拠点のボス
中村がホームゴタツで寝そべっていると、店員が起こしに来た。
「ミュージシャンの青さんが来てますが」
「誰だったかなあ」
「青さんですよ。変な楽器を鳴らす」
「ああ、そうだったか。面倒だね。何だい用件は」
「近くまで来たので挨拶らしいです」
中村は居間を出て、カフェに出た。
青はシナモンティーを飲んでいる。
中村はこの店のマスターだが、最近疲れが溜まり、店員に任せている。小さな喫茶店ほどのスペースで、客も多いわけではない。店員を雇うほどではないが、道楽で忙しいのだ。
「先日のライブ、有り難うございました。近くまで来たので、チラシを置いてもらおうと」
「いやいや、狭いところで、窮屈だったでしょ」
「ここでライブをするのが夢だったので」
「そうですか」
「今度、丸下町のライブハウスでもやります」
「大村屋さんですか」
「そうです」
「あそこは、ここと同じでライブハウスじゃないのですがね。まあ、うちの真似をしているのでしょ」
中村の店も大村屋の店も、その町の拠点になっていた。ミュージシャンや写真家、イラストレーター、民芸品作家からダンサーまで、あらゆる表現者が出入りしている。ただ、そこから飛び立った売れっ子は一人もいない。そのため、将来一流を目指すクリエーター達は、それら拠点を無視している。
中村は世話好きで、人と人とを繋ぐ一円にもならない道楽に走っていた。
それで、最近無性に虚しくなり始めている。無償の行為であり、善意なのだが、道楽であることに変わりはない。遊びなのだ。ただ、それにも飽き、遊び疲れた。
また、店以外の場所でのイベントを企画したり、頼まれたりする。町のゆるキャラなどは中村が中心になって作った。
カフェだけの収入では、この道楽は出来ない。しかも店員を雇っているのだ。
たまに公共団体や企業から相談を受けることもある。そのプロジェクトに参加し、小遣い銭程度はもらえるのだが、大した金額ではない。
人との繋がりを大事にし、何処までも丁寧に付き合うのだが、酒量が増え、体重も増えた。
普通の喫茶店をやっているよりも楽しいのだが、年を経るに従い、体がついていかなくなった。
「また、ここでやらせてください。中村さん」
「ああ、それは是非是非」
店の壁にはイラストが飾られている。小さな個展だ。雑貨品売り場のように雑多な品々も並んでいる。手編みのセーターや、紙細工、異様な形をした茶碗まである。いずれもクリエーター達の作品だ。
青が帰った後、中村はまた奥の部屋に入り、ホームゴタツの中でうたた寝し始めた。昨夜、朝方まで打ち合わせ後の飲み会に参加したため、体調がよくないのだ。
夜からは近くのホールで自主制作の映画がある。この監督とも親しく、そのホールで上映出来る段取りを付けたのも中村だ。
この倦怠感、虚無感は何だろうかと思いながら、体力温存のため中村は、夕方まで寝入った。
そして、何の夢も見なかった。
了
拠点のボス