サンダ対ガイラの道
「町内を自転車で走っていたのですがな」
「散歩の話ですか」
「いやいや、大した散歩じゃない。いつもの道を走っていたのですが、少し暑くなってきましてなあ。春とはいえ肌寒い日があるので、厚着をしていたんですよ。それで日陰になっている通りに入ろうと、枝道に入りました」
「そこで何かが起こったか、おやっと思う光景をご覧になられたのですね」
「ご覧になっておりません」
「ああ、そうですか、続けてください」
「非常に細い道なのですが、人が結構歩いておる。しかも団体でな。よく見なくても分かることだが、下校中の中学生だと思う。いや、高校生かもしれん。いや、中学生だ。この近くに確か中学校が出来ておった。だから、中学生だな。歩いておるのは」
「はい」
「ここまでで、どういう話だか分かりますかな」
「いえ、分かりませんから、続けてください
「狭いでしょ。しかも三人並ばれると、壁ですなあ。近付くと、すーと壁が割れまして、通れたのですが、その割れ目を見ていると、なんだか懐かしいような気がしてきました。結構緑が豊かでしてなあ。あれは庭木だろうけど、春になって葉が出てきたのでしょ。風景が濃かった。その通りはきっと昔のあぜ道ですなあ。曲がりくねっていますので、真正面は塀や庭木なんです。狭苦しいところに、いろいろ生えている。家もこじんまりとしていましてねえ。その細い通路のようなところの先に、学校があるんだろうけど、これは通学路というより、抜け道のような、間道ようなものじゃないかと思いました」
「はい」
「ここです。ここからが本題です」
「あ、はい」
「思い出しました。急にね」
「何を」
「昔、通っていた高校の通学路ですよ。いや、ここと同じで、道と言えるようなものじゃない。間道だねえ。それに近いところを、昔、私は歩いていた。それを思い出した」
「はい、ありがとうございました」
「いやいや、話はまだある」
「それだけのことでしょ」
「そうだけど、感慨というのがある」
「はい」
「その高校はねえ、郊外のだだっ広い所にあった。ベッドタウンだろうねえ。土地が広い。私は一時間半かけて電車で毎日通ったよ。私立高校で近所の生徒など殆どいない。皆遠くから通っておる。頭の悪い子でも入れる高校でね。その中でも特に学費が安い。通学費を使ってもね」
「高校の話ですか」
「最寄り駅がある。二つね。北と南だ。私は南から来るので、南側の駅を使っていた。当然だね。徒歩距離的には二十分ほどかかる」
「はい」
「高校の終わり頃、私は北側の駅から帰ることが多くなった。来るときは南側の駅だけどね。それに定期は南側までなので、北側から乗ると、切符を買わないといけない。それでも、たまにその道を使った」
「彼女ですか」
「いや、男子校だし、近くに女子校もない。不思議と気の合った同級生が北側から乗り降りするので、それに付き合った感じだよ」
「親友ですね」
「いや、特に仲がよいわけじゃない。同じクラスだが、彼はいつも一人で帰っておった。私もそうだ。まあ、誰かと道ずれになって群れて帰ることは、殆どない。頭の悪い生徒ばかりだから、リーダー格が少ないのだろうねえ。だから、グループも出来なかった」
「はい」
「そのとき通ったのが、細い間道でね。農家の横をすり抜けるように通っているだよ。夏などは涼しい。車は入ってこないし、寄り道も楽しい。川が近くてね。その土手にカボチャがなっているんだ。夏は、これをつぶして遊んだよ。スイカ割りじゃなく、カボチャ割りだ。誰かが栽培している物じゃない。土手カボチャだ」
「長い話です」
「古い話さ。遠い話なんだよ」
「はい」
「その、何だった、中学だ。自転車で走っているとき、その下校生を見ていて、それを思い出した次第さ」
「それだけのことですね」
「その同級生とは卒業して、それっきりだ。相性がいいっていうか、妙な話にも乗ってきてくれた」
「たとえば」
「少林寺拳法と空手とではどちらが強いかとか、円盤は本当に飛んでいるか、とか。サンダとガイラとではどちらが好きだとか。これは究極の選択でねえ」
「何ですか、それ」
「フランケンシュタインの怪獣だよ。人間を大きくした怪獣。映画だけどね」
「ああ」
「豊登とサンダー杉山、どちらが強いかとか」
「ああ、もう分かりません。プロレスですか」
「そうだ。そういう話をしながら、村の裏道を歩いた。あれは良かったよ」
「はい」
「今も、彼と会うことが出来たらどうなんだろうねえ。まだそんな話に乗ってくれるだろうかねえ」
「さあ」
「しかし、君、ただ聞いているだけじゃ、つまらんでしょ」
「はい」
「話している方も、せいがない」
「はい、失礼しました」
了
サンダ対ガイラの道