セットの中

セットの中

 考えすぎと言われればそれまでだが、私は様々なことに疑問を持ち考える質である。バカみたいに一日中考えているということではなく「何だか違うな」「何かが違うな」と感じた時、どうしても考えざるを得ない質なのである。
 最近のスマートフォンはとてもお利口なせいか、一度検索すると、興味本位で検索しただけにも関わらず、それがあたかも私の人生においてすべての興味の対象であるかのように、しつこく「おすすめ」としてピックアップされて、毎日目につくようになっている。

 そんなものの中に、たまたま目についたエッセイストの記事で「おひとり様の快適生活」的な記事があった。私はこの、「おひとり様」という言葉も、一見人に敬意を払っているように聞こえるが、その実、何だか人を小バカにしているように思えて好きではないのだが、いずれにしても遅かれ早かれ私もその仲間に入る自覚があるものだから、ついつい目に留まって読んでしまった。
 その筆者は、とにかく物を持たないシンプルな生活を徹底していた。それは快適に暮らすという言葉とすり替えて、ただただ自分が死んだ後、人に迷惑をかけないために極力物を持たない、というのが本当のところのようだった。
 人の一生は生まれた時から、いつ訪れるとは分からない、誰もが一度だけ経験する死というものに向かって、突っ走って行っているようなものだが、そうかといって死んだ後のことを心配して、人に迷惑をかけずに死ぬなんて、そんな都合良くいくものではない。
 荷物が少なければ少ない分だけ、片付けに人の手を煩わさずに済むということは理解できる。それならば遺品整理屋に生前見積もりをしてもらい、その分、貯蓄をしておけばいいだけの話であるが、これも地獄の沙汰も金次第的なもので、うん十万円ともなれば厳しい。それができなくたって、死んだ後のことまで考えていられるかというのが現実ではないのか。人はそれを無責任と言うかもしれないが、生きてるうちから死んだ後のことまで考えていたら、人生楽しめないではないか。仮に残り少ない人生だったとしても、人が生きているということは、毎日の暮らしの中で日々新たな発見があり、欲しい物や買いたい物や集めたい物だってある。それだから人生は彩られて、毎日が愛おしく感じられるのではないか。
 質素倹約も大事だが、それは生きている間、よりよく生きることのみにおいては大いに賛成するが、死んだ時のことを考えて質素倹約すること程、バカらしいことはない。

 せっかく手元にあって、それがあった方が人生豊かに過ごせる物まで処分して、身の回りをコンパクトにすることと、死んだ後のことを考えて、生きている間の楽しみまで手放すことは全く違う。人生を思い切り、自分らしく楽しむアイテムを手放してまで生きるということが楽しいことなのだろうか。まだ私が若いのだと言われればそれまでだが、シニア世代になったとしても、私はそれ相応の自分の人生を楽しませてくれるものを、死ぬまで手元に置いておくことだろうと思う。死んだ後のことを考えてという理由で手放すことは、多分ないと思う。
 大好きな本を一冊処分したところで、畳一枚分スペースができるというわけではない。何でも手放せばいいという風潮は、私は好きになれない。

 書こうと思っていた内容から随分と話が脱線してしまったが、何かを得たいと思った時には、やはり何かを手放さなければならない。それは人生の常である。あれもこれもというわけにはいかない。だが、その時になって考えればいいということも、この世の中、人生にはあっていいのである。
 置き場所がないからと言ってテーブルを持たない人もいるが、やはり客人を迎えるのにテーブル一つないというのはいかがなものか。人と関わりを持っている以上、人を家に招くこともあるだろう。礼儀として、最低限、人をもてなすのに必要な物というのはあるのではないか。それすら取っ払ってしまったら、人生は無味乾燥な気がする。人生は芝居と同じである。質素倹約でも大道具や小道具、衣装やセットはより良い人生を送るには、なくてはならないのである。

 徹底的に物を処分する人間になど、私はなりたくないしなれない。決してムリをすることなく気がついたら羽織一枚、いや、私の場合は本が一冊、レコードとCDが一枚ずつ手元に残ったという、そんな人生のラストシーンを迎えたい。やはり、せめて段ボール一箱分かなと、そんなことを考えているうちは、まだまだ物に溢れた生活を送りそうである。

セットの中

2025年2月9日 書き下ろし
2025年 7月2日 「note」掲載

セットの中

人は自分で作ったセットの中で生活している。 そう思うと、なかなか物を手放せないのは仕方がないのかもしれない。 どうせなら色々考えず、自分の好きなセットの中でその生涯を終えたい。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-07-02

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