予期せぬ出来事 ③
21 お姉さん
お姉さんと言っても、ボクの姉貴のことではない。
前回お話ししたエッちゃんのお姉さんの話なのである。
そのお姉さんの神対応のおかげで、ちょっと大袈裟に言えば、今のボクがあるのである。
あのときは、マジ真剣にそう思っていて、感謝しかないのである。
*
ボクは小学校のころ「そろばん」を習っていた。
自分からやりたい、と絶対に言うわけはないので、多分オカンに薦められて始めたのであろう。
それでも結構続いたのではないかと思う。
お恥ずかしい限りの○級どまりではあるが……
そのソロバン塾に、エッちゃんのお姉さんも通っていたのである。
エッちゃんも来ていたかは、定かで無い、と言うか記憶に無いのである。
そのそろばん塾をやっていたのは、いわゆる、ごく普通の一軒家だった。
庭があって、縁側(多分あった)があって、その奥に四畳半二間(これも多分そうだったと思うのである)の広さの座敷があった。
その座敷に横机を並べてきちんと正座して、ボクらはそろばんの珠を弾いていたのである。
*
そんなある日の出来事である。
それはまったくの「予期せぬ出来事」だった。
その日も、ボクはパチパチと、目の前の足し算、かけ算、割り算の数字とにらめっこしながら、珠を上や下へと弾いていた。
と突然、ボクのお腹が、緊急指令を発信していた。
直後に猛烈に、オナラがしたくなったのである。
う~我慢出来ない、どうしよう、とボクは苦悶した。
陽気な季節だったのだろう。
家の窓はどこも開けっぱなしで、反対側の窓からゆるい風が部屋を通り抜け、縁側から庭の方へ流れている。
しかもボクは、縁側に近い席に陣取っていたのである。
だったら、スカしっ屁なら、誰にも気付かれないのではないだろうか?
一瞬の判断で、ボクはそれを実行に移すことにした。
少し……ちょっと出してみた。
よし、うまくいくかも……
しかし、気を緩めたのが悪かった。
ボクの意思に反して、お腹のガスは一気に音を立てて放出されてしまったのである。
なに、今の何、と食いつくのは、やっぱり男子たちだった。
数名の男子が騒ぎだし、音のした方向を探ろうとする。
当然、その先にいるのはボクなのである。
万事休すである。
明日にでもその噂は広がり、隂で後ろ指を指されながら、オナラの家入と言われるに違いない。
「終わった、何もかも」
……と、矢吹ジョーをアッパーカットで倒した力石徹の台詞が、頭の中を駆け巡った。
しかたがない
ぼくは腹をくくって、オナラをした犯人は自分だ、と白状しようと声をあげた。
何と声をあげたのかは覚えていない。
あ~、とか、あの~、とか言ったのであろう。
でも、ボクがそこまで口に出したそのとき
「ちがうよ」
はっきりとした声が、部屋の中に響き渡ったのでした。
その場は一瞬で静まり返っていました。
ボクそっちのけで、みんなの意識が、その声に向けられました。
そして、そこにいたのは
エッちゃんのお姉さんなのでした。
*
それほどの一言であり、言葉だったのでしょう。
今、これを書きながらつらつら考えてみるに
じゃあ誰が犯人なのか? の追求もなく、珠を弾く音だけの静寂が戻ったのですから……
これが
ボクの中で一番強烈に残っている、エッちゃんのお姉さんの記憶なのです。
追伸:
そして、あのときから10年ぶりぐらいに、自動車教習所でお会いしました。
そのとき、ボクが真っ先に思い出したのが、あのときのことでした。
22 電車案内
8月のある金曜日の出来事である。
仕事が終わって会社を出て、赤羽東口の「文教堂書店」や「ブックオフ」を巡りながら時間を過ごし、20時過ぎの高崎線に乗った。
いつも通りに、吊革に掴まって文庫本を読んだ。
やがて電車は、大宮駅に着いた。
そこで、外国の人が乗ってきてボクの横に立った。
その外国の人は20代の男性で、スマホを操作しながら首を捻っていた。
すると突然
「この電車は栗橋駅にいきますか?」とその外国の人が、ボクに訊ねてきたのである。
もちろん日本語だった。
栗橋、栗橋駅は宇都宮線じゃんと思い、違いますよ!って言おうと思った瞬間、プシューとドアが閉じてしまったのである。
動き出した電車の中で、この電車は高崎線で栗橋には行かないよと説明した。
じゃあどうすれば……と外国の人は、スマホに表示されている路線図をボクに見せながら訊いてきた。
画面は英語表記だった。
外国の人は、ここです、と言いながら指で画面を示している。
スマホを覗き込みながらボクは、今乗っている電車と、乗らなければならない電車を指で教えた。
このまま次の宮原駅で降りて、一度大宮に戻ってから宇都宮線に乗り換えればOK牧場だと説明したのである。
やがて、電車は宮原駅に到着し、ドアが開いた。
二人で開いたドアの前に移動し、このホームは下り専用だから、階段を渡って向こうに見えているホームへ行くべし! と教えた。
その外国の人は「ありがとございます」と丁寧なお辞儀をして降りていった。
善行を施したボクは、これで天国へ行けると思ったのである。
これには余談がある。
大宮駅に着いた時に、ボクの前の席が空いた。
左右に女性は居なかったので……じゃあ座ろう、と思った瞬間に、その外国の人に声を掛けられたのだ。
そこから二人で、あ~でもないこ~でもない、とやっているうちに、見知らぬ若造がその席に無遠慮に座ってしまったのだった。
何だこの若造は! お前の天国への切符は無いぞと思ったのである。
*
また、別のある日の出来事だ。
その日も、ボクは赤羽駅ホームで下りの高崎線を待っていた。
待っていた電車は、東京駅を経由するいつもの上野東京ラインではなく、新宿池袋を経由してやってくる湘南新宿ラインだった。
そこに背後の反対のホームに上り電車が入ってきて、そこから一人の外国の人が降りてきたのだった。
でも、ボクは下り電車の方を向いて本を読んでいたので、確実とは言えないが、多分上りの湘南新宿ラインから降りてきたのだと思うのだ。
すると、その外国の人がいきなり、もしもし、とボクに声を掛けてきた。
振り返るとインド人風な男性が立っていた。
絶対にインドの人だったとは言えないが、映画やテレビで観るインドの人に似ているからそう思ったのである。
でもってそのインドの人が
「新宿へ行くには、どの電車に乗ればいいですか?」と流暢な日本語で訊いてきたのである。
あれ、確かあなたは……あなたは今、上り湘南新宿ラインから降りてきたんではなかったでしたっけ?
だったらそのまま、その電車に乗っていれば新宿に行けたのに、と思ったのだが後の祭だ。
電車はもう行っちゃったあとだったのである。
どうしょうかなぁ、このままこのホームで待っていれば新宿へ行けますよ、と教えてもあげても良かったのだが、そのインドの人にボクは
また同じ電車に乗るの、マジですか、だったら乗ってれば良かったじゃん、がっかり↓……という思いをさせたくなかった。
しかも、ホームの掲示板を見ると、次の上り電車がやって来るまでは結構な時間があったのである。
そこでボクは、隣の向かいに見える埼京線ホームを指して
「階段を下りてあそこに入ってきた電車に乗れば新宿へ行けますよ」と教えてあげたのである。
そのインドの人らしき人は、ありがとうと礼を言って階段を下りていった。
でさぁ
同じ日本人に道を訊かれたら即答出来るのに、外国の人ってなると、日本語で話し掛けられているにも関わらず、一瞬思考がストップしちゃうんのはなんでなんでしょうね……
23 パンツ丸出し
「お~い○○くん。なんか新しい情報ないの? 報告書が書けなんだけど……」
ボクは同じ営業の課員である○○くんに声を掛けた。
すると
「無いです。今、忙しいっス」と、けんもほろろな対応をされてしまった。
ボクは諦めずに、△△くんにも、声を掛けてみた。
しかし帰ってきた返事は○○くんと同じだった。
次の○△くんは
「この前のがあるじゃないッスか」と言ってきた。
ボクは
「その前って言っても、あれは先月じゃんかよ。もう書いた」と返した。
とまぁ……こんな課員とのやり取りが、月末になるとやってくるのだ。
まったくネタが無い。
ああ駄目だ、とボクは席を立った。
気分転換に散歩に出ることにしたのである。
きちんと業務用PCに離席を入力したのはいうまでもない。
でもほんとは散歩じゃないんだ。
歩いてほんの5分くらいの、明治通りを渡った先の、グループ会社に向かうのである。
各階の各部署を「こんちわー」と訪問して、そこで取り留めの無い話をしながら報告書へのヒントを探すのである。
あれは……
そんな月末の、ある夏の日の出来事だった。
*
グループ会社からの情報収集が不発に終わり、トボトボと家路(会社)に向かうため、明治通りで信号待ちをしていたときだった。
信号が青に変わるやいなや、後ろから20歳代の女性がスタスタとボクを追い抜いて行ったのである。
たぶん王子駅に向かっているのであろう。
その女性の後ろ姿を見て、ボクは驚愕した。
一瞬、何かと思った。
そ、その女性は……パンツ丸出しだったのである。
ワンピースの裾がパンツのゴムに引っ掛かり、後ろ下半身丸出しとなっているのだ。
トイレにしゃがんでパンツを引き上げるとき、ゴムにワンピースの裾が巻き込まれたのだろう。
呆然と立ち竦むボク。
女性は、どんどん遠ざかってゆく。
どうする、どうする?
悩んだのは一瞬だった。
ボクはその女性を追いかけたのである。
「もしもし、もしもし……」
追いかけながら、後ろから声を掛ける。
が、その女性は振り向かない。
イアフォンで音楽を聞いているからだ。
ボクは仕方なく女性の横に並び、左腕を軽く叩いた。
大げさに、本当に大げさにビクっと反応されてしまった。
そして
「何なの」「何なのよう」「近づかないで」みたいな顔でボクを睨みつけたのである。
ボクは申し訳なさそうに、彼女のお尻を指さした。
それで彼女は、ようやく自分のあられもない姿に気付いたのである。
ボクは、裾を直す姿を見ないようにしながら彼女から遠ざかった。
もう充分拝見させていただきましたから……
お前ねェ、ボクが教えてやんなきゃ、パンツ丸出しで王子駅のホームに立つことになったんだぞ。
みんなにパンツお披露目だったんだぞ!
……て、ボクは女性は勝手に電車に乗ると思っていたのである。
これが夏でなく冬だったら、尻がスースーして自分で気づいたと思うのである。
*
その予期せぬ出来事を、会社に戻って事務の女性たちにすると……
「わたしは、教えてくれてありがとう」
「わたしは、教えてくれなかったほうが良かったわ」
の二通りの返事が返って来た。
その中に、彼女自身が、自分で気づいて自分で直す。
そうすれば、誰も見ていなかっンだと自分を納得させることが出来るからだ……と意見があった。
男たちの意見は論外で
「そりゃ言っちゃ駄目だよ」「何故?」「ずっと見ていたいから」
まぁ分からんでもないのだが……
24 木曜日と金曜日
今日は、2026年7月17日の金曜日だ。
そして、今からするお話は、2020年12月3日(木)と翌4日(金)の出来事である。
じゃあまずは木曜日から始めよう……
*
赤羽駅から20時過ぎの高崎線に乗った。
正確には20時11分である。
電車に乗ると、いつものように鞄から文庫本を出して読み始るボクだった。
浦和駅で前の席が空いた。
半径1メートル以内に女性の姿がなかったので、自分で座ることにした。
やがて大宮駅を過ぎ、ボクが降りる最寄り駅まで、あと二つという所まで来たとき、電車が急に停まってしまったのである。
電車は大きく揺れて止まった。
しばらくして、車掌さんのアナウンスがあった。
運転手が走行中に異音を感じたので停まったということだった。
車掌さん曰く
「これから運転手が線路に降りて、異音の原因を調べます。状況が分かり次第、またお知らせいたします」ということだった。
まぁ異音って言っても大したこと無いだろう。
それでも電車を停めるんだから、日本の安全対策の徹底は凄いなぁと思って、ボクはまた文庫本に目を落とした。
そのとき読んでいた文庫本を、ボクはあと少しで読み終えるところまできていた。
でもボクが降りる駅に到着するまでには読み終わらない量で、明日一日もつ量でもなかったのである。
あと少しのところまで読んだら、残りはベッドの中で最後まで読もう、そして明日からは新しい本にしよう、何を読もうかな……と考えていると
「だだいま運転手が、進行方向右側の前から半分の調査が終わりました」とアナウンスが始まったのである。
車両は15両だったから、調査が終わるまでは、まだまだ時間が掛かりそうである。
そして
「状況を説明いたしますと、狸とぶつかったようです」と教えてくれた。
ほへェ~、狸とぶつかったのかよ。
ボクが住んでいる街(都会?)でも、狸は珍しくない。
家と駅の丁度真ん中あたりのセブンでは、朝の早い時間や夜遅い時間に、店の外に置いてあったゴミ箱を漁っている狸の姿を何度か見たことがある。
今ではゴミ箱を店の中に設置するようになって、その姿は見掛けなくはなったが……
そのセブンの裏には、ちょっとした竹藪があって、多分そこに住んでいるのだろう……とボクは勝手に思っている。
なんせ東京の代々木公園や明治神宮の森などにも住んでいるのだから、ボクん家(ち)の周辺なんて、狸にとってパラダイスなんじゃないの?と思うのである。
そんなこんなで、全車両の確認が終わるまで20分ほど掛かってしまったのである。
おかげでボクは、文庫本を読み切ることができ、その後降りるまで向かいの車窓からの街の明かりを楽しんだのでした。
*
2020年12月4日(金)
やっと金曜日である。
早々に仕事を切り上げ、赤羽で京浜東北線を降りて改札へ向かった。
もちろんマクドに向かうためである。
仕事柄アップルのマッキントッシュパソコン(マック)を使っていたので、マクドナルドはどうしてもマクドと言ってしまうボクなのです。
仕事の後のマクドはボクの憩いの場所で、そこで珈琲を啜(すす)りながらこうやって今日の出来事を綴(づづ)ったり、物語を考えたりしているのだ。
だから上記の〝狸事件〟もこれからする話も、正確な日にちがしっかりと分かるのである。
話を戻そう……
その赤羽駅ナカには本屋があるのだが、今日はお客さんがレジ待ちで長い行列を作っていたのである。
「なんだそれ、何かあったのか?」とその横を通りながら、お客さんが手に持っている本を覗き見てみると
ほぼ全員が「鬼滅の刃」の最終巻を手にしてレジに並んでいたのである。
もうすぐ発売になるよ、と話は聞いていたので……そうか今日だったのか、と思いながら改札を出て西口のマクドに向かった。
珈琲を買い、2階席で指を動かしていると、ボクのテーブルの近くに小学生の娘と母ちゃんがやって来た。
なにげに見ると、娘は「鬼滅の刃」を手にしていたのである。
父ちゃんには内緒で、母ちゃんと楽しいマクドなのであろう。
母ちゃんは「食べる時は読むのは止めなさい」と娘に何度も注意しているが、娘はポテトを口に運びながら、注意なんて完全無視で夢中になって最終巻を読んでいる。
やがて娘が読み終わった。
すると今度は、母ちゃんがハンバーガーを口にしながら読み耽っているではないか――
さすが母娘だ。
似たもの同士なのね……と思っちゃったボクでした。
25 桃太郎
最初に断っておきます。
今回のエッセイは、エッセイと言って良いものかどうかも疑問ですが……
これは、ボクが〝見聞きしたお話〟と、それを波及させて想像を膨らませて書いたものです。
聞いたことがあるよ、知ってるよ……という方も、多分いると思います。
それでも、何も考えずに読んでいただいて、クスっと笑っていただければ嬉しいのですが――
それでは「桃太郎」の始まり始まり……
その①
昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。
ある日、お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
お婆さんが川で洗濯をしていると、川上の方から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。
お婆さんはその桃を家へ持ち帰りました。
そしてお爺さんがその桃を斬ると、中から子供が出てきました。
桃から産まれたので、桃太郎と名付けました……
とまぁこれはオリジナルの話です。
そこでふと疑問が持ち上がったのです。
何でお爺さんは山で柴を刈るのだろう?
調べてみました。
柴は小さな雑木のことで、山へ柴刈りに……とは、低木を刈ったり、枯れ枝を薪として利用するために拾い集めたりして、山の雑木林の手入れをすることなのだそうです。
昔の人々にとって山の雑木林は、腐葉土、木の実、茸類、炭の材料、獣の棲家など……生活に密着したかけがえのない資源だったということなのです。
山の手入れを怠れば、恵みを受け取ることが出来なくなる、と考えていたのだそうです。
その②
お婆さんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。
でもお婆さんは洗濯に夢中で、桃が流れてきているのに気付きませんでした。
そして桃は、そのまま川下へ流れて行ってしまいました。
その③
お婆さんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。
お婆さんは桃に気が付きました。
「ありゃまぁ、大きな桃だがや」
でも……
「こげな大きな桃は、持って帰れねぇだがや」
お婆さんは、そのまま桃が流れてゆくのを、ただ指を咥えて見ているしかありませんでした。
その④
大きな桃がドンブラコドンブラコと流れています。
でも今日は洗濯の日じゃなかったので、お婆さんは川に行きませんでした。
その⑤
大きな桃がドンブラコドンブラコと流れています。
でも今日は洗濯物が山ほどあったので、重くて川に到着するのが遅くなってしまったのでした。
お婆さんが川に着いたときには、桃は既に流れて行ってしまった後でした。
その⑥
大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきません。
何故なら山の奥の動物たち、猿や雉や野良犬が先に見付けて食べてしまったからでした。
その⑦
お婆さんは、家へ桃を持ち帰りました。
お爺さんとお婆さんは
「おおきな旨そうな桃だがや」
「そうだねぇ、お爺さん。どうやって食べようかねぇ」
「う~ん、どうすべぇかなぁ?」
二人で相談しましたが、美味しく食べる方法がなかなか思い浮かびません。
考えている内に、夜もとっぷりと更けてしまいました。
「今日はもう遅いから、明日かんがえるべぇ~」とお爺さんは桃を土間の奥に置きました。
何故なら部屋が狭くて、桃を置いておいておいたら、二人が横になる場所が無かったからです。
でも翌朝になると、二人は土間の奥に桃を置いていたのをすっかり忘れてしまっていました。
お爺さんとお婆さんは、かなり歳を取っていて頭も少しボケていたからです。
そして……いつしか日にちが経ち、桃は腐ってしまいました。
腐った臭いで、桃を置いていたことに気付いたのですが……
お爺さんとお婆さんは、仕方なく桃を捨ててしまいました。
その⑧
家に持ち帰った桃を、お爺さんは鉈でスパッと真っ二つにしました。
開けてみると、中の桃太郎も真っ二つになっていました。
その⑨
お婆さんが川で洗濯をしていると、また桃が流れてきました。
お婆さんは、桃を持って帰りました。
「お爺さんや、中に赤子が入っているかも知んねぇ。だから端っこを斬ったほうがいいんじゃねぇかい?」
「そうだな、そうすんべ」
「そんじゃあ爺さんや、右の方を斬ってみんしゃいよ」
お婆さんは、手で桃を斬る位置を示しながら言いました。
そのとき桃太郎は、お爺さんとお婆さんの会話を桃の中から聞いていました。
(右側を斬るって言ってたから、おいらは左に寄って鉈を躱すべ)
もう少し時間があれば、桃太郎もよ~く考えることが出来たのですが、斬られちゃ堪らんと慌てて左側に寄ってしまっていたのでした。
でも、お爺さんから見て桃の右側は、中の桃太郎から見れば左側だったのです。
桃太郎が気付いた時には、すでに後の祭りでした。
その⑩
「これからお爺さんが右側を斬るから、おみゃーから見て右側に寄るんだよ」
お婆さんは桃をコンコンと叩きながら中の赤子に話し掛けています。
すると中からもコンコンと返事が返ってきました。
「お爺さんや、中から返事があっただがや」
お婆さんはお爺さんに言いました。
「よっしゃ分かった。そんじゃぁ~」
でもお爺さんが鉈を手にして立った位置は、中の桃太郎の正面では無かったのです。
丁度90度回った位置に立っていたのでした。
桃太郎は真っ二つになってしまいました。
*
まぁ考えたら、色々なバージョンが出てきます。
お爺さんは山奥で柴を刈って帰ってきたばっかりで、ヘトヘトに疲れていました。
重い鉈を持ち上げて、今まさに振り下ろそうとした時、足がもつれてしまい、桃太郎が寄っていた方に鉈を振り下ろしてしまいました。
他に、桃の中一杯に桃太郎が入っているので、何処にも逃げる場所がありませんでした、とか……
その⑪
桃太郎はすくすくと育ちました。
身体が大きくなるにつれ、その食欲たるや……半端ではありませんでした。
結局、桃太郎は裕福な家庭に養子に出されてしまいました。
その先で桃太郎はなに不自由なく暮らしました。
だから鬼ヶ島へ鬼退治にゆくなんて……そんな危険なことをすることなど全く考えてもいなかったし、義理の両親も、鬼退治に行きなさい、と強制することも無かったのでした。
その⑫
桃太郎は、おばあさんから渡されたきび団子を持って、鬼ヶ島へ鬼を退治に出発しました。
でも数日もしないうちに、桃太郎は帰って来てしまったのです。
「桃太郎や、えりゃ~早く帰って来たでねぇか」とお婆さん。
見ると、桃太郎は手ぶらです。
「で、桃太郎や、お宝は……」とお爺さん。
「じつは……」
桃太郎は方向音痴で、鬼ヶ島へ行くことが出来なかったのでした。
その⑬
桃太郎は、きび団子を持って鬼ヶ島へ鬼を退治に出発しました。
でも、待てど暮らせど桃太郎が帰ってきません。
どうしたのでしょう?
桃太郎は犬猿雉に、きび団子をあげるから一緒に鬼ヶ島へ鬼を退治にゆこう、と誘ったのですが……
「きび団子だけで鬼退治ぃ~。しかもきび団子好きじゃねぇし」とみんなから断られてしまっていたのでした。
仕方なく桃太郎は、鬼ヶ島へ一人で鬼退治に向かったのですが多勢に無勢、あっというまに鬼たちに囲まれてやられてしまったのでした。
その⑭
桃太郎は、きび団子を持って鬼ヶ島へ鬼を退治に出発しました。
でも犬猿雉に出会う前に、持っていたきび団子を一人で全部食べてしまっていました。
「無報酬で鬼退治にゆく義理なんてねぇし……」と同行を断られ、桃太郎は仕方なく一人で鬼退治にゆくことにしました。
結果は……その⑬と同じになりました。
その⑮
犬猿雉を連れて、船に乗って鬼ヶ島へ向かったまでは良かったのですが、途中で嵐に遭遇してしまい、船は転覆していまいました。
唯一空を飛べる雉だけが助かりましたが
「オレ一人で鬼退治は絶対無理!」と帰ることにしました。
でも、嵐の中を無理に帰ろうとしたので、途中で雷に打たれて、雉も死んでしまいました。
その⑯
鬼を退治した桃太郎たちでしたが、すでに鬼たちは財宝を使い果たしており、全然残っていませんでした。
怒った桃太郎たちは、鬼たちを全員殺してしまいました。
その⑰
桃太郎は鬼を退治し、たくさんの宝を持って一人で村へ帰ろうとしました。
でも待てよ……
何で帰らなきゃならないんだ? こんだけ苦労して鬼退治して、宝を持ち帰って、オレに何の得があるんだ……
爺さん婆さんは、芝刈ったり洗濯したりしながら、オレが帰るのを待ってるだけじゃねぇか。
帰るのや~めた。
そして桃太郎たちは、カジノで豪遊した挙げ句にスッカラカンになってしまいました。
帰る旅費もありませんでした。
その⑱
鬼ヶ島に到着した桃太郎たちは、鬼たちに歓迎され、そこで一生暮らすことにしました。
その⑲
桃太郎は、鬼ヶ島からたくさんの宝物を持ち帰りました。
お爺さんお婆さん、そして村の人々は大喜びです。
みんなで桃太郎を囲んで、彼の活躍を褒め称えています。
「鬼たちはどうしたんじゃ」
村長が訊きました。
「はい、皆殺しにしました」
皆殺し、そりゃ残酷なことをしたもんじゃ。
二度と村を襲わないように、キツくお灸をすえるだけでも良かったのに……と想いましたが
「これでもう、村が襲われることが無くなる。良かった良かった」と村長は、心とは裏腹に微妙な笑みを浮かべています。
「やっと貧乏から抜け出せるぞ」と村の誰かが言いました。
「ありがとう桃太郎、ありがとう」
お爺さんとお婆さんも、泣いて喜んでいます。
そのとき
ちいさな女の子が、宝の中から金の髪飾りを手に取りました。
「きれい~」
そう言って、自分の髪に刺して踊っています。
それを見た他の子供たちも宝を漁り始め、それぞれ好きな物を手にしだしました。
それを見た桃太郎は
「お前ら、触るんじゃねぇ」
村中に響くほどの大声を出して、子供たちを叱り付けました。
子供たちも、そして大人たちも一瞬凍ったように動きを止めて、あっけに取られて桃太郎を見ています。
「まぁまぁ桃太郎や、小さな宝のひとつやふたつ、いいではないか」
お婆さんは桃太郎をなだめようと、優しく声を掛けました。
「そうだよ、桃太郎。お宝はみんなで分けあえば、村が裕福になるのじゃから。そうしたらみんなが幸せになれるんじゃ」
お爺さんも言いました。
その言葉を聴いた瞬間、桃太郎の目が釣り上がりました。
「みんなの宝~ぁ?」
ねめつけるような目で、お爺さんを睨み上げます。
「何言ってんだ爺ぃ、これはオレが一人で鬼ヶ島へ行って、一人で鬼を退治して、やっとこさ持ち帰ったんだぞ。死ぬ思いだったんだ。だからこの宝は全部オレのもんなんだよ」
犬猿雉の助けを借りたことは言いませんでした。
村人は誰もそのことを知らないのですから……
「おどりゃあ~そこの糞ガキども、さっさと宝を元あった場所に戻すんだ」
「まぁ、まぁ桃太郎……」
お爺さんが、桃太郎をいさめるように、彼の肩に手を伸ばしました。
そのとき、桃太郎は腰に差していた刀を一瞬で抜き放ち、お爺さんの手を下から上へ叩っ斬っていました。
その返す刀で、近くにいた村長の頭をかち割っていました。
そして桃太郎は、訳のわからない大声を発しながら村人たちに襲い掛かっていったのです。
鬼退治が出来るほどの腕前を持つ桃太郎です。
逃げ惑う村人たちは、為す術なく次々と斬られて、倒れてゆきます。
あの犬や猿や雉どもも分け前を寄こせって言いやがった。
きび団子をやったろうが、お前らにはそれで充分なんだよ。
それでも、分け前を寄こせって言うから叩っ斬ってやったんだ。
雄叫びを上げながら、村人たちを襲います。
腰を抜かして、地べたにへたり込んでいたお婆さんは見てしまいました。
桃太郎の額から、大きな二本の角が生えているのを……
*
てなことで、とりとめの無い桃太郎のお話でした。
おっともうひとつ、多分これは落語の小話だったような……
その⑳
お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯にゆきました。
川で洗濯をしている時、お婆さんはぷ~うとオナラをしてしまいました。
お爺さんは、芝を刈らずに草(臭)かった。
26 7月の出来事
その①
7月1日(木)
その日は雨だった。
ちょっと強めの雨の中、会社までの道のり……まぁ、だいたい10分弱をボクは急ぎ足で歩いていた。
なぜなら、トイレ(大)にいきたかったからだ。
早く、早く……と差した傘の柄を強く握り締めながら足を運んでいると、駅と会社のだいたい真ん中くらいの所にある「コーセー化粧品」の専門学校のところで、ボクは Suica を拾ってしまったのである。
水溜まりにはまって靴を濡らさないように、下を向いて歩いていたから気付いたのだ。
Suica は、チャックの付いたパスケースに入っていた。
持ち主は女性で、通勤用だった。
王子駅から東大宮の区間で、有効期限は11月までで7万円?(大体このくらいの金額だった)と印字してあった。
迷った。
小物を入れられる部分に、持ち主の連絡先が分かる物が入っているかもしれないと思ったからだ。
でも、女性物だし中を見るのはなぁ~と迷ったのである。
うう、トイレ行きてぇ。
意を決したボクは「ご免なさい」をして中を確認した。
しかし中は……女性専用の鎮痛剤がたくさん入っているだけで、連絡できる手掛かりのような物は全く入っていなかった。
どうしよう?
会社が終わってから帰る途中に駅へ持ってゆくって作戦が一番楽なんだけど……
でも本人は、Suica が無いって気付いたら慌てるだろうしなぁ~。
だからなるべく早く届けた方がいいとは思うのだが、如何せんこちらにも外せない事情があるし……うう、トイレ。
でもやっぱ、出来るだけ早く持っていってあげて、駅から連絡して貰う方がいいよな!……と最終結論に達したのである。
ちなみに Suica は、中に本人の情報が入っているので、届ければ駅から持ち主に連絡してくれるようになっているのです。
でもそこにもうひとつ、ボクの前に大きな難関が立ちはだかっていたのでした。
会社から一番近い王子駅南口改札は無人で、駅員が在中しているのは中央口と北口だけなのである。
だから拾った場所から中央口までは、ちょっとばかし距離があるのである。
それでも、南無三、と意を決したボクは駅へ向かうことにしたのでした。
長々と書いてしまったが、この間 Suica を拾って駅へ向かうまでの一歩を踏み出すのに30秒もかかっていない。
雨の中を、ボクはさらに速度を上げて中央口へ行き
「すいません、コーセーの前に落ちてました」と言って、パスケースを駅員に渡したのである。
それだけ言って、会社へ一直線。
お気に入りの音楽で気を紛らわしながら、走りはしなかったけど(走るとかえってお尻に刺激が……)急ぎ足で会社へ行ってIDカードで打刻して、2階のトイレへ滑り込んだのでした。
セーフでした。
自分の身を犠牲にしてまで善行を施したのだから、絶対いいことがあるに違いないと思って、ボクは一日を過ごしました。
でも結局、その日は何も起きてくれなかったのでした。
その②
7月9日(金)
会社帰りの高崎線での出来事です。
仕事終わりの毎週金曜日は、ボクの赤羽駅周辺散歩の日で、その日も街中ブラブラして、最後に本屋をひやかして高崎線に乗ったのでした。
ボクは、横並びの座席例の真ん中くらいに立って、文庫本を開いて読んでいました。
ボクの左隣には20代の女性が並んで立っていました。
でもしばらくすると……
その女性が少しずつ、ボクの方へ寄ってくるではないですか。
電車の揺れで、身体がこちらに傾いたわけではありません。
明らかにボクの方へ、少しずつにじり寄ってきているのです。
そして終いには、身体がくっ付きそうなほどの距離になっていたのです。
右に少し移動しようと思いましたが、右にはムッサイおっさんが退路を塞いでいます。
おっさんか? 若い女性か? 身体を寄せ合うなら若い女性の方がいいに決まっています。
(お嬢さん、そんなにくっつかないでください)と思いながら、表情は文庫本を読むフリをしています。
(駄目、駄目です。ボクには〝想い人〟がいます)と妄想しながら彼女の方へ顔を向けると……
その彼女の向こうに男の人が立っているのが目に留まりました。
男性は外国の人でした。
その外国の人も礼儀正しく、別に悪さをしようと電車に乗っているわけでは無かったのですが、その男性の纏(まと)っている香水が、ちょっと強烈だったのです。
電車に乗ったときから、なにか臭うなぁとは思っていたのですが……
ボクは、それでかぁ~、と思いました。
*
外国の人が次の駅で降りると、女性はボクから、あっけなく離れていってしまいました。
さようなら……
そしてまた、その次の駅では彼女の前の席が空き、彼女は座りました。
でもボクの前の席は空かずに、結局ボクは、自分が下りる駅まで、ず~と立ったままだったのでした。
その③
7月12日(月)
これも帰りの高崎線での出来事である。
東京方面からの電車は前、池袋新宿方面からの電車は後ろが、比較的空いている。
そして今日乗った電車は、東京方面からだったので、先頭の方の車両に乗ったボクでした。
その車両の横並び4人掛けのシートの真ん中二つに、半端なく太った30代の男女が並んで座っていました。
二人とも、気持ちよさそうに眠っています。
その両端に座っている二人は、とっても窮屈そうにしていましたが、そんなのお構いなしに、ダランと身体の力を抜いて眠っていました。
ボクは、その太った女性の前に陣取って本を読んでいました。
そして、電車は大宮駅に停まりました。
すると
ボクの右側で眠っていた男性が、おもむろに立ち上がって、一人で下りてしまったではないですか……
そこでやっと、ボクは、夫婦か恋人同士だと思った男女が、実は全くの赤の他人だったことを知ったのです。
二人の寝ている姿がとてもお似合いに見えていたのですが……
結局残された女性は、ボクと同じ駅で下りたのでした。
だろう判断は良くないなぁ~、と思いました。
ただそれだけの話です。
その④
7月28日(水)
その日の夕方、京浜東北線で事故が発生した。
ちょうどボクが帰ろうかなと考えていた時間の30分ほど前である。
すぐさまネットで調べてみると、京浜東北線は上下線とも不通で、復旧の見通しは立っていないとのことだった。
しかし同時に、高崎線は遅延ではあるが動いている、という情報も得ていた。
このまま王子駅に行っても、京浜東北線が動いていないのであれば……と、ボクは尾久駅まで歩いて、そこから直接高崎線に乗ることに決めたのである。
尾久は上野と赤羽の間にあり、会社からだと歩いて15分弱の所にある駅だ。
復旧を考えて、ボクは予定の退社時間を、もう30分ほど遅らせて会社を出た。
尾久まで歩きながら、電車混んでるかなぁ? 大混みだったそん時は、もう2.3本遅らせるかなぁ~などと考えながら歩いた。
駅に着いてホームに上がると、タイミング良く高崎線が入線してきた。
しかもそんなに混んでいない。
ラッキー!!とボクは電車に飛び乗って、そのまま読書に耽った。
そこまでは良かった。
でも鉄橋を渡って埼玉に入ると、電車の窓に水滴がポツリポツリと……
(どうしよう、傘持ってきてねぇよ。降りる駅に着くまでに止んでくれないかなぁ~)と考えながら、ボクの目は本の活字と窓の外を行ったり来たりしていた。
結局、駅に着いても、雨は止んでいなかった。
(〝善意の傘〟があればそれを借りよう。でも無かったらコンビニで傘を買うしかないな)とボクは電車を下りた。
〝善意の傘〟ってのは、駅の改札を出たところにあって、急な雨で困った人が自由に借りて、後で返却する無料のレンタル傘のことだ。
「お困りの方はこの傘を使ってください。お使いになった方は後日お戻し下さるようお願いします」と貼り紙がしてある傘立てなのである。
(傘あるかなぁ~? でもこの雨だからもう無いかも)と思いながら、あまり期待しないで行ってみると……ありました。
一本だけ残っていた。
でもちっちゃ!
一本だけ残っていたのは、子供用の傘だったのです。
雨は小降りにはなっていたが、家まで20分も歩いたらずぶ濡れになるし、背中に抱えている無印リュック鞄の中のモバイルは濡らしたくないし……
決断は早かった。
ボクはお借りします、と箱に礼を言って、ちっちゃい傘を持って外に出たのでした。
駅前の明るい場所は傘を差さずに急ぎ足で歩き、街灯だけの薄暗い場所まで行ってから、ボクは傘を開きました。
そして声を出して笑ってしまった。
ボクが借りた子供用傘には、ムーミンの絵がプリントしてあったからだ。
ムーミンやら、スナフキンやら、ミーやら……ムーミン谷の仲間たちが傘の中ではしゃいでいるではないですか。
嬉しくなったボクは
♪ねぇムーミン、こっち向いて♪ って唄いながら、ボクは雨の夜道を家まで歩いた。
※嘘です! ムーミンを唄いながら帰ったのは本当のことではありません。
でも、このちっちゃな傘のお陰で、身体も鞄も濡れなかったし、言うこと無しのムーミンだったのでした。
翌朝、綺麗に畳んで善意の傘立てに戻しておいたのは言うまでもありません。
その⑤
7月?日(?)
その出来事に遭遇したのは、何日だったかは覚えていない。
でも晴れていたので、梅雨が明けた後の出来事だったのは確かである。
*
その日もいつも通りの朝で、ボクは王子マクドで珈琲を楽しみながら、出来事や思い立ったことをモバイルに綴った後に店を出た。
会社へ向かう道の途中に、駅前のロータリーがある。
そこに一台の自家用車が停まっていた。
自家用車は後部座席のドアが開いていて、女性が中に上半身だけを入れて何かやっていた。
荷物の整理でもやっているのだろう。
ボクは、その横を通った。
ここで、あえて言わせてもらうことにする。
その女性の横を通ったのは、決して故意ではない。
いつも通りのボクの通勤路であるロータリーに、たまたまその女性の車が停まっていただけなのである。
そんでもって、この「予期せぬ出来事」を読み続けてくれている読者の方は、もう大体想像がついているはずである。
女性はボクに、半尻を見せてくれたのでした。
見せていただきました。
ご馳走さまでした。
丈の短いシャツにショートパンツ履いて、思いっ切り前屈みになれば、お尻から背中まで見えるのは当たり前なのです。
そうかこれが、その①のご褒美だったなのか……
27 赤羽駅ナカ物語
ボクが仕事の行き帰りに通っていた赤羽駅ナカには、さまざまな店が並んでいる。
蕎麦屋、拉麺屋、パスタ屋、カレー屋、丼屋、コンビニ、ケーキ屋など、数え切れないほどの食べ物屋以外にも、本屋や雑貨屋、洋品店などのお店が軒を並べている。
その店の中には、駅ナカ定番の〝ベッ○ス珈琲〟も当然あるのである。
そんなある日の、赤羽駅ナカ物語である。
*
会社帰りのボクは、王子駅から乗った京浜東北線のホーム階段を降りて、高崎線に乗り換えるために、いつものルートで、ベッ○ス珈琲の前を通ったんだ。
店は、周囲がガラス張りになっていて、歩いている構内通路からも店の中が覗けて、混み具合が分かるようになっている。
……いつも込んでいる記憶ばかりだ。
そしてその日は、20代の女性が、通路側カウンター席に座っているのが目に止まった。
仕事帰りの息抜きで、ちょっと珈琲でも……と立ち寄ったのだろう。
彼女は、自分の膝の上に乗せた鞄に身体を預け、カウンターテーブルに回した手には、右にスマホ、左にストロー付きドリンクを握っていた。
ここまでなら、どこででも見掛けるありふれた光景だ、と誰もが思うだろう。
でも……今日は違った。
ボクは、その見知らぬ彼女の姿に、目が釘付けになってしまったのである。
彼女は眠っていた。
よっぽど疲れていたのだろう。
加えて、一日の仕事を終え、気持ちが緩んでいたのだと思う……
見ると彼女の口からは、ドリンクと同じ色の〝涎〟が垂れていたのでした。
帰宅時間の、大勢の人たちが行き交う通路に顔を向けて……気持ちよさそうな寝顔だった。
起こしてやることも出来ずに、彼女を横目で眺めながら、その前を足早に通り過ぎたボクでした。
*
あと、こんなこともあった。
あれは確か202X年11月24日、水曜日のことだ。
朝、いつもの時間に高崎線を降り、京浜東北線に乗り換えようとしていたときだった。
歩いているのは、いつものベッ○ス珈琲のある通路である。
朝から店は混んでいる。
モーニングセットを急いで頬張っているお客さんたちをよく目にする。
その丁度真向かいに女子公衆トイレがあるんだ。
今度もまた、ボクの目は惹きつけられたって言うか、またも釘付けになってしまったのである。
その日だけ、女子トイレの入口から女性たちが溢れ出て、通路まではみ出して長蛇の列を作っていたんだ。
これにはさすがにビックリした。
「おっ、何だ?」て声をあげる人もいた。
毎日こんな長蛇の列だったのかなぁ? 気付かなかったなぁ、と……ボクは思った。
でもって、翌日の同じ時間に注意してみると、溢れている人はぜんぜん居なかったのである。
つらつら考えてみるに、前日は個室の何個かが故障していたのではないかと推測したボクなのである。
普段の何気ない一日でも、色んなことが起こっているんだ、面白いなぁ~と思うボクなのである。
……とこうやって文字起こしをしながら
赤羽駅ナカのエピソードって、シリーズ化出来んじゃね? と思ったのでした。
28 補聴器
ある冬の日の出来事である。
ボクは赤羽駅から、いつも通りの6時57分発の京浜東北線の上りに乗った。
昨日はこっちだったから、今日はこの辺のにしようか?……みたいに、ボクはその日の気分で車両を換えている。
王子駅はふたつ先なので、サッと降りれるように、ボクは扉の近くに陣取った。
これはいつも通りである。
その扉の角に、女子校生が立っていた。
コート襟から見えているのはセーラー服で白いラインが3本入っていた。
別に覗いたわけじゃないよ。
ボクからは、女子高生の左の横顔が見えている。
そして彼女は、耳に何か着けていた。
ワイヤレスのイヤホンかと思ったんだが、そうでは無かった。
何故か注意を惹かれて目を懲らすと、彼女が着けていたのは補聴器だったんだ。
耳の穴全体を塞ぐ構造で、そこから耳の後ろの方に線が走っていてそこに本体がある、ごく普通の耳に掛けるタイプの補聴器だった。
そんでもって最近の補聴器は、小さくて目立たないタイプの物もあるみたいだけど、彼女のは〝これぞ補聴器〟ってやつだった。
そして彼女は、その補聴器を飾っていたんだ。
穴を塞ぐ部分と本体に、キラキラとした細かなシールを貼って自分好みにデコレートしていたんだ。
カッケー!
耳が聴こえにくいってことは、彼女にとってはハンデでも何でも無いんだ……とボクは感じ入ってしまったのです。
彼女は、プリントを出して読んでいた。
チラ見だけど、学校行事のプリントだった。
そんな彼女が、とっても素敵に見えました。
王子駅で下りるときボクは、彼女とすれ違いざま、それって凄くいいよ、と心の中で言いました。
会社に着くなり、早々に検索したら、市販でもカラフルなヤツが一杯出ていて、ちょっとビックリしたのでした。
そしてボク自身、オレの頭って堅ぇなぁ……と思ったのでした。
29 お勉強
仕事帰り。
王子駅から下りの京浜東北線に乗った。
あるテレビ番組で、北区王子の特集を見るまで、ボクはまったく知らんかったのだが
王子にはJR京浜東北線や東京メトロ南北線が走っていてアクセスが良いことから、沢山の高校が集まっているのだそうだ。
で、話は戻って……
乗ったボクの後ろから、二人の女子高生も乗ってきたのである。
制服が違うから、お互いに知らない者どうしだ。
乗るやいなや、奥の一人は鞄からタブレットを取り出し、ペンを走らせながら勉強を始めた。
こちら側は?と目を向けると、スマホの動画を見ていた。
だが、おもむろにスマホを仕舞うと、鞄から参考書を出して広げた。
*
次の東十条駅で、プロレスラーみたいな体格の外国の人が乗ってきた。
彼はイアフォンをして、スマホを見ている。
スマホの画面が目に入った。
映画を観ている。
洋画で恐怖映画だった。
でも、日本語字幕を出して観ているのである。
きっと、英語を聞きながら、字幕で日本語の勉強をしている
……と勝手に、だろう判断したボクです。
女子高生と外国人さん
三人とも、お勉強頑張ってください。
*
これを読んでくれている方は
書店やスーパーに、DVDを飾って売っている回転式のタワーラックを見たことがあるだろうか?
今回の最後の出来事は、そのDVDの話である。
ボクが住む街の駅に隣接しているスーパーでの出来事だ。
そこにもタワーラックが置いてある。
そのスーパーのタワーラックには、グレゴリー・ペックの「キリマンジャロの雪」とか、マリリンモンローの「億万長者と結婚する方法」とか、オーソン・ウェルズの「第三の男」などの古い映画を、1枚500円の値段で並べてある。
何故そんなに安いのかと言うと
パブリックドメイン(著作権が消滅し、誰でも自由に利用出来る人類の公共財産)となっているからだ。
そのラックには映画以外にも、アニメとか幼児用の英語の教材DVDも並べて入れてあるんだ。
ボクはそこで、ちょっと興味をそそられる男性に出会ったのである。
彼は、20代後半か30代の金髪の外国の人だった。
その彼が、幼児用英会話のDVDを何枚か手に取っているんだ。
どれを買おうか、迷っているようすだ。
でもどう見ても、彼に子供がいるようには思えない。
結局彼は、その中の一枚を買ったわけだが……
それって、自分で日本語の勉強をするつもりで買ったんだなきっと
と思ったボクでした。
30 金木犀のころ
10月
二階の窓を開けて、机に向かっていると、風と一緒に近くの小学校から子供たちの声が聞こえてきた。
運動会の〝練習〟をやっているのだ。
そして……思い出すことがある。
その①
男子が左、女子が右に肩を並べる。
男子が女子の肩へ、後ろから右の手を回す。
女子は肘を曲げ、男子の回された手を下から添えるように握る。
お互いの左手は、二人の前で触れ合っている。
やがて、音楽が始まる。
*
フォークダンスは、男子が女子の手を、女子が男子の手を公の場で堂々と握る、本当は強く握りしめたい、ことが出来る一大イベントなのである。
しかも、本番以上にわくわくして楽しいのが練習だ。
運動会が近付くにつれ、次第に練習時間も増えてくる。
そして、クラス単位から学年での合同練習となるのだ。
9月×日の午後の授業は、学年全体で予行練習の日。
さまざまな競技の演習をしたあと、最後はいつもフォークダンスの練習になる。
フォークダンスも重要だが、この学年練習に小躍りする男女もいるはずだ。
だって、ホニャララクラスの誰々さんや誰々くんをずっと見てられるんだよ!
ましてやフォークダンスの練習に突入したら、誰々さんや誰々くんの手に触れながら、(ああ)わずか十数秒の時間でも一緒に逢瀬を重ねることが出来るのである。
しかも、フォークダンスなんて、そんなに難しいものではない。
数回練習すれば、すぐに覚えられる。
だけれどもそれを、何度も何度も練習するんだ。
「えー、まだやるのォ~」
みんなぶつくさ言いながら、きっとこれは、先生たちの仏様のようなお心遣だと感謝していに違いないんだ。
実際ボクはそうだった。
でも、外見はみんな、ボクもそうだが、女子には興味ない……って顔をしているんだ。
逆に女子もそうだと思う。
……?と思いたい。
*
オクラホマミキサーが、チャラララララン、とグラウンドに設置してあるスピーカーから流れ、練習が始まる。
気になる相手、気持ちを寄せる異性が、少しずつ近付いて来る。
誰もが、そんな気持ちを持っている!に違いない。
でもみんな、男女ともども澄ました顔をしてるじゃないか。
内心、ドキドキワクワクしているくせに、素直じゃないんだ。
そして、一回目の練習が終了する。
その瞬間、男女の手は光の速度で離れ、気付かれないように左右に広がって、お互いの距離を作る。
そりゃ、ずっと握り合っている男女はいないわな。
ある男子は思う。
あと二人、あと二人だったのに、音楽が終わってしまった。
気になる女子が、すぐそこまで来ていたのに……
何なんだよォ~、と心の中で叫びながら、外見は平静を装う。
みんなと同じように「フォークダンスなんか」って顔をして、カッコつけて空を見上げているんだ。
*
練習の途中の休憩時間だって、ワイワイと友達連中で雑談しながら
何処で休憩しているのかな……と気になるあの娘を探して辺りを見回す。
こんな時、男子連中は好きな女子の話をしない……ボクの時代はそうだった。
マンガやテレビの、幼稚な雑談だけだ。
でも、それぞれの男子の心の中は……
チャンスだチャンス、次の休憩時間になったら思い切って
「ボクとお友だちになってください」って言うんだ!
気になるあの女子。
今までクラスが一緒になったことが無くて、一度も話したことも無いのに、気になってしょうがない娘なのだ。
どうする、どうする?
友達が喋っている昨日のテレビのことなんか、全然頭に入ってこないのである。
練習が終わり、最後の休憩時間となる。
彼はわざと、友だち連中を避け一人になった。
言うんだ。
行け、行くんだ。
ただ、友だちになってくださいって言えば良いんだ!
自分を叱咤し、意を決して彼は動いた。
鉄棒のところに目的の彼女がいる。
三人でお喋りしている。
その一人が、近づいて来る彼に目を止めた。
ねぇ……と二人に目配せする。
別にバトルをするわけではないが、三人は身構えた。
そして、彼は目的の女子の前まで来た。
二人の女子は口に手を当てて、どこか驚いた表情をしているが、それは多分演技だ。
二人は、後ろに下がって距離を取る。
彼女はうつむいたまま、前で組んだ自分の手を見つめている。
「あの~」と彼。
ほとんど聞こえない、と言っていい声だった。
彼はこれでも、精一杯の声を出しているつもりなのだ。
「はい」
彼女も返事はしてくれたが、その返事も小さかった。
…………
沈黙が続く。
その時、拡声器から休憩時間終了のアナウンスが流れた。
彼は三人に背を向けると、集合場所まで一目散に走って行ってしまった。
そして再び、フォークダンスの練習が始まった。
もうやめてくれ、と思うくらい何度も練習をさせられた。
彼女とも、手をふれあった。
彼は何も言えなかった。
*
女子はどうだ?
「今日の○男くん、カッコ良いね。あのリレー練習のとき三人も抜いちゃったんだよ」
一緒に話をしている女子が囁く。
囁かれたその女子は、たむろっている男子集団をチラ見して、耳を少し赤くする。
「ねえ、今日がチャンスだよ!」
「今日、言わなきゃ」
「そうだよ」
回りの女子たちがはやし立てる。
「え、でも……」
「もう、こんなチャンス無いよ。合同練習も今日で最後なんだよ」
「そうだよ、これが告白出来る最後のチャンスだよ」
別の女子が茶々を入れる。
すると
「そうだいいこと思い付いた」とある女子。
「え、なになに?」
ほかの女子たちが、顔をキラキラさせた。
「次は応援の練習で、最後がフォークダンスだよね」
「うん、うん」
頷く女子たち。
「♡子ちゃんが言えないなら、わたしが言ったげるよ」
「え、何を?」
「一緒に踊る機会があったら、今日の放課後。何処何処に来てって、♡子が待ってるからって……」
「それいい! いい考えじゃない」
他の女子も賛同する。
自分のことじゃなければ、何でも良いんだ。
「え、やめて。お願いだからやめて」
その女子は、照れて半分泣き顔になる。
「大丈夫だってば、○男くんだって♡子ちゃんのことまんざらでもないと思ってるよ」
「そうだよ、ほら○男くんこっち見てるよ」
からかう女子。
「ほんとに?」
彼女も意中の○男くんがいる男子グループを横目で見ると、○男はポケットに両手を入れて別の男子と一緒に笑っていた。
お友達になりたいなぁ……
彼女は、○男くんと友達になったその後の二人の展開を想像していた。
続く……
もう書けません!
その②
学年練習の日の放課後、ボクは友人のHO君に、プールの横にある中門のところで呼び止められた。
HO君は、ある女子に告白したいのだが、どうすれば良いのだろう……という相談をボクに持ち掛けてきたのだ。
「え、誰、誰なの。誰のことが好きなの」
「…………」
HO君は、なかなか口を割ろうとしかった。
ボクはしつこく食い下がった。
そしてHO君は、ようやくその女子の名を口にした。
「ΔΔさん……」
「え! え? ΔΔさん」
彼女なら知ってる。
彼女とボクは、幼稚園のころからの幼なじみだ。
「どうしたら良いんだろう?」
「どうしたらって言われても、HO君もΔΔさんのことなら良く知ってるし、ΔΔさんもHO君のことを知ってるじゃないか、今さらどうしたいの?」
「気持ちを伝えたいんだ」
「好きってこと……」
「いやそうじゃなくて、ちゃんとした友達になりたいんだ」
ちゃんとした友達?
この辺が、若かりしころの男女関係の理解に苦しむ微妙なところだ。
ボクはすでに、二人は友達同士だと思っていた。
その上ちゃんとした友達って……あの年代の少年少女でなければ、絶対に理解出来ない心と気持ちなのだろう。
その後も、HO君とボクは、あ~でもないこ~でもないと話を続けていた。
そしてその時、まったくの偶然にも、ΔΔさんがお家に帰るために、ボクらの前を通り過ぎたのである。
カチンコチンに固まってしまったHO君とボクは、遠ざかるΔΔさんの背中をジッと見ている。
すると突然
「行ってくる!」
意を決したHO君は、ΔΔさんを走って追いかけて行ったのである。
遠くで、ΔΔさんが驚いて、振り返っのが見えた。
本当はそんなに遠くはなかったのかも知れないが、そのときのボクには、すごく遠かったのである。
それから二人は話を始めた。
やがて……じゃなく
やっと、HO君が帰って来た。
走って帰ってくるHO君は満面の笑みを浮かべていた。
*
勝者となる者もいれば、敗者となる者もいる。
それはまるで運動会の競技のようだ。
ちなみに、フォークダンスの彼はボクのことです。
でももう、彼女の名前すら覚えていないのです。
庭の金木犀が、金色ともいえる鮮やかなオレンジ色の花を咲かせている……
おしまい
予期せぬ出来事 ③
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質問も、歓迎いたします。
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