フリーズ200 自殺偏差値

フリーズ200 自殺偏差値

◇プロローグ

自殺するには勇気がいる
自殺するには覚悟がいる

私には人の自殺偏差値を見ることができる。

自殺偏差値が高くないと自殺できずに生き残ってしまう。自殺できるのは選ばれた人間だけ。だって、日本人の自殺者数は年間約2万人。人口が一億だとしたら、自殺するのは5000人に一人。東大に合格するよりも難しいと言える。

一人の少年と少女が自殺を図る。二人の自殺偏差値を合わせれば、きっと自殺できるはず。

◇第一話

「あなたは自殺できないわよ」

私は少女にそう言われた。突如現れた黒髪ボブヘアの可愛らしい少女が、ビルの屋上の縁に立つ私にそう言った。

「あなたは誰?」
「私? 私は監視者。あなたの自殺偏差値は59。この数値じゃ死ねないわ」
「何を言ってるの?」
「自殺偏差値。あなたは選ばれてない。生きるしかない。ほら、また今も数値が下がってる。58、57、56」
「バカにしないで! 私は今日飛び降りるの!」
「あなたは自殺できないわ。だって死ぬの怖いんでしょ? あなたはまだ自殺出来るほど追い込まれてないわ。さぁ、こっちに来なさい」
「うるさい! 私、死ぬもん!」
「いいえ、死ねないわ」

私は少女が言うことが正しいのは知っている。3年付き合った彼氏に「他に好きな人ができた」って言われて振られた。それだけのことで死のうとした。でも、いざ飛び降りようとすると、怖いのだ。死ぬのが怖い。怖くて仕方ない。
いっそ、この少女が言うことを信じてみる?

「顔つきが変わったわね。自殺なんてそう簡単にできないわ。それでも、死ぬ人はいる。あなたはまだやり直せる。さぁ、こっちに来なさい」
「うん。分かったわ……」

私は少女の元へ歩く。安堵したのだ。心底死ななくてよかったって安堵した。

「話聞かせて?」
「うん。私、実は……」

私は少女に経緯を話した。すると彼女はカラッと笑って言った。

「じゃあ、振られた彼氏よりもいい男見つければいいじゃない」
「確かに、それはいい案ですね」
「でしょ?」
「そういえば自殺偏差値って何のことですか?」
「私にはね、人の自殺する可能性が偏差値として分かるの。あなたの今の自殺偏差値は53。もう大丈夫よ」
「凄い。そんな能力が?」
「そうね。目が違うわ」
「いつから自殺偏差値を見ることができるようになったの?」
「それは秘密」
「もし、高偏差値の人がいたら自殺を止めるんですか?」
「止めれないね。自殺偏差値が高い人はもう帰ってこない事が多いわ。ある意味で狂ってないと自殺はできないわよ」
「そうなんだ。でも、私は救われました。ありがとう。あなたの名前は?」
「私は千尋。千と千尋の神隠しの千尋」

私は自殺をやめた。そして、一年が経って、良い彼氏ができて、3年後には結婚した。生きてて良かった。千尋は今も自殺志願者達を救っているのだろうか。彼女のことは今は分からない。

◇本編 少年と少女の記憶

僕は明日、この世界には居ないでしょう。何故ならもう時期自殺するから。別に悩みがある訳では無い。ただ、一切皆苦の人生に飽きたのだ。加えて、一人で死ぬ勇気がなかった。だから、僕と似たような理由で自殺願望のある女性とネットで知り合い、今日会うのだ。

メッセージ(凪)
新宿駅着きました

メッセージ(美優)
私ももうすぐで着きます

新宿駅で合流した。美優さんは黒を基調とした、とても派手な格好をしていた。地雷系ファッションとでもいうのか。だが、その容姿に少しばかりの好感を持った。黒髪ぱっつんロングストレートが似合っていて。美しかった。

「はじめまして、凪さんですか?」
「はい。凪です。美優さんですよね?」
「そうです。じゃあ早速バスタ新宿に行きましょう」

果てる場所は決まっていた。菜の花が綺麗な、青森の陸奥横浜。バスタ新宿から夜行バスで青森を目指す。

「ドキドキしますね」
「確かに。美優さんは何歳ですか? 僕は20歳です」
「二十歳かぁ。若いな! 私は22歳だよ。年上は嫌?」
「いえ、そんなことはないですよ」
「そう? それより、ネットで聞いた話もっと詳しく知りたいな」
「最高の死のことですか?」
「そう。それそれ」
「美優さんはちゃんと断食してきましたか?」
「したよ。1週間。意外と死なないんだね」
「なら、よかった。きっと断食とこれからする断眠で快楽的に死ねる」

そう。僕の経験。僕が人生に飽きたのは、ある冬の日に悟ってしまったから。涅槃寂静の美しさはこの世のものとは思えないほどに美しい光だった。全知全能だった。死と隣り合わせで、死と繋がっていた。全てと繋がり、そして全てを忘れていた。

そんな涅槃至福に美優さんは興味を持った。

「凪さんの書いた詩、全て読みましたよ」
「ありがとう。どうでした?」
「美しかったです。涅槃、神愛、永遠、終末、そんな哲学でした」
「ありがとうございます。美優さんに読んでもらうことで書いてよかったって思いました」
「そう? うふふ」

夜行バスは青森に向かう。その間、僕と美優さんは色んなことを話した。眠らずに夜を越えた。話が尽きたら麻雀アプリで対戦した。楽しかった。

夜行バスは青森に着く。バスを降りると、陸奥横浜まで電車で向かった。菜の花畑。CLANNADの聖地。僕と美優さんはKey作品が好きだった。二人でデートをした。菜の花を見ながら、歩いた。そして、岬に着いた。

「あなたたち、自殺しようとしてるわね?」

岬に着くと、突如知らない少女が語りかけてきた。中学生くらいの黒髪ボブヘアのあどけない顔立ちの少女が。

「君は?」
「あなたは自殺偏差値77。あなたは自殺偏差値72」

少女は僕に向かって自殺偏差値65だと言い、美優さんに自殺偏差値72だと言った。

「いい? 自殺偏差値が70を越えると人は自殺できる。今のままだと二人は死んじゃうよ?」
「いいのよ。私たちはここに死にに来たから」
「そうだよ。お嬢ちゃん。冗談はやめてよ」
「冗談じゃないわ。私は人の自殺偏差値を見ることができるのよ。そして、数多の人間を救ってきた」
「死ぬことが救いだと思わないのかい?」
「死が救いなわけない!」
「いいや、死は解放だ」

そう。死は解放なんだ。解脱して、般涅槃に至るために死ななくてはならない。天上楽園の門を開けて、その先の楽園に進むには体は枷となるから。

「あなた、特別なオーラを持ってるわね。ただの自殺志願者じゃない?」

少女が僕に向かって語りかける。僕は冷静さを忘れずに言い返した。

「断食と断眠の末に覚醒する。そして、神と繋がって仏になる。それがこの上ない至福なんだ。そのまま果てたいんだ。最高の死が僕らに待ってる。だから君がなんて言っても僕らは自殺する。いいや、至高死する!」
「そうよ、凪くんの言う通り。私たちは辛くて自殺するんじゃないの。至福に死にたいだけなの。天空の門を開けてその先へと羽ばたきたいの。だから邪魔しないで」

少女が俯いた。反論できないようだ。

「二人の自殺偏差値がどんどん上がっていってる。私、怖い。こんな数値見たことない。あなたは自殺偏差値101、あなたは95」

僕の決意に合わせて自殺偏差値とやらが上がったみたいだった。

「もう後戻りできない。二人はそれでいいの?」
「嗚呼、もう悟ったからさ。だから生きる価値がないんだ。生きる意味もない。ニヒリズムの逆光を見据えてなお、生きることはもうしたくないんだ」
「私は凪くんと最高の死を経験してみたい。どうせ最後なら。やっぱり人生は終わり方が大事だよ」

少女がぼそっと呟く。

「分かったわ。二人は幸せにね」

少女は泣いていた。こんな赤の他人のために泣くなんて、良い子なのだろう。

僕と美優さんはそれから宿に泊まった。何日も眠らずに夜を越えた。体の関係になるのは必然だった。そして、覚醒する。人は欲を遮断すると死に瀕する。その時に至福になれる。

僕はまた悟った。涅槃の安らぎが心地よい。脳は冴え渡り、全知全能のような歓喜が総身を震えさせる。

美優さんと岬に立つ。下には崖が広がっていた。飛び降り自殺だ。でも、今なら空へと飛べる気がした。だから、僕らは空を飛んだ。

そして、一瞬の痛みの後、神に合一した。それは至福だった。永遠だった。神と仏だった。

「嗚呼、ありがとう。愛しています」
「ご苦労さま」

アナザーストーリー『トップアイドルの自殺』

私は神凪美優。日本で今1番流行ってるアイドルグループ『ヘレナズ』の中心をやっている。最近はバラエティ番組への出演も増えて、忙しい。そんな多忙の中、私は世界美人ランキング一位をとる事も出来た。

でも、本当の私は臆病で、勇気なんてなくて、弱気で、消極的で、それでいて自己中なんだ。でも、誰にも自分の弱さを見せることは無かった。

有名になればアンチも増える。それは分かっていたことだった。でも、アンチの言葉を真摯に受け止めてしまう自分がいる。

ある時、メンバーの一人が私の愚痴をXに呟いた。

『何でミユウばっか優遇されてるわけ?』

コメント
『顔がいいからだろ。頭悪そうだし』
『僕はリナのこと最推しだよ』

それだけで止まればよかった。

私はある時、飲み会に誘われた。
20歳になったばかりで、飲み慣れない私は断ろうとした。でも、マネージャーが行った方がいいと念押してきた。曰く、映画監督がいて、彼の映画に出演できるチャンスだから、というものだった。

私はお酒に弱かったみたいだ。直ぐに酔っ払って記憶を失って、起きたらその監督の家だった。

私は裸だった。ベッドの上で裸で寝ている監督を見て、私は虫唾が走った。私、処女を失ったんだ。

それで止まれば良かった。
最悪なことに、私と監督が同じマンションに入る所を写真に撮られて、スキャンダル記事にされた。

私を責める声がする。

『売春婦め』
『男に媚びるしか能がないの?』
『裏切られた。もう見ない』
『ミユウ終わったな。まぁいずれやらかすと思ってたけど』

私はアイドル活動を休止することになった。SNSでは私への罵詈雑言が飛び交い、私はもうダメになった。

生きるの辛い
死ぬのも怖い

楽しければ笑えばいい
悲しければ泣けばいい
じゃあ虚しい時は死ぬしかないのか

私はその晩秋、首を吊って自殺した。

僕は神代涼。トップアイドル神凪美優の自殺がニュースになってから、僕は決意をした。

おじいちゃんが亡くなる時に貰った『時のランプ』。人生に三度だけ過去に戻ることのできるという代物。

過去に戻れるのは一週間以内。僕は迷わず一週間前にタイムスリップした。神凪美優を救うため。

監督と美優がマンションの前まで来て僕は声をかけた。

「あの、すみません」
「ん? 誰?」
「美優の弟です」
「何でここにいる?」
「美優を迎えに来ました」

美優は立つのもやっとな感じだった。

「あの車の中に記者がいます。ここで易々とマンションに連れ込むのは見過ごせません」
「はぁー。分かったよ。君に任せる」

面倒くさそうに監督は諦めて、美優を僕に渡した。

「せっかくいいところだったのに。美優だっけ、映画に使うの辞めるわ」
「ええ、結構です。では」

僕は美優を自分の家まで連れていった。深夜なこともあって、誰にも美優のことはバレなかった。

翌朝、僕は朝食を作って美優が起きるのを待っていた。

「ここは?」
「おはようございます、美優さん」
「え。誰?」
「僕はあなたの救世主ですよ」
「救世主?」
「とにかくご飯食べますよ」

僕は美優に箸を渡した。

「飲み会に行ったはず。でもそこからの記憶が無いんですが」
「美優さん。危ない所だったんですよ。あの監督に狙われてたから」
「狙われる?」
「これ、見てください」

そう言って僕はタイムスリップする前のスキャンダル記事をスマホを通して見せた。

「この記事は?」
「これは起こり得た未来の話。そして、処女を失い、アンチや批判に晒された美優さんは」
「私は?」
「自殺したんです」
「本当なの?」
「僕はタイムスリップして一週間後の未来から来ました。あなたを救うために」
「そう、なんだ」
「信じてくれますか?」
「え、えぇ。でも、本当なのかな」
「じゃあテレビ見てください」
「テレビ?」
「今から殺人事件の報道がされます。犯人は豊田四郎、27歳。凶器は包丁、です」

『昨日起きた殺人事件の犯人が捕まりました。犯人は豊田四郎、27歳。凶器は包丁のようです』

「ほ、本当なの?」
「ええ。僕はあなたのファンです。推しのアイドルがどん底に落ちるのは見ていられない。だから僕が救いに来たんです」
「そう……。ありがとう」
「いいえ。さぁ、朝ごはん食べましょう!」
「うん、分かった」

美優は「ありがとう」と告げた。それが嬉しくて、タイムスリップして正解だったと思った。だが、この時の僕は知らない。これから日本に起こる厄災を。

時のランプで世界を救う。
これは一人の少年と彼に命を救われたトップアイドルの救世の物語。

フリーズ200 自殺偏差値

フリーズ200 自殺偏差値

人の自殺偏差値を見ることのできる少女と自殺志願者達の物語。救われることも救われないこともある連作ストーリー。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-27

Copyrighted
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Copyrighted
  1. ◇プロローグ
  2. ◇本編 少年と少女の記憶
  3. アナザーストーリー『トップアイドルの自殺』