掌編集 40

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391 やったぜ!

 ドングリがない。ドングリがない。餌がない。

 山に餌がない。
 なぜ? 
 山だらけ。木ばっかり。なのになぜ餌がない?

 気候のせいで野菜が不作になるが、ミズナラやブナの豊凶は、野菜の収量の増減とはメカニズムが異なる。
 ミズナラやブナは、積極的に凶作になる年を作っているのだ。
 凶作の年を作ることが、植物の繁殖に重要である、という仮説がある。それが捕食者飽和仮説だ。
 毎年同じ量のドングリを生産し続けると、ドングリを食べる動物たちに、毎年たくさん食べられてしまう。
 一方、凶作の年を作ると、その年はドングリに頼る動物たちの個体数が減る。
 その結果、翌年に多くのドングリを実らせたとしても、食べ尽くされることなく、多くのドングリが発芽の機会を得ることができる。
 つまり、ミズナラやブナの凶作は、果実の捕食者を減らすための植物の戦略といえる。

 人間ばかりか木まで残酷だ。

 オレは視力が非常に悪く、白黒にしか見えていないので、建物の入り口が暗く見えることがある。
 森の中の暗がりだと思いこんで、人家や納屋、倉庫に入ることはよくあるし、ショッピングセンターに入り込んだのもそういう理由だったからなんだ。

 ドングリがない。
 なんでもいい。
 愛はいらない。餌がほしい。

 おい、そこの人、俺を撃つなよ!


 転生したら樹齢1000年のブナの木だった。
 今年はたっぷりどんぐりを作ってやるぞ。
 豊作だ。豊作だ。
 もう人間に撃たれることはないぞ!



【お題】 転生したら樹齢1000年の木でした


 79話 どんぐりがない をリメイクしました。

392 最愛の妻

「てか、今何時よ?」

 携帯に着信が。
 音でわかる。
 絶対に聞き逃さないための、モーツァルトの25番。

 この曲はまるで印籠だ。聞いたものは、途中だろうが、最中だろうがひれ伏す。
 車の中でも社内でも。
 ベッドでも。
 この男にとって電話の相手は特別な娘。
 前妻が助けた少女。
 前妻が命と引き換えに助けた、娘の彩と同じ歳の少女。
 父親には捨てられ、母親には殺されそうになった。助けなければ、苦しみは終わっていただろう。

 この家には亡霊がいる。
 夫は手を伸ばせば拒みはしない。夫の義務は果たす。疲れていても。
「好きなようにしてくれ」
と冗談を言う。

 亡霊が見ている。
 愛したのは英輔だけ。あなたの夫だった男だけよ。あなたに去られて、情けなくて、だらしなくて、放っておけなかった……
 でも、いまだに、この胸の中にはあなたがいる。


「行くのね?」
「死にたいって」
「……」
「悪いな。早く、逝ってくれ」
 私は引き止めることはできない。
「もう、早く行ってあげて」
 なによりも優先する。
 仕事よりも、妻よりも、自分の子どもたちよりも。



【お題】 「てか、今何時よ?」から始まる物語

393 逸材です

 アジア最貧国のひとつ、ネパール。
 貧困家庭の少女は、農作業や家事手伝いなどを強いられ、学校に通うことも出来ない。
 少女たちはインドへ人身売買されているという。
 ネットから得たのはこんな知識。

 ネパールからきた女性。
 転生したら来たいと思っていたのかしら?
 働きたいと思っていたのかしら?

 なぜここに来たの?
 どうやって来たの?

 ずっと思っていたのかしら?
 転生したら日本の介護施設で働きたい……なんて。

 噂ではフィリピンから来て働いてる女性は、国にマンション建てたそうだ。
 働き者だ。皆が皆そうではないが。
 働き者で優しい方は残っている。
 
 Jさんは私が配膳教えたのだけど、覚えるの早かった。書くのも努力して正社員になったし。Mさんは国に子どもがいるとか。
 この人たちだとパートの私は楽なんだ。
 
 今度はネパールの子が来るって。
 会話は大丈夫かしら?
 昼間学校に通いアルバイトで夜と土日の昼間。

 Pさんは若くて髪が真っ黒で長くてきれいでびっくり。余計な脂肪はついてないし。

 会話に不自由はないし、シーツ交換も早いし丁寧だし、逸材かも。

 でも、私の仕事なくなっちゃう。
 歳だから、もう来なくていいです……
 次の契約更新は致しません。

 なんて……



【お題】 転生したらこんな世界で働いてみたい 

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-04-28

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