旧作(2010年完)本編TOKIの世界書一部「流れ時…4」(時神編)
竜宮城はテーマパークになりました笑
TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。
ドラゴン・キャッスル・ヒストリー
彼女はある田舎の小学校、三年二組の水槽に住んでいた。
三年二組の生徒達は彼女を可愛がり、彼女は毎年変わる教室をただ眺めていた。
子供達が大きくなって何度も同窓会で彼女の名前は呼ばれた。
「先生!あのカメ子元気ですか?ああ、まだ元気なんだ!」
「せんせー!ミドリ元気?うわ!ちょー元気じゃん!うける!」
と毎年彼女の名前は変わる。彼女自身も何年も前に別れた子供にこうやって会うと言うのは不思議な気持ちだった。
人はこんなにも成長が速いのか……
本当に儚い生き物だ……。
ずっとそんなふうに考えながら今いる子供達を眺めていた。彼女をここに置いた先生とやらはおらずもう別の先生に変わっている。今の子供達、先生にはなぜ彼女がここにいるのかわからない。
三年二組に昔からいるから飼っている……そんな感じだ。
彼女は「まだ元気なのか」から「いつからここにいるのだろう」に話題が変わっている事に気がついた。
「このチャーリーちゃんはいつからここにいるんだろうね。」
小学生達は彼女を見ながらそんな話をする。彼女は自分が今何歳なのかよくわからなかった。
いつだったか毎日飽もせずに彼女に話しかける子供がいた。大概の子供は最初の一日だけ物珍しげに見るだけだ。後は生物係とかいう係が「はやく外でサッカーやりてーな」とか言いながら水槽を洗ったりしているだけだった。
あれは今思えば本当に珍しい事だった。その子供は三年二組を出るまで彼女に話しかけ続けた。
だがあの時はただ珍しいと感じただけだった。そんなに深く気にも止めなかった。
そのうち、彼女は自分がとても老いている事に気がついた。死期が近づいていると悟った時、ふとその子供の事を思いだした。
今あの子はどうしているだろう。見た所友達と呼べる存在はいなさそうだった。
そうか……だからこそ自分に話しかけてきたのだ。
なんで気がついてやれなかったのだろう。
あの子の言葉に耳を貸してやらなかったのだろう。
彼女はそう思った。そう考えるとあの時、何もしてやれなかったのが急に心残りになった。
……あの子は今どうしているのだろう?一人で寂しがっているのだろうか?
一度でいいからあの子をもう一度見たい……。困っているのなら助けてやりたい……
そんな事を考えた夕方、彼女は眠るように死んだ。
「シャウ!」
目の前に変な男が立っている。アヤは無視して歩こうとした。
「シャウ!」
しかし男はまたアヤの前に立ちふさがる。
アヤは高校生だ。人間の歳でいえばだが……。実は彼女は時の神。神格は低いが神様だ。
人間の時間を守るのが彼女の役目だった。ただ見るだけで何もできない。時間を止めたりすることは基本できない。だから、自分の時間も動かせない。故に歳をとらない。時の神は人間から徐々に神格を高め、神様となる。アヤは神様になってからまだ一年しかたっていない。これから歳をとらないにしても彼女はまだ高校生である。
で、この男だが奇妙な格好をしている。シルクハットにワイシャツ上から着物を着込んでいる。下は袴だ。髪は肩先で切りそろえてあり丸眼鏡が光に反射している。
「シャウ!」
男は奇妙な掛け声でアヤの前を塞ぐ。なんなんだこいつは。
間違いなくなんかの神なのだがめんどうくさいので無視していた。
……春になったから変な神様が出てきたのかしら……
アヤはそんな事を思いながら再び歩き出す。
「シャウ!」
男はまたアヤの前を塞ぐ。いい加減にイライラしてきた。
「なんなのよ!あんた!」
「あ、やっと気がついたナ!シャウ!」
男は持っていたステッキを地面に刺す。
「用があるなら普通に話しかけなさいよ。」
「桜がきれいだナ!ここは桜並木だナ!シャアウ!」
男はステッキを今度は咲いている桜に向かいビシッと突き上げた。
今は四月だ。入学式シーズンだ。ここは巷で有名な桜の名所。川辺に並んだソメイヨシノがきれいに咲きほこっている。桜は長くはもたない。アヤはきれいなうちに花見をしにきたのだ。
そうしたらこんな変な男に出くわしてしまった。
「どこの神様か知らないけど私に用なの?」
「カメを探しているんだナ!シャウ!」
「カメ?」
「あ、それと紹介がまだだナ!シャウは加茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)だナ!シャウでいいヨ!シャウ!」
……シャウって一人称だったのね……。それにしても加茂別雷神とは有名な神様が出てきたものね。
雷神は雨をもたらす神と言われている。そして雨は川へ流れ龍神の管轄へと入る。その後、川を流れた雨は作物を潤す。それから木種の神や農業の神へと渡される。雷神は雨を必要とするものにとって大事な神様だ。
「で?シャウ。カメは見てないわ。」
「マジか!残念だナ!シャウ!」
シャウの顔は精悍な青年なのだが話し方などでイメージが沸きにくい。
……カメを探している雷神……。という事は龍神になにか問題でもおきたのかしら。
雷神は龍神と仲がいい。そしてカメは龍神の使いだ。
そんな事を思っていた時、上空から桜の花びらと共に京都の舞妓さんみたいな女が落ちてきた。
アヤは驚いて後ずさりをした。シャウはアヤを不思議そうに見つめ、ふっと後ろを見た。
刹那、シャウの身体に女が激突した。女はシャウの上に覆いかぶさるように倒れた。
シャウは……生きているか不安だ。女の頭にささっていたカンザシがシャウの脇腹に直撃していたのをアヤは見ていた。
「ちょっと……大丈夫?」
「いたたたあああ……。」
先に聞こえたのは呑気な女の声だ。女はゆっくりと起き上る。
「あなた、カメね。」
アヤは一発でわかった。背中にリュック型の甲羅があるし、着物の裾にはカメと流れる水の絵が描かれている。眉はマロ眉で目はぱっちりしている。パッと見、すごくきれいな女性だ。
カンザシもとても良く似合っている。
「どうしてわかったのさ……。」
カメはさばさばと答える。
「いや……単純に恰好で……。」
「しまった!ばれない恰好を模索してきたってのに!これだからわちきは!」
またこれも外見と風貌があっていない。
「シャウ……?カメだト……。」
シャウはカメにつぶされているが生きているようだ。反応して動いている。
「あれ?あんた誰?なんかごめそ。どくわ。」
カメはシャウから降りた。シャウはよろよろと起き上る。
「痛い……ものすごく痛いナ!シャウ!」
「ごめんってあやまったじゃないかい。って……か……加茂様……。」
カメは今度、土下座する勢いであやまった。
「なんだ……豹変はやいナ!シャウ!」
「龍神達には言わないで!お願い!一生の!」
「現世に来ちゃった事か?シャウ!」
シャウはステッキを座り込んでいるカメに向ける。
「最悪だよ……。いきなり加茂様に会うなんて……ああ、これは終わった感じだね。連れ戻されて龍神様達からお仕置きだよ。わちき……すっぽん鍋だよぉおおお!」
カメは頭を抱えながらぶつぶつつぶやいている。
……すっぽん鍋って……カメじゃないの?
アヤはそう思ったがめんどうくさかったのでつっこまなかった。
「シャウがお仕置きしたいナ!なんで龍神の使いがこんなにかわいいんだ!シャウ!」
「わちきってかわいいのかい?嬉しいじゃない。龍神にそんな事言われたことないよ。」
「ちょっと勝手に盛り上がっているけど私帰ってもいいかしら?」
二人がなんだか盛り上がっているのでアヤはとっとと帰ろうとした。余計な事には首を出さないと決めている。
「ちょっとまってよぉ……。」
行こうとしたら謎にハモった二人から手を掴まれてしまった。
「何よ……。」
「シャウは龍神の中で起こっている事件を調べててナ!時神ちゃんが一緒に来てくれたらナとか思ったり。シャウ!」
「思わなくていいわ……。」
「それでわちきを探していたのかい?龍神達に何かあったの?わちきは何にも知らないよ。わちきは人間界に用があっただけさね。私用だけど。」
カメは唸る。
「私用はまずいんじゃないかナ!龍神達はカメちゃんを探してた!シャウ!」
「えええええ!これはマジでわちきやばいわ!ボッコボコ確実だわ。」
「龍神達はあなたをボコボコにするの?」
ひたすら怯えているカメにアヤが質問した。
「いや、わからないんだわ。いままで逆らった事ないし……。でもな、神々の使い鶴とは違い、龍神の使いカメは口答え許されないんだわ。だから怖い。怖すぎておもらししてしまうわ。」
「殿様天下ってとこかしら?」
「時神様!なんか優しい龍神様知ってないかな?わちきをその龍神様の命令を遂行しているという事にして今の事態をなんとか……。」
カメは必死だ。アヤには一人だけ龍神に心当たりがあった。
「ああ。一人だけ知っているけど。」
「誰?」
「龍雷水天神(りゅういかずちすいてんのかみ)だったかしら?井戸の神様、イドさんよ。彼は考えている事がちょっと読めない所あるけど優しいと思うわよ。」
アヤはさらりと言ったがカメは急激に顔色が悪くなった。
「そそそ……それはダメ!絶対それはダメ!あの神は怖いんだよ?すごーく怖いの!前ひっぱたかれたりもしたんだから!」
カメの言葉にアヤは首をひねった。
「あれ?彼そんな神様だったかな……。」
龍雷水天神とはある事件でたまたま知り合っただけだ。深くは知らないがのほほんとしていておだやかな神様だったように記憶している。
「シャウ!今回はそいつが絡んでいるんだ!シャアウ!」
シャウが興奮気味に会話に入り込んでくる。
アヤはなんだか嫌な予感がしてきた。こういう神が絡んでくるとろくなことがない。
さっさと別れたかったがそうもいかなくなった。なぜだか彼らは自分を頼っている。
神々の事件というのは下手すれば人間に多大な迷惑がかかる。アヤはこれを見て見ぬふりをすることはできなかった。
「……とりあえず……話を。」
アヤはシャウをそっと見つめた。
アヤは桜並木を歩き出す。シャウはアヤを抜かしては立ち止り抜かしては立ち止りを繰り返している。正直イライラする。
カメは桜よりも川を見ている。何か思い入れがあるのか同僚を探しているのかはわからないがみなもを見ながら河川敷を歩く。
「ねぇ?なんでこういう……話を聞くタイミングであなた達は黙るの?」
「だって時神ちゃん、シャウ達は人間には見えないんだナ!時神ちゃんは見える!シャウ!一人で話しているみたいになっちゃうヨ!シャウ!」
つまり人目を気にしてくれたらしい。正直今そういう気遣いはいらない。
「とりあえず、一回竜宮に戻った方がいいさね。加茂様がいてくれればなんとか調査に言ってたとか言えるし……。」
「竜宮?」
アヤはカメの言葉に反応を示した。
「あれ?知らんの?神々が住む世界高天原の南の方に海があるさね。その海の中に竜宮って城があるんよ。リゾート地、神々の観光名所、龍神様達の世界、竜宮城。」
「竜宮城ってリゾート地なの?」
「んん……まあ、キャッスルは広いから一部さね。」
「そうなの?」
「うん。加茂様は特別待遇でいつもご案内してるさね。」
「シャウ!」
シャウはカメにブイサインを送る。
そういえば目の前にちらつくこの雷神、神格はかなり上だったように思える。
そんな事を思っていた時目の前を可愛らしい女の子が横切った。
「あ……。」
カメがその女の子に反応した。
「どうしたの?カメ?」
「あの子を……。」
「え?」
カメが女の子に手を伸ばそうとした時、シャウが楽しそうに叫んだ。
カメは伸ばしかけた手を元に戻した。
「バアアアン!ここに高天原へのチケット!さっそくだが高天原へシャウ……ウィー……ダアアアンス!」
シャウは文字がいっぱい書いてあるお札みたいな紙を投げた。
「え?ちょっといきなり?おかしいわよ!この展開!」
「ゴーじゃなくてダンスなんかい!しかもシャウって何気に自分入れてきたー!」
アヤとカメの声は目の前に現れた扉に吸い込まれて行った。
光りに包まれアヤ達の身体は消えてなくなった。
二話
「う……。なんか色々間違ってた気がしたけどここ間違いなく高天原ね。」
アヤは目を開けた。いきなりだったが前も一度任意ではなかったが来た事があったのですぐに高天原だとわかった。
石畳の地面には神々がひしめき合っていた。目の前には鉄か何かでできた頑丈なゲートがそびえ立っている。
「……確か、ここにいる神々はゲートを通る順番待ちをしているのよねぇ?」
「その通りだナ!シャウ!ザ・ストリート!シャウ!」
シャウはなんだか知らないが楽しそうだ。アヤは頭を抱えながら順番を待つ。
神々がゲートを通るには認証システムや身分を明かす機械などに触れなければならない。そこでエラーが出たら高天原のチケットを持っていてもゲートの中には入れてもらえない。
そしてゲートは沢山あるが行ける場所は四か所だ。高天原東、西、北、南。
チケットがどこ行きかでゲートにあるマジックミラーのようなものが反応し、行き先を提示する。
そこまでいけば後は中に入るだけである。
ゲート付近には銀の鎧を着た門番らしき神々が沢山うろついている。まず不正はできない。
並んでいるとアヤ達の番になった。アヤ達のまわりに緑の電子数字がまわる。おそらく身分を調べる機械だ。シャウはオールクリアだったがアヤとカメは認証にひっかかった。
「まあ、当然よね。私はまだ高天原に入れる神格を持っていないんだから。」
アヤはやれやれと首をふる。神格があまりに低い神はチケットを持っていても高天原へ入る事はできない。人間界で修行してはじめて高天原の地を踏める。
「それよりカメはなんでひっかかったの?」
「ん……。それは……わちきの場合は龍神様と同伴じゃないと通れんの。鶴も同じ。鶴は神様と同伴じゃなきゃ通れんの。わちきらは僕、使いであるから単体で行動する事自体いけない事なんよー。わちきがカメの神様とかになったら別なんだろうけどねぇ。」
カメは苦笑いをアヤに向けた。
「ああ、そういう事ね。シャウ?どうすればいいのよ。私達は。」
「おい!そこの銀の鎧!通るヨ!シャウ!……シャウの連れ。いい?」
シャウはうろうろしていた鎧に話しかける。
「どうぞ。どうぞ。お通りください。」
銀の鎧はマジックミラーの一つを指差した。
「サンキュ!さあ、いくヨ!シャウ!」
……こんな簡単に入れるわけ?高天原のセキュリティーどうなってんのよ……
私達思いっきりエラー出てたんだけど。
そう思ったが話がややこしくなると思い黙ってシャウに続いた。カメも恐る恐るついてきた。
銀の鎧達はおとなしくマジックミラーを通り抜けるアヤ達を見ていただけだった。
光りがアヤ達を包んだ後、一気に風景が目に広がった。
その先は古臭い家々が並ぶ小さな町のようだった。かやぶき屋根が連なっている。まわりは山で今現在、桜が満開に咲いている。
「ここが高天原南?」
「そうだナ!シャウ!でもここはまだ龍神の里じゃないナ!シャウ!」
確かにここにいる神達は普通の神様だ。多少観光客もいるらしい。
「ここにいる神達はもちろん、私よりも神格が上なのよね?」
「そうなるナ!シャウ!」
シャウはここに住んでいたのか足取りに迷いがない。かやぶき屋根が連なる家々をよけながら路地裏に入って行く。地面は石畳だ。とても歩きやすく舗装されている。お店もけっこうある。レストランや土産物屋、喫茶店にツアー計画所。
ん?ツアー計画所ってなんだ?
アヤは一つの看板が気になった。なんだか嫌な予感がしたため素通りしようとしたのだがシャウが許さなかった。
「おーい!時神ちゃん、アヤちゃん!どこ行くんだヨ!シャウ!こっちこっち!」
シャウは怪しい看板の前でアヤを手招いた。
……いやだ……行きたくない。こういう危ない看板がいつもなぜだか目的地なのよね……。これは明らかにやばい事が起こる前兆だ。絶対。
ふっと横を見るとカメがありえないくらい怯えていた。
「かかかか……加茂様!ここはやばいって!わちきは優しい龍神様に……。」
「何言ってんだヨ!シャウ!リゾート地と言えば『つあこんだくた』!シャウ!」
シャウは言えていなかったがツアーコンダクターの事らしい。
「いや、だから観光客にはあれかもしれんけどわちきに対しては……。」
「こんちはー!シャアウ!」
カメが何か言い終わる前にシャウは堂々と『ツアー計画所』と書いてあるかやぶき屋根の家に入って行った。
「うわあん!聞いておくれよ!チクショー!」
カメは汚い言葉を吐きながらアヤの後ろにこそこそと隠れる。
「なんだかわかんないけど行くしかないようね……。」
アヤは覚悟を決めてカメを引っ張りながらシャウに続いた。
中に入った。中はシックな茶色で木目がきれいなフローリングが広がっていた。真ん中に長机が置いてあり上には鎖で吊るされたプラスチックの看板。受付と書いてある。
長机の奥で椅子に座っている男が見えた。男はこちらに気がつくと気前よさそうに近づいてきた。
「はいはい。いらっしゃいませ。竜宮城ツアーコンダクター流河龍神(りゅうかりゅうのかみ)でございます!」
ニコニコと笑っている男はとっても愉快な格好をしている。短く切りそろえられている緑の髪にシュノーケルグッズがついており、真黒な着物を左半分だけ着ている。右は袖に手を通さずにだらんと下に垂れていた。つまり右半分は裸だ。その黒い着物に白字の龍が流れるように描かれていた。そして下は藍色の袴。腰に骨のおもちゃがついている。
目つきは悪いが聡明そうな青年だ。
「シャウ!」
「……シャウ!」
二人は謎の掛け声をあげる。
……それ挨拶だったのか。
アヤはここでも深くつっこまないようにする。
「なんでぇ。加茂かよ。あーあー、こんな仕事俺様にむいてねーっつーの。だりぃだりぃ。まじ、何がツアーコンダクターだよな?竜宮城なんか見て誰が得すんだよ。ったく。」
シャウを見た途端、彼の態度が急変した。
「竜宮城に用があるんだ!シャウ!ツアーを頼みたいんだナ!シャウ!」
男はシャウの頼みに大きなため息をついた。
「おいおい。ふざけんじゃねぇって。今、あそこどうなってんのか知ってんのかよ?って……そこの小娘誰?」
男はシャウを見てからアヤを見つめた。
「ああ、私は時神アヤ。それでこっちは……。」
「ああああ!ダメ!ダメってカンニンしてぇ!」
カメはアヤの後ろで小さくなっていた。カメの声を聞いた男の眉間にしわが寄る。
「カメかあ?そこにいやがるのは!出てきやがれぇ!」
「ひぃいい!」
男はひときわ凄味のある声を上げる。カメは涙目で絶叫しながらオズオズとアヤの後ろから顔を出した。
「てんめぇ!いままでどこ行ってやがったんでぇ!ああ?」
「ひぃ!許してくださいまし……龍様……。」
カメは土下座しながらあやまっている。龍様と呼ばれた男はカメを怒鳴りつけていた。
「てめぇ!服全部はぎ取ってすっぽん鍋にしてやろうか!」
「ひぃいい!それはカンニンしてぇ……!」
……だからカメじゃないのか?あ、すっぽんぽんのすっぽんなのか?卑猥だ。
龍様はアヤをちらりと見た後、カメに近づきオモチャの骨でカメをペチペチ叩きはじめた。
「てめぇなんてこうしてやる!お仕置きだ!うりゃ!うりゃ!」
「ふえぇえん。カンニンしてぇ……。」
カメは泣きじゃくりながら龍様のお仕置きを受けている。
……どこのいじめっ子?竜宮城に行く前のカメみたいだわ。
アヤはため息をついた。
「ワァウ!そんなにペチペチしなくてもいいナ!シャウ!」
謎の掛け声とともにシャウが龍様とカメの間に割って入る。
浦島太郎がそこにはいた。
「なんでぇ。加茂!大丈夫だぜ!俺様はそんなに強く叩いてねぇって!怪我でもしたら大変だろうが!」
……口調は荒っぽいが実は優しい男らしい。
「けっこう痛かったはにゃほにゃ……。」
龍様はカメの頬をみょーんと引っ張る。
「何言ってんかわかんねぇなあ!ああん?もう一回言って見ろよ?ええ?」
龍様は黒い笑顔をカメに向ける。カメはがたがた震えながらその場にへたり込んだ。
アヤはカメが怯えていた理由がよくわかった。
「その辺にしてあげたら?」
アヤはカメを華麗にかばった。
「そうだな。これ以上やったら俺様いじめっ子になっちまうからな。これはあくまでお仕置きだぜ。」
「……これは完璧ないじめだったわ……。」
「ねぇちゃん、言うねぇ!」
龍様は愉快そうに笑った。カメはしくしく泣いている。
「これだから……これだから……うう……。」
「おい!さっさと立て!俺様がこんなもんで許してやったんだ。さっさと立ち直れって。お前な?いいか?俺様に最初に会ったからこれだけで済んだんだぜ?お前、これ飛龍とかに捕まってたら……。」
「わあああん……。」
カメは龍様に泣きついた。龍様はしばらくよしよしとカメを慰めていたが急に左腕を上げると指から少量の水を出した。その水はカメの着物の襟から首筋に入り込んでいった。
「……!」
カメはいきなりびくついた。龍様はいたずらな顔で笑っていた。
「な!何さ!なんか冷たいものが背筋にぃ……!龍様何したんのぉ!」
「ん?お水を流した!」
龍様はまた涙目になったカメに笑いながらブイサインを送った。
「いじわる!いじわる!」
「あっははは。」
なんだかわからないがお互いとても楽しそうだ。
シャウは何がしたかったのかわからないがひたすら「シャウ!」の掛け声に合わせてカッコいいポーズを編み出していた。
アヤは愕然とした。
……これは下手するとリードする者がいなくなる可能性がある……
今すぐ帰りたくなった。
「加茂!やんのはいいけどツアー代ちゃんと払えよ!」
「大丈夫だナ!シャウ!ここに彼女が!」
「はあ?」
シャウは隣にいたアヤを指差す。
「シャウ!金持ってないんだナ!シャウ!」
「ふざけないでよ!こないだバイトで一生懸命に稼いだんだから!まさかお金のためだけに私を呼んだの?」
アヤはシャウを睨みつけた。
「大丈夫だナ!龍に聞いてみるんだナ!シャウ!」
「はあ?」
「ああ、金な!タダ!タダ!」
龍様は楽観的に笑う。
「タダ?何よ!からかったの?」
「ゴットジョーク!シャアアアウ!」
シャウはうまくいったとばかり力強くガッツポーズをアヤに向けた。
正直殴りたくなったがアヤは大人なので我慢した。
「じゃあ、行くぜ?ツアーしゃべりなしな!ありは金とるぜ!保証なしのデンジャラス旅行になるがいいよな!はーい。いいでーす!」
……いいわけあるか!
アヤは心の中でつっこみをいれた。
三話
任意ではないツアーが始まった。ツアー内容は竜宮城観光ツアーらしい。しかしタダなので龍様はてきとうである。
「ああ、そこにうまい店あるけど今急ぎだから却下にするぜ!今日は宿ねぇとこになるがいいよな?俺様はカメでも犯すとして、ああ、アヤちゃんは寝てる時にでも触って……。」
カメは龍様の言葉に蒼白になり、アヤはあからさまに嫌な顔をした。
「りゅ……龍様……!」
「ああ?冗談だよ。冗談。だが魔がさす事もあんだろ?男だかんな!うへへ。」
龍様はカメにデコピンをする。アヤは少々の恐怖を覚えた。こういう事を軽々と言える男は実際行動に起こす事はほとんどないが野宿となると若干不安だ。
しかも、今さっき会ったばかりの男だ。安心はできない。
「アヤちゃん!大丈夫だナ!シャウ!彼はエロ本とか顔を真っ赤にして読むタイプの男だヨ。そんなに見せたらダメだろ!この女恥を知らない!シャウ!」
「うっるせぇよ!てめぇは!そういう事言うんじゃねぇ!かっこわりぃだろうが!男は少し悪の方が……。」
龍様はシャウの頭をグリグリとまわす。
「こないだ現世のエロ本拾って龍に見せたらおもしろかったナ!布が少なすぎる!って。シャアアアウ!」
シャウは楽しそうだ。
「だから黙れって!お前なんてこうしてやる!うりゃうりゃ!」
龍様は骨のオモチャでシャウの鼻をくすぐる。
「ああ!やめるんだナ!電気が……。」
「あ。やべぇ。」
龍様がつぶやいた時、シャウがくしゃみをした。ただのくしゃみならばかわいいものだったが彼の身体からはくしゃみと共に電流が流れた。電流は地面に亀裂を入れながら近くの家を破壊して通り過ぎた。
「……。」
アヤとカメは言葉を失った。当たっていたら笑いごとではない。
「おお……誰も住んでねぇ空き家でよかったぜ……。てめぇ!あぶねぇだろうが!電流ためてんならためてるって言えよ!」
「これからの争いに備えてためといたんだナ!でも今ので四分の一なくなっちゃったナ!シャウ!シャウ!シャアアアウ!」
どうやらシャウはシャウと叫ぶ事により電流をためられるようだ。一体どういう体の構造をしているのか神様は奥が深い。
これは別の事を心配した方がいいようだとアヤは思った。
しばらく色々な店をすっ飛ばして歩いた。本当は竜宮城に行く前に色々な店を物色するツアーのようだが今はそれをすべて飛ばしている。ひたすら歩くだけなのでつまらないのはそうだが竜宮城がやばい事になっているらしいのにこの緊張感のなさはなんなのか。
「それより、竜宮城がどうとかって言ってたけど。」
アヤは不明な点を聞こうと龍様に話しかける。
「アヤちゃん、竜宮城は観光名所でいっぱいアトラクションがあるんだけど今、オーナーの天津彦根神(あまつひこねのかみ)がいなくなってよ、アトラクションが勝手に動き出しててけっこーあぶねぇ事になってんのよ。だからデンジャラスなんだぜ!だからタダ。サービスなし!」
龍様はなぜか胸を張って話した。
「なんでえばってんのよ……。」
「つあこん失格だナ!シャウ!」
ツアーコンダクターを勝手に略したシャウはステッキで絵を描きながら歩いている。
「龍様、それはどういう事なのさ?」
カメは何かに怯えるように龍様の話を聞く。
「カメ、てめぇそんな事も知らなかったのか?やっぱ、お仕置きが足らねぇか?その甲羅奪ってやろうか?ああ?」
「ひぃい。それだけはカンニンしてぇ……。甲羅なくなったらすっぽんになっちゃうじゃないかい……。」
「ちょっとはずしてみろよ!うりうり!骨背中に入れてやろうか?おりゃおりゃ!」
「ああ!やめてぇ❤カンニンしてぇ❤」
龍様はカメの甲羅をはずそうとしており、カメは悩ましい声をあげてもがいている。
……話が進まない。
シャウはなんだかわからない絵を描きながら満足げに頷いている。おそらく馬だろう。下手すぎてよくわからない動物になっている。
……誰か話を進めて!私を助けてちょうだい……。
アヤは神様に祈ってしまった。
「で?結局竜宮城のオーナーがどうなったのよ!」
祈っていてもしかたないと思い、アヤは無理やり話を戻した。
「天津彦根神、オーナーは誘拐されたんじゃねぇかって言われてるな。」
龍様はカメの甲羅に骨を押し込みながら答える。
「誘拐?」
「あれほどの神が誘拐なんてナ!シャウ!」
シャウの言葉に龍様が顔を曇らせた。
「んー、オーナーは力を失ってんらしいぜ。龍神の間でオーナーの気を感じとれねぇ。なんでだかは知らねぇけどな。そこのカメがしばらくの間、行方不明になってたせいで俺様達は情報の交換ができなかったんでぇ。だからオーナーが竜宮の自分の部屋にいるのかいないのかすらわからねぇ。確認のしようがねぇから一応誘拐って事で話がまとまってんだ。まったく最悪だぜ。」
龍様はまたカメをいじりだす。
「こっそり現世に行った事はあやまるよ!わちきもちょっと現世で用が……。ああ!カンニンしてぇ……❤」
カメは龍様に頬をはさまれモニュモニュ動かされている。
「とりあえず目指すはオーナーの部屋だナ!シャウ!いるかわかんないけどナ!シャウ!」
シャウは元気に走り出した。龍様は呆れながらカメは半泣きで後に続く。アヤもしかたなしに後に続いた。
暗い部屋の中……どこだかわからない。銀髪ゆるゆるパーマを肩先で切りそろえている男が鎖に繋がれていた。整った顔立ちのその男は力なく笑った。神々の正装、和服はボロボロだ。上は青の着流しに緑の羽織、下は黒の袴なのだが所々血が滲み黒く変色している。
「まったく……僕をこんなにしてどうするつもりなんですか?」
銀髪の男は覇気のない声でつぶやく。
「龍雷水天神(りゅういかずちすいてんのかみ)……呑気だなあ。自分がどういう状況かわかっているのかなあ?」
銀髪の男、龍雷水天の他にもう一人、オレンジ色のストレートな髪を腰あたりまで伸ばしている男が声を上げ、あざけるように笑った。頭には双龍の冠をかぶっており赤色の水干袴を着ている。
「まさかあなたが出てくるとは……龍水天海神(りゅうすいてんうみのかみ)。こんなに痛めつけられたのは久しぶりです。」
龍雷水天はオレンジの男、龍水天海を懐かしそうに見つめた。
「神々の中で神格が上でもお前は龍神の中では中くらいだなあ。お前は力を失いすぎているからなあ。」
龍水天海は手から出した龍鞭で龍雷水天を痛めつける。龍は龍水天海の手の上で鞭のようにしなり龍雷水天を打った。弾ける音と共に響く龍雷水天の苦痛の叫び。
「……これは……一体なんのマネです?はあ……はあ……僕を殺すつもりなんですか?……この拷問めいたもの……痛すぎるんですけど。」
龍雷水天は痛みに堪えながら龍水天海を見上げる。
「ずいぶんと余裕なんだなあ。竜宮城のオーナーはもういないんだ。今こそお前が竜宮城を支配するべきだろぉ?どれだけひん死にすりゃあ言う事聞くんだよぉ。」
龍水天海はまたも龍雷水天を打つ。龍雷水天は痛みに悶え、体には鞭痕が絶えず重なる。
「言う事を聞けって?無理言わないでください……。僕も色々背負っているんですよ。こんだけボコボコにされて鎖に繋がれて龍鞭で打たれて……いい事最近ありません。というか、あなたがオーナーになればいいでしょう?」
「お前は知っているはずだ。拙者がオーナーになれない理由をなあ。これは今のお前にしか頼めないんだなあ。そんで。」
龍水天海が不敵な笑みを浮かべる。
「なんです?」
「天津彦根神、どうしようかなあ。」
「これ以上はやめなさい。」
龍雷水天の言葉に龍水天海はおかしそうに笑う。
「何言ってんだあ?これからがおもしろいだろお?」
「……。」
「お前がこうやって聞き分けがないと身体に傷がどんどん残る事になるんだがなあ。」
龍水天海は龍雷水天の頭に足を乗っけて踏みつける。龍雷水天はギロリと龍水天海を睨みつけた。
「だから……いい加減にしなさい!」
「すっげぇ言雨だなあ。」
龍雷水天から威圧、言雨が降りまかれる。口から発せられる気が雨のように降り注ぐことからこう呼ばれるようになった。
しかし、その威圧も龍水天海にはきいていないようだ。勝てないと悟った龍雷水天は従う事に決めた。
「……まあ、いいでしょう。これ以上騒ぎになったら大変です。オーナーになってあげますよ。オーナーと言ってもどうせあなたのお人形さんになるだけなのでしょう?しばらくつきあってあげますよ。」
「お?いきなり聞き分けがよくなったなあ?はじめからそう言えばよかったんだなあ。そしたらこんなに痛い思いしなくても済んだのになあ。そして拙者の存在も隠してられるなあ?」
「……。」
龍水天海の笑い声が暗い部屋に響き渡っていた。
……そうですね。彼が表に出るのはまずいんですよね。
今は従ったふりをするのが得策か……
そしていつか……あなたを……
龍雷水天は目をそっと閉じた。
四話
日が暮れた。アヤ達はこれ以上歩けないと判断して野宿の準備をはじめていた。あたりは暗く、町からはだいぶん離れたらしい。遠くに町の明かりがともっている。
「で……ここ、森なんだけど……。」
アヤは龍様を訝しい目で見つめた。
「そうだぜ!今日はここで寝る!ここまでくりゃあ、竜宮までちょいだぜ。」
龍様は愉快そうに笑っている。
「シャウはまだまだ元気だナ!シャウ!」
シャウはステッキを使い謎のダンスをおこなっている。騒がしい神様だ。
「お前はいいんだよ!お前は!カメがもう死にかけだし、アヤちゃんは元気みたいだけどカメが……。」
龍様はフラフラとしているカメにあきれた目を向ける。
「ああ、わちき……もうダメだわあ……。皆さん、足が速すぎるわあ……。」
「全然歩いてないけどね……。」
アヤもカメの体力のなさにあきれた。カメはげっそりした顔で近くの木に腰を下ろした。
「その甲羅がめっちゃ重いとかそういう単純な事かナ!シャウ!」
「ああ、加茂様、これは羽のように軽いよ。」
カメは楽しそうなシャウに柔らかな笑みを浮かべる。
「そうか?シャウ!じゃあ、あれだナ!龍の使いになってまだ日が浅いんだナ!シャウ!」
「そうねぇ。この姿になったのは死んでからだからねぇ。人型って慣れなくて困るわ。」
カメはやれやれと首をふる。龍様はさすがツアーコンダクターと言ったところか、食べ物をどこからか調達してきたようだ。なぜか空からおにぎりがふってきた。
何で空から?とアヤは空を見上げてみた。ちょうど鶴が飛び去るところだった。鶴は男でカメ同様かなりきれいな顔立ちをしている。
「あれ?あれ、鶴よね?」
「ああ、加茂が頼んでくれたんだぜ。俺様にゃあ、こんな事できねぇし。カメが横でへばってやがるんだからなあ。加茂から鶴に飯の調達を頼んでもらったんだよ。」
龍様は鶴に手を振っているシャウを後ろから小突いた。
「痛いナ!シャウ!」
シャウは勢いよく龍様を振り向き、龍様があらかじめ持っていた骨がシャウの頬にぐにっと刺さっていた。
「やーい!やーい!ひっかかった!」
龍様は楽しそうだ。シャウは不機嫌そうに顔をしかめた。
「なるほど、鶴にカメ。縁起がいいわね。」
アヤは落ちてきたおにぎりをひとつとった。
「ああ、中身はロシアンにしてみたヨ!シャウ!何が出るかナ!シャアアアウ!」
偉そうにふんぞり返っているシャウの頬をアヤは引っ張った。
「何入れたのよ……。そういう余計な事いらないわ!」
「これ、甘いさね!わちきの好みさね!砂糖にあんこにチョクラーツが入っているわあ!」
カメはおいしそうに食べているがアヤは焦って自分の握り飯を見つめた。
……砂糖にあんこに……チョクラーツってチョコレートよね?甘すぎるわよ!
「うわっ!なんでぇこれは!薬か!」
今度は龍様が絶叫していた。
「ああ、それは長命丸ってお薬だナ!下の息子さんが元気になるヨ!よかったナ!シャウ!」
「てめえ!ざけんな!こんな時に何下ネタかましてんだよ!てか握り飯の具にこんなのいれんじゃねぇ!馬鹿か!あの鶴!そしてお前も!」
ニヤニヤ笑っているシャウの頬を龍様は頬を真っ赤に染めながらみょんみょん引っ張る。
「皆引っ張りすぎじゃないかナ?痛いナ……。シャウ……。」
シャウは赤くなってしまった頬をなでている。アヤはしかたなしにおにぎりに口をつけた。
食べないわけにはいかない。なんでも来いとやけくそに頬張った。
「あら……?昆布?」
アヤは唖然とした。ふつうすぎるくらいふつうのおいしいおにぎりだった。
「あたりー!シャウ!ちなみにはずれは龍だけー!シャウ!」
「てめぇ!はかりやがったな!」
シャウはしてやったり顔を龍様に向けた。龍様はシャウどころではなく下を触りながらわたわたとしていた。
「うわっわ!ちょっと待て!ちょっと待てよ!落ち着け!俺様!」
「龍様……いやん❤」
カメは頬を染めながら目を背ける。
今、彼に何が起きているのかアヤは知りたくもなかったので無視しておにぎりをほおばっていた。
「と、とりあえずだな!今日は早く寝ろ!明日には竜宮着くんだぜ!」
龍様はさっさと横になる。
「歯は磨いて寝た方がいいわよ。近くに川があるみたいだしうがいには困らないわよ。」
アヤの言葉に龍様はむくっと起き上り懐から歯ブラシを取り出した。
「あら?ちゃんと持っているのね。」
「うるせー。」
龍様はアヤを睨んだ。
……なんだか子供みたいな龍神様ね。
アヤ達は近くの川で歯を磨いた後、眠りについた。なぜか布団が横にあった。
おそらく鶴だろう。寝袋ではなく布団を持って来るとは……。
寝心地はいいのだが落ち着かない。空は満天の星空。周りは森の中だ。そのど真ん中に布団をひいて寝るというのはいままでで体験したことがない。
物音ひとつしない。動物はいるのかいないのか。草を揺らす風の音だけが静かに響く。
その時、ひときわ強い風の音が近くで聞こえた。何かが落ちた、もしくは降り立った感じの音だ。
「何?」
アヤはひとり起きあがる。シャウと龍様は寝言を言いながら眠っていた。
「……誰?」
カメも驚いて起きあがった。
カメは「何」ではなく「誰」と言った。カメにはそれが神だとわかっていた。
「カメ、なんかいるわ。」
「龍神の気を感じるわあ。」
二人は起き上り先程歯を磨いた川の方へと向かった。森の草をかき分け川音に近づいて行く。月が満月なため、あたりは明るい。川には男が立っていた。銀髪の髪、すらっとした身長。上は青の着流しに緑の羽織、下は黒の袴を着ている。服はボロボロでところどころ重い傷跡が目立つ。彼は川の水で傷口を洗っているようだった。
「っ……。イド?」
アヤはその男に見覚えがあった。いや、見覚えがあったというよりも唯一知っている龍神である。
「……?」
男がこちらを向いた。顔は殴られたのかひどい有様だ。
「龍雷様!どうしたのさ!」
カメは驚き声を上げた。彼は龍雷水天神、井戸の神様と呼ばれ、「イドさん」という愛称で呼ばれている神様である。
「アヤちゃんにカメ?なんでこんなところにいるんです?」
「あなたこそ……どうしたのよ……。」
「ちょっと……色々ありまして……。」
イドさんの表情は暗い。よく見ると体中に鞭痕が痛々しく、血が流れ出ている。
「色々って何よ。やばい事に巻き込まれているんじゃない?」
「僕じゃなくて竜宮城がですね。ああ、痛い。痛い。龍の鞭は硬いから……。」
イドさんには今、焼けるような痛みが襲っているようだ。しきりと川の水を身体にかけている。
「拷問されたの?」
「はは……。これが笑っちゃうんですよ……。」
イドさんは力なく笑う。カメが慌ててイドさんに駆け寄ってきた。
「手当しないと……!」
「カメは基本いい子ですが……龍神への言葉遣いが悪いんですよ。よくペシッとひっぱたいていたんですが今となってはもうこれが愛嬌ですよね……。」
イドさんはカメを優しくなでる。
「うわっ!気持ち悪っ!龍雷様、一体何食べたのさ。優しすぎて気持ち悪いわ。」
カメの言葉にイドさんは厳しい顔でペシッとカメの手をひっぱたいた。
「言葉遣い!」
「い、痛い!うう……やっぱりいつもと同じじゃないかい……。」
カメはしくしくと泣きだした。
「ねぇ?イドはカメに対してはそういう態度なわけ?」
アヤがカメをなぐさめながら問う。
「そうですね。僕は彼女の教育係だったんですよ。」
「あなた、ほとんど竜宮に帰っていないんじゃないの?あなた、いつも高天原東にいるか現世にいるかじゃない?」
「まあ、普通は高天原東にいて南にはいないんですが天津彦根神から頼まれましてね、しばらくは竜宮に戻っていたんですよ。」
「そうなの。」
カメは恐る恐るイドさんの着物を脱がせている。イドさんは痛みに顔をしかめた。
「もっと優しくしなさい。痛いです。」
「ごめんね。龍雷様。……ひどい怪我だわあ……。」
カメはオロオロしながら甲羅から救急セットのようなものを取り出した。
「その甲羅の中に一体何が入っているのよ……。」
「えっとねえ、塗り薬とか色々入っているさね。」
カメは傷だらけの背中に塗り薬を塗りはじめた。
「ああう……!」
イドさんが痛みに叫ぶ。見ているだけで痛い。
「それにしても誰にこんな事を……。」
「そ、それは聞かないでもらえますかね……。カメ。それよりも……なんでこんな刺激的な塗り薬しかないんですか?高天原には……もっといっぱい良い薬が……うあっ!」
「古いものにこだわった方がいいかと思ったんだけどね。」
カメは必死で薬を塗っている。若干塗りすぎな気もする。
「もう背中はいいです。ひりひりします……。」
「じゃあ……前……。」
カメはイドさんと目が合ってちょっぴり頬を赤く染めた。恥ずかしがりながら胸からお腹にかけて薬を塗りはじめる。
「そう言えば命令していないのにやってくれるんですか?」
「当たり前!色々お世話になったし、研修で飛龍様についていたらどうなっていたかわからないわちきを一生懸命に守ってくれたからねぇ。」
「龍神によって態度を変えてはいけませんと言っているでしょう?すべての龍神を均等に相手するのです。」
「わかっているわあ。でも……。」
カメが手を止めた。イドさんはカメの手をそっとのけると立ち上がった。
「ありがとうございました。カメ。助かりましたよ。……そしてアヤちゃん。」
「何よ?」
「なんでカメと一緒にいるかわかりませんが……付添いの方はいらっしゃるのですか?今竜宮城はちょっと行くのはやめた方がいいと思いますね……。」
イドさんは険しい顔をアヤに向ける。
「私は加茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)と流河龍神(りゅうかりゅうのかみ)と一緒よ。」
「加茂とツアーコンダクターですか……。何をしに行くのかなんとなくわかりますね……。」
そう言うとイドさんはアヤとカメに背を向けてよろよろと歩いて行った。
「ちょっと……!」
アヤの呼びかけにイドさんは振り向かなかった。
「一体どうしたんかね。大丈夫なんよね?龍雷様……。」
カメはアヤを不安そうに見上げる。
「知らないわ。それなりにやばいんじゃないかしら?あの状態だと不安よね。」
「……。」
カメがいまにも泣きそうな顔で下を向くのでアヤは少し話題を変えた。
「あなた、ひょっとするとイドの事好き?」
「え?あ……ええ?」
アヤの問いにカメは顔を真っ赤にして頬を押さえた。
「隠さなくていいわよ。女同士なんだし、知られたくない恋心ってのもわかるしね。」
「うう……わちき、カメなのに生意気にこんな気持ちになって……他の龍神様と分け隔てなく接しているのに彼の前だと余計な事をしてしまうんね。それでいつも他の龍神様にお仕置きされちゃうけど龍様だけはわちきの気持ちわかってくれるさね。」
「そうなの?あなたってほんとにかわいいのね。だから彼が放っておかないんだわ。」
アヤは川辺の岩に座り込んだ。カメもとなりに座る。
「かわいいなんてそんな……一回現世で天寿を全うしたカメだよ?」
「でも好きな人がいていいじゃない。仕事が楽しくなるわよ。」
「……龍雷様は遠くで見ているだけにするさね……。向こうは何とも思っていないと思うから。」
カメは川に向かい小石を投げる。小石は二回飛び跳ねると川に落ちた。
「そうね。今はまだそれでいいかもね。あなたの生はきっとこれから長いから。」
「うん。」
アヤ達はお互い笑い合った。
五話
翌日、イドさんの事は考えないようにしてアヤとカメは朝ご飯を食べた。朝ご飯はなぜか寝ている間に横に用意されていた。おにぎりと目玉焼き。鶴は意外に家庭的らしい。
「そういえばお前ら、夜何してやがったんだ?」
龍様が鋭くアヤ達に聞いてきた。
「え?ちょっと眠れなくてね。川辺でカメと話していたわ。何の話かは女の子の秘密。」
アヤはさらりと流した。カメは不安そうな顔をアヤに向けている。
「まあ、別に言いたくねぇならいいけどよ。俺様はミステリアスな女ってのも嫌いじゃないんだぜ。」
「でも、龍雷水天がいたんじゃないかナ?シャウ!」
「……!」
シャウはおにぎりをほおばりながら顔色が悪くなったアヤ達を見つめる。
「加茂ぉ!てめぇはほんとに空気よめねぇな!少しはわかれよ!」
龍様はそう言ってシャウが食べていたおにぎりを奪い口に放り込む。
「ああ……おにぎり……シャウの……。」
シャウは悲しそうになくなっていくおにぎりを見つめている。
「あなた達……見ていたの?」
アヤの問いかけに龍様はうーんと唸った。
「全部じゃねーよ。何言ってたのかとかわかんなかったしな。」
「話はほとんどしてないわ。」
アヤはカメの方を向き同意を促す。
「うん。そうさね。怪我してたから薬塗ってあげただけさね。」
カメは表情硬く龍様に報告する。
「怪我していただと?あれほどの龍神がか?」
龍様は驚きの目をカメに向ける。
「ああ、そういえばイドは神格上だったわね。」
「だが、アヤちゃん、あいつは龍神の中じゃあ、中くらいなんだぜ。中くらいって言ってもそんな簡単にボコられねぇ。龍神に弱い奴はいねぇ。龍雷水天と同じ力のが一番多い。それ以上に特別な力を持っている上の奴らは本当にすくねぇんだ。」
「じゃあ、イドに怪我を負わせたのは……」
「あいつより力が強い龍神かもしくは同等の力だったが偶然ボコれたか。一般神の仕業って事はあんまり考えられねぇなあ。あいつが竜宮付近をボロボロで徘徊していたとなりゃあ、竜宮の事件に何か関係があるのかもしれねぇ。」
龍様はシュノーケルのレンズを布でふいている。お気に入りなのか。
「シャウ!行ってみるしかないナ!シャウ!」
シャウは元気に立ち上がった。先程のおにぎりの事はあきらめたらしい。
「……。」
カメは先ほどから元気がない。
「おい。カメ、なーにへこんでんだよ。龍雷は大丈夫だぜ。あいつは殺したって死なねぇよ。それよりあいつが困ってんなら助けてやろうぜ?」
龍様はカメをオモチャの骨で軽くポカンと叩いた。
「うん!そうさね!」
カメは急に元気を取り戻した。
「やれやれ……。しかたねぇ使いだぜ。」
アヤはそんな龍様をみて微笑んだ。実は一番カメの事を考えているようだ。気のまわし方、気の使い方がよくわかっている。
……意外にいい男じゃない。
アヤは少しだけ龍様を見直した。シャウも横でニヤニヤと笑っている。
彼は正直よくわからない。だが害はない。間違いなく。
なんだかんだ言いながら朝ご飯を食べ終えた一同は再び歩き出した。少し歩いただけなのに汗が吹き出す。桜が咲き誇っているが暑い。真夏とまではいかないが初夏の暖かさである。
「あついわ……。」
「高天原は現世よりもちょい暑いんだナ!シャウ!桜がもう少しで散ってしまうヨ!シャウ!」
シャウは元気そうに歩いている。この神様は疲れを知らないのか。
カメは若干バテ気味だ。やはり水辺で生活する生き物だからか暑さに弱いらしい。
「あー、あちぃ……。そろそろ海開きか?それは……はええか。」
「龍様……加茂様……アヤ……わちきはもう……。」
カメは龍様の横でフラフラしている。
「ちょっとしっかりしなさいよ。龍、まだつかないの?」
アヤはカメを励ましつつ、龍様に目を向ける。
「ちょっと磯の香がしてきただろ?もうちょっとだぜ。しかし、この時期、この辺は神でいっぱいなんだがなあ……。竜宮の閉鎖でさびしくなったもんだぜ。」
龍様の言う通り、まわりには神の一人もいない。そこに連なる屋台は皆、閉まっていてなんだか不気味だ。
しばらく舗装された道を歩いていると風と共に真っ青な海が現れた。
「きれいねぇ……。プライベートビーチみたいだわ。」
アヤは素直に感動の意を示した。しかし、誰もいないのでやはりなんだか少し不気味だ。
真っ白な砂浜に透明度の高い海水が寄せる。ここで泳いだらさぞ気持ちいいだろう。
「見た目はきれいだが……中はどうなってんのかわかんねぇぞ。」
「え?」
アヤは龍様の言葉に驚いた。いや、いままで気がつかなかったのがおかしかった。
「アヤちゃんは今、どうやって海の中の竜宮に行くんだナ!って思ったんだナ!シャウ!」
シャウは楽しそうに海水と追いかけっこをしている。
「そりゃあそうよ。私は海の中で息を止めたりなんてできないわよ。水泳なら多少経験はあるけど。」
その時、龍様のシュノーケルが目に入り、続いてカメが目に入った。
……まさか……ねえ……
「そんなわけあるか!シュノーケルつけてカメに乗っかって行こうって考えただろ?今!」
「……あら?違ったの?」
龍様の発言にアヤは顔を赤くした。
「それな、普通の神だったら死んでるからな!観光地に命がけでいくか?いかねぇだろ?」
「まあまあ、でもカメと龍が必要なのは間違いじゃないナ!シャウ!」
ステッキで絵を描き始めたシャウを呆れた目で見ながら龍様は続ける。
「普通は俺様の力だけでゆっくり海の中を見てから竜宮にいくんだけどよ、今はそんな時間ねぇから竜宮へのカギだけ開いてスピードの高いカメに連れて行ってもらう事にするぜ。俺様はゆっくりでしか全員を運べねぇからツアー専用の道だけ開いてやるよって事な。」
龍様はカメに目を向ける。わかったかと目で合図しているようだ。
「はいはーい!水の中だと速いんだよ!わちきは!」
カメは水辺に来たからか急に元気を取り戻していた。
龍様はカメを横目で見た後、ゴーグルをかけてから手を合わせて目を閉じた。
「じゃあ、開くぜ。……一ノ門クリア……二ノ門……クリア……三ノ門……んだこれ……むずい結界だな……ん……クリア……四ノ門……ぜってぇおかしいってこれ!わっかんねぇな……んん……クリア……五ノ門……ぐっちゃぐちゃじゃねぇか……えーと……こうか?かろうじてクリアか……。なんとかオールクリア……。」
龍様は目を開けた。顔はかなり疲れ切っている。
「どうしたんだナ?シャウ!いつもはそんなに疲れないのにナ!シャウ。」
シャウは心配そうに龍様を見つめる。
「いや、五ノ門までの結界がありえねぇくらい厳重だった。他神を入れようとしてねぇ。俺様が開けたのも奇跡に近いぜ?他神を竜宮へ入れられるのはツアーコンダクターの俺様しかいねぇからなあ。俺様除けか?」
カメは頭を押さえている龍様の肩をポンと叩く。
「大丈夫?龍様?」
「ああ、さっさといくぜ。」
「……招かれざる客というわけね……。」
アヤのつぶやきに一同は顔を引き締めた。
「……そういうことだナ!シャアウ!」
「じゃあ、いくよ。龍様のおかげで海の中でも息ができるから心配しないでわちきにつかまってておくれよ!」
アヤとシャウはカメの甲羅にしがみついた。ドボンという音と共にアヤ達は海へと入っていった。海ではカメの言った通り普通に息ができた。
海の中にはウミカメが多数泳いでいた。カメのように人型をとっておらず優雅に泳いでいる。ウミガメの他には何もいなかった。
カメが泳ぐスピードは驚くほど速い。泳いでいるというよりは滑っていると表現した方がいいだろう。そのカメの横を龍様が泳いでいる。龍様も泳いでいるというよりは飛んでいる、もしくは滑っていると表現した方がいい。
「速いのね……。」
「わちきはカメの中でだけど水の中は最速だよ!定員は二人までだけどね!」
カメは得意そうに泳いでいる。龍様がともした道をカメは高速で通り過ぎていた。
「んん……結界が変わりやがった……。ちくしょう……。」
龍様は先ほどから何かと戦っている。ゴーグルに移った数字を見ながらぶつぶつつぶやいていた。
「あれは高天原産なのかしら?」
「そうだナ!シャウ!あれはツアーコンダクターが所持する結界探知機なんだナ!龍は凄いんだナ!結界破りの達神なんだナ!シャアアウ!」
シャウは飛んで行ってしまいそうなシルクハットを手で押さえながら楽しそうに微笑んだ。
「結界破りの達神って……ハッカーと同じじゃない……。」
「はっか?」
「もういいわ。」
「ちょっと黙ってろ!加茂!お前はやつらを始末しろ!」
龍様は目を閉じたまま進む。シャウはそっと前を見た。ウミカメ達がこちらに迫っていた。
「なんでウミカメから襲われるんだナ?シャウ!」
ウミカメ達は甲羅から針のような凶器を飛ばしてきた。針は水の抵抗を受けずにまっすぐアヤ達に飛んできている。
「はわわわ……。」
カメは怯えて立ち止ろうとしたが龍様に叱られた。
「進め!怖がんじゃねぇ!結界がコロコロ変わりやがっているから解読できなくなるかもしれねぇ!さっさと行け!」
「うう……。」
龍様の威圧に負けたカメはやけくそでスピードを上げた。
「シャウ!」
シャウは微量な電流を針に向けて放ち、針の軌道を変えた。そのまま通り過ぎるウミカメに触れ感電させる。感電したウミカメは海の底へと沈んで行った。
「殺してはないナ!シャウ!」
まだまだ針は沢山襲ってきている。アヤは飛んでくる針の時間を止めた。
「現世じゃなくて高天原だから時間操作はけっこう簡単にできるのね。」
「やるナ!シャウ!」
シャウは止まっている針をペシッと叩き落とした。
「カメ!そのまま突っ切れ!」
龍様が叫ぶ。カメは頷くとミサイルのように深海に急降下していった。
もうアヤは目を開ける事ができなかった。
「ああああ!」
進んでいる当のカメも速すぎて悲鳴を上げている。これはこれで怖いアトラクションだ。
シャウはこんな状態の中、目を開けていられたらしく、嬉しそうな声を上げた。
「もうすぐ竜宮の入り口だナ!シャウ!ついたナ!……あれ?ちょっとカメ、止まらないと……シャアアアウ!」
シャウの言葉が耳に入っていてもカメにはそんな余裕はなかった。轟音と共にカメ達は地面に叩きつけられた。
「あああああ……。」
運よくカメの甲羅が下になったらしい。音は凄かったが一同に怪我はなかった。アヤは龍様に揺すられてやっとの事で目が覚めた。
「う……な……なんだったのよ……。気持ち悪いわ……。」
アヤはガンガンする頭を押さえながら起きあがる。
「まったくカメのやつ……許容範囲でつっきろよな……。アヤちゃんは無事か。」
「無事じゃないわよ。」
「元気そうじゃねぇか。ははっ!」
龍様はほっとした顔をアヤに向けた。アヤはやれやれと首を振った後、周りをみてみた。
倒れているシャウとカメの前にテーマパークの入り口のような大きな門があった。
龍様は続いてカメを起こしにかかっている。
「わああん。龍様ああああ!」
カメはすぐに起き上り龍様に抱きついていた。
「お前な!許容範囲でつっきれよ!あぶねぇだろうが!」
「ごめんよー。みんなあああ!」
カメはしくしく泣いている。彼女は泣き虫らしい。そんな彼女に龍様はデコピンをしていた。
「龍……なんでシャウの元へは来てくれないんだナ……。待っていたのに……シャウ!」
シャウがシルクハットを直しながら起きあがる。どこにもダメージはなくとても元気そうだ。
「お前は元気だろうが!俺様がなんでお前の心配しなきゃなんねぇんだよ。お前こそ殺したって死なねぇだろうが。」
「ひどいんだナ!アヤちゃん……なぐさめるんだナ!シャウ!」
シャウは近くにいたアヤに甘えてきた。
「よしよし。」
アヤはほぼ棒読みでシャウの頭をなでる。
「元気出たんだナ!さあ!行くヨ!シャアアアウ!」
シャウは急に元気になりステッキで遊び始めた。
「ええ?あんなんでいいわけ?」
アヤが呆然としていると龍様が寄ってきた。
「いいんだよ。加茂は単純だからな。」
「竜宮城……ついたんだねぇ……。」
カメは少しだけ開いている門の隙間から中をうかがっている。
「そういえばここ、息も普通にできるし、海の中って感じじゃないんだけど……。」
アヤはふつうに地面に立っている。口から泡が出るわけでもなく髪がゆらゆらと舞っているわけでもない。
「そうだな。ここは言うなれば海の下だ。」
「海の下?」
「高天原の海はさっきウミカメがいたあたりだけだぜ。」
「じゃあ……ここは……。」
「地上とかわらねぇ。陸地だぜ。」
「高天原って変な仕組みしてるのね。」
「まあ、そんなとこだな。上の海と竜宮の間にデカイ結界が張ってあるのさ。さっきはそれを必死で破ってたんだぜ。ちなみに目の前にある門は龍神が来れば勝手に開くからな。」
龍様が門に向かって歩き出したのでアヤも後ろに続いた。
「これ、上に戻れるのよね?」
「さあ?俺様が死ななけりゃあ大丈夫だがなあ。」
龍様はそう言って楽観的に笑った。
六話
ここは竜宮城の一階玄関部分。床にタイルが敷き詰められている他、特に何もない。
「龍雷、派手にやられたなァ!ははっ!戦争でもしてきたか?」
短い赤髪の女がとなりにいたイドさんに話しかける。女は頭に紫の下地に黄色い龍が描かれている鉢巻をしており、紫色の羽織一枚を前で合わせ、帯で結び、胸が見えないようにしている。下は麻かなにかでできている膝までのズボンのようなものを着ている。パッと見て男っぽい恰好だが胸が大きいため遠くから見ても女性だとわかる。目つきは鋭く荒々しさを感じる。
イドさんはそんな彼女を見ながらため息をついた。
「戦争?一人でですか?それはないでしょう。飛龍。」
「ははっ!自分でやったのか?やべぇぞ!お前!」
赤髪の女、飛龍流女神(ひりゅうながるめのかみ)、飛龍はイドさんの傷をみて笑い出した。
「こんなの自分でやるわけないでしょう?そこまで狂っていません。それからあなた、下品すぎやしませんか?」
イドさんは不機嫌そうに飛龍を睨む。
「下品?このあたしが?馬鹿言ってんじゃねーよ!あたしは上品さ!あっはははは!」
豪快に笑っている飛龍にイドさんは再びため息をついた。
「龍神はどうしてこう気性が荒いんでしょうねぇ……。」
「さあな!てめぇで考えろ!ははは!」
飛龍は日の丸の描かれているうちわでパタパタとあおぎながらひょうたんに入っている酒を飲み干す。
「はあ……僕これからここのオーナーになりましたんで……。」
「オーナーだと?天津彦根神はどうした?ぶっ飛ばしたのか?ははは!」
飛龍は楽しそうに笑うがイドさんからすれば笑い話ではない。
「色々あるんですよ。」
「お前ごときがオーナーとはまあ、ご苦労なこった。」
「そうですねぇ……。」
「あれ?怒らねぇのか?お前と一発喧嘩でもって思ってたんだがねぇ!」
「その勝気な精神は一体どこからくるんですか?」
楽観的な飛龍にイドさんは頭を抱えた。
「千年くらい生きてるから暇なんだよ。スリルってのかな?刺激がほしいんだよな!力が使いてぇ……。暴れてぇ……。あたしが持っているのは男の闘争心と女の強引さ!あたしに勝てる奴がいるなら出て来い!すぐに戦闘不能にしてやる!はははは!」
「ほんと、あなたはいつも元気ですよね。アトラクションの一つでしたっけ?」
「そうだな!強い奴、力がある奴はあたしと戦う!ただし殺しはしない。あくまで試合だ!合意の上でやるルールの決まった戦闘!あたしはそれが好きなんだ!天津がいようがいまいが関係ねぇ!お前がオーナーならこのアトラクションは健在にするよなあ?」
飛龍は赤い鋭い瞳をイドさんに向ける。
「言っても聞かないでしょう?」
「ははっ!ちがいねぇ!龍神の力見せてやるぜ……。」
イドさんは頭を抱えながら歩き出した。
「オーナーの部屋に戻ります。一応アトラクションです。万が一何かあなたがやったら容赦しませんよ。」
「そんときゃあ、あんたと喧嘩か!それもおもしろそうだぜ!あっはははははー!」
大声で笑っている飛龍の声を聞きながらイドさんは去って行った。
アヤ達は大きな門の少しだけ開いている所から中に入った。
「ここはまだ竜宮じゃねぇ。ここは庭だぜ。」
龍様がやる気なさそうにオモチャの骨をふりまわしながら説明する。
「庭……。危険はないのよね?」
アヤはあたりを見回しながら尋ねた。庭と呼ばれた所はまずプールみたいに大きい池がありその周りに現世の遊園地よりも未来的な遊具が数多く置いてあった。アヤには残念ながらその遊具のほとんどがなにをするものなのかわからなかった。おまけに神々がまったくいないためそれらは稼働しておらず何かを予想する事すらできない。
「この辺はまだまだ青臭い神々が遊ぶ所だ。まあ、つまり子供に人気ってとこだな。と言ってもサラブレットのガキしか来ないが……。」
「有力な神と神との子供とかかしら?普通、力がない神々は現世で修行中でしょ?」
「まあ、それもあるが高天原の権力者の元についている神の子供もよく来るな。」
「ああ、力がなくても権力者の加護を受けている神は高天原にいるわね。」
アヤは腕を組みながら歩いている。
「そういうこった。それぞれの権力者、思兼神(おもいかねのかみ)こと東のワイズ、タケミカズチ神こと西の剣王、そして縁神(えにしのかみ)こと北の冷林(れいりん)、いずれの支配下にいれば神格は高天原で保障されるぜ。ただし、冷林側だけは特例しか高天原にいられないな。後は皆、現世で修行中だぜ。それに権力者の土地に住むにはその権力者に合わせないといけないんだぜ。」
龍様は得意げに話始める。
「高天原東なら仲間を想わなければならない。西なら日々鍛錬を積まないとならない。北は特殊でほとんどの神は現世で生活している。」
そこでシャウが会話に入り込んできた。
「そして南はナ!それなりに実力を持った神が個々自由気ままに生きるんだナ!何があっても自己責任なんだナ!自由は多いけどそれが嫌な神は実力を持っていても東や西にいたりするんだナ!シャアアアウ!」
「へぇ……。シャウは南に住んでいるの?」
アヤは楽しそうなシャウに話しかける。
「シャウは南にずっと住んでいるナ!シャアウ!」
「加茂様は竜宮がとっても好きさね。よく遊びに来るのをみていたとよ。」
ニコニコしているシャウの横でカメも口を挟んできた。
「ああ、それと竜宮は高天原南と区別されねぇからな。竜宮は竜宮だ。高天原南にある事はあるがまったく別物だと考えてくれ。アヤちゃんはどこの神のエリアにいるんだ?」
龍様の問いかけにアヤは少し顔を曇らせながら答えた。
「現世にいるわ。どこの神の傘下に入っているかは自分じゃわからないわ。……冷林かしら?」
「まあ、現世にいる神々は傘下に入っている方が少ねぇか。そう考えりゃあ、神格なんて気にしないで現世でゆらゆら生きていた方が楽しいかもな。」
「どうかしらね。現世の神々は高天原の権力者に守られているわけではないから信仰を自分で集めなくちゃならないのよ?昨今の人間は神を信じない人が多いから信仰が集まらず自滅する神も少なくないわ。今の神々はならぬ堪忍、するが堪忍よ。」
アヤは顔を曇らせたまま答える。
「まったく世知辛いぜ。ん?」
龍様は歩みを進めていたが急に止まった。
「皆!しゃがむんだナ!シャウ!」
シャウが突然叫んだのでアヤ達は咄嗟にしゃがんだ。なんだかわからなかったがアヤのすぐ後ろで火矢が刺さっていた。
「なっ!」
火矢は複数本飛んできていて轟々と音を立てて燃えている。
「この火矢……本来なら祭り開始時に飛ばすものだナ!機械で飛ばすオートなメカなはずだナ。シャウ!」
シャウは鉄でできている矢を見ながら分析していた。
「機械のプログラムをおかしくした奴がいるんだろ?竜宮のアトラクションは今、ぐちゃぐちゃなんだよ。」
龍様が誰にともなく話す。その中、アヤはカメがひどく怯えているのに気がついた。
「カメ?どうしたのよ?」
「え?え?別にどうもしないさね!わ……わち……わちきは大丈夫!」
何かあるなとアヤは思ったが火矢が次々と飛んできたため、追及する事はできなかった。
「とりあえず走れ!」
龍様の掛け声とともにアヤ達は走り出した。火矢が耳元をかすれて飛んで行く。
これはまた、当たったらタダでは済まない強烈なアトラクションだ。
「わ、わちき……もう走れないよ!」
カメが早々に走るのを断念し始めた。
「ちっ!しょうがねぇな!カメ、お前の甲羅いったんとって、前に出せ!カメの甲羅の防御力は果てしなく強ええ!甲羅の後ろにアヤちゃんと共に隠れてゆっくりとこっちに来い!」
「わ、わかったよ!」
龍様は作戦を変更した。
「シャウは?シャアアウ!」
シャウは愉快そうに火矢を軽々と避けている。
「お前はそのまま俺様と共に竜宮へ走る!途中、危険なものを発見した場合、すみやかに対処してアヤちゃんとカメを守る事!」
「シャアアウ!」
シャウは雷をまき散らしながら高速で楽しそうに走って行った。
「まったくあのヤローは……どんだけ竜宮好きなんだよ。」
龍様もシャウを追いかけて走って行った。
「ごめんね。アヤ。わちき水の中以外はこんなもんなんよ……。」
「いいわよ。私だってあんな化け物達の横を走れるなんて思ってないわ……。」
カメの甲羅が飛んできた火矢をすべて叩き落としている。
「それよか、あれなんね……。甲羅をとると落ち着かないってゆうか……。背中、おかしくなってしまうわ……。」
「リュックとるのと同じ原理に見えたんだけど……。」
「違うんね!これは身体の一部さね!」
「そうね。ごめんね。」
カメが興奮気味に言うのでアヤはとりあえずあやまっておいた。
その直後、アヤの頭に何かの映像がよぎった。
……な、なに?
映像は黒髪短髪の若い男の子が浴衣を着ていて、今アヤ達がいる場所を悠々と歩いていた。雰囲気は今とはまったくの逆でとても賑やかで他の神々は楽しそうに笑っている。男の子の隣にはシャウがいた。
―僕が高天原の竜宮なんかに行っていいの?―
男の子がシャウに話しかけている。
―いいんだナ!シャウ!―
シャウはケラケラと笑っていた。これは一体なんなのか?アトラクションの一部か?
そうも思ったがアヤはシャウの隣にいる男の子を知っていた。
「……あれは……私の前の時神……先代……立花こばると……。彼は私と入れ替えで死んだはず……。」
「アヤ?どうしたんだい?いきなり!……ボーっとしている場合じゃないんだよ!」
カメに呼び掛けられアヤは我に返った。それと同時に映像も消えてしまった。
「なんだったのかしら?」
「何がさ!」
カメが不思議そうにアヤを見ているのでアヤは首を傾げる他、することがなかった。
……カメには見えていない?
アヤはカメと共にゆっくり進みながら考える。あの映像がなんなのかアヤにはなんとなく予想がついていた。
……彼はもうこの世にはいない。私がみたのは彼の記憶……?いや、彼は頭の中の映像にはっきりと映っていた。彼の記憶なら彼は映像に映ってこないはず。ということは彼でもシャウでもない第三者の記憶、もしくは……―
アヤは目の前にそびえる竜宮を見つめる。
……竜宮の記憶……
ごくまれに建物が記憶を見せる事があると言う。歴史の深い建物ほど何かを語りかけてくるそうだ。
「……まさか……ね。」
アヤがそうつぶやいた時、シャウと龍様がどうしてか慌てて戻ってきた。
「やべぇ!水が襲ってくるぜ!」
「あれは滝壺ライダーのお水なんだナ!シャウ!」
二人は興奮気味に話す。シャウはおそらくアトラクションの名前を言ったのだろう。
「どういうこと?」
「アヤ!前!前ええ!」
カメが急に騒ぎ出したのでアヤはシャウ達から目を逸らし、前を向く。
「……え?」
目の前には勢いよく流れてくる水。大雨の後の川のようだ。
「飲み込まれるナ!シャウ!」
「またも滝壺ライダーっていうアトラクションの機械をおかしくした奴がいるみたいだぜ……。どーすんだよ……。」
シャウと龍様は途方に暮れていた。
……滝壺ライダーって何を主にするアトラクションなのかしら……
と思いながらアヤは冷静に言葉を口にする。
「まったく青天の霹靂ね。私が時間を止めればいいのよね?あの水の。」
「それはいいアイディアなんだナ!」
シャウは待ってましたとばかり声を上げた。おそらくそうしてもらいたいがために彼らは戻ってきたのだろう。アヤは襲い来る水に向かい、手から鎖を出した。鎖は勢いよく流れてくる水にまきついていく。
「おお!これが時間を止めるってやつか!」
龍様が感動のまなざしでアヤを見てきた。
アヤは構わず巻きついた鎖を一瞬で消した。消した瞬間にもう水が動くことはなかった。流れゆく水はそのまま氷漬けにしてしまったかのように動きのあるまま停止している。
「高天原は人間が関与してないから時間操作がけっこうできちゃうのねぇ。」
「おお!すっげぇ!水の上歩けるぜ!」
龍様はさっそく水の上で遊んでいる。
「待つんだナ!シャウも乗るんだナ!おお!鉄とかの上に乗ってるみたいなんだナ!シャウ!」
シャウも龍様の後を追い、遊びはじめた。
「わちきはちょっと怖いわあ……。流れる水の上を歩くなんてねぇ。」
カメは怯えながら水に足をつける。
「……んー……なーんかいつも緊張感がないわね。」
アヤは頭を抱えながらはしゃいでいる彼らの後を追った。しばらく歩くと水流の先が見えた。
水は竜宮城の石垣にある大きなパイプから噴射されたらしい。アヤのおかげで水は石のように止まっている。
「よっと。」
龍様は水流から飛び降りた。続いてシャウも飛び降りる。
「ちょっと!ちょっと!加茂様!龍様!わちきはこんな高い所から降りられないよ!」
カメは水流の高さに戸惑いながらアヤを見た。アヤ達は地面から十メートルほど高い所にいた。
「そのまま飛び降りろよ!たぶん死なねぇから!」
龍様は気楽にカメに手を振る。
「シャウが受け止めるんだナ!シャウ!」
シャウはためた電流がマックスになったのか差し出した手がビリビリと光っていた。
「龍様はあてにならないし加茂様は感電死するパターンじゃないかい……。」
カメはぶつぶつつぶやきながら再びアヤに目を向ける。
「私も手荒な降り方しかできないわよ。」
「ええーっ……。」
カメは蒼白になっていたがぐずぐずしていたのでアヤはカメの手をとり素早く飛び降りた。
カメが声にならない叫びをあげている中、アヤは一瞬だけ自分達に時間停止をかけた。
「っ……とと。」
時間停止により速度が落ちてアヤ達は地面からジャンプして降りたくらいの衝撃で着地した。
「ふ……フリーフォールというアトラクションがあるのは知ってるよ……。わちきはこのたぐいは苦手なんだよぉ……。」
フラフラしているカメに龍様が後ろから首筋に水を垂らす。
「……!」
カメは驚いて腰を抜かしてしまった。アヤがため息をついた時、龍様が満面の笑みでこちらを向いていた。
「ははは!ざまーみろぉ!」
「もう!龍様!」
カメは涙目で龍様を追い回す。逃げている龍様はとても楽しそうだ。
どこかのバカップルに近い。
「レッツゴーなんだナ!シャウ!」
シャウはさっさと竜宮の玄関付近に行ってしまった。アヤはカメと龍様を放っておいてシャウに続いた。しばらくしてから飽きたのか龍様とカメが戻ってきた。
……なるほどこの二人はこうやって扱えばいいのか。
アヤは新たな打開策を見つけた。
「で、本題に戻るけど竜宮はこの自動ドアから入ればいいのかしら?」
竜宮は日本のお城だ。そのお城に場違いな自動ドアがついている。アヤ達はその自動ドアの前にいた。
「そうだぜ。ここからはツアーコンダクターの俺様が……。」
「シャウ!一番乗りだナ!シャアウ!」
龍様が先を言う前にシャウは堂々と自動ドアから中に入って行った。
「……こほん……。まあ、あいつはいいや。まず入るとロビーが広がっている。タイルが敷き詰められた部屋。別に何があるわけでもない。問題は二階からだ。そしてこの竜宮には壱ノ丸、弐ノ丸、参ノ丸がある。ここは壱ノ丸。オーナーの部屋は立ち入り禁止区域の参ノ丸にある。……その前にだ。ここ、壱ノ丸の二階にはちょっとやべーのがいる。たぶんかわせないだろうから……。まあ、とりあえず入るぜ。」
龍様は説明に飽きたのかアヤ達を中へと誘導した。中は確かにタイルが敷き詰められたロビー。
受付の台などはあるが受付嬢などはいない。
「……受付の龍神とかいなくなってしまったさね……。」
「商売ができねぇからなあ。商売できる環境になったらまた戻ってくるんじゃねぇか?」
カメと龍様が業務会話をしながらシャウを探す。シャウは二階の階段を指差しながら手を振っていた。
「シャウは元気そうね。」
「あいつはなんか、竜宮に思い入れがあるらしいぜ。」
「ふーん……。」
アヤがなにげなくシャウを見ているとまた先程の感覚が襲ってきた。
同じ空間なのだがカメや龍様はいない。竜宮の受付にはちゃんと龍神がいて神々が中に入る手続きをしている。またアヤの目の前にシャウと先代時の神、立花こばるとが映る。
―シャウはこの帽子気に入ったナ!シャウ!―
シャウが今より新品なシルクハットを撫でている。
―ほんと?それはよかったよ。いま、現世ではさ、その帽子がはやっているんだよ。僕には似合わないから。―
こばるとは楽しそうに笑っていた。
―現世は今、とっても進歩していると聞くんだナ!神の力、雷、電気を使おうと人間がしているんだナ!シャウ!―
―こないだ、はじめて電気が灯ったんだよ。三月の二十五日!―
ここまでの会話を聞き、アヤはこれが過去の記憶なのだとはっきりとわかった。
電気が日本に入ったのは明治時代だ。
―電気が灯ると日本は明るくなるんだナ!シャウ!―
―そうだね。これから楽しみだね。僕に後どれだけの寿命があるかわからないけど。―
―今は楽しむんだナ!シャウ!―
シャウはこばるとの手をひいて走り出した。
―そうだね。今はね……。あと……どれくらいで君と遊べなくなるのだろう……
僕にはわからないや……―
そこでまたアヤは我に返った。
……一体……何?私にこんなのを見せて何がしたいのよ……
「おーい。アヤちゃん、ぼーっとしてんなよー!おいてくぜぇ!」
「アヤ!わちきだって行きたくないんだよ……。でも頑張ろうよぉ……。」
龍様とカメはいつの間にか階段の前にいた。シャウはぼうっとしているアヤをみてかすかに微笑んでいた。
アヤはぼうっとする頭を横に振ると龍様達の元へと歩いて行った。
七話
アヤ達は階段を登り、二階へ到達した。二階はどういうことか大きなスタジアムになっていた。
おそらく闘技場だろう。
闘技場の真ん中には赤髪の女が立っていた。
あまり手入れされていない髪と龍が描かれている鉢巻、目は赤く鋭く、手にはひょうたんと日の丸うちわが握られている。
「よう!客か?受付がいねぇせいか客がこねぇんだよ。って、カメにツアーコンダクターと加茂かよ。」
女はあきらかに嫌そうな顔をむけた。
「ひっ……飛龍様……いたんだね……。わちき……死んだわ。」
カメはガクガクと震えながら龍様の後ろに隠れる。
「カメ、あんたな、いっつも思うけどよ、口悪いんだよ!ぶっとばすぞ!」
飛龍の眼力と凄味のある声にカメは完全に委縮していた。その手前にいた龍様も委縮している。
「お、落ち着けよ。飛龍……。お前、カリカリしすぎじゃねぇか?」
龍様は飛龍をなだめる。その横でシャウは闘技場の砂でお絵かきをはじめていた。
「はっ!あたしはそのカメにお仕置きしなきゃなんねぇんだよなあ。勝手に現世に行って、しかもアトラクションをいじりやがった。許される行為じゃねぇよなあ?」
飛龍の言葉にカメが青くなる。
「おい、アトラクションをいじったのはお前なのか?」
龍様が小声で後ろにいるカメに話しかけた。
「……そうさね……。わちきさね……。飛龍様やオーナーの目を盗むため、やったんよ。どうしても現世に行かなきゃならなくてねぇ……。」
カメも小声でつぶやいた。
「お前、バカか!んなことやったら龍神から袋叩きだぞ!しかも飛龍にバレた。こいつはやべぇ。」
龍様はいままでで一番厳しい顔つきでカメを睨む。
「……あやまってすむ問題じゃないさね……。でもわちきは現世に行きたかったんよ……。わちきは……。」
カメが泣きはじめたので龍様は慌てて飛龍に向き直った。
「お、俺様がやれって言ったんだ!アトラクションをおかしくしろって!」
「なんのためにだ?」
飛龍は日の丸のうちわで自身をあおぐ。
「えーと……オーナーがいなくなった理由を調べるためだ!」
「そりゃあ、おかしな話だ!ははっ!アトラクションがおかしくなったときはまだオーナーはいたんだぜ?」
飛龍の笑い声が響くと同時に龍様の頬に汗がつたいはじめる。
「シャウがやったんだナ。シャウ!」
沈黙をやぶったのはシャウだった。
「へぇ?お前が?」
「カメを現世に連れて行くために龍神の目をごまかさないといけなかったんだナ!シャウ!」
「なぜだ?」
飛龍は笑いながら聞き、シャウは落ち着いて話しはじめる。
「現世でこの時神ちゃんを見つけるためだったんだナ!シャウ!」
シャウは事の成りゆきを黙って眺めているアヤを指差した。
「お、おいおい。」
龍様が口出ししようとしたがシャウは華麗に止めた。
「ちょうど鶴があいてなかったのでカメに龍雷水天の居所を聞こうと思ったんだナ!よく現世にいるって聞いたしナ!シャアウ!」
「どうして龍雷が出てくる?」
「彼はこの時神ちゃんと友達っぽいんだナ!もしかしたら龍雷水天が彼女の居場所を知っているのかナと思ったんだナ!シャウ!」
「そんなに時神が恋しいのかよ?」
飛龍はにやにやと笑いながらひょうたんに入ったお酒を飲んでいる。
「そうなんだナ!シャウ!」
シャウも楽しそうに笑う。先程から龍様はそわそわとしている。
「よくもまあ、あんな大嘘がつけるもんだよな……。」
「加茂様のおかげで助かるさね……。」
龍様とカメは完全に大嘘だと思っているらしいがアヤは何かひっかかりがあった。
「まあ、いいや!それより新オーナーが現れてねぇ!ここのアトラクションをあたしに勝てなきゃ通れないってしたらしいんだ。」
「なんだって!新オーナー?」
飛龍の言葉に龍様達は驚いた。
「あれー?知らねぇのか?オーナーは龍雷になったらしいぜ?」
「イドが!?」
アヤはカメと目を見合わせた。
「なんでまたあいつが……。」
龍様は頭を抱えて唸った。
「とりあえず!あんたらはあたしに勝てなきゃ通れないんだぜ?試合だ!さっさとやろうぜ!ははっ!」
飛龍はアヤ達を見回した。
「飛龍は強ええ……俺様一人じゃ勝てねぇ。加茂!カメ!そしてアヤちゃん!協力しろ!」
「相手は女の神みたいだけど……。」
アヤの発言に龍様は焦った声をあげる。
「たしかに男と女じゃ力の差はあるぜ。だけどな、それは物理的な力だ。俺様が言ってんのは神としての力。あいつの場合、龍神としての力だ。あいつの神格は高いわけじゃない。色々と分野があるんだ。だから神格が上でも戦闘に関しては弱い奴もいる。奴は戦闘が得意な神がだいたい持っている火の力と雷、水の力を持っている。だから戦闘に関しては天才的に強い。」
「……なるほどね。じゃあ、あんまり迂闊にぶつかるのはダメだわ。生兵法は大怪我の元。」
「なんでそんな古臭いことわざを知ってるんだよ……。」
龍様のため息にアヤはきっぱりと答えた。
「暇な時に辞書を開くようにしているの。」
「そりゃあご苦労な事で。」
龍様は飛龍に向き直った。
「おい。話は終わったか?じゃあ、試合を開始するぜぇ!」
飛龍は腕を上にあげた。するとアトラクションの一部なのかアヤ達の身体に緑の光りが動きはじめ、頭の上でラインとなって止まった。
「なによ。これ。なんか緑の光りが頭についているんだけど……。」
「これはアトラクションだ!ははっ!ヒットポイントってやつだよ!ゲームでいうところのHP!攻撃をうけると頭のついている緑のラインが減っていく。緑のラインがなくなったら負けだ。単純だろ?」
飛龍はアヤに親切に説明する。
「そうね。実に単純だわ。」
「じゃあ……いくぜぇ!」
飛龍が先に動いた。動いたというか消えた。
「シャウ!」
シャウがほぼ反射的に飛び上がる。気がつくとシャウが立っていた地面が陥没していた。
「はわわわ……。飛龍様……。」
カメは横で甲羅に隠れて怯えていた。
「アヤちゃん!後ろだぜ!」
「え?」
龍様が声をかけてくれたがアヤには動くことができなかった。この前まで普通の高校生だった彼女には厳しい反射だ。慌ててシャウがアヤを抱き上げ避ける。風の斬撃がシャウ達を通り過ぎていった。
「風の力で速く動いているんだナ!シャアウ!」
「無事か……。よかったぜ。」
気がつくと龍様のまわりに竜巻と呼んでもいいくらいの風が砂埃とともに舞っていた。
「危ないんだナ!死ぬんだナ!シャアウ!」
「縁起でもねぇ事言うんじゃねぇよ!」
シャウは心配していたが龍様は落ち着いていた。頭についていたゴーグルを素早く目にかける。
近くにいるカメはひたすら甲羅を盾にして隠れている。
「これが機械的なシステムだとしたら飛龍にもHPのラインがあるはずだ。俺様がそのシステムの数字を見つける。そうすりゃあ、奴がどこにいるかわかるぜ。これはゲームだ。実戦じゃねぇ。」
「さ、さすが龍様さね!わちきは動けないよ……。」
「ほんっと使えねぇ使いだぜ……。……それからツアーコンダクターをなめんな……飛龍。」
竜巻はひどくなっている。別のところにも小さな竜巻ができはじめた。その中を飛龍が駆け抜ける音だけが響く。
シャウとアヤのまわりに今度は火柱が立ちはじめた。シャウはステッキをライフル銃のように構え、杖の先端から電気の塊を飛ばしている。しかし飛龍が速すぎて当たらない。
「私の時間停止も効かないわ。目で追えないんだから無理。」
アヤはふぅとため息をついた。その時、また先程の感覚が襲ってきた。
……何よ……だから何なのよ……
目の前に闘技場が映る。今とは違い、沢山の観客がいる。目の前に飛龍が立っていた。
―加茂か?あんたも好きだなあ。―
飛龍がニヒヒと嘲るように笑っている。シャウも楽しそうに笑う。
―今日はお友達と来たんだナ!シャウ!―
―あ……えっと……どうも。―
シャウが手を出した先に立花こばるとがいた。
―どうでもいいけどよ、今日は観客がすげーんだ!楽しいだろ?さっさとやろうぜ!―
飛龍が素早く動き始めた。
―ええ?いきなりはじまるの?―
―そうなんだナ!シャウ!―
シャウはこばるとの手を引きながら走り出す。シャウ達が立っていたところにいきなり火柱がたった。
―わあ!すごいね……。速すぎてみえないよ……。―
―大丈夫なんだナ!たぶん。シャウ!―
―大丈夫なの?本当に?―
楽しそうなシャウにこばるとがため息をついた。そこまで見た時、映像が遠のいていった。
アヤの目の前にあった映像は跡形もなく消えてしまった。
「消えた……。」
アヤはまた我に返った。気がついたら雷を纏った水の柱がうねりをあげて襲ってきていた。
「シャウ!」
シャウは飛んできた水の柱をひらりとかわす。龍様はもう相手を捕捉したのか一方向に走り出していた。竜巻をものともしていない。
「俺様だって一応、風雨の神だぜ。風くらいなんとかなるぜ!おっと!」
雷を纏った水の柱が龍様に向かい飛んできていた。龍様はぎりぎりで避ける。
「あんぎゃ!」
ふと後ろから変な声が聞こえた。
「しまった!カメ!」
龍様は気がついて叫んだが遅かった。カメは龍様が避けた水の柱にぶつかりスパーンと音をたてながら飛んで行ってしまった。
「うわーん。龍様―!」
カメはぐずっていたが無事のようだ。甲羅がクッションになって落下の衝撃を和らげたらしい。
意外に丈夫だ。しかし少し頭の上のゲージが減ってしまっていた。
「ああ、わりぃわりぃ。本当に最強の防具……」
龍様が最後まで言い終わる前に電気を纏った水の柱が龍様に激突した。
「ぐあっ!」
「龍!シャウ!」
シャウは龍様を呼んだが龍様は遠くに飛ばされ背中を打ちつけて落下した。
「いってぇえええ!馬鹿ヤロー飛龍!これ、死ぬぜ!」
龍様はよろよろと起きあがった。頭のゲージはかなり減ってしまっている。
「一発であれって飛龍、なかなか本気なんだナ……。シャウ。」
「私はあのカメの防御力の高さがすごいと思うわ……。同じ攻撃をくらった龍があんなにゲージ減らされているのに……。」
シャウはやれやれと首を振っているだけだがアヤには単純に恐怖だった。あれに当たったらタダじゃすまない。
……はっきり言って私はカメよりも弱い。シャウと龍がいなくなったら自分は確実に終わる。
ゲームと言っているが死んでしまうかもしれない……。
「……なら!」
アヤはいきなりカメに向かい走り出した。
「ああ、アヤちゃん!危ないんだナ!シャウ!」
シャウがアヤを追おうとするがアヤとシャウの前に火柱が立ったのでシャウは後退するしかなかった。
「なんだあ?あたしに向かってくんのはツアコンだけか?あっはははは!」
飛龍の動きに合わせて龍様もスピードを上げて動く。
「飛龍……話が違うぜ……。今のはアトラクション用の攻撃じゃねぇだろうが!」
「難易度が上がったんだよ!龍雷が許可したんだ!あいつ、情緒不安定なんかね?最初と言っている事が違うんだよな!最初は怪我させない程度の攻撃で行う事。で、さっきは死なない程度の攻撃で行う事!死なない程度って事は怪我はいいんだよな!ははっ!」
「龍雷がそんなやべぇ攻撃を許すと思うか?」
龍様は飛龍に向かい、水の槍を出現させかざす。
「さあね!あたしの知った事じゃねーな!ははっ!」
飛龍の鋭い蹴りが龍様を打つ。龍様は素早く水の槍で飛龍の足を弾いた。水の槍はそのまま龍のようにうねり飛龍に向かい飛ぶ。
「返してやるよ!」
飛龍は水を手から吸収すると龍様の水を倍にして返した。
「うおわ!まじかよ……!」
龍様は全力で逃げ始めた。
「なんだよ!逃げんのか?あははは!……ん?」
飛龍は咄嗟に後ろを向いた。しかしもう遅かった。飛龍の身体を強力な電流が走り抜けた。
「うあああ!」
飛龍は膝をついてシャウを睨みつけた。シャウの杖先は少し焦げていて煙が出ている。
「けっこう効いたみたいなんだナ!シャウ!女の子だからゲーム上、傷がつかない程度の電流にしたんだナ!ゲージを減らすためだけなんだナ!シャウ!」
「……へっ。相変わらずだな。優しくされんのは嫌いじゃないぜえ!ははは!」
飛龍はシャウにカマイタチをぶつける。シャウはきれいに避けたが後ろから迫る炎に身体を貫かれた。
「シャアアウ!げ、ゲージが減っちゃったんだナ……。シャウ……。」
シャウの背中は焼け焦げていた。ゲージの減り具合はそうでもないが火傷を負ってしまったらしい。飛龍はにやりと笑うと龍様を潰しにかかった。
その間、アヤはカメの元までたどり着いていた。
「アヤ?どうしたのさ……。わちきは隠れる事で精一杯だよ……。」
カメの不安そうな声にアヤは冷静に話しはじめる。
「いいのよ。そのまま隠れてて。私も一緒にいれて。」
「い、いいけど……。龍様も加茂様も押されてるみたいさね。」
「それなんだけどね。私、戦闘はダメだけど彼らのゲージを回復する事ならできそう。」
アヤの言葉にカメは嬉しそうにこちらを見た。
「何するさね!」
「飛龍の動きが速すぎて目に追えないから動きを止めたりすることはできないけど龍達は見えるでしょ?あのゲージを攻撃される前に戻すのよ。」
「そんな事できるのかい?」
「たぶん。現世だと人間の数とか建物の歴史とかが邪魔して時間の戻しはできないけどここは高天原でなおかつ、ゲームのゲージ。歴史の修正はほとんどないし、龍達の時間を戻すわけじゃないから大丈夫。」
アヤはそっと手を前に出した。飛龍の攻撃はすべてカメが持つ甲羅に弾き返されている。
アヤがゲージに向かい鎖を巻きつける。ゲージが一端消えたが龍様達に影響はない。そしてアヤが手を握った時、ゲージは満タンの数字に戻った。
「なっ!……ははっ!やってくれるねぇ!」
飛龍は一瞬驚きの表情を見せたがすぐに笑い出した。
「おお!こりゃあすげー!」
「シャウ!」
龍様とシャウは元気になりいつもの調子を取り戻したらしい。
「あははは!思い出すなあ!加茂!あの時の時神も同じ事をやりやがったよな!」
「そうなんだナ!シャウ!」
飛龍の言葉にシャウは笑い出した。
「おい!加茂!笑っている場合じゃねぇぞ!今がチャンスだ!たたむぜ!」
龍様がシャウをつつく。シャウは元気よく頷いた。
「そうはさせねぇんだよ!なら、一瞬で戦闘不能にしてやるよ!ははは!」
飛龍は大声で笑うとひょうたんの酒を飲みほした。刹那、飛龍のまわりで炎と風が舞い始めた。
「!」
気がついた時には飛龍は真っ赤な龍へと変身していた。日本で昔から描かれているあの龍と外見は同じだが飛龍というだけあり、背中に大きな翼が生えている。
威圧感が空気を震わせていた。
「飛龍の龍バージョンかよ……。厄介だぜ。……うわあ!」
「危ないんだナ!シャウウ!」
飛龍はいきなり翼を大きく動かし龍様とシャウを飛ばした。龍様達はアヤとカメがいる位置まで吹っ飛ばされた。
「龍様、加茂様、大丈夫さね?」
「カメ!あいつなんとかできねぇか?」
「できない!できない!無理無理!わちきにやれなんて……。龍様が龍になれば……。」
「ここで俺様が龍になったらお前らタダじゃすまないぜ?巻き添え食うだけだ。」
龍様は青くなっているカメをおもちゃの骨でいじめている。そんな事をしている間に飛龍がアヤ達に向けて火を放った。ハンパのない灼熱がアヤ達のまわりをまわる。
「あ!あっつい!」
「ちょっと!まわり火で囲まれちゃったわ。どうすんのよ!」
アヤは焦った。火の海で囲まれている上から飛龍が覗きこんでいる。何をされるのかわからないがこのまま突っ立っていたら一撃の攻撃をくらうかもしれない。
「とりあえず消火なんだナ!シャアウ!」
シャウは龍様の背中を叩く。
「ああ、わかっ……。」
龍様がそこで言葉を切った。飛龍が口を開けてこちらに向かい飛び込んできていた。鋭い牙がギラリと覗く。シャウは慌てて電撃を放つが質量共にかなり大きくなった飛龍には効かなかった。
「ちっ!カメ!甲羅よこせ!」
「ああ……わちきの……。」
龍様は乱暴にカメの甲羅を奪うとかざした。すると強力なシールドがドーム状に覆いはじめた。
「ほんっといつも思うがお前のこれはすげぇよな……。」
飛龍はシールドを破ろうと噛みつくがシールドはびくともしない。
「だけどこれじゃあ、何にもできないんだナ!シャウ!」
「確かにそうね。飛龍を抑え込めているだけだわ。」
シャウの言葉にアヤは同意を示した。飛龍は噛みつくのを諦め、続いて灼熱の炎を吐きはじめた。
「これはキツイぜ……。シールドは物理的なものを避けるだけだ。逃げるぞ!」
「どこに?まわりは火の海なのよ!」
アヤ達はまたピンチに陥った。
「とりあえず俺様が水の槍で突破口を開くからあいつの炎が来る前に火の海から脱出だ!」
龍様はそういうと一端、シールドを解いてしまった。飛龍は待ってましたとばかりの勢いで尾を鞭のようにしならせアヤ達を薙ぎ払った。
「しまっ……」
アヤ達は重い打撃を食らい、横に吹っ飛ばされた。風の音か轟音は聞こえたがアヤは不思議となんの衝撃もなかった。
「いったたた……。」
アヤは頭を抱えながら起きあがった。
……あれ?なんで私これだけですんでいるわけ?なんで生きているの?
アヤはかすり傷程度しか負っていなかった。闘技場の隅っこまで吹っ飛ばされたらしいのだが……。
目の前を見るとシャウが倒れていた。
「シャウ!しっかりしなさい!」
アヤと対するシャウは身体から血を流している。傷はかなり重そうだ。
「う……うう……アヤちゃん、無事でよかったんだナ……。シャウ……。」
シャウのゲージはもうほとんどゼロに近い。なぜこんなにアヤとの差があるのか少し考えたらすぐに答えが出た。
「あなた、私をかばったのね……。」
「まあ……こういうのはそういうもんなんだナ……。シャウ……。」
シャウはフラフラと倒れそうになりながらも立ち上がる。
「……。」
「アヤちゃん、そんな悲しい顔はダメなんだナ。シャウは大丈夫なんだナ!シャウ!」
アヤの曇った表情をみてシャウが空元気でしゃべりだした。
「……こんな事をアトラクションでやっているの?」
「違うんだナ……。昔は……こんなんじゃなかったんだナ……。でも飛龍はおかしくないんだナ……。おかしいのはオーナーなんだナ……。シャウ……。」
シャウは笑っている飛龍を見ながら言葉を紡ぐ。
「そうだな。俺様だったらこんなアブネェのツアーのオプションにも入れないぜ……。」
シャウの横には同じくボロボロな龍様がいた。龍様も後、何かしらの攻撃をもらったらゲージがゼロになってしまうだろう。
「うわああん……。もうやだよぉ……。」
そのさらに隣で泣きじゃくっているカメが映る。カメはほとんど無傷だ。龍様が素早くカメに甲羅を返してあげたらしい。
「俺様な、ちょっと良い事思いついたんだ。」
「何だナ?シャウ!」
「ここに海を出現させる。」
「だけどあれはアヤちゃんとかカメを巻きこんじゃうナ!シャウ。」
龍様とシャウはこそこそと話しはじめた。
「大丈夫だぜ。アヤちゃん、カメ。今からここに海ができる。アヤちゃんはカメに捕まって海を回避、その後、アヤちゃんがカメのすぐ下の部分だけ時間を止める!いいな!」
龍様は今度、アヤとカメの方に目を向けた。
「……何するか知らないけど……従うわ。」
「海?そうかい!龍様は海神でもあったんさね!」
カメは感動のまなざしを龍様に向けた。
「さっさとやるぜ。カメ、ぼさっとしてんじゃねぇよ。」
龍様が静かに目を閉じた。どこからかさざ波の音が聞こえはじめる。さざ波はどんどん大きくなり、闘技場から海水がどこからともなく吹き出しはじめた。海水はどんどん多くなり、闘技場を埋め尽くすほどになった。アヤはカメに捕まり海に浮く。シャウは雷神が持つと言われる雷雲に乗っていた。龍様は一人海の中だ。海は高波へと変わった。
飛龍は先ほどから海の上を飛行している。出方をうかがっているようだ。
「飛龍……俺様に喧嘩を売った事を後悔させてやるよ……。」
海全体から龍様の声が響く。飛龍が動き始めた瞬間、龍様の高波が生き物のように飛龍に纏わりついた。もがく飛龍を海へと引きずり込む。
「アヤちゃん、時間を止めるんだナ。シャウ!」
「わ、わかったわ。」
シャウの言った通りにアヤはカメの下だけ時間を止めた。これでカメは海の上に乗っている感じになった。
「いまだ!加茂!やれ!」
「シャアアアウ!」
龍様の声に従い、シャウは思い切り電流を海に流した。まぶしいほどの電流が海を埋め尽くす。一体、どれだけの電流を流したかわからないが普通の人間なら足をつけた瞬間に死ぬに違いない。
「よし!」
龍様の声がまた響く。
「龍はカメの下にいるんだナ?シャウ。時間の止まった海の中にいるから電流が来なかったんだナ!カメも時間の止まった海の上にいるから電流が来なかった!考えたナ!シャウ!」
シャウが興奮しながら語ってくれたので龍様が何したかったのかがよくわかった。
海は静かにゆっくりと退いて行った。どこに消えたのかはわからないがしばらくしたら元の闘技場に戻った。
目の前には黒焦げになった飛龍が人型で倒れていた。ゲージはゼロだ。
……勝った!
アヤはそう確信した。
「勝った……ぜ!あー……危なかった。」
「さすが龍様と加茂様さね!」
「今ので電気なくなっちゃったんだナ……。シャアアウ!」
龍様達は喜びを分かち合ったが先程から飛龍がまったく動かない。
「ちょっと、喜ぶのはいいけどあの神、大丈夫なの?」
「加茂が本気だったからな……。死んではいねぇと思うが……。」
アヤ達は恐る恐る飛龍に近づく。
「ごめんなんだナ……。怪我……しちゃったのかナ……。シャウ……。」
シャウが飛龍に手を伸ばした時、飛龍がむくりと起きあがった。
「すげー技放ちやがって……。お前ら、本気だったろ?試合だって言ってんだろうが!」
飛龍はとても元気そうだった。
「お前がはじめにルール破ったんじゃねぇか。」
龍様は飛龍を睨む。
「はあ?何言ってんだ?あたしはね、オーナーの指示通りに動いただけなんだぜ!死なない程度だろ?加減が難しかったが結果、お前ら死んでねーじゃん?お前らの攻撃はまじで死ぬかと思ったわ!」
「悪かった。お前なら死なないなと思ったからよぉ……。」
龍様は若干汗をかいている。
「ごめんなんだナ……。シャウが悪いんだナ……。シャウ……。」
シャウも汗をかきながらあやまっている。
「くそっ!くそっ!さっさと出てけ!うわああん!馬鹿ヤロー!馬鹿ヤロー!龍に食われちまえ!くそったれ!」
飛龍は突然泣き出した。
「な、なに?どうしたのよ……。」
「……飛龍はところどころに女の子が混ざるんだよなあ……。こうなった時、思い切り暴力ふるっちまった俺様達はどんな顔をしてりゃあいいんだよ……。」
「とりあえずあやまって落ち着いたところで後日、チョコレートでもあげて……シャウ!」
「それしかねぇか……。あと……酒か。」
シャウと龍様は大きなため息をついた。
……チョコレートと酒って……おじさんなのか少女なのかわかんないじゃない……。
アヤは黙って頭をかいた。
八話
ここは三の丸。オーナーの部屋。特に何かあるわけではなく畳に座布団、机のみ置いてある。
「お前はあの時、加茂に救われたんだったなあ?」
「一体いつの話をしているんです?」
龍水天海が距離をおいて座っているイドさんに笑いかける。
「またも加茂がやってきているなあ?」
「今回は関係ありませんよ。彼は私用で来たみたいですから。」
「嘘をつくな。」
龍水天海がやけに低い声を出し消えた。そしていつ移動したのか気がついたらイドさんの前で仁王立ちしていた。
「嘘じゃないですよ。あなたは僕がけしかけたとか思っているようですが彼はたまたま来ただけです。……っう。」
龍水天海がイドさんの腹を思い切り蹴り飛ばした。
「薬は誰に塗ってもらったんだあ?ああ?」
「か……カメですよ……。龍神ですからカメを呼ぶのは当然でしょう?」
イドさんはこちらを睨みつけている龍水天海を腹をおさえながら見つめる。イドさんの腹の傷は傷口が開いたのか血が滴っている。
「お前!拙者の事を話したのか?」
龍水天海はまたもイドさんを蹴り飛ばす。イドさんは痛みに顔をしかめながら苦しそうに口を開いた。
「は、話しているわけないでしょう……。」
「じゃあなんでカメの他に加茂と流河が来ているんだあ?」
「加茂の考えている事はよくわかりませんがツアーコンダクターを呼んだのは竜宮城に入りたかったんでしょう?」
「なんで奴らは竜宮に入りたかったんだあ?」
「簡単な事ですよ。竜宮が閉鎖されたからです。閉鎖されたら心配になるでしょう?」
「……!?」
イドさんの言葉に龍水天海の顔から血の気が引いた。
「あなたは一体何に怯えているんです?前オーナー、天津を消した時もアトラクションがおかしくなり怯え、竜宮を閉鎖したでしょう?で、今度は竜宮が閉鎖されたことを心配した者達が乗り込んできている事に怯えている。僕はあなたの心を読むことはもうできません。ずいぶん前の事ですからね。」
「黙れよ。奴らが来たらお前が始末しろ。いいな?わかったよなあ?」
龍水天海は嘲笑しながらイドさんを蹴り続けた。
「さて。この怪我どうしたもんかな。困ったもんだぜ。動けねぇ……。」
龍様は闘技場の真ん中でへたり込んでいた。シャウも同じくらいのダメージを受けたはずだが彼はとても元気である。
「加茂様は化け物さね……。」
「シャアアウ!」
カメは重い傷口をなんとも思っていないシャウをオロオロしながら見ている。
「怪我か……。やっぱり私がやるしかないのかしら。」
アヤは一人迷っていた。自分の身体をいじる事は十五分程度なら可能だが他人は難しいかもしれない。自分は時神なので歴史は止まっているが彼らの歴史は常に動いている。歴史のつじつまを合わせるのが大変なのだ。故に時神は他人の時間をいじる行為はできないという事になっている。アヤはうーんと唸っていたがなにげなく見た龍様の頭にHPのゲージがまだあったのを発見し目を光らせた。
「一か八かね……。」
アヤは先ほどと同じくゲージに鎖を巻きつけていった。しばらくしてゲージをいったん消し、また出現させる。
「おお!」
龍様の顔は輝いていた。体の傷はきれいさっぱりない。隣で楽しそうなシャウも傷が消えていた。
もうゲームは終わったものだとばかり思っていたがまだ続いていたらしい。
それが幸運だった。アヤが行った時間の巻き戻しは成功したのだ。
「う、うまくいったわ……。それより竜宮ってどういう仕組みなのかしら?ゲージの時間を戻しただけで体中の傷が治るなんて……。」
「それにはあたしが答えてやるぜ!ははっ!」
アヤの独り言をひろったのは飛龍だった。飛龍は先ほどとは違いとても元気だ。機嫌も直ったらしい。ついでだからとアヤが一緒に飛龍のゲージも回復させてやったからだろう。
「竜宮は歴史そのものと言っていいんだぜ!常に歴史を放出しているんだ。つまりずっと過去を見せ続ける。例えば時神でいくか。時神アヤ、お前がここに来た時、お前はお前の関係者の歴史を見る事ができる。見る事ができる範囲は竜宮の中で過ごしただけの時間だ。竜宮に来る前とか竜宮から出た後の事はわからない。」
「へえ。だから私にはさっきから先代の時神が見えるのねぇ。」
「そうだぜ。それもここでの観光スポットのひとつだ。過去自分の先祖とかがここ、竜宮で何をしていたのか歴史の管轄を丸無視してみる事ができんだよ。竜宮は人間が想像した幻想だからな。本来ない建物だ。だからこんな、歴史を放出し続ける建物になったのかもな。」
飛龍はふふんと唸った後、付け加えた。
「で、ここは歴史を常に放出しているわけだから時間の感覚が狂っている。つまり、お前は好き勝手に時間を操れるわけだ。まあ、それも色々範囲があるけどな!」
「なるほどねぇ……。」
アヤがため息をついた。それを見た飛龍はまた付け加える。
「あ、それとな。龍雷がまったく竜宮に戻らなかったのはそれも原因らしいぜ?」
「ああ、そういやあ昔、あいつ人間を大量に殺戮したらしいな。そんでスサノオ尊に封印されたんだろ?」
途中で龍様が話に加わってきた。
「まあ、それは噂だぜ?もうそれを証明できるやつはいねぇんだよ。」
飛龍はアヤ達を見回しながら笑った。その中、シャウだけは珍しく真面目に飛龍を眺めていた。
「シャウ?どうしたの?」
アヤは心配になりシャウに話しかける。シャウは我に返ったのかハッとこちらを向いた。
「なんでもないんだナ!シャアウ!」
シャウは突然にもとのシャウに戻った。
……今の顔は……龍雷……イドについて何か知っている顔ね……。ん?まって……。りゅういかづち……いかづち……?そういえばなんでイドさんは雷神の力を持っていないのに雷の字がつくの?
……まさかシャウと何か関係が……
「でよ、よく間違われるんだが人間が言っている方の竜宮城じゃねぇからな。ここは。人間の言い伝えで残る竜宮は現世の海の中にあるぜ。……って、聞いてんのかよ!時神!」
飛龍に呼び掛けられアヤの思考はもとに戻ってきた。
「ええ。聞いているわ。」
「ほんとかよ?……まあ、いいか。表の竜宮は現世に、裏の竜宮は高天原にあると考えてくれ。で、龍雷は記憶を思い出す事を極度に嫌っている。つまり、竜宮はやつにとっていたくねぇ場所の一つっていうことだ。ちなみにこの裏の竜宮は初の龍神が誕生した時にできた建物だ。あいつが殺戮をしていたと仮定してちょくちょく竜宮に足を運んでいたなら昔の自分が映ってやなんだろうなあ。あいつが生まれた時にはもう竜宮はあったからな。」
飛龍は楽しそうに笑った。
「あなたは何をしていたの?」
「え?あたし?……あの時のあたしはなんだかわからず人間に祀られていたな。そういえば。あんときは地域信仰で細々としてたっけね。」
「そうなの。けっこう生きているのね……。」
「まあ、そんなもんだよ。じゃあ、話はここまでにするぜ。一応あたしは負けた。だから通っていいぜ。先に行きたいならな。」
飛龍は先に続く階段を指差してにやりと笑った。カメがさきほどからやけに静かだと思ってみてみると彼女は立ったままお休みタイムに入っていた。カメはまもなく飛龍の眼力で起こされる事となった。
「カメ!てめぇはあたしの話は興味なしか?ええ?生意気なんだよ!」
「え?ええ!はわわわ……飛龍様……おゆるしをぅ……。」
カメは甲羅に隠れつつ怯えていた。
彼女は世渡り下手というのか……素直すぎるのか、色々損をしているような気がする。
「ああ、もうわかったわよ。通してくれるならさっさと通るわよ。」
アヤは階段の方に歩き出した。階段付近にはもうシャウが立っていた。速い。とてつもなく速い。さすが雷といったところか。しかも加茂別雷神の別雷の意味は若い雷のこと。
若い雷だからこそ元気なのか。
……彼はいったいいくつなのかしら……別雷は若くなくてはならない……。つまり彼も姿をころころ変えているという事なのか……。明治の時代から生きている事はわかっているがその他はまるでわからない。
「シャウ……。」
「何だナ?シャアウ!さっさと先に……。」
「あなたは一体どういう仕組みなの?」
「……。」
シャウは珍しく黙り込んだ。
「転生……しているのね?」
「そうだナ。シャアウ。シャウは時神のシステムとほとんど同じだヨ!ただ、神格が生まれた時から高いってだけなんだナ!シャアアウ!」
時神の歴史は止まったままなので歳をとる事はないが自分よりも強い力を持つ時神が現れた場合、力は強い時神に流れ込む。時間の力を失っていく先代はやがて人間が持つ歴史の力が流れ始め、いままでの時間が逆流して唐突に死ぬ。人間は生きて百年だ。時神は百年までは力の強い時神のままでいられる。後は強い時神が現れるか運となる。現れなければ長く生きられるしすぐに現れてしまったら百年足らずで死ぬ。
時神はそういう生死を繰り返しているのだ。先代は五百年生きた時神だ。五百年たった後にアヤという力の強い時神が出てきたので先代は消滅した。
それとシャウのシステムが一緒なのか。
「加茂別雷神は自分が老いたと感じた瞬間に消滅するんだぜ。そして新しい加茂が生まれる。加茂別雷神は常に若い雷でなければならないからな。」
龍様がふんふんと鼻を鳴らしながらアヤを追い越し歩く。
「でも加茂様はまだまだ若いさね!」
カメも慌てて後に続く。
「そう……なの。」
アヤも階段に向かって歩き出した。後ろではニヤニヤ笑っている飛龍がひらひらと手を振っていた。飛龍の機嫌は完全に治ったらしい。彼女は闘えればなんだっていいのだ。
闘技場の隅っこにあった階段にシャウを先頭にしてアヤ、カメが足をかけ、最後に龍様が続く。
「ここから先、わちきがおかしくしちゃったアトラクションが襲って来るかもしれないから注意さね!」
「お前、なんで偉そうにしゃべってんだよ!お前のせいだろうが!こうしてやる!うりゃうりゃ!」
龍様は前を歩くカメの甲羅にオモチャの骨を入れ始めた。
「や、やめてぇ……❤」
「ああ、もういいわ!黙ってて!」
「シャシャシャシャーウ♪シャシャシャシャーウ♪」
シャウは前をただ歩くことに飽きたのかステップをきざみながら階段を登っている。正直イライラする。先頭のシャウが踊りながら登るのでなかなか前へ進まない。
「いい加減にして!さっさと登って!その耳に残る歌、やめてちょうだい。」
「階段がもう終わるんだナ!ここから先は渡り廊下があって二の丸へ行けるんだナ!普通の観光は渡り廊下を渡らないでさらに階段を登って、そこでやっているウミカメ達のショーを見てさらに上で食事してそれから二の丸へ行くんだナ!シャアウ!」
「クソ……。加茂のやつ、ツアー内容覚えてやがる……。俺様は竜宮開けただけかよ!」
楽しそうに説明するシャウに龍様は頭を抱えていた。
アヤ達は階段を登りきって絶句した。
目の前は階段と渡り廊下があるがその渡り廊下にレーザーみたいなものが無数に張り巡らされており、謎のロボットが無言で多数……機械音をたてながら徘徊している。これはあきらかに危ないと言っている。
「おい……どうするんだよ……。」
「知らないわよ……。」
不思議と話す声まで小さくなった。
「これは竜宮の警戒体勢さね……。そんなに中に入れたくないのかね……。ああ、そうだ。加茂様の電気でロボットを狂わして……」
「シャウは今電気ないからロボット狂わせられないんだナ!シャウ!」
「……。」
カメは顔を青くする。もちろん、アヤ達の表情も暗い。
「な、なんかあれよね……。この赤い光に当たったらなんかやばいのよね?」
「触ってみるんだナ!シャウ!」
「お、おい!馬鹿やろう!やめろ!加茂!」
シャウを龍様が止めようとするがシャウはもうすでに赤い光に触れていた。
なんだか予想できていた事だがビービーと警戒音が鳴り、ロボットが一斉にこちらを向いた。
カメは咄嗟に防御の体勢をとった。ロボットから一斉に光線が飛んできたからだ。ビームはカメの甲羅から発せられるシールドですべてうまく弾いた。
「危なかったさね……。次が来るけどどうするさね?」
カメは甲羅を持つ手が震えている。咄嗟に甲羅をかざした事がカメの中で奇跡に近かったらしい。
「走って逃げるしかねぇだろ?」
「原始的で好きなんだナ!シャウ!」
「私はそんなに速く走れないわよ。体育はそんなに得意じゃなかったの。」
「アヤちゃん、アヤちゃん、時間ストップいいんじゃねぇか?」
龍様の発言にアヤはハッとした。
……そうだ。ここならきっと時間操作が楽だ。
「やってみるわ。」
アヤは鎖をロボットに巻きつける。そして止まれと願いを込めて鎖を消す。
「お!うまくいったんだナ!シャウ!」
シャウが喜びの声を上げたので成功したようだ。ロボットはピクリとも動かない。
「よし!これで通れるぜ。……ぐぼあ!」
龍様がいきなり奇声を発した。
「どうしたのよ?」
龍様は頭を押さえてうずくまっている。何かが当たったらしい。
「この赤い線が……棒みてぇに……。」
「ああ、そうか……。」
アヤにはわかった。時間を止めた事により無数に張り巡らされているレーザーの時間が流れなくなったため、棒のように固くなったらしい。
……ということは……つまり今、固い棒が無数に張り巡らされているという事だ。
「これ……通るの無理じゃないかい?軟体動物なら通れるよ!」
「そ……そうねぇ……。時神避けみたいだわ……。ここを通るなら時間を戻してロボットをかわしながらレーザーの中を走るしかない……。」
「……だ、だな……。よし。覚悟決めていくぜ……。」
龍様はまだ頭を押さえている。そんなに固いのか。
「本当にやるの?」
「あたりめぇだろ。大丈夫だ。俺様がロボットの動きを読んでどこにレーザーが飛んでくるのか完璧に把握してからやるからな。」
龍様はカッコよくゴーグルを目にかける。そしてしばらく沈黙した。ゴーグルには無数の数字が流れている。それで一体何を見ているのかアヤにはわからないがここは龍様に任せてみる事にした。
「……よし……。」
龍様が突然目を開けた。
「何がわかったの?」
「いいか。よく聞けよ。ロボから飛んでくるレーザーは規則的だ。覚えれば避けられるんだよ。ここからよく聞け。いいか。右左左右左右左右右右左……」
「そんなの覚えられるわけないじゃないの……。あなた馬鹿なの?」
「……だな。」
アヤのツッコミを龍様はあっさりと認めた。
「ああ、時間が動き出したさね!やばいわあ!」
カメの言葉にアヤ達は焦った。結局何もできなかった。
「もうこうなったらてきとうに進むしかないんだナ!シャアアウ!」
ロボットは普通に動き出した。シャウは咄嗟に走り出す。
「ああ!もう。どうにでもなれ……よ。」
アヤも半ばやけくそでシャウの後を追う。龍様もカメを担ぐと走り出した。
「わあい。龍様にダッコだわ❤」
「降ろすぞ!てめえ!」
カメが足手まといになると考えた龍様はカメを抱えて走る事にしたのだ。カメは龍様と一緒だから安心しているのかかなり余裕の表情だ。
張り巡らされているレーザーはただの赤い光だがロボットから出るビームは当たったら怪我では済まない気がする。
ロボットは的確にビームを発射していた。アヤ達はほぼやけくそに走る。
先程から横でズガアアン!バゴオン!と何かが破裂する音が響いているがそれを確認している余裕は残念ながらない。
「ああああ!」
叫び声にならない声を発しながらアヤ達は駆け抜ける。
……なんだったっけ……ええい!やけくそよ!右左左右左右左右右右左!
アヤはレーザーを素早くかわした。
「……嘘……。」
かわした本人も自覚がなくなんだかよくわからない感動を覚えていた。
よ……避けられた……。
シャウは楽しそうに軽々と避けてアヤの隣に着地した。
「楽しいんだナ!シャウ!これも竜宮のアトラクションに……」
「馬鹿野郎!ツアーコンダクターの俺様が死ぬだろうが!」
龍様はまだレーザーの中を走っている。地面がえぐれるような光線がロボットから発せられており龍様はそれを避けるので精一杯だ。しばらくして龍様がぜえぜえと息を漏らしながらアヤ達に追いついた。龍様はカメを降ろす。
「ああ……疲れたぜ……。」
「龍様❤素敵❤」
「うるせぇよ!さっきから。」
龍様とカメの無事を確認してアヤはシャウに目を向ける。
「うまく抜けられたみたいね。」
「アヤちゃんがすごかったんだナ!ビームが飛んでくるのがわかっているみたいだったんだナ!シャアウ!」
ほぼてきとうに走っていたのだがうまく抜けられたようだ。
その時、またアヤにあの感覚が襲った。
……何?また……
アヤの目の前に今とは違う竜宮が映り、アヤが立っているこの場所で笑い合っている神々が通り過ぎる。
―そういえば加茂君。君はオーナーに会った事ってあるの?―
立花こばるとが隣を歩くシャウに声をかけている。
―天津彦根神?彼は普段は人型だけど変身すると一つ目龍になるんだナ!シャアウ!―
―一つ目龍?へえ、それは凄いや。あ、あと、全然竜宮に帰って来ない龍神がいるって聞いたんだけど……―
―龍雷水天神の事なんだナ?シャアウ!彼にシャウの力を少しあげたらしいんだナ!昔々に。そのことをシャウは知らないんだナ。―
―つまり加茂君も僕達時神と同じなの?転生して……―
―似通っているんだナ!シャアウ!―
そこで記憶は切れた。アヤは何か思う前に唐突に現実に戻された。
「おい!アヤ!逃げるぞ!」
龍様が叫んでいる。後ろを見るとあのロボットが追っかけてきていた。
「逃げるんだナ!シャアウ!」
シャウはアヤの手をとると走り出した。ロボットのビームをかわしながらシャウは走る。
アヤ達は二の丸に入った。まだロボットは追ってきている。おまけに暴走したアトラクションが襲ってきた。なんのアトラクションだかは知らないが急に火柱が立ったり強風が吹き抜けたりした。これはシャウがいないとかわせる自信はない。
龍様はカメを再び抱き上げ、片手で水の槍を振り回し火柱を斬っている。
「おい!こっちだ!」
龍様は三つに分かれた道の内の右端の道を指差した。
「ああ、キープアウトの三の丸に最速で行ける道なんだナ!シャアウ!」
「だからお前はなんでそんな事を知ってんだよ!関係者じゃねぇだろ?」
「昔よく忍び込んだんだナ……ムフフ。シャアアウ!」
「お前なあ……。」
楽しそうなシャウに龍様は頭を抱えた。
こんな会話をしている間もどこからか瓦礫のようなものが飛んできていた。カメが甲羅をかざし、バリアをつくっているのでこんなのんきに会話ができている。
「シャウ……、あなたは……本当は何をしにここに来たの?」
シャウはアヤの手を引きながら火柱をかわす。
「……。シャウは……お友達との記憶が観たかっただけなんだナ!シャウ!」
「友達って先代の時神?」
「そうなんだナ!シャアウ!」
シャウはロボットから発せられるビームをかわす。
「じゃあ、私を連れてきたのって……。」
アヤがシャウに手を引かれながらつぶやいた。
「……鋭いんだナ……。時神の記憶が観たいなら時神を連れて来ればいいんだナ……。シャウ!」
「それだけなの?」
「もう一つ……あるんだナ。シャウは昔の加茂別雷神が観たいんだナ。この竜宮で龍雷に力をほんの少しだけ渡したという……あの加茂に……。龍雷がどういう龍神なのかがこれでわかるんだナ……。シャウが龍雷にここで会う事によってナ!シャアウ!」
シャウは火柱を避け、広いフロアにたどり着く。
「……なるほどね……。」
「おい!こっちだ!早く来い!」
「早く来るさね!」
龍様とカメがフロアの先にある右端の道に立って手を振っている。
「じゃあ行くんだナ!シャアウ!」
「……ええ。」
シャウとアヤは龍様達に向かって走り出した。
九話
「……こんな見たくもない記憶ばかり……。僕の前を横切る……。あれの記憶はもういいです……。うんざりです……。」
イドさんの前を龍水天海がケラケラ笑いながら通り過ぎる。ここは竜宮、三ノ丸のオーナーの部屋に続く廊下。
イドさんの目には今の整備された竜宮ではなく木でできた古い廊下が広がっている。
龍神が多数通り過ぎる。その龍神達の目は皆、奇怪なものを見るような目だ。
―殺してやる……殺してやるゥ!あーはっはっは!―
龍水天海は狂ったように笑い出した。
……もう……もう……やめてください。僕はあれとは違うんですよ……。
イドさんは記憶を消そうと頭をふる。記憶はすぐに消えた。消えたと同時にもう一つの記憶が広がる。
……またこれですか……
―お前に力なんてない。ここ竜宮に何しに来た?―
誰だかわからない龍神が今とさほど変わらないイドさんに話しかける。
―龍水天神(りゅうすいてんのかみ)だったか?ここはお前の来るようなところじゃねぇんだよ。―
隣りにいた龍神もイドさんに罵倒の言葉を吐く。
―僕の神格は今ありません……。このままでは消えてしまいます……。竜宮でかくまってもらえないでしょうか?天津様の力を少しだけでもいただければ……―
イドさんは土下座しながら龍神に頼み込んだ。
―ふざけんじゃねぇ!龍水天海神に似たような名前しやがって!あいつのせいで俺達龍神がどんな思いをしたか!同じ字をもらっているって事は関係者なんだろ?―
―現世で神格を高めろよ?こんなところに来るな!―
龍神達はイドさんを蹴り飛ばす。
―それができないから頼んでいるのです……。彼に……天津彦根神に会わせてください!―
―天津は忙しいんだよ!お前にかまってる余裕なんてねぇんだ!―
自分が現世で人々の信仰を集められたらよかった。でも、それはできなかった。龍神信仰があったあの地域は龍神をひどく恐れていた。そしてスサノオ尊を英雄として祀っていた。龍神が来たらスサノオ様が守ってくれる。そういう信仰になっていた。……あいつのせいで。
だから自分は現世で神格を上げる事ができなかったのだ。
イドさんは散々蹴り飛ばされこの場から追い出された。
記憶はそこできれた。
……せっかくここまで築きあげたものが……またあれのせいで壊れる……。あれが外に出なければ僕の過去は露見しないしあれがいたことを思い出す神もいない。
いつもうまく世を渡ってきましたが……今回は自分より力が強いのが敵なので用心ですね。
それよりもなぜ、あれが蘇ったのでしょうか……。
イドさんは目をつぶり再び歩きはじめた。
「ここはどこなの?」
アヤは唸った。まわりは真っ暗でよくわからない。先程、龍様達に従い、明かりがまったく灯っていない階段を降りた。階段を降りたところまではわかるがそこから先は真っ暗なので表現のしようがない。ただ、カメがアヤの肩を掴み、震えながら背中にひっついているのはわかっていた。
「加茂、明かりをつけろ。」
「シャアウ!」
シャウは龍様の言葉に従い、自分で発電を始めた。眼鏡に光が灯る。
「……って、全身が光るわけじゃないさね?光るのは眼鏡だけ?」
後ろでカメのつぶやきが聞こえる。前を歩くシャウが笑いながらこちらを向いた。
眼鏡が光って眩しいし、なんだかすごく不気味だ。
「そうなんだナ!シャウ!」
「こいつはな、白雷光(びゃくらいこう)のメガネってあだ名で呼ばれてたんだぜ。電気を発する時に眼鏡が光るかららしい。」
「いっぱいあだ名があるのねぇ……。」
龍様の顔がかろうじて映った。アヤは呆れながら進む。シャウの眼鏡が光源なため、足元しか照らされていないがないよりはましだった。
しばらく歩いているとカメが悲鳴をあげた。
「どうしたの?カメ?」
「血が……血が地面にあるさね……。」
あんまり気にして下を見ていたわけではなかったためアヤは気がつかなかったがよく見ると点々と血が地面に染み込んでいる。
「ん……?まだ新しいな……。血にかすかに龍神の力を感じるぜ?」
龍様のつぶやきでアヤはハッとした。
……まさかイドがここで……
アヤがカメの方を向く。カメもアヤと同じ考えのようだ。
イドさんがここで暴行を受けた。……いや、拷問か?
「まあ、いいや。とりあえず進むぜ。」
「シャウ?」
今度はシャウが声を発した。
「加茂様……どうしたさね?」
カメは不安そうな目をシャウの背中に向ける。
「道がもう一つあるんだナ……。シャウ!」
「そんなわけねぇよ。ここは三ノ丸に行くための最短手段、暗いが一本道なんだぜ?」
「でもほら?シャアアアウ!」
シャウは眼鏡を何もないはずの所に向ける。
「……っ!」
そこにはトンネルのようになっている一本の道があった。
「こ、ここは何さね……?わちき怖いよぅ……。」
カメはアヤの背中に身体をうずめる。
「ちょっと……私だって怖いのよ。私はここにすら来た事ないんだから……。」
「とりあえず行ってみるんだナ!シャアウ!」
シャウはなんだか楽しそうにトンネル内に足を踏み入れている。
きっと冒険感覚で楽しんでいるんだろう。
「ちょ、ちょっと……ま・て・よ!」
龍様がウキウキなシャウを必死に止める。
「何なんだナ?シャアウ?」
「お前が何なんだよ!危険度もわからずに飛び込もうとしてよ……。」
シャウの頭にはハテナが飛んでいる。龍様は深いため息をついた。
「……わちき……この先で天津様の力を感じるさね……。ほんの少しだけど……。」
「何だって!」
カメの発言に龍様が今度は驚いた。
「いままで天津彦根神の気配をずっと感じ取れなかったんでしょう?竜宮にいたんじゃないの。」
「そ、そんな……そんなはずねぇよ……。」
アヤに向かい、龍様は頭をぶんぶん振った。
「まあ、これで行ってみるしかなくなったんだナ!シャアウ!」
「あーっ!だからちょっと待てって!……はあ、アヤちゃんにカメ、俺様から離れるなよ……。」
龍様はさっさと行ってしまったシャウにため息をつきながら後を追いかけて行った。
アヤ達も後に続いた。
しばらく暗いトンネルを通った後、やけに明るい場所に出た。あちらこちらによくわからない機械が置いてある。
「お……っと。ここは……。」
「竜宮の制御室なんだナ?シャウ!」
龍様とシャウがほぼ同時に声を上げた。いままでの道とは違ってしっかりと舗装されたフロアだった。
「何度も誰かが出入りしているらしいわね。」
アヤはホコリひとつない機械を見回しながらつぶやく。
「ここに繋がってやがったのか?なんか拍子抜けだぜ。ここは三ノ丸、竜宮の制御室。ここは龍神なら誰でも知ってるぜ。なんで加茂が知ってんのかはわかんねぇけどな……。」
「忍び込んだことがあるんだナ!シャウ!」
「だから……お前……。」
楽しそうなシャウを呆れた目で見つめる龍様。
「竜宮のアトラクションもここでいじっているの?」
「……え?そうだが……。あ……。」
アヤの発言に龍様達は止まった。
目は一斉にカメに向く。
「わ、わちきはこんな穴通ってないさね!わちきは三ノ丸からここに入り込んださね?天津様に見つかりそうでしくしく泣きながらいじったさね?きゃあ!」
カメが突然悲鳴を上げた。
「どうしたんだ?」
龍様が戸惑っているカメを見つめるがカメの焦点は何もない所に集中している。
「……なにか記憶をみているようね……。」
カメの目の前には天津彦根神、オーナーが歩いている。オーナーは頭に大きなツノが生えており、緑色の長髪、整った顔立ちをしている。袖なしの着物を着ており、着物から出ている腕は筋骨たくましい。そして所々、龍のうろこが見えている。人間型になるのは苦手なようだ。
―カメ?どこにいる?ここは入ってはいけない。私に許可なしに入る事は許さない。聞いているのか?カメ!―
オーナーはカメを必死で探している。
そうだわぁ……この時、わちきは天津様に見つからないように隠れながらアトラクションをいじっていたさね……。
―カメ、早く出て来なさい。今なら鞭打ち程度で済ませる。カメ、私をこれ以上怒らせるなァ!―
オーナーの声がだんだんと鋭くなっていく。見つかったら殺されるかもしれない。そういう恐怖とこの時カメは闘っていた。アトラクションを勝手にいじる事は禁忌だ。
わかっていたが龍の使いとなったカメはもう自由がない。現世に勝手に行くなど言語道断だ。
おまけに何をするにも龍神の許可が入り、龍神と共に動かなければならない。
いつも龍神の命令を大量に抱えていた容量の悪いカメにとって現世に行っている余裕はなかった。
だから……無理やり行く事にしたのだ。
すべてを混乱させて龍神達がそれを必死に戻そうとしている間に現世に行って自分の用事をすませる事にした。
それで制御室に忍び込んだのだがすぐに天津彦根神、オーナーに見つかってしまった。
ここまで来てしまったため、もうやるしかなかった。カメは泣きながらアトラクションの配線をめちゃくちゃにした。
―カメ!―
オーナーの声がどんどん自分に近づいてくる。配線をぐちゃぐちゃにしたが天津彦根神から逃げきる自信はなかった。自分の計画が失敗に終わったとその時悟った。
どんどん近づく声にカメはしゃがみ込んで膝を震わせながら耳を塞ぐ事しかできなかった。
……殺される……コロサレル……。こっちにコナイデ……お願い……怖いよぉ……誰か……助けて……。
自分で起こした事なのだがあまりの恐怖心で誰かに助けを求めていた。
その他は何も考えられなかった。震えている手をなにげなく見るとカメは何かを握っていた。
なんの配線だかはわからないがどこかの配線のようだった。
―しまった!……やつが……目覚める……!―
―はーはははっ!ずいぶんと久しいなあ?天津!―
オーナーが焦った声を出したすぐ、別の男の声がした。何が起こっているのかカメにはわからなかった。
―ぐあああ!―
刹那、オーナーの叫び声が制御室に響き渡った。カメは何事かと機械と機械の隙間から思わず飛び出した。
しかし、そこにはオーナーも謎の男も誰もいなかった。
「おい!カメ!しっかりしやがれ!」
「う……ん?」
カメは龍様にゆすられて現実に戻ってきた。カメはうずくまって震えている自分に気がついた。
「カメ?あなたここで何を見たの?」
「お、思い出したさね……。ここで天津様が消えたさね……。」
「ここで?お前はオーナーが消えた所を見たっていうのかよ?」
龍様の言葉にカメは首を横に振った。
「実際には見てないさね……。配線おかしくしてそこの機械の隙間から外に出たら天津様がいなくなってたさね……。あと、もう一人、男の声がしたさね。」
「男の声……?」
龍様はさっそく制御室を調べ始めた。シャウは大きな機械を眺めている。
「加茂!お前も調べろ!その男とやらがカギだ。ここに何か痕跡があるかもしれねぇ!」
「シャシャシャシャーウ!シャウにはわかんないんだナ?とりあえず、龍、カメがいじったっていう配線をゴーグルで分析するといいんだナ?シャウ!」
「ああ、そうか!」
シャウの言葉で龍様の顔が輝いた。
今度はアヤに変な感覚が襲ってきた。また例のあれだ。
―こんなとこ入っていいの?―
目の前にまた立花こばるとが映る。
―シャウの記憶にここがなぜか残っているんだナ……。昔から……シャアウ!―
―昔からって?―
―シャウは生まれてまだ数十年なんだナ。でも身に覚えのない記憶が頭にあるんだナ!シャウ!―
―へぇ……じゃあ、先祖の記憶なのかな?―
―たしか……ここに……―
シャウは一本の配線の前にいた。アヤがもうちょっと見ようとした時、そこで目の前の記憶は途切れた。現実に戻ってからすぐにシャウを探した。シャウは配線の一つを眺めていた。
……そうか。
アヤは一つの結論に達した。
「シャウ!」
「ん?アヤちゃん?なんだナ?シャウ!」
「あなた、こういう事態にいつかなるってわかっていたの?」
アヤの唐突の質問にシャウはしばらく変な顔をした。
「どういう事なんだナ?話が飛び過ぎてわからないんだナ……シャウ……。」
「あなたは自分の記憶を保存するために立花こばるととここに来た。違う?あなたも私と同じ記憶をみているんでしょう?私達は関係者だから。」
「……うーん。」
シャウは何とも言えない顔でアヤを見つめる。
「生まれてからすぐの記憶は歳を重ねるごとに消えてしまう。あなたはそれを思い出すために何度も竜宮を訪ねていたんじゃないの?」
「鋭いんだナ……アヤちゃんは……。シャウは竜宮に記憶を留めておくことができないんだナ。なんでかはシャウの秘密にあるんだナ!シャウは若くなくちゃダメなんだナ!若さをずっと繰り返しているから歴史が残らないんだナ!それに気がついたのはほぼ最近。自分で何度も足を運んでいてもあの時の記憶は覗けなかったんだナ!シャアウ!」
「なるほどね……。それで時神である立花こばるとを思い出すカギにしたのね。」
「それは違うんだナ。たまたまなんだナ!こばるとはシャウの友達だったんだナ……。よく遊んでいたんだナ!そこでシャウは考えたんだナ。もしかしたらアヤちゃんと一緒に来たら彼との記憶がみれるカモと!シャアウ!」
「そうなの。」
「ああ、懐かしかったんだナ!あんなことあったナ、こんな事あったナ……シャウはここでそれがみれなかったんだナ……。でもアヤちゃんと来て見れたんだナ!嬉しかったんだナ。シャアウ!そしたらこばるととの記憶がシャウにとって重要なものだったんだナ……。」
「そう……偶然だったのね。」
シャウはせつない笑みを向けた。彼のこんな表情は初めてだ。アヤはそこから先、何も言えなかった。
「龍!この配線が怪しいんだナ!シャアウ!」
シャウは遠くで配線を調べている龍様に声をかけた。
「お?それか!よし!今行くぜ!」
「ああ!それさね!その配線をわちきは握っていたさね!」
龍様とカメが慌ててこちらに向かって来た。龍様はゴーグルでシャウが指差した配線をチェックする。
「……これは……。」
「ん?」
「これはやべぇぞ……。でっかい封印だ……。結界が張り巡らされている。お前、これを引っこ抜いたのかよ……?」
龍様がカメを睨みつける。
「え?わからないわぁ……。普通の配線だと思ったから抜いちゃったかも……。」
「ちげぇよ!こんなのお前が抜けたのかって言ってんだ!俺様はこれ抜けねぇよ……。」
「でも普通に……。」
カメは怯えた顔を龍様に向ける。
「きっと神と龍神向けに結界を張ったんだナ。シャアウ!」
「つまり、神と龍神以外は普通の配線みたいに抜けちゃうって事?」
「そういう事なんだナ!シャウ!」
「ぬるい結界だわね……。」
アヤとシャウの会話で龍様がため息をつく。今回何度目のため息か。
「まあ、ここ……カメは絶対に入れないからな。普通。まあ、いいや。……つまり、竜宮のアトラクションを使ってここで何かを封印してたって事だな。」
龍様は頭を抱えた。その封印していたものが竜宮にいるという事だ。姿を現さないのが不気味だ。
「ああ、もうこんなところにいるんですか。」
いきなり声がした。アヤ達はドキッとして振り返った。
「お前!」
視界に映ったのは銀髪ユルユルパーマの龍神、イドさんだった。
「ここまで入り込んでくるなんて……まあ、予想はしていましたが。」
イドさんは傷を負っているが平然と立っている。そして何か決意のようなものを感じた。
「龍雷様!」
カメが近寄ろうとしたが龍様に止められた。
「待て!カメ。こいつから殺気を感じるぜ……。」
「そんな!」
「よく見抜きましたね……。実は僕も必死なんですよ。全員、竜宮から出て行ってもらいます……。それから、カメ、こちらに来なさい。そして僕を全力で援護しなさい。」
「しまった!」
イドさんの言葉に龍様の顔から血の気が引いた。
「あなたが優しい龍神で困りましたね。彼女になんの命令もしていないなんて。僕にとられちゃいますよ。ほら、こちらに来なさい。」
イドさんは不敵な笑みを浮かべる。
「わ、わかったさね……。龍様……お許しを……。」
「カメ!行くな!」
龍様が慌てて命令をするがイドさんがした命令の方が先だ。カメは当然イドさんにつく。
「アヤちゃん、今回の僕は敵ですよ。」
イドさんの眼力がアヤを恐怖させた。
「い、イド……。」
「俺様とやるってのか?ここには加茂もいるんだぜ?」
「そうだナ!シャアウ!」
龍様とシャウが前に出る。
「そんなの今は関係ありませんね。僕は僕で戦っているんですよ!」
イドさんは龍様達に向かって走り出した。
「水の槍なら俺様だって負けねぇンだよ!」
龍様はイドさんが水の槍を出現させたので同じように出して見せた。そのまま水の槍と槍がぶつかる。
……くそ……かってぇ……
龍様はイドさんの力に押されていた。イドさんはそのまま龍様の腹を思いきり蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
龍様は吹っ飛ばされ壁に激突した。イドさんは龍様に向かい歩き出す。同時に左手をシャウ達に向け、鉄砲のような水玉を飛ばした。シャウは咄嗟にアヤを突き飛ばしかわす。
「危なかったんだナ……シャアウ!」
「た、助かったわ……。」
アヤはシャウに突き飛ばされたが怪我はなかった。イドさんは左手を器用に扱い水玉をアヤ達に飛ばしてきている。アヤは水玉の時間を必死で止め、止まった水玉をシャウが電撃で斬っていた。
イドさんは左手を動かしながらひるんでいる龍様に向かい歩く。シャウが水玉を避けながらイドさんに電気を帯びたステッキで殴りかかった。
「シャウ!……っ!」
しかしシャウの攻撃は素早く現れたカメに弾かれた。
「カメ!」
「ごめんねぇ。加茂様。わちきは龍雷様を守らんといかんのよ。恨まないでねぇ!」
カメは甲羅を思い切り振りきった。ゴオオ!と轟音が響き、爆風と衝撃がシャウを吹っ飛ばした。
「シャウ!」
アヤはシャウが床に打ち付けられる前にシャウ周辺の空気の時間を止めた。シャウはぶつかることなく地面に落ちた。
「た、助かったんだナ……シャアウ!」
シャウはすぐに起き上る。龍様はいまだ立てないままイドさんと槍を交えている。イドさんの身体からは血がポタポタと滴っているがイドさんの力は衰えていない。
「くそ……。つええ……。」
龍様が苦しそうな顔でつぶやく。イドさんは左手をバッといきなり開いた。そしてその直後、イドさんの手のひらに火花が散る。シャウの放った電撃をイドさんが左手で吸収したのだ。
イドさんは一応雷神の力も持っているので雷の力にはそれなりの免疫を持っていた。
「あなた達は二人がかり……僕は一人でしかも傷を負っている……。僕の方が負けるリスクが高いんですがねぇ。」
イドさんはうまく横に逃げた龍様に再び水の槍を振るう。
「さて。」
イドさんはそう言うと龍様と水の槍を交えながらアヤに大きな水の弾を投げつけた。
「!」
「アヤちゃん!シャアウ!」
シャウは間に合わなかった。アヤは大きな水玉に身体ごと閉じ込められた。何か叫ぼうとした口から泡が洩れる。
……い、息ができない!
「こういうのはやっかいな事から処理していくものですよ。」
「あ、アヤちゃん!」
イドさんの瞳は底冷えするほど冷たかった。カメは少し戸惑っているようだったが何も言わなかった。
く……苦しい……。なんでイドが……こんな……
シャウが焦ってイドさんに電撃を飛ばすが電撃はイドさんの左手に吸収される。龍様は休まず槍を振るい続けるがすべてイドさんに受け流されていた。
「……こういうのは力じゃないんです。少し考えれば並みの神でも神格の高い神に勝てるんですよ。龍、あなたは槍のパターンに規則が見られます。そして目を見ればあなたがどこを狙っているかすぐにわかります。そして加茂、あなたはすごい電流を流せますが僕には効きません。物理攻撃はカメが弾いてくれます。あと、残りの脅威は時神アヤのみ。そのアヤちゃんも今はあれです。頭を使えばいいんですよ。」
イドさんは水の槍と共に打撃も繰り出している。龍様は押されていた。
……頭を使う……
アヤはそれで閃いた。いままでやってきたことをやればいいのだ。こんな状況で苦しい苦しい言っていたら気絶するか死んでしまう。
……ここは竜宮だ。時間をいじる事は可能。だから、一回水玉の時間を止めて……
アヤは水の時間を止めた。急に窮屈になり身動きできなくなったがアヤは次の行動に出る。
……時神がいじった時間は時神のものだ……。禁忌だがここは竜宮だ。なんとかなるだろう。
アヤは鉄のように固くなった水の時間を巻き戻した。大きな水玉が目の前に現れ、まだ水をかぶっていないアヤにぶつかってくる。アヤはそれを横に避けてかわした。水玉はボールのように壁にぶつかり消えた。
「ふう……。」
「アヤちゃん?」
シャウ達は何が起きたかわからないようだ。わかるわけない。これは時神にしかわからない事だ。
「私は大丈夫よ。……彼が教えてくれたのよ。」
アヤはイドさんにそっと目を向ける。
「僕は何も教えていませんよ。アヤちゃんは色々と鋭い所がありますよね。」
「よく言うわ。」
アヤは余裕のない笑みを浮かべながらイドさんを睨む。
「余裕かましてんじゃねぇぞ!」
龍様がイドさんに向かい、何かを振り回した。イドさんは咄嗟に横に避ける。しかし、イドさんが避けたのは水の槍ではなかった。水の槍は右手に持っている。薙ぎ払ったのは左手だ。
「ん……?それは柄杓?」
「そうだぜ!俺様は水の槍と柄杓の二刀流なんでぇ!」
龍様は片方の手に持った水の槍を逆方向から薙ぎ払った。イドさんは柄杓を避けたばかりで身動きができず水の槍にあたり、吹っ飛ばされた。
「な、なるほど……。僕が避けたのは柄杓でしたか……。いつの間にそれを持ったかわかりませんが見事です。」
イドさんは壁にぶつかる瞬間に足を壁につけそのまま龍様に突っこんできた。
「どんな瞬発力してんだよ……てめえは!」
「僕には龍の血が流れています。そしてあなたも。身体能力は高いはずですよ。」
イドさんと龍様の水の槍が激突する。龍様はイドさんの打撃を柄杓で防いでいた。
イドさんは先ほどの攻撃で傷が開いたのか滴る血の量が増えている。
シャウはサポートにまわっていた。イドさんの気をひかせるために雷を四方八方から出現させ攻撃。イドさんはそれを受け止め、受け止めている間にカメが龍様の攻撃を防ぐ。
どちらも最良の攻防だ。
「私には何ができるのかしら……。」
アヤが作戦を考えていた時、シャウとイドさんの様子がおかしい事に気がついた。二人とも動きが鈍っている。
……今なら……イドの時間を止められる!
アヤは時間の鎖をイドさんに向けて放った。
「なっ!」
イドさんは驚いて立ち止った。
「隙あり!」
龍様が水の槍をイドさんに向け振りかぶる。そこでアヤにあの感覚が襲ってきた。
……また……またこばるとの記憶?
そう思ったが違うようだ。目の前にはイドさんと……シャウがいた。
竜宮の制御室だと思われるここは今の機械的なものはなにもなく、ただ真っ暗な地下室だった。
シャウが手から光を出しているおかげで彼ら周辺は明るい。
シャウに眼鏡はなく、顔つきも今のシャウよりも精悍に見える。帽子もかぶっていない。
これはいつの時代のシャウなのだろうか。
―わぁの寿命ももう終わる……わぁは歳をとった。―
今とまったく違うシャウがしゃべりだした。
―あなたは加茂別雷神ですか?―
イドさんがシャウに話しかける。
―そうだ。わぁの雷の力は衰えた。もう……長くはあるまい……時になぁはこの竜宮に何度足を運んだか?―
―追い出されてから何度も天津彦根に助けを求めるため入り込みましたよ……。すべて追い出されましたが。ところでなぜここにあなたがいるのですか?―
イドさんはここに忍び込んだ時に偶然、シャウに会ったらしい。
―わぁはなぁを探していた……。なぁがここから先、存在したいと望むならわぁが力を貸そう。―
―力を……貸す?―
―そうだ……。わぁの力をなぁにあげよう……―
イドさんの顔が曇る。
―それではあなたが……―
―わぁは別によい。なぁが存在する力がほしいのなら……わぁの雷を分け与えよう。のぅ、龍水天神よ。―
―……。―
―なぁの事を知る神々は今後いなくなる。わぁも生まれ変わる。のう?生まれたばかりの弱神よ……。―
シャウは愉快そうに笑っている。
―あなたは僕が倒されるところをみたのですか?いや……今は僕と言わない方がいいでしょう。龍水天海神……が封印されるところをみたのですか?―
イドさんの言葉にシャウが深く頷いた。
―なぁは龍水天海とは違う……。あれが封印された時に新たに生まれた別人格の龍神……。なぁにはなぁの生まれた意味がある……。なぁは恐怖に陥れてしまったあの里をもとの里に戻す使命がある……。もう一度龍神としての信仰を取り戻し、雷と雨の力で里を潤してやれ。―
―あなたが僕を助けてくれるのですか……。―
イドさんは複雑な顔をシャウに向ける。
―こんな少量の雷でよければなぁにやろう。なぁの覚悟を見せろ……―
―覚悟……。―
―この雷を受け入れる覚悟だ……覚悟がなければ死ぬぞ―
イドさんは顔を引き締めた。
―……あなたが下さるというのなら……僕は……―
―なぁはこれから龍雷水天神となる!―
その直後、イドさんの叫び声が響き、同時に目を開けられないくらいの光りが包んだ。
そこまででアヤは現在に戻ってきた。
イドさんは龍様の攻撃をくらい倒れており、シャウは気難しい顔でただ立っていた。
「いたたた……やりますねぇ……。もう立てません……。」
イドさんの出血量が多い。いままで平然と立っていたのが不思議なくらいだった。
「お前をそこまで追い詰めるのはなんだ?そもそもお前はなんで戻ってきた?」
「それは……。」
龍様の問いにイドさんは詰まった。
「……龍水天海神……あなたがスサノオ尊に封印される前の名前……。」
「なっ……記憶を観たのですか!」
アヤの発言にイドさんは驚いた。
「あなたに時間の鎖を巻きつけていた時に見えちゃったのよ。あなたとシャウは戦いの最中ずっと今の記憶を観ていた。違う?」
「その通りですよ。」
イドさんは立ち上がろうとしたが立てず、そのまま膝をついた。
「龍雷様!動いちゃダメさね!」
カメが慌てて近寄る。
「こ……ここにはあいつが……龍水天海神が封印されていました……。誰かが封印を解いたんです……。そのせいで術が逆流した。あいつはその流れに乗って天津を封印したんです。あなた達が知りたかったのは天津の安否でしょう?天津はここに封印されていますよ。バラバラになった配線を元に戻せば逆流した術が元に戻り、天津は復活します。」
「わちきがアトラクションをいじったせいで……。」
「おや?カメがやったのですか?」
「そんなこたあ、どうだっていいんだよ!ここにオーナーが封印されている?」
イドさんとカメの会話を丸無視した龍様が割り込んできた。
「そうですよ。オーナーはずっとここで封印されていただけなんです。……天津は僕がもとに戻しておきます。……ですから一度、竜宮から出ていってください……。」
「それは聞けない願いなんだナ!シャウ!」
シャウは動けないイドさんをよそに三ノ丸オーナーの部屋に行ける階段を登ろうとしていた。
「加茂!」
「ここから先にお前がいるんだナ。シャウにはわかるんだナ……。シャウ!」
「あれは僕ではない!」
イドさんの威圧が言葉から発せられる。
「うっ……。」
アヤとカメは思わず膝をついた。重い……。とてつもない重さのプレッシャーがアヤにのしかかる。
「大丈夫だ。気を確かに持て。ここには俺様と……加茂がいる。」
龍様が素早くアヤの前に立った。威圧は龍様に向き、アヤの身体が軽くなった。
「龍……カメが……。」
「あいつは大丈夫だ。龍神の使いがこんなんで気絶していたら仕事が務まらないぜ。あいつは服従の印を見せているだけだ。」
カメはイドさんの側で膝をつき、頭を垂れている。
「あれは僕がけじめをつけるんです!あなた達がどうこうする必要はありません!」
イドさんはゆっくりと立ち上がるとシャウと龍様を睨みつけた。
「そうもいかねぇんだよ!竜宮を早く元に戻さなきゃあなんねぇんだ!」
「龍水天海神をお前ごときがなんとかするつもりなのかナ?お前程度の力じゃ無理なんだナ。まわりの龍神じゃああいつに歯が立たなかったんだナ!だからスサノオ尊に倒してもらったんだナ!違うかナ?シャアウ!」
「……。」
イドさんは悔しそうに下を向いた。
「今のおめぇじゃあ、どっちみち死ぬぜ?……おめぇはいつもそうだ。何か一人でいつも抱えているじゃねぇか……。ちったあ俺様達を頼れ。同じ龍神じゃねぇか。」
「……この歳になってまだ仲間ごっこですか?……あなた達にはここから踏み入れてほしくないんですよ。もう少しだけ時間をください。そうすればすべて元に戻りますから……。」
イドさんは龍様をなだめるように言った。
「馬鹿野郎!おめぇ、そんな余裕のねぇ顔して一人でなんとかしようとしてんのかよ!」
「待つんだナ……。龍。」
「加茂……。」
龍様の怒鳴り声を止めたのはシャウだった。
「龍雷水天も龍水天海も……他人が心に入ってくることを怖がっているんだナ……。シャウは土足ではなくてちゃんと靴を脱いで入るから安心するんだナ!シャアウ!」
シャウはにっこり笑うと階段を駆けあがって行った。
「おい!待てよ!加茂!いちいちわけわかんねぇ男だな!あいつは!……龍雷!お前はそこにいろ!今回は俺様達で解決してやるぜ!」
龍様もシャウに続き走り出した。その後ろを控えめにアヤがついていく。
「イド、私も彼らを手伝うわ。」
「ま、待ちなさい!」
イドさんは走りかけたが思うように体が動かなかった。
「龍雷様!傷が……!」
カメが慌ててイドさんを止める。イドさんはもう歩ける状態ではなかった。
「……やめて……ください……。僕に入ってこないでください……。拙者は…………。僕は……拙者は……僕は……拙者……」
イドさんは独り言のように小声で言葉を紡いでいる。
「龍雷様!」
カメに呼ばれ、イドさんは我に返った。
「……カメ……。笑っちゃいますよね……。これが僕なんです。あいつが封印された時、僕は新しい龍神として生まれました……。生まれ変わったはずなのに心にはあいつがいて、しかも僕もあいつも心の奥は同じ……。封印が解かれてもともと一つだった僕達の……切れていた糸がまた繋がってしまった……。」
「わちきの……せいで……。」
カメは目に涙を浮かべながらうなだれた。
「カメ……、あなたを憎んではいません。……それよりも……今、僕は何をすればいいと思いますか?……こんな時に僕は何も策を思いつきません。……彼らを止めたいというのと……勝ち目のないあれに勝つ方法……。」
うなだれているカメにイドさんはそっと話しかけた。
「……龍雷様はさっき、頭を使えば神格の高い神に勝てるって言ってたさね?」
「……それは勝てるでしょう。でもあれは僕自身です。自分の力を超えるというのはなかなかできないんです。あれは力が強かった時の僕。僕はあいつを一人で処理したい……彼らに入り込んでほしくないし、迷惑をかけられない……。」
「わちきは……一人じゃ何にもできないと思うさね……。」
カメの一言にイドさんは黙り込んだ。
「今回は龍様達にまかせて……」
「それはいけません!」
イドさんはどこか必死の表情でカメを睨みつけた。
「……?」
「僕は他者に頼りすぎているんです!あいつの事で!……封印したあれを安全にかくまってくれたのは天津。あれの中から生まれた僕に立ち上がる足をくれたのは加茂……。僕は、あれを自分自身でなんとかしたことがないんです!そして今回も!そんな事……僕は認めたくありません……。」
イドさんは一人叫んだ。
「龍雷様は龍水天海様を消し去るつもりさね?でも、彼を消した後、自分自身がどうなるかわからないから怖いさね?」
カメが尋ねるように聞くがイドさんは黙っている。
「……。」
「だから頑張ろうと思ってもできないさね?本当は助けてほしいと思っている?」
「……。」
黙り込んでいるイドさんにカメは少しムッとして叫んだ。
「イクジナシ!龍雷様はイクジナシさね!それと馬鹿さね!」
「……っな!」
カメは甲羅に隠れながらイドさんに罵倒をあびせる。後が怖かったので一応甲羅に隠れたようだ。だがイドさんは単純に驚いているだけだった。
「助けてくれる神がいるうちは助けてもらえばいいさね!その分、どこかで助けてくれた神を助ければいいさね!人間と同じように神も助け合って生きているさね!それがわからんちんな龍雷様は馬鹿さね!」
「……言いますねぇ……。後、どうなっても知りませんよ……。」
イドさんの気の流れがカメへと伝わる。
「ご、ごめんなさいさね!ちょっと調子に乗りすぎたわぁ……。」
カメは慌てて土下座をする。
「でも、その通りなんじゃねぇの?ははっ!カメに対してそんな態度ってお前らしくねぇなあ!」
カメのすぐ後ろで女の声がした。
「飛龍……。」
イドさんはカメの後ろに立っている赤髪の女、飛龍を睨みつける。
「わっ!わっ!飛龍様さね?はわわわ……。なんでここに?」
カメの顔は蒼白だ。カメにとって彼女は相当怖い存在らしい。
「うるせぇな!暇だったから来たんだよ!わりいか?ハハハハ!」
「あなたの出る幕はありませんよ。」
「話は大方聞いたぜ。ここにオーナーがいるんだって?さっさとオーナーを元に戻すぜ!」
飛龍はどこだどこだとあたりを見回している。イドさんは焦って叫んだ。
「ま、待ってください!それは……」
「ああ?なんだよ。お前は何もしねぇ気なのかよ。そうやってぼーっと突っ立ってよ、あれはやめてくださーい、これはやめてくださーいって?なんかやれよな。そのうち、皆に解決してもらっておしまいってなるぜ?まあ、それもお前らしいけどな!ハハハハ!」
飛龍は「やめてくださーい」の部分をわざとふざけて言った。
「ちょっ……飛龍様……。」
カメは戸惑った。イドさんが本気で怒りはじめていたからだ。
「なんだよ?怒ったのか?事実じゃねぇか。なあ?」
飛龍はカメに同意を求めたがカメは首を縦に振る事はできなかった。あまりの恐怖にカメはイドさんから遠ざかる。
「……あなたに何がわかるっていうんですか……。いままで僕がどれだけ慎重に世を渡ってきたか……。僕の生は負け犬から始まったんです……。その苦しみがあなたにわかりますか?」
イドさんの身体から殺気が漏れ出る。飛龍は涼しい顔で一言言った。
「ん?知らねぇよ。そんなの。」
「わからないですよね?わかるはずないんですよ……。僕は所詮、あいつの続きなんです。あいつは好き勝手に幼少期から生きてきた事でしょう。ですが僕はあれが封印された後の生を受け継いだだけ。気がついた時には青年でまわりからは罵倒される……。世渡りを散々学びました。……はは……。なんかもうどうでもよくなってきたな……。はははは……、もう……何もかも壊してしまおうか……。あー、どうでもいい。ハハハハ!」
イドさんは急に狂ったように笑いだした。
「龍雷様……どうしたさね?様子がおかしい……よ?」
カメはオロオロと飛龍を見上げる。
「知らねぇ。狂ったんじゃねぇのか?まあ、とりあえずお前はオーナーを復活させろ。あいつの命令は終わっただろ?今度はあたしの命令を聞いてもらおうか。」
「……わかったさね!」
カメは頷くと配線に近づいて行った。
「やめろぉぉぉぉ!」
突然、イドさんが叫んだ。カメは怯えて立ち止った。
イドさんの目つきが変わり鋭い咆哮が飛龍達に刺さる。イドさんはまるで別人格のようだった。
いつもの優しいイドさんの目ではなく、狂気の瞳。一体彼に何が起こってしまったのか。
単純に怒りが爆発しただけではなさそうだった。
そして怪我を負った事を忘れてしまったのかと思うくらいスッと立ち上がり、飛龍に向かい飛びかかった。
イドさんの身体からは血が滴っている。しかし動きは先ほどよりも機敏だ。
床から柱のような水が多数飛龍に向かい飛ぶ。
「おっと……。」
飛龍は軽やかに避け、怯えているカメに向かい叫んだ。
「手を止めるな!さっさとやれ。あたしがこれの相手をしててやる。」
カメは飛龍の言葉にオドオドしながら頷いた。
「消えろ!消えろ!消えろ!グルァアア!」
イドさんは水の槍を振り回しながら水の柱を動かす。飛龍は槍を避けながら水の柱も避けていた。
「うー!やっぱあんたは強ええよ!」
飛龍はきれいにバク転して攻撃を避けると床に着地した。
「グルォオオオ!」
イドさんはまた鋭い咆哮を上げると今度は一匹の龍になった。広い制御室に大きな龍が飛ぶ。
「ふふ……。あんたがその気なら!」
飛龍も真っ赤な龍へと変身した。さすがに龍二匹ではこの制御室は狭そうだ。だが彼らには関係なさそうだった。真っ赤な翼をはばたかせ、飛龍はイドさんに向かって火を吐く。
イドさんの身体から雷がほとばしり、炎の間を掻い潜って鋭い牙を飛龍に向けた。
二匹の龍はお互いを鋭い牙で噛みあった。炎と雷、水と龍の咆哮が制御室に広がる。
その間、カメは必死に配線の並びを思い出していた。イドさんが言うには逆流した術を戻すのなら元の配線に戻せばいいとのことだが……。
……わからないさね……わからないさね!
カメは焦っていた。わからないものはわからない。カメは自分のしてしまった事を本当に後悔した。
……わちきのせい……すべてわちきの……。ごめんなさいさね……天津様、飛龍様……龍様……龍雷様……ごめんなさい……ごめんなさい……。
カメは泣きじゃくった。泣いてもしょうがないのだがどうすればいいかわからなかった。
その時、カメの前によくわからない記憶が入ってきた。
―ここには入ってはいけないと私は何度言った?―
―……?―
目に入ったのはオーナーの天津と知らない女の子。女の子は幼い。十歳いっているかいってないかくらいだ。そしてカメと同じような甲羅を持っている。
自分ではないが間違いなくカメだった。幼くして死んでそのまま龍神の使いになったようだ。
これは古い記憶だ。あのカメはおそらくもう消えてしまった先代のカメだろう。だが、配線があるという事はそんなに前の記憶ではないのかもしれない。
―言葉を話せないのか?―
―……?―
彼女は人間と親交があったわけではなさそうだ。人の言葉を話すどころか何を言っているのかもわかっていないようだ。
―立ってる看板の文字も読めなかったのか……―
―……?―
女の子はなぜか楽しそうに笑っている。天津は龍鞭で思い切り女の子を叩いた。
女の子は吹っ飛ばされ床に転がる。叩かれた所を抑えながら女の子は泣きじゃくり始めた。
―言ってわからぬのなら身体で覚えてもらうしかなかろう。―
―……?―
女の子は怯えた目で天津を見上げている。
―これが龍の使いか……。勘弁だな……。―
天津が再び鞭を振り上げる。
―やめろよ。―
飛龍の声がした。
―飛龍か。―
天津は階段の方に目を向けた。階段から今とさほど変わらない飛龍が頭を抱えながら歩いてきた。
―このカメはあたしが言葉を教えてんだ。それで……教育の一環でここの階段を教えたんだ。―
―なんのためにだ?―
―決まってんだろ?いけないことだって教えるためだぜ。これから怒るんだよ。―
―……いままでその子を監視していたというわけか。―
―ん。そうゆうこった。だからあんたは安心していいぜ。―
飛龍は女の子を抱きかかえた。
―まあ、いい。……時に飛龍。―
天津は飛龍に背を向けて歩き出した。
―ああ?―
―……嘘はほどほどにしておけ。―
天津はそれだけ言うと階段を登っていった。飛龍はヘッと笑った後、つぶやいた。
―ったく、一言多いんだよ。あいつは!黙っていきゃあいいのによ。―
―……?―
女の子は飛龍に抱きかかえられながら首をひねっていた。
―あんた、このまんまじゃいつか痛い目合うぜ?今も痛かっただろ?―
―……?―
飛龍の問いかけに女の子は頭を捻った。おそらく何を言っているのか聞き取れないのだろう。
―だから……―
飛龍はそっと女の子を抱きしめ、頭を撫でた。女の子は泣きながら飛龍にしがみついてきた。
女の子と飛龍の心が繋がったらしい。
それを見ながらカメは飛龍の元を思い出していた。
飛龍流女神は母性を秘めている龍神として人々に祀られていた。温かく生き物を見守り、恵みの雨を降らす。本当はとても優しくおおらかな龍神なのだ。そしてその温かさから火の神とも呼ばれた。
おそらく先程、闘技場でシャウの言い訳を聞いていた時も嘘だと見破っていたのだろう。
だがあえて彼女は信じたふりをしたのだ。
……でも怖いさね……やっぱり。
カメがため息をついた時、配線が目に入った。
……そうだわぁ!これを見れば!
カメは記憶が消えないことを祈りながら一心不乱に配線を繋ぎ始めた。
そんなカメを見ながら飛龍はそっと微笑んだ。
「……あんたの事、あたしにはわかんねぇけどよ、カメの方があんたよりも立派じゃねぇかなって思うんだが。」
本能で動いているようなイドさんに飛龍が語りかけた。イドさんは飛龍に常に襲いかかっている。
「グルルル……。グルァアア!」
「ははっ!そうだ……。逃げんじゃねぇ!あたしに向かってこい!あたしがこええか?まわりのやつらがこええか?あんたはそんな男じゃねぇだろ!」
飛龍もイドさんに牙を向く。二匹の龍は交じり合いながら激しくぶつかった。
「これが最後の配線さね!」
カメは冷や汗をかきながら残り一本になった配線を装置につなぐ。
刹那、眩しい光が制御室全体を覆った。
「グワアアア!」
突然、空気を切り裂くような風がイドさんを貫いた。イドさんは叫び、急に龍から人型に戻り、膝をついて倒れた。
「オーナーか?」
飛龍ももとの人型に戻る。イドさんの上には一つ目の大きな龍が気品よく飛んでいた。
「……恩をあだで返すか……龍雷よ……。」
「あ……天津……。」
起き上る事もできないイドさんは苦しそうに身体を這わせる。
「もう動けまい。自分の怪我の度合いもわからないか。」
「……僕は……何を?」
イドさんは元のイドさんに戻っていたが先程までの記憶を失っているようだった。
「ああ?あんた、急に狂ったと思ったらもとに戻ったのか?」
「……狂った?」
「いきなり笑い出してよ……。わっけわかんねぇよ。」
飛龍の言葉にイドさんは頭を捻った。それに答えたのは天津だった。
「龍水天海の気性が龍雷に移ったのだ。元が同じなのだ。自己を保てなくなるくらい追い詰められると龍水天海の気性が出てしまうのだな。」
「……そうですか……。あれはまだ僕の中にいるのですか……。やっとこの性格で落ち着いたというのに……。」
イドさんは目を伏せた。
「……どうでもいいがあんたはその龍水天海を否定するばかりで何もしてないよな?ただ、ここで暴れただけだぜ?」
飛龍はイドさんの前まで歩いてきた。
「あなたは……また僕を怒らせるんですか?」
「馬鹿な男だぜ。言葉の意味をしっかり受け止めろよ。あたしはカメの方が立派だと思うぜ。悪い事はしたがな。」
「……。」
理由はわからないがカメは現世に行きたい一心でこんな事をしてしまった。それを償う為に必死で自分のやるべきことを探している。飛龍はその心を褒め、イドさんにもわかってほしいと望んでいた。
「とにかく、龍雷はここにいる事だ。もう動けまい。私はあれをなんとかしてくる。」
オーナーは龍から人型になると颯爽と階段を登って行った。
「ま、待ってください!あれは……僕が!」
「うるせえ!」
イドさんの言葉を飛龍が遮った。
「あんたは少し頭を冷やせ!答えがはっきりと出るまであたしはあんたの側にいてやる。」
飛龍はドカッとイドさんの前に座り込んだ。カメは震える足で飛龍の側に寄ってきた。
「僕がやらないと……!」
「答えが出たらあたしがあんたを運んでやるよ。」
イドさんはうつむいて黙り込んだ。本当はもうとっくに答えなんて出ていた。
だがそれを口にするにはまだ時間がかかりそうだ。
「あの……。」
カメが控えめに飛龍を見上げる。
「ああ?なんだ?」
「い、いえ……別になんでもないさね……。」
「あんたは頑張ったんじゃねぇの?何したいかわかんねぇけど後で現世に連れてってやるよ。」
「ホント?」
「ああ。気が向いたらな。ははっ!」
飛龍は喜んでいるカメの頭を小突いた。
「痛い!うう……。」
カメは再び飛龍に怯え甲羅に隠れてしまった。それをみた飛龍はいたずらっぽく笑った。
十話
いくつもの階段を登りオーナーの部屋にたどり着いたのだが、そこに龍水天海とやらはいなかった。
「いないじゃない。」
アヤは若干拍子抜けしたような顔をしていた。
「上だ……。」
アヤの横で龍様が珍しく真面目な顔で天井を睨んでいる。
「上?」
「竜宮には秘密の天上階があるあるんだナ!龍になってないといけないんだナ!シャウ!」
シャウはしきりとジャンプをしていた。
「だから、なんで知ってんだよ!天上階は龍の庭だぜ。龍しか見る事のできない雲の上の庭園。と言ってもまあ、上の海と竜宮の間の空間ってだけだけどな。」
「つまり、あれね。空を飛べないといけないのね?」
アヤの問いかけに龍様は顔を曇らせた。
「そうだが……。これ、俺様が龍になんねぇとダメってか?」
「さっさとなるんだナ!シャアウ!」
シャウがオーナーの部屋にある窓を開け放った。そしてステッキを窓に向け微笑んだ。
「っち……簡単に言いやがってよぉ……。」
疲れんだよな……とつぶやきながら龍様はしぶしぶ窓から外へと飛び出した。龍様が飛んで間もなく緑色の大きな五爪龍が窓脇に止まった。
「おお!かっこいいんだナ!シャアウ!」
シャウははしゃぎながらぴょんと五爪龍に飛び乗る。
「いちいちうるせぇ男だな……。それから!そんな気軽に乗るんじゃねぇよ!」
その五爪龍からは龍様の声がした。
「アヤちゃんも突っ立ってないで乗るんだナー!シャアアウ!」
「そ、そうよね……。龍も龍神なのよね……。龍になれるのね……。」
あまりの大きさに圧倒されていたアヤだったがシャウの声で我に返った。
「俺様、この姿疲れるからあんまなりたくねぇんだよなー……。」
龍様がぶつぶつ言っている中、アヤも龍様の上に飛び乗った。
「やっぱり鱗が固いわね……。座り心地は何とも言えないわ……。」
アヤは龍様の背中をさすった。固い。ずっと座っていたら腰が痛くなりそうだ。
「しょうがねぇよ……。人を乗せるもんじゃねぇからな!」
「さっさと行くんだナ!早くしないと電気でびりびりするんだナ!こう、びりびりって!シャアウ!」
シャウがステッキで龍様の鱗をつつく。
「わ、わかった。わかったから騒ぐな。そして電気はやめろ!お前、本性はドSか?」
「……シャウ?」
残念ながらシャウには龍様の発した単語がよくわからなかったらしい。龍様はため息をついた。
「それより、はやく行きましょう。」
「……あー……わーったよ。」
アヤの言葉に龍様は投げやりに頷くと空へと舞い上がって行った。人を乗せているという事もあって龍様は垂直に舞い上がったりはしなかった。徐々に上へと昇っていく。
しばらく風の音だけが耳を横切った。まわりはコバルトブルーの空と真っ白な雲。すぐ上が海だとはどうしても思えない。そんな幻想的な風景にひときわ目立つオレンジの髪の男。
「……あれか?」
龍様が警戒の色を見せた。まがまがしい気がオレンジの髪の男のまわりをまわっている。頭に金色の双龍が交わった冠を被っており、ストレートのオレンジの髪が腰辺りまで伸びている。紫色と赤がベースの水干袴のようなものを着ていた。どういう仕組みなのか、彼は空に浮いている。
「ああ?天上階に何か用かぁ?」
オレンジの髪の男がこちらを睨んだ。その目つきは自分の中に入って来るなと言っていた。
「君があれなんだナ?龍雷水天なんだナ?シャアウ!」
「一緒にすんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!拙者は龍水天海神だぁ!」
シャウの言葉に龍水天海が怒りを爆発させた。
「もとは一緒だろうが……。」
龍様のつぶやきは丸無視して龍水天海は狂気的な笑みをこちらに向けた。
「お前らは死にに来たのかぁ?そうなのかぁ?あーはははは!拙者を消しにきたんだろ?逆に消される事になるってわかっててなあ!はははは!」
龍水天海はいきなり襲ってきた。龍様の真下に来るとそのまま拳を振り上げた。拳から爆風が舞い、龍になって重量が増しているはずの龍様が上空へ突き上げられた。
「ぐああ!」
龍様が呻く。凄い衝撃が上に乗っているシャウとアヤにのしかかる。
「……っうう!」
シャウは龍様から落ちそうになっているアヤの手を素早く引くと遥か下で狂気的に笑っている龍水天海に雷を落とす。しかし、龍水天海はもうその場にいなかった。
「はっ!」
龍様が咄嗟に上を向いた途端、爆風が龍様を貫いた。龍様は勢いよく下に落とされた。
「きゃあ!」
上にいるアヤはバランスを保てず、シャウにしがみつくしかない。龍様は竜宮にぶつかる形でとどまった。
「爆ぜろぉ!爆ぜろぉ!」
龍水天海は体勢を立て直せない龍様にカマイタチを浴びせる。衝撃波と爆発が龍様を襲う。
「ちっくしょう!あいつ……つええ……。」
龍様が苦しそうにつぶやく。
「はやく動くんだナ!龍!このままじゃ死ぬんだナ!シャアウ!」
「わかってるぜ!くそっ!」
シャウの焦った声で龍様が素早く横に逃げた。その後を追うようにカマイタチが襲ってくる。
「逃げてんだけかあ?ははははは!」
「龍!右よ!」
アヤの言葉で龍様は身体をくねらせながら上昇する。龍様がさっきまでいた所に蹴りあげるポーズのまま止まっている龍水天海がいた。龍水天海は足をゆっくりと降ろすとこちらをみて再び笑った。
ここまで力の差があるとは思わなかった。龍様は逃げる事で精一杯でシャウの雷はまったく当たらない。アヤはどうすればいいかわからなかった。
「拙者は風の神、そして海の神だぁ!」
龍水天海はいつのまにかシャウの前にいた。そのまま拳がシャウに飛ぶ。シャウは素早くステッキで拳を受け止める。しかし受け止めきれず、吹っ飛ばされ龍様から落下した。
「シャアアウ!」
「シャウー!」
アヤはシャウに叫んだ。
「ずいぶんとかわいらしい顔してんだなあ?人間くせぇその顔……。」
龍水天海はアヤをみて笑っている。アヤの頬に汗が伝う。
「アヤちゃん!逃げろ!俺様から飛び降りんだ!早くしろ!」
龍様がアヤを振り下ろそうとした。
「うるせぇんだよぉ!てめぇは!」
「龍!」
龍水天海は龍様を思い切り殴りつけた。衝撃が下に突き抜ける。龍様は衝撃波と共に地面に落とされた。アヤは咄嗟に自分の足元の時間を止める。うまく浮くことができた。
「あはははは!時間を止めるってのは便利な力だなあ?おい。」
「……な、なによ……。」
アヤは心底この神が怖かった。自分の足が震えている事はわかっているが確認していられなかった。彼から目を離したら殺されてしまいそうだったからだ。
「その怯える顔も人間を思い出すなあ!はははは!」
「なんで私だけ残したのよ!あなたが紳士的な心を持ち合わせているとは思えないのだけど。」
「ははは!なめてんのか?ああ?お前、拙者をなめてんだろ?ええ?」
龍水天海は一瞬でアヤの目の前に来ると腹を殴りつけた。
「……うっ!」
アヤは苦しそうに呻いた。
「優しくしてもらえるとでも思ったのか?」
「はあ……はあ……これだけですませてくれるの?や、優しいじゃない……。」
「挑発のつもりかあ?へっ、どこまでも人間くせぇ!勘違いしているようだから言っておくなあ?……お前は使える。そう判断しただけだ!ははは!」
「……っ?」
アヤが戸惑っているとアヤの周りの風が高速で動き始めた。
「カマイタチだあ。少しでも拙者に反する行為をしたら容赦なく斬れるぜぇ?ひひひ……。」
「な、何よ……これ……あうっ!」
龍水天海が指を少し動かした途端、アヤの肩が浅くシュッと斬れた。
「楽しいだろお?まず、あの男神を始末する。言う事を聞かないと……。」
龍水天海はまたも指を動かし先程斬れたアヤの肩を再び斬る。
「いっ……やあああ!」
アヤは痛みに悶えた。鮮血が飛び散る。
「いい声だあ。あはははは!」
泣きながら震えているアヤを龍水天海は楽しそうに見つめていた。その時、シャウを乗せた龍様が龍水天海の前に現れた。
「アヤちゃん!どうした?」
「肩に……。シャウ……。」
龍様とシャウは愕然とした。アヤが動揺した顔で時間の鎖を飛ばしてきたからだ。
「……ごめんなさい……。」
「アヤちゃん……。」
龍様とシャウの動きが固くなった。そこへ龍水天海神が狂気の笑みを浮かべながら龍様達に攻撃を仕掛ける。アヤは目をつむり、耳を塞いだ。
……イタイのは嫌……刃物も実はとても苦手……見ているだけで怖い……。死にたくない……。
ふっとアヤはらしくない自分がいる事に気がついた。
……待ちなさい……。ちょっと今、私は何をしているの?私自身、任意でつきあったわけじゃなかったとしても彼らは私を守ってくれた。なのに、私は何をしているの?
そうよ……。私は何をしているの?
アヤは覚悟を決めた。
……怖いのなら目をつむって突っ切ればいいのよ。自分でこのカマイタチを抜けないと何にも進展しない!
アヤが一歩を踏み出した時、シャウが何かを悟ったのか叫んだ。
「やめるんだナ!アヤちゃん!ダメなんだナ!死んじゃうんだナ!シャアウ!」
シャウと龍様は龍水天海の攻撃を受け、疲弊していた。アヤはシャウの言葉を無視して歩き出す。
「ダメなんだナ!シャアアウ!」
シャウが今までにないくらいの電撃を身体に纏わせ龍様からアヤに向かって飛んだ。龍水天海が追いかけようとしたが龍様が必死にとどめる。
「狂った野郎め!」
龍様が咆哮を上げる。龍水天海と龍様が再びぶつかる。
「……っえ?」
アヤが目を開けた時、シャウに抱きかかえられていた。
「無茶するんだナ……。シャウ!」
「シャウ……あなた……。」
シャウは体中切り傷でボロボロだった。カマイタチの中、アヤをかばいながら抜けたらしい。
「シャウは身体を多少、雷にできるからこれくらいで済んだんだナ!アヤちゃんがやったらミンチなんだナ……シャアウ!」
シャウはにっこりと笑った。
「……ありがとう……。私、あなた達を攻撃したわ……。ごめんなさい。……怖かったの。」
「当然なんだナ……。あんな状況だったら皆怖いんだナ……。シャウは君を連れて来てしまった事を後悔しているんだナ……。君はこんな目に遭うべきじゃないんだナ。シャウ!」
シャウは珍しく真剣な顔で頭を抱えていた。
「大丈夫よ。あなたを恨んでいるわけじゃないから……。」
「怪我しているんだナ……。シャウのせいなんだナ……。シャウ!」
「……これは自分が弱かっただけ。心配は無用よ。」
アヤを抱えたシャウはふわりと龍様の上に戻ってきた。
「龍、こいつには勝てないんだナ!ちょっと逃げるんだナ!シャウ!」
「逃げる?お、おう!じゃあ、全力で逃げるぜ!」
龍様は龍水天海の攻撃をうまく避けてそのまま逃走を始めた。
「お前らに逃げ場なんてねぇんだよお!あははは!その時神、拙者に渡せぇえ!なーんてな!あははははー!」
龍水天海は龍様を追い始めた。どうやらアヤを使おうとしたのも気まぐれだったようだ。彼自身、何か計画があるわけではない。
「あいつの行動パターンが読めてきたぜ。あいつは風を操っている。風の動きでどこに来るか予想ができる!」
龍様のスピードは先ほどと違ってかなり速い。避けるのに迷いがないからだ。
「さすがなんだナ!シャアウ!」
「……あなた達はあの神を結局どうしたいの?」
アヤの言葉にシャウと龍様は止まった。
「うーん……。なんかもうシャウの目的は果たせたんだナ……。よく考えたらあれの事はどうでもいいんだナ?シャアウ!」
シャウはシルクハットを抑えながら唸った。
「そうだな。お前はもういいのか。俺様はこの竜宮を元に戻さねぇとなんねぇんだが……あれがいようがいまいが竜宮が元に戻ればそれでいいんだがなあ……。」
龍様もカマイタチを避けながら唸る。
「それとイドを助けるためになんとかしようとしているんでしょ?」
「え?ああ、そうそう!」
龍様の反応をみてアヤはため息をついた。
「大事な事をすぐ忘れるのね……。……で、具体的にあの神をどうすればいいかわからないのよね?」
アヤの言葉にシャウが頷いた。
「そうなんだナ!あれを消すのがいいのか、他に何か利用方法があるのか……シャアウ!」
「あの神はなんだかただ狂っているだけじゃないような気がするの。理由があるのかもしれないわ。その理由がわかればおとなしくなるかもしれない。」
「やっぱり結局はあいつか……龍雷がいないと……。」
龍様は大きくため息をついた。
イドさんはまだ迷っているようだった。
「しかし、あの時神、お人よしだな!」
飛龍の言葉にイドさんの眉がぴくんと動いた。
「アヤちゃんの事ですか?」
「そうだよ。だってよ、超弱いのにこんなとこまでお前を助けに来たんだぜ?まったく関係ねぇのによ。」
「……そうですよね……。上に立つ神々がこんなんではしょうがありません。やっぱり僕があれを始末しないと責任をとらないと……。」
カメは先ほどから救急箱を使い、薬をイドさんに塗っている。カメの顔は不安でいっぱいだ。
「だからよ、そういう事じゃなくて……。」
「わかってます。僕があれにとどめをさせるようにあなた達に協力していただきたいのです。」
イドさんの発言で曇っていた飛龍の顔がパッと明るくなった。
「それを早く言えよ。なあ?カメ。」
「え?あ、はい!そうさね?」
カメがあいまいにうなずいたので飛龍の顔がまた曇る。
「まあ、あれは僕一人でもなんとかするつもりでしたが……そこまで言うのでしたら手伝ってもらいましょうか。」
イドさんは本意ではないという顔で立ち上がった。
「あ、あまり動かない方がいいさね!」
カメが止めようとしたがイドさんは二、三歩歩いて飛龍達に背を向けた。
「……?」
「ありがとうございます……。本当は僕一人ではなんともならなかった……。どうすればいいかわからずおかしくなりそうでした……。」
イドさんは小声でつぶやいた。飛龍達に背を向けたのはこんな事を言っている自分の顔を見られたくなかったからだ。自分の力不足で神々に多大な迷惑をかけ、その迷惑をかけた神になんとかしてくれと頼んでいる自分が恥ずかしかった。
……長い年月生きると頑固になってなんでも自分でできる気になるものですよ……。
いや、違いますね。自分でなんとかしなければならないことが多くなりすぎて人に頼る事がいつの間にか怖くなるだけです。
イドさんは足を引きずりながらフラフラと歩き出した。
「無茶すんじゃねぇよ!」
「そうさね!」
飛龍とカメが慌ててイドさんの肩を持った。
「ありがとうございます……。そして本当に申し訳ない……。」
「いいぜ。別に。お互い様だ。」
飛龍は暗い顔つきのイドさんに笑いかけた。
龍様は全力で逃げていた。
「あいつはどこまでも追って来るぜ!」
「勝てないんだから逃げるしかないんだナ!シャアウ!」
龍様とシャウの会話を聞きながらアヤはどうすればいいか考えていた。
「あの神と話ができれば……。」
「アヤちゃん?それはちょっと無理なんだナ!シャアウ!」
「でも逃げててもしょうがないじゃない……。」
龍水天海は手から弾丸のような水玉を飛ばしてきている。龍様は避けるが大きな体では完全に避けきる事ができなかった。
「っぐ!いってぇええ!」
龍様は疲れたのか先程よりも動きが鈍い。
「龍ももう限界よ!このままじゃやばいわ!」
「……いや、大丈夫だぜ。もうちょい逃げるぜ!」
龍様がまた元気に逃げ始める。
「どうしたのよ?」
「オーナーが!オーナーの気が復活しているんだ!こっちに来ている!」
「天津彦根神が?」
その時、龍様とすれ違うように一つ目の大きな龍が龍様の横を通り過ぎた。
「天津彦根神なんだナ!シャアウ!封印は解かれたんだナ!シャアウ!」
「あれが……天津彦根神……。」
アヤは過ぎ去っていく一つ目龍をぼんやりと見つめた。
天津は旋回して龍水天海の前まで来て止まった。
「また会ったなあ?出てこねぇ方がよかったのによぉ……。」
龍水天海が天津に向かい狂気的な笑みを浮かべる。天津はただ龍水天海を睨みつけているだけたった。
「なんだよぉ。何にも言わねぇのかあ?」
「いや……、君には何も言う必要がないだけだ。」
「へぇ?」
天津は一呼吸おいて大きな口を開いた。
「もうここで終わりにしようと思う。」
「そうかよぉおお!お前は邪魔だ。死ねぇええ!」
龍水天海は高らかに笑うと咆哮をあげ、龍へと変身した。橙色の身体に赤い瞳、白い牙が目立つ。
「……狂気の龍という事か……。海の神が橙の色をしているとは……。」
「ははっ!拙者はもともと真っ白な龍!だが人の血を浴びて身体が橙に染まった!ただの海神じゃねぇ!人々の恐怖として生まれ変わったんだあ!たまにはこういう神もいねぇとなあ!」
龍水天海は天津にぶつかっていった。
「色々と君はやりすぎた。あれではただの殺戮だ。」
天津は身体に雷を纏わせて龍水天海に戦いを挑む。二匹の龍は空中で旋回し、交じり合いながらぶつかる。高速で動く二匹の龍にアヤ達はただ佇むしかできなかった。
龍同士が噛みつきあったのか血が風に乗って飛んでくる。
「グルォオオオ!」
龍水天海が発した咆哮を合図に後ろから何故か高波が現れた。天津はその高波を雨に変え、龍水天海に弾丸のように飛ばす。
天津彦根神は風雨の神とも海の神とも山の神とも言われる。沢山の神格を持つ美しく高貴な龍だ。そんな神に怯むことなく龍水天海はぶつかっていく。互いの龍は一歩も退くことなく激しい戦闘を繰り返していた。
しかし、他の感情が欠落している龍水天海はためらいや躊躇がまるでないため、天津が若干押され始めた。お互いがカマイタチを放つ。打撃を放つ。天津は避けるが龍水天海は避けない。体の傷をものともせず、避けた天津の隙を狙って動いている。避けずにぶつかりながら動いた方が相手よりも早く動けるが普通はダメージを負うのでやらない。それを彼は平然とやってのける。
「このまんまじゃオーナーがおされちまう!俺様達も手伝うぜ!」
龍様が動き出した。
「わかったんだナ!シャアウ!」
「このまま突っ立っててもしかたないわね。やるわ。」
シャウとアヤも覚悟を決めた。
その時、赤い龍、飛龍に乗ったイドさんとカメが現れた。
「イド!」
アヤが叫ぶのと龍水天海が咆哮を上げるのが同時だった。
「グルオオオ!」
咆哮と同時にカマイタチ、水弾がイドさん達を襲った。
「カメェ!」
「はいさね!」
飛龍の呼びかけにカメは素早く反応を示し、イドさんに当たりそうだった攻撃をすべて弾き返した。それを見届けてから天津が再び龍水天海にぶつかっていく。高波がまた天津を襲う。
天津は避けつつ水弾を龍水天海にぶつけた。
「……あれは僕が倒します。皆さん、ご協力お願いします……。」
イドさんからはただならぬ気が渦巻いている。そのイドさんの決意に一同は深く頷いた。
イドさんは手から水の槍を出す。そしてもう片方の手に水でできた弓を出現させた。
「アヤちゃん、加茂……よろしくお願いします……。」
イドさんの発言に二人は顔を見合わせた。イドさんの心変わりに驚いたのだ。
龍水天海はこちらに攻撃を仕掛けながら天津とぶつかっている。物理的なものはすべてカメが弾いた。
今、龍水天海は天津とぶつかっているため身動きができない。それを見つつ、アヤはイドさんが持っている槍の時間を止めた。水の槍にはこれで柔軟性が失われた。
その後、シャウがその槍に電撃を纏わせる。
光り輝くその槍をイドさんは龍水天海に向けた。
イドさんは龍水天海を消すつもりだ。アヤは思わず声をかけた。
「ねぇ!話し合うことはできないの?」
アヤの言葉にイドさんはせつなげに笑った。
「なんとなく……彼の気持ちもわかるんです……。彼はとても臆病です。そしてそれゆえに一番上でありたいと願う。竜宮を閉鎖したのは他の神が入ってくることを恐れたから。オーナーになろうとしたのは自分の存在意義を示したかったから……。」
イドさんは複雑な表情で笑う。
「イド……。」
「……そう……あれが昔の僕……。もうとっくにいらない存在なのにいまだ狂暴であり続けようとしている……。」
イドさんが弓を構えた。
「その僕の記憶をここで……。」
イドさんが自分の神力を矢とかした槍にこめる。
「終わらせないといけないんです!」
勢いよく龍水天海に矢になった槍を放つ。槍は轟々と音を立てながら高速で龍水天海の身体を貫いた。
「―!」
声にならない叫びが天上階に響き渡り鮮血が青い空を赤く染める。龍水天海は龍の姿から人型に戻り、落ちて行った。喉元を狙ったその攻撃は致命傷だった。
……ああ、そうかよぉ……
イドさんの頭に龍水天海の声が響く。
……拙者のような龍は……もういらねぇって事かよぉ……
……人間の期待に応えられず……こっちを睨みつける目に怯え……虐殺し……狂って血の色に染まった橙の龍は……もう……いらねぇってことなのかよぉ……。
これは龍水天海の感情か……。落ちて行く龍水天海……イドさんは頭に響く声をただ聞いていた。
……拙者とお前は違う……。お前は拙者の神としての生を継ぐんじゃねぇ。
別もんだ……。拙者の生はここで終わるんだ。お前が継ぐんじゃねぇ!……いいな?勘違いすんなぁ……。
お前に消されるのは癪だがもういい……。
……消えてやるよ……それで……いいん……だろ……。
龍水天海の身体が美しい白い光となりイドさんの中に吸い込まれた。
……さようなら。あの時のまんまの僕……。
イドさんはそっと目を閉じた。
最終話
終わったの?
アヤは白い光をぼうっと見つめた。心の中ではこれでよかったのかと思っていたがイドさんの決意に対して何も言う事はできなかった。昔の自分を消すというのはどういう気持ちなのかアヤにはわからなかったからだ。お互い共存するのはむずかしかったのかもしれない。
きっとイドさんもできる事なら共存をと考えていたに違いない。だからいままで手が出せなかった。
「それから……残念なことに……あなたは別物だと言いますが……魂はこうやって戻って来てしまうのですよ……。僕もあなたと一つになるのは嫌ですがね。」
白い光がイドさんの傷を癒していく。
「何も言いたかねぇが……あんたとあいつは似ていると思うぜ。」
龍様がぼそりとつぶやいた。
「確かにね。……雰囲気がそっくりだった気がするわあ。」
カメもなんとも言えない顔でつぶやいた。
「……そうですか。似てますか。あれとは違うように性格を作り替えたはずなのですがね……。」
イドさんは青と白の世界、天上階をただ見つめている。
「まあ、でもいいじゃねぇか。今、お前は違う龍神なんだから……。」
飛龍もイドさんを乗せたままぼんやりと天上階を眺めていた。
「そろそろ戻るぞ。もう封印はない。竜宮はもとの竜宮に戻る。」
天津は一つ目を細めて一同に語りかけた。
「待つんだナ!シャアウ!」
シャウが声をあげた。
「なんだ?加茂。」
「もう……レジャー施設はやめる気なんだナ?シャアウ……。」
「ああ。もうよいだろう?龍雷に協力するのはもう終わりだ。」
「そんな……。シャウ……。」
シャウはいままでで一番へこんだ顔をしていた。
「不服そうだな?」
「このままじゃ龍雷がかわいそうなんだナ!いままでやってた竜宮が急に変わったら他の神が原因を探すんだナ!そうしたら必然的にばれちゃうんだナ!シャアウ!」
「お前はどこまでも龍雷の肩を持つのだな。」
天津の言葉にシャウは目を細めた。
「龍雷を守る……これは……先祖の加茂の記憶……シャウの本能なのかもしれないんだナ……。本当はシャウが竜宮のオーナーになって事件前の竜宮に戻したいんだナ……。でもシャウにはできないんだナ。シャウ!」
「自分がいつ死ぬかわからんから私にやれというのか。……あのくだらんものを……。」
「くだらなくないんだナ!アトラクションで皆笑顔になるんだナ!くだらなくないんだナ!それにシャウも若いままでいられそうな気がするんだナ……。シャアウ!」
シャウが天津に対し声を荒げた。
「俺様は……加茂に乗っかるかな。正直、竜宮見ても何がいいんだよって思う。だけどな、ツアーコンダクターの仕事がなくなると毎日がつまらねぇし生活できねぇ。」
龍様の言葉を聞いた飛龍も大きく頷いた。
「そうだねぇ!あたしも戦うやつがいねぇと張り合いがない。何試合もゲームできるんならこのままアトラクションはあったほうがいいなあ……。」
「わちきは……龍神様に任せるさね。ね?」
カメはイドさんをみて微笑んだ。
「天津彦根神……二度も助けていただきとても助かりました。僕は何も望みません。僕はあなたの判断に従います。」
天津は一同の言葉を聞き、ふうとため息をつくと決断した。
「……しかたあるまい。ここに住む龍神を守るためにも私がオーナーになるしかない。またしばらくオーナーを続けよう。」
天津の判断が出たとたんに場がいっきに和んだ。皆、もとの竜宮に戻る事を望んでいたようだ。
「じゃあ、私は神格が高まった時にでも遊びにくるわね。」
いままで事のなりゆきをみていたアヤが会話に参加した。
「そうだ!アヤちゃんはまだここにこれねぇんだった!」
龍様のつぶやきに天津の眉がぴくんと動いた。
「高天原に入れない神格の者がいるな……。」
「やべぇ!」
「え!ちょっと!いきなり動かないでよ!龍!」
天津の一睨みで龍様が逃げ出した。上に乗っていたアヤは思わずバランスを崩しそうになった。
「カメ!来るんだナ!このまま現世に逃げるんだナ!シャアウ!」
シャウは飛龍の上にいるカメに手を伸ばした。
「あ……。」
カメはイドさんと飛龍を不安そうに見つめた。
「ほんとはあたしが現世に連れてってやろうとか思ってたけど良い機会じゃねぇ?さっさと行って来いよ。そのかわりすぐに戻って来いよ。」
飛龍は龍様の近くまで飛んで行ってやった。それでも不安そうなカメにイドさんは言った。
「行って来なさい。僕はもう大丈夫です。あなた達に救われましたから。」
イドさんは笑顔でカメの背中を押した。その流れでカメはシャウの手を掴む。
「ごめんね……。すぐに戻るさね!龍雷様、飛龍様!」
「ええ。」
「イド……。次会う時は普通の出会いを期待しているわ……。」
横からアヤがぼそりとつぶやく。
「そうですね。近いうちにその肩の怪我、治しに伺います。」
「いいわよ。かすり傷だから。」
アヤがそう言った時、天津が追いかけてきた。
「待て!なぜ……。」
「オーナー!気のせいだ!気のせい!じゃーな!」
龍様はそう焦って言うとスピードを上げて逃げて行った。
「まったく……。」
天津はそれ以上追おうとはせずそのままイドさんの横に来た。
「オーナー、僕は一人じゃどうにもならないとわかっていながら一人でなんでもやろうとしました。あなた達の好意をすべて無駄にするところでした。せっかく助けてくれたのに僕はそれを壊そうとしました。ほんとうに申し訳ない。」
イドさんは頭を下げ、天津に謝罪の言葉をのべた。
「べつにいい。あれは竜宮にとっての脅威だった。協力者が現れないと何もできないと私も思っていたのだ。お前が生まれたばかりの時の竜宮はとにかくまとまっておらず、新しい龍神を受け入れるようになっていなかった。だから私はお前が竜宮に入る事をはじめ拒んでいた。加茂が協力してくれなければ私も自由に動けなかったのだ。今はこうして助け合いができる。龍神の世は変わり、お前も変わった。それでいいではないか。」
「そう言ってもらえると僕の心の負担も軽くなります。」
イドさんは複雑な笑みを向けた。
自分には頼れる者達がいる。仲間がいる。そう思えるだけでよかった。
いままでは仲間を作ろうとはしなかった。それ故に手を差し伸べてくれている者に気がつかなかった。利用していた……。
「よく考えたら僕って最低ですよね。」
「悪い面からすればそうなるな。」
天津はふふっと笑った。それを見た飛龍がイドさんをからかう。
「へっ!何言ってんだよ。自虐か?あんたらしくないな。」
「そうですねぇ……。」
飛龍は豪快に口を開けて笑った。イドさんはそんな飛龍を見ながらそっと微笑んだ。
アヤ達は現世の海の上にいた。
「はじめからこういうワープ的なのがあるのなら使いなさいよ。」
「……そりゃあ無理だぜ。これは一方通行なんだよ。」
海の下には小さな神社が沈んでいた。
「へえ、あれが現世の竜宮さね?さびれているわあ……。」
カメはううと唸っている。アヤ達はこの神社から外へと飛び出した。天上階を進んでいた時になぜか鳥居が空に浮いており、そこを潜ったとたんに現世の海にいたのだ。
「楽しかったんだナ!シャアウ!」
シャウは龍様の上で楽しそうに踊っていた。傷はなぜかきれいに治っている。龍様はうざったそうにしながらアヤに弁護を始めた。
「いいか?現世で修行中の神がこの竜宮から高天原の竜宮に来れちまったらあのゲートの意味がねぇだろ?だから現世からは高天原にいけねぇようになってんの。」
「……わかったわよ。もう疲れたからとりあえず家の前でおろして。」
龍様は現世の空を駆ける。横でカメがアヤの肩の傷を治していた。
「加茂様!こっち向かない!いいさね!」
「だってアヤちゃんの上半身……シャアアウ!」
カメは興奮しているシャウを甲羅でどかしながらアヤの上着を脱がせ、薬を塗る。
「となりに男神がいるってのは気が気でないわ。うう……ちょっと!この薬痛すぎるわ!」
「アヤにも女の子の感情があるさね!ああ、痛い?ごめんね。」
「女の子の感情って……どういう意味よ……。」
「別になんでもないさね!」
「あらそう。」
二人がこそこそと話していると龍様が声を発した。
「おい、そろそろ陸地だ。俺様達は見えないがアヤは見えちまうから上着着ていた方がいいんじゃねぇのか?宇宙人かなんかに見間違えられたとしても服着てるのときてねぇのとでは違うと思うぜ!ははは!」
下品な笑い声に顔をしかめながらアヤは上着を着た。しばらく飛行し、あの桜並木まで戻ってきた。まだお昼前なのか子供達が楽しそうに走り回っている。
アヤ達は龍様から降りた。龍様も人型に戻る。
「で、結局お前は何がしたかったんだよ。現世で。」
龍様が呆れた顔をカメに向ける。
「それは……。」
カメが何かを言いかけた時、後ろからこのあいだの女の子が走り去った。
「あっ!」
カメが心配そうに後を追う。
「あの女の子、竜宮行く前にも呼び止めようとしていたけど何なの?」
「ま、待つさね!」
アヤの問いかけが聞こえていないのか必死な顔でカメは走る。その後をわけもわからず龍様とシャウがついていく。
「うう……。アヤちゃんの質問に答えるんだナ!カメ!シャアウ!」
シャウの言葉にやっとカメが気づき、口を開いた。
「あの子はわちきがカメだった時に一人、いつも話しかけに来てくれた女の子……。一人で寂しかったんだろうなって思ってたさね。もしかしたらわちきに助けを求めていたかもしれないさね!その子の事が死んでから気がかりで……。」
そこまで言ってカメは立ち止った。
「でもよ、それはずいぶん前の話なんじゃねぇのか?なあ?カメ……ん?」
龍様も足を止め、前を向く。
「違う……。」
カメはそっとつぶやく。そして眼前の光景をただ見つめた。
目の前で美しい女性に飛びつく女の子。その女性は女の子を抱きしめるとそっと手を繋いで歩きだした。幸せそうに笑いながら……。
「あの子じゃない……。」
カメはただ茫然と見つめた。
「そうか……。」
きれぎれにカメはつぶやく。
「もう……わちきが心配する事じゃなかったさね……。はじめから……わちきはいらなかったんだ。」
そう言って破顔した。カメの瞳には女の子ではなくそのとなりで笑っている女性が映っている。
女の子は女性に笑いかけると
「まま。」
とつぶやいていた。
「お前、なんで泣きながら笑ってんだ?」
龍様につっこまれカメは涙をぬぐう。
「月日を考えてなかったさね。……女の子があまりにもそっくりだったから……間違えてしまったさね。彼女はあんなに大きくなって子供もいて楽しそうに笑っているさね。あれからあんなに経っていたんだねぇ……。人間の寿命ってほんと短いね。」
「でも人間は強くてたくましいんだナ!シャウ達をつくったのも彼らなんだナ……。だから期待に応える義務があるんだナ!シャアウ!」
シャウは楽しそうに踊っている。
「まあ、そうだな。お前、たまには良い事言うよな?」
龍様は舞い散る桜の花びらをつまみながらシャウを突いた。
「カメ、解決してよかったわね。」
後ろからのんびり歩いてきたアヤがカメの肩に手を置く。
「うん……。わちきに心残りはもうない。」
カメは桜の花びらの中をのんびりと歩く親子をいつまでも見ていた。
少しせつない顔をしながら……。
「よーし!ちょっと現世バカンスと行こうか!」
龍様がムードをぶち壊し、いきなり大声を発した。
「ちょっと待つんだナ!竜宮はどうなるんだナ!シャアウ!」
「そんなのどうだっていいんだよ!オーナーがいるだろ?」
龍様はシャウの脇腹をオモチャの骨で突く。
「やめるんだナ!くすぐったいんだナ!シャアウ!」
「いいさね!現世バカンス!名所をまわるさね!」
カメも元気になり、皆で勝手に盛り上がっていた。アヤはふうとため息をついた。
その後に来る言葉がわかっていたからだ。
「で……。俺様達このへんよくわかんねぇから案内してくれよ!な?アヤちゃん!」
「アヤの家を拠点にするさね!」
「おお!お泊りなんだナ!シャウ!」
「いやよ!さっさと竜宮に帰りなさい!」
アヤの言葉に三人は悲しそうな顔になり、デレデレしてきた。
「そう言わずにぃ!」
「いいじゃないかい……。」
「シャアウ!」
アヤは再びため息をついた。
……なんでこう神様って元気でめんどくさいの?
「私、疲れてて寝たいんだけど……。」
「大丈夫!大丈夫!」
「大丈夫じゃないわよ!」
しばらく私に安穏はない……。
アヤは泣きたい気持ちを抑え、人間には見えない神々に引っ張られて行った。
どんどん遠ざかって行く自分のマンションを横目で見ながら再び大きなため息をついた。
安穏の地に帰れるのはいつの事か……。
やれやれ。
昔の自分を見つめ直す事。記憶を思い出してみる事……。
忘れていた自分に出会えるかもしれない。
たまにそういう事を考えてみるのもいい……。
旧作(2010年完)本編TOKIの世界書一部「流れ時…4」(時神編)
テーマは「恐怖」です。