俺が私を殺します。
彼と出会ったのは、六歳の時だった。子供のできなかった伯母夫婦の元に、突然子供ができた。家の前に倒れていたらしい子供を保護し、身元を調べたが分からなかった。その子供には戸籍が存在していなかった。故に、伯母夫婦は話し合いをした結果、その子供を自分たちの戸籍に入れることにしたらしい。こうして、伯母夫婦に子供ができ、私に従兄ができた。
従兄は、ほとんど言葉を発しなかった。声が必要な時以外は、意思伝達を身振り手振りで行っていた。それでも、伯母夫婦との関係は悪くなく、むしろ良好であった。しかし、従兄は外の世界を拒んだ。学校に行かせようとしたが、三日ともたなかった。学校には行かず、家に籠った。籠ったからといって、部屋にずっといるわけではなかった。家事の手伝いや犬好きの伯父が拾って来た犬五匹の世話、一日五時間の勉強、明るく話好きな伯父の話し相手、伯母のマッサージなど様々なことをして、過ごしているらしかった。そのため伯母夫婦は、無理に学校へ行かせようとしなかった。君の好きにしたらいい、と話したそうだ。だから従兄は、引き籠り生活を満喫していた。
そして私が六歳の時だ。私の母がどうしても海外に出張しなければならず、母子家庭であった私は、伯母夫婦の元に預けられることとなり、従弟との同居生活が始まった。こうして私と従兄の歯車はゆっくりと、でも、着実に回り始めたのであった。
壱
三年前、この街は活性化のために大きな経済改革を行ったが、その改革は簡単に崩れた。そして、街は人の住むことのできない場所となり、廃墟だけが残った。雑草は元気に生え、野良の動物達が住処にしている。そこに微かな音が響いてきた。音はだんだんと街に近づいている。
「やっと、来たか。」
音が聞こえてきたのを機に、街の中央にある大きな廃教会から三人が姿を現した。どこからともなく、という様に。
「まったく、あの子はどれだけ待たせれば気がすむのかしらねぇ?ア・タ・シ、待ちくたびれて根っこが生えちゃったわ❤」
三人のうち一番長身で細身の女性?は、自分の肩を抱きながら訴えた。
「気持ち悪りぃしゃべり方すんなよ。」
三人の真ん中に立ち腕を組んでいた、精悍な顔つきの青年は明らかに嫌そうな顔をしながら、身を避けた。
「…根が生えて、動けないなら」
三人のうち一番背が低く、若い少年は体の三分の二はあるであろう大きさのお菓子の袋を抱えながら、表情の無い顔で言った。
「なあに?助けてくれるの?」
細身の女性?は、胸の前で手を組み、全身で喜びを表現した。
「…そのまま、ずっとそこにいればいい。」
少年の放った言葉に青年は腹を抱えて笑い、細身の女性?は、衝撃で固まっていた。その隣で、澄ました顔で少年はお菓子を食べた。
「だぁっはっは!!ひぃ~、腹痛てぇ!!」
青年は、腹を抱えながら、細身の女性?の肩を叩いた。
「だよな!根っこが生えちまったんなら、そこでじっとしてろよ?」
と、言った瞬間に青年は細身の女性?からの鉄拳を喰らい、地面にキスをした。とても熱烈なキスを。
「ぶへっ!!」
「あんたは、黙ってなさい。」
細身の女性?は少年に近づくと、後ろから少年の肩に手を置き、顔を覗いた。
「リックは可愛いから、許してあ・げ・る❤」
「…別に、許してもらわなくていい。」
「でも、ね?」
細身の女性?は、優しく微笑みながら言った。
「次、アタシに毒を吐いたら、ぶん殴るわよ❤」
「…殴られるのは、嫌だ。」
三人が廃教会の前で、そうこうしているうちに、先ほどの音源が確認できる位置まで来ていた。
「あの子も大変ね、まったく。」
そういいながら、音源に向かって手を振った。そこには、漆黒のバイクに跨った漆黒のライダーがいた。
「…かっこいい。」
「うふふ❤あなた、あの子のことだけは悪く言わないのね。」
「…琥珀は、僕の全てだから。」
すると、少年ーリックは門まで大きなお菓子の袋を持ったまま、走った。
その様子に笑みを浮かべながら、未だ地面にキスをしている青年の尻を蹴った。
「いつまで、寝てるつもりなの?あの子が来たわよ。」
すると、青年はゆっくりと動き始め、体についた土を落としながら立ち上がった。
「痛いぜ、本当に。お前は、女ぶってるだけなんだから、手加減しろよな。」
「あら、アタシは女よ?」
「どこがだっ!!」
青年は、細身の女性?の胸倉に掴みかかった。
「女に手荒なことすると、モテないわよ?」
「うる」
「はい、終了。」
胸倉を掴んでいた青年の腕を外し、漆黒のライダーー琥珀は二人の間に入った。
「あら、野暮なことするのね?男と女の中に入ってくるなんて。」
「野暮でも何でも、こっちは忙しいの。」
「琥珀っ!そこ、どけっ!今日こそ、ぶん殴ってやるっ!」
「海人、落ち着け。殴ったら、殴り返されるだけだぞ。」
琥珀は、ゆっくりと青年に言い付けるようにいいながら、二人の距離を離した。
「旭、あんまり海人をいじめるなよ。海人が超短気なのは、よく知ってるでしょうに。」
「うふふ❤好きな子はいじめたくなるものなのよ❤」
「はい、はい。」
「…琥珀、くだらないのは置いといて行こう。」
海人をなだめるようにしていた琥珀の服をリックがそっと引いた。その顔は、寂しそうな心配そうな不安そうでいて、少し妬いたような表情をしていた。そんなリックに、琥珀は優しく頭を撫でた。
「くだらなくても、お前の家族でしょ?」
「…それは、」
「なら、大事にしなきゃな。わかった?」
「…はい。ごめんなさい。」
琥珀は、俯くリックを優しく抱きしめ、抱きあげた。そして、額に優しく口付けた。
「はい。こっからは、仕事の話といこうか。俺は忙しいから、早速情報を頂けますかな?」
そう笑顔で言いながら、琥珀は廃教会へ向かっていった。その後ろを、二人もゆっくり歩いていった。
「あの子の笑顔を見ちゃうと、なんだか毒気が抜かれちゃうわ。」
「だな。
「ここから三十キロ先の赤吊というところで、目撃されていたわ。」
廃教会の中は見た目ほど壊れてはおらず、割と綺麗に保たれていた。祭壇に海人は腰掛け、右列の一番最初のイスに旭は煙草を吸いながら腰掛け、左列の一番最初のイスに琥珀とリックが腰かけた。
「一人で?」
「いいえ、三人でよ。」
「一人は、顔の整った金髪男。もう一人は、その男にべったりとくっついた女。最後に、その二人の後を歩く汚ったねぇ男だとよ。」
「金髪の男の名前は、わかってる。エリックって言って、金持ちのボンだよ。で、あとの二人は考えるまでもないよなぁ。」
「あなた、金髪がお好みだったの?」
俺が私を殺します。