掌編集50
491 タラノキさん
「タラノキさん、座っててくださいね」
「はいっ! 先生」
「タラノキさん、そこはあなたの部屋じゃないでしょ?」
「ここ、オレの部屋だ」
「じゃあ、ベッドで寝ているのはだあれ?」
「あれ、オレのねえちゃんだ」
「ダメよ、タラノキさん、人の靴下持ってきちゃ」
「これ、オレのだ」
「あなた、タラノキさんでしょ? これは⚪︎⚪︎さんの」
「あ、それ拾ったんだ」
「タラノキさん、どこいくの?」
「あ、あそこに、オレのねえちゃんが」
「あ、そ、よかったね。
こんばんわ。透明のおねえさま」
【お題】 会話だけのストーリー
492 反物質
そのトンネルの向こうに行き、帰ってこなかった人は多い。忽然と消えてしまう。
それを人は、昔から神隠しと呼び恐れた。
トンネルの向こうになにがあるのか?
彼の国に連れて行かれてしまうのか?
とんでもない怪物がいるのか?
はたまた、4次元につながる穴でも空いているのか?
長く研究が続けられ、ようやくわかった。
実は、トンネルの向こうは反物質の世界だったのだ。
粒子と反粒子とが衝突してエネルギーが発生する対消滅 (つい・しょうめつ)……?
物質Aが反物質Aに出会うとどうなるか?
物質わたしが迷い込み、反物質わたしに出会ったら?
なんて、SFで流行ったかな。
トンネルの向こうは雷が多いという。
ある人は見た。
雷に打たれて人が消えた!
雷に打たれ、忽然と消えてしまった。
雷は反物質の雲を作るのだ。
夏の雷は積乱雲で発生し、高さ10キロほどで大きさ数キロ程度なのに対し、トンネルの向こうの雷は、高さこそ3キロ程度だが水平方向に100キロ以上の長さがあり、雲の体積が全く違う。
この大量の雲の中で電気が溜まって発生するので、とてつもないエネルギーを発する。
このような超巨大雷はその筋では「スーパーボルト」と呼ばれている。
まず超巨大雷「スーパーボルト」から大量のガンマ線が発生。するとそれが大気中の窒素原子に衝突し、窒素原子が次々に別の原子 (炭素原子)に変換、その際に陽電子 (電子なのにプラスの粒子)が飛び出し、そしてこれが周囲の電子と対消滅する…… (ほとんど意味不明)
想像上の世界だけと思っていた反物質の対消滅が、まさか地球の大気圏内で実在していて、しかも雷で発生していたとは。
恐るべし超巨大雷・スーパーボルト!
某サイトの作品で、雷で人が消滅するという話を読み (フィクション)興味を持ちました。
いろいろ論文がありますが???? でした。
【お題】 トンネルの向こう側
493 本屋さん
中学、高校、会社の帰り、バス停の前の本屋に入った。
それが毎日の日課だった。
そのころはまだ漫画本もビニールで覆われていないから読み放題。
文庫本は次々買った。今、残っているのは黄ばんだ詩集だけ。
結婚してからはマイブームが変わるたびに少し買った。
菓子作り、園芸、ギター教本、そんなもん。将棋の本も。
先日、夫に大きな本屋に付き合わされた。絵を描くことを始めたので教材を探しに。
その間私はブラブラ見て回った。
衝撃!
なんにも興味がない。
ケーキ作りも園芸も、あんなに夢中になったのに。開く気にならない。
開いたのは中国の歴史ドラマの本だけ。
それもパラパラ見て終わり。
本屋はもう魅力がなくなってしまった。
なんでもネットで検索できるからね。
というか、本を読まなくなってしまった。携帯で読んでいるから。魅力的なのをたくさん読んでいるから。
その中に本紹介があると取り寄せたりするけど、読まないで置いてある。
老後に時間ができたら、読み返そうと思っていたクリスティやウールリッチ。
図書館にも行かなくなった。
スティーブン・キングは図書館で取り寄せてもらったのに。全部読みたい、なんて。
あんなに夢中になったことを、頑張ってやってみようか。
ピアノは週に1度はさわるとか、ゴルフは月に1度は練習に。
園芸は季節ごとに寄せ植えを。
ケーキはまあまあ孫が来れば作っているけど。
図書館で探してみよう。スティーブン・キング。
【お題】 あの頃、夢中だったもの
494 動けない
夏の間、歩けるのは早朝だけだった。夜も暑くて無理。
だから、朝起きて歩いた。1時間歩きダンベルにフラフープ。掃除してシャワー。
涼しくなったから、朝行かなくてもいいからと、思った途端歩けない。
今日もそう。雨が降りそうだし、なんだかんだで夕方になり、手作りのジンで漬けたレモン酒がおいしくて、2杯も飲んだらもう歩けません。
あ〜あ。あ〜あ。怠け者。
洗い物は優しい夫がやってくれたし、幸せなんだけど。
なにかやらなきゃ、行動しなきゃ。歳をとるとなぜか焦る。
みんな、なにをしているのだろう?
どうせ、お菓子食べて、テレビ観てゴロゴロしているだけでしょ?
私はこの歳で少しは働いてるし、行動してるほうだと思うけど。投稿もしているし。
でも、でも、不安なの。
なにかしなきゃ、不安なの。
歩かないと10年後どうなっている?
背が縮んで、モタモタ歩くおばあちゃんになりたくない。
歩いていれば、そうはならないはず。
ボケないはず。脳トレやってるし、キシリトールガム噛んでるし。
でも、でも……
あ〜あ、お風呂入るのも面倒だわ。
【お題】 涼しくなった夜と私の行動力について
495 鮮やかな記憶
夢を見た。前世の夢だ。
お題のせいだ。こんなお題はパス……と思いながら眠ったからか?
鮮やかな夢だ。見たくはなかった。心が崩壊した。吐き気がする。
電気をつけ、鏡に自分の顔を写した。
人種が違う。国が違う。性別も違う。
顔もぜんぜん違う。前世の私は美少年だ。
あの……王妃の息子なのだ。
鏡の中の私は彼のおばあさんの年齢。
そうだ。同じ歳の孫もいる。
私はわずか10歳で死んだフランス国王ルイ17世。
悲劇の王妃マリー・アントワネットの2番目の息子だ。
兄は死んだ。
革命が起きて、父は殺された。母とは引き離され、幼い私は貴族的なものを忘れるため再教育された。
王室の家族を否定し冒涜する言葉、わいせつな言葉を教え込まれた。やがて教育には虐待が加わった。
具合が悪くなるまで無理やり酒を飲まされたり、「ギロチンにかけて殺す」と脅された。
暴力は激しく日常茶飯事となり、番兵までもが暴力に加担した。
母が処刑されると、ほとんど光が入らない不潔な部屋に監禁された。室内用便器は置かれなかった。
私、フランス国王ルイ17世は部屋の床で用を足した。ろうそくの使用、着替えの差し入れも禁止された。
この頃、私は下痢が慢性化していたが、治療は行われなかった。
食事は1日2回、厚切りのパンとスープだけが監視窓の鉄格子から入れられた。
呼び鈴を与えられたが、暴力や罵倒を恐れたため使うことはなかった。監禁から数週間は差し入れの水で自ら体を洗い、部屋の清掃も行っていたが、くる病になり歩けなくなった。
その後は不潔なぼろ服を着たまま、排泄物だらけの部屋の床や、のみとしらみだらけのベッドで一日中横になっていた。
室内はネズミや害虫でいっぱいになっていた。深夜の監視人交代の際に生存確認が行われ、食事が差し入れられる鉄格子の前に立つと「戻ってよし」と言われるまで「暴君の息子」と長々と罵倒され、暴行も続いた。
もはや私に人間的な扱いをする者は誰もいなかった。
✳︎
ルイ17世 (1785年3月27日 - 1795年6月8日)は、フランス国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの次男。
兄の死により王太子となった。
革命後、国王一家と共にタンプル塔に幽閉されていたが、父ルイ16世の処刑により、名目上のフランス国王 (在位:1793年1月21日 – 1795年6月8日)に即位した。
しかし解放されることなく2年後に病死した。
【お題】 私の前世
『あれやこれや』158話を改筆しました。
496 家路の前に
秋の夜長、コーヒーを飲みながら音楽を聴いていた。ドヴォルザークの新世界。
そこに邪魔が現れたけど、
家路がはじまる前に終了。
よかった。コーヒー、まだ冷めてないわ。
【お題】 チャイムがなる前に
497 私にできること
4年前、某ブログで知り合ったAさん。
アラカンの主婦、ブログ初心者、朝はウォーキング、趣味はゴルフ……等、自分に似ていたので、お邪魔して友達になった。
住んでいる場所は離れている。名もペンネームしか知らなかった。
なのに、だから、なんでも話せた (?)
夫の悪口、子どもの不満、いやなこと、愚痴ったり励ましたり。
彼女は旅行が好きで、ひとりで旅をする。
初めて会ったのは新宿のホテル。
彼女はひとりで泊まっていた。女性だけの階があるという。
私はそのホテルまで夫に車で送ってもらった。半世紀前は新宿まで通勤していたのに。
私の旅はいつもふたり旅。夫とふたり旅。
彼女は言う。
「今度A県においでね。ひとりで」
「……」
行ってみたい。ひとりで。
彼女はひとりで店に入りビールを注文する。
私はできない。ひとりで店に入れない。
今は夫とふたりでも入るのは苦手。入店から注文、会計まで機械とiPadかスマホ。持ってくるのはロボットさん。
ひとり旅してみたい。
携帯でササっと乗車。飛行機にもひとりで乗ってみたい。
ひとりでお酒を注文し飲んでみたい。
たぶん、できないだろうな。やらないだろうな。
死ぬまで。
でも、ひとりでできる。これは確実。
ひとりで死んでいく……
夫は先か? あとか?
私はひとりで死んでいく。
大量の投稿を残して。
【お題】 ひとりでできるもん
498 順番
妻より先には逝けない。
そう思って頑張ってきたのだろう。
来る日も来る日も、雨の日も風の日も猛暑の日も、ほとんど毎日会いに来た。
施設は家から歩いて10分。だが、旦那様の足では倍はかかる。
しまいには、奥様の車椅子を押し車にして、やっとのことでたどり着いた。
たどり着けば、奥様は知らん顔。
よその男性を旦那だと思い、部屋に入ろうとし「バカヤロー」と怒鳴られた。
怒鳴られて黙っている人ではない。
「バカって言ったほうがバカなんだ。バカっ!」
旦那様は間に入る気力もなく、奥様のベッドで横になる。
奥様はケロッとしてコーヒーを飲んでいる。
様子を見て、旦那様は帰る。来た道をトボトボ帰る。
それもいつまで続けられるだろう?
妻より先には逝けない。
そんな旦那様もヘルパーさんの世話になっている。
⭐︎
コロナ禍で面会もままならず、旦那
奥様は長年連れ去った旦那様の死も知らず101歳まで生き続けた。
【お題】 悪いけど先に行ってて
499 シンクロブリッジ
3人の孫がシンクロした。ブリッジでシンクロした。
10歳女子は新体操歴4年だから見事だ。
顔は小さくほっそりしている。やる気満々、地獄の柔軟体操に耐えている。
妹の8歳女子はイヤイヤ習っている。でも年少から始めたから体が柔らかい。育成クラスも簡単に受かってしまった。
ブリッジを通り越して不気味だ。それで歩いたらまるでホラー映画。
5歳男子はぽっちゃり体型。体操を始めたばかりだからぎこちない。
娘は考えている。この先続ければレッスン、レッスンで遊ぶ時間もなくなる。それにまだ体力がない。よく熱を出す。
新体操なんて続けていたって結局トップクラスにはなれないし。衣装代も金がかかる。送り迎えも大変だ。
好きで好きで続ける子は勉強も頑張るんだろうな。
でもね、新体操は…‥やる気が一番と先生は言うけれど……
本当はプロポーションなのよね。
手足の長い子。
発表会で見た中学生の、なんて素晴らしい姿勢とオーラと化粧とお団子頭。
でも、あの髪型、お団子頭は引っ詰めて引っ張るから生え際が後退するらしい。
【お題】 シンクロする
500 初めての机
初めての机は父が独身の時から使っていた木の低いものだった。畳に座り勉強する。引き出しがふたつ付いていた。
6歳上の姉も使ったから汚くて傷や落書きがたくさんあったのだろう。
母はビニールクロスを買ってきれいにしてくれた。新しい机が買えないから、鉛筆削りだけは、電動のものを買ってくれた。
友達の家に行くと素敵な机があった。本棚や飾り棚がついていた。
羨ましかった。貧富の差を感じた。
だから、裕福で塾にも通っている子に、勉強では負けたくなかった。
よく勉強したな。小学校高学年から中学。
中学に入るとちゃんとした勉強机を買ってもらったけど。
長男には、机は自分で選ばせた。個室もある。なのに机は勉強する場所ではない。彼はずっと座って作業をしていた。ずっとずっと辛抱強く。
釣り好きの彼はルアーを作っていた。
勉強しなかった。
今じゃ遊猟船の助手。
給料安い。お嫁には苦労かけます。
孫の机はお嫁の使っていたお下がりだが気に入っているらしい。
【お題】 机の落書き
掌編集50