匠の技
「最近やり方が変わってねえ」
職場の先輩が感想を述べる。後輩の高島はそれを聞いている。滅多に喋らない先輩の話なので、真摯に聞いている。
「昔は早く、そして上手くやろうとした。先があるからねえ。もたもたしてられない。高島君、ちょうど君と同じような年の頃だ」
「はい」
「しかし、この年になると、仕事をさせてもらえるだけでも有り難い。もう細かいことはいいから、やっていること、そのことがいいんだ」
「はい」
「昔のように上手くいかないし、作業も遅い。今は君の方が早いし巧みだ。何だろうねえ。キャリアって」
「まだ、そんな年じゃないですよ先輩」
「変なこだわりがなくなった。まあ、適当でいいかって、感じだな」
「はい」
「それだけかい」
「きっとそうなんだろうなあと、思いましたから」
「あまりいい先輩じゃないかもしれないなあ。君の方が優れているのだから。そして私は、もう教えることはない。逆に楽な方向へ向かっておる」
「楽な」
「楽というか、気楽な方向かな」
「それは、僕には出来ません」
「君は頑張っているから。やればやるほど、まだまだ延びますよ」
「ありがとうございます」
「礼はいい。私の教え方がいいからじゃない。君自身の力だ」
「いえいえ」
「逆に私は力を抜くようになった」
「それも僕には出来ません。肩に力が入ってしまいます」
「いやいや、それは落ちたということなんだよ」
「余計な力がですか」
「いや、気力も体力も落ちたんだ」
「でも、殆ど力を掛けないで、出来るのを見ていて、名人だと思いました」
「それは長年やってるから、力の入れ具合を覚えたんだ。抜けるところは抜いている。それだけだ。楽をしているだけのことだよ。それを注意する目上はもういないし」
「僕も先輩のようになりたいのですが」
「そんなもの、望まなくてもなれるさ」
「あ、はい」
「しかし、最初から、その線を狙っちゃ駄目だよ。しっかり力んで、頑張るんだ」
「はい」
高島は力を落とすとは、どういうことなのかが分からない。今、手を抜き、力を緩めると、とんでもない仕事になってしまう。
高島は先輩の仕事ぶりを見て、匠の技なのか、ただの後退やパワー不足なのか、よく分からない。
深く考えれば深いのだが、浅いと思えば浅い。
了
匠の技