06 その先の向こうに… ⑪

37

 それは突然だった。
 ポツ、ポツ、やがてパラパラと……雨はグラウンドで部活に打ち込んでいた生徒たちの頭や肩を打った。
 いっせいに近いタイミングで、なんで?どうして?とみんなが空を見上る。
 ここ数日は天気がよく、雨のことなど誰の頭の中にも無かったからだ。
 今日も朝から快晴で、授業が終わって外に飛び出したときも、しっかりと青空だったのである。
 だが今は、灰色の雲が見ていても分かるほどの早さで、東の海の方から西へと流れている。
「おーい。今日はこれまでにしようや」
 サッカー部キャプテンのヤッチンが両手で拡声器の形を作って、声を張り上げた。
「こりゃ、やべぇかも――」
 誰かが半分楽しそうに、傍らの部員に声を掛けている。
「終わり、やめよう」
 シゲボーが手を前に出して突っぱねるようにジンジを制止しながら、ボールを足で押さえた。
 二人はゴール前で攻守を入れ替えながら、ボールを奪い合う練習をしていたところだった。
 シゲボーは、ボールを奪おうとチェックを入れるジンジの動きを止めたのである。
 ジンジはボールから目を離して距離を取り、プール監視塔の時計を振り仰いだ。
 部活が終わる最終下校時間まで、まだ一時間近くあった。
「ほらッ」
 シゲボーがボールを、つま先で軽く打って撥ね上げた。
 ジンジは手を使わずに胸でボールを受け、そのまま足下に落ちるに任せた。
「昨日の分を取り戻そうと思ったのに――」とジンジは独りごちながら、手の甲を撫でていた。
「しょうがないさ」
 シゲボーは、雨の量を推し量るかのように空を見上げた。
「明日も雨だったら?」
「そんときは渡り廊下か体育館」
「狭くてもいいから、体育館」とジンジは声の調子を上げた。
 常時グランドを使うクラブの雨の日は、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下や、体育館2階の観覧台を走ったりと、小さな場所を間借りしてストレッチをやったりする。
 その時サッカー部や野球部などの、ほとんど男子だけの連中は決まって女子の近くでやりたがるのである。
 いわゆる一所懸命部活に励んでいるところを見せたいのだ。
 イイカッコしー、なのである。
 そうなると、誰も見ていない渡り廊下での部活は論外で、何が何でも体育館の隅でもいいからやりたいと願うのである。
「運次第だな」
 当日、部活が始まる前に、ヤッチンがジャンケンで勝てば、体育館の隅を使える権利を獲得出来るのである。
「たまには、シゲボーがやってみたら、副キャプテンなんだからさ」
「よだきーからいい」とシゲボー、面倒なのだ。
「そう……」
 ジンジはシャツの裾を引き上げて濡れた頭を拭こうとした……でも止めた。
 雨で塗れた頭を拭いたら、母ちゃんが洗濯のとき、変な臭いがするって言うかも……
 だから濡れるに任せちゃえ、と考え直したのだ。
「それにしても、こんな急に雲行きが怪しくなるなんてなぁ~」
 シゲボーの声に、今度はジンジが空を見上げた。
 灰色の雲が、勢いよく流れならが雨を落としている。
 顎を反らして見上げたその顔にも、雨粒が跳ね返っている。
    *
 後輩たちは、ボールの片付けに奔走していた。
 ジンジは足下のボールを、後輩たちが集めているカゴを狙って山なりに蹴った。
 ボールはバウンドした後にカゴの側面に当たり、外側に落ちた。
 んが……ジンジは声には出さずに大口を開けて残念がった。
 カゴに入れなきゃと、仕方なく動こうとすると、後輩のセンカンが、外れたボールをカゴの中に投げ入れてくれた。
「わりィ、サンキュ」とジンジ。
 センカンは振り返って、大丈夫です、と軽く手を上げた。
 高さが全然足りねぇじゃん、とジンジは頭を捻りながらこうかな?みたいに蹴る動作を繰り返した。
 野球部とバスケットボール部の連中も、道具の片付けを急いでいた。
 グラウンドのところどころに、小さな水溜まりができ始めていた。

38

 部室に走りながら、ジンジがシゲボーに訊いた。
「傘持ってんの?」
「置き傘がある」とシゲボー。
 そっちは?と顔を上げる。
 ある、とジンジは前を向いたまま短く返した。
「バッグ、どうする?」
 今度は部室で訊いた。
 そっちは?とシゲボーが返す。
「めんどうだから、今日は置いて帰るよ」
 そうだな、そうだよな、とシゲボーも即決していた。
 他の部員たちも、ほとんどが二人の行動(会話)に倣(なら)うように、バックを置いて帰ることにしたようだ。
 二人は、混み合う部室で自分のスペースを上手に確保しながら着替えを終えると、おさきー、おつかれー、と教室へ向かった。
    *
 教室前の下駄箱の横にある傘立ては、混み合っていた。
 同じように、早めに部活を切り上げた生徒たちが、置き傘を取りに戻ってきているのだ。
 しかも傘立て自体がそれほど大きなものではなく、数人も集まれば密集地帯となってしまうのだ。
 最初にシゲボーが取りに向かった。
 教室に戻って来たとき、ただ単にシゲボーが少し先を歩いていたからだ。
 ジンジは、少し離れて待つことにした。
 待つ間、左目を手でこねていた。
 意識しないままこねながら、傘立てに集まっている生徒たちの中に、カコの背中を見付けていた。
    *
 シゲボーは、自分の傘を引き抜きながらカコに訊いた。
「今日(バレー部)は体育館だったよな」
 雨でも関係ないんじゃねぇの?と訊いているのだ。
「それがね、今日は終わり!……って先生が言いだしちゃったの。それも急にだよ」
 カコは、これだ、と傘を引き抜いた。
 でも、引き抜いた傘は男物だ。
 カコはそのまま後ろを振り返った。
 ジンジは目をこねながら所在なさげに、あっちを見たりこっちを見たりしている。
 授業中に、突然何かを思い立ってキョロキョロしだすのに似てなくもないよね、と思いならがカコは続けた。
「先生がさ、試合が近くてここんとこずっとハードな練習してたから、今日は身体を休めろって言うんだよ」
「休むのも練習のうちだって言ってなかったか?」
「言ってた」
 ありきたりな台詞だよね、とカコはシゲボーに笑いを返した。
 言うことは同じだな、とシゲボーは肩をすくめた。
「(それ)じゃあ、ってことで片付け片を始めたの。そしたら急に降りだしちゃって、焦っちゃった――」
「焦る必要があんの?」とシゲボー。
 すると、カコの返事には少し時間が掛かっていた。
「(練習)やってる時は、(体育館の)ドアや窓は開けっ放しだからだよ。その方が(風)が気持ちいいから」
「ボール、流されないのか?」
「強い時は閉めるけど、今日はそうじゃなかったでしょ?」
 カコは自分の傘を見付けて引き抜いた。
「だな。グラウンドも風が無くて、今日はぜんぜん練習しやすかった。なのに急に降りだしやがんの……」
 焦ったのは窓のことじゃないんだ、とカコは二本の傘を胸に抱えた。
「あ? なんか言ったか」
「ううん、何も言ってないよ」
 ユウコみたいに声が出ちゃったのかしら?……とカコは慌てて首を横に振っていた。
    *
 カコは何で早いんだ? 今日は体育館だろ? だから雨は関係ないのに……
 そんなことを考えながらあちこちをキョロキョロと眺めていると、二人が戻ってきた。
 よしきた、とジンジは前に出た。
 すれ違いざま、すぐ戻るから、と二人に声を掛けて傘立てに向かった。
 さっさと行ってしまったジンジの後ろ姿を追いながら、どうして?とカコは口を尖らせていた。
「それって、ジンジのじゃねぇの?」
 シゲボーは、カコの持つ黒い方の傘を見て言った。
「そうなんだけどね……」
 二本の傘を手にしたまま、カコは何て答えていいのか分からなかった。
「あいつ、見えてなかったのか?」
「う、うん。あわてんぼう、だから……」
 そう返しながらも、心の中では首を傾げていた。
 カコ自身も、?だと思っているのだ。
「あわてんぼう……ねぇ~?」と一応は納得の言葉を言うシゲボーも
 ほんとかよ?と問いたげな表情である。
「〝こうだ!〟〝こうする!〟って決めちゃうとそればっかりになっちゃって、回りがまったく見えなくなっちゃう事があるから――それに今も、自分の傘は絶対(傘立てに)あるって思っちゃってるからじゃない?」
「うん、まぁ。そういうとこは、あるかもな」
「それかわたしが一緒にして束ねて持ってたから、ほんとに〝見えなかった〟のかも……」
「気付かなかった……てか?」
 シゲボーは疑わしげに片方の眉をつり上げ、ふ~んと鼻から息を吐いて笑った。
「しばらく黙って見てようぜ。(傘が)無いって判れば諦めて戻ってくるだろうしさ――」
「そうしようかな……」
 傘〝持ってるよ〟って、ちゃんと分かるように見せてるのに、完全に無視しちゃってなんなの?……ちょっとカチンと来ちゃったよ!
 でも……
 今は、とっても意地悪する気にはなれない〝はず〟なんだけど、ちょっとだけなら大丈夫だよね?と、耳元で囁いている別の自分がいる。
 でももう一人のカコは、違う違う!早く帰らなきゃ、と大声で叫びながら手を大きく振っていた。
    *
「オ~レの傘は、どこかしらん」とのんきな声を上げながら、ジンジはボックスを覗き込んでいた。
 傘立てには、特に自分の場所があるわけではない。
 ジンジはいつも、その時空いている場所に、傘を適当に投げ入れていた。
 だから何処に入れたか? など覚えているはずはないのである。
 多分この辺だったような気がする、と当たりを付けて残っている傘を眺めているが、見付かるはずは無いのだ。
 じゃあ、と言うことで端から順番に追ってみたが、また発見できなかった。
 何故無いんだ? 目だけはキョロキョロと動かしながら、ランダムに傘を追いながら頭で考えてみる。
 そう言えばこないだ……
「置き傘ばっかりしてちゃ駄目だよ。ジンジばっかり何本も傘を入れてたら、他の人たちが入れられなくなっちゃうでしょ。ここはみんなで共有する場所なんだから」とカコから注意されて、それはそうだ、て反省したのを思い出した。
 だからその日は、傘立てに一本だけ残して持って帰った記憶がある。
 その日はえらい良い天気で、鞄・アディダスのバッグ・傘を何本か持ちながら……カコからは「ほら見たことか」って笑われたのを覚えている。
 それでも、またあしたって別れるまで、アディダスのバッグを持ってくれてたんだった。
 だから、絶対に一本は残しておいたはずなのである。
 部室か? うんにゃ、そんなわけ無い!
 だいたい、部活が終わったら、特別なことが無い限り、教室に寄らずにそのまま帰るから、降るかも?……て思っても、絶対(降る)じゃなきゃあ、荷物になるような傘なんて部室に持ってゆくはずは無いのである。
 そんなことを考えながら、また最初から、ジンジは傘立ての傘を一本ずつ順番に抜き、また戻す作業を繰り返した。
 頭の中には、ここには傘がない、という選択肢が無いのである。
 そのようすを、カコはシゲボーの横に立って見ていた。
 これといった手立てを何ひとつ打つことができないまま、夢を見てから初めての雨が降りだしている。
 どうしよう?……と考えていると不意に、頭の中に事故の光景が頭に浮かんだ。
 カコは意識の中で頭を横に強く振りながら……今日じゃないよね、まだ先だよね、きっとそうだよね、もうちょっと待ってよ! と強く願うように自分に言い聞かせていた。
    *
「お~い、あったか?」
 見付かりっこない傘を捜しているジンジの後ろ姿を見ているのも、何だかバカらしくなってきたと、シゲボーが声を掛けていた。
 すると、その声に押されるように、カコが前へ動いていた。
 カコはジンジ横に並んで、あったの?と訊いた。
 するとジンジは、うんにゃ、と首を振って即答した。
 今も一本の傘を手にしているが、それはどう見ても女子の傘だった。
「わたしの貸したげるよ」
 カコはジンジに、呟くように言った。
 いいのか? とジンジの目はまだ傘を捜している。
「もう一本持ってるから」
 ジンジの顔の前に、傘が差し出された。
「わりィ……」
 ジンジは手にしていた傘を戻し、カコからの傘を手に取った。
 当然カコの傘だったら女子用の傘だと思っていた。
 あれ?っと受け取った傘を見るなり……て、これ、オレのじゃねぇ? ともう一度しっかり見直してみた。
 確かにオレのだ。
 何だよう~と顔を上げると、そういえばそうだね、とカコが悪びれているようすもなく微笑んでいる。
 なるほどね……
 カコが先に見付けといてくれたんだ、それならそれでいい。
 もう、傘について文句を言うつもりはない。
 でもちょっと変だな。
 何か変……?とジンジが目を瞬(しばた)かせていると
「雨が激しくなると嫌だから、早く帰ろうよ。みんな待ってるよ」とカコは、せわしなく身体を揺らして、ジンジを急かし、背を向けて、歩きだしていた。
「あ、うん、わかった」と返事をしたのが聞こえたのかどうか分からないまま……
 ジンジは慌ててカコの後を追っていた。

39

 帰宅する方向が違うシゲボーと別れた二人が体育館の横までゆくと、カコはナオとユウコとタカコを見付け、そのまま三人に向かって駆け出していた。
「ごめん。みんなもう集まってる?」
「ヒカリちゃんが来てないんだよ。なにしてんだか、もう」
 ナオが早口で答えていた。
 いつも一緒に帰宅するメンバーで欠けているのは、バレー部後輩のヒカリだけとなっていた。
 ナオはイケピンの横に立って、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下を、背伸びしながらじれったそうに見ている。
 ヒカリはそこからやって来るはずなのだが、まだ姿を見せていない。
「(部活を)せっかく早く切り上げてるんだから時間あるし、そんなに急いで帰る必要もないんじゃねェの?」
 イケピンがのんきな声で言うと、シンコ、ポンタ、そしてジンジも、ゆっくり帰ろうぜ、と口を揃えた。
「彼女はさぁ、センカンとコンジョウの別れでも惜しんでるんだな、きっと……」
 ジンジはコンジョウと言う言葉に力を入れながら、集まっているみんなに、ボディビルダーが筋肉を誇示するポーズを取って気張って見せた。
 するとユウコが唇を突き出して抗議した。
「それ、根性と今生を引っかけてるの? ちっとも面白くない!」
 少しはみんなに考える時間を与えてやってもいいようなものなのに、音速なみの反応だった。
 その語気の強さに、横に並んでおいたシンコが、え? とユウコを凝視していた。
「気張った格好しても、誰にも伝わらないよ!」とユウコは続けた。
 ジンジは、口を尖らせて反論した。
「根性も今生も、ひらがなにすれば同じじゃん。言葉は漢字じゃねぇし」
 するとポンタが、一人だけ笑いを堪(こら)えるように震えながら、ひ~ッ、と腹を抱えている。
 するとナオが、追い打ちを掛けた。
「ぜんぜん面白くない。ボツ!」
 彼女の表情も硬い。
「そうかなぁ~、ギリギリで予選通過にしてやってもいいんじゃねぇ?」
 イケピンがボソっと言うと、ナオは強(こわ)い顔で彼を見上げた。
 おいおい、たかがダジャレに何をそんなに目くじら立てる必要があんだよ。
 瞬間、ビビって後ずさりしそうになったイケピンだった。
    *
 なんか変だ……
 ナオはともかく、普段のユウコなら(この程度で)地べたを転げ回るほど笑うはずなのに――
 ナオかユウコのどちらか一方なら、イライラする日、なのかもしれないけど、二人一緒なんてのもあり得るんだろうか? まぁ確率的には低いと思うが……
 シンコとイケピンも、なんか変? を微妙に感じているようだ。
 まさかな?……と思いながら、ジンジはそお~と、カコに気配を向けてみた。
 ん、何? とカコはジンジを見ていた。
 何故気付く? そこまで瞬時に反応するか? とジンジはビビった。
「あ、いや。な、何も」と慌てて取り繕ろうしかなかった。
 するとカコは、変なの、と言いながら前を向いてしまった。
 傘置き場で感じたのと同じようにぎこちない。
 ……やっぱりどっか変だ。
 昼間はいつものカコだった。
 放課後になり、部活に出る前もいつものカコ?だったと思う!
 しかも考えてみるに、昼休みが終わって午後の授業が始まるころのカコは、いつもどおりに明るかった。
 その後に何かがあったんだ……多分。
 何となく、言葉と表情が噛み合っていないような気がする。
 笑顔と言うか、大基(おおもと)の元気が抜けているような感じがする。
 どこかに穴でも空いてるんだろうか?
 でも、ちょっとおかしくねぇか?って訊いても
 そんなことないよ……って返事が返ってくるに決まっている。
 ナオとユウコも同じだろう。
 三人とも、今は同じ雰囲気の臭いがする。
 ああ、くそ、何なんだよ、わかんねェよ、ほんとに三人ともどうしちまったんだ?
 頭がこんがらがって……どうしようも無くなって、ジンジは傘を外して空を見上げた。
    *
 空を見上げているジンジの顔が、雨で濡れている。
 今度はほら、大口を開けて舌を出してる。
 きっと雨を舐めようとしてるんだ。
 男子ってば……なんであんな子供みたいなことするの?
 それとも、そんなことするのはジンジだけなの?
 あれだけ外で遊んでいるのに(部活もそうだけど)、ジンジは結構色白なんだよね。
 そりゃあまぁ、少しは(焼けてる?)とは思うんだけど……
 プールの授業のときだったかな? それともみんなで青島に行ったときだったかな? 黒くなりたいけど日に焼けない体質だって言ってたっけ? わたしとしては、ちょっと羨ましいんだけどさ――
 あれ? 何で今そこんなこと考えてんの? そうじゃないでしょ。
 カコは唇に力を込めて、雨、止め! お願いだから止んで……と願い、それ以外のことを頭の中から追い出そうとした。
 念じながら、傘の柄を肩に置くようにして空を仰いだ。
 空は雲で覆われていた。
 制服に着替えて教室へ向かう途中の渡り廊下で見上げたときは、すごい勢いで街の方へ流れていたはずだった……
 でも今は、学校の真上で完全に動きを止めている。
 しかも、予想もしなかったほどの厚さで、上空は夜と言えるほどに暗かった。
 それでも、辺りは思っていたよりも明るい。
 雲が群れているのは学校の上空だけで、西に傾いた太陽が光をここまで届けてくれているからだった。
 明と暗のコントラスト
 不思議……
 カコはブルっと身震いして、見上げていた目線をナオとユウコに落とした。
 二人とも、戸惑いと不安の入り交じった表情をしていた。
    *
 ヒカリとセンカンを最初に見付けたのはタカコだった。
「来たよ」
 ヒカリが、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下から、センカンと一緒に小走りでやって来た。
「待ちくたびれちゃったじゃない」とタカコは文句を口にしているが、顔は笑っている。
「遅れてすんません」
 ヒカリと一緒に頭を下げるセンカンだが、顔の筋肉はゆるゆるで、恐縮しているようにはぜんぜん見えなかった。
 二人がお互いを意識するようになって、まだひと月もたっていないのだから無理もない。
 ヒカリはタカコの横までやって来ると、ごめんなさい、とまた頭を下げた。
 大丈夫だよ、とタカコ。
 タカコとヒカリは妙に仲が良い。
 みんなと帰るときは、いつも二人で並んで話しながら帰っている。
「そんじゃあ帰ろう」
 イケピンが傘を突き上げると、シンコ、ポンタ、旭東通りに出たらそこで別れてしまうセンカンの四人は、プールを右に見ながら後田川沿いの道を通りに向かって歩き初めていた。
 こうやって全員が揃うまでは、それぞれに(二人で)並んで待っているのに、いざ帰る段になると、男子と女子のグループに別れてしまうのである。
 ジンジも、帰るべぇ~、と自分に言った。
 三人が〝変〟なのは分かるが、そこにチョッカイを出していいものかどうかが分からなくなっていた。
 多分、イケピンとシンコもそう思っているのだ。
 だからとにかく、今日は放っておくのが一番だと思い、さっさと歩き始めているのだ。
 部活を早く切り上げたのだから、みんなとくっちゃべりながら、ダラダラと帰ればいいや、とせっかく考えていたのに、である。
 そして、なんとなく勿体ないと思いながら……
 まぁそんな日もあるんだろうけど――
    *
 そのとき、カコがジンジの背中に呼び掛けていた。
「待って」
 ジンジは頭の中で、は、は、は、はい……と背筋を伸ばし、振り返っていた。
 その顔は、なんで呼ぶの? オレなんか悪いことした? の顔になってた。
 そこには、三つの傘が窮屈なほどにひと塊となっていた。
 どうやらジンジを呼び止めようとしたのはカコだけじゃないようだ。
 最後尾のヒカリが、横のタカコに小声で、どうしたんですかね、と訊ねていた。
 タカコは、よく分からない、と首を横に振った。
 でも、あんまり興味を示さない方がいいかも……とヒカリに耳打ちしていた。
 タカコはタカコで、三人とジンジの間に何かある、と敏感に感じ取っていたのだ。
 男子の最後尾を歩いていたセンカンも振り返って立ち止まったが、イケピンとシンコから、構うな行くぞ、と無理矢理前を向かされてしまった。
 なに? とジンジは短く訊いていた。
 しかし三人からは何も返ってこなかった。
 沈黙したままである。
 ジンジがもう一度声を掛けようとしたとき
「え、あ、うん……」とカコから、と返ってきた。
「なんだよ、どうしたんだよ?」
 すると今度は……最初よりは短い時間で、え、あ、うん、と返ってきた。
 ああもう、らちがあかねぇ、え、あ、うん……は返事じゃないだろう?
 ほんとに、今日はどうしちまったんだよ? とジンジ引き返して、カコの正面に立った。
「なに?」とこっちも同じ台詞を繰り返して訊いた。
 カコは目を伏せている。
 こっちを見ようともしないカコを、ジンジは、絶対何か言わせてやる、と膝を曲げて覗き込んだ。
 するとやっと、カコは
「〝雨だから〟気をつけてね」とだけ言ってきた。
 それだけ? それを言うためにだけオレを呼び止めたの? とジンジは顔を上げてナオとユウコを見た。
 ジンジの視線に気付くと、二人は一緒にそっぽを向いてしまった。
 ジンジは背を伸ばして一歩下がり
「ん、あ、ああ分かった気を付ける」と言うしかなかった。
 でも、何を今更って感じで、気を付ければいいんだと思う。
 ほんとは何が言いたいんだよ?と三人を問い詰めてみたかった。
 すると
「一緒に帰ろうよ」と言ってきたのはユウコだった。
 なにそれ……と思いながら
「いつも一緒に帰ってるじゃん」とジンジは即答した。
「今日は、並んで帰りたいんだって」
 今度はナオだった。
「ならんで帰りたいわけ?」
 ジンジは三人に向かって訊いた。
「そう、一緒に並んで帰りたいって、カコが言ってた」
 今度はユウコだ。
 そうなのか?と首を捻り、なんで?……とユウコを見る。
 訊かないでよ、そんな時もあるんだからさ、と二人は言葉にしないがそう言っていた。
 ジンジは、もうこれ以上何かを言うのを、質問するのを止めた。
 ジンジは……
「わかった、じゃあ、行こうぜ」と三人に背を向ける。
 するとカコが、すかさずジンジの横に並んだ。
 ジンジはカコの歩調に合わせて歩き始めた。
 その直ぐ後ろを、ナオとユウコが並んでついてきていた。
 最後をタカコとヒカリが、ぜんぜん分かりません、と後を追った。
    *
 旭東通りに出たところで、男子たちが待っていてくれた。
 男子たちは互いに話し込んでいて、表面上は、三人を気に掛けているようすは無い。
 イケピンもシンコも、互いの相手がちょっと変だとは感じてはいるが、それはそれで大したことは無いだろう、いつものありふれた下校だと考えているようだ。
    *
 道を打つ雨の音が……降り続く雨が、さっきまでは小さかった水たまりを大きくしている。
 本降りの雨がそこまで迫ってきているのかもしれない。
 三人が夢で観たときと同じような雨模様になってきていた。
 未来に〝起こるかもしれない〟ことが、そこまで迫ってきているのかもしれない。
 カコ、ナオ、ユウコの三人は、そのことを強く感じていた。

 ⑫へ続く……

06 その先の向こうに… ⑪

次回⑫の掲載は、5月8日(金)を予定しています。
ご意見、ご感想、お待ちしています。
質問も、歓迎です。
syamon_jinji@proton.me

06 その先の向こうに… ⑪

あの夢を観てから初めての雨。起こるかもしれない未来が、すぐそこまで来ているのだろうか?……ちょっと不思議な物語。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-04-24

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著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
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