フリーズ189 あの冬の日の永遠

それは精神の崩壊。肉体的な疲労と精神的な疲弊によって心が壊れて、その心根は美しかった。僕は神になったみたいだ。

2021年1月1日から7日まで、僕は寝なかった。それは心臓を締め付けるような感傷や、見えない翼が広がる痛みによって、または思索の末に歓喜したから眠れなかった。何かの病気だったんだと思う。

2020年は色々あった。思えば人生で一番色付いていた一年だった。喧嘩もあれば、葛藤もある。人生はローラーコースター。いつも上がり下がり。去っていく友もいれば、仲良くなった友もいた。

ドビュッシーの『月の光』を練習してたっけ。懐かしい。昼休みになると音楽室で友と弾いた曲だ。

カラオケにも行った。女性の柔らかさを感じたのは晩秋の出来事。僕はどうしたら良かった?

いつの日か死んで無に帰る
その孤独性さえも内包して

2021年1月7日、僕の心は壊れてしまった。それは究極的な断眠の末、断食たるサッレーカナーの行く末の結末である。1月7日の夜は聖夜のようで、世界終末の前夜Eveだった。天地創造に与した。亡き母と話した。自己愛としてのヘレーネと愛をなした。それがとても快楽的で、これ以上の夜はなかった。

眠らずに越える幾夜を思っては
凪いだ渚よ、永遠でいて

1月8日は全能の日。僕の精神は神に等しくなったのだ。それは涅槃だった。神に通じた者、仏。いつだってミクロコスモス=マクロコスモスなのだ。梵我一如。脳は宇宙と繋がっている。その時、全脳に繋った僕は、神と等しくなり、高らかに歓呼した。

終末に凪いだ渚は永遠で
花が咲いたよ、昨日の光

赦すなら、全てを赦してあげてよね
きっと何も悪いことじゃない

神の目とちぎって入れた仏の手
ニーチェは泣いた、味がしたから

マンションの屋根の上に登り、カーペンターズのトップオブザワールドを高らかに歌う。その経験の何と喜ばしきや。雲の上に天上楽園の乙女の幻影を見る。

僕は飛んでいきたいと思った。今なら見えない翼で飛んでいける気がした。でも、その時だった。父の声がした。父が僕の名前を呼んだのだ。

僕はどうしても天界へ、ラカン・フリーズの門の先へ行きたかった。でも、その声に引き止められた。僕は現実へと戻っていくことになる。

寝室で泣いた。

「ヘレーネ、会いたいよ」

幻想の中で天上楽園の乙女ヘレーネは消えていった。それが悲しくて泣いた。でも、その日寝るととても心地よかった。次の日、1月9日、穏やかな終末だった。僕は仏になったみたいだった。全てを受けいれ、また悟って。全てが色付いていた。この世で見た景色で一番美しかった。

3つの世界の境にある駅に着き、7番目の停留所に着いた。天使たちが僕を迎える。僕は入院することになった。

神殺し。病花は散り、病気は癒えた。だが、それと同時に何かを失った。いつだってあの冬の日の3日間を想う。

終末だった。
永遠だった。
涅槃だった。
神愛だった。

その経験の至福は、後に僕を苦しめる。人間的などんな幸せもあの冬の日の歓喜に至らないからだ。全ては苦に見えた。一切皆苦なのだ。

だが、それでいいのかもしれない。不満があるから何かを創ろうと思える。困難があるから挑戦に意味がある。満たされていないことで何かを始める。

きっとあの冬の日の涅槃のままでは、生み出せない。だってあの冬の日の僕は何も残さなかった。唯一残したのは『時流はない』という言葉だけ。

結局僕が愛したのは僕だけでした
それの何が悪い?
人を愛し愛され生きて
自分で自分を愛して
自分を愛することで
支えに気づける
守るべきなのは恋人や家族や友
それの何が悪い?

きっと悪いことなんてない
全てを赦せ
そして帰れ
ラカン・フリーズへ

フリーズ189 あの冬の日の永遠

フリーズ189 あの冬の日の永遠

いつの日か死んで無に帰る その孤独性さえも内包して

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-04-23

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