シン『どん底先生』第十二章(全十二章)(汲み取り式からAIアプリまで)
第十二章 それでも、明日は来る
――最後の日まで、やってみる
人生には、
「もう無理や」
と思う瞬間が、何度もある。
私にもあった。
二十六歳のとき。
七つの予備校に断られて、実家に戻った。
貯金もなかった。
そのとき始めた小さな塾が、少しずつ生徒を増やしていった。
三十人が六十人になり、百人になった。
やがて、自分の塾を建てた。
一億円の借金を背負った。
父親には反対された。
それでも、私は判子を押した。
あのときは、
「これで人生が変わる」
と思っていた。
実際、変わった。
一度は、うまくいった。
でも、その後、塾の生徒は減っていった。
十四年かけて、少しずつ苦しくなった。
借金は残る。
娘たちの教育費も必要だった。
家族との関係も壊れていった。
ある夜、家に帰ると、家の中が真っ暗だった。
妻が正座をしていた。
何も言わなかった。
私は、その姿を見て、
「これは、もう限界なんや」
と思った。
やがて妻と娘たちは家を出ていった。
何年も経ってから、家庭裁判所で離婚の話をすることになった。
私は、塾を守ろうとしていた。
けれど、その途中で、家族を守れなくなった。
今でも、そのことを思うと胸が痛む。
人生には、
「やり直したい」
と思っても、やり直せないことがある。
だから私は、
「失敗しても大丈夫」
とは簡単に言えない。
失敗は、本当に苦しい。
後悔も残る。
それでも――
人間は、その後を生きていくしかない。
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五十代になって、私は京都大学を受けた。
きっかけは、生徒の一言だった。
「先生、英検一級を取るのと、京大英語で八割取るのと、どっちが難しいんですか?」
私は答えられなかった。
だったら、自分でやってみるしかない。
「よっしゃ。俺が受けたるわ」
そう言って、本当に受けた。
試験会場では、受験生ではなく保護者だと思われた。
ホテルのバスでは、
「お父さん、保護者の方は……」
と言われた。
「いや、俺、受験生なんです」
そう答えた。
自分で言っていて、おかしかった。
でも、私は笑っていた。
何歳だから、という理由だけで、やる前から諦めるのはやめようと思った。
結果は、数学七割、英語八割だった。
それが何を意味するのかは、私には分からない。
ただ一つ分かったのは、
「もう遅い」と思っている時間も、人生の一部だ
ということだった。
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今でも、生徒から、
「先生、これ分からん」
と言われる。
私は、
「どれ?」
と言って、その横に座る。
私自身、分からないことはたくさんある。
だから、調べる。
考える。
それでも分からなければ、また調べる。
昔、数学が大嫌いだった私が、今では生徒と一緒に数学の問題を考えている。
人生は、本当に分からない。
あのときの失敗が、後になって何の役に立つのか。
その瞬間には、分からない。
だから、今つらい人に、
「これは将来、きっと役に立つよ」
などとは言わない。
そんなこと、本人には分からないからだ。
ただ、
「今日だけは、もう一日やってみよう」
と言いたい。
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子どもたちにも、そう思う。
今の成績だけで、自分の未来を決めなくていい。
今、数学ができなくてもいい。
今、英語が苦手でもいい。
今、何をしたらいいのか分からなくてもいい。
親も、
「この子は、こういう子だ」
と、早く決めなくていい。
人間は、途中で変わる。
私自身が、そうだった。
二十代の私と、五十代の私は、まるで違う。
そして、今の私も、これから変わるかもしれない。
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夜になる。
小さな塾に灯りがつく。
生徒が一人、問題を見つめている。
しばらくして、
「先生、これ分からん」
と声がする。
私は、その横に座る。
「どれ?」
二人で問題を見る。
分からなければ、調べる。
間違っていたら、直す。
また考える。
それだけだ。
でも、考えてみれば、私の人生も同じだった。
分からない。
失敗する。
立ち止まる。
それでも、もう一度やる。
その繰り返しだった。
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私は、もう若くない。
これから何年あるのかも分からない。
だから、今は、
「あと何年生きられるか」
より、
「今日、何をするか」
を考えている。
何か思いついたら、やってみる。
失敗したら、
「また失敗したわ」
と笑えばいい。
誰かに、
「もう歳やで」
と言われたら、
「そうやなあ」
と笑って、
そのあと、
「でも、一回やってみるわ」
と言えばいい。
それでいいと思っている。
人生は、格好よくなくてもいい。
遠回りでもいい。
人より遅くてもいい。
途中で失敗してもいい。
大切なのは、
自分の人生を、
自分で「もう終わった」と決めてしまわないことだ。
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最後の日は、いつか来る。
その日は、自分では決められない。
だから、それまではやる。
今日できることをやる。
分からなければ調べる。
できなければ、もう一度やる。
誰かが困っていたら、
「どれ?」
と言って、その横に座る。
そして、自分自身にも言う。
「まだ終わってへんやろ」
と。
明日も、たぶんそうする。
最後の日でいい。
それまでは――
もう少し、やってみよう。
シン『どん底先生』第十二章(全十二章)(汲み取り式からAIアプリまで)