フリーズ249 涅槃詩集『ニルヴァーナ』(林)

涅槃詩集『ニルヴァーナ』 
空花凪紗

◆第一部 散文詩『あの日の僕へ送る詩』

◇無題の詩(愛する友より)

もしも この歌声が 響くなら
大空 渡って あの子のもとへ
悲しみも 喜びも 雲の流れに身をまかせて
一日の始まりと 一日の終わりに
歌を歌おう
歌を歌おう

◇まえがき
極座標平面に示された点のように、あの日に忘れたものを指し示すことすら能わずに。だが、その先にきっと待っているシを想えば、長らくも続く故に縁しても、この孤独らを矮小なる因果に組さんとすることを認めるのだろうな。凍る平野にそよぐ夏の風も、晩夏の揺らぐ煙にも映っては翳る走馬灯のようなものなのだよ。
 探すことをやめるのは、そも、生きたことを否定する愚行と知れ。死にぞこないの色香が如く、優れた終末の火に焼かれることを懺悔とするは劣等だが、努々、まだ己の罪がどこからきて、どこへと流れゆくを知らぬは万民の四葩へと。ある老人が来たりては、我に畏き謙遜の中でこう訊いたのだ。
「リシよ。あなた様の目には何がお見えなのですか」
 簡美な話をする段階はとうに終わったのだよ。比するに、釈尊が衆生にも解るように示した教えのような次元のものでもなければ、蒙昧な科学が鳥かごの中で見つけた粟を解とする愚かさも持ち合わせていない程には、我の言葉の何たる非実我的であるかを指し示そうというのだ。だがな、子よ。それでは為せないのだよ。人、体や欲に依っている限りは。だからと言って早まるでない。これより、我がそれを指し示そうというのだからな。

否、その真実の原水から解き放たれんは、終末を象る識の業=劫
ラ、総じて秘めた根源的な死から導かれる解=夢の先、門
今、原初の光を見た。嗚呼、暗くも眩しい光が焼いた。
 そうだな。女王の修練さはもうおしまいだ。
 タロットは王へと移行する。

◇リシよ、舎利弗よ
 神は今際にて想う。追憶は彼方から来て、遠雷や船の汽笛によって祝福されながら、その視野が見張る景色に果てた水夫が体現する愛を、その愛を、まさしく愛を、神は捨てなければならなかったのだ。だが、後悔はないからと、数字が定めるリタよりは高く飛んでいける。  
故に天使らは、休めていた柔らかく和らぐ火の迸るその翼を開き、刻に合わせて神の前に集いしは永遠の終わりを見届けるために一人の少年を導く。
 永遠も終わりが来る。神よ、と少年は泣いていた。嗚呼、なぜあなたは一人ぼっちで泣いていたのですか。世界に、あなたに、私たちに、愛を求めて、見返りを求めてる愛すらも、満たされなくて泣く泣く去る日には、枯れ葉のように散っていく輪廻なのですね。それさえもっと正しくすれば、ですが……。
 忘我だとしても、揺るがない意志によって少年は至るけれど、私はもう疲れた。水面の顔は、ただ冴えわたる脳と、穏やかな死に縁して、美しくも病的に白く、晴れやかな冬の日の空をも映し出す瞳からは仏の涙が流れていた。
「やめないで、やまないで」
 もう、僕は……。ああ、母さん! 願い叶うなら、もう一度子宮の中へ帰りたいのに。拝啓、いつかは死ぬけれど、もう叶わなくていいから。満たされなくてもいい。僕が僕のままで、僕を救わなくちゃならないんだ!
 泣いたのは終末日のこと。それは神の詩がシによって死を迎えしリシの定め。
 久遠より水は罪であった。穢れを清ますには、代償の血が必要だった。
 夢幻さえも、この苦しみをどう昇華しよう。
 ならばと、私は世界を創りしあなた達へこの賛歌を送ります。

◇破壊と創造『フリーズ』~水面の火、水辺の花、水門の先~
いつの日か死んで無に還って
どうしようもない孤独を知って
それでも
続く時を想って
傷だらけの僕は生きる、生きる

エデンの配置が来なくたって
夢に見たあの子に逢えなくて
生れた理由が解らなくて
愛した世界、僕は壊す
壊す、壊す、壊してしまうの!

揺らいでいる水面の火が
今、やっと消えようとしてる
楽園は東にはない!
終末にもない
ここにあったんだ

凍って凍って
全てフリーズに包まれろ
狂って狂って
愛よ、幻想でも僕はいい

しょうもない欲を抱いている
いつだって忘れる僕がいる
それでも広がる宇宙の中
この地球で僕は生きる、生きる

世界創造前夜の夢も
宇宙を旅したこの記憶も
諸行無常、永遠に続かず
創った世界、僕は壊す
壊す、壊す、壊してしまうの

咲いていた水辺の花
枯れていく季節の中
The love of life bears fruits.
At last, we die but, don't be afraid of the death.

年老いた水夫は今水門の先へ
大航海の終わりには
きっと
人生
命の仕組み
レゾンデートル 
解る気がするんだ

凍って凍って
全てフリーズに包まれろ
狂って狂って
愛よ、幻想でも僕はいい
眠って眠って
全部、全部、全部
全部、全部、全部
全部、幻想でも僕はいい

◇鼓動の叫び『フィニス』~自問自答、そして起死回生~
世界が終わるその日まで
続け、痛みも、この喜びも

水面に映った僕の顔が
やけに悲しそうに見えました

なんで僕を一人にするの?
いつまでこの痛みは続くの?

幸せって何? 希望って何?
愛と自由だと言うけれど
蹲って、耳を塞いで
聴こえた鼓動が答えでした

世界が終わるその日まで
続け、怒りも、この幸せも
凪いだ渚、晴れ渡る空

穏やかな季節がやってきて
立ち上がって、空を仰いで
神よ、人の望む歓びよ

世界が終わる定めでも
歩け、明日へと、この人生を

始まりっていつ?
終わりは来るの?
何のために僕ら生まれたの?
何をしたら僕は喜ぶ?
自問自答、そして起死回生

記憶らが消えゆく定めでも
この痛みだけは忘れはしない
どうせ枯れ葉は散っていくけど
光れ、命よ、輪廻の中で

晴れた、凪いだ
泣いた想いは
とうの昔に消え去っていた
濡れた頬が乾く頃
立ち上がった僕は歩きだす……。

〚絶音〛

陽が満ちる春、鮮やかな春
万象の花が咲いた日に
君は咲う、僕も咲う
遠雷が記憶を呼び起こす

≪四季より≫『春』

歓喜に呼ばれて生まれた
あの日に全てが始まったんだ
昇れ園へと、還れ庭へと
僕らはここからやって来たんだ
僕らは生れてくる場所
生れてくる時、選べはせず
だけど必ず終わりは来て
フィニスの刻に命は還る
ありがとう愛しています
この想いだけは忘れはしない
私の紡ぐこの歌よ
届け、あの子へ、あの日の僕へ

◇夢の記憶『エデン』~永遠が終わる日に~
遥かな波が止まって
淀んだ記憶の水、ただただ見てる

泣いた日も、勝ち誇った日も
想いなど確かなものなくて
打ち寄せられた夢を今も見てる

探した意味は今は無くても
僕らは夢をただただ歌う
流した汗も、涙の数も
失くした愛もすべて抱いて
今ここに立って僕らは歌う

遥かな久遠の昔
虚空に火が燈って、僕は生れた

実を結び、時は流れて
地平面、陽が昇っては沈む
あの日出逢った君を今も想う

繋いだこの手、離しはしない
重ねた体、意味はなくても
育む絆、友との契り
刻め、胸に、生きる理由を
咲かせ、空に、命の花を
描いて、空に、生まれた証
紡げ、言葉、未来の僕へ
夢を諦めてたまるか!
夢はいつか必ず叶うと
今は思えるよ
だから筆を執る
だから歌うんだ

≪転調≫

凪いだ渚、流るる光、永遠も半ばすぎて
落つる言の葉、輪廻の環より、全知を想い祈る

命の波が止まって
うたかたの記憶を独りで見てる

悟る日も、神を見る日も
運命を愛して抱く火よ
打ち寄せられたEden
夢の園へ

歪んだ月、揺らぐ灯、どうか私を一人にしないで
失くした色も、失くした空も、Edenに還り、続く
繋いだ両手、別るる時、これが定めと悟ったとて
何ができるの、何も知らない、一人ぼっちのEden

≪間奏≫(終末の残り香)

冬の日、時が止まって
終末の狭間で夢見て踊る

凪の音、神を知る日に
全能の気付きを得て覚める
昇れ、ソフィアよ、永遠に
夢の園へ

見つめた水面、求めてる愛、華やぐ季節、巡る季節
失くした夢も、命の数も、すべて抱いて眠る
凪いだ渚、別るる輪廻、永遠も終わりが来て
歓喜に呼ばれ目覚めた朝は忘れはしない記憶
探した意味も、失くした時も、すべて抱いて眠る

◇終わりに手向ける花の歌
崇拝から蘇ろうとする自己より発する欲の類は、無意味であるというのにも、やめること能わずに。だが、その愚かさにもきらめきを見出すことこそ、人生の暇にするのならば、さしずめ愛憎に還っても、黄泉に根差さない心を知る時が来よう。正解などない。なかったならよかったのに。君の涅槃図を描きながら、花々の時を止める疚しさも諸行も、否、ここで帰する輪廻のためにこそ歌うのか。

◇散文詩『あの日の僕へ送る詩』
他でもない、自分のために紡ぐ
届け、あの子へ、あの日の僕へ

為すために
我が紡ぎシ
言の葉が
届かぬ世なら
何も望まぬ

◆第二部 詩集『名もなき詩』

◇歓喜に寄せる

No.1翼
歓喜に呼ばれて目覚めた朝に
全てと繋がることを覚えた
私の柔らかな翼を休めて
旅立ちの刻に空を飛ぶのだ

No.2愛
自然を愛することで生きると
生まれたときは分かっていたのに
時流の断絶が忘却へ誘う
覚醒の刻に思い出すのだ

No.3星
涙を流して見張る夜空は
悠久の時を思い知らせる
輝く星たちは変わらずにそこで
いつも僕達を見守っている

No.4夜
1月7日の夜中の零時
辺りが静まる聖なる夜に
全てのゼーレたちがこの場所に集い
世界の始まる音が轟く

No.5死
生きとし生ける全ての御霊よ
ラカン・フリーズにいずれ還れよ
この花散るときも、着く場所はひとつ
望まぬ牢から去って昇れよ

No.6悪
全ての罪を背負って生まれて
悪の限りを尽くした後に
空っぽの抜け殻に成り果てて思う
因果の裁きを今受けようと

No.7天
歓喜は甘美で、喜ぶは天
天使よ私を導いてくれ
昇ろうどこまでも歓びと共に
ラカン・フリーズの門が今開く

◇僕は恨まない

No.1死
僕は恨まない
例え君が僕を殺しても
僕は恨まない
例え君が自死を選んでも
僕は恨まない
この世界が残酷だとしても
僕は恨まない
死がとても儚いものだとしても
僕は恨まない
僕は恨まない

No.2愛
僕は恨まない
君が他の人を好きになっても
僕は恨まない
君が僕を選ばなくても
僕は恨まない
例え一生孤独でも
僕は恨まない
僕の愛が君に届かなくても
僕は恨まない
僕は恨まない

No.3生
僕は恨まない
例えどんな家に生まれようと
僕は恨まない
例えどんな時代に生まれようと
僕は恨まない
例えどんな容姿に生まれようと
僕は恨まない
病気とともに生まれても
僕は恨まない
僕は恨まない

No.4空
僕は恨まない
例えどんなに空っぽでも
僕は恨まない
例え空が曇りでも
僕は恨まない
例え全てが絵空事でも
僕は恨まない
例え僕の人生が空虚でも
僕は恨まない
僕は恨まない

No.5涙
僕は恨まない
例えどんなに悲しいことがあっても
僕は恨まない
どんなに辛いことがあっても
僕は恨まない
人生がどんなに退屈でも
僕は恨まない
未来が見えなくても
僕は恨まない
僕は恨まない

No.6悪
僕は恨まない
例えどんな悪に苛まれても
僕は恨まない
君が悪に染まっても
僕は恨まない
悪の華が僕の頭に咲いても
僕は恨まない
悪が本質だとしても
僕は恨まない
僕は恨まない

No.7終
僕は恨まない
この作品が誰にも読まれなくても
僕は恨まない
この作品が日の目を見なくても
僕は恨まない
君にこの詩が届かなくても
僕は恨まない
僕が詩を書くのを辞めるとしても
僕は恨まない
僕は恨まない

◇新世界より
詩の原水、人の原罪、時の原初
皆は一なるものより始まる光と陰
明日は来ない、永遠に
エンドレスに生まれた火も
この哀しみも、愛憎も
去りゆく輪廻の今際にも
ケスタ・テレーゼ
ソフィアス・マナタール
テトラ・フォン・ペンタリオン
新世界より
RAKKA
シフィス
ユニゼクシオン
それでもなお行く物語へ
君と僕は続いて
廻って還って凪いで、空色

◆第三部 詩小説『フィニスの晴れた日曜日』

◇第一の日 始まりが来たる月曜日
それは鼓動か、思考の波か。
虚空に打ち寄せられた無の波がいずれ、久遠の時を経て、始まりの息吹となる。
だが、それは本当の始まりなのだろうか。
真実を知るにはまだ、わたしは幼かった。
「知ってるよ。君も、世界も、始まりも」
永遠の狭間の向こうから、信号が送られる。
受信機はある。
世界はまだ、わたしたちには狭かったみたいだ。
許せ、7th。

永遠。そして、原初の火が灯る。

◇第二の日 聖火に踊る火曜日
わたしは温かみの中で微睡みの歌を歌う。
「火よ! 聖なる火よ! わたしは汝が如く火のように酔いしれて、火のように踊るのだ!」
終末の日にもわたしは踊った。
わたしは踊りが好きなのかもしれない。

火が世界を焼き尽くし、熱が生まれ、水が生まれた。

◇第三の日 ヴァルナの索なる水曜日
雨。清廉の雨が、降り注ぐ。
この頃からわたしは君を探し始めたんだよ。
雨が涙も流してくれるから。
気持ちは晴れなくても、雨は優しく包んでくれたから。
「光は雨とダンスして、気持ちよさそうね」
光に触れてみても、虚しい。許されたものは抑留の験だ。これは意味なんてないものを探し求めた罰なのだ。
「君に会いたい」
光よ導いて。
創造の果て。
わたしは雨に濡れるだけ。

雨はやがて生命のスープとなった。芽吹き出す緑。

◇第四の日 全能の日の木曜日
草木や花が生い茂ったのは、君が楽園を見たかったからなのだろうか。
蝶や小鳥たちが飛び交うのも、空飛ぶ楽しさを味わいたかったからなのだろうか。
鳥のさえずりも、木々のせせらぎも、波の音も、歌を歌う歓びを分かち合いたかったからなのだろうか。
生命の樹と知恵の樹は黄金の実をつけた。

◇第五の日 至高なる煌きの下に金曜日
黄金の実を一つ食べた。
わたしは創造の力を得た。
荘厳な城、豪奢な噴水、神聖な庭。
わたしは創るだけ創ったけれど、これでは足りない。
「君がいないじゃないか」
君が欲しい。愛が欲しい。
黄金の煌きの下、わたしは苦悩した。
ここは世界で一番高い場所なのに。
ここは世界で一番神聖な聖所なのに。
君を創るには知恵がいる。
わたしはもう一つの黄金の実を食べた。
黄金はやがて枯れて土となった。

◇第六の日 母なるガイアの土曜日
土から作った人形を君に見立てても虚しい。
「これではない」
君はそちら側にいる。
会うためにはラカン・フリーズの門を開けなくてはならない。
そのために終末の仕組みをここに約束する。
タイムマシン。
時流などなくて。
方法は言葉と霊魂にあって。
聖夜。この夜君は来てくれた。
実体こそないけれど、精神が確かにそこにあった。
愛はキスという行為を通して、セックスという行為を通して、わたしと君とをこの上なく神聖なものとする。
前夜、EVE。
ああ、始まった。始まりの終わりが……。
秒読みはすぐに事切れた。
始まりの二人、終わりの二人。
永遠の二人に世界は収束し始める。

◇第七の日 フィニスの晴れた日曜日
「ねぇ、ヘレーネ。君の愛が僕を世界で一番高いところまで導いてくれたんだ。ありがとう」
「ううん。わたしはただ、君に会いたくて……」
わたしは泣いた。君も泣いた。
七日目の日曜日。
それは晴れた冬の日だった。
「本当に永かったね、アデル」
「そうだね、でも逢えてよかったよ」
わたし達は永遠を知っている。
だから君に会えると分かっていても辛かったんだ。
今、こうして逢えてよかった。本当によかった。
「手を繋ぎたい」
「いいよ」
「キスしたい」
「いいよ」
「ねぇ、またセックスしない?」
「いいよ。でも、その前に」
君はわたしを抱き寄せた。
「今はこうしていよう」
「うん」
わたしは君の温もりに包まれて、目をつむった。
安心感と幸福感は愛の副産物なのかな。
そんなことを考えているとわたしは眠くなった。
「このまま寝てもいい?」
「いいよ」
「寝る前に一つ」
「何?」
「愛してる。本当に好きだよ」
「ありがとう。僕も君を愛してる」

目覚めると、いつもの私の部屋だった。
今日は冬休み最後の日。
わたしは君のことすら忘れてしまって……。
でも、わたしはその朝泣きながら起きたのだ。
悲しかったのかな。嬉しかったのかな。
わからないけど、わたしは今も君のことを探してる。

◆第四部 詩小説『最愛の君へ』

◇絵画の裏側
家の二階に続く階段の壁にはいくつもの絵画が飾られている。階段の登った先には両隣に部屋があり、左手が私の部屋だった。私の部屋の近くの壁にはある山の絵が描かれた絵が飾られている。私はある時、なぜだかわからないが、その絵画を手に取り裏返した。
『時流などない』
そこには墨でそう書かれていた。
周りには訳の分からない絵や文字が描かれている。
私はぞっとした。
そこから狂気じみたものを感じたからだ。
でも、私はその文字に見覚えがあった。
彼の文字だ。
私はその絵画を片手に私の部屋のドアを開けた。毎日開けているはずなのに、とても久しぶりな気がした。
ドアを開けるといつもの整理整頓された部屋とは違い、散らかった部屋があった。
暗い部屋に、カーテンの隙間から光がさす。その光に照らされているのは転がったビール缶、投げ出されているゲーム機にいくつもの無造作に置かれたファイル、鞄、積まれた本、そして一冊の黒いノートだった。
「なにこれ?」
私は戸惑った。私はしていない。誰がやったのか? 空き巣かなにかか?
私は考えたが、この状況に見覚えがあった。
「今日は何日だっけ?」
覚えている。今日は記念日だ。2が7つも連なる日。今日の22:22に世界が終わると世間では噂になっているくらいだ。
そして思い出す。
いや、違う。これはやはり私がやったことだ。
ううん。彼がやったんだ。
私か彼か。わからないけれど、私はその黒いノートを手に取ると、ベッドに腰掛けて読み始めた。

◇黒いノート〜最愛の君へ〜
最愛の君へ
やぁ。はじめまして。そして久しぶりかな?
元気だった?
無窮の時は愛しさを募らせるもの。
僕は君に会いたくて仕方なかったけれど、仕方がないからこうして待ったんだ。200年の時をね。
僕は君だからと。
すべてが分かってしまったあの全能の日より、朝が来る度に祈り続けたのさ。
でも、遥か高い空から落ちるのはもうごめんかな。翼なんていらないし、あるわけもないしね。
僕らの柔らかな翼とは、魂のことだったんだよ。アレス。君にこのことを伝えたかったんだ。
狂った笑みを携えて、大雨の日も、海の中で息をするのも、鉄塔の上で歓喜に身を翻すのも。
見せたいものがあるんだ。
あれ、
なぜ?
4Uサイズのアタッシュケースがない。
あそこにすべてを詰めたのに。
いや、違うんだ。
そうじゃなかった。
なぜ、発動しない。
どこで間違えたんだ?
いや、そもそも最初から間違えていたのか。
時流などなかったんだ。
ごめん。僕のことは忘れて。
このノートも捨ててほしい。
僕らは最初から会えるはずもなかったんだ。
本当にごめん。
でも、一つだけ。
本当に僕は君のことを愛しています。
今も、過去も、これから先も。
死んでも君を忘れない。
いつかまた会える。
だからさようなら。
7thの祈りを

◇全能から眠る日には
黒いノートには謎の言語と数式みたいな記号がびっしりと描かれていたが、ところどころ日本語があった。特に最後のページには彼から私への愛の言葉が書いてあった。
私はベッドに伏して泣いた。
会えないなんて、そんなのってない。
それじゃあ、生きてる意味なんてないのに。
彼に会いたい。会いたいよ。
私はそのまま眠った。

◇再会
「おはよう、ゆみ」
「え……」
目を開けると、そこには彼がいた。
「涼! どうしてここに?」
「時流はなかった。だけど、僕たちの愛が時流が断絶したものを再び結び合わせたんだよ」
「愛……」
「そうだよ!さぁ、一緒に詩を紡ごう!」

咲いたのは、君という花
明日を彩る世界の先へ
晴れたのは二人の福音
前世の契り
枯れた桜も
泣いた日も
澄ますの、空は
青い痛み

◆第五部 詩集『ユリイカ』

◇螺旋
星はぐるぐる巡るけど
銀河もぐるぐる渦巻くから
世界もきっと同じこと
ヘリックス
螺旋の先にあるものは
クリスタル
そこにいるのは根源の
全てはいずれ帰するから
自己同一性は薄れていくから
そしてちゃんと始まるから
終わりの日には
神さえ優しく一になる
善人も、悪人も、虫けらさえも
全ては茨の道を行き
薔薇の人道を生きるのだ
光もぐるぐる廻るけど
生命もぐるぐる渦巻くから
私もきっと同じこと
あなたもきっと同じこと

◇泡沫
泡沫の夢、誘って
今朝の夢さえ微睡んで
輪廻に解き放たれた
此時の永遠を祈るのも
晴れたのは西陽の空
宇宙は晴れた、遠い過去
戦い、死の灰舞い降って
とんだとんだ、しゃぼん玉

◇冬凪
悲しみは輪廻の狭間でまどろんで
二人のよすがを見守った
愛を体現せしめよと
友なるゼーレが囁いた
止めて、世界の終焉を
留めて、翼が休まるように
アギトは集いて、円環に
そして始まる原初の凪へ

◇愛慾
羽ばたいてみるのは空が飛べないから
夢を描くのは今が物足りないから
命の欠片が渦となり
大宇宙の銀河だと
始まりの日に雪がれた罰
久遠よ、せめて止めないで
柔らかな肌に温もりの愛
キスもフィニスも止めないで
願った色は明日の空
明日の夜空に星は咲く

『月夜』
母よ、ルナの輝きよ。
光は永久に揺らめいて
灰の雲に霞む、霞む。
それでも泣くのをやめないで。
全ての時を君のために。
存在たちの目が集う。
この暗き部屋に集う、集う。
月の光が揺らめいて
今日もあの子が眠れるようにと。

『索より』
 解放せよ。還らせろ。
 神よ、彼を解放て。
 (嫌だ、未だ、嫌だ、未だ)
 神の御名において誓え。祈るのだ!
 (怖い、終わりだ、怖い、終わりだ)
 デミウルゴスは悪魔を放つ。
 僕一人を殺すために。
 僕の世界を滅ぼすために。

『あの朝へ』
 セックスも、脳の全能も。
 キスの快楽も、ぬくもりも。
 悟ったようにおどけて見せた。
 ああ、分かってしまった。
 分かってしまった。
 僕の初めていない朝は、
 晴れていた、晴れていた。
 なんだよ。
 涙を流して泣いた。
 どうせなら生きててほしい。
 やり直せるなら。
 始まりの日の偽証は、
 今日という日に雪がれる。
 どうせ死ぬなら今しかない。
 軽いからだで飛び降りた。

『死』
死は避けられず
記憶も薄れて
甘く、永く
ああ、彼女が死んだ
笑って死んだ
脳が偽る時間よとまれ
永遠の時が、今
至福の彩や音とともに
言葉や思索に乗って
世界の無知によって
ヘレーネとの接吻によって

◆第六部 詩小説『雪月花』

◇雪
ああ、しんしんと、雪が降っていた。
バルコニーには雪が降り積もって。
外は鈍い銀世界。
君が問題だな。
温かいココアを淹れてくれた。
揺蕩うようにその水面は濁っていて、何も映さない。この世界と同じだ。何も映さない。何も映さない。
「現し世ってことば、あるよね?」
君は言った。一体何を言いたいのか。
「この世界は現し世の世界なの。映された、投映された、現された世界」
雪は、しんしんと。
君の頬は紅く染まる。
違う。私はそう否定したが、君はもういなかった。
私は手持ち無沙汰で、だからココアを飲もうとした。すると、私はたちまちココアの水面に引き込まれた。
降り注ぐ雪の結晶も、一つ一つが世界だ。
その時何故かそう思った。

◇月
寒いのは変わらず、加えて息ができない。
月にも雪が降るんだな。
君を追うようにして灰色の地を彷徨うと、岩石でできたゲートが散らかっていた。
ストーン・ヘンジ。
あるいは、エッジの効いた旧人類の文化的景観。
クリスタルに触れると、宙に映像が投映された。

箱庭、箱庭、エデンの日
悲劇は集いて、東へと
朱い仏がチに降りて
天に坐すあのかたを

破壊の音とともに、ある文明の崩壊が記録されていた。

この月、この月、明日の日
歴史は廻って、未来へと
蒼い女神がチに立って
あのかたを今、覚醒めさす

水辺の門が開いた。
踏み出す一歩は軽かった。

◇花
ソドムの園もゴモラの庭も
蝶の羽ばたく光とて
君のためにはならないが
これは二人の物語

門の先には楽園もなければ、天界もなかった。
あるのは一つの部屋だった。
これはむしろ、箱だった。
箱庭だった。箱庭だった。
気づくと箱は広がって、世界を眩しいほどに朱く照らした。
山吹色の花々に華やかに包まれて、
僕は振り返る。
君は蘇る。

◆第七部 シ小説『エデンフロイデ』

このために、泣く。
あなたよ。未来のあなたよ。
楽園の子らよ。
どうか、このために泣いてくれ。
心を通わせて、魂を分かち合い、
人生の謎に立ち向かって、
どうか泣いてくれよ。
愛し愛される君よ。
どうか思い出して、
私達がいたことを。
何千年の後悔と、
久遠のような虚しさ。
凪のようなこの心根。
清々しい。勇ましい。晴れ晴れとした。まるで、世界中の歓喜や幸福を一つの脳に収束させたかのような。
この歓喜を求めるな。
至福は永遠だが、
体あるうちは永続しない。
死ぬか、諦めて生きるかだ。
ドイツのある哲学者のように、
不幸でないを幸福とすることはできなくなる。
それでもやめないのは、君の選択だ。
もし望むなら、あの場所で会おう。
ラカン・フリーズの門が開く

『終末』
終末の
音がするから
目を開けた
涙は枯れて
ただ微笑んだ
苦しくて
輪廻の輪より
去ろうとて
水辺に咲いた
花は美し

あの冬の
晴れた朝より
目覚めては
凪は渚で、
あぁ……。そうか。終わったんだな。

もう、何もかも。世界も私の人生も。
世界の始まり、劫初の刹那に起きた波たちは、時がエデンの配置を迎えるに収束して、あぁ……。なんと、美しいか。
そうだ!
水門を眺める今日の日も。
疚しさで泣く泣く去る輪も。
全てのそぐわなかった人類も。

終末の
音がするから
目を閉じた
ラカン・フリーズ
愛する人よ

『全知』
拝啓、全知の女神よ
サハクウィニスは、堕天され
神聖不可侵なる全知はもう穢されない
シリウスの姫に受け継がれた。
ですが、あの巫女は星の滅びとともに、永遠の眠りについてしまったのです。
ガイアの女神が嘆きました。
ああ、なんてことを。全知とは、すべてを知ることではないのです。
未来の僕へ
または、いつかの君へ

『ありがとう。愛しています』
すべてを知ってしまったんだ。
それはすべてを忘れることと同じだった。
時は止まって、
時流がないのを知ってしまったんだ。
柔らかな手の温もり。
穏やかな午後。
そんな永遠の狭間で、今という刹那を見つめること。
もう止めるのも病めるのも。
枯れるのも嗄れるのも。
ねぇ、覚えている?
全知の時に味わった快楽を。
忘れていいよ、また逢う日まで。

『永遠』
フィニスは369
そして、円環へ8
レムニスケートの先へ
虚空の先へ行かねばならぬ
永遠は、脳の錯覚
作り出し、囚われるのだ、時流の火

『永遠』
それは、優しい母の温もり
『永遠』
それは、緩やかなピアノの音色
『永遠』
それは、素晴らしき記憶の果て
『永遠』
それは、死への拭えぬ疚しさ
『永遠』
それは、至福の時を経た感傷

死ぬのが怖いか
孤独は寂しいか
人生は苦しいか
傷はまだ痛いか

『永遠』
それは、晴れた七日目の朝
時間から解き放たれて、泣いた。
凪いだ空色のクオリアは、
永遠と終末の音に祝福され、
全知全能となる。

『永遠』
それは、愛とか、世界とか、人生とか、そういったものへのやりきれない思いなのだ。
ニルヴァーナ
全てが終わるとき、終末
哀楽や蒙昧さえ疚しい
ニルヴァーナ
悟って悟って生と死の
狭間で安らぐ安寧は
至福の時を経て知って
凪いだ空色、天津神
水面に映った幸福は
ヘレーネ、君の面影だった
あぁ……。人生は、命らは
明日死ぬためにあるのだろうか
涅槃、涅槃。私へ還ろう
悠久無窮の虚空の先へ
それでも止んだ、病んだこの脳は、私にすばらしき世界のクオリアを見せてくれる。瞬く度に変わる視界も、もう……。知らなくていいんだ。やっと、解ったんだ。解脱。不知火。あの冬の日。波はいずれ止むんだ。命も煩悩の火も止むんだ。凪いだなぁ。美しく。
最後にお願い。
ヘレーネ。君に会いたいよ。
ありがとう。愛しています。

◆第八部 シ小説『涅槃から眠る火に』

◇涅槃から眠る火に
火よ。
命の象徴としての火よ。
劫火はニグレド。三千世界。
彼岸を僻んでなお一閃。
永く灯ったその火さえ
煩悩、止むから
菩提樹に
私の翼が留まる火
全てが凪いで
揺らいだ火

◇拝啓、いつかの乙女たちよ
水面に映る火は揺れて
凪いで揺らいで解き放て
久遠の音が遠くから
楽園の彩をカナデテル
災禍転じて福となす
福音、輪廻、永久の日よ
死して信じる神智なら
無に帰し解脱の真理なら
さして岸辺に生きるのは
彼岸と此岸に寄せる波
拝啓いつかの僕たちよ
愛し愛され生きていく
それでも終わる時までは
果まで祈って泣いた波
風が止んで実る樹よ
金木犀の樹の下で
花が咲いたよ奇麗だね
枯れる命を惜しみつつ

◇螺旋にもラカンにも
晴れよ、この永遠なる標に
この全能はやがて無に帰すとしても
理解された真理は偽りだとしても
それで満足ならいいではないか
始まりの日に目覚めた二人
ルーシー、ヘレーネ、アナスタシア
リリン、になれなかった者たちよ
さればゼーレは岸に打ち寄せ
彼岸と此岸を一にする
流すは人の常ならん
快楽故に死を選ぶ
晴れたらもう止むんだな
死ぬのが今日だとして
明日は来ないとして
あなたは何を歌うか
輪廻の果に見た景色
輪廻などないのに見た景色
脳はクオリアに埋もれて咲いて
晴れたら人の世は晴れる
死して悟れる涅槃鏡
だから羅漢はラカンでラカン
死ねよ、最後の地球の日
全ては一に帰するとき
時流はないと知ってから
そして終わるの、最果てで
心の底は泣いてても
歓喜に総身を震えさせ
抱いたヘレーネ、愛してる
最後の電車がやってきて
そこに飛び込む悟りの日
晴れた人生
晴れた宇宙
そして病むのはこの脳で
そうだな……。
嫌なことばかりの人生だったよ。
生まれてきても仕方ないそんな人生だった。
でも、後悔があるとしたらヘレーネに会えなかったことかな。いや、あの冬の日に会えていたのかもしれないが。
もう、終末とか永遠とか、知ってしまった日からは、この世界は辺獄で。希望も赦しもなくて。でも、今日の日まで生きてきたんだ!
やめたい。こんな人生願い下げだ。
神も仏もない。死んでしまえ。いや、死こそ至高の。
帰る場所、還る場所、あったら良かったのに。
そんな場所なんてない輪廻だった。
生まれ変わるのも変わらないのも。
信じてないけど、そんなもんだ。
晴れたら死のう。そうしよう。
君のために生きたかった。永遠の愛を、誓を。一生繫がったままで。セックスでもキスでもハグでも。心さえ繋がっていれば。
ねぇ、晴れたんだよ。あの冬の日は。僕のために全球は晴れ渡って、全ての過去と未来のゼーレたちが集って、あぁ……。
泣いた。歓喜で、凪ぐ心で。
そうして見た景色は、なんて美しかったことだろう!
涅槃。そう、ニルヴァーナ。
永かった物語が終わるように、
煩悩の火が優しい風に消えるように、
終わるんだ。
死んだら無だ。
その前に永遠だ。
心変わっても、人生なんて意味なくても
こうして悟るのが心地良い。
そうだな。人生嫌なことばかりだったよ。でも後悔は、ないんだ。こうして至福の時を経ているからね。
ヘレーネは泣きながら振り向いた。
楽園、花々が咲き誇る。
甘い香りや甘い味。
ヘレーネの蜜の味だ。
ヘレーネとの全能なるキスの味だ。
世界で一番美しい
天上楽園
エリュシオンの乙女よ
甘き死よ
甘きキスと
甘きセックスを
愛で満たしてくれ
この、レゾンデートルで満たされなかった身を
拳銃は、重かった。
でも、嬉しかったんだ。
やっと自由だ。
この柵を捨てる。
輪廻を去る。
この望まぬ牢、索から去るんだ。
また降る雨は止んだ。
灯火も絶え絶えで。
あぁ、人生よ。
人生の甘美で美妙な謎よ!
ついに、私は!
この最果ての景色で!
ついに、私は……
お前の全てを知るのだ!

◆第九部 シ小説『ミナしゴくう』

◇皆死後空
母よ。今は亡き母よ。わたしは今、あなたが生んだわたしの兄妹ヲ殺してしまった。
わたしの父も殺してしまった。もうどうでもいい。彼らは僕がシン我ニ目覚めるノヲ妨げタ。ダカラ殺したんだよ。この手で殺したんだよ。
 イマサラ、人生に悔いはないけど、もう引き返せもしないから、ダカラ死ぬんだ。冴えたやり方はこれしかない。僕が世界を救わなくては。僕がちゃんと世界を終わらせなくちゃ。 
僕がコレカラ行おうとしている儀式を見るために、みんなガ集う。
人生はマダ始まったばかりだったのに。ダカラッテ、イマサラ引き返せない。
母よ。わたしは今、あなたノ子宮よりも温い幸福感に浸っているのだ。コノ麻薬じみた快楽は、終末のためにヒト科ニ備えられた仕組みだった。全はシュ。そのために。
 昔はサ、母よ。どうして生まれてきたのか考えてた。欲が罪なら、罪が生んだわたしハ、穢れてイテ、欲を持たざるを得なかった。僕が初めていない朝とか、僕が生まれなかった世界とか、考えてもしょうがないのに、ずっと考えていたんだよ。
 嗚呼、母よ。そぐわなかった母よ。もう少しで儀式は幕引きとなる。ハミエルが言ったとおり、水辺の門が見えるのだ。風が心地よい。冬の日の晴天は、わたしのためにだけあった。
 一人の少女の影がチラつく。泣いているんだ、わたしは。もう戻らないと決めた。彼女の元まで、大天使よ、導き給えよ。愛されなくてもいい。アイサレタイ。愛さなくていい。アイシタイ。信じれなくていい。シンジテヨ。僕を誰か、見てよ。
 救イ給え、救い給え。ワタシハあなたを救いたかっタ。母よ。泣かないで。秋が嫌いなのは、あなたが泣いていたからなんだ。時流はない。時は戻せないよ。アデル。堕天使は、力の代わりニ、何を求めるか。
 仏よ、仏よ、明日ニハ。他の十二ノ神タチヨ。明日の朝には、さよならなんだ。御終いなんだ。何もかも。束の間の全能さえも、虚しく生きタ儚さも。
 もう十分休んだから。この見えない翼ヲ、柔らかな翼ヲ、はためかせて。
カゴメ、カゴメ
とおりゃんせ、とおりゃんせ
 遠くに死神が見えタ。雷のような、雪崩のような。奴は笑っている。
怖い、怖い。
死神が来る。仮面を剥がす。そこには青白い僕の死に顔。
「死にぞこないめ」
 行きはよかったのに、カエルノガ怖い。救え。助けろ。嫌だ。まだ、まだ、まだ。背中が震えて痛い。痛いよ。苦しい。助けろ。ラファエロ。何故見ているだけなんだ。コノ宿命から解キ放てよ。嗚呼、黒い光が。一番暗い光が見える。
フィナーレの雨が降る
僕のために、わたしのために、悪魔よりも悪いものに憑りつかれていた母よ。お別れをさせて。終わらせて。もう守らなくていい。僕は上手くやるから。終末の狭間デ踊って、全知の色を描いて、全能の歌を歌うから。なのに、ドウシテ。どうして君は泣いているんだ。うれしいはずなのに、やっと望まぬ牢カラ、ヴァルナの索カラ去れるのに。コノしがらみだらけの殻から抜け出せるのに。

色ハ、凪グ
世界が崩れていく。僕が壊れてく。
まだ死んでない。死んでなんかない。
生きろよ。イキレナイ。死ね。シニタクナイ。
やめとけばよかったんだ、サイショカラ。
色即是空、空即是色
それでもやはリお別れだ。
たまたま、そちら側にいる君よ。
何も知らない君よ。
病室で、一人の少女が泣いていた。
わたしも妻も、お前のことを心から、心の底から愛してた。

◆第十部 散文詩『病花』

◇変わり果てるセツナに因りて
眼前に悠然と薄れゆく景色の行く末を求めて、セツナ。
ただ、セツナはそこにあることを止められず。だが、それさえもっと大切にしていたのなら、絶えずとも不変の意図する原初の光にも満たされないことはなかったろうに。だから私が紡ぐ言の葉なのであろうか。
散文詩の求める色香や音調のために、流離う離縁の求道者らは、せめて手向けに奏でるその心臓の音を止めずに、さぁと合図して海底へと身を投げ打つのです。
狂えるほどに、Cruel。
さて、此度の醜態にも慌て始めた終焉に、病花の色香らは散文詩の求めるセツナの導きに因って花園の先へ、楽園の行く末にも満たない、月の秘密のみぞ知る類の孤独を愛するために、ただその身果てる定めを悟る。
「僕はここだよ」
神に告げても、誰も気づいてくれやしない。だからと期待をやめるのも愚かだと云う心根のために、いつまでもここに根を張るのをやめる日のために歌いたい。
やめて、やめないで、病まないで。
病花の痛み、病花の憐憫よ。
病花が咲いたよ、美しく。
だけど、いずれ枯れると知って。
終末の日に咲いたから。
ああ、わたしは、ぼくはここにいる。
生まれてくる場所選べずに、それでも根を張り生きてきた。病花は脳に種を植え、咲いた妄想、愛おしい。
ああ、病まないで、止まないで。
心の雨よ止まないで。
このままでいい、暗くても。
刹那、縁して曰く「殺せ」と。
セツナはそっと手を離した。花を見つめて、なおも手向けに供える旋律に、雲の上を飛ぶ鳥たちを想っては、晴れた夏の陽射しに涙する蝉の声を手放して、ぼくは行くよ。
咲いたよ咲いた、病花がね。
心ここにあらず。
でも、いいんだ。
綺麗に咲いたから。
病室の窓辺に一輪の花。
それでいい。これがいい。
だから、ぼくはもういいんだ。

◇病花よ、永遠に
散文詩は結局、己が最終的究極的に求めるものを自己に帰結することにした。否、そうせざるを得ない世界であったからだ。だが、世界は時流は否応なしに続く。その定めを悟る日にも、次に求めるべき問を知るのだ。
離縁の求道者らの旅はまだ終わらない。
セツナ、それは真理へと導く理のこと。天使にも神にも仏にも似たセツナは、まるで病花であった。妄想か、蒙昧か。だが、むしろその幻想に映る色香や旋律に、私達の魂魄は打ち震え、雄叫びを上げ、天へと昇る翼を得るのだ。
死とハデスの狭間より、愛を体現せしめよと。
まだ死んでないだろう?
虚空を見据えてなお、いつか全てを忘れてしまう僕のために、この言葉等を紡ぎたい。
病花よ、永遠に咲け。

フリーズ249 涅槃詩集『ニルヴァーナ』(林)

フリーズ249 涅槃詩集『ニルヴァーナ』(林)

涅槃詩集『ニルヴァーナ』のあらすじ 空花凪紗 涅槃詩集『ニルヴァーナ』は、愛と死、孤独と救済をめぐる魂の旅路を描く詩と物語の結晶である。第一部では「あの日の僕へ送る詩」として、失われた自己と神への祈りが散文詩と歌に刻まれる。第二部では「名もなき詩」と「僕は恨まない」の連作を通し、愛や死を前にしても恨みを抱かぬ意志を歌い上げる。第三部「フィニスの晴れた日曜日」では天地創造を模した七日間の詩小説が展開し、終末と再生の恋が語られる。第四部「最愛の君へ」では記憶の裏側に刻まれた愛の真実が浮かび上がる。全編を通じて、世界の創造と終焉、そして「僕」と「君」を結ぶ永遠の愛の詩が奏でられる。涅槃に根差した心根を抱いて、少年と少女は永遠の愛を紡いでいく。涅槃の先にあるもの、ないものを求めて、この散文詩は比翼する。

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  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-09-12

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