謎の青葉

 狭いが勢いよく流れている小川がある。農業用水だろうか。田島は橋の上から見ている。周囲はもう住宅地だ。下水は地下の下水管に行く。だから殆どのドブは排水溝で、雨でも降らないと水は流れていないことが多い。
 しかし、そのドブは小川と言えるほど綺麗な水が流れている。きっと大きな川と繋がっているのだろう。そこからの水だ。
 春先の日差しが暖かく石垣を照らす。古い用水路のためか、趣がある。しかし川底はコンクリートだ。
 田島が橋だと思っているところは、実は川の蓋。道が狭いので歩道がない。そのため横を流れる小川に蓋をしたのだろう。その蓋が途切れ、川が現れる。その手前の蓋の上に田島は立っていたわけだ。
 川面に川岸の家が映っている。今風の家ではないが、古い家ではない。元々古い家だったのだが改築し、それもまた古くなっている。
 川面に映るそんなものを見ていたのだが、ふと目を少しだけ上げると青い葉がある。木の葉だ。それが川面にかかっている。その根本は川沿いの家の庭。
 その葉が非常に明るい。緑と青の間ほどの色。新緑だろう。
 田島はたまにここを通るのだが、今までこんな木があったことに気付かなかった。大きな木でもないし、目立つ木でもなかったためだろう。
 それ以前に、木などあまりよく見ていなかった。たまに目にするのは神社の大木や、何かの祠の前に立っている古木とかだ。それらは目印にもなるし、いやでも目に入る。存在感があるためだ。
 他人の家の庭にあるような木など、殆ど見ていない。見ていたとしても、木がある程度だ。
 しかし今、川縁にあるその木が気になった。
 何度も通っている道だ。小川の蓋から川面を見るなど、今までにないようなことをした。
 季節が暖かくなってきたので、陽気に誘われ、久しぶりに散歩に出たためかもしれない。
 そんな木の梢が小川にかかっていたのかどうかなどは、どうでもいいことだが、多少は記憶に残っているはず。しかし、それも無理かもしれない。そんな情報は必要ではないためだろう。しかも庭木など、どうでもいいことなのだ。
 さて、これは何だろうと、田島は考えた。いや、思い出そうとしたのだが、これは不可能に近い。
 諦めかけて、立ち去ろうとしたとき、急に来た。
「紅葉だ」
 モミジの葉なのだ。急に思い出した。この川辺に紅いものがあったことを。だから、紅葉の頃に見ていたのだ。ただ、ポツンとそれだけしかないので、目立っただけで、その季節、もっと見事で目立つ紅葉があった。一本ではなく、何本も植えられているような。
 だから、今見ているモミジは小物で、大したことはない。しかし、ここも紅いなあ、程度には見ていた。
 そして新緑の季節。その庭の植木も青葉を出し、もうモミジがモミジである存在感は薄い。青葉の中に埋まり込んでいる。
 田島はやっと、その木の正体が分かった。
 それだけのことだ。
 
   了

謎の青葉

謎の青葉

狭いが勢いよく流れている小川がある。農業用水だろうか。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-18

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