこにギルバージアの顔が映った。鳥の表情とは思えない悩みきった人の表情が見えた。
この時ギルバーヂアは、まだ荒野に居た。その場から動けずにいた。立ち上がることも出来ずに、冷たい身体を抱き日中を過ごした。空が色を変え闇が大地を包み混んでも、その場に座り込み動けなかった。
風の音を聞き、満点の星を見詰め続けた。愛する身を包み込んだ羽根を緩める事が出来なかった。そして朝の光の中で、夢ではない現実を確かめた。
涙が流れ止める事が出来なかった。
涙は愛しい人の上に落ちた。愛しい者を抱く腕にも落ちた。
腕が抱くのは妻だ。腕の中で瞬きしない瞳が笑みを浮かべ、ギルバーヂアを見上げていた。それは躯だ。物言わぬ躯だ。
何故に死を願ったと、ギルバーヂアは躯に問う。一人で旅立つことを何故に願ったと問う。
躯は言葉を発しない。答えを返さない。それでも問い掛けをやめられない。
「君は俺を愛していると言っておきながら、何故俺を捨てていくのだ。俺を生涯の夫だといった言葉は何処へいった。妻は夫に尽くすものだといった言葉は何だったのだ‥」
嘆きの言葉を放つギルバージアの前に、ゆらりと人影が揺れた。
海王バジュラだった。瞬間、ギルバージアの裡にガチンと音がなった。
警戒せよと音が身体の中で響いていた。だが、ギルバーヂアは大きく身構えただけで動かなかった。彼の中で金属が共鳴する震えが続いていたが、彼の気は突然現れ出た者に警戒心を生まなかった。
バジュラの心に殺意は感じられなかった。彼は悲しみの心を表しているだけだと感じ取った。恐怖も殺意も無くただ悲しみに悩む人を見守る優しい心を感じた。ジョカルビの心のように広く優しいと感じた。すると、バジュラは静かな言葉を放った。
「女心は常に謎じゃ。死を望むほどにお前を愛したと言うことだろう」
これが愛なのかと、疑問の中にいるギルバーヂアは答えを求めて声を放った。
「俺を愛しているから死を選んだ。嘘だ!俺を愛しているなら別の道を選ぶはずだ!死を願うならば、何故永遠の命を願わなかったのだ。二人で永遠に生きる道を、願わなかったのだ。願わなければ、思いは叶わない‥」
「願いを持ったが、叶わなかったのだ」
バジュラの言葉は風の中に静かに流れた。風は草地のあった朝露を全て取り去っていた。ギルバージアの眼に溢れていた涙も拭き取っていた。
「願った‥?」
「人間の女は、人間の子が欲しいのだ。卵ではない、赤子がな」
「赤子?」
ギルバージアは呟いた。固く握った左腕が緩んだ。すると、ルチアの長い髪を止めた花櫛がゆるやかに衣を滑り草の中に落ちた。それを眼で追うギルバーヂアは、ルチアの心を見たように感じた。
「人間は卵を生まない。心を失った女なら良かっただろうが、子を生むことを希望とした女には酷な事だったろう。鳥の卵を産んだのだから‥」
「卵から雛が生まれる。雛は子どもだ。俺とルチアの子だ!」
「それが女を狂気させた。女は雛などいらないのだ」
ギルバージアは右手を強く握り締めた。その掌に草地から拾い上げた花櫛があった。櫛は二つに割れ再び草地に落ちた。
「違う!雛を見てもいないのに、腕に抱いてもいないのに理解るか。雛も子だ!ルチアの腕に抱かせる。生き返らせろ!海王!お前なら出来るだろう。俺の女を生き返らせろ!」
地に座り込んでいたギルバーヂアがゆらりと立ち上がった。そして表情も変えずに立つバジュラの肩を掴んだ。鋭い切っ先を持つ四本爪が、むき出しの首を掠めてそこにある。その首を揺らすだけで流血を見るその顔は恐怖を見せず冷静な瞳で前をみていた。そこへ口寄せたギルバーヂアは囁く。
「俺の女を生き返らせろ。俺のルチアは、雛が孵ると知らなかったのだ。雛を見れば、ルチアは喜ぶ」
バジュラは彼を見るその目の奥に、光が宿ったように輝いたのを見た。狂気が宿った、そう思った。
「お前の女は生き返らない。それがその女の最後の望みだ」
その言葉で、ギルバーヂアは身を引いた。瞬時、鋭い爪がバジュラの顎を割いた。流れ落ちる血を手で止めたバジュラはそれでもひるまなかった。毅然と立っていた。
「その女は、お前との再会を望んではいない!二度とお前と暮らす気はない!」
辛辣な言葉が確かに、ギルバージアの心を打ちのめした。愛着を捨てきれずに激している心を打ちのめした。怒りを表していた顔が、一変に色を無くしのだ。
激震を受けた呆然としたギルバーヂアは、腕が抱いていた身体を落とした。土気色に変わった身体が地に落ちた。耳を飾っていた片方の白い花が草の上に落ちた。時が止まったような静けさがギルバーヂアを包み込んだ。
「女は卵など、要らないのだ!」
とギルバージアの脳裏に激甚の言葉が響いた。
「女は雛など、要らないのだ!」
再び、脳裏を爆発させる暴言が響き渡った。ギルバージアの瞳はバジュラを捕らえた。するとバジュラの身体が大きく膨れ上がり巨人へと変貌した途端、その身体に似合う巨大な手がギルバーヂアの身体を掴んだ。
幻覚だ。業に嵌ったと、ギルバーヂアは悟ったがその時は遅かった。幻覚の魔手が顔面に刺さった。そこから頭の中に滑りこんできた。鳥の小さな脳を確実に掴んでいた。激しい痛みが脳裏を撹拌する。
呪術に取り押さえられた。そう感じながらギルバーヂアは身動きできずに、身を攻める激しい痛みに叫び声を上げるだけだった。そしてやっと頭を抱え込んだ。
ギルバーヂアは感じた。呪術が持つ彼の全ての記憶を取り去り過去を失うのだと。失いたくない。ルチアとの想い出を、愛を失いたくない。反撃する、抵抗せねば。奴を倒さねばと反する心があるが、羽根を毟られたように動けなかった。
彼の脳裏で記憶の渦を巻き踊っていた。頭の中で女の記憶が渦巻いて踊っていく。
ルチア――と心は離したく思いに叫びを上げていた
バジュラは立ち尽くしたまま、もがき苦しむ鳥の姿を傍観していた。ジョカルビの方もそうだった。苦悶の表情で業に取り込まれたように立ち尽くしギルバージアの顔を見ていた。彼もバジュラの業に手を貸していると感じていた。
だがこの時、予想もしないことが起った。バジュラの業は敗れたのだ。
ギルバージアの足はグサリと何かを踏んだ。鈍い痛みが走った。鈍い痛みだ。ギルバーヂアに取って痛みとは感じない痒みにも似た心地良い痛みが足裏をくすぐったのだ。
それは夢から醒める瞬間だった。夢は覚め、現実を見た。無表情を呈した人物が目前に立っていた。その手がギルバージアの腹を弄っていた。誰だ、彼は誰だ。何をしていると脳裏の奥で何かが問うたが分からなかった。
「誰だ。お前は?」
呟くギルバーヂアに男ははっきりと瞠目を見せた。
その時だ。足が踏んだルチアの櫛が砕ける音が耳に届いた。それは言葉だった。
私だけの夫よ――と、耳に響いた言葉にギルバーヂアは慄然とした。迫り来る脅威を感じ取った。
ルチア――と心が光を見た。
ギルバーヂアは腹の中に灼熱を感じた。熱いと感じた身体が動いた。腕は、脳裏より早く反撃していた。
 反撃、それは腹の刃の柄を掴んでいた。
見開いた銀の瞳が血に飢えた獣の如き輝きを宿したと、感じたバジュラは腹を押さえた。鋭い刃がそこを滑ったと感じた彼は、業は敗れたのだと察した。
血を求める野獣の瞳が見据えていた。その瞳はもう同じ業には掛からないと察した。そして鮮血で塗れた剣を見た鳥は肉を切る喜びを選るために地のそこまで獲物を追っていくだろうと感じた。
殺気を悟られないようにジョカルビの気を縦にしてギルバーヂアに挑んだ。柔らかに気を纏ったバジュラをギルバーヂアは思った通り警戒しなかった。全てうまく事が運ぶとは思わなかったが期待は大きかった。
ギルバーヂアの記憶を全て取り去り、新たな記憶を植え付ける。闘争心のない穏やかな心と卵への執着心を取り去る。呪術の掛かった身体から聖剣を取り出し地帝に返す。不可能ではなかった。
ジョカルビの気質と稀代の業があれば、新しい鳥族を生ませられたはずだった。
だが、業は破られた。
夢から覚めた鳥は、腹の剣を握った。
微かな音と共に現れた剣は、とてもその腹が抱えていたとは思えない大きな刃だ。太刀を構えた鳥男が真横に刃を奮った。それは見事に瞳が捕らえた獣を割いた。
鮮血が飛び散った。剣は二度目の血を吸った。
「そうか。天帝の血を吸った聖剣は魔剣と化していたのか。魔剣は三度血を浴び、新たな地で聖剣となる。三度目の血は誰になるか。楽しみじゃな。ギルバーヂア殿」
「三度目‥の、血!」
何故か確かな衝撃が、ギルバージアの身を震わせた。予見だと感じたのだ。手にした剣が三度血を吸ったなら、この剣は彼の手を離れる。消え去る。そうなれば鳥族を守る武器が消えてしまうとギルバーヂアは大きく身を引いていた。だが、飛び込んで来た。バジュラの身体が、重い身が飛び込んで来た。握り締めた太刀にその身体は突き刺さった。その衝撃がギルバージアの姿勢を崩した。
「ジョカルビ殿。頼む」
バジュラの血で染まった両手は、動けないギルバージアの腹を突いた。血塗られた手は真っ直ぐに腹にめり込み、一つの金具を掴んだ。
金具、鞘だ。天地を分けた聖剣の鞘だ。バジュラは持てる渾身の力を爆発させた。動く事ない鞘が動いた。それはバジュラの爆撃の業で背中に飛び出した。
「届けてくれ。地帝に――!」
その言葉と共に、金色の塊が空を飛んだ。

月の巫女 月の涙 第四章 誕生

月の巫女 月の涙 第四章 誕生

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 【Ⅳ】誕生 [1] 二つの世界    (1)
  2. (2)
  3. (3)
  4. [2] 月の涙 (1)
  5. (2)
  6. (3)
  7. (4)