夢釣り

「また、夢を忘れましたよ」
「見た夢を忘れたのですか。よくあることですよ」
「あれは何でしょうかねえ」
「さあ」
「目覚めたときは覚えているのですよ。ああ、今、夢を見ていたなあって。これは二度寝すると、さらに忘れてしまいますねえ。それと少しは印象的な夢でも、凄く印象に残る夢じゃなかった場合、もうその夢は探しませんねえ」
「夢を探す？」
「はい、どんな夢だったのかが気になって、思い出そうとするのですよ。しかし大して印象に残らなかった夢は思い出そうとも思いません。気にも留めないのでしょうねえ」
「それで、今回思い出そうとした夢はどんな意味合いのものですか」
「お昼頃ですかな。夢について考えていました。何か夢を見たような覚えはあるのですが、思い出せない。まあ、よくあることで、どうということじゃない」
「どうして、その夢を思い出そうとしたのですか」
「だから、夢について考えていたのですよ。それで最近見た夢はどんなのかと、思い出しているとき、そういえば今朝も起きたとき、何か夢を見たなあって。だから夢のことを考えなければ、思い出そうとも思わない夢だったわけです」
「よく、夢のことを考えられるのですか」
「いや、偶然です。テレビを見ていましてね。夢を叶える話なんですが、それで夢を思い出したのですよ。普段は夢のことなど、思ったり考えたりはしませんよ。ただし、非常に印象に残る夢を見た場合は別ですよ。この場合は昼を過ぎても、それが気になる。当然、それは覚えている夢です。思い出すことで、もっと詳細に知りたい。また、その時期、その夢を見る意味とは何かと考えたりしますからね」
「じゃ、今回見た夢は、ゴミのような夢なのですか」
「そうです。いつもなら放置している夢です。気にもならない。忘れても何と言うこともない。それ以前に思い出そうとも思わないでしょうねえ。喚起されるものがないので。しかし、今回は無理とに思い出そうとしました。あなたがおっしゃるゴミのような平凡な夢です。そのときは、ああ夢を見ていたなあ、程度です。しかし今回は」
「はいはい、無理に見た夢を思い出そうとされたわけですね」
「そうです。平凡な夢、印象に残らない夢です。しかし起きたときは覚えていた。だから、何らかのメッセージ性が少しはある」
「そうですねえ。夢を見ていたことさえ分からない夢もあるかもしれませんからねえ」
「今回は強引に夢を引っ張り出そうとしていますが、このような平凡な夢こそ、意外と大事なメッセージかもしれないと思います」
「そうですか」
「はい、悪夢や楽しい夢はよく覚えており、しばらく忘れません。そうじゃなく、簡単に忘れてしまい歯牙にも掛けないような夢、そこにこそ何かあるような気がします」
「それで、どんな夢だったのか、思い出せましたか」
「思い出せません」
「はい」
「見たことは確かなんです。そして、それほど悪い夢じゃない。穏やかな夢だった。それだけは記憶にありますが、具がありません。中身の具体的なお話しがありません。雰囲気だけで」
「それが、その夢のメッセージかもしれませんねえ」
「そうでしょうか」
「まあ、夢を釣り上げるのは大変ですよ」
「そうです。もう遠いところに行ってますから、その端を思い出したとしても、もう何かよく分からないかもしれません」
「夢釣りはおやめになった方がよろししかと」
「何故ですか」
「大した意味はありません。だから、釣っても大した夢もありません」
「いいじゃないですか。それでも」
「では、お勝ってにどうぞ」
　
　　　了