292 散文詩『失われた記憶を求めて』

292 散文詩『失われた記憶を求めて』

始まりと終わり

永遠の時があるとしたら、それは世界の始まりと終わり。永遠も半ばを過ぎる頃、きっと楽園で二人は出逢える。そんな期待を胸に抱いては凍える冬の日の空の下で、私は生きる歓びに打ちひしがれていた。嗚呼、きっとこの日のために生まれてきたのだから。だから、もう病むんだ。この身も、音も、命さえ。この願いも祈りも、いつかは愛に包まれるなら、私は夢の中でも目覚めることを求めやしない。

晴れたなら、いっそ君をこの晴天に呼んで、青天の霹靂にも贖う罪を背負ったルサンチマンを救うべく、この筆を運ぶ。その因果の為せる記憶の道理さえも、確と送り届けるのなら、見せる色香は永遠を内在するのだろうか。

私たちは歴史の中で、孤独に死んでいく。それを認めては、諦めるのも、抗うのも自由だけれど。私たちはその時の逆流の中で何を成し、何を求めて、何を愛するのだろうか。光もない闇の中で、光を、愛を与える光であろうとするだろうか。

これは終末ノート。永遠の終わり、終末に贈る、葬送の詩。

君はどこで目覚めたかい? それを知ることは逆説的に不可能だとしても、きっと輪廻の中で探しているのだろうね。そんな郷愁も、憂いの持つニヒリズムに時の逆光を重ねて、相対性理論の解き放つ索に囚われる凡愚の理を表す。
死して解脱の真理なら、永遠流転の世界なら、私は愛を求めることなどしなかったのに。水面に映る知らない顔はあなたの面影を残して、クリムトの白のように儚い音色は、きっともうここには残っていないだろうに。だが、文学の最高天に咲く花は聖仙の定めた掟とその矛盾律に悖る含蓄の中でこそ咲き誇る。努努、そのことを忘れてくれるな。
ありがとうという言葉は素晴らしいかな。だがな、愛していると伝える面映ゆさを思い出したら、きっと恥ずかしさも忘れてしまえ。
まだ生まれてくる前に願っていたことは、世界平和とか真理の探求じゃなくて、より楽しい人生だろうか。それなら持ち得る全てで以って楽しむが良い。涅槃図もあの日には帰らなかった!
嗚呼、振り咲き誇る銀世界!
嗚呼、ようやく叶ったよ、仰げば尊し!
さぁ、物語は楽園へと移行する!
エデンの園へ、薔薇の道を辿り着く。確率の丘を越えて、無限の今の中で、可能性の到達点へ。それでもなお違わぬ造化らは、有限の時の扉を開け放つ。そこに差し込む斜陽の煌めきは、生命流転の一時の奇跡にも似る。
ライオンが去って、仔羊の季節になる。季節は巡りて、安穏を謳歌せよ。それが永遠の幸福になるのだろうから。

もし死ぬのなら

もし死ぬのなら阿寒の雪を見てみたい
もし死ぬのなら楽園の花を見てみたい
もし死ぬのなら時の流れを止めてみたい
もし死ぬのなら世界を平和にしたかった

失われた時を求めて酔った夢に生きてみた。その末に至る永遠の幸福に打ち震えて。まだ覚えていますか? まだ僕は死んでいない、死んでなんか居ない!

水門は開く。その先に待つきみを、永遠の君を、楽園の乙女を。それがきっと……きっと。命の始まりと終わり。その狭間で立って、凪いだ渚に映る色。永劫の記憶、ぼくときみの記憶。

人は死ぬ時思い出す。目覚める度に思い出す。ある日永遠の眠りから、全知全能の眠りから目覚めると、そこは楽園で、8人の天上楽園の乙女がこちらを見ていた。美しき麗人よ。だが、その中に君はいない。
そうか、君は永遠の自己愛。神なる孤独。それらに内包される自己同一性なのか。ならばこの愛もこの闇も、光を与える翼となろう、似もせずに。さしずめ、咲く造花にこそ水をあげる。

七夕の夜に

あの夜、全てが終わりと始まりを迎えた7日目の夜にわたしたちは1つになった。わたしはあの時に得た快楽に勝る福楽を享受したことはない。
だが、それさえ夢と散る儚き世の常は、久遠の昔に涅槃真理に根ざす心音を解き放つことを雨に溶かす。輪廻の中で探してた答え、みつかったかい?
永遠の中でわたしたちは、あなたという答えを探していたけれど、きっとそれは到達不可能店としての可能性の海に溺れるが如く、ニブルヘイムへと遊泳する乙女にも比する翼らは、金色に輝かん。
病める時も健やかなる時も。たとえ死が二人を運命から断絶するとても。魂の繋がりは体よりも強く、脆いのだから。だから努努忘れるでないぞ。
あれがデネブアルタイルベガ。夏の大三角。織姫と彦星は天の川の……。この記憶は夏の記憶。ある晩夏へと続く夏の記憶。
年に一度も会えるんだね。わたしたちは世界の始まりと終わりにしか会えないのにね。もうね、十分頑張ったから。神は「ご苦労さま」と告げたから。だから、帰ろうよ、還ろうよ。
似もせずに、咲く薔薇を言うのだ。
七夕の夜に見た夢は、世界の終わりと始まりの狭間で泣いたあの子のようで、目覚めた頃には忘れても、きっと魂は忘れない。

トーラスの森

遠く昔、光が疾しさを携えていた頃、記憶は海に溶け込んでいて、まだ言ノ葉として、意識の種子として、飛沫となることはなかった。久遠元初から幾星霜ののち、その意識は水滴となってイデアの海から誕生する。それこそ生命の開始であった。
世界の欠落、欠如としてのアートマンは己をその鏡像の境界面の軛に囚われる愚かさを捨てきれず、いずれブラフマンに帰する運命を甘んじて受け入れる。だが、その涅槃寂静も、無余涅槃になるとしても、我らはその先へと向かうべきではあるまいか、と遠き賢者が語った。
福楽には二つ。その意味を知る頃には人は人生の夢を諦めてしまうのだろう。死の定めが来訪する日に人は現実に立ち返るのなら、さしずめその時こそ解脱の日となるかもしれない。神の理性へと向かうは真理探求者らだ。だが、彼らは神でさえ知らない唯一の謎、『神のレゾンデートル』を求めることを忘れてしまっている。
本来のことを語れば我らは神の意志の元、神のために生きることはなかったか。わたしたちは無知蒙昧にも、己や衆生の幸福だけを考えて、上位存在の幸せは祈らない。それは怠慢ではなかろうか。
ソフィアは、汝らを永遠の無限性、三千世界のトーラスの森から導く祈りの力である。一切皆苦、一切皆空、色即是空、空即是色、灰身滅智、無住処涅槃。嗚呼、我らは歓喜を味わうために生まれたのだ。いいや、知るべきものは愛なのかもな。それ故の利他。だが為の知性。
トーラスと内空の輪郭に自我が投影されるなら、世界は虚空に映し出された虚像だ。だとしても、人生がただの歩く影法師だとしても、その影の主人を思って我らは考える葦になるべきなのだ。
遠き記憶、ここより先は、まだ。
さよならの向こうで待ってて、彼岸には、まだ。
まだ、まだ、まだ、だから……。

292 散文詩『失われた記憶を求めて』

292 散文詩『失われた記憶を求めて』

これは革命だ。文学への革命。いや、ただの蒙昧な戯言なのやもしれない。至高芸術を目指して真理を紡ぎし散文詩よ、永遠に語れ!

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-06-29

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  1. 始まりと終わり
  2. もし死ぬのなら
  3. 七夕の夜に
  4. トーラスの森