フリーズ211 言の葉のシ
言の葉のシ
この世界は言葉で溢れている。殺人、強盗、人身事故。流行、アイドル。宗教、有名人。試験、面接、生と死。
この世界は言葉で溢れている。その中に埋もれていく言葉がある。たくさんある。それは弱者の声だ。救われるべき人は救われない。僕の母さんのように。
都立開闢高校二年。神代涼は優等生。進学校の学年一位。全国模試一桁。そんな彼には夢があった。
世界を平和にしたい。
彼の母は過労死した。涼が幼い頃、彼の父は交通事故で死んだ。涼の母は涼を塾に通わせるために必要以上に働いた。その結果、涼が中一の晩秋、彼の母は死んだ。
もう母のように貧しくて死ぬ人を生み出したくない。その一心で、世界平和を実現したい。それが神代涼の目的だった。
今日もいつもの日々。学園生活は代わり映えない。だが、いつもと違う点があった。学園のマドンナ、櫻木真理が登校したのだ。病弱で学校を長期間休んでいた。だが、彼女の類まれな美貌は、学園の男たちを魅了していた。
昼休み、涼は櫻木の席まで歩いた。
「櫻木さん。これ、休んでいた時のノートの写しだよ」
「ありがとう、神代くん」
涼は復習になるからと、櫻木のためにノートを書いている。
「ねぇ、神代くん。ノートのお礼がしたいんだけど、今日、私の家に来れる?」
「え、家に?」
「うん。今日は調子良くて、できたらでいいのだけれど」
櫻木は首を傾げて、涼の様子をうかがう。
「いいよ、行くよ」
「それは嬉しい。じゃあ放課後、門の前で待ち合わせましょう」
この時の神代涼は知らない。彼の人生の輪は今回り始めようとしていることを。
「行きましょう、神代くん」
「うん。行こうか」
櫻木と涼は並んで歩く。
「私、家に友達をあげたことなくて、楽しみなんです」
「そうなんだ。僕が初めてでいいの?」
「ええ」
校門の前には黒い車がとまっていた。
「さぁ、後ろに乗って」
「はい」
櫻木と涼は後部座席に座る。
「執事の木戸さんです」
「どうも」
運転手は頷いて答えた。
「執事がいるんだ」
「ええ。珍しいかしら」
「うん。初めて見た」
櫻木家に着く。そこは豪邸だった。
「着いてきて」
「うん。大きい豪邸だね」
「そうね。さぁ、行きましょう!」
櫻木は神代の手を取って歩き出す。神代は櫻木が意外と元気なんだと思った。調子がいいって言っていたが……。
家に上がって、客間に通される。
「お茶を入れますね」
櫻木は部屋を出た。涼は内装や調度品の凄さに度肝を抜かれた。しばらくすると櫻木さんと一緒にメイドさんがお茶を乗せたお盆を持って部屋に入ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
涼と櫻木はお茶を飲む。すると、急に眠くなった。そう、紅茶には睡眠薬が仕組まれていたのだ。涼と櫻木は眠りに就く。メイドはウィッグを外してほくそ笑む。
「神代涼様。やっと見つけた」
「なにっを……」
「何って、やってみれば解るわ――」
拷問♡
涼が気づくと、椅子に縛り付けられていた。櫻木も隣で床に寝ている。メイドだった女は鉄製のペンチを持って微笑んでいる。
「なにを!」
「拷問よ。あなたの言の葉を引き出すために、ね」
「言の葉?」
「ええ。私の言の葉は『苦痛』。痛めるのが大好きなの! そして、あなたは世にも珍しいトリプレット。『智慧』『全能』そして――」
『神』よ……。
「神? 何のこと?」
「言の葉を引き出せたらね。そのために今から拷問をするの」
「拷問? 何言ってるんだ! 早く解放してよ! 嘘だって言ってよ! 櫻木さん! 起きて!」
「貴方様は世界を救う救世主になれるのです。嗚呼、そんな貴方様を痛めつけられるなんて! こんな快楽! ないっ!」
「狂ってる……」
涼は必死に抵抗したが、手錠は解けない。
「先ずは爪からね。ゆっくり楽しまなくちゃ」
女は涼の指から爪を全て剥がした。手も足も。
「次は歯かしら♡」
次に女は涼の歯を全部抜いた。
「あら、まだなのね。じゃあ次は指を♡」
涼の指は全て折られた。
「うーん。やはりトリプレット、それに言葉がここまで高いと並大抵の苦痛じゃ、覚醒しないのね……。どうしたものかしら。なら、次は水攻めにしましょう」
女による拷問は続いた。手を変え品を変え。様々な苦痛が涼に与えられた。涼はもう自殺したかった。こんな苦痛。爪も歯も指も水攻めも自白剤も。
眠る暇を与えずに女は涼を拷問した。涼はもう七日も寝ていない。七日も食べていない。女は飢餓という最大の苦痛を涼に与えた。
そして、七日目の夜のことだった。
涼は覚醒した。
『智慧』
『全能』
『神』
「あら、ようやくお目覚めかしら」
「嗚呼、君のおかげだ」
「いえいえ。私を殺す?」
「いいや、もうどうでもいいことだ。神になったから、ね」
涼は拷問した女を恨んではいなかった。ただ、今の全能に至るために必要だったから。
「『苦痛』。世界を終わらせるぞ」
「ええ。じゃあ行きましょう」
「待って!」
櫻木が涼を止める。
「アンチテーゼは世界の崩壊を目論む組織。神であるあなたはテーゼに来て!」
「嗚呼、アンチテーゼとテーゼか。僕は全知ではないからね。ようやく理解したよ」
「全知少女が君に会いたがってるわ。私の言の葉は『真理』と『仏』。あなたを、神を救うために私はいるわ」
「仏は所詮人間だろう? 僕は神だ」
「神様は人々を救わないの?」
「救うさ。世界に終末を齎してからね」
「そんなっ!」
櫻木は手を伸ばすが、その手を下げた。
「さぁ、行きましょう、神代様」
涼はアンチテーゼの『苦痛』によって連れられた。櫻木はすぐに電話する。全知少女へ。
「真理。わかっています。そのための全知ですから。彼を迎えに行きましょう」
涼は櫻木の家の前にとまっている車に乗った。
「行き先は?」
「バチカンですよ」
その時だった。
その車を兵士たちが取り囲んだ。
「まさか、全知少女のお出まし!?」
「御名答ですね」
兵士たちの後ろには白いリムジンがあり、そこには一人の少女がいた。
「やっと会えました。ダーリン」
全知少女は命令を出す。
車は発進する。
しかし、エンジンは掛からなかった。
「なにっ!」
「すでに対処済み。全知を舐めないで」
女は兵士たちによって拘束され、涼が保護された。
「あなたが神代涼ね。拷問は辛かったでしょう」
「嗚呼、でも必要なことだ。僕が目覚めるにはね」
「そうなのですね。あなたに会えて嬉しいわ。全知と全能。この2つを以て神となす。私の言の葉は『全知」と『神』。あなたと一緒ですよ」
そう言って微笑む全知少女は、盲目だった。白髪のロングヘアーにアルビノのような病的で美しい容姿。
「君は全てを知っている。だからこれから僕がしようとしてることも解るはずだ」
「ええ。あなたは世界を終わらせないわ」
「終わらせるさ。アンチテーゼは世界に正しい終末を齎す。そのための僕さ」
「私のことはいいの?」
「君のこと? 君は全てを知ってる。だからきっと世界は終わらない。今のままだとね。でも、僕は全能だ。全知さえも越える全能に君はついてこれるか?」
「ええ、きっと」
「そうか。僕はアンチテーゼと世界を終わらせる」
神代涼は全能の権能を行使した。『苦痛』とともにアンチテーゼの本部へと瞬間移動する。
「神代様、ようこそ。アンチテーゼへ」
アンチテーゼの本部へと涼は転移する。
「嗚呼、世界を終わらせよう」
『世界平和』が涼を迎えた。
「世界永遠平和には、正しい終末が必要です。神代様、どうか私たちをお導きください」
「嗚呼、分かってる」
神代涼は世界に終末を齎すための準備をする。
「全能たる僕にとっては終末など些末なこと。今から世界にフィニスを与えん」
神代は世界に終末を与えるためにその権能を行使した。世界終末。それは時の流れが止まるフリーズ。全ての存在が凍りつく。それは美しい神話の終わりであった。
「フリーズ。氷結の秘儀。世界凍結。今、世界は凍りつく――」
全知少女は知っていた。世界凍結が来るのも。世界は終末を迎えることも。だが、全知少女は
知っていた。絶対はないのだと。だから世界永遠平和への理想を絶やさなかった。それでも、世界は終わりを迎える。
涼は世界中の魂たちをラカン・フリーズへと返す。その秘儀は刹那に永遠を内包した至高なる秘儀であった。神代は語る。
「全存在たちを集合無意識へと帰らせる」
神代は全ての我をラカンに返す。そこは魂の故郷。全ての帰る場所。輪廻の魂たちを還らせる聖所。そこに全ての魂を蘇らせる。
「涼。私は全知少女。あなたの夢はこれで叶いますか?」
「嗚呼。すべての存在は終わるためにある。全輪廻はこの日に収束する。人生の完成。それがラカン・フリーズに帰ることなんだよ」
「それでも世界は続くべきです。神のレゾンデートルを解明するために。それが私たちの生まれた意味ではないですか」
「世界はまだ終わったことがない。神のレゾンデートルは終ぞ解明できなかったではないか。全知少女よ、貴女でさえ知らない解を求めているんだ」
「確かに、私が解かることは少ないかもしれません。でも、世界は終わるべきではない」
「世界の終わりの先に神のレゾンデートルがあるかもしれない。だから僕は世界を終わらせる」
その時、世界は凍結した。フリーズ。時間が止まった。その中で神代涼は全知少女、ヘレーネ・ルイス・クリスタルと逢瀬を果たした。
「ヘレーネ。愛しき人よ。君に会うために生まれてきたのかもしれない」
「ありがとう。涼。世界は終わるのね」
「嗚呼、否応なく」
「せめて、この世界を残しませんか? 新しい世界も、終末も私は受け入れます。ですが、この世界をこの世界の未来を私は求めているのです。どうか世界は終わらせないで、新しく始めませんか?」
「全能の僕は何でもできる。でも、神のレゾンデートルは解らなかった。何故世界は、神は生まれたのか。だから世界に終末は必要だ」
「やはりそうなのですね。あなたは世界を終わらせる」
「ごめんね。でも、終末にレゾンデートルがあると思うから」
だから、世界は終わりを迎えた。神の死。その瞬間、全ての理が崩壊した。全ての秩序が崩壊した。崩壊したのは永遠だけじゃない。生命も死も、全て消滅した。新しい世界が始まる。それは求められた終末。
「ヘレーネ、やっと会えたね」
「ええ、涼。全知と全能は求められた」
「その先に神のレゾンデートルがあるはず」
神のレゾンデートル、それは何故世界は生まれたのか、何故神は生まれたのか。そう言った類の真理。世界が求める究極命題。それを探す旅路だからと、世界は終末に収束した。
そして、新しく世界は始まる。
世界の終わりには一つの詩が残った。
◇終末永遠神愛涅槃詩
凪いでいた、渚に映る知らない顔を
やっと、思い出せたから
だから僕は生まれてきてよかったって思えた
世界の終わりにも
終末の劫初にも
世界永遠平和のために
このプロットを紡ごう
全知でも
全能でも
知らない解があるのです
神のレゾンデートルと人は呼ぶ
全ての秩序が崩壊したのは
永遠の夢が滅びたから
終末は永遠で
神愛は涅槃のようで
それが、あまりにも美しくて
世界の終わりに見張る景色は
きっと七色に輝くのだろう
この詩はこんなもん
終末願って終わりませ
永遠祈って始まって
世界の終わりに泣いてくれ
フリーズ211 言の葉のシ