掌編集 58

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571 読めなくなった

 30代の頃、子どもが習っていたピアノを私もやってみた。聴くのは大好きだった。
 しばらく自己流で弾いていたが、先生について習った。

 クリスマス会には『エリーゼのために』もどきを弾いた。
 腕に見合わない弾きたい曲がたくさんあった。

 発表会に『月光』の第1楽章を選んだ。
 当時はオクターブもきつかったのに。右手がそれ以上開くところは、左手を使うよう先生がアドバイスしてくれた。

 夏の間練習して練習して練習して本番前。

 ??

 楽譜が読めなくなった。
 
 のちに調べてみたら、たぶんゲシュタルト崩壊。
 特定の文字や図形を長時間見つめ続けることで、全体的なまとまりが失われ、バラバラに見えたり意味が分からなくなったりする現象。

 ほぼ暗記していたのでなんとか弾いたけど……

 今思うと、よく練習した。よくやったわ。

 今は節約して買ったピアノは孫の家に。代わりに来たのは白い電子ピアノ。
 蓋は閉まったままだ。



【お題】 本番前

掌編集 58

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-02-09

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