フリーズ777『ランダムシリーズ』

起 ノービス脱却編 旅の始まり

01いきなり卒業

「それではパーティー決めに入りたいと思います」

 教壇に立つ一人の先生が三十人の生徒達を見ながらそう言った。今日はここ、勇者学院の卒業式の日だった。既に卒業式は終わっていて、最後のホームルームが各教室で行われている。ここはFクラス。俗に言う落ちこぼれクラスだった。

「三人一組で決まったら先生の所まで来なさい」

 先生の元へと三人組みを作った生徒達が向かって列をなしていく。既に前々からパーティーを決めていた者達だった。対して残された生徒達はどうしようと右往左往していた。

「ねぇ、私とパーティー組まない?」
「君の職業は確か魔法使いだったよね。いいよ」

 そんな会話がそこかしこで聞こえる中、一人椅子に座り笑っている少年がいた。

「ふははは。思い出したぞ!これはゲームの世界だ!」

 独り言を呟く少年を見て周りの生徒達は距離を置く。

「おい、ノービスがついに狂ったぞ」
「あいつとだけは絶対に組みたくないわ」

 少年の名はネイビスと言うが、職業が初級職ノービスだから落ちこぼれのノービスと呼ばれている。ネイビスは学年唯一のノービスで、最弱と悪名高い。
 ネイビスは自身の過ごした一七年間の記憶を持ちながらも前世のことを思い返していた。

「これは俺が何度も周回プレイしたゲーム『ランダム勇者』の世界だ!今はそのスタート場面に違いない!」

 ネイビスは前世でプレイしていた一つのゲームを思い返す。その名も『ランダム勇者』。勇者学院のFからSの計7クラスにいる210名の卒業生(キャラ)からランダムに三人が選ばれて、そのメンバーで魔王討伐を目的に旅をするという王道RPGだ。
 このゲームの面白い所はなんと全部で1521520通りのパターンがある所だ。キャラの組み合わせで攻略難易度が変わっていく。
 キャラごとに職業がありステータスの成長の仕方が変わるため、なかなかに奥深いゲームだ。もちろんリセットしてガチャをやり直すこともできるが、ネイビスはリセマラを邪道として一切リセットすることはなかった。たとえどんなキャラの組み合わせでもクリアできるようになっているのも一つの要因だが、彼のプライドがリセマラを許さなかった。
 ネイビスがそんなことを思い返して懐かしんでいると、とうとう最後の三人になってしまった。そのことに気づいたネイビスは席を立って残りの二人の少女の元へ向かう。

「やぁ。俺はノービスのネイビス。一緒にパーティーを組もうぜ」

 ネイビスは微笑みながら語りかける。すると、背の低い黒髪のボブの少女が少しだけ前に出て軽くお辞儀をした。

「お、お願いします……」
「ちょっとビエラ。こいつノービスなのよ!わかってる?」
「で、でも。私たちしかいないし……」
「それはそうだけどさぁ」

 二人の名はビエラとイリス。イリスは金色の長髪をした強気な少女で、背はネイビスより少し低いくらいだった。どうやらイリスはネイビスとパーティーを組みたくないらしい。

「大丈夫。俺、こう見えて結構強いから」
「誰でもなれるノービスなのに?」
「そう。ノービスこそが最強になれる唯一の職業なんだ」

 ビエラはその話を聞いて「へぇー。そうなんだ」と納得し、イリスは「あほくさ」と首を振っている。

「どのみち私達三人で組むしかなさそうね。私はイリス。剣士……見習いよ」

 イリスが諦めて自己紹介をしたが、職業を言う所だけ声が小さかった。恥ずかしかったのかとネイビスは思うが同時にはっとする。

「もしかして見習い職?」

 ネイビスがそう聞き返すとイリスは顔を赤くして「そうよ、悪い?!」と大声で言い返した。

「いや、悪くない。というか、むしろ最高だわ」
「へ?」

 ネイビスの言葉にあっけらかんとするイリス。この反応は無理もない。ノービスに並ぶ初級職が所謂見習い職と呼ばれるものだった。
 例えば剣士系統で言えば初級職が剣士見習い、下級職が剣士、中級職が剣豪で上級職が剣聖となる。
 Fクラスの中でも初級職の生徒は少なく、彼らは落ちこぼれの中の落ちこぼれという不名誉な烙印を押されていた。そんな初級職である剣士見習いを最高とネイビスは称したのだ。驚くのは必然である。

「いいか。初級職こそが最強へと至る道だ」

 ネイビスは自信を持ってそう断言する。それを見てイリスはすかさず言い返す。

「そんな訳ないわ。だって、同じレベルでも職業のランクが違うだけでステータスにも差が出るって授業で習ったじゃない」

 確かにランクによってレベルが上がるごとに上昇するステータスは異なる。勇者学院の生徒はどの職業がどのくらいステータスが上がるかを既に授業で習っていた。例えば初級職のノービスが一番低く、上級職の勇者が一番高い。その上昇値は以下のようになる。

 ノービス
 HP:3
 MP:3
 STR:1
 VIT:1
 INT:1
 RES:1
 AGI:1
 DEX:1
 LUK:1

 勇者
 HP:9
 MP:9
 STR:3
 VIT:3
 INT:3
 RES:3
 AGI:3
 DEX:3
 LUK:3

 このことを考えれば職業ランクが高い程強くなれるはずだ。だが、『ランダム勇者』において唯一のノービスの職を持つキャラであるネイビスはむしろ一番の当たりキャラだった。なぜなら……。

「イリス。転職って知ってるか?」
「え?何の話?転職って仕事を変えるっていう意味でしょ?」

 イリスの反応を見てネイビスは疑問に思った。ネイビスはさっきからずっと黙ったままのビエラの方を向き、同じ質問を尋ねる。

「私も、イリスちゃんの言っていることが正しいと思う」

 二人の反応を見てネイビスはこの世界に転職という概念がないことに気付く。確かに今思い返せば学校の授業で転職については一切語られていなかった。
 ゲームではレベル99に達するとスキルやステータスを引き継いで一つ上のランクの同系統の職業のレベル1に転職出来るのだ。
 ノービスはさらに一段階多く最初に見習い職に転職出来るので、この点で育成次第ではゲーム内最強ステータスに至ることができる。
 ネイビスというキャラは全ての系統で最強になり得るので、ジョーカーキャラと呼ばれていたりもした。
 だがここは現実世界。そもそもレベル99に達することがまず不可能なのだ。授業で習った歴史上最高到達レベルは確か67とかだったはず。

「この話はまた今度しようか。それより君はビエラであってる?」

 ネイビスは一旦転職のことを保留し、三人目のメンバーの自己紹介を促す。

「はい!私はビエラです。職業は僧侶見習いです……。よろしくお願いします!」
「よし。ナイスだ、僧侶見習い!」

 ネイビスはかなり興奮していた。このパーティーなら、最強を目指せると確信していたからだ。ネイビスはいずれ魔法職方面に転職しようと考えていた。近距離の剣士系、遠距離の魔法系、回復の僧侶系とバランスも比較的良く、何しろみんな初級職スタート。もしこの世界が『ランダム勇者』の世界と同じなら、今回のガチャは間違いなく神引き。しかも、一番育成に時間のかかる玄人向けのキャラ構成だ。
 前世の記憶はゲームに関する知識以外ほとんどないが、ネイビスとしてこの人生を思い切り楽しもうと少年は決心するのだった。

02旅立ち

 卒業式の次の日、ネイビスとビエラとイリスは俗に言う始まりの町の広場にある噴水の前に集合していた。

「ねぇ、ネイビス。何でわざわざここに集合したのよ?どうせなら門の前とかでよかったじゃない」

 イリスがネイビスに不満げに訊く。対してネイビスは「何だ、そんなことか」と言ってイリスの方を向き、下を指差した。

「この場所が旅のスタート地点って決まっているからだ!」
「すたーとちてん?」

 胸を張って堂々と言い放つネイビスの言葉が理解できなかったのか、ビエラが聞き返す。

「あぁ。まぁ、二人に話しても理解できないと思うがな」
「何それ、なんかムカつくわね」
「こだわりってこと?」
「それで合ってるぞビエラ」
「それなら早く行きましょう。もう同期の子達はとっくに旅立ってるわよ」

 イリスの言葉にネイビスは顔をしかめて尋ねる。

「何でそのことをイリスが知ってるんだ?」
「え、掲示板見てないの?」
「何それ。掲示板?」

 ネイビスが首をかしげていると、イリスはポケットから漆黒のカードを取り出してネイビスに見せる。

「これ。昨日の卒業式の時にもらったでしょ?卒業証明書にもなるんだから大切にしなさい!」
「これを見せれば安くなる店もあるって言ってた……」

 イリスとビエラの説明を受けてやっとネイビスはそのカードの存在を思い出した。

「あぁ、あれか。そう言えばもらったなぁー」
「あなた、もしかしなくても失くしたりしてないわよね?」

 ネイビスはポケットの中やカバンの中に手を突っ込んで調べて一つの真実に辿り着いた。

「あーっと。たぶん失くしたっぽい」
「嘘でしょ!?」

 ネイビスの返答にイリスが驚き呆れて大声を出す。ビエラが「声大きいよぅ」と周りの視線が集まるのを気にしていた。

「このマギカードは再発行できないとても大切なものなの!本人しか使えないようだから悪用はされないだろうけど魔王討伐には必要なアイテムなの!」
「マギカード?そんなアイテム聞いたことないし、なくても普通にクリアできたけどなぁ」
「ええ?何言ってるのかよく分からないけど、とにかくマギカードに搭載されている掲示板機能は旅の情報共有に欠かせないの。本当にあなたおかしいわ」
「まぁまぁ、誰でも失敗はあるよ。だからイリスちゃん。落ち着いて」

 ビエラがイリスをなだめる。恥ずかしがり屋のビエラはこれ以上注目されるのが嫌だった。しかも、こちらを見る人の中には勇者学院の卒業生もいて、なおさら恥ずかしかった。

「そうだそうだー!俺はマギカードなんかなくても魔王討伐してみせる」
「まぁ、いいわ。それよりも早く行きましょう。今この瞬間もライバルと差ができてしまうわ」
「そ、そうだね。ネイビス君。どこに行くの?」

 このパーティーのリーダーはネイビスになっていた。イリスとネイビスが立候補してじゃんけんで決めたのだった。

「北の森かな」

 ネイビスの言葉を聞いて、二人は驚く。

「え、いきなり北に行くの?」
「掲示板によると、みんなは東か南に行ってるわね。西も少しいるみたいだけど、北に行った卒業生は一人もいないわ」
「北に行くほど魔物って強くなるんじゃ……」

 心配するイリスとビエラを見てネイビスは笑った。

「強いからこそ挑む価値があるんだよ」
「はい?ちょっといいネイビス。あなた自殺志願者なの?」
「違う違う。それに次の町に行くなら北の森を突き抜けるルートが一番の近道だし」
「あの勇者パーティーでさえ北の森は避けたのよ?私たちが行っても無駄死にするだけだわ。第一、あなたレベルはいくつなの?」

 そう言われてネイビスは自身のステータスを確認した。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:ノービスLv.9
 HP:30/30
 MP:30/30
 STR:10
 VIT:10
 INT:10
 RES:10
 AGI:10
 DEX:10
 LUK:10
 スキル:なし

 そう言えばスタート時のレベルは1から9のランダムだったことをネイビスは思い出す。ここにもランダム要素を入れてくるあたり、やっぱり『ランダム勇者』だなぁとしみじみするネイビスであった。

「レベル9だけど」
「なに!見せてよ。……本当だ。負けた」

 イリスはネイビスの前に表示されているステータスウィンドウを覗き込むとがっくりと落ち込んだ。

「イリスは何レベル?」
「6よ6。低くて悪かったわね」
「別に悪いとは言ってないけど」

 そんな二人を見てビエラがもじもじとしていた。

「あのー。私、実はレベル2なんです……」

 か細い声でそう言うビエラ。その表情はとても申し訳なさそうだった。まぁ、こればかりはランダムだから仕方ないか。そう思うネイビスだった。
 二人のステータスはこんな感じだ。

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.6
 HP:21/21
 MP:21/21
 STR:14
 VIT:14
 INT:7
 RES:7
 AGI:7
 DEX:7
 LUK:7
 スキル:なし

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.2
 HP:9/9
 MP:9/9
 STR:3
 VIT:3
 INT:6
 RES:6
 AGI:3
 DEX:3
 LUK:3
 スキル:なし

 イリスはともかくビエラはかなり危ういとネイビスは思う。パーティーを組めば取得経験値は三等分されるので、ネイビスは自分とイリスが戦って、先ずは第一スキルが取得できるレベル10を目指そうと思った。

 第一スキル一覧
 レベル10で習得

 ノービス:応急処置(自身のHPを微量回復する)INT依存

 剣士見習い:スラッシュ(強力な一撃を与える)STR依存

 僧侶見習い:プチヒール(対象のHPを少量回復する)INT依存

「これでも本当に北の森に行くの?確か北の森の推奨レベル10以上だったはずよ?」

 イリスが不安げにネイビスに訊く。
 南の平原、東の丘は推奨レベル3以上。西の草原は推奨レベル5以上となっている。職業によってステータスの上昇値は異なるため一概にはレベルだけで判断するのはあまり賢くはないが、それでもある程度そのエリアの難易度の指標にはなっている。
 ネイビスら三人は北の森の推奨レベルに達していない上にステータスの上昇値が低い初級職だ。無謀にもほどがある。

「イリス、ビエラ。今の俺たちに足りないものはなんだかわかるか?」

 ネイビスは唐突に二人に質問をした。

「レベルでしょ。あとは装備」
「私もレベルが足りないと思う」

 二人はそれぞれの答えを出すが、ネイビスは首を振った。そして答える。

「金だ」
「金?」
「あぁ。今俺が何ギル持っているかわかるか?」
「知らないわよ。私は2,000ギル持ってるわ」
「私は1,500ギル持ってます」
「0だ」
「はい?」
「俺はな。一文無しなんだ!」

 またしても登場するのはランダムシステム。一人一人のキャラが0から5000ギルの間でランダムに所持金が決まり、その合計がパーティーの所持金となる。

「ほんと呆れた。あなたこれから旅に行くのよね?それなのにお金ないって……」
「こればかりは申し訳ない。だか無いものは無いんだ。これでやっていくしか無い」

 開き直るネイビスに呆れながらも、いつものことかと諦めるイリス。

「それと、な。北の森は別名スライムの森と呼ばれている」
「知っているわ。確か普通のスライムに加えて魔法を使ってくる属性スライムが出てくるんでしょ?」

 属性スライムは魔法を使ってくる魔物の中で最も弱いが、実際は魔法を使ってくるというだけでとてつもなく脅威となる。それ故に北の森の推奨レベルが他のエリアと比べて高めなのだ。

「それとお金とどう関係するの?」
「ビエラ、いい質問だ。北の森にはな、シルバースライムとゴールデンスライムが現れるんだ」
「そんなの聞いたこと無いわ。授業だと、スライム、ファイアスライム、アイススライム、ウィンドスライムの4種しか現れないって習ったわ」
「シルバースライムとゴールデンスライムって、出現条件が分かっていない幻の魔物じゃなかったっけ?」
「確かにそれは合ってるが、シルバースライムとゴールデンスライムは北の森の隠しエリアに出現するんだ」

 ネイビスの言葉に驚く二人。イリスが訝しげにネイビスを問い詰める。

「なんであなたがそんなこと知ってるのよ?」

 ネイビスは焦る。前世の知識だなんて言っても信じてもらえなさそうだし、第一ゲームという概念が伝わらなそう。

「いやー。それはね。学校の図書室にある本に書いてあったんだよ」
「本当?」
「本当だって。俺が嘘つくメリット無いでしょ?」
「嘘。私、全部の本読んだけどそんなこと書いてなかった」

 ビエラがさらにネイビスを追い詰める。

「あれー。じゃあどこで知ったんだろう。ごめん、思い出せないや」
「なーんか怪しいわね」
「うんうん」
「まぁ、とりあえず北の門に行こうか」
「ちょっと、まだ話し終わってない!」

 話題を変えようとするが誤魔化せていないネイビスであった。

03スライムの森

 ネイビスとイリスとビエラの三人は北の門を出て森へと続く道を歩きながら作戦会議をしていた。

「属性スライムを見たら逃げる一択だ」
「情けないわね。さっき強いからこそ挑む価値があるって言ってたのは何だったのかしら」
「あれは嘘だ。こればかりはしょうがない。今の俺たちが魔法を食らったら一撃で死ぬ」
「私、怖くなってきた」

 ネイビスの一撃で死ぬという表現に怖気付いてブルブルと震えるビエラ。

「本当に大丈夫なの?」
「スライムなら問題は無い。俺とイリスが近づいて倒す」
「シルバースライムとゴールデンスライムは?」
「そいつらも平気だ。シルバースライムはただ防御力がありえないほど上がったスライムだし、ゴールデンスライムはただ体力がありえないほど上がったスライムだ」
「銀と金を落とすのよね」
「あぁ。上手くいけば億万長者になれるかもしれないな」

 そんな会話をしつつ三人はネイビスを先頭にしてスライムの森の中へと入っていった。

「うわ。いきなりファイアスライムだよ。運悪いな」

 ネイビスの視線の先にはオレンジ色のスライムがいた。三人は迂回して森の中を進む。

「なんか倒せそうじゃなかった?」

 イリスが遠くなったファイアスライムを見ながらそう言う。

「いや、ダメだ。属性スライムにはな、初心者殺しっていう別名があってな。見た目に反して強いから、弱いと思って挑んだ初心者をことごとく返り討ちにするんだ」
「それは怖いね」
「そうなんだ。気をつけるわ」

 その後もアイススライム、ウィンドスライムと遭遇し、その度に避けて森を進む。

「そろそろスライムいないかなー」

 そんなネイビスの願いが通じたのか、目の前にスライムが2匹現れた。

「2匹か。まぁ、行けるか。俺は右のスライムやるから、イリスは左な」
「わかったわ」
「そんで、ビエラは後ろで待機」
「は、はい!」

 ネイビスは腰に提げた鞘から剣を抜くと、右のスライムに向けて駆け出した。
 ゲームの時はただキャラを操作するだけだったバトルだったが、いざリアルとなると緊張してしまうネイビス。また、敵の挙動もゲームの時のようにはいかない。
 近づくネイビスに気づいたスライムはネイビス目掛けて飛びかかる。

「うわっ!」

 ネイビスは咄嗟に剣を飛びかかるスライムに向ける。ぐさっと、剣がスライムの赤い核を貫いた。スライムは形を維持できなくなり溶け出していく。

「やったわ!倒した」

 ネイビスが左を見ると、既に戦闘を終えていたイリスが誇らしげな顔をして剣を払っていた。

「あ!レベル上がった」

 ビエラが嬉々とした声を上げる。

「何レベルになったの?」

 イリスが尋ねると「4レベルだよー!」とぴょんぴょん跳ねて喜ぶビエラ。
 相手が格下のスライムだから余裕を持って倒せた。だけどもし格上と戦うのならそう簡単にはいかない。これは命のやりとりなんだ。今まではどこかゲーム気分でいたけど、ここは現実なんだと改めて気付かされるネイビスだった。

「気を引き締めていこうか」
「スライム相手なら余裕ね」

 慎重になるネイビスと調子に乗るイリス。ビエラは「二人ともすごいなぁー」と感心していた。

「それにしてもスライムって何も落とさないのね」
「核となる魔石を破壊しないと倒せないからな」

 スライムだけでなく属性スライムも倒しても何も落とさない。このことが人をスライムの森から遠ざける要因になっていた。三人はさらに森の中を進んでいく。属性スライムは避けてスライムは倒す。一時間ほど森を進んで湖の畔に来た三人は休憩することにした。

「もー!あと1レベルでスラッシュ覚えられるのに!」

 ネイビスはノービスLv.11。イリスは剣士見習いLv.9。ビエラは僧侶見習いLv.7になっていた。

「もうすぐで覚えられるよ。それよりノービスの第一スキル応急処置の使い方が分からないんだけど」
「スキルを使おうって意識しながらスキル名を唱えればいいって習ったわよね」
「ネイビス君のHPが減ってないからじゃないかな」
「そうかも。でも自傷する訳にはいかないからな。また今度でいいか」

 三人は休憩を終え、それぞれまた歩き始める準備をした。

「隠しエリアまではあとどのくらい?」
「あそこに見える滝があるでしょ?あの裏側に隠しエリアの洞窟があるんだよ」
「へぇー。ならすぐね」
「じゃあ、早速行くか」

 三人は滝の元へと向かった。

「すごいな」

 ネイビスは滝を見上げて感嘆の声を漏らす。ゲームでは隠しエリアの目印にしていたけど、実際に見るとやはり迫力が違うな。
 三人は岩場を伝って滝の裏側まで向かう。

「きゃー」
「うぅー」

 水飛沫に抗いながらなんとか滝の裏側にたどり着いた。

「涼しかった」
「あー。冷たかった」
「うんうん」

 平然とするネイビス。一方でびしょびしょになった女性陣は文句を言いながらインベントリから服を取り出した。

「ちょっとネイビス。私着替えるから後ろ向いてて」
「私も着替えたいな」
「分かったよ。終わったら声かけろよな」
「絶対に見ないでよ!」
「分かってる」
「絶対だからね!」
「はいはい」

 言われるがままに女性陣に背を向けるネイビス。衣擦れの音を聞きながらネイビスは一つ違和感を感じていた。今、彼女たちはどこから服を取り出した?

「インベントリ」

 ネイビスがそう唱えると彼の目の前にアイテムウィンドウが現れた。

 インベントリ
 ・5000ギル
 ・マギカード

「マギカードあったぞ!」

 ネイビスは前世の記憶を思い出したことですっかりインベントリの存在をど忘れしていた。インベントリを発見したネイビスは嬉しさのあまり二人に取り出したマギカードを見せようと振り返ってしまった。

「何見てんのよ!」
「あぅー」

 ネイビスは全裸のイリスと半裸のビエラを見た。イリスは咄嗟にしゃがみ込んで両腕で胸を隠し、ビエラは持っていた脱ぎたての服で体を隠す。

「すまん!」

 ネイビスはすぐさま謝り再び背を向けた。だが、時既に遅し。

「覚えてなさい!私がスラッシュを覚えたら真っ先にあなたに使ってやるんだから!」

 死刑宣告を受けるネイビスだった。



 洞窟に膝をついて目の前の女性に頭を下げる男がいた。もちろんイリスとネイビスである。

「この度は着替えを見てしまい本当に申し訳ありませんでした」
「本当にありえないわ。あれ程見ないでって釘を刺したのに」
「マギカードを見つけた嬉しさのあまりつい」
「それも私たちの裸を見るための口実なんじゃないの?マギカードなくても魔王倒せるとか豪語していたじゃない」
「あれは強がっていたというか、なんというか。とにかく、見るつもりは本当になかったんです」

 説教をするイリスと謝罪するネイビス。そんな二人を見てビエラは笑っていた。

「とりあえず私がスラッシュを覚えたら一撃入れるの決定ね。よかったわね。応急処置試せるわよ」
「その前に俺死んじゃうんで勘弁してください」
「ふふふ」
「ビエラ。あなたも笑ってないでこの男になんか言ってやりなさい。この手の男はね、ちょっと顔がいいからってすぐに調子に乗るんだから」
「それって褒めてる?」
「褒めてない!貶してるのよ」

 ネイビスは茶髪で、それなりに整った顔をしていた。そんなネイビスを見てビエラは頬を赤く染めながら言う。

「ならネイビス君の裸を見させてください。それでチャラにしましょう」

 イリスは予想外の提案に驚いたが、ネイビスは真剣な眼差しで応える。

「そんなことでいいなら俺脱ぐよ」
「あっ、脱ぐって言っても上だけでいいです……。私も見られたのは多分上だけなので」

 ネイビスはそのまま上を脱ぎ、イリスとビエラはネイビスの体を見る。

「私たちの体と全然違うね」
「そうね。筋肉質というか。触ってもいいかしら?」
「いや、俺触ってないだろ。ダメです」
「そしたらスラッシュ無しにしてあげるから」
「なら触ってもいいよ」
「ビエラ。触ってもいいって」
「ええ!?」

 ズカズカとネイビスの体を触るイリスと恐る恐る触るビエラ。二人が満足するのにしばらくかかった。

「もうそろそろいいですか?」
「ええ。満足したわ」
「うんうん」

 異性の体に興味のあるお年頃なのだろうと納得するネイビスであった。だが、そんなネイビス自身も二人の裸を見た時のことを思い出し、二人とも着痩せするタイプなんだと心の中でガッツポーズを作るのであった。もちろん胸の話。

04隠しエリアinスライムの森

「さぁ、出発だ」

 ネイビスとイリスとビエラの三人はいよいよ隠しエリアの洞窟の探索を始めた。

「この洞窟は木の枝のように分かれ道があるんだけど、大抵分かれ道の先には宝箱があるんだ」
「宝箱ってあの物語の中に出てくる宝箱?」
「そう。だから、分かれ道を選んで進んでいくぞ。それに今このエリアにいる全てのシルバースライムとゴールデンスライムを倒したいからな」

 流石にこの隠しエリアはまだ見つかっていないと願いたい。そもそもスライムの森自体人気がないし、その奥深くにある滝の裏側なんか調べる人はまずいないだろう。そんなことをネイビスが考えていると、三人の前に銀色のスライムが現れた。

「本当だわ。シルバースライムよ!」

 シルバースライムを発見して驚くイリス。それを見てネイビスは作戦を改めて再確認する。

「作戦通りヒットアンドアウェイで手数勝負だ」
「了解!」

 剣を抜き、シルバースライムに向かって駆けるネイビスとイリス。二人の剣戟が何度もシルバースライムを襲う。だが、シルバースライムに怯む様子はない。

「これ、ダメージ入ってるの?」
「どんな攻撃でも必ず1ダメージは入る。シルバースライムの体力は30だ。30回攻撃を与えれば勝てる」
「了解」

 それから3分ほど戦って、シルバースライムの体力が尽き、銀塊が残された。

「ドロップだ!これ誰が持つの?」
「イリスが持ちたかったらいいよ」
「私も別にいいかな」
「なら私持つー!」

 銀塊はイリスの手に渡り、インベントリの中へと消えていった。

「それよりみんな。ステータス確認してみて」

 ネイビスが不敵な笑みを浮かべてそう促した。

「あれ、もう11レベルになってる!さっきまで9レベルだったのに!」
「私は9レベルだよ」
「俺は12レベル。もうみんなわかった?」

 ネイビスの質問に対してビエラが挙手をして答える。

「シルバースライムの経験値がすごく多いってこと?」
「大正解!」

 そう。シルバースライムを倒して得られる経験値はとても多いのだ。ゴールデンスライムの経験値はさらに多い。序盤でこんなボーナスステージがあってもいいのか?と疑問に思うだろうが、『ランダム勇者』ではフラグが立たないとこの隠しエリアには入ることができなかった。だが、現実世界となったこの世界ではそんなことは関係ない。

「どんどん倒してレベル上げて金も稼ぐぞー!」
「「おー!」」

 次に三人が遭遇したのはゴールデンスライムだった。

「ゴールデンはとにかく体力が多い。でも、やることはシルバーと同じ」
「わかった。行くわよ!『スラッシュ』」

 イリスが戦闘開始一番に剣士見習いの第一スキルであるスラッシュを放つ。消費MPは10。11レベルのイリスのMPは36なので3回使うことができる。これを見たネイビスは最初に食らうのが自分じゃなくてよかったとそっと胸をなでおろすのだった。
 スライムと大して変わらない挙動なので、ゴールデンスライムもあっさり倒してしまった。
 残された金塊をイリスは微笑みながら自身のインベントリの中に入れる。

「私またレベル上がった」
「俺も上がった」
「私、プチヒール覚えたよ」
「そっか。それは頼りになるな」

 みんなどんどんレベルが上がっている。いい傾向だとネイビスはほくそ笑む。

「分かれ道だね」

 最初の分岐点に来たネイビス達。イリスがネイビスに訊く。

「どっち?」
「右だな」

 即答するネイビスを訝しむイリスが訊く。

「どうして分かるのよ」
「うーん。なんとなく?」
「そもそも、この隠しエリアをなんであなたが知ってるのかも怪しかったわよね。ねぇ、ビエラ」
「うんうん」

 ここに来てネイビスの謎知識疑惑が再燃する。

「うーん。もうこの際話すか」

 ネイビスは熟考の末、正直に話すことにした。

「俺は前世の記憶がある」
「前世?」
「うん。それもこの世界ではなくて別の世界の前世の記憶」
「俄かには信じられないわね」
「私も信じられない」

 驚きを隠せない二人を見ながらネイビスは話を続ける。

「何故かその記憶の中にこの世界についての記憶があるんだ。だから俺はこの世界では誰も知らないようなことも知ってるんだ」

 ネイビスはゲームの話はぼかした。説明するのが大変だし、何よりも彼女らがゲームという作られた世界の住人である事実を教えたくなかったからだ。

「それなら少し納得かも」
「でも、なんでその前世の記憶にこの世界に関する情報があるの?」

 ビエラはなお疑問に思いネイビスに尋ねる。

「まぁ、簡単に言えば俺の前世の世界はこの世界にとっての神界みたいな物だからなぁ」
「神界?それって前世が神様ってこと?」

 イリスが目を見開いて聞き返す。

「普通に人間だったよ。でも、ある意味ではそうかも」
「なら、この世界のことよく知ってるのも分かる」

 ビエラはうんうんと首肯する。

「納得してくれたかな?」
「えぇ。まぁ、なんとか」
「ネイビスすごい人」

 ビエラに超人認定されたネイビスは「さて、行きますか」と右の道を進み始めた。

「宝箱何が入ってるんだろう」
「教えてあげよっか?」
「いや、楽しみだから教えないで」
「ヒントはすでにあるんだけどね」
「ヒントって何よ」
「それは開けた時のお楽しみ」

 道の先には開けた空間があった。そこには3匹のシルバースライムがいて、その奥には銀色の宝箱が一つ置いてあった。

「まずいな。3匹か。流石に厳しいぞ」
「確かにそうね」
「1匹ずつ誘き寄せて倒すか」

 ネイビスは少しずつ一番手前にいたシルバースライムに近づいていく。ある一定までネイビスが近づくと、シルバースライムは気づいて向かってくる。

「イリス、行くぞ」
「分かったわ」

 イリスとネイビスが向かってくるシルバースライムと戦う。ステータス的にはビエラも戦えなくはないが、僧侶見習いの彼女は自衛用の短剣しか持っていない。ビエラは二人の後ろで待機するしかなかった。
 スライムと同じ攻撃パターンのシルバースライムとの戦いにも慣れたもので、二人はシルバースライムを完封し、銀塊に変えた。同じことを繰り返して残りの2匹も銀塊に変える。

「ふぅー。なんとかなったわね」
「まぁ、ただ硬いだけのスライムだからね」
「二人ともお疲れ様。攻撃受けてない?」
「俺は平気」
「私も大丈夫よ」
「そっかぁ」

 どこか元気のないビエラを見てネイビスは尋ねる。

「どうかしたのか、ビエラ?」
「えっとね。私役に立ててないなって思って」
「そんなことないよビエラ!」
「そんなことあるよ。今回だって二人で倒しちゃったし、二人は無傷だし……」

 俯くビエラの肩にネイビスは手を置いて語りかける。

「まぁ、今は仕方ないかもな。でもレベル99になれば攻撃魔法スキル『プチホーリー』覚えるし、いずれ俺たちの被弾も出てくるから回復役は絶対に必要だ」
「そうよビエラ!ってレベル99?なんで知ってるのよ」
「まぁ、前世の記憶というやつよ」
「まったく……。あなたって人は全部それね」

 ネイビスは呆れ顔のイリスを無視してビエラの肩をポンポン叩く。

「ビエラはこのパーティーに百パーセント必要だ。だから安心しろ」
「うん。分かった。ありがとう、ネイビス君」
「いいってことよ。それじゃあ宝箱開けますか」

 ネイビスの言葉にみんなの視線が銀色の宝箱へと向かう。

「私開けたい」

 イリスがそう呟いた。

「いいよ、開けて」
「意外。あなたなら自分が開けたいって言うと思った」
「中身知ってるからね」
「そうだったわね。ビエラはいいの?」
「私は次の宝箱の時でいいよ」
「なら決まりね」

 三人は宝箱の元へと歩いて行き、イリスが宝箱の目の前でしゃがんだ。

「開けるわよ?」

 イリスはもう一度確認する。

「どうぞ」
「いいよー」

 ネイビスとビエラは同意し、イリスが宝箱を開けるのを待つ。
 イリスが慎重に宝箱を開けると、中には銀色のバングルが入っていた。イリスはそれを恐る恐る手にとって二人に見せる。

「かっこいいね。バングルかな?」
「そうね。付けてみようかしら」

 そう言うとイリスは右手首にバングルをつけた。それを見てネイビスは言う。

「その腕輪の名前はシルバーバングル。効果はVITプラス50だ」

 それを聞いてイリスは驚きの声を上げて自身のステータスを確認する。

「本当だ!VITの横にプラス50って書いてある」
「それは剣士見習いのイリスがつけるべきだな。ビエラもそれでいいか?」
「うん。私がつけてもあまり意味ないもんね」

 こうして初の宝箱の中身はイリスのものとなるのだった。

05ミスリルスライム

 三人は分岐点まで引き返して今度は左の道に進んでいた。

「この洞窟にはもう一つ分岐点があって計三つの宝箱がある」
「もしかしてそのうちの一つってゴールドバングルだったり?」
「当たりだ。効果は体力プラス150」
「それなら付けるのはイリスちゃんかな」
「私?」
「まぁ、そうなるな。俺的にはもう一つの宝箱から出るバングルが目当てだけど」
「へー。それは気になるわね」

 シルバースライムとゴールデンスライムを倒しながら進んでいくと、三人はまた分岐点に辿り着く。

「今度は左の道だな」

 三人が左の道を進んでいくとまた、開けた空間に出て、そこには3匹のゴールデンスライムがいた。

「さっきのシルバースライムの時と同じやり方で行こう」

 イリスとネイビスは安定して3匹のゴールデンスライムを金塊へと変えた。レベルが上がったおかげでSTRの上昇していた分楽に倒せた。

「宝箱、金色だよ!ビエラ開けなよ」

 嬉しそうな声を上げてはしゃぐイリスを見て「ふふふ」とビエラは微笑み、金色の宝箱を開けた。中には今度は金色のバングルが入っていた。

「本当だ。効果HPプラス150もある!」
「こんな簡単に凄いアイテムゲットしちゃっていいのかしら」

 感嘆の声を漏らす二人を見てネイビスは思案していた。作中にこの隠しエリアを発見するためのヒントがあるのだが、確か魔大陸の手前の最後の港町クラリスにいる海賊のクエストをクリアして聞くことのできる情報だったはず。大昔に存在した偉大な錬金術士が自身の最高傑作達を世界中の秘境に隠したとかなんとか。
 つまり、終盤の魔大陸攻略の前に秘境を巡ってその錬金術士が遺したアイテムを集めて強くなろうという設定だ。そんなアイテムをいきなり入手してしまうのだからネイビスは少し背徳感を感じる。

「まぁ、気にしても仕方ないでしょ。ラッキーくらいに思ってればいいさ」
「それもそうね」

 ネイビスの言葉に同意するイリスはビエラからゴールドバングルを受け取ると今度は左手首に付けた。それを見てネイビスはあることに気づいた。

「思ったんだけど、バングルって無限につけることできんのかな?」
「は?あなたバカなの?アクセサリーは二つまでしか効果が出ないって習ったじゃない」
「あぁ、確かに習った気がする」

 ゲームではアクセサリーは一人二つまでしか装備できなかった。現実世界となったこの世界なら何個でも付ければ最強かと思ったが、そう簡単にはいかなかいようだ。

「戻りましょ。あと一つ宝箱あるんでしょ?」

 イリスがそう言い三人は分岐点まで引き返して洞窟の最奥まで続く道を進む。道中のシルバースライム、ゴールデンスライムを倒しながら順調に進んでいたが、ある程度進んだところでネイビスが声をかける。

「一旦休憩しよう」
「どうして?このまま行けそうよ?」
「いやダメだ。この次はボス戦だからな」

「ボス戦?」と驚くイリスとビエラ。ビエラはネイビスに聞き返す。

「ボスってどんなの?」
「ミスリルスライムだ。体力も防御力も高い。言わばシルバースライムとゴールデンスライムの掛け合わせだな」
「敵は一匹なの?」
「ああ。そのはずだ。だがHPは150もあるし、防御力が高いから今の俺らだと1ダメージしか入らない。150回攻撃をしないと倒せないんだ」

 それを聞いてイリスは安堵した。

「なんだ。倒せそうじゃない。魔法も使ってこないんでしょ?」

 イリスの質問にネイビスは首を振る。

「確かに攻撃魔法は使わないが回復魔法を使ってくる。だからスピード勝負なんだ」

 ゲームだといかに回復を使わせないかの勝負だったなとネイビス思う。

「あのー。手数が多い方がいいなら私も攻撃する?」
「いやー。それはよそう」

 ビエラがそう提案したがネイビスが却下する。

「まぁ、動きはスライムと変わらないだろうから攻撃は食らわないと思うけど、万が一の保険にビエラにはプチヒールを待機しててほしい」
「そうよ。戦闘は私達に任せなさい」
「うん。分かった」

 少しの休憩を経て、三人は最奥へと歩き出した。広い空間の中央には青白く輝くミスリルスライムが一匹いた。

「イリス。行くぞ」
「りょーかい」

 イリスとネイビスがミスリルスライムに交互に鋭い攻撃を入れていく。与えられるダメージはやはり1だった。5分ほど戦ってミスリルスライムの体が淡く光りだす。

「クソ。回復しやがった」

 ミスリルスライムの発動した魔法はヒール。回復量は最大HPの50パーセント。つまり75HP回復したことになる。

「どうするの?」
「いや。このまま押し切る」

 戦闘継続を告げるネイビス。それからも戦闘は続きミスリルスライムがミスリルの塊になるまでには何十分もの時間がかかった。

「はぁ、はぁ……」
「疲れたぁー」
「二人ともお疲れ」

 ビエラは息を荒げて座り込むイリスとネイビスに労いの言葉を言う。

「流石にああやって何度も回復させられるとキツいな」
「そうね。永遠に続くんじゃないかと思ったわ。それより早く宝箱開けましょう」

 イリスは立ち上がって尻についた砂利を叩いて落とすとミスリルスライム同様青白く輝く宝箱の元へと歩いていき、ビエラもその後を追う。

「言っとくけどその宝箱の中身は俺のもんな」

 ネイビスは宝箱の前にしゃがみ込む二人に釘を刺す。

「えー!ずるい」
「イリスちゃんが言うの?」

 ネイビスに反対するイリスだったが、まだ一つもアクセサリーを貰っていないビエラがツッコミを入れる。

「いいから開けてみな」

 ネイビスの催促を受けてイリスとビエラの二人は一緒にせーので宝箱を開ける。中には青白く輝くバングルが入っていた。珍しそうに手に取るビエラはネイビスに訊く。

「これ、もしかしてミスリルバングル?」
「正解だ。じゃあここで質問。そのミスリルバングルの効果は何だと思う?」

 ネイビスが二人に問いかけるとイリスがすぐ答えた。

「HPプラス150とVITプラス50とか?」
「ぶっぶー。不正解。ビエラは何だと思う?」
「えーっと。ノービスのネイビス君に必要な物なんだよね?うーん。分からないや」
「まぁ、これは予想するのは難しいよな。正解は経験値二倍だ」

 ネイビスが正解を告げると「経験値二倍!?」と二人は驚きの声をあげる。

「でも何でネイビスが付けるべきなの?二つバングルつけた私はともかく、ビエラはレベル99になると攻撃スキル覚えるんでしょ?だったらビエラがつけるべきじゃないの?」

 イリスの疑問にネイビスはどう答えたものかと悩む。

「端的に言うとこの三人の中で一番必要な経験値が多いのが俺だからだよ」

 その答えに納得しないイリスが問い詰める。

「レベルアップに必要な経験値はどの職業も同じなはずよ!」
「私もそうだと思う」

 ビエラもイリスに同意した。ネイビスは転職について話すタイミングかなと思い語りだす。

「実はな。レベル99になると一つ上のランクの職業に転職できるんだ」
「転職?そういえば昨日もそんなこと言ってたわね。それって本当なの?」
「本当だ。嘘言ってどうする」
「まぁ、確かに。それも前世の知識ってやつ?」
「そうなるな」

 二人の会話を聞いていたビエラが素朴な疑問を呟く。

「あのー。レベル99ってなれるの?」
「なれるさ。ダンジョン都市って知ってるだろ?あそこにあるSランクダンジョンを周回すればすぐ上がるさ」
「Sランクってあなたねぇ。Aランクダンジョンでさえ未だクリアされてないのよ?」

 ネイビスの発言内容に呆れたイリスが聞き返す。

「そりゃ。人類最高到達レベルが67なのがいけないんだよ」

 ネイビスはこの世界の人間が弱いのがいけないのだと語る。

「まぁ、いいわ。それで、もし転職ができたとして何であなたが一番経験値が必要なのよ?」
「ノービスは一番下なんだよ。剣士見習いなら剣士に転職できるんだけど、ノービスは見習い職にしか転職出来ないんだ。だから二人よりも一回多く転職しなくちゃいけない俺がミスリルバングルをつけるべきなんだ」

 ネイビスの説得に「それなら納得」とビエラは頷く。対してイリスは「本当なの?」とどこか半信半疑だ。

「はい。ネイビス君」
「ありがとう」

 ビエラからミスリルバングルを受け取ったネイビスは右手首に付ける。どうせなら先にミスリルバングルを手に入れた方が経験値効率が良かったことにネイビスは気づくが仕方ないかと諦めることにした。

「じゃあ出るか。日が暮れる前に次の町につきたいし」

 三人は洞窟の入り口まで戻り、岩場を伝って滝から離れる。三人は再び水飛沫にびしょ濡れになってしまった。女性陣はまた着替える羽目になったが特に事件は起こらなかった。例え何が起ころうと後ろを向かないとネイビスが強く決意していたからだった。

掲示板回1

【143期生卒業おめでとう】

1:管理人
この掲示板は魔王討伐の為の情報共有の場です。不適切な内容の書き込みはやめてください。

2:143期魔導士
みなさん。卒業おめでとうございます!

3:143期剣士
おめでとうー!

4:143期剣豪
おめでとう。掲示板ってこんな感じなのね。

5:142期弓聖
もうこんな時期か。後輩のみんな卒業おめでとう。

6:143期魔法使い
先輩だ!弓聖って上位職じゃん。いいなー。同期のみんなは卒業おめでとう!

7:143期僧侶
卒業おめでとー!




36:142期弓聖
風の噂で聞いたんだけど、今年ノービスいるってマジ?

37:143期魔法使い
本当ですよ。Fクラスに一人だけですが。何度か見たことあります。

38:142期弓聖
そうなんだ。まぁ、諦めずに頑張って欲しいね。

39:143期僧侶
私同じクラスなんですけど、確か見習い職の子と組んでました。

40:143期剣聖
初級職同士お似合いじゃね。俺のパーティーは全員上級職だけどな。




152:143期弓使い
同期のみんなは最初どこ行ってますか?

153:143期魔法使い見習い
私は弱いから南の平原だよー。スライムと戦ってレベル上げてる。

154:143期勇者
俺のパーティーは西の草原だな。ツノウサギが出てくるんだけどレベル7くらいあれば余裕で倒せる。

155:143期斧使い
勇者来たー!ちなみに俺は東の丘でレベリング中。

156:143期剣士
僕も東の丘でレベル上げてます。西の草原はまだ僕には早いかな。

157:141期魔導士
懐かしいわね。確か推奨レベルは南と東が3レベルで西が5レベル。北の森が10レベルだったはず。出来れば余裕を持って挑みたいところよね。北の森はお勧めしないわよ。一昨年私のパーティーで挑んだんだけど、スライムが魔法を使ってくるし、倒しても何も落とさないしで散々な目にあったわ。

158:143期弓使い
先輩。ご教授ありがとうございます!北の森だけはやめときます。

159:141期魔導士
その方がいいわ。いくら最短だからって北の森を突っ切るなんて考えたら痛い目を見るわよ。勇者学院のある王都から次の町ロコルに行くのなら西の草原から北の森を迂回するルートがオススメね。

160:143期弓使い
是非参考にします!答えてくれた他のみんなもありがとうございました。




183:143期魔法使い見習い
ノービスくんのパーティーが北の森にいくみたい。

184:141期魔導士
それ本当?もしそうなら今すぐ止めて。

185:143期魔法使い見習い
もう行っちゃいました。

186:143期勇者
ノービスのパーティー北の森に行ったのかよ。大丈夫か?

187:141期魔導士
心配ね。だけどもう行ってしまったのならどうすることもできないわ。冒険は自己責任だもの。

188:143期魔法使い見習い
ノービスくん大丈夫かな。




203:143期賢者
私レベル10になってライトニングランスって言うスキル覚えちゃった。雷の束を前方に放つの。

204:143期魔法使い見習い
いいなー。私も早くスキル覚えたい。

205:143期剣聖
俺は剣聖レベル10で見切りっていうスキル覚えたぜ。

206:143期勇者
ブレイブハートっていうスキル覚えた。一定時間ステータスが二倍になるらしい。

207:143期魔法使い見習い
みんなすごい!もしかして賢者さんと剣聖さんと勇者さんは同じパーティーだったり?

208:143期斧使い
知らなかったのか。143期最強パーティーって有名だぞ。

209:143期剣聖
まぁ、それほどでもある。

210:143期斧使い
ちなみにノービスがいるパーティーが最弱パーティーだな。

211:143期魔法使い見習い
ノービスくんのパーティー大丈夫かな。

212:143期剣聖
北の森に行ったんだろう?今俺らのパーティーは北の森の周りを歩いて次の町ロコルに向かってるんだけど、一度ファイアスライムに出くわして戦ったら結構強かった。

213:143期勇者
魔法は厄介だな。RESが高くないとかなりダメージ喰らう。しかも、前に先輩が書いてた通り何も落とさなかった。

214:143期斧使い
もうロコル目指してんの?やっぱり勇者パーティーは格が違うな。

06勇者パーティー

 三人はスライムの森を抜けて次の町ロコルに向かっていた。ネイビスはノービスLv.24。イリスは剣士見習いLv.22。ビエラは僧侶見習いLv.21になっていた。ミスリルバングルの効果の分ネイビスとイリス達のレベルに開きが出始めたがまだその差は少ない。

 属性スライムが現れても三人は避けることなく戦うことにした。魔法は厄介でネイビスやイリスは被弾してしまったが、すぐさまビエラがプチヒールで回復する。応急処置はお払い箱だなと思うネイビスであった。

 日が完全に暮れた頃なんとか三人はロコルに着くことができた。門の前に列ができていたので並んで待っていると不意に声をかけられた。

「もしかしてお前ノービスか?」

 ネイビスが振り返るとそこには男二人女一人の三人組がいた。

「確かに俺の職業はノービスだけど、名前みたいに言うのはやめてくれ。俺の名前はネイビスだ」
「あぁ、悪い。ネイビス。俺は勇者ゼノン。こっちは剣聖のダエルと賢者のノルだ」
「チーッス」
「よろしくね」

 ゼノンの態度は紳士的だったが、ダエルの態度はあからさまに失礼なものだった。ネイビスは少し不快になるが、気にせず会話を進める。

「こっちは剣士見習いのイリスでこっちは僧侶見習いのビエラだ。俺達に何か用か?」
「いや、ただ心配でね。聞いたよ。北の森を抜けてきたんだって?」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
「どんな手を使ったのかって聞いてんだよ。最弱のノービスパーティーが北の森を通って無事なはずがない」

 ネイビスが尋ねるとダエルが語気を強めて答える。その眉間には皺が寄っていた。

「何よ!私たちは普通に北の森を抜けて来ただけだわ。属性スライムだって倒せるんだから」

 ダエルの物言いに腹が立ったイリスが言い返す。

「は?初級職のお前らが倒せるわけないだろ」

 ダエルは手をひらひらとさせてイリスの言葉を否定する。

「私はもうレベル22よ!属性スライム相手でも余裕なんだから」
「レベル22?俺らでさえまだレベル12だぞ。一体どうやったんだ?」
「そ、それは……」

 ゼノンの問いにイリスはしどろもどろになる。イリスはネイビスに「どう答えればいい?」と視線を送る。

「それはだな、ただ魔物を倒して地道にレベルを上げたとしか言いようがないな」

 ネイビスは嘘はついていない。ただ倒した魔物がもつ経験値が多かっただけなのだ。だが、ネイビスの回答に勇者パーティーの三人は納得しない。

「だとしても普通一日でレベル22までは上がらないはず」

 賢者のノルが首を傾げながらそう呟く。

「まぁ、それは普通にレベルを上げたらの話だろ?」
「じゃあやっぱり、普通じゃない何かがあるのね?」
「さぁ、どうでしょう」

 ネイビスは別に隠しエリアのことを話しても構わなかったが、宝箱の中身のない洞窟をわざわざ探索させるのも申し訳ないのでしらばっくれることにした。あの洞窟は一度クリアすると敵が湧かなくなるからもうレベル上げにも使えないので、ますます教える意味がない。

「どうして教えてくれないの?情報共有はすべきだと私は思うけど」

 ノルがネイビスを攻める。

「な、なら!私が教えます。いいよね、二人とも」

 重い空気に耐えきれなかったビエラがそんなことを口走った。

「俺はどっちでもいいかなー」
「私は反対よ!何でこいつらに教えなくちゃならないの」

 ネイビスはもうあの洞窟に何の旨みもないことを知っていたが、まだシルバースライムやゴールデンスライム、ミスリルスライムが湧くと勘違いしているイリスは断固拒否した。そのことに気づいたネイビスが耳打ちでその事実を伝えるとイリスはしぶしぶ了承した。

「ならいいわ。ビエラ、教えてあげなさい」
「うん!あのね、北の森には隠しエリアがあったの。滝の裏側にある洞窟なんだけど、そこには経験値をたくさん持ったスライムが何匹もいてね、倒したらいっぱいレベルが上がったの」
「へぇー。そうなんだ」
「その話は興味深いね」
「まぁ、行くのはお勧めしないがな」

 ビエラの解説に興味を示す勇者パーティーの面々にネイビスが釘を刺す。

「どうしてよ。独り占めにする気?」

 ノルがすかさず聞き返す。

「違うな。もうその隠しエリアにいる全ての魔物は倒したから今行っても意味がないってことだよ」
「そうなのか?」
「うんうん」
「そうよ」

 ゼノンが正しいか他の二人にも確認するが、ビエラもイリスも頷く。

「なんか隠してんじゃね?さっき耳打ちでこしょこしょ話してたし」

 ここでダエルがネイビス達を疑った。ネイビスはやれやれと思い告げる。

「まぁ、お好きにどうぞ。北の森にある大きな湖が目印だから。せいぜい頑張んな」

 その時「次の方」と門番から声がかかりネイビス達は勇者パーティーと別れた。

「なんか上から目線なのよね」
「まぁ、上級職なのは事実だからね」

 勇者パーティーの態度にイリスは不満をこぼす。そんなイリスをビエラがまぁまぁと宥める。三人は門番にマギカードを見せてロコルの街へと入っていった。マギカードは身分証にもなるのだ。

「先ずは宿を探すか」
「その前にマギカードの更新でしょ?」

 イリスの言葉に「マギカードの更新?」とネイビスは聞き返す。

「そうよ!私たちもうレベル20を越えたからDランクなのよ」

 嬉しそうにそう語るイリスを見てネイビスは今世でそんな説明されてたかもと思い返していた。『ランダム勇者』の中ではランクと言う概念はなかった。そもそもマギカード自体がなかったのだ。
 ランクはレベルによって定まっていた。

 0〜9:F
 10〜19:E
 20〜29:D
 30〜39:C
 40〜49:B
 50〜59:A
 60〜69:S

 最高到達レベルが67なのでランクはSまでしかない。

「どこで更新するんだ?」
「そんなの冒険者ギルドに決まってるじゃない」

 そんなこんなで冒険者ギルド:ロコル支部に三人は向かった。

「ここが冒険者ギルドかぁ」
「あなたもしかして冒険者ギルド初めて?」
「そうだけど」
「呆れた。あなたって人はいつもそうなんだから」
「実は私も初めてなんだよね」
「味方がいたぞ」

 冒険者ギルドの前で喋り合う三人の姿は周りから見て明らかに浮いていた。

「よう!もしかしてお前ら勇者学院の卒業生か?」

 一人の大男が三人に声をかける。ネイビスが代表して応えた。

「はい。そうです。あなたは?」
「俺か?俺はBランク冒険者のダルフィスだ。俺も勇者学院の卒業生なんだぜ」
「へぇー。そうなんですか。俺はネイビスです。今年卒業したばかりです」
「なんだ。ノービスみたいな名前だな!」
「ネイビス君はノービスですよ?」
「え?」

 ビエラがネイビスの職業を明かすとダルフィスは驚愕した。

「お前ノービスなのか?」
「そうですけど何か」
「悪い事は言わない。魔王討伐は諦めろ。冒険者になるのも諦めた方がいいな」
「どうして人に自分の人生を決められなくちゃならないんですか?」
「そうよ。ネイビスはね、ノービスでも強いノービスなのよ」

 イリスが助け舟を出すが、ダルフィスは哀れなものを見る目になった。

「君の職業は?」
「私は剣士……見習いよ」
「そっちは?」
「僧侶見習いです」
「こりゃダメだな」

 ダルフィスは手で顔を覆うと天を仰いでそう呟いた。

「何がダメなのよ!」

 不服に思ったイリスが聞き返す。

「俺はな、こう見えて魔法使い見習いなんだ」
「そうなんですか」

 三人は目を見開いて驚く。ダルフィスの見た目は屈強な戦士といった感じだったからだ。

「俺が今使えるのは『プチマジックアロー』と『プチマジックウォール』だけだ。『プチマジックウォール』は防御魔法だから、実質攻撃スキルは『プチマジックアロー』だけになる。それも魔法使いの『マジックアロー』の下位互換だ。初級職っていうのはな、何においても下級職に劣るんだ。レベルアップ時のステータス上昇値だって少ない。そもそものゴールが上のランクの職業の奴らと違うんだ。だから俺はBランクなのにこんな序盤の町にいるんだ」

 ダルフィスの真剣な語りを聞き、ネイビスは確かにそうだなと納得した。転職という概念を知らない人にとってみれば初級職なんて地獄だろう。例えばノービスがレベル99になったとしても同じレベルの勇者のステータスはノービスの三倍にもなる。そもそもゴールが違う。だが、実際はノービスにはその先がある。転職すればスキルとステータスを引き継ぐことができるのだ。

「ダルフィスさん。忠告ありがとうございます。ですが俺は諦めません」
「私も諦めたりしないわ」
「私も……」

 イリスもビエラも転職について知っている。だからこそ諦めずに希望が持てるのだ。

「そうかい。なら俺には止められねぇな。頑張れよ」

 ダルフィスはそう言い残して去っていった。その後ろ姿を見てネイビスは少し悲しくなった。

「ダルフィスさんに転職のこと教えなくてよかったの?」

 ビエラがネイビスの顔を覗き込みながら尋ねる。

「あぁ。転職に関してはこのパーティーだけの秘密にしたいからな」
「理由を聞いても?」

 そう言われてネイビスはどうして隠そうとしているんだっけと考える。もちろん情報を独り占めにしたい気持ちはあるし、世間を混乱させたくない気持ちもある。さらには言っても信じてくれないんじゃないかとも思っていた。

「いつか俺たちが最強になった時に教えればいいさ。その方が説得力あるでしょ?」
「それもそうね」

 三人は小さくなっていくダフィルスの背中を見届けるのだった。

07夜の宿屋

 ネイビスとイリスとビエラは冒険者ギルドでマギカードを更新して無事Dランク冒険者になった。手続き中に勇者パーティーが入ってきて気まずくなったが何一つ会話なく終わった。
 今三人は冒険者ギルドで対応してくれた職員オススメの宿屋に来ていた。

「えー!三人部屋しか空いてないんですか!」

 イリスが宿屋の受付で驚愕の声を上げる。

「はい。お客様は三人なのでちょうど良いかと」

 受付の娘が営業スマイルでそう言う。

「冗談じゃないわ。この男と同じ部屋で寝るなんて!」
「この男とは何だ。失礼な」
「私は別にいいよ」
「ちょっとビエラ!」
「これから一緒に旅するんだから一緒に寝る機会も出てくるよ。それに」
「それに?」
「やっぱりなんでもない」

 ビエラは頬を赤く染めて俯いてしまう。

「もうここでよくね?今から別の宿探すの面倒くさくない?」
「まぁ、それもそうなのよね。うーん」
「イリスちゃん!私がネイビス君の隣のベッドで寝るから。ね?」
「それなら、まぁいいわ」

 ビエラの説得にようやくイリスは納得した。

「三人一泊の素泊まりで1500ギルになります」

 三人は各々インベントリから500ギルを取り出して受付の娘に渡した。

「ちょうどですね。ではこれが鍵です。部屋の場所は2階の一番奥の部屋です」

 ネイビスが鍵を受け取り三人は受付を後にした。二階へと上がり最奥の部屋の前まで向かう。ネイビスが鍵を使ってドアを開け、三人は中へと入る。

「広ーい」
「ほんとだね」
「俺このベッド!」

 女性陣は部屋の広さに驚き、ネイビスは一番窓側のベッドに飛び込んだ。

「なら私はこのベッドね」

 イリスは廊下側のベッドに腰掛ける。

「夕飯食べに行きましょ。私お腹すいた」
「私もお腹ぺこぺこだよ」
「やばい。このベッドから起き上がれる気がしない」
「置いてくわよ?」
「あっ待って。やっぱり起きます」

 三人は適当に屋台で買い食いをして夜の町を散策し、部屋に戻ってきた。

「ふー。お腹いっぱい」

 三人はベッドに横になり話していた。

「そうだね。でも私もうすぐでお金なくなりそう」

 ビエラがそう呟くとネイビスは不敵に笑った。

「大丈夫だ。明日換金するから」
「換金?」

 ビエラはなんのことか分からずネイビスに聞き返す。

「今日なんのためにスライムの森に行ったのか覚えていないのか?」

 ネイビスが質問すると二人は首を傾げた。

「レベル上げじゃなかったっけ」
「宝箱のアイテムとか?」
「違う違う。金だ金!イリス。インベントリにどれだけ入ってる?」

 ネイビスがイリスにインベントリを確認するように手で促した。

「あぁ。そうだったわね。えーっと。銀塊が17個。金塊が13個。ミスリルの塊が1個あるわよ」
「いいね。銀塊が10,000ギル、金塊が30,000ギル、ミスリルの塊が100,000ギルだから合計で660,000ギルだな。一人220,000ギルか」

 ネイビスが売り上げを計算してその額を告げると二人は嬉しい悲鳴をあげた。

「ええー!そんなになるの?」
「すごいわね」
「ちなみにシルバーバングルは大体500,000ギル、ゴールドバングルは1,500,000ギル、ミスリルバングルは5,000,000ギルくらいするぞ」

 ネイビスの言い放った値段に驚き両腕のバングルをマジマジと見るイリス。

「私寝る時はこれ外そう」
「失くすなよー」
「分かってるって。インベントリに入れるんだから」

 イリスは慎重に両腕からバングルを外してインベントリに入れていく。

「まぁ、バングルは当分売る事はなさそうだな」
「えー!いつかは売るの?」
「そりゃ当然だ。この世界にはな、もっとすごいアクセサリーがいっぱいあるんだ。もちろん僧侶向きのアクセサリーもあるから安心していいぞビエラ」
「そうなんだ!それは楽しみだなぁ」

 ベッドに横になり嬉しさから足をバタバタさせるビエラをネイビスは可愛いなと眺めていた。

「それよりネイビス。明日はどうするの?」

 そんなことを知らないイリスがネイビスに明日の予定を聞く。

「早めにダンジョン都市イカルに行きたいから飛空艇を使うぞ」
「飛空艇って空飛ぶ船のこと?」
「そうだ。一人220,000ギルもあれば余裕で足りると思うから、明日は先ず換金した後、この町の北にある発着場でイカル行きの船に乗ろう」
「はーい」
「なんかズルみたいね」
「いいのいいの。ここからダンジョン都市イカルまでは全部で7つも町を経由しなくちゃならないから、一日ひとつ進むにしても一週間もかかるし、実際そう簡単にはいかないからもっと時間がかかるんだよ」

『ランダム勇者』ではイカルは中盤の都市で、人間大陸の中心都市的な存在だった。というのもダンジョンから得られる資源が豊富でとても賑わっているからだ。それ故に金融、商業の中心地となっていた。
 ゲームでは飛空艇は今まで行ったことのある場所にしか行けない仕様になっていたが、ここは現実世界だからもしかしたらスキップできるのではないか?とネイビスは考えていた。

「ねぇ、ネイビスはダンジョン都市がどんな場所か知ってるの?」

 イリスがネイビスに尋ねると「知りたい?」とネイビスは聞き返す。

「いや、楽しみにしとく。でも、やっぱり知ってるのね」
「ネイビス君物知りー!」
「いやー。それほどでも」

 その後もしばらく三人は談笑し、話題は今のステータスの話になっていた。三人は中央のビエラのベッドに集まってお互いにステータスを見せ合う。イリスは一度インベントリに入れたバングルを装備してステータスを確認していた。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:ノービスLv.24(経験値二倍)
 HP:75/75
 MP:75/75
 STR:25
 VIT:25
 INT:25
 RES:25
 AGI:25
 DEX:25
 LUK:25
 スキル:『応急処置』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.22
 HP:219/69+150
 MP:69/69
 STR:46
 VIT:46+50
 INT:23
 RES:23
 AGI:23
 DEX:23
 LUK:23
 スキル:『スラッシュ』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.21
 HP:66/66
 MP:66/66
 STR:22
 VIT:22
 INT:44
 RES:44
 AGI:22
 DEX:22
 LUK:22
 スキル:『プチヒール』

「やっぱりバングルの効果尋常じゃないわね」
「イリスちゃん羨ましいよ」

 三人の中で唯一バングルを持っていないビエラがイリスの装備する二つのバングルに羨望の眼差しを送る。

「それより俺はあと1レベルで第二スキル覚えるんだよな」
「経験値二倍は伊達じゃないわね。ノービスの第二スキルってなんなの?」
「『リカバリー』っていうスキルなんだけど、自身の状態異常を回復するスキルで、これまた完全に僧侶見習いの第二スキル『プチキュア』の下位互換なんだよね」
「なんかノービスのスキルってしょぼいわよね。剣士見習いの第二スキルは『二連切り』だったはず」

 そこでイリスはあることに気づく。

「ねぇ、ネイビス。僧侶見習いがレベル99でスキル覚えるなら、剣士見習いもレベル99でスキル覚えるの?」
「そうだよ。教えてほしい?」

 聞くか悩むイリスだったが、逡巡の末聞くことにした。

「お願い、教えて」
「剣士見習いなら、レベル50で『蟲切り』レベル99で『剣士見習いの本気』っていうスキルを覚えるぞ」

 ネイビスの提示した情報にイリスは首かしげる。

「『蟲切り』は虫特攻の攻撃スキルってわかるけど、剣士見習いの本気?ってのはどういう効果なの?」
「それは実際に使ってみてからのお楽しみだよ」

 焦らすネイビスに「いいから教えなさいよ」とイリスが迫る。それを見てビエラは「ふふふ」と微笑む。

「分かった分かった。教えるから。一分間STR二倍だよ」
「へぇ。強いじゃない。でも完全に勇者の第一スキルの下位互換ね」
「ああ、『ブレイブハート』な」
「なんだ。あなたも掲示板見てたのね」
「いや、まだ見てない」
「じゃあなんで知ってるのよ」
「前世の知識でーす。……痛っ!」

 両手でピースを作るネイビスに苛立ったイリスのチョップがネイビスの頭に炸裂した。

「私達のパーティー最弱って書かれてたわよ。それに北の森に行ったから心配してる子もいた」
「へぇー。なら掲示板見てみるか」
「今私見てるよ」

 ビエラがネイビスに掲示板を見せる。

「こんな感じなんだ。こりゃ便利だな。試しになんか書き込んでみるか」
「やめときなさい。あなたただでさえ悪目立ちしてるんだから」
「そうなのか?」

 ビエラは疑問を抱くネイビスに掲示板【143期卒業おめでとう】の過去のスレッドを見せる。

「本当だ。俺ら最弱パーティーって呼ばれてるな。あながち間違いでもないけど」
「なんだか悔しいわね。言い返せないところが尚更」
「まぁ、近い未来最強パーティーになるんだけどな」

 ネイビスがそう語った時コンコンと部屋の扉が叩かれた。

「あれ?誰だろう。私出るね」

 一番部屋のドアに近かったイリスが向かった。ドアを開けるとそこには受付にいた少女がタオルと桶を手に持って立っていた。

「お湯と体を拭くタオルです」
「あらありがとう」

 イリスはお礼を言って三枚のタオルと桶を受け取る。

「では失礼します」

 渡すものを渡した少女はお辞儀をして部屋を出て行った。

「体洗えるみたいね」
「そうだな。俺部屋出てようか?」

 ネイビスの提案に二人は頷く。

「声かけるまで入ってきちゃダメよ?あなたは前科があるんだから」
「うんうん」
「分かったって」

 ネイビスは部屋を出て廊下で待つことに。その間暇だったネイビスはマギカードを使って掲示板を開き時間を潰した。

「お。ダンジョン都市のスレッドいくつもあるんだな。どれどれ?」

 掲示板を見るのが予想以上に楽しかったネイビスは二人が体を拭き終わるまでの時間があっという間に過ぎたように感じた。

「ネイビス。入っていいわよ」
「おう。掲示板って意外と面白いな」
「でしょ?それに情報収集にも役立つんだから。今度は私たちが部屋出る番ね」

 その後ネイビスも体を拭き終わり、三人は寝ることにした。
 ネイビスは「イリスに夜這いしたら確実に殺されるけど、ビエラならワンチャンあるのでは?」なんて考えて悶々とするのだった。

08アクセサリーショップ

 ネイビスはただただ驚いていた。

「こちらの銀塊が全部で510,000ギル。金塊が全部で1,300,000ギル。ミスリルの塊は2,000,000ギルになります」

 ここはロコルの町の商業ギルド。ネイビスはここ以外に売る場所が思いつかなかったためゲームで設定されていた値段より低くなければ売ろうかなと軽く考えていた。しかしここで嬉しい誤算があった。この世界ではゲーム内よりも銀、金、ミスリルの価値が桁外れに高かったのだ。

「合計で3,810,000ギルになります」

 百万ギルに当たる白金貨3枚と一万ギルに当たる金貨81枚が支払われた。ちなみに硬貨の価値は次のようになる。

 鉄貨:1ギル
 銅貨:10ギル
 銀貨:100ギル
 金貨:10,000ギル
 白金貨:1,000,000ギル

「じゃあ一人白金貨一枚、金貨二十七枚取ろうか」

 カウンターに積まれた金貨や白金貨を三人は黙々と手に取りインベントリに入れていく。

「白金貨なんて生まれて初めて見たよ」
「私も。いつか将来成功して手に入れようって思ってたけどこんなに早く手に入れられるなんて思っても見なかったわ」
「俺は予想以上に高く売れて驚いたな」

 商業ギルドを出るなり三人はそれぞれの感想を言う。ネイビスはインベントリを確認してにやける。

 インベントリ
 ・1,274,200ギル
 ・マギカード

「これでしばらくはお金の心配はなさそうだな」
「そうね。飛空艇も乗れそう」

 三人は町の北にある飛空艇発着場まで歩いていく。発着場の看板には『12時発イカル行き:30,000ギル』の文字があった。

「早く来すぎちゃったわね」
「そうだね。まだ二時間もあるよ」
「なら、せっかくお金も貯まったんだしアクセサリーショップでも行くか?」
「いいわね」
「私も賛成」

 ネイビスの提案が通り、三人は発着場まで来る道で見かけたアクセサリーショップに入る。ちなみにこの世界には防具の概念はあるが、機動性を損なうためあまり装備する冒険者はいない。そもそも『ランダム勇者』の世界には防具が存在しないのも少なからず影響しているだろう。『ランダム勇者』では二つ装備できるアクセサリーだけがステータスに追加効果をもたらすのだ。
 店内にはネックレスや指輪、バングルなどがたくさん置かれていた。ネイビスは前世の記憶を思い出し、一つのアクセサリーを探していた。

「ロコルリング、ロコルリング……。あった!」

 ロコルリングとは『ランダム勇者』の中でロコルの町のアクセサリーショップで一つだけ買うことのできた中々有能な指輪型のアクセサリーだ。効果はHP+30とSTR+10。
 スライムの森の隠しエリアで入手したバングル類には劣るものの、序盤ではすごく役に立つ。
 一つだけ難点があるとすればかなり値段が高いのだ。お値段なんと300,000ギル。もちろんネイビスは買うことにした。

「これください」

 ネイビスが店のカウンターにロコルリングを置き、椅子に座る老婆に語りかける。

「ほう。いい腕輪だノォ。お前さんはただの冷やかしかと思っとったが、どうやら違うらしい」

 老婆はネイビスの付けているミスリルバングルを見て「クックック」と高笑いする。

「300,000ギルだよ」

 ネイビスは『ランダム勇者』の中だとロコルリングはもう少し安かった気がしていた。だが、この世界の物価はゲームの頃とは違うと今朝学んでいたので疑うこともなく支払いを済ませる。残金は974,200ギル。
 ネイビスが購入したロコルリングを右手の人差し指に嵌めていると、ビエラが声をかけた。

「ねぇ、ネイビスくん!私このネックレスと指輪買おうと思うんだけどどうかな?」

 ビエラが手に持っていたのは魔晶石のネックレスと銅の指輪だった。魔晶石のネックレスはMP+30。銅の指輪はINT+15。

「いいんじゃないか?僧侶見習いにぴったりのアクセサリーだ。それならダンジョンの中でも役に立つと思うぜ」
「うん、分かった!これ買うね!」

 ビエラも老婆の元へ向かい二つのアクセサリーを買った。

「ねぇ、ネイビス君は何買ったの?」
「このロコルリングっていう指輪」

 ネイビスは自慢げに右手の人差し指に嵌まる独特な形の銀色の指輪をビエラに見せびらかす。

「へぇー。カッコいいね。私も指輪買ったからネイビス君と同じ場所に付けようかな」

 そう言ってビエラは自身の右手の人差し指に銅の指輪を嵌める。

「ネックレス付けてあげよっか?」
「え、いいの?じゃあお願い……」

 もじもじとするビエラのことはお構いなくビエラの首にネックレスをつけるネイビス。そんな二人を見てイリスはため息をついていた。

「あなたたちねぇ。カップルじゃないんだからイチャつくのはやめなさい?」
「か、カップル!?」
「別にいいだろ」

 ビエラは頬を染めて俯く。対してネイビスはイリスに視線を向けて言う。

「嫉妬かな?」
「な訳ないでしょ!まったく!」

 その一部始終を眺めていた老婆はやはり「クックック」と高笑いするのだった。

09空の旅

「ダンジョン都市イカル行きの飛空艇は間も無く出発です」

 係員が声を張る。発着場にはそれなりの列ができていた。ネイビスとイリスとビエラの三人はギリギリ最後の乗客に滑り込むことができた。

「危なかったな。もう少し遅れてたら乗りそびれるところだったぞ」
「そうね。それより飛空艇ってものすごく大きいわね」
「ほんとだねぇー」

 これから乗ることになる飛空艇の大きさに度肝を抜かすイリスとビエラだった。対してネイビスはダンジョン都市イカルに着いたらどう行動するかを考えていた。

「私たちの番よ、ネイビス」
「おう。みんな30,000ギル出して」

 係員にお金を渡して三人は飛空艇に乗り込む。飛空艇の中は船と対して変わらない。

「私デッキ行きたい!」

 イリスの宣言にネイビスは顔を顰めて訊く。

「危なくないか?」
「平気よ平気」

 イリスは手をひらひらとさせ余裕ぶる。

「私は怖いから中にいようかな。ネイビス君もデッキ行っちゃうの?」

 心配そうにネイビスに尋ねるビエラを見て、ネイビスはやはりビエラは可愛いなと思う。ネイビスはビエラに微笑みかけると「一緒にいようか」と言う。

「ネイビス君優しい。ありがとう」
「おう。なんか照れるな」

 イリスはそんな二人をジト目で見る。

「なんかネイビスとビエラの距離近くない?」
「そうか?」
「き、気のせいだよ!」

「ふーん」とイリスは唸ってから「私はデッキにいるからね」と告げて行ってしまった。残されたネイビスとビエラの間にどこか気まずい空気が流れる。

「そんなに近いか?」

 ネイビスが沈黙に耐えかねて開口する。

「ネイビス君は嫌?」

 ビエラは一歩ネイビスに詰め寄って上目遣いで訊いた。ネイビスはビエラのその仕草にドギマギする。

「え、別に嫌じゃないよ。というかむしろ嬉しいっていうか」
「嬉しいの?」
「まぁ、うん」
「なら私も嬉しいな」

 ネイビスは最初ビエラを人見知りの臆病な子だと思っていた。だが、いざパーティーを組んでみると意外にも積極的なんだと気づき考えを改めた。

「ビエラはさ、俺のことどう思う?」

 ネイビスはもしかしてこの子俺に気があるんじゃないか?と考えていた。それを確かめるためにビエラにそう尋ねる。

「えっと……。カッコいいと、思います」

 顔を朱に染め、言葉に詰まりながらもか細い声でビエラはそう言う。

「そうか。俺はビエラは可愛いと思うぞ」

 ネイビスは勇気を出して答えてくれたビエラにせめてもの誠意を見せようと自身の思いを告げる。お互いに褒め合う形になったがまたしても会話がそこで途絶える。

「…………」
「…………」
「デッキ行くか?」
「そうだね。イリスちゃんを一人にするのも申し訳ないしね」

 二人がデッキにつくや否やビエラはイリスに連行され、一人残されたネイビスはデッキの柵に手をかけ、流れゆく下界の景色を眺めるのだった。

「隣いいかな?」

 突如ネイビスは声をかけられる。声の方を見るとそこには白髪の好青年がいた。

「いいですよ。俺はネイビスです」
「僕はルート。よろしくね」

 ルートは自己紹介をすると右手をネイビスに突き出した。ネイビスも右手を出して握手する。

「見てたよ。君女の子二人とパーティー組んでるみたいだね」
「そうですが、それが何か?」
「いやー。実は僕もそうなんだ。だから声をかけようと思って」
「理由になっていない気がしますが」

 ネイビスはルートがどこか怪しいなと感じていた。そんなネイビスにルートは不敵な笑みを浮かべて告げる。

「いやね。アドバイスをしようと思って」
「アドバイスですか?」

 ネイビスが聞き返すとルートは自信ありげに言う。

「もしあの二人とどうにかなりたいのなら先に攻略するべきなのは金髪のお嬢さんの方だと思ってね」
「どうにかなるってなんですか?」
「分からないかい?君も初心(うぶ)だね。イケメンがもったいないよ」
「はぁ……」
「要するに恋人になるってことさ」
「こ、恋人ですか」
「見た感じ今君黒髪の子と結構いい感じなんじゃないの?」
「分かりますか?」
「そりゃ僕だからね。そういうの一目見て分かっちゃうんだ」

 そう言ってウインクするルートに軽く引きながらもネイビスはどこかルートの話に聞き入っている自分に気づく。

「で、でも。二股前提なんですか?」
「何言ってるのさ。本当は二人とも自分のものにしたいって思ってるくせに」
「否定できないですね……」

 ネイビスはこの人はなんでもお見通しなのかと思った。

「それでは何故イリスから恋人になる必要があるんですか?」
「イリスってのは金髪のお嬢さんの方?」
「はい。そうです」
「うーん。もし仮にネイビス君が今のまま黒髪の子と恋人になったらイリスちゃんはどう感じると思う?」

 ルートの質問にネイビスは暫し考える。

「三人パーティーの中で一人だけ仲間外れにされたって感じるかも」
「50点かな」
「あと半分は?」
「イリスちゃんね、十中八九ネイビス君に気があるよ」
「なんでわかるんですか?」
「そりゃ、僕がイリスちゃんをナンパした時に気になっている人がいるって言ってたからだよ」

 この言葉にやっぱりこの人は危ない人だとネイビスは再確認する。

「人のパーティーメンバーに何してるんですか!」
「ごめんごめん。イリスちゃんがデッキで一人黄昏ていたからつい。僕は寂しがってる女の子はほっとけない主義だからね。でも安心していいよ。僕は人の恋は応援する主義だから、今こうしてアドバイスしてあげてるでしょ?」
「確かにそうですが……」

 両手を顔の前に合わせるルートを見てやれやれとネイビスは思う。

「ダンジョン都市イカルに行くってことはダンジョン攻略が目的かな?」
「はい」
「なら、ダンジョンでカッコいいところ見せて今以上に惚れさせれば次第にイリスちゃんもデレてくると思うよ」
「そうなんですかね」
「あのタイプの女の子はプライドが高くて自分の気持ちになかなか素直になれないんだよ。だから攻略には時間がかかるんだ。だからといってその間に黒髪の子とイチャイチャしたらパーティーを抜けようとするかもね」
「では俺はどうすればいいんですか?」
「黒髪の子に言うのさ。『俺はお前のこともイリスのことも愛してる』ってね。多分黒髪の子はそれでも喜ぶはずさ。で、三人でいる時はなるべくイチャイチャしないって決めるんだ」
「二人の時は?」
「そこはご自由にだね」
「そうですか……」
「あと、夜這いだけはやめておいた方がいいよ」
「理由を聞いても?」
「痛い目を見るからかな」

 どこか遠くを眺めるルートを見て、「経験談かぁ」とネイビスは思うが口には出さず胸の中にしまった。

「まぁ、頑張ります。アドバイスありがとうございました!」
「どういたしまして」

 その後もネイビスはルートと談笑して空の旅を満喫する。日が暮れ始めた頃、飛空艇は巨大なダンジョン都市イカルに着くのだった。 

10愛の告白

 ネイビスはルートと別れて発着場にてイリスとビエラを探していた。

「あ、いたいた。イリス!ビエラ!」
「あ、ネイビス君……」
「ふん!」

 ネイビスが二人に声をかけるも二人の様子がどこか変だった。先ずビエラに元気がない。船酔いでもしたのだろうかとネイビスは心配になる。対してイリスは唸って明後日の方向を向いてしまった。

「どうかしたのか?」
「よく言うわ」
「あのー。ネイビス君。なんかごめんなさい」
「ビエラ。何があったの?」

 状況がいまいち掴めないネイビスがビエラに尋ねる。

「さっきのこと話したら、イリスちゃんが拗ねちゃって」
「拗ねてなんかないわ!ただ魔王討伐っていう役目があるのに恋愛にうつつを抜かすなんてありえないって言ってるのよ」

 ネイビスは先程のルートのアドバイスを思い出していた。確かにイリスのプライドは高い。ルートのアドバイスによればイリスと仲良くなるのには時間がかかるそうだ。だが、ネイビスにはそんなことで仲違いしている暇なんてない。いち早く最強にならなくてはならないのだ。

「俺さ。この際言うわ」
「何よ!弁解があるのなら聞いてあげるわ」

 イリスがやっとネイビスの方を向いた。ネイビスは一つ深呼吸をすると告げる。

「イリス。ビエラ。俺は二人のことが好きだ」
「なっ!」
「えっ!」

 イリスとビエラは驚きの声を上げる。そんな二人を見てさらにネイビスは語りかける。

「二人は可愛いし、スタイルも抜群だ。イリスは活発で頼りになる。ビエラは小動物のように愛らしくてどこかほっとけない。俺はそんな二人が好きなんだ」

 ネイビスは「二人とも胸が大きい」と言う言葉は胸の奥にしまうのだった。

「まだパーティーを組んで三日目だけど、俺には二人が必要不可欠なんだ。俺は最強にならなくてはならない。そして最強になるためには最高の仲間が必要だ。それがイリスとビエラなんだ」

 真剣に語るネイビスをイリスとビエラはじっと見つめていた。

「ほ、本当に私のこと好きなの?」
「ああ。好きだ」
「本当に本当?」
「ああ。神に誓ってもいい」
「そう。なら許す」

 イリスは珍しく顔を赤く染めて俯いてしまう。

「イリスちゃんもネイビス君のこと好きだと思うよ」
「ちょっ!ビエラ、何言ってるのよ!」
「それは知ってた」
「ってネイビスはなんで知ってるのよ?!それも前世の知識?」
「いや、ルート先輩のアドバイス」

 二人は「だれ?」と揃って呟いた。

「イリスをナンパした人だよ。あの人が教えてくれたんだ」
「ああ、あの胡散臭い男ね」
「イリスちゃんナンパされたの?私されたことないよ……」

 そんな会話をする三人に近づく影があった。

「ネイビス君。どうやらうまく行ったみたいだね」
「ルート先輩見てたんですか?」
「ああ、最初からね。なかなかにいいものを見させてもらったよ」

 突如現れたルートを見てイリスはビエラの後ろに隠れた。

「君がイリスちゃんだよね?」
「そうですけど何か?」
「ネイビス君は多分奥手だから君から積極的に迫るといいよ。黒髪の子もね」
「あ、はい!」
「二人とも気にしたら負けだぞー」
「あはは。酷いな。じゃあ僕は愛しのパーティーメンバーが待ってるからそろそろ行くね」

 ルートはそう言って去っていった。

「やっぱり胡散臭いのよね」
「積極的にかぁ……」
「まぁ、取り敢えず宿探すか。もう夜だし」

 辺りはすっかり暗くなっていた。三人は買い食いしながらネイビスの前世の知識を頼りに宿屋に向かい、なんとか辿り着いて三人部屋に入った。今三人はベッド決めをしている。

「俺は窓側がいい」
「それだと私がネイビスの隣で寝れないじゃない」
「昨日と言ってることが真逆だぞ?」
「いいのよ!だって私達はもう……恋人なんでしょ?」

 先の告白からイリスのネイビスに対する態度が明らかに変わっていた。

「じゃあ。三人で窓側のベッドに寝るのはどう?」

 ビエラがそんな提案をする。

「それだとベッドが三つの部屋取った意味がなくなるだろ」

 表向きでは平然とそう言うネイビスであったが実際は「それって添い寝だよなぁ。控えめに言って最高じゃん」と思っている。

「ならベッド動かして繋げようよ」
「それはいいわね」

 多数決で三つのベッドを繋げて大きなベッドを作ることに決まってしまった。もちろん真ん中に寝るのはネイビスとなった。自分の体の破壊力を知らないイリスとビエラは無防備にもネイビスに密着して眠るので、ネイビスはその夜ろくに寝れなかったのだった。

掲示板回2

【141期でAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略し隊】




43:141期剣聖
今のところわかってるドラゴンの種類と出てくる階層共有

1〜3階層 白竜(ブレスなし)
4〜5階層 火竜(火炎ブレスあり)
6〜10階層 不明

44:141期大魔導士
情報共有感謝です。噂だと六階層以降は氷竜が出てくるとか。氷のブレスを吐いてくるそうです。信じるか信じないかはあなた次第。

45:141期剣豪
俺はまだAランクダンジョン行ったことないなぁ。氷竜の噂は聞いたことある。確か大昔に人類最高の67レベルだった勇者が戦って負けたって。

46:141期バーサーカー
レベル67の勇者が負けるのかよ。なんか急に無理な気がしてきた。




79:141期バーサーカー
ドラゴンのブレス何回やっても避けれないんだが。

80:141期弓豪
流石上級職。もうAランクダンジョンですか。私はまだCランクダンジョン攻略中です。蟻さん恐怖症になりそう。

81:141期バーサーカー
蟻塚ダンジョンか。半年前は俺もそこで戦ってたよ。懐かしいな。

82:143期ノービス
火竜がブレスを吐く時は口内が赤く光るので、すぐに火竜の横に回り込めば避けれます。なんならブレス中は攻撃のチャンスにもなりますよ。絶対にしてはいけないのが火竜から遠ざかることです。

83:141期バーサーカー
は?ノービス?143期?色々おかしいやつが来たな笑。

84:141期剣聖
ここは君のような初級職が来る場所じゃない。最低でも中級職でなくては話にならない。冷やかしに来たのならやめてほしい。

85:141期バーサーカー
でも、確かにブレスの前に口内光ってたような……。ってなんでノービスが知ってんだよ!しかも卒業したばかりだろ!

86:143期ノービス
それは企業秘密というやつですよ。先輩。

87:141期バーサーカー
ちなみにノービスは今どこにいるんだ?まさかイカルって言わないよな?

88:143期ノービス
そのまさかですよ。飛空艇でひとっ飛びです。

89:141期バーサーカー
ボンボンめ。あれ30,000ギルもかかるんだよな。宿屋二ヶ月分だぞ!

90:141期剣聖
ここは個人チャットの場所ではないぞ。それに飛空艇を使うのは感心しないな。それだとろくにレベリングもせずに来たのではないか?

91:143期ノービス
一応レベリングはしましたよ。流石に卒業したまんまダンジョン都市に来るほど命知らずではありません。

92:141期バーサーカー
何レベルなん?ちなみに俺は42。

93:143期ノービス
24レベルです。

94:141期剣聖
嘘をつくな。それはありえない。卒業したのはついこの前だろ?数日でレベル9以下から上がるのはせいぜい13かそこらだ。そんなに簡単にレベルが上がるなら人類は67レベルよりも上を目指せる。

95:143期ノービス
嘘じゃないんだよなぁ。まぁ、言葉借りますけど、信じるか信じないかはあなた次第ですね。俺は抜けます。

96:141期バーサーカー
爪痕残して出て行きやがった笑。こういうやつ俺は好きだな。

97:141期剣聖
大嫌いだね。つくならもう少しマシな嘘にしてほしいよ、まったく。

98:141期バーサーカー
ちなみに剣聖さんはレベル何?

99:141期剣聖
俺は39だ。すぐ追いついてやるから覚悟しとけ。




121:141期バーサーカー
聞いたか!昨日あの勇者パーティーがこの町に帰ってきたらしい。朝食食べに出かけたら町の至る所でその話がされてた。

122:141期剣豪
あれでしょ。人類最高到達レベルを塗り替えるかもって言われてる勇者がリーダーのパーティー『絶対零度』でしょ。

123:141期弓聖
確か勇者が白髪の色白で他が二人とも上級職の大蒼魔導師だからそう呼ばれてたはず。

124:141期バーサーカー
いいよな、勇者。勇者学院って名前なのに俺たちの代は一人も勇者いなかったもんな。

125:141期剣豪
勇者は十年に一度くらいで現れるみたいだよね。そういえば今年の卒業生にも勇者いたと思う。

126:141期バーサーカー
143期は面白いな。ノービスもいれば勇者もいるのか。

127:141期剣聖
とにかく勇者パーティーに先を越されないようにしないとな。



11朝の一幕
 ダンジョン都市イカルにはFからSランクまでのダンジョンが一つずつある。攻略されているのはBランクダンジョンまでの5つ。今人類はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』攻略に向けて大いに盛り上がっている。なぜなら勇者こそいないものの上級職が多く奇跡の年と呼ばれている勇者学院141期の卒業生達がダンジョン都市に辿り着き活躍し始めていたからだった。

 ネイビスはこのことを掲示板で既に知っていた。というか書き込みまでしていた。というのも、イリスとビエラに挟まれて全く眠れる気がしなかったため、寝るのは諦めてマギカードの掲示板で今のダンジョン都市の情報を手に入れようと調べていたからだった。

 結局のところネイビスは夜中の3時くらいまで起きていたが、流石に眠気に負けて眠りに落ちた。

 翌朝、寝不足のネイビスが一番遅くまで寝ていて、早く起きていたイリスとビエラに叩き起こされる。

「うう。まだ寝る」
「ダメよ起きなさい!」
「眠い……」

 ネイビスはただでさえ朝に弱い。そこに寝不足が合わさればどうなるか答えは簡単だ。ネイビスは強引にイリスを引き剥がして再びベッドにダイブした。

「ネイビス君。起きないとイタズラしちゃうよ」
「いいよー。俺は寝る」
「もう!ビエラ。こんな男ほっておいて私たちで先に朝食食べに行きましょう」
「ダメよ、イリスちゃん。今からイタズラするんだから」
「イタズラ?イタズラって何するのよ?ペンで顔に落書きとか?」

 ビエラは首を傾げて考えるイリスにネイビスに聞こえないようにこしょこしょ話でイタズラの内容を教える。

「えー!それはちょっと大胆すぎない?」
「いいのいいの。いつかするんだから、それが今日になっただけ」
「ビエラ、あのナンパ男の影響受けすぎじゃない?」

 ビエラが考えたイタズラは目覚めのキスだった。ネイビスにとってはもはやイタズラでもなんでもなくて、ただのご褒美になるだろう。当の本人であるネイビスはそんなことをつゆも知らずにスースーと眠っていた。

「いいの?イリス。私が先にネイビス君とキスしちゃうんだよ?」

 ビエラがイリスを挑発するとイリスは「それは嫌だわ……」と本音を吐く。

「ビエラがキスしなきゃいい話じゃない」

 イリスはキスをしない方向に話を持っていこうとした。イリスはガツガツ行きそうなタイプに見えて、恋愛に関しては弱腰だったりする。対してビエラは一見大人しそうな性格に思えるが、誰かさんに触発されて乙女心に火がついていた。

「なら二人で同時にキスすれば解決ね」

 ビエラの奇想天外なアイデアにイリスは目を見開いて驚く。

「何でそうなるのよ!もういいわ。『スラッシュ』で起こす」

 イリスのその言葉をネイビスの耳は確かに捉えた。ビクンと一度震えるとネイビスは体を起こして敬礼のポーズを取る。

「イリス隊長!今起きましたであります!なので『スラッシュ』だけは勘弁してください!」
「よろしい。では朝食に行くわよ」
「はいであります!」

 ネイビスは恐怖という感情の到来により眠気が消え去り、スッキリ起きることができた。イリスの後ろでビエラが「私のファーストキスが……」としょんぼりしている。そんなことを知らないイリスがビエラに声をかける。

「ビエラも、行くわよ!」
「うん、わかった……」

 三人は朝の町に朝食を食べに出かけた。町は喧騒に包まれて賑わっていた。所々から「勇者がね……」「勇者は……」と勇者に関する会話が聞こえてくる。

「なんかやたら賑やかね」
「勇者が来たらしいよ。しかも掲示板の情報によるとSランクなんだって」

 イリスの呟きにビエラが応える。ビエラは今朝、ネイビスが寝坊している間にダンジョンに関するいくつかの掲示板を見ていたのだ。

「ふーん。Sランクなら俺らは一週間もあれば追いつくな」

 ネイビスは易々とそう断言する。それを聞いたイリスは呆れ顔だ。イリスはすかさず聞き返す。

「はい?あなた嘘でしょ?」
「いや、本気だ」

 ネイビスが一ミリも臆せずにそう言うとイリスはジト目でネイビスを見つめた。

「また爆弾投下するんじゃないでしょうね」
「いやいや。今回は真面目だぞ」

 手をひらひらと振ってネイビスは応える。

「じゃあ一体どんな手を使うのよ?また隠しエリアとか?」
「そんなわけあるか。一日に何周もダンジョンを周回するんだよ」

 ネイビスがさも当然のように言うとイリスとビエラは驚愕する。

「ダンジョンは一日に一回までって常識よ?」
「うんうん」

 イリスとビエラの言葉を聞いて今度はネイビスが驚き呆れる。

「なら、その常識がおかしいんだ」

 ネイビスの前世の記憶では一日に何十回も同じダンジョンを周回していたこともあった。ノービスなら上級職のレベルカンストまでに5回もレベル1から99までの育成を繰り返す必要がある。当然途方もないプレイ時間がかかり、その分『ランダム勇者』のやりがいにも繋がっていた。

「いいか。今の俺たちは弱い。弱いなんてもんじゃない。すこぶる弱い。最弱と言っても過言じゃない」

 弱い弱いと連発するネイビスの言葉にイリスは少し不機嫌になって言い返す。

「でも私達もうDランクよ。弱くなんかないわ!」
「あのな。今の俺はレベル24だが、ステータスだけ見ればレベル9の勇者よりも弱いんだ。ランクなんて当てにしたらダメだ」
「それはそうだけど……」
「私もネイビス君が正しいと思う」

 ネイビスの説得を受けてイリスはぐうの音も出ない。

「まぁ、俺について来い。そしたら直ぐにSランクにしてやるよ」
「分かったわ。今日は早速ダンジョンに潜るんでしょ?」
「どこのダンジョンに行くの?」
「Fランクダンジョンの『ウサギパラダイス』だな」

『ウサギパラダイス』通称ウサパラは文字通りウサギしか出て来ない。だが角が生えているウサギなので結構危険だったりする。

「えー!せっかくだからEランクとかDランクのダンジョンに行きましょうよ。その方がレベル上げできるわ」

 イリスは一番下のFランクダンジョンは不服だった。

「こればかりは仕方ないな。一つ下のランクのダンジョンクリアをしないと次のダンジョンには挑めないようになってるらしい」

 どういう仕組みなのかダンジョンを制覇するとマギカードやギルドカードに記録が残るそうだ。ネイビスは過去の掲示板を見てこのことを学んでいた。
 ちなみにギルドカードとマギカードの違いはあまり無く、後者に掲示板機能があるくらいだ。
 逆に言えばマギカードを持っているということは勇者学院の卒業生を意味し、一つのステータスにもなる。

「なら仕方ないわね。さっさと朝食を食べて『ウサギパラダイス』にいきましょう!」

 三人はゲン担ぎにこの町名物の兎肉のシチューを食べるのだった。

12剣聖三兄弟

 ネイビス、イリス、ビエラの三人はFランクダンジョンである『ウサギパラダイス』の入り口の前で作戦会議をしていた。既に掲示板で『ウサギパラダイス』の情報をある程度確認し終わり議題は次に進む。

「次はそれぞれのステータスを確認しようか」
「賛成!」

 ネイビスの提案にイリスが元気よく同意する。イリスは初ダンジョンがとても楽しみなのだ。三人はお互いのステータスを見せ合う。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:ノービスLv.24(経験値二倍)
 HP:105/75+30
 MP:75/75
 STR:25+10
 VIT:25
 INT:25
 RES:25
 AGI:25
 DEX:25
 LUK:25
 スキル:『応急処置』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.22
 HP:219/69+150
 MP:69/69
 STR:46
 VIT:46+50
 INT:23
 RES:23
 AGI:23
 DEX:23
 LUK:23
 スキル:『スラッシュ』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.21
 HP:66/66
 MP:96/66+30
 STR:22
 VIT:22
 INT:44+15
 RES:44
 AGI:22
 DEX:22
 LUK:22
 スキル:『プチヒール』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『銅の指輪』

「やっぱり基本は俺とイリスが前で戦ってビエラが後ろで待機かな」
「そうね。それでいいと思うわ」
「回復は私に任せて!」

 結局いつもの戦い方に決まり、作戦会議は直ぐに終わった。三人はダンジョン入り口の受付まで向う。五組のパーティーが並んでいたので三人はその後ろに並ぶことにした。すると一つ前のパーティーの会話が聞こえてくる。

「俺ら142期の中でダンジョン一番乗りだよな?」
「違いない。142期の掲示板を見てもみんなイカルにすら着いてなかったぜ」
「俺達が事実上142期最強パーティーってことだな!わはは」

 どうやら一つ前の男三人組は142期の卒業生パーティーのようだ。彼らの話を聞いていたイリスが小声でネイビスに尋ねる。

「あなた、飛空艇使わなくてもイカルまで一週間で来れるって言ってなかった?あの先輩方、一年かかってるっぽいんだけど」
「私も気になる!」

 イリスとビエラが抱いた疑問はネイビスの発言と現実の間の齟齬についてだった。ネイビスは一つ心当たりがあった。

「俺達は一日で王都の隣の町ロコルに着いただろ?先ずそれが普通じゃないんだろうな」

 ネイビスの言葉にイリスは首を傾げて指摘する。

「でも、勇者パーティーもロコルの町に着いてたわよね?」
「それは勇者パーティーだからだ。勇者、剣聖、賢者。これ以上にない最強パーティーだからな」
「でもでも。それなら勇者パーティーくらい強ければ一ヶ月もあれば来れるんじゃない?」

 ここでビエラが意見する。ネイビスはまたなぜ一年もかかったのか考える。

「もう本人に聞けばよくね?」
「ええ!あなた本気?」

 ネイビスはイリスの事など目もくれず、男三人組のパーティーに話しかけに行く。

「もしかして勇者学院の卒業生ですか?」

 ネイビスが声をかけると三人とも振り返ってネイビスをジロジロ見る。

「そうだが、やはり分かるか?」
「ええ、強そうですから」

 ネイビスの言葉に三人は笑顔になる。ネイビスはチョロそうだなと思うが声には出さない。

「そうかそうか!聞いて驚けよ。俺達はな、三人とも上級職の剣聖なんだぜ!」
「どうだすごいだろ!」
「そうなんですか!俺なんかノービスですよ」
「そうかそうか。それは災難だったな。まぁ見てろ。俺達がいずれAランクダンジョンクリアしてやるから」
「はい!それとなんですが、是非勇者学院からここまでの旅の話を聞きたいんです!」

 ネイビスは聞きたかった本題に入る。

「おう、いいぜ!とは言ってもあまり面白くはないぞ?」
「いえ、そんなことは。是非お聞かせください!」

 それから男が語った話を要約すると次のようになる。先ずは王都周辺で3日ほどレベル上げをしてロコルの町に向かった。だが、そこでお金が尽きてロコルの町の冒険者ギルドで依頼をこなすことで生活費を稼いでいたらしい。あとはその繰り返し。次の町に行って、冒険者ギルドで金を稼いで、それを七回経てようやくダンジョン都市イカルに着いたそうだ。

「ありがとうございました!」
「おうよ!何か困ったら俺達にいつでも頼りな!」

 ネイビスは三人にお辞儀をしてイリスとビエラの元へと戻っていった。

「あなたも大概あざといわね。ペコペコお辞儀しちゃって」
「いいんだよ。別に減るもんじゃないしな。それより聞いてたか?やっぱり必要なのは金だって分かっただろ?」

 ネイビスは王都の噴水の前で二人に説明したのを思い返していた。

「そうだね。私達は隠しエリアでいっぱい儲けちゃったからね。なんだか申し訳ないよ」
「気にしたら負けよビエラ。ほら私達の番だわ」

 受付の説明を受け終わった剣聖三兄弟がダンジョンのゲートに入っていき、次はネイビス達のパーティーの順番となった。

「こんにちは。ギルドカード、もしくはマギカードをご提示ください」

 受付の女性にそう言われて三人はインベントリからマギカードを取り出して見せる。

「はい、確認しました。どうやらダンジョンは初参加のようですね。説明は必要ですか?」

 イリスとビエラがネイビスに視線を送る。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

 ネイビスは前世の『ランダム勇者』の知識は持つものの、現実世界となったこの世界では勝手が違う可能性もあるので一応説明は受けることにした。

「かしこまりました。先ずはあちらに見える青白く輝いているのがダンジョンのゲートになります。ゲートを通ると一パーティーにつき一つのダンジョンが生成され、その異空間に飛ばされます。ダンジョンのボスを倒して出現する帰還ゲートか、スタート地点にあるリタイアゲートのいずれかを通ることでダンジョンの外に出ることができます。何か質問はありますか?」

 受付の女性は淡々と説明をする。受付の女性の説明に「ほう」とネイビスは息を漏らした。この世界のダンジョンは一体どんな仕組みなのかネイビスは気になっていた。『ランダム勇者』では操作するパーティー以外の冒険者をダンジョン内で見たことはなかった。そもそも『ランダム勇者』には141期や142期の先輩も同期の143期も出てくることはなかった。だがこの世界にはロコルの町のダルフィスや勇者パーティーなど他の冒険者だって存在するのだ。パーティー毎にダンジョンが生成されるのなら混雑の心配はないなとネイビスは安心した。

「イリスとビエラは質問あるか?」
「私はないわ」
「私も大丈夫」
「なら説明は以上で終わりです。ゲートにお進みください」

 三人は受付の女性に促されるままにゲートへと進む。青白く輝く大きな光の渦の前に三人は立ち息を呑む。イリスやビエラはもちろん、今までゲームの中でしかゲートを潜ったことがないネイビスも緊張していた。

「三人でせーので行きましょう」
「そうだな」
「ねぇ、二人とも。手繋ごう?」
「ビエラ、ナイスアイデア!」

 三人はビエラを中心にして手を繋いで並び一緒にゲートを潜るのだった。

13ウサギパラダイス

 そこは見渡す限りどこまでも続く草原だった。ネイビス達はゲートを潜るとポツンと草原の真ん中に立っていた。

「凄いわね!まるで別の世界ね」

 よく見ると一本の道が続いていた。

「この道に沿って進めばいいのかな?」
「ねぇ、マギカードの所在地が『ダンジョン都市イカル』から『Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』一階層』になってるわよ!」

 イリスの言葉にネイビスとビエラは自身のマギカードを確認した。

「ほんとだね」
「マギカードって一体どういう仕組みしてんだよ!凄すぎないか!」

 とりあえずここが一階層だと分かった三人は事前に確認していた掲示板の情報を思い返していた。

「一階層から三階層はホワイトツノウサギだったわよね。なら余裕ね」

 イリスは自信満々だ。そんなイリスをネイビスは諫める。

「いや。ホワイトツノウサギは魔法こそ使ってこないが、角はかなり厄介だぞ」
「そうなの?」
「ああ。当たるとかなりダメージを喰らう」

 ネイビスは前世の『ランダム勇者』でウサパラを高速周回していた時のことを思い返していた。『ランダム勇者』では三人のメンバーを交互に操作することができる。だがあくまでも一度に操作できるのは一人だけなのだ。他の二人はAIによって動くことになる。そうしたら何が起こるか。操作していないキャラがかなりの頻度で被弾するのだ。ツノウサギのツノアタックを食らって瀕死になったキャラをネイビスは何度も見てきていた。それ故にネイビスにとって油断はあり得ないのだ。

「それは怖いね。でももしもの時は私が『プチヒール』使うから」
「頼りにしているぞ、ビエラ」

 幸いこのパーティーにはヒーラーのビエラがいる。ネイビスはビエラがいて本当に良かったと思うのだった。 

「ガサガサ」

 その時少し遠くの草が揺れた。

「敵ね!」
「ああ。作戦通りで行くぞ!」

 出てきたのは一匹のホワイトツノウサギ。イリスとネイビスが剣を構えてゆっくりと近づいていく。対してホワイトツノウサギは近づく二人に向かって突進する。

「イリス!角だけは気をつけろ!」
「分かってる!」

 ホワイトツノウサギはイリスの方へと向かってジャンプする。イリスはホワイトツノウサギをギリギリまで引きつけてから剣士見習いの第一スキル『スラッシュ』を放つ。

「『スラッシュ』!」

 イリスの剣は吸い寄せられるようにホワイトツノウサギにヒットしてホワイトツノウサギが血で赤く染まって吹き飛ぶ。ネイビスは飛んでいったホワイトツノウサギの元へ駆け寄り横たわるホワイトツノウサギに剣を突き立てて絶命させる。

「なんだ。これなら余裕じゃない」
「イリス、スキルはあまり使うな。一、二回くらいならMPが自然回復すると思うが、ボス戦まで出来るだけ温存しておけ」
「はーい」

 それからイリスはスキルを封印して戦うことにした。一本道の先には次の階層に繋がるゲートがあり、ここに来るまでに三人は合計で7体のホワイトツノウサギと戦った。だが三人ともレベルは上がらなかった。そう簡単にはレベルは上がらない。

「7体も倒したのに、どうして1レベルも上がらないのよ!」
「まぁ、それだけシルバースライムやゴールデンスライムの経験値が凄かったってことだ。多分このダンジョンをクリアしてようやく1レベル上がるかどうかだと思うぞ」
「ええー」
「頑張ろう、イリスちゃん」

 次の階層からはホワイトツノウサギが二体で出てくるようになった。ネイビスとイリスが一体ずつ対応することで倒していったが中々に厳しい。三階層からは三体で出てくることを考えると余裕はなかった。

「結構キツイわね」

 三階層へと繋がるゲートの前で三人は休憩していた。

「いかに今の俺達が弱いか実感させられるな」
「確かに……。ねぇ、本当にレベル99になったら転職できるの?」
「ああ。出来るはずだ。だがこれだと一週間でSランクは結構厳しいかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ。何か手を考えるか……」

 ネイビスはずっと一つ引っかかっていたことがあった。なぜこの世界の人が一日に何周もダンジョンを周回しないのかと。今のネイビスはその答えを分かっていた。疲れるのだ。モンスターと戦うと思った以上に疲労が溜まる。この世界の人にとってみれば何当然のことを言っているんだという話だ。だがネイビスがしていたのはあくまで『ランダム勇者』というゲームだった。もちろんゲームのキャラに疲労なんて概念はない。だが現実世界は違う。こうして休憩を挟みながら進まないといけないのだ。

「とりあえずこのダンジョンをクリアしましょう!」
「それもそうだな」

 ネイビスはイリスの忠告に悩んでばかりはいられないなと思い直す。

「次からは俺とイリスが一匹ずつ倒して、先に倒した方が三体目のホワイトツノウサギと戦おう。ビエラの方に来るかもしれないからビエラは警戒しておけよ」
「うん!敵が来たらこの短剣でなんとかする!」

 ビエラはそう言って腰につけた短剣をぽんぽんと叩く。三人はゲートを潜り相変わらず地平線の彼方まで広がる草原に出る。三人が周囲を警戒しながら一本道を進んでいくと「ガサガサ」と前方の草が揺れてホワイトツノウサギが二体出てきた。イリスとビエラが対応する。

「あれ?あと一匹は?」

 イリスとネイビスがそれぞれ一匹ずつホワイトツノウサギを倒すとイリスがそう問いかける。その時イリスの後方の茂みから一体のホワイトツノウサギが飛び出す。それに気づいたネイビスが「イリス!」と声を張るも少し遅かった。

「うっ!」

 ホワイトツノウサギの角がイリスの脇腹に突き刺さり、イリスが苦悶の表情を浮かべる。ネイビスはイリスの元へ駆けつけイリスに当たらないよう慎重にホワイトツノウサギに剣を突き刺して倒した。ビエラが駆け寄りスキル『プチヒール』を使う。傷口はみるみるうちに塞がって行った。

「イリス平気?」
「ええ。少し油断したわ。でも今は大丈夫よ。先に進みましょう」

 心配するビエラにイリスは平気だと告げる。その二人の様子を見てネイビスはあることに気づく。
 ゲームではダメージを受けてもキャラはHPがゼロになるまで平然と動いていた。しかし、現実世界だとそうはいかないのだと思った。このパーティーにはヒーラーのビエラがいるからいいが、もしもヒーラーのいないパーティーが負傷したらダンジョンをリタイアしなくてはならなくなる。
『ランダム勇者』の世界には体力回復ポーションや薬草などのアイテムはないのだ。というのも、薬を飲んだり草を傷口に付けるだけで傷が治るわけがないだろうという製作者のポリシーが関係していた。スタート時のキャラガチャでヒーラーのいないパーティーになった時は極力敵の攻撃は避けて、HPが減ったらエリアの隅っこで自然回復するのを待っていたのをネイビスは思い出す。
 この現実となった『ランダム勇者』の世界にもポーションや薬草はあまり普及していない。というのも、それらはとても高く、それでいて効果は自然回復力を促進させるだけで、直ぐに回復する僧侶の『ヒール』に劣っているからだ。
 どうやらこの世界ではヒーラーはあまり冒険者にはいない。大抵のヒーラーは教会や病院で働くのだ。
 三人のうち一人がヒーラーで潰れるよりも例えば142期の剣聖三人組のようにアタッカー三人で揃えた方が確かに強いし戦闘面では安定する。しかしダメージを喰らったら戻るのを繰り返すのは効率が悪い。
 戦闘での疲労。ヒーラーの不在。固定観念。そう言ったものが冒険者を効率的なレベリングから遠ざける要因になっているのではないかとネイビスは考えるのだった。

14ウサギパラダイス その2

 三人はなんとか『ウサギパラダイス』の三階層を突破して四階層に続くゲートの前で休んでいた。そこでネイビスが自身のレベルが上がっていることに気づく。

「ノービスの第二スキル『リカバリー』覚えたぞ!」

 第二スキルはレベル25で覚えることができる。

「ああ、あの『プチキュア』の下位互換スキルね」

 イリスが事実を言うとネイビスは落ち込んで言い返す。

「それは言ってくれるな。否定できないだろ」
「やっぱりミスリルバングルのおかげなのかな。ネイビス君のレベルアップ早いね」
「まぁ、経験値二倍だからな。それより次から敵が魔法を使ってくるぞ」
「火の玉を放ってくるのよね。掲示板に書いてあったわ」
「そうだ。先ず基本的に当たらないことだな。レッドツノウサギは予備動作でその場で二回跳ねるから、そうしたら警戒だな」

 三人が次の階層へと続くゲートに入ると、次は草原ではなく荒涼とした砂漠に出た。遠くの方に次の階層へと続くゲートが小さく見える。

「今までと全然雰囲気が違うわね」
「そうだな。これだと不意打ちはされなさそうだな」

 結果から言ってレッドツノウサギはホワイトツノウサギよりも弱かった。魔法は予備動作を確認すれば簡単に避けられるし、むしろイリスやネイビスにとっては攻撃チャンスになっていた。
 五回層ではレッドツノウサギが二体で出てくるが、それも難なく斬り伏せて三人は先に進む。
 六、七階層の雪原では氷の玉を飛ばしてくるブルーツノウサギが出てきた。八、九階層は風の刃を飛ばしてくるグリーンツノウサギが出てくる平野だった。
 グリーンツノウサギの魔法は見づらくネイビスが一度被弾してしまう事故はあったものの、それもビエラが直ぐに治療して事なきを得た。

「いよいよボスね」
「ブラックツノウサギ……大きいんだよね」

 三人は十階層へと繋がるゲートの前で最終確認をしていた。十階層は所謂ボス部屋だ。出てくるのは人間くらいの大きさのブラックツノウサギだ。
 掲示板によるとブラックツノウサギの肉はとても美味しいらしい。その肉が高値で売れることから『ウサギパラダイス』はFランクダンジョンでありながらも挑む高ランクの冒険者は多かったりする。
『ウサギパラダイス』はダンジョン都市イカルにあるダンジョンの中で唯一食用の肉が取れるダンジョンなので人気なのだ。
 イカルという巨大都市の食生活を支えているのがこの『ウサギパラダイス』なのである。
 ちなみに今まで倒したツノウサギは全部イリスのインベントリに入っている。

「イリス。MPは?」
「私は満タンよ」
「OK。なら『スラッシュ』連続で畳み掛けろ」
「りょーかい!」
「私は後ろで待機だよね?」
「そうだな。もし俺かイリスが攻撃を受けたら『プチヒール』頼めるか?」
「うん!でも、私の残りMPだとあと二回しか『プチヒール』使えないから注意ね!」
「分かった。じゃあ行くか」

 ゲートを潜るとそこは平原で、三人の前方にはブラックツノウサギがいた。

「実際に見ると強そうね」

 ブラックツノウサギは人間の背丈ほどの大きさでかなり迫力があった。

「そうだな。だが臆するなよ。今の俺らなら勝てるはずだ」

 このFランクダンジョン『ウサギパラダイス』の推奨レベルは10から15だ。いくら初級職が弱いからといってレベル20代の三人なら十分勝てるとネイビスは考えていた。

「じゃあ私からいくわね。『スラッシュ』!」

 イリスが真っ先にブラックツノウサギに向かって駆けて行きスキル『スラッシュ』を放つ。攻撃を受けたブラックツノウサギはイリスに向けて角を突きつけるが、イリスはそれを見て回避する。
 そこに反対側から近寄っていたネイビスがブラックツノウサギの背中に一撃を入れる。今度はネイビスの方にヘイトが向かいブラックツノウサギは角を突き出して突進する。迫り来るブラックツノウサギの攻撃をネイビスは軽く避け、カウンターで攻撃を入れる。

「『スラッシュ』!『スラッシュ』!」

 突進の後隙が生まれたブラックツノウサギにイリスがスキルを連続で決めていく。このパーティー唯一の攻撃スキルなだけはあってブラックツノウサギはみるみる血を流し弱っていく。
 それからは一方的だった。イリスとネイビスが交互に剣戟を入れ、イリスが限界までスキル『スラッシュ』を使った。六回目の『スラッシュ』でブラックツノウサギはとうとう動かなくなった。

「やったわ!倒したみたいね」
「疲れたなぁ」
「みんなお疲れ様。私は何もしてないからあまり疲れてないかも」

 まだまだイリスとビエラは元気だったがネイビスはかなり疲れていた。戦闘に参加していないビエラが疲れていないのは当然だが、人一倍戦っていたイリスが何故そこまで疲れていないかには実はステータスが関わっている。
 ステータスのVITはその人の活力を示す。それは単純な防御力を表す数値であると同時に現実世界となったこの世界では持久力にも影響するのだ。
 イリスのVITはシルバーバングルの効果も含めて96もある。対してネイビスのVITは26。その差は歴然だ。

「さあ、戻りましょう!」

 ブラックツノウサギをインベントリに締まったイリスが、ブラックツノウサギの死体の後方に現れた帰還ゲートを見てそう言った。

「そうだな。みんなお疲れ様」
「お疲れー」
「お疲れ様です」

 三人は帰還ゲートを潜る。その時ネイビスはこの後昼休憩をして午後に一回だけ潜ろうかなと考えていた。
 その予定が直ぐに崩れ去ることになるのをこの時のネイビスはまだ知らない。
 三人はなんとか『ウサギパラダイス』の三階層を突破して四階層に続くゲートの前で休んでいた。そこでネイビスが自身のレベルが上がっていることに気づく。

「ノービスの第二スキル『リカバリー』覚えたぞ!」

 第二スキルはレベル25で覚えることができる。

「ああ、あの『プチキュア』の下位互換スキルね」

 イリスが事実を言うとネイビスは落ち込んで言い返す。

「それは言ってくれるな。否定できないだろ」
「やっぱりミスリルバングルのおかげなのかな。ネイビス君のレベルアップ早いね」
「まぁ、経験値二倍だからな。それより次から敵が魔法を使ってくるぞ」
「火の玉を放ってくるのよね。掲示板に書いてあったわ」
「そうだ。先ず基本的に当たらないことだな。レッドツノウサギは予備動作でその場で二回跳ねるから、そうしたら警戒だな」

 三人が次の階層へと続くゲートに入ると、次は草原ではなく荒涼とした砂漠に出た。遠くの方に次の階層へと続くゲートが小さく見える。

「今までと全然雰囲気が違うわね」
「そうだな。これだと不意打ちはされなさそうだな」

 結果から言ってレッドツノウサギはホワイトツノウサギよりも弱かった。魔法は予備動作を確認すれば簡単に避けられるし、むしろイリスやネイビスにとっては攻撃チャンスになっていた。
 五回層ではレッドツノウサギが二体で出てくるが、それも難なく斬り伏せて三人は先に進む。
 六、七階層の雪原では氷の玉を飛ばしてくるブルーツノウサギが出てきた。八、九階層は風の刃を飛ばしてくるグリーンツノウサギが出てくる平野だった。
 グリーンツノウサギの魔法は見づらくネイビスが一度被弾してしまう事故はあったものの、それもビエラが直ぐに治療して事なきを得た。

「いよいよボスね」
「ブラックツノウサギ……大きいんだよね」

 三人は十階層へと繋がるゲートの前で最終確認をしていた。十階層は所謂ボス部屋だ。出てくるのは人間くらいの大きさのブラックツノウサギだ。
 掲示板によるとブラックツノウサギの肉はとても美味しいらしい。その肉が高値で売れることから『ウサギパラダイス』はFランクダンジョンでありながらも挑む高ランクの冒険者は多かったりする。
『ウサギパラダイス』はダンジョン都市イカルにあるダンジョンの中で唯一食用の肉が取れるダンジョンなので人気なのだ。
 イカルという巨大都市の食生活を支えているのがこの『ウサギパラダイス』なのである。
 ちなみに今まで倒したツノウサギは全部イリスのインベントリに入っている。

「イリス。MPは?」
「私は満タンよ」
「OK。なら『スラッシュ』連続で畳み掛けろ」
「りょーかい!」
「私は後ろで待機だよね?」
「そうだな。もし俺かイリスが攻撃を受けたら『プチヒール』頼めるか?」
「うん!でも、私の残りMPだとあと二回しか『プチヒール』使えないから注意ね!」
「分かった。じゃあ行くか」

 ゲートを潜るとそこは平原で、三人の前方にはブラックツノウサギがいた。

「実際に見ると強そうね」

 ブラックツノウサギは人間の背丈ほどの大きさでかなり迫力があった。

「そうだな。だが臆するなよ。今の俺らなら勝てるはずだ」

 このFランクダンジョン『ウサギパラダイス』の推奨レベルは10から15だ。いくら初級職が弱いからといってレベル20代の三人なら十分勝てるとネイビスは考えていた。

「じゃあ私からいくわね。『スラッシュ』!」

 イリスが真っ先にブラックツノウサギに向かって駆けて行きスキル『スラッシュ』を放つ。攻撃を受けたブラックツノウサギはイリスに向けて角を突きつけるが、イリスはそれを見て回避する。
 そこに反対側から近寄っていたネイビスがブラックツノウサギの背中に一撃を入れる。今度はネイビスの方にヘイトが向かいブラックツノウサギは角を突き出して突進する。迫り来るブラックツノウサギの攻撃をネイビスは軽く避け、カウンターで攻撃を入れる。

「『スラッシュ』!『スラッシュ』!」

 突進の後隙が生まれたブラックツノウサギにイリスがスキルを連続で決めていく。このパーティー唯一の攻撃スキルなだけはあってブラックツノウサギはみるみる血を流し弱っていく。
 それからは一方的だった。イリスとネイビスが交互に剣戟を入れ、イリスが限界までスキル『スラッシュ』を使った。六回目の『スラッシュ』でブラックツノウサギはとうとう動かなくなった。

「やったわ!倒したみたいね」
「疲れたなぁ」
「みんなお疲れ様。私は何もしてないからあまり疲れてないかも」

 まだまだイリスとビエラは元気だったがネイビスはかなり疲れていた。戦闘に参加していないビエラが疲れていないのは当然だが、人一倍戦っていたイリスが何故そこまで疲れていないかには実はステータスが関わっている。
 ステータスのVITはその人の活力を示す。それは単純な防御力を表す数値であると同時に現実世界となったこの世界では持久力にも影響するのだ。
 イリスのVITはシルバーバングルの効果も含めて96もある。対してネイビスのVITは26。その差は歴然だ。

「さあ、戻りましょう!」

 ブラックツノウサギをインベントリに締まったイリスが、ブラックツノウサギの死体の後方に現れた帰還ゲートを見てそう言った。

「そうだな。みんなお疲れ様」
「お疲れー」
「お疲れ様です」

 三人は帰還ゲートを潜る。その時ネイビスはこの後昼休憩をして午後に一回だけ潜ろうかなと考えていた。
 その予定が直ぐに崩れ去ることになるのをこの時のネイビスはまだ知らない。

15絶望のち歓喜

「ええええ!二周目はダメなんですか?」
「はい。規則ですので」

 Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』の入り口前の受付でネイビスは悶絶していた。

「だから言ったでしょ?ダンジョンは一日に一周が常識だって」

 両手と膝を地面について絶望しているネイビスにイリスが追い打ちをかける。三人は『ウサギパラダイス』を初クリアした後昼飯を食べてから軽く休憩し、そして今ネイビスの提案で二周目に挑もうとしていた。だがそこで突きつけられたのは『ダンジョンは一日ひとつまで』という『ランダム勇者』には無かったルールだった。
 マギカードにダンジョンクリアの履歴が残るため、その日にクリアしていると受付でチェックされるのだ。大昔は無理に一日に何周も挑んで死んで行く冒険者が多かったため作られた制度だという。

「俺の人生設計が崩れていく……」
「ネイビス君。目立ってるし他の人の迷惑だから場所変えよう?」

 受付の女性の前で土下座の体制になっているネイビスは確かに目立っていた。ビエラがネイビスに声をかけるもその耳には届かない。

「あいつアリスさんに何かしたのか?」
「アリスさんも大変だな」

 列の後ろからそんな声が聞こえてくる。ちなみに受付の女性はアリスという。

「俺はこのまま最弱のままなのか?」
「ネイビス!あなた聞いてるの?」
「俺はこのままノービスのままなのか?」
「『スラッシュ』行っときますか?」
「ああ!それだけは勘弁してくださいぃ!」

 イリスの『スラッシュ』が効いたのかやっとネイビスは我を取り戻した。

「ネイビス君。場所変えよう?」
「そ、そうだな」

 三人は今朝作戦会議をして昼に昼食を食べた場所である木の下に再び腰を下ろして今後の方針について話し合うことになった。

「このままだと俺達はずっと初級職のままだぞ。Sランクになるのも一週間どころか何年かかるかも分からない」
「でも、私はそれが普通だと思うけどね」
「私もそう思う」
「イリスとビエラは初級職のままでいいのか?」
「それは……転職できるなら転職したいわよ」
「私も転職したい!あとレベル99になって『プチホーリー』覚えたい!」
「ならいち早くレベル99になるしかないんだよ!」
「そんなの分かってるわ!でもレベル99なんて御伽噺の勇者じゃないんだからなれるわけないわよ!」

 その時ネイビスはイリスの言葉に引っ掛かりを覚えた。

「御伽噺の勇者?なんだそれ」

 ネイビスが質問するとイリスはやれやれとため息をついて説明を始めた。

「あなた知らないの?遥か昔にレベル99の勇者がいて、この大陸に攻めてきた魔王軍を撃退したって話!その戦いで魔王が弱ったから今のところ魔王軍が攻めてこないんだとされているわ。結構有名な話よ!でもそれはあくまで御伽噺だから実質の人類最高到達レベルは三十年前に活躍してた勇者のレベル67なのよ。これは勇者学院に通ってなくてもみんな知っている常識よ?」
「一番魔大陸に近い港町クラリスに御伽噺の勇者が使っていたとされる剣があるらしいよ?でも誰もその剣を抜くことはできないんだって」

 イリスの長話とビエラの補足説明にネイビスは何かしらの光を見た気がした。

「その剣は雷鳴剣って言うんだが、何か思い出せそうな気がするんだよな……」

 ネイビスは行き詰まった現状を打開できる方法が後少しで思い出せそうな気がして悶々とする。そんなネイビスに雷鳴剣と聞いて興味を持ったイリスが聞き返す。

「雷鳴剣?それが御伽噺の勇者が使ってた剣の名前なの?」
「ああ。恐らくな。STRがアクセサリーの追加効果を含めずに300ないと扱えないようになっているんだ。だから勇者ならレベル99じゃないと抜くことすらできない」
「へぇー。もうネイビスが何言ってもあまり驚かなくなってきたわ」

 その時ネイビスはあることに気づく。

「そう言えばさ、ダンジョン都市以外のダンジョンってどうなってるか分かるか?例えばクラリスの外れにあるBランクダンジョンとか」

『ランダム勇者』にはダンジョンが幾つか存在する。そのほとんどがダンジョン都市イカルにあるが、イカル以外の場所にもダンジョンは存在していた。

「何言ってるのよ?ダンジョンはダンジョン都市にしかないわ」
「私もそうだと思うよ?」

 二人の反応にネイビスはガッツポーズを作り喜んだ。

「よっしゃあああああー!二人とも!ダンジョン都市にあるダンジョンしかまだ発見されていないんだな?」
「ええそうよ……。なんだかダンジョン都市以外にもダンジョンがあるみたいな言い方ね。まさか、あるの?」
「そのまさかだ!いやー、人生は明るいなあ!」

 急に立ち上がって大袈裟に両手を目いっぱい天に拡げるネイビスをイリスはジト目で見つめる。ビエラははしゃぐネイビスを見て優しく微笑んでいる。

「喜んでいるところ悪いんだけど、これからどうするか決まったの?」

 しばらくしていい加減待つのも飽きたイリスがネイビスに尋ねる。

「ああ、決まったぞ!俺達はダンジョンロードを通って港町クラリスまで向かうぞ!」

 ネイビスの言葉に聞きなれない単語があったイリスとビエラは首を傾げて、ビエラが質問する。

「ダンジョンロード?」
「ああ。ここダンジョン都市イカルから最後の港町クラリスまでの道にEからBランクのダンジョンがあるんだ。だからその道はダンジョンロードと呼ばれている」
「聞いたことないよ」
「そうだな。この世界だとどうやらまだ発見されていないらしい」
「また、前世の知識ってやつ?」
「そうだ。まぁ何が言いたいかって言うとだな、その四つのダンジョンは周回し放題ってわけだ」

 ネイビスは心から歓喜していた。先程まで絶望の淵にいたからこそよりその喜びが引き立つのだ。ネイビスは弱音はもう二度と吐かないと決めた。

「最強の日は近いぞ」

 ネイビスは自分に言い聞かせるようにイリスとビエラにそう告げるのだった。

16旅路

 ネイビス達はFランクダンジョン『ウサギパラダイス』に併設されている兎買取場でツノウサギ達を換金していた。

「合計で6,500ギルになります」

 ブラックツノウサギが一匹1500ギル、その他のツノウサギは一匹50ギルで、合計で6,500ギルになった。『ウサギパラダイス』は人気なので、一日に大量のツノウサギが売られる。その影響でブラックツノウサギ以外のツノウサギはとても安い。
 三人は銀貨65枚を22枚二組と21枚一組に分け、ネイビスが少ない方をとった。

「一度白金貨を見るとダメね。銀貨22枚もそこそこの値段なのに感覚が麻痺してくる」
「そうだね。でも白金貨って、どこで使えばいいか分からないよ」

 イリスの意見にビエラも同意する。

「俺はもう使ったぞ」
「あなた、いつの間に使ったのよ?」
「このロコルリング買った時だよ」

 そう言ってネイビスは右手の人差し指に嵌ってあるロコルリングを見せびらかす。

「ネイビス君。その指輪何ギルしたの?」
「300,000ギルだぞ」
「えええ!そんなにしたの?」
「いや、いい買い物だったよ。この指輪ならしばらくは売ることはないな」
「あなた300,000ギル払って手に入れた指輪を売るつもりなの?」
「前にも言っただろ。この世界にはもっと凄いアクセサリーがまだまだあるって」

 ネイビスは残りの隠しエリアで手に入れられる三つのアクセサリーに思いを馳せる。

「それよりこれからどうするのよ?」

 時刻は午後一時過ぎ。もうダンジョンに潜れないことを考えると三人は暇になってしまう。

「次の町ネルトに行く、と言いたいところだが、このダンジョン都市イカルはバカでかいからな。今日はイカルの北門近くの宿に泊まることにする」
「りょーかい」

 三人は半日かけて旅に必要な食料や水、簡易テント等を確保しながらイカルの北門を目指した。門の目の前にある宿『北の月亭』に辿り着き、三人部屋を取る。
 この世界には月がある。北の月という表現は、この星の南半球に人間の住む大陸があるから北の空に月が見えることと関係する。魔大陸のある北半球では現代日本のように南の空に月が見えるのだ。
 そんな些細なこともネイビスにとっては面白い気づきとなったが、このことはイリスとビエラの二人には説明が大変なので話さなかった。
 翌朝、三人は朝一番で北の門を出る。相変わらず朝に弱いネイビスも、今はやる気に満ちていたので寝坊せずに起きることができた。

「ここからはどんな敵が出てくるの?」

 荒涼とした礫沙漠を三人が歩いているとイリスがネイビスに尋ねる。

「ここは岩を主食とする魔物ロックリザードの群生地だな。正直今の俺達だと群れに遭遇したらかなり危険だ。だから戦闘は極力避けて行くぞ」
「ネイビス君。ロックリザードってどんな見た目なの?」
「ああ、もうまんま岩だな。灰色のゴツゴツした肌で岩に擬態してるからよく目を凝らす必要がある」

 ロックリザードは岩さえ食べれば生きていけるので基本的に人は襲わない。だが『ランダム勇者』だと、ここガルボ沙漠では岩に擬態しているロックリザードの近くを通ると群れで襲って来る仕様になっていた。まるで地雷のようだったなとネイビスは思い出す。

「あれもしかしてロックリザードじゃない?」

 ビエラが遠くの岩場を指差して言う。三人は立ち止まり、ビエラの指し示す先を凝視する。

「よく見つけたぞビエラ!確かにロックリザードだな。しかも何匹もいる」

 ロックリザード一体の推奨レベルは大体15から20。初級職でレベル20代のネイビス達には荷が重い。さらにそのロックリザードが複数で襲ってくるのだから危険極まりない。ロックリザードは中盤の都市イカル周辺に住む魔物の中ではかなり弱い部類だが、その集団性が種として強くさせていた。
 三人は道を変えてロックリザードの集団を避ける。ネイビスは最初のスライムの森で属性スライムを避けていたのを思い出し懐かしくなった。
 そこからはただひたすら歩いてはロックリザードを避けるのを続けた。一度テントで夜を明かし、その次の日の夕方やっと三人は次の町ネルトに着いた。

「やっと着いたわね!早く宿屋探しましょ!」
「イリスは元気だな。俺は結構疲れたよ」
「私ももうへとへとだよ」

 相変わらずVITの高いイリスは余裕の表情だ。三人は町の食事処で適当に夕食を済ませると手頃な宿を探して泊まった。三人部屋に泊まった三人はまたベッドを一つに繋げてその上に寝転がっていた。

「私とビエラ、全然レベル上がってないわよね」

 イリスがボソッと呟いた。イリスとビエラのレベルはロコルの町についた時からずっと上がってなかった。飛空艇で旅したりロックリザードを避けて歩いたりと、『ウサギパラダイス』を除いたらろくに戦闘をしてこなかったのが原因だ。唯一の『ウサギパラダイス』でさえクリアしてもレベルアップしたのはネイビスだけだった。早くレベル25になって剣士見習い第二スキル『二連切り』を覚えたかったイリスはレベルが上がらないことを不服に思っていた。

「大丈夫だ。安心しろイリス。この町の東にあるネルト山に存在するEランクダンジョン『羊達の悪夢』を周回すれば直ぐにレベルが上がる」
「本当?なら今は我慢するしか無いわね」
「ねぇ、ネイビス君。そのダンジョンでどのくらいレベル上げるの?」
「俺がレベル50になるまでだな。多分その頃には二人はレベル40かそこらになっているはず。そうしたら次のDランクダンジョンに行くぞ!」
「かなり上げるわね。Eランクダンジョンでそこまで上がるのかしら?」
「上がるのかしらじゃない。上げるんだ。そうだなぁ。一日に最低でも五周はしたいところだな」
「五周かぁ……。それは大変だなぁ」

 その後も三人はマギカードで掲示板を見たり、しりとりで遊んだりして夜を過ごすのだった。
 勇者パーティー『絶対零度』がAランクダンジョン『ドラゴンの巣』の五階層を突破したらしく、掲示板がそのことで荒れていた。イリスとビエラに挟まれて眠ることのできないネイビスはその掲示板を眺めて夜を明かす。掲示板にやたらと『勇者ルート』の文字が出てきて、同じ名のとある人物を思い出し「まさかなぁ?」と思うネイビスであった。

17ダンジョンスキップ その1

「本当だ!こんなところにダンジョンのゲートがあるなんて!」
「よーし。テント建てるぞ!当分ここで過ごすことになりそうだからな」

 三人はネルト山の頂上から少し下った場所にある洞穴の奥にいた。その洞穴の奥には青白く光り輝くゲートがあり、その前にネイビス達はテントを設営していく。テントが出来上がると三人はテントの中で寝そべり、登山の疲れを癒した。

「ネイビス君。足痛くない?よかったら『プチヒール』かけてあげるよ?」
「『プチヒール』かけるとどうなるんだ?」
「え、疲労が取れるんだよ。知らなかったの?」

 ネイビスはまたしても新事実を知った。今回のダンジョン周回でネイビスが一番気にしていたのが疲労問題だった。もし疲労が『プチヒール』で治るのならその問題は綺麗さっぱりなくなる。

「ビエラ、かけてみてくれ」
「分かった。『プチヒール』!」
「おお!」

 ネイビスは自身の足の疲れがみるみるうちに消えていくのを感じた。思わず感嘆の声を漏らす。

「足が軽くなった!」
「でしょ?私も自分にかけよう。『プチヒール』。イリスちゃんはどう?」
「私は平気よ。MPがもったいないから取っておきなさい」

 三人は昼食を取り終えるとゲートの前に立って並んだ。三人は最終確認をする。

「出てくるのは羊なのよね?」
「ああ。一階層から三階層まで出てくる羊はタックル以外の攻撃はしてこないから多分楽勝だな。だが『ウサギパラダイス』と一緒で四階層から魔法を使ってくるから注意だな」
「で、十階層のボスが電気使ってくるんでしょ?」
「ああ。電気羊だな。帯電している時に剣で攻撃すると感電するから要注意だ」
「分かったわ。じゃあ行きましょう!」

 そうして二週間の時が経った。朝起きて朝食を食べたら直ぐにダンジョンに入り、クリアしたら間髪入れずにビエラの『プチヒール』で疲労を回復して再入場。それを一日中ひたすら繰り返す。夜は近くの湧き水で体を洗い、十時に寝る。このサイクルを続けたら脅威の一日平均13周という記録を叩き出した。
 ネイビスはレベル50に、イリスとビエラはレベル42になっていた。ネイビスはノービスの第三スキル『サーチ』を覚え、イリスは剣士見習いの第二スキル『二連切り』を、ビエラは僧侶見習いの第二スキル『プチキュア』をそれぞれ覚えた。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:ノービスLv.50(経験値二倍)
 HP:183/153+30
 MP:153/153
 STR:51+10
 VIT:51
 INT:51
 RES:51
 AGI:51
 DEX:51
 LUK:51
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.42
 HP:279/129+150
 MP:129/129
 STR:86
 VIT:86+50
 INT:43
 RES:43
 AGI:43
 DEX:43
 LUK:43
 スキル:『スラッシュ』『二連切り』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.42
 HP:129/129
 MP:159/129+30
 STR:43
 VIT:43
 INT:86+15
 RES:86
 AGI:43
 DEX:43
 LUK:43
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『銅の指輪』

「長かったぁ。これでようやく次の町に行けるぞ!」
「ねぇ。私のインベントリの中に羊が全部でだいたい一万匹もいるんですけど!」
「売ったらいくらになるんだろう?」

 各々の感想を持ちながら、三人の羊キラーはネルト山を降りて行った。場所はネルトの町の宿屋に移る。

「掲示板によると次の町はハルオンって言うみたいね」

 夕飯を食べ終えた三人は一つに繋げたベッドの上で次の町について話し合っていた。

「別名『アクセサリーの都』って言うみたいだよ。世界中の名だたる錬金術師や鍛治職人が集まっているらしい。近くの鉱山で銅や魔晶石が取れるんだとか」
「ビエラはアクセサリーを新調してみても良いかもしれないな」
「そうだね!何かいいのあるかなぁ」

 ビエラは目をキラキラと輝かせて、一体どんなアクセサリーがあるのだろうと想像する。

「私はもっと強い剣が欲しいわね」
「イリスが使ってる剣のATKはどのくらいだ?」

 ATKとは武器の攻撃力を指す。今ネイビスが使っているアイアンソードのATKは15だ。これは勇者学院から支給されたもので、『ランダム勇者』での初期装備だ。武器での攻撃の場合、本人のSTRと武器のATKの合計で与えられるダメージが決まる。

「私の剣のATKは20よ。私の家はね、代々剣士の家系なの。これは10才の誕生日の時にもらった剣よ」
「いいのか?大切な剣なんだろ?」
「大切だからよ。Eランクダンジョン『羊達の悪夢』の周回で刃こぼれしちゃって、これ以上使ったら壊れそうだからインベントリに大切にしまっておきたいのよ」
「そう言うことか」

 確かにネイビスの剣も相当ダメージを受けている。ネイビスは自分ももっと強い剣を買おうと決めた。

「とにかく先ずは次の町ハルオンに行くことからだな。この町ネルトとハルオンの間は草原になっているから、乗合馬車が通っている。明日はそれに乗ろうか」

 この世界には荷馬車という概念がない。なぜなら誰しもがインベントリで大量のアイテムを持ち運ぶことができるからだ。だが、人を運ぶような馬車は存在している。ネルトとハルオンの間には山や森などの障害物が一切ない。そのため乗合馬車が二つの町を定期的に往復しているのだ。

「私馬車なんて乗ったことない」
「私もだよー」
「実は俺もだ。楽しみだな」

 三人はまだ知らぬ馬車に思いを馳せるのだった。

18夜のデート

 ネイビス達は今馬車に揺られている。昨日三人が馬車に寄せていた期待は無惨にも裏切られていた。

「ビエラ、『プチキュア』ちょうだい。私もう無理」

 顔面蒼白のイリスがビエラにお願いする。一方ネイビスは自身に『リカバリー』を使った。ネイビスは『リカバリー』も役に立つことはあるんだなと思った。そう、彼らは酔いに酔っていたのだ。

「ありがとう、ビエラ。ビエラは酔わないの?」
「私は平気だよー」

 ビエラはRESが二人に比べて高い。RESは魔法攻撃や状態異常に対する耐久力なので、RESの高いビエラはあまり酔わないのだ。

「まったく、あとどのくらいこの地獄が続くのよ?」
「御者に聞いてみるか?」

 ネイビスが御者にどのくらいで次の町ハルオンに着くか訊きに行った。そして絶望の表情で帰ってくる。

「あと半日だって」
「ええー!嘘でしょ!」

 この馬車には他の客は乗っていない。一人一枚ずつ金貨を出すと言ったら御者が満面の笑みで貸切にしてくれたのだ。貸切なら少しは快適になるだろうとその時は考えていたが、今となってはこの醜態を他の人に見せなくて済んだので貸切は大正解だった。
 結局、馬車地獄はきっちり半日続き、日が沈む頃三人はハルオンにたどり着いた。

「もう今日は寝る。流石に疲れたわ」

 いくらVITの高いイリスでも酔い疲れには敵わなかったようだ。ネイビスは頻繁に『リカバリー』を使っていたから酔い疲れはない。ビエラはそもそも酔っていない。三人がハルオンの町の宿に入り、三人部屋に着くとイリスはドアに一番近いベッドにダイブしてそのまま眠ってしまった。

「イリスちゃん寝ちゃったね」
「そうだな。俺らも寝るか?」

 時刻は夜の7時。寝るには少し早い。ネイビスの問いにビエラは首を振って応える。

「ねぇ、ネイビス君。二人でデートしませんか?」
「お、おう」

 そう言って薄らと頬を紅く染めるビエラを見て、やはりビエラは可愛いなとネイビスは思う。

「そう言えばまだ一度もデートしたことなかったな。どこに行きたい?」
「あのね。ハルオンの有名スポットなんだけど、ハルオン中央公園に行きたいな。そこにある恋人の鐘をカップルが一緒に鳴らすとね、ずっと一緒にいられるんだって」
「それはいいな。そこに行くか」

 ネイビスとビエラは夜の町を歩く。魔道具による照明で夜の町はキラキラと輝き絵画のような美しさがあった。二人はハルオン中央公園に着くと、ライトアップされた噴水の側のベンチに座って話をすることに。

「綺麗だね……」

 ビエラが夜景を眺めながらそう呟いた。

「そうだな。流石世界一の技術を誇る町だよな」
「もう。ネイビス君!そこは「お前の方が綺麗だ」でしょ?」
「そ、そうだな。ビエラの方が綺麗だぞ」
「うふふ。そうかなぁ」

 二人は腕を組んで座っていた。ビエラは意図的なのか無意識なのかネイビスの腕を自身の胸に当てている。ネイビスは会話よりも夜景よりも左腕に当たる柔らかい感触の方が気になって仕方がなかった。

「ねぇネイビス君。私のこと好き?」

 ネイビスの目を見てビエラが尋ねる。

「ああ好きだ。世界一好き」
「イリスちゃんは?」
「イリスも世界一好きだな」
「よかった。私はイリスちゃんと私を同時に愛してくれるネイビス君が好き」

 ビエラの言葉にネイビスは少し引っかかる。

「そうか?ならいいけど、てっきり嫉妬でもするのかと思った」
「嫉妬なんてしないよ。これから話すことはイリスちゃんには内緒にしてて欲しいんだけどいい?」
「うん」

 改まって確認するビエラにネイビスは頷く。

「私とイリスちゃんはね、幼馴染なの。それで子供の頃からよく一緒に遊んでたんだけどね、子供の頃私達にはある夢があったの。それはね、私達二人が好きになった男の人と結婚して三人で世界を旅することだったの。御伽噺の勇者が二人の女性と添い遂げたみたいにね」
「そうだったのか。俺でよかったのか?ノービスだぞ?」
「ネイビス君はこれまで私達に楽しい冒険をさせてくれたじゃない。優しくて色んなこと知ってて、カッコよくて……。それに直ぐ転職して最強になるんでしょ?」
「それはそうだな。いずれ俺は世界で一番強くなるぞ」
「うんうん。やっぱり私の好きな人はカッコいいな」
「俺の好きな女も可愛いぞ」

 二人は見つめ合う。しばし沈黙を経てビエラが言う。

「ねぇ、キスしていい?」
「あ、ああ」

 ネイビスとビエラはキスをした。それは唇と唇が軽く触れ合うだけのキスだったが、ネイビスはそのキスに底知れない感情を抱く。ああ、これが愛なんだとネイビスは思うのだった。

「鐘鳴らしに行きましょう」
「そうだな」

 二人は手を繋いで公園の中央にある恋人の鐘まで歩く。繋いだ手の温もりにその一歩一歩がネイビスには愛おしく思えた。
 恋人の鐘まで辿り着くと二人は繋いでいない方の手で鐘を鳴らす紐を握り、せーので鳴らす。カランカランとなる鐘の音は二人の未来を祝福するかのように美しい夜に鳴り響いた。

19修羅場

「ねぇネイビス、ビエラ。あなた達昨夜どこに行ってたの?」

 ここはハルオンの南門近くにある由緒正しき宿屋『春眠亭』のとある部屋。そこには床に正座する一人の男と彼を見下ろす二人の少女がいた。二人の少女のうち一人は申し訳なさそうに俯いている。

「ええ、実はですね、イリスが寝た後ビエラとアクセサリーを見に町に出かけてたんですよ。はい」
「本当なの?」

 イリスがビエラの方を向いて確認すると、コクリとビエラが頷く。

「じゃあ買ったアクセサリー見せなさいよ」
「そ、それは……良いのがなかったから買わなかったんです。はい」
「何か怪しいわね」

 イリスは昨夜、夜遅くに部屋に戻る二人を見ていたのだ。その時は眠気が勝ち、そのまま再び眠りに就いた。だが、いざ朝起きてみると自分だけが一人で寝ていて、ネイビスとビエラが仲良く二人で眠っていたのだ。それを見て昨夜のことを思い出し、今こうしてネイビスを問い詰めていたところだった。

「まぁ、良いわ。それより、今度からはやめてよね!その……。二人だけで寝たりだとか、二人だけで出かけるのだとか」

 イリスは先ほどまでの毅然とした態度とは打って変わって、急にしおらしくなる。

「ああ、約束する」

 ネイビスが誓うとイリスは再確認する。

「絶対よ!絶対だからね!」

 ビエラとキスしましただなんて口が裂けても言えないなと思うネイビスであった。



 三人は活気溢れるハルオンの町を歩いていた。

「アクセサリーは良いのなかったんでしょ?なら今日は剣を買いましょう!」

 機嫌を取り戻したイリスは新しい剣のことで頭がいっぱいで、気分が浮かれている。一方イリスに嘘をついているネイビスとビエラはどこか気まずい。

「そ、そうだな。どのみちいずれ最強のアクセサリーを手に入れることになるんだから、今新調する必要はないな」
「ネイビス君。最強のアクセサリーって?」

 ネイビスの語った「最強のアクセサリー」という文言がビエラは気になった。

「イリスと俺がつけてる、あの隠しエリアの宝箱でゲットしたアクセサリーあるだろ?それを作った大昔の偉大なる錬金術士は他にも3つアクセサリーを残しているんだ。それにその錬金術士は雷鳴剣の製作にも携わっている」

 ネイビスは『ランダム勇者』の細かな歴史まで隈なく調べ尽くしていた。『ランダム勇者』では時に、世界設定が攻略のヒントとなる。例えば大昔の偉大なる錬金術士の話がその良い例だ。

「へー。そんなに凄い錬金術士がいただなんてね。会ってみたかったわ」
「うんうん!」
「そうだな。俺も会えるなら会ってみたいよ」

 ゲーム『ランダム勇者』ではその錬金術士は御伽噺の勇者の親友で、勇者が魔王を倒した後行方が分からなくなったという設定になっている。
 もしかしたら秘薬でも作って不老不死にでもなっているのではないかなんて、ネイビスは考えてみる。

「あ!あれじゃない?鍛冶屋『月下の剣』」
「そうみたいだな。行くか」

 鍛冶屋『月下の剣』はこの町一番、いや、世界一の鍛冶屋だと評判である。予め掲示板で情報を得ていた三人はここで剣を新調しようと決めていた。
『月下の剣』はとても大きな建物で、中に入ると沢山の剣がずらりと並んでいた。

「ねぇ、ネイビス。私と一緒に選びましょう?」
「ああ、いいぞ」

 イリスは昨日のことを根に持っている。今だけはネイビスを独り占めしたかったのだ。

「ねぇ、ネイビス!ミスリルソードあるわよ」

 イリスが手に取ったのは青白色のミスリルソードだった。

「ATKは?」
「えーっとね。50だって!」
「ほう。それはなかなかいいな」
「うわ!高っ!白金貨5枚だって!」
「まぁ、ミスリルスライムから手に入れたミスリルの塊が白金貨二枚だったからな」

 ミスリルで作る武器やアクセサリーはとても高価なのだ。ミスリルの加工には超一流の技術が必要になる。素材のミスリル自体高価なので値段が上がるのは必然だ。

「出直しましょう。私のインベントリにある羊を売ったら足りるかもしれないわ」

 三人は一度『月下の剣』を後にし、ハルオンの商業ギルドに来ていた。

「次のお客様どうぞ」
「はい」
「素材売却でお間違いないでしょうか?」
「はい。ただ、そのー。とても量が多くてですね。羊なんですけど」
「まぁ!羊ですか。それは珍しいですね。聞くところによると限られた地域にしか生息していないのだとか!その毛は衣類に使われるので大変高価ですし、肉も嗜好品として人気です!私はこの商業ギルドに五年間勤めていますが、羊は初めてです!」

 饒舌に語る職員の女性にネイビスは少しだけ引いた。

「あぁ、失礼しました!つい興奮してしまって!」
「いや、平気ですよ」
「で、では買取に移りますね。このテーブルに出してください」
「あのー。確実に乗り切らないと思うんですが」
「では一匹ずつ出してください。私がカウントしながらインベントリにしまっていくので」

 それから約一万匹全ての羊を売却するのに六時間かかった。

「1000ギルの白羊が3784匹。2000ギルの火炎羊、氷結羊、大風羊がそれぞれ1892匹ずつ。10000ギルの電気羊が172匹。計で16,856,000ギルになります!」

 白金貨16枚、金貨85枚、銀貨60枚が支払われた。

「この商業ギルドでの取引額の最高額を更新しましたよ!凄いです!」

 職員の女性はとても嬉しそうにしている。デートの一件でイリスに引け目を感じているネイビスとビエラは白金貨5枚ずつ取り、イリスが6枚取ることになった。

「私が6枚でいいの?」
「うん!それでミスリルソード買うんでしょ?」
「いいと思うぞ。投資費用だな」

 上手く誤魔化す二人であった。
 その後商業ギルドを後にした三人は『月下の剣』に再び入った。ミスリルソードは店に3本しか置いていなかった。そのうちの一つをイリスは真剣に選んで買った。イリスは新しい武器を得てとても嬉しそうだった。
 ちなみにネイビスは白金貨1枚でATK30(+毒)の剣、毒牙を買った。この世界だと間違って毒牙で肌を切ると人間も毒になるらしいので、慎重に扱おうと決めるネイビスであった。

20ダンジョンスキップ その2

『月下の剣』でミスリルソードと毒牙を買った日の翌朝、ネイビス達は次の町ジエンではなく、その西に広がる森に向けて歩いていた。

「大きな樹ね」

 イリスがそう呟きながら指差すのは三人が向かっている森の中にある巨大な樹だった。それは他の木の十倍ほどの大きさがあり、遠くから見てもその存在は一目瞭然だ。

「あの樹はな、世界樹って言って世界にあの一本しか無いんだ」
「へー。世界樹ね」
「お目当てのDランクダンジョンはあの世界樹の近くにあるんだ。だから先ずは世界樹を目指そう」
「りょーかい」
「うん!」

 森にたどり着くと三人は昼休憩をして中に入って行った。森には狼の魔物が出てくる。名前はレッサーウルフ。推奨レベルは20から25で、主に単体で襲ってくるためそこまで危険はない。ネイビスがノービスの第三スキル『サーチ』で敵を捕捉して、ミスリルソードで攻撃力の増したイリスが先陣を切る。

「あった。これがDランクダンジョン『狼の宴』のゲートだ」

 三人はDランクダンジョン『狼の宴』のゲートにたどり着いた。『狼の宴』は名前の通り狼の魔物が出てくるダンジョンだ。一階層から三階層はウルフ。四、五階層はレッドウルフ。六、七階層はブルーウルフ。八、九階層はグリーンウルフ。十階層はボス部屋で、一際大きいキングウルフが単体で出てくる。
 魔法は使ってこないが、色持ちはそれぞれステータスに特徴がある。レッドウルフは攻撃力が、ブルーウルフは防御力が、グリーンウルフは魔法防御力がそれぞれ高い。キングウルフはその全てが高くなっている。
 ネイビスが『狼の宴』についてテントを建てながら二人に説明する。説明が一通り終わるとイリスがネイビスに質問をした。

「目標は何レベルなの?」
「イリスとビエラがレベル50になるまでこの『狼の宴』を周回する予定だ。イリスが剣士見習いの第三スキル『蟲斬り』を覚えるからな。そうしたら次のCランクダンジョンに向かう予定だ」
「分かったわ」
「ネイビス君。僧侶見習いの第三スキルって何かわかる?」
「『プチリジェネ』だな」
「ぷちりじぇね?」
「知らないのか?」
「え、うん」
「私も初めて聞くわ」

 ネイビスはこの世界でリジェネがまだ発見されていないことに気づく。ただでさえ人類最高到達レベルが67なのだ。戦闘に向かないヒーラーがレベル50になることは今まで無かったのだろう。確かにヒールとキュアの二つがあれば大抵の治療はできる。だが持続回復のリジェネは強い敵と戦う際にはかなり役立つ。

「いいか。プチリジェネの効果は一分間のHP持続回復だ」
「持続回復ってことは、ちょっとずつHPが回復するってこと?」
「そうだ。これがあるのと無いのとでは戦闘の安定感が変わる。特に強敵と戦う際は戦闘直前に『プチリジェネ』をかければそれだけで死ぬ確率が下がる」
「へぇー。『プチリジェネ』かぁ。早く覚えたいなぁ」
「なに。直ぐに覚えられるさ」
「どうせ覚えるまでひたすら周回するんでしょ?」
「当たりだ」

 三人が森を出たのはそれから一週間後のことだった。次の町ジエンの宿屋にて三人はステータスを確認し合いニマニマとしていた。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:ノービスLv.61(経験値二倍)
 HP:218/186+30
 MP:186/186
 STR:62+10
 VIT:62
 INT:62
 RES:62
 AGI:62
 DEX:62
 LUK:62
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.50
 HP:303/153+150
 MP:153/153
 STR:102
 VIT:102+50
 INT:51
 RES:51
 AGI:51
 DEX:51
 LUK:51
 スキル:『スラッシュ』『二連斬り』『蟲斬り』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.50
 HP:153/153
 MP:183/153+30
 STR:51
 VIT:51
 INT:102+15
 RES:102
 AGI:51
 DEX:51
 LUK:51
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『銅の指輪』

「ネイビス、改めてSランクおめでとう!」
「おめでとう!ネイビス君」
「二人ともありがとう。なんか嬉しいわ。二人もAランクおめでとう!」
「ありがとう、ネイビス君!」
「ウルフも全部で白金貨8枚になったし、私達今結構いい波に乗ってるんじゃないかしら」
「うんうん」

 三人はジエンの街に着くと直ぐに冒険者ギルドでマギカードの更新をして、隣接していた商業ギルドでダンジョンで得た大量の狼を売っていたのだ。冒険者ギルドでネイビスはSランクを盛大に祝われたが、目立ったり絡まれたりするのが嫌だったので三人は早々に撤退した。

「明日はいよいよCランクダンジョンだな」
「Cランクダンジョンの名前はなんて言うの?」

 ビエラが首を傾げてネイビスに質問する。

「『トカゲの巣窟』って言うんだが、俺はこのダンジョン以上に経験値効率の良いダンジョンはないと思ってる。まぁ、明日そこら辺の事情を説明しながらダンジョンのあるシルル湿地に向かうことにするか!」
「りょーかい!」
「うん!分かった!」

 その時部屋のドアがノックされた。

「誰だろう?宿の人かな?」
「そうだな。この町に知り合いとかいないし」

 ネイビスが代表してドアを開けた。するとそこにはローブを着た二人の男性と一人の女性が立っていた。

掲示板回3

【速報!人類史上初のノービスのSランクが現れたらしい】

1:管理人
この掲示板は魔王討伐の為の情報共有の場です。不適切な内容の書き込みはやめてください。

2:136期大朱魔導士
聞いてくれ。俺今ジエンって言う町で活動してるんだが、Sランクが誕生したんよ。しかもそいつノービスらしい。
いつものように冒険者ギルドに併設されている酒場で仲間と酒飲んでたんだが、そん時ギルドの方からベルが鳴ってよ。Sランク冒険者が新たに生まれたって大騒ぎだった。

3:136期剣豪
このスレマジ?

4:136期魔法使い
ノービスのSランクって本当ですか!?

5:136期大翠魔導士
私もその場にいたけど本当よ。

6:136期大蒼魔導士
僕からも言わせてくれ。これはガチ笑

7:141期魔法使い
もしかして目撃者の三人はあの『三連星』ですか?

8:141期弓使い
本当なのかよ……。ノービスって初級職の中でも最弱なんじゃないのかよ。

9:143期魔導士
『三連星』!私憧れです!

10:142期魔法使い
『三連星』って、上級職の大朱魔導士、大蒼魔導士、大翠魔導士が組んだ勇者学院が誇る最強のAランクパーティーだよな。その三人が認めてるんだからこりゃ本当みたいだな。

11:141期弓使い
そいつどんなやつでしたか?

12:136期大翠魔導士
イケメンな子だったよ。髪は茶髪で、背もそれなりにある。私は目元が好きね。あれは国宝級。

13:136期大朱魔導士
俺達がイケメンじゃなくて悪かったな。まぁそれはいいとして、ノービスのそいつはかなり若かったよ。持ってた剣は、あれは確か毒牙だった。白金貨一枚もする剣だぜ。しかも隣にいた剣士っぽい女の子はなんとあのミスリルソード持ってたんだよ!俺は貴族の子と見た。

14:136期大蒼魔導士
さらに言うと同じパーティーの女の子が二人ともAランクなんだよな。しかも二人とも結構可愛い。両手に花とかマジ許さん!

15:136期大翠魔導士
私が可愛くなくて悪かったわね!

16:136期大蒼魔導士
いや、お前は世界一可愛いぞ?

17:136期大翠魔導士
え?

18:136期大朱魔導士
これがきっかけとなり二人は結ばれるのだった……【完】

19:136期大翠魔導士
結ばれません!

20:141期弓使い
もしかして酔ってます?茶番は身内でどうぞ笑

21:136期大蒼魔導士
ごめんごめん。こいつ(翠)からかうの楽しくてね笑

22:136期大朱魔導士
違いない。

23:136期大翠魔導士
二人とも後で覚えてなさい……。それより今はSランクのノービスの話よ!

24:141期弓使い
そもそもノービスがSランクになれるもんなんですか?

25:136期大翠魔導士
それなのよ!普通はありえないわ。だってノービスのステータス上昇値はオール1なのよ!順当に考えるなら他の二人にキャリーしてもらったと考えるのが妥当だけど、それならなぜ彼だけがSランクなのかが分からなくなる。むしろ彼が女の子二人をキャリーしてる感じだったわ。

26:136期大朱魔導士
それにあの若さも異常だよな。三人とも見た目十代後半だったぞ。一体どれくらい幼い頃から冒険者やってんだよって話。

27:141期弓使い
謎が謎を呼びますね笑
もう直接話を聞きに行ったらどうですかね。同じ町にいるんですよね?

28:136期大翠魔導士
そうね。今から凸ってくるわ!

29:141期弓使い
行ってらっしゃい!




56:136大翠魔導士
さらに驚愕の事実発覚!Aランクの女の子二人は見習い職だったのよ!しかも143期の勇者学院の卒業生だったの!

57:141期弓使い
お帰りなさい。それガチっすか?だとしたらヤバイですね。

58:136期大朱魔導士
ガチもガチ。大ガチよ。今例の三人の泊まってる宿の部屋で話してるんだが、マギカード見せてもらったぞ。確かに三人とも初級職で、ランクも正しかった。

59:143期ノービス
本当だ。俺たちのスレできてる。どうも、噂のノービスです。

60:143期剣士見習い
私初めて書き込みます。噂の剣士見習いです。

61:141期弓使い
まさかの本人登場キターーー!

62:143期僧侶見習い
私も初コメントです!噂の僧侶見習いです!

63:142期剣聖
このスレ今見ました。
情報量がエグくて色々とヤバすぎ笑
だが、実に面白い。

64:141期弓使い
一体どうやってレベル上げたんだ?是非情報共有お願いします!

65:143期ノービス
では、ご要望にお応えして。ネルト山って知ってますか?そこに新しいダンジョンを発見しまして、そこを一日に何度も周回していたんですよ。本当は周回するのはダメなんですが、レベル上げのために周回させていただきました。

66:141期弓使い
えええ!ダンジョンってダンジョン都市以外にもあったんですか!

67:143期ノービス
『羊達の悪夢』っていうEランクダンジョンです。高速周回してレベリングしたい方は、是非『羊達の悪夢』が冒険者ギルドに目をつけられる前に行くことをお勧めします。
ボスの電気羊には要注意!帯電中に剣で攻撃すると感電します!

68:143期剣士
同期にこんな凄い奴がいたのかよ。俺も頑張らなきゃ。

67:141期弓使い
情報共有感謝です!今すぐネルト山に突撃だー!

68:137期僧侶
ここまで読んで思ったんだがこのスレ神回じゃね?



21イリスの涙

✳︎前話の掲示板回と繋がっていますので、もし掲示板回を飛ばされた方はそちらを読んでからこの話を読むことを推奨します。


 Aランクパーティー『三連星』がネイビス達の泊まっている部屋から手を振りながら出ていった。

「またどこかで会おうな!」
「また会いましょう!」
「バイバーイ」

 部屋に残された三人はため息を吐く。

「完全に酔ってたわよね」
「そうだな。完全に酔ってたな」
「私『プチキュア』かけた方が良かったのかな?」
「気にしなくて良いぞビエラ。それよりもう夜遅いし寝るぞー」

 三人はベッドを一つに繋げて部屋の明かりを消し、ネイビスを真ん中にして横になる。イリスとビエラに左右から密着されているネイビスはやはりなかなか寝ることができない。三人がベッドに入ってから30分くらいが経った頃、イリスが小声で呟く。

「二人とも起きてる?」
「ああ。起きてるぞ」

 ネイビスも小声で返す。だがビエラの返答はない。ビエラは既に眠っていたのだ。

「ビエラは起きてないの?」
「そうみたいだな」
「そっか……」
「イリス。どうかしたのか?」

 ネイビスがイリスにそう訊くとイリスは話し始める。

「ネイビス。正直に答えて。ハルオンに泊まったあの日、やっぱりビエラと何かあったでしょ?」

 その言葉にネイビスはドキッとしてあの日の夜の出来事を思い返す。ビエラと手を繋ぎ、キスをして、恋人の鐘を一緒に鳴らした。イリスとビエラの子供の頃の夢の話を聞いたりもした。

「どうしてそう思うんだ?」

 正直に話すのが怖いネイビスはイリスの質問に質問で返す。

「分からないわよ……。でも上手く説明できないんだけど、なんだかあの日からずっと距離を感じるの。ネイビスとビエラが私を置いてどこか遠くに行っちゃう気がして怖いの」

 イリスは泣いていた。イリスの涙を見てネイビスは思う。確かにあの日ネイビスとビエラは恋人として一歩前に進んだ。イリスを置き去りにして。それはネイビスとビエラにとっては始まりの一歩かもしれないが、まだスタート地点にいるイリスにとっては大きな一歩だったのかもしれない。イリスはその差をどこかで感じ取っていたのだ。

「イリス。今まで気づけなくてごめんな」

 ネイビスはイリスをぎゅっと抱きしめて頭を優しく撫でる。

「ネイビスのバカ……」

 イリスの涙が止まるまでしばらく二人は抱き合っていた。

「やっぱりずるいよ。ネイビスはカッコいいから、私許しちゃう」
「それは、ごめん」
「ねぇ、ビエラとキスしたの?その……エッチなこととかしちゃった?」
「正直にいうとキスはした。でもその先はしてない」
「やっぱり。じゃあ私ともキス……してくれる?」

 ネイビスの耳元で発せられるイリスの声はいつもの声音とは違って、とても可愛らしい声だった。

「ああ。良いぞ」

 二人は一度少し離れて、ベッドに腰掛けて座った。

「あなたビエラとキスしたんでしょ?ならエスコートしてよ」
「分かった」

 ネイビスはそっとイリスの両肩に手を添える。

「目瞑って」

 ネイビスの言葉に従ってイリスは瞼を閉じる。そして二人はキスをした。数秒してネイビスは唇を離そうとしたが、イリスがそれを許さない。イリスは両手をネイビスの頭に回してホールドする。次第に二人はお互いの背中に腕を回して体を寄せ合い体温を共有する。それは永遠のようなひとときだった。

「唇ってこんなに柔らかいものなのね」
「そうだな」

 二人はベッドに腰掛け、手を繋いでいた。イリスはネイビスの左肩に頭を預けている。

「ねぇ。ネイビスはちゃんと私のこと好き?」
「ああ。好きだぞ。じゃなかったらキスなんてしない」
「ビエラのことも好き?」
「そうだな。二人とも大好きだ」
「そう、なら良かった」

 イリスとビエラは本当にお互いのことを思っているんだなとネイビスは改めて実感する。なんて素敵な二人に巡り会えたんだろうと思いネイビスは感極まる。

「本当にありがとうな。こんなノービスの俺を選んでくれて」

 この広い世界でイリスとビエラに出会えたこと。それが何よりも恵まれていることなんだとネイビスは思い感謝を込めてそう言った。

「ネイビスはカッコいいわよ。だからそう僻んだりしないの!もっと自信を持ちなさい。こんな可愛い女の子二人を侍らせているんだから」
「それ自分で言うか?」

 それからしばらく二人は語り合って、最後に寝る前のキスをして眠りにつくのだった。



「二人とも。昨日は凄かったね」

 翌朝、やけにニヤニヤしているビエラがネイビスとイリスに言った。

「えっと、ビエラさん?もしかして見てましたか?」
「ビエラ起きてたの!?」

 二人の質問にビエラは悪い笑みを浮かべて答える。

「そりゃああれだけ激しくしてたら誰だって起きるよ」
「なんだか誤解を生みそうな表現だな。言っとくがまだエッチなことは一切していないぞ!」
「そうよ!私達は健全に愛し合っていただけだわ」
「キスもエッチなことだと思うよ」
「それは否めないな」
「ビエラ。何が望みなの?」

 イリスがビエラに尋ねると、ビエラは頬を赤く染めながら言った。

「私もまたネイビス君とキスしたいなって。昨日ネイビス君とイリスちゃん長いキスしてたもん!私も長いキスしたい!」
「それは構わないが、この雰囲気でいいのか?」

 ネイビスは意外とロマンチストだ。一方のビエラは全く気にしていない様子。

「いいのいいの。これからは起きた後と寝る前に一回ずつキスすること!これ決定!」

 ビエラが珍しく大きな声を上げて宣言した。ネイビスはビエラと長めのキスをして、その後イリスとも長めのキスをするのだった。
 その朝、ネイビスとビエラは心に突っかかっていた何かが溶け出していくのを感じていた。宿を出ると空は見事に晴れ渡っていて、やっと一つになって歩み出せた三人を祝福しているかのようだった。

22ノービス脱却!

 Cランクダンジョン『トカゲの巣窟』の別名は『トカゲの尻尾切りダンジョン』と呼ばれている。その名の所以は出てくるリザードがプレーヤーに敵わないと判断すると自分の尻尾を切って逃げていくからだ。それだとレベル上げどころの話ではないと思うかもしれないが、実はリザードは尻尾とともに経験値も置いていくのだ。それ故に戦闘時間が短く済み、結果として周回効率が良くなる。流石にボスのドスリザードは逃げ出さないが、ある程度レベルの上がった三人の敵ではなかった。
 ネイビスのパーティーがこのCランクダンジョン『トカゲの巣窟』に着いてから一ヶ月の時が経とうとした頃、ついにその時は来た。

「ついに、レベル99だぁ!」
「おめでとうネイビス!」
「おめでとう!」

 ネイビスはレベル99になったのだ。ネイビスのステータスの下に転職可能な職業が表示されている。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:ノービスLv.99(経験値二倍)
 HP:330/300+30
 MP:300/300
 STR:100+10
 VIT:100
 INT:100
 RES:100
 AGI:100
 DEX:100
 LUK:100
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』
 転職可能職業:剣士見習いLv.0、斧使い見習いLv.0、槍使い見習Lv.0、拳闘士見習いLv.0、弓使い見習いLv.0、魔法使い見習いLv.0、僧侶見習いLv.0

「これでもレベル34の勇者には負けるんだよなぁ」
「ねね。第四スキルの『ノービスの本気』ってどんな効果なの?」

 イリスがネイビスのステータスを覗きながら尋ねると、ネイビスは不敵な笑みを浮かべた。

「効いて驚け!なんとあの勇者の第一スキル『ブレイブハート』と全く同じ効果の一分間ステータス二倍だ!消費MPは300だがな。ちなみに『ブレイブハート』の消費MPは100だから、完全に下位互換だな」
「それはドンマイ!」

 ビエラがネイビスを励ました。

「ビエラありがとう!まぁ実際、このスキルはかなり使えるからな。損はないと思いたい」
「で、どれに転職するのよ?」
「ああ。それは二人とパーティーを組んだ日からもう決めているぞ」
「ネイビス君、何に転職するの?」

 その後少し間を置いてネイビスは宣言する。

「俺は魔法使い見習いに転職するぞ!」

 イリスが近距離、ビエラが補助なのでネイビスには遠距離の弓系統か魔法系統の二つの選択肢があった。だが、「せっかくゲームの世界に転生したんだから魔法使って見たいじゃん?」という欲望が勝り魔法系統に進むことにしたのだった。
 ネイビスは転職可能職業の魔法使い見習いを選ぶ。

『魔法使い見習いLv.0に転職しますか?はい/いいえ』

 ネイビスは迷うことなく『はい』を選んだ。するとネイビスの体が光に包まれるということもなく、転職に成功してしまった。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使い見習いLv.0(経験値二倍)
 HP:333/303+30
 MP:303/303
 STR:101+10
 VIT:101
 INT:102
 RES:102
 AGI:101
 DEX:101
 LUK:101
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』

 魔法使い見習いのレベルアップ時のステータス上昇値は僧侶見習いと同じだ。

 魔法使い見習い
 HP:3
 MP:3
 STR:1
 VIT:1
 INT:2
 RES:2
 AGI:1
 DEX:1
 LUK:1

 転職後のネイビスのステータスをイリスとビエラは見る。

「本当だわ!転職できてる!」
「ネイビス君すごい!」
「だから言っただろ!ノービスが最強へと至る唯一の職業だって。二人も直ぐにレベル99になって下級職に転職できるようになるぞ」

 この時イリスとビエラはレベル79になっていた。

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.79
 HP:390/240+150
 MP:240/240
 STR:160
 VIT:160+50
 INT:80
 RES:80
 AGI:80
 DEX:80
 LUK:80
 スキル:『スラッシュ』『二連斬り』『蟲斬り』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.79
 HP:240/240
 MP:270/240+30
 STR:80
 VIT:80
 INT:160+15
 RES:160
 AGI:80
 DEX:80
 LUK:80
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『銅の指輪』

「後もう一ヶ月この『トカゲの巣窟』を周回すれば晴れてみんな脱見習い職だな!」
「うぅ。もう一ヶ月か……。ビエラファイト!」

 ビエラが自分を叱咤激励する。

「そうね。それに第四スキルも覚えたいものね」
「私『プチホーリー』覚えたいよー!」
「そうだよな。それじゃあ午後も周回するか!」
「りょーかい!」
「行こう!」

 こうして三人はまたCランクダンジョン『トカゲの巣窟』のゲートへと消えていくのだった。

23さらば!見習い職!

 ネイビスが転職してからさらに一ヶ月の時が流れた。

「見て!転職可能職業のところに剣士があるわ!」
「私は僧侶があるよ!」

 この日ついにイリスとビエラのレベルが99になったのだ。

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士見習いLv.99
 HP:450/300+150
 MP:300/300
 STR:200
 VIT:200+50
 INT:100
 RES:100
 AGI:100
 DEX:100
 LUK:100
 スキル:『スラッシュ』『二連斬り』『蟲斬り』『剣士見習いの本気』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』
 転職可能職業:剣士Lv.0

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶見習いLv.99
 HP:300/300
 MP:330/300+30
 STR:100
 VIT:100
 INT:200+15
 RES:200
 AGI:100
 DEX:100
 LUK:100
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』『プチホーリー』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『銅の指輪』
 転職可能職業:僧侶Lv.0

 二人は早速転職することにした。

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士Lv.0
 HP:456/306+150
 MP:303/303
 STR:203
 VIT:202+50
 INT:101
 RES:101
 AGI:102
 DEX:101
 LUK:101
 スキル:『スラッシュ』『二連斬り』『蟲斬り』『剣士見習いの本気』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶Lv.0
 HP:303/303
 MP:336/306+30
 STR:101
 VIT:101
 INT:202+15
 RES:203
 AGI:101
 DEX:101
 LUK:102
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』『プチホーリー』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『銅の指輪』

 剣士と僧侶のレベルアップ時のステータス上昇値は次のようになる。

 剣士
 HP:6
 MP:3
 STR:3
 VIT:2
 INT:1
 RES:1
 AGI:2
 DEX:1
 LUK:1

 僧侶
 HP:3
 MP:6
 STR:1
 VIT:1
 INT:2
 RES:3
 AGI:1
 DEX:1
 LUK:2

 ネイビスとイリスとビエラは抱き合って喜びを分かち合った。

「やったわ!私剣士よ!」
「私僧侶!」
「二人ともおめでとう!」
「てことは『トカゲの巣窟』卒業?」

 イリスがネイビスに問う。ネイビスは首を横に振った。

「あと少しで俺もレベル99だから。それまでは付き合ってくれ。というかまだ当分はここを周回するぞー!」
「ええー!もういい加減飽きたわよ」
「いいのかイリス?雷鳴剣抜かなくて」
「何だっけそれ」

 雷鳴剣のことをすっかり忘れているイリスに呆れてネイビスはずっこける。

「お前忘れたのか?勇者の使ってた剣だよ」
「ああ、あれね!確かにそんなこと言ってたわね。それがどうしたの?」
「イリスちゃん!STR300あれば抜けるってネイビス君言ってたよ?」

 イマイチよくわかっていないイリスを見かねたビエラが補足する。

「そうだったわね。ん?このままレベル上げればもしかして私雷鳴剣抜けたりする?」
「やっと分かったか。イリスがSTR300になるまで『トカゲの巣窟』を周回するぞ!」
「そうね!なんだか俄然やる気が出てきたわ!」

 その次の日ネイビスは魔法使い見習いLv.99に達した。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使い見習いLv.99(経験値二倍)
 HP:630/600+30
 MP:600/600
 STR:200+10
 VIT:200
 INT:300
 RES:300
 AGI:200
 DEX:200
 LUK:200
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』『プチマジックアロー』『プチマジックウォール』『プチマジックウェーブ』『プチマジックミサイル』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』
 転職可能職業:魔法使い

 ネイビスは歓喜を噛み締めながら魔法使いに転職する。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使いLv.0(経験値二倍)
 HP:633/603+30
 MP:606/606
 STR:201+10
 VIT:201
 INT:303
 RES:302
 AGI:201
 DEX:202
 LUK:201
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』『プチマジックアロー』『プチマジックウォール』『プチマジックウェーブ』『プチマジックミサイル』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』

 魔法使いのレベルアップ時のステータス上昇値は次のようになっている。

 魔法使い
 HP:3
 MP:6
 STR:1
 VIT:1
 INT:3
 RES:2
 AGI:1
 DEX:2
 LUK:1

「ネイビスおめでとう!これでみんな脱初級職ね!」
「ああ。今イリスは何レベルだ?」
「私はレベル11だわ」
「なら、あと数日でSTR300に達するな」
「そうね。今日もまだまだトカゲを狩るわよ!」

 それから四日後、イリスはレベル33になり、STRが302となって300を越えた。
 今、三人は約二ヶ月過ごしたテントを片付けている。

「長かったわね。もうここでレベリングしなくていいの?」
「ああ。ここまで強くなればBランクダンジョンやAランクダンジョンを周回したほうが効率が良くなってくるからな」
「Aランクダンジョンかぁ。クリアできるのかなぁ」

 ビエラは未だ攻略されていないAランクダンジョンがクリアできるか確信が持てない。そんなビエラをネイビスが励ます。

「できるできる。そもそもイリスのSTR302ってのはな、レベル99の勇者のSTRよりも強いんだぞ!流石にレベル99の剣聖やバーサーカーのSTRには負けるが、それでも十分Aランクダンジョンでやっていけるステータスだ」

 剣聖やバーサーカーなどの戦士系の上級職はレベルアップ時のSTR上昇値が4で勇者の3よりも多い。その分勇者は満遍なくステータス上昇値が高い。

「それに雷鳴剣や隠しエリアのアクセサリー達が俺らを待ってるからな」

 やっと初級職を抜けたネイビスは知る限りのレアアイテムを集める旅に出ようと考え、まだ見ぬ宝に想いを馳せるのだった。

承 世界の秘宝編 目指せ最強

24剣聖三兄弟と雷鳴剣

 ネイビス達は大陸最北の町クラリスに来ていた。クラリスはダンジョン都市イカルには劣るもののそれなりに大きな港町で、今三人は高台から町を見下ろしていた。

「海綺麗ね。私初めて見るわ」
「イリスの方が綺麗だぞ」
「な、何よそれ!褒めても何もないんだから!」

 ネイビスは以前のビエラとのやりとりを思い出して心からの思いでそう言ったが、当のイリスはからかわれたと思って反発する。そんな二人の様子を見てビエラが「ふふふ」と微笑んでいる。

「それにしても軍艦の数半端じゃないな」

 ネイビスの視線の先には海岸線に並んだいくつもの軍艦があった。飛空艇の海バージョンにさらに砲台をつけたような感じだ。

「ここ数百年の間魔王軍が一度も攻めてきていないんだって。それはあの軍艦が牽制してるからだって話だよ」
「へー。そうなのか。それはなかなか面白いな」

 ネイビスが前世の記憶を思い出してからというもの、度々こうしたゲーム『ランダム勇者』では描かれていなかった要素に出会ってきた。ダンジョン攻略が一日に一回までだったり、冒険者のランク制度だったり。この国の歴史や文化など様々だ。

「よーし。それじゃあそろそろ雷鳴剣抜きに行きますか!」
「「おー!」」

 ネイビスの提案に二人は大きな掛け声で応えた。三人はワクワクしながら雷鳴剣のある観光スポットまで向かう。そこは大陸最北の岬だった。名前はまんま勇者岬。魔大陸に向けて牽制するかのようにその岬の先端に雷鳴剣が地面に刺さっていた。そしてその雷鳴剣に続く長蛇の列もできていた。仕方なくネイビス達はその列の最後方に並ぶ。

「どのくらいかかるのかしら?」
「分からん。だが、一時間はかかりそうだ」

 イリスの問いにネイビスが答えた。その時三人の後ろに男三人組のパーティーが並んだ。

「俺ら三人が集まれば聖剣だって抜けるんじゃね?」
「違いない」
「というか最北の町クラリスに着いたの142期だと俺らが最初だよなぁ?」
「違いない」
「てことは俺ら『三剣聖』が最強ってことだよな?」
「違いない」
「「「わははは!」」」

 ネイビスは強い既視感を覚えた。「あれ?この人達、ウサギパラダイスにいた人達じゃね?」と。

「今の俺たちに足りないのは強力な武器だ!」
「違いない」
「あの聖剣さえあればAランクダンジョンだけでなくSランクダンジョンも余裕のよっちゃんだ!」
「違いない」
「つまり俺らが最強ってことだよな?」
「違いない」
「「「わははは!」」」

「結局そこに落ち着くのかよ!」とネイビスはツッコミたかったが我慢した。

「なんだか申し訳ないね」

 ビエラが小声でそう言った。これからイリスが聖剣と呼ばれている雷鳴剣を抜くのだ。あんなに期待しているところを目の前で他の人に聖剣を抜かれたら、確かに可哀想だなとネイビスも思った。100パーセント抜けないと分かっていても無邪気な彼らにはせめて挑戦くらいさせてあげたかった。

「夜に出直すか?」
「そうね。目立つのもアレだし」
「私も賛成!」

 満場一致で夜にまた来ることに決まった。三人は列から抜けようとする。その時ネイビスに声がかかる。

「おい!そこの兄ちゃん!もしかして前に会ったことあるか?」
「違いない」
「確かノービスだったよな?」
「違いない」

 ネイビスはぎょっとする。まさか気付かれるとは思ってなかった。

「はい!あの時はお話聞かせてくれてありがとうございました!」

 ネイビスはお辞儀をしてそそくさとその場から立ち去ろうとする。しかしネイビスの右腕が一人の男に掴まれる。

「兄ちゃん達抜けちゃうのか?もったいないぞ?もしかしたら聖剣抜けるかもしれないのに」
「まだ試す前から諦めるなんて男じゃないぞ?」
「違いない」
「まぁ、抜くのは俺たちだがな」
「違いない」

 ネイビスはイリスとビエラに救いを求めて視線を送る。

「そういうことなら、仕方ないんじゃないかしら?」
「ええっと……。ネイビスどうしよっか?えへへ」

 結局三人は列に戻ることになった。ネイビスが剣聖三人組に捕まって男四人で話すことに。

「聞いて驚け!俺らな、もうBランクダンジョン『アンデッドの墓場』をクリアしたんだぞ!」
「それは凄いですね!」
「違いない」
「Aランクダンジョン『ドラゴンの巣』も三階層までは突破したんだぞ!」
「それは凄いですね!」
「違いない」
「お前さっきからずっと「違いない」しか言ってないよな?」
「違いない」

 ネイビスはこの三ヶ月の間にこの「違いない」しか言わない人に一体何があったんだろうと想像する。そうして談笑すること30分。ついに彼らの番がやって来た。勇者岬の先端に刺さる聖剣、雷鳴剣は白銀色の剣で、柄のところにカッコいい装飾がなされていた。

「兄ちゃん達先行け!」
「いや、でも……」

「でも抜いちゃいますよ?」なんて言えないネイビスは彼らに何を言えばいいのか分からなかった。

「こういうのは若いやつに譲るもんなんだよ」
「違いない」

 仕方なくネイビスから剣を抜くことに。今ネイビスは魔法使いレベル43でSTRが244なので抜くことはできない。案の定いくら力を入れても雷鳴剣を抜くことはできなかった。

「次は私?」

 次にビエラが挑戦するもやはり失敗する。そしてついにイリスの番が来た。俺とイリスはアイコンタクトを交わす。イリスがウインクで返した。

「次は私ね」

 イリスは演技をした。必死に雷鳴剣を抜く演技を。本来なら軽く片手でも抜けるはずなのだが、そうしなかった。

「残念だったな!まぁ、俺たちが抜いてやるから安心して見てろ!」
「違いない」

 結果から言うと三人とも抜けなかった。勇者岬から離れたところで地面に膝をついて絶望する剣聖三人組。

「なぜだ!なぜ抜けなかった!」
「後もう少し挑戦してたら抜けただろうに……」
「違いない」

 三人を見てネイビスは言う。

「あのー。俺たちはここで失礼しますね。これからも色々と頑張ってください!」

 三人からの返事はなかった。三人を置き去りにして、ネイビス達はクラリスの町一番と評判の宿『天上の月』を探して泊まった。
 夜が深まる頃三人の姿は勇者岬にあった。

「えい!」

 可愛い掛け声でイリスが雷鳴剣を抜いた。

「イリスちゃんすごーい!」
「なんだか呆気ないわね」
「そう言うもんだ」

 イリスは手に持つ雷鳴剣をまじまじと見て驚きの声を上げた。

「ATKプラス120!しかも雷属性って!」
「どうだ?凄いだろ!」
「うんうん」

 イリスは鞘のない雷鳴剣を自身のインベントリにしまった。
 その後三人はいい雰囲気になり、夜の海を眺めながらイチャイチャして宿に戻るのだった。

掲示板回4

【速報!消えた聖剣】

1:管理人
この掲示板は魔王討伐の為の情報共有の場です。不適切な内容の書き込みはやめてください。

2:132期剣聖
おいおいおい!聖剣がついに抜かれたぞ!

3:135期剣豪
ええ!俺が抜く予定だったのに……。

4:136期剣士
いや、俺が抜く予定だったはず。

5:138期剣聖
そんなことどうでもいいわ!それよりいつ抜かれたのよ?

6:132期剣聖
昨日だ昨日。今朝いつもみたいに勇者岬に向かった観光客が聖剣が無くなってるのに気づいたんだよ!町はこのことで大騒ぎよ!

7:133期剣士
あのびくともしない聖剣抜けるやついたんだな。それが一番の驚き。

8:135剣豪
聖剣抜いた人、もしこのスレ読んでたら教えて!

9:143期剣聖
あの伝説の聖剣抜かれたんすか。ショックだ……。俺まだ試しても見てないのに……。

10:132期剣聖
143期なら、三ヶ月前に卒業したばかりだよな?それならクラリスまでは来れないか。ドンマイ!

11:143期剣聖
ありがとうございます。

12:132期剣聖
ハルオンって言う町にも強い剣売ってるから。ただかなり高いがな。

13:143期剣聖
そうなんすか。今からお金貯めときます。

14:138期剣聖
私も今使ってる剣はハルオンで買ったわね。鍛冶屋『月下の剣』がオススメよ。

15:143期剣聖
情報ありがとうございます。




32:142期剣聖
このスレ本当か?

33:142期剣聖
違いない。

34:142期剣聖
俺達やっと昨日クラリスの町にたどり着いて聖剣チャレンジしたんだけど、全員ダメだったんだよな。

35:142期剣聖
絶対に俺達がチャレンジした時に抜ける寸前まで来てたって。その後俺達のお陰で抜けやすくなった聖剣を運のいいやつが抜いたに違いない。てことは実質その聖剣を抜いたのは俺達ってことになるな?つまり最強は俺達142期の『三剣聖』だ!

36:142期剣聖
違いない。

37:138期剣聖
『三剣聖』?初めて聞いたわね。

38:132期剣聖
俺も初耳だ。強いのか?
似た名前の通り名に『三連星』があるけど、それの派生的な何かか?

39:142期剣聖
違いない。

40:138期剣聖
さっきから気になってるんだけど、なんで「違いない」しか言わないの?

41:142期剣聖
ああ、こいつね。なんかマイブームなんだと。

42:142期剣聖
違いない。

43:138期剣聖
カッコつけてるだけじゃないの?

44:142期剣聖
違いない。

45:132期剣聖
まぁ、もし本当に聖剣を抜いた奴がいたなら、多分今年のオリエンス世界大会の剣士部門か総合部門に出てくると思うな。

46:138期剣聖
そう言えば今年だったわね。楽しみだわ。多分出場は間に合わないけど。

47:132期剣聖
俺は出場予定だ。Aランクだからな!実はつい先月にレベル50になったんだよ。

48:138期剣聖
あら、凄いわね。出場資格は第三スキルを覚えるレベル50以上だったわよね。

49:132期剣聖
そう言えば二、三ヶ月くらい前にSランクのノービスが現れたって話あっただろ。もしかしてそのノービスも出るのかな?

50:138期剣聖
確かそのパーティーの他の二人はAランクだったはずよ。三人とも出るんじゃないかしら?

51:132期剣聖
もうそのパーティー通り名あってもおかしくないぞ!まだ無いんだっけ?

52:138期剣聖
今のところは聞いたことないわね。もうここで作っちゃいます?

53:132期剣聖
お!ナイスアイデア!うーん。全員初級職だから『下剋上』とかどうだ?

54:138期剣聖
なんか下品ね。却下だわ。『雪月花』なんてどうかしら。女の子二人は結構可愛いらしいわよ。だから月と花なんてね。

55:143期魔法使い見習い
このスレ面白いですね。私もノービスくんの同期なので一つ。
『アギト』ってどうでしょうか?挑戦っていう意味の言葉です!

56:138期剣聖
『アギト』ね。確かにカッコいいわね。でも『雪月花』も負けてないわ!




77:135期聖女
今、乱数神ランダム様から御神託がありました。大預言者アリエル様が直々に授かったそうです。

「真なる勇者現れん。彼の者は最弱にして最強なり。彼らの名は『ランダム勇者』」

78:138期剣聖
え!?神託!?もしかして最弱にして最強ってSランクのノービスのことなんじゃない?

79:135期聖女
そうかもしれません。乱数神ランダム様がこのタイミングで御神託を下さったのは何か意味がある気がします。

80:138期剣聖
なら通り名は決まりね。『ランダム勇者』にしましょうか!異議はありませんか?

81:132期剣聖
俺はいいと思うぞ。『ランダム勇者』か。神の名を冠した良い通り名だ。

82:143期魔法使い見習い
私も賛成です!



25ワニワニパニック
『ランダム勇者』に出てくるワニはワニじゃない。これは『ランダム勇者』をプレイしていない人でもゲーマーなら一度は耳にしたことのある程有名なフレーズだった。そう。『ランダム勇者』のワニはワニじゃなく、ワニの面影を残した怪物トリゲーターなのだ。
 先ずトリゲーターには大きな翼があるので空を飛ぶことができる。その翼はまるでドラゴンの翼のように硬い鱗に覆われている。そして口には恐ろしいほど鋭い歯が生えている。爪は長く伸び、体は全体的にゴツゴツしている。
 クラリスの外れにあるBランクダンジョン『ワニワニパニック』はAランクダンジョンに比肩する程の難易度となっている。ブレスこそ吐いてこないが見た目がほぼドラゴンなのでAランクダンジョン『ドラゴンの巣』の肩慣らしによく使われていたダンジョンだった。
 今その『ワニワニパニック』三階層でネイビス達は空飛ぶワニと戦っていた。

「『プチホーリー』!」

 ビエラがそう唱えると小さな光球がビエラの前に現れ、敵のトリゲーターに向かって放たれる。『プチホーリー』にはホーミング能力があるのでトリゲーターに吸い込まれるようにして当たる。

「ビエラナイス!『マジックアロー』」

 続けてネイビスが無属性の魔法の矢を放つ魔法使いの第一スキル『マジックアロー』をトリゲーター目掛けて放った。
 トリゲーターが『マジックアロー』を受けて地に落ち、もがいている所にイリスが雷鳴剣でトドメの一撃を入れる。

「ふぅー。まだまだ余裕ね」
「そうだな。それにしてもやっぱり魔法は楽しいわ」

 ネイビスは現在魔法使いレベル41で、スキル『マジックアロー』『マジックウォール』を覚えていた。

「私も『プチホーリー』楽しい!」

 ビエラはずっと自分だけが戦闘に参加していないことを気にしていた。だが、僧侶見習いレベル99になり覚えた攻撃スキル『プチホーリー』を使うことで戦闘に参加できている。

「MP管理はしっかりするんだぞ。ビエラは唯一のヒーラーなんだからな」
「うん。分かってるよ!」
「次のゲート潜りましょう」

 ネイビスは自分達が確実に強くなっているのを実感していた。三人はゲートを潜り次の階層へと進む。

「この階層からはレッドトリゲーターが出てくる」

 Bランクダンジョン『ワニワニパニック』はDランクダンジョン『狼の宴』と同様に色によってステータスに特徴がある。レッドトリゲーターは攻撃力が高く、ブルートリゲーターは防御力が高い。グリーントリゲーターは魔法防御力に秀でていて、キングトリゲーターはその全てにおいて優れている。
 三人は小休憩を繰り返しながら『ワニワニパニック』を攻略していった。

「いよいよ次がボスね」

 イリスがポツリと呟いた。三人は今十階層へと繋がるゲートの前で休憩兼作戦会議をしている。

「キングトリゲーターはとにかくデカイ。攻撃を食らったら流石にこの中で一番防御力の高いイリスでもかなりダメージを食らうはずだ。幸い動きは遅いし、魔法は使ってこないから、よく動きを見て臨機応変に戦うぞ!」
「うん!」
「りょーかい!」

 作戦会議が終わりゲートを潜ると、三人の前にはドラゴンのように迫力のある、黄金の肌を煌めかせるキングトリゲーターがいた。キングトリゲーターからは金が取れるので高く売れたりする。キングトリゲーターは三人をその鋭い眼光で見つめると咆哮をした。

「ガオォォォォ!」
「いや、お前絶対その鳴き声おかしいだろ!」

 あまりの鳴き声の酷さにネイビスがツッコミを入れる。

「百歩譲ってまだ「グルルル」なら分かる。なぜ「ガオォォォォ!」なんだ!」
「ちょっとネイビス君!急にどうしたの?」
「そうよネイビス!今は戦闘中よ?」

 二人に諌められてネイビスは我を取り戻した。

「あぁ、悪い。ちょっとだけ取り乱してた」
「ちょっとどころかかなり取り乱してたわよ」
「うんうん」
「すまない。ついな。それより作戦通りいくぞ」

 ネイビスとビエラがペアとなり後方から魔法で遠距離攻撃を入れ、イリスが前衛で特攻する。

「『蟲斬り』!『三連斬り』!」
「ガゥゥ!」

 イリスがキングトリゲーターにスキル『蟲斬り』と剣士レベル25で覚えたスキル『三連斬り』を続けて発動する。イリスはボス戦のためにMPを温存していたのだ。ワニは爬虫類なので生物学的には『蟲斬り』は効果がないはずだが、何故かトリゲーターには『蟲斬り』の効果がある。恐らく『ランダム勇者』の制作陣が間抜けだったのだろう。それか、トリゲーターはワニでも鳥でもなく虫なのかもしれない。

いずれにせよ、スキル『蟲斬り』の特攻効果に加えてレベル99の勇者を凌ぐSTRと雷鳴剣のATKと雷属性が乗って、イリスはかなりのダメージをキングトリゲーターに与えた。

「イリス退がれ!『マジックアロー』!『プチマジックミサイル』!」
「『プチホーリー』!」

 イリスが射線から外れたのを確認するとネイビスとビエラが魔法を一斉に放つ。

「ガゥゥゥ」

 全ての魔法がヒットしてキングトリゲーターは怯んだ。そこを逃すイリスではない。

「選手交代!『蟲斬り』!」

 その時キングトリゲーターの翼が大きく開き、キングトリゲーターは力強く羽ばたいて空中へと逃げた。イリスのスキル『蟲斬り』が空を斬る。

「ビエラ!一斉に決めるぞ!『プチマジックミサイル』×3!」
「私も行くよ!『プチホーリー』×3!」

 三つの光球と三つの無属性のエネルギー弾が空飛ぶキングリザードの腹に命中し、バランスを崩したキングトリゲーターは地に落ちる。倒れ伏すキングトリゲーターにイリスが近づきその首にスキル『一刀両断』を放つ。

「『一刀両断』!」

『一刀両断』は首や尻尾などの特定の部位に対して大ダメージを与えることのできる、剣士レベル10で覚えられる第一スキルだ。その一閃は無慈悲にもキングトリゲーターの命を刈り取った。

「やったわ!倒したみたい!」
「お疲れ」
「お疲れ様!」

 キングトリゲーターの死体をイリスがインベントリに回収してから三人は帰還ゲートを潜る。入り口に戻った三人は周回のため再びゲートへと入っていくのだった。

26兄貴再び

 三人は飛空艇で港町クラリスからダンジョン都市イカルまで移動していた。

「あ!イカルが見えてきたわよ!」
「本当だ!」

 ここは飛空艇のデッキ。ネイビス達は柵越しに眼下に広がる西陽に照らされる巨大都市イカルの全容を捉えていた。

『間も無くダンジョン都市イカルに到着します』

 アナウンスが流れ、飛空艇は徐々にその高度を下げていく。
 三人は実に三ヶ月ぶりにイカルの町に着く。

「この発着場懐かしいわね」
「確かここで、ネイビス君が私達に愛の告白をしてくれたんだよね」
「そうだったな」

 告白したときのことを思い出し、ネイビスは少し恥ずかしくなった。誤魔化すようにネイビスは話題を変える。

「それより、明日の飛空艇の出発時刻調べるぞ」

 三人は発着場にある運行表を見に行った。このダンジョン都市イカルはハブ空港のような機能を持っていて、大陸の各地へと向かう飛空艇が毎日一便は出ている。

「明日の朝9時にフューズ行きの飛空艇があるな」
「そうみたいね。フューズって大陸の南西の豪雪地帯にある都市よね」
「そうだ。目的は大雪山だな」
「大雪山かぁ。大陸一高いって山だよね?」
「そうだそ、ビエラ」

 ネイビスは次なる隠しエリアに眠るあるアクセサリーを求めて先ずは極寒の地フューズに向かおうと考えていた。

「ねえ。夜までまだ少し時間あるでしょ?せっかくイカルに来たんだからダンジョン進めとかない?」
「いいんじゃないかな」

 イリスがそう提案して、ビエラもその案に賛同する。

「そうだな。じゃあEランクダンジョン『カエル沼』に行くか!」

 三人は発着場を後にして、Eランクダンジョン『カエル沼』まで歩く。

「やっぱりイカルって広いわね」
「そうだな。伊達に世界最大都市なだけはある」
「ねぇ、ネイビス君。『カエル沼』ってどんなダンジョンなの?」

 ビエラの質問にネイビスが答え始めた。
 Eランクダンジョン『カエル沼』は文字通りカエルの魔物が出てくる。カエルは中型犬くらいのサイズでぴょんぴょん跳ねて襲ってくる。
 掲示板によるとこのダンジョンはかなり不人気だ。というのも四階層から出てくるカエルが毒や麻痺、睡眠などの状態異常をかけてくるからだそうだ。
 ランクが低い割に命の危険が高いとして、『カエルの沼』は冒険者人気ワースト一位だ。
 こんな説明をしながら一時間ほど歩いて三人はEランクダンジョン『カエルの沼』に着いた。

「本当だ。誰一人いない」

 Eランクダンジョン『カエル沼』に着くと閑古鳥が鳴いていた。三人はそのまま受付に行く。

「あれ、受付のところに人がいるね」

 ビエラがそう言う。三人の視線の先には受付の女性とその女性と話している白髪の男性がいた。

「もー。いいでしょ?僕と遊ぼうよ」
「いけません。業務中ですので」
「て言ってもここ誰も来てないよ?」
「それはそうですが……。いえ、今来ましたよ?」

 二人の視線がネイビス達に向く。

「あれ?いつぞやのイケメン君じゃないか?」

 白髪の男がネイビスを見て尋ねる。

「イケメンかは知りませんが、確かに以前飛空艇で会いましたね」
「ああ!あのナンパ男じゃない!」
「誰だっけ?」

 ビエラだけはその男のことを覚えていなかったが、ネイビスとイリスにとってはそれなりに印象に残っている男だ。色白の肌に白髪という珍しい見た目をしているのも記憶に残りやすい。

「心外だな。この僕を忘れるだなんてね。僕はね世界中の女の味方、『絶対零度』の勇者ルートなのさ!どうだい?これでもう忘れないだろう?」
「世界中の女の敵の間違いではありませんか?」

 胸に手を当てて高らかに気障な自己紹介をするルートに受付の女性がツッコミを入れる。ネイビスはやっぱりこの人が『絶対零度』の勇者ルートだったんだと思った。

「どうやらその後もうまく行っているようだね?だけどまだ大人の階段は登っていないって感じかな?」
「大人の階段って何のことですか?」
「ビエラ聞くな!」
「ビエラ、気にしちゃダメよ!」

 純粋なビエラがルートに訊いてしまう。意味の分かったネイビスとイリスが止めに入るもルートの耳にはバッチリと聞こえていた。

「ビエラちゃんっていうんだね。うん!可愛い名前だ。大人の階段の意味知りたいかい?良ければ今夜僕が手取り足取り教えてあげるよ?」
「こ、今夜?」
「ダメです!うちのビエラに変なこと吹き込まないでくれませんか?」
「おっと。これは失礼。ビエラちゃんが可愛くてついからかってしまったよ」
「油断も隙もあったもんじゃないわね」

 ネイビスがルートを諌める。イリスは呆れ顔だ。

「そう言えば君たちは『カエル沼』に挑むのかい?」
「無理矢理話題逸らしたわね」
「そうですが何か?」
「それならこれあげるよ」

 そう言ってルートはインベントリから小さな袋を取り出してネイビスに渡した。

「解毒薬だよ。赤いのが毒消し。青いのが麻痺消し。残念ながら睡眠毒の薬はないけどね」
「え、いいんですか?もらっちゃって。結構高価だったはず」
「ああ。もう使わないからね」
「ありがとうございます!ルートさん!」
「ああ、ビエラちゃんってほんと可愛いなぁ。持って帰りたいよ」
「ダメよ!ビエラは私とネイビスのものなんだから!」

 イリスがビエラを抱き寄せて抗議する。

「それは残念。ごめんね、邪魔しちゃって。どうぞ受付していいよ。ミーナちゃん。また今度ね!」

 ルートはそう言い残して去っていった。

「ごめんなさいね。ルートが迷惑をかけて」
「二人は知り合いなんですか?」
「腐れ縁よ。それよりギルドカードかマギカードを見せてちょうだい」

 三人がマギカードを提出する。

「剣士Lv.39と僧侶Lv.39と魔法使いLv.43ですね。これなら余裕を持ってクリアできるでしょう」

 三人はBランクダンジョン『ワニワニパニック』を攻略した後クラリスの冒険者ギルドでマギカードの更新をしていた。受付の女性ミーナが手元にあるノートに三人の情報を書き込んでいく。すらすらと記入していたその手が突然止まった。

「なにこれ?ワニワニパニック?ちょっとお待ちください」

 受付の女性が三人のマギカードのダンジョン攻略履歴を見て眉を顰めた。

「確認します。このBランクダンジョン『ワニワニパニック』とはいったい何ですか?それとその下にあるCランクダンジョン『トカゲの巣窟』も気になります」

 受付の女性の質問を受けてネイビスはしばし考える。Bランクダンジョン『ワニワニパニック』ならまだしも、経験値効率のいいCランクダンジョン『トカゲの巣窟』が世間の明るみに出るのはネイビス達にとっては不利益なのではないかとネイビスは逡巡する。

「ネイビス?」
「ネイビス君?どうするの?」

 困惑顔の二人を見てネイビスは話すことに決めた。

「もういっそのこと教えるか。ミーナさんでしたよね?実はこれ、未発見のダンジョンなんです」
「未発見のダンジョンですか。そういえば前にネルト山で新しいEランクダンジョンが見つかったとか」
「そうでしたね。ではこれから説明していきます」

 それからネイビスはDランクダンジョン『狼の宴』Cランクダンジョン『トカゲの巣窟』Bランクダンジョン『ワニワニパニック』の場所や敵の情報などについて詳しく語っていった。

「情報提供ありがとうございます。冒険者ギルドの方で事実確認をしますのでまだになりますが、情報提供料を後日支払います。場合によってはこの功績を称えて王国から表彰がされるかもしれません。住所や連絡先はございますか?」
「いや、ありませんね」
「では、これから冒険者ギルドに立ち寄る際は受付でこれをお見せください」

 そう言って受付の女性がネイビスに証書を渡す。

「大体一週間から一月以内には調査も終わると思うので、そのくらいの時期に冒険者ギルドの受付でそれを見せれば、情報提供料がもらえると思います。表彰についてもその時知らされるかと」
「分かりました。色々とありがとうございました」
「いえ。こちらこそです。お気をつけて」

 その後三人は無事に『カエル沼』をクリアして近くの宿屋に泊まった。

「カエル案外弱かったわね」
「いや、それ以上に俺達が強くなったんだろ」
「それもそうね」
「ねぇ。そう言えば、イリスちゃんとネイビス君は大人の階段の意味知ってるの?」

 いつものようにネイビスを真ん中にして三人が川の字でベッドに寝て談笑しているとビエラが二人に尋ねた。

「そ、それは知っているわ」
「多分知ってるな」
「なら教えてよ。ずっと気になってたの」
「ダメよ。私達にはまだ早いわ」
「そうだな。俺らにはまだ早いな」
「うぅ。気になるよー!」

 ビエラは枕を両腕で抱き、足をバタバタさせている。

「ビエラ。要するにエッチなことよ」
「ああ。それもすごくエッチなことだな」
「ええ?キスよりもエッチなことってあるの?」

 ビエラの返答にネイビスとイリスはキョトンとする。

「もしかしてビエラさん、アレ知らない?」
「ねぇ、ビエラ。赤ちゃんってどう出来るか知ってる?」

 ネイビスとイリスの問いにビエラは首を傾げて答える。

「赤ちゃんって結婚したら出来るんじゃないの?」

 ネイビスとイリスは思った。なんてこの子は純粋なのだろうと。そしてこの子をこれからも大切に守っていきたいと。

「そ、そうよ。結婚したら赤ちゃんができるわ」
「そ、そうだな。なんだ、ビエラも知っていたんじゃないか」
「もしかして結婚して赤ちゃんが出来ることが大人の階段を登るって意味なの?」
「うん。そうだ」
「そうよビエラ」

 二人にそう言われてビエラはご満悦だ。

「ねぇ、ネイビス君。まだ寝る前のキスしてないよ?」
「そうだったな。じゃあするか」

 ネイビスはビエラと長いキスをしてそのあとイリスとも長いキスをした。

「ネイビス君。私いつかネイビス君の赤ちゃん欲しいな。だから結婚しようね!」
「お、おう。そうだな」
「ネイビス。私とも結婚してよね?」
「ああ。もちろん」

 いつか魔王を討伐して全てが無事に終わった日には二人と結婚しようと心に決めるネイビスであった。

27防寒対策

 翌朝ネイビスとイリスとビエラは飛空艇に乗る前に服屋に来ていた。ゲーム感覚でそのまま飛空艇発着場に向かおうとしたネイビスをイリスとビエラが止めたのだった。「このままだと私達みんな凍えるわよ?」との事だ。完全に気候のことを失念していたネイビスはなるほどと納得して今現在に至る。

「ねぇ、ネイビス君。この服どうかな?」

 ビエラが手に取ったのは白い羊毛でできたもこもこコートだった。ネイビスは頷いて答える。

「いいんじゃないか?暖かそうだし、絶対ビエラに似合うな」
「やったぁ!私これ買うね!」

 そう言ってビエラはバタバタと駆け足で店員さんの元へと向かった。

「ネイビス。これはどうかしら?」

 次はイリスがネイビスに声をかける。手に持っていたのは黒のトレンチコートだった。

「イリスはスタイルがいいから黒が似合いそうだな」
「そ、そう?ならこれ買おうかしら」

 イリスも店員の元へと向かう。当のネイビスは二択で迷っていた。

「やっぱりこの茶色のトレンチコートが無難かなぁ?それともちょっと冒険してこの氷結羊のもこもこコートにしようかなぁ?うーん。迷う」

 どっちを買うかネイビスが悩んでいるとそこに買い物を済ませたビエラが戻って来た。

「ネイビス君、どうしたの?」
「ビエラか。いや、これとこれのどっちにしようか迷っててな」

 ネイビスが手に持っている二つの服をビエラが見比べる。

「私はこの水色の方がいいと思うよ。暖かそうだし可愛いし!」
「それもそうだな。これにするか!」
「二人でなに話してるの?」

 そこにイリスが合流する。

「いや、この二択で迷ってたんだがこっちにしようと話してたんだ」
「えー!私は断然茶色のトレンチコートの方がいいと思うわ」
「でも、イリスちゃん。こっちのコートは可愛いよ?」
「ビエラ。ネイビスは背が高くて、その……イケメンなんだから、大人なこっちのトレンチコートの方がいいと私は思うわ」
「でも、羊さん可愛いのに……」

 話は平行線を辿る。

「ネイビスはどっちがいいの?」

 イリスに問われてネイビスは焦る。この選択は言わばビエラとイリスのどっちの意見を聞くのかということになる。どちらを選んでも選ばれなかった方は悲しいだろう。茶色のトレンチコートを選べば黒のトレンチコートを買ったイリスとお揃いになり、氷結羊のもこもこコートを選べば白い羊毛のもこもこコートを買ったビエラとお揃いになる。どちらに転んでも片方に申し訳ない結果になる。

「すまん。選べない」

 やはり選べないネイビスを見かねてイリスが妥協案を提案する。

「そんなに迷うなら両方買ったらいいのに。お金はあるんでしょ?」
「それだ。イリス、ナイスアイデア!」

 結局ネイビスは両方とも買い、三人は服屋を出た。

「結構時間ギリギリだな」
「早く行きましょ」

 服を選ぶのに予想以上に時間がかかってしまったため、三人はイカルの町の人並みを糸を縫うようにしてかき分けながら足速に発着場目指して進んでいった。

「9時発フューズ行き飛空艇はまもなく出航です」
「あ!乗りまーす!」

 三人は無事に飛空艇に乗り込むことに成功した。

「なんとか間に合ったね」
「そうだな」

 飛空艇に入って直ぐの所にあるロビーにて三人は息を整えていた。

「デッキ行きましょう?」

 しばらくしてからデッキ好きなイリスが提案した。

「いいぞ。向かうか」
「うん!」

 ネイビスとビエラが賛成して三人はデッキに向かう。

「相変わらず、風が気持ちいいわね」

 デッキには涼しい風が吹いていた。イリスの長く綺麗な金色の髪が風に揺さぶられて、その美しさにネイビスは思わず見入ってしまう。それに気づいたイリスがネイビスに訊く。

「ネイビスどうしたの?」
「いや、お前に見惚れてた」
「な、なによ急に!」

 イリスはそう言ってそっぽを向いてしまう。

「イリスちゃんの髪綺麗だよね」
「ビエラの黒髪も綺麗だぞ」
「そうかなぁ?えへへ」

 ビエラは照れ隠しで笑った。ネイビスはそんなビエラの頭に手を置いて優しく撫でる。

「なんだかくすぐったいよー」
「ビエラだけずるいわ。ネイビス。私の頭も撫でなさいよ」

 ビエラに嫉妬したイリスがネイビスの方へ頭を傾けてそう言った。ネイビスは二人の頭を撫でながら頬を緩めて言う。

「本当に二人は可愛いな」

 その言葉を聞いてビエラとイリスが頬を赤く染める。

「そう?うふふ」
「ありがとう。ネイビスもカッコいいわよ」

 外の空気はフューズが近づくにつれ寒くなっていった。だが、三人の空気は気温に反比例するかのようにだんだんと熱くなっていく。この便の飛空艇に乗っていた人たちは「よくあんな寒いデッキにいるよな」とイチャつく三人を遠目に見て思うのだった。
 
28湯煙の宿
 飛空艇がフューズの町に着いた。ネイビス達はイカルの服屋で買ったコートを着込んでいる。

「案外寒くないわね。やっぱりRESのおかげかしら」
「そうかもしれないな」

 現実となったこの世界ではステータスのRES値は寒暖差に対する耐性にも影響する。一度レベル99になり転職している三人のステータスは総じて高い。それ故に寒さに対する耐性ができていたのだった。

「あれが大雪山かぁ。大きいね」
「今からあれに登るんだぞ」

 この日の天候は快晴だったためフューズの飛空艇発着場からは大雪山が見える。大地に聳え立つ巨大な大雪山はとても迫力があった。

「それじゃあ行きますか!」

 三人は町で食料を確保してから大雪山に向かう。大雪山は有名な山なだけにしっかりと道ができていたので、迷うことなく麓まで辿り着いた。日も暮れて来たので三人は麓にある宿屋で夜を明かすことにした。

「いらっしゃい。おや。こりゃまたずいぶん若いねぇ」

 宿屋『湯煙の宿』の扉を潜ると受付のところに老婆が座っていた。老婆は三人に気づくとしわがれた声で声をかける。ネイビスは独特な喋り方をする老婆を見て一瞬山姥かと思ったが、その言葉を飲み込んで尋ねる。

「こんにちは。三人部屋ってありますか?」
「ああ、あるだよ」

 今更だが、この世界ではパーティーは三人が常識だ。実際四人以上組むことはできない。それ故にどこの宿も三人部屋が多かったりする。

「大雪山に登るのかい?」
「はい。明日の朝登ろうかと」

 それを聞くと老婆は舐め回すように三人の姿を見て言う。

「やめときな。死にだくなければねぇ」
「どうしてですか?」

 疑問に思った三人を代表してビエラが聞き返す。

「先ずその靴。それがいけねぇだ。そんなみみっちい靴で大雪山でも登ってみな、直ぐに滑落して死ぬ。運良く生き残っだとしても今度は遭難して死ぬ。悪いことは言わねぇ。登るのはやめるだ」

 それは経験者としてのアドバイスだった。『ランダム勇者』の世界ではどんなに険しい山肌も雪の積もる場所もキャラはスイスイと移動することができた。だが現実となったこの世界ではそうゲームのようには行かないのだ。ネイビスは登山に詳しくない。ここは老婆の意見に従うことにした。

「助言ありがとうございます。ですがどうしても登りたい場合どうしたらいいでしょうか?」
「そうだべなぁ。なら、靴売っちゃるだよ。隣に売店があるけぇ、そこで買いな」
「分かりました。後で行きます」
「あいよ。値段は一人一泊1000ギルだべ」

 三人はインベントリから銀貨十枚を取り出して老婆に渡した。金を受け取ると老婆は部屋番号の書かれた鍵をネイビスに渡す。

「少し高めなんですね」

 イリスが珍しく敬語を使って尋ねた。

「ああ。なんだってこの『湯煙の宿』には温泉があるからだべな」
「温泉!」

 老婆の「温泉」と言う言葉にビエラが反応した。

「温泉があるんですか?」
「ああ。あるだよ。三人は若いからねぇ。言ってくれれば特別に貸切にしてやるだよ。追加料金はかかるがねぇ」
「ねぇ。ネイビス!是非貸切にしましょう!」
「うんうん!」
「じゃあ貸切予約できますか?」
「あいよ。一人500ギルだべ」

 三人はインベントリから銀貨五枚を取り出して老婆に渡す。

「貸切の時間になっだら部屋に呼びに行くけぇ、それまで旅の疲れ癒しときな」

 三人は老婆にお辞儀をしてから隣の売店に向かった。売店には登山靴や防寒具、手袋にロープ、杖など、雪山を登るために必要な物が所狭しと並んでいた。ちなみにこの世界の人にはインベントリがあるのでザックはない。

「…………」

 売店の奥には一人の老人が椅子に座っていた。その老人は微笑ましい物を見るように靴を選んでいる三人のことを眺めていた。

「私この靴にするわ」
「私はこれかな?」
「じゃあ俺はこの靴にするか」

 三人は登山靴を選び終えて老人の元へと向かった。

「すみません。これ買いたいんですが」
「そりゃ、12000ギルだべなぁ」

 登山靴の値段はだいたい10000ギルから15000ギルだった。命の安全のためと思えば必要な出費だった。ネイビス達は支払いを済ませ部屋を探して入る。

「あの二人夫婦なのかな?」

 いつものように3つのベッドを一つに繋げてその上に寝転んでいると、ビエラが二人に訊いた。

「そうなんじゃないか?」
「私もそうだと思う」

 ネイビスとイリスが同意するとビエラは少し考える仕草をしてから言う。

「私、あのおばあさんに聞きたいことがあるから話聞いて来るね!」

 そう言い残してビエラは部屋を去っていった。

「あの子、行っちゃったわね」
「ああ、そうだな」

 部屋に取り残された二人は手持ち無沙汰になり沈黙が続く。

「ねぇネイビス」

 沈黙に耐えかねたイリスがネイビスに声をかける。イリスはネイビスに身を寄せながら続ける。

「ビエラが戻ってくるまで、その……。私と少しだけエッチなことしない?」



 一方その頃ビエラは老婆と話していた。

「やっぱり二人は夫婦だったんですね!」
「ああ、そうだべな。もう結婚して、かれこれ五十年は経つだべ」
「お子さんはどうしてるんですか?」
「私達にゃ、子どもはいねぇだ」

 それを聞いてビエラは首を傾げた。

「え?結婚したのに子どもできない事ってあるんですか?」
「何言ってるだべ。そりゃしなかったらできねぇだ」
「するって何を?」
「そりゃ夜の営みってやつだべ」
「夜の営み?」

 腑に落ちない様子のビエラを見て老婆は笑った。

「はは!お前さんもしかして知らないのかい?初心だべな」
「ええ。焦らさないで教えてくださいよ!」
「教えちゃる。教えちゃる」

 そうしてビエラは一つ大人の階段に近づくのだった。

29湯煙混浴温泉(貸切)

「こんなところだべ」

 老婆がビエラに真実を語り終えて一息ついた。

「…………」

 ビエラは顔を真っ赤にして俯いたまま黙っている。

「そろそろ貸切の時間だべ。一緒にあんたの部屋行くだよ」

 ビエラは三人の部屋に向かう老婆の後を覚束ない足取りでついて行く。
 部屋の前まで着いて老婆が部屋のドアをノックした。中から「はい」とネイビスの声で返事があった。老婆はドアを開けてから中にいる二人に言う。

「温泉の貸切の時間だべ。案内するからついて来な」
「あ、はい!」
「…………」

 ネイビスが返事をするがイリスは黙ったままだ。三人は老婆の後をついて行くが、ぎこちない雰囲気だった。

「ビエラ、どうかしたのか?体調悪いとか?」
「え?ううん、平気だよ!心配してくれてありがとうネイビス君」

 そうは言ったもののビエラはどこか上の空といった感じだった。一方のイリスは黙ったまま熱い視線をネイビスに送り続けている。そんな三人を見て老婆は不敵に笑って告げた。

「ああ、言ってなかっだが、うちの温泉は混浴だべな」
「え、混浴!」

 ぼーっとしていたビエラが「混浴」という言葉に反応して声を上げる。温泉の入り口までたどり着くと老婆は振り返って言う。

「まぁ、ゆっくり楽しむだべな。貸切の時間は九時から十一時の二時間だべ」

 老婆はそう告げて去ろうとしたが、何かを思い出したようにビエラの元へ行って小声で何かを耳打ちした。それを聞いたビエラは顔を上気させて俯く。

「どうする?混浴らしいが、二時間もあるし、男女で分けて入るか?」

 ネイビスがそう提案したが、ビエラはネイビスの元へ詰め寄りその手を握って告げる。

「ネイビス君と一緒に入りたい……です」

 ビエラの雪のように白い頬がピンク色になる。

「そ、そうか。イリスはどうだ?」
「え、ええ。ビエラもそう言ってるし、せっかくだしみんなで入りましょうか」

 三人で一緒に入ることに決まり、三人は脱衣所で服を脱ぎ始める。

「俺出てようか?」

 女性陣がコートを脱いでインベントリに仕舞ったところでネイビスが尋ねるとイリスが返した。

「私は気にしないわよ」
「わ、私も平気だよ?」
「そ、そうか……」

 意外にも二人がネイビスの提案を否定した。俺の下半身が平気じゃないんだよなぁとネイビスは思いそっぽを向いた。それを見てイリスは言う。

「そう言えば冒険初日の日もこんなことあったわね」

 三人はスライムの森の隠しエリアに入る際に滝でずぶ濡れになったことを思い出した。

「ああ、そうだな。あの時は裸見てすまなかった」
「良いわよ。私こそ最初はあなたへの当たりが強かったわよね。謝るわ」
「イリスちゃん。ネイビス君に『スラッシュ』試すとか言ってたよね?」
「あったわね、そんなこと。それよりネイビスは服脱がないの?」
「イリスならわかるだろ」

 そう言われてイリスは少し考えて納得した。

「そう言うことね」
「どう言うこと?」

 ビエラだけがよく分かっていない。

「ビエラ。とりあえず私達で先に入りましょう?私達がいるとネイビスは服脱ぐことができないから」
「なんで服脱げないの?」
「それは裸を見られたくないからよ。私達もこのタオルを体に巻いて入るわよ」

 それを聞いてビエラは言い返す。

「イリスちゃん。私聞いたの。恋人同士はね、裸を見せ合うものだって。そうしたら大人の仲間入りなんだって」
「どこで聞いたのよ?」
「ビエラそれどこで聞いた?」

 ネイビスとイリスは焦って聞き返した。もしかしてビエラが誰かに穢されたのではないかと不安になったのだ。

「あのおばあちゃんに聞いたの。それでね、結婚しても子ども出来ないんだって。そのね。裸で抱き合ったり、裸で一緒に寝れば子どもができるんだよ!」

 それを聞いてネイビスとイリスの二人はそっと胸を撫で下ろした。まだビエラはアレを知らないらしい。

「そうよ、ビエラ。裸で抱き合ったり、一緒に寝れば子どもができるわ。そうしたら大人の階段を乗れるのよ」
「でもな、ビエラ。俺達は冒険者で魔王討伐が目的だ。子どもはまだ早いんだ」
「そっか!だからネイビス君は裸にならなかったんだね。もし万が一裸同士で抱き合ったら子どもができちゃうから!」
「そうよビエラ、だから私達もタオルで体を隠すのよ」
「なんだ。そう言うことかぁ」

 ようやくビエラは腑に落ちたらしく、自身の体にタオルを巻いてイリスとともに温泉へと向かった。

「よかった。まだビエラがビエラのままで」

 脱衣所に一人残されたネイビスはそう独り言ちるのだった。
 二人に少し遅れて腰に白いタオルを巻いたネイビスが温泉へと入る。

「ネイビス。この温泉気持ちいいわよ」
「うんうん」

 ネイビスは並んで湯に浸かっているイリスとビエラの向かいに浸かった。二人はタオル越しにそのスタイル抜群の体の線が浮き立ち扇情的だった。ネイビスはあまり二人を見ないようにするが本能から視線が二人の胸元に向いてしまう。

「ネイビス。そんなに気になるなら見せてあげるわよ」
「イリスちゃん。何の話?」
「胸の話よ。さっきからスケベなネイビスがチラチラと私達の胸を見てるでしょ?」
「だ、ダメだよ!子どもが出来ちゃうかもしれないんだよ?」
「そうだったわね。やっぱりビエラは可愛いわね」
「そうだな。ビエラは可愛いな」
「そうかなぁ?えへへ」

 この純粋な笑顔を守りたいと切に願うネイビスとイリスであった。

閑話 湯煙殺人事件!?

『湯煙の宿』の温泉にて血を流して倒れている裸体の男性が見つかった。被害者の頭の下には血溜まりができていて、その側にはダイイングメッセージが残されていた。

 なぜこうなったか、事の発端は老婆によって誤った性知識を得たビエラによる提案だった。

「ねぇ……二人とも。やっぱり裸にならない?」
「どうして?ビエラ」
「私達が恋人同士だからかな?」
「うーん」

 ネイビスは迷っていた。このまっさらなビエラに変なものを見せて穢したくはなかったからだった。

「私が脱ぐ分には構わないけど、ネイビスが脱ぐのはちょっとねー」
「なんでネイビス君が脱ぐのはダメなの?」
「それは下品だからよ」
「俺もビエラには見て欲しくないな」

 それを聞いてビエラは頬を膨らませた。

「それならイリスちゃんならいいの?」
「別にそういうわけじゃ!」

 その時ビエラがタオルを脱いで立ち上がり、その生まれたままの姿が月夜のもとに晒された。そしてネイビスのもとへ詰め寄り、その腰に巻いてあるタオルを剥がす。

「ビエラさん?タオル……」
「ダメ!イリスも脱ぐ!」
「分かったわよ」

 あっという間に三人ともスッポンポンになった。ネイビスは視線のやり場に困る。一方のイリスはネイビスの体を特にその下半身を見つめていた。それに気づいたネイビスが足でイチモツを隠す。

「イリスさん。何見てるんですか?」
「あなたこそ大きくしちゃって」
「これは仕方ないだろ」
「二人ともなんの話?」

 月を眺めていたビエラが二人の会話に入ってくる。咄嗟にネイビスが誤魔化す。

「ビエラの胸が大きいって話だ」
「そうかな?ネイビス君は大きいお胸好き?」
「そうだな。大好きだぞ」
「なら、チューしてくれる代わりに好きにしていいよ?」
「いいのか?」
「ちょっとビエラ、何言ってるの?」

 そこでビエラがイリスにコショコショ話をする。

「胸を揉ませとけば大抵の男の子は浮気しなくなるっておばあちゃんが言ってたの。イリスちゃんも一緒に、ね?」
「あの老婆も侮り難いわね。ビエラがそこまで言うならいいわよ」

 二人がネイビスのもとまで近づく。

「ちょっと二人とも?」
「ネイビス。私の胸好きにしなさい」
「私のお胸もネイビス君の好きにしていいよ?」
「お、おう」

 それから控えめに言って至福な時を経て、ネイビスは完全にのぼせて鼻血を出し今に至る。

「ネイビス!いい加減茶番してないで早く鼻血流しちゃいなさい!」
「私、『プチヒール』か『ヒール』かけようか?」

 倒れ伏したまま微動だにしないネイビスを見かねてイリスとビエラが声をかける。

「『プチヒール』!ネイビス君!そろそろ貸切終わりだよ」
「ビエラ。ふざけてるネイビスなんて無視して部屋に戻るわよ」
「ええ、でも……」
「いいから!」

 イリスとビエラは去っていった。残された血と裸体の男。

 ガラガラ。

 暫くして温泉のドアが開く。

「可愛い姉ちゃんいねぇかなー?」

 入ってきたのは一人のおじさんだった。

「っておい!お前大丈夫か!」

 おじさんは倒れ伏して血を流す男の近くに膝をつく。

「ダメだ、死んでやがる……。これは?」

 男は裸体の男の右手の人差し指が文字を書いていたのに気づく。そこにはこう書かれていた。

『二人とも可愛すぎかよ』

 おじさんは大慌てで宿の人を呼びに行き、老婆とおじさんが温泉に駆けつけた頃には裸体の男も血もなかった。

 これは後に『湯煙の宿』の七不思議の一つとなったのだった。

30大雪山と成長する双丘

 ネイビス達は凍えるほど寒い気温の中大雪山を登っていた。

「そろそろ寒さが厳しくなって来たわね」
「そうだな。だが、隠しエリアは洞窟だから多分少しだけ温かいと思うぞ」

 目指すは頂上。そこから目印になる大岩を探してその近くにある隠しエリアを見つけるという算段だった。
 三人がいくらRES値が高いとは言え流石に耐え難くなって来た。足は冷たく凍てつき、冷気に体力も奪われる。三人が頂上に着く頃には三人ともへとへとになっていた。

「直ぐに隠しエリアに行きましょう。ここは寒いし風は強いしでいいことないわ」
「そうだね。早く行こうネイビス君!」
「ちょっと待て二人とも。この景色を見てなにも思わないのか?」

 眼下には白銀の世界が広がっていた。氷河によって巨大なカールやホルンが形成されていて荘厳な景色を成していた。ネイビスはこの景色に感動していた。だがイリスとビエラは何も思わない。

「ただ寒い。それだけ」
「うんうん」
「そ、そうか……。なら行くか。あの大岩に向かうぞ。滑落注意な」

 三人は慎重に大雪山を降りて行きなんとか隠しエリアの洞窟へと辿り着いた。大岩の影に人一人分通れる穴が空いていてその穴が洞窟に繋がっていたのだ。

「暖かいね!」
「そうね。ここなら凍える心配はなさそうね」
「テント建てるぞ。今日はここに泊まるからな」

 テントを設営して三人は中に寝そべり、登山の疲れを癒す。

「俺足が痛いから『ヒール』頼む」
「ビエラ。私にもかけて」
「分かったよ。『ヒール』『ヒール』」

 ビエラが僧侶の第一スキル『ヒール』を二人にかけると温かい光が二人を包んで痛みと疲労を消す。

「ありがとうビエラ。ビエラは平気なの?」
「そうだね。私も自分にかけようかな。『ヒール』」

 三人が洞窟についたのは夕方だったため今日は隠しエリアの攻略はせずにテントで休むことにした。三人はフューズの町で買ったパンや干し肉を食べていく。その時唐突にビエラが言い出した。

「ねぇ。ネイビス君。いつか私たちのお家買おうね」
「ああ。そうだな」
「私料理得意なんだ。だからネイビス君に手料理作ってあげたい」
「そうよ。ビエラの料理は格別よ!特にビエラの作るリゾットは店に出せるレベルなんだから」
「そうかなぁ?えへへ」
「それは是非食べてみたいな」

 明日のために三人は早めに寝ることにした。日課の夜のキスをして、ダンジョン周回で住み慣れたテントで三人はネイビスを真ん中にして眠る。いい加減ネイビスもいくら二人の胸が体に当たっても動じなくなっていた。
 そんなネイビスは最近ある事が気になっていた。それはビエラの胸がここ三ヶ月で成長を続けている事だった。昨日温泉で久しぶりに二人の裸を見た時にもビエラの胸だけが著しく大きくなっていると感じていた。
 最初に一緒に添い寝した時はイリスと同じくらいだった気がする。二人ともCかDかなとネイビスは思っていたが、今のビエラは確実にEカップはある。もしかしたらその上かもしれない。
 ネイビスは暗いテントの中二人を起こさぬように二人の胸の大きさを確かめる。これがネイビスの二人には内緒な夜の日課になっていた。この日課のせいでネイビスは寝坊する事が多かったりする。

「絶対に大きくなってるよなぁ」

 ビエラの胸をそっと揉みながらネイビスは呟く。

「何が大きくなってるの?」
「ビエラ!起きてたのか」
「うん。ネイビス君が私のお胸触ってたからだよ?」
「すまない」

 そう謝ってネイビスは両手をビエラの双丘から離した。

「ネイビス君ほんと私のお胸好きだよね。私聞いたんだ。男の人は女の子のお胸が大好きなんだって」
「それもあの老婆から聞いたのか?」
「うん。ネイビス君は私の恋人だから特別に私のお胸好きにしていいんだからね」



 翌朝、ネイビスとビエラは少し寝不足だった。

「ビエラ『キュア』かけてくれ」
「うん。『キュア』!私も自分にかけようかな。『キュア』!」

『キュア』は睡眠不足にも効く。『ヒール』が傷や骨折などの外傷に効くなら『キュア』は風邪などの病気や体調不良、毒などに効くのだ。

「あなた達大丈夫なの?」
「ああ。昨夜なかなか寝る事ができなくてな」
「私もそうだったの」
「そうなの。二人でイチャついてたんじゃないわよね?」

 図星だった。ネイビスは平然を装い返答する。

「いや、ただ寝れなかっただけだ。な?ビエラ」

 確かめるようにネイビスがビエラに訊いた。だがビエラは首を縦に振らなかった。

「イリスちゃん。ごめんなさい。実は昨日の夜二人でエッチな事してたの」
「エッチって何してたのよ」
「それは……」
「すまんイリス。俺がビエラの胸を揉んだんだ」

 ネイビスはイリスに近づき耳元で小声で付け加える。

「だが昨日部屋で二人きりの時にお前としたようなことはしてない」
「そうなの。ならいいわ。くれぐれもビエラを穢しちゃダメよ」
「ああ、それはわかってる」
「もし我慢できなくなった時は私に言いなさいよ?またしてあげるから」
「二人で何話してるの?」

 ビエラに聞こえないように小声で話し合うネイビスとイリスにビエラが首を傾げて訊く。

「いや、ビエラが可愛いって話だよ」
「そうね。それとビエラのリゾットが楽しみって話ね」
「えへへ。二人とも褒めるの上手いねぇ」

 ビエラは両手を両頬に添えて微笑んでいる。それを見てネイビスとイリスも微笑む。

「さて!そろそろ行きますか!」
「そうね」
「うん」

 ネイビスの言葉に二人が頷いた。三人は隠しエリアである洞窟の奥へと歩いていくのだった。

31 隠しエリアin大雪山

「この隠しエリアには巨大な白いゴリラが出てくる。名前はフロストコングだ」
「へー。聞いたことないわね」
「私も聞いたことないよ」

 ネイビスが敵の情報を二人に共有しながら三人は洞窟を歩んでいく。すると直ぐに接敵した。出て来たのは人間の二倍はある巨躯を持った真っ白のゴリラのような何かだった。ネイビスとビエラが牽制に遠距離魔法をフロストコングへ放つ。

「『プチマジックミサイル』!『マジックアロー』!」
「『プチホーリー』!

 三発の魔法を受けたフロストコングは怯む。その隙を逃すことなくイリスが雷鳴剣で切り込む。

「『三連切り』!」

『三連切り』は剣士レベル25で覚える第二スキルだ。文字通り高速の三連続の剣撃を繰り出す。その全てがフロストコングの頭に当たり致命傷を与えた。

「『プチマジックミサイル』『マジックアロー』」

 ネイビスがトドメの二発の魔法を放ち、フロストコングを絶命させる。

「あ、レベル上がったわ」
「私も!レベル上がった」
「俺も上がったぞ」
「もしかして、経験値多い?」

 ビエラの質問に対してネイビスは首肯した。

「ああ。ここに出てくる魔物は全部ミスリルスライム並に得られる経験値が多い」
「やったー!てことはレベルいっぱい上がるね!」

 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶビエラをネイビスとイリスは微笑ましそうに見つめる。

「この洞窟は長い一本道だから、どんどん先に進むぞ」
「「おー!」」

 ネイビスの掛け声に二人は合わせて声を上げる。その後もフロストコングを倒しながら三人は洞窟の中を進んでいった。MVPはイリスだった。やはり雷鳴剣の強さは伊達ではなく、イリスは敵をバッタバッタとなぎ倒して行った。
 この隠しエリアの推奨レベルは70であり、一度レベルマックスを経て転職している三人の敵ではなかった。
 かなり進んだところでネイビスが声をかける。

「そろそろ休憩だ。MPが回復するまで待つぞ」
「いよいよボス戦?」
「ああ。名前はフリーズコングだ。こいつはある魔法を使ってくる」
「ある魔法?」

 ビエラが首を傾げて尋ねるとネイビスは説明を始めた。

「大蒼魔導士がレベル99で覚える魔法スキルに『フリーズ』って物がある」
「まさかそれを?」

 イリスの問いにネイビスは「いや」と首を振った。

「その下位互換スキル『プチフリーズ』を使ってくる。効果は全方位の蒼魔法攻撃だ」
「全方位は厄介だね」
「そうね」
「俺が『マジックウォール』で防御壁を作るからみんなそこに退避な」
「うん!分かった」

 それから三人はMPが完全に回復するのを待ちながら、昼食を食べた。

「そろそろ行くか」

 ネイビスを先頭にして三人は洞窟の最奥まで歩み進める。そこには一匹の巨大なフリーズコングとその後方に青白く輝く宝箱があった。先ずはビエラが『プチリジェネ』を三人にかける。

「『プチリジェネ』×3」
「ありがとうビエラ。次は俺とビエラで牽制!『プチマジックミサイル』!」
「分かった!『プチホーリー』!」

 ゲーム『ランダム勇者』と違うところの一つに敵の行動パターンが幅広くなっていることが挙げられる。それは脅威になる一方で、例えば敵の顔に魔法を当てると一時的に視界を奪うことができたりする。
 これはネイビスが魔法使い見習いになってから気づいたゲームとの違いだった。
 ネイビスとビエラから放たれた二つの魔法はフリーズコングの頭に直撃して、フリーズコングの視界が奪われる。
 フリーズコングは体を大きく揺す振り暴れたが、視界を奪われた敵などイリスにとっては格好の獲物だった。

「『一刀両断』!」

 剣士の第一スキル『一刀両断』がフリーズコングの首に刺さる。切断こそできなかったが、鮮血が飛び散りフリーズコングの真っ白な毛を赤く染めた。

「グモォォォォ!」

 その時フリーズコングが胸を叩いて威嚇をした。ネイビスはゲームにはなかったフリーズコングの動作に一瞬動揺するが直ぐに警戒を始める。

「みんな退避!」

 三人がフリーズコングから距離を取り始めた時、フリーズコングの体が冷気に包まれた。

「『プチフリーズ』が来るぞ!みんな!俺の元に集まれ!『マジックウォール』!」

 次の瞬間フリーズコングの半径3メートルが吹雪くような白銀の世界に包まれた。洞窟全体が凍てつき始める。ネイビスが作った魔法でできた防壁の後ろで三人は耐えるがかなりのダメージを受けてしまう。

「くっ!なかなか厳しいな」

 凍てつく寒さに耐える三人。手足は凍っていき、その感覚がどんどん失われていく。『プチリジェネ』の効果が無かったらと思うとネイビスはその身を恐怖で震わした。

「ビエラ!先に『キュア』を頼む!」

 三人は凍傷になっていた。これは寒さによる異常状態として扱われる。『ランダム勇者』では、朱魔法を食らうとスリップダメージの効果のある炎症、蒼魔法を食らうと移動速度低下の効果のある凍傷、翠魔法を食らうと防御力低下の風障にそれぞれなる。
 これは敵も同じで、中には抵抗する魔物もいるが、大抵はこの法則が成り立つ。
 しかしこれが現実となったこの世界ではなかなかに厄介な仕様だった。

「『キュア』×3!『ヒール』×3」

 ビエラがネイビスとイリスに『キュア』と『ヒール』をどんどんかけていき、三人の手足の感覚が元に戻っていく。

「ありがとうビエラ!」
「ビエラ、サンキュー」

 吹雪が収まるのを見て再びネイビスは魔法を打ち込む。

「『プチマジックミサイル』『マジックアロー』!」

『プチマジックミサイル』はフリーズコングの頭に、『マジックアロー』はフリーズコングの右腕に当たった。

「『プチホーリー』!」

 続けてビエラが唱えた『プチホーリー』が吸い込まれるようにフリーズコングの頭に当たる。

「グォー!」

 フリーズコングは合計で3発の魔法を受けて後ろに倒れこむ。

「畳み掛けるぞ!イリス!」
「りょーかい!」

 イリスとネイビスが倒れたフリーズコングの頭の元へ行き、二人はあるスキルを発動させる。

「『剣士見習いの本気』!」
「『ノービスの本気』!」

 ネイビスの体が虹色のオーラに包まれ、イリスの体が朱いオーラに包まれた。イリスはMP100を代償にしてSTRが一分間二倍になるスキル『剣士見習いの本気』を、ネイビスはMP300を代償にして一分間全ステータスが二倍になる『ノービスの本気』を使って、ラストスパートを畳み掛ける。

「『スラッシュ』!『三連切り』!『一刀両断』!『二連切り』!」
「ヤッ!ハッ!ヘイッ!」

 イリスの雷鳴剣とネイビスの毒牙による攻撃はフリーズコングをオーバーキルした。

「やった?」
「そうみたいだな」

 動かなくなったフリーズコングを見て確かめるように訊くイリスにネイビスは頷いて応える。そこにビエラが駆けつけた。

「二人とも最後カッコよかったよ!」
「ありがとう。ビエラこそ『キュア』と『ヒール』ありがとな」
「うん!」
「私からもありがとう、ビエラ」
「えへへ」

 ビエラの微笑みを見て、戦闘で昂っていた心が落ち着いていくのをネイビスは感じていた。

「それじゃあ宝箱開けますか!」
「いよいよね」
「何が入ってるのかなぁ?」

 三人はボス部屋の奥に鎮座する宝箱へと視線を向けて、期待に胸を躍らせるのだった。 



32蒼天の指輪

「うわー!綺麗な指輪!」

 宝箱には海のように深い青色の指輪が入っていた。それを三人でマジマジと眺める。

「この指輪の名前は蒼天の指輪。効果はなんだと思う?」

 ネイビスが二人に訊くと二人とも手を挙げて答えた。

「私のゴールドバングルがHPプラス150だから、MPプラス150とか?」
「私はINTプラス50とかかな?」
「二人とも不正解。ちょっと惜しいな。正解はMPプラス75とINTプラス25。あともう一つ効果があるんだ」
「えー!もう一つあるの?うーん。蒼魔法耐性とか?」
「凍傷無効かしら?」
「ううん。その二つも確かにありそうだが、正解は『プチフリーズ』だ」

 ネイビスの答えに二人は首を傾げる。

「『プチフリーズ』ってどういう効果なの?」
「そのままだ」
「もしかしてネイビス君!『プチフリーズ』が使えるようになるの?」
「大正解だ!正解したビエラにはこの指輪を贈呈しよう」

 ネイビスはビエラの右手人差し指に嵌っている銅の指輪を外して同じところに蒼天の指輪を嵌めようとする。そこでビエラがネイビスに言った。

「ネイビス君!嵌めるのは左手の薬指にして欲しいな」
「いいけどどうしてだ?」
「その……。恋人だから」
「そういうことか。いいぞ」

 ネイビスはビエラの左手の薬指に蒼天の指輪を嵌める。それをイリスが羨ましそうに見ていた。それに気づいたビエラがネイビスの持つ銅の指輪を指差して言う。

「ネイビス君。その銅の指輪、よかったらイリスちゃんの左手の薬指に付けてあげてよ」
「私は別にいいわよ」
「いいからいいから」

 この世界ではアクセサリーは先につけた二つが効果を持つようになっているらしく、今イリスに銅の指輪を付けてもシルバーバングルとゴールドバングルの効果が優先して現れる。

「イリス、手出して」
「分かったわ」

 イリスの左手の薬指にネイビスは銅の指輪を嵌める。

「あなたもその指輪、薬指に嵌めなさいよ」
「ああ。ロコルリングな」
「私が付けてあげるから」

 イリスはロコルリングをネイビスの左手の薬指に付け替える。

「これでみんなお揃いだね」

 ビエラが蒼天の指輪を見ながら嬉しそうにそう言った。

「ねぇ、二人とも!スキルのところに『プチフリーズ』が増えてるよ!」
「どれどれ?」
「ビエラ。ステータス見せて」

 イリスとネイビスは嬉々としてビエラのステータスを覗き込む。

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶Lv.47
 HP:444/444
 MP:183/588+105
 STR:148
 VIT:148
 INT:296+25
 RES:344
 AGI:148
 DEX:148
 LUK:196
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』『プチホーリー』『ヒール』『キュア』『プチフリーズ』
 アクセサリー:『魔晶石のネックレス』『蒼天の指輪』

「本当ね。それに結構レベル上がったわね」
「そうだね!あと少しで第三スキル覚えられるよ!」
「俺気づいたら50行ってた。今はレベル55」
「魔法使いの第三スキルは何なの?」

 今度はネイビスのステータスを三人で覗く。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使いLv.55(経験値二倍)
 HP:798/768+30
 MP:516/936
 STR:256+10
 VIT:256
 INT:468
 RES:412
 AGI:256
 DEX:312
 LUK:256
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』『プチマジックアロー』『プチマジックウォール』『プチマジックウェーブ』『プチマジックミサイル』『マジックアロー』『マジックウォール』『マジックウェーブ』
 アクセサリー:『ミスリルバングル』『ロコルリング』

「覚えたのは『マジックウェーブ』だな」
「確か『プチマジックウェーブ』は範囲攻撃だったわよね。『マジックウェーブ』はその上位互換?」
「そうだ。だがフレンドリーファイアーするみたいだから使い所が限られてくるな」
「ふれんどりーふぁいあー?」

 ネイビスの言葉に聞き覚えがなかったビエラが聞き返した。

「要するに仲間を攻撃してしまうってことだな」
「それは嫌だね」
「イリスのステータスも見せてよ」
「いいわよ」

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士Lv.47
 HP:738/588+150
 MP:274/444
 STR:344
 VIT:296+50
 INT:148
 RES:148
 AGI:196
 DEX:148
 LUK:148
 スキル:『スラッシュ』『二連切り』『蟲斬り』『剣士見習いの本気』『一刀両断』『三連切り』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

「順調にみんな強くなってるな」
「そうね。間違いなく人類最高峰ね。これならオリエンス世界大会で優勝できるかもしれないわね」
「オリエンス世界大会?」

 今度はネイビスが聞きなれない言葉に首を傾げた。

「あなたもしかしてオリエンス世界大会を知らないの?」
「初耳だな。何だそれは?」

 イリスは久しぶりに呆れ顔を作り、淡々と説明を始めた。

「いい?先ずこの大陸は古くからオリエンスって呼ばれているわよね?」
「聞いたことあるな」
「この大陸には大昔三つの国があったの。セネリア。ガルドリア。エルドリア。昔はこの三国で争っていたそうよ。だけどいつしか北大陸に魔王が現れて、それに対抗するように三つの国はオリエンス連合を発足するの。その発足した年にオリエンス世界大会が開催され始めたの。当時は世界から優秀な戦力を集めて魔王軍に対抗することが目的だったけど、ここ最近はエンターテイメント色が強いわ」
「そんなものがあったのか。今はその三国はどうなってるんだっけ?」
「オリエンス王国に統一されたのよ。あなた自分のいる国のことくらいちゃんと知っておきなさい」
「反論の余地もありません」

 ネイビスは己の無知を恥じ、素直に頭を下げた。

「ちなみに補足しておくと、この国の初代国王が第一回オリエンス世界大会の総合部門の優勝者であるアーノルド・オリエンスよ。それから代々何千年もオリエンス家が国王を続けているの」
「今年は確か第1170回目だったよね?」
「1170って。千年も続いてるのか?」
「もっとよ。オリエンス世界大会は四年に一度だけだから約4700年は続いてるわね。とは言っても最初の方の記録は今じゃほとんど残っていないみたいだけど」
「有名なのはやっぱり初代総合優勝したアーノルド・オリエンスだよね。その後も国王になるまでの第4回までは勝ち続けたらしいよ」
「へー。それは凄いな」
「ネイビスも出なよ!ネイビスなら絶対優勝できると思うわ」
「私もそう思う!」
「ありがとな。そう言う二人は出るのか?」

 ネイビスの問いにビエラが苦笑いをした。

「僧侶系の職業は攻撃スキルがないから試合自体がないんだよね。それに私は人と戦うのはちょっと嫌かな」
「私は剣士部門と総合部門に出るわ!子供の頃からの夢だったの!」
「イリスが出るなら俺も出ようかな。部門って全部でいくつあるんだ?」
「剣士部門、斧使い部門、槍使い部門、拳闘士部門、弓使い部門、魔法使い部門、総合部門の七つね」
「それなら俺は魔法使い部門と総合部門に出よっかな」
「ならライバルね。確か四ヶ月後くらいに開催だったはずよ」
「楽しみがまた増えたな」

 オリエンス世界大会なんてものはゲーム『ランダム勇者』にはなかった。まだ知らぬイベントにネイビスは思いを馳せるのだった。


33雨降って地固まる

 ネイビス達は一日かけて大雪山を下山して『湯煙の宿』に来ていた。

「あんだら無事だっだのかい。良がっだ。心配しだんだよ」

 ネイビス達がドアを開けて中に入ると受付の老婆がそう声をかけた。

「心配かけてごめんなさい」

 ネイビスが代表して謝ると老婆は手をひらひらさせて応えた。

「良いんだよ。無事帰って来だんだからねぇ。特別に今夜は無料で泊めちゃる」
「良いんですか?」

 ビエラの問いに老婆は「ああ」と頷いた。三人は部屋の鍵を受け取って部屋へと向かう。そのまま三人は服を着替えることも忘れて倒れるようにベッドに横になって寝た。『ヒール』で疲労は回復するものの、三人とも精神的に相当疲れが溜まっていたのだ。
 翌朝三人は早く寝た分早起きして、温泉を貸切にして朝風呂に入っていた。

「やっぱり温泉は最高ね」
「生き返るなぁ」
「うんうん」

 湯煙の宿の露天風呂からは大雪山を一望できる。壮大な大雪山を見ながらイリスが感慨深そうに言う。

「あの山に登ったのよね」
「そうだな」
「ねぇ、ネイビス君。次はどこに行くの?」

 ビエラの問いにネイビスはしばし考えてから答える。

「次はドラゴンズボルケーノの近くの町ロッカだな」
「確か大陸の東端だったわよね」
「そうだ。一回ダンジョン都市イカルを経由してロッカに向かう予定だ」
「またダンジョン攻略するの?」
「せっかくだしそうするか」
「前回攻略したのがEランクダンジョンの『カエル沼』だから、次はDランクダンジョンの『ゴブリンの巣窟』よね?」
「そうだな。ゴブリンはなかなか厄介だぞ」
「私ゴブリン苦手かも」
「まぁ、Dランクダンジョンは今の俺達の敵ではないな」

 その後、ゆったりと朝風呂を満喫した三人は部屋に戻って旅立ちの準備をする。

「この宿とももうお別れか……」
「色々あったよね」
「そうだな。だが、出会いがあれば別れもある。仕方ないさ」
「それもそうね。行きましょうか」
「うん」

 三人は老婆に見送られながら『湯煙の宿』を後にする。

「まだ来るんだよー」
「「「はーい!」」」

 三人は老婆に手を振って応えた。そしてフューズの町へと向かう。
 日暮れごろ三人はフューズの町へと辿り着き、飛空艇発着場に翌朝のイカル行きの便の出発時刻を確認しに行った。

「朝七時か。随分と早いな」
「この発着場の近くの宿に泊まりましょう」
「私もそれが良いと思う」

 三人は発着場の目と鼻の先にある宿屋に泊まった。いつものようにベッドを一つに繋げて三人で寝転がっているとビエラが二人に尋ねた。

「ねぇ、ネイビス君とイリスちゃん。正直に話して欲しいんだけどね。私に何か隠してることあるでしょ?」

 ビエラの問いにイリスとネイビスは大雪山に登る前日に部屋で二人きりの時にしたことを思い出していた。

「い、いや。何もないぞ?」
「そ、そうよ。何もないわよ」
「嘘!今だって言葉つっかえてたもん!」

 ビエラは頬を膨らませて怒る。

「確かに隠し事はあるが、それはビエラには話せない」
「なんでよ!イリスちゃんは?」
「私もビエラには話したくはないわね」

 二人の言葉を聞くとビエラはしばらく黙りこくって、しくしくと泣き始めた。

「なんで?どうして私だけ仲間外れにするの?」
「ビエラ、泣かないで」
「二人が泣かせてるんだからね!」

 否定できないネイビスとイリスは目配せをして頷きあった。

「分かったビエラ。全部話すから」
「ビエラ。今まで隠しててごめんなさい。全部話すから」
「教えてくれるの?」
「ああ」

 それからネイビスとイリスはビエラにアレやソレやナニの存在を教えていった。そして既にイリスとネイビスがソレやナニをビエラに内緒でしていた事も話した。

「じゃあ、私もしたい。イリスちゃんがしたのと同じことネイビス君としたい!」

 そう言ってビエラはネイビスに抱きついたまま離れようとしない。

「参ったなー」
「ビエラがするなら私もするわ」
「イリスもかよ」

 表向きはそっけない態度のネイビスだが、本心では「イエス!」と喜んでいた。

「子供ができちゃうようなことはなしだぞ」
「分かってるよ」
「当たり前でしょ」

 その後三人は長く熱い夜を過ごした。
 行為が終わった後、三人は寝静まった夜の暗闇の中で話していた。

「ねぇ、二人とも。これからはさ。この三人の中で隠し事は無しにしない?」
「ああ。分かった」
「いいわ。私達はもう家族みたいなものだしね」

 ビエラの提案にネイビスとイリスが同意した。それを確認するとビエラはイリスに向かって話し始める。

「ならこの話もしないとね。イリスちゃん。前にハルオンの町でイリスちゃんが馬車に酔って早く寝たときね、実はネイビス君と二人で夜のデートに行ったの。二人でキスをしたり手を繋いで歩いたり、恋人の鐘を鳴らしたりしたの」
「そんなことがあったのね。やっぱり何かあったんじゃないかとは思ってたわ」
「うん。それでね。その時ネイビス君に私達の子どもの頃の夢を話しちゃったの」

 その言葉にイリスが赤面して聞き返す。

「子どもの頃の夢ってもしかしてあの話したの?」
「うん。御伽噺の勇者みたいな男の人と三人で結婚して世界を旅するって話」
「あーあ!恥ずかし!」

 イリスは恥ずかしさを誤魔化すため手をバタバタさせて扇いでいる。

「私思ったの。ネイビス君ってその御伽噺の勇者みたいだなって」
「そうか?」
「そうだよ!イリスちゃんもそう思うよね?」
「確かにネイビスは御伽噺の勇者みたいだと思うわ。色んなこと知ってるし、単純には測れないような強さも持ってるし……」
「それは、ありがとう」

 そこでビエラが手をパンと叩いた。ネイビスとイリスがビエラを注視するとビエラが宣言を始めた。

「とにかく!私達三人の中で隠し事は無し!ネイビス君は私達二人を同じだけ愛して、エッチも三人でする!抜け駆けは無し!これでいい?」
「異論はないぞ」
「分かったわ」
「決まりだね!」

 その後三人は寝る前の長めのキスをしてから、ネイビスを真ん中にして抱き合ってベッドに横になった。ネイビスは両脇にイリスとビエラを抱えながら思う。これからは二人を平等に愛していこうと。ネイビスは寝ている二人の額に軽くキスをしてから眠りにつくのだった。


34ゴブリンの巣窟

 翌朝、ネイビス達三人は寝不足だった。宿の人に朝の六時に起こしてもらうように言っていたので何とか起きることはできたが、三人は起きた後もしばらくはうつらうつらとしていた。

「ビエラ。『キュア』頼む」
「私にも『キュア』ちょうだい」
「分かったよ。『キュア』×3」

 ビエラの『キュア』で三人は寝不足を回復させる。

「ありがとうな。それじゃあ発着場に行きますか!」

 三人は七時発のイカル行きの飛空艇に乗り、午後五時くらいにイカルに着いた。発着場にて明日のロッカ行きの飛空艇の時刻を調べる。

「朝の九時だな」
「なら、近場の宿屋に泊まりましょう。それより、早くDランクダンジョン『ゴブリンの巣窟』に行くわよ!」
「うん!」
「ちょっと待て。その前に行くところがある」

 早速ダンジョン攻略しに行こうとしていたイリスとビエラを制止してネイビスは言う。

「冒険者ギルドに寄るぞ。マギカードの更新とダンジョン発見の件についてだ」
「そう言えばそんなものもあったわね。なら早く行きましょう」

 飛空艇発着場から冒険者ギルドは近い。三人は直ぐに冒険者ギルドに着き、マギカードを自動で更新してくれる装置でマギカードを更新する。ちなみに三人が転職していることがバレなかったのはこの装置のおかげである。

『カランカラン!新しくAランク冒険者が誕生しました!』

 ネイビスがマギカードを更新した時装置から鐘の音とアナウンスが流れた。

「そう言えばAランク以上になるとこんな仕掛けがあったわね」

 三人はジエンの町でマギカードを更新した時のことを思い出していた。あの時はネイビスがSランク、ビエラとイリスがAランクになったのだ。
 Aランク冒険者とSランク冒険者はそれ以下の冒険者と一線を画す。というのも、彼らにはオリエンス世界大会の出場資格があり箔がつくのだ。加えて第三スキルの有無も大きい。それ故にAランク及びSランク冒険者は崇め讃えられる存在なのだ。
 あの時は三人のAランク以上の冒険者の誕生によりギルド内が大騒ぎになって、ネイビス達は逃げるようにその場から去ったのを覚えている。
 今回も案の定、ギルド内がざわつき始めた。

「おい、Aランクだってよ」
「見に行くか?」

 このような会話がギルドに併設された酒場から聞こえてくる。三人はそれらの声を無視してそそくさと受付に行った。

「あのー。この証書を見せればいいと言われまして」
「かしこまりました。確認します」

 受付の女性が証書を受け取って確認すると自身のギルド職員カードを操作し始めた。

「確認しました。まだダンジョンの方は調査の最中ですので情報提供料は出せませんが、後日国王に謁見していただくことが決まりました。日時は十日後の朝十一時ですのでお忘れなきようにとのことです」
「十日後ってことは六月の二十一日であってますか?」
「はい。前日までに王都の冒険者ギルドに行って諸々の確認をお願いします。恐らくですがその時に情報提供料が支払われると思います」
「分かりました」

 後八日で残りの二つのアクセサリーを集めなくてはならないなとネイビスは少し焦るが、まぁ行けるだろうと思っていた。

「以上で話は終わりになりますが、何かご質問はございますか?」
「いえ。特にないです」
「それではまたのお越しを」

 その後三人は集まる視線をかいくぐり、逃げるように冒険者ギルドから出てDランクダンジョン『ゴブリンの巣窟』へと向かった。
 ダンジョンの入り口で受付を済ませて三人はダンジョンの中へと入る。

「ゴブリンは一体一体は弱いが、数で攻めてくる。だから、今回は俺の『マジックウェーブ』とビエラの『プチフリーズ』で攻めるぞ。イリスはビエラを敵から守ってくれ」
「分かった!」
「りょーかい!」

 三人は作戦会議を終えると一階層の攻略を始めた。
 結論から言ってゴブリンは弱かった。INTが468のネイビスの放つ範囲魔法『マジックウェーブ』で一掃できてしまったのだ。
 一階層から三階層まではゴブリンが、四階層と五階層ではホブゴブリンが、六階層と七階層ではゴブリンメイジが、八階層と九階層ではゴブリンジェネラルが出てきたが、出てきた瞬間にネイビスが『マジックウェーブ』を唱えてまとめて瞬殺してしまう。そのせいでビエラとイリスは退屈していた。

「せめてボスは私とビエラにやらせてちょうだい」
「うんうん!」
「分かったよ」

 ネイビスはゴブリンを魔法で一掃するのに快感を覚えていたが、仕方なくボスだけは二人に譲ることにした。

「ゴブリンキングだったわよね」
「ああ。そうだぞ。二人なら余裕だな」
「私『プチフリーズ』使ってみたい!」
「いいぞ。ただ『プチフリーズ』は全方位攻撃だから使い方注意な」
「分かってるよ」

 三人は十階層に続くゲートを潜った。三人の目の前にはゴブリンキングとその近くに五体のゴブリンがいた。

「『プチフリーズ』いくよ?」
「オッケー。『マジックウォール』×2。イリスこっち来い」

 ネイビスが自分とビエラの間にマジックウォールを二枚張る。フリーズコングと戦った時一枚だけだとダメージを食らったからだ。イリスはその後ろに駆け込んだ。二人はゴブリン達に近づいていくビエラを見守る。

「『プチフリーズ』!」

 ビエラがそう唱えると冷気がビエラの体を包み込み、円状に放たれる。辺りは吹雪いて気温が一気に下がる。ゴブリンキングやゴブリンはだんだんと凍っていき、そのまま凍りついてしまった。

「凄いな。こりゃオーバーキルだ」
「もしかして私の出番無し?」

 ネイビスが感嘆の言葉を漏らし、イリスが出番を奪われたことを悔しがる。

「ふぅー。涼しかったよ」

 吹雪が止んで、その中からビエラがテクテクと歩いて出てきた。

「『プチフリーズ』凄いね」
「ああ。カッコよかったぞ」
「蒼魔導士も顔負けね」

 ネイビスとイリスに称賛の声をかけられてビエラははにかんで笑った。

「えへへ。でも、凄いのはこの指輪だよー!」
「それもそうね」
「確かにな」

 三人は蒼天の指輪の優秀さを改めて実感するのだった。



35隠しエリアinドラゴンズボルケーノ

 三人は飛空艇に乗り大陸東端の町ロッカに来ていた。今は宿屋に泊まることなくドラゴンズボルケーノを目指して歩いている。辺りは草木の生えていない殺風景な岩場が続いていた。

「隠しエリアってあのドラゴンズボルケーノにあるのよね?」

 イリスが前方のドラゴンズボルケーノを指差してネイビスに訊いた。

「ああ、そうだな」
「ドラゴンかぁ。倒せるかなぁ?」

 心配性のビエラはこれから登るドラゴンのいる活火山、ドラゴンズボルケーノを見て怖気付いていた。

「大丈夫、大丈夫。いるのはレッサードラゴンだけだから」
「それでもドラゴンには変わりないよ?」
「そう言われたら否定できないな」
「平気よビエラ。私が守ってあげるから」

 イリスが雷鳴剣を構えてビエラを安心させようとする。

「それに、隠しエリアにいる魔物の方がレッサードラゴンよりも強いからな」
「え?ドラゴンよりも強いの?」
「というか、フロストコングの方がレッサードラゴンよりもはるかに強いからな?」
「えー!そうだったの!」
「ああ。ただドラゴンは空を飛ぶのが厄介だな」
「そうね。剣士の私の出番は無さそうね」
「それなら任せて!私が『プチホーリー』で撃墜するから!」
「それは頼りになるな」

 話しながら歩いていると日が暮れた頃に三人はドラゴンズボルケーノの麓までたどり着いた。

「今日はここでテントだな」
「そうね」

 掲示板情報によれば麓はギリギリドラゴンの縄張りに入っていないそうだ。三人はいつものようにテントを用意して早めに寝ることにした。
 翌朝、三人はいよいよドラゴンズボルケーノを登り始める。ゴツゴツした岩肌を登っていく彼らの上空には何匹かのレッサードラゴンが飛び回っていた。

「襲ってこないね」

 上空を旋回するレッサードラゴンを見ながらビエラが呟いた。

「そうだな。もしかしたら俺らの実力を分かってるのかもな」
「なんだか味気ないわね」

 レッサードラゴンは明らかに縄張りに侵入してきた三人に対して警戒していたが、彼らが隠しエリアのある火口に着くまで襲ってはこなかった。三人は火口の縁に立って溶岩が煮えたぎっている火口を見下ろした。

「流石に暑いわね」
「そうだね。もう汗びしょびしょだよ」
「今からさらに暑くなるぞ」

 三人は火口の内側にできた人一人がギリギリ通れるくらいの小道を通ってさらに溶岩に近づいていく。

「ここから先が隠しエリアだ」

 三人は螺旋階段のように火口の内側を下に行く道を下って溶岩スレスレの岩場にたどり着いた。目と鼻の先にある溶岩から熱気が押し寄せてくるその場所には大きな横穴が空いていた。

「また洞窟?」
「そうだぞ。ちなみに残りの一つの隠しエリアも洞窟だぞー」
「錬金術師さん、洞窟好きだったのかな?」
「それくらいしか隠し場所が無かったんだろ」

 三人は横穴を進んでいく。溶岩が道に沿って横を流れているので洞窟内は明るかった。少し歩いたところでビエラがネイビスに訊く。

「ここは何が出るの?」
「そう言えばまだ言ってなかったな。ファイアボムって言う宙に浮く火の塊のような奴だぞ」
「そうなの。なんか蒼魔法が効きそうね」
「その通りだぞイリス。この隠しエリアはビエラの『プチフリーズ』でゴリ押ししていく。ビエラのMPが100を切ったら、今度は俺が蒼天の指輪を付けて『プチフリーズ』だな」
「りょーかい」

 その時二体のファイアボムが溶岩の中から出てきて、三人の前に姿を現した。二体のファイアボムは小さな火の玉を飛ばしてくる。

「『マジックウォール』!ビエラ、行け!」
「分かった。『プチフリーズ』!」

 二体のファイアボムの放った無数の火の玉は『マジックウォール』に吸い込まれて消えた。火の玉が来なくなるのを確認するとビエラが前に出て『プチフリーズ』を唱えた。その途端洞窟内の温度が一転する。ファイアボムはみるみるうちに小さくなって弱まっていき、火の魔石になって消えた。ビエラは魔石の元へと向かって二つとも拾い上げてジロジロと見つめている。

「私魔石初めて見るかも」
「そうだな。ツノウサギとか羊とか狼とか、いつも丸ごと納品してたもんな」

 魔物の体内には魔石が必ずある。魔石の大きさがその魔物の強さに比例していて、ファイアボムの魔石は拳くらいの大きさだった。火の魔石で等級はBランク。これはBランクダンジョンに出てくる魔物が持っている魔石に相当している。
 ゲームでは例えばツノウサギを倒すと『ツノウサギの角』『ツノウサギの毛皮』『ツノウサギの肉』『無の魔石F』のうち0から4個のランダムの個数でランダムのアイテムをゲットできる仕組みだった。そこにLUKが関わっていたのだが、どうやらこの世界では全てもれなくゲットできてしまうようだった。
 もはやLUK先輩は日常的な運の良さ程度にしか意味をなしていなかったりする。
 イリスが魔石をインベントリに仕舞って三人は先に進んだ。ちなみに今イリスのインベントリには大量のトカゲの尻尾と数百匹のトリゲーターと数十匹の大ガエルと数十体のフロストコングとフリーズコング一体と数十体のゴブリンが眠っていたりする。
 その後も二、三体で出てくるファイアボムを『プチフリーズ』で火の魔石Bに変えながら三人は洞窟の奥へと進んでいく。火の魔石Bが30個ほど貯まった時三人はイリスとビエラのレベルが50になっていることに気づく。イリスとビエラはそれぞれ第三スキルを覚えていた。

「私『リジェネ』覚えたよ!」
「私は『魔獣斬り』を覚えたわ」
「それはいいな。このままどんどんいくぞ!」

 その後も十体ほどのファイアボムを倒して三人は大きな空間に出る。入り口以外四方八方を溶岩に囲まれた陸地があり、そこには一体の火を纏った巨大なキメラが鎮座していた。


36朱雀の指輪

 ネイビス達はボス戦を前にしてMP回復兼作戦会議をしていた。

「敵の名前はメテオキメラだ。もうわかるとは思うが『プチメテオ』を使ってくる」
「メテオって隕石ってこと?」
「そうだな。空から隕石を降らしてくるぞ」
「でもここ地下だよ?」

 ビエラの問いにネイビスはチッチと人差し指を左右に振った。

「地下でも隕石は降るんだぞ。上空に火球が召喚されてそれが落下してくる。多分俺の『マジックウォール』だと防げないから回避一択だな」
「それは気をつけないとだね」
「基本的に俺とイリスが剣で攻撃して、ビエラは待機だな」
「『プチフリーズ』は使わないの?」
「今回はやめとこう。エリアが狭いから下手にやるとフレンドリーファイアする可能性が出てくる。ビエラは回復要員って事で」
「分かった!」
「強さ的にはフリーズコングと同じくらいなんでしょ?」
「そうだな。初手で俺とイリスが『ノービスの本気』と『剣士見習いの本気』を使って畳み掛けよう。メテオキメラは魔獣に属するからイリスは『魔獣斬り』を連発して欲しい。もし一分間で倒しきれなかったり、途中で敵が『プチメテオ』を使ってきたりしたらビエラの元まで後退して今度は俺とビエラの魔法で遠距離攻撃するって感じでいいか?」
「いいわよ」
「うん!」

 作戦会議が終わり、いざ三人はメテオキメラのいる場所へと続く道を歩き始めた。メテオキメラは近づく三人に気付くも、悠然として地面に座っていた。ただ、その鋭い眼光だけは三人を強く見据えていた。

「いくぞ!『ノービスの本気』!」
「『剣士見習いの本気』!」
「『リジェネ』×3!」

 ビエラは三人に『リジェネ』をかけ、ネイビスとイリスはスキル発動と同時に一気に駆け出してメテオキメラの元へと近づく。メテオキメラは立ち上がって接近する二人を警戒し、ネイビスに向かって炎のブレスを吐いた。ネイビスは『ノービスの本気』で二倍になったAGIを活かしてするりと炎のブレスを避け、毒牙をメテオキメラの右脚へと突き刺した。一方イリスはネイビスの方へと注視して隙だらけのメテオキメラの左半身へとスキルを連発していく。

「『魔獣斬り』!『三連切り』!『魔獣斬り』!」

 メテオキメラはイリスの猛攻を受けて大きく怯み、ネイビスの毒牙によって毒状態になっていて、HPがじわじわと減っていく。メテオキメラは後退ると咆哮をした。

「『プチメテオ』来るぞー!」

 イリスとネイビスの上空に半径一メートルはある火球が生成された。辺りは火の粉に包まれて気温はぐんと上昇していく。ネイビスとイリスは作戦通りビエラの元まで後退する。

「ドカァァァーン!!!」

 ネイビスとイリスが先程までいた場所に火球が落ちて辺りを火の海に変えた。地形はえぐれて、小さなクレーターができていた。もし巻き込まれていたらと思うとネイビスはゾッとした。

「ビエラ行くぞ!『プチマジックミサイル』!『マジックアロー』!」
「『プチホーリー』×3」

 二人から放たれた合計五つの魔法はメテオキメラの頭に当たってその視界を奪った。ネイビスとイリスは再びメテオキメラに接近する。

「『マジックアロー』!『プチマジックミサイル』!」

 ネイビスは駆けながら魔法を放っていく。そしてイリスとネイビスがそれぞれの剣を大きく振りかざしてトドメの一撃を入れる。

「これでトドメだ!」
「『魔獣斬り』!『一刀両断』!」

 イリスの放った『一刀両断』がメテオキメラの首を切り、それが致命傷となってメテオキメラは力尽きた。

「やったわね」
「そうみたいだな」
「二人ともお疲れ様!」

 ビエラがメテオキメラの死体のところまで来て勝利を確認し合う二人にねぎらいの言葉をかけた。

「『プチメテオ』凄かったね」
「ああ。あれだけは食いたくないわね」
「イリスの『スラッシュ』も同じくらい食いたくないけどな」

 ネイビスがそう言うとイリスが雷鳴剣をカチャリと鳴らした。

「一発行っとく?」
「ああ。うそうそ。ごめんなさい」
「ふふふ。それより宝箱はいいの?」
「ああそうだったな。開けに行くか」

 入り口の反対側の陸地の端に青白く輝く宝箱が置いてあった。三人はそこまで歩いていきいっせーので開けた。

「赤い指輪だね」
「まぁ、予想通りと言えば予想通りだけど」
「これはな。朱雀の指輪って言うんだ」
「効果はMPプラス75とINTプラス25と『プチメテオ』で合ってる?」
「正解だビエラ。正解したビエラにはこの朱雀の指輪を贈呈しよう、と言いたいところだが、俺が付けていい?」
「私はいいよ」
「どうしてなの?」

 イリスが理由を尋ねるとネイビスは真剣な眼差しで答えた。

「俺が『プチメテオ』を唱えたいからだ!」
「呆れた。そう言うことね。いいんじゃない?」
「私もいいと思うよ」
「二人ともありがとうー!」

 そう言ってネイビスがイリスとビエラを抱き寄せた。

「ちょっと暑苦しいわよ。ただでさえ暑いのに」
「私は平気だよ?」
「ビエラは優しいな」
「なによ。私が優しくないみたいじゃない!」
「イリスはそこまで優しくないだろ」

 ネイビスがそう言うとビエラが首を振って否定した。

「イリスちゃんは優しいよ!でもネイビス君にだけ素直になれないんだよ!」
「ちょっ、ビエラ」

 イリスの顔がほんの少しだけ赤くなった。それは暑さだけが原因ではないだろう。

「いい加減離れなさいよ。ネイビス、汗臭いわよ」
「それはお互い様だろ」

 ネイビスは観念して二人を離した。そして宝箱から朱雀の指輪を取り出してロコルリングと付け替えた。

「ロコルリングとももうお別れか。コイツは売らずに記念としてインベントリの中にしまっておこう」
「それがいいんじゃない?私もミスリルソードはインベントリに入れてるし。それよりも早く帰りましょう」
「そうだな。帰るか」

 三人は元来た道を戻り、ロッカの町の宿で夜を明かして、翌朝イカル行きの飛空艇に乗ってイカルへと戻るのだった。


37蟻塚ダンジョン

 ロッカを朝に出発した飛空艇は夕方にイカルに着いた。次の目的地である大陸北東の町サイス行きの飛空艇の出発時刻を確認してから三人はCランクダンジョンの『蟻塚』へと足を運んでいた。この時イリスとビエラは52レベル、ネイビスは63レベルになっていた。冒険者ギルドでマギカードを更新すると騒ぎになることは分かっていたので三人は冒険者ギルドには寄らずにダンジョンへと直行したのだ。

「次の方」

 三人がダンジョン入り口の列に並んで数分で三人の番になった。

「マギカードかギルドカードを出してください」

 三人は受付の女性にマギカードを渡す。

「剣士レベル47、僧侶レベル47、魔法使いレベル55ですね。その若さでこのレベルは凄いですね。これなら余裕でしょう。今日はまだダンジョンを攻略していないようなので大丈夫です。では行ってらっしゃい」

 三人が最後にマギカードを更新したのはロッカの町に旅立つ前日だったので、その時のレベルが反映されている。三人は受付の女性に見送られながらダンジョンへと繋がるゲートを潜った。
 ダンジョンの中は薄暗い洞窟だった。

「なんだか最近洞窟ばっかね」

 イリスが不平不満を漏らす。大雪山の隠しエリアといい、Dランクダンジョンの『ゴブリンの巣窟』といい、ドラゴンズボルケーノの隠しエリアといい、ここ最近洞窟が続いていた。

「そうだな。まぁこればかりは仕方ないだろ。それにここは洞窟じゃなくてアリの巣だけどな」
「どっちも同じよ!」
「まぁまぁ」

 ビエラがイリスを宥める。

「だがイリス。敵がアリってことはどう言うことかわかるか?」
「うーん。数が多いとか?」
「違う。お前のスキルにあるだろ」
「ああ!『蟲斬り』ね!」
「そうだ。ここはお前の独壇場だぞ」

 ネイビスの言葉は正しかった。イリスは出てくる巨大アリを次から次へと『蟲斬り』で即死させていった。『蟲斬り』の消費MPは10。イリスのMPは459。HPとMPの自然回復は毎分最大値の3パーセント回復するので、イリスのMPは毎分13回復する。つまり一分待てば一回『蟲斬り』を放つことができた。
 ちなみに回復薬やポーションのない『ランダム勇者』では、宿屋に泊まるかテントを建てて休むかで時間をスキップすることでHPとMPを回復していた。テントが一番便利だが、ゲームの中だとダンジョンや洞窟の中では使えないようになっていたので、その時は仕方なくエリアの隅で待機していたのをネイビスは思い出す。
 一階層から三階層は巨大クロアリが、四階層と五階層は攻撃力に秀でた巨大赤アリが、六階層と七階層は防御力に秀でた巨大青アリが、八階層と九階層は魔法防御力に秀でた巨大緑アリがそれぞれ出てきたが、どれもイリスの『蟲斬り』で一撃だった。

「次がラスボスね」

 三人は十階層へと続くゲートの前で休憩兼作戦会議をしていた。

「女王アリだな」
「イリスちゃんの『蟲斬り』で一瞬だね!」
「待てビエラ。ここは俺にやらせてくれ」
「何かする気?」

 イリスの問いにネイビスは誇張気味に大きく頷いた。

「俺に『プチメテオ』をキメさせてくれ!」
「なんだ。そんなことね。いいわよ別に」
「私『プチメテオ』見てみたい!」

 こうして女王アリはネイビスの『プチメテオ』の犠牲者となることが確定した。

「じゃあ行くか!」
「うん!」

 三人はネイビスを先頭にしてゲートを潜る。ゲートの先には開けた空間があり、そこに女王アリとその周りに各色一匹ずつの計四匹の巨大アリがスタンバイしていた。三人が現れるとギシギシと音を立ててアリ達は警戒しだした。ネイビスはそんなことはお構いなしに『プチメテオ』を発動する。

「『プチメテオ』!」

 ネイビスが『プチメテオ』を唱えると、半径二メートルはある巨大な火球が女王アリの上空に形成され、そして落下した。女王アリを中心にして衝撃波と熱波が辺りを襲う。残されたのは半径四メートル程のクレーターだけだった。

「これヤバすぎないか?」

 ゲーム『ランダム勇者』ではINTによって魔法の威力が増減するが、エフェクトはどれも同じだったし、地形破壊なんてものは起こらなかった。しかし現実となったこの世界では地形破壊は起こるし、魔法の大きさや威力などがもろにINTの影響を受ける。ネイビスの桁外れのINTによって、ただでさえ強力な『プチメテオ』が災害級の威力を持ってしまった。

「確かに凄かったわね」
「うんうん!」
「確かに強いが、敵が塵になるのが惜しいな」
「アイテム回収できないもんね」
「『プチフリーズ』と一緒で使い所が限られてくるな」

 ゲームでは何も気にせずにひたすら強力な魔法を打てたが、現実では地形破壊やフレンドリーファイア、自爆にアイテムロストなど様々な要因が重なってそう簡単には行かない。この事実を改めてネイビスは実感するのだった。


38『ランダム勇者』


 Cランクダンジョン『蟻塚』をクリアした翌日、三人は飛空艇に乗ってイカルからみて北東にある風林山の麓にある町サイスに来ていた。
 風林山はネルト山と同じ山脈に連なる山であり大雪山程ではないがそれなりに大きな山だ。ここ一体は和の文化が栄えているので、木造建築が多くみられる。その中で洋風な飛空艇発着場だけが明らかに浮いていた。

「この町はなんだか不思議な所ね」
「この建物はな、木造建築って言うんだ。この町は林業が盛んらしくて、生活のいたるところに木が使われてるんだ」

 ネイビスが町の木造の建物を指差しながら解説する。

「私、掲示板で和食っていう食べ物があるって聞いたよ」

 ビエラがネイビスの肩をトントンと叩いて言った。それにネイビスは頷いて応える。

「和食と言えば米だよな。あれは美味いぞ!」
「あなた、食べたことあるの?」
「前世でな」
「それ久しぶりに聞いたわね」

 ゲームのこと以外あまり前世のことを覚えていないネイビスであったが、和食というものを食べていたことは薄っすらと覚えていた。
 どうやらネイビスは『ランダム勇者』に関わる知識だけを覚えているようだ。今回はサイスの町に和食があるから和食のことを覚えていた。

「俺も前世の記憶が全てあるわけじゃないんだよな。だから、前世の俺がどこの誰だったかも分からない。だけど、前世で得たこの世界に関わる知識だけ何故か覚えているんだよな」
「どうしてなんだろうね?」

 ネイビスが前世のことを語るとビエラが不思議そうにしている。

「さあな?それより先ずは宿だ」

 三人は風林山に一番近い宿屋『風林の宿』に泊まった。部屋は完全に和室で、イリスとビエラは物珍しそうに眺めている。

「これが畳ね」
「いい匂いだね」

 イリスが床に敷き詰められた畳を撫でながら呟いた。ビエラは畳の香りを嗅いでいる。

「この宿は食事もあるらしいからな。夕飯まではくつろぐぞ」
「まだ結構時間あるわね」
「そうだね」

 イリスとビエラは畳に寝転がるネイビスの方をチラチラと見ていた。それに気づいたネイビスが不思議に思って尋ねる。

「二人ともどうした?」
「まだ夕飯まで時間あるんでしょ?だから……」

 イリスは顔を赤らめて黙りこくってしまった。ビエラがその先を続けるように言った。

「ちょっとだけエッチなことしたいなって」
「お、おう」

 三人は夕飯まで思い思いにイチャイチャした。そして夕食の時間が来て三人は食堂へと場所を移した。

「うわー凄いね」

 机には三人分の夕食が並べられていた。宿屋『風林の宿』は一泊朝晩の食事付きで3000ギルという高めの値段設定なだけはあって、その出す料理はどれも精巧に作られたものだった。

「鮎の塩焼きに、天ぷらに刺身か。こりゃ豪華だな」

 この世界には冷蔵庫という概念はない。何故ならインベントリに物を入れておけば時間凍結されて鮮度が落ちないからだ。それ故に海から離れたサイスの町でも新鮮な刺身を食べることができる。

「刺身って生で魚食べるの?」
「そうだぞ。醤油をかけると堪らないぞ」

 ネイビスの助言を受けてビエラは恐る恐る醤油を刺身にかけて食べる。

「うん!美味しいかも」
「これが白米と合うんだよな」

 ネイビスは醤油に漬けた刺身を白米と一緒に食べる。美味しさのあまり思わずその頬が緩んでしまう。三人は一品も残すことなく夕食を食べ終え、部屋に戻って敷いた布団に横になる。

「お腹いっぱいだわ」
「そうだな。美味いから全部食べちゃうんだよな」
「ネイビスは私達がお腹いっぱいで残した物まで食べてたものね」
「ネイビス君のお腹パンパンだよ!うふふ」

 ビエラが面白がってネイビスの膨れたお腹をさすっている。

「妊娠したら私もこんなふうになるのかな?」
「ビエラ。まだまだ先の話よ?」
「分かってるよ!でも早くその日が来るといいなって」
「そうだな……。そのためにも今はもっと強くならないとな!」

 ネイビスは自身のお腹をさするビエラの頭を撫で返しながら思う。この世界の魔王がどんな奴かは知らないけど、いつか必ずこの手で終わらせようと。そしたら三人で幸せに暮らそうと。
 その後しばらく掲示板で風林山のことをネイビスが調べているとビエラがあるものを発見した。

「ねぇネイビス君。前にイリスちゃんがクラリスの町で雷鳴剣を抜いたでしょ?今そのことに関する掲示板を見てたんだけどね。この『ランダム勇者』って私たちのことじゃないかな?」
「なんだと!?」

 ビエラは【速報!消えた聖剣】というタイトルのスレッドをネイビスに見せる。ネイビスは『ランダム勇者』という名前に驚いてその掲示板のスレッドに食らい付いた。

「どれ?」

 イリスも二人のそばに来てビエラのマギカードに表示される掲示板を覗き込む。

「本当だな。『ランダム勇者』が俺達の通り名か。でも何故ランダム勇者なんだ?」

 ネイビスは『ランダム勇者』というゲームと同じ名前が入っていることに違和感を覚えていた。頭にハテナを浮かべているネイビスにビエラが答える。

「乱数神ランダム様から御神託があったみたいだよ?だからじゃないかな?」
「乱数神ランダムか。そう言えばいたな」

 ネイビスは今世の記憶を思い返していた。子供の頃よく教会で良い職業に就けるように乱数神ランダムにお祈りをしていたのだ。結果はノービスだったが。
 この世界では人の職業は完全にランダムで決まる。ほとんどの人が見習い職以上の職業をいくつか授かり、その中で一番ランクの高い職業に就く。逆に全ての人がなれるのがノービスだった。ノービスとは乱数神ランダム様から一つも職業を授けられなかった者の末路なのだ。

「神様公認ってことね」
「そうなるな」

 ネイビスは通り名が付けられた喜びとともに、一抹の不安を感じていた。乱数神ランダム……。本当に神様なんているのだろうか?もしいるとしたら何故魔王なんて存在を生み出したのか?その夜ネイビスはあれこれ考えてしまってなかなか寝付けなかった。



39 隠しエリアin風林山

 三人は風林山の頂上へと続く登山コースを歩いていた。周囲は竹林で、時々レッサータイガーという魔物が出てきて襲ってくる。レッサータイガーは小柄な虎で、俊敏な動きで襲ってくるが、大抵はネイビスの『プチマジックミサイル』かビエラの『プチホーリー』で迎撃していた。レッサータイガーが運良くその二つの魔法を避けることができても、最期に待っているのはイリスの『魔獣斬り』だった。特攻効果の乗る剣士系の第三スキルの威力はかなり強力だ。
 ちなみにネイビスの『プチマジックミサイル』の威力は全然プチではない。『プチマジックミサイル』が当たったレッサータイガーは爆死する。

「今まで登ってきた山の中で一番優しいわね」
「大雪山は寒かったし、ドラゴンズボルケーノは暑かったもんね」
「だが眺めは微妙だな。林ばっかで景色が全然見えない」

 相変わらず景色を気にするネイビスだった。

「それより隠しエリアの情報教えてよ」
「うんうん!」
「仕方ないな。出てくるのはウィンドタイガーだ。魔法防御力が高くて俊敏性が高い。まぁ、多分イリスの雷鳴剣と『魔獣斬り』があれば余裕だな」
「へー。で、ボスは?」
「ストームタイガーだな」
「てことは『プチストーム』を使ってくるの?」

 ビエラは今まで倒してきたフリーズコング、メテオキメラの名前の共通点からストームタイガーの使ってくる魔法を予想した。ネイビスは笑って「ああ」と頷いた。

「大翠魔導士がレベル99で覚える魔法スキル『ストーム』の下位互換が『プチストーム』だが、今までやってきて分かると思うが、恐らくかなり危険だと思う」
「そんなに?」

 ネイビスの顔が次第に曇り始める。それに気づいたイリスが聞き返した。

「ああ。そもそも魔法を使ってくる魔物自体この世界では危険視されているよな?」
「そうね。最初の頃は属性スライムすら避けてたものね」
「懐かしいね」

 イリスの「属性スライム」という言葉にビエラは昔を懐かしむ。そんなことはお構いなしにネイビスは話を続ける。

「要するに、魔法は使う分にはいいが、使われると厄介だってことだ。見ただろ?メテオキメラの使った『プチメテオ』の威力を。フリーズコングの『プチフリーズ』でさえ『マジックウォール』があってもかなりのダメージを受けたんだ。『プチストーム』も侮れない」

 ネイビスの説明を聞いた二人は首を縦に振った。

「『プチストーム』ってどんな魔法なの?」

 イリスが尋ねるとネイビスはまた語り始める。

「おそらく竜巻を放つ魔法だな。だが厄介なのはその竜巻があちこちを動き回るところだ。『プチフリーズ』は全方位魔法だから単純に敵から遠ざかればいい。『プチメテオ』は落ちてくる火球を避ければいい。だが『プチストーム』の挙動は読めない。それが一番厄介だな」
「じゃあどうするの?」
「ビエラ、いい質問だ。ようは敵に『プチストーム』を使わせなければいい。だからボス戦は短期決着だ。例え敵が『プチストーム』を使おうとしても攻撃し続ける覚悟で行くぞ!」
「「おー!」」

 その後三時間ほど歩いて三人は風林山の頂上へと辿り着く。これから三人が向かう隠しエリアは実はもう既に見つかっていたりする。その名も『虎穴』。その洞窟の中に強力な虎の魔物が住み着いていることが知られていて、掲示板によると今まで『虎穴』に挑んで死んでいった者は多いという。
 それもそのはずだ。何故なら大雪山やドラゴンズボルケーノ、風林山にある隠しエリアの洞窟に出てくる魔物の推奨レベルは70以上なのだから。人類最高到達レベルが67のこの世界では誰一人挑んで無事に帰れる者はいなかった。

「この道ね」

 三人は頂上付近に建てられた看板を見て、『虎穴』へと続く道を見つけた。三人がその道を下り始めた時三人に声がかかった。

「お前達、まさか『虎穴』に行くのか?」

 三人が振り返ると一人の男性と一人の女性が心配そうな眼差しで三人を見ていた。

「はい。用があるので」
「やめておいた方がいいわ。『虎穴』に行った人は誰一人帰ってきていないのよ?」
「そうだぞ。俺達は時々こうして『虎穴』に向かう命知らずを止めているんだ」

 そう言って二人はギルドカードを見せてきた。

 名前:ギルガルド
 年齢:37
 性別:男
 職業:剣豪Lv.45
 ダンジョン攻略履歴
 Cランクダンジョン『蟻塚』3年前
 Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』3年前
 Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』3年前
 :
 :

 名前:アイーナ
 年齢:35
 性別:女
 職業:弓使いLv.42
 ダンジョン攻略履歴
 Cランクダンジョン『蟻塚』3年前
 Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』3年前
 Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』3年前
 :
 :

「Bランクの俺達も一回『虎穴』に入ったことがあるんだ。あれはレベルが違う。ここらにいるレッサータイガーの比じゃねぇんだ」
「そうなの。最低でも私達と同じBランクはないと許可できないわ」
「なら俺達のマギカード見ます?」

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使いLv.55
 ダンジョン攻略履歴
 Cランクダンジョン『蟻塚』昨日
 Dランクダンジョン『ゴブリンの巣窟』4日前
 Eランクダンジョン『カエル沼』8日前
 :
 :

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士Lv.47
 ダンジョン攻略履歴
 Cランクダンジョン『蟻塚』昨日
 Dランクダンジョン『ゴブリンの巣窟』4日前
 Eランクダンジョン『カエル沼』8日前
 :
 :

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶Lv.47
 ダンジョン攻略履歴
 Cランクダンジョン『蟻塚』昨日
 Dランクダンジョン『ゴブリンの巣窟』4日前
 Eランクダンジョン『カエル沼』8日前
 :
 :

「え!三人ともBランク以上なの?しかも君はAランク!」
「本当なのか?もしそうなら止めることはできないな」

 三人のマギカードを見て二人は態度を一変させた。

「それにしてもこの若さでそのレベルか。相当努力したんだろうな……」
「そうよね。しかも、マギカードってことはあの勇者学院の卒業生なのよ」
「あのー。そろそろ行っていいですか?」

 ネイビスが二人きりで話し始めた二人に尋ねると、二人はそれに気づいて返答する。

「ああ!止めて悪かったな。死んだりするんじゃねぇぞ!」
「是非後で『虎穴』の奥に何があったか教えてちょうだい!」
「分かりました……。では」

 ネイビス達はやっと二人の拘束から解放されて来た道とは別の方向に伸びる道を下っていった。十分程歩いたところで道は洞窟の入り口にたどり着く。その入り口には『危険!立ち入り禁止!』の文字が書かれた看板が何個も立っていた。

「いかにも危なそうな場所ね」
「そうだな。まぁ、これから入るんだけどな」

 三人は看板の忠告など無視して『虎穴』の中へと入って、洞窟の奥へとズカズカ進んでいくのだった。


40翡翠の指輪

「『魔獣斬り』!『魔獣斬り』!」

 イリスは二匹のウィンドタイガーを二回の剣撃で仕留めた。

「これなら余裕ね」
「うんうん!」

 雷鳴剣に付いた血を払いながらそう呟いたイリスにビエラが頷いた。

「最近イリスが人間辞めて来てるな」
「あなただって人間辞めてるでしょ?『蟻塚』で女王アリに放った『プチメテオ』とか!」

 ネイビスの「人間辞めてる」という指摘にイリスは腹を立てて言い返す。

「まぁまぁ。二人とも。先進もう?」
「そうだな」
「そうね。行きましょう」

 ビエラが上手いこと緩衝材となって二人の間を持つ。イリスがウィンドタイガーの死体をインベントリに入れてから三人はさらに奥へと続く洞窟を進んでいく。洞窟の中は薄明るい。というのも壁がほんのり光っているのだ。
 その後も三人はイリスの『魔獣斬り』頼みでどんどんウィンドタイガーを倒して進んでいく。一度ネイビスが試しに『プチメテオ』を放ったこともあったが、そのせいで洞窟が崩れかかるというアクシデントがあり『プチメテオ』は封印した。つくづく使い勝手が悪いと思うネイビスだった。

「この先がボス部屋?」

 ビエラが今までの隠しエリアの経験からなんとなく予測してネイビスに訊く。

「そうだぞ。だからイリスのMPが回復するまで休憩な」

 三人はイリスのMPが完全回復するまでの約三十分、テントを立ててその中で待つことにした。狭いテントの中で三人はイチャついた。三人は本能的に分かっているのだ。イチャイチャが一番時間を忘れられることを。結局気づけば一時間が経っていて、三人は急いでテントを出て片付ける。

「長居しちゃったわね」
「緊張感もあったもんじゃないな」
「そうだね。あはは」

 三人は仕切り直して作戦会議を始める。

「接敵一番に俺とイリスが『ノービスの本気』と『剣士見習いの本気』を使って、イリスは『魔獣斬り』で畳み掛けよう。俺はイリスに当たらないように『プチマジックミサイル』と『マジックアロー』をひたすら連発する。ビエラも打てるなら『プチホーリー』で攻撃してくれ」
「うん!」
「りょーかい」
「恐らく今までフリーズコングとメテオキメラと戦って来た感じ、敵のHPはそこまで多くない。魔法が一番の問題だな。だから今回は敵の魔法を完封することを目標にしよう。以上!何か質問は?」

 ネイビスが訊くとビエラが手を挙げた。

「もし『プチストーム』を使われたらどうするの?」
「ただひたすら逃げる!それだけだ!」
「シンプルすぎて逆に怖くなるわね」
「だからこそ魔法を使われる前に倒す。それでいいか?」

 イリスとビエラは真剣な眼差しで黙って頷いた。それを確認するとネイビスは洞窟の奥へと歩み始める。イリスとビエラはネイビスの後を追うように歩き出す。そして三人は開けた空間に出た。

「湖?」

 ビエラがポツリと呟いた。メテオキメラのいた溶岩に囲まれたボス部屋のように、そこには地底湖に四方八方を囲まれた陸地があり、その中心に一体の巨大な虎が座っていて、入り口の反対側には青白く輝く宝箱があった。

「そうみたいだな。じゃあ、作戦通りで行くぞ!『ノービスの本気』!『プチマジックミサイル』!」
「『剣士見習いの本気』!行くわよ!『魔獣斬り』!」

 呑気に座っているストームタイガーをイリスの剣と『プチマジックミサイル』が襲う。ストームタイガーはすぐさま立ち上がり、バックステップをして二人の攻撃を避けた。

「くそ!流石に敵のAGIが高いな」
「そうね。ネイビス。何か手は?」

 初手を避けられたことに焦りを見せたイリスが策はないかとネイビスに尋ねる。

「もうアレ使うか。『プチメテオ』!」

『プチメテオ』が発動してストームタイガーの上空に巨大な火球が生成される。火に弱いストームタイガーは急激な気温上昇に辺りを警戒し始めたが、よもや自分の真上にその原因となる物があるなど気づかなかった。そのまま火球がストームタイガーに直撃する。

「グァァァァ!!!」

 ストームタイガーの断末魔が空間に響き渡った。

「まさかの一撃かよ」
「恐ろしいわね」

 三人は『プチメテオ』により形成されたクレーターを覗き込んで感想を言う。

「あれ魔石?」

 ビエラがクレーターの底を指差して言った。確かにそこには大きな緑色の魔石が転がっていた。イリスが恐る恐る歩み寄って回収する。

「風の魔石A!Aランクの魔石よ!」
「ネイビス君。もしかしてフリーズコングとメテオキメラもAランクだったりするの?」
「そうだったかもしれないな。それよりも宝箱宝箱!」

 ビエラの問いに答えたネイビスは視線をイリスのインベントリに消えていく魔石から青白く輝く宝箱へと移した。

「最後はどうせ緑色の指輪でしょ?」

 イリスが宝箱の中身を予想した。

「流石に分かるか。名前は翡翠の指輪だ。効果も他の指輪とほとんど同じでMPプラス75とINTプラス25。それと『プチストーム』だな」
「『プチストーム』ってどんな魔法なんだろうね」
「そう言えば使ってこなかったな」
「ネイビスが『プチメテオ』で瞬殺したんでしょ?お陰で私の出番全くなかったわ」

 そう言ってイリスが不服そうにため息を吐く。

「ごめんごめん。まさか一撃とは思わなくてな」
「二人ともそろそろ宝箱開けよう?」
「おう。いいぞ」

 三人はせーので宝箱を開けた。中には案の定緑色の指輪が一つ入っていた。

「これは誰がつけるの?」

 ビエラがネイビスに訊くとネイビスは考え込む。

「うーん。これは俺がもらってもいいか?」
「私はいいよ」
「私も構わないわ。私に魔法は合わないもの。でも、てっきりビエラが付けるんだと思ってたわ」
「そのことなんだが、俺も最初はビエラに渡そうと考えてたんだ」
「じゃあどうしてネイビスがつけるの?」
「この経験値二倍のミスリルバングルをビエラにつけてもらおうと思ってな」
「え?いいの?」
「ああ」

 そう言ってネイビスが自身の右腕に付いたミスリルバングルを二人に見せると、ビエラが確認する。それにネイビスが同意した。

「理由を聞いても?」

 イリスが尋ねるとネイビスは語り始める。

「ダンジョン都市イカルにあるAランクダンジョン『ドラゴンの巣』は知ってるだろ?そこのボスは黒竜って言うんだけどな。そいつが死のブレスっていう攻撃をして来ることを思い出したんだよ」
「死のブレス?」
「物凄く物騒な名前ね」

 ネイビスは風林山に登る途中でこの先何をするかを考えていた。約四ヶ月後の十月十日に開催されると言うオリエンス世界大会に出るのは確定として、それまでの間何をしようかを思案していた。思いついたのが未攻略のAランクダンジョンとSランクダンジョンをクリアすることだった。そしてあわよくばその二つのダンジョンを周回して高速レベリングをしようと企んでいた。普通なら一日に二回以上のダンジョン攻略はご法度だ。だがネイビスには一つ策があった。
 いずれにせよ、ネイビスは三つの指輪が揃ったらAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略しようと決めていた。ここで問題になって来るのが『ドラゴンの巣』のボス、黒竜の使ってくる死のブレスだった。

「死のブレスは名前の通り食らうと一定確率で死ぬ」
「「え!?」」

 ネイビスの言葉にイリスとビエラは驚きの声を上げた。

「それってどのくらいの確率なの?」
「25パーセントだ」
「それは恐ろしいね」

 25パーセントという数字に戦慄する二人を見てネイビスは話を続ける。

「そこでだ。ビエラにはいち早く僧侶系の中級職である巫女のレベル99になって第四スキル『レイズ』を覚えて欲しい」
「レイズ?」

 首を傾げるビエラにネイビスが告げる。

「要するに復活の魔法だ」

 それを聞いた二人が再び驚きの声をあげる。

「えー!復活!?」
「復活って。それって本当なの?」

 ネイビスは「ああ」と首肯してから自身の右腕に付いたミスリルバングルをビエラに渡す。

「とにかくこれからはビエラが巫女レベル99になるのを目標にするぞ」
「分かったよ!」
「りょーかい」

 ネイビスの立てた目標に二人は賛同する。それを確認したネイビスは翡翠の指輪を宝箱から取り出して自身の右手の薬指に嵌めた。その後三人は『虎穴』を後にするのだった。



41人類最高到達レベル

「おー!お前ら無事だったのか!」
「ええ。まあ」

 三人が再び風林山の頂上に辿り着くとギルガルドとアイーナが出迎えた。

「『虎穴』はクリアできたか?」
「出来ましたよ。これが成果物です」

 ネイビスは翡翠の指輪を二人に見せびらかす。

「へー。カッコいいな。アクセサリーか?」
「はい。効果はMPプラス50です」
「それはなかなかね」

 ネイビスは二人に嘘をついた。隠しエリアで手に入る指輪はいずれも国宝級以上の価値のある物だ。それ故に三人は他の人には内緒にすることに決めていた。
 その後二人はネイビス達について来た。仕方なくネイビスは一緒に下山することにした。

「じゃあまたな」
「また会いましょー」

 ギルガルドとアイーナが手を振って別れる。三人は『風林の宿』に泊まり、翌朝飛空艇に乗ってダンジョン都市イカルへと帰還した。飛空艇発着場にて『6月18日朝7時発 王都行き』の便があるのを確認してから三人はBランクダンジョン『アンデッドの墓場』に向かった。

「いよいよ明日が王都ね」
「三ヶ月ぶりだよね?」
「そうなるな」
「少し早く着いちゃうね。謁見は21日だったよね?」
「まぁ早いに越したことはないだろ。もし謁見をドタキャンしてみろ。どうなるか考えただけで鳥肌ものだ」

 その後三人は王都に行ったら何をするだの何を買うだの会話に花を咲かせながらBランクダンジョン『アンデッドの墓場』を目指した。ダンジョン入り口に着くと列ができていたので最後尾に並ぶ。

「あれ?いつもよりも進むの遅いね」

 ビエラが疑問を口にした。確かにいつもよりもひとパーティーにかかる受付の時間が長くなっていた。しばらくして三人の順番が来る。

「次の方どうぞ」

 三人が受付の前に立つと受付の女性は営業スマイルで話し始めた。

「今日から新しい制度が追加されましたので連絡いたします。これからダンジョンに入る際は毎回こちらのカード更新機でギルドカード及びマギカードを更新していただくこととなりました」

 その説明を受けて三人は冷や汗をかき始めた。

「それって強制ですか?」

 ネイビスが代表して受付の女性に質問すると彼女は頷いて答える。

「はい。もし更新されない方がいればダンジョン入場の許可が出せません」
「ネイビス、どうするのよ?」

 イリスがネイビスに確認する。ネイビスは悩んだ。今ネイビスは魔法使いレベル68に到達していた。これは人類最高到達レベルを塗り替えることになる。そしてイリスとビエラは55レベルになっていた。どこからどう見ても普通ではない。

「どうかなさいましたか?もしかして何かやましい事でもあるんですか?」

 受付の女性が考え込むネイビスに疑いの目で尋ねる。

「ま、いっか。更新すればいいんですよね」

 結局ネイビスはいずれバレることだし、なるようになると思考を放棄した。

「いいの?ネイビス君」
「ああ。隠してても居心地悪いだろ」
「それもそうだけど大丈夫なの?」
「平気平気。俺から行くぞー」

 ネイビスはむしろ開き直ってこれからどうなるかを楽しみにしていた。ネイビスはカード更新機に自身のマギカードを置いて右手を機械にかざす。

『カランカラン!新しくSランク冒険者が誕生しました』

「何?Sランクだと!」
「え!?Sランク冒険者!?」

 列の後ろの方がざわつき始めた。

「もう乗りかかった船ね」

 イリスが諦めて自身のマギカードをカード更新機に置いて右手を機械にかざす。

『カランカラン!新しくAランク冒険者が誕生しました!』

 その後にビエラも同じようにマギカードを更新した。

「えい!」

『カランカラン!新しくAランク冒険者が誕生しました!』

 それを見ていた受付の女性は目を見開いて驚く。

「Sランク冒険者とAランク冒険者でしたか!これは疑ってしまい失礼しました!実は最近マギカードの職業とレベルの改竄の報告が上がっていまして、カード更新機で確認するようにしていたんです」
「そうでしたか。はいどうぞ」

 ネイビス達三人は各々のマギカードを受付の女性に見せる。

「えーっと。剣士レベル55に僧侶レベル55に、あれ?魔法使い……レベル68!?」

 受付の女性はネイビスのマギカードを見ると一瞬固まり、次の瞬間驚きの声を上げた。

「レベル68!?」
「今確かにそう言ってたよな」
「それって、人類最高到達レベル超えてね?」

 再び列の後ろがざわつき始める。

「こ、これは大変です!今ギルドマスターを呼ぶのでここで待っていてくれますか?」

 受付の女性は大慌てでギルド職員用のカードを使ってダンジョン都市イカルのギルドマスターへと連絡を入れる。

「どのくらいかかりますか?」
「恐らく1から2時間程かと」

 ダンジョン都市イカルはとてつもなく広いので、イカルには東西南北と中央の5つギルドがある。ギルドマスターは中央のギルドにいるので、外れにあるBランクダンジョン『アンデッドの墓場』に来るのに時間がかかるのだ。

「なら、その間にクリアしてくるので、行ってもいいですか?」
「それは……はい。まぁ、いいでしょう。ですが、必ずギルドマスターには会ってもらいますからね!」
「分かりました」

 ネイビスが受付の女性との話を終えるとイリスとビエラが言う。

「早くダンジョンに入りましょう。私達物凄く見られているわ」
「うんうん!早く行こ?」

 ネイビスが周りを見ると人集りが出来ていた。

「そうだな。すぐ潜ろう」

 三人はダンジョンのゲートを潜りその場を脱出する。

「それにしても何で急に更新の義務なんてできたんだろうね」

 ダンジョンの中に入るとビエラが言った。ネイビスが顔をしかめて答える。

「職業とレベルの改竄って話だったよな。そんなこと出来るのか?」
「普通はあり得ないわ。マギカードやギルドカードなどのカード類や更新機は大昔の優れた錬金術士達が作った物なのよ?改竄出来るとしたら彼等と同じくらいの錬金術士としての技能を身につけた者じゃなきゃ無理なはずよ」

 イリスの語りを聞いてネイビスは更に訳が分からなくなる。

「ま、気にしても仕方ない!ささっとダンジョンクリアしますか」
「それもそうね」

 三人は気持ちを切り替えてダンジョンの奥へと歩み始めるのだった。


掲示板回5


【速報!人類最高到達レベルが更新された!】

1:管理人
この掲示板は魔王討伐の為の情報共有の場です。不適切な内容の書き込みはやめてください。

2:137期拳闘士
人類最高到達レベルが更新されたかもしれんのだが。

3:136期剣豪
ついにあの勇者が!?

4:139期魔法使い
新着スレッドに表示されてて飛んできたけどマジですか?

5:137期拳闘士
いや、『絶対零度』の勇者では無いらしい。今ダンジョン都市イカルのBランクダンジョン『アンデッドの墓場』におるんだが、先に並んでたパーティーにSランクとAランクがいて、受付の人が「レベル68」って叫んでるの聞いた。

6:132期槍聖
このスレ本当かよ。

7:136期剣豪
ルートの兄貴じゃないのか。結構応援してたのに。確か今あの人レベル65だったはず。

8:136期斧豪
最近カードの職業とレベルを改竄した可能性のある冒険者がいたらしくて、それで取り締まりしてるらしいけど、そいつらがまさにそれなんじゃ……。

9:137期拳闘士
いやいや。目の前でそいつらがカード更新するの見たが、不正は無かったっぽい。

10:136期剣豪
レベル68か。そいつらどんな奴だった?

11:137期拳闘士
男一人に女二人の羨ま……けしからんパーティーだったが。

12:136期剣豪
本音が漏れてますね笑
強そうでした?職業とか分かります?

13:137期拳闘士
職業は分からなかったが、屈強といった感じはないな。それにとても若かったぞ。

14:136期斧豪
若かったのか?なお怪しいな。

15:141期朱魔導士
今このスレに来ました!
137期拳闘士さん!もっと情報ないですか?

16:137期拳闘士
そのパーティー受付済ませたらダンジョンの中に入って行ったから、今ダンジョンの入り口で出待ちしてるところ。

17:136期剣豪
続報待ってるぞー

18:138期弓豪
このスレ本当か!?だとしたらやばくね。俺氏今イカルにいるから、いざ『アンデッドの墓場』に参るでござる!




87:137期拳闘士
今ギルドマスターらしき人が来た。人混みの奥にそれらしき人影が見えたんだが。

88:138期弓豪
めちゃめちゃ混みっチングでござる。

89:135期弓使い
御二方。実況中継感謝です!

90:137期拳闘士
『アンデッドの墓場』は『野次馬の溜まり場』と化してる。

91:138期弓豪
たいして上手くないでござる。

92:137期拳闘士
悪かったな。お?誰か出てきた。

93:135期弓使い
もしかして例のパーティーですか?

94:136期剣豪
流石にないでしょー。まだ入ったの一時間くらい前だよ?いくらなんでも攻略するの早すぎるでしょ。

95:137期拳闘士
例のパーティーぽいんだが。

96:136期剣豪
マジ!?

97:138期弓豪
ハンサムボーイとキュートガールズでござるよ。

98:137期拳闘士
ギルドマスターらしき人が話しかけてるな。

99:138期弓豪
連れていかれるでござる。突撃だー!




42フロストコング再来?

 ネイビス達はBランクダンジョン『アンデッドの墓場』を難なくクリアした。光属性の魔法『プチホーリー』がアンデッドに対してとても有効で、ビエラが大活躍だった。三人は今帰還ゲートの前に立っている。

「帰還したらどうなってるかな」
「さっさとこの気味の悪い場所から出ましょうよ」
「うんうん!」

 Bランクダンジョン『アンデッドの墓場』はEランクダンジョン『カエル沼』に次ぐ不人気だ。というのも、アンデッドの放つ腐臭や墓地という不気味さが相まってとても居心地が悪いのだ。ダンジョン都市イカルのダンジョン人気ランキングは以下のようになっている。

 1位Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』
 理由:金になる。ウサちゃんかわいい。エリアの開放感がいい。

 2位Aランクダンジョン『ドラゴンの巣』
 理由:憧れだから。ドラゴンカッコいい(想像)。

 3位Cランクダンジョン『蟻塚』
 理由:アリさん大好き。

 4位Dランクダンジョン『ゴブリンの巣窟』
 理由:ゴブリンはよく見ると可愛いかも?人型だから戦いにくい。

 5位Bランクダンジョン『アンデッドの墓場』
 理由:臭い。暗い。人型だから戦いにくい。剣が腐る。

 6位Eランクダンジョン『カエル沼』
 理由:ランクに合わない厄介さ。異常状態厳しすぎぃ!ゲコゲコ喧しい。

 ランキング外

 Sランクダンジョン『ベヒーモスの谷』
 理由:未知だから。

「じゃあ帰るか」

 三人は帰還ゲートを潜る。するとそこにはネイビスの想像通り大勢の人がいた。

「おい!アレじゃね?」
「レベル68って本当ですかー?」

 三人に声がかかってくるが、ネイビス達は無視して先を行く。そんな三人の前に一人のフロストコングのようながたいの大男が立ち憚った。

「おう兄ちゃん。ちと止まりな」
「誰ですかあなたは?」

 ネイビスが尋ねると大男は「ガハハ」と笑って自身を指差して答える。

「冒険者ギルドダンジョン都市イカル支部ギルドマスターったぁ俺の事だ!ガハハ!まさか知らねぇ奴がいるとは思わなかったよ!」

 無駄に声のでかい大男に三人は少し距離を取る。すると大男は一歩前に出て三人に近づいた。

「俺の名前はカーネルド。剣聖レベル61だ!」
「俺はネイビスです。一応魔法使いレベル68です」
「私はイリス。剣士レベル55よ」
「私はビエラです!僧侶レベル55です!」

 三人の自己紹介を聞くとカーネルドは「ガハハ」と笑って、三人を見回した。

「俺には分かるぞ。お前達かなり強えだろ。レベル68ったぁ本当だったか!ガハハ!早くルートの奴に教えてやりてぇな!」
「勇者ルートですか?」

 ネイビスが尋ねるとカーネルドは大きく頷いて語り始める。

「ああ。まぁ、アイツの事だ。どこ吹く風って感じだろうがなぁ。ガハハ!いやー、ついに現れたか!人類最高到達レベルを超える者が!」

 その時話し込む四人の前に二人の野次馬が現れた。

「レベル68って聞いたんだが、本当か?」
「拙者も気になるでござる!」

 その二人を見て、カーネルドが声を荒げて言う。

「オイ。テメェら!今俺達が話してんだろ?しゃしゃり出て来るんじゃねぇ」
「ひいぃ!すまなかったでござる!」
「それはすまなかった」

 カーネルドの剣幕に気圧されて二人の男は頭を下げて謝った。

「分かったならいいって事よ!ガッハハ!それよりもこいつがレベル68ってのは本当だ」
「本当でござったか!?」
「ああ。俺くらいになるとレベルを聞かなくてもそいつの実力は分かるもんだ。こいつらは間違いなく皆んな俺よりも強え。それより、これからこいつらと話さなきゃなないことがあるから道開けてくれねぇか?」

 ネイビスは「先に道を塞いだのはどこのどいつだよ!」とツッコミたい気持ちを静める。

「そうでござったか!これは失礼したでござる。どうぞ!」

 男二人は道を開けた。そのままネイビス達はカーネルドを先頭にして冒険者ギルドダンジョン都市イカル支部中央ギルドへと向かった。
 野次馬も興味津々といった感じではあったが、フロストコング並みの迫力のあるカーネルドに圧倒されて次から次へと道を開けていった。

「あのー。具体的にどのような話をするんですか?」

 歩きながらネイビスはカーネルドに尋ねた。

「なに。先ずはどうやってそこまでレベルを上げたのかってことだな。それとステータスを写さしてもらう。今後の冒険者育成のためにもな!」
「ステータスですか……」
「なんだ?嫌なのか?嫌なら別に構わないが」

 ステータスを見せるということは転職という概念を教えることとほぼ同義だ。ネイビス達三人は二つの職業以上のスキルを既に覚えている。どうやって覚えたのか尋ねられたらどうしようもない。それにステータスも問題だ。一度レベル99を経ている三人のステータス値は尋常じゃない。そこを突かれたらネイビスはこう答えるしかない。「転職しました」と。
 だが、ネイビスはそろそろ頃合いなのではないか?とも考えていた。前世の記憶を取り戻してから三ヶ月と少し。まだ伸びしろはあるが、ネイビス達は十分最強と呼ばれるに相応しくなっている。ネイビスは逆にこの機会を上手く利用してやろうと考え始めた。

「見せる分には良いんですが、一つ協力して頂けますか?」
「お、何だ。言ってみろ」
「え!いいの?ネイビス?」
「大丈夫なのかな?」

 ネイビスがステータスを見せることを了承すると話を聞いていたイリスとビエラがネイビスに確認する。

「なあに。なるようになるさ。カーネルドさん。あなたはそれなりに発言力と権力を持っていますよね?」
「まぁ、それなりにはな。国王の野郎やランダム教には劣るが」

 そのカーネルドの言葉にネイビスは少し引っかかる。

「もしかして国王と親密なんですか?」

 ネイビスがそう尋ねるとカーネルドは「ガッハハ!」と笑って答えた。

「あいつとは勇者学院時代の同期でなあ。一時期はレベル67の記録を出した勇者カインと現国王ルドルフ・オリエンスと三人で同じパーティーを組んでたこともあった」

 これを聞いてネイビスは一つのシナリオを考え出した。

「そうですか!なら良い話が出来そうですね!」
「お?何だ急に。それよかもう直ぐで着くぞ」

 カーネルドを先頭にしてネイビス達はとても大きな中央ギルドの建物の中へと入っていくのだった。



43爆弾投下

「紅茶とクッキーです」

 ギルドの女性職員がテーブルに紅茶とクッキーを置いて部屋を後にする。そのテーブルの片方にはネイビス達三人が座り、もう片方にはカーネルドが座っていた。

「まぁ、食え!美味いぞ」
「じゃあ遠慮なく」

 ネイビスは特に気にすることなくボリボリとクッキーを食べ始める。それを見たイリスが呆れ顔を作りネイビスに言う。

「あなたには自重って言葉はないの?」

 ネイビスは口いっぱいのクッキーを紅茶で流し込もうとする。それを見てカーネルドは「ガハハ!」と笑い、ビエラは「ふふふ」と微笑んだ。クッキーを飲み込んだネイビスは口を開く。

「イリスも食え。美味いぞ」
「そんなに?」

 ネイビスに言われてイリスもクッキーを一枚手に取って食べる。

「確かに美味いわね」

 それを見てビエラもクッキーを食べる。

「本当だ!美味しい」
「そうだろ?ここイカルには世界中の名産物が集まるんだ。このクッキーは小麦がよく取れるエルデ地方で作られたクッキーなんだ。このクッキーを食える冒険者なんてのはほんのひと握りだけだぞ!光栄に思え!ガハハ!」
「エルデ地方かぁ。私いつか行ってみたいな」
「そうなのか?」
「うん」

 ビエラは一つ頷くと語り始める。

「よく本の中に出て来るんだ。自然が綺麗な場所だとか、最も天に近い場所だとか。そこで暮らしてる作家さんも多くてね。冒険が終わったらそこでゆっくり過ごして本でも書きたいなって」

 それを聞いてネイビスは勇者学院時代にビエラがよく本を読んでいたのを思い出す。

「そう言えばビエラは本好きだったよな」
「うん!」

 ネイビスの言葉を受けてビエラは満面の笑みで頷いた。それを見てカーネルドは「ガハハ」と笑って続ける。

「それは良いじゃねぇか。自分の冒険譚を物語にする奴も多いらしいぞ。まぁ、余談はこれくらいにして、そろそろ本題に入るとするか」

 そのカーネルドの言葉に約一名ボリボリクッキーを食べ続けているネイビスを除いて緊張感が走る。

「あなた、クッキー食べるのやめなさいよ」
「んっんしょんんん」
「飲み込んでから話しなさいよ!」
「ガハハ!仲が良くて良いな!まぁ、なんだ。最初の質問はどうやってその若さでそこまでレベルを上げることができたのかってことだな」

 ネイビスは再び紅茶でクッキーを流し込んでカーネルドの質問に答える。

「それは簡単な話ですよ。ダンジョンを周回するんです」

 それを聞いてカーネルドは眉間に皺を寄せる。

「周回?それは禁止されているはずだが?」
「はい。ですがそれは発見されているダンジョンの話でしょう?」
「まさか!」
「そのまさかだと思いますよ」
「そうか。お前らが噂のダンジョン発見者だったのか」
「はい。そのことで国王に謁見があるので明日王都に行くつもりですが、ここでお願いがあります」
「なんだ?」
「是非これから説明することの証人になっていただきたい」

 そう言ってネイビスは自身のステータスを表示してカーネルドに見せる。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使いLv.68
 HP:807/807
 MP:1014/1014
 STR:269
 VIT:269
 INT:507
 RES:438
 AGI:269
 DEX:338
 LUK:269
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』『プチマジックアロー』『プチマジックウォール』『プチマジックウェーブ』『プチマジックミサイル』『マジックアロー』『マジックウォール』『マジックウェーブ』
 アクセサリー:なし

 ネイビスのステータスを見たカーネルドは暫し固まってしまう。

「なな、何だこれは!?MP1014だと!?INTなんか500を超えている……。それに何だこの膨大な量のスキルは!?」
「イリスとビエラも見せてやれ」

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士Lv.55
 HP:636/636
 MP:468/468
 STR:368
 VIT:312
 INT:156
 RES:156
 AGI:212
 DEX:156
 LUK:156
 スキル:『スラッシュ』『二連切り』『蟲斬り』『剣士見習いの本気』『一刀両断』『三連切り』『魔獣斬り』
 アクセサリー:なし

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶Lv.55
 HP:468/468
 MP:636/636
 STR:156
 VIT:156
 INT:312
 RES:368
 AGI:156
 DEX:156
 LUK:212
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』『プチホーリー』『ヒール』『キュア』『リジェネ』
 アクセサリー:なし

 アクセサリーのことは聞かれると面倒なので三人は事前に外していた。それでもなお高いステータスにカーネルドは驚きを隠せない。

「ちょっと待て。頭が混乱してきたんだが……。なんだこれは?説明してくれるのか?」

 頭を抱え込んで考え込むカーネルドを見てネイビスは良い反応をするなぁとほくそ笑みながらも、真剣を装って答える。

「はい。要するに転職です」

 転職という言葉が予想外だったカーネルドはすぐさま聞き返す。

「転職?」
「ええ。レベル99になると同系統の一つ上のランクの職業のレベル0に転職できるんですよ」
「俄には信じ難いが、お前さんがそう言うんだからそうなんだろう。二人のお嬢ちゃん達も転職したのか?」
「はい!」
「そうね。私は剣士見習いから剣士に転職したわ」

 それを聞いてカーネルドは納得したのか顔を上げた。

「だからか。お前らにはこれっぽっちも敵わない気がしたんだよ。それで?俺はこの転職とやらの証人になれば良いのか?」
「はい。具体的には一緒に王都に来てもらいたいと」
「それは無理だな。俺はこの町の冒険者ギルドを任されてる。何かあった時に俺がいなきゃなんねぇんだ。今日お前らが現れた時みたいにな。だがまぁ、証書くらい書いてやるよ」

 そう言ってどこからか紙を持ってきたカーネルドはその紙にペンで何かを書いて行く。

「ほらよ。もしなんかあったらこれ見せな!」
「ありがとうございます」

 その証書には冒険者ギルドダンジョン都市イカル支部ギルドマスターが転職を認めたことの証明が記されていた。ネイビスはそれを大事に自身のインベントリに仕舞う。

「この情報は俺が初めてか?」
「はい、そうです。恐らく転職について知っているのはここにいる四人だけかと」
「そうか……。そりゃすげぇもんを聞いちまったな。まぁ、どうせ謁見でバラすんだろ?」
「流石に分かりますか?」
「ああ。だってお前、その証書手にしてからずっとニヤけてるからな。なんか企んでるだろ」
「はい。確かに企んでることはありますね」

 するとビエラが尋ねる。

「ネイビス君。何企んでるの?」
「私達に隠し事は無しじゃなかったかしら?」
「悪い悪い。まだ上手く行くかわかんなくて黙ってたが、教えるよ」
「俺が聞いてても良いのか?」

 ネイビスが二人に教えようとすると空気を察したカーネルドが部屋を出ようとする。それを見てネイビスがカーネルドに声をかける。

「カーネルドさんにも関係する話ですので構いませんよ」

 カーネルドは一度浮かせた腰をソファに下ろした。

「おう!そうか。なんだ?俺に関係する話って」

カーネルドが尋ねるとネイビスは少し溜めてから語り始める。

「単刀直入に言うとダンジョン周回の復活です」
「ほほう。それは興味深いな」

 その後もあれやこれや話して夜が更けていくのだった。



44 いざ王都!

「ネイビス。起きなさい!」
「んーーー」

 昨日は夜遅くまでカーネルドと話をしていたのでネイビスは寝不足だった。

「起きないと朝のチューしてあげないわよ?」
「今起きます!」
「ふふふ」

 ネイビスはイリスとビエラと目覚めのキスをしてから背伸びをした。

「もうそろそろ出るわよ!」
「はーい」
「ネイビス君の寝癖可愛い」

 ビエラはネイビスの寝癖を手のひらでぴょこぴょこして遊んでいる。

「ビエラも行くわよ!」
「うん!わかった!ネイビス君行こ?」
「うん」

 三人は駆け足で朝のイカルの町を往く。日はまだ登ったばかりで町は薄暗い。チラホラと飛空艇発着場を目指して歩く人がいた。三人が飛空艇発着場に着くと長蛇の列ができていた。

「流石に王都行きは人気があるわね」
「そうだね。乗り切れるかな?」

 ある程度列が進んだところで係員の声がかかる。

「今定員に達したのでこれ以上ご搭乗はできません。明日の朝8時にも王都に行きの便はありますので是非ご利用ください」

 ネイビス達はその日王都行きの飛空艇に乗ることができなかった。

「失敗したわね。明日はもっと早く並びましょう」
「そうだね。ネイビス君。どうするの?」

 ビエラが考え込んでいるネイビスに尋ねると、ネイビスは手を叩いて宣言する。

「今日は今まで狩ってきた魔物を売りに行くぞ!」
「それもそうね。一体いくらになるのかしら」
「楽しみだね!」

 ネイビス達は飛空艇発着場を後にして商業ギルドへと場所を移す。早朝ということもあって商業ギルドは閑散としていた。三人は買い取りコーナーへと向かう。

「いらっしゃいませ。こちらでは素材の買取を行なっています」

 大きなテーブルの向かいに座る係の女性が確認する。

「はい。お願いします。あのー。すごく大量にあるんですがいいですか?」
「ええ。まあ。ちなみにどのくらいありますか?」
「これよ」

 係の女性に尋ねられるとイリスが自身のインベントリを表示して女性に見せる。

 インベントリ
 :
 :
 ・トカゲの尻尾×9999
 ・ドスリザード×2403
 ・トリゲーター×216
 ・レッドトリゲーター×108
 ・ブルートリゲーター×108
 ・グリーントリゲーター×108
 ・キングトリゲーター×12
 ・フロッグ×36
 ・パープルフロッグ×18
 ・イエローフロッグ×18
 ・スリーパー×18
 ・レインボーフロッグ
 ・フロストコング×42
 ・フリーズコング
 ・ゴブリン×42
 ・ホブゴブリン×21
 ・ゴブリンメイジ×21
 ・ゴブリンジェネラル×21
 ・ゴブリンキング
 ・火の魔石B×42
 ・メテオキメラ
 ・巨大アリ×42
 ・巨大赤アリ×21
 ・巨大青アリ×21
 ・巨大緑アリ×21
 ・ウィンドタイガー×42
 ・風の魔石A
 ・ゾンビ×33
 ・スケルトン×22
 ・グール×22
 ・無の魔石B×22
 ・闇の魔石B
 ・エルデ産クッキー×24

 ちなみにトカゲの尻尾が9999個なのは、その値が限界というわけではなくいちいち回収するのが面倒になり、その個数で捨て始めたからだ。また女王アリとストームタイガーはネイビスの『プチメテオ』により跡形もなく焼失している。

「え……」

 イリスのインベントリを見た係の女性が固まる。まるでビエラの『プチフリーズ』を受けて凍結していったゴブリン達のように。

「このトリゲーターとは……。フリーズコングとは……。メテオキメラとは……。すみません。ギルドマスターを呼んできますので少々お待ちください」

 係の女性は足速に裏へと消えていった。少しして眼鏡をかけたちょび髭の似合うダンディーな男が一人やって来た。

「どうもこんにちは。商業ギルドイカル支部ギルドマスターをしておりますロイスと申します。以後お見知り置きを」
「どうも。俺はネイビスです」
「私はイリスよ」
「ビエラです!よろしくお願いします!」

 自己紹介が終わるとロイスは眼鏡をクイっと上下させ、本題に入る。

「聞くところによると君たちは未知の素材を持って来たと。是非拝見させいただきたい」

 イリスが自身のインベントリの表示を見せる。

「ふむふむ。中にはここダンジョン都市イカルのダンジョンに出てくる魔物の素材もあるようですが、確かに未知のものが多い……。うん。これは実に愉快だ!ギルドマスターとしての腕がなる!さぁ、どんどんこのテーブルに出していってください!」

 最初は落ち着いた大人といった感じだったロイスはイリスのインベントリの表示を見るや態度が急変した。イリスは少し引きながらも言われた通り先ずはトカゲの尻尾から出していく。

「これはもしかしてロックリザードの近縁種のリザードの尻尾ではないですか!?それにしてもこんな大量に!一体どこに……。あ!いえ、訊くのは野暮でしたね。冒険者というものは秘密がつきものです」
「ドスリザードだと?この硬質な皮。実に良い素材だ!おや、この魔石の大きさだとCランクですね」
「トリゲーター?なんだこの生き物は!?鳥なのか?ワニなのか?謎が謎を呼ぶ!Bランクの魔石か。それにしてもこの立派な牙は高く売れるぞー!」

 そんなこんなで買取は進んでいった。興奮気味に語り続けながら査定を続けるロイスと半分上の空で頷き続ける三人の戦いは一日中続いたとか。

「合計で57,806,900ギルです。いやー。実に有意義な時間でした!それにこのイカル支部での取引額過去最高額ですよ!」

 白金貨57枚、金貨80枚、銀貨69を三人は受け取り上手く分けてそれぞれのインベントリにしまった。

「またのご来店をお待ちしています」
「は、はい……」

 ネイビス達は商業ギルドを去ると重い足取りで飛空艇発着場に一番近い宿屋に向かった。

「はぁー。疲れたわー」
「私も疲れたよ」

 宿の部屋に入った瞬間イリスとビエラはベッドに倒れ込む。ネイビスはそっとベッドに腰掛けて呟く。

「いよいよ明日か。王都」
「ね!楽しみ」
「明日は朝一で飛空艇に並ぶわよ」
「そうだな。もう寝るか」

 三人は寝る前のキスをしてから川の字で寝る。ビエラとイリスの二人に挟まれながらネイビスはこれからの計画に頭を巡らせてなかなか眠れなかった。
 翌朝、イリスに叩き起こされてネイビスは起きる。寝ぼけ眼のまま飛空艇発着場に向かい、できていた列に並ぶ。三人は今回は無事に乗ることができた。今三人はデッキで風に吹かれている。

「卒業したのが3月5日だから約三ヶ月と半月振りだね」
「もうそんなに経ったのか」
「ほとんどダンジョンを周回していただけだったけれどね」
「それもそうだな」
「ねぇ、見て!鳥さんだよ!」

 ビエラが指差す先には一匹の白い鳥が空を飛んでいた。その鳥は三人を王都へと誘うかのように力強く羽ばたいて王都の方へと飛んでいった。

転 ダンジョン攻略編 歯車が回りだす

45王都到着

 ネイビスとイリスとビエラは飛空艇のデッキにて沈みゆく夕陽を眺めていた。飛空艇はあと少しで王都に着く。そんな折、ビエラが言い出した。

「ねぇ。私思ったんだけど。死のブレスに即死効果があるなら不死のペンダントつければ大丈夫じゃないかな?」

 その言葉を聞いてネイビスは思わずビエラに聞き返した。

「不死のペンダント?」
「うん。オリエンス世界大会で使われるやつ。どんなにダメージを受けてもHPが1残るっていうアクセサリーだよ?それならもしかしたら即死回避できるかもって」
「そのアクセサリーの名前は確かに不死のペンダントなんだな?」
「う、うん!そうだよ!」
「よし!それならかなり時短できるぞ!」

 不死のペンダント。それは『ランダム勇者』の終盤で入手できるアクセサリーだった。その効果は即死防止。闇魔法系の即死効果を防ぐと同時に即死級のダメージを受けてもHPが1だけ残るというとても優秀なアクセサリーだった。しかしこのアクセサリーの入手方法はなかなか厄介だった。というのも、不死のペンダントは宝箱に入っていたりせず、自分の手で作らなくてはならないのだ。その必要な素材には魔大陸で手に入る素材もあり、素材集めが大変で作るのに苦労する。それ故にネイビスはビエラの『レイズ』でAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略しようと考えていたのだ。

「ちなみにその不死のペンダントはどこにあるんだ?」
「たぶん、王様が持ってるんじゃないかな?大会の度に宝物庫から出してるって聞いたことあるよ」
「王様か……。ベストタイミングだな!」

 それを聞いてイリスが問い詰める。

「あなたまさか国王様にお願いする気なの?」
「ああ、そうだぞ。不死のペンダントも宝物庫で燻ってるよりも、俺達の役に立つ方がいいに決まってる!」
「呆れた。本気なのね」
「ビエラ。いくつあるか知ってるか?」
「えーっとね。少なくとも10個はあるんじゃないかな?」
「ならそのうちの三つくらい貸してくれるだろ。いやー。最初は王様に会うの緊張してたけど、今はなんだか楽しみになって来たな!」

 ネイビスは謁見が待ち遠しくなった。今日は6月19日。三人は今日はそのまま宿に泊まり、明日冒険者ギルド王都支部に赴こうと考えていた。何事もなく飛空艇は王都に着き、三人は飛空艇を降りる。

「懐かしいわね」
「うんうん!」

 イリスとビエラは街中を歩きながら懐かしさを感じていた。一方のネイビスはと言うと明日の冒険者ギルドで何を話すか想像してはにやけていた。ネイビス的にはカーネルド以上の反応を期待していた。

「ネイビス。さっきからニヤニヤ(やかま)しいわよ」
「ネイビス君。また何か企んでる?」
「いやー。明日冒険者ギルド行くだろ?そこで転職の話をしようと思ってな」
「またするの?」
「ああ。カーネルドさんが証書を書いてくれたがそれだけだとちょっと心配でな。だから証人を現地調達しようってわけさ」
「なるほど」

 三人は王都の町を歩いてある場所に着く。

「ここ確か最初の集合場所にしたわよね」
「ああ。始まりの噴水な」

 噴水からは絶えることなく水が流れ落ち、心安らぐ音を奏でていた。夜の帳が下りてなおライトアップされて噴水の周りは明るかった。噴水の周りにあるベンチには老夫婦や子連れの家族などがいて、どこか暖かい空気が占めている。

「ねぇ。二人とも。少し話さない?」

 イリスとネイビスがボーッと噴水を眺めていると間のビエラがそう切り出した。

「俺は別に構わないが、何話すんだ?」
「まぁ、色々だよ」
「私もいいわよ」

 三人は空いていたベンチにネイビスを真ん中にして並んで座る。

「私ね。本当にネイビス君とイリスちゃんがパーティーの仲間でよかったなって」
「そ、そうか。ありがとう」
「ふふふ。ネイビス君ってすぐありがとうって言うよね?」
「そうか?」
「うん!そう言うところ大好きだよ」
「私もだからね、ネイビス」

 ビエラはネイビスの左手をイリスはネイビスの右手をそれぞれ握った。

「俺も二人と組めてよかったよ」
「まさか落ちこぼれだった私達三人に国王様に謁見する日が来るなんてね」
「ね!すごいよね」

 それからしばらく三人はこれまでの三ヶ月間の出来事を話し合った。スライムの森で属性スライムを避けたことだったり、隠しエリアの滝でびしょ濡れになって着替えたらネイビスが二人の裸を見てしまったことだっだり、話せばキリがなかった。時間が経つにつれてイリスとビエラはだんだんと体をネイビスに密着させていく。それに気づいたネイビスが確認する。

「二人とも。一応ここ公共の場だからね?」
「分かってるわよ」
「だからもう少し離れようね?」
「分かったわ。続きは宿でしましょう」
「うん。そうしよっか」

 三人は噴水を後にして宿屋『始まりの宿』に入る。

「三人で1500ギルです」

 受付のおじさんに三人は銀貨を5枚ずつ渡す。その時ネイビスは受付のテーブルの上に並べて置いてあった指輪型のアクセサリーが気になった。『湯煙の宿』や『風林の宿』には置いてなかったが、ダンジョン都市イカルの宿には必ずこのアクセサリーが置かれていたのをネイビスは思い出す。

「あのー。このアクセサリーってなんですか?」
「ああ、これ?知らないのかい?避妊の指輪だよ。冒険者だったら一個は持っておくことをお勧めしとくよ?てっきり兄ちゃん達は持ってると思ったけど意外なこともあるもんだな」
「避妊!」

 ネイビスは避妊の指輪を手に取って調べる。効果には確かに避妊と書かれていた。

「ネイビスどうしたの?」
「ネイビス君どうしたの?部屋行こうよ」

 後ろに待機していたイリスとビエラが受付のおじさんと話し込むネイビスに声をかける。

「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。これ三つ買います!」
「これは女がつけるやつだぞ?兄ちゃんもつけるのかい?」

 おじさんはからかうようにそう言った。

「あ、じゃあ一つは予備でお願いします」
「あいよ。一つ20000ギルするが出せるかい?」
「はい!金貨6枚ですね。どうぞ」

 金貨6枚などネイビスにとっては端金だ。ネイビスは即決して即買いした。

「何買ったの?」
「聞いて驚け!避妊の指輪だ!」

 そう言ってネイビスは買った三つの避妊の指輪をイリスとビエラに見せる。

「避妊の指輪!?確かその指輪、結構な確率で宿屋に置かれてるやつよね?」
「避妊ってことは例のアレできちゃう!?」
「つまりそういうことだ」

 噴水の前にいた時から熱々だった三人は部屋に入ると同時に絡み合い、熱く長い夜を過ごすのだった。



46爆弾投下シーズン2

「チュンチュン」

 朝ネイビスが目覚めると小鳥の囀りが聞こえた。それとイリスとビエラの「スースー」という寝息も聞こえた。ネイビスは一糸纏わぬ姿の二人の頭を優しく撫でて服をインベントリから取り出し着始める。

「ん?ネイビス起きてたの?」

 イリスが目覚めてネイビスに問いかける。

「ああ。朝のキスするか」

 ネイビスは服を着終えるとイリスの枕元に座りそっと口づけを交わした。

「珍しいわね。ネイビスがこんなに朝早いなんて」
「まぁな」
「ネイビス君。私にもキスして」

 ビエラが起きて来てネイビスにキスをせがむ。ネイビスはビエラにも同じようにキスをしてから立ち上がった。

「俺、朝食買って来るから」

 ネイビスが町に繰り出すと町は静謐な朝に包まれていた。露店でサンドイッチを三人分買ってネイビスは宿屋に戻る。

「買って来たぞー」
「ありがとう」
「ネイビス君ありがとう!」

 三人は朝食を食べながら今日の予定を確認する。

「明日の十一時が謁見よね。今日は冒険者ギルドに行けばいいのよね」
「そうだな。とりあえずは冒険者ギルドに行くか。だとしても結構時間が余ると思うんだよな」
「なら、私達の母校に行かない?」
「それ賛成!ビエラナイスアイデア!」
「勇者学院か……。それもありだな」
「じゃあ、午前中は冒険者ギルドで午後は勇者学院でいいわね?」
「異議なし」
「うんうん!」

 その後三人は王都にある冒険者ギルド本部に赴いた。とても荘厳ででかい建物に三人は圧倒されたが明日は王城に行くのだからいちいち気にしてはいられない。受付の男性にネイビスは以前ダンジョン都市イカルの『カエル沼』の受付で書いてもらった証書を提示する。

「ダンジョン発見者の方ですね!お待ちしておりました。これからギルドマスターと会っていただきます!」

 受付の男性にそう言われて三人は建物の5階へと案内された。5階に上がると一つの大きな両開きの扉があり受付の男性は「お入りください」と言って下の階に戻って行ってしまった。

「入りますか」
「そうね」

 ネイビスが恐る恐る扉を開く。すると中にはとても見覚えのあるフロストコングがいた。いや、違う。フロストコングに似たカーネルドに似た一人の男がいた。

「よう!待ってたぜ」

 三人が入り口で突っ立っているとそのフロストコングは三人に声をかけた。

「もしかしてカーネルドさん?」
「お?俺の兄貴を知ってるのか?俺はアーネルド。斧聖レベル60だ!グハハ!」
「俺はネイビスです。一応魔法使いレベル68です」

「レベル68」という言葉を聞いてアーネルドは「グハハ!」と笑った。

「お前さんがあの噂の人類最高到達レベルの更新者か!お嬢ちゃん達は?」
「私はイリス。剣士レベル55よ」
「私はビエラです!僧侶レベル55です!」
「ほう。確かに三人ともかなりの実力を持ってるみたいだな」

 アーネルドは舐め回すかの如く三人を見回す。

「まぁいい。それより座れ」

 アーネルドはソファーを指し示す。ネイビス達は指示通りそのソファーに座った。

「先ず大きく分けて二つある。一つが新しいダンジョンの情報提供料の支払いだ。これは額が額なだけにここで俺が直接支払う。そして二つ。明日の謁見についてだ」

 そう言ってアーネルドはインベントリから見慣れない硬貨を取り出してテーブルに並べる。

「大金貨12枚だ」
「「大金貨!?」」

 イリスとビエラが驚きの声を上げて立ち上がる。

「大金貨ってそんなにすごいのか?」

 ネイビスが疑問を口にするとイリスが説明を入れる。

「すごいも何も、白金貨100枚分の1億ギルよ!貴族とか王族とかしか持っていない物なんだから!」
「てことは12億ギルってことか……」

 ネイビスはマジマジと大金貨を見て手に取る。

「一人4枚ずつだな」
「そうね……。すっかり大金持ちになったわね」
「だね」

 三人は4枚ずつ大金貨を取って各々のインベントリに入れる。それを見てアーネルドが助言する。

「まぁ、あまり大金貨を持ってるって言わない方がいいぞ。将来家を買う時にでも取っておくと良いな」
「はい。そうしようと思います」
「よし!次は謁見についてだな。謁見は俺も同席するが、礼儀を守ってもらわなくてはならない。そこを今から指導する」
「よろしくお願いします」

 そこから礼の仕方や頭を上げるタイミングなど様々なマナーをネイビス達はアーネルドから教わった。

「まぁルドルフは多少の無礼は許してくれるからな」
「そうなんですか……」
「ああ。じゃあこれで終わりだがいいか?」
「いえ。少しだけ話したいことがあります」

 そう言ってネイビスは不敵に笑った。

「なんだ?言ってみろ」
「先ずは俺のステータスを見ていただけますか?」

 それから大体カーネルドの時と同じような流れでネイビスは転職について教えて行った。

「こりゃたまげた。転職ねぇ。確かにこのステータスとスキルを見れば納得がいくな」
「はい。ここでお願いがあるのですが、明日の謁見で転職の証人になって欲しいのです!」
「おう。いいぞ!それにしてもこの情報はヤバいな。またすげえ額の情報提供料が支払われるかもしれないぞ。とりあえずスキルとステータスをメモさせてくれ。今後の役に立てたい」
「良いですよ」

 アーネルドは三人のステータスを紙に写していった。一通り書き写し終えてから三人に尋ねる。

「この『ノービスの本気』とか『プチマジックミサイル』とか『剣士見習いの本気』とか『プチホーリー』とかは第四スキルってことは分かる。だがこの『プチメテオ』『プチフリーズ』『プチストーム』ってのは何だ?それに嬢ちゃんの経験値二倍ってのも気になる。それにアクセサリーの効果が尋常じゃないな」
「あ、やべ。アクセサリー外すの忘れてた」
「詳しく聞かせてもらおうか」

 仕方なく三人はアクセサリーについて話すことにした。

「そうかそうか!世の中は広いな!じゃあ早速スキルをお披露目してもらおうか!新しく発見されたスキルを記録するのも仕事なもんでな!」

 三人は冒険者ギルド地下訓練場に向かった。

「良いんですね?」
「ああ。どうなっても俺が責任を取る」
「じゃあ行きます。『プチメテオ』」

 結果。地下訓練場にでかいクレーターができた。

「『プチストーム』」

 結果。生まれた竜巻がうねうね動き回り壁にぶつかって壁を破壊した。

「行きます!『プチフリーズ』!」

 結果。とても寒かった。アーネルドがフロストコングに見えた。

「凄まじいな。特に兄ちゃんの放った魔法。それならあのAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略できるかもしれないな」
「もちろんそのつもりですよ」
「グハハ!一本取られたな!」

 それからも三人はそれぞれの第四スキルを披露して行った。

「ほう。『プチホーリー』は攻撃魔法なんだな。こりゃ世紀の大発見だ」
「以上で終わりですか?」
「ああ。お疲れさん。今から部屋に案内するから今日は泊まっていけ」

 三人は3階にある豪華な部屋に通された。

「あのー。午後出かけてきても良いですか?」
「ああ。構わんぞ。明日の朝9時にここにいてくれれば良いから」
「了解です。じゃあイリス。ビエラ。行くか?」
「そうね。行きましょう」

 三人は部屋で少しくつろいだ後勇者学院に行くことにした。


47勇者学院

 勇者学院前の並木通りを三人は歩いていた。

「懐かしいわねー!」
「うんうん!」
「そうだな。だか前世の記憶があるせいか変な感じがする」

 そのまま三人は校門を潜り中に入っていく。校庭の前を通り、中庭を抜け、食堂で昼飯を食べた。最後にFクラスの担任の先生だったマキナ先生に会いに行こうと言う話になった。職員室に訪れて先生を呼ぶ。

「おぉー!お前ら元気だったか」

 中から出てきたのはオールバックが特徴の背が低めの口髭がダンディーな男だった。

「マキナ先生!」
「お久しぶりです!」

 イリスとビエラがそう言ってお辞儀をした。

「大体三ヶ月ぶりか?」
「そうですね。お久しぶりです」

 ネイビスも二人に習ってお辞儀をする。

「まぁなんだ。三人は一皮剥けたな。何かあったか?」
「ええ。色々ありましたよ」
「色々あったわね」
「うんうん」
「そうか。それは是非聞きたいな」

 その後三人は積もる話をマキナ先生に話した。一部オブラートに包んで。そして謁見の話になった時マキナ先生が言い出した。

「そう言えばお前ら何か悪いことはしていないだろうな?数日前に国の役人が来てお前ら三人の情報を求めてきたんだよ」
「そうなんですか?」

 ネイビスが訊くとマキナ先生は頷いた。

「ああ。その日は何かメモしてすぐに帰って行ったが。謁見の件と何か関係があるのか?」
「分かりません。少し不安ですね」
「まあ、何があっても俺はお前らの先生だからな。いつでも相談しろよ」
「「「はい!」」」

 三人はマキナ先生と別れて、王都を散策することに。

「それにしても国の役人さん。何調べたんだろうね?」
「だな。俺も何気に気になってる」

 どれだけ考えたって答えは出ない。ネイビスはまぁ平気でしょと割り切ることにした。

「とりあえず、美味しい物でも食べましょう!掲示板によると最近りんご飴っていうお菓子が流行っているみたいよ!」
「りんご飴な。あれ美味しいよな」

 ネイビスは前世で食べたりんご飴のことを思い出していた。

「なにネイビス。あなた食べたことあるの?」
「ああ。祭りの時とかな」
「祭りの時そんなお菓子あったっけ?」

 ネイビスの発言にビエラが首を傾げる。

「ああ。まぁ、前世だけどな」
「またそれね。まあ良いわ。美味しいのならそれにしましょう!」

 イリスを先頭にして三人は王都の町を往く。

「りんご飴3つください!」

 三人はりんご飴を買って、また例の噴水の前のベンチに座り、りんご飴をぺろぺろしていた。

「いよいよ明日かー」
「そうだね」
「ネイビス緊張してる?」
「そりゃ緊張くらいするさ。だがワクワクが勝ってるがな」
「ネイビス君らしいね!」

 りんご飴を食べ終えると三人は夏服を買いに行くことにした。今日は6月20日。これから夏という時期だ。店に行くと夏向けの服が並べられあった。

「私はホットパンツかな。それに黒のシャツ。ネイビスはどう思う?」
「私はこの白のワンピースにしようかな?ネイビス君、似合うかなぁ?」

 イリスとビエラが服を手に持ってネイビスに尋ねる。

「いや。二人なら何でも合うだろ」
「そういうこと聞いてるんじゃないわよ」
「そうだよネイビス君!」

 ネイビスの回答に不服だった二人は頬を膨らませる。

「なんかすまん。まあ。そのホットパンツならスタイルのいいイリス似合うし、黒のシャツも黒の似合うイリスに似合うと思うぞ」
「そう。ちゃんとできるじゃない」

 イリスは店員のもとへ買いに行った。残ったビエラが手に持った白いワンピースをネイビスに見せて訊く。

「ねね。私は?」
「白いワンピースか。流石にそれは冒険者向きじゃないんじゃないか?」
「そうだね」
「でも似合うと思うぞ。可愛いからな」
「ならデート用に買おうかな?」
「それが良いと思うぞ」

 ビエラも服を買いに行った。残されたネイビスは男物の夏服を探す。

「俺は短パンとか似合わなそうだな」

 ネイビスは無難に黒の長ズボンと胸のところにワンポイントの刺繍のある白いシャツを買った。それと【冒険者の服(夏季)シリーズ】のCセットとEセットが好みだったので二つとも手に取って買う。

「ネイビス結構買ったわね」
「おう。ついな」
「そろそろ冒険者ギルド戻る?」
「そうだな」

 三人は冒険者ギルドに戻り、帰りがけ露店で買った夕飯を食べる。

「ねぇネイビス君。不死のアクセサリーが手に入ったらこのミスリルバングルはネイビス君に返そうと思うんだけど」
「どうしてだ?」
「えっと。ネイビス君が一番経験値必要なんでしょ?」

 それを聞いてネイビスは考える。確かにミスリルバングルを返してもらえるのはありがたい。ネイビスだって早く強くなりたいのだ。だがこの考えをすぐに放棄する。

「いや。辞めにしよう。今後の方針だが、ビエラを先に聖女レベル99にすることにした。そして『リレイズ』を覚えてもらう」
「『リレイズ』?」
「ああ。死んでも自動で最大HPの25パーセントで復活するスキルだ」
「そんなのあるの?」
「ああ。ビエラがカンストしても経験値は俺とイリスで二等分されるからな。実質経験値1.5倍になる。そこにミスリルバングルの効果が付けば経験値3倍だ。だから先ずはビエラをカンストさせる」
「分かった。その次はネイビス君?」
「そうだな。早く魔導士になって普通の属性魔法を使いたいし。いいか?」
「ええ。私は最後でいいわよ」

 今後の方針が決まり三人は夜のイチャイチャタイムに入った。避妊の指輪を手にした三人に敵などもはやいなかった。



48謁見

 朝が来た。謁見当日の朝が来た。三人は部屋でバタバタしていた。

「あと少しで謁見だよ。私緊張してきた」
「そうね。確かに緊張するわね」
「そうか?俺はむしろ楽しみだけどな」

 コンコン。部屋のドアがノックされる。扉を開けたのはカーネルドに似たフロストコングだった。いや、違う。フロストコングに似たアーネルドだった。紛らわしい。

「よう。お前ら!元気か?俺は元気だ!グハハ!」

 この人はいつでも元気だなと三人は思った。

「時間ですか?」
「ああそうだ。馬車が来てるぞ!」

 ネイビス達はアーネルドと共に豪華な馬車に乗った。向かい合うようにアーネルドと三人は座る。

「俺がいると馬車が狭くなるってよく言われるんだが、すまんな」
「いえ。平気ですよ」

 確かに馬車の中はアーネルドのせいで狭くなっていた。

「まぁ一時間ほどで着くと思うからな。そしたら客室に通されて謁見の呼び出しが掛かるまで待つって感じだ」
「はい」
「まぁ何だ。それまでお前らの旅の話でも聞こうじゃねぇか」

 ネイビス達は王都に来て三度目の思い出話を始めた。ちなみに一度目が夜の噴水で、二度目がマキナ先生だ。話しているうちに王城が見えてきた。

「うう。緊張してきたよ」
「そうね。ビエラ、大丈夫よ」

 立派な門の前に着きネイビス達は馬車を降りてアーネルドに付き従う。とても綺麗な庭園を通り抜けて三人は王城の中へと入って行った。

「これがお城か。生で見ると迫力が違うな!」
「ネイビス!ここはもう王城の中なのよ?落ち着きなさい!」

 子どものようにはしゃぐネイビスをイリスが諌める。それを見てアーネルドが笑いながら言う。

「グハハ!まぁいいじゃねえか。減るもんじゃねえしな!」
「そうだぞイリス!」

 アーネルドに賛同するネイビスを見てイリスはやれやれと首を振った。しばらく歩くと三人は客間に通された。そこで三人は30分ほど待つ。

「謁見の時間になりました。ついてきてください」

 一人の老紳士が三人を王座の間へと連れていく。大きな扉の前に着き、いよいよ謁見となる。

「では、私はここで。くれぐれも失礼のなきように」

 そう言って老紳士が下がっていった。

「まぁ何だ。なんかあったら俺が助けてやるよ。じゃあ行くか」
「はい」
「うぅー。緊張するよー」
「ビエラ大丈夫よ。私がいるわ」

 そう言うイリスも緊張に震えていた。そんなことはお構いなしにアーネルドがゆっくりと扉を開けて中へと入っていく。三人はその後についていった。三人は昨日アーネルドに教わった通り顔を下に向けて歩く。そしてアーネルドが跪くとそれに倣って三人も跪いて下を向く。

「面をあげよ」

 王座に座る国王ルドルフが低く響く声でそう言ったが、ここでは顔を上げない。

「よい。面をあげよ」

 二回目の許しを得てから四人は顔を上げた。国王の隣には王妃と思しき女が一人立っていて、他にも横の方に紙を持っている男が一人とローブを着た銀髪の美女が一人立っていた。ネイビスがその美女の方を見ると彼女は微笑み返した。ネイビスはすぐさま視線を逸らす。その時男が紙を読み上げ始めた。

「この度冒険者ネイビス、イリス、ビエラの三名が三つの新しいダンジョンを発見しました。Dランクダンジョン『狼の宴』Cランクダンジョン『トカゲの巣窟』Bランクダンジョン『ワニワニパニック』新しいダンジョンの発見は新たな産業を生み出すとても素晴らしい功績です。よって三人には勲章が授与されます。ではこれから授与を行いたいと思うのですが、その前に一つだけ確認しなくてはならないことがあります」

 男がそう言うと空気は一変して重くなり、両脇に並んで立っていた騎士達が抜刀してネイビス達を囲んだ。

「これはどう言うことだ?」

 アーネルドが国王を睨みつけて問う。

「アーネルドよ。久しいな」
「なぜ俺達が囲まれなければならない?」
「アーネルドよ。お前には関係ない。用があるのはその三人だ」
「何?」

 ネイビス達は突然のことに戸惑い、ただ呆然とアーネルドと国王の会話を聞いていた。そこで先程の男が補足説明を始める。

「その三人には職業とレベルの改竄の疑いがかかっている。冒険者を探し出して捕らえるのは難しいからな。そちらから来てもらったというわけだ」
「改竄なんてしていないわ!」

 男の言葉に異議を立ててイリスは反論する。それを蔑むように見て男は続ける。

「謁見に当たって色々と調べさせて貰ったぞ。お前達三人は勇者学院を今年卒業したばかりだとか。しかも記録にはノービスと剣士見習いと僧侶見習いと書かれていた。だがお前達のダンジョン攻略の履歴を調べたらなんだ?魔法使いに剣士に僧侶だと?しかもつい最近人類最高到達レベルを塗り替えたとか。冗談もほどほどにしたまえ!」
「これはいったいどう言うことなんだ?聞かせてもらおうか」

 男に続いて国王が剣呑な眼差しでネイビス達に尋ねる。

「ふはは。ふはははは!」

 するとネイビスは声を上げて笑い出した。

「ついにおかしくなったか。その者達を捕らえよ!」

 男がそう言って騎士達はネイビス達に襲いかかる。その瞬間ネイビスはあるスキルを使う。

「『ノービスの本気』!」

 ネイビスの体が七色に輝き始め、衝撃波が生まれる。その迫力に気圧されて騎士達の足が止まった。

「何!『ブレイブハート』だと!?」

 国王が思わず立ち上がって声を漏らす。

「いや違うな。これはノービスレベル99で覚えるスキル『ノービスの本気』だ!」
「レベル99!?」

 男が驚きの声を上げてたじろぐ。その横で銀髪の美女が不敵な笑みを浮かべて「やっと見つけた」と呟いたがその言葉は誰の耳にも入ることはなかった。

「アーネルドさん。証明頼みますよ」
「ああ。ルドルフ。実はコイツらが発見したのは新しいダンジョンだけじゃねぇんだ。いいか?よく聞け?コイツらは転職を見つけたんだ」
「転職?」
「ああ。レベル99になると一つ上のランクの同系統の職のレベル0に転職できるんだとよ。コイツらの職業が変わったのはまさにそれだな」

 ネイビスはカーネルドが書いた証書をアーネルドに託して国王に渡させた。その証書を見て国王は確認のために訊いた。

「と言うことはこの者達は既に一度レベル99になっていると?」
「そう言うことだな。お前なら分かるだろ。コイツらの強さはよ」
「ふはは!どうやら預言は当たっていたようだなアリエル」

 国王は朗らかに笑うと銀髪の美女の方を見て言った。明らかに先程までの物腰とは違っていた。それに対して銀髪美女アリエルは微笑んで答える。

「ええ。そのようですね。伝説の勇者の再来です」

 それを聞いて国王は一つ頷くとネイビス達に対して頭を下げた。

「試すような真似をしてすまなかった。だが、そなたらが真の勇者であるかを見極めなくてはならなかった」
「預言?それに真の勇者?国王様は何を仰っているのですか?」

 国王の謝罪を見て、先程までネイビス達を責めていた男が弱腰になって国王に尋ねる。

「アリエルが預言したんだ。真の勇者が現れるとな」
「そうなのか?アリエル!」

 男が銀髪美女アリエルを問い詰める。

「はい。確かに私がそう預言しました。そして、この事は私と国王しか知りません」
「なぜ私には教えなかった?」
「それは自分の頭で考えてください。ポーツマン卿」

 男は肩を落とした。彼は自分こそが一番国王に信頼されていると信じてやまない男だった。それ故に、自分にその預言が知らされなかったことに一種の疎外感のようなものを抱いた。落ち込む男を見て国王が告げる。

「なに。ポーツマン。お前に知らせなかったのには訳がある。預言の内容を知らない存在による客観的な意見が必要だったからだ」
「そ、そうだったんですか!」
「ああ」
「あのー。お取り込み中のところ悪いんですが、どう言うことですか?」

 放ったらかしにされていたネイビスが国王に疑問を呈した。

「要はそなたらが真の勇者であると私が認めたということだ。よし。そなたらにはダンジョン発見の功績としての蒼龍勲章に加えてさらに称号も与えよう!乱数神ランダムが認めたパーティー、その名も『ランダム勇者』だ!」

 紆余曲折はあったが、勲章に加えて称号まで与えられてしまったネイビス達であった。



49大預言者

 謁見が終わり三人は客室に戻っていた。その胸には黄金に輝く勲章が煌めいている。

「ふぅー。終わったわね」
「だね。疲れたよー」
「まだ帰れないけどな」

 三人は少し休憩を挟んだ後国王達とともに昼食を食べる運びとなっていた。そして午後は転職やらステータスやらの緊急会議に参加することになっていた。ネイビスにとってはむしろここからが本番だった。そう。ネイビスにはある使命があった。ダンジョン周回の解禁という大役が。そのために転職という情報をこれまで広めてきたのだ。

「そうだ、ネイビス。不死のアクセサリーは?」
「あ!忘れてた。昼食の時にでもお願いするか!」

 その時部屋がノックされた。

「昼食の時間です。案内します」

 老紳士が三人を案内する。ちなみにアーネルドは仕事があるらしく謁見が終わった後国王と少し話をして帰っていた。三人は広い食堂に通される。既に国王や王妃、王女に王子らしき姿があった。そして先の男とアリエルと呼ばれていた銀髪美女もいた。

「よく来てくれた!私はそなたらを歓迎する。先程は試すようなことをしてすまなかったな」
「いえいえ。仕方のないことですよ」

 国王が謝るとネイビスが代表して返答する。

「そうか。そう言ってもらえると助かるな。さぁ。食べよう」

 食事はとても豪華だった。サラダにパスタ、ピザにグラタンにオニオンスープ。どれも出来立てでネイビス達は満足した。

「あの。国王様。一つお願いがあるのですがいいでしょうか」
「何だ?言ってみなさい」
「はい。実はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』の攻略をしようと考えているのですが、そのために不死のペンダントが必要でして。貸していただけないかと」
「ほう。Aランクダンジョンの攻略か。それは結構。不死のペンダントも貸し出してやろう。確か『絶対零度』にも貸していたしな。後で渡すよう取り計らっておこう」
「ありがとうございます」

 不死のペンダントはあっさり貸出許可が出た。その後も食事を進めていく。やけに銀髪美女がネイビスを見つめてきていた。ネイビスは気になって質問する。

「あのー。俺に何か?」
「ううん。ただ見惚れていただけだよ」
「そ、そうですか……」

 食事中、銀髪美女はずっとネイビスを見ていた。ネイビスも銀髪美女を意識してチラチラ見ている。それに気づいたイリスとビエラが顔を曇らせる。

「ネイビス、ちょっと。あの女知り合い?」
「ネイビス君。説明して?」

 ネイビスの両脇に座るイリスとビエラが問い詰める。

「いやいや、今日が初対面だよ」
「私達よりもああいう大人の女性の方が好みかしら?」
「あの人たぶん私よりも大きい」
「そうなのか?」

 銀髪美女は全身を覆うローブを着ているのでネイビスには彼女の体型がわからなかったが、女性同士では何か分かるものがあるのだろう。

「なになに。ボクの話?」

 三人がコショコショ話していると銀髪美女アリエルが言った。

「いや、美しい人だなーって。な?」
「え、ええ。そうね」
「う、うん」

 三人は必死に誤魔化す。

「ふーん。それよりも三人は恋人なのかな?」
「ええそうよ!」

 アリエルが尋ねるとイリスがハキハキと答える。

「あら残念。でも素敵ね。勇者パーティーみたい」
「ああ。『絶対零度』ですか?」
「ふふふ」

 アリエルは否定も肯定もしなかった。ただ不敵に微笑んでネイビスに熱い視線を送るだけ。ネイビスは独特な雰囲気の人だなと思った。

「なんだアリエル。ネイビス殿に気でもあるのか?」

 王子がアリエルに尋ねる。その眉間には皺が寄っていた。

「あら。嫉妬かしらレオハルト」

 アリエルは王子を見返して言う。

「そ、そうじゃ無い。ただ確認しただけだ」
「レオはエルのこと大好きだもんね」
「な!違うし!訂正しろ」

 王女が王子をからかって微笑む。それに対して王子は強く反発した。

「まぁまぁよさんか。それよりそろそろ昼餉は終わりだ。皆もお腹いっぱい食べただろう」
「はい。そうしましょう」

 国王がそう言うと隣に座っていた王妃が頷く。昼食は終わり三人は会議までの時間、再び客室で過ごすことになった。食堂を出て行く三人にアリエルが声をかける。

「アクセサリー。良いものをつけてますね」
「分かりますか?」

 ネイビスは振り返ってアリエルに聞き返した。アリエルは微笑んで答える。

「ええ、まあ。『ランダム勇者』の皆さんに預言者として一つ言わせてもらいます。神はあなた達を真の勇者として認めました。あなた達は確かに強い。ですが、まだ足りません。もっと強くなって頂かなくては」
「言われなくてもそのつもりですよ」
「なら安心です」
「そうですか。ではまた」

 ネイビスはアリエルに一つお辞儀をするとイリスとビエラと共に食堂を出て行く。三人の後ろ姿を見ながらアリエルは誰にも聞こえないような小さな声で呟いて笑う。

「彼なら殺せるかしら。ふふふ」



50会議

 ネイビスとイリスとビエラの三人は王城の会議室にいた。会議には宰相や大臣、近衛騎士団長など、偉い人達が集まっていた。長机の誕生席に国王が座り、反対側の端にネイビス達が座っている。国王の隣に座るポーツマン卿が口火を切った。

「えー。今回みなさんに集まっていただいたのは他でもない。此度発覚した新事実である転職についてだ。もちろんこれは国家機密だ。許可なくこの事を漏らしたものにはそれ相応の罰が課せられるので、各自肝に命じておくように。では、発見者の『ランダム勇者』のみなさん。お話をお聞かせ願います」

 ポーツマン卿の振りを受けてイリスとビエラがネイビスに視線を送り、ネイビスが説明してよと訴える。ネイビスはやれやれと一つため息を吐くと説明を始めた。

「先ず最初に断言します。レベル99になることは可能です。俺は既に二回レベル99になっていますし、イリスとビエラも一度はレベル99になっています」

 そこまでネイビスが話すと会議に参加している者がざわつき始め、次々と手を挙げた。それをポーツマン卿が仕切る。

「ブルース大臣。意見をどうぞ」
「はい。先ずどうやってレベル99に至ったのですか?記録に残る人類最高到達レベルでさえレベル67なんですよ?私には俄には信じることは出来ない」

 彼の言葉に手を挙げていた者達が「そうだそうだ」と首を縦に振って同調した。それを見てネイビスはほくそ笑み応える。

「あー。それはですね。簡単な話ですよ。周回すればいいんです。周回」
「周回とな?」

 ネイビスが周回と連呼したのを聞いて国王が尋ねる。ネイビスは頷いてその先を話す。

「はい、国王様。ダンジョンを周回すればいいんです。それが僕達がレベル99に至った、たった一つのやり方です」
「ダンジョンを周回したというのか?」

 今度はポーツマン卿がネイビスに質問した。

「ええ。今回発見したダンジョンで周回しました。本気でやれば一ヶ月くらいでレベル99になれますよ」

 ネイビスの言葉に部屋中がざわつく。

「もしそれが本当なら魔王討伐の日も近いかもしれない」
「今までのランク制度を見直さなくては!」
「そうだな。だとしたらSSランクやSSSランクか?」

 三々五々と喋り会う男達を見てネイビスは手を叩いて注目を集める。

「とにかく。先ずは既存のランク制度の見直しを行う必要があります。俺からの提案ですが、69レベル以下は今までのままにして、70レベル以上をSSランク。80レベル以上をSSSランク。90レベル以上をレジェンドのLランクとするのはいかがでしょうか?そして、転職の回数と合わせて例えば一回転職したレベル50以上の人ならLAランク、二回転職したレベル60以上の人ならLLSランクのようにランクを表すようにするのがいいと思います」

 ネイビスの説明を男達は真剣に聞いた。そして説明が終わると少し考えてから彼らは頷き合う。

「私は賛成だ」
「私もいいと思います」
「賛成の人が多そうですな。国王様はどのようにお考えで?」

 ポーツマン卿が総意を確認すると最後に国王に確認した。国王は大きく頷いて応える。

「私もそれで良いと思う。だが、ネイビス殿は先程《《先ずは》》と言った。ということはまだ続きがあるということだ。是非ともその続きを聞きたい」

 国王の言葉にネイビスはニヤリと笑った。

「ええ、もちろんです。次に考えるべきなのはダンジョン周回の一部解禁です」
「ダンジョン周回の解禁だと?」
「はい。ですが、あくまでも一部です。例えば、そうですね。試験を設けて合格した者にダンジョン周回を許可するとか、国が特別な許可を与えた者だけが周回できるとかですかね」
「ほう。限られた者のみダンジョン攻略の制限を無くすのか。それはいい考えだな」
「私は反対です。そもそも何故ダンジョン攻略が一日に一回までになったとお考えですか?それは安全のためです。無謀にも一日に何度も周回した冒険者達がどうなったか分かりますか?」

 一人の男がネイビスの意見に異を唱えた。ネイビスは少し考えて返答する。

「恐らく死んだんでしょう。ですが、それは無謀に周回した人の話ですよね?」
「無謀じゃない周回があるとでも言うのですか?」
「ええ。ありますよ。そうですね。俺達のパーティーは一日に最低でも十周以上周回してましたよ?でも、ほら!こうして生きている」
「それは、あなた達が真の勇者だからでしょう。他の冒険者には当てはまりません。なので私は周回を解禁するのは反対です」

 男の言葉にネイビスは綻びを見つけ、嬉笑いをしそうになるのをなんとか我慢して突き返す。

「ということはこういうことですか?普通の冒険者は周回はダメだけど、俺達のパーティーは真の勇者だから周回してもいいと。つまりそう言うことですね?」
「それは!」
「国王様。どうか俺達にダンジョン周回の許可を下さいませんか?」

 ネイビスは男を無視して国王に向き直って訊く。

「うむ。私はそなたらには許可を出しても良いと思っている。既に周回をしているようだしな」
「な!国王様!本気ですか?」
「ノックよ。今日は歴史に残る変革の日だ。私達は変わらなくてはならない。国の運営に保守的な意見はいつだって大事だ。だが、今は変わる時なのだ。理解してくれるか?」
「そ、それは。はい」
「他の者も異論はないな?」

 国王が会議に参加している者達に尋ねると皆首肯して同意の意を示す。ネイビスは心の中でガッツポーズを作った。

「では、『ランダム勇者』には特別にダンジョン周回の許可を与えることにする。そうだな。他にも『絶対零度』や『破壊神』、『理』の三つのSランクパーティーにもこの話をするべきか」
「私もそう思います。他にも伸び代のあるAランクパーティーにも声を掛けるべきかと」
「その通りだなポーツマン。そうするとしよう」
「はい。では転職に関してはこのくらいで。次はレベル99で習得できるという第四スキルについて議論することにしましょう」

 その後、第四スキルについてや、ステータスについてネイビス達は根掘り葉掘り訊かれ、日が暮れるまで会議は続くのだった。



51双星

「やっと終わったぁ」
「お疲れ様」

 ネイビスが息も絶え絶えな様子でそう言うと隣に座っているビエラが労う。会議が終わったのは日が暮れた後だった。ネイビス達のステータスを確認する時に、彼らの付けていたアクセサリーが話題となり、さらに議論が長引いてしまったのだ。

「ご苦労であったな。では約束通り、これから宝物庫に案内する」

 会議が終わるとネイビス達は国王直々に宝物庫に案内された。
 王城の最も奥深くにある厳重に警備された宝物庫の中へと入ると、幾つもの棚に宝物が所狭しと並べられてあった。国王は入り口から直ぐの場所にある棚に置かれてある箱を手に取ると、中から三つのペンダントを取り出した。

「これが不死のペンダントだ」
「ありがとうございます」

 国王はネイビス達一人一人に不死のペンダントを渡していった。三人は感謝して慎重に受け取って行く。それは黄金とエメラルドが美しく溶け合ったようなペンダントだった。三人が不死のペンダントに見とれていると国王が口を開いた。

「『ランダム勇者』よ。お主らの此度の貢献は類を見ない程の偉大なものだった。そうだな。一人ひとつ、この宝物庫から好きなアイテムを持って行って構わんぞ」
「え!いいんですか?」

 国王の発言にネイビスが喜色の声を上げる。国王はそれに笑顔で応えた。

「ああ。二言はない。早速どれにするか決めに行くとよい」

 ネイビスは少し興奮気味に宝物庫を物色し始めた。中にはゲームで見たことのあるアイテムや全く見たことのないものもあった。だが、見たことのないものの多くは絵画や陶芸品等の芸術作品で、ネイビスが欲しいと思う物ではなかった。

「ねぇ、ネイビス君!この杖どっちがいいかな?」

 ネイビスが血眼で宝を探していると、ビエラが二つの杖を持ってネイビスに声をかけた。

「ん?それは!」

 ネイビスはビエラが持つ杖を見て唖然とする。

「間違いない。これはツインスタッフだ!しかもこの色と形。もしかしなくても双星なのか?」
「ネイビス君。これ知ってるの?」
「ああ。これはな。雷鳴剣と並ぶ、最強武器だ。でも、何でここに?」

 ツインスタッフとはゲームの中に出てくる武器の種類で、対になった二つの杖のことである。双星は宵の明星と明けの明星の二つの杖がセットとなっている。ゲームでは双星は魔王討伐後に魔王城の隠しエリアである墓地にて手に入れることが出来る武器だ。双星は魔王の魔法により封印されていて、魔王を倒すことでその封印が解けるのだ。

「その杖はな。古い文献によると、伝説の勇者のパーティーメンバーだったとされる双子の物だと言われている」
「そうなんだぁ」

 国王が説明するとビエラが感嘆の声を漏らした。そんなビエラをよそにしてネイビスは一人考える。双星は伝説の勇者パーティーのメンバーの物だった?それに双星がここにあるということは誰かが既に魔王を倒したということになる。それともマギカードやダンジョンの周回禁止のように、この世界がゲームではなくなったことでまた何か歴史が変わっているのか?そもそも今はゲームと同じ時間軸なのだろうか。疑問が更なる疑問を呼び、ネイビスは思考の渦に飲み込まれそうになる。

「ネイビス君?」

 ビエラが心配そうに考え込むネイビスの顔を覗き込んだ。

「ああ。何でもない」
「大丈夫?」
「平気だ。それより俺はこの宵の明星を選ぶわ」

 ビエラのお陰で現実に戻ったネイビスはいつものごとく持ち前の楽観主義で、悩みを無限の彼方へと追いやった。

「宵の明星?」
「そうだ。この紫を基調とした杖が宵の明星と言って、こっちの朱色を基調とした杖が明けの明星って言うんだ。効果はそれぞれ闇魔法、光魔法の威力1.5倍だ。二つあわせて双星な」
「そうなんだ!もしかしてプチホーリーの威力が上がるの?」
「そうだぞ」
「じゃあ、私はこっちの明けの明星にする!」
「ふーん。二人ももう決まったみたいね」

 ビエラが明けの明星に決めると、イリスがやって来て声をかけた。

「イリスちゃん!イリスちゃんはもう決まったの?」
「ええ。私はこの力の護符にするわ。効果はSTRがプラス75なのよ」
「それはいいチョイスだ」

 イリスは赤色の護符を手にもってネイビスとビエラに見せるとネイビスが頷いて応えた。それを見て国王が三人に歩み寄り声をかける。

「どうやら三人とも決まったようだね」
「はい。不死のペンダントといい、これといいありがとうございました!」
「「ありがとうございました」」

 ネイビスが国王に感謝を述べて頭を下げるとビエラとイリスも後に続いて礼を言った。

「なに。初期投資だとでも思っておいてくれたまえ。その代わり今後の活躍には期待しているからな」
「はい!」

 その後、三人は国王と別れて王城を後にした。城を出る頃には辺りはすっかり夜で、空には丸い月が浮かんでいた。



掲示板回6

【真の勇者現れる!?】

1:管理人
この掲示板は魔王討伐の為の情報共有の場です。不適切な内容の書き込みはやめてください。

2:127期槍聖
ヤバいニュースがあるんだが聞くか?

3:135期拳闘士
いや、タイトルから分かる笑

4:136期魔法使い
真の勇者って本当ですか?というか真の勇者とは何ですか?

5:127期槍聖
実を言うとな。俺もわからん。

6:135期拳闘士
じゃあなんでスレ作ったし笑

7:127期槍聖
確かに真の勇者ってのは分からないが、知ってることもあるぞ。実は俺、こう見えても近衛騎士団所属なんだ。それで上から噂が流れてきたって訳よ。

8:129期バーサーカー
これはたぶんガチッすよ。自分のいる第二騎士団でも真の勇者の話で持ち切りっす。

9:135期拳闘士
スレ主超エリートやん。ちなみに階級は?

10:127期槍聖
それ言ったら特定されるんだが

11:135期拳闘士
ということは平ではなくて階級持ちですね。分かりました。エリートは殺します。『昇龍拳』!

12:127期槍聖
ぐはっ!!!

13:136期魔法使い
なにやってるんですか。
それよりも早く情報提供頼みますよ。

14:127期槍聖
了解。先ずその真の勇者ってやつだが、『ランダム勇者』という称号を国王からもらったそうだ。詳しいことは分からないが、あの蒼龍勲章をもらったらしい。

15:136期魔法使い
蒼龍勲章って、確か国に大きく貢献した冒険者が授かる勲章でしたよね

16:127期槍聖
そうなるな。

17:136期魔法使い
一体どんな功績を成したのでしょうか。うろ覚えですが、確か最後に蒼龍勲章が授けられたのって10年以上前のことですよね。確か、今国のお抱えの大預言者アリエル様。

18:127期槍聖
ダンジョン都市イカルで流行った伝染病の時のことだろ?確か俺が7歳の時のことだ。アリエル様の預言がなかったら俺も死んでたかも知れねぇ。136期という事はまだその時は生まれてなかったみたいだな。

19:141期拳豪
話に割り込む形になって申し訳ないのですが、『ランダム勇者』って、少し前に誕生したノービスのSランク冒険者が率いるパーティーの通り名ではなかったでしたっけ?

20:136期魔法使い
私が聞いたのはアリエル様が預言したっていう『ランダム勇者』です。ノービスのSランク冒険者とは初耳ですね。

21:127期槍聖
俺も初耳だ。もしかしてそのパーティーが真の勇者なのか?

22:141期拳豪
分かりません。ですが、以前に聖剣が抜かれたことがありましたよね?その時に立ったスレで、どうしてそうなったのかは分かりませんがノービスのSランクパーティーの通り名を決める流れになったみたいで、たまたまその時にアリエル様の預言があったみたいです。

23:127期槍聖
そのスレッドにはどんなことが書かれてたんだ?

24:141期拳豪
何故かそのスレはすぐに消されちゃったみたいなんですが、僕が覚えている範囲だと、預言の内容はこんな感じでした。

「真の勇者が現れる。彼らは最弱にして最強なり。その名は『ランダム勇者』」

関連したスレッドで真の勇者に触れているものは全部消されたみたいです。もしかしたらその預言は間違い、もしくは神官の戯言だったのかもしれないと思っていたのてすが、今になって真の勇者が現れたなんて、正直驚きを隠せません。

25:136期魔法使い
ノービスだから最弱なのでしょうか?

26:141期拳豪
分かりませんが、恐らくは。僕、『ランダム勇者』についてもう少し調べて見ます!

27:127期槍聖
俺も調べて見るぞ。




63:139期剣聖
だから、絶対に真の勇者なんて嘘だって。

64:135期翠魔導士
分かんないでしょ。逆に何でそう思うんですか?

65:139期剣聖
真の勇者は勇者ルートって決まってんの。

66:135期翠魔導士
その理論は分かりかねます。

67:139期剣聖
勇者ルートが唯一のSランク勇者だってのは流石に知ってるだろ?

68:135期翠魔導士
はい。そして極度の女たらしとしても有名ですよね?

69:139期剣聖
分かってないな。だからいいんだろ。英雄色を好むだっけ?とにかく真の勇者くらいになればいくらでも女を侍らせていいんだよ。いやー。憧れる。

70:133期大魔導士
私は伝説の勇者パーティーのようなパーティーに憧れますね。




126:127期槍聖
おいおい!号外が出るぞ!【真の勇者パーティー『ランダム勇者』】と【ランク制度の見直し】。さらに、【新ダンジョン発見】だとよ。これから王都中に配られるらしい。

127:139期僧侶
私は今聖都エルデにいるので、王都にいる方、是非情報共有お願いしますです!

128期:127期槍聖
もしかしたら俺ら、歴史の転換期に立たされているのかもな。




52動き出す世界

 ネイビス達が王城を去ったあと、王の間にて国王とアリエルが二人きりで話していた。

「アリエル様。先ほどは演技とは言え、十一位の私が一位のアリエル様を呼び捨てにしてしまい大変失礼しました」

 国王がアリエルに対して深く頭を下げて謝罪した。対するアリエルは手をひらひらとさせて淡々と答えた。

「別にいいわよ。彼らはこちらの事情は知らないわけだし。それにあなた、どうせ本心ではそんなこと思ってもないんでしょう?」

 アリエルが訊くと国王は慌てて首を振って応えた。その首筋には冷や汗が流れていた。

「いやはや、まさか。御冗談を。それより、アリエル様の預言は流石としか言いようがないですな!よもや転職について知るものが庶民の中から現れようとは!」
「ええ、そうね」

 アリエルは明らかに話を逸らそうとしている国王を見て呆れるが、気を取り直して相変わらず淡々と答える。

「アリエル様。『ランダム勇者』は大丈夫でしょうか?転職はランダム教がこれまで隠してきた極秘情報です。それを広めた『ランダム勇者』をランダム教が野放しにしておくとは到底思えませんが」

 国王は顔を陰らせながらアリエルに訊いた。

「大丈夫ですよ。彼らには上手いこと言ってあるので」
「と言いますと?」
「ランダム教の目的は世界統治の邪魔者である魔王勢力をこの世から消し去ることなのよ。『ランダム勇者』がその役を担ってくれると信じ込ませれば、彼らは納得するはずだわ」
「確かにその通りですね」

 国王は頷いてアリエルの意見に賛成の意を示した。

「転職に関してだけど、恐らくランダム教は何らかの手を打ってくるはずよ。そこに便乗する振りをして、少しずつ仲間を作っていくのが最善かしら?」
「そうしましょう」

 国王はアリエルの提案に頷く。その瞳には野心の炎が宿っていた。アリエルはそれを見てため息を吐いてから国王に聞こえない声で呟いた。

「何も知らない方が楽なのかしらね」




 深夜、神聖かつ豪奢な建物の中で一人の男が大声を上げていた。

「何ということだ!転職が世間に知れ渡っただと!?一体誰が漏らしたのだ?今すぐその者を連れてこい!」

 声を大にして怒っているのは、ランダム教のトップに位置するレトナ法王であった。レトナは目前に跪く綺羅びやか鎧を纏った青年に向かって「さぁ、早くせんか!」と怒鳴り散らす。

「まぁまぁ、そう怒らないで」

 青年は苛立ちを隠して、目の前の老人を宥めようと説明する。

「私は怒ってなどいない!これは神が怒っているのだ!私はその怒りを体現させているに過ぎない」
「はいはい。そうですね」
「なら、早く行き給え!誰がお前を七大聖騎士に入れてやったと思っている!その恩に報いたければ、裏切り者を見つけ出して、生かしたままここに連れてこい!いいな!」

 青年は後ろ髪を掻きながら「はぁ」と小さくため息を吐いた。地獄耳のレトナはそのため息を聞き逃さない。ギラッとした目で青年を睨みつけた。

「なんだ、不服か?」
「いえ」
「では、さっさと行き給え」
「はい。ただ、その前に一つ心当たりがございまして」
「なんだ?言ってみろ」
「法王、『ランダム勇者』についてはご存知で?」

『ランダム勇者』という言葉を耳にしたレトナは表情を変えた。

「ああ、アリエルが前に預言していたな。む?まさか?」
「はい。もしかしたら本当に現れたのかもしれません。真の勇者が」
「ふん。勇者など、ただの職業だと思っていたが。で?それが此度の件とどう関係する?」
「情報の出どころは彼らではないかと」
「む?『ランダム勇者』が転職を広めたということか?」
「はい。私はそう考えております」
「そうか。つまり、裏切り者はいないということだな?」
「はい。それに、裏切ることのできる者など一人しかいませんから」
「それもそうだな。だが、そうなるとかえって厄介だな。『ランダム勇者』、あのアリエルが預言した存在か。お前に『ランダム勇者』の調査を任せよう。神に背くならば殺せ。転職については私がどうにかする」
「分かりました」
「では行け!」

 青年は重い腰を上げて、レトナ法王のもとを後にした。

「早速行きますか」

 青年はそう呟くと、王都の町へと繰り出した。



53二つの願い事

「あーあ。疲れたぁ」
「ほんとだね」

 ここは王都で一番良い宿屋として評判の『黄金の月』の一室。部屋は広く、寝具や壁にかけられている絵画などはどれも一流のものだった。ネイビスがため息を吐きながらふかふかのベッドに横たわると、ビエラもそれに倣ってネイビスの隣に寝転がる。

「不死のペンダント貰えて良かったわね」
「そうだな」

 ネイビス達は長丁場の会議の末に宝物庫に案内され、三つの不死のペンダントを手に入れていた。期限は今のところ無いそうだが、オリエンス世界大会の時に一時的に返却することになった。とは言ってもそれはまだまだ先の話だ。イリスもベッドに入ると三人は今後の作戦会議を始めた。

「よし。作戦会議するぞー」
「いいわ。次はどうするのよ?やっぱりAランクダンジョン?それともレベル上げが先?」
「最初は『トカゲの巣窟』で周回レベリングする予定だったが、不死のペンダントを貸してもらった今の俺達ならAランクダンジョンをクリア出来るはずだ。だから先ずは飛空挺でダンジョン都市イカルに行くぞ」
「りょーかい」
「うんうん」

 ネイビスの提案をイリスとビエラが受け入れて同意した。

「ねぇ、ネイビス君。ドラゴンってやっぱり強いのかな?」

 ビエラが枕を胸に抱き締めながら心配そうにネイビスに問いかける。ネイビスは仰向けになって両腕を後頭部に回して枕にしてからビエラの質問に答える。

「まぁ、それなりには強いかな。ランク的にはフロストゴングとかメテオキメラとかストームタイガーとかと同等だからな」
「なら魔法とか使ってくる?」
「いや、平気だ。奴らはブレス攻撃以外は全部接近攻撃だからな。それにそのブレス攻撃も、発動前に口がほんのりと光るから、それ見て回避すればまず当たることはない」
「本当に何でも知ってるのね。それも前世の知識ってやつ?」

 イリスが呆れ気味にそう言うとネイビスははにかんで笑った。

「久々に聞いたな、それ。そうだよ。イリスの言う通り、前世の知識ってやつだ」
「謎が謎を呼ぶわね。ネイビスの前世って本当に何なのよ?」
「私も何気に気になってた。でも、ご法度かなって思って訊かなかったよ」

 ここでネイビスの前世問題が再燃した。それを受けてネイビスは思案する。イリスとビエラとは恋人であり、親密な間柄だ。彼女らになら話しても良いのではないだろうかという気がしていた。

「なら話そうか?俺の前世のこと」

 ネイビスがそう言うとイリスとビエラは逡巡する。

「やっぱりやめとく。私は今のネイビスが好きだから、過去のことは気にしないわ」
「うーん。イリスちゃんがそう言うなら私も聞かない」
「いいのか?」

 ネイビスが確認すると二人はコクりと頷いた。

「そっか。まぁいつでも訊ききたくなった時には訊いてくれ」
「分かったわ」
「うん!ネイビス君。これで作戦会議は終わり?」
「あぁ、終わりだ。そろそろ寝るか?」
「そうしましょう」

 三人は謁見に長時間の会議にと、今日はとても疲れていたので、おやすみなさいのキスをしたあと、明日に備えてそのままぐっすりと眠るのだった。



 翌日の昼頃に三人の部屋に来訪者が現れた。イリスもビエラもまだ寝ていたため、ネイビスが代表してドアを開けた。そこには一人の金髪の青年がいた。体には見事な鎧を着ている。

「あの、どなたですか?」

 ネイビスが尋ねると、青年は爽やかに微笑んで握手を求めながら自己紹介をした。

「はじめまして。僕は七大聖騎士の一人、【金色のヘス】だよ。君が噂の『ランダム勇者』のネイビスくんかな?」
「あ、そうです。どうも」

 ネイビスはヘスと握手をした。そしてこの青年がとてつもなく強いということに気づく。ネイビスはこの世界に来てからなんとなくその存在の「強さ」というものを肌で感じることができるようになってきていた。その直感は戦闘を繰り返すたびに鋭敏になっていたが、その直感が言っていた。恐らく今戦ってもこの青年には勝てないと。

「どうしたのかな?」

 ネイビスの心境など知らないヘスは、冷や汗をかき始めたネイビスに訊く。ネイビスはヘスの質問に質問で返した。

「ヘスさんでしたか。あなた、転職してますよね?」
「おお!やっぱり気付くかい?そうだよ」
「やはり」

 てっきり転職について知っているのは自分だけだと思っていたネイビスは混乱していた。ネイビスはヘスに再度質問する。

「他にも転職している人はいるのですか?」
「うーん。それは教えられないかな」
「そうですか。では、どこで転職について知ったのですか?」
「えっとね。転職については教えられない。ごめんね」
「そうでしたか。では、どのようなご要件で来られたのですか?」

 ネイビスが残念そうにそう訊くと、ヘスは真剣な眼差しでネイビスを見据えて答えた。

「あのね。二つ君にお願いがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「一つ目は転職については広めないで欲しいということ」
「理由を訊いても?」
「理由は世界の平和と秩序のためかな」

 ネイビスはヘスの提示した解答に首を傾げた。

「平和と秩序のため?」
「君は正しい歴史を教えられてないから言われても分からないかもしれないけれど、もし国民全員が僕や君みたいな化け物だったとしたらどうなると思う?」

 ネイビスはヘスに言われた通りのことを想像した。冒険者が皆転職して上級職になれば、より強くなって、戦闘で死ぬ確率も下がる。

「魔物に怯える必要はなくなるし、ダンジョン攻略も進んで、いいことばかりだと思いますが」

 ネイビスの答えにヘスは首を振った。

「そうかもしれない。でも、実際に起こったのは人と人との戦争だよ。そして残ったのは瓦礫と人の死体と荒廃した大地だけ。君は信じるかい?」

 ネイビスは前世の記憶の中から戦争というものを思い返していた。だからこそネイビスはその答えにはっとし、頷くことができた。

「信じますよ。人とは争う生き物ですから」

 そう答えたネイビスの瞳をヘスは真剣に見つめた。ネイビスもヘスの黄金に輝く瞳を見返した。

「いい目をしているね。正直な目だ」
「ありがとうございます」
「だからこそ、二つ目の願いを聞いてほしい」
「何でしょうか?」

 ヘスは深呼吸してからネイビスに二つ目の願い事を告げる。

「魔王とは戦わないで欲しい。いや、戦わないで」
「どうして?」
「理由は二つある。一つ目の理由は君では勝てないからだ。僕達七大聖騎士がいくら束になっても勝てない。魔王とはそういう存在だ。そして、二つ目の理由は魔王が人類の共通の敵として存在するからこそ、今の世界がある。君なら僕の言いたいことが分かるね?」
「は、はい」

 その時ネイビスの背後から「どうしたの?」とイリスの声がした。

「伝えたいことは伝えたから、僕はこれで失礼するよ」
「あ、待って」

 ネイビスが引き留めようとするも、既にヘスの姿はなかった。その後、ネイビスはヘスが言った二つの願い事について考え込むのだった。


54七大聖騎士

「ビエラ起きろ!」

 ネイビスは部屋のカーテンを開け、いつまでも寝ているビエラの体を揺すって起こそうとする。その際ネイビスの手がビエラの胸やお尻に触れるが、ビエラは気にせず眠り込む。ビエラはベッドに伏したまま「まだ寝ていたいよ」と、か細い声でネイビスに応えた。

「出発は明日でしょう?今日くらいゆっくりしてもいいんじゃないかしら」

 イリスはベッドの縁に座っていて、大きく背伸びをしながら、ビエラを起こそうとするネイビスに提案した。ネイビスは確かにそうかもしれないと一度考えるも、先の一件からじっとしていられなかった。

「イリス、七大聖騎士について知っていることを教えてくれ」

 ネイビスがあまりにも真剣な眼差しで訊いてくるので、イリスは少々面を食らってしまった。

「七大聖騎士はランダム教の守護者だけど。どうして?」
「いや、それがな」
「七大聖騎士がどうしたの?」

 やっと起きたビエラが二人の会話に入る。ネイビスは二人が抱いた疑問に答え始める。

「これは大切なことだから二人にも共有しておく。実は、さっきその七大聖騎士の一人らしい【金色のヘス】って男がやってきたんだ」
「だからうるさかったのね。それで?」

 イリスが話の先を促すと、ネイビスは一呼吸おいてから語りだす。

「ここからが本題だ。実は、そのヘスが転職していたんだ」

 ネイビスの言葉に二人は「転職!?」と声を上げて驚いた。ネイビスは頷くと、ヘスから受けた二つの願い事について二人にも共有していった。

「人と人との戦争ね。考えたこともなかったわ」
「そうだよね。学校で教えられた歴史だと、魔王と人類との戦争しかないもんね」

 イリスとビエラはヘスの語った人と人との戦争について考えさせられた。ネイビスは補足するように話を続ける。

「ヘスの様子を見るに、どうやら国が教えている歴史は偽りらしい。それに、魔王がいるから今の世界に秩序と平和があるって話も頷ける」
「それなら、私達の冒険は終わりなの?」

 魔王の存在意義を認めるということは、魔王討伐はしなくていいということになる。そう思ったビエラが訊くとネイビスはしばし考え込んだ。心根ではもちろん冒険を続けたいネイビスだったが、魔王討伐さえすればいいという考えを放棄せざるを得ない今では、直情的な判断は良くないと肝に命じていた。

「これはもう、直接会って話すしかないだろう」

 ネイビスは悩むのが嫌いだ。とはいっても人間、どうしても悩むことはある。そんなときネイビスは悩みに対して二つの方策をとることにしていた。一つは考えつく手段をすべて尽くすこと。ただ、どんな手段を練ったとしてもどうしようもないときもある。そんなとき、ネイビスは一切そのことについて考えるのをやめることにしている。そうすることでネイビスは己の精神を健全に保つのだ。今回はまだ手を尽くしていないので、ネイビスは分からないなら直接話を聞けばいいという結論に至った。

「誰に会うのよ」

 イリスが訊くとネイビスはニカッと笑って「もちろん法王だ」と答えた。

 魔王は人類そしてランダム教の宿敵だ。魔王討伐に反対のヘスは恐らく異端だとネイビスは推測した。だからこそ、ここは慎重にならなければならないとネイビスは判断する。

「法王ね。国王に会った手前、あまり驚かないわ」
「うんうん」

 イリスの意見にビエラが頷いた。法王も平民からしたら雲の上の存在であることは間違いないのだが、三人は既にその一人である国王に会っている。それ故、法王と言われても特筆することはなかった。

「ランダム教の狙いが何なのか。それを見極めないと」

 ネイビスは噛みしめるようにそう呟いた。それを聞いたビエラがネイビスに確認する。

「なら、先ずは法王に会いに行くの?」

 ビエラの問いに「いいや」とネイビスは否定し、懸念事項を二人に話すことにした。

「今はやめておこう。七大聖騎士についてだが、やつらは物凄く強いと思う。少なくともヘスは今の俺らでは敵わない。だから、法王に今会いに行くのは避けたい」
「ちょっと、私達よりも強いって本当なの?」
「ああ」
「どのくらい強いの?」
「恐らくだが、ヘスに関してはカンストしていると思う」
「カンスト?」
「要するに、成長上限まで行っているってことだ」

 カンストの説明を受けて、イリスとビエラは瞠目した。成長上限、それは転職について知る者からすれば一つのゴール地点だ。ネイビスはもちろんのこと、イリスやビエラもそこを目標にレベルを上げてきたのだ。それ故に、三人よりも先にヘスがカンストしているかもしれないという情報はかなり堪えた。

「そうなのね。でも何だか理不尽じゃない?自分達だけ真実を知って、それを秘匿するだなんて!」

 イリスの怒りは一見正当に見えるかもしれないが、冷静さを欠いていたのも事実だ。ネイビスはイリスを「まぁまぁ」と宥めて、話し始める。

「ランダム教にとってはそれが正義だと思ったんだろう。結果的に情報と力の独占になっているかもしれないが、今の世界はそんなに悪くはない。むしろある程度は平和なのも事実だ」
「ネイビスはランダム教の肩を持つのね?」

 イリスがランダム教を味方するようなネイビスの発言に対して難色を示した。ネイビスはそれに首を振って答えた。

「いいや、客観的な判断をしているだけだ。俺はランダム教を信じていない」

 予想外の返答にイリスは「そうなの?」と反応した。
 ネイビスは「ああ」と答えて説明を始める。

「俺は前から疑問に思っていたんだ。何故、人類最高到達レベルが67レベルなのかと。今までは、ただダンジョン周回の規制があるからだと考えていたが、そうじゃないかもしれない」
「つまり、どういうことなの?」
「要するに、高レベルになった冒険者が間引かれている可能性があるということだ」
「間引かれる?」
「ああ。殺されるか、または表舞台から消えて暗部で生きることを強いられるか。他にも可能性はあるとは思うが、ヘスの話からしたら高レベル冒険者はランダム教にとって都合が悪い。だから何らかの対策をしているはずだ。そうでなければとっくの昔に転職について知られていたはずだからな」

 ネイビスの話した憶測にビエラは「なんだか怖いね」と呟いた。ネイビスはそんなビエラを優しく抱き寄せて「安心しろ。俺が守る」と告げる。

「私のことも守りなさいよね?ネイビス」
「ああ、分かっているよ」

 ネイビスはイリスも抱き寄せて、抱擁を交わした。この二人をなんとしても守ろうとネイビスは心に決めるのだった。


55絶対零度

「ネイビスくん。結局次はどこに行くの?」

 ネイビスが賢者タイムに入って少し経つと、隣で横になっていたビエラが質問した。三人は抱擁を交わした後、そのまま大人の時間に入ったのだった。ネイビスはビエラの汗ばんだ前髪を撫でながら答える。

「先ずはAランクダンジョンの攻略だな。当初の目的通りレベル上げを最優先でするぞ」
「うん!」
「ランダム教がなにかしてこないかしら?」

 ビエラは賛成するが、イリスはランダム教の動向が気になる様子だ。イリスの質問にネイビスは特に考える素振りも見せずに即答する。

「分からん。だが、それは考えても仕方ないことだろう」
「それもそうね」
「もう遅いし、そろそろ寝るか」
「「はーい」」

 イリスとビエラが眠りについたあともネイビスは眠れずにいた。体は疲れているはずなのに、脳が覚醒していたからだ。暇を持て余したネイビスは掲示板でも眺めることにした。

 掲示板によると、どうやら転職については世間に広まっていないようだ。恐らくだが、ランダム教が何かしたのだろう。掲示板は『ランダム勇者』、新ダンジョン発見、そしてランク制度の見直しに関して大いに賑わっていた。

 ランク制度についてはネイビスが謁見後の会議で提案した通りになっていた。69レベル以下は既存のままで、70レベル以上をSSランク、80レベル以上をSSSランク、90レベル以上をLランクとするという。そして、この制度の導入の理由が『ランダム勇者』の存在だと掲示板には書かれていた。

 人類最高到達レベルを更新し、新ダンジョンを複数発見した『ランダム勇者』はまさに時の人となっているようだ。これを受けてネイビスは嬉しさと面倒臭さの板挟みになる感覚を覚えた。これからは極力目立つ行為を避けようと決めてネイビスは眠りについた。


 翌朝、おはようのキスをしてから三人は王都の飛空艇発着場に向かい、ダンジョン都市イカル行きの飛空艇に乗った。王都とイカルの間には朝の便と昼の便と夕方の便がある。ネイビス達は朝の便に乗り、イカルに着いたのはその日の夜だった。

 ネイビス達はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』に一番近い宿屋『竜の息吹』に泊まることにした。三人部屋を取り、腹ごしらえを済ませるために宿屋の食事処に向かうと、そこには三人がよく知った顔がいた。

「やあ、ビエラちゃんにイリスちゃん。それとネイビスくん」

 ネイビス達がどこで食べようかと空いている机を探していると、白髪の青年が三人に声をかけたのだ。

「なんか、俺だけおまけみたいな言い方ですね。お久しぶりです、ルートさん」

 その青年は勇者ルートだった。ネイビスは苦笑いでルートに応じた。

「そんなことないさ。久しぶり。元気にしてたかい?」
「ええ。ルートさんは?」
「僕はいつだって元気さ」

 そう言うと、ルートは拳を突き出した。ネイビスはそれを見て、一瞬「この女たらしは何をしているんだ?」と思ったが、すぐにルートの意図を汲み取ると自身の拳をルートの拳にぶつけた。ビエラが二人の様子を見て、首を傾げながら訊いた。

「それなに?」

 ビエラの問いに、ルートは拳をネイビスの拳から離し、そのまま前髪をかきあげながら答えた。

「男の友情の証だよ」
「あなた達、そんなに仲良かったかしら?」

 イリスが鋭いツッコミを入れるも、ルートの笑みは揺るがない。

「細かいことはいいのさ。それより、よかったら一緒に食べないかい?」
「一緒にですか?」

 ビエラが聞き返すと、ルートは「ああ」と一つ頷いて、少し離れたところにあるテーブルを指さした。そこには二人の魔法使いらしき女性が座っていて、ネイビス達の様子を伺っていた。

「あそこのテーブルにいるのが僕のパーティーメンバーであり恋人達さ。二人とも優れた大蒼魔導士なんだ」

 ルートの紹介を受けて勇者パーティー『絶対零度』の二人の女性が会釈をしたので、ネイビス達も会釈を返した。ネイビスは二人からルートに視線を戻す。

「嬉しい誘いですが、見たところ机が空いてませんね」

 確かに、ルートの仲間が座るテーブルの近くに空いているテーブルはなかった。ルートは手を振りながら「大丈夫大丈夫」と笑った。

「隣のテーブルにいる、あの飲んだくれ達にはどっかに行ってもらうから、そこに座ってよ」

 ルートはそう言うと、三人席のテーブルに座って酒を飲み交わしているおっさん三人組に声をかけに行った。ルートがおっさん達と二言三言交わすと、おっさん達はすぐさま席を立ち、何故か上機嫌で宿屋を出ていった。

「さぁ、こっちにおいで!」

 ルートは手を挙げてネイビス達を招く。促されるままにネイビス達は空いた席に座ったが、ネイビスは先のやり取りが気になった。

「ありがとうございます。あの、ルートさん。何をしたのですか?」
「ちょっと」

 ルートはネイビスに耳を貸すように促し、ネイビスにコショコショ話をする。

「ネイビスくん。『ヘブンズ・ピンク』って店があるのは知っているかな?」

 ネイビスは『ヘブンズ・ピンク』という名前の店は知らなかったが、ルートのニヤついた顔を見て大方予想がついた。

「夜の店ですか?」
「そう。もしかして君も常連?」
「いや、行ったことないですよ!」

 ネイビスがつい声を上げると、イリスが「何、二人で内緒話してるのよ?」と訊いた。

「どうせくだらないことよ」
「男なんてそんなもの」

 イリスの問いに、大蒼魔導士の二人が応えた。二人はそのままイリスとビエラに自己紹介をする。

「私はレナ。よろしくね」
「私はルナ。よろしく」

 イリスとビエラは二人の自己紹介に、姿勢を正して応えた。

「私はビエラです!よろしくおねがいします!」
「私はイリスです。よろしくお願いします」

 各々の自己紹介が終わると、女性陣はそのままガールズトークを始めた。一方、ネイビスはルートからイカルの夜の店について、訊いてもないのに、色々と教えられていた。

「それで、その『ヘブンズ・ピンク』に爆乳の子が新しく入ったことを彼らに教えたんだ」
「はぁ」
「良かったらこの後、一緒に行くかい?」
「結構です」

 ネイビスがルートの誘いを断ると、ルートは「そう言うと思ったよ」と微笑んで、コショコショ話を止めた。ルートとの内緒話を終えたネイビスにイリスが詰め寄る。

「ネイビス、あの変態と何話してたの?」
「いや、ちょっとな」
「何よ、怪しいわね」

 イリスはネイビスを訝しげに見るも、「まぁいいわ」と諦めて、夕飯のメニューを見始めた。ネイビス達が注文をし終えると、ルートが口を開く。

「君達も『ドラゴンの巣』に挑むのかい?」
「ええ、そのつもりです」
「そうか。それだと先越されちゃうな」
「そう、かもしれません」

 ネイビスは一瞬「そんなことはないですよ」と言おうとしたが、実際クリアするつもりでいることを思い出してそのように言った。

「ルートさん達はどこまで行ったんですか?」
「第六階層だよ。青い竜が出てくるんだけど、倒せなくてね」

 蒼系統の魔物は物理防御力が高い。つまり、物理攻撃がメインの勇者ルートと相性が悪い。それに加えて、ルナとレナの蒼魔法は同色のため効果が半減してしまう。ルートのパーティーでは青竜を倒すのは厳しいのだろうとネイビスは推測した。

「何か良い方法はないかな?」

 ルートの質問を受けてネイビスは暫し考える。『絶対零度』は今のままだと相性の悪さで、恐らく青竜を倒すことはできないだろう。ネイビスが先ず最初に思いついたのはレベルを上げるという方法だった。国王の話では『絶対零度』ならダンジョン周回も出来そうだ。だが、それよりももっと冴えたやり方をネイビスは思いついた。

「一つ、良い方法がありますよ」

 ネイビスがそう答えると、他の五人の視線がネイビスのもとへ集まった。

「本当か!それは是非教えて欲しいな」
「私からも是非」
「お願い」

 ルートを始め、ルナもレナもネイビスに教えを請う。ネイビスは一つ頷くと、徐にそのアイデアを語り始めた。



56秘策と条件

「本当なのか!?本当に雷め……」

 ルートが大声で「雷鳴剣」の名を出そうとしたところをネイビスが手で口をふさぎ、物理的に黙らせた。

「これは極秘です。他言無用でお願いします」
「お、おう。分かったよ」

 ルートは反省して頷く。ネイビスはルートが理解したのを確認すると、ルナとレナにも再度確認する。

「お二人もよろしくお願いしますね?」
「私たちはルートみたいに口は軽くないから平気よ」
「私たちはルートみたいに軽くないから平気よ」
「は、はぁ」

 ネイビスは独特な雰囲気の双子の姉妹に少し気後れするも、説明を続けた。ネイビスが提案したのは雷鳴剣の貸出だった。雷鳴剣は伝説の勇者の剣であるだけに、勇者との相性が良い。というのも、勇者が雷鳴剣を手にすると、エクストラスキル『落雷』というものが使えるようになるのだ。ゲームではそうだったので、現実世界でもそうに違いないとネイビスは判断していた。だがエクストラスキル『落雷』に関しては確信はないため、そのことは伏せ、単に攻撃力の高さと雷属性の優位性について話していった。

「雷属性、強すぎるな。唯一、賢者が扱える属性なだけはあるな」
「そうですね。まぁ、なんたって偉大なる錬金術士が作ったものですから」
「それにしても、朱、蒼、翠全てに対してダメージアップか」

 ルートは雷鳴剣の雷属性に感嘆していた。雷属性を扱えるのは今のところ賢者だけしかいないことに加え、雷属性の強さにも驚きを隠せないでいた。

 基本的に属性は無、朱、蒼、翠、雷、光、闇、特殊の八つに分類され、それぞれの属性の攻撃によるダメージは以下のようになる。


 1同属性への攻撃はダメージ半減(無属性、特殊属性を除く)
 2無属性の攻撃は全ての属性に対して1倍のダメージ
 3朱属性の攻撃は一律1.25倍(朱属性への攻撃は半減)
 4蒼属性の攻撃は一律1.25倍(蒼属性への攻撃は半減)
 5翠属性の攻撃は一律1.25倍(翠属性への攻撃は半減)
 6雷属性の攻撃は一律1.5倍のダメージ(雷属性への攻撃は半減)
 7光属性の攻撃は一律1.5倍のダメージ(光属性への攻撃は半減、闇属性に対して2倍)
 8闇属性の攻撃は一律1.5倍のダメージ(闇属性への攻撃は半減、光属性に対して2倍)
 9特殊属性(睡眠、麻痺、毒など)の攻撃は全ての属性に対して1倍のダメージ


 雷属性は賢者のスキルや拳闘士系統の第4スキルで登場し、光属性はビエラがすでに使っている『ホーリー』のように巫女系統の第4スキルで登場する。そして闇属性はネイビスが狙っているある隠しジョブで使える属性だった。特殊属性に関しては、特殊属性のスキルを持つ職業はなく、武器への付与がメインになる。

「ざっとこんなところかな。何か質問は?」

 ネイビスが一通り説明し終えると、レナが手を上げた。

「その剣を貸してくれるって話だと思うのだけど、そんなにすごい剣をただで貸してもらえるわけないわよね?なら、何が望みか聞いてもいいかな?」

 レナの質問にネイビスはほくそ笑んで答える。

「いい質問です。俺たちが雷鳴剣をルートさんに貸す条件は、ずばり、『絶対零度』のみなさんがダンジョン周回をして今よりもレベルを上げることです」
「「「ダンジョン周回?」」」

 ネイビスの言葉にルナ、レナ、ルートは首を傾げて訊く。仕方なくネイビスはダンジョン周回とは何たるかを説明した。

「ほう。それは興味深いな」
「ええ。三人もダンジョン周回すれば、人類最高到達レベルである67レベルを越えられますよ!」
「もうネイビスくんが更新したけどね」

 ルートが感嘆のため息を呟くと、ネイビスは三人を激励したが、その粗をビエラがつついた。

「そうだった。まぁ、細かいことは気にしないでください」
「結構大事なことじゃないかしら?」

 誤魔化そうとしたネイビスを今度はイリスが嗜める。

「なんか、二人ともやたら俺に厳しくない?」

 ネイビスがイリスとビエラに訊くと二人は冷めた表情で答えた。

「そうかしら。かわいい恋人が二人もいるのにも関わらず、他の女に色目を使う愚か者に対しては妥当な対応じゃないかしら」
「そうだよ。ネイビスくん、レナさんとルナさんのこと意識しすぎだよ」

 イリスとビエラが言うように、ネイビスが双子のルナとレナに意識を向けていたのは事実だった。だが、それにはちゃんとした理由があったのだ。ネイビスは以前にもレナとルナの二人に会ったことがある気がしていた。もちろん、前にルートに会った際に視界のどこかで見たという可能性もあったが、それとは違う既視感を覚えていた。

「ネイビスくん。君、女たらしなのかい?」
「あなたにだけは言われたくなかったですが、そうなのかもしれませんね」

 だが、確かに二人に見惚れていた節もあったため、ネイビスは自身が女たらしであることを認めた。

「ネイビスくんは、ルナさんやレナさん、アリエルさんみたいに、年上の女性の方が好きなの?」

 ビエラがネイビスに質問した。ネイビスが慌てて違うと答えようとすると、ルートが突如として大声を上げて、ネイビスの両肩を掴んで問いただす。

「アリエル様にお会いしたのか!?」
「うん、そうだけど……」
「そ、そうか。何か言っていなかったか?」
「確か、もっと強くなって欲しいと言われましたね」
「僕については何か言ってなかったかい?」
「いや、それは、覚えてませんね」
「そうか……」

 ネイビスの返事を聞くとルートは明らかにがっかりした態度を見せた。ルートの態度の変わりように、ネイビスとビエラ、イリスは苦笑いを浮かべる。一方でルナとレナはまたかと顔をしかめた。

「ルートさん、アリエルさんと何かあったんですか?」

 ビエラが隣に座るルナに耳打ちで訊くと、ルナはビエラに同じく耳打ちで返す。

「ご執心なのよ」
「へぇ」

 ビエラは意外なルートの一面に驚きを隠せないでいた。内緒話をする二人にルートが水を指した。

「そこ、何話してるのかな?」
「何でもないわよ」

 ルナが素っ気なく答えるとルートはすかさず尋ねる。

「いや、僕について話してたでしょ」
「まぁね。それより今はダンジョン周回の話でしょ?」
「何か怪しいな……。うん、まぁ、ビエラちゃんの可愛さに免じて訊かないでおくことにするよ」

 ルートは諦めて、ビエラに向けてウインクをした。ビエラはそれに気づかず、ちょうどルートのウインクが空振りしたタイミングでネイビス達が頼んだ夕飯が運ばれてきた。

 それから彼らは夕飯を食べながら談笑し、明日の朝一緒に『ドラゴンの巣』に行くことを約束してから、各々の部屋へと分かれた。

 ネイビス達は明日のAランクダンジョン攻略へ向けて準備し、高まる興奮の中熱い夜を過ごした。


57転生者

 朝、ネイビスはノックの音で目を覚ました。横で眠っているビエラとイリスを起こさないように気をつけながら部屋の扉を開けると、そこには白髪碧眼が美しいレナとルナがいた。どうやらルートはいないようだ。

「おはようございます。どうしましたか?」
「いつまでやってるのよ」
「本当に」

 ルナとレナは疲れ気味に言った。よく見ると目の下に隈ができている。ネイビスは色々を察して謝る。

「うるさかったですか?でしたらすみません」

 ネイビスが謝ると、二人は首を振ってからネイビスの両手を引き、宿屋の外まで連れ出した。二人に連れられてネイビスは朝の町を歩く。暫く歩くと、二人が振り返りこう訊いた。

「一つ答えて。あなたは誰?」
「あなたも転生してきているのでしょう?」
「え?」

 ルナとレナの質問にネイビスはどきりとした。ネイビスは転生者が自分だけだとは思ってはいなかったが、この二人も転生者なのかと推測する。もしかしたら昨日の夜に感じた既視感と何か関係するのではないかともネイビスは考えた。ネイビスは正直に答えることにした。

「それが、はっきりと覚えていないんですよ。でも、転生に近いかもしれません」
「そう。やはりね。女の子達は違うでしょう?」
「はい。そうだと思います。あの、俺も質問していいですか?」
「ええ、いいわよ」
「では、二人も転生者なのですか?」
「そうね。詳しくは話せないけど」
「そうでしたか」

 暫く沈黙が訪れた。朝日が昇り始め、朝の静謐な町並みを照らし始める。ネイビスは二人がどうやって転生したのか、いつ、どこから転生したのか、に関して訊きたいと思ったが、「詳しくは話せない」という言葉を言われてしまった手前訊くことができない。それ故、ネイビスは黙り込んでしまった。その沈黙を破るように徐にルナがネイビスに訊いた。

「ねぇ、レオって名前に聞き覚えはない?」
「レオ……」

 確か『ランダム勇者』の魔王の名前だったとネイビスは思い返す。何故その名前を知っているかどうかを訊いてくるのだろうとネイビスは不思議に思った。

「何故そんなことを訊くのですか?」
「君になら教えてあげてもいい。その代わり協力すると誓って」

 考えてからネイビスは好奇心に負けて了承を示すように頷いた。

「はい。いいですよ。協力すると誓います」
「そう、それは良かった。レオはね、私とレナの最愛の人なの。彼を探すために私達は冒険者になった」
「えっと、ではルートさんは?」
「一応恋人だけど、心までは許してない」
「うんうん」

 ネイビスはルートに同情した。ルートが勇者だから二人が彼を利用している可能性が高いことをふまえると、ルートのことが不憫でならなかった。もしかしたらルートはルナとレナの二人が自分のことを本当は恋人として見ていないことを分かっているからこそ、女遊びをしているのかもしれない。ネイビスが思案しているとルナが口を開いた。

「あなたは魔王が敵だと思う?」
「えっと、敵ではないんですか?」
「恐らく、本当は敵なんていないの。それが世界の仕組みなだけで」
「はぁ」

 ネイビスは困り果てる。二人の口から繰り出される新しい情報のオンパレードに、情報の整理が追いつかない。

「私達はね、レオが魔王だと思っているの。私達は彼に会うために強くならなければならない。魔大陸は魔物のレベルがこの大陸の魔物の比ではないからね」
「魔王?どういうことですか?」
「あなた、いつの時代から転生してきたの?」

 ネイビスはルナに質問を質問で返された。ネイビスはこの質問に、自分と二人の転生は根本的に違うことを悟った。恐らく二人はかなり昔の時代から今の時代に転生したのだろう。その点、ネイビスは異質だ。前世の記憶は定かではないし、『ランダム勇者』というゲームの知識を得ている。ネイビスはルナの質問に答えあぐねて、謝った。

「いつの時代ですか……。すみません、分かりません」
「そう。まあいいわ。ただ、もしレオが魔王だったとしたら、彼に仇なす者は私達の敵よ」
「例え敵が世界だとしても」

 二人の問題発言を受けて、ネイビスは色々考えた末、まぁ悩むだけ無駄か、と諦めた。

「そう言えば、昨日は話に合わせたけれど、雷鳴剣って確かSTR300ないと使えないから、ルートじゃ無理だと思う」
「あ、忘れてた」

 ネイビスは完全に雷鳴剣の特性を放念していた。ルナに指摘されて、アクセサリー等の補助効果を除いた純STR値が300以上でないと扱えないという雷鳴剣の特性をネイビス思い出す。

「それならダンジョン周回するしかなさそうね」
「そうですね……」

 会話が終わったちょうどその時、ネイビス達は宿屋の前まで戻ってきていた。

「話はこれで終わり。このことは他言無用ね」
「秘密だよ」

 そう言い残すと、ルナとレナは何事もなかったかのように宿屋へと戻っていった。ネイビスは一つため息を吐くと、気分転換に再び朝の町へ散歩しに出かけた。とりあえず、魔王に会って話を聞く必要があることをネイビスは心に留め、つらつらと考えながら歩くのだった。



58生命のやりとり

 ネイビス、ビエラ、イリスは勇者パーティー『絶対零度』の面々とともにAランクダンジョン『ドラゴンの巣』へと来ていた。ネイビスの予想よりも人が少なかった。というより彼らと受付の人以外誰ひとりいなかった。意外に思ったネイビスはルートに訊く。

「俺達だけみたいですね。いつもこんな感じなんですか?」
「いや、いつもはもっといるよ」
「そうなんですか」
「何か変だね。訊いて来るよ」

 ルートはそう言ってから受付の女性に話を聞きにいった。

「おはよう、アイナちゃん。今日『破壊神』の皆は来ていないのかい?」

 ルートが明るく尋ねるも、受付嬢のアイナは暗い顔で答えた。

「あ、ルートさん。あの、ダールさんが昨日……」
「ダールがどうかしたのかい?」
「亡くなりました……」
「え……」

 ルートは一瞬言葉を失った。

「本当……なのか?」
「はい……。今日の夜明け前に『破壊神』がダンジョンから帰還したのですが、ダールさんが亡くなったそうです」
「そうか……。リットとラズールは?」
「ふたりとも生きていますが、ラズールさんは重症です。今頃治癒院で治療を受けていると思います」
「分かった。ありがとう、教えてくれて」

 ルートは受付嬢のアイナに別れを告げてからネイビス達の元へと戻ると、ルナとレナにダールの訃報を告げた。

「そう。ダールさんが……」
「それは悲しいわね」
「うん。僕はリットとラズールの見舞いに行くよ。二人は?」
「私も行くわ」
「私も」

 ルートは二人の返答に一つ頷くと、ネイビス達に話し始める。

「三人ともごめんね。これから見舞いに行くことになったから。せっかく秘策まで考えてくれたのに」
「いいですよ。また今度会いましょう」
「気にしないわ」

 ネイビスとイリスがルートに答える。それに続くようにビエラが言った。

「あの、私僧侶でレベル55なのですが、何か協力出来ませんか?」

 ビエラの提案にルートは「本当か!」と驚きの声を上げて応えた。

「Aランクの僧侶か……。それは凄いな。是非、一緒に来て欲しい」

 ルートはビエラに頭を下げた。ルナとレナもルートに合わせるように頭を下げる。

「顔を上げてください。まだ、私、何もしていませんよ」

 ビエラは少し困惑したように手を振りながら言った。

「今日は攻略諦めるか」
「それもそうね。私たちも行きましょう」

 ネイビスの言葉にイリスは同意する。それを見て、ルートは再び頭を下げる。

「三人とも、ありがとう。早速治癒院に向かおう」

 ネイビス、ビエラ、イリス、そして勇者パーティー『絶対零度』の六人は急いで治癒院へと向かった。



 治癒院へと着くやいなや、ルートは受付に向かい、治療室への案内を頼んだ。男性に案内されて六人はルートを先頭にして一つの部屋に案内された。

「リットさん、ラズールさん、大丈夫ですか!?」

 そこは病室で、二つのベッドが並べられていた。奥のベッドには男が寝ていて、治癒師らしき者が治療をしていた。手前のベッドにいる男だけが体を起こしていて、ルートに答えた。

「おう……。ルートか。それにルナとレナも。見舞いに来てくれたんだな、ありがとう」

 リットと言う名の中年の男はルート達に頭を下げた。ルートはそれを見てから訊いた。

「あの、ダールさんのことは残念でした……。リットさん。ラズールさんは平気なのですか?」
「それがな……。正直、かなり危険な状態だ。治癒院の者がつきっきりで治療しているが……」

 そう言って隣のベッドにリットは視線を移した。そこにはニ名の治癒師らしき男女がベッドに力なく横たわる男性を治療していた。その男性は全身に酷い火傷を負っていた。

「そんな……。何か方法はないのですか?」

 ルートは悲痛の声を上げ、リットに尋ねる。

「高位神官がいれば可能性はあるが、今は王都に招集されているみたいで、今はその帰りを待っている。だが、正直、いつ帰ってくるかは分からない……」

 部屋を気不味い沈黙が支配した。

 治癒師の平均レベルは大体レベル10だ。というのも、治癒師はレベル10で覚える第一スキルのヒール系統の回復魔法スキルさえ使えれば問題はないと考えられているからだった。ダンジョンでの負傷はたいていヒールで治せる。それ故、レベル25以上でキュアを使える者はめったにいない。

 逆に高位神官と呼ばれる者もいて、彼らはレベルがある程度高く、第二スキルであるキュア系統の魔法スキルまで覚えていることが多い。

「あの、私に何かできることはありませんか?」

 沈黙を破ってビエラが提案した。

「君は?」

 リットはビエラの方を見て、質問した。

「私はビエラと言います!私は僧侶なのですが、レベル55で第三スキルまでなら使えます。何か力になれないでしょうか?」
「ほ、本当なのか!?」
「あ、はい。本当です!」

 リットはルートの顔を伺い、ルートが頷くのを見て確信に至る。

「なら、後生だ!ラズールを救ってくれ!頼む!」
「はい、やってみます!」

 ビエラの治療は成功した。先ずはリジェネをかけ、全身の重度の火傷をキュアで治療してから、ヒールの重ねがけでその体の傷を癒やしていった。今、ベッドの上でラズールは安らかに眠っているが、ちゃんと息をしていた。

 だが、リットとラズールの二人は無事だったものの、結果的に『破壊神』はダールを失った。ダールの死体はリットがインベントリに入れていた。後に埋葬するという。

 二人は今日を持って冒険者を引退することに決めた。ネイビスは彼らの哀愁漂う姿に現実を突きつけられたような気がした。ここはやはりリアルワールド。冒険者はゲームなんかではなく、生命のやりとりをしているのだ。

 ネイビスはこれからAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略することを考えると、油断しないようにしようと心に決めるのだった。



59ドラゴンの巣 その1

 治癒院を後にしたネイビス達はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』に戻ってきていた。『絶対零度』の三人は今日はダンジョンには潜らないという。生き残った『破壊神』の二人を看病すると言っていた。

 ネイビス達は気を取り直して、ダンジョンの受付前で久しぶりの作戦会議を開くことにした。

「先ずは改めてステータス確認からだな」

 ネイビスの提案にビエラとイリスは頷いて、各々のステータスウインドウを表示して確認する。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:魔法使いLv.68
 HP:807/807
 MP:1164/1014+150
 STR:269
 VIT:269
 INT:507+50
 RES:438
 AGI:269
 DEX:338
 LUK:269
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』『プチマジックアロー』『プチマジックウォール』『プチマジックウェーブ』『プチマジックミサイル』『マジックアロー』『マジックウォール』『マジックウェーブ』『プチメテオ』『プチストーム』
 アクセサリー:『朱雀の指輪』『翡翠の指輪』

 名前:イリス
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士Lv.55
 HP:786/636+150
 MP:468/468
 STR:368
 VIT:312+50
 INT:156
 RES:156
 AGI:212
 DEX:156
 LUK:156
 スキル:『スラッシュ』『二連切り』『蟲斬り』『剣士見習いの本気』『一刀両断』『三連切り』『魔獣斬り』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶Lv.55(経験値二倍)
 HP:468/468
 MP:711/636+75
 STR:156
 VIT:156
 INT:312+25
 RES:368
 AGI:156
 DEX:156
 LUK:212
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』『プチホーリー』『ヒール』『キュア』『リジェネ』
 アクセサリー:『蒼天の指輪』『ミスリルバングル』

「ステータス、物凄く久しぶりに見た気がするわ」
「そうだね」
「確か、ネイビスが付けてたミスリルバングルをビエラに渡したのよね?」
「そうだな。ビエラにはいち早く巫女に転職して『レイズ』を覚えてほしいからな」
「うん!」
「不死のペンダントは付けないの?」
「まだいいだろ」
「私、怖いから付けてもいいかな?」

 ビエラはインベントリから金と翡翠に輝く不死のペンダントを取り出してネイビスに見せた。

「まぁ、死ぬことはまず無いとは思うけどな」

 ネイビスはそう言って頷き、ビエラに了承の旨を伝えた。

「やった!」
「敵が複数現れるわけじゃないから『プチフリーズ』の使い所も限られるしな。ちゃんと『蒼天の指輪』と交換するんだぞ」
「わかってるよ」

 ビエラがアクセサリーを交換するのを見届けてから、ネイビスは徐に作戦を語り始めた。



 作戦会議を済ませたネイビス達はAランクダンジョンの入り口で受付を済ませ、いよいよダンジョンに入ることにした。

「ねぇ、ネイビスくん。私、怖くなってきた」

 心配性なビエラは両腕で身体を包み込むように腕を組みながら、ネイビスに救いを求める眼差しを向ける。

「大丈夫よビエラ。たぶん」
「そうだぞ。それに、不死のペンダントだってあるじゃないか。たぶん大丈夫だ」
「たぶんは嫌だよ」

 ビエラは先の一件でかなり怖じ気付いていた。今までネイビス達は冒険の中で死を目の当たりにしたことがなかったため、初めて死に直面したことはかなり響いたのだ。だが、怖じ気付いているのはビエラだけじゃなかった。イリスもネイビスも少なからず死を意識させられていたのも揺るがない事実であった。

「死ぬときは死ぬ。仕方ないだろう。それじゃあ行くぞ」
「え、ええ。ビエラ、ほら」

 ネイビスの掛け声にイリスが応じて、ビエラに手を差し出す。

「うぅ……。分かったよ」

 ビエラは仕方なくイリスの手を取り、ネイビスに続いて青白く輝くダンジョンのゲートを潜るのだった。



「久々のダンジョンだから緊張するな」

 ダンジョンに入ると、両脇を巨大な崖に挟まれた幅のある一本道が続いていた。ネイビスは慎重に歩きながら呟く。

「私、心臓が張り裂けそうだよ」
「確かに、緊張するわね」

 あたりは濃い霧で包まれていた視界の悪さが余計に緊張感を引き立てていた。

「ねぇ、何か聞こえない?」
「確かに」

 ネイビスが耳を済ませるとドシン、ドシンと遠くから地鳴りのような音が聞こえた。それは次第に大きくなっていく。それに伴って緊張感も高まる。そして、ゆるりと霧の中からそれは現れた。

「ドラゴン!」

 そこにいたのは巨大な白竜だった。その大きさは朱雀の指輪を手に入れるために戦ったメテオキメラよりも二周りは大きかった。ドラゴンは三人をその金色の目で睨めつけて、大きく息を吸うと、大音量の咆哮をした。

「怯むな!ふたりとも、戦闘態勢!作戦通り行くぞ!」
「分かったわ!」
「うん!『リジェネ』✕2」

 ビエラが魔法スキル『リジェネ』をネイビスとイリスにかける。回復魔法スキルは傷に加えて疲労も回復させることができる。『リジェネ』は回復だけではなく、疲労蓄積を防ぐ効果もあるので戦闘開始に使うにはうってつけのスキルだった。

「ビエラ、ありがとう!私も行くわよ!『剣士見習いの本気』!『三連斬り』!」
「俺も!『ノービスの本気』!『マジックアロー』!『プチマジックミサイル』!』

 バフスキルでステータスを向上させたイリスの剣撃とネイビスの魔法が白竜に迫る。今まさに、戦いの火蓋は切られた。


60ドラゴンの巣 その2

「あっけなかったわね」
「そうだな。これなら『ノービスの本気』使わなくてもよかったな」
「お疲れ様、二人ともすごい!」

 ネイビスとイリスは余裕の表情で一分足らずの間に白竜を倒した。スキルでステータスの向上したネイビスの遠距離魔法スキルに、同じくスキルでステータスの向上したイリスの剣撃スキルの連打が加わり、白竜はあっけなく息絶えた。ビエラが戦闘を終えた二人のもとまで駆けつけ、二人を労う。

「ありがとう。ビエラの『リジェネ』も良かったわよ」
「ああ。あれは体が温まっていい」
「それはよかった!」

 ビエラは満面の笑みで頷く。

「じゃあ、先に進むか」

 ネイビスがそう言うと、いつものように回収担当のイリスが白竜の死体をインベントリにしまってから、三人は再び深い霧の中を歩き始めた。

 第一階層は三人にとって問題にはならなかった。第一階層は白竜が単体で出てくるのみで、なんら苦戦することはない。ネイビスとイリスはノーダメージで第一階層をクリアした。

 第二階層へと続くゲートを前にして三人は小休憩をすることにした。

「とりあえず、第一階層突破だな」

 ネイビスは平らな地面を探して、その上に腰を下ろしながら言う。イリスとビエラもそれに習って、ネイビスの近くに座った。

「二人ともお疲れ様。『プチヒール』」

 ビエラはネイビスとイリスに『プチヒール』をかける。

「ありがとう。ビエラの回復魔法は助かるわ」
「俺からもありがとう」
「これくらいしか役に立てないから」

 二人に褒められたビエラは恥じらうように頬を掻きながら二人の感謝に応えて、謙遜する。

「そんなことはないぞ、ビエラ。いざというときに回復してくれる仲間がいるってことは、戦う上でこの上なく重要なことだ」
「その通りよ。ビエラのおかげで安心して戦えるわ」
「そ、そうなんだ……。それはよかったよ」

 微笑むビエラにつられてイリスとネイビスも表情が緩む。

「それにしても、これなら攻略するの、結構簡単なんじゃないかしら」  

 イリスが自信ありげに言うと、ネイビスは首を傾げた。

「うーん。恐らくこれまでの経験上、第二階層は白竜二体で出てくるはずだ。第一階層みたいに上手くいくとは限らないぞ」
「それもそうね……。二体ってことはネイビスと私で一体ずつ分担するの?」
「いや、それは危険だ。それに非効率だな。先手必勝で片方を先に倒すのが得策だな」
「ふーん。ねぇ、ネイビス。あれ使えば?」
「あれ?」

 ネイビスがイリスに聞き返すとイリスは胸を張って答えた。

「『プチメテオ』よ。それで一発じゃないかしら。ストームタイガーだっけ?あれも一発で倒したわけだし」
「それはありだな。試してみるか」

 ネイビスはイリスの提案を受け入れ、なんとなく第一階層での戦闘では封印していた『プチメテオ』を次の戦闘から使うことに決めた。それからしばらく休んで、三人は次の階層に繋がるゲートを潜る。

「相変わらず、霧と崖でぱっとしない風景ね。『ウサギパラダイス』が懐かしいわ」

 景色は第一階層と変わらず、ただ両側を岩でできた崖で囲まれた一本道を三人は歩く。

「お、見えてきた。やっぱり二体いるな」
「ええ、そうみたいね」

 少し離れた霧の中から二体の白竜が現れた。だが、まだその二体の白竜はネイビス達に気づいていないようだ。ビエラがネイビスのもとまで寄って尋ねる。

「ネイビスくん。私、リジェネかける?」
「いや、なくていいだろう」
「分かった。二人とも、頑張ってね」

 ネイビスが首を振って答えると、ビエラは頷き、イリスとネイビスを応援した。

「ありがとう、ビエラ。じゃあ私から行こうかしら」

 イリスはビエラに向かって応援に対する感謝を告げると、雷鳴剣をインベントリから取り出して、白竜へと駆けようとした。それをネイビスがイリスの肩を掴むことで止めた。

「おい、イリス。さっきの話忘れたのか?」
「何よ。今からってときに」
「『プチメテオ』だよ。『プチメテオ』!提案したのはイリスだろう?」

 ネイビスの言葉を聞いてから、イリスはしばらく口を開けたままぽかんとした。その後、イリスははっとして先のネイビスとのやり取りを思い出した。

「あ、完全に忘れてたわ。ごめんなさい」
「いや、別にいいけどさ。じゃあ、早速やるか。二人とも、今から『プチメテオ』使うからな」
「「はーい」」

 ビエラとイリスはネイビスの後方に下がり、ネイビスの『プチメテオ』に備える。

「行くぞー!『プチメテオ』!」

 三人は固唾を呑んだ。ネイビスが『プチメテオ』を唱えると、約半径二メートル程の火球が一匹の白竜の頭上に現れ、ゆっくりと落下した。プチメテオは白竜の背中に被弾し、そこを中心にして衝撃波と熱波、爆風が辺を襲う。被弾した白竜は断末魔を上げて息絶えた。

「久しぶりに使ったが、やっぱりやべーなこれ」
「そうだね……」

 ネイビスの呟きにビエラが同意した。

「これなら、ネイビスが魔王って言われてもしっくりくるわね」
「それは言いすぎだぞ、イリス」
「そう?それより二人とも、来るわよ」

 イリスはそう言って前方を指差す。残った一匹の白竜がネイビス達に気づき、突進を始めていたのだ。イリスは雷鳴剣を構えて、迎撃態勢を取る。

 ネイビス達が第二階層をクリアしたのはそれから約一時間後のことだった。



61ドラゴンの巣 その3

 ネイビス達はまたしても、第二階層から第三階層へと繋がるゲートの前で作戦会議兼休憩をしていた。

「いよいよ第三階層ね」
「ああ。次は白竜が三体で出てくるはずだ。一体は俺の『プチメテオ』で倒すとして、さっきも試したけど、二発目を当てるのは至難の技だろう」
「そうね。『プチメテオ』は不意打ちで使うのがいいと思うわ」

 第二階層での戦闘で、ネイビスは試しに二体とも白竜を『プチメテオ』で倒そうと試みたが、一発目を放った後は、残ったもう一体に警戒され、二発目は避けられてしまったのだった。ネイビスはイリスの発言に同意を示すように頷いた。

「同意見だ。残る二体をどう倒すかが問題だな」

 ネイビスとイリスは黙り込んで策を考える。策など考えなくともなんとかはなりそうな気はしていたが、『破壊神』の訃報があったため、ネイビスはあくまでも慎重に、油断はせずに行こうと決めていた。だが、イリスは違ったようだ。

「もう、成り行きでよくないかしら?私達今のところノーダメージだし、一体増えたところで余裕よね?」
「そうか?うーん。しかしなぁ……」

 ネイビスがイリスの案に難色を示すと、しばらく黙って二人の作戦会議を聞いていただけだったビエラが口を開いた。

「二人とも。私、一つ案があるんだけど」
「本当か、ビエラ。是非聞かせてくれ!」

 ネイビスは食い付くようにビエラを見て、ビエラが思いついたというその案を知りたがった。

「う、うん。大したことじゃないんだけどね」

 ビエラはそう謙遜してから続きを話した。

「私も戦闘に参加できないかなって思って。ほら!攻撃魔法の『プチホーリー』だって使えるし、不死のペンダントを蒼天の指輪に変えれば『プチフリーズ』も使えるよ?」
「そうだな……」

 ビエラの提案を受けて、ネイビスは思案する。ネイビスもイリスもビエラの存在意義に関しては既に何度か伝えていたが、それでもビエラは一人だけ戦闘に参加していないことに引け目を感じていた。ネイビスもこのことに薄々勘づいてはいたものの、回復役のビエラにはやはり安地に居てほしいと思っていたので、このことに関しては先延ばしにしていた。

「ビエラも戦いたいってことだよなぁ」
「うん……だめかな?」

 ネイビスが改めてビエラに確認すると、ビエラは首を傾げてネイビスに戦ってはだめか訊いた。

「いいんじゃないかしら」

 ネイビスではなくイリスがビエラの質問に答えた。ネイビスはイリスの方を見て呟く。

「でもなぁ」

 イリスの発言を受けてなお、ネイビスは判断しかねていた。そんな様子のネイビスを見て、イリスはため息を吐いた。

「あなたねぇ。ビエラのことをもっと信頼してあげてもいいんじゃないかしら?ステータスだって、そこらの冒険者の比じゃないわけだし、なにより私たち三人で一つのパーティーでしょう?」

 イリスの言葉を受けてネイビスは考えて、考えて、その末に己の未熟さを恥じた。ネイビスは怖かったのだ。失うことが怖くて、そして変化を恐れた。ネイビスとイリスが戦い、ビエラが後ろで待機する。その型に安住することを良しとして来たネイビスは、この時、そろそろ前に進むときだと思い直した。

「二人とも、最強の防御って何か分かるか?」

 ネイビスの出した突然の問いにイリスもビエラもあっけらかんとした。二人は思案したが、答えは出ない。そこで、ネイビスはほくそ笑んで答える。

「攻撃こそ最強の防御だ」



「行くぞ、ビエラ、イリス!」
「うん!」
「先頭は任せなさい」

 イリスを先頭にして、霧の中を三人は駆ける。三人の目前には三体の白竜がいて、六つの瞳が近づく三人を捉えた。

「ビエラ、今だ!」
「うん!『プチフリーズ』!」

 白竜が迫る中、ビエラが魔法を唱えた。辺りの霧の水分は凝固して雪の結晶となり、次第に空気が凍てつき始める。

「よし、イリスこっちだ。『マジックウォール』×3!」

 ビエラが『プチフリーズ』を放つ間にネイビスはビエラを中心として、白竜たちとは反対の場所に構え、防御魔法『マジックウォール』を三つ張った。イリスはネイビスの後ろに下がり、その時を待つ。

「ビエラ!」

 一体の白竜がビエラを襲おうとして、前足を上げた。それを見てネイビスは咄嗟に声を出し、マジックウォールから出ようとした。だが、その前足がビエラに届くことはなかった。

 白銀世界。地面は氷で張り巡らされ、その氷たちは三体の白竜の四肢に纏わりつく。世界は純粋なまでに真っ白だった。

 ネイビスはその光景にはっとした。そう。ただただ美しかったのだ。その病的にまで美しい白はビエラの優しい心が描いたものなのだろうと、ネイビスは思った。

「よし、後は俺たちの出番だな」
「そうね」

 イリスは雷鳴剣を構え、ネイビスは毒牙を構えて身動きの取れなくなった白竜のもとへと駆け出す。二人が一歩を踏ん張る度にパリパリと氷の割れる音が響き、凍てつく寒ささえ、三人は楽しんだ。


62死闘

 ネイビス達はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を順調に進んでいた。今ではビエラも本格的に戦闘に関わるようになり、以前よりも戦闘の効率が格段に上がった。第三階層をクリアした際、ビエラが一つレベルアップして、レベル56になっていた。

 名前:ビエラ
 年齢:17
 性別:女
 職業:僧侶Lv.56(経験値二倍)
 HP:471/471
 MP:717/642+75
 STR:157
 VIT:157
 INT:314+25
 RES:371
 AGI:157
 DEX:157
 LUK:214
 スキル:『プチヒール』『プチキュア』『プチリジェネ』『プチホーリー』『ヒール』『キュア』『リジェネ』
 アクセサリー:『蒼天の指輪』『ミスリルバングル』

 第四階層、第五階層は両端を溶岩で挟まれた陸地が一直線上に続く道だった。第四階層では、炎のブレスを吐く火竜が現れ、第五階層ではその火竜が二体で出てきた。火竜は朱魔法のダメージが半減するため、ネイビスの『プチメテオ』だけでは仕留められなかったが、ビエラの『プチフリーズ』やイリスの剣撃が不足分のダメージを補うことでなんとか倒すことができた。

 一度、イリスが火竜のブレスを喰らい、左腕にかなりの火傷を負うというアクシデントはあったものの、ネイビスが火竜を『プチストーム』と他の魔法スキルで直ぐに屠り、その後ビエラが『キュア』と『ヒール』を唱えることで、傷一つ残ることなく事なきを得た。

 休憩の後、次に三人が踏み入れたのは白銀の地。第六階層へ続くゲートの先は大雪山を彷彿とさせる山々に囲まれた雪原だった。

「これじゃあどっちの方向に進めばいいか分からないじゃない」

 イリスは辺りを見回しながらそう言ってため息をつく。イリスの言う通り、辺りには目立った道や目標物などはなかった。

「ネイビスくん、どうするの?」
「そうだなぁ。久しぶりに俺のノービスのスキルが役に立つかな、『サーチ』!」

 ネイビスはビエラの質問に答えると、『ノービスの本気』以外出番が殆ど無いノービスのスキルのうちの一つである『サーチ』を使った。ちなみに残りは『応急処置』と『リカバリー』で、どちらもビエラの回復系統魔法スキルの下位互換である。

 ネイビスが『サーチ』のスキルで敵のいる場所を調べると、一体の魔物の反応があった。ネイビスはその位置を察知するや否や頭上を見上げて二人に緊迫した声で声をかけた。

「上だ!二人とも、俺の所に来い!『マジックウォール』✕3」

 ネイビスの突然の指示にイリスとビエラはたじろぐも、指示通りにネイビスのもとまで寄った。ネイビスの防御魔法スキルが空に三つ展開され、天から降り注ぐ白銀の奔流とぶつかった。その途端一つの半透明な壁が割れ、続いて二つ目の壁も割れた。

「これはやばいな。二人とも、避難だ!『マジックウォール』」

 ネイビスは一枚追加でマジックウォールを張ると、駆け出してその場から離れる。イリスとビエラも続いた。

「はぁ、はぁ……。何よあれ?」
「おそらくは氷竜だとは思うが、明らかに今までと様子が違うな」

 ネイビスの『サーチ』はエリア全体を調べることはできないものの、それなりに広範囲を探知できる。だが、引っかかったのは一体だけだったのだ。その一体の氷竜らしきドラゴンは今まで戦ってきた白竜や火竜よりも一回り小さかった。異様なオーラを纏って空をその白銀の翼で力強く羽ばたく竜は白銀のブレスを先程まで三人がいた場所に吐いていた。

「あれ、喰らったらひとたまりもないな」
「ネイビスくん……。あれと戦うの?」

 ビエラの心配そうな眼差しをネイビスは受け止める。氷竜らしき白銀の竜のブレスが生み出した巨大なクレーターを横目にしながら、戦略的撤退という言葉がネイビスの脳裏を掠めた。ネイビスも本能的にあの竜がやばい相手だとはわかっていた。突然変異か、世界のバグか。何れにせよ、棒立ちは悪手と判断したネイビスは戦うことに決めた。

「戦うぞ!イリスはビエラを頼む!」
「ええ、分かったわ」
「ありがとな。『ノービスの本気』!」

 白銀のドラゴンは空を舞い続けていた。優雅に、気高く飛んでいた。地上に降りてくる気配は今のところない。ネイビスはイリスの剣は届かないと判断して、ビエラの護衛を任せることにした。

 一騎打ち。ネイビスはこの世界で前世の記憶を思い出してからというもの、一人だけで戦ったことなどなかった。思い返せば、常にイリスとビエラとの三人で協力して戦っていた。一人で戦うということに少なからずの緊張を抱く。

「『プチマジックミサイル』✕3」

『プチメテオ』は当たらないと踏んだネイビスは、ホーミング効果のある『マジックミサイル』を連発する。しかし、白銀の竜が力強く羽ばたくとそれらは雲散して、キラキラとした光となって宙に散った。

「やばいな……。どうする?」

 それからしばらくネイビスと空を飛ぶ白銀の竜の戦いが続いた。ネイビスが遠距離魔法スキルを放つたびに、竜は避けるか翼によって生み出される風で無効にした。運良く数発当たったものの、致命傷は与えられなかった。一方、竜はブレスをネイビスに向けて吐くが、ネイビスに当たることはない。ネイビスは減っていくMPに危機感を感じ始める。ネイビスはこの極寒の地で、汗をかいていた。それは嫌な汗だった。もしかして、倒せないのではないかと言う弱音が心に宿る。だが、ネイビスはもう後に引けなくなっていた。男としての矜持からか、イリスとビエラを守るためか、それともここで逃げたらこの先成長できないと思っていたからなのかもしれない。

 ネイビスが逡巡していると、白銀の竜は急降下し始め、勝負を決めるためにネイビスに迫った。竜の鋭利な爪がネイビスを襲う。ネイビスはレベル99の勇者にはまだ劣るものの、それなりに高いAGIを活かして避けようとしたが、彼我のスピード差に回避が間に合わないことを悟った。その刹那、ネイビスは策を考える。それは無謀とも取れるものだったが、ネイビスは喜々としてそれを実行することを腹に決めた。

「喰らえ、『プチメテオ』!」

 白銀の竜の爪がネイビスの腹に突き刺さったのと、『プチメテオ』が白銀の竜に向けて落ちたのは同時だった。

「ネイビス!」
「ネイビスくん!」

 白銀の竜は地に落ち、ネイビスはその下敷きになった。イリスとビエラは悲痛の声を上げ、力なく横たわるネイビスのもとへと駆け寄る。ネイビスを中心に真っ白な大地に赤が広がる。竜はまだかろうじて息をしていた。その爪はネイビスの腹に刺さったままだった。

「やべぇ、失敗した……」

 駆け寄るビエラとイリスに、霞んでいく視界の中で彼女たちを見つめながら、ネイビスはそう言おうとした。けれど、その言葉は二人の耳には届かなかった。ネイビスは声を発することができなくなっていたからだ。

 イリスとビエラは泣きながらネイビスの両手を取って、呼びかける。「まだ死んじゃだめ」「死なないで」と。

「『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』……。ネイビスくん、お願い!逝かないで!」

 ビエラは『ヒール』をMPが切れるまで何度も使った。けれど、ネイビスの傷は一向に治らない。ネイビスの体からは次第に生命の象徴としての熱が消えていった。

「愛している」

 ネイビスはこの想いを伝えようとして、イリスとビエラの、愛する二人の顔を見つめる。遠退く意識のさなかでネイビスは男なのか女なのかは分からないが、とても透き通る美しい声を聞いた気がした。



63時の狭間で

 ネイビスは暗闇の中でビエラとイリスの名を何度も呼んだ。愛していると伝えたかった。死を間近にしてよりいっそう、二人を好きになった。愛おしいと感じた。だが、ここは暗い暗い闇の底で、言葉にしても届かない。それでも何度も何度もネイビスが呼び掛けていると、どこからか声が聞こえてきた。それは男とも女ともとれるような中性的な声だった。

「いくら弱体化しているとはいえ、この私と戦って相打ちとは、なかなかやるではないか」

 気が付けばネイビスは白銀の世界に一人いた。先程までの鈍痛も寒気も消え、腹の傷を確かめるも、まるで始めから無かったかのようにその傷は消えていた。

「誰だ?」

 ネイビスまだ見ぬ存在に問う。

「先程まで戦っていたではないか。私は十二天魔の中で時を司るツァーネだ」
「十二天魔?なんだそれは」
「貴様は何と戦っていたのかも分からないというのか。なんと愚かな。まぁ、ただの人間なら仕方ないか」

 ネイビスは十二天魔という言葉は知らない。ゲームでそんな敵はいなかった。ということは、やはりこの世界はネイビスの知っている『ランダム勇者』の世界とは違うのだとネイビスは確信する。ネイビスは考えながら辺りを見回すも、ただ白銀の世界が広がるだけだった。ここでは時間の感覚も空間の感覚もおかしくなりそうな気がした。

 空間には奇妙な空間音が響いているが、その音がどこからやって来てどこへと消えていくのかはネイビスには全く分からなかった。ネイビスが黙っていると、依然として姿を見せないツァーネと名乗る存在が語り始めた。

「私は見極めに来たのだよ。貴様が我らが主を殺すにふさわしいかどうかをね」

 それを聞いてネイビスは目を見開く。

「まさか、魔王の下僕か!?」
「魔王?あぁ、やつのことか。あやつはただの裏切り者だ」

 裏切り者という表現をネイビスは不審に思ったが、聞き返すのは無粋と判断して質問を続ける。

「魔王の手下でないのなら、十二天魔は一体何なんだ?」
「そうだなぁ。世界の理、であろうな」

 それからしばらく両者は沈黙した。ネイビスは敵なのか分からなくなりつつあるツァーネと名乗る存在のことを考察する。ツァーネは自身を世界の理と呼んだ。仮にその言葉が真だとして、世界の理が仕える主とは一体なんなのだろうか。

「神……しか考えられないよな」

 思案の末、ネイビスは一つの結論を口にする。

「神か。人は我らが主のことをそう呼ぶのであろうな」

 またしても両者は沈黙する。先に口火を切ったのはネイビスだった。

「それで、見極めの結果はどうだったんだ?」
「そう憂うでない。少なくとも私は貴様に可能性を見た」

 詳しいことはわからないが、ネイビスはそっと胸を撫で下ろした。

「そうか。それは良かった。もう一つだけ質問いいか?」
「なんだ?言い給え」
「ここってさ、天国とかなのか?俺、確かに死んだ気がするんだが……」

 ネイビスがそう言うと、ツァーネは「ふはは!」と高らかに笑い出した。

「貴様にはここが天国に思えるか!そうかそうか!」
「天国ではないのか?」
「貴様には特別に教えてやろう。天国と呼ばれる場所はここよりもっと素晴らしい場所なのだよ。無上の地、天上の楽園。それが天国なのだよ。そして、天国はとても退屈で孤独な場所だ。」

 ネイビスはツァーネの話を聞き、天国や死後の世界でないのならここはどこなのだろうと不思議に思った。そして、同時にまだ死んでいないのではないかと希望も持った。その思考を読み取ったのか読み取っていないのかは定かではないが、その質問の答えをツァーネは語りだす。

「ここは時の狭間だ」
「時の狭間?」
「左様。私は時を司ると言ったであろう。ここは無時間の領域であり、天国ではない」
「無時間……」

 ネイビスが思案していると「頃合いか……」とツァーネが呟いた。それと同時に時の狭間を占めていた音たちが凪ぎ始める。まるで開けられた扉がゆっくりと閉まるような、そんな感覚をネイビスは覚えた。

「貴様のことは見極められた。もう用はない」

 ツァーネの言葉にネイビスはすかさず声をかける。

「ちょっと待て、まだ質問したいことが……」

 ネイビスが言い終わる前に視界は、世界はブラックアウトした。その刹那「また会おう」とツァーネが語るのをネイビスは確かに聞いた。

 ネイビスの意識は虚しくも白銀色した時流の渦に呑まれていった。流れ流れて、ネイビスの意識が再び色を伴い始める頃、今度は寒い、白と蒼の支配する雪原にネイビスは立っていた。

「ネイビスくん?」
「何突っ立ってるのよ」

 その声にどれだけ安堵したことか。ネイビスは振り返る。そこにはよく知った、愛しい二人が立っていた。



64智慧と加護

「ネイビスくん?」
「何突っ立ってるのよ」

 急に立ち止まったネイビスに隣を歩いていたビエラが心配そうに声をかける。その呼びかけに応えることなくネイビスがぼーっとしていると、今度はイリスが「あなた、大丈夫?」とネイビスの顔色を窺った。

「あ……っと、あれ?ここはどこだ?」
「第六階層だよ。ネイビスくん、どうして泣いてるの?大丈夫?」

 ネイビスの問いにビエラが答えた。未だに状況をよく掴めなていないものの、ネイビスは大丈夫だと、ぎこちなく頷いてみせる。ネイビスは涙ぐんでいることに気づいて手で涙を拭いながら二人に尋ねた。

「二人とも、あの白銀のドラゴンはどこに行った?」
「白銀のドラゴン?何のことかしら?」
「まだこの階層に来てからはドラゴンは見てないと思うよ」

 イリスとビエラの返答にネイビスは眉を顰める。ネイビスは自身の体を調べ始めた。

「傷がなくなっている……」

 服をまくって見るも、白銀の竜であるツァーネの爪が貫通したはずの腹部には傷一つなかった。イリスは急に腹を確認し始めたネイビスに「何してるの?」と訊いたが、ネイビスの耳には入らない。ネイビスは独り思案し、先のツァーネの話を思い返していた。ツァーネは時を司ると言っていたことを思い出してネイビスははっとする。

「まさか、時が戻ったのか?」
「ネイビス、さっきから何言ってるのよ?」

 ネイビスが独りごちるのを耳にしたイリスはそう言ってネイビスに一歩詰め寄った。ネイビスは近づいたイリスの手を取ると、優しく抱き寄せた。

「ちょっと。何よ、急に!」
「すまん。少しだけこうさせてくれ。ビエラもこっちに来てくれないか?」
「いいけど、ネイビスくん?どうかしたの?」

 ネイビスはビエラとイリスを抱き寄せて、その体温に命の弱さと強さを実感した。次第にネイビスの心が落ち着いていく。

「二人とも、心から愛しているよ。改めてそう実感した」
「何よ、いきなり……」
「私もネイビスくんのこと、愛してる」

 ネイビスの愛の言葉にイリスは恥じらうも、ビエラの言葉を聞いて、ぼそっと「私もよ……」と呟いた。

「二人ともありがとう。大分落ち着いた」

 しばらく抱きしめた後に、そう言ってネイビスは二人から離れた。

「ちょっと一人で状況を整理したいから、待っててくれるか?」
「……いいけど、後でちゃんと説明しなさいよね」

 イリスとビエラは仕方なくネイビスのことを待つことにした。二人とも、ネイビスのことを不審に思うよりはむしろ心配していた。ネイビスには前世の記憶があるから、変なことを言い始めることは今までにも多々あった。だが、今回のネイビスの様子を見て、二人はどうも今までの例と今回のネイビスの様子はどこか違うと感じていたのだ。それ故に二人はネイビスが考え込んでいるのを真剣に見守った。少ししてネイビスが徐に口火を切る。

「二人とも、聞いてくれるか?」
「ええ、いいわよ」
「ちゃんと聞くから、話して」

 イリスとビエラは固唾を呑んだ。二人はネイビスの口から語られることを思い浮かべては、緊張に身の縮む思いをした。

「俺はな、一度死んだんだ。確かに死んだ」

 え、というか細い声がイリスとビエラの口からこぼれた。

「ちょっと、ネイビス、どういうこと?あなたは今、こうして生きているじゃない?」
「うんうん」

 イリスの話したことは正しかった。実際にネイビスは目の前で息をしているし、傷一つない。ビエラもイリスの意見に首肯で賛成を示した。ネイビスは信じてもらえないことは百も承知だったが、あることに気づいてほくそ笑んだ。

「生き返った、いや、時が戻ったと言っていいだろう。なぁ、ツァーネ?」

 ネイビスは空を見上げた。つられてイリスとビエラも天を仰ぐ。そこには白銀のドラゴンが力強く空を羽ばたいていた。

「なんだ、気づいておったのか。妙な技を使えるようだな」
「妙でもなんでもない、ただのスキルだよ。お前の能力に比べたら取るに足らないものだ」

 ネイビスは自嘲してツァーネに応えた。サーチを使ったことで頭上にツァーネがいることに気が付いたのだった。イリスとビエラは突如現れたドラゴンに身構えたが、それを見てネイビスは「大丈夫だ」と教える。

「ドラゴンなのよ?」

 すかさずイリスが聞き返すが、ネイビスは再度「大丈夫だ」と言って、ツァーネが敵ではないことを伝える。

「戦いに来たんじゃないんだろう?ツァーネ」
「ああ。その通りだ」
「じゃあ、一体何をしに来たんだ?もう用はないと言っていなかった気がするんだが」

 ネイビスとツァーネが語り合う中、イリスとビエラは黙って両者の会話を聞いていた。

「せっかちであるな。まぁいい。私はお主らに智慧と加護を授けに来たのだ」
「智慧と加護?」
「ああ。先ずは智慧から授けよう。心して聞くが良い。永きにわたって凍結されていた時が動き出したのだ。何者かの庇護を受けてな」
「庇護……。凍結されていたってどういうことだよ」
「それは私も上手くは説明できぬな。だが、例えるなら、無限にループしていた輪が今、解かれようとしているといった感じであるな。その鍵がお主らであると我らが主が仰っていた」
「確か、俺らがお前の主を殺すに相応しいかを見極めに来たんだよな?」
「そうであるな。だが、どちらかと言えば、果たして貴様らにあの方を殺すことが出来るのか、その可能性を見に来たという説明の方が良いであろうな。私が授けたかった智慧はこのくらいだ」
「なら次に、さっき加護を授けるって言っていたが、そんなこと本当にできるのか?」

 ネイビスの問いに「造作もない」とツァーネは応えると、説明を始めた。

「貴様ら三人に今、時の加護を与えた。もしもの時に貴様らの記憶が過去を呼び起こして、貴様らを救うだろう。もう本当の意味で貴様らに用はなくなった。さらばだ」
「おい、待て!」

 ネイビスが天高く飛び去っていくツァーネを呼び止めようとするも、ツァーネはどんどん遠く、小さくなっていった。

「せいぜい、己の運命を楽しむのだな!」

 そう言い残して白銀の竜は澄んだ空に消えていった。

65ダンジョンクリア

 白銀のドラゴンであるツァーネが去った後、イリスとビエラはネイビスの元まで歩み寄って尋ねた。

「ネイビスくん。今のは何だったの?」
「説明してよね」

 二人に説明を求められたネイビスは語り始める。

「あのドラゴンは、俺も詳しくはわからないんだが、名前はツァーネと言って、どうやら時を司るらしい」
「時を司る、ね……」
「信じるのは難しいかもしれないが、俺はあいつと一度戦って、確かに死んだ。だが、気づいたらこうして生き返った。というより、時が戻ったんだと思う」
「時が戻るなんて話、聞いたこともないよ」
「ビエラの言うとおりね。でも、ほら。見てみて」

 そう言ってイリスは自身のステータスを表示してネイビスとビエラに見せた。

 名前:イリス(『時の加護』)
 年齢:17
 性別:女
 職業:剣士Lv.55
 HP:786/636+150
 MP:468/468
 STR:368
 VIT:312+50
 INT:156
 RES:156
 AGI:212
 DEX:156
 LUK:156
 スキル:『スラッシュ』『二連切り』『蟲斬り』『剣士見習いの本気』『一刀両断』『三連切り』『魔獣斬り』
 アクセサリー:『シルバーバングル』『ゴールドバングル』

「名前のところに『時の加護』ってあるね……。あ、私のステータスにもある!」
「俺もだ。これは何だ?」

 ビエラとネイビスも自身のステータスを確認して、名前のところに『時の加護』という言葉が増えていることを確認した。

「時の加護って何よ?」
「分からん。記憶がどうのこうのって言ってたが……。うーん」

 三人は考えに考えた。円陣を組んで考えた。ツァーネの残した抽象的で意味のわからない言葉を思い返そうとしてみたり、時の加護という名前からその効果を考えたりした。だが、結局のところ、どれだけ議論しても答えは出ず仕舞いだった。

「やめだやめだ。いずれ分かる時がくるだろ!」

 ネイビスが開き直ると、イリスがため息を吐いた。

「本当に前向きね。だけど、いつまでも考え込んでいても何も生まれないものね」
「うん、そうだね。じゃあ、ダンジョン攻略再開?」
「そうするか!」

 ネイビスのポジティブ思考により、三人は時の加護のことは諦めてダンジョン攻略を再開することにした。

「あれ、さっきまでこんな道あったかしら?」

 イリスが地面を指さして二人に尋ねた。

「地面に道があるね!」
「そうだな。雪が溶けたのか?」

 二人の言うように、地面には石畳のような道が続いていて、その道の先には青白く輝くゲートがあった。

「ゲート!」
「そうみたいだな」

 ビエラが喜々とした声でゲートを指さし、ネイビスが同意を示す。

「恐らく、ツァーネの仕業だろうが、まぁ、行くか」
「そうね。行きましょう」

 三人は休憩を入れることなく、第七階層へと続くゲートを潜るのだった。



 青白い炎で周りを縁取られた薄暗いドーム状の空間。そこに三人の影があった。

「案外楽勝だったわね。これなら不死のペンダントも要らなかったわ」
「まぁな。だが、保険として精神的には役に立ったよ」

 今、ネイビス達三人はダンジョンの最終階層の第十階層にて、ボスである黒竜との戦闘を終えたところだった。第七階層では氷竜が二体で出てきて、第八階層、第九階層は風竜が出てきたが、三人にはかなり余裕があった。ドラゴンとの戦闘にすっかり慣れた三人は、死のブレスを使う黒竜でさえ、臆することなく完封した。

「これでクリア?」
「そうなるな。お疲れ様」

 ビエラがネイビスに訊くと、ネイビスはビエラの頭に右手を載せて、優しく撫でた。「えへへ」とビエラはくすぐったいような声を漏らす。一方イリスは黒竜をインベントリにしまってから、二人のところにやってきて、疲れ気味に言う。

「二人とも、さっさと帰りましょう。流石に疲れたわ」
「それもそうだな。帰るか」

 三人は足並みを揃えてゲートへ向かって歩く。

「でも、結局あれからレベル上がらなかったね」
「だな。いかにダンジョン周回が大事か再確認できるな。じゃあ潜るぞー」

 帰還ゲートを潜る際、ネイビスはまたダンジョン攻略のことが噂になるんだろうなと辟易し、だが同時に少なからずの達成感も感じていた。案外、有名になることは心地の良いことだとネイビスは思う。

 このときにはもう既に、時の加護のことを三人はすっかりと忘れていた。何故時を司るというツァーネがわざわざこのタイミングで現れたのか。そのことに気づいていたら、三人の運命は少しは変わったのかもしれない。


65.5暗躍

 二人の男が暗い部屋で話していた。

「『ランダム勇者』のネイビスという男は転生者のようです」
「バルザック。それは誰からの情報だ?」
「月と太陽からですよ」
「ほう、あの二人か。なら、その情報は信用に足るな」

 そう言って男は目の前の机に置かれたワイングラスを手にとり、口に運んだ。

「崇高なる法王よ。矮小なる私めに一つ、提案がございます」
「なんだね?」
「悪い芽は早めに摘んでおく方がよろしいかと存じます。転生者は厄介です。このまま野放しにしていては、私達七大聖騎士でも、いずれ殺せなくなる可能性があります」
「それもそうだな……。では、奴はいつの時代からの転生者だ?」
「正確には分からないとのことでしたが、転職について知っていたとなると、やはり神代以降であるかと」
「なるほどな。で、具体的にはどのように処理するのだね?」
「どうやら彼らは今、Aランクダンジョンを攻略しているようでして、恐らくはクリアするかと」
「ふむ……。お前が言いたいことは分かったぞ、バルザックよ。そのようにするがいい。私も、神の名を名乗る奴らはいけ好かんからな」
「御意に」
「特別にダンジョン都市までの転移陣の利用を許可してやる」

 そう言ってレトナはインベントリから鍵を取り出し、バルザックに投げる。

「これは、あの水門の鍵!有難き幸せ!」
「くれぐれも失くすなよ。では行け」
「は!」

 七大聖騎士が一人、【破壊のバルザック】はレトナ法王に深くお辞儀をしてから、足早にその部屋を去った。


66聖裁

 ネイビス達は暗闇の中にいた。辺りはすっかり夜。ここはAランクダンジョン『ドラゴンの巣』の出口だった。ダンジョンの出入り口となっている受付の明かりを頼りにネイビス達が歩き出すと、受付の前の広場にはネイビス達を待っていたかのような人集りがあった。灯りを携えている彼らはネイビス達を見つけるとすかさず大音声の歓声を上げた。

「これでまた武勇伝が増えるな」
「そうね。早く行きましょう」

 ネイビスとイリスは喝采を受けて自慢気になる。だが、ビエラだけは眉をひそめていた。

「ねぇ、二人とも。ちょっと変じゃない?」

 イリスとネイビスが足早に受付へ向かおうとするのをビエラが制止した。

「どうしたんだ、ビエラ?」
「いや、ただの勘違いかもしれないんだけど、少しおかしいなって」
「ビエラ、何かあるなら言ってちょうだい」
「うん……。どうしてあの人達は私達がダンジョンをクリアしたことを知ってるのかなって思って。だって、クリアしたかは受付でマギカードの履歴を確認しないと分からないはずだよね?」
「……それもそうか」

 ビエラの話を受けて、ネイビスはしばし考えてから頷いた。それを見て、さらにビエラは続ける。

「私達が必ずクリアすることを確信してたってことも考えられるけど、それでもなんだか怪しくない?」
「ビエラの言いたいことは分かった。そうだなぁ。話だけでも聞きに行って見るか?」
「う、うん。気をつけてね」

 ネイビスは一人で人集りのもとへと話を聞きに行った。ネイビスが近づくと、一人のマントを深く被った男がネイビスに尋ねた。

「もしかして、『ランダム勇者』か!」
「ええ、そうですが、この集まりはなんですか?」
「なら、Aランクダンジョンをクリアしたって話は本当なのか?」

 ネイビスは質問に質問で返されたことに一瞬苛ついたが、ここは我慢することにした。ネイビスは仕方なく答える。

「そうですけど、なぜそれを知ってるのですか?」
「そうか。それは残念だ……」

 ネイビスが話し終えると、男の纏う空気が一変した。ネイビスは反射的に身構えるも、その男に近づいてしまった時点でもう遅かった。

「えっ……?ぐっ……」

 気づくと男の太い右腕がネイビスの腹部を貫いていた。酷い頭痛と吐き気がネイビスを襲い、ネイビスは血反吐を吐いた。

「よく聞け!俺は七大聖騎士が一人、【破壊のバルザック】だ!まぁ、お前はもう死ぬから教えてやるがな。クリアしちゃいけねぇんだよ、Aランクダンジョンは!」

 ネイビスは必死に抵抗しながらも、以前に【金色のヘス】と会話した時のことを思い出していた。何故転職が知られていないのか、ネイビスは常々疑問に思っていた。上級職には転職がないことも理由として考えられたが、上級職以外ならレベル99になれば自ずと転職を知るはずだ。なのに連綿と紡がれてきた歴史の中で一人たりとも転職の言葉はない。

 今になってこうやって間引かれていたのかとネイビスは思い知った。バルザックはそのまま抵抗するネイビスを宙に持ち上げる。

「イリスっ!ビエラっ!逃げろぉぉぉ!」

 ネイビスは怒鳴った。イリスとビエラに届くように。ネイビスはもう勝つことを諦めていた。出来るなら二人だけでも逃げて生きのびてほしい。そう願って声を上げるネイビスにバルザックは容赦なく語る。

「安心しろ。お仲間はもうとっくに天国だぜ!なんせ、俺よりも恐ろしい二人が相手だからな。特別に見せてやるよ」

 バルザックは空いていた左手でネイビスの首を強制的に曲げる。ネイビスの視界に映ったのはローブを纏い仮面をつけた二人の魔導士らしき者だった。二人はネイビスの方に背を向けて立っていた。

「イリスっ!ビエラっ!」
「無駄だよ。ほら!」

 仮面の二人はそれぞれ一人ずつ人を抱えていた。仮面の二人がゆっくりと振り返る。

「そんな……」

 仮面の二人はそれぞれイリスとビエラを腕に抱えていた。だが、二人の四肢は力なく宙に垂れていて、もう生気は感じられなかった。ネイビスはもうイリスもビエラも死んでいることを悟った。

「ほら。愛しの二人なんだろう?死に様くらい見届けてやりなよなぁ?」

 バルザックの声はもうネイビスの耳には入らなかった。ネイビスの中にあるのは憤怒だけだった。

「くっそぉぉぉぉ!喰らえ!『プチメテオ』!『プチメテオ』!『プチメテオ』!」

 嗄れた声でネイビスは自身と仮面の二人の頭上に『プチメテオ』を三つ生成した。死ねば諸共。それがせめてもの足掻きだった。仮面の二人は抱えていたイリスとビエラの亡骸を優しく地面に置くと、天に向けて手を伸ばした。

「「『フリーズ』」」

 辺りを冷たい空気が支配し、プチメテオは冷気に包まれて雲散する。ネイビスの『プチメテオ』はローブを纏った二人の魔法によって相殺されたのだ。『フリーズ』。それは大蒼魔導士がレベル99で使うことのできる魔法スキルだった。

「ごめんなさい……。でも仕方がなかったの」
「まさかクリアするとは思わなかった」

 そう言う声はどこかで聞いたことのある声だった。ネイビスのもとに近づきながら二人はその身に纏うローブと仮面を外した。現れたのは二人の白髪の美女。ネイビスのよく知る人物だった。

「何故……だ?」
「私は『絶対零度』のレナである前に【太陽のレナ】なの」
「私は【月光のルナ】。騙すようなことしてごめんなさい」

 ネイビスはあまりのことに続く言葉が出ない。

「なぁ、選ばせてやるよ。このまま死ぬか、氷漬けか、それとも恋人さん達と同じ目に合うか!あはは!……あれ、返事がないなぁ?」
「バルザック。弄ぶのもいい加減にしなさい」
「代わりに私が殺すわ」
「ちぇっ!わかったよ。せっかく久しぶりの聖裁だったのに!」

 ネイビスは死ぬことを恐れてはいなかった。今はもう、七大聖騎士を憎んでもいなかった。ただ、虚しかった。切なかった。悲しかった。何故、こうも立て続けに死や苦痛を経験しなくてはならないのか。何故、イリスとビエラと別れなくてはならないのか。恨むとすれば世界の方だった。

「安心して。二人は痛みもなく、一瞬で死んだから。あなたもすぐに終わるわ」
「お互い転生した時代が悪かった。ただ、それだけのことよ。じゃあね」

 ルナはネイビスに向けてそっと手をかざした。そして呟く。

「『デス』」

 避けようのない死がネイビスを赤子を抱く母のように優しく包んだ。何もかもを諦めた暗闇の先にネイビスの脳裏に煌めいたのは、始まりの日の記憶だった。

結 世界編 そして、また物語が終わる

67始まりの公園にて

「あれ?俺生きてね?」

 ネイビスは素っ頓狂な声を上げては自身の体を確かめた。二回目の死からの復活を体験してもなお、やはり慣れることはない。

「ここどこ?」
「明るい……」

 ネイビスが顔をあげると、そこにはネイビスと同じくぽかんとしているイリスとビエラの姿があった。ネイビスは二人の頭を見て尋ねる。

「お前ら、髪切ったか?」
「切ってないわ……。それに、今それ訊く?」

 イリスとビエラの髪は短くなっているようにネイビスには見えたが、今はそれどころではなかった。ネイビスは辺りを見回す。ここは見覚えのある広場だった。始まりの町の始まりの噴水。ゲームのスタート地点としてネイビスの記憶にある場所であった。時刻も夜ではなく、太陽は頭上にあって世界は明るい。

「俺らって、Aランクダンジョンをクリアして、七大聖騎士に襲われて死んだよな?」
「七大聖騎士に襲われて死んだ?何言ってるのよ。Aランクダンジョンをクリアしたところまでは覚えているけど、私は死んでないわ。現に今生きているでしょう?」
「うん、私もそう思う。確か、『ドラゴンの巣』をクリアしたよね。それで、ゲートを潜って外に出たら受付の前の広場に人集りができてて、ネイビスくんが話を聞きに行って……。それで気がついたら明るくなってた?」
「そうね、それに着ている服も違うし……。というかこの服、勇者学院が支給してる冒険服じゃないかしら?懐かしいわね」

 イリスに言われてネイビスは自身の服を見る。確かに今着ている服は三人が冒険を始めた頃に着ていた服だった。

「どうして私達がこの服を着ているのかしら?」
「分からない……」

 イリスの問いにビエラは首を傾げる。一方、ネイビスはこの状況に既視感を覚えていた。そう。つい最近も似たようなことがあった。

「まさか……」
「「まさか?」」

 ネイビスの呟きに二人は反応して凝視する。

「おいおい。まさか、またツァーネの仕業か?」

 ネイビスがそう呟いて雲一つない快晴の空を見上げていると、その肩に手が置かれた。

「呼んだか?」

 ネイビスの呼びかけに応じたのは一人の男だった。ネイビスは不意に肩に手を置かれたことに驚き、そして気配を察知できなかったことに恐れを抱いた。ネイビスはすかさず振り返って、インベントリから愛剣毒牙を取り出し、最大限の警戒をした。そこにいたのは正装を着て畏まった、白髭がよく似合う一人の紳士だった。

「お前は誰だ?」
「もうお忘れたのか?まぁ、声も姿も変わっているから分からないのも仕方ないか」

 ひとりごちる男に対してネイビスは眉をひそめ、語気を強めて再び訊いた。

「いいから答えろ!お前は何者だ?」
「命の恩人に対する態度ではないな。私の名はツァーネ。これで思い出したか?」
「ツァーネ?ツァーネはドラゴンのはず……」
「そうか。まだわからんか。では仕方ない」
「な、何をするつもりだ!」

 ネイビスの不信感を払拭するためにツァーネと自称した男は右腕の袖をまくるとネイビスに見せた。ネイビスはもちろん、イリスもビエラも警戒し恐る恐る袖が捲くられて露出した彼の前腕を見つめた。

「見ておけ」

 ツァーネと自称した男がそう言い放った途端、彼の右腕にざざっと白銀の鱗が逆立つように生成された。ネイビス達は眼を見張る。少ししてネイビスは改めて男に訊いた。

「お前、本当にツァーネか?」
「ああ。そうだとさっきから言っている」
「命の恩人というのは?」
「本当にわからず屋だな、貴様は。何故、アリエル様はこのような愚か者を……」

ツァーネはそう言って頭を抱える。

「アリエル?」
「ああ。私は今、王宮でアリエル様つきの執事だ。貴様らがランダム教に殺されると知って、アリエル様が私を遣わしたのだ。アリエル様とは確か一度会っていたはずだが、もう忘れたのか?まぁ、今から会うことになるから忘れていても関係はないがな」

 そう言うとツァーネは白い手袋に包まれた左手を近くに留めてあった馬車に向けた。

「さぁ、あの馬車に乗りなさい。アリエル様が王宮にてお待ちだ」

 ツァーネの指示に従おうとして一歩を踏み出そうとしたネイビスをイリスとビエラが引き止める。

「ちょっと、ネイビス。これどういうこと?景色は変わるし、知らない人はいるし、服は変わるしで訳わからないんだけど」
「うん。私もちゃんと説明してほしいな」

 イリスとビエラの詰問に、ネイビスは答えあぐねる。

「それが、俺も詳しくはわからないんだよな。ただ、どうやら過去に戻ったらしいことは察してる」
「「か、過去!?」」

 ネイビスの言葉にイリスとビエラは驚きの声を上げるも、少ししてから納得するように頷いた。

「おおよそそれであってるな。昨日は勇者学院の卒業式の日。今日は貴様らが旅立った日だ」

 ネイビスの考察をツァーネは肯定して、現在の日時を教える。

「詳しいことは私が馬車で説明する。いいから乗れ」

 そう言うとツァーネは馬車の元まで歩いて、乗口の脇で待った。ネイビス達はまだ不信感はあるものの、仕方なく馬車に乗ることにした。


68強くてニューゲーム

 広々とした馬車の中にはふかふかの椅子があり、ネイビス達はそこに座ってツァーネと話していた。

「つまり、あの『時の加護』の効果でインベントリやステータス、記憶はそのままで過去に戻った、ということか?」
「ああ、その理解であっている」

 ツァーネが現状をネイビス達に説明し終わり、ネイビスがその内容を確認した。

「それって最強じゃないかしら?だって、何度も使えば英雄にも億万長者にもなれるじゃない」

 イリスが興奮気味に言うが、ツァーネは首を振ってそれを否定した。

「いや、最強ではないな。欠点もある」
「欠点?まさかペナルティーとかか?」
「それはないな。だが欠点は三つある。一つ目は一度しか使えないことだ。そして、二つ目がこの加護は己には使えないことだな。三つ目は記憶にある過去にしか戻れないことだ」
「え、一度しか使えないなら、ものすごく大切な一回だったのではないですか?」

 ビエラが尋ねるとツァーネは頷いて応えた。

「ああ。もちろん至極大切だ。だが、抜け道はある。それに、何故アリエル様が貴様らに『時の加護』を使わせたか疑問だったが、まぁ一度貴様と戦ってみて、ほんの少しは納得したよ」

 ツァーネの険しくも鋭い眼光がネイビスに向けられた。ネイビスは見つめ返して、「それはどうも」と会釈する。それから四者の間に沈黙が訪れ、馬車が道を行く音だけが聞こえていた。

 しばらく馬車は移動して、日がまだ高いうちに王城にたどり着いた。ネイビス達は前の時間軸で一度ここに来ているので、あまり緊張はしなかった。

 三人はツァーネに案内されるがままに城の中を移動して、一つの部屋の前に辿り着く。

「この中にアリエル様がいらっしゃる。私も中に入るが、くれぐれも失礼のないようにな」

 ツァーネの忠告にネイビスは「わかった」と返事をして、ドアノブに手をかける。ネイビス達が中に入ると、一人の女性がいた。

「やぁ、待っていたよ。久しぶり。『ランダム勇者』のみんな」

 明かりのついていない薄暗い部屋。その窓際に立つ女の美しい銀髪は、カーテンから差し込む光を受けて煌めき、神秘的な造形美を成す。彼女は優雅に振り返ると、ネイビス達を迎えるようにお辞儀をした。その女、アリエルは妖艶でいて、不思議な雰囲気を纏う美女だった。

「暗くてごめんね。まぁ、座ってよ」

 ネイビス達はアリエルに指し示されたソファーに座ることにした。ネイビス達とアリエルが机を挟んで向かい合うような形になった。ツァーネはアリエルの後方で直立するようだ。

「アリエルさんは覚えているのですか?」

 ネイビスが席につくとすぐにアリエルに尋ねた。

「ん、何をかな?」
「その……時が戻る前の記憶を」

 そこまで聞いてからアリエルは微笑んで頷いた。

「うん。覚えてるよ。ボクはね、遠い昔に忘れることを忘れてしまったんだよ」
「忘れることを忘れた?」
「そう。死のうにも死ねないしね」
「そうですか……」

 その言葉の真意を訊くか迷うネイビスを見て、ふふふとアリエルは優美に微笑むで言う。

「気になること、ぜーんぶボクが教えてあげるよ」



 
 ネイビスはランダム教と七大聖騎士についてアリエルに訊いた。アリエルの話を聞いたネイビスは確認する。

「やはり、ランダム教が世界を支配していると?」
「うん、そうだよ。彼らは裏で国民を管理しているんだ。君たちはランダム教についてどれだけ知っているのかな?」

 アリエルの問いにビエラが小さく手を挙げた。

「大昔はいくつも宗教があったけど、あるときに唯一正しい教えがランダム教だけだって証明されたんだよね」
「それで?」
「世界はランダム神が無作為に創りだしたものよね」
「うんうん。ネイビスくんは何か知っているかな?」
「うーん。いや、特に……」

 ネイビスの返答にアリエルの後ろに立っていたツァーネは呆れた顔をしたが、アリエルは特に気にすることなく話を続ける。

「そう。で、君たちは本当にそんな神が存在すると思う?」
「な!あなた、ランダム神を否定するつもり?」

 アリエルの問いを聞いてイリスが食いついた。

「うん、そのつもりだよ。イリスちゃんがなんと言おうとボクはランダム神を否定するよ。何故なら本当の神を知っているからね。ね、ツァーネ?」
「ああ、そうだな」

 アリエルがツァーネに確認すると、ツァーネは珍しく微笑んで頷いた。アリエルとツァーネのやりとりにイリスは声を詰まらせた。

「ほ、本当の神?」
「そう。本当の神。でも、今は教えられないよ」

アリエルは自身の唇に人差し指を当てて微笑む。

「ツァーネ、あの話していいよ」
「承知致しました」

 ツァーネはアリエルの指示に従って話し始める。

「まぁ、貴様らは知らないだろうから話すとだな。王都の外れにランダム教の本殿がある。その神殿の地下には天界に続くとされる水門があるんだが、その門の先には何があると思う?」
「天界と繋がっていて、神がいるとか?」
「まさか、異世界と繫がっている?」

 ビエラとネイビスが答えたが、ツァーネは首を振る。

「水門の先にはな、虚空の間と呼ばれる空間がある。そこに魔王が封印されているんだ」
「「魔王?」」
「魔王は魔大陸にいるはずよ!」

 ビエラとネイビスは疑問で応え、イリスがツァーネの話を否定する。

「そもそも、魔大陸なんてあると思うか?実際に行ったことがあるのか?冷静に考えろ。世界を支配しているランダム教が支配していない大陸などこの世に存在しないことくらい分かるだろう」

イリスはツァーネの説明を聞いて納得せざるを得なかった。それを見かねてネイビスがツァーネに確認する。

「ツァーネの言うとおりなら、魔王は今もその虚空の間にいるって言うのか?」
「いるにはいるが、いないとも言える」

 ネイビスがツァーネに訊くと判然としない答えが返ってきた。

「何だそれは。矛盾していないか?」
「奴は我ら十二天魔と違って不死ではないからな。それ故に奴が生きているかどうかは私も分からない。虚空の間の中のことはわからないからな」
「ちょっと待て、今しれっとすごいこと言わなかったか?」

 ネイビスが問い質すと、ツァーネは首を傾げる。

「なんのことだ?」
「今、不死って言わなかったか?」
「ああ、そのことか。前も話しただろう。十二天魔は世界の理であると。それ故に死ぬ時は世界が終わるときだ」
「世界が終わる?」
「そう。で、ここからが本題だよ」

 ここでアリエルがツァーネとネイビスの話の間に入った。

「今までのは本題じゃなかったのかよ」

 ネイビスがそうツッコミを入れると、アリエルは「悪いね」と言ってはにかんで笑う。

「先ずは君たちがいた世界線の未来の話をするよ?」

 アリエルは遠くを見るような瞳で語り始めた。



69ランダム

 時が戻る前の世界について、今まで魔王を倒すためにネイビス達が旅をしてきた世界についてアリエルが語り始める。

「先ず、もし君たちがAランクダンジョンに挑まなかったらどうなってたか、話すね?」

 アリエルの確認にネイビス達はなぜ知っているのかと疑問には思ったものの、仕方なく一様に頷いた。それを見てアリエルは続きを話す。

「オリエンス世界大会ってあるでしょう?君たちはその大会に招待されるの。『ランダム勇者』としてね。それはもう、盛大に迎えられるわ。その頃には君たちはもっとレベルも上がっていて、敵なし状態なんだよね。そしてオリエンス世界大会の各部門で優勝。ネイビスくんに関しては総合部門でも優勝しちゃうんだよ」
「それって本当ですか?」
「うん、本当だよ」
「どうしてわかるのかしら?ただの憶測ではないのかしら?」

 アリエルが語ったオリエンス世界大会の話にネイビスは疑問を抱く。ネイビスと同様にイリスも首を傾げてアリエルに反駁した。

「信じても信じなくてもいいよ。でも、いずれ分かる時がくる。じゃあ、続きを話すね」

 それからアリエルは存在しないはずの未来の話をネイビス達に語った。

 先ず、オリエンス世界大会でランダム勇者の名は世界に轟き、そしてランダム勇者を筆頭として魔王討伐隊が組まれることになる。ネイビス達はもちろん、複数のオリエンス世界大会の部門優勝者と七大聖騎士のうちの数名が魔王討伐隊に入るという。魔王討伐隊はその名の通りに魔王討伐のために魔大陸に船で向かうが、帰ってきたのは七大聖騎士だけだった。

 これがアリエルの語った未来の骨子だった。ネイビス達は半信半疑でその話を聞いていたが、聞き終わったネイビスはアリエルに尋ねる。

「一つ質問いいですか?」
「いいよ」
「例え、もし仮にそんな世界線があったとして、それを俺達に話すメリットはなんですか?」

 ネイビスの問にアリエルは「うーん」と思案してから答える。

「知っておいてほしかったからかな。そういう世界もあったこと。可能性のことをね」
「可能性……ですか」
「そう。可能性。知っているかもしれないけど、ランダムって言葉は神の名前以外の意味もあるよね」

 アリエルの言葉にネイビスは頷いたが、イリスとビエラはなんのことがわからずに首を傾げた。

「無作為ってことですよね」
「ムサクイ?」

 ネイビスが答えると、ビエラが首を傾げて訊いた。

「簡単に言うなら、いくつもある中から手当たり次第で選ぶってことだな。ダイスの1から6の目はランダムに出るって感じで使う」
「ふーん。知らなかった」
「私も初耳ね。逆に二人はどこで知ったのよ」

 目を開いて感心していたイリスだったが、アリエルとネイビスに視線を向けてそう尋ねる。

「それは内緒だよ」
「あーあ。俺もなんで知ってるのかよくわからないな」
「また、前世の知識ってやつ?」
「そうかもしれない」
「まぁいいわ。で、何の話だったかしら」

 ここでイリスが脱線しつつあった話の軌道修正を図る。それに応じてアリエルが話し始めた。

「結局、ランダム教が悪ってことになるんだけど、ここで一つ、君たちにお願いしたいことがあるんだ」
「なんです?」

 ネイビスは固唾を飲んだ。イリスとビエラも神妙な面持ちでアリエルが続きを話すのを待った。

「ランダム教の本殿の地下に水門があるって話はさっきしたでしょ?そこを潜って、その先にある虚空の間に入って欲しいんだ。そして、もし魔王が生きていたら殺してほしい。遠い昔に魔王は神からある力を奪ってね、それを取り返して欲しいんだよ」

 アリエルが語り終えると、真っ先に応えたのはイリスだった。

「魔王討伐すればいいんでしょう?ネイビス、やろうじゃない」
「うーん。まぁ、当初の目的も魔王討伐だったし、そうだな。やるか」
「うんうん」

 ネイビス達は皆アリエルのお願いを聞くことにした。

「ありがとう、みんな」

 アリエルが珍しく頭を下げた。アリエルが顔をあげると、ビエラが恐る恐る尋ねる。

「あのー、私達はこれからどうすればいいですか?」
「どうって?」
「魔王討伐のためにはレベル上げが必要だと思うのですが、レベル的にランダム教に目をつけられると思うので、ダンジョン周回もできないしなぁと」
「そこは平気だぞ、ビエラ。なんたって、俺らにはあのダンジョンロードがあるじゃないか!」
「ダンジョンロード……。ああ!」
「そう。時が戻ったとなれば、まだ未発見ってことだ。トカゲの尻尾切りまくるぞ」
「おー!」
「ふふふ」

 ネイビスのノリに頑張ってついて行こうとするビエラを見て、イリスは微笑む。そんな三人にアリエルとツァーネは最終確認をした。

「まぁ、君たちには自由にやってもらって構わないけど、魔王討伐の準備が整ったら教えてね。潜入の手助けはできるからさ」
「くれぐれも、私の加護を無駄にしないようにな」

 ネイビス達は二人の言葉に頷いた。それからしばらくの談笑の後に、密談はお開きとなった。ネイビス達が部屋から去る。扉が締まるのを確認してからツァーネが徐に呟いた。

「動きだしましたね、アリエル様」
「ああ、そうだね。やっと永きに渡って止まっていた歯車が動き出した。さて、どう転ぶかな?」



70やらかしちまった

「ねぇ、ネイビスくん。レベル上げの前に、行きたいところがあるんだけど……」

 王城から出て、とりあえず王都の宿屋に泊まろうとなった三人が王都の町並みの中を歩いていると、ビエラが当然そう切り出した。

「どこだ?」

 ネイビスが訊くとビエラは嬉しいそうに頷いてから続きを話した。

「エルデ地方ってところでね。とても綺麗なところなんだよ!一回行ってみたくて!」
「そういや、前に一度言ってな」
「うん!」
「イリスはどう思う?」

 ネイビスはイリスにも意見を聞いた。

「そうね。あの預言者も自由にして構わないって言ってたし、多少はいいんじゃないかしら?」
「じゃあ、次の目的地はエルデ地方にするか」
「やったぁー!」
「私は賛成よ」

 ビエラは喜々として喜び、イリスもネイビスの案に同意した。

「で、どう行くんだっけ」
「ダンジョン都市イカル経由で飛空艇使えば二日で行けるわ」
「じゃあ、明日の朝出発にするか?」
「そうね」
「今日は早めに休まないとな……うん?どうした?」

 不意にネイビスの袖をイリスとビエラが掴んで、優しく後ろに引っ張った。

「そのことなんだけど、お願いがあって」
「今夜は優しくしてほしいかなって」

 ネイビスは一瞬何の話か理解が及ばなかったが、顔をほんのりと赤らめる二人を見て夜の営みのことだと少ししてから理解した。

「ああ。久しぶりだからな。もちろん優しくしてやるぞ」
「それは助かるけれど、そうじゃなくて……。ツァーネの加護の力で時が戻ったでしょう?ステータスとかは変わらないけど、髪とか体は元通りなのよ」
「つまり……?」
「ネイビスくん。言わせないでよ……」
「察しなさい!」
「うん?」

 ネイビスが二人の真意を理解したのはその夜、王都で一番の宿屋のスイートルームでのことだった。ネイビスはイリスとビエラの二度目の初めてを堪能し、歓喜したのだった。

 翌朝、ネイビスはあることに気づいて顔面蒼白になる。

「あ、やべ。避妊の指輪つけ忘れてるやん」
「んー?ネイビス、どうしたのよ?」

 起きてきたイリスが寝ぼけ眼のままネイビスに質問した。

「俺達、昨日アレしましたよね?」
「ええ。したわね」
「イリスさん。避妊の指輪つけてました?」
「あ……」

 イリスの表情も曇り始める。

「おはよう、二人とも……」
「おはよう、ビエラ。あのさ、ビエラ。昨日聖なるアレしたでしょ?」
「う、うん……。したよ?それがどうしたの?」
「ビエラさん、避妊の指輪つけてたっけ?」
「あ……、忘れてた!」

 ビエラは驚きの表情で声を上げる。それを見てネイビスはベッドに倒れ込む。

「思いっきりやってしまった……。魔王討伐の前にパーティーメンバーを妊ませるって……」
「ま、まだ妊娠したと決まったわけじゃないし……」
「そうだよ、ネイビスくん!」
「そうか?まぁ、気にしてもやってしまったことは仕方ないんだけど……」
「そうよそうよ。それよりネイビス。飛空艇の出発時間が迫ってるわ!」


 エルデ地方。大陸西北にある、小麦の名産地。そこにネイビス達は飛空艇に乗ってたどり着いた。

「なんて空気がキレイなのかしら!」
「そうだな。それにどこを見ても美しいな」

 遠くには連峰が聳え立ち、その麓まで畑が広がっていた。のどかな田園風景。

「なんか、戦いとか忘れて、このままスローライフ送りたくなってきたな」

 ネイビスが独りごちるとビエラが聞き返した。

「すろーらいふ?」
「ああ。のんびり過ごすことだよ」
「私達、相当なお金持ちだから、死ぬまで暮らせるかもね」

 ネイビス達はしんみりとした空気に包まれる。

「いっそのこと、新居構える?」
「あり」

 結局ネイビス達はエルデ地方の一等地に新居を建設することにした。その手続きを終えてネイビス達はある宿屋に泊まった。

 それから月日が経ち、ネイビス達の新居が出来た。三人はそこに住むようになって、魔王討伐のことも忘れて過ごした。来春には子どもも生まれて、ネイビス達は家族になった。

 家族水入らずで過ぎ去る季節をスローライフ。そんなある時、ネイビスの息子がネイビスに語りかけた。

「お父さんはどうしていつも独りなの?」
「え?俺はイリスとビエラに、お前らにも囲まれて、独りじゃないぞ?」
「ううん。お父さんは独りだよ?だって、だって、だって……」

 ネイビスは息子の言葉に吸い寄せられる感覚に陥った。それは高いところから落ちるような恐怖を伴っていた。怖い、辛い、寂しい……。



「あ、夢か」

 ネイビスはテントの中で目を覚ました。今現在レベリング中のネイビスはCランクダンジョン『トカゲの巣窟』に籠もっていた。

「あーあ。あのままエルデ地方で余生を過ごしたかったなぁ」

 ネイビスの精神はかなりすり減っていた。というのも訳がある。今ネイビスは一人でダンジョンを周回しているのだ。イリスとビエラは今、エルデ地方にいた。ネイビスは一人でダンジョンにかれこれ二ヶ月は籠もっていた。精神も擦り切れる。

「二人とも元気かなー」

 先程の夢は途中までが現実だった。ネイビスは実際にやらかしていた。イリスとビエラはネイビスの子どもを妊娠したため、ダンジョン攻略を中止しエルデ地方に新居を建てた。現在二人はエルデ地方で療養中だ。

「とっととカンストさせてやる」

 ネイビスは独り言を言うと、再びダンジョンの入り口に入っていった。



71カンスト

 Cランクダンジョン『トカゲの巣窟』にネイビスが訪れてから3ヶ月が経った。

「よぉぉぉーし!カンスト!」

 ネイビスはついに上級職レベル99までたどり着いた。

 名前:ネイビス
 年齢:17
 性別:男
 職業:愚者Lv99(経験値二倍)
 HP:2100/2100
 MP:2775/2700+75
 STR:500
 VIT:500
 INT:1300+25
 RES:1200
 AGI:500
 DEX:1000
 LUK:500
 スキル:『応急処置』『リカバリー』『サーチ』『ノービスの本気』『プチマジックアロー』『プチマジックウォール』『プチマジックウェーブ』『プチマジックミサイル』『マジックアロー』『マジックウォール』『マジックウェーブ』『マジックミサイル』『ファイアーアロー』『アイスウォール』『ウィンドカッター』『トランス』『シャドウランス』『シャドウレイン』『シャドウレーザー』『デス』『プチメテオ』
 アクセサリー:『朱雀の指輪』『ミスリルバングル』

 ネイビスは中級職を魔導士、朱魔導士、蒼魔導士、翠魔導士の中から魔導士を選んだ。これには訳があり、色を指定すると、その上級職しか選べなくなり、隠しジョブである愚者になれないからだった。

 愚者の条件、それはノービスから成り上がったということだとされている。

「そう言えば、『デス』使ってなかったっけ」

 ネイビスは殺されたときのことを思い出して身震いした。ネイビスは想起する。ルナは確かに『デス』をネイビスに対して行使した。ルナとレナ。二人には他の七大聖騎士とは一線を画す何かがあった。ネイビスは転生と何か関係があるのではないかと考えていた。

「とりあえず報告しに行きますか」 

 ネイビスは王都まで、アリエルとツァーネに会いに行くことにしたが、道中、飛空艇の乗り継ぎで寄ることになったダンジョン都市イカルにて寄り道することにした。

「元気にやってるかな」

 ネイビスはルートが上手くやってるか見に来たのだ。掲示板によると『ドラゴンの巣』の第五階層まで到達したとか。ネイビスは『ドラゴンの巣』に一番近い宿の食堂にて夕飯を食べることにした。案の定、勇者パーティー『絶対零度』がやってきた。

 ネイビスは呑気に酒を飲むルートとその横にいるルナとレナをしばらく見つめた。ルナとレナの物憂げな顔を見て、ネイビスはネイビス達が『ドラゴンの巣』に挑む前のやり取りを思い出した。

「魔王レオか……」

 酔っ払ったルートが騒ぐのを見て一安心すると、ネイビスは徐に席を立った。だが、ルートはネイビスのことを知らないので気づくことはなかった。そのことがネイビスにはどこか寂しくもあった。

「じゃあね、ルートさん」

 ネイビスは翌朝ダンジョン都市イカルを去って王都に向かうことにした。だが、昨晩のルナとレナの物憂げな顔が脳裏にチラついたネイビスは一つ、果たすべきことを思い出した。

「協力するって約束したからな」

 ネイビスはある部屋の前に立った。ネイビスは冷や汗をかいていた。これから対面するのは自分とイリス、そしてビエラを一度は殺した相手だ。だが、この世界ではルナもレナもまだネイビス達のことを殺していないのも事実。ネイビスはあのときのことを忘れて、勇気を出してノックした。

「こんな朝から誰?」

 出てきたのは銀髪が美しい妙齢の女性だった。恐らくレナである。

「俺はネイビス。転生者です」
「転生者……。場所を変えましょう。ちょっと待ってて」

 レナはルナを起こしてきて、上着をまとった。

「外で話しましょう」
「いいですよ」

 ネイビス達は以前のように朝の町を歩きながら話す。

「その感じだと、私達のことも知ってる?」
「二人も転生者ですよね」
「どこで知ったのかしら。大方予想はつくけど」
「あなた、アリエル様とはどういう関係なの?」
「逆にこっちが聞きたいですね」

 ネイビスがルナの質問にそう返すとルナはふてくされた顔をして続ける。

「まぁいいわ。それより要件は何かしら?」
「レオに会いたくはないですか?」
「「え!?」」

 ネイビスがその名を口に出した途端二人は口を丸く開けて驚いた。

「どうしてあなたがその名前を知っているのよ」
「そんなことより、レオに会いたいのですか?会いたくないのですか?どっちですか?」
「それは……会えるなら会いたいわ」
「レオはどこにいるの?」
「ランダム教の本殿、聖ランダム神殿。その地下にある水門の先にレオがいるって話です」

 そこまで聞くとルナとレナは二人で話し合う。しばらくしてから二人は決意に満ちた表情で告げる。

「分かったわ。あなたのことを信じてみることにするわ」
「私も信じてあげる」
「そりゃどうも」

 ネイビスはルナとレナと握手を交わした。



「早かったねぇ、ネイビスくん」
「転職もレベル上げも済ませましたよ」

 アリエルとネイビスは前回と同様に王城の一室で話し合っていた。アリエルが不敵な笑みを浮かべて訊く。

「イリスちゃんとビエラちゃんは?」
「どうせ知ってますよね?」
「うん。まぁね」

 ネイビスはじゃあ訊くなよと内心思ったが言わないでおいた。

「で、その二人の代わりが彼女達ね」
「お久しぶりです。アリエル様」
「大預言者アリエル様。お久しぶりです」

 ネイビスの隣に座るルナとレナがアリエルに丁重な挨拶をする。

「こちらこそ。それで、三人でパーティーを組むのかい?」
「そのつもりです」

 ネイビスがそう答えるとアリエルは「ふふふ」といきなり笑い始めた。

「いや、いいよ。こんなのはボク初めてだよ。ふふふ」

 アリエルは何故かとても嬉しそうにしていた。興奮しているようにも見えた。アリエルのその様子を見てネイビスもルナもレナも、少しばかり引いた。ひとしきり笑い終えるとアリエルは話し始める。

「じゃあ今から指示を出すね。魔王レオのいる虚空の間。そこに繋がるフィガロの水門を潜るには条件があるんだ」
「条件?」
「そう。条件。その条件はずばり、Sランクダンジョン『ベヒーモスの谷』をクリアすることです」
「Sランクダンジョン?」
「どこにあるのですか?」

 ネイビスとレナがすかさず質問した。するとアリエルはまた不敵に微笑んで下を指差して告げた。

「ここの地下だよ」


閑話 残された男

 一人の男が二日酔いに苛まれながらも起きた。

「んー。あれ、二人は?」

 その男は部屋中を探した。いるはずの二人がいなかった。

「あれぇ?俺、昨日なんかやらかしたか?」

 頭を掻きながらその男ルートは記憶を辿るも、何も思い出せない。するとルートは机の上に置き手紙を見つけた。

「なになに」

『勇者ルートへ。今までありがとう。そしてさようなら。ルナとレナより』

「そうか……。やっと手がかりが掴めたんだね」

 勇者ルートは置き手紙を読み終えるとそう呟いてカラッと笑った。そして、その手紙をインベントリに大事に仕舞った。

「さて。新しく強くて可愛い女の子でも探すかなー」

 世界中の女の味方、勇者ルートは今日も行く。強くて可愛い女の子を求めて。



72地下空間

 ネイビスはルナとレナとともにアリエルに案内されるままに王城の地下にある地下牢の間を通り抜けて、地下へと続く隠し扉の前までやってきた。

「こんな場所があったのね」

 レナが感嘆の声を漏らす。構わずにアリエルは隠し扉を開けた。中にはさらに地下へと続く階段が続いていた。

「地下にこんな空間があったなんて」
「そうだね……」

 階段を下ると開けた地下空間に出た。ネイビス、そしてルナとレナは王城の下に広がる広大な地下空間に驚いた。半球状の地下空間の外縁にある階段を四人は下りて行く。

「どうやってできたのかしら?」
「もしかして人為的に造られた?」
「だとしたらいつからあるのかな?」
「わからない……」
「もしかして神代から?」
「だとしたら王城の方が後に建てられた?」

 二人は終始考察と問答を繰り返す。一方ネイビスは二人とはうまく話せないでいた。それは過去のトラウマもあったが、銀髪の双子が二人の世界を作っているからという方が大きかった。

「ボクが話し相手になってあげるよ?」

 アリエルが微笑みを浮かべてネイビスにそう言った。

「ありがとうございます。では、Sランクダンジョンのことを訊いてもいいですか?」
「うん。構わないよ」

 ネイビスがアリエルの提案に乗るとアリエルは喜んで頷いた。ネイビスは早速気になっていた質問をする。

「どうして国はSランクダンジョンのことを隠しているのでしょうか?」

 ネイビスがそう訊くとアリエルは人差し指と中指を立てて話す。

「それは二つ理由があってね、一つは君も知ってるはずだよ?」
「そもそもAランクダンジョンをクリアした人が措置対象になるから……ですか?」

 ネイビスはその話をしながら、恐る恐る後方で問答を繰り返す双子をチラッと見る。どうやらルナとレナにはネイビスの話は聞こえていなかったようだ。ネイビスは一安心する。

「御名答。ランダム教の方針でね。力を持つ者は限られるべきだって」
「ある意味管理社会ですよね」
「そう。その通りだけど、おかげでこの国の歴史は何千年と続いているんだよ」
「で、二つ目の理由はなんですか?」

 ネイビスが再び質問すると、アリエルは地下空間を見渡しながら答える。

「この空間、人間に作れると思うかな?」

 アリエルにつられてネイビスも地下空間を見渡す。地下空間は半球状のドームとなっていて、外縁を階段が下まで続いていた。ネイビスは確かにこの空間を人が作れるとは思わなかった。

「じゃあ誰が?」
「十二天魔の一人、空間を司るパレス」
「十二天魔ですか」
「そう。それが二つ目の理由」

 ネイビスはすんなりと話を受け入れたが、話を聞いていたルナとレナが反応を示した。

「十二天魔?」
「神代に争った天使と悪魔のことよね?」

 ルナとレナの提示した疑問にアリエルは頷いて応えた。

「何故アリエル様が十二天魔のことを知っているのかしら?」
「前から色々と疑問に思ってましたが、この際訊こうと思います。アリエル様は何者なんですか?もしかして転生者なのですか?」

 ルナとレナがアリエルに迫る。アリエルは不敵な笑みを浮かべて応えた。

「二人には言ってなかったっけ。ボク、十二天魔なんだ」

 ルナとレナは「え!」と驚きの声を上げ、一方ネイビスはやはりなと納得する。アリエルはネイビスの前で自身の口から己が十二天魔であるとは言ったことがなかったが、ネイビスはツァーネとのやり取りからそうであると察していた。ルナとレナの驚く反応を見ると、アリエルは自身の唇に人差し指を当てて話した。

「あの爺さんには内緒だよ?神について根掘り葉掘り質問攻めを食らうのは嫌だからね」
「レトナ法王のことですか?」
「そう。ボク、あの人苦手なんだ」
「そうなんですね。分かります」

 レナがアリエルに同意した。どうやらレトナ法王は女性陣からは不人気のようだ。そんな二人を見て苦笑いしながら、ルナが徐に手を挙げた。

「あの、アリエル様。質問いいですか?」
「いいよ、ルナちゃん」
「その、空間を司るパレスって今はどこにいるのですか?」
「いや、彼はもう死んでいるはず」

アリエルの言葉を聞いてネイビスはある疑問を抱き、アリエルに質問する。

「十二天魔は不死なのでは?」
「いや、正確には十二天魔は不死ではないよ。天使で居続けることを選んだ、堕天しなかった者だけが不死なんだ。だけど、不死とは言っても外的要因で死ぬことはあるけどね」
「だとしたら、パレスが死んだのは神代の争いで、ですか?」

今度はレナがアリエルに尋ねた。

「そうだね。君たちが神代と呼ぶ時代が終わる頃には既に、十二天魔で生きていたのは私以外は二人だけだと思う」

 アリエルが「思う」と言って断定しなかったことにネイビスは少なからずの疑問を抱いた。

「ツァーネとあと一人は?」

 ネイビスが訊くとアリエルはいたずらな笑みを浮かべてネイビスを見返した。

「ヒントはもう与えてるよ」
「ヒント……」
「まぁ、いずれ知る時がくるよ。むしろ、そうじゃないとボクが困っちゃう」

 アリエルは時々意味のわからないことを言う。ネイビスはアリエルの言葉が腑に落ちなかったが、ネイビスが心に抱いた疑問は続くアリエルの言葉で打ち消された。

「着いたよ。ここがSランクダンジョン『ベヒーモスの谷』だよ」

 階段を下りた先には周囲をほんのりと光る透明な水に囲まれた陸地があり、その中央に青白く光り輝くゲートがあった。

 ネイビスは緊張感を噛みしめながら、階段の最後の一段を下りた。



73伝説の二人

 王城の地下深くに広がる地下空間。そこにあるSランクダンジョン『ベヒーモスの谷』のゲート前にてネイビスはルナとレナと話していた。

「パーティーを組む必要はあるかしら?」
「確かに、俺達みんなレベル99でカンストしてますからね」

 ルナの問いかけにネイビスは同意した。パーティーを組むのは経験値配分のためだ。遠距離と近距離、補助にと役割が違えばとどめを刺す者も偏ってくる。とどめを刺した者が経験値を獲得できるのならば、パーティーメンバーのレベルの上がり方に差異が出てしまう。

 そこでパーティーを組むことによりパーティーメンバー全員が均等にレベル上げができるのだ。だが、ネイビスもルナもレナも皆レベルがマックスなのでそもそもパーティーを組む必要がないのだった。

 しかし、ネイビスの使った「カンスト」という言葉を聞いてルナとレナ、そしてアリエルまでも首を傾げた。アリエルにしては珍しく知らないようだ。ルナとレナもネイビスの口にしたカンストという言葉の意味がわからないようだった。これはネイビスの不完全な前世の知識に依るものだが、アリエルは興味津々といった感じで少しばかり興奮気味にネイビスに訊く。

「ねぇ、ネイビスくん!かんすとって何かな?ボク初めて聞いたよ!」
「ああ、気にしないでください。これ以上レベルが上がらないってことです」

 ネイビスはアリエルの様子を見て慌てて補足説明をする。するとルナ、レナ、アリエルは納得の表情を示した。

「へぇー。そんな言葉があったんだ!」
「そう。なら、私とルナはかんすとしてるわね」
「そうね。かんすとしてるわ」

 アリエルは上気しながら感嘆する。一方、なぜかルナとレナは誇らしげに自身がカンストしていることを語る。

「そうですか……。確か、二人とも職業は大蒼魔導士でしたよね?」

 ネイビスが二人に確かめると、ルナもレナも頷いた。だが、ネイビスは一つ気がかりなことがあった。それは確かにルナが愚者レベル99で習得できる魔法スキル『デス』をツァーネの加護で時が戻る寸前に使ったことだった。ネイビスはそのスキルで死に至っていた。だが当のルナは大蒼魔導士だという。ネイビスはなぜルナが愚者しか使えないはずの魔法スキル『デス』を使えたのか疑問に思っていた。

「そうよ。レベル99で第四スキルまで使えるわ」
「私も大蒼魔導士よ。けれど、他にも使えるスキルがあるのよね」

 そう言ってルナとレナは自身のステータスをネイビスに見せた。

 名前:ルナ
 年齢:23
 性別:女
 職業:大蒼魔導士Lv99
 HP:600/600
 MP:900/900
 STR:100
 VIT:100
 INT:400
 RES:400
 AGI:100
 DEX:300
 LUK:100
 スキル:『アイスランス』『ブリザード』『アイスレイ』『フリーズ』『デス』
 アクセサリー:『不死のペンダント』『アイシクルバングル』

 名前:レナ
 年齢:23
 性別:女
 職業:大蒼魔導士Lv99
 HP:600/600
 MP:900/900
 STR:100
 VIT:100
 INT:400
 RES:400
 AGI:100
 DEX:300
 LUK:100
 スキル:『アイスランス』『ブリザード』『アイスレイ』『フリーズ』『リライズ』
 アクセサリー:『不死のペンダント』『アイシクルバングル』

 ネイビスはやはりルナのスキルに『デス』があることを確認した。そしてレナのスキルに聖女レベル99で会得できるはずのスキル『リライズ』があることにもネイビスは驚いた。スキル『リライズ』は死んでも最大HPの四分の一で復活するという破格のスキルだ。不死のペンダントと合わせれば、まず死ぬことはないと言っていい。

「あの、『デス』とか『リライズ』とかって大蒼魔導士のスキルではないですよね?」

 ネイビスは好奇心を抑えられずに二人に訊いた。

「ええ。これに関しては私達もよくわからないの。あなたも知ってるように私達は転生してるでしょう?過去世で一度私は愚者という職業だったことがあってね。その第四スキルが『デス』だったのだけれど、何故かこうして転生した今も使えるのよね」
「私も何故か聖女の第四スキル『リライズ』を使えるの。使えるに越したことはないけどね」

 ルナとレナはネイビスの問いに答えた。ここでネイビスは昔、ビエラが語っていた伝説の勇者パーティーのことを思い出していた。

 その伝説には勇者は双子の姉妹を仲間にしていたという。彼女らは一人は生を、一人は死を司ったという話だ。

 ネイビスのインベントリにある、雷鳴剣と並ぶ最強武器ツインスタッフ『双星』はその双子の姉妹のものだったりする。

 ゲーム『ランダム勇者』ではツインスタッフは魔王城の墓地にあり、魔王討伐後に入手できるのだが、何故かこの世界では王城の宝物庫にあった。ネイビスは伝説の勇者パーティーが魔王に破れてしまって、その装備が墓地にあるのだと解釈していた。

 双星は宵の明星と明けの明星の二つの杖がセットとなっていて、ネイビスはツインスタッフ宵の明星と明けの明星の両方を持っていた。明けの明星は産休に入るときにビエラからネイビスが譲り受けていたものだったりする。

 宵の明星と明けの明星は以前、とは言ってもこの世界線では起きてはいないが、時が戻る前の世界でネイビスが国王から新ダンジョンの発見の褒美として貰ったものだった。効果はそれぞれ闇魔法、光魔法の威力1.5倍。

 光魔法スキルと闇魔法スキルの威力がそれぞれ1.5倍になり、さらに『リライズ』なら蘇生時のHPが1.5倍になり、『デス』なら死ぬ確率が1.5倍になる。

 ルナとレナは自他ともに認める転生者だ。ネイビスは伝説の勇者のパーティーの双子の姉妹はもしかして彼女達なのではないかと思い始めていた。

「あのー、これ知ってます?」

 ネイビスはそのことを確かめるためにツインスタッフをインベントリから取り出して二人に見せた。

「え、なんで?」
「なんであなたが明星を持ってるの?」

 ルナとレナは驚きの反応を見せて、ネイビスが両手に持つツインスタッフを手に取った。そのままネイビスはツインスタッフを二人に渡した。

「その反応、もしかして伝説の勇者パーティーの双子の姉妹ってあなた方ですか?」

 ネイビスはツインスタッフをまじまじと手にとって見つめるルナとレナを問いただした。

「まぁ、隠しても仕方ないわよね。そうよ。あなたの言うとおり、私もルナも伝説の勇者パーティーのメンバーだったわ」
「そして私達の最愛の人であるレオ・ハート。彼が今、伝説の勇者として語り継がれているその人よ」
「やっぱりそうだっだんですね……」

 ネイビスは予想が当たったことに歓喜したが、同時にある疑問を抱いた。

「レオ・ハートさんは勇者だったんですよね?何故魔王になったんですか?」

 ネイビスがその疑問を口にすると、ルナとレナは目を見開いて応えた。

「やっぱりレオは魔王になったの?」
「どうしてレオが……」

 二人は明らかに冷静さを欠いているように見えた。ここでネイビス達の問答を見ていたアリエルが口を挟んだ。

「魔王はね、受け継がれるんだ」
「「受け継がれる?」」

 ルナとレナはすかさず聞き返す。アリエルは一つ頷いてから話を続けた。

「そう。魔王を倒した者へとね。勇者レオが魔王を倒した。だから勇者レオが次の魔王になった。彼が魔王になったことは残念だったけど、彼の良心は魔王としての世界を滅ぼそうとする意思に打ち勝って、世界の平和のために自身を犠牲にすることを選んだんだ」

 魔王が受け継がれる。そのことを聞いたネイビスは思考する。魔王が受け継がれるのだとしたらランダム勇者のラスボス、魔王レオは伝説の勇者の成れの果てだったということになる。なら、墓地にツインスタッフがあるのも頷ける。魔王となったレオは恐らく二人を看取ったのだろう。そして遺品を墓地に手向けた。

 この世界はランダム勇者とどこか違っていて、けれどどこかで繋がっている。ネイビスはこのことをひしひしと実感していた。

 アリエルの話を聞いたレナがアリエルの方へ一歩歩み寄って訊く。

「犠牲って……。では、レオは今どうしているのですか?」
「彼は世界の存続のために自身が永遠の牢に囚われることを選んだんだ。ボクも永遠というものが何たるかは知っている。彼には同情するよ」

 アリエルは初めて見せる表情をした。その表情は哀愁と諦念が入り混じったような虚無だった。ネイビスはいつも素っ頓狂なアリエルの意外な一面に妙に惹きつけられた。

「永遠の牢?レオは苦しんでいるのですか?」
「そうだと思うよ。考えてみてよ。永遠に限られた空間に居続けなければならないことを」

 ルナとレナはアリエルに言われたとおりに考えてみて、その恐ろしさをほんの少しでも想像することができた。

「なら、早くレオを助けないと!」
「どうやればレオを助けられますか?」

 ルナとレナがアリエルに迫ると、アリエルは首を傾げて「うーん」と唸る。

「永遠の苦しみを味わうことも彼が自分で選んだことだからね。彼と話してみないことにはボクにもわからないよ。けど」
「けど?」
「彼はきっと終わりにしたいと思ってるはず」
「終わりにしたい?」
「うん。終わりのない、死ねない人生程辛いものはないからね」

 その言葉はアリエルにしては重みがあった。ネイビスはアリエルに魔王討伐を頼まれている。もしかしたらそれはアリエルの優しさなのではないかとネイビスは考え始めた。魔王となった勇者レオのためを思ってのことなのではないか。

 アリエルの言った「終わりにする」とはつまり死ぬことだ。それを聞いてレナが反駁する。

「レオを殺せと言うの?」
「さぁね。こればかりは彼と話してみないと。だから、彼と会うためにも、先ずはSランクダンジョンをクリアしないと」

 アリエルはそう言ってゲートを指差す。ネイビス達は固唾を呑んで青白く光り輝くゲートを見つめた。今からダンジョンに挑むのだと、ネイビスは気を引き締めた。



74Sランクダンジョン

 Sランクダンジョン『ベヒーモスの谷』に入る前に、ネイビスはルナとレナに彼女達が手に持っていたツインスタッフを指さして言った。

「その杖、明けの明星と宵の明星は二人に差し上げます」

 ルナとレナはツインスタッフを握り直してから、ネイビスに「ありがとう」と告げてお辞儀をした。明けの明星はビエラから借りているものだが、ビエラなら許してくれるはずだとネイビスは考える。

「いいですよ。元の持ち主に返しただけですから。では行きますか?」

 ネイビスが提案するとルナとレナは頷いた。

「そうね、行きましょう」
「最近、ドラゴン相手に実力隠して戦ってたから、久しぶりに手応えのある戦闘を楽しめるかしら」

 ルナとレナは意気込む。つられてネイビスも気を引き締めた。

「行ってらっしゃい。君たちなら平気だと思うけど、ボスには気をつけてね」
「気をつけます」
「わかりました。アリエル様」
「アリエル様、行ってきます」

 手を振るアリエルに見送られて、ネイビスはルナとレナとともにSランクダンジョン『ベヒーモスの谷』に入った。

 ゲーム『ランダム勇者』にはSランクダンジョンはなかった。それ故にネイビスはベヒーモスのことを知らない。

 ネイビスはツァーネとの戦いのことを思い出して、未知の敵との戦いの恐ろしさに武者震いする。ネイビスはベヒーモスとはどんな強敵かと一人緊張していた。

 そんなネイビスを思ってか、アリエルがベヒーモスに纏わる前情報を事前に語っていた。

 アリエルの前情報によると、普通のベヒーモスは紫色の体毛をしていて、魔法を使ってこないそうだ。その持ち前の身体能力を駆使して爪や尻尾で攻撃してくるという。それを聞く限り空を飛ばず、ブレスを吐かないので、ドラゴンよりも弱いのではないかとネイビスは思った。

 だが、Sランクダンジョンは未知の領域だ。ネイビスは油断は禁物と自分に言い聞かせた。

 そして、厄介なのは他のダンジョンと同様に、赤色の体をした個体や青色の体をした個体、深緑色の体をした個体がいて、それぞれが魔法スキルを使うことだった。

 メテオ、フリーズ、ストーム。ネイビスはそれらの魔法の威力を知っているために恐れずにはいられなかった。

 そして、極めつけはボスのキングベヒーモスだ。キングベヒーモスは漆黒の体毛を纏い、固有魔法『ブラックホール』を使うという。

 ネイビスは何故アリエルがそれらの情報を知っているのかを疑問に思い、そのことをアリエルに訊くと、「ボクは記憶を司る十二天魔だからだよ」とアリエルは話した。

 アリエルは以前「忘れることを忘れた」と言った。記憶を司るから様々なことを知っているのだとネイビスは納得する。

 アリエルの提示したベヒーモスに関する前情報を聞いて、ネイビスは少なからずの不安を覚えた。だが、ネイビスのその心配はすぐに杞憂となる。

 ダンジョンに入るや否やレナが魔法スキル『リライズ』を自身とルナ、ネイビスにかけた。

 ダンジョン内はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』と似ていて、谷底を進む感じだった。そして靄がかかっていて、視界は悪い。ネイビス達がしばらく歩くと靄の中に光る二つの黄色く光る瞳が浮かび上がる。

「ベヒーモスか?」
「そうみたいね。ルナ、お願い」
「うん。安らかに死になさい。『デス』」

 会敵一番にルナが即死魔法スキル『デス』を放った。こちらに気づいて突進してくる紫紺の体毛の巨大なベヒーモスに向けて赤黒い光の筋が幾重にも絡まって飛んでいき、ベヒーモスの頭に触れた。

 その途端ベヒーモスの体が赤い光で包まれて、次の瞬間、ベヒーモスは力なく崩れた。突進の勢いのまま体を引きずって、ルナの目の前で止まり、事切れた。

「ベヒーモスも即死魔法耐性ないのね」

 ルナは軽く笑ってそう言い、ベヒーモスの死体をインベントリに入れる。

「それにしても一発って運がいいわね」
「そうね、酷いときは10発放っても死なないものね」

 今の一部始終、そしてルナとレナの会話を聞いてネイビスはあっけらかんとする。

「何突っ立ってるのよ。先行くわよ?」
「は、はい」

 それから先、ネイビスとルナによる『デス』が猛威を振るった。ベヒーモス達は次々に死んでいく。だが、『デス』はMP消費が大きく、また単体攻撃なので複数相手の場合は効率が悪い。

 そんなときはレナが大蒼魔導士のスキルを使ったり、ステータスがルナとレナよりも秀でているネイビスが『プチメテオ』や『プチストーム』を放つことで対応した。

 普通のベヒーモスとは色が違うベヒーモス亜種は魔法スキルを使ってくる。第四階層に入る際にレナがネイビスに忠告する。

「怪我しても治せないから注意してね」

 そこでネイビスははっとする。いつもは怪我をしてもビエラが回復してくれた。だが、レナは『リライズ』を使えるだけで回復魔法スキルは持っていない。となると、致命的な怪我をするということは戦力外通告に等しい。

 ネイビスは今までとは違うこと、ビエラのありがたさを改めて実感した。

 そのまま三人は被弾することなく、ベヒーモス達を屠っていき、ダンジョンに入ってから三時間程で第十階層へと続くゲートの前に辿り着いた。

「着いたわね」
「ええ」

 ルナとレナも流石に緊張しているようだった。

「即死魔法耐性があるんですよね」

 ネイビスが確認するとルナが応えた。

「そう。だから『デス』連発では倒せない」
「三人で一気に魔法を畳み掛けましょう。私とルナは『フリーズ』を使うから、ネイビスは『プチストーム』を使って」
「分かりました」

 それから三人はMPが回復するまで休憩することにした。皆のMPが回復したのを確認してからレナが言う。

「よし。そろそろ行きましょうか」 

 レナの提案に、ルナとネイビスは緊張の面持ちで頷いた。三人はゲートの前に立つ。

「いよいよね」
「そうですね」
「緊張してる?」
「それはもちろん」

 お互いの顔を見合わせてから、三人はボス部屋へと繋がるゲートを一緒に潜った。



75起死回生

 そこは巨大なクレーターの底だった。
 空に散りばめられた星々の光だけが夜の暗闇をほんのりと明るくする。

 ネイビスとルナ、レナはゲートを潜り、この地に辿り着くとすぐに目を凝らしながら辺りを警戒した。だが、アリエルの言っていたような特徴を持つキングベヒーモスらしき敵は見えなかった。

「いない……わね?」
「そうみたいですね」

 レナが二人に確認するとネイビスが同意した。

「とりあえず『リライズ』かけておくわね」

 不測の事態のためレナは自身とルナとネイビスに順に『リライズ』をかけていく。それから三人はまた辺りを見回した。

「出口のゲートはないみたいね」
「はい……」

 ネイビス達は困惑した。四方八方、上を見ても敵の姿がない。

「どしたらいいのよ」

 レナがため息を吐くと、不意に陽気な男の声が響いた。

「ようこそ、我がダンジョンへ。ここまでよくたどり着いたな。褒めてつかわす」

 三人は咄嗟のことに驚き、周囲を警戒する。だが、どこを探しても人の影はなかった。男の声は続く。

「自己紹介をしよう。我が名はパレス。世界の理の一つなのだが、まぁお前らは知らないかもな。そんなことより、ここまでたどり着いたお祝いに今からお前らにとっておきのプレゼントをあげよう」

 男がそう言うと空から風切り音が聞こえ始めた。ネイビスが空を見上げると、大きな赤く光る星がチラついていた。心なしかその星は段々と大きくなっているように見えた。

「まさか!」

 その星の違和感に気づいたネイビスはすかさず声を上げてルナとレナを抱き寄せる。そしてMPを使い切る勢いでステータスを向上させるスキル『ノービスの本気』と魔法効果を高める補助魔法スキル『トランス』、防御系魔法スキル『マジックウォール』『アイスウォール』を行使する。

「ちょっと何よ、急に!」
「『リライズ』って死んでも復活するんでしたよね?」
「そうだけど」
「ならたぶん大丈夫ですが、一応念の為、二人の魔法スキルであれを撃ち抜いてくれませんか?」

 ネイビスは今では太陽くらいの大きさとなった赤色の星を指さしてルナとレナにお願いした。それを受けて二人も事の次第を理解したようだった。

「そういうことね。いいわ」
「まかせて」

 二人は慌てることなく魔法スキル『アイスレイ』を使った。二人の手の先から白の奔流が放たれて空を穿つ。

「重ねがけしてください!」
「分かってるわ!『アイスレイ』『アイスレイ』!」

 暗闇を流星の熱と光が照らし出し、轟音が響き渡る。白と赤がぶつかり合う。だが、流星の勢いは相殺されるどころか、増大している。

「どうする?」
「これは無理そうね。一度死ぬ覚悟をしましょう」

 ルナとレナはもう諦めていた。二人の死への恐怖心がないのは二人が何度も転生していて死を経験していたからだったが、ネイビスはどうしても受け入れられない。ネイビスの顔に翳りが生まれる。それを見てルナはネイビスを安心させるように告げた。

「大丈夫よ。『リライズ』は必ず成功するから。ね、レナ」
「ええ。安心して。じゃあまたね」

 レナが言い終わる前にクレーターに流星が残酷なほど圧倒的な物質量を持って落ちた。衝撃波が地を揺らし、灼熱の炎が辺りを包む。砂塵が舞い、まるで地獄のような光景となる。

「我がプレゼントはどうだったかな?」

 無慈悲なパレスの声が響く。

「死んだか。だが、これが我の使命なのだ……。許せ」

 だが、茹だる炎の中から三人の人影が現れる。それを認めるやパレスは動揺する。

「何!まだ生きているだと!?」

 炎の中を凍てつく氷を纏わらせながらネイビス達はパレスの方へ歩いていく。

「仕方ない、最終手段だ。グレインの最後の思い。いでよ、キングベヒーモス!」

 薄れゆく炎の中に、夜の底のような漆黒の体毛を纏ったベヒーモスが現れた。サイズは今までネイビス達が屠ってきたベヒーモスの1.5倍程で、圧倒的な存在感をしていた。

「ルナさん、レナさん。調子はどうですか?」
「正直休憩は欲しいけど、そういうわけにはいかなそうね」
「そうね。やりましょう。とりあえずまた『リライズ』かけておくわ」

 レナが三人にリライズをかける。

「今のでMPほとんど切れたから一旦離脱してるわね」
「分かりました」

 ネイビスはレナの言葉に頷くとインベントリからある剣を取り出した。

「それってもしかして!」
「そうです。雷鳴剣です」

 ネイビスはルナとレナがよく見えるように、荘厳な装飾のなされたその剣を見せる。

「あなた、なんでも持ってるわね」
「なんかすみません」

 転職とレベル上げの末、ネイビスの純STRは500だ。一方雷鳴剣を使うための条件は純STR300以上。つまり今のネイビスなら雷鳴剣を使えるのだ。

 MPの残量の少ない今、ネイビスは剣で戦うしかない。だが、ネイビスのステータスはレベル99の勇者の上を行く。ネイビスはそこに勝算を見据えていた。

 ネイビスは雷鳴剣を構えてキングベヒーモスと向き合った。

「準備はいい?ネイビス」
「ええ、ルナさんこそ」
「私はいつだって平気よ」
「そうですか。では行きましょう」

 地面の焔がキングベヒーモスを照らし出す。ネイビスは駆け出した。夜の下、雷を纏う剣を持って。



76キングベヒーモス

 キングベヒーモスの咆哮で戦いが始まった。

『ノービスの本気』でステータスを底上げしたネイビスはキングベヒーモスに斬りかかる。ネイビスの上段の構えからの一撃をキングベヒーモスはサイドステップで躱し、反撃として前脚をネイビスめがけて振り下ろす。

「くそ、速いな」

 キングベヒーモスの身体能力にネイビスは驚愕する。ネイビスはキングベヒーモスの攻撃を寸前で回避すると、今度は魔法スキルを唱えた。

「『トランス』!『プチメテオ』!」

 補助魔法スキル『トランス』で魔法スキルの効果を高めてから、ネイビスは『プチメテオ』を放った。キングベヒーモスは上空に生成された隕石群に気付くことはなく、そのまま被弾する。煙が舞う中、ネイビス達は様子を伺う。

「やった?」
「そうだといいですが……」

 ルナがネイビスに訊くが、ネイビスはあまり手応えを得ていなかった。案の定、砂塵の中から地響きが聞こえる。キングベヒーモスは依然として生きていた。

「ルナさん」
「分かってるわ。『フリーズ』!」

 今度はルナが大蒼魔導士の最終スキル『フリーズ』を放つ。ネイビスは被弾しないようにルナから距離を置いた。

 だが、痛いほどに凍てつく冷気の中をキングベヒーモスが一歩、また一歩と凍りつく脚を地面から引き剥がしながら駆け出して、そのままルナに向かって突進した。

 ルナは必死に回避するが、キングベヒーモスの尻尾がルナに当たって、ルナは地面に転がり、そのまま倒れ伏した。

「ルナさん!」
「私は平気よ……。それより、戦って!」

 ルナはなんとか立ち上がりながらネイビスに応える。

「分かりました。『マジックミサイル』!」

 ネイビスはキングベヒーモス目がけて遠距離魔法スキル『マジックミサイル』を放つ。ホーミング性能の『マジックミサイル』はキングベヒーモスの背中に命中するが、致命傷は与えられない。

「雷鳴剣で戦うしかないな……」

 自然とネイビスの剣を握る力が増す。

「行くぞ!」

 ネイビスはキングベヒーモスに向かって駆け出した。キングベヒーモスの前脚が迫るも、ネイビスは咄嗟に後ろにステップを入れることで躱し、反撃の一撃を入れる。

「私も負けてられないわね……。『アイスランス』!」

 ルナが放った氷の槍がキングベヒーモスの頭に当たる。キングベヒーモスは怯み、ネイビスはその隙に一撃、二撃、三撃と雷鳴剣でキングベヒーモスの右前脚を刻む。

 キングベヒーモスは攻撃に怯むと咄嗟にジャンプした。ネイビスはすかさず距離を取る。キングベヒーモスは空高く浮遊し、そして轟音とともに着地すると砂塵が舞い、ネイビス達の視界を邪魔した。

 その砂煙の中から漆黒の爪がネイビス目がけて迫るも、ネイビスは雷鳴剣でキングベヒーモスの爪をパリィする。

「喰らえ、カウンター!」

 ネイビスは再度カウンターを決める。キングベヒーモスは怯んで後退りをし、ネイビスがそれを追う。

「ネイビス、何か来るわ!」
「はい?」
 
 キングベヒーモスは再度咆哮をした。すると、周囲の景色が歪み始める。

「アリエルの言ってたブラックホールか!?」

 ネイビスはキングベヒーモスへと吸い寄せられた。正確にはキングベヒーモスの角に生成された黒球に引き寄せられる。

 ネイビスは地を踏みしめて、耐え凌ぐ。

「あれに引き込まれたらヤバそうだな」

 黒球はどこまでも暗く、底の見えない闇だった。ネイビスは引き込まれたらと想像してゾッとする。

 ルナ、レナ、ネイビスは三者三様にブラックホールの引力に耐え忍ぶ。

「私、もう持たないわ!」

 ルナがもう限界を迎えそうだった。ネイビスはルナを支えるために踏ん張って移動する。

「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう」

 ネイビスはルナを支えながら引力に逆らって移動する。その時ネイビスはあることを思いつく。今『プチメテオ』を使ったらどうなるんだろう、と。

「やってみるか。『プチメテオ』!」
 
 ネイビスは残るMPを使って『プチメテオ』を放つ。すると生成された隕石群はキングベヒーモスの作るブラックホールに吸い寄せられた。

 黒球は隕石をどんどん吸い込み、増々大きくなる。砂塵を吸い込み、岩を吸い込み、ブラックホールは成長した。

「何やってるのよ、ネイビス!」

 ルナが叫ぶ。だが、時は既に遅い。ブラックホールは地面を飲み込み始め、キングベヒーモスさえも手に負えない様子だった。

 キングベヒーモスは自ら作ったブラックホールに吸い込まれそうになっている。だが、ネイビスとルナは既に距離をとっていて、ブラックホールの影響範囲の外側にいた。ネイビス達はブラックホールに吸い込まれていく何もかも、地面も空気も炎も、そしてキングベヒーモスをも眺める。

 ブラックホールは完全にキングベヒーモスを飲み込んだ。ある一定の大きさに達すると、ブラックホールは一気に収縮を始め、見えないほど小さな点となって虚空に消える。

「な!我らのキングベヒーモスが!」

 キングベヒーモスが滅すると再びパレスの声が響いた。ネイビスは思いつきが生んだあっけない結果に心のなかで「キングベヒーモス、欠陥品じゃねぇか」とツッコミを入れる。

「何故だ……。グレイン、すまない」

 パレスの悲痛な声を聞いてからネイビスは空にむけて語りかける。

「パレスさん?あなた、死んだはずではないのですか?」
「グレインよ、どうか我を許せ……」

 パレスはネイビスの声など聞こえていないようだった。ネイビスは再度語りかける。

「あのー。パレスさん?」
「ん?なんだ、お前は我を知っているのか?」

 パレスがそう言うと、見えない風のような何かがネイビスの前に収束し始め、人の体が生成され始めた。現れたのは尊大な態度をした黒髪の青年だった。

「ではお前に訊く。我はなんだ?」
「十二天魔で空間を司る理ですよね?」
「ほう。よく知っていおるな。で、お前は我を天使と見るか、悪魔と見るか?」

 このときには戦線離脱していたルナもネイビス達のもとまで来ていて、三人がパレスに向き合う形となった。ルナとレナはネイビスとパレスの会話を神妙な面持ちで聞いていた。

「天使と悪魔?」

 ネイビスが聞き返すと、パレスは頷いて説明を始めた。

「左様。十二天魔とはもとは皆天使だったのだよ。だが、ある時二つに別れた。人々は我らを悪魔と呼んだ。我は天使をやめた覚えはないのだがな」
「悪魔……」

 ネイビスはぼそりと呟く。

「まぁいい。お前らはキングベヒーモスを倒し、試練を乗り越えたことに変わりはない。古の盟約に誓ってお前らに資格を与えよう」

 パレスがそう言うと、ネイビス達の体がほんのりと紫の光で包まれた

「なにこれ?」
「恐らく、水門を潜る条件をクリアしたということだろう」

 ルナが疑問をこぼすとネイビスが考察を語る。それを聞いてパレスは頷いて応えた。

「その通り。これでお前らは魔王に挑む資格を得た。最後に一つ。お前らに感謝を伝えたい。これで我もあいつのもとに行ける。キングベヒーモスを倒されたのは悔しかったが、いつかこのときが来ることは分かっていた」
「あいつ、とは?」
「我が盟友、グレインのことだ。古き戦いで死んでしまったがな。使命を終えた我も、還るとしよう」
「待て。まだ訊きたいことが……」

 ネイビスの言葉も虚しく、パレスは再び見えない風となって空に溶け出した。

「訊きたいことって?」

 命が煌めくような輝きとともにパレスが跡形もなく消えてなくなると、レナが徐にネイビスに尋ねた。

「グレインが誰なのかと魔王との関係かな。あの感じだと魔王と少なからず関わりはありそうだし」
「確かに気になるわね」
「アリエル様ならなにか知ってるかな」
「帰ったら訊いて見るか」

 ネイビス達は生成されたゲートを見据えて、疲れた一歩を踏み出した。



77記憶と水門

 ネイビスとルナとレナがSランクダンジョン『ベヒーモスの谷』をクリアしてゲートを潜り帰還すると、アリエルが拍手で出迎えた。

「いやー、お疲れ様。君たちならクリアできると思っていたよ」  
「どこか白々しいですね……」
「なに?ルナちゃんはボクのこと疑っているのかい?」
「いえ。そういうわけではありませんが、十二天魔の考えていることはよくわからなくて」

 ルナとアリエルが話す。その間にネイビスが入る。

「これから魔王に会いに行くんですよね」
「うん。ランダム教には申し付けてあるしね。あとは水門を潜るだけ」

 ネイビス達はアリエルに連れられて、ランダム教の本殿へとやってきた。正しく荘厳といった建物で、神聖不可侵、神話の産物のようだった。

 アリエルの顔パスで数々の警備を通る。そして案の定隠し扉があり、地下へと道が続く。これもSランクダンジョン『ベヒーモスの谷』があった王城の地下のものと同じ構造だった。

「これもパレスが?」
「そうだよー」

 ネイビスは空間を司るという理、パレスについて考えていたが、いくら考えても答えは出ない。ネイビスが諦めてアリエルに話を聞こうとしたらちょうどその時アリエルが話し始めた。

「ゲートはね、世界と異界をつなぐの。水門の先は無時間の世界。それでも行くかい?」
「行きます!」
「レオに会うためなら」

 アリエルの問いかけにルナとレナは即答した。だが、ネイビスは答えないまま懐疑的に黙り込む。ネイビスはレナ、ルナと約束をした。それはこの世界線のことではなかったが、確かに彼らの恋人レオと再会させると約束していたのだ。なら、ルナとレナの二人だけが水門を越えればいいのではないか?ネイビスはこう考えた。

「それじゃあだめだよ?」
「え?」

 ネイビスは思考を読まれたことに驚いた。

「何故、俺の考えていることが?」
「経験だよ。君がこの状況で考えそうなことはわかる。もし、君が断念するというのなら、ボクにも考えがあるよ」

 そう言うと、アリエルはネイビスに近づき、額同士をくっつけた。ネイビスの脳に記憶が流れ込む。

 ◆
 戦火の中、夥しい数の死体が山積みになり、地は朱に染まり、空には鈍色の煙が至るところで上がっている。
 その中にネイビスのよく知る顔があった。

『イリス!ビエラ!』

 二人は赤子をそれぞれ抱いていた。懸命に走る。

『そっちは危ない!』

 ネイビスは叫ぶも二人に声は届かない。

 イリスとビエラは赤子を抱えているために思うように戦うこともできず、逃げ遅れてしまう。二人は赤子を最後まで守ろうと必死だったが、最後には……。
 ◆

「大丈夫だよ。これはまだこの世界では起こっていないことだからね」

 アリエルがネイビスを落ち着かせるように優しくそう言うと、ネイビスはなんとか応える。

「アリエル。これは君の記憶か?」
「そうだよ」
「君は……」

 ネイビスが訊こうとするとアリエルは「乙女には秘密があるの」と続けて、

「それに今は知らない方がいい。必要になった時自然と知ることになるから。準備ができたとき知ることができるから。ただ、この記憶のようになりたくなかったら、君は水門を潜ることを薦めるよ」

と言った。ネイビスはアリエルの言葉に深く頷く。

 四人は水門の前に辿り着いた。地底湖に門があるような体裁だった。ネイビスとルナとレナはゆっくりと地底湖を進み門へと向かう。濡れるのは仕方ない。すると門も徐々に開き始めた。

「フィガロの水門。またの名を最後の審判」

 アリエルがそう解説したが、ネイビス達はその門の先の景色に釘付けだった。

「これは……。なんて美しいんだ!」
「ええ、そうね!私、涙が」
「うん……。うん……」

 三人は水門に惹かれるように近づいて行った。その景色は灰色と水色と音楽で満ち、凪の香りがし、歓喜と幸福の味のするものだった。三人は悲しいのか嬉しいのか虚しいのか、泣いていた。代えがたい歓びだった。

「ツァーネ、お願い」
「御意に」

 突如現れたツァーネはネイビス達三人の時を止めた。

「すぐ終わらせます」

 そう言うとツァーネはある止まっていた時の流れを解除した。

「は、ここどこ?」

 水門の前にはネイビスが現れた。

「俺、白銀の竜と戦って、死んだんじゃ?」

 ネイビスは周りを見る。そして驚きの声を上げる。

「なんで俺がいるんだ?」
「やぁ、ネイビスくん!」
「あ、アリエルさん。ここはどこですか?それにもう一人の俺が固まっているんですが」
「ああ、それね。気にしなくていいよ。それよりほら!前見て!すごく美しいよ!」
「え?あ、本当だ!」

 現れたネイビスは開かれた水門へと恍惚の表情で歩んでいき、そして門の奥へと消えていった。

「いいよ、ツァーネ」
「はい」

 再び動き出したネイビスとルナとレナも水門に入っていく。

「ここまでは順調ね」
「はい。アリエル様」
「黄泉の世界、異界、霊界、魔界、地獄に天国。神界に天界。ツァーネはどの呼び方がふさわしいと思う?」
「私は牢獄かと」
「そうね。でも、案外この世界のほうが牢獄なのかもよ?」

 アリエルとツァーネが話す言葉ももう水門へと入ろうとするネイビス達の耳には届かない。

「今日の日はさようなら。ネイビスくん。また会う日まで」

 アリエルは閉まりゆく門を見つめながら、確かにそう呟いた。



78伏魔殿

 気づくとネイビスはまたしてもツァーネと共有したような世界にいた。ここはどこだ?どこに向かえばいい?とネイビスはもがくが、景色は変わらない。

「門を見て、そして……。そうだ」

 ネイビスは思い出した。ネイビスはルナとレナを探す。

「ルナさん!レナさん!」

 ネイビスがいくら叫べども返答はない。

 それから時間が無為に経つ。ネイビスは何もできないので、イリスとビエラのことを考えていた。すると向こうからネイビスと同じ姿のネイビスが現れた。

「お前は?」
「俺はネイビスだよ。昔のね」
「昔の?」
「ああ。別にお前を呪いに来たわけじゃない。ただ、最期に一つ言いたかった。俺の分まで生きてくれ」

 そう言うとネイビスの姿をした者は消えた。そしてネイビスの意識は戻る。

「ネイビス、大丈夫?」
「あ、ああ。それよりここは?」
「伝承にある伏魔殿(パンデモニウム)みたいね」
「そして、この道の先に魔王がいる、と思うわ」

 3人の目の前には、灰色と黒と赤の世界が広がっていた。道の先には巨大で歪なオブジェがある。

『久しぶりだね、ルナ、レナ』

 声が響いた。

「この声は、レオ!レオなの?」

『そういう名前もあったね。でも、もうあの頃の私ではないんだ』

「レオ、どこにいるの?」

『道を進みなさい』

 道の両脇にはあらゆる景色が広がっていた。

「これって、まるで神代の戦争じゃない」

 天使が矛を振るうと地は裂け、山は消し飛ぶ。そんな斬撃が、血飛沫が、時を止めたかのように辺りに広がっていた。

『私はね、この世から争いを止めたかったんだ。だから魔と契約した。だが、そうか。もう時が来たのか』

 レオ。魔王はそう言うと、3人の目の前に立ちはだかる円状のゲートを開く。その先には血の海に浮かぶ玉座があった。そこに座すはネイビスもよく知る魔王レオだった。

『よくここまで来たね』

「ねぇ、レオ。レオはもう私達のこと、愛してないの?」
「どうして魔王なんかに……」

『仕方なかったのだ。こうするしか。それに戦争のない世の中を作るためには、魔王という人類の宿敵の存在は必要不可欠なんだ。誰かがこの役割を担わなければならない』

「だからって!」

『二人には済まないと思っている。今から私の過去の話をしよう。そうすれば少しは解ってもらえるかもしれない』

 ◆

 魔王レオはもともと勇者だった。神代では十の理達が世界の行く末について争い、その戦いに人々も巻き込まれた。

 勢力は3つあった。

 闇と光と中立と。

 魔王は闇の総大将で、光の理が光側の総大将だった。そして記憶と時の理だけがいつも不干渉だったという。

 レオは戦争を終わらせるために強くなろうとした。だが、力だけではどうにもならないと知る。

 魔王。敵側の王たる存在に会って話せば何か解決策がわかるかもしれない。レオはそう思っていた。だが、魔王の望みは世界を終わらせることだった。レオは魔王と戦い、そして勝つ。

 だが、今度はレオが魔王となってしまう。闇の理は受け継がれるのだった。レオは世界の真理の片鱗に触れ、世界を終わらせたいという衝動に駆られてしまう。それを必死に理性で抑えた。だが、それも時間の問題だった。それ故にレオは光陣営の空間の理に頼み、自身を彼岸と此岸の狭間にある無界に閉じ込めさせた。

 その際に彼は理たちや3人の王と契りを結んだ。戦争のない世の中を作ると。そしてレオは伏魔殿に封印され、今に至るという。


「それならあなたを殺せば俺も魔王になるのですか?」

 ネイビスが尋ねる。

『そうだ。だからこそ、一つお前に頼みがある』

「なんですか?」

『私の恋人たちが認めた男だ。君にならできるかもしれない』

「それだとわからないですよ。もっとわかりやすく話してください」

『私を殺してくれないか。そろそろ限界なのでな』

 ネイビスは悟る。闇の理は世界を終わらせる衝動に駆られるとレオは言っていた。今、レオは必死にその衝動に耐えているのではないか?

「待って!殺さないで!」
「そうよ!レオも一緒にここから出ればいい!」

 ルナとレナが必死に主張するが、レオは首を振る。

『ここに来た時点でもう元の世界には戻れないよ。ルナ、レナ。どうか、私と一緒に死んでくれないか?』

 魔王は泣いていた。ネイビスはもう戻れないという言葉に驚いていたが、ルナとレナは死を覚悟した目をしていた。

「あなたが望むなら」
「私も一緒に」

『君の名前は?』

 最後に魔王レオがネイビスに訊いた。

「俺はネイビスです」

『そうか。ネイビス。あとは頼むよ。ここは暑くてね。できれば最後は涼しいのがいい』

「わかりました」

 ルナとレナは魔王のもとへと向かう。玉座の左右に座り込み、そしてレオと手を繋ぎながら目を瞑る。

 ネイビスは思わず涙した。

「恨まないでくださいよ」

 ネイビスはそう独り言ちると、朱雀の指輪を外して、代わりに蒼天の指輪を嵌める。そして唱える。

「『フリーズ』」

 三人は優しい冷気に包まれていく。「ありがとう」という音を微かに聴きながら、ネイビスは唱える。

「『デス』」

 今なら確実に死ぬのだろうとネイビスは悟っていて、実際にそうなった。ルナとレナとレオの三人は、伏魔殿の玉座にて氷の結晶となる。その様はまるでクリスタルでできた彫刻のようだった。彼らは3人とも幸せそうに微笑んでいた。

「後は次の挑戦者が来るのを待つだけか……」

 ネイビスが諦めの気持ちでそう言うと「そんなことないよ!」と聞き覚えのある声が聞こえた。

「アリエルさん?」
「そう。君はこっちの世界にまだ戻れるよ」
「でも、どうやって?」
「簡単だよ。眠ればいい。そうすれば戻れるよ」

 ネイビスはアリエルの声の言うとおりにした。寝るのに苦労したが、知らぬ間に眠れていて、目が覚めると知らない荘厳な天井が目に入った。

「神が……。神が目覚めたぞ!」

 男の声が聞こえた。ネイビスは神って何だよと考えながら起き上がる。目に入ったのは、一人の神父と麗しいシスター達だった。



79唯一神と死の誘惑

「魔王を倒し、人類の歴史から争いを消した伝説のパーティー『ランダム勇者』。その勇者、いや、われらが神が目覚めた!」

 神殿には何千、何万もの人々が集った。ネイビスはその前に立っていた。

「7日後、結びの儀を執り行う。皆の者。やり残しのないようにこの7日を生きなさい!」

 歓声があがる。ネイビスはまだ夢の中にいる心地だった。

「今って何年ですか?」

 ネイビスは近くの神父に訊く。

「ちょうど1000年ですよ」
「千年?」
「ええ。あなた様が魔王との因縁の争いに終止符を打ってからちょうど千年でございます」
「待て。千年が経ったのか?」
「左様です」

 ネイビスは焦りだす。千年の時が経った。つまりもうイリスにもビエラにも会えない。

「ネイビス様。恋人のイリス様とビエラ様は逝去しておりますが、安心してください。彼女たちの子孫は残っております。それも生命の理、リレイラ・アルバルト様のお力で、ネイビス様とイリス様とビエラ様三人の血だけを引き継ぐものが。今から我らがランダム神国の双王に会いに行きましょう」

 ネイビスは従わざるをえない。この千年の後の世界で、ネイビスの知る者はいない。ネイビスは虚しかった。

「お目にかかれて光栄です。真祖様。わたくし、イリス・リ・ユニバースです」
「お目にかかれて光栄です。真祖様。わたくし、ビエラ・リ・ユニバースです」

 確かにイリスとビエラの面影がある気もする。二人は美しく可愛かった。だが、イリスとビエラではない。ネイビスは落胆してしまう。それを慰めるように二人の少女はネイビスと肌を重ねる。

「ごめん。しばらく一人にさせてくれ」
「わかりました」
「では、部屋に案内します」

 恐らく、王城で一番豪華な部屋にネイビスは通されたが、もうなにもかもどうでも良かった。イリスとビエラはもういない。なら生きる意味もない。ネイビスはそう思うほどに二人のことを愛していたのだ。

「デスって、自分にも使えるのかな」

 ゲームでは自分に攻撃はできないが、ここはリアル。実際に自身を殴ることもできるなら、デスも使えるのではないか。

 ネイビスは数日部屋にこもって思い立つ。死のうと。

「お願いだ。安らかに眠るよう。『デス』!」
「死ねないよ」

 ネイビスの『デス』は不発だった。1/4の確率か、それとも。

「理になったものは死ねないんだ。例外はあるけどね」

 それはネイビスのよく知る声だった。

「アリエル?いるのか?」
「いるよー」

 アリエル、と言っても姿も声も変わっていた。なんだかとても幼くなっていた。

「容姿が……」
「ああ。何度も生まれ変わっているからね。ツァーネもいるよ」

 ツァーネが現れるが、相変わらず紳士の姿だった。ネイビスは少し安心した。アリエルが語りだす。

「今ね、理は時と闇と記憶の3つだけ。ボクたちだけなんだ」
「そうなんですね」
「でね。イリスちゃんとビエラちゃんと会う方法があるって言ったらどうする?」

 ネイビスは目を見開く。

「教えて下さい!」
「いいよ」


 神になるんだ。それが唯一の手段だ。


「か、神?」

 ネイビスはどもりながら聞き返した。

「大丈夫だよ。ボク達が手伝うから」
「そうだ。安心しなさい。どれだけ私達が準備してきたことか」

 アリエルとツァーネがネイビスに語る。ネイビスは二人を信頼することにした。イリスとビエラに会うために。

「信じてみます。二人のこと」
「よし。それじゃあ先ずは歴史から話さなきゃね」

 ◆
 ネイビスがフィガロの水門を潜り、伏魔殿に入ったあと、アリエルとツァーネは国と宗教を一新させた。ネイビスが王として、神として迎えられるように。

 イリスとビエラの記憶もアリエルが保存したという。

 魔王の恐怖はなくなり、人々から争いも消えた。平和な世界。でも、アリエルとツァーネは満足しているようには見えなかった。
 ◆

「明後日に結びの儀式がある。それまでに双王を抱いておいてね」

 アリエルはそう言って去った。けど、ネイビスはその日までは部屋で無気力に過ごすだけだった。

 やはり考えるのは死だった。イリスとビエラのいない世界で生きるなんて。

 だが、その悲観も結びの儀式が始まると消えていった。それは創世であり終末の儀であった。そしてこの上ない甘美な愛と幸福だった。



80全知の呪詛が解かれる時

 今日は結びの儀の日。アリエルが朝食の卓でネイビスに話す。

「神になる方法はね。記憶を思い出すことなんだ」
「記憶?」
「君、特別な記憶を持ってるよね?」

 アリエルの言葉にネイビスははっとした。ネイビスには確かに説明し難い前世の記憶がある。

「その記憶が、君が神である証拠なんだよ。記憶の理であるボクが言うのだからね」

 それに、と続けてアリエルは話す。

「理を知ると悲観的になるのは仕方ないことだよ。でも、それでも最後までは諦めないでほしい。苦を乗り越えた先に絶対的な幸福はあるからね」


 結びの儀。19歳と17歳と15歳の少女が官能的で神聖な服を着ていた。名前はイリスとビエラ。そしてアリエル。でもネイビスの知るイリスとビエラではなかった。

『結びの儀の前に、ツァーネが保存していた理をネイビスくんに統一させるよ』

 今はもう、普通の感覚ではない。10の理を以て、全てが愉悦に染まる。ネイビスは幸福なのだ。

『そして、時の理、ツァーネも君に』

 ネイビスは時間をも超越した。

『ただ、記憶は最後ね?』

 ネイビスの前にはアリエルがいる。

「ボク、処女なんだ。優しくてしてね」

 アリエルと結ばれたネイビスは記憶の理さえも会得した。アリエルの記憶がネイビスの記憶と融合する。

 ◆

 闇の理には世界を終らせる役割がある。

 最初はアリエル、ツァーネ側(光側)と闇側で争っていた。

 負けそうなときはツァーネがアリエルに時の加護を与えて、時を戻していた。

 光側は闇側が全滅すれば幸せだと思っていた。

 あるとき闇側を討滅した。

 すると世界は永遠に続いた。

 終わりが来なかった。

 だからまた、あるときアリエルとツァーネは1からやり直すことにした。

 またしても闇側を倒したとき、世界には終わりが来なかった。

 アリエルは終わりを強く求めるようになった。

 アリエルは発展した学問を用いて世界を終わらせるための研究を人々にさせようとした。

 だけど、世界を終わらせるための研究などやる人はいなかった。

 アリエルは一人で研究することにした。

 けれど世界を終らせる方法はわからずじまい。

 アリエルはまたツァーネと1からやり直すことにした。

 今度は闇のなすままに殺された。

 けれど世界はまた1から始まった。

 アリエルだけが苦しむ。

 アリエルは死んでも生きても世界に終わりが来ないことを悟った。

 けれど希望も抱いていた。

 異世界があるはずだ。

『やはり別の世界はあったんだね。ボクはこの世界の全てを知っているけど、わからないことがあったんだ。どうしてボクらは生まれたのかってね。ボクもまだその理由はわからないんだ。だけど、大丈夫なんだ。いつか、本当の終わりが来るときに、きっとちゃんとわかるんだと思う。その時には、みんなが一つに集うんだ。

 ネイビスくん。このことを頭の片隅に覚えておいてほしい。そして、ボクら理が存在していたことも、覚えておいてほしい

 最後に一つ、大切なことを教えておくよ。
 ボクらの魂というより自己という意識は一つの概念から分岐したんだ。それをボクはラカン・フリーズと呼ぶことにしている。

 あとは頼んだよ』
 ◆

「アリエル。ありがとう」

 ネイビスはそう言うと、目の前にいる二人の少女に声をかける。

「イリス、ビエラ」
「「はい」」

 ネイビスは十二の理を以て二人の双王を一人にした。そしてまぐわう。それは原罪のようなセックスだった。

 二人にはイリスとビエラの記憶が霊魂として宿る。

「さぁ。結びの儀をしましょう」

 少女が言う。これからするのはセックスではない。
 だが、ネイビスは一抹の不安を感じた。

「待て。なにか違う気がする。このままだとだめな気がする」

「気のせいじゃない?」
「そうだよ。三位一体で神に戻るんだよ」

「そうなんだけど……。私の中のネイビスという人格が君の中のイリスとビエラという人格を執拗に求めているんだ」

 ネイビスは苦悩する。

「私達のこと愛してたものね」
「ああ」

「でも、結ばないと世界は終わらないよ?」
「それに結ぶのはとても甘いことよ。無上の幸福なの」

「しかし、それだと前と同じになるような」
「前?」
「覚えてないか。あの冬の日の聖夜にホテルの最上階の一室で、私達は結びの儀を行った」
「ホテル?なんだっけ」
「前世の、いや。前の世界の記憶だよ。だから、また同じ過ちを犯すのは……」
「だめよ。私は早くあなたと一つになりたいの」

 おでことおでこ、手と手を繋ぎ、記憶の、脳の、思考の融合が始まる。もう私達にセックスは要らない。何故なら一つになるから。

「永かったよ。ここまで来るのが」
「何度、輪廻を繰り返したか」
「何度世界を繰り返したか」

 それももう終わるんだ。

 瞳を閉じると過去の記憶たちが七色を象り、世界の終末を祝福するかのようだった。

「ありがとう。やっと終われる」

 アリエルがそう言って泣いた。

「ありがとう。期待どおりだ」

 ツァーネがそう呟いた。

 ネイビスとかイリスとかビエラとかアリエルとかツァーネとかルートとかルナとかレナとか。そういったすべての存在はすべての存在たちに祝福されていった。

 歓喜。
 至福。
 だから。
 それでも。
 だから、世界を創ったのに。




 白い空間で一人の神が目覚めた。

「また、だめだったか……」

 その神は孤独に一人で泣いていた。



81エピローグ そして、神はサイを振る

 ああ、そうか。まただめだったか。

 イリス、ビエラ……。愛していたのだがな。

 今回は前回の人生で私が気に入っていたゲームと一部の記憶を引き継いだのだったか。

 これでもう何度目だろうか。とうの昔に数えるのはやめたんだ。

 いつになったらもうひとりの神が生まれるのだろうか。私は誰なのだろうか。いつになればその答えがわかるのだろうか。

 私はサイコロを振る。

 次の人生を決めるために。


Fin

あらすじ

勇者学院を卒業した落ちこぼれのネイビスは前世の記憶を取り戻し、この世界がゲーム『ランダム勇者』だと悟る。僧侶見習いビエラと剣士見習いイリスと組み、ゲーム知識を活かし冒険を開始。ゲームでは終盤にフラグを立てないと入れない隠しエリアでシルバー・ゴールド・ミスリルスライムを討伐し大量の経験値で急成長する。そして、銀塊や金塊を売り、大量の金を手に入れる。また、ミスリルバングルは経験値二倍の破格効果である。同期勇者パーティーと軋轢を抱えつつ、アクセサリーや飛空艇など現実との齟齬を感じながら旅を続け、勇者学院の卒業生として他の卒業生たちを突き放して冒険を進める。ネイビスはビエラとイリスの間で揺れ、恋愛模様も進展。キスをしたり手を繋いだりとラブコメ展開になる。この世界では禁止されているダンジョン周回を未発見ダンジョンで非合法的に行い、急速にレベルを上げ、ノービスながら人類初のレベル60代のSランクへ到達する。さらに転職や装備強化を経て、ついに三人とも最下級職である見習い職を脱却。さらには人類大陸の最北端に位置する街の岬にある伝説の勇者の残したとされる雷鳴剣を抜き掲示板の流れで大預言者が預言してネイビスたちは「ランダム勇者」と呼ばれるようになる。オリエンス世界大会という目標も出来、世界中にある歴史上の大錬金術師の作ったとされる様々な隠しエリアの攻略を通じて強力な指輪『朱雀の指輪』『翡翠の指輪』『蒼天の指輪』やそれはを装備して得られる魔法『プチメテオ』『プチストーム』『プチフリーズ』などを得ていき、地形破壊やフレンドリーファイアなどゲームと違う現実に直面しつつも冒険を進める。やがて人類最高到達レベルを更新したネイビスたちは、冒険者社会に大きな波紋を呼ぶ。ネイビスは転職の存在をギルドに暴露し、新たな冒険の舞台である王都へと向かうのだった。

フリーズ777『ランダムシリーズ』

フリーズ777『ランダムシリーズ』

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 起 ノービス脱却編 旅の始まり
  2. 承 世界の秘宝編 目指せ最強
  3. 転 ダンジョン攻略編 歯車が回りだす
  4. 結 世界編 そして、また物語が終わる
  5. あらすじ