鬼が笑う
路地の垣根越しに銀杏の木があり、ある日突然黄色くなり、その後、路地の地面を黄色く染めている。この路地は地道で、舗装されていない。そこを妖怪博士付きの編集者が歩いている。路地の中程に妖怪博士の家がある。
「年の瀬ですねえ。年末調整で、雑誌の締め切りが早くなってますから、よろしく」
「まだ、あの雑誌はあるのかね」
「新年号の編集中です」
「そうか、売れておらんのに出せるのだから、妙じゃのう」
「来年の話をすると鬼が笑うと言いますが、あちらこちらで笑い声がしてきそうです」
「いきなり鬼かい」
「そうです。すんなりと年が越せるわけじゃないのですねえ」
「鬼が邪魔をするわけだろうなあ」
「渡る世間は鬼ばかり……て言いますし。鬼がウジャウジャいそうです」
「まあ、絵に描いたような鬼の姿の鬼がウロウロしておるわけではなかろうが、何が起こるか分からんからのう」
「ある日、突然って、ありますねえ。悪いことや災難に遭うとか」
「明日をも知れずということじゃ。故に来年も知れず」
「しかし、来年も出ますよ、うちの雑誌は。鬼が笑っているかもしれませんが」
「妖怪や怪奇現象、そんなことに興味を持つ読者が何人おるのかのう」
「まあ、雑誌まで買う人は少ないですよ」
「廃刊になるのは、時間の問題だと思うが」
「そんな縁起の悪い」
「来年は駄目だと言えば、鬼も笑うまい」
「まあ、そうですが」
「鬼に笑われないようにしたほうがいいのでは」
「その場合の鬼は、どんな姿の鬼ですか」
「さあ、人を越えた力が働くということかな」
「鬼才もそうですねえ。何々の鬼もウジャウジャいますよ」
「人よりとんがった力を持っていたり、とんがった行為に出る人だろう」
「カミワザですねえ」
「神業かい。まあ、人を越えた力は神の力に違いない」
「妖怪も神でしょ。その意味では」
「いや、人より劣った妖怪もおる。まあ、それは人間の基準で見るから劣っておると見てしまうのだろうがな」
「こうしましょう」
「え、何をするのじゃ」
「あ、新年号ですが、鬼の話に」
「そうか、鬼が笑う話でいいのだな」
「この場合の鬼とは、何を差しているのかでお願いします」
「誰かが適当に言ったのだろう」
「そうかもしれませんが、有名なフレーズなので、どんな鬼が笑っているのかでお願いします」
「来年のことを話すと神が笑うでは駄目じゃろ」
「はい、キャラ的に」
「だから、鬼にした。それだけじゃ。鬼神も神じゃが、神を抜いた方がいい」
「それを引っ張ってください」
「本当の鬼が聞けば迷惑な話かもしれんのう。まあいい。鬼を笑わす方がいいのかもしれん」
「愚かな人間よと、笑っているのでしょ。思うようには行かないぞと」
「鬼を喜ばすのは、神を喜ばすに近い」
「でも、逆側でしょ」
「何でもいい。笑って貰う方がいいのじゃ。どうせ、そんなものなどおらんのだから」
「しっかり、いるようにお願いします」
「分かった」
了
鬼が笑う