06 その先の向こうに… ⑦
25
その日の夕方、カコ、ナオ、ユウコの三人は、ユベールのお見舞いを兼ねて、昨日乙音が置いて帰ってしまった鞄を届けることにした。
入間家の木戸の前から庭を覗くと、おばさんが木箱を抱えて庭に何かを撒いているところだった。
木箱は、昨日ユベールを治療したものである。
庭の中では、ムーンとユベールが追い駆けっこをしながら走り回っていた。
「こんにちは~」
ユウコが元気な声でおばさんに声を掛けた。
こういった場合は、たいがいユウコが第一声だ。
「あら、いらっしゃい。そろそろ来るころじゃないかと思っていたのよ」
おばさんは、三人を招き入れた。
いつもそうなのだが、おばさんはわたし達が来ることが何故分かるのだろう?とカコは思う。
「何をしてるんですか?」と訊いたのは、またユウコだった。
「これね」
おばさんは三人にも見えるように木箱を傾けた。
中には土が入っていた。
でももう、ほんの一握りくらいしか残っていない。
「土、ですよね……」とユウコ。
「ユベールの治療で、あの男の〝邪気〟を追い出した時に染み込ませた土よ」
邪気と訊いて、三人はたじろだ。
「心配しなくても大丈夫よ」とおばさんは笑った。
そして、最後の一握りを掴むと庭に撒いていた。
「あとは、月の光にあてて浄化すれがおしまい……」
おばさんは木箱を逆さまにして、底を軽く叩きながら、残った土を地面にきれいに落としていた。
「月の光……ですか?」
「そう、月の光。難しいから、説明は訊かないほうがいいと思うけど、どうしてもって言うのなら……」とユウコに身を乗りだすおばさんだった。
ユウコは二人を伺った。
二人ははっきりと、首を横に振った。
ユウコは改まって向き直り、遠慮しときます、と断った。
「そう、残念ねぇ~」
そう言うおばさんの表情は、少し残念そうだった。
*
知らぬ間に、ムーンとユベールが三人の足下へやってきていた。
二匹並んで、仲良く三人を見上げている。
ユベールがナオを見上げれば、同時にムーンも目を向ける。
ユウコを見れば、揃ってユウコに顔を向ける。
まるで二匹は、心が繋がっているかのようだ。
「元気そうだね」とナオが二匹に声を掛ける。
さっきまで庭を元気に走り回っていたのを見ているので、ユベールのケガは大したこと無いように思えてしまう三人だった。
ユウコが乙音の鞄を掲げてムーンに見せた。
「ほ~ら鞄、持って帰ってきてあげたわよ」
ユウコが乙音の鞄を持っていた理由は、ただジャンケンに負けたからである。
するとムーンは、狙い澄ましたように鞄に飛び乗ってユウコを見上げ、前脚で自分の顔を撫でた。
お礼のつもりなのだろう。
「ユウコさん、わざわざどうもありがとうね」とおばさんも礼を言った。
「そうねぇ、じゃあ」
おばさんは、庭を見渡せるリビングの窓を示した。
「鍵は掛かってないから、窓を開けて、そこに置いてもらえるかしら」
昨日、ナオとユウコがムーンとユベールの秘密を打ち明けられた場所だ。
ユウコはムーンが乗ったままの鞄を、窓を開けてリビングの床の上に置いた。
するとムーンは、もう興味が無い!といったようすで、庭に飛び降り、今度はカコのところに一目散に駆け寄っていた。
そのままカコの鞄に飛び乗ると、そこから一気に肩の上へ駆け登り頬ずりを始めた。
ユベールはというと、さっきからずっとナオを見上げていた。
ナオは、どうぞ、ユベールの前に両手を広げた。
ナウッ……と啼いて、ユベールはナオの手に飛び乗った。
すると、ユウコが不満を漏らした。
「ねぇちょっとぉ、どうしてユベールはいつもナオなの? ほんとは音也くんなんだよ」
「いいの! 今はユベールなんだから」
ナオはユウコに見せつけるように、ユベールを両腕で抱いた。
「ふん、いいもん。わたしにはムーンがいるから」と……ユウコはカコの肩の上のムーンに、いらっしゃいと両手を広げた。
だがムーンは動かない。
しかもユウコを視界に入れようともしない。
「あんたの鞄を持ってきてやったのはわたしよ」
ユウコは不満そうに唇を尖らせた。
……がハタと何かを思い付き、ニヤリと唇の端をつり上げていた。
「あのねムーン、明日のわたしのお弁当の〝おかず〟はね……」
おかず、と言う言葉を強調するユウコ。
言い終わらぬうちにムーンの両耳が立ち上がり、ユウコ目掛けて飛んでいた。
ユウコは慌ててムーンを抱きとめた。
「危ないよう。ビックリするじゃない。もう少し優しく飛んできてくれないかなぁ~」
でもムーンは、お構いなしってようすで、ユウコの腕の中で、嬉しそうに、身体をグリグリと動かしている。
ナオはユベールを胸に抱え直して、正面から顔を覗き込んだ。
「こうやって見ていると、ユベールも元気そうだし、明日から二人とも学校へ来れそうですね」とおばさんに向かって言う。
しかし、おばさんからは
「それがねぇ」と言葉が返ってきた。
おばさんは窓まで行くと、木箱を乙音の鞄の横に置いた。
「音也はしばらく学校へは行けそうもないのよ」
「そうなんですか?」
ユウコはムーンの背中を撫でながら、ナオが抱くユベールを覗き込んだ。
いたって元気そうに見える。
「まだ、どこか悪いところがあるんですか?」とカコ。
人間ならそう簡単にケガが直る訳ではないが、猫又なら?と思ってしまったところもある。
しかもさっき、庭を元気に走り回っている姿を見たばっかりである。
「ケガの方はもう大丈夫なのよ……」
おばさんは言葉を濁し、次に何と言えばいいのかを探しながら庭を眺めた。
そして、実はね、とため息をついた。
「ユベールはね、自分が〝音也〟だということを忘れてしまったみたいなの……」
「それってどう言うことなんですか?」とカコ。
「昨日、ジンジくんが帰った後に、ムーンとユベールの秘密を話したでしょう」
ナオとユウコが頷く。
「それから治療しなければならなかった理由も……」
「治療が失敗したらユベールがユベールじゃなくなって、え~と、猫又じゃなくなって普通の猫になってしまう。そしたら直ぐに寿命が尽きてしまうってことでしたよね」とユウコ。
「猫又と猫の寿命は雲泥の差があるんだもんね。もしかしたら二人はおばさんよりも年上かもっておっしゃってましたよね」とナオ。
「でも、治療は成功したんですよね」とカコ。
「もちろんよ。だからユベールは元気なんだから」
ナオの腕の中で、ユベールは目を閉じ小さないびきをかいていた。
おばさんはユベールの寝顔を覗き込んだ。
「正確には忘れてしまったんじゃなくて、音也が隠れてしまったのよ」
隠れてしまった?
言ってる意味が分からず、三人はきょとんとしている。
「どうやら音也だった部分が、意識の底に沈んでしまったらしいの」
「意識の底……ってどういうことですか?」
訊いたのはナオだった。
「おばさんがあの男の邪気を追い出す作業をジンジくんと行ったとき、ユベールはユベールで音也を守ろうとしてたんだと思うの」
おばさんはまた言葉を探した。
「なかなか追い出せなくてね、結構時間が掛かってしまったの……」
思念を送り続けた結果、その後のおばさんの顔が、20も歳を取ったようになっていたことを三人は知らない。
「そこでユベールは、男の邪気とおばさんの思念がぶつかり合っている間に、音也という自我を自分の意識の奥へ避難させたんじゃないかと思うの」
「ユベールが自分自身の音也くんを守るために、自衛本能を働かせたってことですか?」とナオ。
「そう言うことになるわね。身の危険を感じ、自分の自我を意識的に潜らせたってことね」
三人は頷いた。
「そこまでは良かったのだけれど、今度はが出られなくなってしまったの」
「どう言うことですか?」とユウコ。
「浮き上がってくる方法が分からなくなってしまったみたいなのよ」
「つまり今のユベールは、自分は〝猫〟だ……ってことしか理解できてないってことなんですか?」とカコ。
「〝猫又〟じゃない普通の猫ってことですか?」とナオ。
「いいえ猫又よ。自分はユベールだってことも理解してるの。ただ音也を知らないだけなの」
「おばさんの力で出てこさせることはできないんですか?」
訊いたのカコだった。
おばさんは、残念そうに、首を横に振った。
「ユベールの意識を探ってみたんだけれど、何処に潜ってしまったかが分からないの。だから音也自身が出たいと思わない限りは……」
「でも、いつかは戻ってくるんですよね」とユウコ。
「ええ、たぶん、きっと……」
おばさんの口からは、曖昧な言葉しか出てこなかった。
どうなるんだろう、どうしたらいいんだろう、と三人は黙りこくってしまった。
すると……ムーンが啼いていた。
今までの会話を聞いていたかのような、少し淋しそうな啼き方だった。
ムーンはユウコの腕の中から、地面に飛び降り、ナオの足下に駆け寄った。
ムーンはユベールを見上げて、また啼いた。
ユベールが目を開けた。
ナオを見上げる。
うん、とナオは、ムーンの横にユベールをそっと下ろしてやった。
すると二匹は、嬉しそうに身体を擦り合わせながら庭を駆け回り始めた。
二匹が元気に戯れる姿を眺めながら
音也くんが自分から帰ってくるまで待つしかないみたい。
……と三人はそう思った。
26
庭を元気に駆け回るムーンとユベールを眺めていて……カコがある疑問を思い出していた。
カコはおばさんに質問した。
「ジンジはどうやって音也くんの危険に気付いたんでしょうか?」
するとナオが相づちを打った。
「そう、まったくそうだよね」
ユウコも、そうだよね、と頷いている。
カコは続けた。
「ムーンとユベールは兄妹で猫又だから、お互いの状態を感じることが出来るのは? 何となく分かるような気がするんです。でもジンジは……」
「おばさんは分かってたんですか?」とユウコ。
「それはまぁ、二人の親ですからね」と言って、一呼吸置いた。
「音也の危険を知って助けに行こうとしていたら、ジンジくんが助けに走っているのを知ったの」
カコは首を傾げた。
「ジンジが助けに行ったのを、おばさんはどうやって分かったんですか?」
「それを教えてくれたのは乙音よ」
ユベールを追いかけていたムーンは立ち止まり、おばさんに向かってミャウと啼いた。
困ったことがあった場合、乙音から〝信号〟が送られてくる。
音也の場合も同じである。
その信号は、例えれば部屋に入っても良いかと問う、ノックみたいなものである。
「思念ですね……」とカコ。
あの時、男と対峙した音也が発信した思念は、乙音とおばさんもノックとして感じることができた。
そこで始めて、おばさんは二人に意識を開いた。
三人が同時に繋がり、おばさんと乙音は、男の存在を知った。
そうか、そうだったんだ、と三人。
「乙音ちゃんとも繋がっていたから、おばさんはジンジが助けに行ったのを知ったんですね」
おばさんは、そうよ、と頷いた。
*
三人は部活を終え、乙音ちゃんに「帰るよ~」と知らせるために教室に戻ろうとして、中庭を走っている乙音を発見した。
泣きじゃくる乙音を落ち着かせて話を聴いてみると……
乙音は教室で三人を待っている時に音也の危険を知り、何とかしなければ、と部活中のジンジのところに走ったのだそうだ。
だがジンジは、音也が危険な目に遭っていることを既に感じていて、早々に部活を切り上げていた。
だから直ぐに助けに行くことができた。
そのあとに三人は、どうしていいか分からなくなっている乙音を中庭で発見したのだった。
「そこなんです。ジンジは何故、乙音ちゃんから言われる前に、(音也くんの危険を)知ることができたか?って……」
「あの時、乙音ちゃんもパニくってたから、うまく説明できなかったのかしら? 本当は乙音ちゃんから聞いて、それから行ったのかも……」とユウコ
「まだ部活中だったはずだよ。乙音ちゃんは、切り上げたジンジと橋のところで会ったって言ってたじゃない」とナオ。
そもそも音也とジンジは、音也自身が寡黙な性格もあるが、頻繁に話をする仲でもない。
クラスも違うし、音也は部活に入っていないから帰る時間もまったく違う。
乙音の兄だというだけの友だち……みたいなものだと、カコ、ナオ、ユウコの三人は思っていた。
三人はおばさんからに注目し、言葉を待った。
「その訳をこれから、順を追って話してあげるわね」とおばさんは言った。
*
「ユベールの意識(思念)から、おばさんはジンジくんがユベールを助けに走っていることが分かったの」
おばさんとユベールが繋がっているのは分かる。
でも何故、おばさんはジンジのことが分かるのか?
「そこでおばさんはね、ジンジくんがユベールを助け出してくれることに期待したの。もしあの時、おばさんが駆けつけてユベールを救い出したとしても、それから家まで引き返して治療を行っていたら間に合わなかったかもしれない――」
おばさんは、乙音の鞄の横に置いてある木箱に手を触れた。
「本当にあの時はギリギリだったわ。ユベールが助かったのはジンジくんのお陰だと思う……」
そしておばさんは、カコを見やった。
カコは複雑な笑みを浮かべていた。
おばさんは、カコの手を取った。
「ジンジくんを危険な目に会わせちゃって、ごめんなさいね」
暖かな気流が、手を伝わって身体の中に流れ込んでくるのを、カコは感じた。
「そんなぁ、おばさんが謝る必要なんてないですよ……」
おばさんは、そんなことない、と首を横に振った。
「でもジンジくんならきっとやってくれる。とおばさんは信じてたわよ。だってあの〝雨の壁〟の中で、カコちゃんを最後まで守ってくれたのは彼だったじゃない」
ナオとユウコは、カコの少し戸惑った表情を黙って見ている。
すると、おばさんは窓の下から腰をあげ
「少し時間あるかしら?」と三人に向き直った。
「もちろん、大丈夫です……」
ユウコの反応は素早く元気よく、トーンが少しだけ高くなっていた。
言ったあとに、舌を出して二人を見やる。
ナオは頷き、カコは肩をすくめた。
もともとおばさんに、何故?と疑問を投げたのはカコ自身である。
その答えをまだ聞いていない。
「それじゃあ、お家に入りましょう」
おばさんは玄関へ向かった。
「ジンジくんが音也の危険を知ることになった理由は、リビングで話してあげるから」
そう言って、おばさんは足を止めて振り返り、ムーンに向かって
「乙音、飲み物の用意をお願い」と声を掛けた。
それから
「紅茶かしら? それとも珈琲にする?」と三人に問い掛けていた。
「珈琲がいいです」
立ち上がって即答したのは、ユウコだった。
「ユウコ、また勝手なこと言って……」
ナオが慌ててたしなめる。
「だって、家で飲むのはインスタントなんだもん。ね、ね、二人もそうでしょう?」
ユウコの強引な押しに、二人は顔を見合わせ、渋々ながらも同意するしかなかった。
おばさんは玄関のドアを開けた。
「じゃあ乙音、珈琲をお願い」
ユベールが真っ先に中に駆け込み、ムーンが追うように飛び込んでいった。
27
おばさんの後に三人が玄関に入り、鞄を置いて靴を脱いでいると、階段を踏み鳴らす音を立てながら、乙音が2階から駆け下りてきた。
乙音は薄いグレーのスエットの上下に身を包んでいた。
しかしどう見ても、着ているスエットがダブついている。
2サイズは大きい。
指先は袖口から見えないし、パンツの裾も床に垂れ、かなり余っている。
早急に目にとまったヤツを着込んだはいいが、どうらや音也のスエットだったらしい。
そんな事には頓着しない乙音の格好を見ながら、もともとムーンは猫だから、この場合着替えると言う表現が当たっているのかしら? と三人はそんなことを考えていた。
「コーヒー、すぐ、煎れる、待ってて」
ボサボサ頭のままの笑顔で、乙音はリビングに飛び込んでいった。
「乙音ちゃんの髪、注意して見てやんなきゃね」とナオが二人に呟くと「そうだね、毛繕いを教えてやんなきゃね」とユウコ。
「レディだから」とカコも笑った。
乙音に続いてリビングに入った三人は、ユベールが窓際で横になっているのを見付けた。
すでに太陽は西に傾き、日の光が直接入って来ない窓辺だが、その中でも一番暖かそうな場所を陣取っているようだ。
特等席(床)で丸くなり、早々に眠りに入っていた。
*
おばさんと三人は、テーブルの椅子に腰掛けて珈琲を待った。
おばさんの左にカコ、カコの正面にユウコ、その隣にナオが座った。
おばさんに言われて席を決めたわけでも無く、自然に〝ここはわたしの席〟になっていた。
「あわてなくていいよ。大丈夫だよ」
ナオが乙音に声を掛けた。
「あわてて、ません」
奥のキッチンから乙音が顔を覗かせた。
ケトルのお湯が沸く間に、豆を入れたミルをガリガリと手回ししている音が聞こえる。
やがて……珈琲の香りが彼女たちの所にもやってきた。
「もうすぐ、できる」
そして、4個のカップがテーブルに運ばれてきた。
「乙音ちゃん、ありがとう」
三人は口を揃えてそう言った。
「めしあがれ」
乙音は照れたようにそれだけ言うと、リビングから出て行ってしまった。
どうしたの? と不思議がる三人だったが、1分もしないうちにムーンが現れ、窓際で眠っているユベールの横で丸くなっていた。
なるほどね……と三人。
そして、いただきます、と三人はそれぞれのカップを手に取った。
おばさんはカップから最初の一口を口に含むと、そのままテーブルに置いた。
カチャリとも音がしなかった。
三人の中で、最後まで香りを楽しんでいたのはユウコだった。
立ち上がる香りを鼻を膨らましながら、湯気を何度も吸い込んでいた。
「ところでカコちゃん」
三人が最初の一口を楽しんだのを見届けたあとに、おばさんは口を開いた。
「カコちゃんは、ムーンが首に巻いていたリングを持ってるかしら?」
即座にナオが反応した。
「何?そのリングって、わたし知らないよ」
「え、ええ。お守りとして……」
唐突に振られてドギマギしたカコだったが、持ってくる、と言ってカップを置き、席を立って玄関へ姿を消した。
戻って来たカコは、手にしていたピンク色のリングをナオに渡した。
リングの糸は濃いモノもあり薄いモノもあり、そしてそれぞれに太いのもあり細いのもあり、それらの糸を織り交ぜて丁寧に編み込まれていた。
「すご~い。とっても細かく編んである」
隣からリングを覗き込んでいたユウコが言った。
そして二人は、感心しながら長いことリングを眺めている。
「今度編み方を教えてあげようかしら……」
「本当ですか」
今度も、最初に反応したのはユウコだった。
「おばさん言いましたよね。絶対ですよ。今度絶対教えてくださいね」と半ば強引に詰め寄るユウコだった。
おばさんは、はいはい、今度必ずね――と笑いながら、再びカップを手にしていた。
「これってムーンがしてたリングなんでしょう」とナオ。
そうだよ、とカコ。
「じゃあユベールのは?」
「ユベールのは、限りなく黒に近い鼠色で……」
違う違う、とナオはカコが言おうとしていることを途中で遮った。
「あのねぇカコ。色のことも大事だけど、それよりもっと訊きたいのは、ユベールのリングはジンジが持ってるの?ってこと。ユウコ、そうだよね」
そうだよ、とユウコ。
「で……?」
「うん、ジンジが持ってる」とカコは言った。
「二人そろってこんなの持ってたの」
羨ましそうに、わざと上目遣いになって伺うユウコの言葉に、カコは戸惑って目を伏せてしまった。
「いつも持ってんの?」とナオ。
え、うん?……と動揺するカコに
「言っちゃいなさいよ。誰にも言わないから」とユウコ。
やがてカコは、二人の強引さに押し切られ
「学校がある日は鞄の中に入れてるし、休みの日は手首に巻いてる。どうしても身近に置いておきたくなるの。ジンジはどうしてるか知らないけど……」
「だったらジンジも、同じようなことやってるよね。きっとそうだよね」
今度はユウコにナオが同意した。
「ずっと手首に巻いとけばいいのに」
またナオだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。学校で手首に巻いてたら目立っちゃうし。ジンジも同じようにしてたらみんなから変な勘ぐりされるかも知れないじゃない」
「何言葉に詰まってんのよ。ジンジが学校で手首に巻くかどうかは分からないじゃない」とユウコ。
「ま、カコが巻いていたら、ジンジも絶対巻くね!」
可笑しくてたまらないナオとユウコだった。
「勘ぐられたっていいじゃないの。実際そうなんだから……」
「まわりはやっぱりそうなんだって、思うだけだよ」
そ、そんなぁ~、とカコの耳は紅くなっていた。
「そんなもこんなも……」と二人。
ついに三人は、顔を見合わせながらクスクスと笑いだしてしまった。
おばさんは笑いを堪え
「まぁ、まぁ。その話はあとでじっくりしてちょうだい。おばさんは話の続きがしたいんだけどなぁ……」と咳払いをした。
そうでした、とナオは慌ててカコにリングを返した。
そして居住まいを正した。
カコはリングを手にして眺めていたが、結局は左手首に巻いた。
ナオとユウコは目を合わせると、やっぱりネ、と肩をすくめていた。
*
「昨日の部活のとき、ジンジくんはリングをソックスの中に押し込んでたのよ」とおばさんは言った。
「ソックスに押し込んでた?んですか」
何でまた?とカコは怪訝そうだ。
二人もそうだ。
理由や状況が飲み込めない。
「おばさんも、ジンジくんがどうやってユベールの危機を知ったのかが分からなくて、治療のあとに訊いてみたの。何かユベールの物で持っている物はないか?……て。そしたらそのとき思い出したようにソックスの中からリングを取り出したってわけなの」
「どうしてソックスの中なんかに?」とナオ。
「部室で着替えて練習に出ようとしたときに、鞄から落ちたって言ってたわ」
「え?でも、普通鞄から落ちるかしら」
ユウコが首を捻っていると
「ジンジのことだから、無造作に鞄を部室の棚に投げ入れたんだと思う。そのときにリング落ちたんだよ、きっと……」
「わざわざまた鞄に仕舞うのも面倒臭いからって、ソックスの間に押し込んだそうよ」
「どうしてまたソックスの中なんかに?」
ユウコだった。
「練習用ハーフパンツのお尻のポケットだと、身体がぶつかったときに落としてしまう……て思ったんだよ、きっと」とカコ。
「それでソックスの中に押し込んだってわけね」とユウコ。
「そしてそのリングがアンテナみたいな役割をして、ジンジはユベールの危険を知ったってことですね」
「そうなの。直接〝肌に触れていた〟のが良かったみたい」
おばさんはカップを手に取った。
な~るほどねぇ、とナオとユウコ。
そんな不思議なことが起こるのかな?と思いながら、やっぱり起こるんだ。
と今の二人は何故か普通に納得できていた。
そしてカコは気付いた。
あの時、ジンジが音也と繋がっていたから、危険を察知した乙音は無意識のうちに、わたし達ではなく、ジンジ助けを求めたのだと……
⑧へ続く……
06 その先の向こうに… ⑦
次回⑧の掲載は、3月27日(金)を予定しています。
ご意見、ご感想、お待ちしています。
質問も、歓迎です。
syamon_jinji@proton.me