騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第九章 ぼろぼろ勝敗
ランク戦の裏で動く悪党たちとの戦いの決着
そしてロイドくんVS三年生最強格です
第九章 ぼろぼろ勝敗
「こ、んの! 何がしたいんだ、お前!」
「最初に言った、です! ここから離れないように逃げ回る、です!」
ゴーレム使い同士の戦いが終わった頃、街を囲むように全方位から迫る悪党集団を真上から見て四等分した内の一つの範囲内で、騎士と悪党の戦闘の中に駆け抜ける疾風と時折響く金属音が混ざっていた。
それはかなり目が良くないと視認できない速度で動き回る者たち――正確には、走り回る者と飛び回る者が起こしており、しかしこの戦場の真っただ中で二人が行っているのは「戦闘」ではなく「鬼ごっこ」だった。
オクタンと名乗って走り出した少年の速度は尋常ではなく、漫画的な表現をすれば両脚がぐるぐる回転しているようで、実際オクタンの両脚はほぼ見えていない。これだけの速度で走れば地面がえぐれて土煙もすごいことになるはずなのだが、まるで少し浮いているかのように――「走っている」はずなのにそれは矛盾しているがそうとしか思えないほど静かに、巻き起こる風のみを残してオクタンは疾走している。
しかも一定の範囲内から出ないように走っており、時折方向転換をしているわけだが直角かそれ以上の鋭角で曲がっても一切減速することなく速度を維持している。
結果、《オウガスト》の『ムーンナイツ』の中だけでなく国王軍の中でも三本の指に入る「速さ」を持つドラゴンが翻弄され、次に曲がる方向を予測しての攻撃の時だけ追いつけている状況となっている。その上ドラゴンの攻撃はまるで効いていないようで見た目では生身である箇所を斬りつけても「ガキン」という音がして剣が弾かれてしまう。
さすがに埒が明かない――そう判断したドラゴンが空中で停止すると、それを見たオクタンも立ち止まった。
「……ホントに戦う気がない……というか動きを見る限りお前、戦闘ってのをそもそもしたことないだろ……」
逃げに徹する敵というのは状況がそろえば騎士もそれなりに遭遇する相手である為珍しくはない。ただドラゴンがそこそこ積んできた騎士としての戦闘経験を通して見ると、オクタンの動きには「相手の攻撃を警戒する」や「相手の隙を伺う」などといった、ただ逃げるにしても相手の動きに気を配るべきところをそういう素振りが一切ないのだ。
「自分、武器とか魔法とかよくわかんない、です! 好きなことをずっとする為に、ボスといっしょに頑張ってる、んです!」
「……どう考えてもやってんのは悪事だがな。」
「悪事?」
ドラゴンのボソッとした呟きに、オクタンは不思議そうな顔をする。
「騎士が悪なら悪人が正義、です!」
「?? 何言って……ああいや、相手の思想を考え出したらキリがないってフィリウスも言ってたもんな……」
特にS級犯罪者は――と続けたフィリウスの言葉と最近戦ったS級犯罪者を思い出して頭を切り替えたドラゴンは、目の前の超速の少年のことを考える。
悔しいことだが速度で捕まえることはできない。だが一定の範囲から出ず、追わなければ逃げない――となると打てる手は一つである。
「おしゃべりが得意ってわけでもないんだけどなぁ……」
ドラゴンの戦いが鬼ごっこから雑談へと移行した頃、別の場所ではグラジオがうねる髪の毛を相手にしていた。
髪の毛は一本あたり百から百五十グラムの引張強度を持っており、人間が持つそれらを合わせると十トンほどの重量に耐えられる計算となる。高い伸縮性や、同じ重量の鋼鉄と同等の強度を持つという話もあり、髪の毛というモノはかなり「強い」物質である。
とはいえ、人間の髪の毛にガルドの自動車などをぶら下げても大丈夫かと言うとそんなことは当然なく、毛根や頭皮が耐えられないだろうし首が千切れる可能性もあり、結局は「髪の毛単体」という話だ。
だが、ここに魔法が絡むと話が違ってくる。強靭な物質であると科学的に語られているという点は魔法のイメージを強固にする。具体的な物性を抜きに「鋼鉄と同等」という言葉だけで強化したのなら、術者のイメージによってはその者の頭の上にある十万本の髪の毛は全てが鋼鉄製のワイヤーと化し、身体の一部であることから操るイメージも比較的容易。結果――
「むぅっ!」
グラジオの魔法――圧縮した空気を利用した爆発的な突風でもその動きを抑えられない、まるで無数の大蛇のように暴れる髪の毛にグラジオの身体は弾かれて宙を舞う。
「はいおしまい。」
そして落下を始めたグラジオを真上から再度無数の髪の毛が襲い掛かり、地面に向かって放たれた大砲のような速度でグラジオは地面に叩きつけられた。
「ふん、鎧着こんでるようなビビリ、ちょっと高いところから落とせば終わりよね。」
うねる髪の毛の主である女――ラニナミが髪の毛で少し宙に浮きながらもモデルのようにビシッと決まった姿勢で地面に半分ほどめり込んだグラジオを鼻で笑う。だが――
「なるほど。」
むくりと起き上がって何事もなかったように鎧についた土埃を払うグラジオにラニナミは苛立ちの表情を見せる。
「あいにく、鎧と身体の間に空気の層を作っている故に衝撃には強く、湿気もこもらない快適性能でな。パワーはなかなか、スピードもそこそこ、しかし私にダメージを与えるほどではない。一つ降参してみるのはどうか。」
「はぁ? パワーもスピードもあたし以下のヤツが何言ってんのよ。」
「スピードは確かに、だがパワーは……そうだな、普段の二十倍というところだろう。」
そんなことを言いながらグラジオがググッと拳を引くと、そこへ向かって一瞬周囲の空気が収束し――
ズンッ!!
グラジオの拳が空を切った瞬間、先ほどまでとは比較にならない衝撃がラニナミを襲い、とっさに展開させた髪の毛の壁ごとその身体を十数メートル吹き飛ばした。
「フィリウスが『罪人』の関与を予想していたが、当たりのようだな。証拠はないがわずかな記録から判明している事として、『罪人』のメンバーは誰もが高い能力を持つも全員が戦闘員というわけではない。見ればわかるが戦闘経験豊富ではない動きに反して魔法は強力。この独特なアンバランスさはまさにと言ったところだ。」
ガションガションと鎧を鳴らしながらラニナミの方に近づいていくグラジオは不意に足を止め、直後地面をえぐるように振るわれた髪の毛を寸前で眺めて視線を上に向ける。
「偉そうにたれてんじゃないわよ。戦いなんて馬鹿みたいな事で飯食ってる大馬鹿、こっちは片手間で何人も潰してんだから。」
自身の身体を浮かせる分以外を一本の巨大な槍状へと寄り集め、自分を見上げるグラジオに向ける。
「見なさいよここ……擦りむいたじゃないっ!」
まともに受ければ身体に穴が空くどころか全身が爆散するだろう巨大な槍が髪の毛故の速度と軌道で放たれるが、グラジオは最小限の動きで回避する。
「あれだけ吹っ飛んで擦り傷だけなら大したものだが、第八系統の使い手として言うとさっきまでの数が多かった方が避けづらかったぞ。」
地面をえぐる横なぎ、砕く叩きつけ、穿つ突き、全てが一撃必殺であろうそれを全て回避しながら少しずつラニナミに近づいていくグラジオは、これまた少しずつ右の拳に空気を圧縮していく。
「ああ、ああ、嫌いよそういうの。戦闘のうんちく語るオセルタのバカみた――」
瞬間――ラニナミの攻撃の後隙で開いた空間とグラジオの立ち位置が直線で結ばれたほんの一瞬、爆風による加速で一気に距離を詰めたグラジオがほぼゼロ距離で空気をためた右の拳をラニナミに打ち込んだ。
「!?」
爆散する空気の破裂音が響き、見た目は強力な一撃がクリーンヒットしたのだが、グラジオはその手応えにヘルムの下の表情を険しくし、再度風を利用してラニナミから距離を取った。
「戦闘経験とか武術とか先読みとか、あほらしい。歴戦の凄腕ネズミならSランクの魔法生物に勝てるわけ? 結局力の大小じゃない。」
過激極まる服に穴が開き、グラジオの拳を防いだモノ――強靭に織り込まれた髪の毛が顔をのぞかせた。
「……髪の毛を身体にまとうとはなかなか奇抜なファッションだな……」
「そうね、ファッション。あたしがあたしの美の為に磨いたこの身体が持つ、「ついでに備わった力」で、戦闘経験豊富な騎士様は負けるのよ。」
騎士や指名手配される犯罪者などに限らず、裏道で幅を利かせるチンピラであっても魔法の一つや二つを使うモノで、「戦い」という行為が日常に入り込む者は何らかの方法で魔法を学び、それを強さとして行使する。
もはや戦闘において相手がどのような魔法を使ってくるかという警戒はどんな状況であっても真っ先に行う事だが、稀にその警戒が不要となる相手が存在する。今の時代では非常に珍しい、戦闘で魔法を使わない者である。
それは魔法が壊滅的に下手だったり、自身の信条や性格に合わないからという場合がほとんどだが……時折、名立たる騎士や悪名高き犯罪者が一目置くレベルまで「武術」を極めたが故に魔法を使わないという者がいる。世界最強の剣士と呼ばれる『絶剣』などがそれにあたるわけだが、サルビアとオリアナが相対している男は――言うなれば『絶槍』だった。
「意味、わかんないわねん……!!」
バックステップで距離を取りながら『カマイタチ』――『エアカッター』発動時に込める魔力を極限まで薄くし、視覚的にはもちろん魔法的にも知覚困難な不可視の刃を連発するサルビアに対し、その刃を全て回避しながら迫ったオセルタは気づけば手にした槍を突き出し、刃先はサルビアの脇腹をかすめた。
「――ちっ……」
オセルタの舌打ちと同時にいつの間にか手元に戻った槍は、サルビアを貫かんと次の攻撃を繰り出そうとしたが――
「!」
槍を突き出す前にオセルタは宙返りの形で跳躍、眼下を突風が走るのを見ながら後方へと着地し、その風を発生させたオリアナとサルビアの両者から等間隔の場所まで後退した。
「はぁ……はぁ……」
サルビアを助けたオリアナは既に右の肩から大量の血を流しており、地面に落ちたランスをそのままに左手でどうにか風を絞り出したという感じだった。
「助かったわん……正直、今死んでたわねん。」
「そうだな。正直、一撃目で殺したと思った。そっちのピンク髪の肩だって腕ごとトバすつもりだったっつーのに、二人そろって第八系統の使い手とか、面倒くさいにもほどがあるだろ……」
オリアナは無論、サルビアも身体のあちこちに薄皮一枚程度ではあるが切り傷があるのに対してオセルタは無傷。十二騎士直属の『ムーンナイツ』が二人がかりで一方的にやられている――この事実にサルビアは同じ言葉を繰り返す。
「ほんとに意味わかんないわん……『絶剣』みたいな存在が世界に一人だけとは思ってないけどん、魔法を使う騎士二人が魔法を使わない普通の槍使い一人にボコボコにされるとかどういうことよん……」
「当然だと思うがな。」
何かしらの構えというわけでもない、ほぼ自然体で棒立ち状態となったオセルタは二人の騎士を眺めながらサルビアの疑問に答える。
「腕を動かすのに腕を動かそうと考える奴はいないが、魔法を使うには魔法を使うと考える必要がある。日常生活なら別に構わないが戦闘中じゃ致命的。魔法を使いこなす? 手足のように自在? 錯覚だ。思考をのせないとできないアクションなんざ隙だらけのテレフォンパンチ。隠すことのできない目線の先、四肢の動きを伴うそれが反射を超えて無意識下にまで昇華した動きについて行けるわけがない。ちなみにこれはボスの教えを俺の言葉に変換したモノだ。」
「ボスのこと大好きなのねん……まぁそういう考えも一理あるかもだし、試してみようかしらん?」
そう言いながらサルビアがピッと指を振ると、自身の脇腹にそこそこ深めの斬撃が入った。
「――!」
「あ?」
突然の自傷に驚きはしつつも意図のわかっているオリアナは表情を一層厳しくし、オセルタはデフォルトで眉間によっているしわを更に深くした。
「加減をミスった――いや、狙ってそれだな? 短期決戦の必殺技ってところか。」
初めからその姿勢でずっと立っていたかのようにいつの間にか槍を構えているオセルタの視線がサルビアの手元――何かを握っているような形になっている右手に向いた。
サルビアの必殺技――というよりは奥の手。周囲の空気に神経のように魔力を巡らせ、範囲内の空気を支配下におく魔法。得意とする『カマイタチ』用の砲台を無数に展開させたような状態で、通常とは比較にならない速度での発射を相手の全方位から可能とする。
強いイメージを得る為に自身の内側と空気とを直でつなぐことと、サルビアが有名な理由の一つである魂の魔法で自身と周囲の空気との境界をあいまいにすることで成立している為、先のような自傷を必要とする、「できれば使いたくない技」である。
「さぁ、どうするのかしらん、達人さん。」
左手で出血する脇腹を押さえながら、サルビアが右手を振る。すると腕の振りとは全く異なる向き、速度、数で『カマイタチ』が放たれ、オセルタを細切れにしようと迫った。だがその軌道が見えているのか、多少服のあちこちを刻まれつつもオセルタはそれを全て回避する。
「! ほんとに人間なのかしらん!」
驚きつつも攻撃の手を止めないサルビアからの更なる斬撃の嵐に対し、オセルタは目にも止まらぬ速さで周囲の空気――そこに何かがあるわけでもないのだが、特定の箇所に突きを放ちながら素早く移動し、回転し、傍から見れば何もない空間でダンスにも見えない謎の動きを繰り返す。
だがその動きの意味を唯一理解できる状態であったサルビアの表情は驚愕を通り越して呆れていた。
オセルタが行っているのは、例えるなら今まさに銃弾を放とうとしている銃を下から軽く小突いてわずかに狙いをそらすようなこと。サルビアのほんの些細な挙動――攻撃の兆しと言うにはあまりに情報量の無いそれから次の攻撃先を見切り、『カマイタチ』へと変化して自身を切断する斬撃になろうとしている空気を槍で突き、乱す事で本来飛ぶはずだった方向とほんの少しだけ狙いをずらしているのだ。
「言葉を返すが、で、どうする? そろそろ慣れ――」
と、オセルタの鋭い視線がサルビアに向いたその時、不意に空が薄い緑色に光った。
「! ああ、そりゃそうだ。ボスの心配なんざ不要ってことだな。運が良かったな、お前ら。」
そう言いながらサルビアの攻撃範囲の外まで移動したオセルタは手にしていた槍を、今更ながらどういう仕組みなのか不明だがローブの内側へしまった。
「今日はここまで、だ。」
オセルタが槍をしまった時から数分前、フィリウスと互角――いや、少し上回って戦闘を繰り広げていた白い仮面の人物が不意に耳に手を当てて立ち止まる。普段であればそれに合わせて自分も手を止めるだろうフィリウスが、あまり余裕のない笑みを浮かべてその隙をつこうと拳を振るうも白い仮面の人物の片腕片脚を器用に使った受け流しによってあさっての方向に放り投げられて地面を転がった。
「そうですか。なかなかの成果ですね。」
誰かと会話するように二、三の言葉を続けた後、白い仮面の人物は起き上がったフィリウスにペコリと頭を下げた。
「今宵はここまでです。私の戦闘時間がメインだったのですが、国王軍の反撃が想定の二割増ほどで、こちらの魔法が切れ始めるのが早まりました。さすがですね。」
「だっはっは、そりゃランク戦――セイリオス学院にかかってたうっすい魔法の事か!?」
「バレていましたか。」
「詳細は知らないがな! この騒動もそろそろ終わり、退散の時間ってことなんだろうが、ここまでやりあってさようならはいささかショックだぞ!」
「いえ、それ以上ですよ。」
そう言いながら白い仮面の人物は、その白い仮面を外した。
「?」
不意の顔見せに戸惑うフィリウスだったが、仮面の下にあった「ある部分」を見た瞬間、フィリウスという男にしては非常に珍しい驚愕の表情を浮かべた。
「んなバカな――お前は!?」
「あなたでもそういう反応をしてくれて少し嬉しいですね。」
二コリとほほ笑んだその者は左手を天へと伸ばし、右手で見えない弓を引くような動作をする。すると左手に緑色の光で形作られた弓が、右手には同様の矢が出現した。
「自己紹介が遅れましたね。私の名前はルエンツァと言います。」
名乗りと同時に天へ向かって放たれる緑色の矢。それは凄まじい距離を飛び、国王軍が守るラパンの街の上空まで到達する。
「ルエンツァ――名前!!」
そして矢は花火のように美しく爆ぜ、同時に生じた無数の矢がラパンの街とその周りで暴れる悪党や応戦する騎士たちへと降り注ぐ光景を見たフィリウスは、かつてないほどの焦りを見せながらズボンの後ろポケットから小さな機械を取り出した。
「緊急連絡! 今から言う事を出来る限りの方法で記録しろ! 『罪人』のボスはエル――」
だがそこまで叫んだところで頭を緑色の矢が貫き、フィリウスはそこで意識を失った。
まるで突然強力な催眠ガスがバラまかれたかのように、騎士も悪党も、そこが街の外であろうと学院の中の臨時指令室であろうと関係なく、この夜、ラパンの街の住人が知らない間に始まった戦闘に参加していた者たちは全員がその場で倒れ込み、誰も知らないまま唐突に終了した。
「!」
本来あるべき深夜の静寂の中で目覚めたフィリウスはのそりと起き上がり、壊れんばかりの力で握ったらしい小さな機械――魔法ではなく科学で動く通信機と自分が倒れていた場所を交互に眺める。
「まてまて、整理しろ。『罪人』が仕組んだっぽい騒動が起きただろ? んで戦場に『罪人』のメンバーらしき奴らがいたからサルビアたちに任せて俺様は――そう、大将が示した場所、つまりここに来てそこにいたヤツとやりあった。」
自分の身体の状態を確認しながら、フィリウスはわずかに笑みを浮かべる。
「魔法を使わない肉弾戦をしたっぽいが、ダメージからすると相当な手練れ。『罪人』の中でも最上位か下手すりゃボスと一戦交えたんだと思うが、どんな相手だったか全く覚えてねぇときた――だっはっは こりゃまいったな!」
立ち上がり、静まり返ったラパンの街の方を見て、全員がついさっきまでの自分と同じ状態なのだと確信する。
「これが『罪人』お得意の証拠隠滅術か! 戦闘の内容は何となく予想できても相手がどんな奴だったかが綺麗さっぱり! どっかの国か金持ちがバックにいると思ってたが的外れ! 大規模な魔法とかそういうレベルじゃない、恋愛マスタークラスの規格外! こりゃ戦場にいたヤツは勿論、指令室も、たまたま外を散歩してた一般人もそろって記憶喪失だな! だっはっは!」
一人で爆笑するフィリウスは、そこまで言ってハッとする。
「いや――そうだった! カーミラちゃんが大将を見守る為に街を丸っと監視してるはずだからスピエルドルフには記録があるかもしれないな! そもそも今の女体化大将ならワンチャン記憶喪失を防御してる可能性もあるぞ!」
思わずガッツポーズをとったフィリウスだったが、それが自身の身体に蓄積したダメージを呼び起こし、「ぐぼぁっ!」と叫んでバタンと倒れた。
「だっはっは、ここまでボコされると逆に気分がいいな! 誰かが助けに来るまで気持ちよく寝るとしよう!」
「……?」
ぼんやりと目が覚める。寝て起きて……今日もランク戦だから気合を――じゃない!
「!? な、えぇ!?」
そこはフィリウスに連れてこられた指令室みたいに改造された教室。なんか悪党集団が攻め込んできたってことで国王軍が応戦して、フィリウスも出撃して……な、なのになんで全員倒れて――
「! エリル!」
「ああ、やめた方がいいかな。」
慌てて隣のエリルに目をやり、机に突っ伏している姿を見て起こそうと手を伸ばしたところでオレの身体は動かなくなった。
「おそらくただ眠っているだけだが確認できる例が私とタイショーちゃんだけだからね。状況がハッキリするまで無理やり起こすのは避けた方がいい。」
そう言って――恐らく時間の魔法でオレの身体を止めたのはセルヴィアさん。オレが唯一動かせた首から上でうんうん頷くと魔法を解除し、淹れなおしたらしい紅茶をすすめてくれた。
「えぇっとあの……何が起きたんでしょうか……」
「私も先ほど目が覚めたばかりでね。『罪人』が糸を引く襲撃が起き、それを国王軍が迎撃。『罪人』のメンバーと思われる数名のもとにフィリウスたちが向かって戦闘を行った――というところまでは覚えているのだが、相手が誰でどんな魔法を使っていたのか――この辺りの記憶が全くない。特にこう……フィリウスが戦った相手が「すごかった」印象はあるのだが何だったかが思い出せない。タイショーちゃんはどうだい?」
「オ、オレもそんな感じで……あ、でも……」
「うん?」
覚えている事としてはセルヴィアさんが言ったこととほぼ同じだ。女の子の身体になってしまったことで引き上がった吸血鬼性で感知した事をフィリウスに伝え、その後はエリルと一緒に国王軍の戦いを見守っていた……そう、『罪人』のメンバーとパムたちの戦いがあったのも覚えてるし、フィリウスが「すごい」相手と戦ってたような気もする。だけど具体的にどんな相手だったがわからない。
ただ、その「すごい」と感じたことについてなのか別の何かなのかわからないのだけど……
「何だか……えぇっと……オレの想像のずっと上の世界……物凄い達人技を見た――感じた? ような気がなんとなく……します……」
「ほう、それは有用な情報だ。フィリウスが秘密にしているから詮索はしないけれど、私の次に目覚めたのがタイショーちゃんという時点でタイショーちゃんには普通ではない何かがあるのだろう。それが『罪人』たちが行った「何か」の効果を弱めたのかもしれない。」
ギクリとしたオレだったが、その理屈で言うとセルヴィアさんも特別な何かが――
「ああ、私の場合は普段から睡眠時間を加速させているからね。意図せず眠らされ、本来なら十時間くらい起きないような魔法なり薬なりを使われても一時間くらいで目覚めるんだ。」
――と、オレの心を読んで答えてくれるセルヴィアさん……
「ともあれ、事態の収拾や後片付けは騎士の仕事でタイショーちゃんらはランク戦の真っ最中。後日色々と聞くと思うけれど、とりあえず二人は部屋に戻ってくれて大丈夫だ。」
「え、でもあの……」
「大事な恋人も、そのままだと風邪をひいてしまうよ。」
ということで、オレはニコニコしているセルヴィアさんに見送られながら眠っているエリルを……ちょっとドキドキしながらお姫様抱っこで寮の部屋まで運んでベッドに寝かせた。
何というか、眠っている女の子をこう……いや、何を考えているんだ、だからエロロイドなんだぞ……
「オレも……とりあえず寝るか……」
さっき寝て起きたばっかりだったけれどすんなりと眠りに落ちたオレは夢を見る。そういう経験はないけれど、素晴らしいダンスを見て自分の生涯をそれに捧げようと決意するかのような衝撃的な……そんな表現が過言ではないような「何かの動き」。一つの完成、究極……頭の奥の奥、映像でも感情でもないただの感覚としてだけ残る「それ」が延々と繰り返されるような……夢を見ると言ったけれど、実際には何も見ていない……そんな変な夢だった。
田舎者の青年を見送っていたセルヴィアはその一秒後には爆睡しているフィリウスの隣に立っており、頭を持ち上げて自分の膝の上にのせた後、フィリウスのおでこをトンと指でつついた。
「んが!?」
目覚めると同時に視界に入ったセルヴィアの顔にフィリウスは現状を察して力を抜き、そのままの体勢で話し始める。
「俺様はどれくらい寝てた!」
「二度寝を始めてから十分くらいだが、フィリウスの身体的には四、五時間経過しているな。」
「だっはっは、睡眠の加速は便利だな! 大将は――」
「タイショーちゃんは部屋に帰した。私の次に目覚めたから私やフィリウスが忘れていることを覚えている可能性があるし、それが薄れる前に聞き出すのが正解なのだろうが、深夜の事情聴取で愛弟子の晴れ舞台にこれ以上水を差したくはないだろう?」
「当然だ! 他のあてもあるし、質問攻めにされる前に帰してくれて感謝する!」
ぐるりと首を動かしたフィリウスは、さっきまで戦闘が繰り広げられていた街の方を見る。
「にしても結局連中は何がしたかったんだ!? 全員寝てるからまだわからんが、こっちが失ったモノはないだろ! むしろこんだけ大量の悪党を一網打尽で世の中が平和に近づいたってもんだ!」
まるで死屍累々の戦場のようではあるがおそらく全員寝ているだけで、攻め込んできた悪党連中もそろって倒れている為、そこまでランクは高くないものの潜在的な悪党をこれだけ大勢捕まえたとなれば騎士側の勢いは更に増す。それはこの悪党たちが行動を起こした理由のはずで、結果とは矛盾しているのだ。
「覚えている限りでは死者はゼロ。それなりの数の騎士がそれなりのケガをした程度だろう。こうして眠らされた間に何かを奪われた可能性はあるし、ここに来るまでに見かけた者らは全員寝ているだけのようだったが明確なターゲットがいた場合はその者だけ殺害されているということもあるだろう。だがいずれにせよ、初めからこうすればいいだけで戦闘をする理由がない。」
「そこら辺の悪党に『フランケン』の武器持たせてちょこっと理性を下げて大暴れさせて、最終的には自分たちだけこの場からも記憶からも消えて暴れた連中は置いてけぼり! 考えられる事としちゃあ俺様たちは完全なオマケで、この騒動そのものが目的か!」
「それか、大量の悪党を一か所に集めた時点で完了――なのかもしれないな。」
「だっはっは、わけわからんことばかりで笑うしかないな! とりあえず、街が起きる前に寝転がってる連中を片付けて、「今夜は何もなかった」ってことにしねぇとランク戦にも響く! 全員の時間加速は可能か!?」
「無茶を言う……が、やるしかないな。しばらく動けなくなるから、後始末は任せた。」
「おう!」
「……?」
気づいたら朝で、あたしはあたしのベッドの上にいた。昨日は……あれ、なんか変ね……火の国で戦った『罪人』が悪党の集団をこの街に……でもってフィリウスさんたちが敵の幹部みたいな奴らと……
「……教室のモニターで観てたはずよね……なんであたし敵のこと……」
あたしはもう起きてるらしいロイドの気配をカーテンの向こうに感じ、立ち上がって昨日の事を聞く。
「ロイド、あたしたち昨日――」
そう言いながらカーテンを開けたら……ロイドが間抜けな顔で変なポーズをとってた。
「あ、おはようエリル。」
「……何してんのよ……」
「なんというか……頭の中に「すごい」イメージがあるんだけど形に出来なくて色々試してる……みたいな……」
「……昨日の事で大事な部分を忘れてるっぽいんだけど何か知ってる?」
「ああ、それは――」
ロイドによると敵側――たぶん『罪人』がとんでもない魔法か何かを使って、騎士も悪党も全員が眠らされたらしい。しかも今のあたしみたいに『罪人』についての詳しい事を何も覚えてないっていうオマケつき……いえ、きっと記憶を奪うのがメインで寝たのが副作用な気がするわね。
「……んであんたは、忘れたんだけどなんか「すごい」のを見たっていう感覚だけあって、それを再現する為にポージングしてたわけね……」
「ポージング……たぶん体術的な「すごさ」だと思うんだけど……エリルならうまく表現できるのかもな……」
「すごそうって感覚だけじゃわかんないわよ……ていうかあんた、元に戻ったのね。」
ルーガンの魔法と吸血鬼の力が変な反応をしたせいで身体が女になってたロイドは、元の男に戻ってた。
「うん……それは良かったんだけどこっちはこっちで昨日の女の子状態の感覚――あ、吸血鬼の感覚だぞ! あれが鋭くなり過ぎてたせいで今は逆に身体能力が落ちた感覚で変な気分なんだよ。」
「面倒な身体してるわね、あんた。」
――と、ロイドが変な踊りをしてるのを見てると机の上に置いてあったロイドのカードが光って今日の対戦相手を知らせた。一緒にそれをのぞき込んだあたしたちは書いてある名前を見て同じようは反応をする。
「これまた強いヤツが相手ね……」
「なんでこんなに強い人ばっかり……」
『皆さんおはようございます! お馴染み、第一闘技場の司会、アルクです! 一年生――いえ、ハッキリ言いましょう、『ビックリ箱騎士団』の殴り込みによって大波乱の三年生トーナメント! 「戻り組」筆頭『フォールン』をまさかの女体化で撃破した『コンダクター』! 予想の斜め上を行く超新星が本日挑むは「戦闘の天才」! 「元組」、元選挙管理委員長! 『ゲイルブラスター』、ジェット・ベルガー!!』
朝、昨日の夜に起きた事を……肝心なところを忘れてしまっているという事も含めて一応みんなにも伝えたけれど、セルヴィアさんが言った通りオレたちはランク戦の真っただ中で、詳しいことは全部が終わった後でフィリウスにでも聞こうということで切り替えたのだけど……まさか第一試合から出場で相手がベルガーさんとは……
「マジで、お前らとの対戦カードは「元組」か「戻り組」にしかなんないようになってんじゃねぇ―のか?」
全部が上を向いている髪の毛と着崩してる制服でカッコいい不良みたいな見た目だけど選挙管理委員長をやってて、デルフさんと同等の強さを持つ第八系統の使い手。正直手合わせ出来たら学べる事が多いんじゃないかと思っていた先輩とこうしてランク戦でぶつかるとは……
「とりあえず男に戻ったみたいで良かったぜ。見たいもんが見れそうだ。」
「は、はい……えぇ?」
「お前の師匠の《オウガスト》ことフィリウスさん。あの人に憧れるヤツは多く、オレもその一人だ。」
「フィリウスに――あ、そうか、先輩も風の魔法のパワータイプですもんね。」
「それもあるっつーか最初はそこに惹かれたが、こうして騎士としての勉強ってもんをしていくとあの人の一番ヤバイところは「回避技術の高さ」だと気がつく。お前ら『ビックリ箱騎士団』も使ってるだろ? あの人の円を描く動きを。」
「! そうですね……オレが教わったことをみんなに……」
「やっぱりな。ぶっちゃけ、オレら三年生との試合でもそれがなかったら終わってた場面が結構あった。どんな強力な一撃も当たらなきゃ意味がねぇ――まさしく、だ。んで、こうしてお前と戦う機会を得られたなら十二騎士直伝の動きをじっくり見たいだろ? 力が暴走してた女の身体のままじゃ無理だったろうから男に戻って良かったってこった。」
そう言いながらグルグルと首や肩をまわしたベルガーさんはゆったりと構えを――あれ……?
「……ベルガーさんは……格闘技の達人――ですか……?」
「ああ?」
我ながら唐突な質問に当然の反応をするベルガーさんだったけれど、見た目の怖さに反してきちんと答えてくれた。
「自分で達人を名乗るのはどうかと思うが、確かにオレの動きの基礎は近接格闘だ。もう試合で観ただろうが、空気を撃ち出す動きはパンチのそれだ。拳の衝撃が拡大延長されるイメージは割と簡単でモノにすればほぼ無意識で発動できるし、仮に魔法を封じられてもある程度はやりあえる自信があるぜ。」
「な、なるほど……」
昨日の夜から頭の中にずっとある「すごい」何か。感覚的にたぶん達人の域の……とにかく「すごい」動きだと思うわけだが、今ベルガーさんの構えの中……構えを取る途中の動きに一瞬それを感じた。
もしかしたらこの一戦は強力な風の魔法の使い手として参考になるだけでなく、頭の中のイメージを形にできるチャンスにもなるかもしれない。
『十二騎士の一角! 第八系統の頂点に立つ《オウガスト》の弟子と、《オウガスト》に憧れる「戦闘の天才」! なかなか面白い組み合わせとなったようです! 前置きはこれくらいに、いざ、試合開始!』
「! マジで一瞬だな、手品かよ。」
もはや手慣れたモノである、オレにとっての「構え」。マトリアさんからもらったベルナークの双剣を自身の近くに、プリオルの増える剣で大量に作った剣を周囲に、回転剣として展開する――その早さにベルガーさんは驚いてくれたが、この人の攻撃は……
「よし、んじゃまぁ、よろしく頼むぜ、『コンダクター』。」
ガションという機械的な音と同時に深く引かれる右の拳。音の正体は両腕についているガントレットに搭載されたリボルバーの稼働音。込められるのは銃弾や砲弾ではなく、強力に圧縮された空気。
「まずは挨拶だ!」
エリルの動きを見る時にも感じる、力の入り過ぎない滑らかな挙動。体術のレベルの高さが伺えるパンチから放たれた空気はオレが展開した大量の回転剣の四分の一くらいを吹き飛ばした。
そう、ここが厄介な点だ。曲芸剣術の対処法として、剣の一つ一つに対応するのでは攻撃も防御も間に合わない――いやまぁ、人によっては間に合うけど普通は難しいから、レイテッドさんが重力の魔法でするみたいに、範囲攻撃で回転剣をまとめて処理するというのが攻略法になり、ベルガーさんの場合は基本的な攻撃がそういうタイプだから、オレからすれば「相性が悪い」相手になる。
その上、ベルガーさんの攻撃もまた風であるからオレが回転剣を操作する為に動かしている風にも干渉して更に……あれ? それじゃあそもそも曲芸剣術を展開しても意味なかったか……?
「――いや……!」
ベルガーさんが次の一撃を放とうと拳を引くのと同時くらいにオレは残りの回転剣を可能な限り散り散りに動かし、襲い掛かる爆風でまた回転剣の一部を吹っ飛ばされるもさっきよりは損耗を減らす。そして誰もが嫌な顔をする曲芸剣術の十八番――全方位からの同時攻撃!
「――っと、これは。」
ベルガーさんの攻撃は広範囲で、何なら放つ空気の形状を変える事で貫通力のある点攻撃、斬撃としての線攻撃もできるのだけど、結局はパンチした方向に飛んでいくから全方位には対応できない――はず! どう出るか……!
「あー、まぁあの辺だろ。」
迫る回転剣に対して攻撃をぶつけるわけでもなく、ベルガーさんはある方向へ走り出す。勿論そっちにも回転剣は飛んできているけど、第八系統の風の魔法の使い手が得意とする先読みで潜り抜けるつもりか……でも曲芸剣術用に起こしている風の影響でその精度はかなり下が――
「えぇっ!?」
『さすがは『ゲイルブラスター』! 風を読んでいるのか、いつものカンか、凶悪な回転剣の雨あられの中をするすると駆けていく!』
これがリリーちゃんの位置魔法にあっさり対応した「カン」! ならば追撃を――
「しっ!」
オレが走るベルガーさんに向けて追加の回転剣を飛ばそうとした瞬間、今まさにオレが動かそうとしていた剣たちがベルガーさんの攻撃で吹っ飛ばされた。
「やっぱ、その辺のを動かそうとしてたか。」
「んな――」
もはや未来予知のような事をされてだいぶビックリしたオレは、同時に全身に物凄い衝撃を受けて後ろへと吹っ飛んだ。
「ぐ、くっ!!」
ギリギリ闘技場の壁に埋まる前に体勢を立て直したものの、よくフィリウスがオレの背中をバシンと叩くあれが十数倍の大きさになって身体の前面に叩きこまれたような痛みで頭がチカチカする。
「今の勢いを殺せるのか……ランク戦やら選挙戦やら見てても思ったが、瞬間的に発生させる風の量――いや、速度が異常だな。相手の攻撃を寸前で回避するのもそのおかげ――曲芸剣術由来の回転の力ってのはオレが思ってる以上に厄介らしい。とはいえ――」
空気が爆ぜる気配――エリルやアンジュが足の裏で爆風を起こして高速移動をするのをよく見ているおかげでふらふらする頭でも何が起きたのかを直感したオレは、再度風による緊急離脱をし――
「ああ、そっちに避けると思ったぜ。」
お腹に走る衝撃。オレの回避方向を見切った――いや、これもカンなのか、ベルガーさんの蹴りを思いっきり受けたオレは、しかし自身の近くで浮かせていたベルナークの双剣を手に取って構える。
曲芸剣術の弱点は懐に入られること。あまりに近すぎると風で回転させている剣を使うのは、単純に相手の攻撃にこっちの攻撃が間に合わない。しかし手で直接回す場合はその性質上、自分を斬らないように振る必要があり、総じて近距離を得意とする相手にとっては隙の多い剣術――だからここまで近づかれたら、周囲に展開している回転剣はそのままとして、オレ自身が振るうのはもう一つの剣術!
「おお! チロルのヤツが意味不明に避けまくってたせいでそれについてはあんまりわかってないんだよな!」
ベルガーさんがニヤリと笑みを浮かべると両腕のガントレットについているリボルバーが急にギュルギュルと回転を始め、そのままオレとの接近戦に入った。
『本来遠距離からの攻撃を得意とする両者のインファイト! 『コンダクター』は『レインボーパレット』との一戦で素晴らしい動きを見せてくれましたが、『ゲイルブラスター』も『神速』と殴り合う猛者! どっちの技が上かーっ!』
「ありゃりゃ、あれはまずいんじゃないかな、サードニクスくん。」
あたしたちの中で一回戦から試合があったのがロイドだけだったから、『ビックリ箱騎士団』全員で観客席にいるわけだけど、いつものように近くに座ってるデルフがニヤニヤする。
「元選挙管理委員長はド派手な魔法のせいでイマイチ印象がないけど、体術もかなりのモノでね。サードニクスくんが尋ねたように、格闘技の達人と呼んでも差し支えない。」
「加えてベルガー先輩はあの火力を近距離用にキッチリ調整されますから、対応を間違えると一撃で決着しかねません。」
でもってこっちもいるヴェロニカ……新旧生徒会長が解説してくれるのにはもう慣れたけど……確かにあのジェットとかいうのの実力は本物ね。正直、あたしと同じ事を第八系統の風の魔法でやってて、本気の一撃を見てないからわかんないけど、場合によってはあたしよりもパワーが上かもしれない。
ロイドよりもあたしが戦いたかったわね……
「ふむ……確かに素晴らしい体術でいつもならそちらに目が行くが、今日はロイドの方が少し変だな。」
あたしと同じように体術を磨いてるカラードが変な顔でそんな事を呟く。
「そうかぁ? いつも通り回避主軸の踊ってるような動きだろ?」
「ロイド自身の動きに変化はない。だが何というか……ロイドが見ているモノが違うような気がする……」
顔の横をかすめる拳から放たれる圧倒的な「圧」。たぶん、リボルバーに圧縮されている空気をこういう近距離戦用に形を変えて使っているのだろう……一発でもくらえばエリルのパンチみたいにそれでアウトに違いない。
加えてこの攻防は完全にベルガーさんの方が上。オレの剣は時々ガントレットで防がれるけれど、ほぼほぼ完全に回避されている。そしてベルガーさんの攻撃は……一応、避けることができている。
……おかしい……妙な感覚だ。今のところかすりもしていないのだから、結果だけ見ればオレの方が上手という事になるのだけどそれは絶対にない。オレが知っているオレの実力であれば、この攻防が開始して十秒くらいでオレは一撃くらって終わりのはずだ。それがそうなっていないのは、さっきから頭の中をちらつく感覚――昨日の夜に見た「すごい」何か。
目の前にバラバラのジグソーパズルがあって、普通ならピース一つ一つの形や絵柄とお手本を見比べて正しい場所を探していくところを、どういうわけか全てのピースに番号がふられていて、どのピースをどの場所に置くのか書かれている説明書をもらったような……今のオレじゃあ緊急回避が限界のはずを、どこに攻撃が来るのかがわかってしまう……
「!」
来る――これは絶対に避けないといけない一撃。でもタイミングで最悪というか完璧というか、もう避けられない――オレがするべき行動は――
「ああ、さすがロイド様……昨夜の一件を確実な経験とし、今まさに一段階上の強さへと……!」
「フィリウスが戦っていた、というのも大きいでしょう。長い旅の中でロイド様はフィリウスの動きをよく知っておられますから、相手との違いをはかりやすかった事でしょう。」
田舎者の青年が三年生の先輩と近距離の攻防を始めた頃、夜の国ことスピエルドルフの王城のとある一室にて、壁いっぱいに映画館のような大きさで映し出されている試合の状況を椅子に座って観ている者たち――カーミラとヨルムがうんうんと頷きながらそんなことを口にした。
「女性のお身体となり、ノクターンモードの時以上の吸血鬼性を得ていたロイド様は、普段の数十倍「よく見えていた」でしょう「眼」と、微量とはいえノクターンモードになる際に飲まれているワタクシの血液――ロイド様のお身体の一部となった吸血鬼の血に刻まれた代々の記憶を参照し、本来であれば領域が高すぎて理解の及ばないそれを解析された。」
「観察が大切であると助言はさせていただきましたが、もともと戦闘の中でも深く思考されていたところから察するに、フィリウスとの旅路やこれまでの強敵との戦闘によって無意識に経験の蓄積を行うようになられたのでしょう。それがチャンスを逃さなかった――素晴らしいことです。」
「そうですね。ただまぁ――」
試合が映し出される画面の隅っこに小さく表示された別の画面に視線を移したカーミラは、そこに映る人物を見てかるくため息をつく。
「エルフが出てくるとは思いませんでしたが。」
それは昨晩、フェルブランド王国の首都ラパンを襲った悪党たちを裏で手引きしていた人物。モニター越しでそれを観ていた田舎者の青年や直接戦闘を行った彼の師匠ですらどういう相手だったかを忘れてしまったその者を、カーミラたちは把握していた。
「恋愛マスターの件を受けてから展開しておいた対策がこのような形で効果を示したことは一つ収穫だった――とフルトが言っていました。」
「ワタクシたちや人間の使うそれとは異なりますが魔法は魔法――恋愛マスターらの人知を超えた力の予行練習にするには弱いですが、動作確認くらいにはなりましたね。」
「エルフの魔法……資料でしか覚えのないそれを実際に目にする時が来るとは思いませんでした。連中は遥か昔に滅んだはず……」
「一度滅んで、再度誕生したのかもしれませんよ。それほどに昔のことで、あの魔法が何らかの形で残っていれば復興も早いでしょうし。」
「へぇー、エルフの魔法って格闘技だったのか。」
「いや、それはこの者が得意というだけだろう。」
カーミラとヨルムと並んで二人と同様に試合を観戦していた別の二人――ストカとユーリが口を開く。
「んん? ロイドはミラの吸血鬼パワーでこのエルフの動きを見たおかげでレベルアップしたっつーかしてる真っ最中なんだろ? んな見ただけで勉強になっちまうようなとんでも体術を素でやってるってのか?」
「ユーリが言った通り、それはこの者の純粋な能力だぞ、ストカ。」
とんでも体術という事を両手とサソリの尻尾をワタワタさせて表現するストカをじろりと見るヨルム。
「映像越しでも、それが魔法か技術の賜物かの見分けくらいつくようになってもらわないと困るぞ。」
「は、はい! すんません!」
スピエルドルフの女王であるカーミラの護衛官としてふさわしい実力を身につけるべく、レギオンマスターであるヨルムの指導を日々受けているストカとユーリには効果の大きい睨みをしたところで、ヨルムは画面に映っている人物について話す。
「フィリウスのような猛者がいるように、人間の中にも達人やら至高やらという領域を超えた「異常」に到達する者が時折現れる。人間の間だと『絶剣』と呼ばれる剣士がその類だろうが、このエルフは体術――格闘の点でその域にある。その専門ではない上に魔法も無しだったとはいえ、フィリウスが劣勢になるレベルとなると、一度手合わせをしたいものだ。」
「人間にもバケモンみたいのがいるってのはわかるけど、エルフと言えば魔法専門ってイメージだからなぁ……逆に身体は貧弱なのかと思ってたぜ。」
「……別に、今の今まで滅んだと思われていた種族について知っておけとは言わないが、そのイメージは正確ではない。そもそも、エルフは人間なのだからな。」
「???」
言っている事がさっぱりわからないという顔になったストカを見てふふふと笑ったカーミラがヨルムの続きを話す。
「エルフというのは人間が進化した種族なのですよ。」
「進化ぁ? そういうのってもっとこう……すごい時間がかかるんじゃねぇのか?」
「人間が魔法を使い始めてから既に「すごい時間」がかかっているという事ですよ。魔眼などはその良い例ですし……何ならロイド様の対戦相手、どうやら「カン」が鋭いという認識のようですが予知能力に近いモノが魔眼とは異なる形で表れているようです。まぁ確かに、エルフの進化は試験管の中で行ったようなモノなので急速な進化ではありましたが。」
「試験管?」
「順を追いますと……その昔、人間たちが無理やり魔法を使い始めた頃、現在では当たり前ですがワタクシたちや魔法生物と同じ体系で魔法を使う者たちが主流だった一方、魔法負荷を考慮して人間は人間独自の仕組みで魔法を使うべきだと主張する者たちがいたのです。」
「独自の仕組み? マナと魔力のあれこれじゃない方法ってことか?」
「十二系統に当てはめると……そうですね、「第十三系統・名前の魔法」という感じでしょうか。小難しく言うと魔法起動の始点をマナではなく存在の固有性に置き、イメージによる汎用性の高さをある程度犠牲にする代わりに一点特化の極端な術式を得意とする方式です。このエルフが最後に名乗ったのもこの為でしょう。エルフの魔法においては「名前」が非常に重要なモノなのです。そしてこの魔法は魔法器官とは異なる専用の術式を体内に組み込む必要があり、仮にロイド様と素敵な夜を過ごした後のワタクシが全力を出してもそれが無ければ使用できません。」
「あれか、コンセプトが違うってヤツだな? それを使える人間をエルフって呼ぶのか?」
「一般的な魔法の方式から離れる為か、森の奥深くで研究を始めたその者たちは専用の術式をその身に宿した状態でごく限られたコミュニティでの交配を続けた結果、術式の影響なのか、人間のそれよりは長く尖った耳となりました。こうなっている人間をエルフと呼ぶのです。」
そう言いながらカーミラが指さした画面内に映るエルフは、確かに両の耳が左右に尖がっている形状をしていた。
「そして……こんな風に身体の変化が起きた事をキッカケに気づきそうなモノですが、ほとんど近親間での交配を続けた結果遺伝的問題が発生して滅んだのです。」
「なんだそりゃ、うっかり滅んだみたいな感じだな。でもそんなエルフが実は生きてましたってことで……このエルフの場合はどういうわけか異常なレベルの武術の達人と。」
「ええ……そのあまりに異常な「基礎」を披露してくれたおかげで、ロイド様の体術に対する理解はいずれこの世全ての武術に及ぶでしょうね。」
「??? いきなり意味わかんない言葉を持ってくるなよ。なんだよ、異常な「基礎」って。」
「ああ、やっぱりか。」
仮にも女王に対して「何言ってんだこいつ」という顔をするストカの横で、ユーリが「納得」という顔をする。
「このエルフの動きには……そう、「無理」がない。普通の人間が普通に生活する上で動かす部位、使用する筋肉を基本とし、武術という特殊な動きの為に使っているのはごく一部だ。」
「お前も何言ってんだ……?」
「とてもシンプルという話だ。世界には様々な武術があり、それぞれが「このやり方が一番強い」と考え、それに沿った型や技を作っていくだろう? そういう武術の個性を出すよりも前段階――パンチは拳を前に出す事、キックは脚を振る事という感じの大前提の動きのみで構成されているような動きをこのエルフはしているんだ。」
「んん? 要するにどこの流派の道場に入ってもまず最初に教わるだろう基礎中の基礎の動きしかしてないってことか?」
「そんな感じだ。まるで「個性がない事が個性」とでも言わんばかりに特徴と呼べる動きが一切ない武術を異常と言える領域にまで高めている……どこか矛盾しているような気もするチグハグな、しかしあまりに基本的で美しい。そしてそれ故に、ロイドを高みへ導く手助けとなっている。」
「極まった基礎を見る事がそんなに凄いことなのか?」
「さっき言った様々な武術というのは要するにこのエルフの動きを基礎にして出来上がった応用と言っていい。完璧と呼べる仕上がりの基礎を学び取ったロイドは今、相手が繰り出す武術や体術のことを何も知らなくてもその根っこにある基礎を見抜いて対応できるようになりつつあるんだ。」
「わかる……ようなわかんねぇような……」
「あー、つまりお前の尻尾で例えるなら、どんなに速くどんなにトリッキーにその尻尾を動かして攻撃しようと、その尻尾の可動範囲や長さを完全に理解している者からすれば絶対に尻尾が届かない場所はわかるだろ? 尻尾の動きが一切見えていなくても、避けることは容易い。」
「おお、そういう感じか。」
ユーリの解説をどうにか理解したらしいストカは、改めて大画面の中で戦っている田舎者の青年に注目する。
「つってもこれ、ロイド相当無理してないか?」
「驚いたぜ。」
咄嗟に出た行動。ベルガーさんの一撃を避けるのではなく、こっちの攻撃を合わせる事で回避と反撃を同時に行う――というよりは回避できる状態に無理やり持って行ったイメージ。今までやったこともないような動きでそれをしたオレは、だらりと左腕を垂らしているベルガーさんの後ろに立っていた。
『なんという超反応! 『コンダクター』、これで決まったかと思われた刹那、予想を遥かに超える身のこなしで『ゲイルブラスター』の拳を潜り抜けながら一閃! これが実戦であれば左腕が宙に舞っていたことでしょう!』
司会のアルクさんの解説と共に歓声が湧き上がったけれど、オレはそれどころではない。何故なら……
「前の商人といい、『ビックリ箱騎士団』にはあちこち切断されてばっかりだが……代償はデカかったな、『コンダクター』?」
使った事のない筋肉――というのは言い過ぎかもしれないけれど、少なくともそんな風には動かしたことはない気がする動作を急にやったせいで、オレは全身が筋肉痛みたいな状態になっていた。
「色んな相手と戦う度に今まで見せてなかった引き出しを……ああいや違うか。少し間を空ける度に新しい何かを身に着けて帰ってくるお前はランク戦、交流祭、選挙戦と何度も驚かせてくれたが今のは明らかにお前の身体にあってないっつーか、お前の身体がついていけてない。ぶっちゃけオレより重症だろ。」
この攻撃をどうにかしないとここで決着する――その確信を得たと同時に頭の中に浮かんだ動きのイメージを反射的に実行した。どう考えても今のオレが対処し切れないベルガーさんの猛攻をしのげていた理由である頭の中の「すごい」何かは、要するに今のオレには早すぎる動きだったわけで……今の回避行動が無かったとしても攻防は長く続かなかっただろう。
「とはいえ、必殺のノクターンモードになれば解決するんじゃねぇか? あれ、肉体的にもかなり強化されるだろ。」
「……残念ですが、昨日使ったので今日は……」
朝エリルに話した、女の子の身体になっていた影響で生じていた違和感だけど、実のところこれに加えて引き上げられていた吸血鬼性の反動もあったみたいで、感覚的に今日はミラちゃんの血を大量に飲んだとしてもノクターンモードになるのは無理だろう。
「そうか。しかしまぁ――」
だらりとした自分の左腕を見てニヤッとしたベルガーさんは、右腕の拳を空に掲げる。
「お前には悪いがオレの腕をあっさりと落としたその動き、もう少し披露してもらうぜ?」
再度ギュルギュルと回転を始める右のガントレットのリボルバー。ただしその勢いはさっきと段違いで、ベルガーさんの全身を……変な表現だけれど、目に見えるくらいの風が覆っていく。
「風の魔法ってのは意外と万能でな。突風で速度アップ、爆風で攻撃アップ、暴風で防御アップと格闘屋からすると割と何でもできる便利な系統なんだ。片腕分が無いからフルパワーとは行かないが、これがオレの、お前で言うところのノクターンモードだ。」
髪の毛は初めから逆立っているけれど、乱暴にはだけた制服もバタバタとなびき、まるで全身からエネルギーを噴出しているような風の圧。これがベルガーさんの全開モード……片腕分とは言ったけれど、そうとは思えない――本来はこれ以上ってことか……!!
『『ゲイルブラスター』の本気モード! 突風をまとった動きはまさに疾風! 爆風が全てを粉砕し、暴風が相手の攻撃を明後日の彼方へと吹き飛ばす! 第八系統で行える強化の全部乗せ! 『コンダクター』の風はこれに抗えるのか!』
アルクさんの読み通りというか何というか、そこからは早かった。ほとんど何も考えずに反射で身体を……あちこちが悲鳴を上げている身体を無理やり動かして十……七か八、もしかしたら五発くらいだったかもしれないけれど、ベルガーさんという嵐から繰り出される攻撃に抗うこと十数秒、一撃を受けて天高く舞ったオレはそこで意識を失い、あとで聞いた話によるとベルガーさんの風に受け止められて試合が終了した。
初日に二戦、二日目初っ端に三戦目。チロルの時は死にそうな顔で、ルーガンの時は女になって、今回のジェットはあんな変な動きをしたんだからたぶん全身ガタガタ……あたしたちがまだ二戦目をやってないっていうのに激動の三連戦。一人だけ意味わかんないくらいハードなランク戦を終えたロイドを、あたしたちは闘技場の外で出迎える。
「さぁさぁ一番身長の近いローゼルさんが肩を貸そう。ボロボロの身体をマッサージしてあげても――」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
いつもみたいにローゼルやその他が闘技場から出てきたふらふらのロイドに近づいたんだけど、珍しくカラードがそれを止めた。
「なるほど、あの先輩が言った通りだ。試合終了である程度回復したようだが今のロイドの身体にはかなり深いところにダメージがある。一応保健室に運んだ方が良いと思うが、マリーゴールドさんの眼ではどう見るか。」
「う、うん……筋肉とか関節とかが……どこかが深刻っていうんじゃなくて、全体的に同じくらい……損傷してる感じ、かな……」
「む、そんなにか。ティアナの魔法で治すことは……」
「範囲が全身、だから時間が……必要で、途中で試合が来ちゃうと……中途半端になるのは、良くない……から……」
身体の動きとか具合を見抜くカラードとその辺が「見える」ティアナの意見もあって、とりあえずカラードがいつも使ってる車椅子にロイドを乗せ、強化コンビが保健室に運んでいった。
「あははー、ロイドってば毎回ボロボロで闘技場から出てくるよねー。やっぱり三年生は強いってことかなー。」
「ロイドくんの場合は「元組」や「戻り組」といった群を抜いた先輩ばかりが試合相手になっているのが余計にだがな。それにしてもリリーくんとロイドくんを倒すとは――あのジェット・ベルガーという先輩は桁違いのようだ。」
「そっか! ボク、ロイくんとおそろいなんだ! えへへ。」
意味わかんない「おそろい」でにやけるリリーはともかくジェットの強さ……ああいうレベルはデルフしかいないと思ってたわ……
「ふむ、愛する夫が敗退してしまった以上、妻として勝利の栄光を持ち帰らなければな! きっと大いに褒めてもらえるだろう!」
「褒めて……そ、そうだね、頑張らないと……」
下心しかない決意をしながら自分の次の対戦相手が発表されないかと全員がカードを見ると、タイミングをはかったみたいにそれぞれのカードが光った。あたしは……
「――!」
「ふむ、わたしは以前ヴェロニカ会長に教えてもらった先輩の一人が相手だが……エリルくんは相当な強敵にあたったと見える。」
「そうね……最強じゃないかしら。」
あたしのカードには、デルフ・ソグディアナイトの名前が書かれてた。
「……ボス?」
田舎者の青年の恋人が学院最強に挑むこととなった頃、映画館のような巨大モニターの中で人によっては見るだけで頭が痛くなるだろう、お金の計算と思われる無数の数字が並んだ表を処理していた人物――丸々とした巨体をおしゃれな服で覆った女はふと、隣で顔を俯かせている仮面の人物を心配そうに見上げた。
「何か気になることでもあったかしら……あたし、どっかけーさんミスを……」
「いえ、大丈夫です。事後処理をお任せてしてしまって申し訳ありませんね、アマンタ。」
「こーゆーのはあたしの役割よ。でも、ということは他に心配事が?」
「ええ……今までに感じた事のないモノでして確信が持てないのですが……私の魔法が一部打ち消されたようなのです。」
「! ボスの魔法に干渉!?」
「普段通り、昨晩の事をほんの少しでも見聞きした者全員を対象とした記憶操作を行ったのですが特定の方向へ飛んで行った分だけ「完了」していない感覚なのです。規模としては過去最大というわけでもありませんから、おそらくこれまで遭遇したことのないような使い手――存在が昨晩の事を観測していたという事なのでしょうね……」
「一体何者……もしかしてボスと同じ……?」
「かもしれませんが、可能性として一番高いのは《オウガスト》を経由した魔人族。ランク戦には彼の弟子も参加していたという事ですからね。もっとも、魔人族であれば逆にそれほど心配しなくても良いのですが、一応探っておきましょうか。」
「魔人族――は、さすがに手に負えないわね。」
「困ったものです。予想外につながったS級の彼らが早々に活きてくるかもしれませんね……」
「全くしんよーできないけど……」
「信用できない程度のつながりで良いのです。何がどう転ぶかわからない現状、良い方向にも悪い方向にも舵を切れる状況がベストでしょう。」
そう言いながら仮面の人物が手元のボタンをパチパチと操作し、画面の四分の一ほどを別画面にしていくつかの名前を並べた。
「『世界の悪』ことアフューカス率いる『紅い蛇』。意図は不明ですが他のS級犯罪者の殺害と、三人の欲王の一人である恋愛マスターの捜索を行い、特に前者が世界……裏の世界に混乱を招きました。何故か今はどちらの動きも止めて別の何かを探しているようで、相変わらず彼女の動きは読めませんが今のところ騎士側にも悪党側にも更なる混沌を引き起こす様子はありません。」
「世界最強かつ最凶のしゅーだんってゆー自覚がないのよね。じゆーに動きすぎよ。」
「まぁ、アフューカスが統率していなければ一人一人が私たちを壊滅させられる実力の持ち主ですからある意味感謝で、彼女を標的としているが故にこれまた暴れずにいてくれているS級犯罪者の集団が『マダム』率いるチーム。S級犯罪者狩りに対抗せんと集まった面々で、その内の一人が今回私たちに接触してきましたね。」
「『魔王』の部下……しょーじき人間とは思えない気配だったわ……ホントに漫画とかに出てくる魔族とかそういうのなんじゃないかって感じ。現実的には魔人族かしら。」
「ふふふ。近く、魔王様とも話す機会があるでしょう。私たちとは目的が全く異なりますから誘われた理由がハッキリしないので少々恐ろしいですが。」
「でもってそいつらとは全くかんけーない接触をしてきたのが『シュナイデン』……」
「ええ。元々は『満開の芸術と愛を右腕に宿した人形が振るう刀』という、『右腕』率いるS級犯罪者集団の一人でしたが《オウガスト》と一戦交えて彼女を除いて全滅。《オウガスト》に復讐……というタイプでも無さそうなので今回私たちの計画に彼女が絡んできた理由もサッパリですが、どういう巡り合わせか『魔王』と接触したようで……また会う機会が出来そうですね。」
「なーんかアフューカスを中心にそーそーたるメンツが顔そろえてるわね。そこにあたしたちが仲間入りとか絶対ヤだけど……」
「知り合い程度にしておきたいところです。そしてもう一つ、アフューカス周辺の動きとは関係がありませんがフェルブランド王国で長い事活動していたテロ組織オズマンド。アフューカスがバラまいていたツァラトゥストラの力で騒動を起こした後、活動の方向を国外へ向けた様子。他国で活動を始めてはいますが……動きを見る限りは「腕試し」をしているような感覚でしょうか。標的は比較的小国ばかりな上、その気になれば「落とせる」ところをせずに終えている。どこか「情報不足」でそうなっているような気配もしますが真相は謎。混乱する悪党の読めない動きの中で唐突に現れる彼らは多くの国にとって不安材料となりつつあります。」
「神の国でのゴタゴタもあって宗教的な基盤が不安定になってるし、表の世界は騎士的には悪党同士で潰しあってくれてるからいいけど、お偉いさんからすると悩みの種がおーいわね。」
「そして昨晩、アフューカスの気まぐれか何かから始まった裏側の混乱を利用して私たちは計画を遂行しました。私たちの目標にはほとんど届いたようなモノで嬉しい限りですが、悪党たちには致命的。混乱していても力がないので荒れようがない――奇妙な形で出来上がる平和となるか、不確定な悪が生まれる土壌となるか……私たちが最後の引き金を引いたわけですが、今後は先が読めませんね。」
通称『罪人』と呼ばれる集団が起こした騒動。その目的が明らかになるのはそれからしばらく経ってからだったが、彼らの言う「悪党たちには致命的」なある事によって新たな騒動は確かに起き始めた。ただ後の結果だけを見れば「格の違い」がハッキリしただけとなったのだが、それはもう少し先の事である。
騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第九章 ぼろぼろ勝敗
ファンタジー系の物語ではかなりの確率で登場するエルフが出てきました。その内ドワーフも顔を出すかもしれませんし、ダンジョンに挑む機会もあるかもしれません。
ちなみに前にもどこかで描いた気がしますが、『罪人』の名前には共通点があります。ボスの名前が「ルエンツァ」というとこから気づくかもしれませんね。
実は結構人数がいる組織なのですが、考えている名前を全て出す時は来るでしょうか…
次はエリルの試合……果たして『神速』にどう挑むのか……
デルフさんの事情にも触れられると良いですね