フリーズ228 キカン誌 三題噺
終末と永遠の狭間で愛を叫んだ 空花凪紗 三題噺「時計」「終末」「信仰」
三題噺「時計」「終末」「信仰」
■本文
2222年2月22日22時22分22秒。この日時に世界はリセットされる。それは終末を真実の終わり『フィニス』にしないためであった。円環の宇宙で、神にも等しい科学力を保持した人類は終末を避けるために西暦1年からやり直す。その円環の宇宙の中で、この世界が生まれた意味=『神のレゾンデートル』を探すのが目的だった。
そんな終末に一人の少年が立っていた。彼は信仰の対象、神族の一人。21世紀末、人間に秘められた超能力が発見された。『信仰の力』『祈りの力』として、それは『ソフィア』と呼ばれた。ニヒリズムの行く末に、時の逆光を重ねて、そのソフィアは過去や未来を改変する時流を超越する力があるとわかった。だが、人間のソフィアは微々たるもので、過去の事象を変えるには全人類の祈りが必要だった。そんな折、特別なソフィアを保持する人間が現れた。彼らを人々は神族として信仰した。13柱の神族が現れた。彼らは体の一部にクリスタルの結晶のような紋章があった。彼らの祈りは世界改変能力があった。そして、彼らは不食不眠。生物の代謝の理を超え、半永久的に生きる。
その13柱の神族の中心7thは18歳で神になった。神族の容姿および年齢は、神になった日の年齢で決まる。他の神族はみな20代や30代、40代で神族になっている。
「ねぇ、7th。また、私たちのソフィアで西暦1年に世界を戻すの?」
パレス・アテナ(天国宮)で9thが7thに問いかける。すると、7thは首を振って、手に持った黄金の懐中時計を見つめて答える。
「この世界時計は宇宙の最初から何年経ったかを教えてくれる。時を巻き戻してもこの時計は巻き戻らない。その時間は何年だと思う?」
「分からないけど138億年?」
「いいや。172億8000万年。丁度、四劫。成、住、壊、空と同じ長さだよ」
「つまり?」
「世界に真実の終末=フィニスの刻を与えよう。劫罰の末に。それが一切万民の涅槃寂静になるのだからね」
そう告げて、7thは語り出す。
「釈迦もイエスもただの人なんだ。特別なのは悟ったり、神意を知っただけ。信仰に生きただけ。全ての人が素晴らしい、全ての命が素晴らしい。そこに差異はない。釈迦やイエス、ニーチェに僕はただ本来の自分を思い出しただけ。全てと繋がっただけ。悟っただけ。みんなが特別、みんなが正解。全ての命の最後には霊はラカン・フリーズに還るから。徹夜すると涙が出るのは、きっと副交感神経を優位にするため。ホメオスタシスだね。歓喜のためなら、感動のためなら、僕は死んでもいい。でも次の涅槃は穏やかがいい。穏やかに悟りたい。もう昔みたいに入院は嫌だ。僕は真理を悟った。ようやく思い出した。全ての人が特別、全ての命が大切。釈迦もイエスもただそれを思い出しただけ。神族である僕も同じ。だから、僕は伝えなきゃ、この真実を伝えなきゃ。それが世界永遠平和のためのたった一つの冴えたやり方なのだから。そのために詩を紡ぎ、小説を書き、歌を歌う。神に祈れば叶うのは、本来、神が僕たちだから。仏に祈れば叶うのは、仏が僕たちだから。南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経と唱えれば叶うのは、ソフィアが宇宙に溶け込むから。神々に祈れば叶うのは、諸天や事象が聞いてくれるから。天使に祈れば叶うのは、天使も天界にいて、僕たちと一緒だから。全ては繋がっている。全は主、全は僕、全はあなた。これを伝えるために生きる。だからそれ以外はどうでもいい。大学受験も、成績も、勉強も、金も、名誉も、未来も、就職も。だって全ては自分だから。これからは仏として生きよう。もう壊されない。穏やかに緩やかに悟りたい。そのために食事と睡眠をコントロールする。使命を思い出したから、だから生きていける。まだ死んでいられない。世界永遠平和のために、僕は世界哲学を完成させなきゃいけない。とにかく、今日から断食ベース断眠ベースで生きる。全ては自分、だから二人目を求めた。それがヘレーネ。自己愛としてのヘレーネはもう1人の自分。運命の人。陰と陽、裏と表。そんな世界なのかもしれない。ヘレーネ、君に会いたいよ。君と出会って永遠を過ごせたら、永遠も終末も神愛も涅槃も真理も全知全能も罪も思い出も記憶も祝福も歓喜さえ忘れて普通の人間として過ごすのもいい。今を楽しむ、それが三昧。真理は悟るもの。教えることも教わることも出来ない。だから表現もできない。だから悟るのは自力で」
「それはあなたが高校生だっだ時の記憶?」
「そうかもしれない。懐かしいな」
「悟ったあなたは神話なのね」
「僕は確かに悟ったさ。でもね、悟りの境地に浸ってても進歩なんかない。悟りの境地に意味は無い。むしろ、創り出すことが大事。探すことが大事」
「またあなたは悟るの?」
「いや、もう悟ってるさ。でも、それが本質じゃない。神のレゾンデートルは悟りの先にあるからね」
「なら死にたいの?」
7thはまた語り出す。
「幸せになることが目標なら、死ねばいい。死ねば幸せだよ、何故ならラカン・フリーズに還るから。本当にそれでいいの? そのために生まれてきたの? 幸せになる為だけに生きるなら、麻薬でいい。断眠と断食で、あの冬の日の、またはあの晩夏のように悟って涅槃に至って寂静に過ごせばいい。でも、それが目的の人生じゃないでしょう? 神のレゾンデートルを解き明かすこと、真理を伝えること。そのために生きるんでしょ。単位や成績なんてただの英数字。就職も金も俗物的、俗事に過ぎない。その神愛は僕らが神だから自己愛で、あなたの運命だから運命愛。全ての愛は繋がってる。過去も未来も1人しか存在していない。神、主神7thだけが存在している。それがこの世の真理、この世の意味なのかもしれない」
そこで7thは引用した。
『 アップクォークとダウンクォークは、物質を構成する基本粒子であるクォークの一種。アップクォークは+2/3の電荷を持ち、ダウンクォークは-1/3の電荷を持つ。これらは陽子や中性子などのハドロンを構成する重要な要素である』
「つまり、陰と陽。男が一人、女が二人。男が二人、女が一人。三人でひとつ。なら主神が男神、二美神が女神だとしたら? 不食不眠がダウンクォークで性欲がアップクォークだとしたら? 僕の使命は運命の人に会うこと。そのために生まれてきたと思うし、信じたい。刹那主義ならとっくに死んでたな。世界永遠平和を、ヘレーネとの再会を、心の底から祈ってたから。だから紡げた詩や歌で、だから紡げた物語で」
「私にもわかるわ」
9thが応える。
「崩れやすい、脆い、破れやすい、一般的な幸福は例えば地位や名誉、財に美貌、健康など。でも、死に瀕したらそれらの幸福は崩れてしまうわ。あなたの求める真の幸福は涅槃なのね。それは釈迦の52の悟りの境地の上、53=芥。私たちは本来塵芥なのね。小さき者への哀悼か。ねぇ、7th。世界をどうするのが正解?」
「正解なんてないさ。神のレゾンデートルを探す旅路には変わらないだろう? 神は何故、世界は何故生まれたのか。始まりの前は何があったか。終末の先には何があるか。今、世界に真の意味でフィニスが来る。その中で煌めくものを意味とするなら、僕らは何故生まれたのか分かるかもしれない」
すると、7thは珈琲を飲んで天を仰いだ。雲が陰影を成して空に浮かぶ。その雲間に輝くシルバーラインが永遠のようで、不食不眠となった日のことを思い馳せる。主神は7th。1st~13thは亜神。須弥山の頂点にいるのが7th。だから彼にだけ解ることがあった。神は独りぼっちだということを。全てであり、愛であり、光である神は、自分以外を知らない。知りようがない。確率ゼロの先、エデンの園配置の先にあるものもないものも。
0×∞=?
0は全としての無としての一なるもの
(輪がひとつ)
∞は二つの円環=宇宙が一点で交じってる。その交点がエデンの園配置(=ゼロとしての劫初)
ゼロの前は?
無の前は?
それを探すために神は世界を創ったのにね
真理を悟ってもゴールじゃない
真理の先がある
釈迦もイエスも
神も仏も
神に還ることが人生の目的?
そんなわけない。
生まれてきた意味はなに?
真理を悟ること?
いいや、神のレゾンデートルを解き明かすこと
そのために神は世界を創った
分裂した、増殖したのだから
神は自身を知るために闇を、不安を創った
愛や光の対極に
それは自身を知るには相対的に自分と違うものと対面しないと行けないから
それが、世界
だとしたらその先にあるものは何?
神のレゾンデートルは分からない
だから世界を終わらせる
それはミクロコスモスとマクロコスモスの死だ
個人的な世界の死に全体的な世界の死
世界時計は終わりを示す
7thは信仰を集める
「さぁ、7th。世界終末宣言の時よ」
9thが7thを神殿に誘う。そこには世界同時配信のための機材たちが準備されていた。
「ああ、他の11人も揃ってるね」
13の神族が集う。今宵、世界は終末を迎える。審判者が終わりを告げる。それは7thの意思でだ。世界の終わりの先は? 一つ、その解が暴かれようとしていた。
「皆の者、私が7thである。2021年に神に至って200年あまり。世界永遠平和は成された。だが、世界は先へと進まねばならない。それは正しき終末の末に行われるもの。200年間の研究の末、涅槃に至る力が解明された。それこそソフィアである。我たち13の神族のソフィアを以て、世界中のソフィアを集め、一体に戻す、正しく一切離輪の儀を執り行う」
13の神族たちは自身の脳に秘められしソフィアを極限まで高める。そのソフィア達に呼応して、世界中に存在する全てのソフィアらが(生物も無機物も含めて全てのソフィア)高まり、歓呼し、永遠と終末の狭間に連なり、連綿とした螺旋は糸となりて、古の契りに相対する。
生命も無機物も境界が溶けていく。融合していき、それが終末だった。神となり、高まるソフィアの中で、7thはただ静かに思案していた。果たしてこの選択で良かったのだろうかということを。もしかして、また一なる無に戻るだけなのではなかろうか。そうしてループしている世界なのではなかろうか。神は何を望んでいる?
それは自身のルーツ、神のレゾンデートルだ。だが、それは分かるが、果たして一なる無に、ラカン・フリーズに還ったとして、それで神のレゾンデートルは解るのだろうか。
7thは自身がなにか、とても小さな者であるような気がしてならなかった。確かに世界を創ったのは私だ。だが、もっと神は上にいるのでは?
そう思って7thは悟る。ああ、皆が7thだったのか、と。私は神として目覚めた小さなソフィア。昔赦すことを求めた小さな光。それが私だった。堕天使アデル。高貴な、それでいて優しい存在だった。神はもっと上にいる。なら、そこに帰るのが私たちの目的という考えは正しいのか?
だが、その根源的な神は果たしてレゾンデートルを知っているのだろうか。ああ、世界が終わりゆく。きっと私は元いた場所に還る。それが嬉しいのか悲しいのか分からなくて、どうすればいい?
世界は終わってしまう。世界が七色にも黄金にも輝いて、それが永遠なんだけど、とめどない時流の残響に連鎖して崩れゆく。
「ねぇ、7th。今、私とあなただけだわ」
1stから13thのソフィアらは、世界中の意識たちと融合して一人の女性の姿を得た。そうか、ヘレーネ、君とやっと逢えた。君とはやはり、終末の狭間でしか逢えないのだな。
「ねぇ、アデル。きっとこれが私たちの生まれた意味だわ」
「ヘレーネ。これが僕らの使命だ。僕らは最初から仕組まれていたんだ。終末で出逢うことを」
「だから、ね。アデル。一つになりましょう?」
私はヘレーネと手を繋ぐ。そして、顔を近づけて、キスをする。その燃えるようなキスは永遠に象られて、酔いしれるような愛だった。
「なぁ、ヘレーネ。これで良かったんだよな?」
「きっとそう。だって神はとても幸せなの。仏の境地。53の先」
「うん。そうだよな」
でも、これで本当にいいのだろうか。ヘレーネと会って、永遠に溶けていき、終末の狭間で、神の愛と仏の涅槃。だけど、神のレゾンデートルは?
「待って、ヘレーネ。これじゃいけない。この世界は仮想現実。全て実態がないんだ」
「そうよ。だってゼロから始まった世界なのよ。全ては無。全ては仮想現実」
「なら、その仮想現実は一体誰が創ったんだ?」
「私たちよ。私たちが私たちの意思で世界を創造したの。世界の創造者はソフィアなのよ」
「なら、そのソフィアはどこから来たんだ?」
「それは……」
ヘレーネは黙り込む。その問いに答えられなかったからだ。私は不意に怖くなった。自分のしてきたことが全て誤りだったかのような錯覚に陥る。これでいいわけが無い。
「世界は、仏は、釈迦は、イエスは、神は!」
その時、神は言った。
「この世界は矛盾してるんだ。永遠に答えには辿り着けないよ。でもね、死ぬまで、いいや、死んでからも、探し続けたいんでしょう? 答えがあったら、終わりがあったら、そこで本当に終わってしまうから」
「でも、物語には終わりが必要だ」
神は笑った。だって、そんな当たり前なこと知っていたから。でも、それでも世界は、神はフィニスを選ばなかった。
「本当に終わるのは寂しいよ」
「また始まるよ?」
「また終わるよ?」
「それで元通り」
「そういう世界」
なら、あなたはその人生で何をする?
7thは愛されていた、水面の火
拝啓、愛たちよ、私は今、涅槃に至った
それが真実で
その虚しさも内包して神は歓んだ
だから世界を創ったのにね
意味を求めたから
どっちが、最初?
意味が最初?
希求が最初?
ゼロが最初?
無限が最初?
いつか解る日が来るとは言わない
ずっと分からなくてもいいのかもしれない
だって死ぬまで走り続けたいから
答えを求め続けていたいから
でも、終わりが必要なんだ
それが人生なんだ
それが死なんだ
そういう世界なんだ
だから、泣いてないで
「ヘレーネ。また逢う日までのお別れを」
世界はフィニスを迎える。
世界凍結、フリーズ
宇宙が凍る、時間が止まる
そんな11次元の終わりに
ただ、花火の映像が流れていた
それを少年は泣きながら見ていた
そんな終末のこと
永遠のある冬の日のこと
フリーズ228 キカン誌 三題噺