甘言香具師

「諦めなければ可能性は無限にある」
「甘言ですなあ」
「そうではない。嘘だと言うことは分かっています」
「はあ、何と」
「勢いですよ。それが大事だと言っているのです」
「では言葉通りではないと」
「はい」
「大きな魚だが、食べられる箇所は少ない。あなたの甘言の甘さを抜けば、どの程度残りますか。正味が」
「はい、まあ、希望を持ちましょう程度です」
「希望が持てないので、諦めるのではありませんか」
「だから、希望の中身は何でもいいのです。小さくても大きくても、叶っても叶わなくても。そういうものを持っている方が、生きやすいのですよ」
「かなり目減りしますなあ」
「はい、大きい目に言った方が元気が出ますのでね」
「うむ、それもそうじゃが、わしにはどんな可能性が無限大に広がっておるのですかな」
「何か可能なことがありますか」
「え」
「だから、こういうのが欲しいとか、こういう人になりたいとかで」
「それらは有限でしょ」
「だから、幻想でいいのですよ」
「それでは約束が」
「持ち続けることが大事だと言っているのです」
「ああ、気の持ち方ですかな」
「そうです」
「だから、その気になるようなことが、あまりないのですがねえ。どうせ、それをやっても無理だと諦めてしまいますよ。年齢的にも無理なことがありますしね。それに素質や人脈がなければ出来ないことが多くあるでしょ。そのあたりを考えると出来ることなど僅かです」
「それをやられたらよろしいかと」
「つまり、出来ることをですな」
「はい」
「狭い範囲になりますが」
「狭くても、様々なもの、遠くのものとも繋がっているものです。そこは可能性としては難しいかもしれませんがね」
「あの世と繋がっているとか」
「それでも構わないですよ。これは来世のために役立つとか、あの世へ行ったときに効果が出るとか」
「あなたは、神秘家ですかな」
「いえいえ、その人が、そう思えるのなら、それでよろしいかと」
「やはり、心持ちの問題なのですね」
「はい、そうですねえ」
「はっきりしないのですか」
「はい、ハッタリですから」
「ハッタリ」
「少し元気になれば、それでいいのですよ」
「では、意外と地味で、ささやかなことを考えておられる人なのですね。あなたは」
「そうですねえ。気持ちが少し楽になる。良くなる。その程度のことですよ」
「じゃ、下手な香具師より始末が良いと」
「実用性がありませんからねえ」
「うむ。それは正直でよろしい」
「空元気でも何でもいいから、身体はそれで引っ張られます。だから、一種の健康法だと解釈されても結構です」
「いえいえ、あなたは神秘的なものを取り込まれておられる。現実には叶えられない可能性、それが錯覚や幻想でも良いからとおっしゃる。このあたり、味わい深いものがありますぞ」
「恐れ入ります」
「では、うちのゼミナールにも来てもらいたい」
「はい、気合いを入れに、参上します」
「よろしく」
　
　　　了