命飴~みことあめ~(仮)
命を金で買えるようになった時代。長く生きたい者は、命を補給できる“飴玉”を多額の金を払って買い漁った。そして、その代償として、“飴玉”を買った者は 【名前】を失っていった。忘れたのではなく、失くしてしまうのだ。すると、命を補給した者は苦痛から解放され、快楽を得る。その快楽は、一度味わってしまえば決して離れることはできなくなる。もっと、もっと、もっともっともっと、…。そして、命を買うための金を得るために、命を補給できる“飴玉”を作るために、人を殺していった。それが、今の世界。
ひとつめ ≪少女の旅立ち≫
この村の風習に、15歳を迎えた子に旅をさせるというものがある。何でも、賢人の言葉に『可愛い子には旅をさせろ』などと余計なお節介を言ったものがあるそうで、この村はそのお節介を有り難いものと勘違いして、この100年間ご丁寧に執り行ってきたのだ。そして、今日。一人の少女は、15歳を迎え、旅に出るのであった。
「村長、待ってください!」
だが、この旅立ちに意義を申し立てる者がいた。
「何だ。」
「この子は、病を持っているのです!旅の途中で何かあったらどうするのですか!あなたにとって、この子は村の子の一人に過ぎないかもしれません。でも、私にとっては、愛する娘なのです!」
生まれてすぐ、命の限りを知らされた母。長くて、6年。やっとできた、愛しい我が子のその言葉を現実としないために、必死に闘ってきた母。命の重みが、無いに等しいほど無くなってしまった今でも、命の重みを肌で感じてきた母。そんな母の思いなど、この村の長や住人には通じなかった。
「それが、何だ。村の定めには、従ってもらう。」
「そうよ。もし、旅の途中で死んでも、それがその子の運命なのよ。」
「ふざけないで!!何が、運命よ!!この子は、」
すると、母に守られるように抱かれ、じっとしていた子が動いた。
「母さん。もう、いいよ」
「何がいいのよ!あなたは行かせない。私が、あなたを守るから!あの人の分まで、私があなたを守るの!!」
「もう、いいよ。…自由になって」
少女は、旅立った。小さなリュックを肩にかけ、父を殺し、母を苦しめ、少女を育てた村から。村を出た少女を見送る者は誰もおらず、少女は足早にある所へ向かった。
「父さん、母さんのことよろしくね。きっと、もうここに来ることはできないと思うからさ。次に会うときは、ふよふよしたユーレイってやつになってると思う。その時まで、母さんのこと幸せにしてあげてね。私が、できなかったことをたくさんしてあげて。母さんを不幸にしかできなかった、私の分まで、たくさんしてあげてね。」
少女は、父の墓の前で声をあげて泣いた。そして、そこには先ほどまで愛する娘を必死に守っていた母の寝むる姿があった。その胸から、血を流して。
「幸せにしてあげられなくて、ごめんね。こんな、私を、愛してくれて、」
父の墓には、大きなお腹を愛おしそうに抱え、ほほ笑む母に寄り添いながらも照れつつ、豪快に笑う父の写真が飾られた。そして、その隣に作られた真新しい墓には、少女が幼い頃に描いた、訪れるであった親子三人が川の字になって眠る絵が飾られていた。
「ありがとう、母さん。いってきます。」
こうして、少女は旅の最初の目的地である、始まりの街を目指した。
* *
始まりの街までの道のりは、遠すぎることもなく、近すぎることもなかった。故の辛さがあった。どれだけ歩いても、人にも遇わず、野良猫一匹すら目にしない。
「いつまで歩けば、隣村に着くのさ。足、痛い」
少女は、村を出てから一睡もせずに二日間歩き続けた。眠ろうとすると、村を出るときのことを思い出し、目が覚めてしまう。だから、少女は寝ることをやめ、歩き続けた。故に、靴はボロボロにあり、体もやつれていた。
「それに、地図だとこの辺りなんだけどさ、隣村。」
命飴~みことあめ~(仮)