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471 父のジョッキ
子どもの頃、電気製品は町の電気屋さんから買っていた。馴染みの電気屋さん。
当時の電化製品は、
テレビ(ブラウン管のせいぜい18型?)
冷蔵庫(氷は勝手にできない)
洗濯機(二層式)
掃除機 (コードを引きずる凄まじく吸引力のある)……
炊飯器はまだ家にはなく、木の蓋のお釜、おこげができるやつ。あれ、もう1度食べてみたい。
電子レンジ、クーラー(冷房のみ)はもっと後のこと。このふたつが家に来たときは、母は嬉しそうだった。学校から帰った私を見てニコニコしていた。
当時の最高気温はまだ30度くらい。
買った金額で景品がもらえた。冊子から選ぶ。そんなことが楽しみだった。
私はオルゴールが欲しかったが、父はジョッキを選んだ。陶器でできて、彫刻のような飾りがついた大きいのがふたつ。
オルゴールとどちらを先に貰ったのかは忘れたが、父のジョッキは小さな吊り戸棚の中にしまわれた。
そこにはお酒の景品のグラスや、洒落た葡萄酒の瓶。
父はもっぱら日本酒を飲んでいた。(それも二級酒)
ビールは特別の時だけだった。
その特別な日が来た。
姉が結婚相手を連れてきた。
初めて父にお酌された時は手が震えたという。
それからはよく来るようになった。姉は料理の本を見てご馳走を振る舞い、父と義兄は飲んだ。
大晦日の夜も来ていた。
年が明けると父は初めてあのジョッキを出した。ふたりは、飾りだったジョッキで乾杯をした。
ふたりが結婚し私が就職し、両親は毎年旅行した。
しかし4年目はなかった。
母を亡くした父は気力をなくした。
それから父の伴侶は酒だけになった。
【お題】 ジョッキで乾杯!
472 教えて
子どもの頃、砂浜を歩いて、ずっとずっと歩いて行くと海があった。
波が大きくて怖かった。
見たこともない荒波。
見飽きなかった。
ずっと見ていた。
「もう帰るぞ」
あなたが言った。
あれはどこの海だったの?
大人になり、行ってみた海はどこも違っていた。あの海とは違う穏やかな海ばかり。
あれはどこの海だったのだろう?
夢だったのだろうか?
あの景色だけは、はっきり覚えている。
あの声だけは、はっきり覚えている。
ずっと行きたいと思っている。
とーちゃん、あれはどこの海だったの?
【お題】 砂浜キミ想い
473 最後だから
ネムノキさんは看取り介護で戻ってきた。旦那様は連日面会に来ていた。
最期のときは真夏の暑い日。
私が出勤したときはすでに亡くなっていた。医者が来るまで冷房を効かせている。カーテンを閉めて。
旦那様はずっとそばにいた。
寒い。
私は熱い茶を淹れ、毛布を持っていった。
半年もしないで旦那様の訃報を聞いた。
【お題】 冷房が効きすぎて
474 会話のキャッチボール
「あなた、ここにいらっしゃいよ。あなた、家どこ? 私はパチンコ屋のそば。すぐそこよ」
「オレ、会津だ」
「あなた、いいからそこに座ってなさいよ。帰る時は一緒だから」
「ん、だけど、オレ」
「ちょっと、そこに座ってなさいよ。座っていればいいの。なに? どこが痛いの? おねえさん、医者呼んで」
「オレ、ちょっと行ってくらぁ」
「だから、そこに座ってればいいの! 私の子どもふたりは医者だから、呼べばすぐ来るのよ」
「ハジカミさん、トイレ行きましょう」
ハジカミさんがいなくなるとタラノキさんはよその部屋に入ってしまう。
「タラノキさん、なにやってんの? ダメですよ。掛け布団持ってこないで」
「だけど、オレ、はい、わかりました! 先生」
ハジカミさんが戻ってきた。
「あら、あなた、会ったことあるわね。家はどこ? 私はパチンコ屋のそば。すぐそこよ」
「オレ、会津だ」
「おふたりとも、今日はお泊まりですよ」
【お題】 感情のバッテリー
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