赤いロープと夏休み(3)宿命編

(前回までのあらすじ)
 高校に入学して初めての夏休み目前、タカシの期末テストの点数は散々。追試にあたり、クラス一番勉強ができるが性格がねじ曲がり、しかもヒステリックな幼馴染のカヨコから補講を受けることになった。
 翌朝、ジョギングで不思議な老人と出会い赤い半透明の円盤を手にする。その円盤は運命の赤い糸ならぬロープが見える代物だった。残念なことにタカシのロープはブッツリと切れてタカシは落胆する。しかし、このロープは徐々に成長し繋がっていくモノであることがわかり一安心。
 カヨコの厳しい暴言に耐えて補講を受けたタカシだがついにキレて喧嘩となり、彼女を泣かせてしまう。その涙を見たタカシは、小学校の頃、懸命にタカシのミスを涙ながらにかばってくれたカヨコの記憶が蘇る。自分の気持ちをカヨコに伝えると、カヨコの気持ちを動かすことができた。無事、追試もクリアしいよいよ夏休みとなった。
 カヨコの妹のサヨコは、姉がタカシに恋していることを察知し、2人をデートさせるように画策する。タカシは、そのデートの最中に不思議な夢をみる。その夢の中で謎の女性から青い円盤を手にする。そしてこの青い円盤は赤いロープを切ることができるということを知った。
 さらに、サヨコの提案で夏期講習会へも2人で通うことになったが、タカシはさっぱり講習会についていけず、カヨコの厳しい復習を受けるハメになる。講習会には、イケメンで抜群に頭が良いマサキがカヨコと2人の世界を展開し、タカシは何故か腹を立てている自分に気づく。そして、講習会最終日の試験では、あれだけ厳しい復習をしたにもかかわらず、成績を残せなかったタカシをカヨコが問い詰め、タカシは頭にきてしまう。不意にカバンから落ちた赤い円盤からタカシは、カヨコと自分が赤いロープがつながっていることを知り、まるでペットのように自分を育成するのがカヨコの真意であるなら、青い円盤を使い赤いロープを切断しようかと考えたが、カヨコの真意を確かめなくてはならないと衝動的にカヨコに告白してしまう。カヨコの返事は、タカシは好きだが、今は勉強がしたいという答えだった。

(3)宿命編

赤いロープと夏休み(3)宿命編  トラキチ3

【初稿】20140226

 夏期講習も終わり、夏休みも残り2週間となった。
 高校はじめての夏休み、俺は、毎日充実した日々を満喫しているはず……だったのだが、今年は記録的な猛暑なのだそうで、外出するのも危険だとテレビのニュースで繰り返し警告をしている。たしかに、外に出てみると、とたんに汗が噴き出すし、さらに蝉たちの騒々しい鳴き声を30分もきいていれば、頭がクラクラしてしまう。
 市民プールに泳ぎに出かけても、周りは家族連れか、カップルで芋洗い状態。当然、スカッと泳ぐことなどできない。さらに、クラスのほかの連中に連絡をとってみても、学習塾やら、部活の合宿やら、家族と旅行やらとヒマなやつがいないのだ。結局、エアコンの効いた自分の部屋にいるほうが、まだマシだという結論となった。
「なんだよ、夏休みってこんなにヒマなのか!」
 ベットにごろりと横になると充電器にささっている携帯電話に手を伸ばした。それでも誰かいないかと電話帳を次々送ると、スギモトカヨコのところで指が止まった。そういえば、カヨコとは夏季講習会を終えてからはプッツリ連絡が途絶えている。
 サヨコの話では、俺がカヨコに告白したあの日、彼女は家に着くなり玄関でボロボロ泣き出したらしい。
 帰りの電車の中では、あれほど俺の腕に抱きついて楽しそうにニコニコしていたのに……。
「あああ、よくわからない! 何が一体問題なんだ!」
 俺は、無意識に携帯電話の発信ボタンを押していた 。受話器から呼び出し音が聞こえる。トルルル……。
「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われていないか電源が入っていないためかかりません……お客様のおかけに……」
 俺は、静かに電話を切ると目を閉じた。
「まぁ、そうだろうな……」
 カヨコのことだ、昼間は図書館で勉強中だろうし、携帯電話の電源なんていれていないのだろう。
「俺は、カヨコを悲しませるようなことをしたんだろうか……」
 マブタのスクリーンには、カヨコの明るい笑顔がなんども繰返し再生されている。
 俺は、大きくため息をついた。

~~

 カヨコは、学校の制服姿で図書館の自習室にこもっていた。
「今日は、ココからココまでかたずけなくちゃ」
 付箋紙をとりだすと参考書にペタリと貼り付けた。そしてパラパラとページをめくると、カヨコの手が止まった。
 カヨコは、目を見開き、そのページをみつめたまま固まった。そのページの余白には、タカシの文字で殴り書きがしていた。

 “I'll be right here.”

 直訳すれば「僕はいつもここにいるよ」という意味だが、裏がえすと「君はひとりじゃないよ」というニュアンスだ。いつ、タカシがこのフレーズを書き込んだのかはわからない。でも、この言葉は、カヨコには特別な意味のある言葉だった。

 カヨコは、指でなんどもその文字をなぞった。すると、次第にその文字が涙でゆがんで見えてきた。
「タカシ……」
 カヨコは、顔を天井に向け、大きく深呼吸をした。

 タカシは、小学校2年生のときに転校してきた男の子だ。カヨコはクラスの学級委員だったこともあり、転校生のタカシには、学校や町を案内してあげた。タカシは、クラスの他の男子とちがって、悪ふざけもせず、特に女子にはやさしい一面があったのでクラスの女子にも人気があった。
 カヨコが小学3年生ある日、クラスの男子がカヨコのペンケースでイタズラをしたことがあった。男子がペンケースをとりあげると、カヨコが騒ぐのをおもしろがり、最後はそれをゴミ箱に投げ込んだのだ。その時も、タカシは、サッとペンケースをゴミ箱から拾うとカヨコのところへ取りもどしてきてくれた。そして、ふざけていた男子のペンケースをサッサと集めるとつぎつぎとゴミ箱に投げ込んだのだ。
 それからというもの、クラスの男子は、タカシに対する嫌がらせを繰り返したが、タカシは、まったくそんなことには目もくれなかった。
 カヨコは、そんなタカシの強さにあこがれるようになった。
 しかしそんなタカシだったが、小学校4年生の運動会での悲劇では別だった。タカシがリレーのバトンを落としたことをクラスの男子が、よってたかって総攻撃したのだ。あまりの卑劣さに、カヨコは全身が震え、そして、タカシを守らなければならないと大声を張り上げ擁護した。声を張り上げているうちに、なぜだか涙があふれていた。

「ふぅ」
 カヨコは、天井を見たまま大きく深呼吸をしたが、熱い涙が頬を流れ落ちた。あわてて、ハンカチをとりだし、周りに、気づかれないように涙をぬぐった。
 そして、急に思い出したかのように荷物を置いたまま図書館を抜け出した。

 夏の太陽がギラギラと輝いている。カヨコは、急いで駅前へ向かうと、バスに飛び乗った。

~~

 カヨコは、バスに揺られ、夏の空を見ていた。白い雲がポカリと浮かんでいる。そんな空をみていると、昔の記憶が蘇ってきた。

「おじいちゃん!」
「ああ、カヨコにサヨコ、いつも元気だね」
「おじいちゃんも元気だよね」
「そうだな、元気じゃよ」
 カヨコもサヨコもニコニコしながらおじいちゃんの手を握っている。カヨコが小学校5年生の春、大好きなおじいちゃんが体調をくずして入院することになった。
「お母さんもお父さんも朝から仕事にでかけちゃうから、しばらくはカヨコがお留守番しなくちゃね」
「そうだな、わしが元気になればいっしょにおれるのじゃがなぁ」
「早くよくなってね、明日も、学校終わったら、また来るからね!」
「気をつけて帰るんじゃぞ」
「うん!」

 カヨコは、毎朝、両親がでかけると、サヨコを起こす。そして、いつもおじいちゃんがしているように、仏壇に向かいチーンと鳴らしてはブツブツ念仏をとなえる。そして、お母さんが作ってくれた朝ごはんを食べ、いそいで食器を片付けると、サヨコと一緒に学校にでかけた。
 そして、学校帰りにはおじいちゃんの病院へ寄り、サヨコといっしょに晩御飯を作った。といっても作れるのは、お湯であたためるハンバーグや、お弁当用の冷凍食品を電子レンジでチンとするだけだ。
 それでもカヨコは、すっかりお母さんになった気分でウキウキしていた。

 5月のゴールデンウィークのお休みに、病院から呼び出しがあった。お母さんもお父さんも一緒だった。小さな部屋で、白衣の先生が、難しい言葉をいっぱい話していた。
「体力は、もってどのくらいですか?」
「そうですね、状況にもよりますが、投薬を続けても1週間ぐらいでしょう」
「そうですか……」
 お父さんががっくりと肩を落とした姿をカヨコは不思議そうに見ていた。
「お父さん、おじいちゃん、悪いの?」
「ちょっとな、でもカヨコとサヨコがついていれば大丈夫さ」
「うん……」
 小さな部屋からでると、おじいちゃんのいる病室に向かった。

「おじいちゃん!」
「カヨコ、サヨコか、こっちにおいで!」
「おじいちゃん、なんかずいぶん痩せちゃったね、家に帰ったら、カヨコねーちゃんがご飯つくってくれるよ」
「そうかいそうかい」
「サヨコの好きなハンバーグ、カヨコねーちゃんが作るとおいしいもん」
「えらいねカヨコは」
 そういうと、おじいちゃんは、カヨコとサヨコの頭を撫ぜた。
「いいかい、おじいちゃんは、いつもカヨコとサヨコといっしょだよ」
「うん、いつも、おじいちゃんがいるもんね」
 おじいちゃんは、カヨコとサヨコの手を握り締めるとニッコリ微笑んだ。

 それから、一週間後、おじいちゃんは息をひきとった。
 カヨコもサヨコも何がおこったのかよくわからなかった。ただ、おじいちゃんには、もう会えないということだけはわかっていた。カヨコは涙がこぼれそうになったが、急に、家の中があわただしくなり、黒い洋服を着せられ、近くの斎場に連れて行かれた。そこには、たくさんの知らない大人が押しかけていて驚いて泣くことも忘れてしまった。

 お坊さんがお経を読み上げている間、カヨコは、じっとおじいちゃんの写真を見つめていた。
「いつも、おじいちゃんは、カヨコとサヨコといっしょだよ」
 写真は、カヨコにそう語りかけてくれている。
 やがて、おじいちゃんとの最後のお別れの時がやってきた。サヨコは、とうとう、こらえきれずに泣き出してしまった。
「おじいちゃんは、いつもいっしょだよ」
 カヨコは、そういいながら、サヨコの頭を撫でた。
「おじいちゃんを、いっぱいの花で飾ってあげようよ」
「うん」
 サヨコは、涙をぬぐうと、両手にいっぱいの花をおじいちゃんのそばに入れた。そして、手を合わせると、「さようなら」をしたのだった。

~~

 バスは、いくつもの停留場をとおりすぎて、1時間もしただろうか、やっとのことで終点についた。そこは、丘の上にある霊園墓地だった。

 カヨコは、売店でお線香と花を買うとおじいちゃんのお墓に向かった。
「そういえば、ここにくるのは、中学1年生以来かも……ええっと、こっちだっけ」
 かすかな記憶を頼りに墓石の間を抜け、おじいちゃんのお墓を見つけた。
 柄杓で、墓石に水をかけ、花を飾った。そしてお線香に火をつけると、子供の頃よく仏壇でおじいちゃんがブツブツとなえていた念仏を唱えた。
 カヨコは、次第にスッと気持ちが楽になるのを感じた。
「来てよかった……」

 突然、背後に気配を感じ、振り向くと、白いローブをまとった風変わりな女性が立っていた。
「そなたは、若いのに、先祖に手をあわせるとは感心なことじゃな」
 カヨコは、なんとも不思議な口調で話す女性を見つめた。異様なまでにまばゆく、吸い込まれるような美しい目をしている。
「きっと、そなたの先祖も喜んでおるじゃろう」
「あなたは、どなたですか?」
「通りすがりのものじゃ、じゃが、ここで出会ったのも何かの縁じゃろうから一言いわせてもらうぞ、」
「え?」
「そなたには、なにやら影がみえるぞ」
「影……ですか?」
「その影に、気が捕らえられ、心が苦しもがいているようじゃ」
「え!」
 カヨコは、あまりに図星なので、驚いた。
「よいか、そのような時には、気になることすべてを言葉にしてみることじゃ」
「すべてを言葉に?」
「そうじゃ、言葉にして、頭の中を空っぽにすることじゃ、難しいことではないじゃろう?」
 そういうと、女性はくるりと背をむけ歩き出した。カヨコは、呆然と女性の後姿を見送った。

 帰りのバスの中で、カヨコは、女性の言葉を繰り返し考えていた。今、自分がもがき苦しんでいるもの……。
 今までも背負ってきたものはいくつかある。ただ、夏休みにはいってからは、タカシへの想いは、自分でも抑えることが出来ないまでになっている。

 カヨコは、図書館に戻るやいなや、例の参考書を開くと、表紙裏の余白ページに「タカシ大好き!」と、小声でつぶやきながら、何度も何度も言葉を文字にして書き連ねた。そして、すきまなくビッシリ書き終えたとき、ふっと気分が晴々としてくるのを感じた。
「これでよし!迷いなし!」
 そういうとカヨコは、参考書を開くと、黙々と勉強に集中した。

〜〜

 夜7時になり、あたりは暗くなりはじめてきた。カヨコは荷物をまとめて帰る準備をはじめた。サヨコに携帯電話からメールを送り、ふと窓の外を見ると、見覚えのある人陰がみえた。
「タカシ……?」
 カヨコは、いそいで荷物をまとめて自習室を出た。そして一般図書の開架本棚の影で息を呑んだ。
 タカシが、自習室に入っていく。
「まさか、私に会いに? いや、勉強しに? いやいや……そんなはずはない」
 しばらくすると、タカシが自習室から出てきた。そして、キョロキョロしながらウロウロしている。

~~

 俺は、ベットの上でヒマを持て余していたが、せっかくなので夏期講習会の復習でもはじめようと、机に向かって久々に参考書を開いてみた。ところが、やたら綺麗にマーカーが引いてあるではないか。驚いてよくよく参考書を調べてみると、カヨコの参考書だということがわかった。
「まずい、夏期講習会のときに取り違えた? カヨコ怒るだろうなぁ」
 俺は、急いで図書館に出かけた。

 ところが、自習室にもカヨコの姿はない。
「おかしいなぁ、図書館にいるとおもったんだがなぁ」
 俺は、がっかりして自習室を出た。
「電話をしてみるか、図書館にいないのなら、電源もいれてあるだろう」
 さっそく、電話をかけてみると、電話の呼び出しと、おなじタイミングで、どこからかドビュッシーの月の光のメロディーが流れ始めた。
「あ、カヨコも呼び出し音もこの曲だったような気がするが……」
 俺は、そのメロディーが気になり、音がする方へ向かってみた。すると、一般図書の開架本棚の奥で、必死にカバンをおさえているカヨコの後ろ姿があった。
「あれ? カヨコ、おまえ、何してんだ? そこで?」
「え……!」
 カヨコは、驚いてふりむき、タカシを睨みつけると、プイと横を向いた。
「け、携帯電話がなったから、驚いただけよ、タカシこそ、何、図書館なんかに来ちゃってるわけ?」
「なんだよ、俺が図書館に来ちゃいけないのかよ」
「タカシには、似合わない!」
 キッとこちらを睨む。
「まぁ、いいさ、ここで喧嘩するためにきたんじゃないし、ほらこれ」
 俺は、取り違っていた参考書をカヨコの前に差し出した。
「あ! その参考書って!」
「なんかさ、夏期講習会のときに取り違えちゃったらしい、ゴメンな」
「え!」
 カヨコは、カバンの中から同じ参考書を取りだしたが、表紙をめくると、急に真っ赤な顔になり、あわててカバンの中に押し込んだ。
「べ、別にいいわよ、こっちのほうがなんか新しい感じだし」
「え? だって、ずいぶんいろいろマーカーとかつけて綺麗に整理してあったぞ」
「いいわよ、私のをあげるから、感謝しなさいよ!」
「ふーん、大切にしてるとおもったんだけどな」
 カヨコは、カバンを肩にかけるとそそくさと図書館をでていってしまった。

 俺は、その後姿を呆然と見送った。
「やっぱり、制服姿のときは、別人だな……。しかし、なんだって、あんなに書き込んである大事な参考書と俺の参考書を交換することにしたんだ? わけわかんないぞ」
 俺は、参考書をながめながら、ため息をついた。

~~

 俺は、図書館から家にもどり、晩御飯をたべると夜の7時半になっていた。
 自分の部屋にもどるとPCを立ち上げた。夏休みの唯一の楽しみが「ぽぽろん」ことサヨコとのネットワークゲームだけになってしまったのは、なんだか残念でしかたない。

 今日は、新しいエリアで泉から水を汲んでくるクエストをする予定なので、いろいろネットで情報を集めてみることにした。そこそこの基礎情報は手に入れることは出来たが、地図や徘徊するモンスターについては記述がない。ただ、このクエストで全滅したとの書き込みがあまりに多い。
 俺は時計を見た。サヨコがアクセスしてくる8時まで、まだ時間がある。さらに情報を集めてみることにした。
「うーん、このエリアは、相当ヤバそうな展開がありそうだな、少し回復薬でも作っておこうか」
 俺は、闇属性の攻撃魔道士タイプのキャラクタでルライドという名前でゲームしている。敵から奪った魔法石を粉砕しては様々な薬品アイテムを生成するスキルももっている。さっそく魔法石を粉砕すると回復薬を作り始めた。すると、なにやら背後から熱い視線を感じた。
 振向くと、カラダの割には大きな弓を背負った少年がこちらをじっとみつめている。
(ルライド:なにか?)
(カレリア:あのぉ、エルウッドの森で水を汲むクエストって知ってますか?)
(ルライド:あぁ、ちょうどこれからそのクエストでエルウッドの森へでかけるところだよ)
(カレリア:あ、そうでしたか!なら、ぜひ、パーティーに入れてもらえませんか)
 そういうと、ルライドの周りをグルグル回り始め、おねがいしますと頭をさげている。
(ルライド:うーん。これから、もう1人剣戦士がやってくるけど、それでもよければ)
(カレリア:全然構いませんよ!僕は、森属性でジョブは弓使いです)
(ルライド:あ、俺は、闇属性でジョブは攻撃魔道士、連れの剣戦士は光属性でぽぽろんって名前だよ)
(カレリア:あ……ぽぽろんは知ってますよ、あの無鉄砲な女剣士でしょ?)
 おもわず、俺は画面をみながらニヤニヤしてしまった。確かに「ぽぽろん」は、剣を抜くとまるで人が変わったかのように相手構わず立ち向かっていく傾向がある。おかげでこちらは強化魔法で防御を高め、弱体魔法を敵に浴びせながら、彼女を支援することになるが、到底歯が立たない相手の場合だと、あっという間に全滅する。しかも、俺の攻撃魔法の出番はほとんどないといっても過言ではない。
(ルライド:まぁ、剣戦士だから、そのくらい積極的でないとこまるけどね)
 俺は少し皮肉をこめて話をした。
(カレリア:僕は、何度かご一緒しましたがどうも苦手です。とはいえ、エルウッドの森のクエストはやっておかなくてはならないので、ぜひ、おねがいします)
(ルライド:じゃ、いっしょにいこう!こちらこそ頼りにしてるよ!)
 しばらく「ぽぽろん」がやってくるまでいろいろと話をしてみた。キャラの身長は低いが、リアルは結構な長身なことや、自分と同い年ということもわかって親近感がわいた。しかも「ぽぽろん」と前回チャレンジしたときは、3回挑戦したもののすべて全滅してしまったらしい。結局、クエストをあきらめていたとボヤいていた。
(ぽぽろん:もしもし、ちょっと!そこのあんた!全滅!全滅!ってうるさいわよ!)
(ルライド:あ、ぽぽろん!こんばんは)
(カレリア:おっと、これは失礼しました。女剣士殿)
(ぽぽろん:そうそう、ルライド、カレリアは、茂みや木の上から弓を撃つから強化魔法でステルス化してあげてね!)
(ルライド:はいはい)
(ぽぽろん:カレリアは、体力なくて、すぐ倒れちゃうから)
(カレリア:矢のほうが剣よりダメージが大きくて、僕のほうが狙われることが多いので、ぜひ、おねがいします、ルライド!)
(ぽぽろん:おだまり!)

 ともかく、重装備の女剣戦士、黒いローブをまとった怪しげな魔道士、ちょこまか動くちっちゃな弓使いの3人パーティーでエルウッドの森を目指した。
 草原では、ザコ敵キャラを排除し、お互いの攻撃や防御の仕方について確認をしあった。途中、船を乗り替え、偏狭の地であるエルウッドの森に到着するまでリアルで1時間はかかっていた。
(カレリア:僕は、ここには何度かきているので、地図を作ってあります)
(ルライド:それは助かる、で、どっちへむかえばいいの?)
(カレリア:森の中の泉には、分岐をすべて右を選べば近道です)
(ぽぽろん:でも、この前は、途中で左にいかなかった?)
(カレリア:ああ、あの時は、エリアボスが徘徊してるのがレーダーでわかったので)
 カレリアは、森属性の弓戦士なので、聴覚視覚が敏感という設定となっていて、レーダーならぬ周囲の状況を読み取る特殊能力をもっているのだ。
(ルライド:ああ、ぽぽろんもここに来たことあるんだ)
(ぽぽろん:前にね、で、エリアボスに見つかってボコボコにされて全滅したけど……)
(ルライド:うはは……)
(カレリア:だいじょうぶです、今回はエリアボスは、討伐されているみたいですから、リアルで6時間は出現しないでしょう)
(ルライド:それはなによりだ!)

 森に入ると、いきなり視界が悪くなる。薄暗い木々の間からこぼれる陽の光で道は見えるが、なんとも心細い。カレリアの案内で、いくつかの分岐をすべて右を選び進む。途中、見たこともないモンスター達がいるのだが、なぜか、皆、目は開けているものの、寝ているようで動かない。そっと脇を抜けてさらに進んでいった。
 かれこれ歩いていくと、急に目の前が開け、なんとも美しい泉が見えてきた。
 ここちよい風が吹き、泉はキラキラと陽の光を反射させていた。
(カレリア:さぁ、つきました!)
(ルライド:なんだかずいぶんアッサリ到着した気がするんだけど)
 3人は、泉から水をくみ上げ皮袋にしまいこんだ。
 その時だった。空気を切り裂く音が聞こえ、斧が飛んで目の前の地面に突き刺さった。
(ぽぽろん:あ、敵だ!)
(カレリア:おかしい、レーダーには映っていなかったのに)
(ルライド:ともかく、強化魔法をかけるからしばらく離れるなよ)
 急いで、俺は強化魔法をかけ3人の防御力をブーストした。そしてぽぽろんは剣を抜き、カレリアは、泉から離れ、木の上によじ登ると弓に手をかける。
 しかし、敵はゾロゾロと泉に集まってきた。よくみると、さっきまで寝ているように見えたモンスター達だ。
(ルライド:ちっ、これはワナだったのかもしれない)
(ぽぽろん:敵が多すぎるよ、この剣と体力で持ちこたえられるかわからない!)
 飛んでくる斧をよけながら、俺は、ルライドを操作し敵に弱体魔法をかけた。敵の動作が鈍ったところで、ぽぽろんが剣を振りまわし、カレリアは、木の上から援護射撃をする。
 3人を取り囲む敵の包囲網がジリジリと狭まってくる。回復薬をガブ飲みしながら凌ぐしかない。
(ルライド:このままじゃ、全滅は時間の問題だ、俺が範囲攻撃魔法をかけて敵を引き付けるから2人は逃げろ)
(カレリア:あ!まった!僕に考えがあります!)
 カレリアが、木の上から弓の特殊攻撃で、連射を実行した。すると敵が一斉にカレリアを目指して木の下に集まり、木を揺らしなぎ倒そうとしている。
(カレリア:ぽぽろん、この剣を受け取って!)
 そういうと、揺れる木の上からカレリアは、ぽぽろんに剣を投げた。薄暗い森の中を綺麗な光の放物線が描かれ一振りの剣が地面に落ちた。
 ぽぽろんは、急いで拾うと叫んだ。
(ぽぽろん:あ、これは天羽々斬(あめのはばきり)じゃない!)
(ルライド:それって、すごいのか?俺にはわからんが)
(ぽぽろん:伝説の剣、これは噂には聞いていたけど、実際に見たのは初めて、ふふふ)
 ぽぽろんが、剣を抜くと、すさまじい光が剣から放たれた。同時に、ぽぽろんの動きがまるで動画の早回しを見ているように異様にすばやい。カレリアがいる木の下へ向かうと、敵を一撃で消滅させてしまった。しかも、敵も必死に反撃してくるが、ぽぽろんのあまりの動作のすばやさで、完全に見切られかすりもしないのだ。すさまじい剣の軌跡が光るたびに、敵がバサバサと倒れて消滅していく。
(ルライド:これはすごい!)
 それでも、かれこれ30分近く、死闘は続いた。やっとのことで、泉にやってきていた敵を殲滅することができた。
(ぽぽろん:この剣すごいね、でもこれどうしてもってるの?)
(カレリア:実は、景品で当てたんだけど、僕は剣は装備できないし、ショップで売却もできなかったから、ぽぽろんに差し上げましょう)
(ぽぽろん:え!いいの?ありがとう!)
 「ぽぽろん」はおもむろに剣を空に向けると、空から光が剣に吸い込まれていくのが見えた。

 クエストを無事に終え、町までワイワイ話がならもどると、リアル時計は、夜の11時近かった。
(カレリア:もうこんな時間、僕は、そろそろ寝ますね、明日も早いんで)
(ぽぽろん:おつかれさまでした。天羽々斬(あめのはばきり)ありがとう!)
(カレリア:ルライド、また、どこかでお会いしたら、いっしょに冒険しましょう!ぽぽろんもね、おやすみなさい)
(ルライド:もちろんだよ! またな!)
 そういうとカレリアは、手をふってログアウトした。そして、俺達もゲームからログアウトし、いつものようにチェットルームにはいった。

「ところで、タカシにーちゃん!最近ねーちゃんと話してる?」
「え? なんだ急に」
「だって、なんだかねーちゃんここんところ、魂がぬけちゃったみたいになっていることが多いから」
「実は、夕方、図書館であったんだ」
「図書館で?」
「夏期講習会のときに参考書を取り違えちゃってさ、それで、カヨコなら図書館にいるんだろうと思って向かったんだよ」
「そうなの?」
「で、参考書を渡そうとしたら、そのままでいいって言うんだよ」
「え?」
「マーカーが綺麗にはいってまとめてある参考書だから、カヨコが大切にしてるとおもったんだけど……それを俺にくれるといったんだよ」
「変だなぁ、ねーちゃん、参考書は、私が触っただけでも怒るのに」
「そうだろ? なんか、カヨコ変だよな」
「そういえば、夏期講習会終わってから、様子がへんなのよね」
「前、聞いたけど、なんで講習会最終日に帰ってから泣き出したんだ?」
「それもさっぱりわかんない、次の日からずっと制服を着て図書館通いになったし」
「まぁ、あの日は、いろいろあったんだけどね」
「え!いろいろあったの!」
 サヨコは興味津々だ。
 いずれはバレてしまうことだろうからと、俺は夏期講習会の最終日の話をしはじめた。
「やったー! タカシにーちゃんの告白キター!」
「で、そのあと玉砕したけどさ」
「でも、ねーちゃんも『大好き』っていってたんでしょ?」
「まぁね、でも、もっと勉強をしたいんだそうだから、しかたないさ」
「うーん、おかしいよ! それって、もっとねーちゃんの心の奥の部分を聞きださなくちゃ!」
「心の奥の部分ねぇ、無理じゃないか」
「うーん、あ!いいこと思いついた!」
「え? 何するんだ?」
「ヒ・ミ・ツ、結構いいかも!」
 俺は、背筋がちょっとゾクゾクした。サヨコはときどき突拍子もないことをするからだ。
「ほどほどにして、おいてくれよ!」
「だいじょうぶ! まかせて! そうそう、私、明日から3日間、剣道の合宿なんだ」
「じゃ、しばらくはゲームはできないな」
「でも、チャットはできるかもしれないから、できればログインしておいてくれるとうれしいな」
「わかったよ、じゃ、合宿がんばってね」
「うん、じゃ、またね、おやすみー」

~~

 翌日の夜、俺は、昨日のサヨコの話もあったので、念のためPCを立ち上げてみた。すると「ぽぽろん」がログインしているではないか。
 合宿所からアクセスしているのだろうか。
 俺はすかさず、挨拶をした。
「あ、ログインできたんだ!」
「……」
「あれ?」
 いつもなら、ものすごい勢いのレスポンスがあるのだが、どうも様子がおかしい。それに、合宿所は山奥で電波なんか届くような場所ではなかったはずだ。
「あの、あなたがルライドですか?」
 突如、返事が返ってきた。「ぽぽろん」がゲーム以外でルライドなんて聞いてくるはずがない。俺は、一瞬背筋が寒くなった。どう考えてもサヨコではない。

 もしかしたら、サヨコのPCが誰かにのっとられているのかもしれない。厄介なことはゴメンだが、知らないフリをして話を続け、相手の正体をつきとめてみるのも悪くない。
 いや、サヨコのことだから、また凝ったイタズラの可能性もある。ここは冷静に考えよう。
 サヨコはチャットルームで、ネットワークのセキュリティ対策について他の初心者ネットワークゲーマーによく話をするほどだ。であれば簡単には、彼女のマシンが遠隔操作されるようなことはないだろう。
 となると、実際にサヨコの端末を誰かが操作していることになる。サヨコの家族ということになる。カヨコの親は共働きで帰りはいつも夜の11時とのことだから、残るは、カヨコしかいない。しかし、サヨコはこのゲームのことは特にカヨコには秘密にしていたはずだ。
 いったい誰だ? 俺は、知らないフリをして、会話をしてみることにした。

「いかにも、私が、ルライドだが、あなたはダレだ?」
「私?」
「どうやら、ぽぽろんではないことは確かなようだな」
「ぽぽろんって誰ですか?」
 どうやら、ぽぽろんを操っているという意識もなさそうだ。ということはゲームのことは何も知らないということになる。
「他人のアカウントでログインするのは規則違反となるが……あなたはダレ?」
「……」
「では、システムに通報して、あなたとは切断しますよ」
「ちょ、ちょっと待って!私は……カヨリン」
「カヨリン!?」
 俺は、端末の前で笑い転げてしまった。まさかと思ったが、カヨコが操作していることは間違いないだろう。しかし、カヨリンというハンドルネームはあまりにベタすぎて俺の笑いのツボにはまった。
 しかし、どうしてサヨコはカヨコに自分のPCを操作させたんだろう。

~~

「おねーちゃん、ちょっといい?」
 サヨコは、カヨコが勉強の合間に麦茶を飲みにおりてきたところで話をした。
「なに?」
「わたし、明日から剣道の合宿なんだ」
「そういえば、3日間だっけ?帰りは金曜日になるのね」
「うん、でね、お願いがあるんだけど」
「え?」
「私の部屋のパソコン、電源いれっぱなしになってるから気をつけてね」
「なんで、電源おとさないの?」
「ちょっと、プログラムをうごかしているから、止めちゃうとだめなんだ」
「プログラム?」
「でね、夜の8時には、ちゃんと電源がはいっているかどうか、モニタの電源をつけて確認してほしいんだ」
「おかーさんとかには、内緒だよ」
「まぁいいけど、サヨコも変なことばかりしてるのね」
「じゃ、おねがいね、ありがとう!」
 そういうと、サヨコはあくびをした。
「じゃ、ねーちゃん、おやすみー」

 翌朝早く、サヨコが合宿にでかけると、カヨコは、サヨコが話していたプログラムというのが気になってしかたがなかった。
「なにかの計算をするプログラムかなぁ」
 サヨコの部屋のパソコンをみてみると、たしかにモニターは電源がきれているが、PC本体のランプはチカチカと点滅をしている。

「これなに?」
 カヨコは、モニターのところに無造作にはってある付箋紙に目を留めた。
「恋のお悩みは、ルライドが一発解決! 夜8時スタート(無料)」
 そして、夜8時にグルグルと丸印で囲まれていた。
「へんなの」

 カヨコは、サヨコにいわれたとおり、夜の8時になるとPCの様子を見にやってきた。
 カヨコが、モニターのスイッチをつけると、いくつかのウィンドウが開いたままで『ルライドにあいたければココを押せ』と大きなボタンが付いている。
「ルライドって、誰なのよ? 占い師? でもサヨコ、こんなのにハマっているのかしら」
 カヨコは、ためらったが、ボタンをおしてみることにした。
「無料だし、いいか」
 すると、いきなり、画面に文字が並んだ。

「あ、ログインできたんだ!」
 カヨコは、どうしたものかわからなかったが、ルライドに繋がったようだ。
 カヨコは、椅子にすわると、キーボードを叩き始めた。
「あの、あなたがルライドですか?」
 すると、しばらくたって、返事があった。
「いかにも、私が、ルライドだが、あなたはダレだ?」
「私?」
「どうやら、ぽぽろんではないことは確かなようだな」
 カヨコはびっくりした。「ぽぽろん」って誰だろう。
「ぽぽろんって誰ですか?」
 聞いたこともない名前がでてきたが、さっぱりわからない。しかし、画面をよく見てみると、自分が入力した文字列の先頭には、たしかに「ぽぽろん」という文字がついている。どうやら、サヨコが使っているハンドルネームのことだとわかった。
「他人のアカウントでログインするのは規則違反となるが……あなたはダレだ?」
 え? え? カヨコは真っ青になった。ダレっていわれても、どうしたらいいの!?
 迷っていると、追い討ちのコメントが表示されていた。
「では、システムに通報して、あなたとは切断することになりますよ」
「ちょ、ちょっと待って!私は……カヨリン」
「カヨリン!?」
 カヨコは、システムが止まってしまうとサヨコの動かしているプログラムも止まってしまうと思い込み、懸命にルライドが切断してしまうことを阻止すべく、とっさに「カヨリン」と名乗ってしまったのだ。

~~

 俺は、笑いをこらえて震える指で返事をいれた。
「カヨリン、はじめまして」
「……」
 これはなかなか面白い展開になってきた。
「いつもは、家族がゲームしているらしいんだけど、今日はいないから入ってみただけです」
「そうですか、よかったら話をしませんか?」
「いいですよ」
 カヨコには、ルライドが俺であることもわかっていないようだ。
「カヨリンは、勉強は好きですか?」
 こういうチャットのときはイエスと答える質問ばかりするとよいと前にきいたことがあったので試してみることにした。
「はい、大好きです」
「カヨリンは、図書館とか好きなんですか?」
「はい、好きですよ」
「カヨリンは、今、恋してますか?」
「スキな人はいるけど」
「その人から告白されたことはありますか?」
「あります」
「じゃ、その人と付き合っているんですか?」
「いいえ、スキなんだけど、付き合うことはしてないです」
「でも、スキなら、付き合ってもいいじゃないですか?」
「私、困るんです、勉強ができなくなります」
「勉強のためには恋は厳禁ってことですか?」
「そういうわけではないんですけど……」
「どんなことで悩んだりしますか?」
「ずっと、タカシのことばかり考えてしまって」
 俺は、その文字を見て飛び上がってしまった。なんてストレートなんだろう。普通、はじめての人とのチャットでそこまで話をするだろうか。
「タカシっていうんですか? スキな人」
「ちょっと勉強は苦手で頼りないところはあるけど、私のこと、すごく大事にしてくれるから」
「そ、そうですか」
 俺は、会話を重ねているうちに自分が嫌になってきた。おそらく、カヨコは、話している相手が俺だとは知らないだろう。おそらくルライドというキャラに対して真剣に話をしているのだ。それなのに、それをおもしろおかしく話をつなげてホクホクしている自分はどうだ。あまりに卑怯ではないか。
 俺は、なるべく早くチャットを終わらせようと努力することにした。
「それで、私、悩んでいるんです」
「勉強ができなくなってしまうってことですか?」
「それもですけど、もっと素直に自分の気持ちを伝えて、タカシと普通に話をしたいんです」
「普通に話ができないんですか?」
「告白されて私、とても嬉しかったんです、私がタカシを想っているのと同じように、タカシも私のことを想っていてくれたことがわかったんですから」
「それは、それでいいんじゃないですか」
「でも、タカシを目の前にすると、自分の抑えがきかなくなってしまいそうで、必死に強がりを言って耐えてしまうんです」
「きっとタカシは、そんなことはわかっているんじゃないですか」
「え、そうですか?」
「そうだとおもいますよ、だって、そんな会話を繰り返していても、そんなカヨリンにタカシは告白したんでしょう?」
 俺は、今すぐにでも、カヨコのもとに飛んでいって直に話がしたかった。
「そうだ、そのスキな人に直接、電話で話してみてはどうですか? 言葉にして話してみるだけでも気が楽になりますよ」
「言葉に……ですか……、わかりました、電話考えてみます、どうもありがとう、さようなら」
 そういい残すと、そそくさとログオフしてしまった。

 そして、1分もしないうちに俺の携帯が鳴った。

~~

 携帯電話の画面には、スギモトカヨコの名前がでている。
「はい、ヤマモトです」
「あ、タカシ?」
「おお、カヨコ!ひさしぶりだな」
 少しばかりわざとらしく声が上ずってしまった。
「あのね、タカシ、私、話しておきたいことがあるの……」
 おれは、携帯電話を強く握った。
「私、タカシのことは大好きだけど、勉強もしたいの」
「なぁ、カヨコ、なんでそんなに勉強が大切なんだ?」
「……」
「もちろん、勉強は大切だけど、それと俺を好きになることとどういう関係があるんだ?」
「……」
「カヨコ、おまえさ、いつもひとりで悩んでいるんだな」
「ひとりで?……」
「よし、こうしよう、別に俺とは付き合わなくってもいいさ、だけど、友達として、なんでもいいから俺に話してくれよ」
「……」
「俺は、いっぱいカヨコと話がしたいんだよ、もっとカヨコの全てを知りたいんだ」
「全てを知るって!……エッチ……」
「ちがうだろ! そういうことじゃなくて、うーん、そうだな、最後の夏期講習会から帰ったらなぜ泣いちゃったのかとかだよ」
「あ、あれは……」
 しばらく沈黙が続いた。
「まぁ、答えたくないのならそれでもいいさ、ともかく、ツライことがあれば電話くれよ、俺は、いつでもお前のそばにいるからさ」
「うん……ありがとう」
「じゃな」
 俺は、携帯電話を切ると、何度もカヨコの言葉を思い出してみた。「俺への想い」と「勉強をすること」は相反することなんだろうか? 同時に達成することはできないのだろうか。

~~

 いよいよ夏休みも残すところ1週間になった。
 宿題もほぼ終えたし、マジでやることがなくなってしまった。かといって、どこか遠出するのも面倒だ。
「ああ、今日もヒマだなぁ……」
 家でゴロゴロしていてもしかたがないので、駅前の本屋にでも出かけてみようと玄関をあけると、町会の会長さんがびっくりした顔して立っていた。
「ちょうどよかった、タカシくん、時間あるかい?」
 会長さんは、タオルで顔をゴシゴシ拭きながら声をかけてきた。
「ええ、まぁ」
 特に何をするわけでもないので、俺はいい加減に返事をした。
「あのさ、明日の町会の祭り手伝ってくれないかい?」
「祭りって盆踊りですか?」
 小学生のころはよく親に連れられ手伝いもしたが、中学生になってから高校受験だなんだかんだで参加していなかった。
「人手がたらなくてさ、模擬店とかもあるんだけど、また手伝ってくれないかい?」
 会長さんは、ニコニコしながらチラシを手渡し、たたみかけるように話してきた。
「バイト代というわけじゃないけどさ、模擬店でつかえる無料チケットあげるからさ」
「やったー! 今年は時間もあるんで、ぜひ、お手伝いしますよ」
「そう?それじゃ、今日、これから打ち合わせがあるからさ、いっしょにきてくれない?」
 どうせ、ヒマだし手伝えば、模擬店のヤキソバやお好み焼きがタダで食べれると聞けばおいしい話だ。

 近所の神社前の広場にはすでにヤグラが出来上がっていた。
 会長につれられて俺は、メイン会場のテントの中にはいった。
「あ、会長さん、こりゃまた若いにーちゃん連れてきたね」
「あんたさ、模擬店なにかやりたいのあるかい?」
 テントには、近所のじいさん、ばあさん連中がいて、俺ににじり寄ってきた。
「子供の頃から手伝ってましたから、たぶん一通りできるとおもいますよ」
「これは、頼もしいな」
 たしかに、俺は、この祭りには、小さい頃からよくつれてきてもらっていた。別段盆踊りをするわけでもなく、模擬店を見て回るのが好きだった。だから、おおよそのことは自信があったのだ。仕事的にキツイのは火を使う模擬店だ。ともかく、熱い。逆に楽なのは、金魚すくいやカキ氷なんかの水物や氷物、あとはお面やおもちゃの模擬店だ。
「タカシくん、じゃ、カキ氷担当してくれないかい?2丁目の桜井さんと交代でやってな」
「はい」
「じゃ、くわしくは、明日の夕方4時ごろブースに業者の人がいるから聞いておいてくれないかい」
「わかりました」
「そうそう、チケットの束あげよう、そうだなぁ、特別に3束じゃ、友達にもあげてな」
「ありがとうございます」

 駅前の本屋に行くのはヤメにして、祭りの会場を歩いてみることにした。すでに模擬店の場所は割り振られている。この祭りは、毎年、結構な人があつまるので、おおよその店の場所をおさえておけば、休憩時間を有効に使えるはずだ。俺が担当するカキ氷は、祭り会場の入り口付近にあった。
 俺は、なんとなくウキウキした気持ちになってきた。

 夜になって、カヨコの携帯に電話をしてみた。
 電源がきれてるかもしれないなとあきらめていたが、すんなりととかかった。
「あ、カヨコ?明日、うちの町内会の夏祭りで俺模擬店やるんだけど、こないか?」
「え?タカシ、模擬店なんてできるの?」
「ふん、俺はこう見えても模擬店はなんでもできるんだよ」
「まぁ、夕方からならワタシはいけるかなぁ、サヨコには、後できいておくね!」
 俺は驚いた。いままでのカヨコとは対応が随分違うじゃないか。以前なら、「まだ、そんなお子様が喜ぶことをしているの? そんなヒマあるなら勉強しなさいよ!」と言っていたところだ。
「じゃ、夕方6時からだから、まってるよ、無料チケットもあるからまかせとけ」
「わかった、じゃ、明日ね」
「ああ」
 電話を切って、俺は大きく息をついた。カヨコは、告白のことなど気にもしていないようだ。
 カヨコに何があったんだろう。ずいぶんとスッキリしている様子だ。

~~

 カヨコは、タカシからの電話を切ると、日ごろの成果がでてきたとうれしくなった。例の参考書には、その後も「タカシ大好き!」の文字がビッシリと並んでいるのだ。そして、文字を埋めるたびに、自分のモヤモヤが消えていくのがわかったのだ。
 おじいちゃんのお墓の前でであった女性の言葉にカヨコは感謝した。これなら、タカシとも普通に話ができそうだ。

 カヨコは、サヨコに声をかけた。
「サヨコ、明日の夕方、タカシの町会の祭りがあるんだけど、あんたもいける?」
 サヨコは、お風呂から出たばかりでパタパタ団扇でエアコンの前に張り付いていた。
「むふ、いまのタカシにーちゃんからの電話なの?」
「そうだけど……」
「で、夏祭りにさそわれちゃったわけ?」
「そうだけど……?」
「むふふふ、で、浴衣、着ていくんだよね?」
「え!」
「やっぱり、女子が夏祭りに行くなら浴衣よね」
「うーん、浴衣なんて着たことないし」
「大丈夫!ちゃんと用意してあるよ!」
「どうして?」
「だって、道場なんかの親睦会なんかは、みんな浴衣だし」
「そういえば、前、着てたわね」
「まぁ、ねーちゃんは興味ないみたいだったけどね」
 サヨコは、自分の部屋から3種の浴衣をもってきた。
「どれにする?」
 白地に鮮やかな金魚が泳いでいる柄、紺地に桃色ノグラデーションのはいった朝顔柄、そして桃色地に白兎柄がある。
「うーん、桃色のがカワイイかな」
「じゃきまり!ちょっと着付けてみない」
「うん……でも大変なんでしょ?」
「浴衣はカンタンよ」
 そういうとサヨコは、腰紐、コーリングベルト、伊達締め、前板、帯を用意した。
「まずは浴衣を羽織って、中心を合わせて、体に浴衣を巻きつけて腰紐で絞って、おはしょりを整えてコーリングベルトで衿を絞って伊達締めでとめれば、準備OK。」
 なれた手つきでサササと着物を着付けるサヨコ。
「じゃ、ねーちゃんもやってみて」
 カヨコも見よう見まねでやってみるものの背中がシワだらけになってしまった。
「ちゃんと、こうやってのばさなきゃ」
 サヨコが手助けをしてくれる。
「あとは帯だけど、文庫結びしかできないんだ」
 そういうとするすると帯を肩にかけながら腰に巻き結び目をつくり、帯をたたんでくるりと羽根をつくる。そしてグルリと帯をまわして前板をいれて完成した。
「ゆっくりやるから、ねーちゃんもやってみて」
 何度か、練習をしてカヨコもなんとか自分で浴衣を着付けるようになった。
「いいんじゃない!ねーちゃん」
 サヨコがそういうと、カヨコも笑顔がこぼれた。

~~

 夏祭りの朝、今日はいい天気だ。夏休みにはさぼっていた朝のジョギングで汗を流した。そして、午前中は、最後の宿題を一気にかたづけた。そして、昼のソーメンをたべると、少し昼寝をして夜に備えた。
「まだ3時半か……」
 タカシは、シャワーを浴びるとタオルを頭に巻き、Tシャツに半ズボンで夏祭り会場に向かった。

 すでに会場には模擬店ができあがっており、メイン会場の舞台の上ではなにやらリハーサルもやっているようだ。念のためメイン会場のテントに挨拶をすると、エプロンと虫除けスプレーを渡された。
「タカシくん、がんばってな!」
 会長がニコニコして俺の肩を叩いた。

 カキ氷のブースにやってくると業者の兄さんが待っていた。シロップが全部で4種類。氷はすでに割ってあって電動カキ氷マシンにセットしてあった。なんでもかなり細かい氷におろせるようで、ためしにつくってみるとフワフワのおいしいカキ氷だった。
 ひととおりのマシンの説明を聞き終え、つり銭をセットしているとあっという間に時間がたってしまった。沿道のちょうちんに灯がともり、ポンポンと祭り開始前の花火が上がった。
 祭りの開会は、夕方6時だが、花火の音を聞きつけて、どんどん人が集まってくる。おかげさまで、カキ氷も行列ができるほどの賑わいになった。2丁目の桜井さんも出来上がったカキ氷にシロップをかけては売さばく。
 メイン会場から太鼓の音が聞こえ、盆踊り大会が始まったようだ。すると、人のながれがメイン会場にうつり、店の前の行列がなくなってきた。
「ふぅ、タカシくんだっけ?」
 桜井さんがニコニコしながら話しかけてきた。
「ひと段落かな、おじさんちょっとタバコ吸ってきていいかな」
「いいですよ、こっちは任せてください」
 あとは、ゆっくり作ればいい。

「イチゴとレモンください」
「イチゴとレモンね、ちょっとまってね」
 そういいながら、シャコシャコとカキ氷をつくる。
 そして、出来上がったカキ氷を渡そうと顔をあげると、カヨコとサヨコだった。しかも、二人とも浴衣姿だ。
「おお……浴衣!?」
「タカシにーちゃん、サマになってるね!」
 サヨコがニコニコしながらカップを受け取った。
「ねーちゃんの髪型もいいでしょ?」
 サヨコが綺麗に編みこんだ髪の毛のカヨコをぐるりと回転させた。
「ちょっとぉ……よしてよサヨコ」
 そういいながらもカヨコもニコニコして一回りした。キレイに編みこまれた髪型は、つややかでゾクゾクする。
「二人ともよく似合ってる……びっくりしたよ」
 俺は、無料チケットのことを思い出し、二人に1束づつ渡した。
「このチケットで模擬店楽しんで……俺まだ、店番だから、あとで合流するよ!」
「あ、ここの支払いは?」
「ああ、大丈夫、俺のチケットでやっとくから」
「ありがと」
「じゃ、タカシにーちゃん、あとでね」
 そういうとカヨコとサヨコは、メイン会場のほうへ向かっていった。俺は、その二人の後姿に見とれてしまった。

 その後もポツリポツリとお客さんがやってきたが、行列ができるほどではなかった。
 しばらくすると、桜井さんがもどってきた。
「ごめん、おそくなっちゃったね、後はおじさんがやるから、タカシくんは、もうあがっていいよ、おつかれさん!」
「え?もういいんですか?」
「ほんと、たすかったよ、ありがとう、祭り楽しんでおいでよ」
 俺は、エプロンをはずし、桜井さんに一礼をしてカヨコとサヨコを探すことにした。
 焼きとおもろこし、フランクフルトにヤキソバを食べながら、模擬店を渡り歩き、カヨコとサヨコを探してみた。あの浴衣の二人連れならすぐに目に付きそうだとおもっていたが、意外と浴衣の女の子が多くなかなか見つからない。

~~

「タカシにーちゃん!」
 振り向くと、キツネのお面が俺の前に現れた。
「サヨコ?」
「えへへ、このお面いいでしょ」
「ちょっと怖い感じもするけど、そういえばカヨコは?」
 あたりを見回してもカヨコの姿がない。
「それが、浴衣美人コンテストにエントリーしませんかってしつこく聞いてたお兄さんにさっき連れていかれいっちゃた」
「浴衣美人?そんなイベントあったかなぁ」
「まぁ、すぐもどってくるでしょ、ところで『恋のお悩みは、ルライドが一発解決!』はどうだった?」
「あああ、あれは、ちょっとやりすぎだよ」
「そう?」
「カヨコ、ルライドが俺だと知らずに、いろいろ話を聞かせてはくれたけど、逆に俺が自己嫌悪におちいっちゃったよ」
「でもね、最近は、随分ニコニコしてることが多いんだよ」
「そうか! まぁそれだったらそれでいいんだけど」
「やっぱり、魔道士ルライドなら、恋のお悩みは即座に解決なんだね」
 俺は、サヨコとカヨコのことで話をしているうちにメイン会場から離れた神社のところまでやってきた。
 その時、突然、立ち入り禁止のロープが張られた奥から、女の子の叫び声が聞こえてきた。
 その声を聴いた瞬間、俺はすぐにわかった。
「カヨコ……」
 まちがいない!
「浴衣美人コンテスト? そんなイベントなんかない! カヨコだまされたのか」
「え!」
 サヨコは、驚いて俺の顔を見た。

 俺たちは、ロープを超えると、声がする方に急いだ。するとカヨコが、数人の男に囲まれているではないか。
「もう、いい加減にしてください」
「いいじゃない、お酒は弁償しなくていいからさ、オレらといっしょにおいしいもの食べに行こうよ」
「コンテストなんてないじゃないですか」
「冷たいなぁ、オレら、お嬢ちゃんみたいなタイプ、好みなんだよね」
 どうやら、酔っ払い8人に絡まれているようだ。
「まずい」
 俺は、サヨコに携帯電話を渡し、町会長さんに電話をかけて神社で揉め事がおきてると報告するように小声で頼んだ。サヨコは、あわてて小声で電話をする。

 そして、俺は、少しばかり大げさに、声を張り上げた。
「カヨコぉ、どこだぁ!」
 するとカヨコが、俺の声に気づいて声を上げた。
「タカシ!」
 俺は、男達の中に割り込んで、カヨコに近づいた。
「あ、カヨコどうした?サヨコも探してたぞ!」
 酔っ払いの男達は、チェッと舌打ちをすると俺につかかってきた。
「おい、あんた、このお嬢ちゃんのなんなんだ?」
「こいつは俺の彼女ですが、なんですか?」
 俺は、勝手に彼氏という設定にした。
「ふーん、彼氏さんよ!俺たちが酒をここで飲んでたら、この彼女が、俺たちの酒を蹴っ飛ばしてこぼしてくれたんだよ、弁償してくれよ」
 カヨコは、憮然として声を上げた。
「ちがうでしょ、酔っ払って自分で倒したんじゃない」
「うるせーな、このガキが」
 酔っ払いが大きな声を張り上げると、カヨコは、ビクッとして俺の後ろで震えている。
「なぁ、彼氏さんよ、どうしてくれるんだよ、俺らの夏祭りが台無しだよ」
 酔っ払いは、すごんで俺をにらみつけた。
「だいたい、ここは夏祭りのときは立ち入り禁止です」
「だからなんだっていうんだよ、関係ねーよ」
「それに、だいたい酒をこぼしたからっていいがかりつけて、カネを巻き上げようとしてるだけでしょ」
「なんだとこらぁ、にーちゃん、ごちゃごちゃうるせーんだよ、とっととカネおいてけよ」
 そういうと、リーダー格の酔っ払いが俺の胸ぐらを掴んできた。
 俺は、全身に怒りがこみあげてきた。
「ふん、カネ?あんたらにやるカネなんてないね!」
「なんだコイツ、生意気なガキだ」
 そういうと、こぶしを振り上げた。
 俺は、殴られるのを覚悟して身構えた。すると、茂みのほうからシュッと音がして、酔っ払いの背中にビシっと小石が当たった。
「痛てッ」
 さらに、シュッ、シュッっと次々に小石が飛んでくる。
「おい、誰かいるぞ、捕まえて来い」
 男がいうと仲間が茂みに近づいた。すると、茂みから竹刀を持ったマサキが現れた。
 マサキは、大きく息を吸い込むと声を張り上げた。
「サヨコ!受け取れ!」
 すると、さっきまで暗闇に紛れていたサヨコが俺の前に飛び出してきた。
「先輩!」
「サヨコ、お前の天羽々斬(あめのはばきり)だ!」
 そういうと、竹刀をサヨコめがけて投げた。
 サヨコは、竹刀を片手で受け取ると、身体がワナワナと震え始めた、そして低くうなり声が聞こえてきたかとおもうと、いきなり浴衣の帯を解き浴衣を脱ぎ捨てた。
 月の光は、サヨコの体を青白く照らしている。
「こいつは驚いた!お嬢ちゃん、ストリップでもはじめるのか、こりゃいいや」
 酔っ払いはヘラヘラしながらサヨコに近づいていく。

「はじめっ」
 マサキが号令をかけると、サヨコがビタっと竹刀を酔っ払いに合わせた。
「なんだ、コイツは」
 サヨコは、大きく息を吸い、ゆっくり息を吐きながら、地の底から聞こえてくるような奇声をあげた。俺は、ゾッとするような殺気を感じた。
 酔っ払い4人が、ヘラヘラしながら、サヨコに掴みかかろうと一歩足を出した。その瞬間、サヨコは、ものすごい勢いで一歩踏み出したかとおもうと、腕を伸ばし竹刀を、男のみぞおちめがけて一突きにした。
「うがっ」
 たった一撃だが、リーダー格の男は2mくらい後方へ吹っ飛んでしまい動かなくなった。
「サヨコ、手加減しろよ」
「先輩、急所、はずしていますから」
 そういうと、サヨコがギラギラした目で酔っ払いをにらむ。
「このガキがぁ!」
 酔っ払い3人が一斉にサヨコの竹刀をとりあげようと飛び掛ってきた。サヨコは、竹刀を下から振り上げ、男の腕を払うと、竹刀が唸った。男の横っ腹にビシッと叩き込まれ、そして素早く、身体を回転させると、別の男の脳天に竹刀が叩き込まれた。
 あまりに竹刀の動きが早すぎて、何が起こったのか俺にはわからなかった。ただ、男達は、悲鳴をあげると、苦痛に顔をゆがめたまま動かない。そして、3人目の顔面に竹刀の切っ先を突き出してつぶやいた。
「あんたも、覚悟はできてる」
 3人目は地面にへたり込んでしまった。
 サヨコは、残りの酔っ払いの方に向きをかえると、ジリジリと前に出た。酔っ払いの仲間達は、ヘビに睨まれたカエルのように、柵においこまれ、身動きがとれなくなってしまった。ちょっとでも動くと、竹刀がピシっと小手に飛んでくる。

 懐中電灯の光が見え、夏祭り会場の警備にあたっていた警察官や町会長さんの姿が見えた。

「それまで!」
 マサキが号令をかけると、サヨコは、竹刀を納めた。

 俺もカヨコも、呆然としてサヨコを見つめていた。サヨコは、体中から汗がしたたり、月の光を反射させさらに青白く輝いている。
 マサキは、脱ぎ捨ててあった浴衣をサヨコに羽織らせた。
「先輩……」
「終わったよ」
 そういうとマサキは、サヨコから竹刀をもぎ取った。サヨコは、ふらふらとマサキに寄りかかった。
「先輩、私……」
「完璧だ、よくやった」
 そういうと、マサキがサヨコの頭を撫ぜた。サヨコは、ヒザからくずれ落ち泣き出してしまった。
 カヨコは、サヨコにあわてて駆けよった。
「サヨコ、私を守ってくれてありがとう」
「ねーちゃん……」
 カヨコは、サヨコを抱きしめた。

 今のはなんだったんだ?まるでゲームの中の「ぽぽろん」そのものじゃないか?
天羽々斬(あめのはばきり)っていうのは、たしか、ゲームのなかでカレリアが「ぽぽろん」に投げ込んだ剣か?」
 俺が独り言をつぶやくと、背後からマサキの声がした。
「ルライド、あたり!」
 マサキは、竹刀をケースに納めるとつぶやいた。
「え! まさか、あの時の弓使い?」
「カレリアだよ、よろしく!」
「しかし、なぜここに?」
「毎年、夏休みに中学校の剣道部で指導してるんだが今日もその帰り、ここを通りかかったら、女の子が、酔っ払いに絡まれていたのを見かけたんだよ、で、竹刀をもって助けようとおもってきたんだけど、サヨコのお姉さんだったから驚いた」
「それなら、なんで、すぐに助けないんだよ!」
「すぐに、タカシくんとサヨコの姿がみえたから、サヨコのチカラを抜かせてやろうと」
「チカラ?」
「タカシくん、さっきのサヨコの殺気、感じたかい?」
「ああ、すごかったね」
「実は、サヨコは、ちょっとしたアレルギー体質みたいで、その改善のためにオレが剣道にさそったんだよ」
「それで効果は?」
「まぁ、運動することで、だいぶ改善したみたいなんだけど、逆にストレスをためこむと時々爆発するんだ」
「爆発?」
「そう、道場での組み手でもおそろしほどの殺気があって、最近では、オレでも抑えきれないほどだよ」
「さっきの酔っ払いにカヨコが絡まれたのもストレスに?」
「当然さ、お姉さんの危機だから、今までにみたことがないほど震えていたね、あれは怖くて震えてたんじゃない、怒りが頂点になっているんだよ、だから、すこしばかり悪かったとおもったけれど、酔っ払いのおっさんたちに犠牲になってもらったってわけさ」
「こえー」
「オレは、サヨコちゃんをなんとかしてあげたいんだけどなぁ」

 マサキは、カヨコとサヨコに近寄ると何やら話をしていた。
「じゃ、タカシくん、オレはタクシーでサヨコちゃんを送って行くよ」
 マサキが俺に手を振った。
「カヨコはどうするんだ?」
「タカシくんに聞いてもらいたい話しがあるそうだ、じゃ」
 そう言うと、爽やかに笑ってタクシーに乗り込んでしまった。

「カヨコ……お前大丈夫か?」
 俺は、カヨコをベンチに座らせ、俺も横に座った。
「タカシ、ありがとう……酔っ払いに絡まれた時、タカシの声を聞けてよかった」
「全く、なんだって、フラフラついて行くんだよ、今時の小学生だって用心するぞ」
 カヨコは、俺の顔を見つめた。月の光に照らされた彼女の目が潤んできた。
「おいおい、もう泣くなよ! もう、終わったことだ」
「ごめん……私、嬉しくて……」
 そういうといきなり抱きつき、俺の胸で泣き出した。
「だ、大丈夫さ、いつもそばにいるからさ」
「うん……」

 しばらくするとカヨコも落ち着いたのか、大きく息をして顔を上げた。
「タカシ……私のこと全部知りたい?」
 俺は焦った。全部ってなんだよ、もしかして身も心もか? ちょっとまて、俺だって心の準備が必要だ。
「ぜ、全部?」
「うん……、私……タカシのこと大好きだから」
 俺は、空を見上げ、明るく輝く満月を見つめた。
「ああ、全部知りたい」

~~

 カヨコは、月を見上げた。
「私ね、おじいちゃんのことが大好きだったんだ、両親とも仕事に家にいないことが多かったから、おじいちゃんと一緒にいることが多くてね、いろんなことを教わったんだ」
 カヨコは、目を伏せた。
「でも……、小学校5年生の春にいなくなっちゃった」
 カヨコは、手をギュっと握りしめた。
「おじいちゃんがなくなる前に、『カヨコ、お前は賢いから、世の中を笑顔でいっぱいなるように勉強をするんだよ』『サヨコ、お前は、身体が弱いから身体を鍛えるんだよ』って約束をしたのよ」
「世の中を笑顔に?」
 カヨコは、俺を見つめてうなづいた。
「世の中を笑顔にしようって思っても、一番身近にいるサヨコを笑顔にすら出来ない自分が悔しかったのよ」
 そういうと、涙がポロリとこぼれた。
「サヨコ? だっていつもニコニコしてるじゃないか」
 カヨコは、涙をぬぐうと、話を続けた。
「サヨコは、光のアレルギーがあって、日中あまり外に出歩くことができないの、小学校のころから、夏休みになると、いつも家で悲しそうに外を見てた」
「そういえば、いつも家にいたね」
「なんとしても、サヨコの病気を治してあげたいと思って、勉強をしはじめたのよ」
「そうか……」
「でもね、今度は、クラスのみんなから嫌われちゃった」
「カヨコ、お前、やること極端だからなぁ……」
「タカシ、覚えてるかなぁ、昔、私のペンケースをゴミ箱に捨てられちゃったこと」
「ああ、あの時は、無性に腹が立ったからなぁ、その後、クラスの男子から、俺も酷い目にあったけど」
「わたし、あの頃から、タカシのことが大好きだった、でも、勉強もしなくちゃうけないし、それに、勉強に熱中すると、クラスのみんなと同じように、タカシの笑顔すらなくなっていくのがわかったんだ」
「バカだなぁ、それなら、なんでそういわないんだよ」
「だって、タカシが私のことを好きだとはおもっていなかったから……それで逆に嫌われるようなことばかりして自分の気持ちを閉じ込めることにしたのよ」
 俺は、補講で喧嘩をしたとき、いきなり泣き出したときのことを思い出した。
「それで、補講で喧嘩したとき……」
「あの時、すごく辛かった」
 カヨコは目を伏せた。
「本当は大好きなのに……でも、自分で嫌われるようなことをしていたのに……」
 声が震える。
「でも、本当にタカシに嫌われちゃったんだっておもったら涙が止まらなくなっちゃった」
 カヨコは空を見上げた。
「でも、次の日、タカシが家に来てくれて、部屋のドア越しに話をしてくれた時、本当に嬉しかったんだ」
 俺は、カヨコの頭を引き寄せて抱きしめた。
「もう、だいじょうぶだ……思う存分勉強しろよ、俺も応援するから」
「うん……」
 カヨコは、俺の胸の中で、そういうと安心したのか寝てしまった。

「かわいそうに……」
 突然、背後から声がしたので、びっくりして振り返ると、白いローブを着たおっさんが立っていた。
「ああ、あなた方か」
「丁度、今宵は満月じゃ、一番わしにもパワーがあるときじゃぞ」
「って、パワーがあるとなんかいいことがあるんですか?」
「今宵なら、問題なかろう、お主、赤い円盤で彼女を透かしてみろ」
「え?」
 俺はカヨコを起こさないようにそっと、赤い円盤を取り出した。
「どうだ、なにが見える」
「あ!」
 俺は驚いた。カヨコの足には、俺との赤いロープの他に、青いロープがついており、それが空にむかってのびているのだ。
「こ、この青いロープはなんですか?」
「これは、陰の運命のロープじゃ、青くみえるじゃろ、彼女は、天空の祖先と陰のロープを断ち切っていないのじゃ」
「断ち切る?」
「そうじゃ、まぁ最近はそういうモノが多くなったようじゃ、過去に引きずられたまま自らの陽の赤いロープをのばそうとしない若者が多すぎるのじゃ」
「でも、カヨコは、赤いロープも俺と繋がっていますが……」
「そうじゃ、だから両方のロープに引き裂かれる想いをしてきたのじゃよ」
 俺は、青い円盤を取り出した。
「そうだ、青いロープを切れ!」

 月明かりが青い円盤に集められ空に向かってのびる青いロープを捕らえた。次第に光が強くなり、青いロープがチリチリと解けはじめた。
 しかし、最後の糸のように細い1本だけがどうしても断ち切れない。俺は、手をのばすと青いロープを掴んだ。
 すると、寝ているはずのカヨコの手が俺の手を優しく包むと一緒に青いロープを引っ張った。次の瞬間、青いロープは、幻のように消えていく。
 同時に、カヨコの手がだらりと力なく下がってしまった。

「カヨコ……! カヨコ……!」
 俺は、カヨコを揺り動かした。
「あ、タカシ……」
「大丈夫か?」
「私、夢をみてたみたい、おじいちゃんの夢だった、でも、おじいちゃんはニッコリ微笑んだまま私に、よかったなカヨコ、お別れだ……って」
「さびしいか?」
「不思議と涙がでなかった、だっておじいちゃんがすごく嬉しそうに笑ってくれてたから……」
「そうか……よかったな」
「うん……」
 カヨコは、俺にニッコリと微笑んだ。

 俺は、カヨコを家まで送ると、月明かりの中、家路を急いだ。

~~

「おい!タカシ!大変なことになってるぞ!」
 新学期初日の始業式の日、下駄箱で室内履きに履き替えていると、クラスの男子がやってきた。
「大変?」
「おまえ、スギモトになんかしたのか?」
「え?カヨコ?」
 俺は、あわてて教室に走った。

 教室は、カヨコのまわりには、人垣が出来ていた。
「なんだ? あれ?」
「いいから、スギモトを見てみろよ!」
 俺は、人垣に割り込んでカヨコを見た。

「おはよう! タカシ!」
「お、おまえ……」
 俺は絶句した。カヨコは長い黒い髪の毛をショートにカットし、すこしばかり栗毛色の髪にしていた。そして、懐かしい昔の明るい笑顔がそこにあったのだ。
 いままでのカヨコとは全く違う印象で、クラス中が大騒ぎになっていた。

 俺は、ポカンとカヨコの顔をみつめていると、カヨコが、意地悪そうに俺を見て話した。
「タカシ!これからも、ビシビシ勉強しようね」
「はい……よろしくおねがいします」
 俺がポツリと答えると、クラスのみんなからドッと笑いがおきた。

(完)

赤いロープと夏休み(3)宿命編

赤いロープと夏休み(3)宿命編

紆余曲折あったが、カヨコの補講おかげで無事タカシは夏休みを迎えることができた。 夏休みには、俺とカヨコはお互い気になる存在になるのだが、カヨコは何故か悩み苦しんでしまう。 タカシには、その悩みがさっぱりわからないのだが、夏祭りの夜すべてが理解することになる。 赤い円盤、青い円盤をいよいよ使うときがきた。

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更新日
登録日
2014-02-27

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