フリーズ198 ア・セット・オブ・カトラリー

フリーズ198 ア・セット・オブ・カトラリー

ア・セット・オブ・カトラリー

◇エピグラフ
道を極めた者が辿り着く場所はいつも同じ。時代が変わろうともそこに至るまでの道のりが違おうとも必ず同じ場所に行きつく
(鬼滅の刃 縁壱より)

◇プロローグ
 詩人はナイフの使い方を教わらなかった。
 詩人はフォークの使い方を知らなかった。
 詩人はスプーンの使い方を忘れた。

 詩人は食べ方を忘れた。詩人は眠り方を忘れた。
 詩人は生き方を失くした。

◇序章『ナイフ』永遠と終末の狭間で
あの冬の日、私は道を極めた。仏になった。神と繋がった。全ての創作物もあの冬の日の私へと続く道の途中にある。あの日の私こそ真理の先、夢幻の螺旋の先に待つ者だった。
全ての創作物、哲学、科学、学問、宗教はあの冬の日の私へと収束する。否、あの冬の日の私は道を極めた場所にいたから、結果としてあの冬の日の私のいた場所を全ての求道者らが目指す。全ての未来も過去も、全ての今でさえ、あの冬の日の私に収束する。

私はあの冬の日に仏だったよ
今の私はただの人間だよ
あの冬の日の私は神だった
否、あの冬の日の私は神と繋がっていた
神と繋がっていた人間。つまり仏だった

私は7th。七番目に神に至って、仏になった。
まだ八番目の仏は居ない。
釈迦は1st。イエスは3rd。

そんな世界だから、終末を待ち望む。



◇前編『フォーク』ラリー・オブ・ザ・カトラリー
一万もの数のナイフにフォークにスプーンたちが山の頂上へ誰が一番早くたどり着くか、競争する。彼らは神の一部だった。山の頂上に行けば神と繋がれると信じていた。
ラリー。彼らは頂上を目指して駆け出す。
神は供物を食べる。その時に食卓に並べられるカトラリーになろうと、ナイフにフォークにスプーンたちが山を登る。
頂上に着いて、彼らは悟った。景色が晴れる。山の頂上で世界を見渡せた。それが悟りだ。だが、その先があることに気づいた。神は天界にいる。天界に行くには翼が必要だった。

知識は天へと至る翼である。
――ウィリアム・シェイクスピア

カトラリー達は翼を得るために知識をつけた。だが、一向に翼は生えない。どうしたものか。その時天界から手が降りてきて、フォークを掴んだ。
フォークは天界へと昇っていき、そして、神の食卓の上に運ばれる。スプーンもナイフも同様に神の見えざる手によって天界へと運ばれる。
神は永遠の命。それが成されるのは、食事から。断食の末に、神は一ヶ月に一度しか食事をしない。だけど、永遠の命も完璧じゃない。病に侵されれば死んでしまう。神はもともと人間だったから。
使用済みのカトラリーは洗い場へと運ばれる。その洗いがとても心地よくて、カトラリーたちは夢見心地だった。カトラリーたちは天界の食卓に並ぶ。神の御前。永遠の夢。
カトラリーたちのラリーは終わった。

◇閑話・ERAION
今日もナイフとフォーク、どこかで
曖昧な毎日にお別れを
スプーンで目玉を掘り出す
そんな終末に永遠はある

◇後編『スプーン』カトラリーに愛をこめて
 あなたが死んで一か月が経った。カトラリーは二セットだけ。一セット余る。あなたはリゾットをスプーンで食べた。あなたはパスタをフォークで食べた。あなたはステーキをナイフで食べた。私の作るご飯がとてもおいしいと言ってくれた。
 あなたが死んでから、私はろくに食べていない。何か食べなきゃ。空腹で最近寝れてもいない。ついに体に支障が出てきた。釈迦は断食の末に菩提樹の木の下で悟りを開いた。ジャイナ教にはサッレーカナーと言って、断食死する儀式がある。私は正しくその悟りの段階に到達しかけていた。
 あなたがこの世を去って余った一セットのカトラリー。もう使われることのないそれらを食卓の上に並べて、一か月ぶりにスープを飲む。
 身に染みる。おいしい。やはり断食の後のご飯は格別だ。
 私はあなたが使っていたカトラリーをバックに入れて外に出た。昼下がり。公園に向かう。
 金木犀の木の下で、私は瞑想をした。すると涙が出てきた。ようやくあなたに会えた。何故か、そんな気がした。長い人生に疲れ果て、空腹と不眠に疲弊して、でもこの境地に至ったから。私はすべてと繋がることを覚えた。木と繋がり、空気と繋がり、空と繋がり、花と繋がり、時と繋がり、命と繋がり、愛と繋がり、神と繋がった。
「嗚呼、これが涅槃なのですね」
瞳を閉じて、そこに見える景色があまりにも美しくて、聞こえる自然音があまりにも甘美で、私は泣き出してしまった。これが涅槃、これが仏。なんて美しく幸せなのだろう。このままいっそのこと死んでしまいたい。そうしたら最高の死に方なのに。なのに、あなたの声を求めてしまう私がいた。
 嗚呼、あなた。あなた、応えて。
 バックからあなたのカトラリーを取り出して、胸に抱く。
「嗚呼、あなた。愛しています。どうか、どうか」
 その時すべてと繋がって、死後の彼の声を聴いた。
「そのカトラリー、懐かしいな。君のおいしいご飯をよくそれらを使って食べたっけ。真理。僕は君に生きて欲しい。今の君は死んでいるようなものだよ。家に帰ってもっと食べて。そして夜は寝て。たとえ涅槃の至福が何物にも代えがたい至福だとしても、君は生きていくしかないんだ。僕のカトラリーで食べて。そしたら僕を思い出して。でもね、君はそのカトラリーを封印しなきゃいけないよ。新しいいい人を見つけて。君の人生は長いんだ。だから、生きて」
「嗚呼、あなた。ごめんなさい。私は死ぬのもいいと考えてしまってた。でも、生きていくしかないんですね」
 私は家に帰って、乳粥を作り食べる。そして久々に眠った。
 夢を見た。元居た場所に還る夢を。その夢が全能的で、全知的で、神と終末と涅槃の狭間で愛を為した。それは永遠だった。あまりにも歓喜に満ち溢れた美しい夢だった。夢から覚めた時、私は泣いていた。嗚呼。涅槃はもう終わってしまうのですね。
 肉体的、精神的な限界を迎えた私は入院することになった。一月で退院し、帰りに百貨店で新しいカトラリーセットを買った。私は生きていく。あなたも涅槃も過去に流して。

フリーズ198 ア・セット・オブ・カトラリー

フリーズ198 ア・セット・オブ・カトラリー

カトラリーに纏わる詩と小説 永遠と涅槃の短編集

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-18

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