五十年目の俺たちの旅 舞台挨拶
2026年1月10日、ユナイテッド・シネマ浦和で行われた「五十年目の俺たちの旅」、公開記念舞台挨拶に出かけた。
ドラマが初放送されたのが50年前の1975年10月のこと。それから約30年後の2000年代初頭、3本目のスペシャル「俺たちの旅~三十年目の運命~」が放送された。
当時、私はこのスペシャルを観ている。このスペシャルを心待ちにして観たという記憶があるから、きっとその前に私は初めて再放送でオリジナル全話を観たのだと思う。それから約20年目の昨年、「十年目の再会」「二十年目の選択」と、製作されたスペシャルも含め、全部の作品を観た。この20年、ドラマを観ないでいた月日の方が長かったが、それでもドラマの存在を忘れたことはなかったし、自分の軸にあるものはドラマを観た頃と何も変わっていないように思う。その間、40年を迎えた2015年辺りに4本目のスペシャルが製作されるものと思っていたが、何もなかったようにそれから更に10年の月日が流れた。ドラマに携わった彼らの姿をテレビや雑誌で目にする度に、ドラマで見た彼らの生き生きとした表情が私の頭の中に鮮やかに蘇ったが、もうこのまま自然消滅的に「俺たちの旅」もゴールのないまま終わってしまうのか、そんなことを考えていた矢先に製作されたのが本作だった。
メインキャストを務めた俳優が半世紀の時を超え、揃ってスクリーンに登場するということは、今も昔も世界中どこを見渡しても稀ではないのだろうか。当時を知らない私のような人間が、彼らの姿を直接目にすることができるということ自体、まさに夢でしかなくとんでもない奇跡なのである。
会場を埋め尽くしたのは、彼らと共に同時代を旅してきたブラウン管の前にいたカースケやオメダやグズ六であり、真弓ちゃんたちだったから会場はさながら同窓会のような雰囲気だった。
午後4時過ぎ、「俺たちの旅」が館内に流れると、4人がスクリーンの前に登場した。彼らの姿を目にして、ドラマ製作から50年という月日が流れたことを改めて感じたが、それが私には嬉しかった。どんなに月日が流れても、どんなに彼らが年を取っても私の中の彼らは50年前のカースケであり、オメダであり、グズ六であり、真弓ちゃんなのである。
こういった個人的な思いを言葉で表現したり、例えたりするのは無意味なことのように思う。なぜなら、どんなに言葉を並べ立てたところで、私の心の中に沸き上がった静かな感動と感激というものは、私だけのものであり、他の人も同じだったかというと、そうではないかもしれないからである。中には50年という歳月を経て、初めて彼らを間近に目にした当時からのファンの方もいただろうし、熱い気持ちで彼らを見つめていた人たちもいたことだろう。
ここで敢えて、「静かな感動と感激」という言葉を使ったのは、彼らが登場した瞬間、私は目頭が熱くなり、不覚にも涙をこぼしそうになったからである。飛び上がるほど嬉しいという感覚ではなく、今をときめくアイドルを目の前にして我を忘れたように、気持ちが昂ったというのでもない。そんな激しい気草臥れする感情ではなく、ほのかに熱く静かで穏やかなものだったのは、彼らが積み重ねてきた50年という途方もない歳月に畏敬の念を抱く一方で、どこかさびしさと切なさを感じたからかなのかもしれない。
長年愛してきたドラマとその登場人物は、私の生きる上での大切な羅針盤であり、道標だった。その彼らが、今この目に映っている。紛れもなく、私の人生にいた彼らなのである。
50年という途方もなく流れた歳月に抗うように、今日の今日まで人生を生き、元気でファンの前に姿を見せてくれた彼らに、ただただ胸が熱くなった。また会う約束など、50年前はしなかっただろうが、こうして会えたのである。
歌のタイトル宛ら、どんなに月日が流れても、「ただお前がいい」のである。
五十年目の俺たちの旅 舞台挨拶
2026年1月14日 書き下ろし
2026年1月21日 「note」掲載