二階堂さん家の大家族~真夏の鎮魂歌~(2)
なぜだろう。知っている道なのに、何度も通ったことのある道なのに、まるで別世界に来たような何とも気持ちの悪い感じがする。でも、足取りに迷いはなく、目的の場所へ向かっていく。
第二番 『現れし人の』
月詠の社。それは、小さなお稲荷様である。
千歳の通う高校の裏山にあり、高校の豊穣祭では、社に高校の管理するお米を奉納する決まりとなっている。普通の生徒は、豊穣祭でしか訪れないが、社の掃除係りになると週に一回は訪れることになっている。千歳はその係りで、しかも母に『お稲荷様を大切にしなさい。そうすれば、みんながおいしいご飯をたべれるから。』と教えられてきたため、週一回の掃除を週三回は行っている。そのため、誰よりも社を訪れているのである。
そんな千歳だが、足取りは軽くなかった。でも、あと200メートルほどで着く。今までは何かに取りつかれたように、無心で走ってきたが、ここへ来て千歳は体が軽くなったように感じるとともに、なぜ自分はこんなにも必死になってここへ来たのかわからなくなってしまった。が、ここまで来て引き返すのも、何だか嫌だ。
「あと、少しだし。…うし!!」
気合いを入れ、足を進めていく。今まで走っていたので、息を整えつつ、ゆっくりと進む。そして、視界が開けてくるとそこに小さな社がぽつんと、そこにある。
「なっ!?」
関東の山に囲まれた田舎。そこに、二階堂家本家の家が建っている。大家族が一緒に時間と過ごすのに十分な程の大きな家である。家というより、屋敷だ。そんな大家族の夕食を作るのも一苦労である。大の大人もそうであるが、育ち盛りの子供が多く、そのため量が何とも多い。
「みぃちゃん、お味噌汁こんな感じでいい?」
「どれどれ?」
みぃちゃんこと、美湖。千歳の母で、パワフルマザーだ。美湖は、小皿に少し味噌汁を注ぐと口に含む。
「うん、バッチリ!!じゃぁ、ジャガイモ切ってくれる?」
「はぁ~い。」
夕食の準備をしている女衆の手伝いをする、中学二年の飛鳥。ソフトボール部のエースを争うポジションにい、大家族の子供たちのしっかり者のお姉さんである。
「ジャガイモ、ジャガイモ~!!…あっ、恭介兄ちゃんだ!!お久しぶりっす。」
「久し振り。飛鳥、背伸びたね。」
飛鳥が段ボールからジャガイモを取り出しながら、鼻歌を歌っていると、台所に一人の青年が近づいてきた。恭介である。
「やっぱり、恭介兄ちゃんだよね~!!わかる?この間から、4.5センチ伸びたんだ!!」
恭介は、嬉しさから自分に抱きついてきた飛鳥の頭を優しく撫でながら、
「随分、伸びたんだね。もっと、ゆっくり大人になったら?」
「あはは!!やだよ、恭ちゃん、オッサンくさいよ?」
美湖は笑いながら、手で空を叩いた。飛鳥も楽しそうな笑いながら、自分の仕事に戻った。
「叔母さん、千歳は?」
恭介は、台所にある椅子に来ていたジャンバーをかけながら、美湖に聞いた。
「ん?あの子なら、夏期講習が今日まででさ。だから、明日新幹線でこっちに来るのよ。」
「夏期講習?一人でこっちに?」
「そう。何でも、高校一年生の夏から高い目標を持って勉強しないと、田舎者は駄目だから、一年生でも気合いを入れてやるんだとか何とかって、先生に強制されたんだって。で、こっちに着いたら連絡寄越すから、そうしたら駅に迎えに行こうと思っててさ。」
「千歳も大変ですね。なら、迎えは俺が行きますよ。」
その申し出に美湖は嬉しそうに反応する。
「えっ、いいの?」
「叔母さん、明日朝から打ち合わせですよね。俺、暇ですから。」
近いうち行われる祭りの打ち合わせに美湖は参加することになっていた。事実、迎えをどうしようかと考えていたところであったのだ。
「そお?じゃぁ、頼んじゃおうかな?っと、電話!!」
大根の皮をむいていた手をとめ、お尻のポケットに入っていた携帯電話を手に取り、通話ボタンを押した。恭介は、大根と包丁を掴むと皮をむいた。
「もしもし?」
『もしもし?母さん?』
「あれ、どうしたの?まだ寝てなかったの?めずらしい。」
『うん。まぁ。』
「ん?どうしたの?何かあったの?」
『明日、なんだけど』
「あっ、それがね、恭ちゃんが駅まで迎えに行ってくれるって!!よかったわね!!」
『えっ!?嘘、嘘?本当に?』
「なに、恭ちゃんじゃ不満なの?」
美湖は、隣で自分の代わりに大根の皮むきをしている恭介に困ったように笑いかけた。恭介は、静かに作業しながらその様子を窺った。
『そうじゃないけど、さ。って、そうじゃなくて、明日なんだけど、もう一人そっちに行くの増えていい?』
「そんなの、全然構わないけど、都美姫?明?」
『違うんだけど。…その』
娘の様子がおかしいことが気にかかる。そんな美湖の様子を、心配そうに見つめる恭介。
『その…何ていうか、「ちとせ?これはなんじゃ?」あっ、そ、それは、だめ、』
「千歳?誰かいるの?」
『あ、うん。と、取りあえず、そういうことなんで。よろしくお願いします。じゃ、おやすみなさい。こらっ、』
「あっ、ちょっと!!千歳?何なの?あの子は。」
一方的に切られてしまった美湖は携帯電話をポケットにしまいながら恭介に苦笑いを向けた。
「千歳、どうかしたんですか?」
「明日、誰かと一緒に来るみたいよ?」
「誰か、と?」
美湖は、恭介から大根と包丁を受け取ると、今度が半分に切っていった。それから、恭介に少しニヤッとした顔で、
「大丈夫よ、心配しないで!声からして、女の子だったから!!ね?」
恭介は、困ったように笑みを返すだけだった。
千歳は、後悔した。
自分はなぜ、あの時、社の200メートル手前で引き返さなかったのかと。あの時、引き返していたら、きっとこんな大変な目にはあっていなかっただろうと。
「ちとせ?わらわは、おなかがすいておる。なにか、たべるものをよういせよ。」
「何で、命令口調なんだよ。」
「わらわは、ひめじゃ!!」
「あぁ、そうですか。どうでもいいから、人ん家のテーブルの上で偉そうにすんな。」
そういって、千歳は、テーブルの上から5、6歳の女の子を床に下ろした。美湖の言う通り、千歳とともにいるのは、女の子でした。
今から、一時間程前。月詠の社前。
千歳は、いつもと変わらない社の様子にほっとしたとともに、驚愕した。何と、社の前に幼い女の子が倒れていたのである。しかも、昼間の古文の授業でみたような着物をきているではないか。現代の服装を着て倒れているのなら、まだ何かしらの理由を現状に付けられるが、着物を着ているとなると、どうにもできなかった。
「さ、さて。ど、どど、どうしたものか。」
千歳は、冷静を装いつつ、内心、どうしようもなく焦っていた。
「と、とりあえず、声をかけて」
静かに、近づく。すると、小さな寝息が聞こえてきた。
「寝て、る?顔色も、悪くはないし、大丈夫かな。」
千歳は、寝ているのに起こすのも気が引けて、声をかけるのをやめた。が、このままにしておくわけにもいかないので、
「交番に、…いや、もう晩いし。いや、でも、…いや、……家に連れてく、か。」
女の子を姫抱きにし、立ち上がろうとすると、何かが転がった。
「なんだろ、」
それは、野球ボールほどの琥珀色の玉だった。色の淡いところと濃いところの差が、薄く模様を描いているように見える。
「綺麗な玉。…この子の?ま、いっか。」
千歳は、女の子とともにその玉も持ち帰った。
そして、現在。
連れ帰り、ソファーの上に寝かせ、タオルケットをかける。着物は苦しいし、暑いだろうと思い、一枚のみにした。脱がせた着物は、ハンガーにかけ、吊るしておいた。
「美人6、可愛さ4ってところかな?割合でいうと。」
二階堂さん家の大家族~真夏の鎮魂歌~(2)
まだ、途中です。これから、大家族が出てきます。