(2009年完)本編TOKIの世界書一部「流れ時…2」(時神編)

ごぼうかえる

(2009年完)本編TOKIの世界書一部「流れ時…2」(時神編)
  1. タイム・サン・ガールズ
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 十一話
  12. 最終話

日本を舞台にしていますがファンタジーです。
こちらはタイムサンガールズの表のお話。
裏のお話は二部かわたれ時…の最終話です!

TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

タイム・サン・ガールズ

タイム・サン・ガールズ

 冷たい風が住宅街の路地裏を駆ける。
「サキ!大丈夫か?」
 橙色の長い髪をなびかせた青年が隣に佇む黒髪の少女を気遣っていた。
「うん。大丈夫だよ。みー君。さあ、行こう。あっちのサキが何か知っているかもしれないし。」
 サキと呼ばれた少女は男に優しく声をかけると閑静な住宅地をゆっくりと歩き出した。
 ……お母さん……今行くよ……。
 黒髪の少女、サキはそっと目を閉じ、白い息を吐いた。


 虫の鳴き声とギラギラと輝く太陽が夏の訪れを予感していた。
「あーもう……。」
サキは唸った。美容院でやってもらったパーマがうまくいかなかったからだ。
髪は日本人のポリシーとして黒を推奨しているため染めたりはしない。
肩先まである髪をパーマしてもらったが髪の量が多いため爆発した髪になった。
ちりちりとまではいかないが友達に見せたら笑われてしまうだろう。
「ったく、こんなんじゃ学校いけないじゃん。」
サキはぼそぼそとつぶやいた。
彼女は上下ジャージと今はオシャレではないが高校二年生だ。まわりは山ばかりでほとんど遊ぶ所はない。こうやって美容院に行くのだけで三十分は歩く。
「あーあー、帰って寝よ。」
サキは最早登山と呼べる道を歩きながら大きく伸びをした。今日は日曜日だ。
よく考えたら土曜日何をしたのか思い出せない。一日中寝ていたような気がする。
今は初夏なので寝心地は抜群なのだ。
虫の鳴き声や鳥のさえずりを聞きながらサキは山の中の自宅へと入って行った。
自宅には誰もいない。父も母も生まれた時からいなかった。どこにいるのかは知らない。
物心ついたとき近くの家の人に育ててもらっていた事に気がついた。
それも今となっては曖昧な記憶。
まあ、そんな感じだ。
サキは自室に布団をひき横になった。まだ午後二時だと言うのに眠くてしかたなかった。
「今日もあったかくていいなあ……。昼寝。昼寝。今日は七時前には起きる~……。」
七時とは朝の七時ではなく夜の七時である。彼女の昼寝は長い。ほぼ一日寝ている。
今日も昨日と同じくすぐに眠りにつけた。
しかし、昨日のようにぐっすりは寝むれず、途中で変な声で起こされた。
「おぬしはこれから神じゃ!」
「あーはいはい。」
サキは夢の中で返事をした。
「聞いておるのか!ええい!起きるのじゃ!」
サキは急に一回転した。
「んおう?」
何者かが布団をひっくり返したのだ。サキは寝ぼけ眼で眠りを邪魔した者をぼうっとみつめた。目の前には幼い女の子が立っていた。
格好からすると奈良時代の人だ。
赤色のからぎぬ、大袖はワインレッドで小袖は金色だ。帯は黄色でそえも(袴のようなもの)は白色である。髪は奈良時代にはこだわっていないのか黒のロングヘアーという今どきの髪型。
ある意味、マニアからはうけそうな格好だ。
「ええと……電波な人、こんなところにもいるんだなあ……。」
サキはそれだけ言うとまた布団にくるまろうとした。
「電波の人て……。あ!待つのじゃ!寝るのではない!」
女の子は素早くサキから布団を奪う。
「ああ……安眠妨害……。ん?」
しばらくしてサキは目がさえてきたのか今度は驚いて言葉を発した。
「って!あんた誰?」
「今頃そんな反応かえ……?」
「ちょっと、なんで勝手に入って来ちゃってんの?ここうちなんだけど。」
「うむ!お邪魔したのじゃ!あ、ワシは流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)!ヒメちゃんじゃ!」
ヒメちゃんとやらは腰に手を当て胸を張った。
「うわー……自分でヒメちゃんとか言っちゃってるよ。こりゃあ、相当いってるねぇ。君。」
「とりあえずヒメちゃんじゃ!」
……ごり押しだよ……。まあ、いいけど。
「てか、何の用?おばちゃんとかが勝手にうちに入り込んで涼んでいる事はあるけどこんなガキンチョはなかったわ。」
「が……がきんちょ……。おぬしはおなごとしての品がないの……。」
ヒメちゃんとやらはあきらかに落ち込んでいた。がきんちょが効いたらしい。
「ああ。えっとごめんよ。お子様ね。お子様。で?何しに来たの?お菓子はないよ。」
サキはまだだるいのか横になりながら質問をする。
「おぬしはどんだけ干物なのじゃ……。まあよい。おぬしはこれから神様になったのじゃ。じゃが何の神だかわからぬ。この世は八百万の神がおると言われる。実際信仰のなくなった神は消えてしまうが生まれる神も多い。おぬしは生まれた神じゃ。」
ヒメちゃんはまじめにサキに言葉を紡ぐ。
「ごめん。なんのアニメだかわかんない。ネタがさあ、わっかんないんだよね。何?ずいぶんコアなファンなの?そっちの友達つくりなよ。うちなんか来ないでさ。」
「おぬしの言っている事の方がワシにはわからぬ……。」
「うーん……そう?」
サキはまたウトウトし始めた。言葉も支離滅裂になってきている。焦ったヒメちゃんは両手を前にかざした。すると横になっていたサキがふわりと浮いた。
「うわああ!」
サキは驚いて目を覚ました。
「寝るなと言っておろう!この高天原最新機器の腕輪でおぬしなど……。」
「何これ!何これぇええ!て、手品……じゃないっすよねえ……?」
サキは目を見開いて手をバタバタさせている。
「ワシは歴史を守る神、流史記姫神!ヒメちゃんじゃ!」
「も……もうわかった!そのネタはわかったから!降ろして!」
興奮気味のヒメちゃんを見ながらサキは懇願した。
「うむ。」
ヒメちゃんはサキをゆっくりと下に降ろした。
「あーびっくりした。で、結局君は何しにきたんだい?」
冷や汗をかきながらサキはヒメちゃんに質問をする。
「ワシはおぬしを守りにきたのじゃ。おぬしはなぜか神様になってしもうた。じゃがなんの神だかわからぬ。ワシが心配しておるのはそれ故に信仰が集まらずそのまま消えてしまうのではないかという事じゃ。」
「消えるって何?まさか死……」
サキはちょっと顔を青くした。
「人間では死ぬというが神々は消えると言う。」
「え?じゃあ、何?あたしは人間じゃなくて神だって事?」
「先程からずっと言っておろう……。正確に言えば今から神じゃ。」
「……は?」
ヒメちゃんの心配そうな顔を見ていたらなんだか気が遠くなってきた。
「しっかりせい!まだ消えるでない!神になったばかりだと言うに!」
もうヒメちゃんの声は届かなかった。サキは完全に落ちた。
なんだかわからないが気絶した……。


「うーん……。」
アヤは唸った。目の前にはヒメちゃんとアヤと同じくらいの歳だと思われる女の子がいる。
女の子は寝ているのかなんなのかベッドに横たわったまま起き上ってこない。
「で?あなた達は私の部屋になんの用なの?」
「なんの用って……実はこのおなごの事でなのじゃが……。」
ここはアヤの部屋。ベッドと机と棚くらいしかない。なぜか部屋中に時計が置いてある。
「あなた、あれでしょ?人の歴史を守る神様でしょ?」
「おお、知っておるの!さすが人の時間を管理する時神じゃ。」
ヒメちゃんは得意げに笑った。
アヤは時の神である。時の神は過去、現代、未来にそれぞれおり、アヤはこの三つのうちの現代神にあたる。
外見は一般の女子高校生。今は学校から帰ったばかりなのか制服を着ている。ストレートの茶色の髪はきれいに肩先で切りそろえられていた。
「で、彼女は?」
「ええと、よくわからんが神になってしもうたらしいんじゃ。自分が何の神だかよくわからんらしい。での、ワシが歴史をみて見たのじゃが彼女は人間としての歴史はもっておる。じゃが神としての歴史はまっさらだったのじゃ。……つまり、彼女は今いきなり神になってしもうたという事じゃ。前触れもなくの。おかしいと思うたのじゃがワシには打つ手がみつからぬ。と、いう事で時神に任せてみる事にしたのじゃ。」
ヒメちゃんは胸を張ってうなずいた。反対にアヤは大きなため息をついた。
「つまり……あれね。丸投げね。」
「うう……まあ、そう言わずにの……。ワシもやる事があって忙しいのじゃ……。よろしく頼む!」
「ああ!ちょっと待ちなさい!丸投げはやめなさいって!」
アヤの叫びもむなしく、ヒメちゃんはえへへと笑いながら跡形もなく消えた。
……勘弁してよ……
アヤは再び深いため息をついた。

二話

二話

「んー……ふかふかの布団……はあ……お腹すいたなあ……。」
しばらくしてベッドから声が聞こえた。
「やっと起きたのね。何時だと思ってんのよ。七時よ。」
アヤは真っ暗になった外を眺めながら話しかける。
「うーん……ちゃんと起きられたぁ……むぅ。」
サキはごろんと寝返りを打つ。
「起きれてないわ……。」
「それより……ここはどこ?あたし家で寝てたような……ん?なんか忘れているような……まあ、いいか。」
サキは目をつぶったままつぶやいた。
「なんで見ず知らずの所で寝てて驚かないの?」
「うわっ!なんだこの部屋!」
サキは急に驚いて起き上った。
「その反応が遅いわよ……。」
「てか、誰?」
遅い質問にアヤは頭をかかえた。
「私は時神アヤ。人間の時間を守るのが仕事よ。」
「え?今なんつった?ごめんごめん。何言ってんのかわかんなかった。」
サキは再び横になるとアヤを見つめた。
「もういいわ……。名前はアヤ。とにかくあなた、神様になっちゃったみたいなの。なんの神様だかわかる?」
「ああ、思い出した。さっき、謎の電波さんがよくわからんこと言ってたなあ。とりあえずお腹すいたんだけどなんかある?」
「なんかってコンビニいけばおにぎりくらいはあるんじゃない?」
「うん。じゃあ、鮭で。」
また寝に入ろうとしていたサキをアヤはチョップで起こす。
「あんたね、人んちでくつろいでベッドまで占領して私におにぎり買いにいかせるわけ?ずうずうしいわ。」
「うう……。痛いなあ。わかったよ。ごめん。とりあえずよくわからんがごはん食べてからにしよう。ね?そうしよう!」
「呑気だわ……。」
アヤはけだるそうに立つサキを連れコンビニへ向かうべく部屋を出た。
外は寒かった。雪が降っている。
「もうすっかり冬ね。」
「ん?」
アヤの発言にサキは頭を捻った。
「何よ?」
「冬?そんなだっけ?なんか暑かったような……。」
「あんた、そんな格好して寒いでしょ?なんでそんな格好してんのよ。」
サキは上下薄手のジャージだ。確かに寒い。反対にアヤはセーターにマフラーにと防寒対策万端だ。ちなみにまわりを見ると歩いている人は皆、暖かい格好をして歩いている。
「いやあ、だってさっきまで……。ん?コンビニあった。」
「あら?コンビニこんなところにあったかしら?」
今度はアヤが頭を捻った。コンビニはもっと先だったような気がする。
ひょこひょことだるそうにサキが入って行ってしまったのでアヤは後を追った。
アヤがコンビニの中に入るとサキがふくれっ面でアヤを見てきた。
「何よ?」
「別にいいけどさあ、あの店員からいらっしゃいませって言われなかった。」
「そんなんでふくれているわけ?常識のない人もいるわ。さっさとおにぎり買いましょう?」
アヤはおにぎりが売っているコーナーまで歩いて行き、鮭と昆布のおにぎりを手に取った。
「これも食べよう。」
サキはアヤにジャムパンやチョコパンなどを渡す。
「こんなに買うわけ?あなた、お金出してくれないんでしょ?」
「んー……おっ!十円ポッケに入ってた!……はい。」
サキはポケットに入っていた十円を嬉しそうにアヤに渡す。
「十円て……。」
アヤはため息をついたがサキは悪気があってやっているわけではない。本当にそれしか持っていなかった。十円だが全財産と呼べるものを先程会ったばかりのアヤに渡せるとは彼女は無邪気なのかなんなのか。
「十円はあなたが持ってなさいよ。私が払ってあげるわ。」
「おお!ほんと?じゃあ……」
「買えてもおにぎりもう一個だからね。」
「うう……じゃあ、鮭もう一個。」
アヤに釘を刺されサキはしぶしぶ沢山持っていたおにぎりを元の場所に返した。
アヤはおにぎりを持ってレジまで行った。となりにはおいしそうなおでんが煮えている。
「おでんだ。食べたいなあ……。」
「それ言うと思ったわ。でもお金がないからその……すくう器とか戻して。」
「うう……そうかあ。」
サキはもっていたおでん用の発泡スチロールの器を戻した。
「あ、あのぅ……。」
店員さんがひかえめに声を出してきた。
「ああ、会計ね。」
「は、はい。」
店員さんは怯えた目をアヤに向けている。
……何かしら?
アヤはサキを見る。サキは別に変な行動はとっていない。
……ああ、そうか!
神様は通常人間には見えない。時神は特殊で人と共に生活するため人間には見える。
だがサキはなんの神だかわからないが神になってしまったので人間には見えなくなってしまった。店員さんは勝手に消えた器やアヤの行動で顔を青くしてしまったに違いない。
神が持った物も自然と人間の目には映らなくなってしまう。
アヤは慌ててお金を払うとサキを連れてコンビニを出た。
「なんで焦っているんだい?」
「私は迂闊だったわ。あなた、もう神なのよね。」
「え?何が?」
「あなたは人の話を何も聞いていないの?」
おにぎりを食べ始めたサキにアヤはため息をついた。
「ごめん。あはは。」
「いい?あなたは神でもう人間には見えないの。店員さんが挨拶してくれなかったのはあなたが見えていなかっただけ。」
「はい?」
サキがあいまいに返答した時、アヤが前方を向いたまま立ち止った。
「ん?どうしたのさ。」
サキもアヤに目線を映す。
アヤ達の前には天狗がいた。天狗といっても天狗の格好をしているだけだ。顔は天狗の面で隠している。体つきからして男だ。
「今日はやたらとあっち系の人に会うなあ……。」
「あなたは猿田彦神(さるだひこのかみ)?」
アヤが天狗に話しかける。
「……の系列である。導きの神である。君らの道を正しにきたのである。」
「道?」
「そこの黒髪の女、元凶の正体であるな。」
天狗はもっていた棒を構えると突っ込んできた。
「うわああ!何?」
危険な予感がしたアヤはサキの手を引いて走り出した。
「逃げるのよ!」
「な、なんで?」
「わかんないけど!」
アヤ達は走った。どこに向かっているかはわからない。
「しょうがない。ちょっとやるわ。」
アヤは手から鎖を飛ばした。鎖は天狗に巻きつくとすぐ消えた。鎖が消えたとたん、天狗は動かなくなった。
「な、なんだい?あれは。」
「時間停止。長くはもたないわ。」
「ふえー。何この世界。夢?」
二人は再び走り出した。刹那、後ろから突風が吹き、何かがアヤ達の前を塞いだ。
「おっと待つのでござる。」
アヤ達の前に立ちふさがったのは天狗ではなく別の男だ。男は緋色の着物を着ており、茶髪だが髷を結っている。目はやたら横に細く、見えているのか謎だ。
「……?」
「あららら、お嬢さん達、ずいぶん思い切った事したでござるな。太陽を隠すなんてなあ。」
「は……?」
男の言葉に二人はぽかんと口を開けた。
「私達は何にもしてないわ。太陽を隠す?」
「お兄さんは誰?あたし、なんか神になったみたいなんだけどなんでか知ってる?」
二人の反応を見て男は頭を捻った。
「やっぱり、太陽を隠すなんてできっこないでござる。時神となんかの神が。あ、小生はサル。日の神の使いサルでござる。」
「サル……。」
「時神、この雪を見てなんとも思わないのでござるか?」
「雪?冬なんだから雪くらいふるんじゃないかしら?」
アヤの返答にサルは頭を抱えた。
「変だと思わないと……。時神もだますとは……いよいよ時のゆがみが本格的になってきたという事でござるな。」
「時のゆがみ?」
「ま、今は逃げるのが先決でござる。天狗殿は道をまっすぐに戻す作業でとりあえず動いているだけだから気にしなくていいのでござる。」
サルはさっさと歩き出した。アヤ達もなんとなくそれに従う。
……そういえば……たしかにおかしい……コンビニには歩いて十五分以上かかるしそれに……
今は初夏だ……そう初夏!
アヤは頭を抑える。
「なんで気がつかなかったの……?」
「時のゆがみがここだけひどいからでござる。感知できないくらいゆがんでおり神も含め、皆これが普通だと思っておるのでござる。」
「まあ、あたしはなんで雪降ってんだよって思ったけど。」
サキの言葉にアヤは驚いた。
「あなたは知っていたの?」
「知ってるも何も変だなあって。」
サキはぽりぽりと頭をかく。
「時のゆがみがひどいせいで天候もめちゃくちゃでござる。そして今は朝の七時半。なのにこの暗闇でござる。」
「え?……夜じゃないの?」
「夜ではござらんよ。本来は。太陽が月のまんまなだけでござる。」
アヤは慌てて空を仰ぐ。雲が多くて月も確認できないがあきらかに太陽はない。
「何よ……これ……。私知らないわよ……。知らない。」
アヤは狼狽していた。まったくと言っていいほど身に覚えがなかった。
「知らないのはわかっておるのでござる。日の神々は混乱状態でござる。時間も止まっておる。」
「サキ、あなた、なんか知っている事ないの?」
「え?何の話してたのか聞いてなかった。ごめん。」
「なんで聞いてないのよ!」
「なんかアニメの話かと思ったからさー。あたし、アニメわかんないし。」
「なんであなたはこの状況を電波だと思えるのよ!」
アヤの睨みが怖かったのかサキはしゅんと肩をすくめる。
「うむ……一人緊張感がないでござるな。」
「……そう?」
気がつくとアヤが住むマンションの前にいた。
「今日は泊まらせていただいてもいいでござるか?」
「え?ちょっといやよ……。見ず知らずの男性を泊めるなんて……。それに今、朝でしょ?」
「ここでは夜でござる。別に小生に下心などないでござるが……。」
「別にいいんじゃん?あたしは別に男がいようがいまいが寝るとこがあればいいや。」
サキはさっさとアヤの部屋へと向かう。
「あなたの家じゃないんだけど……。えっと、それからうちは狭いから寝るところないかも。」
アヤは遠ざかるサキを呆れた目で見た後、サルに向き直る。
「大丈夫でござる。」
サルはそう言うと人型から猿に変わった。
「猿になれるのね……。じゃあ大丈夫だわ。」
「基準がよくわからぬが……よろしくたのむでござる。」
サルを連れたアヤはマンションの中に入って行った。

三話

三話

アヤが部屋に入った時にはサキはもうベッドに横になっていた。
「あー。あたしのかわりにお風呂入ってきてー。」
「それは私がさっぱりするだけじゃない。お風呂入りたいの?」
「お湯いれてくれたら入る―。」
サキの言動にアヤがまた怒った。
「自分で入れなさい!風呂自動のボタンを押すだけじゃない!しかも自分の家みたいによくくつろげるわね!私の方が肩身狭い気がするわ……。」
「ごめん……。自分でやるよー。冗談だよー。」
サキはフラフラと立ち上がるとお風呂場へと向かった。
「まったく。一体何なのよ。」
「あの子には謎が多いでござる。」
猿になっているサルは机の上に座っていた。
「人間がいきなり神になる事なんてあるわけ?」
「死んでからはあるが……生きているうちにというのは聞かんでござるな。」
「うーん。」
「太陽の神達は皆、元凶は彼女だと言っているのでござるが小生は……うーん。」
「元凶は彼女?ありえないわ。彼女は何にも事態がわかってないわ。」
「無意識にという事もあるという事でござる。」
サルの目がアヤに注がれる。アヤは唸った後、頭をかいた。
「で、あなたは何のためにうちに来たのよ。」
アヤ達が話しているとサキが戻ってきた。サキはそのままベッドに直行すると横になった。
「うむ。太陽神達が監視役として小生を遣わしたのだが小生はお嬢さん達がなんかしたとは思えん。ので、事件解決の拠点としてお嬢さん……アヤ殿の家を拠点として……その……。」
サルは急にごもりはじめた。
「何が言いたいのかはわかったわ。ここにしばらくいるって事ね。」
「うむ。そのかわり、お嬢さん達を守るでござる。」
「……そう。あの天狗にまた襲われた時にあなたがなんとかしてくれるわけね?」
「うむ。A bargain is a bargain.でござる。」
「は?ばーげいん?」
サルがまじめに英語をしゃべったのでアヤは驚いて目を見開いた。
「ア バーゲイン イズ ア バーゲインでござる。武士に二言はないでござる。」
「あ……そう。ふつうに日本語で言いなさいよ。呪文かと思ったわ。」
アヤは買ってきたおにぎりにパクついた。
「小生、最近こういうのにこっておるのでござる~。」
「サルさんだっけ?あたし何なんだい?」
サキが話に入ってきた。サルはサキに目をむける。
「何……とは?」
「このままこう……ゴロゴロしてちゃいけない気がするんだけど。」
「なんの神だかわからぬうちはしかたないでござる……。」
「明日学校どうすればいいのさ?」
サキは寝返りをうつとつぶやいた。
「ああ、人間が行く学び舎の事でござるな?お嬢さんはもう人には見えないから行っても……。」
アヤはサルの言葉にドキリとした。アヤもいつかサキに本気で言わねばならないと思っていたが言いだせなかった。いままで普通の生活をしていたサキがもう人間には関われないと知ったらどうなるか怖かったからだ。さっき、サキには言いかけたがとっさに出た言葉だったので聞いていなくてよかったと心から思っていた。
「ああ、そうなんだ。」
しかしサキはあっさりそう言うと身体を丸めた。
「あなた、ショックじゃないの?」
アヤは恐る恐るサキに聞く。
「……ん?別に。」
「本当に?」
「学校なんて行っても浮いてるだけで自分がいないみたいだから。」
サキが何を言いたいのかアヤにはよくわからなかった。
「いじめられてたとかそういうの?」
「いじめ?そんなのないよ。そんなんじゃなくて……うーん。自分はここにいてはいけない存在だとそう感じる?っていうのかなあ。」
サキがまた寝返りをうった。今度はアヤ達の方を向く。
「その話、詳しく聞かせるでござる!」
サルがその話に喰いついた。
「大した話じゃないけどさ、……うん。記憶がめちゃくちゃなんだよ。なんで高校に行っているのかもよく覚えてない。それこそ電波だと思われるかもだけどさ、自分はこの世界にいままで存在していなかったんじゃないかって思えるのさ。」
サキは空虚な目をアヤ達に向けた。サキは自分を捨てている。彼女の人間としてのやる気がまるでないのはこのせいなのか。
「神の前兆があったって事かしら?」
アヤはサルに目を向ける。
「それは違うのでござる。自分の存在がないと言っておるという事は世界から異物扱いをされているのか違う世界から来てしまったのか……?」
「何よそれ。映画みたいね。でもサキには人間の歴史があるって歴史の神が言っていたわ。」
「そうでござるか……。」
サルはため息をついた。
「別の世界って何?」
サキがまた会話に入り込んできた。
「別というより、この世界の他にもう一つ平行に通っている世界があるのでござる。壱(いち)の世界がここでもう一つの世界を鏡の世界、陸(ろく)の世界と呼んでいるでござる。壱と陸はまったく同じ世界と言ってもいいでござる。ただ、昼夜が逆転しているだけでござる。」
「昼夜逆転?」
「こちらで太陽が出ていればむこうでは月が出ている時間帯という事でござる。小生らは陸と壱を行き来する事ができるのでござる。」
サルの話を聞きながらアヤはアナログ時計に目を向けた。現在は八時。月が出ているが朝の八時。
向こうでは太陽が出ていて……夜の八時?
こういうアナログの時計を見ているとわからなくなる。外を確認しなければ時間がわからない。
でも今は外を見ても時間がわからない。
「まいったわね。神になってから知らないことばかりだわ。」
アヤがため息をついた時、風呂場からメロディが聞こえた。風呂が沸いたようだ。
「じゃ、風呂借りる~。」
サキはよろよろと風呂場へと向かった。アヤはもう一度深くため息をつくとサルを見た。
「壱と陸は同じなんでしょ?別世界から彼女が来たとしてなんでサキが壱の世界にいない事になっているのよ。同じ世界ならサキが二人いてもおかしくないんじゃ……?」
「それを確認したいのだが太陽が消えてしまった今、陸に行く事は不可能でござる。小生達は太陽の力で向こうへと行っているのでござる。太陽の加護を受けている日の神、使いのサルしか向こうへ行く事は許されないのでござる。それと小生らは一人しかいないのでござる。太陽と共に動く故、月が出ている時はその世界にいないという事になるでござるな。逆に月が出ている時は月の神がおる。」
「……ふーん……。つまり、日の神、月の神は基本二つの世界に一人ずつなわけね。ひょっとするとこれは……。」
「別の誰かが意図的に陸へ行けないようにしているという事でござるな。サキ殿に関してはよくわからぬが。」
「とりあえず、もともとこちらの世界にいるサキを探せばいいのよね?」
「うーん……今、風呂に入っているサキ殿が陸の世界から来たとするならばこの世界にいるサキ殿に会える可能性はある……。」
サルが困った顔で頭をかいた。
「なんかよくわからなくなってきたわ……。」
「うむ。わからない所すまぬがもう一つ。ここ周辺だけ陸にいっている可能性もあるでござる。」
「ああ……そうよね。あなたはここ周辺だけ時間のゆがみがひどいと言った……。ここが夜になっているという事はここ周辺だけ陸?つまり、ここ周辺から出れば太陽は……。」
アヤが考え込むように下を向いた。
「……ここら周辺から出られないようにされたかもしれないでござる……。小生らを誰かが隔離しておるのか、サキ殿が無自覚でやっているのか……ともかく他の太陽神と連絡が取れんことが痛手でござるな……。」
サルは細い目を少しだけ開いてアヤを見つめる。
「え?連絡とれないの?」
「太陽がない今の段階では小生、連絡がとれんでござる。小生らは常に太陽と共に動いておるから太陽がないと何にも……はあ。困ったでござる。」
サルはそっと窓に目を向ける。外は変わらず真っ暗だった。
「うっわあああああ!」
しばらくして静かな沈黙を破ったのは叫び声だった。風呂場から聞こえる。おそらくサキだ。
「サキ!」
アヤは咄嗟に走り出した。サルはどうしようか少し迷ってからアヤの後をついて行くことにした。
サキは風呂場で素っ裸のまま涙目でこちらを見た。風呂からちょうど出た所だったらしい。
「ああああ!アヤ!何この人!」
「人?」
アヤは慌ててサキが指差している方向を見た。湯煙の中から茶色の髪をポニーテールにしている若い男が目に入った。彼の場合は総髪というのが正しいか。緑色の着物に黒の袴を着ている。
「……あら?」
「アヤか。」
侍っぽい男は腰に差した刀をなでながらこちらに歩いてきた。
「ななな……何?知り合い?彼氏?やめろよ。いきなり彼氏を風呂に投入すんのは!あたしこう見えても一応恥じらいは持ってんだから!」
サキは顔を真っ赤にしながらアヤに抗議している。
「彼氏?そんなんじゃないわ。なんであなたがうちの風呂にいんのよ。……時神過去神。」
「知らん。気がついたら目の前で娘が湯につかっていた。」
男は盛大にため息をついた。
「どういう事よ?」
アヤが眉をひそめた時、隣でサキが怒鳴り出した。
「だあああ!何?あんた、あたしの身体見て何にも思わなかったわけ?それ超失礼なんですけど!少しは顔を赤くするとかなんかできないわけ?」
「娘、恥じらう気があるならばそんな素っ裸で俺に掴みかかるな。」
「うっさいな……。変態。」
サキは頭を抱えたままタオルを身体に巻いた。
「俺は時神過去神。人間の時間、過去を守る神だ。名前は白金 栄次(はくきん えいじ)。」
男は丁寧に名乗った。その時、サルが控えめに風呂場に入ってきた。
「女性が風呂に入っている時に顔を出すのは心苦しいが……栄次殿、過去からどうしてここに参ったのでござる?」
「俺は江戸時代あたりにいた栄次だ。平安あたりから生きているが……ここはいつだ?」
「ここはたぶん、栄次殿の時代から二百年以上はたっていると思われるでござるな。」
「ふむ……。」
栄次は再び深いため息をついた。
「あなた、ここだけ時間のゆがみがひどいって知ってる?」
「確かに俺の時代でも時間が狂っている所があった。俺はそれを目指して歩いていてこんなところに来てしまった。」
「こんなところって……私のうちなんだけど。」
「すまん。語弊だ。俺もいささか動揺しているようだ。」
栄次は顔には出ていないがかなり戸惑っているようだ。
「つまりあれでござるな?栄次殿が目指していた場所は『ここ』ということでござるな?」
「ああ、そういう事か。あの時代での『ここ』は風呂ではなく叢だった。」
サルと栄次の会話を聞いていたアヤは一つの結論に至った。
「つまり、時神過去神、栄次は時間が狂った空間に入り込んだ途端にこの時代にタイムスリップしたのね?」
「そういう事になるな。」
栄次は草履を履いていた事を思いだした。ここが家の中であるとわかると慌てて草履を脱いだ。
「すまん。ここはお前の家だったんだったな。汚してしまった。」
「いいのよ。あれ?サキは?」
気がつくとサキが消えている。アヤ達はいつまでも風呂にいるわけにはいかないので部屋に戻った。サキはアヤの服を着てベッドに横たわっている。
「あんたねぇ……。」
「あれ?話終わったの?」
呆れているアヤにサキはだるそうに口を開いた。
「うむ。少なくとも明日するべきことは決まったでござる。」
サルはぴょんと机に乗るとサキを見る。
「そういえば、そこのしゃべる猿はなんなんだ?」
後から現れた栄次はサルを不思議そうに眺めていた。
「反応遅いわね……。あなた、普通に会話してたじゃない。えっと彼は太陽神の使いのサルよ。今は部屋が狭いから人型になるのはやめてもらっているの。」
「ふむ。太陽神の使いか。そこの娘といい、何かよからぬことが起きているのではないか?」
栄次はサキをちらりと横目で見た後、サルに目線を合わせる。
「まあ……話せば長いのでござるが……。」
「じゃあ、ちょっと説明よろしくね。私はお風呂入ってくるわ。」
アヤは説明をサルに任せて風呂へと向かった。脱衣所で服を脱ぎ風呂場へのドアを開けた。
「うおっ!」
男の声がした。アヤはギョッとして身体を固くした。
「だ、誰?」
「あ、アヤ……。うひょー!」
男はアヤの顔を見た後、下に目を向け素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ……。やだ……。時神未来神……湯瀬(ゆせ)プラズマ?」
アヤは顔を真っ赤にしながら急いでタオルを巻く。
「いやいや……いいもん見た……。もうちょっと胸がなぁ……。」
未来神湯瀬プラズマは真っ赤な髪を肩先で切りそろえており、ところどころはねている。
目の下に赤いペイントをしており紺色の上下ジャージだ。
「なんで時神はこんな変態ばかりなのよ!なんでうちのお風呂に出現するわけ?栄次もそうだったけど……。」
「ん?栄次もいるのか?なんで……。」
アヤの言葉にプラズマは首を傾げた。
「説明がめんどくさいからとりあえず出て行って。今、あっちで栄次が説明受けているから一緒に聞いて。」
アヤはニヤニヤしているプラズマを風呂場から追い出した。
……ふう。
それにしても……とアヤは思う。そんなに時間は簡単にゆがませられるものではない。
時をゆがめることができる神は少ない。故に犯人は簡単に見つかる。
まさか……。
アヤにはもうすでに一人の少女の顔が浮かんでいた。


湯につかったアヤはのんびりと自室に戻った。自室では男達の声がする。妙に楽しそうだ。
「ちょっとうるさいわ……。何やってんの?って……。」
アヤは目の前の光景に驚いた。サルを含めた三人の男が机を囲んでトランプをやっていた。
見た所ババ抜きだ。
「お前の心などすぐに読める。」
「うわー……まじかよ。栄次強いな。」
ババはプラズマが持っており栄次にババをひかせようと必死らしい。
「小生はもう上がりでござるよ~。」
サルも楽しそうだ。
「三人でババ抜きなんて何が楽しいのよ……。それより話は済んだわけ?」
アヤは呆れながら三人を見据える。ちなみにサキはベッドの中で大口を開けて眠っている。
寝相は悪い。
「見える世界と見えぬ世界、陸と壱の世界を説明しており、トランプで裏表の世界を表現しようとしたらババ抜きになってしまったのでござる。お……上がりでござる!」
サルは残っていたエースのペアをバンと机に投げた。
「ババで思い出したけど私、ババが誰かわかったわ。」
「どういう事だ?」
プラズマは最後に残ってしまったババを見つめる。
「人間の歴史を守る神、歴史神。彼女なら時間を動かせるんじゃないかしら?ちょっと前にサキを連れてうちに来たの。」
「サキ殿を連れてきたのは彼女……ふむ。」
「じゃあ、その神を探そう。」
サルと栄次は同時に窓の外に映る月を眺めた。

四話

翌朝……と言っていいのか。とりあえずアヤはくしゃみで目を覚ました。アヤは毛布にくるまりサキが寝ているベッドの横で眠ったのだが色々と不満はあった。まず、目の前で快適そうに寝ているサキを引きずり下ろしたくなった。というのと、サルは丸まって机の上で眠ったため邪魔にはならなかったが問題は栄次とプラズマが邪魔だったことだ。
彼らは成人男性故、身長は高く場所をとる。栄次は座って寝てもらったがプラズマは座って寝る事はできないというのでアヤと直角になって寝ている。つまり、アヤの足先にはプラズマの頭がある。気になって寝返りも打てなかった。
いっそのこと踏んでやろうかと思ったが自分はおしとやかだと思い直しやめた。
「なんで私の家なのにこんなに窮屈なのよ……。」
アヤはぶつぶつ言いながらカーテンを開ける。何時間たったかわからないが外はまだ月が出ている。アヤが動いた気配で過去神、栄次が目を覚ました。
「外は相変わらず夜のままか。太陽と月が動かないかぎり時間は止まったままだな。」
「いいえ。時間は動いているわ。雰囲気が止まっているだけよ。太陽が出ると朝の雰囲気になるでしょ?サラリーマンや学生が慌ただしく走り去る朝の雰囲気……。その雰囲気が夜のままなだけ。」
「そうか。」
「そうよ。」
アヤと栄次の会話でプラズマとサルが起きた。サキはまだ寝ている。
アヤはサキの掛布団を剥いだ。まだ起きない。だらしなく寝ている。それをみて栄次は眉を寄せた。江戸時代の侍にはこのだらしない女が許せなかったらしい。
立ち上がると刀を抜き、サキの顔のすぐ横を勢いよく刺した。
「ちょっ!私のベッド……。」
「うおわああ!」
アヤとサキが叫ぶのが同時だった。アヤは刀が突き立ったベッドを蒼白の顔で見つめ、同時にサキもベッドに突き立った刀を驚愕の表情で見つめている。
「なななな……なんつー起こし方すんのさ!あっぶないなあ!」
「だらしない!まったくだらしない!」
栄次はこちらを睨みつけているサキを上から睨みつけた。刀を引き抜き無言で鞘に納める。
「まあまあ。やわらかい世界になったって事だよ!あの時代よりもね。」
となりでプラズマが栄次を必死で止めていた。
「えーと……ところで外は相変わらずでござるな……。」
サルが話題の転換をしようと外を指差す。
「そうね。外の話はもういいわ。さっさと歴史の神を探しましょう。もううんざり。」
アヤはプンプン怒りながら立ち上がった。


 アヤ達は暗い中、外に出た。サルは元のサルになり、太陽神と連絡を取ろうとしているが音信は不通だ。
 「だが……やはりここは違和感でござるな……。」
 アヤ達は昨日来たコンビニの前にいた。天狗はもういない。コンビニは昨日と変わらずひっそりとあった。
 「じゃあここから調べていこう。」
プラズマはアヤ達を促し、コンビニに足を踏み入れた。アヤも中に入る。明るい店内だが客の姿はない。よく見ると店員もいない。何もないひっそりとした空間だった。
「昨日までは普通のコンビニだったのにいつから……ここのコンビニはおかしくなっ……。」
アヤがそこまで言いかけた時、店内の空間がぐにゃりと曲がったような気がした。横で栄次が刀の柄に手を当てる音がした。気のせいではない。栄次のさらに横でプラズマが固唾を飲む音も聞こえる。
……やばい……
アヤは咄嗟にそう思った。なんだかわからない不安にかられた。サルとサキもおかしいとは感じているが時神達ほどではなさそうだ。
ここに足を踏み入れてしまった事で……時間に関係する何かを大きく崩してしまったような気がする……
「はっ!」
アヤはそこで我に返った。
そ、そうだ!……じ、時間は?時計は?
なぜだか時計を確認しなければ不安で押しつぶされそうだった。
「サル!サキ!誰でもいいから時計を……時間を確認して!」
「……!?わ、わかったでござる!」
サルは慌ててつけていた腕時計を見る。サルは着物でいままで見えなかったがなかなか高級な時計をしていた。
「何?なんなわけ?あたし眠いんだけど。」
サキはうとうととしている。アヤはサキをチョップして起こし、サルに時間の確認を急がせる。
「……。時間が……完全に止まっているのでござる……。」
サルは顔を青くした。
「そんな……なんで今更……。」
焦っているアヤの横で栄次が口を開いた。
「……楔だ。楔がはずれたんだ。」
「楔?」
「本来、俺達時神は会ってはいけない。過去、現代、未来の時間が混ざり合ってしまうからだ。そしてそれが混ざり合う事で虚無の空間ができる。過去でも未来でもなく、もちろん今でもないそんな空間ができてしまう。」
「ああ、それはそうだね。確かに本来は会わないもんなあ。で、楔って何?」
プラズマは目を忙しなく動かしながら栄次の言葉の続きを待つ。彼もかなり動揺している。
「今出ているこの空間は過去でも今でも未来でもない。俺達が会った段階でこの空間が出てもおかしくないのだがなぜ今頃になってこんな事になったのか。」
栄次の言葉にアヤはハッとした。
「……誰かがこのコンビニを楔として作り、この空間が出ないようにしていたって事?」
「じゃないのか?」
「このコンビニに時神三人が入ってしまった事によって楔が壊れちゃったのか。」
プラズマも頭をひねりながら考えている。
「えー……そうなると、夜の空間を作った者とこのコンビニを楔にした者は別者って事でござるな?夜にした者は時神をこの夜の空間に集めたかった……。その野望を知っていた者が阻止しようとコンビニを改造した……でござるか?」
サルは眉間にしわを寄せながら唸る。
「いや、俺にはそうは見えないね。夜にしたやつとコンビニを改造したやつ、どっちも同じやつなんじゃないか?」
プラズマの発言でアヤ達はさらに頭を抱えた。
「何のために?時間止めたかったんじゃないの?コンビニ改造したら私達が集まっても時間が止まらないじゃない。」
「なんか夜にしなきゃなんない理由があって、時空のゆがみをいち早く感知するだろう俺達がこの時代に来ることを想定してコンビニを改造した……とか。」
プラズマは未来神であるため、時たまある一つの未来が横切る事があるらしい。何かを見たのかもしれない発言だった。
「じゃあ、犯人は時神をここに集めたかったわけじゃないのね。夜のままにしておくと時神が来てしまうだろうと判断した。その防御策でこの空間が出ないようにコンビニを……。」
アヤはプラズマを仰いだ。プラズマは頭をかきながら唸っていた。
「なーんか難しい話でよくわかんないけど帰って寝ていいかい?」
サキはのほほんとした顔で焦っているアヤ達を見ている。
「帰るってどこによ……。」
周りは混沌としており、コンビニの面影はなく、ただ真っ暗な空間だけが果てしなく広がっていた。この空間が過去、現代、未来が入り混じった世界なのだ。宇宙と似ているかもしれない。
宇宙は過去であり、現在であり、未来である。宇宙を調べる技術、光や空間の研究が進めば人間だって未来に行けるかもしれない。そんな希望を抱き、現在の地球から過去の星々を眺める。可能性を秘めた宇宙……。それに似ているがここは違う。この空間は絶望的だ。希望ではない。
「おい、これからどうするんだ?」
栄次が誰にともなく聞く。皆黙り込んでしまった。
「とりあえずここは三人くらいずつに分かれて出口を探したほうがいいんじゃないか?」
「まあ、ここにいるわけにもいかないしね。」
プラズマとアヤは頭を抱える。
「じゃあ、時神殿はあちらの方を散策してほしいでござる。小生とサキ殿はこっちを……。」
サルははじめに指差した方と真逆を指差した。
「それよりなんで時神三人セットなのよ?」
「この空間が出た以上は時神をばらすのが怖いのでござるよ。時神は本来三人で一人。分けるべきではござらん。」
アヤの言葉にサルは目を細めた。
「まあ、いいわ。とりあえず行きましょう。」
アヤは目で促し、プラズマと栄次は深く頷いた。


サキとサルは真っ暗な空間をただひたすら歩いていた。
「真っ暗だねえ……。あー、だるい。」
「ほら、頑張って歩くでござる。」
サルはやる気のないサキを励ましつつ足を前に出す。このままどこまでもこの空間が続いていそうだ。すべてにおいて先が見えないと人はやる気をなくす。だがサキの場合ははじめからやる気がない。
「ちょっと疲れた。寝る。」
「ああ!コラ!こんなところで寝るのはダメでござる!」
サルは横になりはじめたサキを無理やり起こし歩かせた。これはいろいろと先が思いやられる。
「あ……?」
サルがため息をついていた時、サキが急に走り出した。
「んん?今度はなんでござるか!サキ殿?サキ殿!」
サルは慌ててサキを追うがなぜかいっこうにサキに追いつけない。サキは何かに導かれるようにある一点だけを見つめながら走っていた。どう見てもあきらかに何かを見ていた。でもサルには何を見てサキが走り出したのかわからなかった。目の前には何があるわけでもなくただ真っ暗な空間があるだけだ。
そして時間と空間がおかしいからなのかサルの動きは鈍い。それに比べサキはどんどん加速している。追いつけないと悟ったサルは届くわけないサキを掴もうと手を伸ばした。
刹那、目の前に白い光が現れ、サキはその中に吸い込まれて行った。サキが消えたと同時に空間はもとの真っ暗闇に戻ってしまった。
「さ、サキ殿!」
サルは足を止め、その場に立ち尽くした。
……なぜ……あの光りが突然?
……あれは……あの光りは……太陽の光り……
……という事は……サキ殿は……
「陸の世界へ行ったか、この夜の空間から出たかでござるか……。」
誰かがサキ殿だけ外に出した……
サルは足から崩れ落ちた。

五話

アヤ達は出口を探して彷徨っていた。
……大きなのっぽの古時計……おじいさんの時計……
急にどこからか幼い女の子の声が聞こえた。栄次は咄嗟に柄に手を伸ばし、プラズマはあたりを見回す。
「こ、この声……。」
アヤは不安そうに立ち止った。幼い女の子は音をはずしながら大きな古時計を歌っている。
アヤにはこの声が誰だかわかっていた。
……おじいさんのうまれた朝に買ってきた時計さ……
この声は……私だ。幼い頃の私。
アヤの目の前に突然ある情景が浮かぶ。六歳かそこらのアヤが古い振り子時計の前で座り込んで泣いている。遠くの方で男と女の怒鳴り声が聞こえた。
アヤは咄嗟に思い出した。あれは父と母だと。
「あれは誰の子なんだ!」
「知らないわ。気持ち悪い……。」
「気持ち悪いってあれは俺の子じゃない!似てなさすぎだ……。言っている意味がわかるか?」
「なによ!私にだって似てないわよ!」
父と母は怒鳴っている記憶しかなかった。時神は覚醒するまで輪廻転生を繰り返す。もともと人間として生まれ徐々に神へとなっていく。
だからアヤがこの夫妻に似ているわけがなかった。間違いなくこの母から生まれた子供だが顔が全くの別人。時神のシステムを知っているはずがない人間には酷な状況だ。
そう、この時のアヤも時神になるなんてことは知らず、ただひたすら自分を責め続けた。
……なんで似ていないのか。父と母の関係を壊してしまったのは自分だ。
そのうち父は家を出、母は毎日泣き崩れながら自分に似ている我が子を探して歩いていた。
アヤは耐えかねて早いうちに家を出、一人暮らしを始めていた。
幸いお金は出してくれていたのでバイトができなかった時はそれに甘えていた。高校になってバイトをはじめ、時神になってからはもう両親とは疎遠だ。
そんな運命を知る事のないこの時のアヤはただ泣きながら古い時計の前で大きな古時計を歌う。歌に集中する事で両親が何を話しているのか聞かなくて済んでいた。
「はあ……嫌な記憶思い出したわ……。」
アヤの困惑ぶりに栄次とプラズマは眉をひそめる。
……嬉しい事も悲しい事もみな知ってる時計さ……
歌は相変わらず続く。
「もう、なんなのよ。やめて!」
「おい、大丈夫か?アヤ……。」
耳を塞いだアヤに栄次とプラズマが心配そうに近寄る。
 ……今はもう動かないその時計~……じゃな?
 最後のフレーズだけ違う女の子の声だった。
「!」
気がつくと空間に少しヒビが入っていた。そのヒビから歴史神、ヒメちゃんがひょっこり顔を出す。
「歴史神!流史記姫神!」
「ううん。そんなに睨んで言わなくてもいいのじゃが……怖いのう。」
ヒメちゃんは怖い顔で睨んでいる時神三人を怯えた目で見つめる。
「あんたが元凶ってわけか?」
プラズマの鋭い目がヒメちゃんを捉える。
「うーん……。夜を止めてたのはワシじゃよ?時神が来てもいいようにコンビニを建てたのもワシじゃ!まあ、それにはふかーい理由があってじゃのぉ……。」
「それよりもまず、なんで私の声が聞こえたのよ……。」
アヤは不機嫌そうにヒメちゃんを睨む。
「時神のこの空間は硬くて中に入り込むのが大変なんじゃ……。時神が作り出したこの空間、時神と何か共通したものがあれば入れるかと思っての。歴史神の力量でアヤの人間時代の歴史をいただいたのじゃ。歌は特にイメージが残りやすいからの。昔話や忘れたくない事を歌にして残す……昔の人がよくやっておった。アヤにはすまぬが一番記憶に残っておると思ったゆえに使ってしもうたのじゃ。」
 ヒメちゃんはすまなそうに下を向いた。
「ああ、そう。別にいいわ。それより何が起こってるのよ……。」
「あの怠け者が陸の世界へ行ってしまったのじゃよ。今頃サルは大混乱じゃろうなあ?」
 ヒメちゃんの言葉にアヤは眉をひそめた。
 「なんで私達がサルといる事を知っているのよ?」
 「そっちに反応を示すのかの?ワシは遠くからずっとおぬしらを見ておったのじゃ!」
 ヒメちゃんは意味もなく胸を張った。アヤはあきれながら他の時神を眺めた。
 「それよりサキが陸の世界に行っちゃった話はなんなんだ?」
 プラズマはアヤの視線を受けつつ、つぶやいた。
 「わからぬ。いきなり行ってしもうた……。」
 「お前が何をしようとしているかは知らんが……とりあえずここから出たい。何かあるか?」
 栄次はヒメちゃんを睨みながら腕を組む。
 「うむ。おぬしからは美しい笛の音が聞こえるのぉ……。」
 「……!」
 まったく的外れな発言だったのだが栄次は深刻そうな顔をヒメちゃんに向ける。
 「それを使って出ようぞ?アヤの歴史を持ってくるのはなんだかかわいそうじゃからの。」
 「……俺の……俺の歴史はどうでもいいのか……。」
 「じゃがプラズマにはそれに関する深い記憶がないからのぅ……。やはり栄次じゃのう……。」
 ヒメちゃんは困った顔をプラズマに向ける。
 「まあね。俺はいつも時代に流されながら生きていただけ。俺は幸い強い未来神が現れなかったからずっとこのまま生きていたさ。何百年もな。だいたい、人間だった時の記憶なんて大したことなかったからなんも覚えてないしねぇ。」
 アヤはプラズマから目を逸らした。
 ……時神の仕組み……時神は人間から始まる。徐々に神格を賜り神となる。その段階で時神としての力量は決まり、その時神の時間は流れる事なく止まる。
自分よりも強い力を持つ時神が現れた時、劣化がはじまる。法外な時間を生きる神だがもともと人間だったため、劣化がはじまると人間の力が流れ込み、止まっていた時間が急激に動き出し、その時神は死ぬ。
つまり自分よりも強い時神が現れなければその時神は永久に生きられるのだ。人間が生きる事ができる範囲の時間ならば新しい時神が出る事はない。死との恐怖に怯えながら生きなければならないのは百年を超えてからだろう。
「俺のは勘弁してくれ。あれは人間最後の最悪な記憶なんだ。」
栄次はうんざりした顔をヒメちゃんに向けた。
「う、うむ……。わかったのじゃ。さすれば……どうしようかの……。」
「とりあえずサルを探さない?今頃一人で彷徨っているわ。」
「そうじゃな。サキが陸の世界に行ってしもうたのならばサルと合流しておいた方がよいの。」
ヒメちゃんは時神達を見回す。
「サルは俺達とは逆に歩いて行った。あの男も馬鹿じゃないだろう。この一直線上からは動いてないはずだ。」
栄次が真っ暗な空間を睨む。
「まあ、とりあえず行くか。」
プラズマは大きく伸びをすると歩き出した。
「うむ。行こうぞ!アヤ!」
「ええ。」
ヒメちゃんとアヤもプラズマに続き歩きはじめた。


サキは足を止めた。視線を空へと向ける。太陽と青い空が目に飛び込んできた。
そして気がつくと自宅への道にいた。
……暑い……
……あれ?あたし何してたんだっけ?なんか今まで夢の中にいた気分だ。
……とりあえず家帰って寝よう。
サキはフラフラと登山道のような道を登る。しばらく歩くと前から小学校低学年くらいの女の子が歩いて来ていた。赤いランドセルにリコーダーを差し、ランドセルのフタを閉めていないのかフタの部分がパカパカと動いている。黒い髪にオレンジ色のワンピースを着た女の子……。
サキは目を見開いた。
……え……?あれはあたし?
しばらく目を離せなかった。頬に伝う汗もそのまま空虚な目をしたその女の子はサキの横を顔色一つ変えずに通り過ぎた。まるでサキが見えていないみたいだった。
「ちょ……ちょっとあんた!」
サキは女の子の肩に手を置いた。
「ん?」
女の子はこちらを振り向いた。
「あ、あんた……な、名前は?」
「……?サキ。」
焦っているサキとは正反対に女の子は無表情で答える。
「サキ?い、家はどこ?」
「家?この上。おねぇさん誰?」
女の子はサキを空っぽな瞳で見つめる。
「さ、サキだよ。あたしもサキ!」
「ふーん。」
女の子は別に驚く風でもなくサキを見据えている。
「あ、あんた、学校?」
「うん。朝の八時になったから登校する。」
女の子は事務的に口を動かす。
「お、おかしいだろ……これ。な、なんなんだよ……あんた……なんであたしがいるんだよ……。」
「おねぇさん、頭大丈夫?病院行った方がいいよ。」
女の子は頭を押さえているサキを無表情で眺めている。
「そんな……小学生?あたしは高校生だった……はず……?え?あれ?え?」
……何これ……
サキは無表情の女の子を怯えた目で見返した。瞳同士が合った時、サキは思い出した。
……そうだ……
……あ、あたしはまだ……
……あたしはまだ……
……小学生だったんだ!


サルはすぐに見つかった。暗い空間の中、一人佇んでいた。
「サル!」
アヤの声掛けにサルは肩をビクッと震わせてこちらを向いた。
「皆の衆……と……。」
サルはアヤ達を見た後、その後ろにいるヒメちゃんに目を向ける。
「サキ殿に何をしたのでござる……。何が目的でござるか……。」
サルは細い目を見開き、ヒメちゃんを睨みつける。声は平常だが瞳孔は開いており、今にもヒメちゃんに掴みかかりそうだ。
「ワシは知らぬ。あの娘が消えたので心配になってこの空間に入り込んだのじゃ!」
ヒメちゃんはアヤの後ろに隠れながら叫ぶ。
「どういう事でござるか?そちはこの件に関して無関係だと言うのでござるか?」
「そういう事じゃないのじゃ……。」
ヒメちゃんが完全にサルにおされているのでアヤが説明をした。
「夜を止めていた元凶は彼女みたいだけどそれにはふかーい事情があるらしいわよ。何かは知らないけれど。あ、それとサキを陸へ飛ばしたのは彼女ではないわ。」
「……やはりサキ殿は陸へ……。」
サルは細い目をさらに細め、ヒメちゃんを睨む。
「ワシは知らぬぞ?本当じゃ。とりあえずここから出ようぞ?」
「出られるのでござるか?」
サルは腕を組みながら様子をうかがった。
「そこの過去神か、未来神の歴史を共有すればのう……。」
ちらりと栄次とプラズマを見るヒメちゃん。
「俺のか……。」
栄次は顔を渋らせてヒメちゃんを見返した。
「俺のは無理あるんじゃない?」
プラズマは余裕のある笑みをヒメちゃんに向けた。
「……確かにのぅ……プラズマは元が人間離れしておる……。人間としての印象深い記憶がまったくないのじゃ……。引きずらず、時に流される……一番時神らしいかもしれぬな。おぬしは時神としての才能が最初から備わっていたというところじゃな。」
「あー、そう。嬉しくないスキルだね。才がありすぎて俺より力持ったやつが出て来れないって事かな?だから俺はいつまでたってもこの世界からおさらばできないのか。」
プラズマは笑顔のまま栄次に目を向ける。
「俺は引きずる方だ。……才がないのだが過去神が現れず俺はいまだに生きている……。時神になってからも引きずっているものは多い。まあ、いい。俺のを使え。どうせ忘れられない記憶なのだから……。」
そっと目を閉じた栄次を心配そうに眺めながらヒメちゃんは手をあげた。
「ならばもらうとしようかの……。おぬしの記憶を……。」
ヒメちゃんが言葉を発した瞬間、どこからか笛の音が聞こえてきた。
それと同時に音色と重なるように女の人の声がぼんやりと耳に入ってくる。
音色に合わせて歌っているらしい。だが歌詞はない。「ラ」だか「ル」だかの声しか聞こえない。これは平安時代あたりの記憶のようだ。
……姉上……。
栄次はぼんやりとその声を聞いている。あの時の記憶が鮮明に蘇ってきた。
俺が吹いている笛の音に合せて姉上が口ずさむ歌……。
栄次はあの頃、まだ幼かった。幼かったのにも関わらず戦地へ行かなければならなかった。
それだけこの名もなき村は窮地に陥っていた。この村を取り仕切る者に従い、栄次は戦地へと向かった。これはその直前の記憶だ。
「姉上、俺の笛の音、そんなにいいですか?」
「うん。私は好き。だから、ちゃんと帰って来てまた吹いてね?約束よ。」
姉が切なそうに笑うので見かねた栄次は笛を姉に渡した。
「これ。預かっててください。戦地では邪魔なだけですし、それに……お守りとして姉上に持っていてほしいのです。」
「そう。わかった。」
栄次は姉の顔をろくに見もせずに走り去った。
自分が死ぬという事は考えていた。だが、姉が死ぬというのは考えていなかった。
あの時の栄次は無我夢中で戦地を駆け、生き抜くことだけを考えていた。結局、戦は大敗したが栄次はなんとか生き残った。ボロボロの体で村に戻ったがそこに村はなかった。
騎馬の通り道だったのか戦地がここまで広がっていたのかはわからないが邪魔な村をひとつ消したという風に家々すべて焼かれていた。栄次は姉を探した。
栄次の家があった付近で白骨化した死体がうずくまっていた。栄次にはそれがすぐに誰だかわかった。
「あ……姉上……。」
その死体は大事そうに栄次が愛用していた笛を抱えていた。焼かれずに原型を保ったまま残っていた笛はもう奇跡としか言いようがなかった。
今考えるとその笛が無事だったのは自分が無意識に笛の時間を止めていたからなのではないかと思う。あの時から自分は時神だったのだ。
そう思う故、それを人間最後の記憶にした。
「……ふう。」
栄次がため息をつく。気がつくと路地裏にいた。
 「出られたわね。」
 アヤが空を仰ぐ。空は相変わらず暗い。
 「ここはどこじゃ?」
 ヒメちゃんが不安そうな顔をこちらに向けていた。
 「俺は知らないなあ。アヤ、どこだ?」
 「ええと、よくわからないわ……。」
 プラズマが栄次を気にしつつ、アヤに質問する。アヤもわからず首を傾げた。
 どこだかはわからないが閑静な住宅街の路地裏のようだった。
 「栄次殿、大丈夫でござるか?」
 「俺は問題ない。」
 栄次は顔には出していないが相当まいっているようだ。サルは平然とたたずむヒメちゃんに目を向けた。
 「歴史の神、さすがという所でござるな。」
 「ん?何がじゃ?」
 「だいの男があんなにまいっておるというのに一緒に記憶を共有した君は大丈夫そうでござるな。」
 「……!」
 サルの言葉にヒメちゃんは目を見開いた後、悲しそうに下を向いた。
 「申し訳ない。そんなわけないでござるな。」
 ヒメちゃんの表情を見てサルは自分の発言を訂正した。
 「別によいのじゃ。何度もこういうのは見ている故な。」
 ヒメちゃんは表情を元に戻し、あたりを見回した。
 「これからどうするの?」
 アヤのつぶやきにヒメちゃんは頭を捻る。
 「うーむ。あの空間はいまだにあの場所に出ておる。時神三人集まると今度はここにそれが出てしまう恐れがあるのぉ。もう一度、楔をつくる故、しばし待たれよ。」
ヒメちゃんは路地裏にあった自転車を触り、何かもごもごとつぶやいた。
「何しているの?」
「今度はこの自転車が楔になるように設定したのじゃ。時神三人が触らんかぎりあの空間は出ん。」
「なるほど。」
「時神三人の空間に歴史を織り交ぜる事でうまくこの世界の帳尻を合わせたのじゃ!だからあの空間が出んのじゃよ。」
ヒメちゃんはえへんと胸を張った。
「それはいいがサキ殿を早く探さないとでござる……。」
サルは焦りながらヒメちゃんに詰め寄る。
「わかっておる。……む!」
ヒメちゃんが何かを感じ咄嗟に後ろを向いた。栄次が刀の柄に手を伸ばす音が聞こえる。
アヤも恐る恐るヒメちゃんの方を向いた。
「元凶は君らであるな?」
暗くて顔は良く見えなかったがこの声で誰かすぐにわかった。
「あなた、天狗……。」
「見つけたのである。あの娘を使い、何を企んでいるか。歴史の神よ。」
天狗はアヤを見向きもせずヒメちゃんを凝視している。
「降参じゃ……。バレてしもうたか。じゃが、事態はもっと大きいぞい。今回は壱と陸をまたがる大騒動じゃ。そしてワシはあの娘とは無関係じゃ。だがあの娘を守り監視しておる。」
「守り……?」
「とりあえず審議のため来ていただくのである。」
ヒメちゃんと天狗の声が静かな路地裏に響く。
「彼女が連れてかれるのは今少し困るのだが。」
栄次がヒメちゃんをかばうように立った。
「よい。」
ヒメちゃんは栄次の身体を柔らかく押しのけ、天狗に向かい歩き出す。
「ちょっとあんたがいないと俺達どうすればいいわけ?あんた、なんか知ってんだろ。」
プラズマが慌ててヒメちゃんに手を伸ばした。
「どうにかして陸に行くのじゃ。もうサキもおらぬ事だしこの夜を解除する故な。そしてサル。おぬしは何を言われても太陽神の命令は聞くでないぞ。そしてなんとしてもサキを守るのじゃ。」
「……っ!」
ヒメちゃんの言葉にサルは眉をひそめた。
「まずは夜を止めていた経緯について聞くのである。ついて来ていだだこう。」
天狗はしびれを切らしている。
「わかったのじゃ。本当はこんな事をしておる場合ではないのじゃがなあ……。この世界の神達に説明しなければならぬか……。めんどくさい故、最小限でなんとかするつもりじゃったがサキが向こうに行ってしまったからにはしかたあるまい。……ブツブツ。」
後半はブツブツ言っていて何を言っているのかよくわからなかったがヒメちゃんが事件にだいぶん関与している事がわかった。ヒメちゃんはちらりとアヤを見た後、天狗の方へ向かって歩いて行った。天狗はヒメちゃんの手を取ると跡形もなく消えた。
「……なるほど……何か太陽の方で面倒事が起きているようね。そしてサキもそれに関与している。」
アヤがサルに目を向ける。
「そのために小生をこの空間に隔離したのでござるか。小生達サルは太陽神の命令に逆らえないのでござる。だから通信を切るために小生を……。」
サルがそこまで言った時、急に光が射した。太陽が昇り始めたのだ。つまり夜明けになった。
 空は黄色のような濃い蒼のような色に染まっている。
 「夜明けだ。太陽がすごく眩しく感じるな。」
 栄次は登る太陽を見ながら目を細めた。
 「私達にとっては夜の時の方が安全だったって事よ。……歴史の神に守られていたからね。今はそうはいかない。」
 「そうだな。何が起こるかわからないって事だろ?夜明けがきれいだとかなんだとか言ってらんないな。」
 プラズマはアヤの言葉にやれやれと手を振った。
 太陽が昇るにつれてあたりは初夏の陽気に包み込まれていた。
 「太陽神の命令は聞くなと……酷な事を言うでござるな……。陸に渡るには太陽に行かねばならぬというに……。」
 「でも一つだけ気がついたわ。今、陸は夜なわけよね?太陽神達が敵だとするなら今、サキは安全って事よ。向こうは月が出ている。」
 頭を抱えているサルを励まそうとアヤは口を開いた。
 「そうでござるな。何故、歴史の神が太陽神からサキ殿を守ろうとしていたのかはわからぬがとりあえず今は安全でござるな。あの神はなかなか頭がいいでござる。」
 「とにかく太陽に行けばいいのか?どうやって?」
 栄次は渋面をつくりながらサルを仰いだ。
 「普通に行けるがそれには日没を待つ必要があるのでござる。早めに行っても陸に渡れるのはこちらで太陽が沈んでから……。太陽が大変な事になっておるのならなるべく今は身を隠して渡れるべき時に渡った方がよいと小生は思うのでござる。」
 「正論だな。」
 「そうね。」
 栄次とアヤはサルの言葉に納得した。
 「それより、俺達時神は元の世界に帰れるのかい?そっちのが心配だが。」
 プラズマはぽりぽりと頭をかきながらアヤを見る。
 「まあ、今はこの事件を終わらせてから考えましょう?」
 「まあ、いいけど。」
 「とりあえず、ここがどこだかわからないけど身を隠せる場所を探しましょう?」
 アヤはプラズマから目を離すとサルに目を移す。
 「そうでござるな。」
 サルはゆっくり頷いた。アヤ達はお互い頷き合うと身を隠せる場所を探すため動き出した。

六話

 「で……?あんた学校行くんじゃなかったかい?なんか知らんが夕暮れになってしまっているが……。」
 サキが小学生のサキにやんわり話しかけた。
 「じゃあ、おうち帰る。」
 「じゃ、じゃあ、あたしもついてっていい?一緒に寝かせてよ。」
 サキは頭が混乱していたのでとりあえず一度寝ようと思った。
 「いいよ。あたしは自分が寝るとこがあればいいから。」
 小学生サキは怪しむ風もなくサキの要求を飲んだ。二人はなんだかわからず今度は自分の家目指して歩き出した。
 山道のような坂を登るとサキの家があった。それは先ほどまで自分がいた家そのまんまだった。
 「家は変わってないな……。あたしんちだわ。」
 サキはほっとした顔で家を眺めた。
 「あんたの家じゃなくてあたしの家だけど……。」
 小学生サキがサキを呆れた目で見つめる。
 「もうなんかいいや。さっさと寝よ。」
 サキはさっさと家に入り込んだ。
 家の中もヒメちゃんが現れた時と何にも変わっていなかった。だが、一つだけ変わっていた。
 「お母さん、この人うちに泊めるわ。」
 「!?おかあさん?」
 小学生サキが当たり前に出した言葉にサキは驚いた。サキには両親がいなかったはずだ。親の顔もわからない。そういうレベルだったのだがこのサキには母がいると言う。
 顔は見たかった。でも身体は無意識に後ろに退いている。会うなと言っている。
 しかし、時すでに遅しサキの母と思われる女性がキッチン方面から顔を出した。
 「いっ……!」
 サキは女性の顔を見て蒼白になった。
 「どうぞ……。」
 部屋に招き入れる女性は目がなかった。いや、あると思われるが不思議と目が見えない。髪の毛は額まで上がっているのにどうしても目だけが見えない。なぜか目から鼻にかけて黒く霞んでいた。
 髪は若そうなのに白髪でポニーテールにしている。口角が上がっているので笑っているようだ。
 「いらっしゃい。もう一人のサキ。」
 「あたしがわかるのかい?」
 「わかるわ。私の子供だもの。」
 「!」
 サキは何とも言えない気味悪さを感じた。
 「それと……一匹だけ帰還命令を無視したやつがいるわね……。」
 「?」


 ジジ……ジジ……とノイズ音のようなものが耳に響く。サルは慌てて聴くことに集中した。
 「どうしたの?サル……。」
 アヤが心配そうに見つめる中、サルは細い目をわずかに開いて声を拾う。間違いなく太陽からの通信だ。いつもはこんなにノイズが入らないのだがやはり太陽になにかよからぬことが起きているのか。
 「太陽から通信でも来ているのか?」
 「まあ、そうなのでござるが……何を言っているのかほとんどわからんのでござる。」
 栄次の言葉にサルはふうとため息をついた。
 「で、結局アヤの家に押しかけちゃったけど夕方になるまでここから出ない気なのか?」
 プラズマはカチカチ忙しなくなっている時計に耳を傾けながらサルに目を向ける。
 ここはアヤの部屋。隠れる場所が見つからず結局ここに戻ってきた。迷いながらだったがアヤの家は無事にあった。
 「……むむ……。」
 「おい、大丈夫か?」
 「……ど、どうやら、き、帰還命令が出でいたらしいのでござる……。」
 サルはプラズマの言葉に耳も傾けず、ただ頭を抱えた。
 「帰還命令って太陽から?」
 「そうでござる。聞くなと言われても身体が勝手に動く……これが太陽神の使いサル。やはり一度太陽へ行きとうござるな……。」
 「ダメよ!危険なんでしょ?どうせ行かなきゃならないんだからそれまで落ち着きなさいよ。」
 アヤがなだめ、サルは浮かせた尻を元に戻した。
 「わかったのでござる……。無視を決め込むでござる!」
 「とりあえず気が散るならトランプでもやるか?」
 プラズマがトランプを回しながらにこりと笑う。
 「またババ抜き?」
 アヤは呆れた目をプラズマに向けた。
 「だってさ、あんまり複雑なのだと皆わかんないだろ?バックギャモンとかをやろうなんて言ったらルール説明するのもめんどくさいしさ。」
 「なんでトランプでバックギャモンなのかわからないけどあなたの言いたいことはわかったわ。時代がバラバラだし、一匹はサルだものねぇ……。」
 「そういうこと。栄次とかにルールを説明するのにババ抜きって簡単だろ。ジョーカーをひくな!同じやつが来たら前に出せ!それだけでいい。」
 「まあ、確かにね。」
 プラズマはちゃぶ台を持って来て置くとトランプを配り始めた。
 「何度も言うが……俺は人の心がだいたい読めるのだがな……。」
 栄次がつまらなそうにトランプを受け取る。
 「まあ、これなら集中できるから大丈夫でござるなあ。」
 サルは自分のトランプを眺めながらさっと顔を青くした。おそらくババが配られていたのだろう。
 「わかりやすい男ね……。」
 アヤは頭を抱えると自分のトランプを眺めた。


 サキは小学生サキの部屋で来客用の布団をひいて眠っていた。その隣で小学生サキも寝ている。
 サキは来客用の布団が押入れにしまってある事を知らなかった。ここはやはり自分が知っている家ではないらしい。
 だがサキにはそんな事どうでもよかった。寝て起きたら夢だったという展開を期待していたため、深い事はあまり考えずに眠った。
 そんな眠っている二人を眺めながらダイニングにある椅子に座り女は手を組む。
 ……すべて計画通りね……。歴史の神……流史記姫神……だったか、あれが私のやろうとしている事に気がつき、阻止してくるとは思っていた。あの神はサキに近づき、サキを守るため時神を呼び寄せる結界を張った。あの神が時神をすべてこの時代に集めてくれた。あの神はうまく私の計画を阻止できたと思っているのだろう。マヌケね……。あなたからすれば守らなければならないサキはこの小さいサキなのに……。
 女は小学生のサキをいとおしそうに見つめた。
 太陽にいるやつらには命令は出してある。勝手に行動する事はないだろう。ただ、一匹を除いて。
 とりあえずこちらで月が出ている間は何もできない……。しばし休むとしましょう。
 女は口元だけでクスッと笑うとゆっくり立ち上がった。


 お昼をまわった。白熱したババ抜きは百二十戦をむかえた。
 「あー……なんていうか……もう嫌だな……。」
 プラズマがうんざりした目で一枚だけになったジョーカーを眺める。
 「集中力はもう限界でござる……。」
 サルもげんなりした顔を向ける。栄次はいつも一番に勝ってしまうので座禅を組んで時間を潰していた。
 「ええ……もうパターンが決まってきたわね……。サルが負けるかプラズマが負けるか……。ちょうどいい時間だしお昼にでもしましょうか?」
 アヤはやや疲れた顔で大きく伸びをした。
 「賛成。なんかあるのか?メシ……。」
 プラズマがちゃぶ台に突っ伏しながらアヤに聞く。
 「鰈とカレールーならあるわ。」
 「ダジャレか?まあ、いいや。」
 「俺は鰈しかわからんが……なんか新しい食べ物か?」
 プラズマに向かい栄次が声を発した。
 「混ぜたらいいんじゃないか?なあ?栄次に新種の飯を食わせてやろう!アヤ、台所借りる。」
 「ええ……いいけど。」
 そそくさとアヤの部屋を後にしたプラズマを眺めながらアヤはため息をついた。栄次はきょとんとした顔をアヤに向けていた。
 「なんか嫌な予感がするが……。」
 「大丈夫よ。たぶん。カレールーはなんにでも合うように作られているから。」
 しばらくぼんやり待っていたらプラズマが鼻歌を歌いながら土鍋をひとつ持って来た。
 「ほれ。」
 ちゃぶ台に土鍋を置き、フタを開ける。真っ白な湯気の中で茶色になった鰈の切り身が浮いていた。匂いはもちろんカレーである。
 「おいしそーって反応はできない出来ね。」
 アヤがお椀やハシを準備しながらつぶやく。
 「ふむ。これは体験した事のない匂いがするな。」
 「とりあえず食べてみるでござる。」
 栄次とサルは恐る恐る鰈の切り身をお椀にうつし、一口食べた。
 しばらく無言で咀嚼している二人を見ながらプラズマは返答を急かした。
 「なんか言えよ。」
 「まあ、普通に食べられるな。」
 「案外普通でござるな?」
 栄次とサルはふむふむと唸りながらもくもくと食べる。
 「普通ってなんだよ……。一番微妙な答えだな……。まあ、確かに普通以外なんも言えないけどな……。」
 プラズマは若干むくれながら鰈を頬張っていた。
 「きっと甘さが足りないのね。」
 アヤは吟味しながら食べていた。これはもしかしたら晩御飯のメニューに付け加えられるかもしれないと思っていたからだ。
 「アヤは気に入ってくれたみたいだな。」
 「別にそうじゃないけど……。」
 アヤ達は特に会話もせず鰈を頬張り、午後のまったりした時間に入った。暇を持てあましたアヤがトランプで七並べを考案した時、何とも言えない殺気が漂ってきた。栄次がそれにいち早く気がつき、目を見開いた。
 「なんかいるわね……。この辺に。」
 「ずいぶんとむき出しな殺気だな。俺達を外におびき出させるためか?」
 アヤとプラズマも気配を探ったが栄次よりは感じ取れなかった。
 「……太陽の者が動き出しているようでござるな。」
 サルは冷や汗をかきながら不安げにアヤ達を見つめた。
 「ここで籠城しててもしかたないわ。どっちにしても太陽へは行かなければならないんだから。太陽の神々は私達を外に出させようとしているわけでしょ?中に入って来ないんだからね。だったら今出ちゃいましょう?」
 「アヤはけっこう無茶ブリするのか?」
 アヤの言葉にプラズマが眉を寄せる。
 「だってしょうがないじゃない。」
 「相手は複数の太陽神、使いのサルだ。俺達人間上がりの神が勝てる相手なのか?」
 栄次は刀を左腰に差しながらつぶやいた。
 「もうこのまま太陽まで逃げながら行くしかないでござるな。」
 「このまま外に出たら思うツボじゃないのか?」
 プラズマはやれやれとため息をつく。
 「しかたないのでござる……。どっちにしろ、太陽へ行くには太陽神を祭っている神社へ行く必要があるのでござる。近くにギリギリ太陽神として祭られている神がいるのでござる。昔から食物神だが時間がたつにつれて、食物が育つために大事な太陽も信仰心として手に入れたらしいのでござる。」
 「それって、うちの近くの神社?ちょっと行った所にあったわね。そういえば。」
 サルの言葉にアヤが口を挟んだ。
 「そうでござる。そうと決まったらさっさっと行くべきでござる!」
 「やけに急いでるな……。やっぱり本能には逆らえないか。」
 サルがあまりにもそわそわしているので栄次もゆっくりと立ち上がった。
 「窓から飛び降りよう!こういうのはいきなりがいいんだ!」
 プラズマは窓を開けるとアヤを指差してにこりと笑い、ぴょんと飛び降りて行った。
 「いきなりすぎるわ!ちょっと……ここ四階……きゃあ!」
 アヤが戸惑っている暇もなく、栄次に担がれ、そのまま外へと連れ出された。
 サルも後に続く。
 「きゃああ!」
 アヤの絶叫をうるさそうに聞き流した栄次はもう前を走り去るプラズマを目で追っていた。いつのまにあそこまで行ったのかサルがプラズマの前を走っていた。それを追うように太陽神達が群がっている。栄次は四階から飛び降りたが何事もなく着地し、アヤを抱きなおした。
太陽神、使いのサル達はいきなりアヤ達が飛び降りてきたので驚いていた。固まっていた陣形がだいぶん崩れている。
 「もうやだ……。私の部屋、四階なのよ!なに馬鹿な事やってんのよ!」
 「神社はあっちだな?しっかりつかまってろ。そんな簡単にいかせてはくれないようだ。」
 栄次は片手でアヤを抱きながら右手で刀を抜く。色々とすごい力の持ち主だ。
 栄次は走り出した。アヤにはよくわからなかったが栄次が振るった刀の先で金属音が響いていた。太陽神か使いのサルが金属製の武器で栄次を襲っているに違いなかった。
 しばらくして栄次はプラズマとサルに追いついた。
 「お、やっと来たか。アヤはこういうのに慣れてなさそうだからなあ……栄次じゃなきゃ守れないな!俺は刀とか使えないし。」
 プラズマはなぜか楽しそうだ。アヤのような身体能力の高くない神をあまり見た事がないらしい。
 「あなた達みたいに化け物じゃないの。私は普通の高校生だったんだから。こないだまでね。足だって速い方じゃなかったし、体育のマラソンだって後ろの方だったし……。ごめんなさい。栄次、ありがとう。驚いて取り乱したわ。」
 「これはプラズマが悪い。無茶をしすぎだ。」
 栄次は刀で太陽神の攻撃を弾く。
 「悪かった。でもしかたなかっただろ?敵は外にうじゃうじゃいたんだからさ。ちゃんと合図だしたじゃないか。」
 「ああ、アヤを連れて来いって合図か。俺がわからなかったらどうするつもりだったんだ。」
 どうやらアヤに笑いかけたのには理由があったらしい。
 「あんなにわかりやすくやったんだ。普通にわかるだろ?ここでアヤをほったらかしにして飛び降りてきたら俺、お前軽蔑するかもな。」
 プラズマは攻撃を軽やかに避けている。
 「まったく、めんどくさい男だ。」
 「悪かったな。」
 太陽神達は日の力を使っているのか熱風をまき散らしている。太陽神に触れてしまったら火傷では済まないだろう。どの神も人型で剣に鎧を身に着けている。神格はあまり高くなさそうだがかなり危険だ。
 太陽神達は剣先から熱を持った光を一直線に飛ばしてきて対角線上にいるサルが持つ鏡を模した盾に反射させ、不規則にこちらを襲ってきていた。その熱光線も当たったらタダではすまない。
 「お!鳥居が見えてきたのでござる!」
 サルは石段の先にある鳥居を指差した。
 「待て!」
 サルではない他の猿がサルを止める。
 「そういえばなぜ、小生達を襲うのでござるか?」
 サルは猿に声をかけた。
 サルの手にはいつの間にか剣が握られていた。太陽神、太陽の使いサルの主な武器は剣のようだ。
 「我々はお前達を止めろとだけ命令を受けている。」
 サルは猿の剣を受け流す。
 「誰にでござる?これだけの太陽神、サルを使えるのは相当な力を持っておる者でないと……。」
 「アマテラス様だ……。」
 「!」
 猿は剣を振るう。一瞬止まったサルに対し、栄次が素早く弾く。
 「まさか……!アマテラス様は我々の概念ではござらんか!今はもうおらん!」
 「……。」
 サルの言葉を無視し、猿はサルを襲う。
 「おい!しっかりしろよ!」
 プラズマが銃で猿の持っている剣を弾き、軌道を変えた。
 「す、すまんでござる。」
 サルは動揺した声であやまった。
 「鳥居、くぐっていいんだよな?」
 気がつくともう石段を登り終えていた。鳥居は人間の世と神の世をわける結界である。言わば玄関。神同士でも気を遣う所である。
 「ここの太陽神ももしかしたら小生らを襲うかもしれぬ……。」
 「知らないな。とりあえず太陽へ行くんだろ?さっさとくぐる!」
 迷っているサルを押し、プラズマは鳥居をくぐる。他の猿達はなぜか鳥居をくぐれず、うろうろしていた。
 「なんだ?入ってこれないのか?」
 栄次はアヤを担ぎながら少し迷ってから鳥居をくぐった。猿とは反対に太陽神達はおかまいなしに鳥居をくぐってきた。
 「どうやらここの神には命令がいっていないようでござるな。猿達は太陽神の命令で動く、ここは全く関係のない神社なため、猿達は入って来れんのでござるな。」
 サルは太陽神に剣先を向ける。猿がいなくなった分、対峙しやすくなった。
 栄次もアヤをおろし、刀を構える。
 「とりあえず、太陽神達を倒してここから太陽に行けばいいんだろ?」
 「この場合、そうなるでござるな。小生は反逆者でござるよ……。」
 プラズマが銃を構えて怯えているサルを睨む。
 「お前は早く太陽への道を作ってくれよ……。どうやるか知らないがな。」
 「うむ……。」
太陽神は五、六人いた。どの神も大きな剣を持っている。それと鏡を模した盾を装備していた。
「簡単じゃないな。俺は人間しか相手した事がない。」
 栄次は刀を構え、太陽神に向かって行った。それを皮切りにサルとプラズマもぶつかっていく。
 アヤは巻き添えを食わないように少し遠くから戦況を見守る事にした。
 「お、おいおい……。俺の神社で何が起こっちゃってんだ?」
 アヤが逃げていた時、上の方でひときわチャライ声が聞こえた。アヤは驚き上を見上げる。社の屋根に目を向けると明らか寝起きな顔の男がこちらを覗いていた。きれいな金色の髪が肩にかからないくらいでなびき、頭にキツネのような耳が動いている。赤いちゃんちゃんこに白い袴を履いていた。おそらくこの神社の神様である。
 「キツネ?」
 「キツネじゃねぇ!……まあ、キツネから神になったからキツネか。」
 男は一人で乗りツッコミすると軽やかにアヤのとなりに落ちてきた。
 「日穀信智神(にちこくしんとものかみ)……ねぇ。」
 アヤは隣にあった説明書きを読み、ここの神を知った。
 「面倒事は嫌いなんだが……まいったなあ。俺に被害はないよな?」
 「知らないわよ。ないんじゃないの?」
 「あんまり神社壊してほしくねぇし、ここに死体が転がるのもやだぜ。」
 男はため息をつくとアヤの横に座り込んだ。
 「あなたにはアマテラス様っていう神様から命令が来ていないの?」
 「は?アマテラス様?太陽神達の概念じゃねぇか。加護はもらえるが実際の神はな、今はいないぜ。」
 男は大きな欠伸をしながらアヤの説明に答えた。
 「そうなの?」
 「ああ、あの神は太陽そのものって感じだからなあ。まあ、だから人間でいう……零体?」
 「姿はないって事ね。」
 「そういう事だな。で、俺はもともと実りの神だからな。太陽神の加護はあるが太陽神って呼べんのかどうなのか……。」
 男がそうつぶやいた時、プラズマが吹っ飛ばされてきた。
 「ダメだ……。まるで勝てる気がしないな。サル!ダメだ!さっさと道を開いてくれ。こいつらと争ってたら命が足りない!」
 プラズマがサルに向かい叫んだ。その隙に太陽神がプラズマに向かい剣を振り下ろす。
 「やっべぇ!」
 プラズマは素早くかわした。思い切り振り下ろした太陽神の剣は爆風と共に神社に敷き詰められている石を巻き上げた。
 「きゃあ!」
 近くにいたアヤは爆風に吹っ飛ばされそうになったが隣にいたキツネ耳の神に助けられた。キツネ耳の神は吹っ飛ばされ社の柱に激突したがその時、運よくアヤも一緒に飛ばされ、キツネ耳の神に覆いかぶさるようにぶつかった。つまり、キツネ耳の神がクッションとなった。
 「た、助かったわ。……大丈夫?」
 「俺を殺す気なのか……。」
 キツネ耳の神は死んだような顔でアヤを見つめた。
 「そんな顔されても私のせいじゃないじゃない……。」
 「まあ……おたくが無事でよかったぜ。俺は丈夫だからな。」
 キツネ耳の神は頭をさすりながらアヤをどける。アヤは戦闘になっている場所に目を向けた。
 サル、そして時神達は余裕のない戦闘をしている。この中からサルが抜けて太陽への道をつくるというのは困難に思えた。
 「私が戦闘に参加してサルを外に出さないといつまでたっても太陽に行けない。」
 「おたく、正気か?やめとけって。まだ、神になってあんまり経ってねぇんだろ?」
 「そうだけど……。」
 迷っているアヤの肩にキツネ耳の神の手が乗る。
 「よし、じゃあ、俺が開いてやる。太陽へ行くんだろ?幸い、俺は太陽神の称号がかろうじてあるらしい。おたくらが太陽で何したいか知らんが太陽への門を開くくらいなら俺でもたぶんできるぜ。」
男の青い瞳が天へと向く。なんだかすごく頼もしく見えた。
 サルがアヤ達の話を聞いていたのか、こちらを向いて鏡を模した盾を投げてきた。その盾をキツネ耳の神がうまくキャッチする。
 「お、重っ!」
 しかし盾は思ったよりも重たかった。
 キツネ耳が抜けた声を出しながら盾をよろよろと持ち上げた。
 「しっかりしてよ……。」
 アヤが何とも言えない顔でキツネ耳を見つめた。
 「それを太陽にかざし、門を開くのでござる!太陽神ならば太陽への導きの光りが出せるはずでござる!」
 サルは熱線を避けながらこちらに必死でやり方を教えている。
鏡が熱光線を弾き、反射するが光はまっすぐに飛ぶので避ける事は可能である。だが、光を目で追うだけならまだしも、他の太陽神も物理攻撃をしてくるので避けるのが困難なのだ。これが太陽神達の陣形である。
 「そんなこと言ったってわかんねぇよ……。」
 「あなた、自信満々だったじゃないの……。」
 キツネ耳は先ほどの面影はなく、かなり小さくなっていた。まず盾が重すぎて持てない。アヤもキツネ耳を支えるが二人で持っても持てない。猿達、太陽神は一体どれだけの力を秘めているのか。
 途方に暮れていた時、栄次がちらりとこちらを見た。襲ってくる光線を避けながらだったのでほんの一瞬だったが何かを訴えかけていた。
 「日穀信なんたらさん、栄次に盾を向けて!」
 「日穀信智神だ!おたくも手伝ってくれよ。」
 アヤはキツネ耳と共に盾を栄次の方へ半ば引きずりながら動かした。
 「ダメでござる!それは太陽に向けるのであって……。」
 サルが叫んだ時、栄次と対峙していた太陽神が剣先から光線を出した。栄次は素早く避け、光はキツネ耳が持っている盾にぶつかり反射した。栄次はその光めがけて刀を伸ばす。光はさらに刀にぶつかり反射した。
 「なるほど!俺が出した光じゃねぇが、それで太陽に光を当てて……。」
 キツネ耳が言葉をこぼした。だが光はギリギリで太陽から少し逸れていた。
 「失敗?」
 アヤがつぶやいた時、素早く飛んできたプラズマが銃で光を弾いた。光は太陽へ向かって真っすぐ伸びて行った。
 「俺の銃はメタリック!うまく反射してくれてよかった。……それより栄次!入射角と反射角!小学校でやっただろ?」
 「学校?寺子屋の事か?知らんな。」
 「はあ、これだから江戸の人間は……。調子狂うな……。」
 「それより門が開いているうちに早く行くのでござる!」
 サルが無駄な争いをしている二人を止め、太陽を仰ぐ。いつの間にか目の前に鳥居が立っていた。鳥居の先に猿の石像が二対、向かい合わせで立っている。そのさらに先に天へと続いている石段。石段は浮いており、所々にある灯篭も浮いている。
 「太陽へは行かせられん!」
 太陽神達は光線と剣で襲ってきた。
 「とにかく走れ!」
 プラズマが攻撃を避けながら鳥居をくぐった。アヤも鳥居に向かって走った。
 「お、おい!」
 キツネ耳が心配そうにアヤを見つめていた。
 「ありがとう。色々助かったわ。」
 アヤはキツネ耳に笑いかけるとそのまま走り去った。
 アヤに続き、栄次も太陽神を蹴落とし鳥居をくぐる。最後にサルがキツネ耳の持っている盾を奪い取ると鳥居をくぐった。
 「裏切ってすまぬでござる。」
 サルはそう言って盾を太陽神達に向けた。それを合図に霧がかかるように鳥居が消えて行った。
 「まずい!門が閉まる!追え!」
 「もう遅いのでござる!」
 太陽神達がサルを引きずりおろそうとしたが鳥居が消えてしまったため、玄関を失い、太陽へ入る事ができなかった。
 「ちくしょう!太陽への門をもう一度開け!」
 太陽神が他の太陽神に命令をしている。どの太陽神にも動揺が見られ、何かに怯えていた。
 キツネ耳はそれをただ見ていた。
 「あの神達は何をやったんだ?太陽神があんなに怯えているなんてな。」
 ……いや、怯えてるんじゃないのか?なんで自分達がこんな事をやっているのかわかってない顔だな……。太陽を取り仕切っているこいつらより上の神がわけわからん命令でもしたか……。
 キツネ耳はふうとため息をつくと社の屋根に飛び乗り横になった。
 ……ま、俺には関係のない話だ。
 キツネ耳はのんびりと太陽に目を向けた。

七話

 アヤ達はただひたすら太陽に向かい階段を駆け上がっていた。足の遅いアヤのみ栄次に担がれている。
 「太陽神が扉を開くのも時間の問題でござる!」
 「なんか太陽神ってブチクスクスみたいね。」
 アヤがボソッとつぶやいた。
 「なんだそれ……。」
 栄次が険しい顔をアヤに向ける。
 「表では強がって襲ってくるけど内心は臆病な動物。」
 「おいおい……。わけわからん動物名をいきなりあげるな。びっくりした。」
 栄次はアヤを担ぎながらため息をついた。
 「しかし、なんだか幻想的だな。暑くもないし。」
 プラズマがあたりを見回しながらつぶやいた。もうだいぶ太陽に近いのだが暑いどころか寒い。
 灯篭は相変わらず空に浮いており、浮世離れした静けさと澄んだ青空が霊的空間を醸し出している。
 「そんな事を言っている場合じゃないのでござる!」
 「ああ、わかったよ……。」
 必死のサルをてきとうにあしらったプラズマは前を走る栄次の背中をただ見つめた。
 「なんだか嫌な予感がするな。あの太陽には……。」
 栄次が背中越しに声をかけてきた。プラズマはやれやれと首を振る。
 「さっきので十分おかしいのがわかっただろ。しかもあいつら強いのなんのってな……。」
 「俺達が太陽へ向かってもあの娘を守れるか……。」
 栄次が不安げな声をあげた。担がれているアヤも同じことを考えていた。事実、自分は何もできなかったが強いと思っていた栄次達が神格の低そうな太陽神達にまるで歯がたたなかったのだ。先の事を思うと不安がよぎる。
 「不安がっててもしかたがないのでござる……。おそらく太陽には小生達に味方をしてくれる太陽神、猿はおらんと思うのでござる。」
 「じゃあもう、大元を叩くしかないんだな?」
 サルの言葉を聞いたプラズマがうんざりしたように声を発した。
 「そうだな。勝てんのならば大元だけを死ぬ気でなんとかするしかない。」
 状況的に不利だが栄次は冷静に答えた。
 「おちついているのね……。」
 「まあな。」
 担いでいるアヤを担ぎなおして栄次は足を速めた。
 しばらく走っているとまたも大きな鳥居が見えた。もう、太陽は見えない。周りはいつのまにか夕暮れのようなオレンジ色に染まっており、その中に大きな宮があった。木も水もなにもない。      
周りにあるのはただオレンジ色の空間だけだった。
「ここが太陽なの?」
「そうだな。」
栄次は立ち止りアヤを降ろした。
「そうでござる。この鳥居をくぐったらもう太陽の宮でござるな。」
サルは鳥居を見上げ、細い目を少し開いた。
すぐ後ろで軽い息遣いが聞こえる。先程の太陽神がこちらに向かって来ているようだ。アヤ達は迷う暇もなく鳥居をくぐり宮へ走った。宮はかなり素朴なつくりをしていたが置いてあるものは最新だった。ドアは自動ドアで電気が通っている。つくりは和風なので障子戸に襖がある。障子戸の部屋を眺めながら廊下を進むとエスカレーターが上へと続いていた。そして不思議な事に一度も太陽神、猿達にはちあわせしなかった。
「で、ここのエスカレーターの三階にワープ装置があるのでござるが……静かすぎて怖い……。」
「確かにな。なんか罠にでもはまっているのか?」
栄次が不吉な事を言うのでサルの顔が青くなった。
「命令が変わったんじゃないの?だってさっきまで追って来た太陽神が追っかけてこないじゃない。」
「小生には何も命令が聞こえんでござるが……。」
サルはそわそわと耳を傾ける。
「当然じゃない。あなたは命令を破ったんだから。」
サルは不安そうにアヤを見た。しかし、なぜか言ったアヤ本人が動揺していた。
「え、今の私じゃないわよ。私の声だったけど私、しゃべってないわ。」
「おいおい……冗談よせよ。じゃあ、今の誰なんだよ。」
プラズマも驚いた目でこちらを向いた。
「……。鏡と影……でござるな。」
サルが細い目を少しだけ開いてあたりをうかがった。
「鏡と影?」
気がつくとアヤ達の周りを丸い鏡が浮遊しながら複数まわっていた。
「なんだこれは……。」
「なんかやばそうだぞ。」
栄次とプラズマはまわる鏡を油断する事なく目で追った。
「影がその人の形をつくり、鏡が光を反射させて色をつける……太陽神の高等な術でござるな。」
「つまり何なのよ。サル。」
「……クローン。同じ者同士で殺し合うための術でござる。」
そうこうしている間に鏡からアヤと全く同じ人物が現れた。続いて栄次、プラズマも出現する。
「鏡は本来、神への……太陽神への供え物だったがこんな事に使われていたとはな。」
「この術は禁忌のはずでござる。」
サルは刀を構えた栄次に弁明した。
「とりあえず、敵は俺達の足止めか同士討ちを期待しているらしいな。」
栄次の声と同時に自分の分身が襲ってきた。四方八方は鏡に覆われて逃げ出す事はできない。
「そうでござるか。この宮自体がもしや鏡……。」
サルは分身の攻撃をかわしながらつぶやいた。
「宮自体が鏡だって?じゃあ、まんまと罠にはまったわけだね。」
プラズマは正確に銃を扱ってくる分身を避けながらサルの近くによる。プラズマはある程度弾丸を予想して避けている。いつ当たってもおかしくない状況だ。
「さすが自分だけあって脳天ばかり狙ってくるな。」
「うむ……この状況……どうすれば好転するのでござるかなあ。」
サルは剣と鏡の盾で分身と応戦している。
「なんかこの術を止めるパスワードとかないのか?だいたい、術なら解除の方法があるはずだ。」
「うう……それは太陽神しか知らぬ極秘のものでござる故……。装置は五階にあるのでござるが……。」
プラズマとサルは肩で息をしながら攻撃を必死で避けている。
「この中で一番、安全なのは……私よねぇ……。」
アヤは状況を見ながら分身と対峙していた。アヤの分身は何もしてこない。当然だ。彼女はもともと何もできないただの高校生だ。性格まで受け継いでいるのだったら戸惑って何にもしてこないだろう。これは間違いなく太陽神達の盲点であるはずだ。
「アヤ……お前は平気なのか?」
分身とつばぜり合いをしている栄次が近くで立っているアヤを横目で見てきた。
「え、ええ。別に……。」
「じゃあ、今のサル達の話聞いたか?」
「え?ええ。なんかパスワードがあるとかないとか……。」
アヤは戸惑った顔を栄次に向けた。
「術を止めに行って来てくれないか?」
「え?私が?」
「アヤしかいない。」
「できないわよ。パスワードわからないじゃない。」
「すまない。動けるのはアヤだけだ。」
確かにこの状況で動けるのはアヤだけだ。アヤは少し迷ってから走り出した。
「……っ。どうなるかわからないわよ!」
捨て台詞のようにはいてアヤはがむしゃらに走った。四方八方にある鏡を避けながら廊下に出る。パスワードは知らない。でも何かできるかもしれない。特に計画があるわけではなく、当たって砕けろ精神でアヤは駆けだしたのだ。
「危険な予感を感じたらすぐに戻って来い。」
栄次の声を聞き流しながらアヤは走った。分身のアヤが「ちょっとまちなさい。」と叫んでいたが追っかけてくる様子はなかった。そのままエスカレーターの階段を駆け上がる。サルが言っていた『この宮自体が鏡』という言葉が気になったが今は考えずに五階へ走った。五階まで誰にも会わなかった。太陽神どころかサルもいない。非常に静かでエスカレーターが動く音しか聞こえなかった。
「……不気味だわ。なんの音もしない……。誰もいないの?」
アヤは五階の部屋を一つ一つ開けて行った。廊下を挟んで両脇に障子戸が連なっている。ここは沢山の部屋があるらしい。障子戸を開けると畳と机しかない小さな部屋が現れた。アヤは今開けた障子戸で半分くらいは部屋を見たが状態が違った部屋は一つもない。
「どこで術をかけているのよ……。」
もしその部屋が見つかったとして、それからどうするのかアヤはまるで考えてなかった。もしかしたらそこの部屋に大量の太陽神がいるかもしれない。それと対峙しながらわからないパスワードを入力するとなると不可能に近い。
「あそこ……怪しいわね。」
アヤはある一つの障子戸の前で止まった。物音ひとつしないのでわずかな音にもすぐ反応できる。この部屋からカチカチと不気味な音が聞こえていた。アヤは恐る恐る、なるべく音を立てないように障子戸をスライドさせた。中を覗くと誰もいなかった。
「誰もいないじゃない……。」
中は他の部屋と大差はなかったが机の上に一台のノートパソコンが置いてあった。アヤはそっと中に入ると障子戸をゆっくり閉めた。これで背中を向けていても障子戸の開閉の音で敵が入って来たといち早く気がつく。アヤはパソコンに近づき、中を覗き込んだ。
「何これ……鏡?」
パソコンの画面は鏡だった。今は自分の顔が映し出されている。動いていないのかと思ったがカチカチとここから音が出ているので動いているようだ。
「……これ……よね?もうこれしか考えられないわ。」
「確かに術の解除にはこれがいるね。」
後ろから誰かに声をかけられた。アヤの背筋が凍った。咄嗟に逃げる事と死ぬ事を考えた。それからゆっくりと声の方を向いた。足音も障子を開ける音も何一つしなかった。『彼女』はアヤのすぐ後ろに立っていた。
「……っ!さ、サキ?」
「うん。まあ、そうだけど。」
サキはアヤが知っているサキとは違った。外見がまるで子供だった。まだ顔つきがあどけない少女だ。でも顔つきでサキだとアヤはわかった。
「あなた、なんで……。」
「おねぇちゃん、あたしを知っているのかい?」
「え……?」
少女サキの質問にアヤは首をかしげた。質問の意味がわからない。
「あたし、今、こっちの世界にいないんだ。だから鏡を使ってこの宮に顔を出したんだけどこの宮も虚像なんだね。あ、あたしは完全な虚像だからここから動けないし物に触れられない。」
いままでのサキにないくらいこちらの状況がわかっている。あの時の彼女は神の存在も何もかも知らなかったはずだ。
「あなた、本当にサキなの?」
アヤは疑ってかかった。
「ああ、そうか。もう一人のほうのねぇ。」
「もう一人……。」
そこでアヤは気がついた。
「もう一人!そうか!あなたは陸の世界のサキ!」
「そう。この術の解除の仕方教えるからその通りにやって。」
アヤの知っているサキではなく、もはや別人と呼んでいいくらいだった。
「あなた、なんでそんな事知っているのよ。」
「あたしは太陽神。知ってて当然だよ。」
「太陽神?おかしいわ。太陽神は二つの世界を一人で行き来するんでしょう?この世界にいたサキは……。」
アヤは目を見開いたが当の本人は呆れた目を向けてきた。
「そう。まあ、色々疑問あると思う。……でも、今はさ、そんな事説明している場合じゃないんだ。お母さんに見つからないようにあたし、鏡を使っているからあまり時間ない。説明は省く。」
「お忍びでここに現れたってわけね。なんでそこまで術の解除を手伝ってくれるの?」
「お母さんを止めてほしいから。あんたらお母さんと対立してんでしょ?この術にハマってるってことは。」
「止めてほしい?対立って何よ?」
アヤが質問をしようとした時、サキの顔色が変わった。
「だからー、こんな無駄話している場合じゃないんだ。今、物音がしている。お母さんが来るのも時間の問題だ。その前に……。」
「わ、わかったわ。今はあなたに従いましょう。」
アヤは一度、疑問を捨ててパソコンに向かった。
「まず、キーボードでO❘Qと打つ。これは『鏡に光が反射する』という太陽神達の中での合言葉のようなもの。」
アヤはサキの言葉に従い、O❘Qと打った。すると、鏡だったパソコンがオレンジ色に染まった。
「そうしたら、次にO><。これは『鏡に光が多数反射した』という太陽神達の第二の合言葉。それでやっとパソコン内に入れる。これは一か月毎くらいに変わるんだけど、たぶん、今はこれ。」
「けっこうめんどくさい管理しているのね。パソコンに入るのに二回もパスワードがいるなんて。」
アヤはそうつぶやきながらO><と入力した。すると今度は青色の画面に変わった。
「なんか文字が書いてあるわ。私には読めない。」
文字は暗号で書かれており、アヤには読めなかった。
「これは『現在、鏡の間を展開中、パソコンをシャットダウンしますか?』って聞いてる。」
サキは表情を変えずアヤに答えた。
「パソコンをシャットダウンしちゃったらいままでの意味ないじゃない。」
「それが罠。ここでシャットダウンしなければパソコン本体が扱っている側を異物と判断する。これが読めない奴は当然異物だけど、読めたからってそのまま続行しようとした奴も異物と判断する。つまりここは一度シャットダウンする。」
「だからそれ、意味ないじゃない。同じことを繰り返すだけよ?」
「いいから大丈夫。」
サキが落ち着いているのでアヤはそれに従う事にした。
「シャットダウンしたわよ。」
アヤが若干むくれたように言った時、パソコンがまた動き出した。シャットダウンしたはずなのに動き出したのでアヤは驚いた。
「そのまま。46秒待機。ちなみに46億年……太陽の年齢だね。」
サキが黙っているのでアヤも黙った。しばらくの間、無言だったパソコンにゆっくりと白いラインが現れた。真黒の画面の中、静かに浮かぶ白いラインをアヤは不気味に思った。
「これ、何なのよ……。」
「これが本来のパスワード。ここまで来てやっとシステムの中に入れる。」
「めんどくさいわね……ほんと。」
「じゃあ、続いてここにSOL1392000と入れる。SOLはラテン語で太陽、1392000キロメートル。太陽の直径。」
アヤは頭がくらくらしてくるのを抑えながら数字を入れた。今度は真っ赤な画面が現れた。その真っ赤な画面からまた白いラインが浮かぶ。
「また入れるわけ……?」
「うん。次は6000―200。6000℃は太陽の温度。そして200万℃は太陽の周りを覆うコロナの温度。」
「……。」
もうなんだか疲れてきた。ため息をつきながらアヤは頑張って入力した。
「最近の太陽神は人間達の情報を使うのが好きみたい。合ってても間違っててもいいんだ。じゃあ次だね。」
次のパスワード画面は今までとは少し違った。なぜか白いラインが二行だ。
「これ、けっこう長いんじゃない?」
「これは蝉丸の歌を入れればいいんだ。」
「蝉丸?」
「うん。これで最後。『世の中は とてもかくても同じこと』まで上の欄に入れて下の欄は『宮も藁屋(わらや)もはてしなければ』と入れる。」
「なんでここだけ新古今和歌集なのよ……。」
アヤは頭を抱えながら日本語変換した言葉を入れていく。これはどう頑張っても一人ではできなかった。
この歌は知っていた。『世の中は とてもかくても同じこと 宮も藁屋もはてしなければ』。
訳はこうだ。この世はどう過ごそうと同じ事だ。華やかな宮殿も粗末な藁屋も最後にはなくなってしまうのだから……という歌である。入力したら『止める』というプログラムが出た。
「なるほど。この宮も現れた分身も最後にはなくなるって事をかけたつもりなわけね。」
「感心している場合じゃないよ。この空間が消えて元の宮に戻る。つまり、ここは太陽神であふれ、あちこちに太陽神がうろつく。早くここから離れた方がいいよ。あんたは太陽神から逃げているんだろ?……お母さんが来る。じゃあね。あ、言い忘れてたけどこっちのサキは元気だよ。」
サキはそう言うと煙のように消えた。彼女の存在がいまいちわからないままアヤは立ち尽くしていた。それからハッと我に返り、慌てて立ち上がると部屋を飛び出した。声があちらこちらから聞こえてくる。まだ声だけだがおそらくこれから姿が現れる。声からするにかなり沢山の太陽神がいるようだ。
 「術が破られた!」
 「なんでだ?」
 動揺の声を耳で聞き流しながら必死でエスカレーターの階段を駆け下りる。その中、奇妙な発言が耳に入った。
 「こんな禁忌に手を染めてよかったのか……。」
 「私にはもう……できん。」
 「向こうに罪はない……従わざる得ない自分が恥だ……。」
 何かに怯えている太陽神達の顔が映った。その顔はアヤを見つけるたびに暗く沈む。
 ……何かしら……
 そう思ったがアヤには確認している余裕はなかった。仲間が心配だったからだ。
 一階にたどり着いた。まだ一階は誰もいなかった。霧がかかったようにまわりが白くもやもやしている。これから徐々に元の宮に戻っていくのだろう。
 「皆……どこ?」
 アヤはサルと時神達を探した。何も考えずにフラフラと歩いているといきなり手を引っ張られた。
 「きゃあ!」
 アヤはいままで気を張っていたせいかひときわ大きな声で叫んでしまった。
 「しーっ!」
 叫んだ後すぐプラズマの声が間近で聞こえた。
 「え?」
 よく見ると自分は畳の下にいた。一枚だけ畳が上に持ち上がっており、その下にプラズマ、栄次、サルがいた。あたりは元に戻りつつある。栄次が素早く畳を閉じだ。閉じた瞬間、暗闇に包まれた。
 「よくがんばったな。助かった。おかげで怪我なく分身が消えた。」
 栄次が無表情のままでアヤを褒めた。
 「よくこんなところに隠れようって思ったわね……。」
 「障子戸で閉じられた部屋は皆、床が畳でござる。隠れるには畳の下が一番見つかりにくいと思わんでござるか?」
 「まあ、ここが一階だからできる技よね。」
 「それより、太陽神のシステムはアヤ殿に解読できるくらい簡単なものだったのでござるか?」
 サルがほっとした顔でこちらを見るのでアヤもやっとほっとした顔を見せる事ができた。
 「いいえ。凄かったわ……。あ、そうそう、陸の世界のサキに手伝ってもらったのよ。彼女がいなければなにもできなかったわ。」
 サルの目が軽く開かれた。
 「なぜサキ殿が?」
 「彼女は太陽神らしいわよ。」
 「太陽神だと!」
 アヤの発言にサルだけでなく栄次もプラズマも驚いていた。
 「どういう事だ。それは……。」
 「私にもよくわからないのよ。外見も小学生くらいだったし……。お母さんに見つかるとまずいみたいな事を言っていたけど。」
 「だから……どういう事なんだ?それは。」
 プラズマは眉を寄せて何かを考えている。
 「わからないわよ。後、お母さんを止めてほしいとも言ってたわ。」
 「今回の件……サキ殿の母上が何かをやっているという事でござるか?サキ殿が信じられんが太陽神だとするなら、母上もおそらく太陽神でござる。」
 アヤ達はサルの言葉で黙り込んだ。なんだかわからない。そういう表情がそれぞれに浮かんでいた。周りは元のガヤガヤした空間に戻っている。足音と自分達を探す声がしきりと聞こえてきていた。こんな状態でどうやって陸の世界へ行けというのか。
 「話は変わるけど……このまま日暮れまでここにいるとしてどうやって陸の世界へ行くの?ワープ装置が三階にあるんでしょう?」
 「……。それは……なんとかするしか……ないのでござる……。」
 サルは思考回路がよろしくないらしい。冷や汗をかきながら一生懸命に考えているが頭が真っ白になっている。
 「パスワードがいっぱいとかそういう事ってない?」
 「それはないのでござるが……。ああ、そういえばあの時間帯は猿、太陽神達は陸の世界へ行く事で精一杯でござる。おそらく今日も同じ。とりあえず陸へ行くため、小生らの事は後回しにすると思われるのでござる。それ故、今こうやって彼らは小生らを必死で探しているのでござる。」
 「つまり、陸へ行かなければならない時間帯になる前に俺達を探し出さないといけないんだな。向こうの連中は。」
 途中でプラズマが話に入ってきた。サルはうなずいて続けた。
 「陸へ行く時間帯までここで粘って、太陽神が全部陸へ消えた段階で……まあ、ギリギリになるのでござるがその夜になるわずかな時間の中で陸へ行くって手があるのでござる。」
 「もうそれしかない。……今のサルの話だが太陽は壱と陸では違うのか?」
 栄次は相槌をうちながらサルに目を向けた。
 「いや、基本なんら変わりはないのでござるが空間が変わる故、太陽自体が陸に突入する際に一瞬だけ人間が見ている表の太陽に変わるのでござる。つまり、6000℃だの200万℃だのといった数字がまわり、霊的空間がまるでなくなり、神々が住むことができない所へと変わってしまうという事でござる。人間には霊的空間も陸の世界も何も見えない故、ただ燃え盛っている球体に見える……物理的科学的に太陽を分析しても小生らとの関係性はまるで出てこない……という事でござる。まあ、神々は人間を見守ってはいても基本、関係を持ってはいかぬと言われておる故、太陽の存在でわざわざ霊的空間があると人間達に教えなくてもいいと……。話がそれたがここでのワープ装置とは霊的空間がない時間帯に小生らが一瞬身を隠すところでござる。実際ワープではないが壱から陸へ行っているという事でワープ装置と呼んでいるのでござる。」
 「そうか、それで太陽神達は陸へ行く事が最優先事項になるということか。」
 栄次がサルの長ったるい説明を一文字も漏らさず聞き、大きくうなずいた。
 「それよか、狭いな……。野郎に囲まれたアヤがかわいそうだ。」
 プラズマはサルの説明を軽く聞き流しながらアヤに笑いかける。アヤは現在、プラズマにもたれるように座っている。ここは収納庫になっているのか下でつながっているわけではなくボックスになっているので潜むのには厳しい。
 「ちょっと、変な考えはよして。」
 「こんなに触られてたら変な事考えるだろ。おまけに薄暗い。」
 プラズマのにやつきはさらにひどくなった。それを見ているサルはきょとんとしており、栄次はあからさまに嫌そうな顔をした。
 「わ、私だって……恥ずかしいわよ。私、彼氏いない歴年齢なのよ?こんながっつり肌が触れ合っているし、男に囲まれて正直、どうしたらいいかわからないわよ……。」
 アヤはそう思えば思うほどなんだか恥ずかしくなってきた。
 「プラズマ、よせ。」
 「栄次はそういう感情になった事ないのか?」
 プラズマのにやつきは栄次に向けられた。
 「こんな状況でそんな事が言えるお前の頭の中身を俺は知りたい。」
 栄次は無意識にアヤから少しずつ離れていた。
 「栄次、ひょっとすると……女苦手なんじゃないか?」
 「お前、俺をいくつだと思っている……。お前もだ。歳を取りすぎている。いまだそんな事を言っているのか。」
 「ほら、そうやって逃げるだろ。ま、アヤを女扱いするにはまだ早いかもしれないが。何と言ってもまだ十七、八の娘だ。」
 プラズマはへへっと笑う。
 「……歳、これ以上とらないけどね。あなたも色気の出ている大人には見えないわ。」
 プラズマの言動をアヤは皮肉めいた口調でつぶやいた。栄次は呆れた顔をプラズマに向ける。
 「……俺の時代だと十七、八は結婚して当たり前の歳だ。アヤは女として充分成立している。お前の方が子供だ。プラズマ。」
 「おいおい、俺達歳とらないだろ?子供っていわれてもなあ。」
 時神達の談笑を聞きながらサルはふと思った。
 ……彼ら、時神はどれだけ心に闇を抱えているのだろうか……と。
 サルはこそこそ笑い合っている時神達をそっと眺めていた。足音は相変わらずひどいが先程よりも少なくなったような気がした。おそらく太陽神達は上階を調べに行っているのだろう。
 「ねぇ、足音、なくなってきたわね。」
 アヤがふいに話しかけてきた。
 「そうでござるな。」
 「まさか、またあの術使っているんじゃないでしょうね?」
 「あの術は高等な術で禁忌、一度が限界でござるよ。」
 サルは不安で縛られたアヤの心をほどいてやった。
 ……しかし、この娘はこんなにも臆病であるがなぜここまで協力的なのか、不思議でござるな……。
 サルは開いた目を閉じ、ただ時が過ぎるのを待つ体勢に入った。

八話

 「あら、サキ、こんな遅くに何をしているの?」
 少女のサキは鏡を素早くポケットにしまった。そして話しかけてきた女に笑いかける。
 「星空を見てたんだ。お母さんは太陽しか見てないと思うけどあたしは一日中ここにいる太陽神だからね。当然、夜の闇を知ってる。」
 ここはサキの家の前。あたりは暗闇に包まれており、けものの鳴き声が聞こえる。ここは山の中なので街灯もなく、星がとてもきれいに輝く。
 「私だってここにずっといるわよ。まあ、とりあえず早く寝なさい。明日は……」
 「学校?八時になったらちゃんと行くよ。行くだけだけど。」
 サキは自分の母親の顔をまじまじと見つめた。
 ……相変わらず目元がはっきりしない……
 「違うわ。」
 「え?目元が?」
 ぼーっと考えていた事が口から出てしまった。サキは慌てて口を塞いだ。
 「違うわよ。学校はもういいわ。学校に行っていたという記憶をあちらのサキに充分植える事はできた。うまく流史記姫神、歴史神を欺けたわ。」
 「まあ、なんだかわからずランドセルしょって高校に行ってたけどそれでよかったんだ……。」
 「本当はちょっと違うんだけどねぇ。で、明日は太陽へ行くわ。お客さんをむかえに行くのよ。」
 「……。」
 女はケラケラと笑っている。それを眺めながらサキはそっと目を細めた。
 …あっちのサキも人間になったり神になったりの繰り返しで大変だねぇ……。あっちのサキが高校生なら十七、八だ。あたしの外見はもうこれであっちのサキとだいぶん差がついた。もう、そんなに経ったんだ。
 「寝る。」
 「そう。おやすみ。」
 サキは女に背を向け家の中へと消えて行った。女はその小さいサキの背中を眺めながら含み笑いを漏らしていた。


 足音はだいぶん少なくなった。声も今は聞こえない。アヤ達は相変わらず畳の下に潜んでいた。
 狭い、暗い、熱気で暑いと何時間も潜むのには地獄だった。おまけに時間がわからない。
 「おい。今どれくらいたった?」
 「これならアヤの家でトランプやってた時のが楽だったよな。」
 栄次は頭を抱えながら、プラズマはアヤをこそこそと触りながらうんざりしたように言葉を発した。
 「ちょっと変なところ触らないで!」
 「変なとこってどこだよ?足触っているだけだろ?それとも変なところ触ってほしい?」
 「馬鹿。」
 プラズマの下品な発言を栄次が殴って黙らせた。
 「今何時なんだと聞いているのだが。」
 「そんなのわかるわけないだろ。お前こそわからないのか?」
 「時神というのは本当に役にたたんな。」
 栄次とプラズマは大きくため息をついた。
 「そろそろ、いい時間帯だと思うのでござる。」
 サルが自信なさそうな顔をこちらに向けた。足音はもうほとんど聞こえない。
 「じゃあ、行くか?」
 「ちょっと待つのでござる……。」
 プラズマが立ちかけたのでサルが慌てて止める。
 「なんだ?」
 「正しくないかもしれぬ……小生も自信はないのでござる。」
 「大丈夫だ。サルの勘を信じる。」
 プラズマは不安そうなサルの顔を押しのけ半ば強引に畳を上に押し上げた。涼しい風と共に真っ暗な空間が広がっていた。太陽神達の姿はない。
 「まずいのでござる!もう太陽が動き始めている!」
 「えええ!」
 サルの言葉にアヤ達は言葉を失った。
 「大丈夫なのか?」
 「急いで三階へ行くのでござる!」
 「ったく、いきなりだな……。しっかりしろよな。サル……。俺が言わなければやばかったんじゃないか。」
 サルは慌てて外に這い上がる。アヤ達もそれに従った。這い出たと思ったらサルはいきなり走り出した。それにプラズマが続き、栄次はアヤを担ぐとプラズマに続いて走り出した。
 「そんなに時間がまずいのか?」
 「まずい……非常にまずいのでござる!」
 サルはエスカレーターの階段を三段飛ばしで駆け上がる。その後を栄次が続く。
 刹那、プラズマが声を上げた。
 「おいおいおいおい!もっと早く走れ!」
 何事かと思った栄次はちらりと後ろ向いた。
 「っ!」
 後ろは火の海だった。轟々と燃え盛る炎が壁のようにこちらに押し寄せている。
 「霊的空間が消えているんだわ!……栄次……。」
 アヤは不安そうに栄次を見上げた。アヤは栄次に抱かれているためなんだか罪悪感を覚えた。
 「大丈夫だ。……大丈夫。お前は羽のように軽い。」
 アヤの言わんとする事がわかったのか栄次は一言だけ漏らした。アヤはとりあえず黙り込んだ。よく考えたらここでアヤを降ろしている方が時間のロスだ。
エスカレーターを駆け上がったサル達は三階の障子戸を蹴り飛ばして開け、中に入った。
「ここがワープ装置!何かを思っている時間はないのでござる!とりあえず魔法陣の中に!」
ワープ装置とやらがある部屋は畳の上にただ円形の魔法陣が描いてあるだけだった。栄次とプラズマはサルに従い魔法陣に飛び込んだ。
「移動!」
 サルが叫んだ瞬間、魔法陣が光り出しアヤ達を包むように円形の白い壁が出来上がった。そしてそのすぐ後に辺りは炎と暗い空間に包まれた。炎は白い壁を越えては来ない。
 「ま、間に合ったのでござる……。」
 サルの独り言が聞こえた。返答しようとした刹那、炎は激しくなり、真っ暗な闇とその中に輝く無数の点が見えた。おそらく点は星だ。アヤ達は宇宙にいた。それを確認する暇もなく目の前が霧で覆われた。ほぼ一瞬だった。
 「あ、あれ?」
 目をつぶっていたアヤに最初に飛び込んできた声はプラズマの抜けた声だった。アヤも恐る恐る目を開けた。先程と変わらない畳の部屋がまず目に映った。そして次に映ったのはすぐ横で光る刀。つまり栄次が刀を抜いている。
 「な、何?」
 思考回路はまだ戻っていない。少し落ち着いてからまた周りを見回す。次に飛び込んできたのはアヤ達のまわりを囲んでいる太陽神達。
 「もう陸世界に入ったのでござるが……待ち伏せをされていたようでござる。」
 サルが戸惑っているアヤに小さい声でつぶやいた。
 「お、おとなしく死んでもらおうか……。」
 太陽神達は覇気なくアヤ達を取り囲んでいる。どの顔にも戸惑いが浮かんでいた。
 「時神を殺すのでござるか?太陽神様方……。」
 サルの問いかけに太陽神達の頬に汗がつたった。他の猿達はおとなしく太陽神達の命令を待っている。
 「時神が消えたらどうなるかわからない太陽神様方ではあるまい……。小生はかなりこの状況に戸惑っているのでござるが……。」
 「……。」
 サルの言葉に太陽神達は複雑な表情のまま黙り込んだ。


 朝になりサキは叩き起こされた。ちなみにこちらのサキは高校生のサキである。
 「うーっさいなあ……。まだ寝る―。」
 「これがあたしとは……。だるいのは共感できるけど起きた方がいいよ。」
 起こしているのは外見小学生のサキ。高校生側のサキは文句を言いながらもなんとか起き上った。サキが起きてからすぐ目元の見えない女が部屋に入ってきた。
 「ごはんできてるわ。食べたら太陽へ行くわよ。」
 小学生サキはうなずいたが高校生のサキの顔はぽかんとしていた。
 「へ?なに太陽?寝ぼけてんの?あれ?ってか、昨日の事は夢じゃないの?あんたがいるって事は……ええええ!あたしが寝ぼけてんの?!」
 高校生サキは小学生サキを真っ青な顔で見た後、発狂した。当然だ。こちらのサキは何が起きているのかもまるでわからずに大口を開けてずっといままで寝ていたのだ。
 小学生のサキは考えていた。
 ……昨日、お母さんから連れて来いと命令され高校生のサキをそこはかとなく、テクニックを用いて家へ招いたけどなんの理解もしてないまま太陽なんかに連れて行っていいのかな。この大きいサキは時間の感覚に縛られる事はないし、世界から彼女はもともといるって事になっていないからあたしが呼んだらこのサキは簡単にこちらの世界に来た。だけどこのサキは何にも知らない。あたしがなんで二人いるのかって事もたぶん理解してない。あたしが太陽神だという事もあたしが一度太陽神の神権を放棄しているって事も知らない。むしろ、神がいる事もまだ十分にわかっていないのだろうな。
 「とりあえずお腹空いたからご飯食べてから考えよー……。」
 サキはもう朝ご飯に頭が向いている高校生のサキ、自分を残念そうに見つめていた。


 アヤ達は長い間、太陽神達と睨みあっていた。もちろん、今も睨みあっている。睨みあっているというよりはこちらが一方的に睨んでいるといった方が正しい。太陽神達は戸惑ったままこちらを見ているだけだ。その目はどれも「誰か動いてくれ」と言っている。
 「太陽神様方にこんな酷い命令を出しているのはどちら様でござるか?」
 サルが誘導尋問にかかろうと考えていた時、太陽神達の雰囲気ががらりと変わった。その原因はすぐにわかった。
 「私だけど生意気な下僕ね。」
 サルの頬に汗が伝った。凄い力を感じる。太陽神達が次々と道を譲っているのが見えた。その後すぐに太陽神達は一斉に膝をついた。アヤ達の目の前に立っていたのは女だった。長い銀髪をひとまとめにしている。顔は微笑んでいるが不気味な事に目だけ黒ずんでいてわからない。
 「……っ!」
 サルはあまりの気迫に膝をついた。立っていられなかった。よく見るとまわりの太陽神も震えている。太陽神がこんな状態ではその配下のサルがかなうはずがない。
太陽神達は怯えているが不思議な事にアヤ達は何も感じなかった。この力は太陽神にしかわからないらしい。
 「何をしているの?さっさと時神を殺しなさい。私の命令が聞けないの?ねぇ?」
 女は跪いているサルの側に寄ると顔をそっと撫でる。底冷えするような何かがサルの心をなでる。
 「サル!しっかりしろ。」
 栄次とプラズマがサルに呼び掛けるがサルに反応はない。
 「よくこんな堂々と命令違反をしてくれたわね。どうなるかわかっているのかしら……。」
 微笑んでいた女の顔が怒りへと変わった。
 「……。何故……何故……このような事を……。」
 振り絞るようにサルは女を睨みつける。それが女の怒りをさらに増徴させる原因になった。
 「私に質問しようって言うの?なんて生意気。あなたなんてね、すぐに殺せるのよ……。」
 女は手をかざした。サルの身体は途端炎に包まれた。サルの悲鳴が部屋に響く。
 「サル!」
 アヤ達が寄ったところでサルは助けられない。熱風にさらされサルに近づくことすらできなかった。まわりの太陽神達はその光景を見る事なくただ、下を向いて肩を震わせている。
 「ただ、殺すとコマが一つ減ってしまう。それは困るから半殺し程度で済ませてあげるわ。」
 女はまた冷徹な笑みを浮かべると指を鳴らした。炎は跡形もなく消え、身体中を焼かれたサルが無残に転がる。
 「さ、サル……。」
 アヤはサルに近寄り抱き起した。サルはかろうじて生きている状態だった。栄次とプラズマは武器を構え、女を睨みつけていた。
 「こんな小娘が時神?後ろの方達はなんとなくわかるけどねえ。」
 サルを抱きしめてこちらを睨んでいるアヤを女は馬鹿にしたように笑う。
 「そう……わかったわ。太陽は恐怖政治を行っているのね……。そういうの長続きしないわ。」
 こんな無茶苦茶な相手にアヤは自分でも恐ろしいくらい強気だった。恐怖よりも怒りの方が勝っていた。
 「何にもできないただの神が偉そうにしゃべるんじゃないわ。」
 女はアヤを蹴り飛ばした。
 「アヤ!」
 その行動に栄次とプラズマの表情が変わった。アヤは顔を蹴られていたがそのまま女を睨みつけた。その時サルが言葉を発した。
 「小生……彼女を知らないのでござるが……それは小生があの夜にとらわれていたからでござる。そのわずかな間で……太陽は彼女が仕切るようになった……という事……か。」
 それは独り言のようなものだったがアヤはそれに答えた。
 「力で抑えつければ誰だって王様になれるわ!あなたはそうやって即席で王女様になった。」
 「口の減らない子ね。今、ここで殺してもいいのよ。三人いっぺんに消そうと思っていたけどやめるわ。」
 女はアヤに手をかざした。栄次とプラズマが動こうとした刹那、女は手を引っ込めた。そしてゆっくりと後ろを向く。
 「あら?やっと来たの?サキ。」
 「こっちのサキが言う事聞かなかった。」
 小学生のサキが高校生のサキを連れて部屋に入ってきた。障子は開け放たれていて廊下にもあふれるくらいの太陽神がいた。その中を掻き分け、サキが二人現れた。
 「なんだい。これは。あれ?アヤじゃん。一日ぶり。こんなとこで会うなんてねぇ。……あたし、よくわかんないんだけどここに連れて来られて……」
 高校生のサキは呑気に言葉を紡ぐ。アヤ達は言葉がなかった。今ここでサキに会うということは……サキはもうすでに敵の手に渡っているという事だ。
 「もういいわ。一度眠りなさい。サキ。」
 女はサキの頭に手を当てた。サキは気が抜けたようにその場に倒れ込んだ。倒れ込んだサキを小学生サキは無表情で見つめる。
 「あなた……何者なの……?」
 アヤはただ立っているサキを見つめた。こちらはあの女よりも遥かに凄い力を持っていた。これはアヤ達時神にも伝わる力だ。しかし、なぜだろうか。その濃い力の源がとても弱々しい。
 「あ、アマテラス様?」
 太陽神達、猿達はサキを見てそう口にした。太陽神達にはアマテラスの加護がどういうものかはっきりとわかっている。サキからはアマテラスの強力な力を感じた。
 「……いや、今は太陽神ではなくてただの神……。」
 その先を言おうとしたサキを女が止めた。
 「そろそろ行くわよ。サキ。その寝ているサキも連れて来なさい。」
 「……わかった。」
 女は堂々とアヤ達に背を向けると歩き出した。その後を小学生のサキが高校生のサキを担いで続く。最後に女は一言だけ凄味のある声で言った。
 「何をしているの!さっさと立ち上がって時神を殺しなさい。それとも私に……アマテラスの力に逆らう?それはそれでもいいけどね。」
 それを聞いた太陽神達の肩がまたビクッと動き、一人また一人と立ち上がる。手に剣と鏡の盾を持っている。
 「猿よ、我らの命に従ってくれ……。」
 太陽神達はあきらめたようにつぶやき猿達を立たせた。
 「命に従えぬ者はここで処刑だ……。いいな!」
 猿達は震えながら立ち上がった。そして次々に剣を構える。
 「俺達をここで殺すつもりなのか。」
 「まずいな。このままではサキを守れん。」
 栄次とプラズマも武器を構える。
 「私達は太陽神達に勝てないわ。これじゃあ逃げられない。」
 アヤ達はひん死のサルをかばいながら太陽神達と対峙していた。なんとかしなければ時神はここで全員消える事になってしまう。そうなるとこの世界、時間がどうなるかわかったもんじゃない。
 さすがの栄次、プラズマも焦っている。太陽神達は半ば自暴自棄で襲ってきた。栄次が刀をふりかぶり、プラズマが銃を撃った。
 「ちょっと待つのじゃ!」
 これから乱闘が起こる直前、とても聞き覚えのある声が聞こえた。
 「この声……歴史神?」
 「うむ!」
 目の前にいきなり歴史神、ヒメちゃんが現れた。
 「天狗からは解放されたのか?」
 プラズマは救いを求めるような目でヒメちゃんを見つめた。
 「まあ、そうじゃな。あんなものはただの情報交換にすぎぬ。それで……」
 ヒメちゃんはプラズマから目を逸らすと太陽神達に目を向けた。
 「太陽神殿、あの女は巫女。つまり人間じゃ。アマテラス様をその身に宿す事ができる神童じゃった。ただそれだけじゃ。何をそこまで怯えておる。」
 ヒメちゃんの言葉に太陽神達の動きが止まった。
 「おい、どういう事だ?」
 栄次がヒメちゃんを横目で見る。
 「実はの、ここまであの女をつけていたのじゃ。おそらくそのままつけただけだったらすぐに見つかってしまったじゃろうがあの小さきサキが見つからぬように色々やってくれたのじゃ。その隙にワシはあの女の情報を……歴史を引き出した。あの小さきサキが何者なのか、サキも何者なのかいまだわからぬが……あの女だけはわかったのじゃ。」
 ヒメちゃんは太陽神に背を向け、今度はアヤ達を見た。
 「まあそれはいいとして……あの女をおとなしくさせるため、時神が必要じゃ。」
 「?」
 「あの女が何をしたいのかはわからぬ。じゃがアマテラス様を切り離せばその思惑は終わるじゃろう。残念ながら奴の人間の時の記憶までしか引き出せんかった……。での、アマテラス様は概念じゃ。概念には時間はない。じゃがそれを扱う人間の方には時間の鎖が巻かれている。しかし長くアマテラス様をその身に宿しているとだんだん、扱う人間も概念になってくるのじゃ。……それ故、彼女は目元がはっきりせん。年齢も止まっておる。彼女はそうしてアマテラス様とだんだん融合していき、最後は概念に成り果てる。それが目的かどうかはわからぬが、あの女が概念になっても困る。故、その前に時神がもう一度あの女に時間の鎖を巻く必要があるのじゃ。」
 ヒメちゃんの説明が静かな部屋に響き渡った。
 「時間の鎖……。やり方がわからんな。そういう事はやった事がない。」
 栄次は頭を捻った。太陽神達は時神とヒメちゃんの会話を戸惑いながら聞いていた。もう襲ってくる気配はなさそうだ。皆、救いの目をこちらに向けている。
 「大丈夫じゃ。時神はこの世界の秩序を無意識に守る。故、その秩序を乱す者を許すはずがない。本能に逆らわなければ女を枠に戻そうとするはずじゃ。後はそれに従えばよい。」
 アヤはヒメちゃんの言葉を聞いて先程の事を思いだした。いままでの自分にないくらいの強気であの女を睨みつけていた自分。怖がるはずなのになぜか怒りの感情を持った。それもなんで自分がこんなに怒っているのかわからないくらいのだ。おそらくこれは感情的にではなく、本能的に怒っていたのだ。
 「で?俺達はあの女をとりあえず追えばいいのか?」
 「うむ。」
 プラズマの質問にヒメちゃんは単純に答えた。
 「ところで歴史の神はどうやってこの宮に入ったの?」
 「月の宮から来たのじゃ。夕暮れになると太陽と月が一瞬だけ同じ世界に被る時があるのじゃ。月神、その配下の兎達に協力してもらい、まず夕暮れの時間、壱の世界に月が現れたと同時に門を開いてもらい、月の宮へ入る。太陽が陸へ消える前に月から太陽へワープできる装置を使い太陽へ侵入、多少の時間差がしょうじたもののうまく陸の世界の太陽へ顔を出せたという事じゃ。月から太陽へワープできる装置は兎達が最近つくったもので試運転もかねてという事で使わせてもらえたのじゃ。太陽と月が被る時のみ使用可能らしいがの。ほとんどお互い干渉がないため太陽に興味を抱いた兎が興味本位と猿に対するいたずら目的でつくっていたのが最初だったとか。まだ幼い少女の兎じゃった。まあ、その少女はそのことが知れ、月神達からこっぴどくお叱りを受けていたようじゃがワシは助かったぞい。」
 ヒメちゃんはアヤに向かい笑いかけた。
 「なるほどね。やっかいな兎に助けられたと……。」
 「そういう事じゃ。とりあえず、あの女を追うのじゃ!」
 ヒメちゃんは不安そうな時神達を押し出した。太陽神達は何も言わずに救いの目をこちらに向けながら脇へ逸れた。アヤ達は太陽神達に避けられながら歩き出した。
 「俺達に任せても良い事があるかわからないぞ。」
 プラズマはヒメちゃんに不安混じりの声で叫んだ。ヒメちゃんは勝ち誇った顔で大きくうなずいただけだった。
 アヤ達はとりあえずあの女を追いかけるべく走った。しかし、もう付近には女はいなかった。
 「おい、いないぞ……。早く見つけないと……。」
 「サキが危ないかもしれないわね……。」
 プラズマの続きにアヤが追加した。
 「大丈夫だ……。少し待て。」
 栄次はそっと目を閉じ、何かに集中していた。
 「ああ、そうか!ここには何百年も侍やっている男がいるじゃないか。」
 「プラズマ、少し黙っていろ。」
 栄次は女の気配を探しているようだ。神の気配はなかなか見破れないが人間の気配ならば手に取るようにわかっていた。いままでの戦での経験が彼の神経を研ぎ澄ましていたからだ。襲われぬようにしきりと背後に気を配っていた事もあった。
 「あの女は巫女だ。人間だ。だから気配を感じられると思ったんだな?」
 「……その通りだが……見つからん……。」
 「見つからない?そんなわけないだろう?お前、寝てても気配には反応するじゃないか。」
 「……上だわ。」
 プラズマと栄次の言い合いを突然アヤが遮った。
 「……上?お前……わかるのか?」
 「本能に従うのよ。あなた達にはわからないの?」
 「……わからん。」
 「わかんないな。」
 栄次とプラズマは首を傾げていた。栄次は気配を即座に感じ取る事ができる。プラズマも栄次程ではないがある程度は察知できる。栄次やプラズマは気配を探るという能力があるため、大事な時神の能力を塗りつぶしてしまっているのだ。しかし、アヤにはその能力がない。おそらく、アヤは何も邪魔するものもなく、素直に本能を感じられたんだろう。
 「とりあえず、上よ!」
 アヤは栄次とプラズマの手を引き歩き出した。
 「アヤがこんなに積極的なんてな……。」
 「好きな男もこうやって引っ張るのか?アヤは。」
 「ふざけている場合じゃないの!」
 プラズマのつぶやきにアヤは声を上げた。なんだかこんな時なのに余計な事を考えてしまった。
 ……私は好きな男には従う方よ!……とか。
 いやいや……本当にふざけている場合ではない。アヤは頭からプラズマの言葉を消し、足を速める。
 「痛ててて……。乱暴だなあ。悪かった。ついて行くから引っ張るなよ。」
 プラズマはうんざりした声でアヤにあやまった。
 「今のアヤを怒らせるな。感覚が鈍るだろう。色々お前が悪い。」 
 栄次も半ばアヤの変貌に戸惑いながらアヤのフォローに入った。
 「俺だけ悪者か。ちょっとからかっただけだろ。」
 アヤはほとんど会話せずただ栄次とプラズマを引っ張り進んだ。まるで道がそこにあるかのように女の居る場所がわかった。そのうち、耳に時計の音がカチカチと鳴り響いてきた。
 もう何も声は聞こえない。感情もない。知らぬ間にただの機械のようにアヤは歩き続けていた。
 「お、おい!アヤ……。」
 栄次がアヤを止めたのでアヤはやっと我に返った。
 「え?」
 我に返ったアヤはさらに驚いた。自分の足元に大きなアナログ時計があり、秒針を刻んでいた。
 「何よこれ!」
 時計は物理的な感じではなく霊的な時計だ。つまり魔法陣のような形だ。
 「現代神の力がここまでとはな……。」
 栄次が特に驚いた風もなくつぶやいた。
 「な、何なの?」
 アヤはただ戸惑いながら栄次とプラズマの顔を見回した。
 「これはな……。時を乱すという禁忌をおかした人間に刑の執行を告げる時計……だな。おそらく。どこかの文献で読んだ気がする。」
 栄次はプラズマに目を向ける。
 「んん……見たことはないがたぶんそうだな。これは現代神のみ持つ能力。現代神は過去神、未来神を導く力がある。現代神はこの刑の執行者となるため、無意識にオートマチック化するんだったかな。何と言うか、いままで時間を乱す人間なんて何千年も出てないだろ?俺も本で読んだだけだからな。よくわからない。」
 プラズマはアヤに笑顔を見せる。アヤからすれば全然笑えない。
 「一体、どこにそんな本があるのよ!これ、私があの女をなんとかするって言うんじゃないでしょうね?」
 「いや、それはない。時神は三人で一つの神だ。俺達三人であの女を止める。」
 栄次の言葉にアヤの不安は少しなくなった。一人でやれと言われたら荷が重い。アヤはそんな何百年も生きていない。まだ十七になったばかりの高校生だ。まあ、これからずっと十七歳なわけだが栄次のように修羅場をくぐって来てはいない。
 「……。」
 栄次は不安そうなアヤの頭に手を置いた。
 「上……だったな。この階段を登ればいいのか?」
 栄次は廊下の先にあったエスカレーターを指差す。
 「行くぞ。アヤ!男がエスコートする方が好きなんだろ?」
 プラズマはアヤの手を取ると走り出した。
 「ちょっ……!」
 そのままエスカレーターを駆け上がる。走っているとアヤの不安は消えて行った。
 栄次とプラズマも感じているようだが三人で走っているのに一人のように感じる。先走る未来、その後を追うように現代が続き、その後を過去が通り過ぎて行く。ちょうど人間の時間軸のようだ。子供の頃は未来の事ばかり考え、大きくなるにつれ現実を知り、今を生きる事に精一杯になる。そして歳を取り過ぎ去った過去を懐かしむ。
 今まさにその順番でアヤ達は走っている。このまま……一体化したままどこまでも走り抜けられそうだった。
 「待ちなよ。」
 しかし、アヤ達の時の流れはこの一言で止まった。
 「サキ!」
 エスカレーターを登った先に小学生のサキが立っていた。サキはただならぬ気配を出している。
 「ごめん。こっから先は行かせらんないんだ。」
 無表情のサキをアヤはまっすぐ見つめた。
 「あなた、邪魔をするの?どうして?あの時助けてくれたじゃない。お母さんを止めるんでしょ?」
 「止めたいよ。だけどね、殺させはしない。たとえお母さんがあたしに振り向かなくてもあたしはお母さんの娘でいたいんだ。」
 サキはどうしたらいいか迷っている顔をしている。
 「殺す?なんであなたのお母さんを殺さなければならないのよ?私、殺人はごめんだわ。」
 「お母さんは時を乱しただけでなく人間から時間を奪おうとしているんだ。そんなお母さんを時神が許すわけないじゃん?お母さんは止めたいけど時神は制裁としてお母さんを殺す。お母さんはあんたらを消したいみたいだけど、もしお母さんが負けたら……。」
 サキはこちらを睨んできた。
 「お前は外見に合わずけっこう生きているだろう?神だからな。その割にはずいぶん子供じみた事を言うんだな。」
 プラズマの言葉にサキは目を伏せた。
 「あたし、外見は変わらないけど歳はまだ十七、生まれて十七年しか経ってない神。アヤと同い年だよ。太陽神は成長が遅いんだ。……もう一人のサキ、彼女があたしの外見年齢。」
 「お前が太陽神なら、じゃあ、もう一人のサキは何なんだ?」
 「あたしは今、太陽神の称号を捨てている。今はただの神。そして産まれたばかりの頃……あたしは人間だった。」
 「人間だと?」
 栄次は驚いて聞き返した。
 「栄次、今はあの女を追った方がいいんじゃないか?この子の話を聞いててもしょうがない。」
 プラズマはサキの時間稼ぎに気がついていた。
 「そうだな。進もう。」
 「ダメだ。進みたいならあたしを倒す事だね。」
 栄次とプラズマが足を踏み出した時、サキの気配が凄い勢いで広がった。
 「つ……強い……。」
 栄次の頬に汗が伝った。アヤも粟粒のような汗が噴き出してきた。
 「小娘だからって気を抜いていたら俺達が死にそうだ。」
 プラズマが銃を構えるがその手が震えていた。
 「一体、どうして人間の子がここまでの威圧を出せるのよ……。」
 「そんなのあたしが知りたいよっ!」
 アヤの言葉にサキは叫んだ。
 ……あたしが人間だったらきっとお母さんと平和に暮らせていけたんだ!お母さんも普通の家に生まれたら普通に生きてた!普通に暮らす事をどれだけ祈ったかわからない。神であるのに祈りを捧げている自分に悲しくなった。
 「サキ……。」
 アヤの呼びかけにサキは一言「ごめん。」とあやまるとアヤ達に襲いかかってきた。

九話

 サキが太陽神になってしまったのは五歳の時だった。サキの母がアマテラスを宿したままサキを産んだ。その時サキは神になる事はなく、ちゃんと人間として生まれた。家系が家系なだけに巫女の力は強かった。その強い巫女の力が突然五歳の時、神の力に変わった。人間だったサキはどうすればいいかわからなかった。外を歩いても誰にも気がついてもらえなかった。ただ、母だけが自分の存在に気がついてくれた。母は自分を抱きしめてくれた。その時はもうすでに母の目はなかった。
しばらくして原因を独自に調べてみた所、サキが神になってしまった原因はやはりアマテラスだった。サキはもともとアマテラスの加護を受けた太陽神として母に宿っていた。しかし人間の中にいたため、生物の理として人間につくりかえられて産まれたのだ。その人間としての力は人間の母から離れた段階で徐々になくなっていった。そして五年の歳月を経てサキの人間としての力は完全に消滅し、神として生まれ変わった。
 なぜ母はアマテラスを憑依させていたのかはわからない。わからないがサキは母がよからぬことをしようとしているのだろうと思っていた。しかし、それを止められなかった。母親を怒らせたくなかったし、悲しませたくもなかった。
 だから今、こうやって母親に従っている。
 「なんであなたと対峙しなければならないの?サキ。」
 サキが炎を振りまいた時、アヤが複雑な表情でこちらを見ていた。
 ……わかっているんだ。あたしだってわかってんだけど……。
 サキは炎の中から剣を取り出した。
この剣は他の太陽神達が持っているものとは違う。エネルギーに満ちた剣だ。この剣を小学生くらいの女の子が扱えるのかとアヤ達は思っているだろう。
 「あたしの特別性の剣さ。すごい軽いんだ。」
 アヤ達の表情で何を言いたいのかがわかったのでサキは言葉を追加した。その間にまわりを炎で囲んだ。一対三になるのだ。万が一、走り去られたらいけないと思っての事だ。
 サキは栄次をまず狙った。この強い剣客は早く消しておいた方がいい。横を見るとアヤが不安げにこちらを見ている。アヤは放っておいてもいいだろう。プラズマもサキが剣を出した事に戸惑いを感じている。こちらを強いまなざしで見つめているのは栄次だけだ。この男は戦慣れをしすぎている。
 ……ほんと、あたし何がしたいんだろ……。
 サキは剣を振るった。この剣は剣術をやるというよりは炎を扱うのに近い。風をうまく使い、炎の行き先を決める。サキの剣は軽々と栄次に避けられてしまった。栄次が先程までいた所に火柱が通りすぎる。
 「あんた、やっぱ勘が鋭いね。」
 「炎が出るのか……。」
 「まあね。」
 上下左右に剣を振るってみるが栄次は刀も抜かずに避けて行く。
 「ちっ……火柱まで計算して避けているのかい……。」
 サキは舌打ちしながらつぶやいた。
 「剣術がまるでなっておらんな。先程の猿や太陽神の方が強かったぞ。」
 「言うと思ったけどねっ!」
 サキは薙ぎ払うと同時に剣から手を離した。剣は炎を上げながら消えた。
 「!」
 その消えた剣が今度突然栄次の後ろから出現した。サキが指を動かすとその剣は栄次に向かい飛んで行った。
 「栄次っ!」
 プラズマの声で栄次が気づき、体を捻らせて避けた。剣はまた炎に包まれ消えた。
 「なるほどな。その剣は炎なわけだ。それがお前の能力か。」
 「一発でわかったのかい?やっぱり剣客は騙せないか。」
 「アヤ、プラズマ、あの女を追え。」
 栄次はサキから目を離さず静かに言った。
 「お前、まさかこの小さい女の子を……。」
 不安げにプラズマは栄次を見つめた。
 「……大丈夫だ。手加減は知ってる。だが問題は俺が大丈夫かという事だな。」
 「でもこの炎の中……。」
 アヤがオドオドとつぶやいた時、プラズマがいきなりアヤの手を握って走り出した。先程持っていた銃とは別の銃を取り出し炎に向かって発射した。その銃口から爆風が飛び出し、炎の一部を消した。
 「栄次、死ぬな。」
 プラズマは栄次の方を見てにこりと笑った後、アヤを強引に引っ張り走った。
 「ちょ……まちなさいよっ!」
 アヤは戸惑いながらプラズマに連れ去られた。
 「行かせないってば。」
 サキがアヤ達に突進しようとした時、栄次が横から刀を振るった。サキが着ているワンピースの肩先が少し切れた。布がヒラヒラと静かに飛んで行く。
 「止まったのは賢明な判断だ。動いていたら肩先、斬れていたぞ。」
 「っち……。まいったねぇ。」
 サキが止まった一瞬にアヤとプラズマは炎を抜けていた。サキは頭を抱えて栄次を見つめた。
 「悪いな。俺で良ければ相手する。」
 「冗談じゃない。あんたなんか相手にしていたら命が足りないよっ!」
 サキは叫ぶと逃げようとした。しかし、栄次の刀が風を切って襲ってきた。サキは剣で刀をかろうじて弾く。
 「俺としては逃げられても困る。」
 「まったく、あんたに全部ペースを持ってかれたよ……。やるしかないね……。」
 サキは剣をゆっくり構えた。
 「……武人を相手にするという事は死を覚悟するという事だ。お前にそれができるか?」
 「できるわけないじゃん……。あたし、武人じゃないし。」
 「そうか。」
 栄次は無表情のまま剣を構えるサキを見据えた。
 ……あたしの能力の高低を構えだけではかろうとしている……。これは武人として戦うには分が悪いね……。だけど、神としてならあたしの方が上だ。少し戻ってきた太陽の力をみせてやろうかな。
 サキが動いたので栄次も即座に反応した。
 「……そうか。武人としてはやめたのか。」
 「だからもともと違うってば。」
 サキは炎と光を栄次に交互に飛ばす。光で目がくらみ、炎で焼き尽くす作戦だ。
 「こんなところで火葬はごめんだな。」
 栄次は目をつぶり、冷静に感覚だけで避けた。しかし、炎が頬にかすった。頬からはなぜか切り傷のような傷がつき、そこから血がポタポタと垂れた。よく見ると腕にもかすり傷ができている。
 「余裕はダメだね。」
 「確かにな。俺も気を抜いたら焼かれてしまいそうだ。」
 サキが追い詰めているはずなのに追い詰めている感じがまるでしない。これも栄次の武人としてのテクニックなのか。なんとも居心地が悪い。
 サキ本人もいまいち本気になれていない。それ故、この戦いが何なのかわからなくなってきた。凄く中途半端。お互い本気で殺し合いをしようとは思っていない。むしろ、怪我なく済まそうとしている。サキには『お母さんを止めたい』という感情と『お母さんの好きなようにやらせたい』という感情があるため、あまのじゃく状態だ。
 「ねぇ、あんたさ、あたしと遊んでいる気なのかい?」
 「それは考えられんだろう。少しでも気を抜いたら俺は殺されてしまうのだからな。」
 「……。そうかい。」
 サキは一度本気の力をぶつけてみようと思った。この太陽神としての不完全な力をぶつける事によって何か変わるわけではないだろう。だが、サキはぶつける場所がほしかった。栄次ならばおそらく死にはしないだろう。
 「雰囲気が変わったな……。」
 「あたし、太陽神と呼べない神だけどけっこう強いと思うよ。」
 「だろうな。」
 お互い顔を引き締めそれぞれの構えをとった。

 
 「大丈夫かの?」
 ヒメちゃんはサルを治療していた。と言ってもサルの歴史を戻す作業だ。怪我をする前に戻せばサルは元気になるという仕組みである。もともと霊的空間に生きる猿達には現世の歴史は関係ないので邪魔もなく歴史を戻せる。
 「うう……痛いでござるなあ……。」
 「もう元気じゃろうが。」
 サルはもうぴんぴんしている。怪我もさっぱりなくなった。まわりの太陽神達は戸惑いと後悔で皆沈んでいた。自分達は神でありながら人間の時を守る神を消そうとしていたのだ。人間を見守るはずの神が人間を狂わせようとしてしまった。
 「あれでござる……。Repentance comes too lateでござる。リペンタンス カムズ トウ レイト、後悔先に立たず。」
 サルはヒメちゃんに目を向ける。
 「まだ後悔するのは早いのじゃ!ワシが来た事によっておぬしらは間違いを犯さず済んだ。これからは後悔を引きずるのではなく時神に何かないように全力で守るのじゃ!つまり予防策を考えろということじゃよ。」
 ヒメちゃんはサルだけでなくすべての太陽神、猿を見回した。
 「……そうでござる。まだ終わってはいない!小生は時神を助けにいくのでござる!Prevention is better than cureでござるな!プリベンション ベター ザン キュアー!転ばぬ先の杖!」
 「なんかちょっと違う気もするのじゃが……。そしていちいちうるさいのじゃ。わかったから早く行くがよいぞ。」
 ヒメちゃんの言葉で急に元気を取り戻したサルは慌ててバタバタと太陽神達を押しのけて走り去って行った。実に単純な男だ。
 「おぬしらもあのサルを見習ってなんか行動を起こしてみたらどうじゃ?のう?」
 ヒメちゃんは太陽神達に笑顔を向けた。太陽神達の顔に光が戻った。
 「その通りだ!まだ終わっていない!全力で時神をサポートするぞ!」
 太陽神は急に気合の入った顔で立ち上がると猿達に指示を始めた。まったく太陽神とは単純な神様だ。神様の中では非常に純粋な者達だからしかたがない。
 「うむ!神助けじゃ!良い事をしたぞい!ワシは良い事をしたのじゃ!」
 ヒメちゃんは誰かに聞いてもらいたいのか大声で叫んだ。
 「お、おい!もしかしてお前は剣王の……。」
 「ん?なんじゃ?」
 「い、いや、なんでもない。」
 太陽神は何か言いかけたが口をつぐむと作業にとりかかった。
 

 アヤとプラズマはエスカレーターを駆け上がり最上階へとたどり着いた。
 「違う……。ここじゃない。この上だわ。」
 「上?どうすんだ?」
 アヤが天井を見上げる。
 「私達のすぐ足元だけ時間を止めれば浮けるわ。」
 「何かアヤ、冴えてるな……。」
 「わからないけどなんだが前から知っているみたいなの。」
 「先代時神の記憶かなんかかな。」
 「そうなの……かしらね。」
 ふとアヤは自分の目の前で消えたあの時神を思い出した。見た目は少年という感じだったが歳は五百歳くらいだろう。アヤの方が時神の力が強くなってしまったため彼は消えてしまった。
 「まあ、とりあえず行こうか。」
 プラズマは軽々と時間操作をやってみせた。アヤよりも一段浮いたところでプラズマは振り向いた。
 「結構簡単にできるぞ。アヤも早くやってみろ。……これ、栄次大丈夫かな。」
 「栄次はなんとかなるでしょ。……たぶん。」
 アヤもかろうじて自分の足元だけの時間操作ができた。
 「まあ、ちょっと器物破損の罪に問われそうだがまあいいか!」
 そう言ってプラズマは先程の空気銃を取り出しいきなりぶっ放した。大砲のような音と共に天井が崩れ去った。木片やら瓦やらがふってきて色々危なかったのでアヤは怒鳴った。
 「ちょっと!いきなりすぎるわ!危ないじゃないの!天井壊さなくても窓から出れば良かったじゃない!」
 「めんどくさいだろ?」
 プラズマはさっさと開いた穴に向かって飛んで行った。
 「もう……。」
 アヤもプラズマの後を追い、ゆっくりと慎重に階段のような足場を作って行った。
 天井から外へ顔を出すと女がこちらを見て笑っていた。
 「あら、早いのね。すっごい音したわよ。彼女に当たったらどうするつもりだったの?ふふ。」
 女は近くで倒れている高校生サキを眺める。
 「お前、何しようとしてるんだ?これは色々禁忌だ。人間が神に関わると傲慢になったりするから困りもんだよな。」
 プラズマが女を睨みつける。
 「私はアマテラス神よ?誰に向かって口聞いているのよ。人間?笑わせないで。」
 女、アマテラスはクスクスと笑っているが目元がはっきりしないためかなり不気味な笑みになっている。
 「まず、そっちのサキを返してもらうわよ。」
 アヤはぐったりしているサキを指差した。
 「あら、この子?この子は別にいいわ。もういらないし。」
 アマテラスの言葉にアヤの眉がぴくんと動いた。
 「……自分の娘でしょ。いらないって何よ!」
 「私の娘はこの子じゃないわ。この子は人形。私の娘は今、過去神を連れまわしているわよ。」
 「……どういう事よ……。」
 「このサキはあの子の身代わり。ふふ。」
 アマテラスは相変わらず笑っている。
 「身代わり……。」
 「ヒントあげましょう。サキはもともと私から人間として生まれたの。これ、どういう事かわかる?」
 「……人間か。なるほどな。その時にサキは二人できるわけだ。壱と陸にサキが誕生する。」
 プラズマの回答にアマテラスは満足げに頷いた。
 「正解ね。私はちなみに一人よ?なんたってアマテラスなんだから。太陽神はどちらかの世界に一神しかいない。これは常識よねぇ?」
 「その時、まだ太陽は普通だったって事だな……。」
 「その時は太陽なんて興味なかったから行こうとも思わなかったわ。ただ、私はアマテラスになった。ただそれだけよ。その時はね。もう一つ教えてあげるわ。神様ってのは親が神権を持つのよ?知ってたかしら?そういえばあなた達は違うわね。」
 プラズマに笑いかけたアマテラスは言葉を続ける。実際はおしゃべり好きのようだ。
 「サキの神権は私がもっていたの。だから……わかる?」
 プラズマとアヤの顔を交互に見つめ、またもにこりと歯を見せる。
 「お前がサキの神権を剥奪したり与えたりしていたってわけか。」
 「そうよ。あの子は太陽神でしょ?サキは五歳の時に太陽神様になったの。その時にもう一つの世界のサキが消えてしまっていた。あの時は気がついてなかったけど後で調べたのよ。そこで初めて太陽神が一神しかいない事ともう一つ世界がある事がわかった。」
 アマテラスは腕を組むと一度言葉を切った。何か質問は?といったような態度だ。
 「サキをどうしようとしてるんだ。お前は。」
 プラズマは栄次が来るまで時間稼ぎをする事にした。
 「人間にしてあげようと思ってね。ふふ。あの子が私より力が強いなんておかしいでしょ?それに太陽神なんてかわいそうじゃない。あの子は人間になりたいのよ?」
 「そういう事か。ただの妬みじゃないか。」
 「あの子に神権をあげたり剥奪したりしてこっちの人形も育ててきたのよ?ただの妬みで片付けないで。親の愛じゃない。」
 アマテラスの発言にアヤはもう我慢がならなかった。この女は自分の子供で遊んでいる。許せなかった。
 「あなたね、いい加減にしなさいよ!何が親の愛よ!サキをいいように使っているだけじゃない!」
 「あらあら。うるさい子ね。なんでそんなにつっかかってくるの?あなた、もしかして孤児?」
 アマテラスの言葉にアヤは詰まった。
 「あら、図星。ごめんなさいね。家族も知らない、親も知らない、なんてかわいそうな子。ふふ。」
 「……くっ!」
 今にも跳びかかりそうなアヤをプラズマが慌てて止めた。
 「ま、待て!落ち着け!」
 「……だって……だって!」
 「わかっている!挑発だ。落ち着け。」
 アヤは冷静さを欠いていた。プラズマにおさえられながらアヤは泣きじゃくった。なんだか涙が勝手にあふれてきた。
 「何よ?その子。まるで子供じゃない。こんなのが人間の時を守っているだなんてホント、神の世界って何なのよ。腹立つ。」
 アマテラスから笑顔が消えた。同時に怒りの感情がまわりを渦巻く。プラズマは慌てて話題を変えた。
 「聞きたいことがある。そこに倒れているサキを育てたのは本当に親の愛からくるものか?」
 「それはそうよ。だけどもう一つあるわ。」
 プラズマの質問にアマテラスは機嫌を戻して答えた。
 「これは太陽の事を思っての事よ。昔は太陽を見て作物が育つようにとかお願いしてたじゃない?そして人間は太陽を見て時の流れを感じてた。それがいつからか人間は数字をみるようになったの。あなた達は昔からいたみたいだけど今の時代、あなた達はただの数字の番人になりはてた。そして太陽を拝む人間も対していなくなった。これはいけない事じゃない?だから、私が昔に戻そうと思ってね。数字の番人になりはてた時神を消去すれば人は時間から解放されるでしょ?それにはまず、時神をこちらに集めなければならない。」
 アマテラスはまたプラズマに笑いかける。
 「それで?」
 「歴史神を騙したかったの。人の歴史に関して敏感なあの神はサキに気がついていたわ。それを欺くために太陽神のサキを小学校に通わせた。もちろん行くだけよ。人には見えないんだから。それをしばらく続けて私がサキの太陽神の神権を放棄、すると、向こうに人間のサキが現れる。そのサキは夢か現実かの区別もわからないまま、『なんか学校に通っていた気がする』程度の記憶で人間として学校へ通う。学校へ行くだけを忠実におこなったサキによりそこだけはぼんやりでも彼女に記憶が残るのね。もちろん、こちらは人間なのだから普通に学校の授業に出るわ。それをしばらく続けてサキをまた太陽神に戻す。すると向こう側のサキは消えるでしょ?続いて何年後かにまた太陽神に戻ったサキを高校へ通わせる。そしてまた神権を放棄、向こうにサキが現れる。太陽神は成長が遅いからこちらはあまり変わらないけど向こうのサキはもう高校生。体も当然、これくらい大きくなる。必要なものは私が太陽を渡って全部用意してあげたわ。」
 アマテラスは眠っているサキをちらりと横目で見る。
 「……。」
 「で、もうわかる通り、彼女は普通の人間と何ら変わりない歴史を持つ子に育つ。だから歴史神は気がつかない。ふふ。この子は記憶がぶっ飛んでいるだけの普通の女の子なんだからね。小学生の次が高校生の記憶なんだから。おまけに神権を放棄し続ける事により太陽神のサキの力はどんどん衰え、人間に近づいていく。一石二鳥じゃない。ねぇ?」
 アマテラスはクスクスと笑う。
 「そこのサキにも感情があるのよ?人形なんかじゃない!あなたは最悪だわ!」
 アヤはプラズマの胸に顔をうずめながら叫んだ。
 「なんとでも言いなさい。このサキは私の娘、太陽神サキの延長線上でしかないのよ。感情なんて娘の気質を受け継いでいるだけじゃない。話を元に戻すけどいいかしら?」
 「……。」
 プラズマはアヤをなだめ、頷いた。
 「後は勝手に歴史神が動いただけ。私を監視するためにあの辺一帯を夜にしてサキを隔離した。ほら、するとねぇ?時間がおかしくなったって思うあなた達がおバカな事にこちらに来ちゃうでしょ?それをちょっと狙っていたのよ。ただ、あの時、サキを太陽神に戻した時、サキの能力が太陽神からなんの能力も持たない神格ゼロのかぎりなく人間に近い神様になってしまったのが誤算ね。それ故、向こうのサキは消えず神様として残ってしまった。まあ、誤算と言ってもどうでもいいレベルだけどね。ちょこっと太陽神の方のサキは力が戻ってきているみたいだから……このサキが消えるのも時間の問題じゃないかしら。たぶん、このサキが消えて娘と合体したらまた娘の太陽神としての能力はかなり低下すると思われるわ。もうあの子にはほとんど太陽神としての力は残っていない。合わさる時にどうしても人間の力が流れ込むからね。だから娘を太陽神に戻した時にあの子は太陽神になりきれなかったんだわ。」
 アマテラスは愉快そうに笑っている。
 「それで?」
 プラズマはまた話を促した。
 「話す事はもうないわ。お仲間さん来ないわねぇ?ざーんねん。もう先延ばしはできないわ。ここで先に二人だけ消してしまおうかしら。」
 「バレていたのか。さすが。」
 プラズマの頬に汗が伝った。相手は神なのか人間なのかよくわからないがあきらかに自分達よりも力が強い。戦力が減った今、戦いたくはなかった。勢いで来てしまった事にプラズマは後悔した。なんとかなると思ったが実際アマテラスを前にすると何にもできなかった。
 「あら、勢いよく来たわりには引け腰じゃないの。」
 迫ってくるアマテラスにプラズマはじりじりと後ろに退いた。今にも掴みかかりそうなアヤを引っ張りながらどうすべきか考えた。
 ……やっぱり栄次が来るまでなんとかするしかないんだよな……。
 プラズマはアヤを背中に回すと銃を構えた。

十話

 「っち……ダメだ。全然力が入らない。」
 サキは本気で炎を飛ばしていた。栄次は避けるが無傷ではない。
 「なんだ。先程と炎が変わらんぞ?本気なのではないのか?」
 「……。」
 本気のつもりだが力の使い方がいまいち思い出せない。これ以上の力を纏う事がなぜかできない。自分はこんなもんじゃなかったはずだ。
 ……本当はあたしが太陽神のトップに立つはずだったんだ……。でも……お母さんが……。
 栄次の刀がサキに伸びてきた。
 ……避けないと……
 そう思っていた刹那、サキに吐き気が襲った。咳き込み膝をついた。風の音が耳元でする。
 ……まずい。斬られる……。
 サキは手を口に当てたまま強く目をつぶった。すぐに鋭い痛みを感じるかと思ったがしばらくたってもなんともない。サキは恐る恐る目を開けた。
 「大丈夫か?」
 栄次は鋭い目をこちらに向けながらぶっきらぼうに一言言った。ふと横を見るとサキの首筋に触れそうな所で刀が止まっていた。少しサキが動けば斬れてしまうくらいの距離だ。
 「……寸止めかい……さすが……」
 「俺は小娘を蹂躙する趣味はない。」
 サキはまた咳き込んだ。口を押さえていた手を見ると血がついていた。
 「……!」
 「おい。しっかりしろ。どうした?」
 サキは栄次を見上げた。栄次はサキの顔を見てはじめてサキが血を吐いた事に気がついた。サキの口からは血が漏れ、顎をつたい、服や床を汚す。かなりの出血量だった。
 「おい!」
 栄次は刀を鞘に戻すとサキの側に寄った。なぜ吐血したのかもわからず栄次はサキの背中をさすった。
 「ち……血が……逆流してる……。な、なんで……うう……。」
 サキはしゃがんでいる栄次の袖を掴んだ。
 「血が逆流だと……!」
 「あたし……もう……戦えない……先に行ったら……どうだい?」
 うつろな目をしているサキを栄次は仰向けにさせた。
 「こんな状態で放っておけないだろう!」
 「何……言ってんのさ。あたしは……敵……」
 「いいから黙っていろ!」
 サキは苦しそうに息をしている。まわりを覆っていた炎は消えたように小さくなっており、栄次を襲う予定だった炎も塵のように消えた。
 栄次がどうすればいいか困っていた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
 「栄次殿!無事でござるか?……さ、サキ殿!」
 声の主はサルだった。サルはサキの状態を見て絶句した。
 「さ、サル!お前、怪我してたのでは……まあ今はいい!娘がいきなり血を吐いた!どうすればいい!」
 栄次は珍しく焦った表情でサルを見た。
 「サキ殿は……太陽神としての力が著しく低下しているのでござるな……。サキ殿は我々を統べる太陽神……一番、アマテラス様の力を受け継いだお方でござる。全力で守らねば……。間違いなくこれは人間の血が太陽神の力と反発を起こしているのでござる。おそらく無理やり人間になろうとしたのが原因でござるな。そういう事があったのではござらんか?サキ殿。」
 サルはサキを抱き起した。
 「あたしが……人間になろうと……したわけじゃないんだ……。違うんだ……。」
 サキは目に涙を浮かべていた。
 「やっぱり今はしゃべらない方がいいのでござる。お話ならば後でゆっくり聞く。」
 サルはサキに頭を下げ、目を閉じた。
 「何をやっているんだ?」
 栄次が無言で頭を下げているサルに声をかけた。
 「忠誠を誓っているのでござる。太陽神の使いが頭を下げるのは太陽神だけでござる。彼女に神格を取り戻してもらうため……なけなしかもしれぬが……。」
 しばらくしてサルのまわりに太陽を模した魔法陣が現れた。その魔法陣から放たれた光りがサキを包んでいく。サキの表情が少し和らいだ。
 「これで少しは人間の力が無くなったかと思うのでござるが……。どうしてこんなひどい状態に……。」
 「し、知らないよっ!あたしは……お母さんに悲しい顔させたくないだけなんだ……。」
 涙を流しているサキをサルが優しくなでる。
 「サキ殿はお優しい……。だがサキ殿の母上はもう禁忌の先へ足を踏み入れてしまったのでござる。残念ながらサキ殿の母上は罰を受けるしかないのでござる。」
 「……。い、嫌だよ……。お母さんどうなるの?ねぇ!なんとかしてよ……サル……。」
 サキの叫びにサルは無言で首を横に振った。
 「ねぇ!サル!なんとか……してよぅ……!」
 「……。」
 サルは目をつぶった。こんなに苦しんでいる主を見たくはなかった。
 「ねぇってば!……なんかしゃべってよ……。お母さんはね、本当は……すごく優しいんだ。優しいんだよっ!だから!」
 サキは口から血をこぼしながら叫ぶ。サルはサキを抱きしめた。
 「すまない……。優しいというのは罪を消す理由にはならないのでござるよ。……サキ殿、いや、サキ様、少し眠られるとよろしいのでござる。次に目覚めた時、すべてが終わっていますように……。」
 「そんな……お母さん……。……お母さん……。」
 サキはその一言を泣きながらつぶやき意識を失った。
 「ここを任せてもいいか?俺は行かなければならない。」
 栄次はサキを心配そうに見つめながらサルに言葉をかけた。
 「……大丈夫でござる。サキ様は小生がお守りするのでござる。作戦にうつっている太陽神様達、猿は作戦が終了した段階でサキ様の介護を全力で行ってもらうのでござる。」
 「作戦という事はなんかするんだな?」
 サルは栄次に頷いた。栄次も頷き返し、そのままさっきアヤ達が走り去った方へ走って行った。
 サルはそれを見届けてからサキを抱きかかえ栄次とは逆の方向に歩き出した。
 「……アマテラス様の能力を人一倍継いでいるサキ様はこの太陽の宮の王女になるお方……。それがこんな扱いとは……っ。」
 サルはサキを強く抱きしめた。サキが痛みにあえぐ。サルは慌てて力を緩めた。
 サルは激怒していた。女がなぜそんな事をしたのか理由は正直よくわからない。だが自分達が守るべき主を体中からボロボロにされ精神面でも弱り果てさせられたら理由がどうあれ許せなかった。
 「サキ様には悪いが……小生、あの女は許さないでござる……。」
 サキに気がつかなかった自分にも腹が立った。サルにとって大事な主を見つけ出せなかった。
 ……だから今度はちゃんと守る……でござる……。
 サルは着物の袖でサキの顔についた血を丁寧に拭いた。


 「どんどん力が沸いてくるわ。太陽の宮に来てアマテラスの力はどんどん強くなる!もっともっと強くなったらあなた達を消したいの。でも、めんどうだから今にしちゃうわ。せっかくサキが一人留めてくれているんだもの。話している間に私の中の太陽の力はだいぶ強くなったわ。ちょっと腕試しといこうかしら?」
 アマテラスはクスクス笑っている。
 「ほんとによく笑い、そしてよくしゃべるな……。」
 プラズマは落ち着きを取り戻してきたアヤに向かい言葉をかけた。
 「……。私はあの女、許さないわ。」
 「私的じゃなくて時神としてにしな。そっちのがかっこいいだろ。」
 「そうね。」
 プラズマの言葉にアヤは無表情で答えた。アヤが怒っている時はいつも無表情になる。
 「……思いっきり感情むき出しじゃないか。」
 プラズマはあきれた目でアヤを見るとアマテラスに目線を戻した。アマテラスはまったく動いていなかった。
 「なんで刑を執行する方がピンチになっているんだ?俺、今すぐ元の時代に戻りたくなってきた。」
 「ダメ。」
 「わかっているって……。」
 今のアヤに冗談は通じなかった。少しでも場を和ませようとしていたプラズマはただはにかむしかできなかった。まあ、この状況で場が和んでも困るのだが。
 「ふふ。」
 アマテラスはにこにこと笑いながら大きな火の玉を出現させ、アヤ達に飛ばしてきた。
 「うわっ!なんだ……あれは!」
 プラズマはアヤを引っ張りかろうじて火の玉を避けた。遠くの方で爆発音が聞こえる。プラズマとアヤは息を飲んだ。
 「まあ、すごい。あんな大きな爆発を起こせるのね!」
 アマテラスは楽しそうな顔で今度、複数の火の玉を出現させた。
 「……っち。狂ってやがるな。あの女……。」
 「あんなのに当たったら死んでしまうわよ。」
 二人が途方に暮れていた時、下の方から声が聞こえた。
 「アヤ!プラズマ!」
 「……ん?」
 先程開けた穴から栄次がこちらを見上げていた。プラズマはアヤを引っ張り、穴から下の階へ飛び降りた。
 「ちょっと!きゃあ!」
 軽く叫んだアヤをうまく捕まえ、プラズマは床にきれいに着地した。そのすぐ上を火の玉が風の音と共に飛んで行き、通り過ぎた瞬間から爆発音が聞こえはじめた。けっこう危機一髪な避け方だった。
 「あっぶないな……。自分で穴開けた事忘れてた。」
 「……で、お前達はもう交戦中なのか?」
 状況を理解していない栄次はアヤとプラズマをきょとんとした顔で見据えていた。
 「あなたは平気だったの?サキは?」
 「まあ、色々あったが問題はない。」
 アヤの言葉に栄次はそう答えておいた。正直、状況がそこまでわかっているというわけではない。サルがなんとかすると言ったので栄次は問題ないと言った。
 「まあ、そんなのどうでもいい。それよりあの女だ。」
 アヤと栄次の会話にプラズマが割って入った。
 「強いな……。」
 「大丈夫よ……。」
 栄次がつぶやいた時、アヤが静かに上を向いた。やけに落ち着いた声だ。先程までのアヤとはかなりの違いがある。
 「刑の執行にうつるわ……。」
 「あ、アヤ?」
 プラズマがアヤの顔を覗き込む。アヤに表情はなく両の瞳の奥で時計の秒針がまわっていた。
 アヤの茶色の瞳は無機質な円形の時計になっている。
 「なっ!なんだ!おい!アヤ!」
 「俺が来た事と標的がすぐ上にいる事から時神の本性が出たか。」
 栄次は表情のないアヤをただ見つめた。アヤは何かに反応するかのように上を見上げるとアヤにはない身体能力と時間操作であっと言う間に屋根に上ってしまった。
 「なんだかわからんがとりあえず追うぞ!」
 プラズマは先ほどと同じように足元だけの時間操作で空気を蹴って上へと向かった。
 「お、おい!待て!お前達はどうやってそういう事をしているんだ?」
 「足元だけ時間を止めろ。アヤが覚醒している今ならお前にもできるだろう?」
 プラズマは自分の足を指差して栄次を見下ろした。
 「ふむ。」
 時間操作は思ったより簡単だった。ただ、足元に集中すればいいだけらしい。足元に気を遣ったらいままで普通にやっていたかのように浮けた。
 「な?」
 プラズマが得意げな表情で栄次を見た。
 「秩序に縛られない神の世界だからこそこんな事ができるのだな?」
 「さあな。さっさと行くぞ。」
 感心している栄次を急かし、プラズマは屋根に上った。
 「アヤ、本当に機械みたいだな。」
 プラズマは一段高い所で浮いているアヤに声をかけたが返答はなかった。
 アヤは飛んでくる火の玉の時間を一端止め、高速で時間を巻き戻しアマテラスに逆に火の球をぶつけようとしていた。これはアヤの意思ではない。無意識だ。
 「動きにまったくムラがない。」
 栄次がアヤを目で追いながらつぶやいた。
 「なんで俺達はああならないんだ?」
 プラズマも一緒に目でアヤを追う。アヤは時間操作を使い、高速で動き、アマテラスの攻撃をかわしている。
 「俺達はアヤの補佐をするためかアヤを制御するためかでああならないんじゃないか?」
 栄次は刀を抜いたが抜いただけで動かなかった。
 「なるほどな。こういうのは時神の記録にも残ってないから調べようがないな。」
 「人間本人が時を狂わす事など数多くあるわけではあるまい。記録に残らないのは当然だ。」
 プラズマと栄次が今度はアマテラスに目を向ける。先程までの余裕はどこへ行ったか真剣な顔でアヤに攻撃を仕掛けていた。
 「なんで私の火の玉があの位の低い神に止められるの……!力は強まったはずなのに!」
 「それはあんた自身の力じゃない。アマテラスの力だ。これ以上力が強まると制御できなくなるぞ。アマテラスはあんたのまわりをまわっているだけで中までは浸透していない。」
 プラズマは飛んでくる火の玉を避けながらアマテラスに叫んだ。
 「なるほど、太陽神達はアマテラスの力を強く感じてあの女に頭を下げた。俺達はアマテラスの力ではなく中身を見ていたため何とも思わなかったのか。」
 栄次もつぶやきながら火の玉を避けた。アヤがいるおかげで比較的スムーズに避けられている。
 その内、栄次とプラズマは不思議な感覚にとらわれはじめた。アヤに吸い込まれるという感じかもしくは一つになる感覚だ。その気持ちが悪い感覚になぜか二人は抵抗する気も起きなかった。
 これが自然だとどこかで思っていた。
二人は溶けて行く感覚を体で味わいながらアヤを見つめていた。
 アヤはこちらを振り向きもしない。
 しばらく動けずにいた。ふと下をみると足元に大きな時計が秒針を刻んでいた。二人はだんだんと表情を失っていき、初めから知っていたかのように同じタイミングで手を前にかざした。
 刹那、時神達の下にある大きな時計がいびつに動き始めた。秒針だけしかないその時計はもうすぐ十二の位置へたどり着く。カチカチと秒針が動いていき、十二の数字に合わさった途端に栄次とプラズマの手の平から重く冷たい灰色の鎖が飛び出した。その鎖は凄い速さでアヤの掌に集中し、アマテラスに放たれた。
 「なっ……何よこれ!」
 アマテラスは避ける暇もなく鎖にからめ捕られた。もがいても何しても鎖はとれない。
 ……これが時間の鎖か……
 プラズマと栄次は驚き、しばらく言葉がなかった。それと同時に驚いている事に感情が戻りつつあることに気がついた。
 「なるほど。私を罰しようっていうわけね。残念、私にはアマテラスがいるのよ!……これが例の時間の鎖……だけどアマテラスがいるかぎり私はこの鎖で裁かれることはない!」
 アマテラスは勝ち誇ったように笑った。鎖は結びついているがこのままだといつとられてしまうかわからない。
 ただの人間ではなかったのが時神達の誤算だった。このままではただの鎖だ。
これで刑執行が終わったと思ったのか、アヤに感情が戻ってきた。アヤは二、三回まばたきした後、自分のやった事に目を丸くし、声を上げた。
 「な、何よあれ!え?なんで私浮いているの?」
 「あ、アヤ!もとに戻ったのか。」
 プラズマがアヤを見上げてそんな事を口にしている。
 ……もとに戻った?
 アヤは見上げているプラズマと栄次をひどく怯えた目で見つめた。
 ……私は……何をしたの?
 抜けた記憶を何度も呼び起こそうとしたが記憶は戻らなかった。
 

十一話

「……ひっぱられる……。」
 少女の方のサキは夢か現実かわからないままそんな言葉を口にした。
 ……もう一人のあたしが呼んでいる……?
 サキはそこで気がついた。
 ……そうか。壱と陸を行き来する太陽、それに一神だけの太陽神。あたしはもう一人のあたしと一つになるんだ……。本来あたしは一人しかいちゃいけないんだ。太陽があたし達の矛盾を直そうとしている……。
 はっと目を開けると真っ白な空間にサキは浮いていた。目の前には大きくなった自分がきょとんとしたマヌケ面でこっちを見ていた。
 「お母さんはこれであたしにトドメをさすつもりだったんだ。太陽にあたし達を連れて行ったのはあたし達をひとつにしてあたしが受けたアマテラスの加護を奪おうとしているんだ。」
 ……あたしはアマテラスの加護がない、人間にもなりきれない太陽神になるってわけか。
 ……すなわち消滅。
 「なにぶつぶつ言ってんのさ。ねぇ?」
 「……。お母さんは……あたしの事……なんて思っていたと思う?」
 サキは目の前にいる自分にそう問いかけてみた。
 「さあね。でもあたしはなんかあの人に会っちゃいけないんじゃないかって思ってたよ。」
 目の前の自分はそう言って幸せそうに笑っている。
 「あんたの勘は当たるんだね。……ねぇ、あんた、もしもうすぐ死ぬって言われたらどうする?」
 「死にたくはないなあ。うん。死にたくないね。だけどそう言われたらしょうがないよね。」
 「……やっぱりそうなんだ。」
 自分にこんな事を言わせている自分が悲しくなってきた。
目の前にいる彼女はもう意思を持っている自分ではない自分だ。だが自分と同じことを思っている。やはり自分なのか。
 でも彼女に罪はない。むしろ酷な事をしてしまった。
 「ああ、そうそう、話変わんだけどあたしさ、こないだパーマかけに行ったんだよ。そしたらさー、こんなんなっちゃって。変かな。やっぱ。」
 目の前にいる自分はサキを他人として思っているようだ。まだ自分自身であるとわかりきっていないのかもしれない。
 同時に別の事も考えた。彼女は自分の意思で美容院に行った。やっぱり自分とは違うのか。
 考えても答えは出ない。
 「ねぇ?大丈夫かい?聞いてる?」
 「え?……うん。」
 「ならいいけど……。」
 彼女の顔を見ていたらいたたまれなくなった。
 「ごめん……。サキ。ごめん。ほんとにごめん。」
 「何?いきなり。やっぱさっきの話聞いてなかったのかい?」
 サキはもう一人の自分に頭を下げてあやまった。
 「違う……そうじゃなくて……違うんだ。」
 どう説明すればいいのかわからなかった。サキはいままで彼女を自分だからどんな扱いをしても大丈夫だとそう思っていた。だが、彼女には彼女なりの意思があり、同じところもたくさんあったが彼女は自分ではない。同じ名前で同じ顔だけど違う者。別人だ。
 だいたい、オウム返しではなくこうやって会話になっている事がお互い別の意思を持っている証拠なのではないか。
 「違うんだ……。」
 「わかっているよ。」
 サキが言葉を発した時、もう一人の自分は表情を消してぼそりとつぶやいた。
 「え……。」
 サキは驚いて彼女を見返した。
 「状況はよくわかんないんだけどさ、あたし、この世界にいちゃいけないんだろ?」
 彼女は空虚な目でサキを見据えていた。ずっと昔から気がついていた事らしい。
 「……。」
 「はっきり言いな。」
 「そう……だよ。あんたはこの世界にいちゃいけないんだ。あんたはあたしなんだから。」
 サキは唇を噛みしめ、こぶしを握りしめた。なんだかとても苦しかった。
 「そっか。」
 次の反応が怖かったサキは拍子抜けした。彼女はただ、一言そう言っただけだった。
 「やっぱり、あたしとあんたは違うのかな。」
 「一緒だったら気持ち悪いだろ。この状態でも十分気持ち悪いんだけどね。」
 「……うん。やっぱり違うんだ。……じゃあ、もう一つ、明らかにしたい事があるんだ。」
 サキは目をつぶった。
 「なんだい?」
 「あたしは悪い事をしているおかあさんを止めるべきか、ほっとくべきか。」
 「そんなの知らないよ。あんたが決める事じゃん。」
 彼女は呆れた目をしてこちらを見た。サキはそれを見て大きく頷いた。
 「わかった。ありがとう。」
 サキがそう言った時、彼女は消え始めた。足先から徐々になくなっていく。
 「こんな安らかに消えられるなんて幸せだよ。まったく。」
 「サキ……。」
 「ああ、一つだけ言い忘れてた。あんたはあたしみたいになっちゃダメだよ。ダラダラ生きていると何にも楽しくない。あたしはすぐにやる気なくなっちゃうけどさ、あんたはもうちょっと頑張ってみたら?」
 「え?」
 サキは足先から彼女の顔へと目線を向けた。
 「だってさ、あんたはあたしなんだろ?」
 「!」
 彼女はそう言って笑いながら消えて行った。
 ……あたしの代わりに頑張れって事か?
 彼女が消えてからサキは真っ白な空間にただ取り残された。彼女とはもう会う事はないだろう。
 神格を放棄できるほどの神格をもう持っていない。
……こないだの神権放棄であたしはぎりぎりだった。
 ……そしてあたしはアマテラスの加護を失った太陽神としてただ消滅を待つ存在になる。
 いま、あたしは彼女と一つになった。実感はないけどおそらく彼女があたしになった。あたしの神格は今どん底だ。もう這い上がれないだろうな。あたしはお母さんにいいように使われて殺されるのか……。
 あんまりだな……。
 サキはその白い空間の中でだんだんと意識を失っていった。
 

 「はっ!」
 サキは今度はっきりと目を開けた。
 「サキ様!」
 サキが目を覚ました事に気がついた太陽神の一人が近づいてきた。それから徐々に太陽神、猿が集まってきた。サキはあたりを見回した。ほとんどの太陽神達は立ったまま目を閉じ、何か呪文のようなものをつぶやいていた。場所は太陽の宮の一室。畳の部屋だ。
 「あ、サキ様!起き上ってはいけません。」
 太陽神の一人が起き上ろうとしたサキを止めた。
 「……。大丈夫だよ。」
 サキはそう言って不安そうな太陽神達に見守られながらゆっくり起き上った。起き上ってみると目線が高かった。立ち上がってみる。やはりあきらかに目線が高い。手を見ると手も大きくなっており、服はいつ着替えさせられたのか仙女のような格好に変わっていた。
 ……あたし、デカくなってる……。
 近くにたまたまあった鏡が目に入った。自分はさっきまで目の前にいたあのサキと同じ顔をしていた。
 ……そっか。やっぱり中途半端に人間になったんだな……
 「サキ様!」
 ぼうっとしていたらまた声がかかった。今度は聞き覚えのある声だ。
 「サル……?」
 「目覚めるのがお早いでござるな……。そして大きくなられた。」
 「うん。あたし、どうなるのさ。」
 ほっとしているサルにサキは声をかけた。
 「大丈夫でござる。今、サキ様の力はほとんどないのでござるがあの女から力をごっそりサキ様に返せばサキ様はもとに戻れるでござる。」
 「そう……なんだ。」
 「今はその準備段階でござる。時神殿が時間の鎖を巻くのに成功したのでござる。これから反撃は始まる!」
 サルはそう言ったがサキの気持ちを案じ、言った後に気まずそうに下を向いた。
 「……大丈夫だよ。もう、大丈夫だから。ちょっと、お母さんのとこに行ってもいいかい?」
 「だっ……ダメでござる!」
 サルは慌ててサキを止めた。
 「お願い。」
 「うっ……。」
 サキの眼力でサルは詰まった。
 「お願い!最後なんだから!」
 「……最後……。」
 サキの言葉にサルは色々と悟った。サキの心はもう決まっている。辛かっただろうがそういう決断をしたのだ。
 「わかったのでござる。小生もついて行かせていただくがよろしいか?」
 「いいけど邪魔しないでくれよ。」
 サキはヒラヒラと羽衣をなびかせながらサルに背を向けて歩き出した。その背中は弱々しかったが強い決意を感じた。
 

「おい。これからどうすればいいんだ。」
 栄次が誰にともなく声を発した。
 「知らないな。ここまでできただけでも凄いんじゃないか?俺達。」
 プラズマがため息をついた時、アヤが声を上げた。
 「どうした?」
 「サキが……サキが!」
 アヤはアマテラスの横で消えていくサキを指差した。
 「!」
 プラズマと栄次も気がついたがどうすればいいかわからなかった。
 「あら……あら……私の娘と一つになったみたいね。これであの子が消滅するのも時間の問題かしら……。それとも上手に人間になれたのかしら?ふふ。」
 アマテラスは鎖に巻かれながらも笑っていた。
 「あなた、最低だわ……。」
 アヤはそう言ってみるが実際これからどうすればいいかわからない。なんだかわからない悔しさがアヤの胸に広がる。
 「ほんと、最低だよ。お母さん。」
 聞き覚えのある声がすぐ後ろから聞こえた。アヤは振り向き、叫んだ。
 「サキ!」
 「うん。あんたの事、向こうのサキの記憶でなんとなくわかったよ。あっちのサキがお世話になったね。」
 サキはアヤに笑いかけた。
 「あなた……大丈夫なの?あそこにいたサキとは違うの?あなたは……。」
 アヤが不安げにサキを見つめた。
 「大丈夫。あっちのサキは無事だよ。彼女はあたしなんだ。」
 サキを眺めながらプラズマも言葉をかける。栄次は特に何も言わなかった。
 「あの小さい方はどうしたんだ?」
 「それもあたしさ。あんた達は気にしなくていいよ。」
 「一人に戻ったって事か。」
 「もともとあたしだからね。」
サキはめんどうくさそうに言葉を発した。あまり触れられたくない話なのかもしれない。
アヤ達がサキに話しかけようとした時、サルがやってきた。
 「サキ様は後で小生らが大切に扱うのでござる故、今は何も聞かないでくれぬか?」
 「……。」
 時神達が納得いかない顔で睨んでいたのでサルは付け加えた。
 「大丈夫でござる。サキ様は二人ともあのサキ様の中にいるのでござる。」
 「それってやっぱり……。」
サキは他の面々が何かを言う前に飛び出した。上空にいる自分の母親目がけてまっすぐ飛んで行く。アマテラスが呼んでいるのか引き寄せられるように空を飛べた。アマテラスは上空で鎖に巻かれながら笑っていた。
「あら、サキ、人間にはなれた?」
 「なれるわけないさ。お母さん。あたしの力を返して。」
 サキはまっすぐアマテラスを見据えた。
 「何言っているのよ。これは私の力よ?あなたに貸した力が私に戻ってきただけよ。」
 「お母さんは……あたしを道具な気持ちで産んだんだね……。よくわかったよ。」
 サキはアマテラスを無表情で見つめる。
 「そんなことあるわけないじゃない?親の愛よ。」
 「やっぱり人間には神の力は異物なんだ……。お母さんを狂わせたのはアマテラスだよ。」
 「あなた、いつからそんなに口が悪くなったのかしら。」
 アマテラスの雰囲気ががらりと変わった。憎しみか怒りか目元がはっきりしないためよくわからないがたぶんそういったものだ。
 「お母さん……鎖の締め付けが強くなっている事に気がついているかい?」
 「!」
 アマテラスはサキの言葉で気がついた。自分の力がじわじわと抜けていく感覚がアマテラスを襲った。
 「太陽神達が術を使ってアマテラス大神に間接的に話しかけて元の状態に戻してるんだ。つまりアマテラス様を元の世界に返しているんだよ。わかるかい?お母さん。」
 猿達、太陽神達が何をしているのかはなんとなくわかっていた。呪文みたいなものを永遠としゃべっていたがそれは呪文ではなく、陣をつくりアマテラス大神に話しかけ、本来あるべき場所に誘導しているのである。
 「何言ってるの!私がアマテラスよ!」
 アマテラスはサキに鋭い声で叫んだ。
 「お母さんはアマテラス大神じゃない。アマテラスを憑依させた巫女。人間。お母さん、いい加減気がついてよ。」
 「私はアマテラスよ!時神を消して人間に太陽を拝ませるのが使命なの!」
 叫んでいるアマテラスをサキは呆れた目で見つめた。
 「お母さん、太陽神の誰もがそんな事思ってないんだよ。」
 「思っているわ!だから皆私に従った!私はアマテラス。私の言った事がすべて。」
 そう言っている間にアマテラスはアマテラスではなくなっていく。顔にしわが増え、目元も徐々に明らかになっていく。年相応に戻っていた。
 「ごめん。お母さん、いままで間違った道を歩ませちゃって……。」
 「触るんじゃないわ!」
 サキはアマテラスを抱きしめたがアマテラスは拒絶した。こんな状態で親の愛なんて感じられるわけなかった。いままでの母の行為はすべて上辺だけで本当は自分を憎んでいたのだ。
 なんとなくわかった。
 ……お母さんは本当の神になりたかった。なれない事に気がついていた。あたしが人間として生まれた時はきっと幸せだったに違いない。太陽神になってしまった時からお母さんはずっとあたしを恨んでいたんだ。あたしが……本当は生まれた時から太陽神だったって事が許せなかったんだ。あたしは何の苦労もなく神になったんだから恨まれてもしょうがないか。
 そしてお母さんはきっとアマテラスを憑依させすぎて少しおかしくなっちゃったんだ……。
 そう、そうだよ。……アマテラスを憑依させすぎたんだ。きっとそれが原因なんだ。
だからお母さんは……。
 サキは目からこぼれる涙に気がつかなかった。なんで泣いているのか気がつきたくはなかったが気づいてしまった。
 ……あたしはお母さんに愛されてなかったんだ……
 目の前で時間が動いている母をサキはただ眺めていた。目の前で母が苦しんでいる。母が苦しむだけ自分が楽になる。とてもかなしかった。
 「何見てるのよ!私をどうしようっていうの?できそこないの太陽神がっ!」
 「……。うん。そうだね。あたしはできそこないだ。もっと早く……お母さんを連れ戻せたら……違ったよ。きっと幸せだったよ。」
 サキとアマテラスの会話をアヤ達は黙って見ていた。
 「ねぇ、私達ってこれでよかったのよね。」
 アヤが誰にともなくぼそりとつぶやく。
 「……たぶんな。」
 「……ああ。」
 栄次とプラズマの表情は暗い。だが時神にも時神の仕事がある。どうしようもなかった。
 その内、アマテラス……サキの母の記憶が時間の早送りに交じってばらまかれた。いままで女が生きた時間がどんどん流れて行く。まだ目がはっきりしていた時の母の幼少時代、笑顔の学生時代……泣いたり笑ったり色々な表情の母がサキの目の前を流れる。
 サキの母は優秀な巫女だった。霊体の神をその身体に降ろす事ができた。信じていない人からはインチキだと言われた。実際人間に見えないのだからそう思われてもしかたがない。
 でもいつから人間はこんなに神を信じなくなった?サキの母はずっとそれを考えていた。
 サキの母の実家は太陽神を祭る神社だった。いつも眩しく光る太陽に誇りを持っていた。
 そんな母にいきなり悲劇が襲った……。
 「アヤメ!アヤメ!」
 アヤメとはおそらくサキの母の名前だ。叫んでいるのはそのアヤメの母だ。つまりサキの祖母である。母は十八の時に交通事故にあった。年上の友達と車で旅行に行く途中、高速道路でトラックと衝突した。他の友人は軽傷だったが母だけは死にはしなかったがかなりの重傷だった。病院に運ばれ集中治療室で治療が行われていた。祖母は喚き、泣きながら必死に母が目覚める事を願っていた。その祈りが届いたのか母は目を開けた。しかし母が気がついた時、もうすでに色々な管が身体を這い、起き上れる状態ではなかった。隣で泣いている祖母に母はゆっくり口を動かした。
 「私は……もとに戻れる?」
 か細い声でそう言った。咄嗟に何かを感づいていた。
 「……。」
 祖母は何も言わなかった。
 「……体が……まったく動かない……の。指も……動かせないの。」
 母はさらにそうつぶやいた。認めたくなかった。もうわかっていたのに。
 「お母さん……ねぇ……体中の感覚が……ないの……。ねぇ……大丈夫なのよね?」
 「……。」
 祖母は何も言わなかった。
 「はっきり……言ってよぅ……。」
 「……ごめんね。アヤメ……ごめんね。」
 祖母は母にただ泣いてあやまっているだけだった。
 母ははっきりと悟った。脊髄の損傷かもう自分の身体は動かない。一生このままだと。
 ……嫌だ。私はまだやりたいことがたくさんあるの……。こんなのあんまりよ……。
 「でも、でもね、リハビリをすればまた動けるようになるってお医者様が……。」
 「……医者なんて信用ならないわっ!」
 自分は医者に助けられたというのにこんな事を言ってしまった。医者のいう事を聞いてリハビリに励んだとしてもいつ元通りになるかわからないし元に戻らないかもしれない。一番楽しいこの時期をリハビリに費やしたくはなかった。何年かかるかわからない。動けるようになった時、もう自分は歳をとっているかもしれない。楽しいこの時期を逃しているかもしれない。
 それに人間自体を彼女は信じていなかった。
 ……人間になんて頼らない……私は神に仕える巫女なんだ……だったら神に祈ればいいのよ。
 それが母の最大の間違いだった。
 母は太陽神達の概念、アマテラス大神を身体に降ろしてしまった。母はアマテラスの力により医者も驚くほどの回復を見せた。
 ……ほら、人間になんて頼らなくてもすぐに元に戻るじゃない。
 母は知らぬ間に神様を軽んじるようになっていった。
輝かしい日常を取り戻した母は大学へ進学し、一人の男と恋をした。やがて独立して母は働きながら独自の神社を建てた。その後すぐその男と結婚した。そのあたりから母の目が消え始めた。人と話していても外見を覚えてもらえない。目元がどんどんわからなくなっていった。男はそんな母を気味悪がり早々に家を出て行ってしまった。母には立てた神社しか残らなかった。
 そこで母はこう思うようにした。
 ……そうか。私が人に理解されないのは私が神様になったからだ。……と。
 そう思い始めたあたりでサキが宿った。生まれたばかりのサキを母はとてもかわいがった。
 子供が生まれた事で母はさらに本当の神になるため、とても努力をした。神にも会えるようになった。だがどの神も自分を認めてくれなかった。
 サキが五歳の時、誰も自分に気がついてくれないと言って泣きついてきた。サキの身体からは太陽神の気、自分と同じ力を感じた。
 「そう……大丈夫よ。」
 母はそう言ってサキを抱きしめた。だがその心の奥底ではサキに対する憎しみが生まれていた。
 ……なんでこの子が……こんな簡単に認められるの?
 いったい神は何をしているの?
 母は同時に神の世界も憎んだ。神の世界を変えてやろうと思った。怠慢な神達の上にたってやる。そしてこの世界、人間にもう一度神を信じさせる。辛い時だけ神を信じ、神に祈るなんてずうずうしいにもほどがある。
 ……私は太陽神達を統べる力を持っている。なら、やる事は決まる。
 そこからはサキも知っている記憶の通りである。母はだんだんおかしくなり狂ったような行動をとり始める。その母を見つめるサキの戸惑いの顔も記憶と共に流れ去った。
 母はその記憶を眺めながら「なつかしいわね」と笑っていた。
 「お母さん、お母さんは間違っていたんだ。神達は怠慢ではないし時神を消したらどうなるかっていうのもわかってるんだ。それと神達が人間に手を差し伸べるのは人間がつらいと思っている時だけじゃないか。人間が幸せを感じている時はただ見守る。それが神と人間のバランスなんだよ。感謝の気持ちが信仰心に繋がるんだ。」
 サキはもう消えてしまいそうな母にそう伝えた。
 「ただの一太陽神が偉そうにものを言うんじゃないわ。サキはこの世界をきれいにとりすぎなのよ。」
 母はそう言った。サキの言葉はまったく届かなかった。もしかしたら考えを変えてくれるかもしれないと思ったがそれも無理そうだった。
 「お母さん……。」
 サキはさみしそうに母をみた。母は足先から消えていた。その範囲はどんどん広がっていく。
 母は笑っていた。
 「ねえ、お母さん、最後に聞かせてほしいんだ。お母さんはこのままでいいのかい?」
 「何言ってるのよ。いいわけないじゃない。あの時神達を消して太陽の尊厳を取り戻さないと……。私はアマテラスなのよ。」
 まだ母は意見を変えなかった。サキは怒りと悲しさで胸が締め付けられた。
 正直、母の考えている事はよくわからなかった。母としては何も達成していないのにずいぶん楽観的だ。もうアマテラス大神も母の側にはいないのだが。
 「じゃあ、なんで笑っているのさ!お母さんはもうアマテラスじゃないんだよ!なんでわかんないのさ!お母さんのわからずやっ!」
 サキが泣き叫んだ刹那、母は笑いながら塵のように消えた。母は特に何も言わなかった。
 最後に母の愛がほしかった。だが母は自分を憎んだまま消えた。
 何を考えていたのか聞き出す事もできず母は消えてしまった……。母の感情は謎のままだ。
 「うっ……うう……。なんでわかんないんだよ……。自分が消えるって事もわかんなかったって言うのかい……。」
 これが母との最期の会話だと思いたくなかった。サキは泣いた。体の中から感じる温かい光に抱かれながら泣きじゃくった。
 アマテラスの力はすべて自分に宿った。自分の母と自分の運命を狂わせたアマテラスの力が今サキの中にある。アマテラス大神に罪はない。だが、憎まずにはいられなかった。
 泣きじゃくっているサキをアヤ達は静かに見つめていた。誰も何も言わなかった。しばらくしてアヤが沈黙を破りプラズマと栄次に話しかけた。
 「……ねぇ、サキのお母さんは死んでしまったの?」
 「死んでないと思うな。サキがいた記憶とか全部失って……記憶喪失のまま人間界で寿命をまっとうするだろうな。もちろん、年相応の人間として。」
 プラズマがそう返してきた。
 「身体はどうなるのかしら?あの人、体が完全麻痺だったんでしょ……。」
 「そんなのは知らないさ。」
 プラズマがアヤの頭に手を置く。
 「俺達は時神としての仕事をしただけだ。」
 栄次はプラズマの後を継ぎ、目を閉じて静かに言った。
 「時神も……けっこう冷たいわよね……。」
 その後、どれだけ時間が経ったかわからないがサキがアヤ達の前に戻ってきた。
 サルがすかさず近寄りサキに跪く。
 「……。あたしはこれからどうなるんだい……。」
 サキは跪いているサルのうなじを見ながら無表情で聞いた。
 「太陽神の頂点として業務をこなしてもらうでござる……。サキ様。太陽神、猿ともどもあなた様に頭を下げ、従う所存でござる。」
 「そうかい。」
 サキはそう一言だけ言った。
 「ねぇ、サキ、あなた大丈夫?」
 アヤがたまらなくなりサキに声をかけた。
 「大丈夫。もう終わった事だから。お母さんが神々を変えようとし、人間に太陽を拝ませようとした。裏を返せばいい事なんだけどそれのやり方を間違えただけ。だからあたしは違う方法でお母さんがなれなかった神としてやってみるよ。」
 サキはアヤに笑いかけた。涙の筋がまだ残っている。
 「あなた、強いのね。ほんと、強い。」
 サキはアヤの言葉に苦笑いを浮かべるとサルに目を向けた。
 「あたしはこれから何をすればいいんだい?」
 「まずは太陽神様達と合流なされた方がよろしいかと……そして色々と儀式を……。」
 サルは顔をあげサキを見上げた。
 「ああ、めんどくさいなあ。まあ、いいよ。終わったら寝るからね。」
 「寝てはダメでござる!」
 サキのやる気なさそうな顔をみたサルは慌てて叫んだ。
 「ああ、もうわかったよ。……それから協力してくれた時神達を元に戻してあげなよ。」
 「それはもちろんでござる!」
 「アヤ、プラズマ、栄次、ありがとう。それと色々すまないね。」
 サキはサルから目を離し、時神達に目線を向けるとそう言って頭を下げゆっくりと背を向けて歩き出した。
 ……サキは立派な太陽神になる……
 時神達三人はそう確信した。
 サキが歩く先にいつ来たのか沢山の太陽神達が待機をしていた。サキはその太陽神達の中へと消えて行った。
 「色々と迷惑をかけたのでござる。小生、責任もって地上へ連れて行くでござる。」
 サルはほっとした顔でアヤ達に笑いかけた。
 「まあ、それはいいのだが俺達は元の世界に戻れるのか?」
 栄次が不安げにサルを見た。
 「まあ、それは歴史の神になんとかしてもらうのでござる故、心配無用。」
 「……それならいいのだがな。」
 プラズマと栄次は顔を見合わせた。

最終話

 太陽の門をもう一度開いてもらい、アヤ達は太陽に入った時とは違う神社に降り立った。
 「ここはどこだ?」
 栄次の質問にアヤは近くにあった説明書きを読んだ。
 「よくわからないけど……ここにいるの、井戸の神様らしいわよ。」
 「はあ?井戸の神様だって?井戸なんて使っている家、このあたりにあるのか?まるで太陽と関係ないじゃないか。」
 「さあ?」
 プラズマがアヤに不思議そうな顔をむけたがアヤにもわからない。
 まあ、とりあえず地上には戻って来れた。
 「あ、小生はこれでお暇するでござる。すぐに歴史の神が未来神、過去神を元の世界へ連れて帰るでござる。しばし、待たれよ。」
 「ええ。また会えたらいいわね。サル。ちゃんとサキを守りなさいよ。」
 「アヤ殿、最初、少し疑ってしまいすまんでござる。サキ様に会いに来ていただければと……。」
 「あなたが門を開いてくれるのなら行くわよ。」
 「もちろんでござる。」
 サルは持ち前の笑顔でアヤに笑いかけた。
 「俺達ともまたどこかで会ったら声かけてくれ。」
 プラズマがやれやれとため息をつきながらサルを見つめた。
 「もちろんでござる。」
 「俺が生きていたらこの時代でまた会おう。」
 栄次もいつもの仏頂面で頷いた。
 「そうでござるな。また会いまみえる時、よろしく頼むでござる。」
 サルは時神達に笑顔で手を振るともう一度門を開き、霊的空間へと帰って行った。
 しばらく心地よい風が新緑の葉と共に流れた。とても暖かい。
 「終わったな。」
 やがて栄次がぼそりとつぶやいた。
 「ああ。」
 プラズマもそれに返答する。緊張が一気にほぐれた。今は温かい風が吹いており、太陽も美しく輝いている。
 「あんなところに私達はいたのね。サキもあそこにいる……。」
 アヤはしみじみと太陽を見上げた。
 「そうだな。あの子は大物になる……。」
 「ああ、俺も感じた。合わさる前は少し心配をしたがな。」
 プラズマと栄次もアヤに習い太陽を見上げる。
 「もう……あなた達とも会わないと思うけど……元気で過ごしてね。もしも、会ったら……」
 アヤは目をプラズマと栄次に戻し、笑いかけた。
 「俺達は会ってはいけないんだ……。」
 栄次とプラズマは苦笑しながら同時につぶやいた。
 「そうね。……あら、そろそろお迎えみたい。」
 アヤが栄次とプラズマが消えかかっているのに気がついた。
 「やっと戻れるか。……じゃあな。」
 「ふう……。もう会わない事を祈るよ。」
 二人はほっとした顔でゆっくりとアヤの前から姿を消して行った。アヤは消えて行く二人を黙って見つめていた。
二人が完全に消えた後、ヒメちゃんがひょっこり現れた。
 「アヤ!大変だったのぅ。時神達は歴史を動かして元に戻しておいたぞい。での、これから暇になったのじゃが遊ばぬか!」
 ヒメちゃんは満面の笑顔でアヤを引っ張り始めた。
 「ええ?遊ぶってこれから?嫌よ。私疲れているんだから。それに私達、会ってあまり経たないじゃない……。なんでそんなに親密的なのよ……。そして色々軽いわ。」
 「いいじゃろー!あーそーぼー!」
 「あなた……まるで子供ねぇ……。」
 ヒメちゃんは容赦なくアヤを引っ張る。アヤも観念して疲れた体を動かす事にした。
 「で、何するのよ……。」
 「鬼ごっこ!」
 「なんでそんなヘビーな遊びしないとなんないのよ!」
 アヤの文句もヒメちゃんの輝くような笑顔には叶わなかった。汗だくでハードな鬼ごっこをやっている最中、井戸の神様とやらが乱入しさらに鬼ごっこは激しくなった。
 ……ほんと、神になってから疲れる事ばっかり……サキが心配だわ。
 アヤは大きくため息をつくとよろよろと走り出した。
 

 あの事件からしばらく経った。
 突然、アヤの前にサキが現れた。セミが鳴く暑い真夏日だった。公園を散歩中、買い物袋を沢山抱えた状態のサキと遭遇した。
 「あ!アヤじゃん!あっついねぇ。」
 サキは笑顔でアヤとの再会を喜んでくれた。しかし、アヤはそれどころではなく、サキが持っている買い物袋の方が気になった。
 「お久しぶり……で、何か買ったの?ていうか……人間に見えるの?」
 「ああ、なんか人間に見えるみたいなんだよ。たぶん、親父が人間だったからかなあって思ってんだけど。それとあっちのサキの影響かな。」
 あっちのサキとはおそらくアヤが最初に会った方のサキだろう。
 「そうなの……。で、買い物ね。」
 「まあ、こっちは楽しくやってるよ。サルがうるさいんだけどね。」
 「へえ……。」
 「あ、これから暇?そこのカフェでお茶しないかい?」
 サキは袋を重そうに抱えながらすぐ後ろにあるオシャレなカフェを指差した。
 「いいわね。で、その袋の中身何?」
 「それは後で見せる!まずカフェいこうよ!」
 サキはアヤを引っ張り歩いた。
 「どうせ、寝間着とか枕とかじゃないの?」
 「……うっ……。」
 図星だったのかサキは詰まった。
 「ま、いいわ。見せて。」
 「ちぇ……当たってるんだよなあ……。」
 困った顔で頭をかくサキを眺めながらアヤは思った。
 ……私もサキみたいにしっかりしないとね……。
 二人の女神は笑いながらカフェへと歩き出した。

(2009年完)本編TOKIの世界書一部「流れ時…2」(時神編)

テーマは「嫉妬」です。
サキは二部であるかわたれ時…の主人公です。

(2009年完)本編TOKIの世界書一部「流れ時…2」(時神編)

神々の名前は創作です。そのうち有名な神様も出るかもしれません。 太陽はいつもぎらぎらと地面を照らしているわけではない。 植物や動物にとって大切なものでありなくてはならないもの。 そして人間の食物に深くかかわっている。ジャパニーズファンタジー第2話。

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