掌編恋愛小説4「夏の匂い」
一瞬で始まり、一瞬で終わる恋があってもいいじゃない、とな。
夏の蒸し暑い空気の中、膨れ上がって、弾けるのです。夏の匂いと共に、ね。
夏の匂い
「何かいい匂いしますよね、シャンプー? わかんないけど」
彼女は何気なくそう言った。きっと、特に深い意味は無かったのだろう。
しかしもしこれが女性から男性に言われたものではなく、男性から女性に言われたものであったならば、間違いなくセクハラとして訴えられるであろう破廉恥かつ如何わしいものに聞こえること必至である。
「夏の匂いって感じです」
とな。
へぇー、そうですか・・・・・・。それ、きっと、制汗スプレーの香りですぜ。つうかあんた、あんたの方がいい匂いしますぜ。その度にドキドキしてましたぜ、いや、ホントに。
と思いつつも、僕は恥ずかしくてどう答えたらいいのかわからなかった。というか、どういう意味で彼女がそんなことを言ってきたのか理解できなかった。
「はぁ、まぁ」
はっきりと何も言わないまま、僕は三階の休憩室へ逃げるように階段を下りていった。
ロッカーは階段へ続く細い通路にある。そこで時々職場の女性と擦れ違う。非常に狭いため、互いに気を使わない限りは肩と肩がぶつかってしまうほどの幅だ。僕自身、本音を言うならば、女性と擦れ違う度に「この人はいい匂い」とか「この人は香水がきつい」とか、色々と感じていた。
そんなロッカー前の隘路での一夏の出来事。
僕のシフトは遅番で、彼女のシフトは早番。顔を合わせる機会はそれほど多くなく、それどころか、「何かいい匂いが・・・・・・」の下りが初めてのまともな会話だった。
彼女のことは知っていた。綺麗だし、愛想はいいし、それに、笑顔がとにかく素敵なんだ。顔立ちは整っているが眉尻が下がって少し困ったような表情であるにも拘わらず、それでいて元気な笑顔を持っている。どこか寂しげにも見えるし、優しげにも感じられる。素敵な笑顔だ。
時々彼女を見ていると、あの下がった眉尻はもともとの顔立ちというよりも、本当になにか困ったことがあるのではないかとか、寂しいんじゃないかとか、悲しいんじゃないかとか、ひとりで苦しんでいるんじゃないかって、そういうことを思わざるを得ない。仕事する彼女を見るたびに僕は無意味に心配していた。
前々から僕は、そんな彼女と一度ぐらいは話してみたいなぁと思っていた。が、あんな場所で突然あんなこと言われたら、まともに話すことなんて出来ないじゃないか・・・・・・。
彼女の不意打ちは僕を見事に一発ケーオーしてしまったのだ。
なんだろう、それは・・・・・・恋だろうか。
しかしその日以来、僕は彼女と話す機会など一度もなかった。
暫くすると彼女を職場で見かけなくなった。早番の人に聞いてみると、「あぁ、彼女なら随分まえに辞めたよ。なんか、病気がどうのこうのって」と言う始末。
いったい彼女の真意はなんだったのだろうか?
僕は未だに彼女の言葉を思い出すたびに、ロッカー前の隘路で擦れ違った瞬間の彼女の香りが風に運ばれてくるような気がした。
掌編恋愛小説4「夏の匂い」
なんか書いてる途中で面倒臭くなってしまい、無理やり終わらせてしまいましたし。
つい先日、職場の女性に言われたのです。「なんかいい匂いしますね。なんだろう、シャンプーかな」とか。いきなり。喋ったこともないのに。
びっくりしました。普通は引いてしまうのだろうと思います、が、自分はドキドキしてしまい、おまけにどぎまぎしてしまい、「あぁ、いえ、いやぁ、つうかいきなりなんですか?」みたいな反応をしてしまったのでございますです、はい。
いけないね、そんなこと言っちゃ。男女問わず。と、そういう話です(?)