フリーズ213 推しの子に見る死の諸相
序論
私は2023年に公開されたアニメ『推しの子』における死の表現について論じたいと想う。まず、主張から言うと、推しの子では5つの死が描かれる。
難病を抱えた少女、天童寺さりなの死。彼女と仲の良かった医者の雨宮吾郎の死。そして2人は輪廻転生し、アイドルアイの双子の子どもとしてアクア、ルビーとして生まれる。だが、アイはファンに殺される。そして、アイを殺したファンを誘導したとされるアイの父親を探すために雨宮吾郎、改めアクアは復讐を誓う。アクアは芸能界に入るが、恋愛リアリティショーで黒川あかねはSNSの誹謗中傷で自殺未遂を行う。アクアはそれを止めて彼女を救い、付き合うことになる。ここまでで四つの死が登場する。この作品は愛と死の交錯するストーリー展開となっており、その分キャラの魅力が引き立つ。
そして、カミキヒカルというアクアとルビーの父親をアクアは見つけ出し、二人で海に身を投げる。カミキヒカルとアクアは死んで、最後、アクアの葬式で物語は幕を閉じる。このラストは賛否両論で、バッドエンドを批評する人もいるが、私は気に入っている。
本論
1天童寺さりなの死
彼女は退形成性星細胞腫という病気で12歳で亡くなる。雨宮吾郎はその病院の医者で、ドルオタのさりなからアイの存在を知る。さりなはアイドルを夢見るが、体ば上手く動きかずに衰弱していく。
「先生、結婚して」と雨宮吾郎二言うが、彼は「16歳になったらな」と告げる。「生まれ変わったらアイドルの子どもがいい」と語るさりなは12歳で死ぬ。この少女の死が雨宮吾郎にアイドル、アイへのファン意識を芽生えさせ、物語のスタートとなる。さりなの死が舞台装置として機能している。
2雨宮吾郎の死
アイドルのアイは16歳で妊娠する。雨宮吾郎はその担当となり、彼女の出産を支援する。だが、彼女のファンの男が病院を突き止めて、それを不審に思った雨宮吾郎は彼に殺される。この時、彼は病院である患者が語っていたことを思い出す。「今死んだらアイドルの子どもとして生まれ変われるのでは?」そして、雨宮吾郎はアイドルのアイの双子の一人、星野アクアマリン、アクアとして生まれる。そして、さりなは星野ルビーとして生まれる。
3アイの死
この物語の中心であり原点でありターニングポイントであるアイの死について語る。アイは20歳になり東京ドームでの初公演を控えていた。そんな時にチャイムが鳴った。そこには雨宮吾郎を殺したファンの男がいて「アイドルなのに子どもをこさえやがって」とアイを刺殺する。アクアは直ぐに救急車を呼ぶが、アイは「これ無理だぁ」と語りアクアとルビーに最期を語りかける。
アイは片親で育育児放されて育った。アイは嘘つきで何かを愛することが苦手で、愛に関して偏見とバイアスがあった。スカウトされた時「愛を知らないで育った私にはファンはつかないよ、ファンに愛されないよ」と自虐する彼女にいちごプロの斉藤は「いいんじゃね? それも個性じゃん。綺麗な嘘を客は求めてる。嘘で愛を語っている内にその愛が本物になるかもしれない。君も人を愛したいって思ってるんじゃないか? やり方が分からないだけで」と語りかけ、アイはアイドルを始めた。
だが、アイは双子の子どもたちに「愛してる」を言ったことがない。その言葉を口にした時に
それが嘘だと気づいてしまわぬように。だが、ファンに刺されて死を悟ったアイは「二人はどんな大人になるのかなぁ」と未来を夢見て、アクアとルビーに「愛してる。やっと言えた。この言葉は絶対嘘じゃない」と愛を告げる。
アイの死ぬ描写は筆舌に尽くし難い。音楽も優れていて、ファンは花束を持ってアイを刺す。花が散っていくのが命の終わりの象徴的な比喩に思える。血の赤が印象的に残っていた。白花が血で染まる。床に血が散って、アイはファンに語りかける。「私にとって嘘は愛。愛したいと思って必死に嘘をついてたよ」と。
アイが死んでいく描写は緻密で、アイから命が抜けていくのを凄く上手く描いていた。アクアはアイの死に直面したことでトラウマとなりその後発作をするようになる。アイの葬儀の時にアクアは気づく。ファンを誘導したアクアの父親が芸能界にいると。父親を探すためにアクアは芸能界の世界に入ることを決意する。こうして一幕は幕を閉じる。アイの死によってアクアの復讐劇が始まるのだ。
アクアはアイの死を忘れない。アイの死は私
が今まで見てきたアニメの中の死の中でも秀逸で印象に残っている。アクアにとっては愛する母親の死であり、ファンとしてのアイドルの死でもある。アイは死にゆく中でアクアを血だらけの手で抱き寄せる。それは記号的な死ではなく、脈打つ衝動に駆られた死であった。劇的な死。正しくアイの死はアクアの記憶に残りトラウマとなる。
4黒川あかねの自殺未遂
アクアは芸能界に出て恋愛リアリティーショーに出るが、そこで黒川あかねが誹謗中傷の的となる。自殺未遂を図ったあかねを救ったアクア
はその後黒川あかねとカップルになる。だが、黒川あかねは演劇の才能に恵まれていて、本当の自分をさらけ出して誹謗中傷にあうのを避けるためアイの演技をするのだが、その際にアイの真実へ迫る。アクアはそれを利用できると思ってあかねと付き合うことにした。
あかねが死を決意するまでの絶望的な描写は巧みで、SNSのメッセージや暗い部屋、嵐の中歩くなど、視覚的に死を表現していたように思う。
5アクアの死
ここから先は漫画の話になる。ルビーとアクアの父親、アイを死に追いやった張本人であるカミキヒカルと対峙して、アクアは海に身を投げる。それは彼のアイを守れなかったという罪の意識から来る自殺でもあった。カミキヒカルは死んで、アクアも死ぬ。アクアの葬式のシーンは忘れられない。
主人公のアクアの死は自分の死である。アクアは死ぬことを決意してカミキヒカルと対峙して一緒に海に身を投げる。主人公の死を持ってこの物語は幕を閉じるが、それは永遠のテーマのようにも思う。愛する者の死、自分の死、それを描き切る推しの子は凄い作品だと思う。
結論
私は死を美しいものとして捉えている。ドラマチックに人が死ぬストーリーは売れるし、見ていて面白い。アイの悲劇の死から始まるアクアの復讐劇は物語性に富んでいる。そしてなにより5つの死が紡ぐ物語に感動を覚えた。
死は涅槃のようなものだと思う。個人的な終末であり、人生の終わりは花が散るように儚く美しい。死ぬ時に意識は宇宙に還ると思っている。仏になると言うように、全ての命が元いた場所へ帰っていく。
個人の死をストーリーの中で意味づけているこの推しの子は作品としての完成度も高く人気が高い。なによりアイの死をそれで終わりにせず、アクアの復讐心へと繋げる物語に心を踊らさせる。
死を描写する作品の中でも推しの子は優れているように思う。私は推しの子のアイの死のシーンが1番好きでよく見返すが、やはり美しいと思う。私は趣味で創作をしている。詩や小説を書くのだが、推しの子のようなドラマチックな意味のある死を描きたいと強く思う。
フリーズ213 推しの子に見る死の諸相