幼い文豪のモラトリアム
作文が得意だったある少女の物語
幼い文豪のモラトリアム
物心ついた時から、私は文章を書くのが好きだった。
小学校1年生の時、母に手伝ってもらいながら書いた読書感想文『「としょかんライオン」をよんで』が、函館市内でまさかの賞を取ってしまった。子供ながらに、水彩絵の具で描かれたであろう柔らかな絵柄と、ミシェル・ヌードセン氏、福本友美子氏による優しい文章が魅力的な絵本だと思った。それ以来私には、読書感想文コンクールでの受賞という期待がされるようになった。小学校5年生の時には、全道の小学生部門で「北海道知事賞」というなんとも有難く、今の私にはあまりに勿体ないような賞を頂いた。祖父の通夜の日に、全道読書感想文コンクールの表彰式に呼ばれ、母と札幌に向かったのは忘れもしない出来事だ。
この頃からだろう。私と同じように学校のタイヤの遊具で遊んだり、3DSで通信したりしていたクラスメイトたちの私を見る目が少し変わった気がする。「自分の読書感想文を見てほしい」「校内新聞の記事を書いて欲しい」…私に、作文関連の「依頼」が来るようになった。私はそれを喜んで引き受けていた。真面目で勉学に励み、テストで高い点数を取ることしか取り柄がなかった私が、みんなに必要とされていると思うと心から嬉しかったからだ。
高校生になってからは、現代文教師が毎度要約の課題を出すこともあり、私の元にはノートを持った少女たちが、あるいはノートに綴られた文章の写真が集まってくるようになった。この時から私は、文章を添削する習慣がついていったと思う。指定の字数に合わせて余分な文字を削り、同義の言葉を挿し込む。あるいは原稿用紙の空白をこだわり抜いた言葉で丁寧に埋める。そうして完成した文章は、多くのクラスメイトを悦ばせた。
しかし、そんな私は変わってしまった。
大学生になり、私の代わりにみんなに救いの手を差し伸べ、私を堕落させるライバルが現れたからだ。
それは巷ではチャッピーとかなんとか呼ばれている、生成AIだ。
私に「参考にしたいからこのレポートの内容見せて」と言ってきたのは、ここ最近では3人くらいだ。大学には私よりも遥かに賢く、要領がいいエリートが集まっていた。私よりも生成AIを当てにしているか、そもそもそんなもの無くても容易にレポートを完成させられるのだろう。
国語の授業の前には私の机を取り囲む少女たち、鳴り止まないLINE。天才ともてはやされ調子に乗っていた私の女子高生時代は終焉を告げた。
そして大学3年生になった今、文章を書く才能を天から与えられ(たと思っていた)、文豪気取りになっていた私さえも、生成AIにすがりついてしまうようになったのだ。
「〇〇株式会社の志望理由を400字以内で書いてください」「この本の要約をしてください」「彼氏と電車旅の後花火大会に行くのですが、どのような服がいいと思いますか」
ゼミ、就活、人間関係、恋人。大切にしたいものが増える度、抱えるものが増える度に、私は生成AIの力を借りている。自己PRや動機という、自分の心と経験にしか答えが無いものにさえAIに頼っている。
時には「このアニメの推しカプの創作小説を書いて」とお願いすることもあった。幼い頃は拙いなりに創作小説も書いて、今も創作活動部に入っているのに、自分で生み出すことをしなくなっている。そして、原作からは少し違和感のある言い回しのキャラクターの小説を読んで満足する。
モラトリアム。親元を離れ、教師の目の前で作文をすることはなくなり、年齢制限がかからないSNSを手にし、私は遊びと楽をする方法を覚えた。かつての幼い文豪は消えたのだ。
しかしそんな幼い文豪にも、まだ需要があるらしい。
「サークルの仲間にあいうえお作文で感謝を伝えたいから案を出して」と言われた。
私の文章は半分ほど採用された。
「マッチングアプリの自己紹介を考えて」と懇願された。
そう頼んできた友人には、半月ほどで彼氏ができていた。キューピッドは私だ。
思うのだが、世の中には人の心にしかわからないものが沢山あって、それを言語化することが私に果たせる役割なのではないか。現代において、要約や文章生成ではお役御免をくらった私だが、いくら生成AIでも会ったことがない仲間の頑張りや、長所などを1発で見抜いて、文字に起こして表現することはできまい。と思うことにする。
もし私に息子か娘が生まれたら、彼らに「読書感想文手伝って」とお願いされるのだろうか。そうしたら、かつて消えた幼い文豪は復活を迎えることができる。
しかし、すぐに考えを変えた。読書感想文なんて本のタイトルと内容を入力すれば生成AIが考えてくれる。私たちが夏休み25日間必死に悩み、原稿用紙の空白を何とか埋めようと悪戦苦闘した読書感想文は、今やフリック入力数分で書けてしまうのだろう。「ママが手伝わなくても自分で書けるよ」なんて言われたらと思うと悲しい。まして、そんな簡単に終わらせられる宿題は出す意味が無いと、夏休みの宿題から読書感想文が消えてしまう日もあるかもしれない。
私は文豪ではなく、言葉で周囲を鼓舞する煉獄さんみたいな存在や、恋のキューピッドになればいいのかもしれない、と思う。
私の文才を凌いだチャッピーさんへ、これからも私はあなたに助けられる。書かなくてはいけないESが何枚もあるし、期末レポートなんてあっという間に締切だ。ただ、これだけは言わせてもらう。あなたの模範解答で解決するほど金の悩みと恋愛は単純じゃない、と。
幼い文豪のモラトリアム
読んでくれてありがとうございました!