ある夜の出来事
「キョウジ兄さんたちに捧げる物語」を書きながら、ふっと思いついた超短編です。
兄さんたち二人しか出てきませんが、どうぞお楽しみください。
でも、話に意味なんかないので、どうかあまり深く考えないでくださいね。
闇の中、こちらを見ている人影がいる。
「シュバルツだ」と、キョウジは思った。
シュバルツは、ガラス越しにこちらを見ている。小さなガラス張りの部屋の中にシュバルツはその身を置いていた。
面(おもて)には、優しい笑みが浮かんでいる。
そしてその背には、無数のケーブルがつながれている。そして、それはある装置へと伸ばされていた。
その装置が作動すると、シュバルツが消えてしまうのだとキョウジは悟った。
(嫌だ)
キョウジはシュバルツを見る。
(何で逃げない!? お前の力なら、簡単にその装置を振りほどいて逃げられるだろう、シュバルツ!!)
そう思って、そう叫んでキョウジはガラスを叩く。
だが、ガラス越しのシュバルツは、優しい笑みを浮かべながら首を振るばかりだ。
まるでそうする事が―――自分が『消える』ことが、正しいのだと言わんばかりに。
(嫌だ! 嫌だ!!)
キョウジは懸命にガラスを叩いて、頭(かぶり)を振って意思を伝える。だが二人を遮るそのガラスは厚く、キョウジの声もシュバルツには聞こえてはいないようだった。
何とか、シュバルツを助け出せないだろうか。
そう思ったキョウジが、ガラスの周りに視線を走らせると―――いつの間にか自分の方が、無数の見知らぬ人たちに囲まれている事に気付いた。
消せ。
早く消せ。
そいつは『化け物』だぞ。いつまで存在させておくつもりだ!?
「……いや、だ……!」
自分を責める人々の『声』に、キョウジは弱々しくも反論する。だが人々の声は、止む事無くキョウジを責め立てた。
人殺し。
いつまで『化け物』を置いておくつもりだ。
早く消せ。
早く消せ!
―――そこのスイッチを、押せ!
(スイッチ!?)
キョウジは周りを見てみるが、それらしきものは見当たらない。
シュバルツを『消す』ためのスイッチか。
そんな物、誰が押すものか!
―――押せないのなら、手伝ってやろうか。
「嫌だ!!」
キョウジは叫んで、懸命に抗う。だが、所詮多勢に無勢。彼はあっという間に人々に取り押さえられてしまった。
さあ押せ。
スイッチを押せ。
声と共に、キョウジの目の前に『スイッチ』が現れる。
「嫌だ…ッ! 嫌だ!!」
だが、キョウジの心とは裏腹に、取り押さえられた手はスイッチへと引っ張られていってしまう。
ガ、チ……ッ。
それは、キョウジの手に嫌な感触をもたらした。
刹那。
ドン!!
と言う音と共に、シュバルツの身体がビクン! と、跳ねる。そしてそのまま、物言わぬただの塊となったシュバルツの身体が、ガタン! と、音を立てて倒れてしまった。
「シュバルツ! シュバルツ!!」
キョウジは懸命に叫ぶが、シュバルツから反応が返ってくる事は最早ない。それどころか、彼の身体見る見るうちに黒く変色し、ボロボロと音を立てて崩れて行こうとさえしている。
「嫌だ……! シュバルツ…ッ! シュバルツ―――――ッ!!」
「……ジ! キョウジ!? しっかりしろ!!」
――――!?
何故か、全く『別方向』から声が聞こえてきて、キョウジは戸惑う。不意に、誰かの手が自分の手を掴んだ。
―――シュバルツ!?
そう思った瞬間、『夢』から覚めた己を、キョウジは自覚した。
「キョウジ……大丈夫か…?」
「――――!」
目を開けたとたんに飛び込んでくる、シュバルツの心配そうな顔。
「あ………」
茫然と声を出すキョウジの瞳から、涙が零れ落ちる。それを、シュバルツがそっと指ですくい取った。
「夢………!」
そう言いながら、キョウジはゆるゆると身を起こす。それをシュバルツは、静かに見守っていた。
実は、キョウジは『悪夢』にうなされる事がよくある。
(無理もない)
シュバルツは思う。
目の前でいきなり母が殺されてから、『デビルガンダム』と化してしまったモノに取り込まれて、それから『シュバルツ』を作るまでの一連の出来事など、キョウジにとっては起きたまま『悪夢』を見ているも同然のものだったに違いない。それは、『忘れろ』と言われても、簡単に忘れられるものではないだろう。
それでも『昼間』なら平静を装う事が出来る。キョウジは鋼の精神力で、それらをねじ伏せる。
でも、寝ている間は――――どうしても、『精神(こころ)』は無防備だ。
だから、悪夢を見る。
そして、うなされる。
そんなキョウジを見ていられなくて、起こそうとして―――彼を起こすのが、果たして『自分』でいいのだろうかと、シュバルツはしばし躊躇う。
あの一連の『事件』の最中に生まれた自分の存在など――――彼に起きてからも『悪夢』を突きつけているも同然じゃないのか。
「夢で……良かった……」
身を起して、そう呟くキョウジの身体が、がたがたと震えている。
「キョウジ……」
(どうすればいいのだろう)
傍に居るべきなのか。
それとも、『一人』にしてやるべきなのか。
シュバルツは、その判断に迷う。
せめて、『八つ当たり』でもいいから、してくれたらいいのにとも思う。それでキョウジが楽になるのなら―――自分は、喜んでそれを受けるのに。
でも分かっている。キョウジはそう言う事を絶対にしない。
本当に苦しい時ほど、独りで黙って歯をくいしばって―――それを耐えてしまう。
「……水を取ってくる」
ため息と共に立ち上がろうとしたシュバルツの動きを、キョウジの手が阻んだ。
「キョウジ……?」
驚いて振り返るシュバルツの視界に、固い表情のキョウジの横顔が飛び込んでくる。ロングコートの裾を掴むその手が、小刻みに震えていた。
「ごめん、シュバルツ……『今』だけ……『今』だけでいいんだ……」
シュバルツと視線を合わせずに―――キョウジは言葉を紡いだ。
「どこにも行くな……。傍に、居てくれ……」
「…………!」
「お願いだ……。頼む、から……」
(ああ、駄目だ。こんな事では……)
他人(ひと)に頼みごとをするのなら、ちゃんとその顔を見て、その目を見てそれをしなければならないと、キョウジは分かっている。でも、どうしてか――――キョウジはシュバルツの顔を見る勇気が持てなかった。
夢の中で自分が『消える』と分かっていて、逃げなかったシュバルツ。
そうする事が正しいのだと言わんばかりに微笑んでいたシュバルツ。
あれが、彼の『本心』だったらどうしよう、と、キョウジは思う。
もう『消えたい』と。
彼を呪ってしまったも同然の自分から『解放されたい』と。
思われていたら―――どうしよう。
でも、駄目なのだ。
シュバルツが『消える』夢を見てしまっただけで、こんなにも震える情けない自分。
今―――『独り』になってしまう事だけは、どうしても、耐えられそうにない。
おかしい。
自分はこんなにも、弱い人間だっただろうか―――。
「キョウジ……」
シュバルツは、そんなキョウジの蒼白な横顔をじっと見ていたが、やがて溜息と共に、ベッドの端に腰を下ろした。ギシッ、とベッドのスプリングが、音を立ててシュバルツを受け入れる。
「……ありがとう……」
キョウジはポツリとそう言うと、身体の位置をずらして、シュバルツの方へと近寄る。
そして。
シュバルツの背中に、自身の背中をトン、と、預けた。
「…………!」
思いもかけぬ背のぬくもりにシュバルツはしばし戸惑うが、特に拒否する理由もないので、そのままの姿勢を保つ。二人は、背中合わせのままでしばらく時を過ごした。
「――――――」
キョウジがひどく小さな声で、何事かを呟いた。
「キョウジ……?」
何となく聞き咎めたシュバルツが、キョウジに声をかける。しかし、キョウジは「何でも無い……」と、ただ笑うだけだった。
―――『今だけ』なんて、嘘だ。本当は、『ずっと』そばに居てほしい……。
キョウジの『声』がシュバルツに届くのは、まだ少し先の―――そんな、ある夜の出来事であった。
ある夜の出来事
いかがでしたでしょうか?
お互いの誤解が解けて『両想い』(?)になっている兄さんたちも良いですが、絶賛片思い中の―――お互いがお互いを思いやりすぎてすれ違っている状態も、実は私は好きだったりします。
こんなことばっか考えているから、「貴様は阿呆か」と、言われちゃうんでしょうね~(笑)
また、何か書いたら投下しにきま~す。