Red lips

 重なる唇と唇。互いの温もりが伝わり、ひどく愛おしかった。そして、壊れそうなほどにうるさい心臓。この音が相手に伝わってしまうのではないかと思うと、心臓はよりうるさく鳴った。そして、離れる唇には愛しさと寂しさが残った。
 私は、高校二年の夏。人生で初めてのキスをした。相手は四年間想いを寄せた、あなただった。そして、次の日。あなたは死体の無い、亡者になって、私の前から姿を消した。

(1) He stole a kiss from her.

世界が静まり返った、真夜中の時。錆びれたビルの地下に設けられた飲み場に、客が一人訪れた。
「おっ、今日も来てくれたのか?」
客は静かに頷き、入口から一番遠いカウンターの席に座った。店主は拭いていたグラスを棚に戻すと、嬉しそうな笑みで客の注文を聞いた。
「いつものでいいか?それとも、違うのにするか?」
「いつものでいい。それより、」
店主は、右の人差し指と親指で客の唇を摘まむと、
「届いてるよ。でも、そう焦るな。人生、生き急いだら損だぞ?」
と告げ、二回指をフニフニさせると、指を離し“いつもの”を用意し始めた。客は、眉間に深い皺を寄せた。が、すぐに表情は無くなり、そっと時計を見て目を閉じた。店には、店主が準備する音だけが響く。
「はいよ。これは、おまけだ。しかも、手作り!」
と、グラスとイチゴタルトを客に出した。
「ありがとう。」
客は、静かにグラスに口をつけ、傾け、喉を鳴らした。その様は、表情の無い客には似合わない幼さを感じた。店主は客に優しく微笑むと煙草を銜え、火をつけた。
「ここじゃ、お前以外はみんな酒だからさ。こうして、お前が来て酒じゃないものを出すと、何だか癒されるよ。」
「ガキって言いたいんだろ。」
鋭く睨む視線を、笑顔で受け止め、
「違う、違う。お前が可愛くて仕方ないんだよ。」
と、客の頭を優しく撫で、店主は裏へ入って行った。その背中に、「そうやって、ガキ扱いする。」と訴えるも、小さく笑われただけである。

 三分程経過し、店主が裏から戻ってきた。その手には、大き目の茶封筒があった。そのころには、客もグラスを空にし、イチゴタルトも完食していた。
「うまかったか?タルト。」
「うまかった。」
店主は、短い称賛に肩をすくめながら、大きな茶封筒の封を切った。
「もう少し、いいコメントはできないのか?苺が甘くてとか、クリームがどうとかって」
「うまいだけじゃ、不満なのか。」
「そうじゃないけどさ。でもよ?」
「随分と欲張りだな。客の言葉に満足もできないなんて、ここではお前が神様か?」
客の言葉に、店主は苦笑いしかなかった。店長の苦笑いを見た客の表情には少し明るさが表れた。それは、普通の人には気付きにくい程の微かな変化だが、長い付き合いの店長には感じることができた。
「お前、もしかして」
客の目の前に、茶封筒を差し出す。
「ん?」
「さっき、ガキ扱いしたとか言ってたやつの仕返しじゃないだろうな?人のこと酷く言いやがって。」
店主の持つ茶封筒をその手から取ると、客は中身を出しながら、店主に顔を向けた。
「何のことだ?銀。」
その表情には、明らかに勝ちを感じた満足感があった。
「お前は随分と、ひねくれ者だな。琥珀?というか、ガキだな本当に。」
「そのガキの言うことを流すこともできないなんて、銀のほうがよっぽどガキだな。」
琥珀は、銀から茶封筒の中身に視線を落とし、一枚一枚確認していった。そんな琥珀の頭を軽く銀は小突いた。
「痛い。」
「はぁ。困ったお嬢さんだ、まったく。」
銀は、空いたグラスに先ほどと同じ、“いちごオ・レ”を注ぎ、皿を片づけた。琥珀は頭を擦りながら、不貞腐れた顔で銀を睨んでいたが、ふと紙に目を戻してからは、また真剣な眼差しで紙を確認した。そして、十枚以上確認し終えた時、ふと手が止まった。
「どうした?」
「こいつだ。」
「どれ、どれ」
銀は、二本目の煙草に火をつけていた。琥珀は、頷き紙を渡した。銀は、紙を受け取ると内容を読み上げた。
「ヒデオ・コヅカ。金束製薬の次期社長候補。花岡金融社長の一人娘と婚約中だが、結婚の目処は立っていない。」
琥珀は、静かに頷き、
「今回の依頼主だ。で、依頼対象。」
琥珀の言葉に銀は、煙草を落としそうになりながら驚いた。
「はあ?依頼主で依頼対象って、何だよ。」
「ヒデオ・コヅカからヒデオ・コヅカの始末を依頼された。」
「自分で自分の殺害を依頼してきたのか?こいつは。」
琥珀は、少し喉を潤すと、持ち歩いているリュックから何かを取り出そうと、探し始めた。
「ここ最近、自分の殺害依頼は増えてる。だから、それほど驚くことじゃない。」
「なんだよ、それ。」
「だから、問題はそこじゃない。問題なのは」
と、その時。扉の向こう側から階段を降りる音が聞こえてきた。琥珀は、直ぐ様紙を茶封筒に戻すと、リュックの中に突っ込んだ。すると同時に、扉はベルを鳴らした。銀は笑顔を向け、挨拶をした。
「いらっしゃいませ。」
「あら?あなたが笑顔で出迎えてくれるなんて、初めてじゃないかしら?」
銀は、来客を確認すると、笑顔を消した。
「なんだ、お前か。」
「なんだとは、失礼な人ね。私は、あなたの親友以上の存在よ?相棒よ?あなたの片割れ。」
「ふざけんな。お前なんかただのオカマだろうが。」
客は小さく笑うと琥珀の隣までやって来た。
「あなた、銀の何?恋人なら遠慮して頂戴。私がいるから!」
「馬鹿か。こいつは妹だよ。まぁ、血の繋がりどころか腐れ縁しかないけどな。」
「妹さん?なら、私の妹でもあるわね!私は、和哉。みんな、カズちゃんって呼んでるわ。よろしくね!」
琥珀は和哉の自己紹介を聞き終わると静かに立ち上がり、デーブルに千円札を置くと、リュックを手に出口へと向かった。
「おい、琥珀。まだ話が終わってないだろう。」
「話すことはない。もう用は済んだ。」
「馬鹿!いつも言ってるだろ?依頼された内容は全て俺に話せって。話すまでは店を出さないこらな。」
「ウザい。」
「あらあら。銀たら、物凄く嫌われてるじゃない?
そういいながら、和哉は琥珀に触れようとした。それは流れるようなしなやかな動きであったが、和哉が琥珀に触れることはなかった。
「琥珀は、心を許した人間以外とは関わらないぞ。」
「えっ!?何それ!!」

Red lips

Red lips

高校二年の夏、死体の無い亡者となったあなたを私はまだ、愛している。成人を迎える年の冬、身体のある生者となったあなたは私の前に現れた。 ーけれど、あなたはもう人ではなかった。 赤い唇たちが重なりあう、愛を求めた物語。 「あなたが、好き。」

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-21

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