06 その先の向こうに… ⑧
28章~30章
28
真夜中。
おばさんは、真っ暗なリビングの窓の前に立って、庭に目を向けていた。
月明かりが庭一面を照らしている。
満月の夜だ。
おばさんの足もとには、二匹の猫が身体を寄せ合うようにしてうずくまっている。
おばさんは動かない。
二匹の猫も動かない。
庭の草木も、成長を止めて眠っているかのように動かない。
何も動かない。
風も無く、音も無く、その空間はまったくの〝無〟の世界で、まるで一枚の絵か写真を見ているかのようだった。
おばさんは、その〝無〟の空間で何かを待っていた。
そして、もうそろそろ……という予感があった。
*
二匹の猫のうちの一匹が、モゾっと顔を上げた。
庭を見やる。
顔を上げたのは、闇に溶け込みそうなほど限りなく黒に近い鼠色のユベールだった。
ユベールの〝モゾ〟が〝無〟の空間の最初の〝動〟となっていた。
ユベールは唇を捲って牙を剥き
シャ~~~~ウ、と喉を啼らして空気を震わせた。
同時に、庭の草花が揺れるようにざわつきを始めた。
風が吹いたのか?
違う。
何故なら、樹々の葉がそよとも動いていないからだ。
地表の花や草だけが〝ざわつき〟揺れているのである。
目を懲らしてみると……草の生えていない土だけの場所も揺れている。
強い太陽の日差しでも無いのに、まるで逃げ水か蜃気楼のように、月明かりの下でユラユラと揺れている。
ユベールは窓に歩み寄ると後ろ足で立ち、ガラスに爪を立てた。
ガリガリ、キー、ガリガリ、キー を繰り返した。
しかしその行為が、何も生まないことを知ると、今度はおばさんを見上げた。
おばさんはリビングの壁にある時計に目をやった。
2時を、ほんの少し回っていた。
おばさんは無言のまま窓に手を掛け、薄く開いた。
するとユベールは、開かれた隙間を抜けて庭に降りていた。
そのまま流れるように庭の奥まで移動してゆき、生い茂る草の中で脚を止めた。
艶やかな体毛が、月明かりを反射して輝いている。
地表の植物は、サラサラからザワザワへと動きを大きく変えていた。
*
唐突に……
ユベールは右の前脚を左へ向けて払っていた。
草を刈るような動きだった。
弾かれたように何かが飛び、それはむき出しの土の上に落ちた。
ユベールが素早く移動する。
それは蠢(うごめ)いていた。
その地面の上で蠢く何かを、ユベールは前脚で押さえ込んだ。
膝を折って前屈みになり、その何かを口に含んだ。
モシャモシャと食べた。
その〝何か〟が、庭のあちこちで姿を現していた。
*
それは……花や草の影から湧くように姿を顕すモノもあれば、土の中から湧き出るように出現するモノもあった。
百足のようにも見えた。
ヘビのようにも、トカゲのようにも、芋虫のようにも、毛虫のようにも、カブト虫やクワガタの成虫や幼虫のようにも見えた。
ナメクジ、ダンゴムシ、カタツムリのようにも見えた。
羽根のあるモノは、揺れるように宙を漂っていた。
一見すれば見知った虫のようにも思える。
だが、凝視してみれば明らかに違うモノであり、人の知るモノでは無かった。
そしてひとつとして……一匹として同じ姿をしているモノは無かった。
人知れぬ何かが〝モノ〟として具現化していたのである。
ユベールは、そのモノを次々と喰らっている。
あの小さな身体の何処に、それが納まってゆくのだろうか。
満足するようすを見せずに、ユベールは次々を捕まえては貪り続けている。
*
ユベールの身体に変化が起きていた。
見ると……長い尾が垂直に、天を突くように伸びているではないか。
そして、ユベールの姿が、ピントの合っていないカメラから覗いたようにボケていた。
熱く立ちのぼる水蒸気の中にいるかのようにユラユラと……
説明のつかない異様な〝力場〟がユベールを包み込んでいたのである。
すると……
ウ~ルルルルルルルル~~~~
喉の奥を震わせるような唸(うな)り声が、ユベールの全身から漏れ溢(あふ)れ、空気を震わせた。
天を突き上げていたユベールの尾が蠢いた。
牙を剥き、身体をひしりあげる。
ミジッ、ミリッ――
尾の先端がふたつに別れた。
近くにいれば、音が聞こえたかもしれない。
ミジッ……
ゆっくりと裂けてゆく。
やがて……ユベールの尾は根元まで割れていた。
尾が〝二又〟に割れる。
これが〝猫又〟本来の姿であり、その名の由来とも言われている。
*
ユベールの咆哮に呼応するかのように、リビングのムーンが身じろぎして顔を上げた。
おばさんを見上げる。
おばさんは優しい微笑みでムーンを促した。
ムーンは庭に降り、ユベールと一緒にうごめくモノを貪り始めた。
しかし……
しばらく待っていても、ムーンの尻尾が二つに割れることは無かった。
天を衝いてはいるのだが、割れなかった。
やがて、ムーンは窓の下まで戻って来てしまった。
にャう~
おばさんは、ため息をひとつして、ムーンをリビングに迎え入れた。
猫又は〝モノ〟と喰らうことによって、身体に妖力を蓄えることが出来るのであるが……
この食の量が、ムーンとユベールが人の姿であり続けられることの差を表していた。
29
違和感で目が覚めた。
痛みは無く、ただ左目に違和感があるだけなのである。
ジンジは身体を起こして、カーテンの隙間から漏れ入ってくる月明かりで時計を確認した。
夜中の1時半を少し回ったところだった。
昨日の部活は、手のケガのためボール出しなどのサポートに従事した。
家に帰ってすぐに風呂に入り、飯を食べながらテレビを見た後は自分の部屋に入った。
ベッドに寝っ転がりながら、重要な太字を紙帯で隠した社会科の教科書を眺めていたら、知らないうちに眠ってしまっていた。
電気は消えていて、ブランケットが身体に掛けられていた。
ようすを見にきた母親がやってくれたのだろう。
ジンジはベッドから降りると、電気を点けて部屋を出た。
トイレで用を済ませ、手を洗いながら洗面所の鏡で左目を覗きこんだ。
見た限りでは、妙なところは見当たらない。
どうしちまったんだろう?
部屋に戻ってベッドに横になり、天井の模様をボンヤリと眺めながら、左目の違和感のことを考えた。
ばい菌でも入ったのだろうか? それならそれはいつ? 何をしていたとき?
知らずに汚れた手で擦ってしまったのか? 汗を拭う時にか…… 何でだろう……
考えていたら、眠れなくなってしまった。
しょうがねぇか、と身体を起こして部屋着を脱いだ。
ジンジの首には紐に通されたユベールのリングが掛かっていた。
一昨日の事件以来、リングを肌身離さず身に着けておくことにしたのだ。
こうしておけば、リングはシャツの中だから、学校でも誰かに見付かることは無いと考えたのだ。
リングが肌から離れるのは、風呂に入っている時だけだ。
ジンジはTシャツとジャージに着替えると、忍び足で廊下を渡り、玄関でランニングシューズを履いて外に出た。
眠れないのなら、家の回りをひとっ走り……と考えたのだ。
玄関前で二三度屈伸をして、すぐに走り出した。
昼間とはうって変わって、ひんやりとした空気が頬を撫でながら後ろへ流れてゆく。
特にTシャツの襟から上半身へ流れ込む空気が気持ち良かった。
ジンジは走るスピードを上げた。
左目の違和感のことは、とうに忘れてしまっていた。
*
最初は家の回りを……と考えていたが、あまりにも気持ちがいいので、学校の方まで行ってみることにした。
旭東通りに出て昭和町交差点を渡り、それから宮中のグラウンドと校舎の間の道を使って南の反対側に出て、そこから川沿いを走って帰る計画を立てた。
昭和町交差点で、赤信号に捕まった。
その場ではスクワットをしながら、道の反対側にある交番には顔を向けないようにして、平静を装った。
こんな夜更けに何してんだ?と交番からおまわりさんが出てくるのではないかとヒヤヒヤものだったが、そんな事も無く無事に横断歩道を渡りきることができた。
おまわりさんも夢の中だったに違いない。
サッカーゴールを左に見て走り、プールの先の道、つまりグラウンドと校舎の間の道へと左折し、正門のある南側の道に出た。
こんな時間だから当たり前ではあるのだが……人影は無い。
北側の旭東通りから覗いた時も、グラウンドに人影が無いことは分かっていた。
それでも、道路を行き交う時折の車の音で、強い静けさを感じることは無かった。
しかし、南側から見るグラウンドの静けさには、また違った感じを受ける。
静か過ぎるのである。
野球部のバックネットや、隅に追いやられた、いつも使うサッカー部のゴールとは別のもうひとつのゴール、放置してあるのか片付けてあるのか分からない、捨て置くようにしてあるバスケットボールのゴール、そして鉄棒、幅跳び用の砂場……などが月明かりに照らされて、一種奇妙な薄気味悪さを漂わせている。
そんな静けさの中を、ジンジはただ黙々と走った。
*
学校を過ぎ、ユベールが襲われた場所の近くまで来ていた。
あの男が現れるわけはない――
そう思いながらも、早く通り過ぎてしまおう、と走るギアを上げるジンジだった。
やがて、おばさんの家が視界に入ってきた。
おばさんの家だ、と横目で眺めながら、そのまま通り過ぎるつもりだったのだが、リビングの中に立つ人影が目に映ってしまった。
灯りも点けずに、暗いリビングの窓の前に立つおばさんの姿がハッキリと見えたのである。
まだ起きてるんだ、と足が止まった。
ジンジは、何かに導かれるように門の前まで歩み寄っていた。
月明かりが庭を幻想的に浮き上がらせている。
魅入られるように庭を眺めるジンジ。
すると、リビングの窓が開き……その隙間からユベールが飛び出してきた。
そして庭の草が生えている場所までゆくと、その中で止まった。
ジッと佇むユベール。
不意に……前脚を大きく振るユベール。
ジンジには、ユベールに弾かれて何かが飛んだのが見えた。
その飛んだ何かに向かって走るユベール。
その瞬間、左目の違和感がきた。
これまでで一番強い違和感だった。
反射的に、左目を手で押さえていた。
左目を押さえながら、右目だけでユベールを追う。
ユベールが口を動かしている。
何してんだ?
何かを食べているように見えるが、その食べているモノが見えない。
やがて……
違和感が落ちついたので、手を離した。
……?
そのモノが見えた。
虫?喰ってんのか?
目を懲らして見ようとすると、また違和感がきた。
慌てて手で押さえた。
すると……モノが見えなくなった。
口をモシャモシャと動かしているユベールの姿だけが見えている。
何だ?
しっかり見ようと、違和感を気にせずに手を離す。
見えた。
何かを喰っている。
口の先からその一部が覗いている。
蠢いている。
手で左目を隠す。
見えない。
手を離す、見える。
左目だけが見えるんだ。
見回すと、そのモノが、庭のあちこちにいるではないか……
最初のモノを食べ終わったユベールは、今度は別の場所に現れたモノを捕まえて食べた。
それからは、庭を忙しく駆け回り、貪りはじめた。
ジンジは、その光景に見入ってしまっていた。
……と、ユベールのある変化に気が付いた。
最初は、うなじの部分だった。
うなじの毛が、息を吹きかけたように震えているのである。
それがやがて、全身に広がっていった。
最後は天を突く尾の先まで――
ユベールの姿が、まるで霞の中に居るように揺れていた。
*
ミジッ……
ジンジには、その音が聞こえた。
間違いなくハッキリとだ。
そして見てしまった。
ミジッ、ミリ――
ユベールの尻尾がふたつに裂けてゆく。
根元までゆっくりと裂けてゆくのを――
そんなことがあんのか?
……という光景を目の当たりにしているのだが、それは当たり前の事なんだ、と思っている自分の存在があった。
ユベールに気を取られていると、ムーンがいつの間にか現れていた。
ユベールと肩を並べ、ムーンもそのモノを食べ始めた。
ムーンの尻尾も割れるのだろうか? と注意深く見ていたが、そんな変化を表せること無く、食べるのを止めてしまっていた。
やがてムーンはリビングへ戻ってしまった。
30
気配を感じて顔を上げると、おばさんがこちらを見ていた。
微笑んでいる。
ジンジは慌てて、上目遣いに頭を下げた。
するとおばさんは、入って来なさい、とジンジを手招きした。
はい、とジンジは音を立てないように門の閂を外し、ゆっくりと注意しながら開けて庭に踏み込んだ。
すると……数歩進んだところで足が止まってしまった。
後ろを振り返り、首を傾げた。
それからまた前に向き直り、何かを確かめるように歩を進めた。
ジンジは、ユベールの食事?を邪魔しないように、なるべく距離を置くようにして回り込みながら、リビング下の縁側に辿り着いていた。
おばさんは腰を下ろして待っていた。
ここに座って……と掌で床を叩く。
「こんばんは」
「はい、こんばんは……」おばさんは少し間を置いて「門を入った時、押し戻されるような感覚があったんじゃない?」と訊いてきた。
予想しなかった言葉に、ジンジは目を丸くしていた。
勘違いじゃなかったんだ。
「入って直ぐ、お押し戻されるような感覚がありました……」
ジンジはおばさんの右側に座った。
するとムーンが、待ち構えていたかのように膝の上に飛び乗ってきた。
乙音の姿であれば、こんばんは、と言い出しそうな顔をしている。
頭を優しく撫でてやると、喉を鳴らしながら身体を揺すり、直ぐに一番安定する場所を探り当てていた。
そして静かになった。
ジンジは、ムーンが落っこちないように、手で囲むように指を組んでいた。
*
「どうしたの? こんな時間に……」
「眠れなくて、走ってました」
ジンジは、ここまで走ってきたコースを説明した。
「おばさんがリビングの中に見えたんで立ち止まったら、ユベールが庭に降りてきて……」
それから、言ってもいいのだろうか?と言葉を切った。
「変なモノを食べだしちゃうし……」と口籠もった。
「食べてるモノが見えたの?」
ジンジはコクリと頷いた。
「左目だけが……見えるんです」と庭に目を向ける。
ユベールは庭の中をあちこち移動しながら、モノを捕まえては口に入れている。
「それから、変な違和感が突然起こるんです」
ジンジは左目だけが、庭のモノが見えることも言った
「その違和感が、最初に起こったのはいつだったの?」
「え~とですね、おばさんがユベールの治療をした翌日の昨日です。最初は午後の授業の時でした。その時は窓からの光がとても眩しく感じたんです……」
「そうなのね……」
「違和感と、あの変なモノが見えるってのは、やっぱりあれ(治療)が関係してるんでしょうか?」
「そうだと思うわ……」と言うだけで、おばさんからは詳しい説明は無かった。
それなら、とジンジは話題を変えた。
「それで、オレが見えているモノって何なんですか?」
「モノねぇ、そうよねぇ、見えるのなら説明してあげないわけにはいかないわよね――」
「是非……お願いします」
「でもジンジくんは、あのモノが見えて気持ち悪くないの?」
「いえ、全然」と首を大きく横に振った。
「今、違和感は?」
「無いです」
「両方説明してあげるけど……違和感とモノ、どっちが気になる?」
ジンジは、モノです、と即答した。
それじゃあ、とおばさんは月を見上げ「今日は満月よね。とても綺麗……」と囁くように言った。
ジンジも月を見上げた。
月は神秘的は光を放ち続けている。
声に出して相づちを打つのを躊躇うかのように、ジンジは無言で頷いていた。
*
「ところでジンジくんは、理科は得意?」
モノの説明じゃないの? 理科が関係あんの? と変な質問に戸惑いながらも
「得意っていうか数学と同じくらいに好きです。国語と社会はからっきしですけど」と月を眺めながら苦笑いをしている。
好きなら話が早いわ、とおばさんは納得して質問してきた。
「それなら、満月は何故〝まん丸く〟見えるのかは分かるわよね」
え~とですね、とジンジは一瞬だけ考えた。
「まず月が光って見えるのは、月に太陽の光が当たって、それが地球にはね返って見えるからです。丸(まぁ)るく見えるのは、月と太陽の間に地球が入って、ほぼ一直線で結ばれる位置になった時にそうなります」とその後は淡々と答えていた。
「そうね。だから地球が月と太陽に挟まれているとき、地球は月からも太陽からもエネルギーを受けていることになるわよね」
「エネルギー〝光〟がエネルギーってことですか?」
そうよ、とおばさん。
「満月の日は引力の影響で、満潮と干潮の差が一番大きくなる〝大潮現象〟が起きるのは知ってるわよね」
授業で習いました、とジンジ。
「でもね、それ以外にね。証明はされていないんだけれど、満月の日は事故や事件が多くなるという説があるのよ」
「知りませんでした」
「例えば、人狼がそうね」
「人狼……狼男のことですか?」
話の飛び方に戸惑っていると、おばさんが首を傾げてジンジを見た。
「聞きたい?」
ジンジは二度三度と、頭を強く上下させた。
「ええ、もちろん。ボクの興味のど真ん中ですから」
それじゃあ、とおばさんは身体を左右に揺らした。
お尻の位置を調整したのである。
「つまりね、月の満ち欠けが人に精神の異常をもたらしている、と言うの。いい? これはあくまで説よ」
おばさんは念を押した。
「その精神の異常ってのは、どういうことなんですか?」
「それはネ、月の満ち欠けが人の性格を表していることからきているのよ」
ジンジはおばさんがの言葉をそのまま繰り返した。
「月の満ち欠けが人の性格を表しているんですか?」
「月は満月からだんだんと痩せ細って、最後にはなくなるでしょう」
「新月になるってことですね」
「人の気持ちもね。明るく光り輝いている時もあれば、月が細くなってゆくように暗くなってしまったりと、様々に変化するものなのよ……」
半分は自信なさそうに、首を縦に振るジンジだった。
「常に丸く変わらない太陽からすると、その時々で形を変えてゆく月というのが、あるいは変わったように見える、というのが人の性格を表している、と昔の人は考えたみたいなの」
ジンジは眉間にシワを寄せて聞いていた。
それでも……
なるほどそうか、と思い出すことがあった。
カコが、いつもと微妙に違っているんじゃないか、と感じる時があるのもそうなのだろう。
たまに無茶苦茶ツッケンドンされる時があるもんなぁ~
そんな時は、オレが何かやっちまったんだろうか?って不安になるんだけど、結局何も思い当たる節が無くて――
だけど次の日には、いつものカコで……昨日のお前は何(なん)だったんだよぅ、と訊きたくなるときがある。
もしまたそんな時があったら、その日の月齢を調べてみるのも面白いかもな……
おばさんは話を続けた。
「これを信じた中世のキリスト教を信仰する地域では、特に墓荒らしや大逆罪を犯した者や、あと魔術を使った者については……」
「大逆罪ってなんですか?」
中世の人は、魔法や魔女の存在を信じていたのは知っている。
何かの本で読んだ。
マンガだったかも知れない。
「大逆罪と言うのはね、王に対する反逆罪みたいなものよ。現在ではそんな罪は廃止されているけどね」
「話してる途中で質問しちゃってすいませんでした」と頭だけ下げた。
申し訳なく頭を掻きたかったが、ムーンが落っこちないように指を組んでいるので止めたのだ。
「大丈夫よ。分からないことや言葉があったら直ぐに訊いてくれていいのよ」
はい、とジンジは返事をした。
「罪を犯した者は、罰として〝月明かりの夜〟に、獣の耳を着けられたうえに毛皮をまとわされ、狼のような雄叫びをあげなければならなかったの」
「王に刃向かったのに、そんな罰でいいのって思っちゃいますけど、格好だけ見ればほとんど狼男ですね」
ジンジは罪人の格好を想像した。
「そうね、罪の重さにも関係するんじゃないかしら。その場で処刑されたり、裁判で魔女だと判決が出れば火炙りにされたりとかは、実際に史実として残されているんだから」
……?
「〝史実〟は、歴史上の事実ってことよ」
ジンジは納得した。
「そのあと罪人たちは〝人狼〟と呼ばれ、人里離れた森の中へ追放されたそうよ」
「追放だから、街には戻って来んな!……てことですよね」
「でもね。時折人里に現れては、略奪を繰り返してたみたいよ」
「食べなきゃ生きていけない……てことですかね?」
「人殺しをすることもあったみたいだから、生きるためにはなりふり構っていられない、ってことね。そこに〝罰と月明かり〟というキーワードが生まれ〝狼男と満月(月明かり)の夜〟との関係ができたとされているのよ」
「そんじゃあ、おばさんの言葉を借りれば、月は満月から痩せ細っていく。人の気持ちも同じように、明るい時もあれば暗くなったりする時もあり、様々に変化する……てことでね」
「そうネ」
「え~とですね、月の満ち欠けは、ん~と、人の心の裏に隠されたほんとの性格を表しているって、みたいなことを、その時代の人たちは信じていたってことですか?」
「そうみたいね。夜に輝く月という存在が、人の心の奥底を照らしていると信じるようになったことから〈人の裏に隠された狂気のような性格〉を月が表すようになったの。やがて〝太陽は表の姿〟〝月は裏の姿〟として考えられるようになったのね」
「つまり〈月の光を浴びると気がおかしくなる〉というような変な言い伝えが広がって……違うな、え~と何て言えはいいのかな?」
伝承、かな……とおばさん。
「そ、そうです伝承です。そのおかしくなるということが伝承として受け継がれて、狼男の伝説が生まれたってことですね」
「そういうことなの」
なるほどねぇ~、とジンジは大きく頷いた。
「これが狼男伝説のひとつと言われているわ」
「ひとつ……まだあるんですか?」
庭で見えるモノの話はどこ行っちゃったんだろう?
でもこの話も面白い、早く続きを、とわくわくしているジンジだった。
「そしてもうひとつの説は、狂犬病」
「狂犬病? こんどはまた現実的な話ですね」
「狂犬病に感染した人間は、感覚器官が過敏になり、精神錯乱を起こし、うなり声をあげるなどの症状が見られようになるの。だから感染した人はだんだんと、刺激の少ない夜に活動するようになるの。それでも満月の夜は普段の夜より光が強くて刺激が強いから、狼の行動と間違えるような症状が出てしまい、狼男と満月の繋がりができたと言われているのよ」
「……」
「ジンジくんはどっちが本当だと思う? どっちを信じる? 信じたい? それともまったく信じない?」
「今のおばさんの話だと、狼男は罪人や狂犬病とかで〝実在しない〟ことになるじゃないですか。逆におばさんは〝実在する〟って思ってるんですか?」
「さぁ、どうかしら?」とおばさんは、首を微妙に傾けた。
「でも、人って自分たちの基準によって現実を規定しようとするでしょう? 本当はあるべき姿ってのがあって、それに気付いてないだけなのかも知れないわよ」
「そうですよね、実際にここにも〝二匹の猫又〟がいるんだから、狼男が実在してもおかしくないですよね」
ジンジは、庭で食事?をしているユベールを、かわいいなぁ~と思ってしまった。
「そう言えばそうね……」とおばさんは笑った。
その笑い声は、静かな闇に溶け込んでいた。
⑨へ続く……
06 その先の向こうに… ⑧
次回⑨の掲載は、4月3日(金)を予定しています。
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