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391 やったぜ!
ドングリがない。ドングリがない。餌がない。
山に餌がない。
なぜ?
山だらけ。木ばっかり。なのになぜ餌がない?
気候のせいで野菜が不作になるが、ミズナラやブナの豊凶は、野菜の収量の増減とはメカニズムが異なる。
ミズナラやブナは、積極的に凶作になる年を作っているのだ。
凶作の年を作ることが、植物の繁殖に重要である、という仮説がある。それが捕食者飽和仮説だ。
毎年同じ量のドングリを生産し続けると、ドングリを食べる動物たちに、毎年たくさん食べられてしまう。
一方、凶作の年を作ると、その年はドングリに頼る動物たちの個体数が減る。
その結果、翌年に多くのドングリを実らせたとしても、食べ尽くされることなく、多くのドングリが発芽の機会を得ることができる。
つまり、ミズナラやブナの凶作は、果実の捕食者を減らすための植物の戦略といえる。
人間ばかりか木まで残酷だ。
オレは視力が非常に悪く、白黒にしか見えていないので、建物の入り口が暗く見えることがある。
森の中の暗がりだと思いこんで、人家や納屋、倉庫に入ることはよくあるし、ショッピングセンターに入り込んだのもそういう理由だったからなんだ。
ドングリがない。
なんでもいい。
愛はいらない。餌がほしい。
おい、そこの人、俺を撃つなよ!
転生したら樹齢1000年のブナの木だった。
今年はたっぷりどんぐりを作ってやるぞ。
豊作だ。豊作だ。
もう人間に撃たれることはないぞ!
【お題】 転生したら樹齢1000年の木でした
79話 どんぐりがない をリメイクしました。
392 最愛の妻
「てか、今何時よ?」
携帯に着信が。
音でわかる。
絶対に聞き逃さないための、モーツァルトの25番。
この曲はまるで印籠だ。聞いたものは、途中だろうが、最中だろうがひれ伏す。
車の中でも社内でも。
ベッドでも。
この男にとって電話の相手は特別な娘。
前妻が助けた少女。
前妻が命と引き換えに助けた、娘の彩と同じ歳の少女。
父親には捨てられ、母親には殺されそうになった。助けなければ、苦しみは終わっていただろう。
この家には亡霊がいる。
夫は手を伸ばせば拒みはしない。夫の義務は果たす。疲れていても。
「好きなようにしてくれ」
と冗談を言う。
亡霊が見ている。
愛したのは英輔だけ。あなたの夫だった男だけよ。あなたに去られて、情けなくて、だらしなくて、放っておけなかった……
でも、いまだに、この胸の中にはあなたがいる。
「行くのね?」
「死にたいって」
「……」
「悪いな。早く、逝ってくれ」
私は引き止めることはできない。
「もう、早く行ってあげて」
なによりも優先する。
仕事よりも、妻よりも、自分の子どもたちよりも。
【お題】 「てか、今何時よ?」から始まる物語
393 逸材です
アジア最貧国のひとつ、ネパール。
貧困家庭の少女は、農作業や家事手伝いなどを強いられ、学校に通うことも出来ない。
少女たちはインドへ人身売買されているという。
ネットから得たのはこんな知識。
ネパールからきた女性。
転生したら来たいと思っていたのかしら?
働きたいと思っていたのかしら?
なぜここに来たの?
どうやって来たの?
ずっと思っていたのかしら?
転生したら日本の介護施設で働きたい……なんて。
噂ではフィリピンから来て働いてる女性は、国にマンション建てたそうだ。
働き者だ。皆が皆そうではないが。
働き者で優しい方は残っている。
Jさんは私が配膳教えたのだけど、覚えるの早かった。書くのも努力して正社員になったし。Mさんは国に子どもがいるとか。
この人たちだとパートの私は楽なんだ。
今度はネパールの子が来るって。
会話は大丈夫かしら?
昼間学校に通いアルバイトで夜と土日の昼間。
Pさんは若くて髪が真っ黒で長くてきれいでびっくり。余計な脂肪はついてないし。
会話に不自由はないし、シーツ交換も早いし丁寧だし、逸材かも。
でも、私の仕事なくなっちゃう。
歳だから、もう来なくていいです……
次の契約更新は致しません。
なんて……
【お題】 転生したらこんな世界で働いてみたい
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