
掌編集 48
471 父のジョッキ
子どもの頃、電気製品は町の電気屋さんから買っていた。馴染みの電気屋さん。
当時の電化製品は、
テレビ(ブラウン管のせいぜい18型?)
冷蔵庫(氷は勝手にできない)
洗濯機(二層式)
掃除機 (コードを引きずる凄まじく吸引力のある)……
炊飯器はまだ家にはなく、木の蓋のお釜、おこげができるやつ。あれ、もう1度食べてみたい。
電子レンジ、クーラー(冷房のみ)はもっと後のこと。このふたつが家に来たときは、母は嬉しそうだった。学校から帰った私を見てニコニコしていた。
当時の最高気温はまだ30度くらい。
買った金額で景品がもらえた。冊子から選ぶ。そんなことが楽しみだった。
私はオルゴールが欲しかったが、父はジョッキを選んだ。陶器でできて、彫刻のような飾りがついた大きいのがふたつ。
オルゴールとどちらを先に貰ったのかは忘れたが、父のジョッキは小さな吊り戸棚の中にしまわれた。
そこにはお酒の景品のグラスや、洒落た葡萄酒の瓶。
父はもっぱら日本酒を飲んでいた。(それも二級酒)
ビールは特別の時だけだった。
その特別な日が来た。
姉が結婚相手を連れてきた。
初めて父にお酌された時は手が震えたという。
それからはよく来るようになった。姉は料理の本を見てご馳走を振る舞い、父と義兄は飲んだ。
大晦日の夜も来ていた。
年が明けると父は初めてあのジョッキを出した。ふたりは、飾りだったジョッキで乾杯をした。
ふたりが結婚し私が就職し、両親は毎年旅行した。
しかし4年目はなかった。
母を亡くした父は気力をなくした。
それから父の伴侶は酒だけになった。
【お題】 ジョッキで乾杯!
472 教えて
子どもの頃、砂浜を歩いて、ずっとずっと歩いて行くと海があった。
波が大きくて怖かった。
見たこともない荒波。
見飽きなかった。
ずっと見ていた。
「もう帰るぞ」
あなたが言った。
あれはどこの海だったの?
大人になり、行ってみた海はどこも違っていた。あの海とは違う穏やかな海ばかり。
あれはどこの海だったのだろう?
夢だったのだろうか?
あの景色だけは、はっきり覚えている。
あの声だけは、はっきり覚えている。
ずっと行きたいと思っている。
とーちゃん、あれはどこの海だったの?
【お題】 砂浜キミ想い
473 最後だから
ネムノキさんは看取り介護で戻ってきた。旦那様は連日面会に来ていた。
最期のときは真夏の暑い日。
私が出勤したときはすでに亡くなっていた。医者が来るまで冷房を効かせている。カーテンを閉めて。
旦那様はずっとそばにいた。
寒い。
私は熱い茶を淹れ、毛布を持っていった。
半年もしないで旦那様の訃報を聞いた。
【お題】 冷房が効きすぎて
474 会話のキャッチボール
「あなた、ここにいらっしゃいよ。あなた、家どこ? 私はパチンコ屋のそば。すぐそこよ」
「オレ、会津だ」
「あなた、いいからそこに座ってなさいよ。帰る時は一緒だから」
「ん、だけど、オレ」
「ちょっと、そこに座ってなさいよ。座っていればいいの。なに? どこが痛いの? おねえさん、医者呼んで」
「オレ、ちょっと行ってくらぁ」
「だから、そこに座ってればいいの! 私の子どもふたりは医者だから、呼べばすぐ来るのよ」
「ハジカミさん、トイレ行きましょう」
ハジカミさんがいなくなるとタラノキさんはよその部屋に入ってしまう。
「タラノキさん、なにやってんの? ダメですよ。掛け布団持ってこないで」
「だけど、オレ、はい、わかりました! 先生」
ハジカミさんが戻ってきた。
「あら、あなた、会ったことあるわね。家はどこ? 私はパチンコ屋のそば。すぐそこよ」
「オレ、会津だ」
「おふたりとも、今日はお泊まりですよ」
【お題】 感情のバッテリー
475 ベーヤン
東京生まれの東京育ちで、大阪にはいまだに行ったことがない。
だから、「ええやん」という言葉は使わないのでパスかな?
でも、悔しいな。
Aやん、Bやん……
あら、べーやんて、だれだっけ?
たしかアリスの誰か……
堀内 孝雄は、アリスのメンバー。愛称は「ベーヤン」。
愛称の「ベーヤン」は、苗字が似ている「堀部安兵衛」が由来 (本人談)。
高校では軽音楽部に所属。「べー」と呼ばれていた。
やしきたかじんとは桃山学院高等学校の時の同級生であり、『やしき』、『ベーヤン』と呼び合う仲であった。ちなみにたかじんが新聞部部長、堀内が軽音楽部部長であった。
20代後半の頃、売れない歌手を続けていたたかじんは当時生活していた東京で堀内と再会する。
「今アリスやってるねん」
と近況を話した堀内に対して、まさか同級生が当時売り出し中のグループのメンバーであるとは思いもしなかったたかじんは、堀内がアダルト向け書籍 (ビニ本)のアリス出版で働いているものと勘違いし
「お前ええ歳してもう少し真面目な仕事せんかあ!!」
と説教をしたと言う逸話がある。
やしきたかじん、今、wikipediaざっと読んで歌を聴いてきました。
やしきたかじん、ええやん。
【お題】 ええやん
476 果物の話
最近値上げがひどくて、値上げに慣れなきゃ、と思うけど果物が買えない。バナナしか買えない。
去年はスイカがおいしくて、ふたりなのに丸ごと一個買って連日食べた。食べた。
今年は倍近くない?
考えても、やはり買えない。
そこで考えた。
夜、買いに行く。ウォーキングがてら。まだ暑いけど。
やったあ、半額だ。
それにしても混んでる。皆同じこと考えてるか。
友人に会った。値下げした寿司を買っていた。
プラムも半額だったのでこちらも買った。
しかし、早く食べなければと思って食べ過ぎた。
ひんやりした果物を自分の弱い胃には容量オーバー。
次の朝、体重が減ってて嬉しいやら。
【お題】 最近冷んやりした出来事を簡潔に話す
477 ついに来た
ついに来た。だらだらday。
もうそろそろかな、と思ってたけど、今来たら生死に関わる。どうか、もう少しあとにして。
願いも虚しく来てしまった、だらだらday。
だらだらしてたわけではないの。
朝から仕事行って日中は少しはだらだらしたけど。
でも、ちゃんと料理したわ。暑いのに煮物も作り秋刀魚も焼いた。キャベツも山ほど刻んで手作りドレッシングも作った。
食事が終わる頃、気が付いたらカーペットが濡れてる。
まさか、まさか……
ああ、エアコンから水漏れが。
タオルを敷いたけど、だらだらからボトンボトンに。
急いでネットで調べて、外のドレーンホースに菜箸突っ込んでみたけど、ゴミは詰まってない。
それから大掃除して付けたら、だらだらボトンが止まった。
ああ、よかったと思い、寝ながら書き始めたら、まただらだらボトンボトン。
夫は起きない。
気になるけど無視しよう。
それともエアコン切って窓開けようか?
【お題】 だらだらday
478 いい加減にして
ちょっと前までは楽だった。
ほとんどの人が食べて寝るだけ。介護度が高いから喋らない、歩かない、文句言わない。
介護士さんは大変だけど、周辺業務の私は楽だった。
それが、ここ数ヶ月で様変わり。
歩く。転ぶ。喋る。説教する。人の部屋に入ってしまう。
そのたび、私は手を止めてあたふたする。
職員さんは居室で排泄解除。
周辺業務でも短い勤務時間にやらなければならない仕事がある。
お願い。邪魔しないで!
ついつい大声になる。
「タラノキさん、なんで掛け布団持ってくるの? 人の部屋に入らないで!」
そのたび、
「はい、わかりました、先生」
大声出すのは虐待なんです。
反省するけど。
帰宅願望のハジカミさんは、私を手招きする。洗い物で忙しいのに。
「帰りたいの。タクシー呼んで」
毎日何度も繰り返される会話。
「今日は遅いですから明日お迎えにきてもらいましょう。今日はお泊まりですよ」
「あら、部屋あるの?」
数分すればまた手招きする。洗い物を続けると立ち上がる。歩けないのに。転んだってしかたない。
「転んで入院しろ」
と、心の声。
ああ、すさんでいるな。
辞めていった人たちはどうしてるだろう?
「トイレ、行ったばかりでしょ。1時間は行かせません!」
帰宅願望の人には、
「帰んな! 帰っていいよっ!」
皆のいる前で、
「うん⚪︎、出た?」
さすがにひどいと思ったけどなにも言えなかった。
そしていなくなる。
私もいつかいなくなる。
【お題】 あたふた
479 ライトレール
娘からラインが来た。小1の子の宿題がわからないと。
絵を見て答える。
「でんしゃ」と返信したら、カタカナで6文字だと。
1両の乗り物、線路がある。
ネットで検索。
知恵袋にあった。同じ絵。やはり小1の問題がわからない、と。
回答
ケーブルカーが多数。
でも、ライトレール。
小1には難しいと思いますが「ライトレール」(1種の路面電車のことです)。
ばあさんだってわかりません。
理由、線路とパンタグラフと架線があるので電車以外あり得ない。
1両なのでケーブルカーを想像しやすいが、引っ張るケーブルもないので違う。
1両の電車といえば路面電車。これをすこし近代的にデザインした物がライトレール。
日本では地方都市にしかないのであまりなじみがないかも。
夜中に考えた。こんな問題が小1で出る?
答えは単純にケーブルカーでは?
絵に間違いが?
問題が間違っている?
一応娘にラインしておいた。
明日の答え合わせが楽しみ。
【お題】 あたふた
480 怖いものなし
無敵オーラといえばあの人だな。
95歳を過ぎていて、もう……怖いものなし。
言ってはいけないが言ってしまった。サカキさんの今……
職員がコソッと言った。
「もう、人間じゃないよね」
「前からですよね」
キッチンでの私との会話。
蔑んでいるわけではない。病気だとわかっている。病気のこともわかっている。
「あー! ハヨ持ってこぉい! はやくしろぉ!」
聞き取れない大声でテーブルを叩く。周りの人がうるさがる。
ビニールのエプロンをかじる。滑り止めのマットをかじる。スプーンを持たせても口まで届かない。エプロンに落ちる。手づかみで食べる。そして食事介助。食べるのは早い。ソフト食を完食。
陰部に手を入れ、便を舐めた……
夜勤さん、拭くのは大変だろう。
無敵オーラのサカキさんはそれでもユニットのアイドルだ。タラノキさんは世話を焼きたがる。家族は3年も来ていないが。子どもたちも高齢だ。
【お題】 無敵オーラ
サカキさんの足が拘縮して座っているとわからないが、寝ていると膝が曲がっていて伸びない。
職員がぽろっと言った。
「お棺に入らないよね」
何気なく言ったのだろうが、引っかかった。不謹慎なことを言うな、ではなく、疑問が。
親しい美容師さんとの会話。
15年前、おかあさんが亡くなった時のこと。
葬儀屋さんが棺に入れてくれた。近くに彼女がいると思わなかったらしい。
バキッ! と音がした。
折った? と思ったが黙っていたと。
「15年前だけどね。今はどうなんだろう?」
孤独死の場合、玄関に向かって腕を伸ばして亡くなったりしたら……
と、美容師さんは仕事の手を止めてそんな格好をする。
折る? だって棺の蓋が閉まらない。そのまま収まる大きな棺があればいいけれど。
これは検索したらたくさんある。
実際に折られて憤慨した人。
蓋から手が出ていていいのですか? と回答する人。
家族の精神的な苦痛は金銭的に評価する方法しかない、とか。
湯灌すれば伸びる? 乾物じゃあるまいし。
長生きして最後は棺の蓋が閉まらない!!
掌編集 48