君が会いたかった
第一章 あの日の約束
「……みこ?」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
駅前の人混みの中。
夕暮れの光に照らされながら、私はゆっくり顔を上げた。
そこにいたのは、ずっと会いたかった人だった。
「……蓮?」
名前を呼ぶだけで、声が震えた。
五年前。
何も言わずに私の前から消えた男の子。
幼い頃からずっと一緒で、何度も喧嘩して、何度も笑って。
そして、私が初めて「好き」だと思った人。
蓮は少しだけ困ったように笑った。
「久しぶり」
たったそれだけ。
たった五文字なのに、五年間分の気持ちが一気に溢れそうになった。
「……なんで、ここにいるの?」
「会いに来た」
「私に?」
そう聞くと、蓮は黙った。
そして、まっすぐ私を見る。
昔と変わらない、優しい目だった。
「うん。みこに会いたかった」
心臓が、大きく跳ねた。
でも私は、笑えなかった。
「……遅いよ」
「うん」
「遅すぎる」
「ごめん」
蓮は何も言い訳しなかった。
ただ、私の前に立っていた。
五年前、突然いなくなったあの日。
私は何度も泣いた。
何度も待った。
何度も「いつか戻ってくる」と自分に言い聞かせた。
でも、いつの間にか私は待つことをやめていた。
忘れたつもりだった。
新しい恋をして、普通に笑って、普通に毎日を過ごして。
それなのに。
今、蓮を目の前にしただけで、全部戻ってきた。
「……私、もう蓮のこと待ってないよ」
震える声でそう言う。
蓮は少し寂しそうに笑った。
「知ってる」
「じゃあ、なんで来たの?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて蓮は、ポケットから小さな箱を取り出した。
「これ、ずっと持ってた」
「……なに?」
箱を開ける。
中に入っていたのは、古びた青いリボンだった。
私が十五歳の誕生日に、蓮へ渡したもの。
「覚えてる?」
「……覚えてるよ」
「俺、あの日からずっと持ってた」
蓮はリボンを見つめながら言った。
「離れてから、何度も後悔した」
「……」
「ちゃんと伝えればよかったって」
そして、蓮は私を見た。
「好きだったって」
胸が痛くなった。
「……過去形?」
思わず聞いてしまった。
蓮は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「違う」
一歩、私に近づく。
「今も好き」
もう一歩。
「五年経っても、忘れられなかった」
涙が頬を伝った。
悔しかった。
ずっと待っていた自分が。
ずっと好きだった自分が。
そして何より――
今でも好きな自分が。
「……ばか」
私は泣きながら笑った。
「ほんとに、ばか」
「うん」
「もっと早く言ってよ」
「ごめん」
「ずっと待ってたんだから」
その言葉を口にした瞬間、蓮が目を見開いた。
そして、私の涙を指先でそっと拭った。
「じゃあ今度は、俺が待つ」
「……え?」
「みこがもう一度、俺を好きになってくれるまで」
私は何も言えなかった。
ただ、泣きながら笑った。
五年前。
私たちは約束をした。
「大人になったら、また会おう」
あの約束を、私はずっと忘れていた。
でもきっと。
忘れていたのは私だけだった。
蓮はずっと覚えていた。
そして今。
やっと気づいた。
あの日、私が会いたかったのは――
ずっと、君だった。
第二話 言えなかった気持ち
「俺も」
湊のその言葉が、何度もみこの頭の中で繰り返されていた。
「……本当に?」
みこが顔を上げる。
湊は少し照れたように視線を逸らした。
「本当」
「でも、三日間も連絡くれなかったじゃん」
「……ごめん」
「心配したんだから」
「うん」
「すごく、心配した」
「うん」
「……ばか」
みこが俯くと、湊が小さく笑った。
「それだけ?」
「なにが?」
「言いたいこと」
みこは答えられなかった。
本当は聞きたいことがたくさんあった。
どこに行っていたのか。
どうして連絡をくれなかったのか。
そして――
どうして「会いたかった」と言ってくれたのか。
でも、怖かった。
聞いてしまったら、今の関係が変わってしまう気がした。
「……別に」
みこがそう言うと、湊は少し寂しそうな顔をした。
「そっか」
そのまま二人は歩き始めた。
朝の街は、いつもと同じ景色だった。
だけど、みこには全部が違って見えた。
隣に湊がいる。
それだけで、胸が苦しくなるほど嬉しかった。
しばらく歩いたところで、湊が口を開いた。
「みこ」
「ん?」
「俺、ちゃんと言わなきゃいけないことがある」
その声は、いつもより真剣だった。
みこの足が止まる。
「……なに?」
湊も立ち止まった。
そして、まっすぐみこを見る。
「三日間、連絡できなかったのは……」
一瞬、湊が言葉に詰まる。
「みこに会うのが怖かったから」
「え……?」
思ってもいなかった答えだった。
「どうして?」
「自分の気持ちが、分かっちゃったから」
湊はそう言って、みこの目を見つめた。
「俺、みこのこと……」
その瞬間。
学校のチャイムが遠くから聞こえた。
二人とも、はっとする。
「やばい、遅刻する!」
みこが走り出す。
湊も後ろから追いかけてくる。
「ちょっと待って!」
「待てないよ!」
「話の途中!」
「学校着いてから!」
二人は笑いながら走った。
けれど、みこの胸には一つの言葉が残っていた。
――俺、みこのこと。
その続きが知りたい。
今すぐにでも。
そして、みこは気づいていた。
自分もきっと、同じ気持ちなのだと。
君が会いたかった