あれやこれや 221〜223

あれやこれや 221〜223

221 ぐうたらかあちゃん

 子どもの頃の朝ごはんは、ふりかけか桜でんぶ。それだけで3膳食べた。それでも痩せっぽっち。
 味噌汁はあった。具はなんだったのだろう? 豆腐とねぎ?
 あの頃は、だしの素なんてなかったから鰹節を削るのは私の仕事。それを味噌の中に埋めておく。おいしかったのかな? 記憶にない。

 夏休みの昼は食パンを焼いてマーガリンとたっぷりの砂糖。
 トースターが珍しかった。パンが2枚飛び跳ねる。あれ、今のオーブントースターよりおいしいのかな? 
 毎日毎日昼はマーガリンと砂糖たっぷりのトースト。それでも痩せっぽっち。
 かあちゃん、栄養とか考えなかったの? 体に悪かったんだろうな、マーガリン。 
 私は長生きしてるけど、かあちゃんは短命だった。タバコも吸ってたし。
 
 夕方一緒に買い物に行く。肉屋の店先でコロッケとイカフライ。
 おいしかったあ。
 天ぷらも揚げたのを買ってくる。さつまいもとやはりイカ。
 おいしかったあ。

 たまに、自分で揚げると大量なんてもんじゃない。明日もあさっても天ぷら。レンジはまだないから温められない。冷蔵庫から出してそのまま。
 父は、冷たいごはんは我慢した。冷たい言葉は我慢できない、とかかっこいいことを言って。
 おいしかったのは、レンコンの天ぷら。ごぼうも。エビなんてあったかしら? イカは油が跳ねて跳ねて衣が剥がれた悲惨な天ぷら。

 私は母によく文句を言った。
 おいしいもの作ってよ。
 父は酒があればなにも、言わない。
 文句を言うとなにか作った。
 肉の少ない酢豚。缶詰のパイナップルが入ってる。レシピ本は1冊あった。
 かあちゃん、やればできるのよ。
 おいしかったあ。
 いつか、肉のたくさん入った酢豚を食べたい。それがしばらくは私の夢だった。今は奮発して作るけどパイナップル入れないといやなの。体のために揚げない酢豚。
 あのレシピ本とっておけば良かった。

 姉が旦那さんになる人を連れてきた。
 毎週日曜日。姉は張り切っていろいろ作った。小さなテーブルだからご馳走が置ききれない。
 50年以上前なのに、カスタードクリームなんて作ってすごいな、と思った。

 私が旦那になる人を連れてきた時は酔っ払いの父ちゃんだけ。
 私が作った料理を、
「盆と正月が一緒に来たようだ」
と喜んだ。

 一緒になれば、ワンパターンだのまずいだの。

 今日のごはんはおいしかった。
 炊飯器が古くなってそろそろ買い替えかな、と思ってたんだけど、冷蔵庫で冷やしてから炊いてみたの。
 そしたらびっくり。おいしいのなんの。高い炊飯器などいらないじゃない。
 何十年も主婦やってて、聞いたことはあるけどやったことなかった。
 沸騰までの時間が長いとデンプンがなんとかで、おいしくなるんだとか。
 お試しあれ。



【お題】 前代未聞の超絶レシピ

222 悲しいリセット

 ユニットのAさん。
 介護度はいくつなのだろう?
 歩けるけど時々転倒する。
 帰宅願望が強い。
 服は居室のタンスに入れると全部袋に詰めて帰り支度をするので、別保管。

 何度も部屋から出てくる。
「あら、ここどこかしら? なんにもわからないわ」
「うちに帰るからタクシー呼んで」
「おなかすいたから、ラーメン食べてくる」

 その都度職員は宥める。
「今日はここに泊まりましょ。明日、家族の方に迎えに来てもらいましょ」
「あら、そう……」
と、納得して部屋に入るが数分するとすぐ出てくる。
「ここどこかしら? なんにもわからないわ」

 時々は怒り出す。
「部屋を虫が歩いてた」
 居室でお菓子食べるから、シーツ交換に入ると食べカスがボロボロ落ちている。
 こういう部屋は、出るんです。もうそろそろ。

 でも、あなたのせいよ、なんて言えないから黙っていたら怒り出し、
「言うからね、みんなに。もう入ってくる人いなくなるよ」

 ここが施設だとはわかっているのか?

 私は周辺業務だから、洗い物をしていた。適当に返事をしているとますます怒り、
「みんなに言うからね」
 
 職員さんは無視している。
 この方はない物が見えるのだそう。夜中に虫がぞろぞろ這っていると騒ぐのだそう。

 私は短時間パートだからあまりひどい場面には出くわさないが、職員さんはほんとに大変。

 15分もするとコロリと変わるのだそう。
 怒ったことも覚えていないのだろう。

 Bさんは、私が朝行くと叫んでいる。
「先生、トイレ行きたいんです」
 その時間は夜勤が対応している。ひとりで20人をみている。次々起こしてリビングに連れてくる。Bさんはトイレに座ることができない。
 耳元で、パットしてるから大丈夫ですよ、と言う。
「はい、わかりました、すみません」
 バスガイドだったBさんの声は大きくきれいでよく響く。
1分もしないうちに、
「先生、トイレ行きたいんです〜」

 最近入居したCさんは心配して聞く。
「早番はだあれ? まだ来ないの?」
 
 今は、時間前に来て働いてはいけないのです。それでも、終わらないからと、来る人は来る。働く人は働くけど。

 Cさんも、しょっちゅうトイレ。ナースコールが鳴りまくる。トイレットペーパーの消費がすごい。1日1ロール使っちゃうらしい。トイレ、詰まりますよ。そのうち。

 私も働き始めた頃は、トイレトイレ、と騒ぐ方たちがかわいそうで、職員さんに言いに行った。
「次の次の次です」
 ひとりで10人をみているのだ。

 4月からパートから契約社員に変わり、ひとり立ちした若い女性が嘔吐と胃痛で休んだ。
 ストレスだそう。
 高校卒業してからバイトで来ていた。料理の学校を辞めてしまい、介護に決めたはずなのに、
「この仕事、向いてないみたい……」

 誰が向いているのかいないのか?
 辞めて行く人は多い。異動も多い。
 なんたって私がいちばん長くいる。
 もう、リセットできない歳だから。 



【お題】 リセットボタン

223 かきおき

 この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。


 これを1度書いてみたかった。

 私は持病もないし寝込んだこともない。よもや、私があなたより先に逝くとは思ってないでしょうね?
 私もそう思っています。

 だから、念のため。
 
 
 退職したあとのあの一件から、あなたは料理、洗濯、掃除もするようになったから、今思うと良かったわね。
 もう、ひとりになっても心配ないわね。ズボンの裾上げもテープとアイロンでやってるし。
 やれば、私よりすごいわ。

 私がいなくなっても、早起きしてちゃんとウォーキングするのよ。ふたりで歩いたコースを、思い出に浸りながら歩くのよ。
 公園でラジオ体操に参加して、お馴染みさんと挨拶くらいしなさい。話をするのよ。

 お酒は夕方まで我慢よ。作りながら飲んだらダメよ。父がそうだったから。
 きっと、毎日酒飲みすぎて、持病も悪化するでしょうね。 
 酔って、私の名を呼んで泣くでしょうね。父がそうだったから。

 父は母に死なれると酒に逃げて情けなかった。
 ひとりで大丈夫だ、心配するな、と言いながら、片目の視力を失うまで医者にも行かず仕事もなくした。
 酒だけ飲んで栄養失調。私は幼子ふたり、おんぶに抱っこで大変だった。

 そして認知症、姉の家に引き取られたけど、隠れて酒を飲み、寝タバコで火を出してもやめない。
 姉夫婦の仲まで、おかしくなりそうで施設に入れたけど、年金だけでは足りなくて残りは折半。

 反面教師がいるのだから、娘達には迷惑をかけないでね。娘は私のように優しくはないです。息子はどうだろう? それは私にもわからない。
 かわいい孫達にも嫌われないようにね。身綺麗にして、歯医者は月1回忘れずに行くのよ。



 さて、なぜ私はこのかきおきを残したのでしょう?

 それはね、実はね、私、投稿しているの。
 もう、これを書いてる時点で3年半。
 長編小説から始まり、介護エッセイや、音楽やいろんなエッセイ。お題で短文も。
 結構読んでくださる方がいるのよ。コメントもいただく。

 何度か投稿してるって打ち明けようと思ったわ。
 趣味があるの、生きがいなの、って。そうすれば、堂々と昼間執筆できたわね。
 でも、恥ずかしいし、あなたはSNSなんて怖いからやめろ……なんて言い出しかねないから言えなかった。

 あなたが先に亡くなったら、私の作品を読むことはないでしょうけど、私がいなくなったら、読んでみてね。

 あ、携帯は解約しないでね。携帯代は安いから解約しないでね。
 

 作品はいつのまにか、かなりの量になりました。全部読むのは時間がかかるでしょう。
 でもね、でもね、一気に読んでくださる方もいるのよ。投稿始めた時は、たったひとりの方でも、最後まで読んでくれたら本望…‥なんて思ってたのに。

 寂しくなった夜の徒然に、私の書いた作品を読んでみてね。あなたの悪口がたくさん。
 怒ったって、私はもういないけど。
 遺影に向かって怒ってね。
 あ、遺影は選んでおかなきゃね。
 子どもたちのことも、あなたの知らないことがたくさん。悪いことばかりだけど。

 それから、時々会いに行く友人は、サイトで親しくなった女性なの。職場の人が引っ越したって嘘なのよ。
 互いにいろいろ愚痴を言ったり励ましたり。
 その方にメールしてね。
 妻がお世話になりましたって。
 それから、彼女のエッセイも読んでみてね。


 ちょっと、私が生きているのにコッソリ読まないでよ。
 それもいいけど、知らないことにしてね。

 連れ添って40数年、危機もあったけど、なんとか乗り越えてきたわね。
 退職した時は、本当にダメかと思った。あのときは別れた後のことを想像したわ。経済的に別居は無理だから家庭内別居。
 あなたの友達がそうしていると、何度か聞かされた。奥様は洗濯だけはしてくれる、と。
 それは経済的な理由からね。

 そうなったら、私は楽よ。マンションの管理費と光熱費は1対2で払って、私は元々質素だからぜんぜん平気。少ない年金でも大丈夫。暑がりだから北の寒い部屋で過ごすわ。テレビも観ないし。iPadで充分。
 なにより食事の支度から解放される。

 これはエッセイにも書いたけど、あなた、うるさすぎ。まずいとか、ワン・パターンとかひどいことを言われたわ。
 父は母に文句は言わなかった。酒だけあればよかったんだけどね。
 食べ物の恨みは恐ろしい。言われたことは忘れません。
 それに、あなたは夜中もテレビはつけっぱなし。体感温度も違う。家庭内別居はいいかも。

 でも、そんなあなたが初めて手紙をくれたわね。手書きの長いもの。反省と感謝の手紙だったから、仲直りしたけど、なにを書いたか、もう覚えてないでしょう?
 
 日本酒は悪酔いするからやめると誓ったのよ。忘れるの早すぎ。
 あなたも義兄も父を見ていたのに、なぜ節制できないの?
 私も姉も酔っ払いはこの世で1番嫌いなの。 

 食べたいものも飲みたいものも我慢して、長生きしたってしょうがない、とあなたは言う。
 私もそう思う。だけどそれは、ポックリ逝ければ、の話。

 死ぬのは怖いけど、死なないのはもっと怖い。施設で百歳近い方をたくさん見ているから、私も長生きすると思っていた。
 元気でいたいから、短時間でも働いて、運動して、頭の体操して、必死に歳と戦ってきたはず。

 あなたを置いていくのは子どもたちに申し訳ない。
 でも、あなたはひとり暮らししていたから大丈夫でしょ?
 退屈地獄になるけど。
 自分史でも書いてみたら? 
 あなたも投稿してみるといいわ。何度か何気なく勧めてみたんだけどね。

 育った田舎のことや、酔うと話す酒乱のおじいさんのこと。仕事や友人、ペットのこと。

 そして、なにより書くべきよ。
 愛する妻のことを。

 ああ、私もひとり暮らしがしたかったわ。

あれやこれや 221〜223

あれやこれや 221〜223

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-07

Copyrighted
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