いい夢

「夢を見ていると、あの世界は何だろうかと思うことがあります」
「夜に見る夢ですね」
「そうです。不思議な世界です。もう亡くなった人が平気な顔で出て来て、いつものように振る舞っています。そこでは私もそれに気付かないし、また、幽霊が出たとも思いません」
「夢の中に出る幽霊も興味深いですねえ」
「数十年前の私の生活が再現されていたりします。まるでタイムマシーンでワープしたような感じですが、当然それを夢だとは気付かない。だから、そんなものに乗った記憶もない。ああ、これは夢だなあ、と思うような夢もありますが、完全に当事者で、そのものの一部になっている夢は、これはどういうことなのかと省みる視線もありません。だから、亡くなった人や、もういなくなった人が出て来ても不自然とは思わないのでしょうねえ」
「まあ、夢の話はそんなものですよ」
「あそこには、あそこの世界があるのでしょうが、そんな夢を毎晩のように見ていますと、もう一つの世界が並行してあるような気がします。ただし、私はそのとき横になっているので、移動は出来ませんがね」
「そんな夢をよく見るのですか」
「最近続けて見ますねえ。全く見ない日もありますし、覚えていないこともあります」
「その、もう一つの世界とは何ですか」
「ああ、よく見知った過去の世界でしょうか。未来へ飛ぶこともあるでしょうが、懐かしいような夢が多いです。あの頃の暮らしの中に一瞬入ったような」
「一瞬とは」
「ずっと、その夢の世界が続いており、たまに、その中に入ったり、出たりしているのではないかと。だから私が目を覚ましても、それはまだ続いているのではないかと」
「そうですねえ、夢はいきなり始まり、いきなり終わりますねえ。夢の中のお話しが終わるのか、目を覚ましたので、見ていた夢が中断されるのかは分かりませんが、まあ、ぼんやりと考え事や、何かを思い巡らせているときのようなものじゃないですか。それを辞めると、消えるでしょ」
「ああ、なるほど、それを睡眠中やっているようなものですか」
「さあ、それはよく分かりませんが、あなたの頭の中で発生したことです。そのため、問い合わせが出来ない」
「はあ？　問い合わせですか」
「そうです。自分自身に問い合わせても駄目でしょ。やはり第三者とかに」
「それは無理です。夢の中ですからね、夢の中の他人に問い合わせることは出来ても、それは夢の中でしょ」
「だから、何処まで行っても頭の中の世界ですよね。夢の中の他人もあなたが捻出したものですよ」
「いや、そう言うことじゃなく、あの夢の中の懐かしい空間は何でしょうか」
「それは色々と理由が考えられますが、現実でしょうねえ」
「夢なのに現実ですか」
「現実に夢を見るわけですから、その世界が非現実でも、夢は現実的に見るのです。だから、夢は現実なのです」
「おお、それはよい話です。夢は現実ですか」
「見たことが現実なのです」
「そうです。そうです」
「しかし、その中身は現実じゃありません」
「じゃ、何ですか」
「夢です」
「ああ、ひと言で済まされますねえ」
「だから、分からなくてもいいのです。いい夢だけではなく、気味の悪い夢もあるでしょ。夢の中ではそれを現実だと思い、どきどきはらはらする。起きて夢だったと分かるとほっとする。それでいいんですよ」
「いいんですか」
「犬も猫も夢を見ると言いますから、これは付録ですねえ」
「分かりました。あまり気にしないでおきます。いい夢が続くと楽しみになりますから」
「はい、いい夢を」
　
　　　了