無邪気な断絶

 生まれてこのかた、数十年が経った。

 昔から、変な子供だと言われてきた。そして、今もおかしい人間だと言われ続けている。

 実際何もかもうまくいかなかったが、なんとか命の焚火を絶やさずに、生きてきた。

 私は変わろうとした。そして、実際に変わった。

 ――しかし、周りは変わらなかった。何も、変わってやしなかった。

 と、いうか、私はそのことに、ようやく気づいた、というのが、正しいのかもしれない。

 よく、生成AIとの会話で『人間は、太古の昔から、身体の作りは全く変わっていないんですよ〜』と、心もないエセ知識を押し付けられる。

 しかし、それは社会も同じではないだろうか?

 AをすればBをしろ、と怒鳴られる。BをしていたらAに戻せ、と再び怒鳴られる。その中間のCを目指すと、お前には興味ない、消えろ、と言われる。

 私は、世界とは『無邪気な断絶』のうえで成り立っていると思う。本性としての拒否をするのは、ネガティブ・バイアス、負の偏り、と言って、人間は、はじめに思った負の感情に、偏って偏っていく、という、狩猟採集社会から全く変わっていない、理があるのだという。

 こんなご高悦を垂らしてはいるが、実際それで私はどうすればいいのかは分からない。

 世の中を、端から味のないものと捉えるのは、私としては最適解だと思う。

 でもその中で、味のある、運命の人と巡り会えるのが、唯一の存在根拠なのかもしれない。

 ベタで強引なまとめかただが、そう言うしか、私にはできない。

無邪気な断絶

無邪気な断絶

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted