竹林の七賢人
竹林の七賢人は竹林に住んでいる。竹林とは地名ではなく、竹藪のある場所だ。偶然その土地は竹藪が多いため、そこに住んでいる賢者達のことを竹林の七賢人と呼んでいるだけで、岩が多い土地に住んでいれば岩山の七賢人と呼んだかもしれない。
いずれにせよ、それは作り話で、そんな竹藪があり、そんな賢者が住んでいたわけではない。
その話を参考にして隠居さん達が、わざわざ竹藪を選び、そこに住むようになった。最初は一人、二人だが、今では七人を超えている。
つまり、竹林の七賢人ごっこをしているのだ。
「知識人とは何でしょうなあ」
「賢い人のことですかな」
「頭のいい人」
「そうです」
「どんな頭なんでしょうねえ。色々なことを知っている人でしょうなあ」
「そうですか」
「しかし、全てに通じるのは難しい。世の中知らないことの方が多い。それを知っているから賢者なのだと思いますが」
「そうですなあ」
「何か意見は」
「いやいや、私は偽者でしてね。偉くも賢くもありません」
「いや、そのようには見えない。ここにいる人の中で、あなたが一番知恵者に見える」
「それは私の風貌から出ることで、中身はあまり詰まっていないのですよ」
「ご謙遜を」
「いえいえ」
「さて、本題に戻しますとね、知恵や知識とは何かを私は考えました。こう見えても、昔は策士でしてねえ。策士、策に溺れるで、失敗しました。だから引退し、ここで余生を送っています」
「ああ、なるほど」
「私が考えるところによりますとね、世の中のカラクリ、その人のカラクリが分かれば、何とか策が立てられるものです」
「カラクリですかな」
「はい、構造です」
「ほう」
「だから、物事をいくら細かく詳しく知っていても駄目なんですよ」
「カラクリとは何でしょう」
「ああ、これは抽象的な構図です」
「うむ、難しい話ですなあ」
「あなたなら、理解出来るはずです」
「なぜ、あなたがそういう言い方になるのかが、カラクリなのですな」
「そうです。そのことです」
「それは何でしょうや」
「ひな形があるのですよ」
「ほう、模型のようなものですかな」
「鋳型のようなものです」
「ああ、なるほど」
「その組み合わせなんですなあ。だから、細かい知識は必要ではなく、その鋳型の数が多いほど理解度が高くなるのです」
「それは認知力と言うことですかな」
「まあ、そういうことなのですが、これは私が好きな机上論です。私は動くのが嫌で、机の上だけで何とかならないものかと考え、この方法を編み出したのです」
「それはいい思い付きです」
「しかし、策が外れ、引退しました」
「なるほど」
「今は、この浮き世に括り付けられた竹林のこの別天地だけで生きておりますので、結果を求められないので、楽になりましたよ」
「しかし、これまでに、色々と型を集められたでしょうなあ」
「はい、世の中や人の心の鋳型を多く知っておりますが、具体的なものはあまり知りません」
「私は、ここに来てから頭がぼんやりし、その種のことを最近考えなかった」
「あなたほどの賢者が」
「いや、それは見せかけです。そういう風に見られて困っています」
「物事を読むとは構造を読むことなのです」
「ああ、それがあなたの流儀でしたねえ」
「失敗しましたが、当たらないことも実は構造上、知っていました」
「外れるのが分かっていたのですかな」
「天のみが知る運というのがありましてなあ、それだけは構造では読み切れないのです。まあ、読めないということが読めるわけでしてな。ここは博打ですよ」
「で、博打に負けられたと」
「まあ、そうなんですが」
「相手の構造を読む。これは医者が脈を診るようなものでしてな。相手の気性を見る。相手の置かれている周辺も見る。まあ、策士なら誰でもやっておることですが、実際に動き出すと、思わぬ方向へ転がったりする。これは見ていると面白いのですが、主人から禄を頂いている手前、外すとめしが食えなくなりますのでな。それはそれは、真剣なものでした」
「ああ、なるほど」
「賢者とは小賢しいものですなあ。ああ、それは私が小さな賢者のためかもしれません。大きな賢者なら、別でしょう。あなたのように」
「いやいや、先ほどから言っておるように、私の風貌が賢く見えるだけで、決して大賢者ではありません」
「ご謙遜を」
「誤解があるようです。黙っている馬鹿は賢いと言いますでな」
「黙っている方が賢いと言うことですな。下手にボロを出すよりも」
「賢い人は色々と喋るでしょ。意見を。しかし馬鹿で無口だと喋れない。だから黙っているしかないのです。まあ大概はよく分からないので、黙っているだけですがな。静かなるアホは大賢者ですよ」
「しかし、あなたは馬鹿じゃない。そんなことは、すぐに分かりますよ」
「それよりも、構造を読む……はどうなりました」
「ツーと言えばカーと答えられるのは、構造を読んでいるからです。決して具体的に物事を知っているわけではなく、類型を知っているだけなんですよ」
「それは認識力ですかな。認知力ですかな」
「色々なものが組み合わさった型です。よくある型もあれば、珍しい型もありますなあ。また、今までにない型もありますが、近いもので代用します。型と型の繋がり具合もまた型として読めるのです。これで大概のことはいけました」
「ああ、なるほど」
「しかし、失敗して分かったことなのですが、そういうことは、自分の中だけで済ませたほうがよかったようです」
「竹林の反省会ですなあ」
「ここは浮き世の外。だから、好きなことがやっと言えます」
「結局、何ですかな」
「結局ですか。まあ、そうですなあ、賢者と思われると、ろくなことはない。能ある鷹は爪隠す……ですが、それでは美味しいめしが食えない」
「私は賢者だと思われ、それが苦しいので、ここに来ました」
「ああ、そうなんですか。まあ、竹林の賢者も机の上で生まれた世界。その真似事をここでやっておるだけなので」
「その構造の型も、ありますかな」
「ありますとも。当然です」
「しかし、ここはいい」
「そうでしょ。領主さんが食わしてくれます。何せ領内に竹林の七賢人がいるのですからな」
「しかし、領主が変わると駄目でしょうなあ」
「保証はありません。これも型としてあります」
「では、どうなりますかな」
「別の土地で、竹林をやります」
「あ、はい」
了
竹林の七賢人