
あれやこれや 231〜
231 暴君の最期
アラビアンナイトはよく知らなかったので検索してきた。
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昔々、サーサーン朝にシャフリヤールという王がいた。ある時、王は妻の不貞を知り、妻と相手の奴隷たちの首をはねて殺した。
女性不信となった王は、街の生娘を宮殿に呼び一夜を過ごしては、翌朝にはその首をはねた。こうして街から次々と若い女性がいなくなっていった。
王の側近の大臣は困り果てたが、その大臣の娘シェヘラザードが名乗り出て、これを止めるため、王の元に嫁ぎ妻となった。
明日をも知れぬ中、シェヘラザードは命がけで、毎夜、王に興味深い物語を語る。王は話の続きが聞きたくてシェヘラザードを生かし続けて1000日。
ついにシェヘラザードは王の悪習を止めさせる。
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シャフリヤール王、いくら妃が奴隷と不倫しているのを目撃し、女性不信となったとしてもひどすぎる。
結末はいくつかあるそうだが、罰を受けてはいませんね。
こんな暴君が報いを受けずに終わっていいのか?
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シャフリヤール王は、ある朝、消えた。忽然と。
シャフリヤールはよその国のに来ていた。
暗い部屋で、シャフリヤールは叫んだ。
やがて、泣き喚いた。
「ああ、あの報いなのだな」
女たちの顔が浮かんだ。何人殺したかもわからない。
シャフリヤールは、3人がかりで押さえつけられ、刃物で切りとられた。
すぐに切断部分に棒が差し込まれた。
その後、執刀者にかかえられて2〜3時間部屋を歩き回ってから横になって回復を待つのだが、手術後3日間は水を飲んではならず、大変な苦しみだった。
水を飲めば尿が排出されず、栓を抜けば切ったところの肉がもりあがり尿道を閉ざし、死に至る。
3日後、尿道の栓を抜いて噴水のように尿が出れば手術は成功であるが、死亡率は高い。
が、シャフリヤールは生き延びた。
それからは宦官としての訓練が行われた。どんな時でも王様を守らねばならない。
重いものを背負い走る。
体力のない者は、辛さに耐えきれず首を吊った。
シャフリヤールは体格も良かったし知恵もあった。
年月が経ちシャフリヤールは出世していった。
シャフリヤールはその国の王にも信頼され、部下にも慕われた。
妃に裏切られさえしなければ名君だったのかもしれない。
シャフリヤールは人が変わったように王に尽くした。命の危険も顧みず王を守った。
自分の罪を償うかのように。
いや、手術によって性格に変化が生じたのかもしれない。
寛大になり、むごいことを好まず、女性や子どもに対しても愛情をもった。正直で慈悲深かった。
ついにシャフリヤールは宦官のトップになった。栄華も想いのまま。妻も娶れるし養子もとれる。
が、シャフリヤールは貧しい者のためにすべて恵んだ。
王に尽くした。
王は聖君だった。世のために、民のために、シャフリヤールは王に尽くした。
敬愛していた王が亡くなると、太子を聖君にするよう努めた。
太子も幼い頃から賢く、聖君になるとシャフリヤールに誓っていた。
誓いどおり貧民を救済して、多くの書籍を編纂し、外勢の侵略を阻んで城を築くなど、安定した政治を行った。
しかし、自分の母親が側室に陥れられ、死んでいったことを知ると、変貌した。
母親の死に関わった者たちを次々捕え、残虐に殺していった。
王は暗君になった。暴君になった。鬼畜になった。
諫言する功臣たちはことごとく残酷な刑罰で処刑した。
暗黒の時代。シャフリヤールも何度も王をいさめ、怒りを買った。幼い頃は背におぶった優しかった方だ。
シャフリヤールは王を諭した。
ついに疎まれ、拷問された。
思い出した。
自分がなにをしたか……
どんなに酷いことをしたか……
女たちの顔が浮かんだ。
シャフリヤールは詫びながら拷問に耐えた。
そして、またもや王を諭した。王はついに刀を振り上げた。
【お題】 アラビアンナイト
過去作をアラビアンナイトの王に置き換えてリメイクしました。韓国ドラマ『王と私』を参考にしました。
232 私のことかな?
働く時に言われた。10分前に来てサイボーズをみるように。
真面目だから9年目だけど守っている。
以前は早番の職員はすでに来て働いていた。そうしないと終わらないから。
昨今はスタッフルームに早番の職員は来ていない。時間前に来いというのはパワハラになるらしい。
新人職員はギリギリに来る。それから申し送り。
でも、もっと早く活動している方がいる。
ポプラさん。男性、86歳。8ヶ月ほど前に入居して来た。杖をついて歩いていた。
男性の割合は隣のユニットもうちのユニットも2割だ。バカヤローが口癖のネコヤナギさん、元お医者さまの、ほとんど話さないマサキさん。それでもたまに話す時は偉そうだ。見下した話し方をする。それに、ちょっと素敵なマンサクさん。この方でさえ大声で怒ることがある。男性の大声は苦手だ。
ポプラさんはストイックな方だ。パーキンソン病で、歩けなくなるのを恐れていた。よく体操している。朝7時前に私が行くと、もう廊下を歩いていた。食事も久しぶりの常食の方だ。茶もコーヒーも熱くて大丈夫だ。ごはんに、おかずも刻まずに出せる。麺も食べられる。麺を食べるのは今では10人中ふたりだけだ。ひとりは麺を刻む。
ポプラさんは楽な方だ。言われなくても食事の時間、お茶の時間にはやってくる。配るのは自分は最後でいいとおっしゃる。隣の席は、
「はやくしてくれよ。バカヤロー」
のネコヤナギさんだ。15も年上のポプラさんは紳士だ。ネコヤナギさんに話しかけては、バカヤローと言われるが懲りない。ユニット10人の名前を覚えている。職員の名も覚えている。
オムツをするのは寝る時だけだ。入浴も見守りだけだ。手を貸す必要がない。服の用意も自分でされる。身体をゴシゴシ洗っている。すっくと立ち上がり浴槽をまたいで入り「いいお湯だー」といつもおっしゃる。
以前に話したことを覚えている。
「旦那さん、秋田だったね」
車掌をしていたポプラさんはいろいろ話してくれる。
部屋に洗濯物を届けたときに、CDを聞かせてくださった。
「次は、あきたー、あきたー」
車掌をやっていたときに聞いていたそうだ。各路線のアナウンスのCD、そんなものがあるんですね。
家は駅に近い二世帯住宅。今なら相当な価値だろうが、当時は抽選で当たったそうだ。柿の木がある。その柿をお嫁さんがむいてカットして届けてくださる。ポプラさんは自分だけだから気にして部屋で食べたがるが、喉に詰まらせたりしたら怖いので、リビングで食べていただく。隣のネコヤナギさんにも分けてあげたいだろうが、彼は食事制限がある。
この方の血圧は極端だ。低い。低過ぎてそのままでは入浴はできない。ベッドで寝て足を上げると血圧は上がる。はい、それでOKですか? 入浴タイムの血圧はどうなのだろう?
高い方は深呼吸させて何度も測る。何度測っても高くて次の日に回す方もいらっしゃる。以前は低いくらいだったのに。
モクレンさんがそうだった。高くなりだし、ある明け方、脳梗塞で病院に運ばれた。だから、血圧が高いと怖い。入浴中になにかあったら……それでなくとも、90過ぎた方が浴槽で目を閉じられると怖くなる。
介助しているほうも歳をとる。そろそろ、限界かな? などと考える。5時間立ちっぱなしの休みなし。帰ってから、ごはんを食べるとウトウトしてしまう。以前は仕事の後、歩いて孫の子守りに行けたのに。今は疲れが残る、残ったまま週を越す。
恐怖も感じる。90半ばのお年寄りを入浴させること。入浴中の死亡は多いと聞く……
【お題】 いつも朝一番に来るアイツ
『ついのすみか』から抜粋しました。
233 落日の再会
君を海に誘うまで……
続かなかったな。
晩秋に出会い、毎日のように会い、会えない日は辛くて電話したな。
しかし、年が離れすぎていた。
家が、学歴が……君とは結婚できない。
春になると君は距離を置こうと言い出した。
あれから40年。
いろいろあったな。
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夏になったら海に行こう、なんて言われたから別れたの。
ダメよ。水着にはなれない。ダイエットしてるのに、あなたといると太るのよ。
距離を置いて40年。
ファイルを読んだ。
連絡先は娘になっている。奥さんとは離婚。
……娘に私の名をつけたりはしなかったのね。
娘は父親が大好きなようだ。面会も多い。私は昼で帰るから会ったことはない。孫の中学生の男の子がひとりで来ることもあるようだ。慕われているようだ。
「おかしなやつだよな」
風呂に浸かりながら言った。
「ママについていかなかった」
「……」
「ま、金があったからな」
今は? ないの? こんなところに入れられて……
ロカさんは湯船からなかなか出ない。気持ちよさそうだ。
「ああ、おなかすいちゃった」
浴槽に浸かる男に言った。
「……俗っぽいな」
「え? 俗っぽい? 俗っぽい、か」
何を食べようか? そればかり聞いていたくせに。
次の日、ロカさんの部屋には鍵がかかっていた。明け方救急車で運ばれた。たぶん脳梗塞。戻らないかもしれない。様子はわからない。私は週3日の午前中だけのパート。
胃ろうにするかも……胃ろうは拒否してたんじゃ?
戻ってきた。あんなに食べることが好きだった人が10キロ痩せて戻ってきた。高栄養のドリンクとペースト状の食事。口から垂れる。飲み込めずに垂れる。尿が出ず、すぐに病院に戻された。もう戻っては来ないかも……
やがて戻ってきた。今度は回復した。飲み込めるようになり、食べられるようになった。
左手でカップを持ち自分で飲む。食べるのも早くなる。回復が早い。
寝浴だから私の担当ではなくなった。食事のあとはベッドに寝かせる。私の出番はなくなった。見守るだけだ。
こんな状態でも息子は面会に来ないようだ。誰も余計なことは言わない。聞かない。会いたいだろうか? おそらくは行方不明の息子……借金だろう。父親は返済のために貯蓄も家も手放した。息子はおそらく日本にはいない。
探してあげようか? 貯金ならある。惜しくはない。だが、愛したわけではない。私は慈悲深い女ではない。それに……さらにひどい結果を知らされるかもしれない。
回復はそこまでだった。次に救急車で運ばれたのは連休の間だった。
【お題】 キミを海に誘うまで
あれやこれや 231〜