05 想い人 ⑥

31章~37章

        31

 学校の南側に位置する校門の玄関前に、みんなが集まっていた。
 ナオとイケピン、ユウコとシンコ、シジミとアジ、タニとポンタ、タカコに、乙音と音也の入間兄妹、それにカコとジンジだ。
 誰かが一緒に帰ろうと声を掛け合ったわけでもなく、自然と集まった13人だった。
 するとタニが、集まったみんなを見回して、なんだよう、と愚痴をこぼしながら
「オレだけ、ポンタとかよ」とうなだれた。
 するとタカコが二人の間に割って入った。
「わたしは一人なんだけど……」と両手で二人の背中を勢いよく叩いたかと思うと
 あら、ごめん、ごめん、とその直後に優しく撫でていたわっていた。
 シジミが
「あんた達三人って、とってもお似合いだと思うんだけどなぁ~」と茶化すと
「冗談にもなってねェよ」とポンタ。
「そうだよ」とタニ。
 するとタカコは、二人を自慢げに見上げながら
「そおぉお~? でもわたしはこういう関係が好きなんだけどなぁ~」と言うと
 そう、そのどっちを選んだら良いのか悩む贅沢な関係……とみんなは声をあげて笑った。
 そんな他愛のない冗談の言い合いが、しばらくの間続いた。
 やがて、シンコが笑いをこらえながら
「そろそろ行こうぜ、グズグズしてっと先生やってくるからな」と声を上げると
「暗くなる前に帰らなきゃな」
「水が押し寄せてくる前に帰ろうぜ」
 続くタニとポンタの掛け声で、13本の傘の華が開いた。
 やがて傘は、正門から東へ、潮見小学校の方に向かって動き出していた。

 それぞれの二人が固まって二列となり帰路に就いている。
 先頭にナオとイケピン、次にユウコとシンコ、三番目がシジミとアジ、四番目に入間兄姉、五番目にカコとジンジ、しんがりはタカコとポンタとタニだ。
 先頭のナオとイケピンが、水溜まりやぬかるみを避けながらゆっくりと歩いてゆく。
 それをなぞりながら後方組が付いてゆく。
 それでも大粒の雨が地面に溜まった水を弾き、女子たちのソックスや男子のズボンに茶色い泥の面積を広げてゆく。
「ズボンを捲っときゃあよかったよ」
 三組目を歩くアジが、傘を打つ雨音に負けないように声を出す。
「明日穿いていくズボンがねぇよ」
 先頭のイケピンも大声だ。
「オレ、靴の中までグジョグジョ!」
 シンコも返す。
「わたしもー」と最後尾のタカコが声を張り上げるとすぐさま
「ドンマイ」とタニ。
 そうドンマイ、と誰と誰かの声が重なり、みんなの笑い声がまた響いた。

        32

 突然、先頭を歩いていたナオとイケピンが足を止めた。
 二人は立ちすくむように前を見詰めている。
 ユウコとシンコが二人の傍らまでやって来て、同じように足を止めた。
 いや……、止まってしまったのである。
 後方のみんなも、やって来るやいなや目の前の光景に目を奪われた。
 何故なら、13人のほんの数メートル先では、本当の意味で、雨が水の壁を作っていたのである。

 梅雨の長雨が続くなか、みんなは不思議に思っていた。
 学校のグラウンドを越えてすぐ……、そこのところだけ雨の降り方が違っていたのである。
 振り方が強いのだ。
 潮見小出身以外のクラスメイトに話を訊いてみても、学校の行き帰りの道で、ある場所だけ雨が強く降っている所があると言っていた。
 まるでその雨が、学校を取り囲んでいるようだと……。
 そして今は、それが更に強い雨となり、13人はその雨の壁の前で佇んでいる状態なのである。
「いつまで眺めていてもしょうがない。行こうぜ」
 イケピンが、みんなを振り返る。
「そうだよ」とポンタ。
「じゃあいくぞ!」とイケピンが声を上げていた。
 おお~!とか、はいよ~!と男子たちから声が上がった。
 男子はどこか、気持ちの中で楽しんでるようだ。
「間隔を開けるなよ!」と言って、イケピンは雨の壁に向かって歩を進めた。
 ナオはその横に寄り添っている。
 そして、二人は消えた。
 続いてユウコとシンコ、シジミとアジが中に入っていった。
 アジは入る寸前に、シジミに何か話し掛けていた。
 シジミの、分かってる、と言う声が聞こえた。
 きっとアジは、オレから離れるなよ、と言ったに違いない。
 次に、乙音と音也が消えた。
 そしてカコとジンジの番になった。
「いくよ。両手で傘をしっかり持ってんだぞ」
 左に並ぶカコに言って、左手で握っていた傘を右手に持ち直した。
 これで左手が自由になった。
 ジンジが一歩を踏み出すと、カコが続いた。
 バリバリ……と大粒の雨が傘を打つ。
 傘はブルブルと悲鳴をあげた。
 激しい雨のせいで、すぐ先も見えない。
 カコは傘を離すまい、落とすまい、と手に力を入れる。
 そして何度も右を向いて、ジンジの存在を確かめた。
 ジンジもそうしていた。
 だからたまに、お互いの目が合った。
 二人は一歩一歩、歩調を合わせてゆっくりと歩いた。

 どれくらい歩いたのか?
 すると突然……、両手で支えていた傘の衝撃が消えていた。
「おい?」
 慌てたジンジの声がする。
 そしてジンジの左手がカコに触れた。
 カコは手首を掴まれていた。
「大丈夫だよ」
 カコはジンジに顔を向ける。
 手首を掴まれているほど近いのに、カコにはジンジがはっきりと見えなかった。
 ジンジにも、カコがよく見えない。
「霧が出てる……」
 カコは傘を横にした。
「降ってない……」
 ジンジは傘を下ろした。
 雨は降っていない。
 突然に止んでしまったのか?
 そんなはずは無い……と振り返ると、数メートル後方では激しい雨の音がしている。
「ここ、何処なの?」とカコ。
 そこはいつもの通学路であることは間違いないのだろうが、霧のために今の自分たちの場所が分からない。
「ねぇ、カコなの?」と前方からユウコの声がした。
 二人が目を凝らすと、人の形をした六つの影が、ぼんやりとだが確認出来た。
「ユウコね。今そっちに行くから」
 二人は声がする方に向かった。
 そこで待っていたのは、ナオとイケピン、ユウコとシンコ、シジミとアジの6人だった。
 それはお互いの声と、ぼんやりとした影の体格で確認することが出来た。
「乙音ちゃんたちは?」
 不思議に思った、カコが訊いた。
「わたしとシンコが雨から抜けて、次に来るのが乙音ちゃん達だと思ってたら……」
 ユウコは言葉を濁した。
「いつまで待っても来ないんだ」とアジ。
「そしたら……、二人(カコとジンジ)の声がしたから」とユウコ。
「乙音ちゃんたちに会ってないよね?」と訊いているのはナオの声だ。
 二人は首を横に振りながら、見てない、と声を出して答えていた。
「どうしちゃったんだろう」とカコ。
「戻ってみようか?」とジンジが提案していた。
「戻るって?」
「雨の手前のところまで戻ってみよう」
「戻るなら、みんなで戻った方がいいと思う」とイケピンが言った。
「そうだな、バラバラになるよりその方がいいと思う」とシンコも言った。
 全員が同意した。
「じゃあ、みんなで戻ってみよう。誰かが来てるかも知れないし……」
 アジの言葉に、8人全員がほんの数メートルのところにある雨の壁に向かって戻っていた。

        33

「誰も居ないぞ……」
 ポツリ……とジンジ。
「三人(タニ、ポンタ、タカコ)は? 乙音ちゃんたちは?」
 直ぐ後ろでユウコの声がする。
 振り返るが、はっきりと見えない。
 声とシルエットでそれと判断するのがやっとだ。
「何処(に)行っちゃたんだろう」
 カコの不安そうな声がする。
 するとジンジが
「こうしよう」と言った。
「オレが呼んでみるから、その後みんなは黙って耳をすましてくれ。返事があるかもしれない」
「分かった」と声。
 ジンジは、じゃあやるぞ、と思いっきり息を吸い込んだ。
「おお~い、タニぃ、ポンタぁ、武藤さぁ~ん、乙音さぁ~ん」と部活で出す自慢の大声で叫んだ。
 直後に全員が耳を澄ます。
 しかし聞こえるのは雨音だけで、何も返ってこなかった。
「おお~い」
「誰か居ないのかぁー」
 アジとシンコも、堪らず声を上げていた。
「どうしちゃったんだろう?」とユウコがナオとイケピンを振り返った。

 ? ? ? ! ! ! …………

 ユウコは言葉を飲み込み、傍らのシンコにしがみ付いていた。
 カコとシジミがユウコとシンコに振り返った。
「嘘!」
 シジミは傘を取り落として、両手で口を押さえた。
 ユウコが悲鳴に近い声をあげていた。
「ナオとイケピンが居ないよ!? 居なくなっちゃった……」
 すぐ後ろに居るとばっかり思っていたナオとイケピンの姿が……、影が消えていたのである。
「いない、何処行っちゃたんだ?」
 シンコは、しがみ付かれたユウコの手に自分の手を重ねて、強く握り返していた。
「う、嘘だろ……」
 アジも呆然としている。
「イケピーン!」
 ジンジが声を張りあげた。
「ナオぉお~、冗談止めてよ」
 カコの声は震えていた。
「どうなっちまったんだよう」
 シンコも声を張りあげる。
 どうしよう? どうする? とみんなの動揺が広がる。
 その動揺を振り払うように、ジンジが思い立ったように声を上げた。
「学校に戻って先生に知らせよう」
 すぐさまユウコが返した。
「そうか、先生からナオたちに電話してもらうことも出来るよね」
「そうだな、その方がいい、そうしよう」
 シンコも同意した。
「それにもしかしたら、みんなはまだあの向こうに居るのかもしれない」
 ジンジが雨の壁を指差す。
 言ってはみたが、それはジンジにも自信が無かった。
 一度こっちに来たナオとイケピンが、また壁の向こうに戻ったというのか?
 そんなのおかしい、とみんなも思っているはずだ。
 それでも確率はゼロでは無い。
 二人の悪戯だった、という期待もある。
 それにタカコ達も……。
「でも、誰が知らせにゆくの?」
 口を開いたのはカコだった。
 ジンジはカコを見た。
「言い出しっぺはオレだから、オレがゆくよ」
「じゃあ……」
「一人でゆく! みんなはここで待っててくれ! すぐ戻るから」
 ジンジはカコに、わたしも一緒に……と言うであろう次の言葉を言わせなかった。
 でも……と躊躇っているカコに
「走ってゆく。一人の方が早い!」
 絶対オレが行く、とジンジは鞄を肩から外した。
 カコはジンジの手から、鞄を抱き取った。
「行ってくる。すぐ戻るから」
 言うなり、開いた傘を両手に持って前屈みになると、ジンジは雨の中に消えた。
「大丈夫……だよね?」
「大丈夫だよ!」
 ユウコはカコを力付けようと、彼女の背中に手を置いた。
 でも……、ユウコの手からは微かな震えが伝わってきた。
 カコはジンジの鞄を強く抱いた。

        34

 5人は、雨と霧のギリギリの境目でジンジを待った。
 そこだと雨にも降られないし、霧もそんなに濃くないことにカコが気付いたのだ。
 そこに集まっていれば、みんなの表情が見える。
 お互いの顔が見えるだけで、ホッとする。

 ジンジは思っていたよりも早く戻ってきた。
 消えてから5分も経っていなかった。
「早かったじゃねぇか」とアジ。
「行くには行ったんだけど……」
 ジンジは浮かない顔をしていた。
「門が閉まってて、中に入れなかった。学校にはもう誰も居ないと思う」
 雨の壁の凄さを物語るように、ジンジの傘の骨が三本、奇妙な形に曲がっていた。
 ズボンの膝から下は、ホースで水を掛けたようにずぶ濡れだ。
「(門が閉まってたの?)まだこんな時間なのに?」
 アジの隣でシジミが訊いた。
「学校出たの、確か4時前だったよね。まだ30分も経ってないよ……」
 カコは抱いていた鞄をジンジに返した。
「分からない。とにかく門には鍵が掛かってて中に入れなかった。先生たちも、もう帰ったんだと思う」
「タカコ達は?」
 ユウコが訊いた。
 するとジンジは力なく首を横に振った。
「タカコ達も、菅野たちも見なかった」
 沈黙が流れた。
 やがて……
「どうする?」とシンコが呟いた。
 ここに立っていてもどうしようも無いのだ。
「とにかく帰るしかねぇな」とアジ。
「そうだよね、こうなったら1分でも早く家に帰ってみんなに電話した方がいいよ」
 シジミがアジの腕に手を回した。
「その方がいいと思う」とジンジ。
「タカコ達もそうだし、みんなこの霧のせいではぐれたんだよきっと……」
「そうよ、きっと先に帰ってるよ! ナオだって霧の中でわたし達とはぐれちゃって、しょうがなく二人で先に帰ったに違いないよ」とユウコは言うが、今のこの状況では説得力に乏しい。
 やがてカコが……
「帰ろう」と言った。
「帰ってみんなに電話しょう」とシジミ。
「とにかく帰ろう」ユウコが言った。
 6人全員が頷いていた。
「固まってゆくぞ」
 アジが先頭を歩いた。
 その横にシジミが、絶対に離れないと彼の腕に手を回している。
 そしてユウコとシンコ、最後はカコとジンジが続いた。

        35

 濃い霧が身体にまとわりつくようにカコを包み込む。
 ほんの数歩先を歩いているだろう、ユウコとシンコの姿も見えない。
「そこにいるよね」
 カコはユウコに何度も声を掛けた。
「大丈夫だよ、ちゃんといるよ」
 その都度ユウコは返事をくれた。
 そんなお互いを確認する短いやり取りを続けながら6人は前へ進んでゆく――。

 どれほど歩いたのだろう……?
 先頭を行くアジが声を上げた。
「おい見ろよ、道の先が明るくなってる?!」
「ほんとだ、きっとあそこが霧の出口なんだよ」とシジミの声もした。
「急ごう」
 シジミとアジの走り出す足音が聞こえてきた。
「ちょっと待てよ」
「危ないから離れちゃダメだよ!」
 シンコとユウコが二人に叫ぶ。
 それでも足音は遠ざかってゆく。
「一緒に行動しないと――」
 シンコが大声を出す。
「行っちゃうよ」とユウコ。
 シンコはカコとジンジに、ボクらも急ごう、と声を掛ける。
 そしてユウコとシンコが動き出す気配が伝わって来た。
「行こう」
 ジンジがカコに言う。
 四人は急ぎ足でシジミとアジの後を追った。
 すると……
 アジが言っていたように、道の先が明るくなっているのが見えた。
「きっと出口だよ」
 ユウコの声がする。
 四人は更に足を早めた。
 そしてついに……
 四人は霧の中から抜け出すことが出来たのである。

        36

 霧の先は、また土砂降りの雨だった。
 四人は慌てて傘を開いた。
 ジンジの骨が曲がった傘も、何とか開くことが出来た。
 辺りを見回すと、そこはいつもの通学路で、グラウンドを過ぎた場所だということが分かった。
 自分たちの居る場所が分かり、四人は安堵した。
 しかし突然……
「居ない」とカコが口を開いた。
 ジンジにも、その言葉の意味が分かった。
 二人に振り返ったユウコは、半べそをかいていた。
「どうしてなの? シジミとアジが居ないよ。何故待っててくれないの?」
「江本、落ち着けよ」
 シンコの声は掠れて上ずっていた。
「どうやって落ち着けって言うのよ。さっきまで一緒に居た二人が居なくなってるんだよ」
 ユウコはシンコに突っ掛かった。
「何故みんな居なくなっちゃうの?」
 カコも混乱している。
 ジンジは何も言えなかった。
 四人は為すすべ無く、立ち竦んだ。
「どうしよう」
「分からない」
 答えなど出るわけが無い。
 4人は、これからどうすれば良いのかも分からないのである。

        37

 最初に空を見上げたのはカコだった。
 間を置かずして三人も、そのことに気付いていた。
 傘を打つ雨の衝撃が弱くなっていたのである。
 おかしい? とジンジが背後を振り返る。
 シンコが声をあげていた。
「霧が押し寄せてきてる!」
 それで雨が弱くなっているのだ。
「とにかく、走ろう。走るんだ」
 シンコはユウコの手を掴んで、走りだした。
 ジンジもとっさにカコの手を掴んで走った。
 しかし、押し寄せる霧は風のように早く、そしてまるで意志があるかのようにカコとジンジを包み、ユウコとシンコを捕まえていた。
 すぐに視界が効かなくなる。
「手を離すなよ!」
 それだけ言うのが精一杯だった。
 ジンジはカコの手の存在を感じながら歯を食いしばった。
 ジンジは心の中で、叫び声をあげていた。 
 カコの存在を感じていなければ、一人で逃げだしていたかもしれなかった。

 突然、前を走るユウコとシンコが立ち止まった。
 ぶつかりそうになり、二人は寸前で足を止めた。
「どうしたんだよ。走らなきゃ――」
 ジンジのいらついた声が響いた。
 ユウコとシンコが振り返った。
 二人は、何も言わずに自分の手の平を見詰めている。
 そして顔を上げた。
 ユウコの泣きそうな顔がぼんやりと見えた。
 シンコの驚いている顔がぼんやりと見えた。
 ユウコがカコに手を伸ばす。
 カコとジンジは言葉を飲み込んだ。
 ユウコの伸ばした両方の手の平から、彼女の顔が透けて見えたのだ。
「ユウコ」
 絞り出したカコの声は掠れていてた。
 ユウコとシンコは口を開き、大声で何かを叫んでいる。
 だが、聞こえない。
「駄目、駄目、ユウコ。いっちゃ嫌だ。消えちゃやだ」
 ユウコに近付こうとするカコを、ジンジは後ろから抱き留めた。
 絶対に放すもんか、と思った。
 そうしなければ……。
 腕を振りほどこうとカコは暴れた。
 ジンジは力を緩めない。
 一瞬でも力を抜いたら、それで終わってしまう、と怖かったからだ。
「駄目、ユウコ駄目」
 目の前のユウコの輪郭が曖昧になってゆく。
 水で絵の具を薄めてゆくように、周りに溶け込んでゆく。
 やがて……二人は完全に消えた。
 霧の中に消えた。

 カコは暴れるのを止めた。
 それでもジンジは力を緩めなかった。
「痛い……」
 カコが呟く。
「ご、ごめん」
 慌てて腕を離すと、カコは向き直ってジンジを見上げた。
 すると……
 カコの顔が(目)見る見るうちにくしゃくしゃとなり、大粒の涙が溢れて頬を伝った。
 そしていきなり、ジンジに殴り掛かっていた。
「ばか、ばか、ばかジンジ。ジンジのばか。ユウコが居なくなっちゃったじゃない」
 無茶苦茶に拳を振り上げ、ところ構わずジンジを殴った。
 何度も何度もジンジを殴った。
 ジンジは殴られるまま動かなかった。
 ジッと立っている。
 やがて……
 殴り疲れたカコが手を止めた。
 肩で息をするカコ。
「気が済んだか……」
 カコは何も言わずにジンジを見上げた。
 額に目が止まった。
 タンコブの部分が赤く腫れ上がっていた。
 驚いたカコは手を伸ばし、タンコブに優しく触れた。
「これくらい大丈夫さ」
 ジンジは笑った。
「ごめん。痛かった、よね……」
 痩せ我慢しながら笑うジンジを見ているうちに、カコにも笑みが浮かんでいた。
 カコは
「ありがと……」と呟いた。
「帰ろう」とジンジが言った。
「うん」
「とにかく家の方へ向かって歩こう」
「それしかないよね……」
 ジンジは左手をカコの前に出した。
「はい……」
 カコはそのジンジの左手に右手を乗せた。
 カコの手は震えていた。
 その震えを止めてあげるよう……
 ジンジはカコの手をしっかりと握った。

 ⑦へ続く……

05 想い人 ⑥

05 想い人 ⑥

大雨のため、学校側から帰宅命令が出され、一緒に帰ろうと集まった13人。しかしその13人が、一人また一人と姿を消してゆくのであった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-01-23

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