ひとねこ物語【序章のみお試し公開。鋭意制作中!】
【序章のみお試し公開。鋭意制作中!】百合、恋愛、夏、高校生、リアル&ファンタジー、ライトノベル
【序章】
日差しが眩しい。
真夏の陽光が容赦なく照りつける。こんな日には日傘でも差していなければ、一時間も保たずに皮膚が真っ赤に焼けてしまうことだろう。
私は、左手に持った小さなペットボトルのソーダの蓋を開けて、口にあて一気にあおる。先ほどまでは自販機でキンキンに冷えていたそれも、この真夏の激熱の中では既に生ぬるさを超えて、体温のように快くもない高温になっていた。
「……ほの、今日はいつにも増して暑いね。私の耳も尻尾も、毛むくじゃらだからたまったもんじゃないよ」
隣からそのような声が聞こえる。私はすかさず反応した。
「そうだね、メル。私にとっては夏にネックウォーマーをつけているようなものだからね」
私は、火照った顔を無意識的に仰ぎながら顔を顰めて答える彼女のほうを向くと、彼女は耳と尻尾がぴょんと跳ねた後、すぐにシュンと下がってしまった。
「ほんといいよね、人間は。私たち猫族は、いろいろ大変なんだよねぇ〜」
彼女もまた、右手に持ったソーダを保冷剤代わりに耳に当てている。どうやら、それはまだ冷たいようだ。
この世に存在する二つの種族のうちの一つ――猫族である彼女、木砂羅木 メル(きさらぎ メル)は、私の高校のクラスメイトであり、親友であり、そして――いや、これ以上はまだ言わないようにしておこう。
私の名前は高橋ほのか。どうってことない、田舎の地方都市の高校二年生である。今は学校の夏休み中であり、メル と一緒に街角の話題の猫カフェに行ってきたばかりである。
無機質な建物の街に、まるでいよいよファンタジーのような猫族がいるのが不思議かって? それは私だって不思議だ。 確かに人類の歴史の中ではそのような種族が元からいたような根拠もほとんどないし、初めは空想だと思われていたようだ。
しかし、私が生まれた時点に実際に猫族はいたし、その由緒ははっきりとしたものは何も残っていないけど、現実問題で猫族はいるので、人間は誰も不思議がらず多くは受け入れ、共に生活しているだけの話だ。
猫族はそれほど多いわけではない。 まだ人間のほうが大多数であり、彼らは人口比で見ればまだマイノリティである。
だからと言って、先ほど言ったようにも、誰もかもが目に見えて不思議がったり気味悪そうにするわけでもないし、ほとんどの人間は猫族としても普通に認識しているようだ。――まあ、 一部を除けば。
「ねえ、メル。何で毛むくじゃらって暖かくなるか分かる?」
私はちょっとバカみたいな、どうでもいい話題を彼女に振る。彼女はとても不思議そうな顔をして、しかし少しわくわくな雰囲気も醸し出しつつ、私の顔を覗き見る。
「えぇー、なにそれ。分からないよ、どういう理由があるの?」
彼女はいつも純真だ。
「毛ってさ、どこもかしこもまとまって塊になってるわけじゃないでしょ? その隙間に空気が入り込んで、たまるわけよ。それが体温で温められて、体の表面に留まったままでいるから、あったかくなる、っていう理論よっ!」
私は無意識にドヤ顔口調になって、そのように彼女に教える。
それを聞いて、彼女はパッと明るい顔をして、なるほどぉ、と元気に返した。
「じゃあ、ほのかは、冬は耳元が寒いの?」
彼女は顎に指を当ててピョコって耳と首を少し倒す。
「そうだね、そういうことになる。それを防ぐために、私たち人間は耳当てとかをするわけよ。いわば、人工的に毛の隙間を作ってる、っていう寸法ね」
彼女はそれを聞くと、あはは、面白いと言って、健気に笑う。
「てかさ、さっきのお店の紅茶、超美味しかったよね。レモンケーキも美味しかったけどあのアールグレイの芳しい香りが忘れられないわ」
「そうだったの! 私としてはちょっと正直言って、芳香剤みたいな匂いにしか思えなかったんだよね。本当に美味しかったの?」
「あはは。こんなこと言うとみんな同じことを返してくるね 。芳香剤だの洗剤だの。でも、実は一週間でも飲んでみれば香りに慣れてきて、その香りがだんだんかぐわしくなっていくわけよ。人の慣れの習性を逆手に取ったお茶、ってわけね」
「ほうほう、なるほどね。いや、ほのかは本当に頭いいね 。私になんてそんなこと微塵も思わなかったよ。ただケーキとお茶が美味しい店、ってだけで」
アニメで言えば、もろ汗を流す描写のような顔をして、メルは笑う。
「大抵の人はそうだね。私みたいに変なこと言う人は一部しかしないよ。変人だよね、かなり」
「そんなことない! あなたは誰よりも、世界を深く理解してると思うよ。それが私のような猫族にはちょっとよく分からないぃ、ってことでもね!」
「ふふ。ありがとね、メル」
私たちは笑いながら、無意識的に手をつないで歩き出す。
コモリタ市は全国有数の酷暑県である。豪雪地帯でもあり、冬はまるで全てが凍てついたような、半ば恐ろしいような自然が牙を向くのだが、それが過ぎ去ったと思えば春など一瞬で終わり、今度は夏の猛暑という見えない獣が爪はひけらかしてくる。ここまで年中の温度差が激しい県もおそらく珍しいほうだろう。
そこに住まう県民たちも逞しいが、だからこそ頭の中も古びた思考の人が多いことも事実だった。特に私たちのような種類に対しては。
「次、お洋服屋さんに行くんだっけ? 最近できた、って言ってたよね、あのドレス屋さん」
「そうだね。ごめんね、私のゴシックの趣味に付き合わせてしまって」
「いいよいいよ、真っ黒いドレスって素敵だよね。何にも染まらない。しかし何もかもを呑み込むという果てしない色」
「あはは、素敵な表現だね、メル」
私たちはまだ手を繋いだまま、そのドレス屋に入った。
スーッと、店内のエアコンの涼しい風が耳元を通り過ぎていく。先ほどまでのマグマのような暑さは嘘のようだ。
……しかし、来店者をさらにスーッとさせるのは、入り口目の前に置かれた、銀の装飾が施された特身大の棺桶のオブジェである。……完全に店長の趣味である。
「ちょっと……ほのか、これは一体なに? ここ、お化け屋敷じゃないよね」
「あはは。メルらしい、素直な感想だね。でも、これはゴシック文学に由来する、正式な表現方法の一つなんだよ」
「そうなのね。私、何もわかってなかったよ。ごめんね、お化け屋敷なんて言っちゃって」
メルは、あはは、と笑いながら後ろ手で頭をかいている。
私は棺桶から視線を離し、右に目を向ける。その先にはすぐカウンターがあった。実を言うと、店長とは古くからの知り合いで、新しく店を移動すると聞いてやってきた次第である。
「あら……Ms. ほのか、ごきげんよう。わたくしのブランニューブラックパレスにようこそ。改めて、私は冷斎・クロネル・ヴラキリー・黒子と申しますわ。耽美なる、新たな私の城塞と、それをわざわざ探して選んでくださった御仁方、自らの心に酔いしれていって頂戴ね。……ところで、そのお隣さんは、もしや前から噂をしていた、あなたの彼女かしら?」
黒子は目を細くして、まるで我が娘を垣間見るように、天上のごとき慈悲深い顔をした。
「ちょ……ちょっと、ほのかっ……! この人に、私たちの秘密を教えてしまったの?」
メルは見るからに焦った表情して、両手をざわつかせている。
「大丈夫だよ、メル。黒子さんは信用できるし、絶対に他人には私たちのプライベートのことは言わない人だから。もし黒子さんがそれを破ったら、責任持って私のゴシックファッションのドレス、全部破いてもいいよ」
「あら、それは冥界の王の謀略のごとく壮大で、しかし少しだけ無謀な発言ですわね。でもその言い分、決して嫌いではないですわよ。むしろ私をそこまで信頼してくれて、感謝を申しあげますわ」
黒子は胸元に右手を当ててちょこんとお辞儀する。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。私が保証してあげる。だってもう何年も前からのゴシック友達だもん」
一人は笑い、一人は苦笑いし、もう一人は、うふふ、と不敵に笑っていた。
「……さて、前口上はこれくらいにしておいて、そろそろビジネスの話に移ろうかしら? ほのか、今日は私に会いに来ただけではないのですわよね」
「黒子さん。さすが。察しがいいね。世界の深淵を毎日見てる人だけのことはある。この木砂羅木 メル――木砂羅木 メルリーチェさんに、特注のシュシュを作ってあげたいんだ」
「ほう。シュシュ、と。木砂羅木様の明るい茶髪にとても映えそうですわね。無論、黒ですわよね、ほのか?」
「うん。黒だけれど、特注なりに少し装飾を施していただきたい。白の竜と金の竜が共に交差している、クロスのデザイン。この人のフルネームの族名のMillrache――メルリーチェをその下に」
「メルリーチェ、何度聞いても可愛らしいお名前ですわ。私の考えるゴシックとは反転異なる、健気でほんわかしていて、それでいてどこかほのかな白樺の香りがいたします」
えへへ、と隣で困ったような嬉しいような、そんな声でメルは笑う。
「白樺なんてとんでもない。彼女は桜より、向日葵より元気な女の子よ。そんなしとやかな植物が似合うわけない」
私は右手の肘に左手を当ててLの字を作りながら笑う。
「ちょっとぉ! ほのか、それは言い過ぎじゃない!? 私だっておしとやかなところはあるもん」
メルは腕を組みながらぷいっと横を向く。
「うふふ、あなた方は、わたくしから見れば、コンクリートの隙間から輝くように咲く、タンポポのようにしなやかで逞しいですわ」
……黒子の目は、もはや潤んでいるレベルでトロントロンだった。これにはさすがの私も少しだけ引く。
「とにかく分かりましたわ。ほのか様、木砂羅木様。出来上がるまでは特注品だと一か月はかかりますので気を長くしてお待ちくださいませ。また当店は基本先払いでございます。ほのか様はご存知だと思いますが」
「分かっておりますよ、冷斎様。バーコード決済はできるかしら」
「…………うふふ…………っ。あなたの支払ってくれた捧銭が、私の血肉となり、そして人民たちの明日への闇中のかがやきと化すのですわ。そうですわよね、ほのか」
……ただ単純に儲けが出て嬉しいと言えばいいのに。そこくらい私たちの仲なんだから。
店を出た後の帰り道。
日はとっぷりと暮れ、太陽は西の空に落ちかけ、夕焼けの黄昏色が美しい。
その品位あるオレンジ色が、田舎都市の細道を歩く二人の少女たちのことを煌々と照らしていた。
「今日楽しかったね、ほのか」
メルがはにかんだ笑いで私に話しかけてくる。
「ああ。本当にそうだね、メル」
私はにっこりと返した。
夕暮れは私たちの姿を優しく包んでくれる。また、明日が来るのだな、と私は実感していた。
「ねえ、ほのか、最後にちょっといい」
「どうしたの。メル」
彼女がいつになくもじもじして顔をうつむかせていたので……でもなんとなく察しはついていた。
「好きだよ。改めて、恋人としてね」
彼女は私のほうにちゅっ、と投げキスをしてくれる。
「――ねえ、本気でしてくれない。キスするんだったら」
私は真剣そのものの眼差しで――彼女の唇を獲物を見つけた黒豹のように捉えていた。
「だっ、だめだよ……。誰かに見られていたら、恥ずかしいところか、普通に通報されちゃうよ」
メルはあからさまに両手をアワアワさせている。
「――ダメ。もう我慢できない、いくね」
「ちょっとダメだって――っ……! ほのかっ……!」
その注意は一歩遅い。
私は既に彼女に覆いかぶさるようにハグをして、唇と唇を重ね合わせていた。
「……」
「……んんっ……」
……彼女は最初こそ体をこわばらせていたけれど、次第にその抵抗感は霧のように消えていったようだ。
その接吻は、もはやディープだった。彼女は本当はもう十分だと思っていただろうけど、私はもっとしたかった。今日という最高の日でもあったし。
「……」
「……」
しばらくしてから私は唇を離した。そして、彼女の瞳をしっかりと見据える。
「……好き。愛してる。それしか言えないわ」
「……ほの、私もなんだけど、ちょっと唐突すぎて」
彼女は上気した顔でちょっとだけ苦笑いの要素を含めてほのかに笑っていた。
「……ねえ、ほの……もう一回、ぎゅっとハグしよ」
「思う存分」
硬い鎖で締め付けられた如く、二人は、かつてないほど強烈なハグを最後にかわした。
序章 完
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