騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第七章 ぐるぐる二極
ロイドくんの二回戦目です。
第七章 ぐるぐる二極
「わりぃ、負けちまったぜ。」
「相手が悪かったとしか言いようがないかな。」
田舎者の青年らがいつものように騒いでいる場所とは反対。闘技場のもう一つの出入り口にて額に赤いバンダナを巻いた男子――シューマス・ハントが出迎えてくれた白黒の髪の男子――ルーガン・オブコニカが合流していた。
「チロルが言ってた事はその通りだとは思ったがよ、今んとこ勝ってるのがジェットだけってんじゃあ、「やっぱり三年は強い」って話には持ってけねぇぞ。」
「逆に今勝利すれば下がった分の上り幅が大きいから、一発逆転のチャンスとも言えるかな。それに勝敗はともかく、『ビックリ箱騎士団』の影響は悪い事ばかりじゃないと、『レインボーパレット』と話した後に調べて気が付いたよ。」
「んあ?」
「ランク戦の観人が普段と違うのさ。国王軍や有名な騎士団の面々は常連として、普段は見ないような方々の顔がある。」
「軍や騎士団以外って、魔法の研究所とかか?」
「もっと特殊さ。例えば……ほら、あそこの桃色の髪の女性。」
シューマスがルーガンの示した方を見ると、確かにそこにはラフな格好をした長い桃色の髪の女性がいたのだが、シューマスの視線はその隣に吸い寄せられる。
「それより隣の巨人だろ! 二メートルは確実として、下手すりゃ三メートルくらいあるぞ!」
シューマス同様に周囲の者たちの視線を集めるその人物は、実際の戦闘用というよりは何かの儀式用なのではないかと思うほどに豪華な装飾の施された全身甲冑をまとっており、その存在感は凄まじいものだった。
街中でこのような人物が歩いていれば一騒ぎにもなろうが、ここはランク戦中のセイリオス学院であり、生徒を観に来た、あるいは学院の護衛として、その人物以外にも相応の武装をしている騎士がそれなりにいる影響で「そういう類の人物なのだろう」という認識をされているらしく、特に騒動にはなっていない。
「普通はあちらに目が行くだろうけど、オレや一部の者は彼女の方に驚くかな。名前はフラール・ヴァンフヴィート。複数の魔法を操ることに長けた天才だよ。」
「ん? どっかで聞いた事あるな……複数って、うちの学院長みたいなってことか?」
「いくつかの系統を扱えるのは確かだけど、それぞれを最大限にまで極めているというわけじゃない。彼女が凄いのは、何十という魔法を同時に展開できるところさ。」
「あー……火と水と風と雷とーって感じか?」
「それもあるけど、一番は召喚魔法の同時発動。一度に百を超える召喚を行い、それらを彼女の意思でコントロールできるという話だ。」
「自分の意思を持たないタイプの召喚か。それを同時に百って――へいへい、んなの一度に百体の操り人形を動かすのと同じじゃねぇか。頭爆発しちまうぞ。」
「魔法技術は無論の事、頭の回転――情報の処理能力が常人を遥かに超えるのだろう。そんな天賦の才を持ちつつ剣術の腕もかなりのものだ。一時期『激剣』の名で有名だったから、名前はそこで聞いたんじゃないかな。」
「そんな超人がランク戦を観に来て……るのがそんなに変か?」
「宗教には詳しいかな? 今の彼女は神の国で地区を一つ得ているタウルス教の女教皇さ。」
「宗教? まぁ、そういうののお偉いさんとなると珍しい――ってへいへい、確かタウルス教って強さが正義みたいな宗教じゃなかったか? むしろランク戦には来るだろ。」
「お偉いさんというか頂点かな。彼女は精鋭だらけのタウルス教の、もちろん聖騎士隊の誰よりも強い。そんな強さ至上のタウルス教だけど、関係者がランク戦を観に来たことは彼女含めて過去一度もないんだ。」
「所詮は学生ってか?」
「どうかな。単純に、国王軍や騎士団が観に来るのは「将来有望な生徒」を見つける目的が大きいのに対し、タウルス教が迎え入れたいのは「今現在強い人」だろう。成長途中の学生は勧誘対象じゃなかったのかもしれない。」
「それが今回は……『ビックリ箱騎士団』の影響で来てると?」
「学生でも勧誘に値する実力者がいる――そんな風に考えたのかもしれない。」
「んで、同じように今までは興味なかったような団体が顔を出してるとなると、騎士団とか軍以外の新しい進路候補が生まれてる可能性があるわけか。」
「騎士として歩むなら騎士団などが憧れという生徒は多いだろうけど、知っての通り全ての生徒が戦闘特化というわけでもないから――おや?」
ふとルーガンのポケットから光が漏れだす。次の対戦相手や闘技場を知らせるカードを取り出して内容を確認したルーガンは微妙な表情になった。
「実際のところ、『ビックリ箱騎士団』が混ざった事を受けて三年生のランク戦は学院長辺りがトーナメントの組み合わせを操作しているんじゃないかと考えてしまうね。」
そう言ってシューマスに見せたカードには次の相手として、「ロイド・サードニクス」の名前があった。
「だっはっは! 随分とデカい奴がいると思ったら教皇様のお出ましだったとは!」
白黒の髪の男子が次の試合に意識を向けてピンク色の髪の女性と全身甲冑の巨人から視線を外したタイミングで、こちらも充分に大男のはずが比較対象のせいで少し小さく見える筋骨隆々とした男――フィリウスが豪快な笑いと共に登場した。
「十二騎士も観戦に来るとは、流石は世界一の騎士学校の声もあるセイリオスですね。」
「どっちかっつ―と別件だがな!」
「お弟子さんですか?」
当然のように飛び出した話題にニヤリと笑うフィリウス。
「だっはっは、確かにそっちもついでに観るが下調べバッチリか!」
「先日は『絶剣』の一件で考えが及びませんでしたが、吸血鬼の女王と一緒にいた見るからに学生な皆さんについて調べないという事はありませんよ。」
まるでその「お弟子さん」のいる場所がわかっているかのように、明後日の方向に遠い視線を向けるピンク色の髪の女性――フラール・ヴァンフヴィート。
「セイリオス学院に突如転入してきた彼は学院にてなかなかのバックを持つ生徒たちと仲を深め、結成した『ビックリ箱騎士団』は学生はおろか腕の良い騎士や傭兵ですらお目にかからない相手たちとの戦いを経験し、既に二つの国から勲章を授与されている。現在の十二騎士の中でも古株の一人である《オウガスト》の弟子である事からその実力の裏付けがされ、同時に魔人族とのコネクションを師匠同様に持っているのではと、様々な理由で様々な勢力から大注目の若者。」
「ちょっかい出すなよ!? 下手すりゃ消されて俺様は怒られるからな!」
「ふふふ、注目の割に干渉してくる者が少ないのはあなたがそうやって目を光らせているからなのですね。残念ですが、『聖剣』を手にしただけで夜の国を敵にまわせるとは思っていませんよ。魅力がそのまま脅威とは、よくできた牽制構造です。」
「だっはっは、折角来たんだから他の生徒を見ていけよ! そっちに入信したい奴ってのはあんまいないだろうが、純粋に強くなりたいってだけの戦闘バカもそこそこいるはずだぞ!」
「わたくしたちは戦闘バカというわけではないのですが……そうですね。強い弱いで言えば全員弱いですが、知識と経験が不足しているからこその発想で生み出される素敵な魔法には可能性を感じずにはいられません。前任者たちでは活かせなかったでしょうか、わたくしであればその可能性を現実的な強さへ変換できるでしょう。」
「自分で提案しといてなんだが、聖騎士隊をバンバカ強くして最終的に何すんだ!? 下手すりゃ一国とやり合える戦力になっちまうぞ!」
「おや、わたくしたちの教義はご存知でしょう? 来たる聖戦に向けて実力を高めているだけですよ。」
「天国で暴れる為にってか! 強い奴らが全員死後にしか興味ないってのは悲しいな!」
おそらく本心でそう言っているフィリウスに微笑みを向けたフラールは、これまた先ほどとは異なる明後日の方向に視線を移す。
「とはいえ、最近の情勢では生前に前哨戦がありそうですがね。」
ティアナの一戦が終わり、我ら『ビックリ箱騎士団』の一回戦目が完了した。結果、リリーちゃんが残念だったけれど、他の面々は二回戦へと駒を進めて明日からは更なる激戦――と思っていたらオレの二回戦目の知らせが来た。
「ルーガン・オブコニカさん――オレたちに全力で戦えって言ってくれた先輩か。」
「あー、うむ、そうだな!」
ローゼルさんがうんうんと妙に大げさに頷く。それなりに実戦経験を積んできたオレたちが相手なら三年生の先輩たちも全力を披露できるって話だったけれど、こうしてオレたちの方が勝ち進んでしまっているのはどうなんだろうかとも思うところで……
「……怒られたりしないかな……」
「……怒られたところでどうにもなんないわよ。あたしたちより弱いのが悪いわ。」
ムスッとした顔で恐ろしいことをスバッと言うエリル……
「結果を見ると「弱い」となるかもしれないが、実際三年生の先輩方は強い。先ほどのマリーゴールドさんの試合のように、相性によってはこちらが一方的に攻められる場合もあるだろう。何かの魔法に特化している相手はかみ合った時が一番恐ろしい。」
「だなー。確かそのルーガンって先輩も「戻り組」なんだろ? 頑張れよ、ロイド。」
冷静に分析するカラードと、フィリウスみたいにオレの背中をバチンと叩きながら応援するアレク。そう……さすがにエリルほどあっさり割り切れないけれど、怒られたとしても全力で挑むしかないよな……できればフォンタナ先輩みたいな怖さは勘弁して欲しいけれど……
「あらまぁ、こんなにあっさりと会えてしまったわ。」
オレの次の試合の闘技場へ移動しようとしたその時、ふとそんな声が聞こえた。
「やはり規格外。とんでもないモノを外に引っ張り出したわね。」
そう言いながらオレたちの近くまでやってきたのは、特に見覚えのないさわやかなお兄さん。女性っぽい口調なのと、デザインの違う帽子を三つも重ねてかぶっている事以外は普通の――つまり凄腕の騎士みたいな圧力とかは特に感じない、観戦しに来た一般の人という感じのその人は、オレたちの顔を見て何故か満足そうに笑った。
「ふふ、女王の右眼を持つロイド様にも気づかれないなら完璧と言って良いかもしれないわね。」
「! ロイド様って……えぇっと、もしかしてその……魔人族の方ですか……?」
一応小声で聞いたオレに、お兄さんは自分の頭の上の三段重ねの帽子を指さしてこう言った。
「お久しぶりと言うほどあいてないけれど、我らよ、ロイド様。」
三つの帽子、一人なのに「我ら」という一人称、そして口調から我ながら鋭くピンときたオレは思わずポンと手を叩いた。
「サーベラスさんですか!?」
「さすがロイド様。」
ルベロ・サーベラスさん。神の国アタエルカの第四地区に住んでいる、頭が三つある犬が二本脚で立ち上がったような感じの姿の魔人族の人。元々はスピエルドルフの魔法研究所みたいなところの長だったのだけど「神」の研究をする為にアタエルカへ移り住み、今は恋愛マスターを含む三人の欲王について調べている。
フルトさんがあるモノの解析を依頼し、その代わりとして恋愛マスターの力を受けたオレに会いたいという事でこの前知り合ったのだ。
三つの頭にそれぞれ違う帽子をかぶっているおばあさんなのだが、目の前にいるのはさわやかなお兄さん……
「えぇっと……な、何がどうなって……?」
「混乱するのも仕方がないわね。これが「結果」――フルトブラントから依頼された物体が可能にする事よ。」
「物体……あの白い球体ですか。」
フルトさんが解析を依頼したモノ――それはある事件……というか一戦の影響で『魔境』から出てきたという白い球体。一緒に出てきた黒い立方体が『魔王』というS級犯罪者の手に渡ってしまったこともあり、その対抗策としても白い球体の……使い方? を知る必要があるという事でサーベラスさんが調べていたのだ。
「今ロイド様の前にある人間の若い男の姿こそ、その白い球体が変形したモノ。それを神の国から我らが操作しているのよ。」
「そんな遠くから……凄いですね。」
「操作可能範囲の広さも異常だけれど、驚くべきはこの身体。実演すると騒ぎになるからやらないけれど、種族も性別も異なるというのに我らの能力の九割は発揮できてしまう。だというのにこうしてここに――上空でロイド様を見守っている夢魔にも女王にも気づかれずにロイド様の前に立ててしまっている。」
「??」
サーベラスさんの口調は少し興奮しているのだけどオレには凄さがイマイチわからない……
「ふふふ、要するにここに来たのは性能テストで、結果が素晴らしいから女王にはいい報告ができそうということ――あら、なぁに?」
話している途中でサーベラスさんが……特に誰もいない方に顔を向けた。
「ああ、ごめんなさい。実は更にすごい事にこの身体、視覚を隣に座っているヨナと共有しているの。国の外を見るいい機会だと思って。」
ヨナ・タルシュさん。アタエルカの各地区に一人ずついる『預言者』という立場の人で、ヨナさんは第三地区の人。『預言者』は独自の魔法や体質などによって未来を知る能力を持っていて、ヨナさんの場合は特殊な布で目隠しをしないと日常生活に支障が出るレベルの強力な魔眼を持っている。具体的な能力はわからないけれど、その力の影響で第三地区に……悪く言うと軟禁状態のヨナさんを見かねたサーベラスさんは本来かなり難しいはずの「地区間の移動」を可能にするマジックアイテムを与えていて、結果ヨナさんはサーベラスさんのところによく遊びに来るのだ。
「そのヨナからなのだけど……ロイド様、今夜眠らないでいると良い事があるそうよ。」
「えぇ?」
ヨナさんからという事は『預言者』として――魔眼の力で何かを「見た」ということだろうか。
「! さすがに直接話していると気づかれるわね。上の夢魔からの視線が痛いから我らはこの辺りで。ランク戦だったかしら? 頑張ってちょうだいね。」
そう言うとさわやかなお兄さんの姿のサーベラスさんは足早にオレたちから離れていった……
「……急に現れて意味わかんないこと言って消えたわね、あの犬……」
「今夜……眠らないといい事、か……」
「……エロロイド……」
「えぇ!? い、いやそういうことかはわからないぞ!?」
田舎者の青年がジロリと睨まれている頃、闘技場の近くでなかなかのメンツが顔を合わせていた。
「かいちょ――デルフさん。」
「そう、僕は怪鳥デルフ。ちょっとカッコいいから僕はいいけれど、そろそろ間違えないようにしないと新入生などが困ってしまうよ、レイテッドくん。」
「おお、新旧生徒会長じゃねぇか。豪華な激励が来たもんだな、ルーガン。」
「君がいることも豪華かな、『ゲイルブラスター』。」
「へいへい、なんだこの状況は。」
次に行われる試合の参加者であるルーガンと、彼とよく一緒にいるシューマスが闘技場の入口にいる点はともかく、現生徒会長であるヴェロニカと前生徒会長であるデルフ、元選挙管理委員長であるジェットがそこにそろった事で周囲から少しばかり緊張した視線を集めていた。
「私は……その、『ビックリ箱騎士団』の方々と観戦させてもらおうかと思いまして……」
「おや僕もだよ。新しいことをあれこれ披露している彼らの話は興味深いからね。」
「オレはこのバカに連れてこられただけだ。第八系統の使い手の解説が欲しいとかなんとかほざきやがって……」
「そろって『ビックリ箱騎士団』に興味津々とはね。しかし『神速』はその興味の目を理解していたからこそ、あの時オレの提案を断ったわけだ。」
「? なんの話だい?」
「オレたち「戻り組」や「元組」が他の三年生の為に動くべきだと言ったあの時さ。『レインボーパレット』にも忠告された事をふまえれば、するべきは彼らに全力を出してもらう事だったわけだ。」
うんうんと頷くルーガンに対してデルフはイマイチ理解できていないようだったが、ルーガンの肩をポンポンと叩く。
「わかってもらえてよかったよ。そしてまさに、その全力にこれから挑むのだろう? 頑張ってきてくれ。」
デルフの応援にグッと親指を立て、ルーガンは入口――戦う生徒と観客とを自動で振り分けてそれぞれの場所へと移動させる不思議なゲートへと消えていった。
「んだあいつ。一人で暴れて一人でスッキリみたいな感じじゃねぇか。シューマス、お前以外にもルーガンに賛同してたやついたろ? 他の「戻り」と「元」はどうしたんだ。」
「んん? そういや……気づいたらおれらだけだったな。」
首をかしげるシューマスからデルフに視線を移したジェットは――
「ん?」
――と、にっこりしているが笑っているようには見えないデルフの顔を見て諸々を察した。
「……結局一番のバカだけが残ったってことかよ、アホらしい。おら、さっさと席に行くぞ。」
「へいへい、まさかそのバカってのはおれらのことか?」
呆れ顔のジェットと文句を言うシューマスが入口に消え、新旧生徒会長が残る。
「同系統の使い手として、次の試合をどう見る?」
「そうですね……サードニクスさんには少々厳しい戦いになるかもしれません。」
エ、エリルが変なことを言ったせいで、夜に眠らないイコール一緒の部屋であるエリルと何かあるのではという推測に至ってしまったローゼルさんたちに睨まれたオレはそそくさと闘技場へ続く通路を歩く。試合の直前に……しかもき、昨日アンナコトがあった――というかしてしまったタイミングでヨナさんの預言というのは威力が高すぎる……本当にそういう事が起こるのだとしたら、オレは普通に寝るべきなのではなかろうか……
『快進撃! 三年生トーナメントを突き進む『ビックリ箱騎士団』! しかしそんな彼らを止めんと運命が本腰を入れたのか、『コンダクター』の次なる対戦相手はトップランカー! 三年生最強は誰かを問われればほとんどの者が『神速』と答えるでしょうが、ではこの『神速』を倒せる生徒がいるとすれば! そんな話題で必ず名前が挙がる生徒の一人! 「戻り組」筆頭! 『フォールン』、ルーガン・オブコニカ!』
悶々とした頭に歓声が響く。気づけば闘技場の真ん中、オレは対戦相手――オブコニカ先輩の紹介で湧き上がる観客席からの声援に包まれていた。
司会の……えぇっと今回は誰だったか……ともかく、筆頭という事は強い人ぞろいの「戻り組」の中でも一番ということだろう。そうなるとフォンタナ先輩以上ということか……
……いや、でも……オブコニカ先輩に失礼かもしれないけれど――もっと言えばデルフさんにもだけれど……「フォンタナ先輩より強い」というのを全くイメージできない。最後の衝撃があまりに強すぎたみたいだ……
「緊張しているのかな、『コンダクター』。」
「へ、あ、いえ……」
「ははは、どちらかと言えば緊張して欲しいところではあるけどね。それはそれとして、この前は不要な圧をかけてしまってすまなかった。」
「? あ、圧?」
この前というのは三年生の為にも全力で戦ってほしいというアレだろうけれど……別に圧というほど強い言い方でもなかったような……
「むしろ新たな道を引き寄せてくれたこと、感謝するよ。」
「は、はぁ……」
?? 一体何の話だ?
「だからこの試合は純粋な勝負としよう。『神速』が――いや、世界が評価しているその実力、存分に見せてもらおうかな。」
ぐるぐると首や肩を回しながらそんなことを言うオブコニカ先輩。
そうだ、『神速』――デルフさんで思い出したけど、デルフさんは試合であの超速を活かした開幕速攻の攻撃をしていた。今までも色んな試合で戦うデルフさんを見てきたけれど、あの先手必勝はよく使っている気がする。使わない時はたぶん、それが通用しない相手だからだろう。
昔のオレならともかく、今のオレなら曲芸剣術を準備して回転剣を飛ばすっていう動作をかなり素早くできる。相手の出方を伺うっていうのも大事だろうけど、その一撃でその後の流れをつかめたら万々歳だ。手の内を全く知らない相手にこそ、仕掛けてみるべきかもしれない……!
『初戦の相手が『レインボーパレット』というかなり特殊な相手でしたから、『コンダクター』にとってはこの戦いこそが真なる「対三年生」かもしれません! 一年生ロイド・サードニクス対三年生ルーガン・オブコニカ! 試合、開始!』
ガキィンッ!
銃の早撃ちのように、全速力で回転剣をとりあえず一本放ったのだけど、それはオブコニカ先輩の手前で何かに弾かれた。
「うん、先手で一撃入れてやろうという心意気は良い。ただまぁ、顔に出過ぎかな。」
「――!」
あははと笑うオブコニカ先輩……そ、そんなに顔に出ていたのか……これは恥ずかしいぞ!
「とはいえ心意気に加えてオレのようなタイプに先手で速攻というのはかなり有効かな。曰く、「召喚魔法の使い手に召喚をさせるな」、だ。」
! 召喚魔――
ズンッ!!
オブコニカ先輩がどういう魔法の使い手なのか本人の口から明らかになったその瞬間、オブコニカ先輩を挟む形でそれが左右に膝をついて現れた。
片方は簡単に言えば「天使」。背中に真っ白な翼を広げた金髪のイケメンが急所を守る程度の鎧と細長い剣で武装している。
そしてもう片方はずばり「悪魔」。コウモリのような羽と矢印みたいなしっぽを生やした黒髪の……天使が知的なイケメンならこちらはワイルドなイケメンだろうか、攻撃力の高そうなガントレットを装備している。
そしてそんな天使と悪魔がゆらりと立ち上がったのだが……たぶん二、三メートルはある。背が高いというよりは縮尺が違うというか……ちょうどオブコニカ先輩を虫眼鏡で一・五倍くらいに拡大したような感じだ。
召喚魔法と言えば現生徒会長のレイテッドさん。選挙の時に手合わせをしてもらったけれど、色んな能力を持った悪魔――レイテッドさんは第六系統の使い手なので召喚されるモノは「悪魔」になる――が何体も出てきて厄介なことこの上なかった。
そしてオブコニカ先輩が呼んだのは天使と悪魔――第三と第六、どっちの召喚もできるというわけか……種類というか性質が真逆な二対を同時に相手にする……これはなかなか――
「それじゃあこちらも攻撃開始かな。」
――と思ったのだけど、臨戦態勢になって一歩前に出たのは天使だけで、悪魔の方は逆に一歩下がってオブコニカ先輩の後ろに立って……何と言うか、焚火で温まる人のようにオブコニカ先輩に両手をかざした。何をしているのかわからないけれど、レイテッドさんの時と同じようにこの天使と悪魔も能力――役割が違うのかもしれない。
「――」
すぅっと、長剣を突くような姿勢で構える天使。集中力を高めるかのような呼吸が少し聞こえたかと思った次の瞬間、力強く地面を蹴りながら鋭く長剣を突き出してきた。岩の塊とかも貫けそうなパワーを感じたけれど超速というわけではなく、サイズが大きいから周囲の空気の動きも大きくて第八系統の風の魔法が得意とする先読みで問題なく回避できた。
天使ということは第三系統の光の魔法だから、これがデルフさんみたいな速度で動かれたら困るけれど、これなら体術的には大丈夫そうだから、第三系統っぽいビームとかに気を付ければ……
「召喚魔法の使い手と戦うのは初めてかな? もしくは人型だから勘違いしているのかもしれないけれど――」
ガギィンッ!
「――天使と悪魔は何でもありだ。」
左腕に走った衝撃と、めちゃくちゃに向きを変える視界。自分の身体がぐるぐる回転している事に気づき、風で体勢を立て直した時には闘技場の壁がすぐそこに迫っていた。
危なかった。無意識の反射に近い防御と回避で直撃は避けたけれど、立て直しがほんの少し遅れていたら壁に激突して大ダメージを負っていた……!
正面を見ると、さっきオレが避けた突きの姿勢――いや、そもそもの立ち位置からして天使の体勢の何もかもが数秒前と全く違う。風の魔法で感知できなかったという事は、一切の予備動作無しにあの姿勢であの場所に移動すると同時に攻撃をしてきたという事……!
「術者の腕にもよるけれど、『神速』のような光速移動も何のその。『デモンハンドラー』のように自身の身体能力を延長させる形で召喚を行うタイプは稀かな。この天使を少し体の大きな相手との対人戦とは考えないことだ。」
オブコニカ先輩がそういうや否や、天使は五体に増えてそれぞれに違う剣技を繰り出してきた。初手の突きと同様、これならば五体相手でも何とか回避できる。けれどその直後、二体の天使が「気づいたらそこにいる」移動をして左右から剣を叩き込んできた。
「――っ!!」
身体のひねりと回転剣でのいなし――フィリウスとの修行やエリルたちとの鍛錬でしみついた反射的な動きでこの一撃をどうにかしのいだ――けれど、このままはまずい……!
「やれやれ、さっきのはまぐれじゃなかったということかな。見えてはいないだろうに、なんだその超人的な反応は。これまでの試合を見ても、『ビックリ箱騎士団』の面々の脅威は派手な魔法よりもそういう身体能力というか体術というか、根っこの部分にありそうだ。」
感心してくれるのは嬉しいけれどそれだけだとどうにもならない――ま、まずは落ち着くんだロイド。召喚されたモノは何でもあり……それは魔法で生み出された……のか本当にどこからか呼ばれたのか……いやいやともかくだ、そんな反則技の塊みたいなのとまともに戦う必要はないはずで、要するに狙うべきは術者本人!
「はっ!」
天使――いつの間にか一体に戻っているけれど――が次の攻撃に入る前に回転剣をオブコニカ先輩の方へ飛ばす。最初の早撃ちみたいな一撃ではなく、速度と回転を乗せたより強力な攻撃。だけどそれは――いやまぁ、予想通りではあるけれど、これまた最初の一撃同様に見えない壁か何かに弾かれた。
「ははは、卑怯だと思われるかもしれないけれどこれが召喚魔法の最も有効なスタイル。術者はどこかに隠れるか堅牢な防御の後ろに控え、強力な天使や悪魔で戦況を俯瞰しながら攻める。どちらかと言えば向かい合って始まる試合形式が召喚魔法の使い手には不利というべきかな。」
オブコニカ先輩は腕を組んでゆったりと立っているだけだけど、天使の方は増えたり減ったりしながら超速の――いやもう速さの話じゃない気がするレベルの猛攻を仕掛けてくる。
これは――この状況には覚えがある。何とかしたくて頑張ったけれど、結局全てが無駄でオレの覚悟が足りていなかった事を痛感した敗北――『奴隷公』、テリオンとの戦い。
自身は遠目に戦闘を眺め、数十人の奴隷を操って攻撃を仕掛けてきた男。一人一人はそれほどでもないのだけど、お互いの事を一切気にかけずに位置関係のみを合わせて行う恐ろしいコンビネーションに苦戦させられた。結果は苦いモノだったけれど……その時、そのままだったら深刻なダメージを負っていたオレを『世界の悪』が絡む理由で助けたS級犯罪者――『イェドの双子』の男の方、プリオルが言っていた。テリオンは、瞬きや呼吸の回数で奴隷を操っていたと。
勿論、それを可能にするようにテリオンが奴隷たちを……調教――したわけだけど、この構図自体は術者と召喚されたモノの関係と同じのはずだ。
つまり、天使や悪魔がどれほど凄い力を持っていたとして、もしかしたら自分で判断して動く意思なんかもあるかもしれないけれど、最終的な判断はオブコニカ先輩という術者が行うはずだ。
……最悪、「倒すまで攻撃し続ける」みたいな命令を最初に出して完全放置しているという可能性もないわけではないけれど……そ、それを確認する為にも、そうでなかった場合の攻略の糸口として、オレはあることを理解する必要がある。
それをするには……今のギリギリな状況ではまず無理だから、出し惜しみなしでやるしかない……!
『おっとぉ! 『コンダクター』が謎の液体の入った小瓶を取り出しました! これはアレが来ます!』
中身――吸血鬼であるミラちゃんの血を飲み、オレの身体にほんの数パーセントだけある吸血鬼性とミラちゃんの魔眼であるユリオプスの力を最大まで引き出す……!
『黒い風に包まれながら漆黒に染まる服とマントのように翻る暗黒の霧! かき上げた黒髪の下で光る黄色の魔眼! 『コンダクター』のノクターンモードの発動です!』
本来の吸血鬼の能力と比べればかなり劣るけれど、あらゆる魔法を弾く事のできる「闇」と未来の自分が作ることができたはずの魔力を前借りする事で今だけ使い放題になる魔法。これらの強力な力を解放できるノクターンモードだけど、オレがこの力に頼ったのは高まる吸血鬼性の為。魔法生物や魔人族にとっては当たり前だけど人間には無い感覚――魔力の流れや魔法の気配を感知する能力でオブコニカ先輩の召喚魔法の「詳細」を見たかったからだ。
「同じく『ビックリ箱騎士団』の一人の『リミテッドヒーロ―』の強化魔法同様に一度使うとしばらく使えなくなる技だったかな。オレに使ってくれるとは嬉しいね。」
オブコニカ先輩がそう言うと同時に天使が動き、位置魔法のような攻撃が来た――けれど、さっきまでとは違い、オレはそれを反射ではなく事前に動きを理解した上で回避した。
「おや?」
ほんの少し目を細めるオブコニカ先輩。直後、普通の剣技と瞬間的な剣戟を織り交ぜた猛攻を、時に数体に増えながら繰り出してくる天使だったけれど、オレはその全てを回避したりそらしたりして――
「はぁっ!」
吸血鬼の「闇」で黒く染めた回転剣――マトリアさんのベルナークの双剣でオブコニカ先輩に直接斬りかかった。「闇」が持つ魔法を弾く性質も合わさり、今までのように弾かれる事なく、「ビキリ」とヒビを入れながら二振りの黒い刃は見えない壁に少しだけめり込んだ。
「――!」
オブコニカ先輩の驚きと共にオレの背後で天使が剣を振るが回避し、オレはオブコニカ先輩から距離を取った。
『激変! 先ほどまでジリ貧という感じだった『コンダクター』、完全に天使の動きを見切っています!』
吸血鬼の視界によってわかったことは、召喚したオブコニカ先輩と天使と悪魔が魔力のヒモ……というか管のようなモノで繋がっているということ。そして天使が動く前、オブコニカ先輩からその管を通って魔力が走っていることがわかったのだ。ちょうど……ユーリやティアナに教えてもらった、身体を動かす時に頭から動かそうとしている部位にその命令が電気信号で走るように。
さすがに命令の中身まではわからないけれど、普通の剣技なら空気の動きに加えて「攻撃が来るタイミング」がわかるわけだから回避は簡単で、パッと移動してくる方もタイミングさえわかればその場所から移動するだけで避けられる。速過ぎるが故に、「オレが避けた先」に目的地を変更する暇がないからだ。
つまり、少なくともあの天使はあくまでオブコニカ先輩の意思によって攻撃を行うということ。完全自立型だったらノクターンモードでも対処できなかったかもしれないから一安心だけど……もう一つ、やばそうなことも見えてしまった。
オブコニカ先輩の後ろに下がって両手をかざしている悪魔……こっちもオブコニカ先輩と管が繋がっているのだけど、天使のように命令がされている感じではない。おそらく最初に何かを命じたきりそのままで、その「何か」に間違いなく関連しているのが……オブコニカ先輩を中心にその足元に広がっている大きな魔法陣だ。
これまでの三年生の先輩たちの試合では、開始と同時に何かの下準備を始めている人が結構いた。何か大規模な魔法を発動させるため、天使で攻めながら悪魔の方で準備を進める――それはきっと、起動した時点でオレの負けが決まってしまうような大技だ。
今のところ天使の攻撃は対応できるけれど、悪魔の準備が終わる前に決着をつけなければならない。だから最優先であの見えない壁を破壊する為――できればあの魔法そのものを理解する為に直接攻撃しつつ間近で観察してみた。結果判明したのは、あれは「常に展開されているドーム状の壁」ではないということ。
「……てっきり、召喚されたのは天使と悪魔で防御は別の魔法かと思っていましたけれど、それも召喚魔法だったんですね。」
「急に接近してきたのはそれを確かめる為か。一回の斬り込みでそれを見抜くとは、こちらの攻撃を完全に見切っている点も含めてそのモードは色々なモノが見えるようになるのかな。」
そう言ったオブコニカ先輩の周りに……簡単に言えば「羽の生えた盾」が大量に出現した。より正確に言えば、オレの早撃ちの一撃を防いだ時からいたと思われるから、不可視だった状態から見えるようになった。
大小に加えて縦長や横長、トゲトゲした形から真ん丸の球体まで、色々な形状の盾の内の二つにヒビが入っているのは、さっきマトリアさんの双剣を防いだ盾がその二つだったという事だろう。
「バレてしまったなら透明にしておく理由もないから出すけれど、余計な力を使わなくなった分、彼らの能力も向上する。オレに見抜いたことを伝えたのはミスだったかもしれないね。」
「どうでしょう……見えるようになって他のこともわかりましたから……」
浮遊している大量の羽根つき盾――これらとオブコニカ先輩に魔力的な繋がりは見えない。たぶんこっちはそれぞれがそれぞれの意思で動くタイプなのだ。オブコニカ先輩に迫った攻撃を彼らが判断し、自動で防御する。オブコニカ先輩は防御について考えずに天使と悪魔に集中できる……という感じだろう。
天使と悪魔のように命令が必要なタイプにだけ管があるのか、あるいは単純にサイズによって要不要に差があるのか……ともかく、ヒビを入れることができたのだから破壊は不可能ではないはずだ。
悪魔の準備完了の前に天使の攻撃をかいくぐりながら羽根つき盾を突破する――一先ずの勝ち筋はこんなところだろうか。
ただ……
「さて、一段階上がったギアにどこまでついてこられるかな。」
オブコニカ先輩から天使へ魔力の光が走り、天使の姿が消える。さっきまでとやっている事は同じ――なのだけど、これは……!
『速度――いえ、攻撃がより苛烈になる天使! 言葉の通り、『フォールン』のギアが一段階上がった!』
少し不思議ではあったのだけど、天使の瞬間移動攻撃だけを連発するような事をオブコニカ先輩はしてこなかった。数回の移動の後には必ず普通の体術的な動きが入っていたわけだけど、これがつまり「透明にする為に使っていた力」の分だったのだ。
タイミングはわかる――けど、こうも連続でやられるとその内集中が切れそうで、状況としてはノクターンモードになる前の反射でどうにかしていた時に戻った感覚……!
「――っ、はぁっ!」
回避の合間をぬって回転剣を飛ばす。全方位からの攻撃に対しオブコニカ先輩は動く事なく――
ガガガガッ!
――羽根つき盾が的確に動き、その全てを防ぎ切る。
そう……曲芸剣術の全方位攻撃はそれを受ける側からすると、一人で迎えうつ場合はかなり厄介なのだが、複数人で対処する場合はそうでもない。極端な話、オレが飛ばした回転剣の数だけ人数がいれば一人一本防げばいいのだから。
あの羽根つき盾は一つ一つに意思がある――要するに今のオブコニカ先輩はたくさんの味方に守られている状態なのだ。
もっと魔力を使って剣を増やすか――いや、あの羽根つき盾だって更に増えるかもしれない。やっぱりあの盾は破壊して突破するしかない――となると、ここは量より質!
「! それはちょっと困るかな……」
天使の猛攻を回避しながら、剣に「闇」をまとわせる。魔法を弾く性質を利用して盾として使ったりもしたけど、エリルたちに「闇」をまとわせる技――カラード命名『オーケストラ』を何度かやったことで、ただ覆うのではなく「まとわせるモノ」の形を拡大させるようにまとわせることができるようになった。
要するに、「闇」によって回転剣を巨大な剣にしたのだ。
『な、なんでしょうかこの地獄のような光景は! 漆黒の剣が三本! しかも師である《オウガスト》が振るう大剣をも超える巨人用の超大剣が凄まじい暴風によって高速回転! 気分はミキサーの中に放り込まれた食材!』
パッと見はそうなのだけど、実のところそうではない。何故なら「闇」は魔法を弾くだけで大きくなった部分に質量的なモノはないからだ。
だけど、召喚された存在相手には話が別。第三と第六系統の授業で習った事だけど、召喚された存在の身体は魔法によって作られている。偉い学者さんたちが、召喚される存在は本物なのか単なる術者のイメージなのかってのをずっと議論しているらしいけれど、前者の場合は世界のどこかにある異界に住んでいる存在を魔法で作った肉体に間接的に呼び寄せている――という事になるとかなんとか……んまぁこの辺はともかくとして、魔法であるなら「闇」の影響を受ける。「闇」の形状を鋭くして当てればその反発は結果として「斬る」という状態を引き起こすわけだ。
羽根つき盾を一刀両断、うまくいけば天使と悪魔にもいいダメージが入る!
「はぁあっ!」
巨大な黒い剣にギョッとして天使への攻撃命令を一瞬止めたオブコニカ先輩に向けて、もはや一つの嵐みたいになっている特大回転剣を飛ばす。天使の移動が間に合ったとしてもあの細い剣では止められな――
ブゥオォォンッ!!
「!? なんだ、この妙な感覚は!」
羽根つき盾では防御できないと判断したらしいオブコニカ先輩は、迫る特大回転剣を悪魔で止めた。大魔法の準備の為にかざしていた両手をちょうど白刃取りするようにして特大回転剣を受けようとしたのだが、悪魔の……筋力とでもいうべきか、腕の力と「闇」の弾く力がぶつかった結果、高速回転する黒い剣に触れていないのだけど見えない力で押しとどめているような光景になっていた。
「――まったく、とんでもない! 回転ノコギリを無理やり止めるのはこんな感じ――かな!」
試合が始まってから今まで余裕のある口調だったオブコニカ先輩の語気が強くなると共に悪魔の両手に紫色の光が灯り、そのまま腕をバッと開くと特大回転剣は弾き返された。
悪魔は第六系統の召喚魔法なわけだから、おそらくレイテッドさんのように重力的な力を使ったのだろう。「闇」が持つ弾く力も相まって余計に強くなった反発力ですっとんでいった剣に再び風をまとわせつつ、オレは別の特大回転剣で一撃、二撃と攻撃を続ける。
回転剣の迎撃を羽根つき盾に任せていたからといって本人にその技量がないわけではなく、真っ黒かつ大きいせいで見やすいとはいえ悪魔に命令をしてこっちの追撃を的確に弾いていくオブコニカ先輩。しかも合間を縫って天使からオレへの攻撃も入れてくるのだけど、さすがに単調になっていて避けやすい。これなら……!
『使用している魔法は別物ですが互いに遠隔操作による攻撃! 天使による攻撃と悪魔による防御! 巨大な黒剣によるデタラメな攻撃と風による高精度の回避! 動きに余裕の見える『コンダクター』に対し、『フォールン』の防御はやや押され気味かーっ!』
弾く力と重力的な力の影響か、特大回転剣が防がれる度に聞き覚えの無い音が響く中、ふと天使の攻撃が止ま――いや、消えた……!?
「やれやれ、準備段階六割というところだけど、仕方がないかな!」
悪魔を動かしながらオブコニカ先輩がダンッと地面を踏む。するとその足元に展開されていた巨大な魔法陣が光って――って、もう発動できたのか!? しまった、間に合わなか――
「ちょ、何よこの光……」
ロイドがバカみたいに大きな剣をぶん回し始めて戦況が変わってきたところで……たぶん、試合が始まった時から準備してたんだろう大規模な魔法をルーガンが発動させた。闘技場が数秒真っ白になって、チカチカする視界で状況を確認すると回転剣を防御してたちっさい盾とか悪魔がいなくなってて……
「中途半端な術式のせいでしっくりこないな……」
ルーガンが……向かって右から天使の翼、左から悪魔の羽をはやして天使が使ってた剣と悪魔が使ってたガントレットを装備した状態でふんわりと浮いてた。
「僕が使う魔法の一般的な使い方だね。もっとも、「天使化」と「悪魔化」を同時に行える人はそんなにいないけれど。」
近くの席で現生徒会長と一緒に現れて当たり前のようにいる旧生徒会長がニヤニヤとそんなことを言う。
召喚魔法の中でも難易度が高い――っていうか危険だからあんまりやるなって言われてる魔法、「天使化」と「悪魔化」。普通は術者のイメージした存在を召喚して操るモノだけど、それを術者に重ねて自身を強化する技。召喚された存在が持つ割と何でもありな力を自分の身体に宿すわけだから、大きな魔法負荷に加えて元に戻れないかもっていうリスクまである代わりにパワーだったり操作性だったりが格段に上がるらしい。
デルフはこれを応用して自分の身体を光そのものにするとかいうわけわかんないことをしてるわけだけど……「天使化」と「悪魔化」を同時にやるってのもかなり頭がおかしい。光と闇、速さと重さ、二種類の魔法を強大に使える状態……さすがの「戻り組」ってところかしら。
「ふむ……天使と悪魔が合体したような、まるで神話に出てくる堕天使だが……あれほどの魔法陣で行う魔法にしてはなんとなく肩透かしのような気もするな……」
「おや、さすが優秀なリシアンサスくん。その通り、オブコニカくんのとっておきはこれだけじゃないよ。」
そう言ってデルフが指差したのはロイド……え、なんか……苦しそう……?
「ぐ……つ……」
突然ものすごい光に包まれたと思ったら急に身体がふわふわして――直後、全身に痛みが走った。激痛というわけではないのだけど、小さな痛みが身体の内側で絶えず破裂するような感覚――これは一体……!?
「そういう反応は初めて見るかな。」
いつの間にか天使と悪魔の両方がくっついたようなカッコいい感じになっているオブコニカ先輩が少し驚いた顔をする。
「毒か何かだと思われると心外だから言っておくけれど、これは相手を強制的に「天使化」や「悪魔化」の一歩手前の状態にする魔法だ。平たく言えば身体に魔法の性質を付与するようなモノで、『神速』が光になるような、そういう類の魔法に慣れている者でも突然無理やりやられると身体にはだいぶ来るものがある。魔法の使用が困難になったり、五感などが狂って倒れてしまったり、オレを強くすると同時に相手を弱くする――さっきの魔法はそういうモノで……普通はそうなのだが、下準備が不十分な状態だったからその影響かな……?」
苦しそうにしているオレを割と真面目に心配している表情で見ているオブコニカ先輩だけど……たぶん、原因はオレ自身だ……
身体に魔法の性質を付与する……それはつまり、「闇」に弾かれるという事ではなかろうか。オレの身体――というか服を真っ黒に染めている「闇」は相手の魔法を弾くための防御として機能している……いやまぁ、じゃあなんでオブコニカ先輩の魔法が効いているんだという疑問はあるけれど、その魔法によってオレは今、オレを覆っている「闇」に全身を弾かれているのだ。それがこの痛みの正体……!
まさかノクターンモードにこんな弱点があったとは……これはもう解除するしか……!
「まぁ、人によってその状態になった時の反応には差があるからこういう場合もあるということかな。せめて早々に試合を終わらせようか。」
オブコニカ先輩がすぅっと剣を構える――と同時に天使と同様の瞬間的な移動で光り輝く一閃を振り下ろした。天使の時と違って攻撃のタイミングを知ることができないし、そもそも痛くて身体を思い通りに動かせないからこれは食らう……避けられない……剣がゆっくりとこっちに迫って――……あれ?
なんか普通に見えてないか……? すごくスローに見える気が……しかもなんだろうこの感覚……あの剣――簡単に止められるような……
ピタッ。
「なっ――!?」
吸い寄せられるように、迫り来るオブコニカ先輩の剣に手――というか指を伸ばしたオレは、右手の人差し指と中指の間に刃を挟んで……それを止めた。
『こ、これはーっ!? 一瞬前まで苦しんでいるようだった『コンダクター』が瞬きの間に復活して『フォールン』の剣を指で止め――というか……ど、どういうことでしょうか!』
オレにもさっぱりわからない。なんだこの妙な……全能感とでも言う――ん? オブコニカ先輩の表情が変わったな。攻撃を止められた事に対する驚きと困惑という感じだったのが……急に意味の分からないモノを見せられたような変な顔に……って、え? ちょっと待った、剣を止めているオレの手、オレの手じゃないぞ……? あれ、何を言っているんだ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ『コンダクター』……それも――オレの魔法のせい……なのか? 反応は人によるとは言っても限度というモノがあるぞ……」
「えぇっと……何のことで――」
!? なんだ今の、オレの声か!? 喉に何か――あれ……なんで胸の辺りが膨らんで……
「!?!?」
触れて伝わってきた自分の胸の感触はエリル――とかみんなのそ、それに触れた時のカンショクと同じで……いやいや、そんなわけが――
『何かの新技なのか『コンダクター』! 一瞬の内に女の子になってしまったぞー!」
「ええええええぇぇえっ!?!?」
前にやった交流祭の時、各学校の出し物の中でデルフがロイドと組んでショーをやった。その時ロイドは女装をする羽目になったんだけど……ロイドは今、その時のロイド――フィリウスさん命名「ロロ・オニキス」の姿になってた。
「やや、懐かしい姿になったけれどあれは一体どういうことだい? サードニクスくんは女装するとパワーアップするとか?」
「んなわけないじゃない……そもそもロイド本人がびっくりしてるし……」
「うむ、しかも今自分の胸にも驚いていた。以前の女装の時は胸に詰め物などは入れていなかったからその点だけ異なり、そしてロイドくんの反応からしてあの胸は本物なのだろう。」
「あ、あの先輩の魔法……の、影響なのかな……なんとなく、『変身』に似た感じが、するけど……」
「ロイドは第九系統の形状の魔法は全然使えないでしょー? そんなことあるー?」
「それよりもロイくん、元に戻れるんだよね!?」
意味が分からない! なんでいきなり――意味が分からない!!
「……お互いに予想外の事が起きたようだけど、ともかく今は試合中……こちらの攻撃をあっさり止めるような状態になったという点にだけ注目するとしよう。」
胸がある! なんか髪も長くなってる! ま、まさか下の方も――
「!」
思わず触って確認しようとしたのだけど、視界の隅で剣先が白い軌跡を描いているのが見えた。
そ、そうだ、試合中――いや、これも意味が分からないぞ! なんでこんなにゆっくり見えるんだ!? と、とりあえず一旦距離を取って落ちつ――
「びゃっ!?」
軽く地面を蹴りつつ風の力で後退しようとしたのだけど、脚の力も風の強さも勢い余ったオレは闘技場の壁に激突した。避けれはしたけど避け過ぎだ! なんなんだこれは!?
「……こっちの攻撃が完全に見えているのかな。だけどその力に身体……いや、認識が追い付いていないようだ。ある意味弱体化は成功、かな。」
オブコニカ先輩が剣を握っている方と逆の手をオレに向ける。その手に紫色の光が灯ると同時に、オレを中心にした一定範囲に高重力がかかった。「闇」のおかげである程度は弾くものの、周囲まるごと重い影響でものすごくドロドロした液体の中にいるような感覚――なのだけど、正直その抵抗はあまり気にならない……筋力が上がっている……?
「よ、よし、とりあえず風を――」
なんだか普通に魔法も使えそうだと思い、高重力の範囲外に風を起こして散らばっている剣でオブコニカ先輩に攻撃を、と思ったら全力で嵐を起こした時みたいな暴風が発生してオブコニカ先輩を闘技場の壁に叩きつけ――ってえぇ!? 普通に剣を回転させようとしただけなのに……!?
「すごいな……この状態になると普段よりも魔法の気配に敏感になるはずなのだけど、今の風は見えなかった……いや、そもそもその重力下で普通に魔法を使ってくるとはね。重さに耐える事に必死になるはずなんだが……」
自分でもビックリの威力だったがさすがは「戻り組」の先輩、薄っすらと光るシールドのようなモノで全身を覆って衝撃を防御していた。
『自分の行動に驚いてばかりの『コンダクター』の表情から察するに、力の制御ができていない様子! ノクターンモードに続く更なるパワーアップかと思いきや、『フォールン』の魔法による暴走状態なのか!』
暴走――その表現はピッタリかもしれない。オブコニカ先輩の高重力はまだ続いているというのに、もはや普段と変わらない感覚で立ててしまっている。身体能力も魔法の威力も桁違いになっているみたいだけど、それを全く制御できない。風で剣を回転させるのは勿論、手の中で回せるかもかなり怪しい。回し過ぎて明後日の方向にとんでいく気しかしない……
つまり、今のオレにできるのはこの異常な身体能力で格闘をするくらい……こんな事ならエリルにパンチキックの打ち方を教わっておくべきだったな……
「やれやれ、どうしたものかな。このままだとついうっかりで倒されかねない。」
困った顔をしながら、オブコニカ先輩は天使の剣を逆手に持ち替えて体勢を低くする。それと同時にあの羽根つき盾の羽無しバージョンが周囲に展開され、いくつかが鎧のようにオブコニカ先輩にはりついた。
「攻撃が見切られるなら、見切られても問題ない一撃を出すまで。魔法の不安定さからしてこれが最後の攻撃。決着といこうか、『コンダク――」
ガンッ!!
突如頭に走る衝撃。痛みと共にゴロゴロと転がったオレの身体はそのまま再度闘技場の壁に激突した。
「いった……」
頭を抱えながらふらふらと起き上がり、オレは……ハッと振り返って今起きた事を確認する。
オブコニカ先輩が「決着」と言った辺りでその全身を膨大な魔力が包むのを感じたオレは、大技が来ると身構えた――つもりだったのだけど、無意識に力の入った身体は弾丸のように跳躍して……
「が……あが……」
……頭頂部を、オブコニカ先輩の顔面に激突させたようだった……
『え――えぇええっ!? 『フォールン』の必殺技が放たれる直前、ミサイルのように跳んだ『コンダクター』の頭突きが顔面に直撃! 本人すら予想していなかった様子の一撃でまさかの決着! 長いランク戦の歴史上でもトップクラスの珍事! 勝者、ロイド・サードニクス!!』
「あっはっはっは! サードニクスくんの女装も気になるけれど、同級生としてオブコニカくんの様子を見てくるよ。あの暴走は僕の聞くことのできない理由のような気がするしね。レイテッドくんもこっちだよ。」
「は、はい……!」
ルーガンの魔法が不発した影響――ってだいたいが思ってるだろうけど、あれはたぶん吸血鬼の力が変な風に作用した結果で、その辺を妙に察したデルフがヴェロニカを引っ張っていった。ロイドやあたしたちの力に興味があるんだか無いんだかよくわかんないけど……今はロイドよね。
「み、みんな……」
闘技場の出入り口から出てきたロイドは、男子の制服を着てる女子の姿でバカみたいな顔してオロオロしてた。
……試合の後に普通に闘技場から出てきたことあったかしら、このバカ……
「むう、ものすごい違和感だが妙にしっくりもくる。完全に女子だが表情や仕草はロイドくんのそれ……一体何があ――」
「うわー、ロイドってばナイスバディーだねー。」
「びゃああばぁっ!?」
ローゼルが目をぱちくりさせながら観察してたらアンジュがロイドの胸を鷲掴みにして、ロイドは力の加減が出来てない感じに後ろに飛びはねて壁に激突した。
「あたしと同じくらいか、ちょっと大きい? 複雑な気分になっちゃうなー。」
「反応からしてちゃんと感覚もあるわけか……ううむ、これは新しい楽しみ方の予感がするが、ともあれさすがに人目に付くからな。部室にでも移動するとしよう。」
いきなり女子になったロイドを見ようと人が集まってきたから、あたしたちはそそくさと部室に行って……
「まぁ、ロイド様。お美しいですね。」
……本当にこの女王は暇ね……
「そんな目で見ないでください。ワタクシも本当であればロイド様の雄姿を目に焼き付けたいのですが、ヨルムが文句を言うのでしぶしぶ仕事をしていたところでロイド様のお身体に変化が生じたのを感じて何事かとやって来たのです。おそらくロイド様の中の吸血鬼性も絡んでいる変化――さぁ、ロイド様、こちらへどうぞ。」
ロイドを部室の椅子に促したカーミラは、正面に立ってロイドの首筋に手を添える。
「現象としては……ティアナさんが使うような『変身』で肉体を女性のそれに変化させたのと変わりはありません。問題は起きた理由――平たく言いますと、ロイド様のお身体が「ひっくり返った」のです。」
「ひ、ひっくり返った……!? オレ、大丈夫なの……?」
声は女子だけどロイドの口調でロイドの表情……ローゼルも言ってたけどなんでかしっくりくる……なによこれ……
「状態から察するに、試合の中でロイド様のお身体が魔法に近い状態になられたのでは?」
「う、うん……第三系統とか第六系統にある「天使化」や「悪魔化」の一歩手前の状態――っていうのにされたみたいだよ……」
「ああ、人間がやるにしてはだいぶ無茶な魔法ですね。一歩手前というレベルであれば大きめの魔法負荷がかかる程度でリスクはありませんが……仮に一歩進むような危険な魔法だった場合はその愚か者を消滅させていたところです。」
あんまり表情を変えずに「当然」って感じでそう言ったカーミラにゾッとするあたしたち……
「そしてロイド様はその魔法を受けた際、吸血鬼の力を解放していたのですね。」
「うん……ああそうだ、それも不思議なんだけど「闇」の力でオブコニカ先輩――その魔法を弾けなかったんだ。」
「相手の肉体を強制的に変化させるというのは難易度が高いですから、おそらく光――視覚を経由して相手に無意識下で自身の身体を変化させる魔法を発動させるといった類の魔法でしょう。ロイド様のおっしゃる通り、でなければ「闇」が弾きますからね。」
「そんな魔法もあるんだ……そ、それでたぶん、服を覆っていた「闇」が魔法に近い感じになったオレの身体を弾いちゃった――んだと思う。」
「ご明察、さすがロイド様。服という全身を覆うモノから身体を弾かれ続けるというかなり稀有な状態が魔法に近いお身体と妙な反応を起こし、弾かれたお身体がひっくり返ったのです。」
「そ、そんな漫画みたいなことが……」
「勿論この現象だけでこうはなりません。弾かれ続けるという異常事態にロイド様の中の吸血鬼性が身を守る反応をした結果でもあります。ワタクシもロイド様がこうなって初めて気づいた――というよりもロイド様が女性になる場合など考えた事もなかったので思い至らなかったのですが……」
カーミラの手がロイドの顔に移動し、その右眼――元々はカーミラの右眼だったらしい魔眼ユリオプスをのぞき込む。
「ロイド様の吸血性はこの魔眼から来るモノであり、その由来はワタクシ。であれば、その吸血鬼性が真に力を発揮できるのはワタクシに近い状態――即ち、男性よりも女性の身体の方がロイド様の吸血鬼性は高まるのです。」
「つまり……なんか色々と制御できていないのは吸血鬼の力が強くなり過ぎたからなんだね……」
「はい。ですからお身体が戻ればそれらも元通りになります。」
「よ、よかった! 『変身』みたいなモノってことはティアナにお願いすれば戻るかな。」
「可能だとは思いますが、時間経過で戻るでしょうしそちらの方がおすすめですね。」
「そう……なの?」
「今はロイド様の中の吸血鬼性が過剰反応している状態ですから、『変身』で戻そうとすると更に妙な変化が起きるかもしれません。反応が収まればロイド様の魂に適した本来のお身体に自然と戻るのでそれをお待ちになるのが良いかと。」
「そ、そうか……明日までに戻るといいけど……」
「それほど時間はかからないと思われます。一時的な興奮状態のようなモノですからね。ただ……」
ほっと一安心のロイドを横目に、カーミラが……なんていうか、何かを企んでるような顔でニンマリと笑う。
「申し訳ありませんがカラードさんとアレキサンダーさんには席を外していただいても?」
女になったロイドを見て「自分が女になったらどんな感じだろう?」的な会話をしてた強化コンビにカーミラがそんな事を言い、ロイドとカーミラを交互に見たカラードはポンと手を叩く。
「うむ、ではおれたちは闘技場へ戻るとしよう。まだ終わっていない試合があるかもしれないぞ、アレク。」
「ん? ああ、いつものか。頑張れよ、ロイド。」
そしてロイドに激励を送って二人は部室から出てった……
「……? あ、あの、何で二人を……」
「ロイド様、理由は今お話しした通りですが、ではなぜ今の姿になったのだと思われますか?」
そう言いながらカーミラはパチンと指を鳴らして大きな鏡を出した。
「……? ……!? あれ、これ……オレが女装した時の……」
「おそらくその女装、誰かになる為ではなく、性別を偽る為に行ったモノですね? ロイド様のお顔や体格に沿った女性としての姿――それと今のお姿が似ているのはある意味必然なのです。」
「えぇ?」
「吸血鬼性が過剰反応し、身を守る為に力を求め、魔法に近しい状態を利用して導かれた女性への『変身』――防衛反応のようなこの現象そのものに「女性の姿への好み」などがあるはずもなく、故にそのお姿はロイド様の魂に沿ったモノであり、結果として「ロイド様が女性だった場合」を忠実に再現しているのです。」
「オレが女の子だったら……こ、こうなっていたと……」
「誰かを模していないロイド様の女性としてのお身体――偶然とはいえ『変身』などの魔法を用いて再現することはほぼ不可能な今の状態は異性の身体について理解を深めるまたとない機会なのです。」
「異性の……えぇ?」
すっとぼけた顔をしたロイドに目線を合わせたカーミラは、その手をロイドの胸に――ってどいつもこいつも!
「ひゃびゃっ!? あ、あのミラちゃん……!?」
「個人差はありますが、どこに触れればどう感じるのか。何が良くて何が嫌なのか。話で聞くよりも体験した方が理解は深まり、ロイド様のテクニックは更に飛躍することでしょう。」
「テクニック!? あ、あの、それは別に、ヒヒヒ、ヒヤクしなくても……!」
「高い技術を持っておくのに越したことはありませんよ、ロイド様。」
「相手の性別を変えてしまうとはなかなか面白い魔法を開発したようだね、オブコニカくん。」
「そんな魔法を作った覚えはないかな……」
田舎者の青年が本人からするとかなり恐ろしい状況に陥っている頃、彼と戦った三年生「戻り組」、ルーガン・オブコニカは未だズキズキと痛む頭を抱えながら同級生や新旧生徒会長らに出迎えられていた。
「性別が反転した事は……この際置いておくとして、あの状態の『コンダクター』はちょっと異常だ。不完全だったとはいえ身体能力も魔法知覚も向上していたオレが一切反応できない攻撃……まさにビックリ箱を開けて面食らった感じかな。彼らと仲の良さそうな『神速』は秘密を知っているのかな?」
「うーん、由来に心当たりはあるけれどそれを確認できる立場にない、という感じだね。《オウガスト》との旅で得たサードニクスくんの人脈はとんでもないということさ。」
「力の秘密は人脈と? どこぞの魔法学者に改造でもされたのかな。ともあれ『神速』、不甲斐ない限りだが「戻り組」はいいところなしだ。「元組」……元生徒会長と元選挙管理委員長の二強には頑張って欲しいかな。」
「二強って、サシでやりあったらオレはチロルに勝てねぇと思うぞ? カンでどうこうできるタイプじゃねぇからな。」
元選挙管理委員長――ジェットがそう言うと、元生徒会長――デルフは困ったように笑う。
「そこは同感だね。やってみないとわからないとは言いたいけれど、彼女の強さは質が違う。ともあれ、勿論頑張りはするさ。長期休暇やら学校行事やら、節目ごとに面白い進化を遂げてくる『ビックリ箱騎士団』からは教わることも多い……からね……」
不意に、いつものにこやかな雰囲気の中に混ざった圧のような決意のような、強い感情に気づいた現生徒会長ヴェロニカは息を飲む。
冬休みの間に白い炎という新しい魔法を身に着けたデルフを純粋に凄いと思うのと同時に、何かに焦って力を求めているかのようにも見える最近の様子には不安も覚える。尊敬と、それとは別の感情も抱くヴェロニカには、今のデルフがなんとなく……危うく見えていた。
「とりあえず今日の分の試合は終わりだろうし、三年生のリベンジは明日から……いや、もしかしたら新旧生徒会長対決もあり得るかもしれないね。」
「そう……ですね。そうなったら……えっと、お手柔らかに……」
「ははは、悪いけどレイテッドくん相手に手は抜けないよ? 速さと重さは割と相性悪いからね。」
ミラちゃん――というかみんなから……今までの仕返しというか、オレがどれだけヤ、ヤラシーことをしでかしてきたかという事を身をもって体験するという……恐ろしいようなキ、キモチイイような――いやいや、わ、忘れるんだ! ある意味今までの何よりもトンデモナイ出来事だったアレを……そ、そうだとも、まだランク戦だぞロイド! シュウチュウ……するのだ……でも……ああぁぁ……
「バ、バタバタ……うっさい、わよ……」
「ご、ごめん……」
部屋を真ん中で分けるカーテン……ここ最近は使わないことも多い――ノダケド、あ、あんな……アレの後なので今日はカーテンを閉じていて……その向こうからエリルの文句が飛んできた。
夜……というか夜中。みんなからの逆襲を受けてヘロヘロになりながらもどうにかこうにかご飯を……食べたというか食べさせてもらった――オレは未だに女の子の姿で……ミラちゃんは一晩すれば戻りますよと言っていたから……疲れもあるし、とりあえず寝ようとしている。
……し、しかし全身に残るみんなの……色んなカンショクが頭の中をピンク色に染めてさっきの光景を無駄に鮮明に呼び起こし、全く眠れずにベッドの上でジタバタしている……身体が女の子なのだからそういうことへの感情も女の子になっていればこんなに……あぁぁあぁ……
「だからうっさい――ってもしかしてあんた……あの犬の言ってたこと聞いて……ね、寝ないつもりなわけ……?」
そろりと、カーテンの隙間からムスっとした顔がオレを覗く。ノクターンモード自体は解除されているけれど、ミラちゃんの言った通り女の子の身体だとそもそもの吸血鬼性が上がるようで、半分……いや、六、七割のノクターンモードという感じなので……暗い部屋でもひょっこりとこっちを見ているかわいいエリルが良く見える。
「そ、そういうわけじゃないけど……エ、エリルたちがアンナコトする――からだぞ……!」
「……! あ、あんたが……あたし……とかにしたこと、じゃない……」
「そ、それは……そうだけど、ミ、ミラちゃんやローゼルさんたちは、い、いつもあんな感じ……として、エリルまで加わった時はか、かなりやばかったんだからな……」
「……なにがどうやばいのよ。」
「な、なにってそりゃあ――あ、あれ?」
「……あによ。」
ムスり具合を増しつつも顔を赤くするエリルは良いモノだけど、吸血鬼の人間離れした感覚が何かを察知した。
「なんか……学院の外――いや、これは街の外か……? えぇっと……たぶんこう、強い魔法? の気配が急に現れたんだよ。」
「吸血鬼の感覚で? なにそれ、ヤバそうなの?」
「わからない……でもヤバい可能性もあるし、一応先生とかに言っておいた方がいいかな……ミラちゃん――魔人族の人が警告してくれたとかそんな感じに言えば一応の説得力もあるし。」
「つまりルビルに言うって事よね……こんな時間にいるのかしら。」
「んまぁ、他の先生でも何も言わないよりは……そうだ、それにランク戦の警備に来てくれている騎士の人とかにも会えれば――」
「ちょっと待ちなさいよ、バカ。寝間着で行く気? ホントにヤバかった場合を考えて運動着くらいには着替えるわよ。」
「お、おう、それもそうだな……冷静だな、エリル。」
「……あんたに会ってからどんだけバカみたいな事件に遭遇してきたと思ってんのよ。」
ささっと運動着……というかジャージに着替えたオレとエリルは寮を出て校舎に向かう。寮長さん――オレガノさんに見つからずにというか捕まらずに済んだのは幸いだったけど……いや、それよりも夜の学校って話に聞く通り怖――
「んお、大将じゃねーか!」
――いなぁと思っていたところにバカでかい声が聞こえてきて心臓が口から出るかと思った。
「フィ、フィリウス……こんな時間に何やってんだ?」
「だっはっは、そりゃこっちのセリフだ! せっかく部屋で水入らずにちちくりあえるってのにわざわざ外に出るたぁマニアックだな!」
「ち――な、なに考えてんだ、そ、そんなわけないだろ! で、でもここでフィリウスに会えたのはラッキーだった。」
当然オレの吸血鬼性の事も知っているフィリウスにはそのまま話すことができるから――ってちょっと待てよ……
「……その前にフィリウス、よくオレが……オレってわかったな……」
女装した時の姿に似ているとは言えいきなりこれで来たらわからないだろう……
「だっはっは、俺様をなめてもらっちゃ困るぞ、大将! 姿勢や動きから個人を特定するってのは――」
と、そこまで言ってフィリウスがある方向――オレが魔法の気配を感じた方を向いた。同時にオレも、さっきまでとは違う気配を覚える。
「――なるほど、大将が夜中にお嬢ちゃんとランデブーしてたのはこれが理由か!」
「だから違う……なんかこう、凄そうな魔法の気配がして……」
「俺様は今気づいたが、大将の感覚的にどうだ!?」
「今は……何かが開いて中身がこぼれるみたいな……そんな感じだ。」
「だっはっは、そりゃヤバいな! 悪いが大将、その感覚をあてにしたい! 場合によっちゃお嬢ちゃんがいた方がいいかもしれんし、二人とも一緒に来てくれるか!」
「あたしも……?」
「なんだ、愛し合う二人を分けた方がいいか? だっはっは!」
「あはは、時間的には昨日の明日だけど夜中にやるのって効果が薄いんじゃないの?」
「カムフラージュとしてはそうですが、主目的としてはそれほど問題ありません。担当の者たちが少しだけ作業しにくいという事はありますが。」
田舎者の青年らの学校であるセイリオス学院のある街、ラパン。その外側に広がる草原を走る多くの影。それは真夜中に狩りを行う獣ではなく、剣や銃で武装した大勢の人間。誰一人として明かりを持っていないというのに、全員が真っすぐにラパンへ向かって走っている。
人によっては雄叫びをあげながら走っているのだが、何故かその声はおろか走る音すら聞こえず、ただ黒い波となって街を囲んでいる塀へ向かって全方位から迫っていく。毒か何かが地面を侵食していくかのような光景に、しかし突如として光があてられた。
『本来であればまずは警告などから始めるが、それだけの規模で来られては対応しきれない。先に行動不能にさせてもらう。』
街を中心とした半径数キロの範囲内に響く、しかし街の中は静寂を保ったままのその言葉と共に、光に照らされた影――大量の武装した襲撃者たちへの迎撃が始まった。
「『光帝』……に加えて名立たる騎士が勢ぞろいですね。それではこちらも見劣りしないように出撃としましょう。お願いできますか?」
「いいよー。」
ラパンの街の周囲で始まった大規模な戦いをかなり離れた所で眺めていた白い仮面の人物が何かを頼むと、横に立っていたポニーテールの学生服姿の女がパチンと指を鳴らす。すると白い仮面の人物の背後に立っていた数人の姿が消えた。
「凄腕の騎士たちに勝てるのー?」
「実力的には十分可能であると思いますが今回の目的はそこではないので、問題なく勝てそうなら勝つようにお願いしています。」
「ふぅん。面白そうなのがいたらわたしも参戦するね。」
「ありがたい限りです。」
白い仮面の人物がペコリと頭を下げると、学生服姿の女は姿を消した。
「強そう、凄そうであればあるほど良いですが……過剰であるのも問題なのでこれ以上の途中参加が無い事を願います。」
騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第七章 ぐるぐる二極
ファンタジーにおいて召喚魔法はメジャーな魔法かと思いますが、呼ばれるモノらは普段何をしているのだろうというのは昔からの疑問でした。なのでこの物語における召喚はふんわりした内容になっているのですね。いつか本物は出てくるのでしょうか。
ちなみにこのタイミングで神の国の面々が登場したのは偶然です。教皇様もおばあさんもお気に入りなのでまた出てくるかと思います。
次回はランク戦の裏で動いていた悪党の騒動ですね。