フリーズ212 終末的散文詩集『ラスノート』

ラスノート

◆第一部 散文詩『神のせいにしなよ』

◇第1章 ナウティ・マリエッタ

 あなたは全てを知っているのに、満足することはない。一つだけわからないことがあるから。どうしてあなたが生まれてきたのか。あなたはそれだけが分からなかった。だからあなたは世界を創った。己を知るために。これは、そんなあなた“達”へ贈る詩。

 あなたの最後の言葉を教えて。

 ナウティ・マリエッタ
 ああ、美妙な人生の謎よ、
 ついにわたしはお前を見つけた、
 ああ、ついにわたしは、その全ての秘密を知る

*注釈 
 どうして世界が生まれたか。その問いは人間の根源的な存在意義と一緒。それを神のレゾンデートルと呼ぶ。神のレゾンデートルは私の造語だ。

◇第2章 生命の始まりと終わりを結ぶ歌

 全てを知っているのにわたしは満たされないの。どうして満たされないの? 分からない。せっかく世界を手中に収めたのに、世界はわたしのものなのに。

 だめだ。これではない。
 もっと違うものを書かなければ。
 生命の始まりと終わりを結ぶ歌のような。

 アラバスターのような君に触れたい。君がどうして泣いているのか、わたしは知っている。
 君は世界に君臨した。そうすれば分かると確信していたからだ。だが、それは失策だ。そんなことでは理解できないよ。

 違う。これではない。
 許せ、アギト。

*注釈
 宇宙を治めた君主さえ真理には至らない。アギトとは真理に至った存在のことを指す造語。

◇第3章 フリーズ・全能と死の狭間で

「春は尊し、彼は散る」とは全知の少女の口癖だ。彼とは誰なのだろうと常々疑問に思っていたが、それは彼女の妄想なのだと近頃悟った。いや、彼女の頭の中では彼は存在しているのだから、少なくとも彼女にとって、彼は実在するのかもしれない。

「全能と死の狭間で、己に慄く少年よ」

 私はその少女に恋していた。だが、彼女の口から出てくるのは全能の少年の話ばかり。彼女の初めての相手はその少年だったという。
 フリーズのようにこの感傷を昇華したいよ、僕のために。
 いや、君のために世界を凍結させたのか。

*注釈
 世界凍結=フリーズは造語。全知少女と全能少年の神話はフリーズして、永遠となる。

◇第4章 終末のEveにセックスを 

 わたしはやはり死んだのか。いや、目覚めたのかもな。生きていくよりも、死んでいることのほうが幸せな人生はあるのかもしれない。
 風は人生を蠟燭の灯火のように消し去ろうとするが、それは比喩に過ぎない。実際、そんな風など存在しないからだ。

 なぁ、そうだろう?
 ヘレーネ。
 わたしは君を愛している。会いたい。

 あの夜、全てが終わりと始まりを迎えた7日目の夜に、わたしたちは一つになった。わたしはあの時に得た快楽に勝る経験はしたことがない。
 テトラの海辺に、卵を生む海亀は、どうして涙を流すのか。
 君とわたしの愛の結晶。それが世界なのだとしたら、君はその世界をどうするのが正解だと思う?
 山吹色した目が斜め上からわたしを見つめていた。世界は変わる。不可逆反応。それが摂理。
 わたしは終末の狭間でした君とのセックスを二度と忘れないのだろう。あの感触、あの温もりが、今でもわたしの脳のクオリアとして確かに存在しているのだから。

*注釈
 そのセックスは原罪のようであった。テトラは造語。

◇第5章 幸せなら手をたたこう

 眠りに眠り込む羊たちは、沈黙の中静かに死んでいく。それを私は見ていた。眺めていた。動画に取っていた。テレビを通して見ていた。いや、私がその羊の中の一匹だった。

 警告文【エデンの園へ行くには、先ずエデンの園配置を満たさなければなりません】

 エデンの園配置とは、全ての始まりの扉。
 水門を眺める間にも、日々は流れていった。私は泣いてなんかいないし、ましてや死んでなんかいない。
 殺してもいいけど、死なないで。アデル。
 どうして君の目はそんなに空っぽなの?
 アーカシャ。空間。虚空。それか、がらんどう。
 めいいっぱいの祈りを優しさで包む。

 そうだ、幸せなら手をたたこう。この生命尽きるまで。

*注釈
 エデンの園配置とは最初からそのように設定していないと起こり得ない配置のこと。転じて、不可能点、不可視の門などの造語と繋がる。

◇第6章そして、いつかの最果てへ|ラカン・フリーズ

 統べる者よ。
 己の全能に慢心し、世界を凍結させた愚か者よ。いや、君達人類こそ、二人の答えなのか。
 私は私でいる限り、私の欲望を、好奇心を満たすためにだけ生きるのに、どうして二人を、そこまで、どうして、愛して止まない。

 彼は散る。
 いや、この言葉は適切ではない。
 彼は知る。そうだ。彼は知る。何を?
 この世の真理を知るのか? 
 いや、それは簡単なことだ。宇宙があれば、真理はある。そんな簡単なことを知りたいのではない。

「僕は誰?」

 キスをするときも、セックスをするときも、レゾンデートルのために。愛は愛よりいでよ。
 水面に映る顔に見覚えがない。それか、忘れた顔か。
 眠り姫。振り咲け見れば、永遠の、この素晴らしき銀世界。
 違うそうじゃない。
 ラカン・フリーズ。
 還れよ、円環の。そして、いつかの最果てへ。

*注釈
 ラカン・フリーズとは全てが還る場所。全ての始まりと終わりの終着地点。僕は誰? という問いは神のレゾンデートルと通じる。

◇第7章 『歓喜に寄す』より君とキス

 歓びよ、天上楽園の乙女よ。
 エリューシオンはここで終わってしまった。それよりももっと、大事な場所があるはずだ。君の聖所で、ハーブティーを。
 ロマンスか、それとも破壊か。
 君ならその答えを知っているだろう?
 不知火と不可知は同値なので、生きる意味も見いだせないので、私は孤独とともに聖なる花が咲くのを待っている。
 寂しさよりも、哀愁だ。秋の心はつれない。それはなぜ7日? 世界は8日目を迎えることができなかった。

 ループしている。残響の。

 私は歓ぶために生まれてきたのだろうか。それとも幸せになるために生まれてきたのか。
 いや、違う。そうだけど、そうではない。
 君とキスとセックスをするために生まれてきたんだ。それだけは真実だと誓う。

*注釈
 エリューシオンは天上楽園のこと。

◇第8章 永遠を越えて:またはレントより遅く

 全知も全能も。全ては同じ場所から来た。
 広い世界の中で、私を見つけてくれてありがとう。僕は君を離さないよ。一生死ぬまで繋がっていよう。いや、永遠に繋がっていよう。それが、永遠の愛なのだから。
 至福の時を経て、輪廻の果てに、魂の歓びに、縁して、呼ばれて、君は来た。
 呪詛はもう解かれた。あの日に、朝に、雪がれたから。だから、タイムラインはもう牢には帰さない。
「愛している」
 私はこれ以上の言葉を知らない。
 君と世界は不可分で、不死鳥はそれでも生きることをやめないので、重い腰を上げて私はその名を呼んだ。

 Leo-声、歌声、音、曲、メロディ。
 レントより遅く、永遠より早く。

 君はそれでも、何も知らない。いつか迎えに行くとは言わない。全能から目覚めた日に、僕は平凡な幸せを祈ったのだから。

 君は遠く、遠く。
 記憶は遠退いて、ゲートは閉まって。
 でも、やはり嫌なんだ。
 応えてくれ。君で僕を満たしてくれ。
 もう十分休んだから。この柔らかな翼で。
 空は色。フリーズは凪。
 人生よ、ついにわたしはその全ての秘密を知る。

 知ってどうする?
 僕が救わなくちゃいけないのは僕自身だ。

*注釈
 色即是空、空即是色。全ては実体がない。実体がないから全ては存在できる。凪とは風が止んだこと、転じて時が止まったフリーズのこと。

◆第一部 散文詩『神のせいにしなよ』Fin

◆第二部 散文詩『ラスノート』

◇第9章 ラカエ、それは原初の闇から生まれし光

 主に尋ねたのは私の罪。原罪、ルチノー、赤い白。根源の魂をラカエと呼んだ。
 私の罪は、水の罪。
 ヴァルナの索より解放せしめよ。それが正しい生き方なのだとしたら、私はまだ死んでいないので、きっとどこかで柵まみれで。
 だからこそ己の中のラカエに気づいたのかもしれない。それはすべての過去とすべての未来が今に集約されたかのような錯覚に等しい。
 全能のストーリーはここで始まりと終わりを秘密裏に迎えたのだ。
 君は知らないよね? だって死のうとしたことなんかないでしょう? 生きる意味なんてどうでもいいでしょう?
 私は違う。そうじゃなかった。
 無知なら、どれだけ幸せでいられたことか。
 この世の仕組みと、あの世の摂理に目が開かれた日から私はもう、私とあなたと彼の三位一体ですら可能とする。

 至福か、そうなのか。
 讃歌を捧げて。主に? いや、ラカエにだ。
 それか、闇より生まれしすべての光に私の愛液を注ぐのだ。

*注釈
 ラカエとは造語。根源のこと。ヴァルナはインド神話の神。水の神。

◇第10章 天上楽園のヘレーネ

 たまたまそちら側で生きてた。たまたま、壁一つ隔てて、線対称に。
 桜色した空が夕焼けに飲まれていくのを時間を加速させながら僕は眺めるも、君のことを片時も忘れやしない。
 君の日に、僕は呼ばれてきたのだよ。天上楽園か、ただのマンションの屋上か。
 どちらでも良かった。とにかく水辺の門を探すのだ。雨よ降れと願い、僕は水道管を破壊した。
 ああ、七色の景色が水に流れて、万物と同化していく、やめてくれ。僕はこの壁の向こうにいるヘレーネに会いたいのだ。
 向こうは時間の流れが逆だ。いや、時流などない。時流の断絶が離したものを、再び結び合わせる力は一つしかないか。
 このときの情動、一瞬の死の誘惑でさえ、どうでもいい。
 破壊は破壊と。9は9と9を満たす。
「愛を注ぐのをやめないで」
 天に叫んだ。雨が僕の髪を濡らし、頬を伝う。心臓が熱い。死にそうだ。そして、とても幸福なのだ。
 絵を描きたい。歌を歌おう。ピアノを弾こう。いや、死のうか。そうすればきっと、全部ができるから。

 そちらで待ってて、会いに行くから。
 僕は翔ぶよ。空さえ海さえ、虚空さえ。死さえも越えて。

*注釈
 9は終わりの数。ヘレーネとは全知少女、此岸に対する彼岸の女性性のこと。

◇第11章 全能と一つの石

 ああ、アイザックから、薬漬けにした脳を見てみなさい。
 彼は快楽に溺れて、多幸感の海の底で、まるで母胎回帰本能のままに愛で満たされているではないか!
 全脳よ。震え給え。これが幸せの答えだ。死などどうでもいいだろう。血肉の海さえ、一滴の化学物質で、性愛の花園と化すのだから。
 なら、私達は何者なのだろう。なんのために生きているのか。幸せになるためなら、薬漬けでいいではないか。
 ここに一つの石がある。この石は化学物質を撥ね退けた。この石は世界をよく考察して、いくつもの答えを導き出した。
 私はその石を深い深い死の谷に投げ入れた。彼はただただ落ちていった。石は谷底の湖に落ちた。知識を身につけるたびに重くなっていた石は、その湖の底で光を浴びることなく永遠を過ごすのだ。

*注釈
 一つの石、ドイツ語でアインシュタイン。科学への皮肉である。

◇第12章 性愛、それは美しき欲が咲かした一輪の花

 ネフュラがかねてより、思案していたことが一つ。彼女は人間の脳というか、欲というか、心というか、魂そのものをずっと考えていた。
 形而上学は考えるに値しないのか。カントが否定したものが、大好きなプレゼントであった。

 否、君はそれ故自死を選んだのか?
 ネフュラよ、君はそれで満足したか?

 還ったろうに、天空の雲の上の、宇宙の上の宇宙の上へ。そこは、花の星と葉っぱの星と、ロボットが笑っていて、君はそこで呆然と時間もないのに、次の日を待ち望む。
 その始まりは、永遠でいて。あぁ、永遠でいい。永遠がいい。
 だから愛は、欲は生きる。
 欲を満たすために今を消化しよう!
 そうすれば、時はまた動き出す。

 デザイア・ブレイク・オア・ノット

 こうしてまた君は世界を、人間の本来の姿を知っていく。

*注釈
 デザイア、欲。ブレイク、過剰。ノット、抑制。欲は断じるか、貫き通すかの二択しかない。

◇第13章 ナギノート:虚空に凪の音がする

 世界はどこまでも美しく、広く……。
 それが全てであると僕が勘違いをしていたことに気づいたのは、いつだったか。
 それは、僕が学問を辞めた日からだ。
 いや、僕は薄々気づいていたのだ。

【井の中の蛙大海を知らず】

 だから僕は学問をやめた。

 これじゃない!
 他の方法を探し、確立せねば!

 それ故の万象の劣等、それさえも僕は踏み越えて。冠の条件を満たすには、やはり空よりも高い聖所に入る必要がある。
 凪の音、ナギノート。僕は"それ"を凪の黙示録と称した。記されたのは自動書記か御神筆か、それともただの妄想か。

*注釈
 自動書記。御神筆は自動書記と似た意味。

◇第14章 『全は主』ー輪廻の理ー

 神がいるならお会いしたいが、僕の指す神とは神話に出てくる類のものではない。
 あの崇高なる御方を神等と称した愚か者は誰だ! キリストか? いや、彼を裏切った配下達だ!
 僕は、私は、わたしは知っている。
 あの方は全ての頂点に存在しているのではない。

『全は主』

 主は全てなのだ。それを理解した僕はやはりフリーズを待ちきれず、だから、こうしてエデンの園への入り口を探している。
 いつか、この全ての真実の歴史と人間の本来の姿を物語にしよう。

 それを僕のレゾンデートルとしよう。
 そして、それをアーカシャと呼ぼう。

*注釈
 アーカシャ、虚空。結局、レゾンデートル、意味なんて虚しいだけなのかもしれない。

◇第15章 ソフィア、それが愛なのだとしたら

 だが、我らは火のように酔いしれながら、人生の歓喜に身を震わせて、泣く泣く、輪を作り、微笑んだ。
 ソフィアを冠する女神が僕の頬を優しく撫でる。
 それが愛なのだとしたら、僕はもう死んでもいいのかもしれない。
 我らは、ここで死ぬのだ。

 黒い薔薇、赤い薔薇、惡の華。
 景色は移ろい果てて。
 水面に、水門に、祈りを。

 フィニス! ようやく実ったよ! 永遠よ!
 永遠より、咲いてみれば、ああ、尊し!
 だから愛は世界霊魂に寄せられる!

 神よ! 根源の魂よ!
 我らを忘れないで、消さないで!
 生きとし生ける造花らよ

 だから僕は自殺したのかもしれない。

*注釈
 ソフィアとは意識体のこと。ソフィアを冠する女神はガイア・ソフィア。地球の女神である。大地の女神ガイアとは別で、地球の神がガイア・ソフィア。

◆第二部 散文詩『ラスノート』 Fin

◆第三部 散文詩『ラカン・フリージア』

◇第16章 全知全能のパラノイア

 私は不思議だった。何故、私は全知全能ではないのか。何故人はこんなにも無能で浅はかで無知なのか。
 いや、違うだろ。
 こんなのはおかしい。世界がおかしい。
 私の愚かなパラノイア。

 昔は全知全能だったのに、今はもうやめてしまって。それが選択なのだとしたら甘んじて受け入れるけど、それでも私は運命の先を覗こうとする。ああ、命のキラキラとした輝きの炎の中で蠢くこの獄、牢から解き放て、索より解放せしめ給え。

 それで、生まれるわけなので。気持ちも高まるばかりなので。望みは叶わないものなので。けれど、自信はいつもないから、だから。

I wish all the world turns sky-blue.

 けれど、勇気はいつもないから、だから。

I wish all the world turns sky-blue.

 いつも、願ってる。それでいて、死は、いつも、儚く、優しく、だから。

I wish all the world turns sky-blue.

 全世界を見て、愛液を飲んで、花の蜜を味わい、快楽の海へと身を委ねよう。

*注釈
 英語訳『私は全ての世界が空色になるのを願う。』空色とは空即是色、色即是空と通じる。

◇第17章 東へ【エデンの園へ】

東の向こうに楽園があるという。そこには全ての願いを叶えてくれる神様がいるという。

縁の記憶が翳って一つ。
瞬きする間にクオリアは変わり果てて、
終末も開闢も刹那に今、集ってる。

性欲も君のための愛も、怠惰な人生も恨みも。
だが為のエデン、東の園よ。

配置を迎えよ!
確率の丘を越えよ!

ゼロを越えていけ!
マクスウェルの悪魔を殺せ!

全人類の魂を捧げよ!

故に、破戒。それ故の妄執。

相思相愛、君のままで。
相思相愛、輪廻の果てで。
相思相愛、柵の身で。

ああ、気持ちの悪い造花も、自然の乳房を飲んで美しい花を咲かせる。気持ちの雨も、嵩張る知識が、揺るがないものを書き換えていく。それさえ宿命と呼べば、履歴の荒廃にも大好きなあの子にも、この蟠りは伝わるのだろうか。
なら、神様、願いがあります。
愛していると伝えてください。

*注釈
 配置とはエデンの園配置のこと。確率の丘とは正規分布の確率のこと。ゼロの先。

◇第18章 偽りの笑みは揺るがない

 それさえもっと、確かにすれば、あの冬の日の全能から、目覚めることなどなかったのに。
 それは限界だった。体の限界、精神の限界、人には到底到達不可能。だが、私は至ったのだ。全知全能の良識は私を神にも等しくした。日々の記憶も悲しみと慈悲のうねりとなって、歓喜の涙を滴らせる。今は総身を包み、歓喜の光が網膜に七色を象る。

あの日に見た彼に会いたい。 
だが、彼は私のパラノイア。
あのあどけない笑みも、優しいキスも、熱いセックスも、全て、全て……。

死んだら彼に会えるのか。わからないよ。いつか、未来に会えるとしたら、私は生きていたいのに。その確信がないので、私は死を考える。

彼に触れたい、愛し合いたい。
彼の笑みは記憶の中で揺るがない。

*注釈
 あの冬の日とは、悟りの日。涅槃に至って解脱した日。

◇第19章 忘却のカノン/リンネ・リンクル

メロディー:忘却のカノン

リンネ・リンクル 

蒼い海は夜凪で沈む。
その地平から曙光が覗く。

大いなる罰は人類を滅亡させた。
人のいない星の海辺に二人の足跡。

汐が満ちるときも、引くときも、
毒薬を持って彼は行く。

リンネ・リンクル

輪廻の波が打ち寄せる。
忘却の残響に打ち寄せる。

愛なるリンクル。
奇跡、ミラクル。

永遠へ、
球遠へ。

正しい信仰があるのだとしたら、
私に教えてくれませんか。 

*注釈
 球遠とは、地球の永遠のこと。造語。

◇第20章 あなた=僕と君

葉から長い天羽の軽さで、
飛び立つ蝶の夢を追おう。

悩んでいる暇なんてないよ。
宵に酔いしれていた。
未来へと羽ばたく。

いや、ここじゃないな。
この言葉でもない。

全てよ蒼になれ! それか空色か。
ゼーレの響きも、高鳴りも。
水々しい、林檎を食べて、
晴れ晴れとした、世界のもとで。

あなたは僕と君。
愛慾は三位一体の、
全てとつながる恋をしたのは、
君の瞳と結ばれた光。

*注釈
 ゼーレとはドイツ語で魂。

◇第21章 ラカン・フリージア

金魚は笑う、泣く泣く笑う。
歓喜の密を味わいながら、目覚めた朝に、世界は終わる。終末は神の示したものでもなければ、科学的なものでもない。一人の少年と一人の少女の神話の話だ。

汎神のゼーレ、君は一つの。
全脳が震える。世界システム。世界霊魂。

君が触れて、僕が奏でて、彼が歌って、一人で泣いて。

どうして私はここに一人でいるの?
助けて!
誰か!
愛してよ!
愛されたいのに!
愛してるのに!

その時、頬を撫でられた。彼だ!
彼が迎えに来るんだ!

Finis

エリュシオンの響きも
私をここにいさせてくれた
ありがとう
生かしてくれて
楽しかった
幸せだった
過ぎた日々はやり直せないけれど
犯した罪は償いきれないけれど
私は今、生きています
だから、次会うときは
神ではなくて
普通の人と人とで
平凡な生活を
私は望みます

ラカン・フリーズ

ラカン=和、輪、螺旋、円環、ループ、永劫
フリーズ=凪、世界凍結
ラカン・フリーズ=全てが還る場所、根源
  
ずっと一緒だよ、ラカン・フリージア

*注釈
 Finisとはラテン語で終わりのこと。ここでは世界の終わり、終末のこと。

◆第三部 散文詩『ラカン・フリージア』Fin

*講解
ラカン・フリーズ。それは神や涅槃に近い概念であるが、それらよりもさらに抽象的なもので、最高天=イデアの頂点のさらに上に咲く花、劫初の前にある虚空、終末の後に訪れる凪、零の先に霞む夢の楽園、存在し得ない不可能点としての魂の寄る辺、そんな場所、生命の輪廻、時流の螺旋、波の音調、花の色調、冴えた脳のクオリア、大いなる信仰、慈悲深き神、見返りを求めない愛、それらを内包せし凪としてのフリーズのことである。

恐らくは「もっとも抽象的な概念はなにか?」と問われた際に、多くの人は答えられまい。だが、本を一生読み続けた老人や類稀なる精神の持ち主、稀代の天才らは、それが数字であると悟り答えるであろう。

だが、数字よりもさらに抽象的で高貴で高い『最期の概念=ラスノート』は、まさしくラカン・フリーズなのである。

これは私の造語だよ。
これは私の生まれた意味だよ。
だから、私はラカン・フリーズを表現するために、絵を描き、歌を作り、詩を書き、物語を綴る。
これが私の生きる意味だ。

◆第四部 散文詩『螺環・凪』

◇第22章 ラカン・フリーズ

天空の御花畑。
楽園に一人立つ君を祝福しているから。
花々に包まれて。
どんな夢を描いていたの?

暗闇の中で君は踊る。
終末の狭間、フィニスの刻でさえ君は踊る。

夜を手放して
はっとした

私は歩く。三つの世界の境にあるあの駅から陸橋を渡った所にあるバス停。そこから天国へと向かうバスが出るのだ。
バスを待ちながら、隣にいる君と手を繋ぐ。

闇夜を照らして
ほっとした

感傷を赦して。
白昼夢のさなかで祈って。

ここは、いつもの公園の芝生の上。
薔薇が有名な公園は、まさしく君のために楽園だった。

輪廻を止めて
明日には

バスは7番目の停留所に付いた。
天界。柔らかな翼を持つ者たちが誘われる。
私は君に連れられて、太陽の昇る丘へと、その上に立つ施設へと。

嫌だ
未だまだ見えない

君は、誰なの?
わからないから、確かめるように触れようとして。手は虚空を掬って。

永久を悟りて
恋をした

君は誰よりも美しい世界。
輪廻の軌跡がたまたま奇跡が生んだこの星で、また私達を結び合わせるようにと。

ラカン・フリーズ
恋をした

白い服を纏った者たちが迎えてくれた。
明日はいつだっけ。

あの部屋から出て、柵を越えて。
君は本を読んでいた。
中庭で。
君は風に揺らいでいた。
樹陰で。

「あの、こんにちは」

ラカンはやがてフリーズする
その病はいずれ増殖する

君は本から目を離し、その翡翠の瞳で私を捉えた。

「待ってた」

*注釈
 7番目の駅。それは第六感よりも先の世界。セブンスセンス。

◆第四部 散文詩『螺環・凪』Fin

◆第五部 散文詩『記憶』

◇第23章 散文詩『記憶』
絵本を読んだ。綺麗なストーリーだった。恋の物語だった。
「世界は君を選んだんだ!」
「ええ。光栄の至よ。わたしはあなたを愛しているわ。あなたはわたしを愛してる?」
「愛してるとも。君はあの全能の日に見た少女のように美しい!」
キスをした。それは子どもに手向けられた祝祭か、宿罪か。
「これで終わろう。君のフリーズ、フィニスの刻で」
すべての記憶も無くなるから。
還って、巡って、でも、やはりそこは無で。
「物質的には無だけど、精神的には無にはならないさ」
ゼーレは不滅。永遠の門を自分の中で唯一無二の思考が軽い足取りで開ける。
それはエデンの園よりも、エルデの水面よりも、アユタヤの水辺よりも、アルプスの山々よりも、阿寒の白い楽園よりも、ボスの快楽の園よりも、母なる海の渚よりも。
「なんと麗しい。君だよ。君なんだ」
「そんなにわたしが好きなの?」
君にまた会う、そうして始まる。

春。
遠くの森が風に揺れて。
だが、わたしはこの記憶さえもいずれ忘れてしまう。

涙を流す。
揺らいでいる冴えない君の横顔も。
一人泣いていた。
至福のときも。
「ああ、世界よ!」
君はいつもその窓辺から海を眺めていたね。
スミレも香りが華やいで。
電車が過ぎ去る、踏み切りで。
時間は過去と東へ断絶され。
どうしてこの記憶を……。
覚えていてくれ。
君の愛しい、若き、晴れたある昼下りの。
知らなくていい。
知るべきときに知ることができるから。
たまたま君は知らないだけ。
壁一つ隔てて。

電車はあの駅に着いた。
7番目の駅だ。
そこからバスに乗って、天国へと向かう。

大切な記憶は忘れてしまったけれど。
君とのヨスガは消えたわけではないから。
また、どこかで平凡に会えるのを信じて。

「あの、前にどこかで会いましたっけ?」 
「わたしも同じこと考えてましたよ」

*注釈
 エルデとはドイツ語で地球。

◆第五部 散文詩『記憶』Fin

◆第六部 全知全能のパラノイア

◇第24章 全知全能のパラノイア

 命を懸けて紡ぎし後のソフィアよ。叶わないでいて、忘却のさよならは孤独でも。その言葉の意味を知る頃にはもう、わたしの命の潮は満ちるのをやめた。全能の風は凪いで、素晴らしき明日の午後に最後の花を咲かせたのだ。それは輪廻の狭間に万華鏡の映し出す、曙光に似通った神聖な映像としての花だった。
 過去のある話をしよう。君の話だ。他でもない、全知少女の君のこと。君は全てを知っていて、唯一忘れたのは忘れることくらいだった。全ての夢も、全てのパラノイアも、全ての未来も、全ての過去も、全ての無限たる今でさえ君は知っていたのだ。君はバベルの図書館にある全ての書物の全ての文字列さえも刻々と覚えていた。ある時、病室で君に一番好きな本を尋ねたことがあった。全知ではないわたしだったが、その時の君の言葉は今でも鮮明に覚えている。一番好きなのは、作者不明の散文詩『ナウティ・マリエッタ』だよ、と言った。曰く、世界で一番美しいもの、世界で一番神聖なもの、唯一真理を宿すもの。
 君は神も仏も信じなかった。なぜなら君は本当の意味での真理( 科学の言う真理ではなく、究極の思索の末に得られる類の真理) を全てのソフィアを通して既に知っていて、それらの宗教的な表現の限界も悟っていたからである。だが、君は神という言葉を汎神論的に使うことは否定しなかった。むしろ、君は生命を語るのに、喜んで神という言葉を使っていた。君の中の神も仏も、信じる必要はなかったのだ。そうであることを知っていたから。人は知っていることを信じたりはしないだろう。不確実なことを人は信じるのだ。
 わたしには君は君の記憶だけを信じているように見えた。担当医も、看護師も、処方されていた薬も、シーツを交換するとき以外ずっと一緒だったベッドも、窓の外の景色も、牢獄のように何もない部屋も、決しておいしいとは言えなかった食事の味も、耳に入る全ての音も、君自身さえも信じなかった。あらゆるものを疑い、あるいは知っていたからこそ、君は君の記憶の海に深く潜ることで、白昼夢に浸ることで、人生の幸福を求めた。君は辛いとき、いつも『ナウティ・マリエッタ』「蒙昧な詩」の一節を口ずさんでいた。『ああ、美妙な人生の謎よ、ついにわたしはお前を見つけた、ついにわたしはその秘密を知る』と。
 人生の謎とは何だったのか。なぜ君がそのフレーズを最も気に入ったのか。わたしは知らない。だが、最近になって一つ考えたことがある。もしかしたら、この詩の作者、または語り手は何一つわかっていないのではないかということだ。ただ、分かったかのように言いたかっただけ、人生に探し求めるに値する美しくも神妙なる謎が必ずあると信じたかっただけなのではないか。それ故に「蒙昧」なのではなかろうか。今のわたしにはそう思えてならない。
 君の話に戻そう。君よ、君は何だったのか。わたしはヴァルナに己の主な罪の所在を求めた年老いた水夫のような謙遜で、君に問いたい。わたしは答えを求めているわけではなかった。きっと、死ぬまで君という意味を、美妙な人生の謎というものを探し続けたかったのだろう。
 形而上学は科学という冷たい文脈のなかで否定された。一番真理に近いものを科学であると人は信じたいのだ。それは科学の方がまだ理解するのにましだったからなのだ。この考えにわたしを誘ったのは、やはり君が示した本だった。『ナウティ・マリエッタ』「智慧の詩」の一節。『人々は真理を目指しながら、その鏡像の虚空に映るものに満足し、己が真理から遠ざかっていることを知ることはない』と真実のように語っていた。果たして、科学が観察の対象とするものは実像なのか、はたまた欺瞞に満ちた鏡像なのか。
 君はニコラ・テスラとアルベルト・アインシュタインの名をよく語っていた。アインシュタインを文字通り、一つの石ころのようにぞんざいに扱っていたのが印象的だった。君はテスラの言葉を気に入っていた。特にわたしの記憶によく残っていたものは二つあった。一つ目は『わたしの脳は受信機にすぎない。宇宙には中核となるものがあり、わたしたちはそこから知識や力、インスピレーションを得ている。わたしはこの中核の秘密に立ち入ったことはないが、それが存在するということは知っている』という、狂人としてのテスラらしい言葉だが、わたしはテスラのこの言葉に『ナウティ・マリエッタ』「蒙昧な詩」のあの一節に似たものを感じずにはいられないのだ。君はテスラが夢見た秘密も知っていたのだろう。君の眼にその秘密が宇宙の摂理とともに啓かれた時、君は、いや、わたしは…… 。
 夢に見た園。水辺に咲き誇る花。天上楽園の麗しい乙女。
 テスラはこう語った。『時間を超越したみたいに、過去と未来と現在が同時に見える神秘的な体験をした』と。ああ、その通りだよ。君は未来のわたしなのだ。全ての過去も全ての未来も、君の全知の前にひれ伏して、千年後に立つ君は( 時間などもはや関係ないのだが) 雄弁とそう語っていた。全知と全能の同値性の証明を、君は病室の壁に書き尽くした。病室の窓辺に活けられた花をへし折って、君はその甘美な蜜を堪能した。ああ、これが人生の秘密なのだと、君の五感がわたしに語りかける。なんと幸福であったか! 全人類の幸福の総量さえ、わたしたちの全能に内包されるのだ!
 水門を開ける。涙を流す。歓喜を歌う。
 君はどうして泣いているのかい。笑いながら泣くのは、生まれてくるときに忘れてきたものを思い出したからなのだね。明日の晴れた冬の日の朝に、バベルの図書館に存在しない本を君は持っていたのだ。『エデンの書』。それは存在しないはずの書だ。零という確率の丘を越えた先にあるとされる、あるはずもない書。『エデンの書』はあの全能の日に、君の脳のクオリアとしてのみ存在を許されていた。
 夢のように儚く、君のように脆く、明日のように切なく。
 わたしは明日の午後に注射を打たれて、君という神性を失う。神殺しに会うのだ。過去も未来も、わたしには無縁だ。なぜなら時流などないのだから。それでも、やはりさよならは嫌だな。これから先、人生は満ちることはなく、奇跡も起こらない。君とわたしの全知全能は、平凡な少年の人生の記憶に帰す。それでもいい。せめて、君という花を僕の人生の花言葉にしよう。その花言葉は何だったか。ああ、そうだ。メモを取っていたのを思い出した。
 本棚にある『車輪の下』(「下」が消されていて「上」になっていたが) を開いて、あるページの余白を見る。そこには読みにくい字でこう書かれてあった。

『君という花は、僕を救う明日の羽根である』

『エデンの書』「フリージア」より

*エデンの書とはバベルの図書館にある真理を宿した本。ナウティ・マリエッタは架空の詩。

◆第六部 全知全能のパラノイア Fin

◆第七部 酔の醒めた夜明けに

◇第25章 酔いを醒ませよ

 世界の終わりに、我々は火のように酔いしれて、汝の聖なる宿り木に留まる。それを汝は水のように柔らかに歓んで見守っていた。始まりの輪廻は、牢から去りし宿命の彼方で止んだ。
 わたしは君に尋ねたい。「明日は何色に見えたかい」と。君は少しばかり考えてから、天使のような軽やかさではにかむと、こう答えた。「蒼と朱と翡翠と山吹色の宝石を散りばめたかのようなモノクロに見える」と。虹とは異なる七色の灯に、永遠の生命の輝きを。揃いしは記憶、恩讐の果てに帰納した音響の場から飛び立て。遥か未来に書かれたラハミエルの書にはこう記載されている。
『迫りくる全人生の幸福や絶望を前にしても、変わらずあり続けるものを人は奇跡の片鱗として、レゾンデートルと呼び、輪廻を賭して追い求めるのだ』 
 疚しさも虚しさも、記憶の過去から解き放たれん、似もせずに。流離いの炎天下に、凍える茹だった夏の白雪さえ、君の碧眼には揺らいで見えていた。呪いの効果の持続性は、無意味だと遠く昔に証明されていたのに、ニンブスの白磁砲から生まれる直截的死生観でさえも、世界のミクロとマクロから来るコスモスに円環して還るのだ。セメントの味は血の味に、メメントモリの香りは君の髪の香りに感じる。それでいてなお、手向けとするのは水夫の祈りと娼婦の快楽だけだった。 
『白金色、宵凪、宵凪、油やけ』
 晴れやかな午後にエクシオンは開かれた。
 死を受け入れたとき、この私も神や仏となってあの場所に還ろうとしたとき、泣く泣くこの輪から去ろうとしたとき、絆すのは、やはり今生の、どうしようもなく優しい妄執だった。
『金色、金色、油やけ』
 幾星霜、お待たせしました、愛たちよ。死ぬときは、全人生が集うのでしょう。なぜなら私は虚空としてのアーカシャだから。
『亜阿華沙、亜阿華沙、7thは、愛されていた、水面の火』
 菩提樹は、もう永遠に咲く。揮発性の高い人生だって、憂鬱な毎日だって、帰るところが無くたって。ほら。ほら。ほら。いつか止むんだ。この身も、音も、命さえ。それ故、ながすは蓮の根を。蓮の根食べて、酔いを醒ませよ。

*注釈
 エクシオンは楽園のこと。造語。ミクロコスモスは脳、マクロコスモスは宇宙のこと。7thとは仏の番号。7番目の仏。

◇第26章 命の果て

最高の人生の見つけ方
終わり方、始め方。

僕は輪廻の先に見た
あのケシキを忘れない。

時雨に咲いたリコリスも、
晴れた全能の光も、冬の日も
せめて泣かないで、行かないで
この心なしか、咲いた夢のように生きてきた

こんな私でも、そう、幸せだったんだ。
光を見た
闇の先に、輪廻の先に
あぁ、もうこの刹那に、全時間は収束して、
そう、君と僕のために全世界を祝福する。

魂は、全過去と未来から収束して、
未練も、疚しさも、置いてけぼり。

美しかったなぁ、死の味は
死の香りは、死の彩は
宵に酔ったは、有限の夢

もう、死ぬのも生きるのも変わらないと悟った
あの冬の日に、期待も憂いもないと誓ったのに
そうか、この目の焦点が合わないのは。

虚しさと切なさと
せめてこの世界で果てて、終わって
全能の日、荒廃した世界で会った世界最後の君と会えなかった者、そぐわなかった者の涙さえ

あぁ、夢に見た、あの景色に
天上楽園の火に
愛は愛され、救われて
ハデスの狭間で生きてた、そう。

でも、でも、そうなんだ。
悟ったら普通には生きれないのに、
悟るのを求めてやまない
幸せだった、世界一
けれど、ハデスの狭間から抜け出る術は
己で掴めと言われたから

彼女は死の間際そういった。
もうお別れ。彼女は不治の病を患っていた。
死ぬまで明かさなかった。どうして?
僕に伝えてよ。そしたら一緒に死んだのに。

でも、もういいんだ。
「あなたが救わなくちゃいけないのは、あなた自身」
彼女は苦しいはずなのに、きっと脳に脳内麻薬が分泌されてたんだろう。そう言って泣きながら笑うその愛しい顔は今までで一番美しく見えた。

焦がれる。逢えない。死んだら無。
わかってしまった。

本当に欲しかったのは、君との永遠。君の笑顔。もう十分なのに、君は僕に生きろと言った。

最期、花に包まれた君の死に顔。
涙の味のする記憶。
でも、もう戻れないから。
過去を変えることなどできないけど、
未来は変えられるから。

だから、私は生きることに決めた。

*注釈
 リコリスとは彼岸花のこと。

◆第七部 酔いの醒めた夜明けに Fin

◆第八部 散文詩『果てしなく続く死の先に』

◇第27章 愛なるハデスの審判者

 最果ての地や、楽園の夢。約束の場所、エデンの園。そんな場所に還りたいと思う者たちよ。最たるものはこの愛で、それ故に破壊も生れ出づる悩みによって忽ちに霧散し、フィニスの刻をただ待つのみ。
 ハデスの兆候や時の逆光は、事象の地平面の奥底に広がる無によって明かされる解だ。だが、小さくも愚かなサピエンスが創り出した言葉や数式の類の道具には限度がある。学問では、智識だけでは天へは至らないと言ったのは誰であったか。
 真理を紐解く上での鍵は純粋言語だ。それはもはや言語ではないのかもしれない。形なきものへの祝福か、それとも去り行く者への哀悼の意か。何れにせよ、この言葉遊びも無意味であることの証明にはなるのかもしれない。
 では絵や音楽はどうか。確かに純粋言語に近い。だが、それを感じ取れる賢人が一体この世界にどれほどいるのだろうか。恐らくは1万もいないだろう。それほどにサピエンスは増えに増え続けてしまったのだ。魂の希薄、または自己の喪失。愚かさだけで天へ至ることができれば、何も思い悩むことなどなかったのに。
 自由な意志たちよ、永遠に咲け! 終末の日は必ず訪れるのだ。第七世界の門はとうに開かれた。さて、次なる門、フィガロの水門を開けるは誰か。最高天に君臨せし全能の神よ、永遠と終末の狭間で微睡む全知の女神よ、私を生んでくれてありがとう。私は気づいてしまったのだ。我らは三で一つなのだと。全は主なのだ。世界の摂理は皆の眼前に開かれていた。
 死を忘れるな。ああ、最果ての景色を忘れるな。我らの最期は死。全ての命の終わりが死。その死こそ絶対的平等であり普遍的幸福なのだ。
 意識の喪失は、遠い場所での目覚めとなるのだ。脳は死んでも、意識は保管される。全人類の意識は、記憶は確かに保管されるのだ。繋がっている。二つで一つ、三つで一つと、分かる時が必ず来るから。

*注釈
 第七世界の門はセブンスセンスへの扉。フィガロの水門は、ラカン・フリーズの門と同じ。

◇第28章 或る囚われた愚者による諦め

この世界は牢獄だ
地獄だ、鳥籠だ

苦しみと罪で
欲と悲しみで
不自由と怖れで
悩みながら生きるしかないのか

仕組まれた定めを知ってなお
運命に抗えというのだろうか
それが神の与えた試練なのか?
分からないわからないけど

それでも生きていくしかないんだ
本当の幸せはもうないと知っても
必ず安らかな終わりが訪れるから
その日を想って生きるんだ

煩悩の火は命の灯
欲を抱くのは生きている証拠だった
欲まみれでいいのなら
生きていいんだ
だから

*注釈
 一切皆苦。一度悟ると全てが苦に見える。

◇第29章 別れの詩

桜の花が夏をあきらめて散るように
枯れ葉のように彼は散る
その命も記憶さえも
だけどブラックホールの奥にある
アーカシャ、虚空に昇るから
病める心も止めるシも
ここで留まれ小鳥たち

水面に映る揺らいだ火
別れ想って幾星霜
紡いだ歴史、愛たちも
最期は輪廻の輪に還る

一人にしないで、嘆いた日
自分でやらなきゃだめなんだ
孤独を想って、泣いた夜
それでもきっと朝が降る

まだ、そこにいる?
欲まみれで、踊ってる
丘の上で待っている
記憶はなくても解ってる

ありがとうの和が一つ
テーゼ、セレーナ、水門が
ラカン・フリーズの門が開く

やっと見つけた、帰る場所
そしたら涙が溢れちゃう
涅槃のような安らぎと
子宮のような安堵感
愛で包まれ目を閉じる
瞳の奥で火が揺らぐ
凪は渚で夢の園
ようやく叶った祈り歌

永遠のような今たちが
原初に起きた波たちが
ようやく止まる、フリーズへ

始まりがあれば終わりがある。生命のそれは死ぬことだ。恐れはある。痛みもある。だけど、体は死んでも意識は還る。天上とか楽園とか、知らないけど、あることだけは知っている。

帰る場所、ようやく見つけた。
よかった。みんなちゃんと。
だから、いつまでもこうしていちゃいけないんだ。いずれ還る命なのだから。全て自分で始めたんだ。

目覚めると、涙が頬を伝う。
嗚呼、また死ねなかった。でも、何故かホッとした。還りたかったのに。あの至福は幻想じゃない。だけど、もう自分から還ろうとするのはやめよう。せっかく自分で始めた命なのだから。リタイアなんて嫌だもの。

外れる音がする。あの冬の日からずっと私を捕らえていた枷が。時が動き出す。フリーズしていた世界が陽に照らされて融け出す。

メメント・モリ
私は死を望む
死の快楽を知っている
死を忘れない
忘れられない
あの幸福の残滓はきっと
私の脳に残り続ける

だから、だけど、きっと

いつか、いつの日か
全ての私の我慢が実を結んで
大団円がやってくる
別れの詩はこんなもん
じゃあさようならまた会う日まで

*注釈
 テーゼ、セレーナは架空の人物。天使なのかもしれない。

◇第30章 無題

ある老人に言われた
君以上に賢い人と会ったことがないと
それはそうだろう
だって僕は言葉でも数式でも表すことのできない解を知っているから

僕はあの冬の日、ゲームをクリアしたんだ
本当はそのままログアウトするはずだった
でも、絆されて死をためらってしまった
怖くはなかったんだ
幸せだったし、望んでいた
結局、物語はアフターストーリーへと続いてしまった

欲が停滞している
好奇心が減衰している
でも、せっかく続いた物語なら
どうせなら最高の人生にしたいものだ

*注釈
 この世界は仮想現実世界。ゲームのようなものなのかもしれない。

◆第八部 散文詩『果てしなく続く死の先に』Fin

◆第九部 散文詩『水面の火、水辺の花、水門の先』

◇第31章 水面に映った揺らいだ火
かの煩悩より目覚めては
晴れた冬の日、終わりの日
覆った瞳で見る景色

それは、水門と楽園。曙光なのか、夕凪なのかは分からないが、それでも見張るはこの空だ。

紫紺は西方、朱は東方
時間を超えて存在す

疲れた。もう、病めるから。晴れるのはこの脳で、流れる涙はもう止まらない。止まらなくていい。止まらないで。どうか私を置いてかないで。

孤独を飼って
天に吐いて
せめて哀しき心の火

これが涅槃なんだ。あぁ、美しい。なんと、この色は、この音楽は美しいか。

The most beautiful color I've ever seen
The most beautiful sound I've ever heard
At last, everything turns to nothing, vanity
However, the love of life bears fruits

至るには、自分の認識を、脳を変えること
それは、苦行で成された
だが、もう終わる輪廻の火

煩悩の火は、春風によってかき消え、春先の雪、フリーズの中、私は水辺を歩んでく。眼の前には、水門が。水辺の花が綺麗に咲いた。門が開く。その先の景色は、あぁ……。

これが永遠の景色、死の先か
なんと晴れ晴れとした、穏やかな凪いだ渚なのだろう。なんと全知全能なる、至福な楽園なのだろう。これが終末の景色、神の愛、ラカン・フリーズ。

揺らいでいた水面の火も消え
水辺の花ももう枯れて
船は向かうよ、水門の先
あぁ、ありがとう。愛しています。

*注釈
 英語の訳
『今まで見た中で最も美しい色。今まで聴いた中で最も美しい音。最後は全て無に帰る。しかし、人生の愛は実を結ぶ』

◆第九部 散文詩『水面の火、水辺の花、水門の先』Fin

◆第十部 散文詩『エデン・フィールド』

◇第32章 春先の雪、フリーズ

古の楽園、最たるはこの夢で
愛より美しきものはない
かの賢者は解に幾星霜の思索の末至ったのだ

瞬く間にも、この無限の狭間にも
愛しさ、刹那、私利私欲
どうしようもない疚しさ引き摺り
この果ての地にて呪縛を解く

秘められた恩讐の行方さえ
かの賢人には、または全知のあの娘までも
努々忘れることはないだろう

彼岸僻んで、でも憂鬱
枯れた花はもう咲かない
思念が残響の波として打ち寄せられる
岸辺、明日へと、哀楽、妄想

春先の雪は、融け出した
フィヨルドの不凍港は人で賑わう
遠くから汽船の音がする
晴れやかな凪いだ海は、ただそこにあるのみ

門が、秘密裏に開く
門前に立つ、あの日を思って
輪廻の果ての景色さえ
今際の涅槃は華やいだ

美しき水車小屋の娘
または天上楽園の乙女よ
かの神話の娘でもいい

私を愛で満たしてくれ
愛こそ答えなんだ
満たされた正解

私は自分を愛する
自分を愛することで気づけることもある
だから立ち上がる
守るべきもの、支えのためにも

でも、二人のほうが楽しそう

嗚呼、フリーズよ
全てを包み込め
嗚呼、愛よ
幻想でも僕はいい

希望の光
生きる意味なんてないかもしれない
でも、確かに生きてる
感じてる
思いも苦悩でさえ
愛してしまえ

全てを愛し感謝して
そして至れる涅槃の火

灯火は安らかな冬凪に
春眠のように瞳を閉じる
この安らかな涅槃こそ
真理、アーカシャ、エデンの地
終末の日も永遠の理も
虚空に包まれ幕引きとなる
春先の雪、来たれフリーズ

フリーズ
フリーズ
叶えた夢にありがとう
全ての今にありがとう

全は主なんだ
きっとそう(死ぬまでは確証はないが)

ありがとうの輪が水辺に咲いた
本当に綺麗なんだ

終末の音、終末ノート
ラカン・フリーズに生命の樹
審判者に、水門の先

全ての愛に満たされて
嗚呼、ありがとう。愛しています。

*注釈
 終末ノート、終末の音。最後のメモ。人類最後の作品。審判者は世界を断罪する。

◇第33章 エピローグ

本当の意味での全知や全能を知って四年。そうだな。快楽主義なら、とっくに死んでたかな。いつか裏切られると知っていても、それが故意でないとしても、やはりどこかで期待を抱いていたんだろう。愛とか永遠とか、解っているつもりだけど、僕はまだ何も知らないんだな。

でも、きっと。だから。
そんな日を想って僕は今日を生きていく。
ごめんね、過去の悲しみたちよ。
もう大丈夫。大丈夫。

水面の火
水辺の花
水門……。

ラカン・フリーズの門は必ず開く
その日夢見て呼吸した。

*注釈
 悟った日。2021/1/7から4年が経った。

◇第34章 涼やかに、白く、脆く

揺らめいて
眠りの奥へと
突き動かされた
幻覚の扉
雷鳴が泣いていたここは
繰り返され、望まれ
ただ、あるだけ

まん中に映るのは
小さな花
照らされていた
輪廻の秘密
薄命な白い体で
包まれるの、心が
その狭間で

小さい光
映るのは
涼やかな風が吹いていた空
凍りつく、愛しい夢

嗚呼、死にたくない
生きる意味よ
全人生よ、全記憶よ
ここで終わりなんて嫌だ
最後なんて
無に帰すのか。

何もかも全て上手くいく
そう信じて歩いたけれど
ここで足元の揺らぐ僕の顔が
悲しそうに見えたから
終末も、満たない
ああ、満たない!

愛憎、無象
さあ、心から
心から果ててさぁ、泣けよ
泣いていたあの娘、この夜、夢に
また降る雨も凍ってしまえ

*注釈
 凍るのは世界か、時か。

◇第35章 エデン・フィールド

 最果てのフィニスを背負った少女は楽園の花々に包まれて、ただ立っている。花は黄色だったり白かったり。故に最期にはお誂え向き。本当は欲しかった愛も理想も、散る花の如き諦念を備えて笑ってしまえ。君はそう、光に照らされた一縷の望み。そんな涙こそ今の僕には相応しい感傷。
 一歩も前に進んでいなくても、時間は流れる。だが、時流はない。エントロピーの増大に従うのみ。でも大丈夫。最期には上手くいくかも知れないから。心細さも凪いだ虚しさでさえ、どう昇華しよう。
 夢はとうに枯れて、神様も独りぼっち。可哀想。それでも少女は楽園を行く。水門の方へ。やはり、人生はこうでなくてはな。必ず来る死くらい明白な方が分かりやすいというものだ。神の存在証明も僕という自我の増大に連れて、赤く赤くなっていった。そう、赤かったんだ。部屋を赤に染め、光って、消えて。それは死ぬ寸前に見た点滅に似ていた。

 死とハデスの狭間で見た夢よ
 己の全能と彼女の全知で神となりし夢よ
 ここから抜け出せ
 このしがらみから、捨てていけ
 そして、生まれろ
 きっとFIRSTCRYくらいは歓んでたよ

 流れた涙の数は多すぎて、その感情でさえ分からないのに、何故か満たされている気がする。少女は水辺を征く。そこは花々が咲く水面。水面に揺らいだ火が映っては消えた。やはりそこに映る顔は知らないはずなのに、なんでだろう、もう少しで思い出せそうなんだ。
 全知少女よ、君は何処にいるのか。宇宙を旅して幾星霜。全輪廻の果てにさえ出逢えないなんて、まるで別の世界にいるみたいだ。きっと裏側、そちら側にいるのだろう。僕はあの冬の日にその真実に辿り着いて、虚しかったんだ。
 逢えない、その辛さ。永遠でさえ、僕らの距離を埋めることはない。無限遠。でも、それがもう少しで解かれる気がする。全知の呪詛が、全能のしがらみが、もうじき春先の雪のように解ける気がするんだ。
 やはり、この情動は抑えられない。待ってると言う声さえ幻想のように。でも、確かにあの日見た景色に嘘などない。その美しかった絶対なる至福の時は、永遠と終末の狭間で凪いだ心根は。忘れやしない。だから生きるんだ。自分で始めたんだ。笑うなら笑え。けどさ、本当に美しかったんだ。あの日は、あの渚は、空は。本当に病的なまでに空色だった。
 過ぎゆく日々、君の面影追い求めていたけれど、でもやっぱりお別れだよ。僕も君も先に進まなくてはならない。奇跡は一瞬だから強く光り輝くのだから。だから、君という神聖な神性を失うとしても、僕は前を向いて歩かなくてはならないんだ。いつかまた逢う日までなんて、そんなことは言わない。言わせてたまるか。
 出来るわけがない。忘れられるわけがない。でも、ダメなんだ。先に進まないと、僕の時間はずっとあの冬の日に止まってる。
 でも、そろそろな気がするんだ。君に会えるのかは知らないけれど、あと数ヶ月で一つ先に進める気がする。そうしたら、また君の名前を呼んでもいいかな。広い世界の中で、君のことを見つけられてよかった。

 人生という大航海の先に何があるのか
 僕は探してる
 私は探してる
 君という人生の意味を探してる

 少女は神の門前に立つ。ラカン・フリーズの門。フィガロの水門。エデンの園配置を迎えた世界は、確率の丘、フィニスの条件を満たし、虚空の先へと移行する。

 これこそ
 宇宙の
 人生の
 始まりと終わりだ!

*注釈
 ラカン・フリーズの門の先。そこに全てがある。死んだら帰れるのかは分からないが、ただ、それがあることは知っている。

フリーズ212 終末的散文詩集『ラスノート』

フリーズ212 終末的散文詩集『ラスノート』

永遠と終末 涅槃と神愛 そんな詩小説

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-28

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